〈アリラン〉の分布と伝承状況について 〈密陽アリラン〉を中心に
20
0
0
全文
(2) の民謡群である 。. (1). こ の よ う に〈 ア リ ラ ン 〉 に 属 す る 歌 の 範 囲はとても広くて、〈アリラン〉という繰り 返 し、 ま た は 歌 詞 が 定 型 的 に 入 っ て い れ ば わ れ る。 そ う す る と あ る 歌 が〈 ア リ ラ ン 〉. 〈アリラン〉に属することができるように思 と 言 わ れ る 基 準 に な っ て い る 口 音 の「 ア リ ラ ン 」 と は ど の よ う に 発 生 し、 ど の よ う な 意 味 を 持 っ て い る の か。「 ア リ ラ ン 」 の 語 源 に つ い て も 様 々 な 説 が あ る。〈 ア リ ラ ン 〉 についての学問的接近は大抵一九三〇年か ら 始 ま っ て、 そ の 時 か ら 現 在 ま で 研 究 者 ら が 最 も 関 心 を も っ て 研 究 し た の が、 ま さ に 「 ア リ ラ ン 」 の 語 源 と 歌〈 ア リ ラ ン 〉 の 起 源 に 関 す る こ と で あ っ た。 様 々 な 方 面 か ら ま た い つ か ら 歌 の〈 ア リ ラ ン 〉 が 歌 わ れ た. 〈 ア リ ラ ン 〉 と い う 言 葉 の 始 ま り を 研 究 し、 か の 起 源 に つ い て も 研 究 を 続 け て き た。 研 究 方 法 も 観 点 も 多 様 で、 な か な か こ の 説 と い う こ と に は 至 ら な か っ た が、 ユ ネ ス コ 無 形 文 化 遺 産 へ の 申 請 の 際、 語 源 に つ い て は 概ね次のようにまとめられた。. 〈〈 ア リ ラ ン 〉 の 語 源 に 関 す る 諸 説. 〉. (2). - 146 -.
(3) グ ル ム. マク. 7 人 で、 彼 ら が 暮 ら し た と こ ろ を 後、「 居 七 賢 洞 」 と 言 っ た。. ゴ ム ン. 彼らが自分の身を嘆きながら作った漢詩を解いて伝わってきた. マンスサン. 〈 ア リ ラ ン 〉 の 語 源 に 関 す る 説 は 多 い が、 先 に 掲 げ た 表 に ま. オ ル ラ ナ. の が〈 旌 善 ア ラ リ 〉 で あ る。 そ の 証 拠 と し て、〈 旌 善 ア ラ リ 〉. ガ. と め ら れ て い る 十 八 説 が あ る 程 度 の 根 拠 を 持 ち、 妥 当 性 が あ る. ビ. と認められているものである。その中、現在、有力な説として、. オ ル ラ ナ. の冒頭の歌詞を掲げる。 ニ. は 他 の 民 謡 の 起 源 説 と は 異 な っ て、 各 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉、 す. 年のユネスコ無形文化遺産への申請の際にまと お お む ね 2012 め ら れ た の で、 そ れ を こ こ に 紹 介 す る。〈 ア リ ラ ン 〉 の 起 源 説. 集 中 し て い る。 そ れ で、 語 源 に つ い て の 研 究 と 同 様、 起 源 説 も. 〈アリラン〉についての学問的接近は主に語源説と起源説に. あ る。 ま た 牧 隱 李 穡 の 漢 詩 受 容 説 も あ る。 す な わ ち こ の 起 源 説. の歌う状況を反映して改めて考察する必要があるという主張も. 説 に 疑 問 を も っ て、 知 識 人 と の か か わ り で は な く、 本 来 の 民 衆. ル リ オ( 分 か る か な )」 に つ な が る。 た だ し、 最 近 こ の よ う な. 「 萬 壽 山 」 は 高 麗 の 都 の 開 城 の 松 岳 山 を 意 味 し て、 こ の 言 葉 に. こ こ で「 雪 が 降 る か し ら 」 は 高 麗 末 期 の 暗 鬱 な 国 の 状 況 を、. 雲が襲ってくるのだ). 눈 이 올 라 나 비 가 올 라 나 만 수 산 검 은 구 름 막 / モ ヨ オ ン ダ 모 여 온 다( 雪 が 降 る か し ら、 雨 が 降 ら か し ら 萬 / 壽山に黒い. ヌ. 発音に着目した固有語的解釈の十七番と十八番目の総合的な解 釈 の〈 メ ア リ( 山 び こ )〉 か ら〈 ア リ ラ ン 〉 の「 ア リ 」 が 出 た と い う 金 煉 甲 氏 の 説 が「 ア リ ラ ン 」 の 語 源 説 と し て 受 け 入 れ ら れている。. な わ ち、〈 ア リ ラ ン 〉 の 類 歌 の 毎 に そ れ ぞ れ 独 自 説 と し て 認 め. もある。 ( 3). 恨 み、 家 出 を し た。 若 者 は 長 い 放 浪 の 終 わ り に、 慶 尚 道 の あ る. 島 に 住 ん で い た ハ ン サ ム は 青 年 が、 世 襲 巫 の 家 に 生 ま れ た 事 を. - 147 -. (2)〈アリラン〉の起源説と種類. ら れ て い る。 韓 国 の 3 大〈 ア リ ラ ン 〉 の 起 源 説 は 次 の よ う で あ. けられたと考える意見. 基 づ い た 起 源 説 は、「 ア リ ラ ン 」 の 語 源 説 の「 誰 が 僕 の 心 を ア. る。 居七賢関連説. 年 以 降、〈 旗 善 ア ラ リ 〉 に 高 級 性 は、 自 然 発 生 で は な く、 1968 を 加 わ る た め、 旗 善 地 域 の 知 識 人( 地 元 の 有 志 ) に よ っ て、 つ ジョンソン. ⑴〈旌善アリラン〉の起源説. ジンド. 開 城 の「 杜 門 洞 」 で あ る。 そ の 中 一 部 の 人 々 が 再 び 李 成 桂 を 避. 広 く 知 ら れ て い な い が、 珍 島 世 襲 巫 の 習 俗 と 関 連 が あ る。 珍. ⑵〈珍島アリラン〉の起源説:ダゴルレ説話. け て 隠 居 し た と こ ろ が 江 原 道 の 旌 善 で あ る。 そ の 時、 来 た 人 が. 事 二 君 」 を 言 い、 高 麗 に 対 す る 忠 節 を 誓 っ て、 忍 ん だ ど こ ろ が. で あ る。 李 成 桂 の 朝 鮮 建 国 後、 高 麗 の 遺 臣 の 中、 七 二 名 が「 不. 〈 旌 善 ア ラ リ 〉 の 根 源 説 の 通 説。 旌 善 地 域 の 人 た ち に は 定 説. :.
(4) 富 者 の 家 の し も べ に な っ た。 と こ ろ で そ の 家 の 娘 と 恋 に 落 ち、. 渡 っ て、 珍 島 に 帰 り 巫 業 を 受 け 継 い だ。 あ る 日、 若 者 は 殴 ら れ. て 一 緒 に 行 く と 意 地 を 張 っ た。 二 人 は 聞 慶 セ ゼ を 越 え て 海 を. れ た。 若 者 は 病 体 で 故 郷 に 帰 っ た。 そ の 時、 娘 が 彼 の 後 に つ い. 驚 い て そ の 場 で 死 ん で し ま う。 あ る 日、 胆 力 が あ る 人 が 志 願. み を は ら し て ほ し い と 頼 む た め 現 れ た が、 そ の 時、 長 た ち は. 死んで怨霊なったアランは新しく赴任する官庁長に自分の恨. ら れ て い る〈 ア ラ ン 娘 〉 は 貞 節 を 守 る こ と で 命 を 奪 わ れ た。. 嶺 南 樓 の 下、 ア ラ ン 娘 の 霊 を 祭 る〈 ア ラ ン 寺 〉 が あ る。 祭. じを次に引用する。. た 後 遺 症 で 急 死 し て し ま っ た。 そ れ で、 娘 は 茫 然 自 失 し、 恨 め. し て、 官 庁 長 に な っ て 行 っ た。 彼 は ア ラ ン の 怨 霊 に 会 っ て、. や が て 若 者 は 娘 の 両 親 に ひ ど く 殴 ら れ た 後、 聞 慶 セ ゼ に 捨 て ら. し い 一 生 を 過 ご し た。 そ れ を 見 た 人 々 が 歌 を 作 っ て 歌 っ た の が. (3)〈アリラン〉に関する古い記録. ⑴〈 ア リ ラ ン 〉 関 す る 最 も 古 い 記 録 は. の記録 Homer Hulbert. リラン〉の歌詞に「アラン伝説」の内容が加われたと思われる。. 後 日、 こ の 説 話 が 歌 の 背 景 に な り、 そ れ に あ わ せ て〈 密 陽 ア. 「グッ(굿)」をした。. 殺 し た 犯 人 を 逮 捕 し、 厳 刑 に 称 し て、 ア ラ ン の 靈 を 慰 め る. 願 い を 叶 わ せ て あ げ る と 言 っ た。 そ れ で、 官 庁 長 は ア ラ ン を. 〈珍島アリラン〉である。 문경새재는 왠 고갠가 구부야 굽이굽이 눈물이로 고나 산 / / 천이 좋아서 내가 여기를 왔냐 님 / 사는 곳이라서 여기를 왔재. (聞慶セゼはどのような峠なのか 曲がりくねって涙に落ちる / んだ 山 / 川が良いので私ががここに来たかよ あ / なたのお住 まいでここに来たのよ) 他にも「아래랑인가 설이향인가 용천인가 얼 / 마나 좋으면 저 지 랄 인 가( ア レ ラ ン か ソ リ ヒ ャ ン か 竜 川 な の か 如 / 何程よ. け れ ば あ の サ マ か な )」 の 由 来 の「 ソ ル 娘 子 」 説 や、 説 話 と 大 笒 の 名 人 の「 朴・ ゾ ン ギ 」 先 生 の 作 り で あ る と か、 サ ン ア ジ 打 令 か ら の 起 源 説 も あ る。 ま た〈 ア リ ラ ン 〉 は 苦 難 の 花 を さ す. 年 楽 譜 化 ) で あ る。〈 ア リ ラ ン 〉 を 世 界 に 知 ら せ た 最 初 ( 1896 年 月 の 記 録 と い う 意 義 が あ り、 こ れ に つ い て は、 2018 8 17. ~ 18 日のコリア学国際ワークショップで北朝鮮も認めたこと で、 韓 国 の〈 ア リ ラ ン 〉 と 北 朝 鮮 の〈 ア リ ラ ン 〉 は 同 じ 歌 を も. という、語源説と関わっている説もある。. とにしていることを明らかにしたと思われる。. アラン. 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 起 源 説 は 阿 娘 伝 説 で、 そ の 伝 説 の あ ら す. ⑶〈密陽アリラン〉の起源説:阿娘(アラン)伝説. - 148 -.
(5) の3人が総 曲を歌い、その中 人の安禎植、李喜轍、 Son.Rong 2 曲 が〈 ア リ ラ ン 〉 で あ っ た。 ア メ リ カ 国 会 図 書 館 所 蔵 さ れ て. で. いて、音盤の復元は韓国の音盤学者鄭昌官. ( 4). 次 の よ う に 分 析 さ れ、 評 価 さ れ て い る。 こ こ に ま と め て 引 い て. ハ ル バ ー ト の 記 録 に 関 し て は、 主 に 金・ ス ン ウ の 論 文 おく。 ①韓国文学の全般的特徴を固有性と普遍性という二つの指標 で 考 え た。 特 に 韓 国 の 詩 歌 は 純 粋 な 表 現 と 激 動 的 な 抒 情 が 主調を成している。 ) の 論 議 に よ っ て〈 ア リ ラ ン 〉 の 享 受 ② ハ ル バ ー ト( Hulbert 年 あ る 時 点 か ら〈 ア 様 相 を 追 跡 す る と、 少 な く と も 1883 年を起点とし リ ラ ン 〉 が 人 々 の 中 で 広 ま り、 そ れ が 1883 年 頃 は 大 変 人 気 を 得 た と ま と め ら れ る。 て 愛 好 さ れ、 1896 ~ 90 年 代 に は も う〈 ア リ ラ ン 〉 の 本 来 の 1880 意味が薄くなっていることもわかる。. それから. ③ ハ ル バ ー ト は 繰 り 返 し の「 배 띄 어 라( 船 を 浮 か せ )」 に 注. による。. ( 5). ~ 1917 年、 第 1 次 世 界 大 戦 時、 ド イ ツ の プ そ れ か ら 1916 ロ イ セ ン の 捕 虜 収 容 所 に い た 高 麗 人 捕 虜 た ち が 残 し た〈 高 麗 人. 、 Stepan An 、 Gawriel kang が2分ぐら ア リ ラ ン 〉、 Grigori Kim いの分量で録音した。ドイツベルリン民族学博物館所蔵である。. ド イ ツ フ ン ボ ル ト 大 学 の 図 書 館 に デ ジ タ ル 化 さ れ 保 管 中 で、 歌 詞は次のようである。. 아르랑 아르랑 아라디(리)오 아 / 르랑얼싸 배띄어라 문 / 경새 재 박달나무 홍 / 두깨 방망이로 다 나간다(アルラン アルラン. アラディ(リ)オ ア / ルラン オルサ 船を浮かせ 聞 / 慶嶺のオ ノオレ(壇木) 綾 / 巻き(杵)ですべて切り出され). 年 映 画〈 ア リ ラ ン 〉 の 大 成 功 に よ っ て、 〈 ア リ ラ ン 〉 は 1926 主 題 曲 の〈 ア リ ラ ン 〉 が 広 が っ て 全 国 的 に 歌 わ れ、 流 行 歌 と し. 目して、繰り返し(前斂)の意味を解いた、それで、 1990 代 ま で ハ ル バ ー ト の 記 録 が〈 ア リ ラ ン 〉 で は な く、〈 船 遊 歌 〉 と し て 思 わ れ る こ と に も な っ た。 今 は、 こ の 記 録 は 初. ての位置を確保し、また民族の歌へ進むことになった。. 月 7. 日、 ア メ リ カ ワ シ ン ト ン で、 人 類 学 24. 1.私を捨てて行くあなたは 十里も行けず足病になるよ. 越えてゆく. 〈 繰 り 返 し 〉 ア リ ラ ン ア リ ラ ン ア ラ リ よ ア リ ラ ン 峠 を. である。歌詞は次のようである。. 主 題 歌 の〈 ア リ ラ ン 〉 は 羅 雲 奎 の 作 詞 で、 団 成 社 楽 団 の 作 曲. め て 五 線 譜 に 記 録 さ れ た〈 ア リ ラ ン 〉 と し て 大 変 貴 重 で あ る。. 年 1896. ⑵その他の〈アリラン〉の古い記録 ま ず、. が当時アメリカにいた朝鮮人の留学生の音声を 者 Ellis Fletcher 年、 そ の 記 録 が あ る こ と が 知 ら さ れ た。 朝 鮮 録 音 し た。 1998. - 149 -. 11.
(6) る. 2. 豊 年 が 来 る ね 豊 年 が 来 る よ こ の 江 山 の 三 千 里 豊 年 が 来. くだけ. 3. 山 川 の 草 木 は 若 く て 出 て い っ て 人 間 の 青 春 は 老 い て い. も多い. 4. 青 天 の 空 に は 細 か い 星 も 多 い し う ち の 暮 ら し に は 小 言. ハ ル バ ー ト の 記 録 か ら、 映 画「 ア リ ラ ン 」 の 主 題 歌 と し て 大 流 行 し た〈 ア リ ラ ン 〉、 そ れ か ら 現 在 我 々 が〈 ア リ ラ ン 〉 と 言 わ れ た ら 思 い 出 す 韓 国 の 抒 情 民 謡〈 ア リ ラ ン 〉 ま で、〈 ア リ ラ ン〉の発生から今になるまでの流れは次の図のようにまとめら 言 葉 の ア リ ラ ン か ら 出 発 し て、 地 域 ご と に 歌 わ れ、 伝 承 さ れ. れる。 た〈 ア リ ラ ン 〉 が ど の よ う な 系 統 を 持 ち、 ど の よ う に 各 地 域 で 根を下ろしたかがわかる。. 〈アリランの系譜図〉. - 150 -.
(7) 楊 平( ジ ャ タ ン( 自 歎 )) ア リ ラ ン 2、 ソ ウ ル ゼ( 制 ) 旌 善 ア. 打 令、 安 城 ア リ ラ ン 打 令、 楊 平( ジ ャ タ ン( 自 歎 )) ア リ ラ ン、. ン( 恨 ) 五 百 年、 驪 州 ア リ ラ ン、 楊 平 ア リ ラ ン、 水 源 ア リ ラ ン. ① ソウル 京 /畿 本 調 ア リ ラ ン、 ギ ン( 長 ) ア リ ラ ン、 江 原 道 ア リ ラ ン、 ハ. ⑶〈アリラン〉の分布―韓半島(朝鮮半島). ズ ン ア ラ リ 2、 襄 陽 ア ラ リ、 昭 陽 江 筏 ア リ ラ ン、 楊 口 オ ル ロ ジ. 麟 蹄 筏 ア リ ラ ン、 寧 越 ア ラ リ、 江 陵 ジ ャ ズ ン ア ラ リ、 江 陵 ジ ャ. 平昌アリラン、平昌アラリ、溟州ジャジンアラリ、麟蹄アラリ、. レ イ、 太 白 ア ラ リ、 横 城 オ ロ リ( 어 러 리 )、 横 城 オ リ ラ ン 打 令、. 口 で 歌 う こ と ) ア ラ リ、 旌 善 八 景 ア ラ リ、 ア ウ ラ ジ、 太 白 ア ラ. ②江原道. セ(アリラン桑採りに行こうぜ). ( 얼 러 지 )、 洪 川 ア リ ラ ン、 原 州 ア リ ラ ン、 ア リ ラ ン ポ ン タ ロ ガ. 旌 善 ア ラ リ、 旌 善 ア ラ リ 2、 旌 善 ア ラ リ 3、 旌 善 ヨ ク ム( 早. リラン、旧アリラン 〈韓国内 地域別アリラン〉. 中 原 ア ラ ソ ン、 丹 陽 ア ラ リ、 提 川 オ ロ リ( 어 러 리 )、 曾 坪 ア. ③忠清道. ラ リ、 驪 州 オ リ ラ ン( 어 리 랑 )、 陰 城 オ ロ リ ソ ン( 어 러 리 성 )、. 忠 州 ア リ ラ ン 打 令、 提 川 ア リ ラ ン 打 令、 沃 川 ア リ ラ ン、 瑞 山 ア. リラン、大田豆畑草取り歌、解放歌アリラン. 密 陽 ア リ ラ ン、 慶 尚 道 ア リ ラ ン、 醴 泉 ア リ ラ ン、 光 復 軍 ア リ. ④慶尚道. ラ ン、 鬱 陵 島 ア リ ラ ン、 梁 山 ア リ ラ ン、 釜 山 ア リ ラ ン、 昌 原 ア. リラン、河東サリラン打令、聞慶セゼアリラン、聞慶アリラン、 榮川アリラン、大邱アリラン. 珍 島 ア リ ラ ン 打 令、 珍 島 ア リ ラ ン、 甫 吉 島 ア リ ラ ン、 ア リ ロ. ⑤全羅道. ラ ン、 長 興 ア リ ラ ン、 海 南 ア リ ラ ン、 無 等 ア リ ラ ン、 完 州 ア リ. ン ソ リ ロ ン( 아 리 롱 서 리 롱 )、 ア ロ ン( 아 롱 ) 打 令、 花 開 ア リ. ラン、茂朱アリラン打令、新安アリラン、高興アリラン. - 151 -.
(8) ⑥濟州島 濟州 朝天アリラン 〈朝鮮民謡アリラン〉で. 遺産に登録された。. ⑦北朝鮮. 年ユネスコ無形文化 2014. 榮 川 ア リ ラ ン、 慶 尚 道 ア リ ラ ン、 西 道 ア リ ラ ン、 海 州 ア リ ラ. らゆら)しますね(後略). これは旗善の歌手の金・ナンギ先生の歌である。歌詞はジン・. ヨ ン ソ ン の『 旗 善 ア リ ラ ン を た ず ね て 行 こ う 』 か ら 引 用 し た。. 金・ ナ ン ギ 氏 は 現 在、 道 指 定 無 形 文 化 財 第 1 号 の 旗 善 ア ラ リ の. 運 に 関 す る 労 働 の 場 で あ る。 ま た、 様 々 な 労 働 や 仕 事 の 場、 水. 〈 旗 善 ア ラ リ 〉 が 歌 わ れ る 場 は 主 に 筏 作 り、 筏 漕 ぎ な ど の 船. 汲 み に 行 く と き に、 酒 宴 の 遊 び 場 な ど、〈 旗 善 ア ラ リ 〉 は 生 の. 準伝承者で、旗善郡北面一帯に暮らしている。. ラ ン、 三 日 浦 ア リ ラ ン、 北 間 島 の 原、 こ の 私 の 身 の 上( イ ネ シ. 歌、 人 間 の 人 生 や 暮 ら し そ の も の の 歌 で あ る。 す な わ ち、 こ の. ン、 安 州 ア リ ラ ン、 清 津 ア リ ラ ン、 大 平 ア リ ラ ン、 以 北 ア リ ラ. ン セ )、 サ ル ピ マ ク シ ン セ、 こ の 地 こ の 街、 端 川 ア リ ラ ン、 穩. ン、 ア リ ラ ン、 ジ ャ ズ ン( 잦 은 ) ア リ ラ ン、 ア ラ リ ヨ、 新 ア リ. 城アリラン、巫山アリラン、通川アリラン、高城アリラン. き、 悲 し み の 浄 化 な ど、 人 の 暮 ら し の 友 に な っ て、 人 々 の 暮 し. 歌 が 持 つ 機 能 と い う の は、 労 働 の 苦 し さ を 減 ら す、 身 の 上 の 嘆. の苦しみを解消することであろう。 ①―2.江原道アリラン. ジョンソン. ⑷代表的〈アリラン〉―韓国の3大〈アリラン〉 アリラン. ①―1.旗善アリラン(旗善アラリ) 〈歌詞〉(繰り返し)アリラン アリラン アラリヨ ゴゲ(峠)ゴゲ(峠)へ私を越えらせてくれ. ン オルシグ(エエイ、ヨイヤ) 遊んでいこう ピ マ シ、 冬 柏 や、 実 ら な い で 誰 を 愛 し よ う と、 頭 に 油 か. を失った。流行(通俗)民謡になった。李尚俊の『新撰俗曲集』. い て い る が、 植 民 地 時 代 音 盤 化 に よ っ て 京 ト リ に な り、 郷 土 性. 〈 江 原 道 ア リ ラ ン 〉 は、 江 原 道 ジ ャ ジ ン ア リ ラ ン に 淵 源 を お. 略). 実ってほしい豆と小豆はなぜ実らず 茨 / 、冬栢はなぜ実るのか 赤く沸いた椿の花は美しくて 恥じらい乙女の情熱みたいね(後. 〈 歌 詞 〉( 繰 り 返 し ) ア リ ア リ ス リ ス リ ア ラ リ ヨ ア / リラ. 雪が降るかしら 雨が降るかしら 豪雨の長雨になるかしら 萬壽山に黒い雲がむやみに集まってくる 旗善の旧名は武 / 桃源じゃないの 武 / 陵桃源はなくて山だけ多いね ア // ウ ラ ジ の 船 頭 や、 ち ょ っ と 渡 し て く れ ハ ギ の 谷 の 早 椿 が 全 部 落 ち / る 落 / ちた椿は落ち葉に積もるが 四 / 時 長 い 季 節、 君 が 恋 し. くて私は生きていけないね 旗 // 善 の よ う に 暮 ら し や す い と こ ろに一度遊びに来てください 黒 / い 山、 水 底 で も ハ マ ナ ス が 咲きます ア / ウ ラ ジ を 渡 る と き は ア ウ ロ ジ ド ニ( く る ん だ の に) ガ / ムルゼ(嶺)を越えて行くときはガムルガムシル(ゆ. /. - 152 -. :.
(9) ) に 他 の 雑 歌 と 収 録 さ れ て い る。 1900 年 代 初、 雑 歌 と 1921 して広く歌われている。〈旗善アリラン〉と比べると、大衆性・. ( 流 行 性 が 強 く て、 主 に 流 行 歌 と し て 歌 わ れ た と 思 わ れ る。 そ の 年 代、 조 용 필( 趙 容 弼 ) が 強 い 流 行 性 が 受 け 入 れ ら れ、 1980 〈江原道アリラン〉を大衆歌謡として歌い、広く流行された。 ジンド. ⑵珍島アリラン 〈 珍 島 ア リ ラ ン 打 令 〉( 繰 り 返 し )ア リ ア リ ラ ン ツ リ ツ リ ラ ン アラリがナンネ ア / リ ラ ン ウ ン ー ウ ン ー ウ ン ア ラ リ が ナ ン ネ 聞 慶 セ ゼ は ど の よ う な 峠 な の か 越 / え て く る と き 越 え て 行 く と き 涙 な の だ セ // ウ ォ ル( 歳 月 ) や ネ ウ ォ ル や 行ったり来たりしないで もったいない私の青春がもう老いて / いくのだ 韓 // 国 の 最 南 端 宝 の 島 の 珍 島 人 / 情があふれて住みや すいね(後略). 〈珍島アリラン打令〉は畑仕事(草取り)、漁労作業、休憩中、 満船の喜び、遊びや酒宴、または家事等の仕事をするとき歌う。 様 々 な 生 活 の 場 で 歌 わ れ る の で、 身 の 上 の 嘆 き、 亡 く な っ た 主 人 を 偲 ぶ な ど の カ タ ル シ ス 効 果 が あ る と 思 わ れ る。〈 旗 善 ア ラ リ 〉 と 同 じ く 生 活・ 労 働 と と も に 歌 わ れ て い る。 生 活 そ の も の である。この歌が持っている機能とは概ね遊戯、身の上の嘆き、 労働の苦しみを減らすなどであると思われる。. ミリャン. 韓国慶尚南道密陽地域で歌われてきた〈アリラン〉である。. ⑶密陽アリラン. 〈歌詞〉(繰り返し)アリ ダンダックン スリ ダンダックン アラリがナンネ ア / リラン オジョルシゴ よく越えて行くね 私 を 見 て、 私 を 見 て、 私 を ち ょ っ と 見 て よ 冬 / 至の雪月の花. を 見 た よ う に、 私 を ち ょ っ と 見 て よ な じ ん だ( 懐 か し ん // だ)貴男が来られたのに挨拶もできず 前 / 掛けを口にくわえ. お // 前が偉いか、私が偉いか、誰が偉いか、 銅 / や 白 銅、 紙 銭 で な け れ ば、 一 番 偉 く な い ぞ 南 // 川 江 う ね て口だけにっこり. て嶺南楼を回って 碧空に掛かっている月はアラン閣を照ら / 嶺 // 南 楼 名 勝 を た ず ね て 行 く と ア / ランの哀話が伝わっ. すね. てくるね ア // シ ル ラ ン サ ル ラ ン( や や ひ え び え す る ) 寒 か っ たら 私の懐に抱かれて 枕が高かったら 私の腕を枕にし / 水 // 色 の 絹 の 下 着 は 広 い の が 良 い し 紅 / 唐木綿のチマは. やれ. 赤 い の が 良 い キ ャ ラ コ の 袷 の チ ョ ゴ リ う す 桃 色 の チ マ / // 十二回死んでも手放さないね 抱 // か れ る な ら 抱 か れ て し な い ならしなかったら良いのに 首 / だけのせておいてもうやめる. のか 他 // の 家 の 旦 那 は 御 輿 に 乗 っ て い る の に う / ちのあのム ン デ ン イ( あ ほ ) は 畦 ば か り 乗 っ て い る 道 // 沿 い の 垣 は 高 いのが良いし 酒 / 屋の酒母は綺麗のが良いよ 姑 // が 死 ん で か 麦臼に水入れておいたのが思い出る ら 部屋広くて良いし / 世 // の中に咲いた花はウルグッブルグッ(色とりどりに) 私 / の心に咲いた花はウルロンウルロン(どきどき)(後略). - 153 -.
(10) 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 に つ い て は、 章 を 改 め て 詳 し く 触 れ た い と. に 関 す る 研 究 は と て も 少 な い 方 で あ る。〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 に 関. 広 く 歌 わ れ、 研 究 さ れ て き た こ と と 比 べ る と、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉. しての研究は主に文学的研究と音楽的研究でなされていた。. 思う。. ⑴ 主 な 文 学 的 研 究 は「 金 畿 鉉、「 密 陽 ア リ ラ ン の 形 成 過 程 と. 」がある。この研究は〈密 輯、 1991 陽アリラン〉の形成について、歌詞と旋律の分析から究明した。. 3.〈密陽アリラン〉の分布と伝承の現状 〈密陽アリラン〉は韓国慶尚南道密陽市を中心として伝わっ. それを次の図のようにまとめている 。. て く る 川( 南 川 ) は す べ て 洛 東 江 の 支 流 で あ る。 川 の 流 域 の 面. リ ラ ン 〉 が 受 け た と 考 え て い る。 両 氏 の 研 究 も 今 ま で の 他 の ア. の 関 わ り も 言 及 し て い る。〈 珍 島 ア リ ラ ン 〉 の 影 響 を〈 密 陽 ア. 繰 り 返 し の 旋 律 が 同 じ で あ る こ と を 指 摘 し、 両 ア リ ラ ン の 旋 律. 一 方、 李 素 羅 氏 は、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は〈 珍 島 ア リ ラ ン 〉 の. 構造」、 『文学と研究』第 て い る 歌・ ア リ ラ ン で あ る。 慶 尚 南 道 密 陽 市 は、 韓 国 の 慶 尚 南. ㎢ で あ り、 多 く の 農 地 が あ る。 豊 か な 自 然 環 境 に 1,476 よ っ て、 密 陽 市 は 昔 か ら 農 産 物 の 集 散 地 で あ り、 交 通 の 要 地 で. 道 洛 東 江 の 東 側 の 内 陸 に あ る。 山 に 囲 ま れ て い て、 山 か ら 流 れ 積は約. あ っ た。 密 陽 は 民 俗 遊 び( ノ リ ) の 町 と 言 わ れ る ほ ど、 そ の 種 類 が 多 く て、 歴 史 も 長 い。 そ れ か ら 全 国 的 に 知 ら れ て い る も の も 多 い。 国 家 無 形 文 化 財 と し て 指 定 さ れ て い る も の も 多 い が、 代 表 的 な の は「 密 陽 百 中 ノ リ 」、「 武 安 龍 虎 ノ リ 」、「 甘 川 蟹 綱 引 かせなく歌われるのが〈密陽アリラン〉である。. き 」 ( 6)な ど が 毎 年 行 わ れ て い て、 そ の 民 俗 ノ リ を 行 う 時、 欠. (1)〈密陽アリラン〉に関する先行研究 年 か ら で あ る が 少 な い。 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 独 自 な 研 究 は 1990 韓 国 の 3 大 ア リ ラ ン の 一 つ と い う 位 相 に も 関 わ ら ず、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 研 究 さ れ て い な か っ た し、 密 陽 地 域 か ら も 疎 外 さ れ て い た。 他 の 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉 が そ の 郷 土 性 を 維 持 し な が ら. 〈図2 密陽アリランの流れ〉. - 154 -. 12.
(11) 律 の 分 析 を 通 し て、 郷 土 的〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 と 通 俗 化 さ れ た. ) で は、 徐 貞 梅、「 旋 律 と 音 程 で 見 た 密 陽 ア リ ラ ン 」( 2007 繰 り 返 し の 歌 詞 が 時 代 に よ っ て 変 化 し た こ と を 明 ら か に し、 旋. ⑵音楽的研究では徐貞梅、郭・ドンヒョンの論文がある。. することにその中点を置いていると思われる。. リ ラ ン 研 究 と 同 様、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 発 生 や 起 源 を 明 ら か に. 百 中 ノ リ 〉 が 主 な の か は 明 確 に 区 分 で き な い ほ ど、〈 密 陽 ア リ. わ れ る こ と に な っ て い る。〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 が 主 な の か、〈 密 陽. が も っ と も 強 調 さ れ、〈 密 陽 百 中 ノ リ 〉 の 公 演 綱 目 と し て も 歌. の 興 及 び 人 々 の 意 気 を 盛 り 上 げ る、 仕 事 の つ ら さ を 減 ら す な ど. 域でも流行歌としてよく歌われる。. 強 い 歌 で あ る。 そ の 故 に〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 密 陽 地 域 以 外 の 地. 様 々 な 機 能 を 持 っ て い る。 ま た 現 在 は 公 演 化 さ れ、 遊 戯 の 機 能. 流 行 性 や 遊 戯 性 が 強 い の で、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 歌 わ れ る 場. 〈密陽アリラン〉が異なることを究明した。. ラ ン 〉 は 民 俗 ノ リ と 融 合 さ れ、 一 つ の 遊 戯 謡 と し て 歌 わ れ て い. ラ ン 〉 は〈 密 陽 百 中 ノ リ 〉 の 付 属 歌 と し て 扱 わ れ て い る と い っ. る。 こ の よ う な 状 況 を 見 て、 ア リ ラ ン 研 究 者 た ち は〈 密 陽 ア リ. て、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 独 自 性 を 表 に 出 し て 伝 承 し な け れ ば な らないと主張している。. 年 代 半 ば か ら、 西 道 唱 と 京 畿 道 唱 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、 1920 の 妓 女 に よ っ て ア ル バ ム 化 さ れ、 全 国 的 に 歌 わ れ た 流 行 歌 で も. 日)の中元の日(韓国では百中)に〈密陽百中ノリ〉 暦 月 7 15 を行う時、〈密陽アリラン〉が歌われたりする。. - 155 -. 郭・ ド ン ヒ ョ ン、「 密 陽 ア リ ラ ン の 類 型 と 時 代 的 変 遷 研 究 」 ) で は、 時 代 別 歌 い 手 を 検 討 し、 旋 律 を 分 析、〈 密 陽 ア ( 2012 リラン〉が固定されずひたすら変容されてきたことを明らかに 音 楽 的 研 究 で は、 ア リ ラ ン の 起 源 説 か ら 離 れ、 よ り 深 く 歌 そ. している。 の も の に つ い て 分 析 し た 意 義 が あ る。 そ れ か ら 旋 律 の 面 で〈 密 を明らかにした意義があると思われる。. あ っ た。 そ れ か ら 主 な 歌 詞 は 慶 尚 道 方 言 と な っ て お り、 歌 詞 が. 今 は 公 演 や 町 お こ し の た め、 互 い に 協 力 す る 形 で、 月 5の 〈 密 陽 ア リ ラ ン 祭 〉 で〈 密 陽 百 中 ノ リ 〉 を 行 っ た り、 月 8 (陰. 〈密陽アリラン〉は韓国慶尚南道密陽を中心として伝わって. (2)〈密陽アリラン〉の概要. 密 陽 地 域 の 名 勝 と 人 物 を 含 む。 土 俗 性 と 非 土 俗 性 が 結 合 し た 特. 陽アリラン〉が固定されず昔から今まで絶えず変化してきた事. い る 歌・ ア リ ラ ン で あ る。 主 に 田 植、 草 取 り な ど の す べ て の 農 ミリャンベクジュン. 旋 律 と 非 常 に 似 て い る こ と か ら 見 て、 密 陽 地 域 の 郷 土 民 謡 と い. 徴 を 持 つ。. 年 代 以 降 に 流 行 し た〈 ア リ ラ ン 〉 の 固 定 部 で 1900 あ る 繰 り 返 し( リ フ レ ー ン ) が あ り、 京 畿 雑 歌 の〈 陽 山 道 〉 の. 作 業 と 共 に う た わ れ た と 思 わ れ る。 現 在 は、 重 要 無 形 文 化 財 第. い る。 遊 戯 性 を 強 調 し て、 人 を 盛 り 上 が ら せ る 流 行 歌 の 性 格 が. り の 場 で み ん な で 歌 う。 そ れ か ら 甘 川 蟹 綱 引 き の 時 も 歌 わ れ て. 号 の〈 密 陽 百 中 ノ リ 〉 の 道 行 の 時 と、 終 わ っ た 後 の 盛 り 上 が. 68.
(12) う よ り、 1900 年 代 に 生 成 さ れ た 新 民 謡 で あ る と 思 わ れ る。 音 拍のセマチ長短(ドン・ドン・ドク・ 楽的特徴は、3拍子の 9/8 ・ sol ・ ・ ・ 」 ク ン・ ド ク ) の「 mi la do re の 5 音 で あ り、 音 幅 は 完 全 8 度、 歌 詞 に よ っ て 度 ま で 拡 大 す る こ と で、 新 民 謡 の 特. 陽のアリラン打令は特別に情調が物悲しくて南国の情調をよ. く表現したものであって、慶尚道内で有名であるだけでなく、. 「 ラ 」 で 始 ま り、「 ラ 」 で 終 わ る。 全 体 的 に 京 ト リ( 調 性・. 徴が強い。. くと、本当に可哀想で趣があり、風味がある。(後略). り な が ら 悲 し い 情 調 で 掛 け 合 い で 歌 う。 こ の よ う な ソ リ を 聴. が 分 か る。( 中 略 ) 三 々 五 々 の 牛 飼 い の 群 れ が 牛 を 連 れ て 帰. 今 は 全 国 に 流 行 っ て い る。( 中 略 ) こ の 密 陽 ア リ ラ ン 打 令 も ソ ウ ル や 大 邱 で 聴 く よ り、 密 陽 に 行 っ て 聴 け ば 一 層 そ の 風 格. ト ー ナ リ テ ィ、 音 楽 の 形 成 地 域 に よ る 特 徴 的 音 楽 様 式 ) の 性 格. 〈 旌 善 ア リ ラ ン 〉、〈 珍 島 ア リ ラ ン 〉 と と も に 韓 国 の 3 大 ア リ ラ. 郷 土 民 謡 の〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 が 本 物 で あ る こ と を 述 べ て い て、. 年頃はすでに こ の 記 録 を 見 る と、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 1929 流 行 歌・ 通 俗 化 さ れ て 全 国 で 歌 わ れ て い る。 た だ し、 密 陽 の. が 強 い が、「 ラ‐ ソ‐ ミ 」 の 下 降 旋 律 が 主 で あ り、「 ラ 」 で 終 わ. ン の 一 つ と し て 慶 尚 道 民 謡 を 代 表 し て い る。 日 本 植 民 地 時 代 に. 年 以 前、 密 陽 で 歌 わ れ て い た 郷 土 民 謡〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 1929 は 物 悲 し い 情 調 を 持 っ て い て、 流 行 歌 の〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 と は. るので、変形された「メナリトリ」の特徴を持っている。現在、. は〈 独 立 軍 ア リ ラ ン 〉、〈 光 復 軍 ア リ ラ ン 〉 に 歌 詞 が 変 え ら れ、. 異なっていることを話している。. して位置づくことになったと思われる。. 年 代 か ら は 妓 生( 妓 女 ) に よ っ て 音 盤 化 さ れ、 地 域 ⑴ 1930 性 を な く し、 流 行 歌 と し て 歌 わ れ た。 通 俗 ア リ ラ ン、 新 民 謡 と. (4)〈密陽アリラン〉の伝承と変容. 独 立 運 動 歌 と し て も 活 用 さ れ た。〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 時 代 を 生 。. (7). 日 1 発売の金. き て い き な が ら、 多 様 な 変 容 が 可 能 で あ っ た こ と で も、 重 要 な 歴史的意義がある (3)〈密陽アリラン〉に関する古い記録 年 10 月 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 最 初 の 記 録 は 1926 錦花の音盤の「日蓄朝鮮音盤」の目録である。. 年『 別 乾 坤 』 の 車 相 瓚 の「 密 陽 の 7 大 二 番 目 の 記 録 は 1929 名 物 」 の 中「 物 悲 し い 密 陽 ア リ ラ ン 」 で あ り、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の「郷土性」を主張している。その文章を一部引用する。 ど の 地 方 で あ れ、 ア リ ラ ン 打 令 が な い 所 は な い が、 こ の 密. - 156 -. 10.
(13) 〈表― 年度. 内 容 密陽アリラン打令(卵卵打令)、. 年までの音盤及び記録〉 1940. 音盤及び記録物. 年から 1925. 号. 1926 『日蓄朝鮮音盤』 1929 『別乾坤』. 大邱 金錦花 長 / 鼓 朴春載 車相瓚の「密陽の7大名物」〈物 悲しい密陽アリラン〉. 歌謡順位2番目に密陽アリラン 収録. 張慶順の密陽アリラン. (「毎日新報」( 1931 年 月 9 28 日)、「朝鮮日報」( 1931 年 11 月 22 日)に紹介) 朴・ブヨンの新密陽アリラン ( 1934 年 月 7 。繰り返しの語句 が多様). 流行小曲 密陽アリラン」独唱 1930 VICTOR 年代 ORTHOPHONIC 全・キョンヒ 伴 / 奏 ビクター RECORD 49093-B 管弦楽団 1931 コロンビアレコー 朴・ウォルジョンと金・インス ド クの密陽アリラン. 1934 オッケー音盤社. 1936 留声機音盤歌詞集 朝鮮放送協 1938 JODK 会第2放送用『歌 謡集』. 右 記 の 表 の 中 の 張 慶 順 の〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 歌 詞 を こ こ に 引 用しておく。. 金碧湖作詞 民謡 密陽アリラン 張慶順. 伴奏 コロンビア鮮洋合奏団. アリラン峠を越えてゆく. //. 私を見てく 冬至の月の花のように こっそり私を見てね アリくラン スリくラン アラリがナンネ. 行くとき来るとき にっこりく笑わず この私の話をこっそり聴いてくれ. アリくラン スリくラン アラリがナンネ アリラン峠を越えてゆく //. にっこりくこの人よ 聴いてみなさいく この私の事情を聴いてみなさいよ. 張虎崗(장호강)将軍の証言。 独立軍歌として使用. 内 容 中国で単行本で刊行。光復軍ア リラン収録. 年までの記録〉 1945 音盤及び記録物. 年代~ 1930. アリくラン スリくラン アラリがナンネ アリラン峠を越えてゆく(後略) 〈表― 年度. 1932 金九先生の『屠倭 實記』 1930 独立軍アリラン 年代. 1941 〈光復軍アリラン〉 光復軍第2支隊所属の張虎崗 筆写本 (장호강)の遺品、現在韓民族 アリラン連合会所蔵. - 157 -. 22.
(14) 年 代 後 半 に な る と、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、 流 行 歌 と し て 1930 年代中国及びウラジオストク地 の 特 徴・ 長 所 に よ っ て、 1930 年韓国臨時政府の軍 域 で は〈 独 立 軍 ア リ ラ ン 〉 と し て、 1941 歌の〈光復軍アリラン〉として歌われた。この歌らは旋律は同、 年)を日本語訳 1941. 歌詞を軍歌にふさわしく変えられた替え歌である。 こ こ に〈 光 復 軍 ア リ ラ ン 〉 の 筆 写 本( して紹介する。 〈光復軍アリラン(光復軍兵士の合作)〉 アリアリラン アリアリラン アラリヨ 光復軍アリラン歌ってみよう 一、うちの父母が 私を探したら 光復軍行ったと お伝えくれよ 二、 狂 風 が 吹 く よ 狂 風 が 吹 く よ 三 / 千 万 の 胸 に 狂 風 が 吹 くよ. 〈表―. 年以降の記録〉 1945. 年度 音盤及び記録物 内 容 『屠倭實記』 国内本で刊行。光復軍アリラン 1946 嚴恒燮、 収録. 光復軍アリラン収録. 1946 密陽地域同人誌『華 アラン説話とアリランは無関係 岳』 であることを述べた 1947 祖国光復情神『光 復軍歌集』. 1957 密陽学生会雑誌 『郷』. 常緑映画社 作品. アリラン論文収録. 1953 中共軍発行軍歌集 〈パルティザンアリラン〉が数 『朝鮮之歌』 字楽譜で収録. 1967 映画録音台本〈密 陽アリラン〉. こ の よ う な 記 録 を 見 る と、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 機 能 や 伝 承 の. 拡 大 を が よ く わ か る。 す な わ ち 1940 年 代 以 降、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、 慶 尚 南 道 密 陽 の 歌 と い う 郷 土 性 と 地 域 性 を 越 え、 全 国. 三、海にぼっかり浮いている舟は. で ま た 広 く 足 を 延 ば し て、 海 外 で の 民 族 運 動 歌 と 光 復 軍 歌. ( 8). 光復軍載せて 来られる船だぞ 四、ドンシル嶺峠で鼓音がどんどんしたら. として採択された。. 漢陽城の真ん中に太極旗がはたはたとひろがえる. ン 〉 が 数 字 楽 譜 で 収 録 さ れ て い る が、 そ の 歌 詞 を 引 用 す る。 歌. こ こ に 中 共 軍 発 行 軍 歌 集『 朝 鮮 之 歌 』、〈 パ ル テ ィ ザ ン ア リ ラ. 年 以 降 か ら 1980 年 代 は、 1953 年、 中 共 軍 発 行 軍 歌 集 1945 『 朝 鮮 之 歌 』 に〈 巴 爾 奇 展 的 阿 蔾 朗( パ ル テ ィ ザ ン ア リ ラ ン )〉. び日本語訳した。. 詞 は、 漢 字 に な っ て い る こ と を、 先 学 が 韓 国 語 訳 し た も の を 再. 年 韓 国 戦 争 時、 中 共( 中 国 共 と し て 収 録 が あ り、 こ れ は 1950 産党)軍が歌詞を変えて歌ったと思われる。. - 158 -.
(15) 〈パルティザンアリラン〉 ( 繰 り 返 し ) ア リ ア リ ラ ン ス リ ス リ ラ ン ア ラ リ が ナ ン ネ パルティザンアニアリラン 歌ってみよう 1. 南 朝 鮮 眺 め る と 胸 が 痛 い が、 北 朝 鮮 の 百 姓 は 幸 せ だ ね (中略) 4.( 男 ) 娘 よ 俺 を 見 て、 よ く 見 て、 冬 に 咲 い た 花 の よ う に 愛してくれ 5.( 女 ) そ の 心 を 持 っ て い る あ な た が、 私 は 好 き だ よ 花 輿 が来たらあなたについていくよ 6.( 男 ) 俺 は 軍 人、 君 を 愛 せ な い、 君 の た め の 花 輿 が な く て結婚はできないね(後略) こ の〈 パ ル テ ィ ザ ン ア リ ラ ン 〉 を 見 る と、 男 女 の パ ー ト が 分. ら〈 統 一 ア リ ラ ン 〉 は 統 一 へ の 念 願 を〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 曲 調. 年 の 音 盤 の『 嶺 南 名 物 密 2011 陽 ア リ ラ ン 』 に、 金・ ジ ョ ン ヨ プ の 歌 で 収 録 さ れ て い る。 歌 詞. に 載 せ て 歌 っ た。 こ の 歌 は、. の一部を引用すると次のようである。 〈新密陽アリラン〉 アリラン峠を越えて行く. ( 繰 り 返 し ) ア リ ア リ ラ ン ス リ ス リ ラ ン ア ラ リ が ナ ン ネ. 布 団 が 揺 れ、 天 上 が 揺 れ、 屋 根 が 揺 れ 一 / 人 寝 た の に、 二 人 で寝ると、町が揺れ(後略) 〈統一アリラン〉. ンネ. ( 繰 り 返 し ) ア リ ド ン ド ク ク ン ス リ ド ン ド ク ク ン ア ラ リ が ナ ン ネ ア リ ラ ン オ ジ ョ ル シ グ( よ い や な ) ア ラ リ が ナ. て、 そ こ に 男 女 の 掛 け 合 い 式 の 歌 い 方 を 融 合 し て い る。 中 国 民. か れ て い る こ と が わ か る。 韓 国 の〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 を も と に し 謡 の 歌 い 方 と の か か わ り も 考 え な け れ ば な ら な い と 思 わ れ る。. ( 前 略 ) こ の 風( 願 い ) あ の 風( 願 い ) 統 一 の 風( 願 い ) この国が一つになる 統一の風(願い)(後略). 年 代 か ら は 替 え 歌 が は や り は じ め、 韓 国 の 民 主 化 運 動 と 1980 共 に 労 働 者 た ち の 闘 争 歌 の「 労 働 歌 」 と し て 歌 わ れ る こ と に なった。. 先頭になって〈密陽アリラン〉の歌詞を変えて歌った。. 行歌の〈本調アリラン〉をよく歌ったと記録されている。. を 歌 う こ と も あ る が、 老 年 層 は む し ろ、 地 域 の 歌 で は な く、 流. リラン〉はよく歌われなく、一部の中長年層は〈密陽アリラン〉. 年 刊 行 さ れ た『 密 陽 誌 』 に よ る と、 当 時 密 陽 地 域 で は〈 密 陽 ア. /. こ の よ う に 広 ま っ た〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、 密 陽 で は 1980 年 代 か ら す で に 地 域 か ら は 疎 外 さ れ て い る 状 況 で あ っ た。 1983. 〈 新 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 に 民 主 労 組 の 結 成 と. 年代労働者たちの生活を込めた闘争歌謡 「労働歌」とは 1980 を 言 う 歌 で あ り、 替 え 歌( ノ ガ バ ― ノ レ ガ サ バ ク ォ ブ ル ギ ) の. 労 働 者 た ち の 丹 結 の 内 容 と し て 歌 詞 を 変 え て 歌 わ れ た。 そ れ か. - 159 -. :.
(16) そ の よ う な 状 況 の 中、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 1983 年甘川蟹綱 号 に 指 定 さ れ た 後、 密 陽 地 域 で 歌 わ. れ る こ と に な っ た。 甘 川 蟹 綱 引 き 歌 の 前 頭 に、 盛 り 上 げ る た め. 引きが慶南無形文化財第. の 密 陽 の 民 俗 行 事 に も〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 を 歌 う こ と に な っ て. で は 毎 年〈 密 陽 ア リ ラ ン 大 祝 祭 〉 が 開 催 さ れ る 事、 そ れ か ら 他. そ の 復 興 事 業 や 普 及・ 伝 承 の た め、 現 在、 慶 尚 南 道 密 陽 地 域. に〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 を 歌 う。 チ ゲ( 지 게、 背 負 い 子 の 一 種 ) の. していて、それぞれの地域性と郷土性を持っていることで、 〈密. 関 心 が 高 ま っ て い る。〈 ア リ ラ ン 〉 が 韓 国 の 各 地 域 に 広 く 分 布. そ れ と と も に、 地 域 で 疎 外 さ れ た〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 復 興 に も. 年 12 月、〈 ア リ ラ ン 〉 が ユ ネ ス コ 世 界 無 形 文 化 財 に 登 2012 録 さ れ て か ら、〈 ア リ ラ ン 〉 は も う 一 つ の 全 盛 期 を 迎 え て い る。. ジョンヨプである。. 見せてくれるのが〈密陽アリラン〉ではないかと思われる。〈ア. る 」 ( )こ と だ が、 そ の よ う な〈 ア リ ラ ン 〉 の 特 徴 を 最 も よ く. の 一 つ が「 生 き て い る 文 化 」 で あ っ て、「 絶 え ず に 再 創 造 さ れ. 化 し て い る よ う に 思 わ れ る。〈 ア リ ラ ン 〉 と い う 歌 が 持 つ 特 徴. ま だ 多 様 な 変 化・ 変 容 を し な が ら、 流 行 し て い て、 よ り 大 衆. 典 型 化 に 進 ん で い っ た こ と と 比 べ る と、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は、. 的 で 生 き て い る〈 ア リ ラ ン 〉 で あ る。 他 の〈 ア リ ラ ン 〉 が 地 域. 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 は 韓 国 の〈 ア リ ラ ン 〉 の 中、 も っ と も 流 動. 4.終わりに. ツ化・大衆化するなど、伝承と保存に力を入れている。. )を ン 〉 体 操 や〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 フ ラ ッ シ ュ モ ブ( Flash Mob 開 発 す る な ど、 現 代 化 と と も に 若 者 に 受 け 入 れ や す く コ ン テ ン. ア リ ラ ン 〉 の 現 代 化 に も 進 ん で 行 く 様 子 で あ る。〈 密 陽 ア リ ラ. 年 月 い る。 そ れ か ら「 密 陽 ア リ ラ ン 保 存 会 」( 2013 3 創 立 )、 「〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 コ ン テ ン ツ 事 業 団 」 な ど が 結 成 さ れ、〈 密 陽. ま た 木 で 拍 子 を 合 わ せ な が ら 歌 う。 そ の 歌 の 繰 り 返 し は、 ま た 木 を 叩 く 音 を ま ね て「 ア リ ダ ン ダ ク ン ス リ ダ ン ダ ク ン 」 で 始 まっている。 年 、シ ン ナ ラ レ コ ー ダ か 〈密陽アリラン〉の単独音盤は 2011 ら 初 め て 作 ら れ た。 他 の 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉 が 多 数 音 盤 化 さ れ た こ と と 比 べ る と、 ま た〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 が 持 つ 通 俗 性 や 流 行 性 を 考 え て み る と、 だ い ぶ 遅 い と 思 わ れ る。 こ の 音 盤 に は 地 元 出 身 の 人 が 歌 っ た〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 か ら〈 独 立 ア リ ラ ン 〉、〈 光 復 軍 ア リ ラ ン 〉、〈 パ ル テ ィ ザ ン ア リ ラ ン 〉、〈 新 密 陽 ア リ ラ ン 〉、. 陽 ア リ ラ ン 〉 に も 復 興 の 風 が 吹 い て き た と 思 わ れ る。 国 家 事 業. リ ラ ン 〉 の ユ ネ ス コ 登 録 以 降、 地 域 化 や 郷 土 化 の 動 き が 活 発 に. 〈 統 一 ア リ ラ ン 〉 な ど が す べ て 収 録 さ れ て い る。 歌 い 手 は 金・. と し て の 高 額 の 資 金 が 入 り、 密 陽 市 と 密 陽 地 域 の 民 謡 研 究 者 等. 性 と 原 型、 郷 土 性 を 強 調 し て、 歌 詞 の 固 定 化、〈 ア リ ラ ン 〉 の. (9) や保存、普及、伝承. が 集 ま っ て、〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 活 性 化 に力を入れている。. な っ て い て、 各 地 域 ご と に〈 ア リ ラ ン 〉 を 発 掘 さ れ た り 再 創 造. 10. - 160 -. 73.
(17) リ ラ ン 〉 は〈 ア リ ラ ン 〉 の 中 で も 古 い 形 を 持 ち な が ら も、 絶 え. されたりする現状も起こっている. れ の 特 徴 と 意 義、 及 び 保 存 を よ り 詳 し く 研 究 し て ま と め な け れ. れ る。 広 く 研 究 し な が ら ま た、 各 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉 の そ れ ぞ. にとてもグロバールな歌として研究しなければならないと思わ. の で、〈 ア リ ラ ン 〉 は 民 族 性 が 強 い も の で あ り な が ら、 そ の 上. (. ず に 変 化 し、 再 創 造 さ れ た ア リ ラ ン で あ る。 ま た 享 受 者 と 伝 承. ばならないと思われる。. ) 。 そ れ を 見 る と、〈 密 陽 ア. 〈 ア リ ラ ン 〉 と〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 に 関 す る 研 究 は、 ユ ネ ス コ. 1991. 圓光大学校一般大学院博士論文、. 2014. 変遷」、韓国芸術総合学校伝統芸術院 修士論文、 2012 李・ジュヨン(이주연)、〈アリラン〉の圏域別音楽特徴の研究、. 金畿鉉、『アリランと地域文化』、民俗苑、 2018 郭・ ド ン ヒ ョ ン( 곽 동 현 )、「〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 類 型 と 時 代 的. 号、文学と言語研究会、. 金 畿 鉉、「 密 陽 ア リ ラ ン の 形 成 過 程 と 構 造 」、『 文 化 と 融 合 』. 参考文献. 範囲が広いことも伝承するのに良いところである。 無 形 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ る 際、 各 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉、 そ れ か ら 海 外 の〈 ア リ ラ ン 〉 な ど が 広 い 範 囲 で 集 め ら れ、 先 行 研 究 と と も に 概 ね ま と め ら れ た。 な の で、 そ れ 以 上 の 研 究 を 求 め る よ り、 ま だ 発 見 さ れ て い な い 地 域 の〈 ア リ ラ ン 〉 の 発 掘 や 主 な ア リランの伝承や再創造に力を入れる事も重要であると思われ る。 し か し、 絶 え ず 生 産 さ れ る〈 ア リ ラ ン 〉 類 を ど う よ う に 学 問 的 に 接 し、 扱 う か の 問 題 と い わ ゆ る リ メ イ ク や 西 洋 の 歌 と コ ラ ボ さ れ た〈 ア リ ラ ン 〉 は ど の よ う な 範 疇 に 属 さ せ て、 ど の よ うに研究すればいいかの課題も残っている。 ま た、〈 ア リ ラ ン 〉 の 観 光 商 品 化、 ま た は 文 化 コ ン テ ン ツ 化 し た 時 の〈 ア リ ラ ン 〉 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 規 定 す る こ と に 関. のアリラン論議に対 Homer B. Hulbert する析的考察」、 『比較韓国学』 巻2号、国際比較韓国学会、. 金・ ス ン ウ( 김 승 우 )、「. 『韓国民謡学』 輯、韓国民謡学会、 2007 徐・ ジ ョ ン メ( 서 정 매 )、「 密 陽 ア リ ラ ン の 変 容 と 伝 承 に 関 す る. 研究」、『韓国民謡学』、 輯、刊行民謡学会、 2012 朴・ キ ョ ン ス( 박 경 수 )、「 密 陽 ア リ ラ ン の 文 学 文 化 受 容 と 文 化. - 161 -. 12. 2012 徐・ ジ ョ ン メ( 서 정 매 )、「 旋 律 と 音 程 に 窺 っ た 密 陽 ア リ ラ ン 」、. 20. す る 問 題 も ま だ 解 決 で き ず、 単 に 作 り 出 す こ と に 集 中 し て い る ユ ネ ス コ 無 形 文 化 遺 産 登 録 に 当 た っ て、 北 朝 鮮 の〈 ア リ ラ. のも、今後の課題として残っていると思われる。 ン 〉 も 登 録 さ れ た こ と で、 再 び〈 ア リ ラ ン 〉 の 定 義 に 関 す る 問 題 も あ る し、 伝 承・ 保 存 に 関 す る の 課 題 は ま だ 大 き い 問 題 と し (. ) で あ る。. 35. て残っていると思われる。まとめられたように見えるけれども、 ま だ ア リ ラ ン は、 未 知 の 領 域 の 中 で 抽 象 的 な 存 在. そ れ か ら 海 外 在 住 の 韓 国 人 の〈 ア リ ラ ン 〉 に 関 す る 研 究 も あ る. 12. 21. 11.
(18) 創 出 ― 現 代 詩 と 大 衆 歌 謡 の 受 容 を 中 心 に ―」、『 韓 国 民 謡 学 』 輯、韓国民謡学会、 2018 厳・ ヨ ン ヒ ョ ン( 엄 용 현 )、「〈 伝 統 シ ナ ウ ィ〉 を 歪 曲 し た〈 密. 号、洌上古典研究会、. 号、 比. 複 : 製 技 術 時 代 の 上 演 的 近 代 と 音 声 統 制( 特 集 ア リ ラ ン を め ぐ る. 山 内 文 登、「 植 民 地 朝 鮮 の レ コ ー ド 検 閲 と ア リ ラ ン の 位 相. )、 2013-. 歌 に 刻 ま れ た 朝 鮮 民 族 の 魂 』、 創. ( 音・ こ と ば・ 語 り )」、『 韓 国 朝 鮮 の 文 化 と 社 会 』. 1984. 1989 韓国伝統音楽の魅力をさぐる』、白. リラン文化財団、 2011 ジ ョ・ ヨ ン ホ( 조 용 호 )、『 ア リ ラ ン の 原 型 研 究 』、 學 古 房、. 較民俗学会、 2015 ジ ン・ ヨ ン ソ ン( 진 용 선 )、『 日 本 韓 人 ア リ ラ ン 研 究 』、 旌 善 ア. ① 『韓国民俗大百科事典』、韓国国立民俗博物館 ② 『韓国文化コンテンツ振興院』ホームページ. :. 2013-10 p.7-18. で( 特 集 ア リ ラ ン を め ぐ る 音・ こ と ば・ 語 り )」、『 韓 国 朝 鮮 )、. (4) 金・スンウ、「. ③ 『 ア リ ラ ン、 韓 国 人 の も う 一 つ の 名 前 』、 文 化 体 育 観 年 光部・(財)伝統講演芸術振興財団、 2011 (2) 『韓国文化コンテンツ振興院』ホームページ . する。また歌詞の日本語訳は筆者による。. ( 1) 本 論 文 で 引 用 さ れ た 概 念・ 概 論 の ま と め・ 歌 の 歌 詞 は 主 に次の三つの資料のデータを基にしたことを確実に明記. 注. 水社、. 草野妙子、『アリランの歌. 知社、 1995 朴敏一、『韓国アリラン文学研究』、江原大学校出版部、. 10 p.19-68 宮 塚 利 雄、『 ア リ ラ ン の 誕 生. 12. 葛藤と統合のなか. 第六五号、国際語文学会、 2015 李 素 羅、「 ア リ ラ ン 登 載 後 の 奇 現 状 」、『 比 較 民 俗 学 』. 泮橋語文研究会、 2018 鄭・ ウ テ ク、「 旌 善 ア リ ラ ン の 成 立 と 起 源 の 創 造 」、『 国 際 語 文 』. 49. :. )に関する 陽 ア リ ラ ン 〉 の 標 準 フ ラ ッ シ ュ モ ブ( Flash Mob 号、慶南大学校教育問題研究所、. 考察」、 『教育理論と実践』. 上古典研究』. 、「 植 民 地 時 期 の ソ リ メ デ ィ ア と ア リ ラ ン の 存 在 Kim Seon-woo 様 相 ― 有 声 機 と ラ ジ オ を 中 心 に ―」、『 泮 橋 語 文 研 究 』 巻、. ・ 、「 ア サ ン ア リ ラ ン と 光 復 軍 ア リ ラ ン の 起 源 に Seog-yeon Cho 輯、韓国民謡学会、 2015 対する研究」、『韓国民謡学』 43. 2016. 2016 李・ヨンシク(이용식)、「〈アリラン〉の土俗性と通俗性」、『洌. 25. 2011 植村 幸生、「《アリラン》の複数性と複合性 の文化と社会』(. 12. - 162 -. 51. ( 3) 鄭・ ウ テ ク、「 旌 善 ア リ ラ ン の 成 立 と 起 源 の 創 造 」、『 国 際語文』第六五号、国際語文学会、 2015 のアリラン論議に対する Homer B. Hulbert. 56. :. 53.
(19) 2012. 分 析 的 考 察 」、『 比 較 韓 国 学 』、 学会、. 巻 2 号、 国 際 比 較 韓 国. http://www.gugakcd.kr/. ( 5) 鄭 昌 官 は 個 人 的 に 韓 国 音 楽 と 音 盤 を 収 集 し、 そ れ に 関 す る 記 録 や 研 究 を 個 人 の ホ ー ム ペ ー ジ に 公 開 し、 大 衆 と 共 有 し て い た。 そ の ホ ー ム ペ ー ジ( )をここに紹介する。 myinfo.htm ( 6) 「 密 陽 百 中 ノ リ 」 と「 甘 川 蟹 綱 引 き 」 に つ い て は、「 櫻 井 竜 彦・ 韓 寧 爛、「 韓 国「 密 陽 百 中 ノ リ 」 と「 甘 川 蟹 綱 引 』 ( No.201 )、 き」に関する調査報告書」、『 Discussion Paper 年 月 名 古 屋 大 学 大 学 院 国 際 開 発 研 究 科、 2016 3 」を参 音 楽 』、 国 立 民 俗. )もあるが、これは〈密陽アリラン〉の全国的流行 2015 で〈 ア サ ン ア リ ラ ン 〉 へ 受 容 か ら、 す な わ ち〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 を 受 け 入 れ た〈 ア サ ン ア リ ラ ン 〉 と〈 光 復 軍 ア リ. 月 3 初、 密 陽 ア リ ラ ン の 活 性 化 及 び 世 界 化 の 計 画 発. (. (. (. 表( 密 陽 市 ) ② 密 陽 ア リ ラ ン の 歌 い 手 発 掘 大 会 を 開 催 / し、専門歌い手の育成計画 ③ / 密陽アリランパーク造成。. 年 完 工 予 定。 ア リ ラ ン 伝 授 館 も 入 る。 → 密 陽 ア リ 2015 ラ ン ア ー ト セ ン タ ー( http://www.mycf.or.kr/sub/03_01. ) ④ php / アリラン伝授館での常時公演が可能であるよう. に公演コンテンツの開発 ⑤密陽演劇村との連携するア / 年 リラン事業の推進―密陽アリランの演劇化 ⑥ / 2013. 月 3 「密陽アリラン保存会」の創立など。 ) 〈ユネスコ無形文化遺産登録の趣旨〉 無 形 文 化 遺 産 は 伝 統 文 化 で あ り、 同 時 に 生 き て い る 文 化. である。無形文化遺産は共同体と集団が自分自身の環境、. 自 然、 歴 史 の 総 合 作 用 に よ っ て 絶 え ず に 再 創 造 し た 各 種. の 知 識 と 技 術、 公 演 芸 術、 文 化 的 表 現 を 含 む。 無 形 文 化. 遺 産 は 共 同 体 内 で、 共 有 す る 集 団 的 性 格 を 持 っ て い て、. 人 々 を 通 し て、 生 活 の 中 で 主 に 口 伝 に よ っ て 伝 承 さ れ て. き た。〈 ア リ ラ ン 〉 は こ の よ う な 趣 旨 の 中、「 生 き て い る. 伝 統 文 化 」、「 絶 え ず に 再 創 造 さ れ る 」 と い う 条 件 に 当 て はまると思われる。. ) こ の よ う な 現 状 に つ い て は〈 李 素 羅、「 ア リ ラ ン 登 載 後 〉 の 奇 現 状 」、『 比 較 民 俗 学 』 号、 比 較 民 俗 学 会、 2015 で詳しく論じている。. ) 「 韓 国 人 の も う 一 つ の 名 」 と い う 定 義 が そ の 一 例 だ と 思 われる。. - 163 -. 照していただきたい。 ( 7) 「 密 陽 ア リ ラ ン 」、『 韓 国 民 俗 芸 術 辞 典 博物館. 、「 ア サ ン ア リ ラ ン と 光 復 軍 ア リ ラ ン の 起 源 Seog-yeon に 対 す る 研 究 」、『 韓 国 民 謡 学 』 輯、 韓 国 民 謡 学 会、. ( 8) 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 で は な く、〈 光 復 軍 ア リ ラ ン 〉 と〈 ア ・ サ ン ア リ ラ ン 〉 と の 関 連 性 を 言 及 し て い る 論 文( Cho. :. ラン〉との関連性を考えることもできると思われる。. 年 2013. 56. 20. ( 9) 〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 活 性 化 ―〈 密 陽 ア リ ラ ン 〉 の 価 値 の 再認識 ①. 10. 11. 12. 43.
(20) - 164 -.
(21)
関連したドキュメント
前述のように,軍政開始以前,ミャンマーと中国の貿易総額は少なかっ
[r]
アメリカと中国に次いでアジアで大きな軍事力を持つのはロシアとインドであ る。インドは2012年 4 月に射程5000キロのミサイル「アグニ
「第一次ユーゴの新国防軍は旧セルビア軍を中心 に形成され,旧ハプスブルグ帝国の士官たちは差別
8号を中心として考察していくこととし︑ 仏軍政府条 な経緯で成立したものであるが︑本稿では米英軍政府法第5
著者 佐藤 章.
1988 年 の 政 変 は, ビ ル マ 社 会 主 義 計 画 党(Burma Socialist Pro- gramme
本章では,現在の中国における障害のある人び