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日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか ― 方法論的考察を通して ―

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(1)全国社会科教育学会 『社会科教育論叢』第50集 2017(pp.111-120). 【社会科100年:社会科教育学研究の回顧と展望】. 日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか ― 方法論的考察を通して ― 後. 藤. 賢次郎. そして,このささやかな事実が私たちに突きつ. I.社会科嫌いの学生の言葉から. けるのは,次の問いである。多くの研究・実践が. 2015年11月,卒業論文研究の分野及び指導教員. 蓄積されてきたにもかかわらず,依然として上記. を決めるための面談で, 「自分は社会科が得意で. のような状況があるのは,なぜなのだろうか。優. はなかった。なんなら,好きでもなかった」と嘯. れた実践を経験できた者とそうでない者とがいる. いた学生がいた。その理由を尋ねると,自分が受. のは,なぜなのだろうか。. けた社会科の授業は暗記だったからだという。. この問いに直ちに応えることは難しいが,渡部. 「社会科100年:社会科教育学研究の回顧と展望」. らがソーントン(Thornton, Stephan. J)の論の. にあたって,本小論はこの学生の言葉を問題意識. 翻訳を通して,教師のカリキュラム調節能力の重. として出発点にしたい。. 要性を指摘したことが参考になる3)。社会科の改. さて,上記の社会科のイメージをもとに,件の. 善は,カリキュラムの計画と実践に携わる人=教. 学生は卒業論文研究の一環で,教育学部の学生. 師の力量にかかっているというわけである。この. 117名を対象に,高校までに受けた社会系教科教. 見方に基づくと社会科教育研究・実践の背後にあ. 育の授業が好きだったかどうかを選択肢で,その. る教師や研究者のダイナミックな思考や思想的な. 理由を自由記述で尋ねた1)。結果は,およそ3割. 側面が際立ってくる。すると,それを明らかにす. 弱(35名)の学生が社会科は嫌いだったと回答し,. ることによって社会科教育実践の改善を推し進め. そのうち7割(25名)の学生が,嫌いな理由に社. るアプローチを見い出すことができる。. 会科は暗記であるから,と回答した。なお,好き. では,こうしたアプローチを用いると,わが国. か嫌いかにかかわらず,社会科は暗記だ,あるい. の社会科教育研究は特にアメリカの動向から学ん. は覚えることが授業の中心だったなどと回答した. だことも多いが,日本の研究者はそれらにどのよ. 学生は,全体の4割を超えた(51名)。. うに向き合ってきたと捉えられるだろうか。本小. この調査結果は,あくまでケーススタディとし. 論では,日米の研究のこれまでを振り返り,これ. て受け止めるべきであろう2)。調査を行った文脈,. からを展望する上で,アメリカ社会科教育研究. 調査対象者の属性,サンプル数,質問内容,質問. (者)の「思想」を視点に,方法論的な考察を加. 紙中の言葉遣いなど,研究方法上での改善の余地. えていきたい。具体的には,. もある。優れた授業を受けることができた学生も. ・日本の社会科教育研究では,アメリカ社会科教. いたに違いない。教師の指導と,児童・生徒が学. 育研究(者)のどのような思想を,どのように. んだことが一致しないことも,しばしばある。し. 捉えてきたのかを概観する。その上で,. かしながら,それを差し引いたとしても「今,こ. ・近年の特筆される動きとして,アメリカにおけ. こ」に社会科は暗記だと見なす学生がいて,それ. る教育のアカンタビリティ改革をめぐる群雄割. ゆえに社会科が嫌いだと回答した学生が一定数い. 拠を捉えた,ラヴィッチ(Ravitch, Diane)の. ることは確かである。. 研究を取り上げる。その際,エバンズ(Evans,. ― 111 ―.

(2) 社会科教育論叢 50,2017. るとか,教育内容として用いることへの示唆など. Ronald W.)の研究を参考に考察する。. Ⅱ.ア メリカ社会科教育研究の「思想」 を扱う日本の研究. については論じられていない。また,解明しよう とする思想も,教育学者・実践者ではなく人文・ 社会諸科学者のそれである。こうした研究は,他. 日本の社会科教育研究では,大別して教科の本. 6) には千代田(1957) など,社会科教育研究が人. 質や原理,カリキュラムや授業などに内在する課. 文・社会諸科学研究との差別化が途上であったと. 題解決を目指すアプローチと,教育制度,学校・. 考えられる1950年代から60年代初頭に多い。社会. 教室環境,学問や社会の動き,そして教師や研究. 科という教科の教育課題から,あるいは教授学的. 者,子ども,地域社会の住民…など,社会科を取. な視点からの考察はさしあたり棚上げにした,学. り巻く外在的なコンテキストに注目するアプロー. 究的な特質が指摘できる。. チがある。 多くの場合,両者はセットで論じられている。. 2.社会科教育実践に直接的な示唆を得ようとす る研究. 思想を扱う研究も,この両者を端とするグラデー ションの間に位置づけられ,そこに大きく4つの. 2つ目の潮流については,さらに2つに分ける. 潮流があることが指摘できる。1つは,思想その. ことができる。1つは,その研究者の思想や信念. ものを明らかにしようとするもの。2つは,社会. を是とし,それらを実際の教育内容,方法原理に. 科教育実践の指導・学習原理および教育内容に,. 導入しようというもの。2つは,その研究者の思. 直接的な示唆を得ようとするもの。3つは,国内. 想に批判的な検討を加えた上で,教育内容や方法. 外の研究動向および教育実践の説明枠組みとして. 原理に示唆を得ようとするものである。. 思想を用いようとするもの。そして第4に,日本. 前者については,山内(1955)「思想史の1つ. 流研究スタイルの相対化と社会科の性格の問い直. の試み:高校社会科の歴史教育」が該当する。氏. しを目指すもの。. は,アメリカの Merle F. Curti(ママ:Merle E.. 以下,後藤(2012)の整理を修正,加筆する形. Curti の誤植か)の歴史観を「知識階級の役割」 「諸. で,それぞれの潮流について代表的な研究を挙げ. 変革に対する「反対」の分析」「知的な業蹟と政. その特質を指摘していこう。なお,該当研究論文・. 府の態度」に整理し,それを「思想史」として歴. 文献の選択に当たっては,国立情報学研究所論文. 史教育の原理に据えようと主張している。その際,. 検索サイト CiNii(http://ci.nii.ac.jp/)にて,「ア. 氏は Curti の試みは「且つかかる障碍を如何にし. メリカ(米国)」 「社会科教育」 「思想」でキーワー. て克服したかの過程を史的に研究することは誠に. ド検索しヒットした計60本(2016年1月31日閲覧). 7) と,Curti の歴史観を視点に歴史 有意義である」. の論文から,主要な学術雑誌掲載で引用数が多い. を捉えさせることの意義を強調している。しかし,. ものを基準とし,またそれらに引用・参照されて. ある研究者の思想を歴史教育内容選択原理に活用. 4). いる論文・文献も数点検討した 。. しようという視点はあるものの,なぜ数ある歴史 の見方の中でその整理が求められるのか,それは. 1.思想そのものの解明を目指す研究. 歴史教育では何がどのように教えられるべきであ. 1つ目のものについては,例えば紀藤(1956). るからだ,といった検討はなされていない。. 「近世自然權思想の一系譜-自然法思想の近代化に. 一方,後者については,伊東(1961) 「シュプラ. よせて-」が挙げられよう。氏の論文は教育雑誌. ンガー精神科学的方法について」が該当しよう。. に収録されているけれども,内容はロック(Locke,. 氏は,社会科を社会諸科学の方法を獲得する教科. John)の自然法思想の考察を通してピューリタン. とした上で,その社会諸科学の方法がこれまで十. 革命の再解釈を訴えており,本来は人文学・歴史. 分に検討されてこなかったことを批判する。伊東. 学の範疇となるであろう研究と言える5)。ピュー. によれば,1960年代当時のアメリカでは,社会諸科. リタン革命を再解釈することの教育的な意味であ. 学は自然科学の法則定立的,測定主義的方法に立. ― 112 ―.

(3) 日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか(後藤賢次郎). 脚してきたが,それでは社会科の内容にもある人. この3つ目の潮流の到達点として見なすことが. 間の文化や社会といった精神世界を把握できない。. できるのが,森分(1970)「一 アメリカ合衆国. そこで,ドイツのディルタイ(Dilthey, Wilhelm),. における社会科教育研究-社会科教育学方法論か. シュプランガー(Spranger, Eduard)らが自然科. らの一考察-」である。森分は,市民的資質育成. 学に対置して提起する精神科学の, 「構造」をはじ. と社会認識形成の関係を軸に3つの立場を設定. 8). めとする諸概念の解明と位置づけを行っている 。. し,それぞれに該当するアメリカにおける社会科. 社会科の基底にある認識方法を視点とした時,. 教育研究者を取り上げる。そして,彼らの授業構. 伊東にとって当時のアメリカの人文・社会諸科学. 成に関わる思想を理念型=モデルと見立てた上. のメインストリームは,先の山内とは対照的に批. で,それと実際の研究方法論との関係を論じてい. 判すべきものだったのである。その過程を経て,. る11)。. ドイツのシュプランガーらを選択し,検討してい. 3つ目の潮流の背景には,1970年代頃から,社. る点が興味深い。. 会科教育「学」研究としての基盤を確立すべく,. しかし,伊東の論考それ自体は授業実践や教科. 科学的な研究方法が盛んに追求されるようになっ. 書記述の事実に基づいた検討とはなっていない。. たことが考えられる。それは,「事実の後を追い. そうではなく,研究者の語る(「べき論」も含ま. かける」12)と特徴づけられているように,実際に. れた) 思想を根拠に示唆を提示しているのである。. 開発・実施された授業や教材など,教育の事実の. このことについて,分析者は初めから1つの立場. 分析・検討を通して,よりよい事実づくりの必要. や価値観を選択していたのだとか,あるいは結果. 条件を明らかにしようとするものであった。. 的に研究者の願いや信念に分析者自身も同調して. このように,社会科のカリキュラムや授業構成. しまったとして,教育運動に近いものになってい. の原理の解明のための説明枠組みとして思想を扱. ると見ることもできる。森分は,社会科教育運動. うことは,後の研究へも継承されていった。言い. 9). と社会科教育学研究を,区別して捉えた 。. 換えれば,研究者や実践者の思想や意図などは直 接に,あるいは主要な研究対象として大々的に取. 3.国内外の動向および教育実践の説明枠組みと. り上げられることは少なくなった。. して用いようとする研究 3つ目の潮流については,伊東(1972) 「アメ. 4.日本流研究スタイルと社会科の性格を問い直 すための鏡として用いる研究. リカにおける政治的社会化の研究動向と公民教育 の改革」が該当する。氏は,60年代のアメリカ社. 4つ目の潮流には,大きくは2つの動きがある. 会科教育運動の重要な理論的課題となった政治的. ように思われる。. 社会化,つまり「個人が政治的体系の規範や価値. 1つは,欧米をはじめ海外の研究者との交流が. を内在化する過程,政治的な行動様式や態度の学. 活発になる中で起こった。「日本の社会科教育の. 10). 習過程」 を主題にして,関係する諸概念の整理,. 研究者が所与のものとし,大事にしてきた①「研. 政治的社会化による政治的自我の形成過程,形成. 究」上の視点と②「研究-開発」の深く密接な関. 方法,学校教育における政治的社会化の試みと意. 係が,きわめてドメスティックなものであること. 味について論じている。また同氏の73年,74年の. が浮き彫りになってきた」13)のである。. 論文も同様に社会科教育研究の動向整理,類型研. この動きには,川口,後藤,草原,小川(2014). 究となっていて,思想を説明枠組みとして道具的. の「教科教育学研究とは何をどのように研究する. に用いている。ある時代やある研究者の思潮・思. ことか-米国在住の社会科教育研究者に対するイ. 想自体を解明することから,教育実践の原理を解. ンタビュー調査を通して-」が挙げられる。川口. 明したり,動向を整理し類型化したりすることへ. らは,3人のアメリカ在住の研究者に対して,研. と,思想を取り上げる目的がシフトしていると見. 究の目的,社会科の定義,研究と実践の関係につ. ることができる。. いて,半構造化インタビューを行った。これによ. ― 113 ―.

(4) 社会科教育論叢 50,2017. り,上記の日本の研究スタイルと欧米のスタイル -教師と子どもを対象にした心理学・社会学的な 実証研究が盛んである-の違いの背後にある思想 とそのバリエーションを明らかにしている14)。 2つは,広範な能力観や教科内容学構想の台頭 などを背景に起こった動きである。これには,本 稿冒頭にも挙げた渡部らによる一連の翻訳本が当 てはまる。渡部らは,ソーントン,ジルー(Giroux, Henry A.) ,バートン(Barton, Keith C.),レヴ スティック(Levstik, Linda S.)の代表的な著作 や,NEA( 全 米 教 育 協 会:National Education. 図1 社会科教育思想のモデル(筆者作成). Association)社会科委員会報告書の翻訳を通し て,社会科教育や歴史教育,教員養成において重 要視されるべき研究者らの主張や概念を指摘した. 図1は,ソーントンの所論にも学びつつ,社会. 上で,それらが現行の日本流研究スタイルや今日. 科教育思想の視覚化を試みたものである。社会科. の教育改革の中で看過されてしまわないよう,警. 教育思想は,図中央の漏斗型の構造をした器とし. 15). 鐘を鳴らしている 。. てイメージできる。そして社会科教育思想を構成. この第4の潮流における諸研究は,直接その研. しているのが,器の中の「社会が分かる」など,. 究者たちと会話しナマの声を拾い上げたり,文. 社会科の本質(社会科を社会科たらしめている,. 献・書籍の部分を切り取るのではなく,その全体. なくてはならないもの)(の例)である。さらに,. を読み解いたりして,彼らの思想を明らかにする. その本質の隙間を満たしているグレーの塗りつぶ. ことをより重要視している点に特徴がある。その. しの部分が,個人的な経験やそれに基づく実践的. 点だけに目を向けると,研究史的には一見後退し. な知恵,価値観などである。全体として図は,私. ているように見えるかもしれない。けれども,海. たちの教育・研究活動が,教科の本質を核にしな. 外研究者との交流や,一般教育学,専門科学から. がらも,必ずしもそれらを要素的に取捨選択・組. の社会科教育・市民性教育への進出が盛んな昨今. み合わせるだけでなく,個人的な経験や知恵,価. にあっては,事情は異なってくる。この動きの中. 値観による影響を受け,読み替えなどを経てアウ. では,ともすれば日本流の社会科教育研究のスタ. トプットされていることを表している。. イルを放棄するか,反対にガラパゴス化を歓迎す. この図に即して説明しよう。本質には,「社会. るかといった,極端な選択肢に目がいきがちだ。. 認識形成を通して市民的資質を育成する」など,. 社会科を取り巻く状況の変化に関わるアクターの. 練り上げられた言葉として人口に膾炙したものも. 思想を,丁寧に明らかにしていくことは,こうし. ある。しかし,それらの中身をどう理解し,どう. た極論に陥らないための知見を蓄えることにつな. 関係づけ,授業やカリキュラム,教材,教育・研. がっていくだろう。4つ目の潮流は,今日的要請. 究活動にどう反映させるか(させないか)は,研. に応えたものとして位置づけられる。. 究者・現場教師によって異なってくる。例えば, 実際に授業を計画・実施したことがなく,子ども. 5.小結:社会科教育「思想」とは. の実態や学習活動ばかりに気をとられている学生. ここで,社会科教育「思想」とはどのようなも. がいたとしたら,図2のように表現される。ある. のなのか,まとめておこう。以上のような諸研究. いは,教育実習直後で,経験的な学びが強く鮮明. が成り立つのは, 日本の社会科教育研究者たちが,. な状態にある学生の思想は,器の中全体が本質ご. 社会科教育思想を次のようなものとして捉えてき. と,より濃いグレーで塗りつぶされたように表現. たからであろう。. されるだろう。. ― 114 ―.

(5) 日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか(後藤賢次郎). これまでに挙げた研究が,どちらかと言えば個々 の研究(者)の思想に深く迫るものだとすれば, 以降に示す例はそこから数歩引いたところから広 く大局的に,アクター同士の交流や軋轢によるパ ラダイム形成を捉えようとする研究だと言える。 具体的には,アメリカにおけるスタンダード運 動の失敗を描いたダイアン・ラヴィッチ(2010) のThe Death and Life of the Great American School System の方法的な特質を整理した上で, ロナルド・エバンズ(2015)の Schooling Corporate Citizens: How Accountability Reform has Damaged. 図2 社会科教育思想の例(筆者作成). Civic Education and Undermined Democracy の 見解を手掛かりに考察を加える。. さて,日本の社会科教育研究者は,アメリカを はじめとする海外の研究・実践から,①その背後. 1.ラヴィッチとエバンズ. にある考えそのものを明らかにしようとし,②我. まず,ラヴィッチとエバンズについて,簡単で. が国の研究・実践に直接的な示唆を得ようとし,. はあるがその経歴と立場と,両者の関係について. また③説明枠組みとして用いてきた。さらに,④. 述べておきたい。. 日本流研究スタイルや社会科教育の性格や意義を. ラヴィッチは,アメリカ教育史研究における保. 見つめ直すための鏡として思想を用いてきた。. 守派の大家である。1991年から93年にかけては連. ①は漏斗の器の中身を明らかにするものだった. 邦教育局教育次官補として,それまで教育改革は. と言えるし,②はそれを図の下部の授業,カリキュ. 地方自治的に進められる傾向にあったアメリカに. ラム,教材に持ち込もうというものであった。③. おいて,全国的な基準であるナショナル・スタン. は,漏斗の特に本質と図の下部の授業,カリキュ. ダードの動きを事実上牽引した政策立案者として. ラムの関係を説明するものだった。そうした意味. の顔も知られている。. では, ②③は社会科教育実践に重要なものは何か,. こうした教育史研究者・政策立案者としての活. その理論・実践を原理的に説明する理念型は何か. 動の背後にあるラヴィッチの思想=市民育成観を. と,本質へ焦点化する研究だったと言える。それ. 整理すると,彼女はまず「民主主義社会はそれ自. に対して④は,教育・研究活動において欧米の研. 身,多数派の人々の判断に基づいているので,で. 究者と齟齬を生む研究観・貢献に対する考え方や,. きる限りあまねく,理性,知識,市民の知恵を広. 社会科で本来重要とされるべき概念など,これま. めることによって,すべてのものが恩恵を得られ. で自覚されにくかったり,見過ごされがちだった. ることを示唆している」16) とする。そして,「混. りしたものを,実は器を満たしているものとして. 沌とした世界を理路整然としたものに」し, 「人々. “見出した” 試みであったと言える。私たちは現状,. を啓蒙し,自由にする力」を持っている学問的教. 自他の社会科教育思想を全て把握していないし,. 養を国家的な基準でもって広め,「市民になるた. したがって論理整合的に教育・研究活動へアウト. めに必要な知識と思考力」を与えることが公教育. プットしているとも限らないが,④はそうした空. の使命である,というのである。したがってナショ. 白地帯を埋めていく研究なのである。. ナル・スタンダードは,ラヴィッチの思想が体現. Ⅲ.近年のアメリカにおける動向:群像 劇を描く研究 ここからは, 「群像劇」を描く研究に注目したい。. されたものと見ることができる17)。 一方,エバンズは,現在アメリカのサンディエ ゴ州立大学の教授である。エバンズは,子どもの 興味・関心,個性を重視しつつ,ラヴィッチと対. ― 115 ―.

(6) 社会科教育論叢 50,2017. 照的に学問的教養を現代社会の論争問題を捉え解. の激しい論争が巻き起こった。この渦中,ラヴィッ. 決するための道具として位置付けることで,伝統. チは政治的な偏りは排除すべきとしながらも, 「ス. 的な社会構造や価値観の問い直しを迫る,進歩的. タンダードは編集すれば改善できる」「努力を続. 18). な立場をとる 。. けるべきである」と継続的な議論の必要を主張し. ラヴィッチとエバンズの“因縁”は深く,1989. た22)。. 年に Social Studies 誌面上で「(伝統的な)歴史. 1995年にはアメリカ上院で99対1でスタンダー. 教育の復活(Revival of History)」について対談. ドを非難する議決が採択された。この出来事につ. して以来,ラヴィッチらが分担執筆をつとめた. いて,ラヴィッチは「政治的リーダーたちにとっ. Where did Social Studies Goes Wrong?(2003). て,放射性物質のように扱いにくく危険なものと. という挑発的なタイトルの論考集に,エバンズが. なった」「この災難に関わるのは自らの政治生命. 19). 別誌で応戦するなどしている 。. を断つようなものだと判断した」「クリントン政. 特に,ラヴィッチの教育史叙述の特質としては,. 権はナショナル・スタンダードに距離を置くよう. アメリカ教育の歴史的な不振は長らく学問的・科. になっていった」と解釈している。ラヴィッチは. 学的教養を欠いた結果であるとし,その原因を20. 批判の矛先を,本来スタンダードの策定への後押. 世紀初頭にはじまる「子ども中心主義」,「社会効. しが期待されるはずの政治家に向けたのである。. 20). 「社会改造主義」などの学校教育改革 率主義」 ,. その後,州ごとに作られることになったスタン. 運動,いわゆる「進歩主義」教育(の代表とみな. ダードを,ラヴィッチは「社会科のスタンダード. された社会科)に求め,それを厳しく断罪してい. において,ほんのわずかな歴史に触れ,人物名や. る点である。. 出来事ならびに思想にはほとんどあるいはまった. このように,ラヴィッチは極めて単純な善悪二. く言及しなかった。これらの州は,具体的な記述. 元論と評された見方によって進歩主義教育と社会. を避けることが最良の策で,絶対に論争を引き起. 21). 科教育を批判してきた 。また,スタンダードを. こさないスタンダードが最重要」と見なした23)。. 軸とするアカンタビリティ,学校選択等の一連の. ラヴィッチからすれば,例えば各州の高校歴史ス. 教育改革を支持していた。しかし,2004年頃から. タンダードによく見られた,「(生徒は)時代,年. 不満を募らせていく。そして,本来目標や基準の. 代,因果,変化,衝突,複雑性,改革といった,. 中身に向かうべき議論が,テストの結果や市場原. 鍵となる歴史的概念を用いて,歴史の変化と継続. 理の導入による学校と教師の効率的な管理へとす. のパターンについて説明し,分析し,関係性を示. り替わっていったことを指摘した上で,ラヴィッ. すことができる」といった記述は,「具体的な歴. チはかつて自身が強く支持した教育改革を痛烈に. 史上の出来事に言及しておらず,生徒に歴史の理. 批判したのである。. 解を要求しているとは言えない」。ラヴィッチの 目にはこうした記述が,教師の裁量や創意工夫な. 2.ナショナル・スタンダードをめぐるラヴィッ チの「翻意」. どの主体性を期待している,などとは映らなかっ た。むしろ,論争を避けるために抽象的な目標や. 2006年11月30日,ワシントンにある保守系シン. 方法に逃げ,取り扱うべき内容を曖昧にした「空. クタンクのアメリカ企業研究所の研究会で,10数. 虚なお題目」24)に見えたのである。. 人の研究者によって一連の改革が何の成果もあげ. (2)市場原理の導入:NCLB と各地の改革. ていないこと,むしろ各地の教育を荒廃させてい. NCLB とは, 「一人も落ちこぼれを出さない(No. ることが示された。ラヴィッチはその原因を,以. Child Left Behind)」と呼ばれる改革案であり,. 下のように指摘した。. スタンダード,学力テスト,アカンタビリティを. (1)教育の目標や中身に向かわない議論. 骨子とするものである。. 1994年秋,公表前の歴史スタンダードが政治的. 最終的には1,100ページに及ぶ法案にまとめら. に偏向しているという理由で批判され,全米規模. れ,01年の秋に連邦議会で可決された。法案には,. ― 116 ―.

(7) 日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか(後藤賢次郎). 各州に三段階のテスト(基礎,習熟,優秀)を開. 度のニューヨーク市全体の白人,アジア系の生徒. 発させ,2014年度までに読解と数学のテストで州. の割合は27%であったのに対して,第二地域学区. の全ての生徒を習熟レベルに到達させること,そ. は65%であった。第二地域学区の生徒数は1990年. のための年度別到達目標を策定すること,目標達. 代後半までに18,000人から22,000人に増加してい. 成できない学校はできなかった年度数に応じて,. るが,その増加したうち90%が白人とアジア系. 生徒にほかの学校に転校する権利を与えたり,ス. だった。1999年に州の読解スタンダードの求める. タッフの交代,授業時数の増加などペナルティが. レベルに到達したのは,第4学年では白人82%,. 課されること,5年連続で達成できない場合は,. アジア系61%,アフリカ系45.7%,ヒスパニック. チャータースクールへの変更,校長と教職員の総. 系37.8%であった28)。つまり,教育改革の成功は. 入れ替え,民間の管理団体へ経営権を譲渡する,. 「テストで高得点を取る傾向のあるグループが増. 州の監督下におかれる…など,民間の経営スタイ. 大し,アフリカ系アメリカ人という,より低い点. ルやビジネスモデル,成果に応じた財団からの支. 29) 数を取る傾向のあるグループの割合が減少した」. 援などの市場原理を導入した「測定し罰する」計. 結果であったのである。. 画が具体化されていた 。. ②ニューヨーク市の場合. ①ニューヨーク市第二学区地域の場合. これらの課題が注目されることもほとんどない. この地域は,90年代半ばから2000年代初めにか. まま,2000年代には改革はニューヨーク市全体に. けて「総合的な識字力」と呼ばれる読解力向上プ. 及んでいった。この取り組みを強力に牽引したの. ログラムを実施し,市内32の学区がある中で中く. が,メディア界の大実業家であった市長ブルーム. らいから第2位へと飛躍的に学力を上昇させたこ. バーグ(Bloomberg, Michael R.)である。. とで注目された。このプログラムは,「生徒中心. ブルームバーグは,学区の認可を受けつつも自. の活動,文脈における言葉の理解,読書の経験に. 立的に学校経営を行い独自の教育目標を掲げる. 重点を置」く構成主義的な方法論に基づいており,. チャータースクールの開校や,成績の悪い大規模. これを導入するにあたり,区の教育長のもとで. 校の小規模校化を促進し,子どもにとって最適な. トップダウン的に全教職員に新たな語彙,指導法. 学校を選択する幅を広げようとした。しかし,多. を学ぶ研修を義務づけたことに特色がある。特に. くの場合通常の学校の校舎の一部を間借りするよ. 校長は「毎月,指導改善に関する丸一日の会議に. うな形での配置であり,しかも教室や設備を母体. 出席し,学区の担当者とともに教室を全て視察. の学校には使わせないようにしたので,両学校の. し,教員たちが学区の認可を受けた指導方法で教. 保護者会が激しく言い争うようになったことをラ. 育を行っていること,期待通りの改善が見られる. ヴィッチは取り上げている。廃校に追い込まれた. 25). 26). こと」 を求められた。. 地域の高校に通っていた子どもたちは,遠く離れ. 当時研究者たちは,学力向上の成果を「識字力. た学校が割り当てられたりしたが,学校側もテス. 向上の研修とアカンタビリティ」を手厚く実施し. トの得点を下げる可能性のある生徒の受け入れを. たからだと考えたし,貧しい生徒や様々な人種の. 嫌がったという。(公選された地域の代表者によ. 生徒が就学にしているにもかかわらず学力が向上. る教育委員会の,さらなる代表であった)中央教. 27). したことを絶賛した 。2001年には,連邦教育局. 育委員会がなくなったことも相まって,保護者た. に「スタンダードに基づく教育」「教員研修」等. ちは自分たちの地域社会の教育に影響力を持ちに. を謳った研究報告書が提出され,全米的なシンボ. くくなった。. ルへ仕立て上げられた。. ③サンディエゴの場合. しかし,ラヴィッチは第二地域学区の成功は,. 1996年に教員組合が給与引き上げと各学校の意. 教育改革の結果とは必ずしも言えないと批判す. 思決定における教員の権限拡大を要求するストラ. る。1990年代にかけて,目覚ましい経済発展と人. イキが成功して以来,サンディエゴの経済人たち. 口動態の変化が起こっていたからである。2000年. の期待に応えて教育長に迎えられたのが,全米の. ― 117 ―.

(8) 社会科教育論叢 50,2017. 政財界の要人と交流があり弁護士を務めていた. 主義教育・社会科であるとする単純な善悪二元論. バーシン(Bersin, Alan)である。. から,多様なステークホルダーの存在が市民育成. バーシンは先述のニューヨーク市第二学区地域. の成功と失敗を左右するというものにシフトした. で改革を指揮した教育長を迎え入れ, 「総合的な. と捉えることができる。. 識字力」のプログラムとそのための教員研修を導. しかし,根底にある学問的教養の共有という市. 入した。従来あった地区の教育長を廃止し,かわ. 民育成そのものの考え方は変わっていないと考え. りプログラムを推進する「実践リーダー」を置い. られる。ラヴィッチにとって,教育改革が民間の. たり,教育委員会事務局の人員を削減し,その分. 経営スタイルやビジネスモデルと分かちがたく結. をプログラムのコーチとして全学校に配置したり. びついてしまったことは想定外だった33)。翻意と. など,大胆で急進的な体制変更を行い,その「毅. される批判は,スタンダードからそうした“余計. 30). 然とした」リーダーシップが広く賞賛された 。. な”市場原理を引き剥がし,本来目指すべきだっ. 一方,教員組合は独断的で高圧的であるとバーシ. た教養教育とその主導権を,企業家から教師や教. ンらを批判した。. 育研究者に取り戻そうとした結果なのではないだ. ラヴィッチは,特に教員や教員組合などの抵抗. ろうか。. や反発がたびたび報告されていたことに注目し,. ②エバンズの見解との比較から. その当事者であった教師,校長,組合員幹部,教. 最後に,教育改革を同じように複数の立場を描. 育委員,教育委員事務局の担当者への聞き取りを. くことで捉えたエバンズと,その見解の中身を比. 行っている。詳細は省くが,異口同音に,「全体. べてみよう。エバンズは,ラヴィッチら保守派と. 主義の雰囲気そのものだった」「大変なプレッ. 市場原理との共犯関係をより強調している。. シャーだった」や,一つの教育方法を押し付けら れることへの疑問,学区担当者から敬意を払われ. 学校におけるアカンタビリティ改革の起源は,絡み合 う利害に見いだすことができる:ビジネス集団,政府,. ていないこと,改革が始まってからは教育活動に. 保 守 派 と ネ オ コ ン の 政 治 家 と 教 育 者, 宗 教 的 右 派. 31). 楽しさを感じられていないことを吐露した 。. (religious right)。これらのグループは結びつき,ア. (3)考察. カンタビリティ改革を支持する大きな世論の形成を牽. ①翻意にともなう研究方法の変化から. 引した。また,学校は失敗した「事業」であること,. ラヴィッチの記述で見せつけられるのが,教育. 解決策としてのビジネスの原理という神話を広めるこ. 改革の利害をめぐり群がる人々の姿である。言い. とに大いに貢献した。これらは人を「資本」とするた. 換えれば,群像劇として教育改革の(失敗の)歴. めの一元的な学校教育を発達させた。-中略-ネオコ. 史を描くのが,ラヴィッチの近年の研究方法上の. ンの教育学者と利益集団は伝統的な学問領域や古典に 焦点を当てる本質主義者の教育論を吹聴した。社会科. 特質と言える。ただし,スタンダードをはじめと. では,このことは伝統的な歴史や地理の教育を強調す. する一連の教育改革を支持していた頃は,宮本も. ることを意味していた34)。. 指摘するように,もっぱら教育の専門家や教育行 政官の主張が取り扱われており,実際に教育を受 けた人をはじめとする当事者からの資料が少な 32). ラヴィッチは市場原理が入り込むことで,本来の. い 。また,人種・民族や階層,文化的差異など. 学問的教養の共有という目的から結果的に逸れて. 社会文化的な要素が学校教育に与えた影響をあま. いってしまったことを強調していたが,以下の. り考慮していないとも言われていた。. エバンズの記述だと,教室での実践レベルでは. しかし,これまで見てきたように,ラヴィッチの. ラヴィッチら保守派や本質主義者が求める伝統的. 批判は教師,教育の専門家ではない政治家・企業家,. な社会科学習へと,むしろ回帰していったような. 財閥,保護者,マイノリティの児童・生徒らを取. 印象を受ける。ラヴィッチとエバンズの見解がと. り上げて行われている。この変化は,ラヴィッチ. もに正しいとするならば,学問的な教養は伝統的. の認識が,目指す市民育成を阻んできたのは進歩. な指導では身につかなかったということになる。. ― 118 ―.

(9) 日米の社会科教育研究は「思想」をどのように捉えてきたか(後藤賢次郎). 学校や教室においては,NCLB 法のもとでの組織的な 改革は,より厳格で画一的なカリキュラムと,教科書と 基本的なスキル,教師の話,そして覚えることに焦点を 当てる伝統的な教師中心の指導の増加を意味していた。 それは,オープン・フォーラム型の議論や,生徒が取り 組むプロジェクト,コネクション作り,概念の深い理 解,統合的カリキュラム,協同的な学習,批判的思考,. 社会科教育や市民性教育の担い手は, それを“専門” とする研究者と教師だけが独占しているのではな く,多様な背景と知見を持った人々へと拡大/拡 散されていることである。例えば,日本では伝統 的には一部の人文・社会諸科学者がそうであった。 しかし,彼らは社会科教育学者がかつて位置付け. 分析的思考といった進歩的な教育の形態の縮小を意味. 37) の たように,必ずしも「いきおい専門化する」. していた。つまり,指導はより伝統的になり,進歩的な. ではなく領域横断化しているし,「象牙の塔」に. 側面は後退したということだ。このことは,教師の自. こもるのでもなく市民育成・社会形成に何らかの. 律性の低下と台本を読むような授業の増加を招いた。. 形で関わろうとする者もいる38)。また,国立教育 政策研究所の21世紀型学力をはじめ,不確実な現. また,エバンズは教育における市場原理の導入. 代社会の動きに対応した広範な学力観も次々と提. と,競争,学校選択などの諸改革が導くのは,経. 起されてきている39)。さらに近年では,改めて主. 済格差と極端な個人主義化,自己責任の風潮が助. 権者教育としての社会科教育にスポットが当たっ. 長された, パットナムのいう“孤独なボウリング”. ているが,その議論と実践の場を,一教科や特定. 35). のような地域社会の崩壊をイメージしている 。. の分野,授業・教室にではなく,「社会全体での. ラヴィッチも,子どもの学力格差を検討する中で. 教育」へと広く求める声も上がっている40)。. 同様の理解を示しているが,エバンズはさらに. 次に,担い手の広がりとともに,今日の日本の社. 「(アカンタビリティ改革が導く社会は)工場のモ. 会科教育研究・実践も,社会科教育固有・独自の領. デル,つまり資本主義に基づいた工業化時代の様. 域としての本質や原理,カリキュラムや授業だけ. 式」であり, 「反民主主義的,反共同体的で,企業. で成り立っているわけではないことである。この. 労働者を生みだすための人的資本の育成を強調す. ことは,これらの改善だけでは実際の社会科教育. る」36)ものだとイメージを重ねている。エバンズ. 実践の改善に結びつくとは限らないことを示して. に言わせれば,一連の学校教育改革は市民ではな. いる。したがって社会科教育の課題を,それに携わ. く,資本主義社会の歯車としての労働者を育てる. る多様な人々の思想と,それらが織りなすコミュ. ものとなっているのである。. ニケーションの中に指摘することが求められる。. 以上のように,ラヴィッチは学問的教養の共有. そして,本小論で整理した日本の研究の4つの. がうまくいっていない原因を求めたのに対して,. 潮流と,ラヴィッチとエバンズの研究には, 「誰が」. エバンズは進歩主義的な社会科教育がうまくいっ. 「誰と」どうやって社会科教育のパラダイムを生. ていない原因を求めた。そのため,群像劇の論拠. み出しているのかを問う眼差しの一例が示されて. になっている分析対象と分析の視点が違ってくる. いる。こうした知見を蓄積し,比較をしていくこ. わけだが,事実認識はある程度共有している点が. とで,社会科教育の課題の所在が明確になるとと. 興味深い。これについての詳細な検討は,別稿に. もに,社会科教育改善の選択肢も広がることに繋. て論じたい。. がるだろう。. Ⅳ.結 語. 【註】. 本小論では,日本の社会科教育研究が,アメリ カの研究(者)の思想をどのように捉えてきたの かを概観した。そして,近年の注目すべき動向と. 1)117名の内訳は,1年生35名,2年生75名,3年生 5名,4年生1名,院生1名である。 2)同様の調査として,伊東は5年間にわたって,のべ 1,232人の学生と現場教師からデータを収集している。. して,ラヴィッチとエバンズの群像劇を描く研究 を取り上げた。. そこでは,62.5%の者が社会科は暗記だと回答している。 ・伊東冨士雄「「社会科は暗記物」という社会科観を. これらの研究が改めて示唆するのは,まず,今や. ― 119 ―. 変容させるための試み5 教材ウオッチングと導入3.

(10) 社会科教育論叢 50,2017. 分模擬授業を通して」『日本社会科教育学会 全国大. 佐藤隆之訳『学校改革論争の100年-20世紀アメリカ. 会発表論文集』第12号,pp.358-359。. 教育史-』東信堂,2008,pp.xx-xxi。. 3)スティーブン・J・ソーントン著,渡部竜也,山田 秀和,田中伸,堀田諭訳『教師のゲートキーピング. 17)同上,p.513。 18)例えば,Handbook on Teaching Social Issues. NCSS. 主体的な学習者を生む社会科カリキュラムに向けて』 春風社,2012。. Bulletin 93, 1996。が挙げられる。 19)当時の時代的背景としては, 「危機に立つ国家」とし. 4)後藤賢次郎「アメリカ社会科教育思想研究 社会科. て国際社会におけるアメリカの地位が経済,産業,科. 本質論の包括的解釈のパラダイム」2012,広島大学大. 学,教育の分野で衰退していることを報告した,1983. 学院教育学研究科2011年度博士論文。. 年の A Nation at Risk: The Imperative for Education. 「思想」という文言を用いていなくても,後に示す分. Reform や, 「基礎へ帰れ」 (back to the basics)を合. 類に当てはまるものは検討した。. 言葉に教育全体が学問重視に熱狂したことが挙げられ. 5)紀藤信義「近世自然權思想の一系譜-自然法思想の 近代化によせて-」全国社会科教育学会『社会科研究』. る。以下に詳しい。 ・James Leming, Lucien Ellington, Kathleen Porter. 4号,1956,pp.45-55。. (Ed.), Where Did Social Studies Go Wrong?, Thomas. 6)千代田謙「歴史における過去と必然:ベネデッド・ クローチェの思想から」『社会科研究』第5号,1957,. B. Fordham Foundation, 2003。 ・Evans, Ronald W. “The Social Studies Wars Revised”, Theory & Research in Social Education, Vol.31, No.4,. pp.22-24。. 2003, p.523-529。. 7)山内光二「思想史の1つの試み:高校社会科の歴史 教育」全国社会科教育学会『社会科教育論叢』第2・. 20)上掲書16,p.49。. 3集,1955,p.87。. 「社会の要請を見極め,子どもたちを社会の中での相 応しい役割に当てはめていくことによって,教育の目. 8)伊東亮三「シュプランガー精神科学的方法について」. 標と方法は決定される」とする見方である。. 全国社会科教育学会『社会科研究』第9号,1961,pp.. 21)同上,宮本,pp.602-603。. 24-37。 9)森分孝治編著『社会科教育学研究-方法論的アプロー. 22)Diane Ravitch, The Death and Life of the Great American School System, Basic Books, 2010, p.18。. チ入門-』明治図書,1999,p.13。など。 10)伊東亮三「アメリカにおける政治的社会化の研究動. 23)Ibid., p.18。. 向と公民教育の改革」全国社会科教育学会『社会科研. 24)Ibid., p.20。. 究』第20号,1972,pp.33-42。. 25)Ibid., p.99。. 11)森分孝治「一 アメリカ合衆国における社会科教育. 26)Ibid., p.36。. 研究-社会科教育学方法論からの一考察-」大森照夫. 27)Ibid., p.38。. ほか『社会科教育学の構想』明治図書,1970,pp.137-. 28)Ibid., pp.43-44。. 149。. 29)Ibid., p.44。. 12)上掲書9,p.12。. 30)Ibid., p.49。. 13)川口広美,後藤賢次郎,草原和博,小川正人「教科. 31)Ibid., pp.60-65。. 教育学研究とは何をどのように研究することか-米国. 32)上掲書16,宮本,pp.602-603。. 在住の社会科教育研究者に対するインタビュー調査を. 33)Ibid. 21, p.110。. 通して-」 『日本教科教育学会誌』第37巻,第1号,. 34)Ronald W. Evans, Schooling Corporate Citizens: How Accountability Reform has Damaged Civic Education. 2014,p.86。. and Undermined Democracy, 2015, p.259。. 14)同上,pp.88-92。 15)以下が挙げられる。. 35)Ibid., p.261。. ・ヘンリー・A・ジルー著,渡部竜也訳『変革的知識. 36)Ibid., p.261。. 人としての教師 批判的教授法の学びに向けて』春風. 37)伊東亮三「社会諸科学と社会科教育」『社会科教育 論叢』6・7・8集,1961,pp.45-49。. 社,2014。 ・キース・C バートン,リンダ・S・レヴスティック著,. 38)後藤賢次郎「人文・社会諸科学者の社会科教育観. 渡部竜也,草原和博,田口紘子,田中伸訳『コモン・. -山梨大学教育人間科学部所属の研究者に対するイン. グッドのための歴史教育 社会文化的アプローチ』春. タビュー調査から-」『山梨大学教育人間科学部紀要』 第17巻,2016,pp.109-120。. 風社,2015。 ・渡部竜也訳『世界初 市民性教育の国家規模カリキュ. 39)石井英真『今求められる学力と学びとは』日本標準, 2015。など。. ラム 20世紀初期アメリカ NEA 社会科委員会報告書. 40)新藤宗幸『主権者教育を問う』岩波書店,2016。など。. の事例から』春風社,2016。 16)ダイアン・ラヴィッチ著,末藤美津子・宮本健市郎・. . ― 120 ―. (山梨大学).

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参照

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