論 文
森林セラピーロードの利用実態と地域社会への貢献
−−長野県南箕輪村を事例として−−
平 嶋 美 咲
1・立 花
敏
2,*Actual Conditions of Forest Therapy Road s Utilization and its Contribution to
Local Community:
A case study in Minami-Minowa Village in Nagano Prefecture, Japan
Misaki Hirashima
1and Satoshi Tachibana
2,**連絡先(Corresponding author)E-mail : [email protected] 1 筑波大学生物資源学類(305−8572 茨城県つくば市天王台1−1−1)
College of Agro-Biological Resource Sciences, University of Tsukuba, 111 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan 2 筑波大学生命環境系(305−8572 茨城県つくば市天王台1−1−1)
Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba, 111 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan
平嶋美咲・立花敏:森林セラピーロードの利用実態と地域社会への貢献−−長野県南箕輪村を事例として−−, 森林計画誌54:83∼92,2021 森林セラピー!基地・ロードは中山間地域に多く,過疎化や少子高齢化が進む 地域も少なくない。本研究では,森林セラピーロードの利用実態を明らかにし,森林セラピーロードの認定が 地域社会にどう貢献するかを考察することを目的とした。研究対象地は森林セラピーロードの認定を受けた信 州大芝高原みんなの森を有し,長野県内の市町村で最も高い人口増加率が認められる南箕輪村であり,研究方 法には南箕輪村人口に関するコウホート分析,対象地の関係者に対する聞き取り調査,セラピーロード利用者 へのアンケート調査を用いた。その結果,南箕輪村のセラピーロードでは,健康増進を目的として近隣の地域 住民の利用が大半を占め,週に1回以上の定期的かつ継続的な利用が主となっていること,利用により心身の 変化をプラスに感じる人が多いことが明らかとなった。また,定期的かつ継続的な利用を行うことにより,医 療費の削減につながる可能性を考察した。そして,今後はセラピーロードがどのような森林にあるのが望まし く,どの程度の入り込みがセラピーロードの趣旨からも利用者の満足度からも適当かの検討や,複合的な利用 を視野に入れた観光客誘致が必要なことを指摘した。 キーワード:信州大芝高原「みんなの森」,医療費,健康増進,コウホート分析,アンケート調査
Hirashima Misaki and Tachibana Satoshi: Actual Conditions of Forest Therapy Road s Utilization and its Contribution to Local Community: A case study in Minami-Minowa Village in Nagano Prefecture, Japan. Jpn. J. For. Plann. 54: 83 92, 2021 Forest Therapy! Bases and Roads are often established
in hilly and mountainous areas, many of which face depopulation and aging populations. This study aimed to clarify the actual conditions of forest therapy road utilization and to consider how the certification of forest therapy roads contributes to the local community. The research area is Minami-Minowa Village, which has Shinshu Oshiba-plateau Minnanomori certified as the Forest Therapy Road and has the highest population growth rate among the municipalities in Nagano Prefecture. We adopted three methods: a cohort analysis of population changes in Minami-Minowa Village, interviews with key persons like village office staff and patriarchs, and a questionnaire survey for users of the Therapy Road. The main results are as follows: the use of Minami-Minowa Village's therapy road is dominated by neighboring local residents for the purpose of health promotion, and regular and continuous use is carried out at least once a week. It became clear that there are
Ⅰ.研究の背景と目的 1.研究背景 特定非営利活動法人森林セラピーソサエティによる と,2019年10月1日現在,森林セラピー!基地(以下 セラピー基地)及び森林セラピーロード!(以下ロー ド)は北海道から沖縄まで全国64か所に設置されてお り,設置数は年々増加してきた。セラピー基地・ロー ドは,森林浴体験や病気の予防,企業研修の場として 多様な人々に利用されている。昨今の健康ブームにも 乗り,その利用は多岐にわたっている。 森林セラピーとは,科学的な証拠に裏付けされた森 林浴のことである。医学的に森林浴が効果のあること が証明されており,宮崎(2016)は森林セラピーを 「森林等の植物由来の刺激が生理的リラックス状態を もたらすことにより,免疫機能が向上し,病気になり にくい体になるという『予防医学的効果』に立脚した 概念である」としている。森林セラピーを30分間行う と,血圧の低下,心拍数の減少,ストレスホルモンの 減少などが生じることが報告されている。 セラピー基地・ロードが設置される地域は森林の周 辺,いわゆる山間・中山間地域に多く,過疎化や少子 高齢化が進んでいるところが少なくない。こうした地 域では過疎化や少子高齢化が社会問題となっており, 早急な対応が求められている。例えば,総務省の「平 成27年度版過疎対策の現況(概要版)」によれば,過 疎地域の人口は全国の8.9%だが,国土面積の6割弱, 全国の市町村の半数近くを占め,一定の生活水準や地 域社会の基礎的条件の維持が困難になるなど深刻な問 題が生じている。 2.先行研究 セラピー基地・ロードに関する社会科学分野におけ る先行研究は限られる。杉浦(2010)は,森林セラ ピーのビジネス化の定着へ向けて,森林セラピーの体 験メニューだけを重視するのではなく,森林セラピー を体験する際に何を食べるか,どこに宿泊するかと いった体験メニュー以外の機会の創出や人を連携させ ることが重要であるとしている。 岩崎ほか(2013)では,東京都奥多摩町を事例とし てセラピー基地・ロードの設置を地域活性という視点 から見た際に,セラピー基地の認定だけでは当初の期 待以上の地域活性の効果が得られていないことを明ら かにした。セラピー基地・ロードを利用した観光客は, セラピー基地の認定や利用が地域活性につながってい るのではないかと感じ,他方普段セラピー基地を利用 しない地域住民にとっては,セラピー基地・ロードの 設置や認定は地域活性にはさほどつながっていないと 感じている。横山ほか(2018)では,長野県信濃町を 事例にしてセラピー基地の利用による経済波及効果を, 産業連関表を用いて分析し,セラピー基地の設置によ り設置地域の経済に正の波及効果が認められることを 明らかにしている。 立花ほか(2016)ではセラピー基地・ロードの運営 という視点で分析がなされ,セラピー基地・ロードを 持続的に運営していくためには,運営の仕組みづくり や人材育成が最も必要であることが報告されている。 このように,限られる社会科学分野の先行研究にお いて,さらにセラピー基地・ロードと地域のとの関係 はわずかしかなされていない。また,セラピー基地・ ロードの利用者の実態や,その地域社会との関係に関 する把握も限定的である。 3.研究目的 本研究の目的は,①森林セラピーロード!の利用実 態を明らかにし,②森林セラピーロード!の認定が地 域社会にどう貢献するかを考察することである。研究 対象地として森林セラピーロード!の認定を受けてい る長野県南箕輪村を取り上げる。「平成27年国勢調査」 によると,2010∼2015年の間に長野県で人口が増加し たのは松本市(0.1%増),御代田町(3.0%増),南箕 輪村(3.6%増)の3市町村であり,南箕輪村は長野 県で最も高い人口増加率が認められる村である。2つ の研究目的に関する分析を深めるために,本研究では 南箕輪村の長期的な人口動態も把握することとする。
many users who feel a positive change in mind and body by using it. Based upon the results it was considered that continuous use may lead to a reduction of medical expenses. We have indicated the importance of considering what kind of forest the therapy road should be implemented in, how much intrusion is appropriate for the purpose of the therapy road and the satisfaction of the users and attracting tourists with a view to multiple uses of the therapy area.
Keyword: Shinshu Oshiba-plateau Minnanomori, medical expenses, health promotion, cohort analysis, questionnaire survey
長野県 南箕輪村 資料:箕輪町政要覧政策年表より筆者作成 年 月 自治体 主なできごと 1973 中央自動車道工事着工 1974 箕輪町 桑名ダム完成 1976 南箕輪村 伊那インターチェンジ供用開始 1981 中央自動車道西宮線長野県内全線供用開始 1984 箕輪町 南原工業団地完成 1987 箕輪町 箕輪ダム完成 2005 南箕輪村 唐木一直村長就任(現在4期目) 2006 伊那市 国道361 号権兵衛トンネル完成 3 11 9 3 8 10 4 2 Ⅱ.研究の方法 1.対象地 人口が増加しているところでは,人々の活気があふ れ,地域が活性化されると考えられる。南箕輪村では 2020年1月1日現在の人口が15,609人(長野県(企画 振興部)プレスリリース令和2年(2020年)1月31日), 面積が40.99km2である。南箕輪村は伊那市及び箕輪 町と接しており(図−1),この3市町村は定住自立圏 を形成し,行政や人口移動に関して密な関わりがある。 具体的には病院運営やごみの処理,救急・消防業務な どの住民生活に係る行政サービスを連携して行ってい る。また,3市町村での聞き取り調査で得られた内容 を踏まえ,産業振興や人口増加に起因すると考えられ る出来事を取り上げると表−1のようになる。中央自 動車道の工事やダム建設,工業団地の造成などにおい ても,この3市町村に係る様々な出来事があった。そ こで,こうした出来事にも関連付けつつ,南箕輪村の 人口動態に関しては両市町との関係にも注目する。 南箕輪村は1875年2月18日に当時の久保村・大泉村・ 北殿村・南殿村・田畑村・神子柴村の6村が合併した ことにより誕生した。この経緯で南箕輪村は飛び地を 有す。それ以後,一度も合併を経験していないため, 村の人口増加は自然増と社会増によるものと言える。 南箕輪村のロード「信州大芝高原みんなの森」(以 下,みんなの森)は大芝高原内の施設の一つである。 みんなの森は南箕輪村の北西部に位置し,大芝高原内 の敷地の半分ほどを占め,2006年4月にセラピーロー ド!として認定を受けている(表−2)。利用に際して 入場料などは一切かからず,誰でも自由に出入りでき る。ここに生育する森林は南箕輪村の村有であり, ロード内の森林整備は南箕輪村森林整備計画に基づい て公的に行われている。 ロードに認定される前のみんなの森は自由に出入り できても,現在のように十分なレクリエーション的整 備はされていなかった。レクリエーション的整備が進 むのは2000∼2002年であり,南箕輪村の環境保全整備 事業において行われた。南箕輪村では,その後2005年 2月に大芝高原を総合的に活用し,村民の健康増進や 「森林セラピー」というブランドを念頭に,森林浴効 果を得られる魅力的な場所として大芝高原を全国に発 信し,観光振興に役立てるため森林セラピーの申請を 行った。ここでは,みんなの森を総合的に活用した健 康づくりを推進し,広く普及啓発することにより,森 林セラピーの役割及び重要性の理解の推進や,観光振 興に寄与することを設置の目的としている。 南箕輪村の資料によると,その審査においては,林 野庁,森林総合研究所,関連団体によって2004年に設 立された森林セラピー研究会を核とする森林セラピー 実行委員会が森林セラピー基地・ロードとしてノミ ネートされていた全国27か所のうち,10か所で2005年 9月に「心身の癒し効果の生理実験」を行った。この 10か所のうちの1つがみんなの森であった。この時に は,それぞれの生理実験結果などに加え,宿泊施設の 整備状況,アクセスなどの立地条件,将来構想なども 図−1 長野県における南箕輪村の位置 資料)長野県 HP の地図に加筆 https : //www.pref.nagano.lg.jp/koho/10 koiki/kamiina.html (2019年10月20日アクセス) 表−1 南箕輪村,伊那市,箕輪町の主な社会インフラに関する年表 ― 85 ―
資料:セラピーロード®認定経緯に関する南箕輪村の内部資料より筆者作成 年月 取り組み 2005年2月 森林セラピー基地・ロード認定のための申請書を提出 2005年9月13日∼15日 森林セラピー生理実験を行う (松本市駅前と大芝高原みんなの森で実験) 2006年4月18日 認定発表 森林セラピーウォーキングロードとして認定はじめて全国で10か所認定される 2006年7月3日 村森林セラピー協議会設立(8回の会議を開く) ∼主な内容∼ ・みんなの森現地視察 ・セラピー体験メニュー作りの内容検討 ・モニターツアー内容検討 ・松くい虫募金箱設置検討 ・グランドオープンに向けての検討 2006年10月29日∼30日 森林セラピーモニターツアー 2007年1月4日 松くい虫募金箱設置 2007年3月29日 村へ松くい虫募金339,185円を寄附 加味され,総合的な評価により2006年4月に「信州大 芝高原みんなの森」は森林セラピーウォーキングロー ドとして認定された。特定非営利活動法人森林セラ ピーソサエティのホームページによると,生理実験, 心理実験,物理実験の結果が評価され,他の条件が加 わって総合的に判断されている。 みんなの森は面積37.99ha,ウォーキングロードが 計3本,全 長 約4.8km の 緩 や か な 傾 斜 地 で あ る。 ロード内の3本のコースのスタート・ゴールは同じ地 点である(図−2)。ロードのスタート地点から直線的 で起伏のないコースが続いている。路面は一部を除き 砕石,ウッドチップ舖装されているため,車いすでも 散策することが可能である。コース内には看板が随所 に立てられており,初めての利用でも迷わずにコース を歩くことができるよう配慮がされている。森林内は アカマツとヒノキが主となる針広混交林で構成されて いる。しかし,ロード内のアカマツは松くい虫による 松枯れが深刻化し,ロードから樹幹注入を行ったアカ マツが散見されるように,南箕輪村役場では薬剤樹幹 注入による松枯れ対策などを行っている。薬剤注入 の費用は1本あたり約2,500円掛かり,大芝高原では 2,300本のアカマツに定期的に薬剤注入を行ってきた。 毎年1,000万円近くの費用を掛けて松くい虫対策を 行っているが,費用が掛かることなどが村財政に重く のしかかり,その対策は十分には行き届いていない。 そのためロード内の松枯れは広がる傾向にある。 大芝高原内にはテニスコート,マレットゴルフ場, 屋外プール,野球場などのスポーツ施設及びオート キャンプ場,宿泊施設「大芝荘」,日帰り温泉入浴施 設「ふれあい交流センター大芝の湯」などが併設され ている。ロード利用者の中には,ロード利用後に大芝 高原内の入浴施設である「大芝の湯」を利用したり, 「味工房」食事を摂ったりする者もいる。味工房で提 供されるガレット(フランス料理の一つであるそば粉 を用いたクレープ)は,若者にも人気が高く,親子連 れの利用が目立った。また,2018年に道の駅「大芝高 原」が設置されるなど,大芝高原は南箕輪村の主要な 観光資源となっている。 表−2 セラピーロード!みんなの森認定経緯年表 図−2 みんなの森の様子 注)2019年7月1日 筆者撮影 ― 86 ―
みんなの森の近くに「森の交流施設」があり,健康 インストラクターやセラピーガイドが駐在しており, 健康に関するアドバイスをはじめ,週末の健康イベン トなどの開催を行っている。森の交流施設内には,エ アロバイクやルームランナーなどの健康器具や血圧測 定器などが置かれ,村民だけでなく観光客など誰でも 自由に利用できるようになっている。利用に際して費 用は掛からないため,気軽に利用することができる。 大芝高原内には大芝池もあり,周辺には芝生が広がっ ている。休日には親子連れがピクニックをしたりする など賑わいを見せている。 2.方法 本研究では,人口学の1手法であるコウホート分析, 対象地の関係者に対する聞き取り調査,ロード利用者 へのアンケート調査という3つの方法を採用した。 まず,南箕輪村などにおける1965∼2015年の国勢調 査市町村別5歳階級別男女別人口を用いたコウホート 分析である。コウホート分析とは,同じ時期に生まれ た人の生活様式や行動,意識などから各コウホートの 動向を分析・調査することである(ノーヴァル 1984)。 本研究では5年ごとの年代別(コウホート)人口増減 率を求め,世代間と時間軸において人口の変化を分析 する。このコウホート変化率は次式のように計算し, 対象地域の年齢別人口変化の特徴を示す。 コウホート変化率= (t 年の20∼24歳人口)/((t−5)年の15∼19歳の人口) つぎに,関係者への聞き取り調査である。南箕輪村 産業課耕地林務係(係長と係員)と産業課商工観光係 (係 長)に2019年7月1日 と2019年11月6日,現 地 で セラピープログラムの提案や,セラピーロード内の散 策,運動等を案内する森林セラピーガイドに2019年 7月1日,南箕輪村区長会々長に2019年7月2日,箕 輪町役場健康推進課健康づくり支援係(係員)と企画 振興課まちづくり政策係(係員)及び伊那市保健福祉 部健康推進課(課長と係長)に2019年11月7日,長野 県木の活用課(係長)に2019年11月28日に聞き取り調 査を行った。また,2019年11月6日に信州大学農学部 森林・環境共生学コースにて教員2名と学生数名から 南箕輪村や伊那市等での人口移動に関する情報を得た。 さらに,みんなの森利用者へのアンケート調査を 2019年8月15∼18日に実施した。アンケート調査では, 利用者の利用時間帯を考慮し,現地において早朝6時 半から17時にかけて可能な限り多くの利用者にランダ ムに声を掛け,アンケート調査へ協力してもらった。 調査に際しては,調査に当たった著者ら2∼3名が入り 口付近に立ち,可能な限り利用者全員に声を掛けるよう にしてセレクション・バイアスを回避するようにした。 Ⅲ.研究結果と考察 1.南箕輪村の人口動態 南箕輪村における男女別5歳階級別年齢別人口によ り人口ピラミッドを示す(図−3)。2019年1月1日に おいて,最も人口が多い階級は男女とも40∼44歳であ 図−3 2019年1月1日における南箕輪村の人口ピラミッド 資料)南箕輪村「村政要覧」に基づき筆者作成 ― 87 ―
0 2 4 6 8 10 12 14 16 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 千人 0 100 200 300 400 500 600 1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 2017 人 自然増減 社会増減 り,男性644人,女性598人であった。世帯数は増加傾 向にあり,2019年1月1日現在で6,100世帯である。 男女人口とも増加しており,その傾向はここ数十年変 わっていない。総務省統計局の「統計 Today」No.114 によると,日本の総人口に占める高齢者(65歳以上) の割合は27.3%(2016年9月15日現在)と先進国の中 でも高齢化が進んでいるが,南箕輪村保健計画(第四 次)によると南箕輪村における2015年の高齢化率は 22.5%であり,高齢化はそれほど進んでいないと言 える。 南箕輪村における1965年から2015年までの定住人口 の推移を表したものが図−4である。この図から分か るように,1965年に6,146人だった南箕輪の人口は一 度も減少に転じることなく年々増加している。1990年 に人口が初めて1万人を超えて,2015年には15,063人 となった。2000年から2005年にかけては他の期間と比 較して増加率が0.01と低くなったが,2010年には増加 率が0.06と再び上昇し,セラピーロード!の認定の あった2006年を境に人口増加率が上昇傾向を示して いる。 次に南箕輪村における人口動態について,社会・自 然増減に注目してみていく。図−5は南箕輪村におけ る1973年から2017年までの定住人口の社会増減及び自 然増減を表したものである。2つの折れ線とも負にな ることはなく,社会増減の折れ線が自然増減のそれを 概ね上回っている。特に社会増が多かったのは1995年 の499人で,最も少なかったのは2015年で12人であっ た。他方,自然増減に関しては100人を下回る水準で 推移しており,最も多かったのは1975年の103人で, 2017年には3人で最少となった。近年になり死亡者数 が増え,自然増の数が減少傾向になっている。このよ うに,傾向としては社会増も自然増も人数が減少傾向 にあるが,依然として人口は増え続けていることが分 かる。2000年代以降では2007∼2008年,2010∼2011年, 2016年に前年より社会増が大きくなっていることも読 み取れる。 南箕輪村における1980年から2015年までの5歳階級 別コウホート変化率の分析結果を図−6に示す。ここ では70歳以上になると減少率が大きくなることから69 歳までを対象とし,安定成長期の1980∼85年,経済不 況期の1995∼2000年,直近の2010∼15年という15年間 隔に期間を採り,且つセラピーロード!の認定年を含 む2005∼10年を対象に折れ線を作成した。そして,そ れを用いて世代間と時間軸に着眼して分析し,聞き取 り調査から得られた結果と合わせて説明を加える。 まず,世代の特徴を順に取り上げる。15∼19歳のコ ウホート変化率が低下しており,低下するのはこの世 図−5 南箕輪村における人口の社会・自然増減の推移 資料)南箕輪村2019年村勢要覧より筆者作成 注)自然増減の平均値=57.5,標準偏差=19.6 社会増減の平均値=146.7,標準偏差=91.6 図−4 南箕輪村総人口推移 資料)国勢調査より筆者作成 図−6 南箕輪村の60歳代までの人口に関するコウホート分析結果 ― 88 ―
注 ) ) アンケート調査に基づき筆者作成 注 総回答者数 名うち 名がいずれかの項目無回答 注 ) 割合は 名に対する各項目の合計の百分率である。 単位:人,% 居住地 性別 ∼10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代∼ 合計 割合 男性 0 2 2 7 6 5 6 28 19 女性 1 1 0 0 7 6 9 24 17 男性 0 0 0 2 4 1 17 24 17 女性 0 1 0 0 3 7 6 17 12 男性 0 1 1 2 0 5 3 12 8 女性 0 1 1 4 1 2 5 14 10 男性 1 3 1 2 4 1 5 17 12 女性 0 1 0 1 3 2 1 8 6 合計 2 10 5 18 28 29 52 144 100 割合 1 7 3 13 19 20 36 100 注)総回答者数169名うち15名がいずれかの項目に無回答 南箕輪村 伊那市 箕輪町 その他 代が中学や高校の卒業を機に村を離れる結果である。 20∼24歳での大幅な人口増加は,信州大学農学部生の 南箕輪村への移住のためと考えられる。25∼29歳では 大幅な人口増加率の低下が認められる。これは,大学 (院)卒業や結婚を機に南箕輪村から転出する時期に 当たると考えられる。他方,30歳代から40歳代前半ま ででコウホート変化率が上昇しているのは,主に子育 て世代の南箕輪村への移住によるためである。そして, 各コウホートにおいて,15∼19歳と25∼29歳を除き, コウホート変化率は正であることが読み取れる。ロー ドが一定の認知を獲得したと考えられる2010∼2015年 のコウホート変化率も,30歳代から40歳代前半までが 5%程度と世代間において相対的に高くなっている。 次に世代的特徴を工業団地や中央道との関係でみて おきたい。1984年に南原工業団地が完成しているが, 1990∼1995年のコウホート分析結果における30歳代前 半のコウホート変化率の上昇との関連性はあまり見出 せない。また,1976年に中央道が開通しているが,こ れとコウホート変化率の上昇との関連性も考えにくい。 だが,それらが南箕輪村の人口維持や交流人口の増加 に寄与している可能性が考えられる。 南箕輪村におけるコウホート変化率の分析結果を踏 まえると,2010∼2015年のコウホート変化率に他の時 期との明らかな相違は読み取れず,ロードが南箕輪村 の人口増に直結したとは言い切れない。南箕輪村産業 課耕地林務係と産業課商工観光係,箕輪町役場健康推 進課健康づくり支援係と企画振興課まちづくり政策係, 伊那市保健福祉部健康推進課の各担当者,南箕輪村区 長会々長に対する聞き取り調査結果を踏まえると,南 箕輪村の人口増加要因として考えられることは,南箕 輪村の施策,南箕輪村の口コミの良さ,南箕輪村の土 地の安さである。南箕輪村は他の近隣市町村より早い 段階で15歳までの子供の医療費無料施策や就業支援施 策,移住促進施策を導入し,「子育て支援の手厚い村」 という印象ができあがり,子育て世代を中心に口コミ として周辺市町村にも広がり転入が増加した。この動 きを促す要因には,農家の離農に伴う農地から宅地へ の転用による土地価格の相対的な低さがあった。 2.セラピーロード!の利用者 アンケート調査で回答を得た利用者の属性を表−3 に示した。利用者の8割が南箕輪村,伊那市,箕輪町 在住で近隣市町村在住であり,60歳代以上の利用者が 全体の7割近くを占め,高齢者の利用が多いことが明 らかとなった。その他の中で多かった居住地は,辰野 市や諏訪市といった比較的南箕輪村に近い地域であっ た。また,東京都や神奈川県などの関東エリアからの 利用者も数名いた。 図−7に示すように,利用目的については,健康増 進とする利用者が137名と7割近くを占めることが分 かった。観光目的で利用している人は1名のみであっ た。また,その他として挙げられる利用目的は,健康 維持,スマホゲーム,虫取りなどであった。 次に利用頻度についての結果を示す。表−4より33 人がほぼ毎日,29人が週3∼4回利用し,合わせると 利用者の半数以上が週3回以上利用していることが明 らかになった。週1回以上の利用者とも合わせると, 82人となり利用者の7割以上に及ぶ。このようにみん なの森では定期的な利用が見られることに特徴がある。 また,表−4より読み取れるように,みんなの森の 表−3 利用者の属性 ― 89 ―
81% 4% 2% 1% 12% n=168 単位:人 健康増進 余暇 他施設 観光 その他 注 )アンケート調査に基づき筆者作成 注 ) 人のうち 人に回答漏れがあった。 注 )割合は 名に対する各項目の合計の百分率である。 単位:人,% 毎日 週3∼4回 週5回 週1回 月2回 月1回 2∼3か月に1回 年1回 合計 割合 1か月前 1 0 0 0 0 1 0 0 2 2 2∼5か月前 2 2 0 3 0 0 1 0 8 7 6∼11か月前 1 1 0 1 0 0 1 0 4 4 2∼5年前 9 14 0 8 1 8 3 2 45 40 6∼10年前 13 9 1 6 1 5 3 0 38 34 11∼15年前 4 2 0 1 0 1 0 0 8 7 20年前 3 1 0 0 0 1 2 0 7 6 合計 33 29 1 19 2 16 10 2 112 100 割合 29 26 1 17 2 14 9 2 100 71 29 29 24 17 9 5 33 10 0 20 40 60 80 単位:人 n=133 体感的に元気に 規則正しくなった よく眠れる 前向な思考になった 病気が改善した 食欲が旺盛になった 通院頻度が減少した その他 変化なし 利用歴で多かったのは2∼5年前からの45人,6∼10 年前からの38人であった。ロードとして認定された 2006年よりも後から利用するようになった被験者が多 いことは特筆される。なお,それ以前よりみんなの森 を利用することができたため,20年前からの利用者が 7人いた。なお,こうした被験者の中には,自ら利用 しているところが森林セラピーロード!であることの 認識がない者もおり,知っていても日常の一部という 認識の利用者が大半であった。この質問項目から,利 用者の87%が2年以上前からロードを利用しており, みんなの森では継続的な利用の広まりがうかがえた。 利用後の体調の変化に関しては,みんなの森利用後 に「体感的に元気に」なったと感じている被験者が71 人で全体の過半数を占めて多かった(図−8)。また, 生活が「規則正しくなった(29人)」や「よく眠れる (29人)」ようになったと回答する人も全体の20%を占 めた。このように,ロードの利用により体調や生活リ ズムの改善を実感している人が多いことが明らかと 図−7 利用者の利用目的 注1)アンケート調査に基づき筆者作成 注2)健康増進:健康の維持・増進を目的としてみんなの森を 利用すること 余暇:空いた自由な時間にみんなの森を利用すること 観光:観光を主目的として,近隣市町村以外からみんな の森を利用しに来ること 表−4 近隣市町村在住者の利用歴と利用頻度 図−8 利用後の体調の変化 注1)アンケート調査に基づき筆者作成 注2)複数回答 ― 90 ―
注)Nakade K et al.(2017)を参考に筆者作成 月 プログラム内容 4 開会式 5 健康教育前の測定,歩数計の配布,および週1回のトレーニング 6 健康とトレーニングに重要な週に1回の講義 7 週に1回の実践的なレクリエーションとトレーニング 8 週に1回のハイキングとトレーニング 9 週に一度の栄養とトレーニングの講義 10 週に1回の実践的なウォーキングとトレーニング 11 週1回の血圧とトレーニングの講義 12 週に一度の歯科衛生とトレーニングの講義 1 太極拳と週1回のトレーニング 2 健康とトレーニングの前に週に一度の測定 3 閉会式 なった。 みんなの森の利用歴と利用頻度の関連性を表−4で 確認する。週3回以上の利用は,11年以上前からの利 用者が15人中10人,6∼10年前からの利用者が38人中 22人,2∼5年前からの利用者が45人中23人であり, 合計で56%を占める。週1回以上にすると,11年以上 前からの利用者が11人,6∼10年前からの利用者が29 人,2∼5年前からの利用者が31人であり,72%に達 する。 このように,みんなの森は健康増進を目的とした近 隣の地域住民の利用が大半であり,定期的かつ継続的 な利用が主となっていることが明らかとなった。また, このような定期的かつ継続的にロードを利用すること により,心身の変化をプラスに感じる人が多いという 結果が得られた。 アンケート調査で得られた利用者の意見については, みんなの森で気になる点として最も多く挙がったのは 松枯れであった。実際にロード内を歩くと松枯れが進 行している箇所が多くみられ,深刻な問題として速や かな対応が必要となっている。他方で,ウッドチップ が敷かれて歩き易いことや,森の中を涼しく快適に ウォーキングできることなどのポジティブな意見も少 なくなかった。 3.医療費から見た地域社会への貢献の可能性 宮崎(2016)の指摘を踏まえると,森林セラピーを 継続することにより健康が増進され,ひいては医療費 の減少につながる可能性が考えられる。健康施策とし て森林セラピーを想定し,健康施策と医療費との関連 性について,みのわ健康アカデミーの参加者の医療費 に関する研究 Nakade K et al.(2017)に基づいて考え てみたい。 この研究は,箕輪町のみのわ健康教育プログラム (Health Education Group(以下 HEG))に参加した合 計41名の高齢者を中心とする被験者を対象に分析がな されている。対象者は平均年齢と標準偏差が全体(41 名)で63.4±5.9歳,男性(14名)で66.2±2.8歳,女 性(27名)で61.9±6.6歳であった。HEG 参加者は, ウォーキングエクササイズ,太極拳,ハイキングツ アー,料理の練習,血圧,口腔ケア,栄養バランスな どのトピックに関する医学セミナーなどの一連のレク リエーション活動にも参加した(表−5)。さらに, 2010年5月から2012年2月まで長野県箕輪町において 10か月間にわたり,週1回90分間の筋力トレーニング とウェイトトレーニングを毎週継続的に実施した。 ここでロードと医療費との関連性より,みのわ健康 アカデミーの事例と南箕輪村のロード利用者とを結び つけて考えてみる。 医療費の初期値を調整しない場合,国民健康保険に 加入している HEG 不参加者(箕輪町在住の2,768名) の医療費は,HEG 参加者(29名)と比較して HEG 期 間中に72,579円高く(ウェルチの t 検定で5%有意水 準),1年後の差額は93,224円(同1%有意水準),2年 の差額は180,936円(同0.01%有意水準)であった。 次に,HEG 不参加者と HEG 参加者の医療費の初期値 を調整した結果でも,HEG 不参加者と HEG 参加者の 1年後の医療費の差額は1年あたり111,146円,2年後 の差額は1年あたり151,520円と,HEG 参加者の1年 あたりの医療費が不参加者に比べて少ないことが示さ れている。また,HEG 参加者に対しては,HEG の前 後での変化について人体測定,血圧,体力,血液化学, および脳機能を確認し,体重や血圧,起立,10m 障 害物歩行等の多くの項目で改善したこと(1%有意水 準)が述べられている。なお,健康状態が良くなく医 表−5 箕輪町のみ の わ 健 康 ア カ デ ミ ー の プ ロ グ ラ ム (2010∼2011年度に実施) ― 91 ―
療がより必要な住民は HEG に参加していない可能性 が高いが,そのような因果関係は考慮されていないこ とを付記しておく。 Nakade K et al.(2017)が実験により明らかにした ように,HEG 参加者はみのわ健康アカデミー修了後 にも継続的な運動を続け,その結果として以後の医療 費が少なくなっている。ここから,本研究において対 象としているロードの定期的かつ継続的な利用により 利用者の医療費の削減につながる可能性が示唆される。 そして,それは村財政にも貢献することにつながると 考えられる。 Ⅳ.セラピーロード!の有効活用に向けた今後の課題 南箕輪村みんなの森の利用は,健康増進を目的とし て近隣の地域住民の利用が大半を占め,定期的かつ継 続的な利用が主となっていることが明らかとなった。 また,ロードの利用により体調や生活リズムの改善を 実感している人が多いことも分かった。定期的かつ継 続的な利用を行うことにより,医療費の削減につなが る可能性も期待できる。施設の許容範囲内で地元住民 の利用者が増えるならば,その効果はより大きなもの になると考えられる。 南箕輪村みんなの森の活用について,まずロードが どのような森林の状態に置かれるが望ましく,どの程 度の入り込みがロードの趣旨からも利用者の満足度か らも適当かを調査研究により明らかにし,その上で地 域住民の継続的な利用を促すことが重要と考えられる。 そして,その利用促進により地域住民の健康寿命を延 ばし,医療費削減につなげていくことが1つの方向性 と考えられる。 また,地域経済という視点に立てば,観光客などの 域外者の利用を増やしていくことも重要と考えられる。 今後にロード利用を増やすには,地域住民の利用の合 間をぬって観光イベントの誘致も検討して良いのでは ないだろうか。南箕輪村で森林ロード体験ツアーを開 催するなどの取り組みはあるものの,大芝高原内には 宿泊施設や道の駅をはじめ,多様な施設が併設されて いることを利用し,複合的な利用を視野に入れた観光 客誘致を今一度検討することも今後の方向性として考 えられる。 最後に,本研究の限界について述べる。まず,アン ケート調査の時期と回数が8月の1回であったことが ある。実態としては季節性を持ったロードの利用が想 定されることから,季節を変えて調査を実施できれば, さらに深めた分析・考察につながると期待される。ま た,ロードの利用を行っていない,あるいは利用を止 めた地域住民への調査を行うことができれば,更なる 利用の拡大や充実に向けた重要な知見になると期待さ れる。そして,南箕輪村みんなの森そのものの在りよ うを,住民ニーズや管理状況(費用や担い手をを含む) 等と関連付けて調査することも重要になってくると考 えられる。「森林サービス産業」の創出が期待される 中で,森林セラピーに関しても更なる多面的な調査研 究が求められていると考えられる。 謝 辞 本研究に際して,聞き取り調査とアンケート調査に ご協力を戴いた南箕輪村,伊那市,箕輪町の皆様にこ の場を借りて謝意を表したい。また,信州大学農学部 の植木達人教授,三木敦朗助教,学生の鎌田和希氏に も,調査に際してご協力を賜ったことを記して謝意を 表したい。 引用文献 岩崎寛・佐藤慎士・香川隆英(2013)森林の療法的効 果を生かした整備前後における地域住民および利 用者の意識変化.ランドスケープ研究76(5), 675−678. 宮崎良文(2016)自然セラピーの科学−−予防医学的 効果の検証と解明−−.9−27,朝倉書店,東京. Nakade K, Fujimori S, Watanabe T, Murata Y, Terasawa S, Jarpat SM, Adiatmika IPG, Adiputra IN, Muliarta IM and Terasawa K(2017)A Case Study of Health Education from Nagano Prefecture in Japan: The Relationship between Health Education and Medical Expenses, J Community Med Health Educ 7(3),doi: 10.4172/ 2161-0711.1000529 ノーヴァル・D・グレン,藤田英典訳(1984)コウホー ト分析法,138pp,朝倉書店,東京. 杉浦裕二(2010)「森林セラピー」のビジネスモデル 構築に向けた基礎的研究−−信濃町におけるモニ ターツアーの参加者とサービス提供者の意識調査 結果をもとに−−,農村計画学会誌28,177−182. 立花敏・柳澤詩織・香川隆英(2016)森林セラピー! 基地・ロードの運営の現状とその課題,日本森林 学会大会発表データベース127,4. 横山新樹・立花敏・氏家清和(2018)森林セラピー事 業の経済波及効果−−信州信濃町癒しの森事業を 対象に−−,林業経済70(11),1−20. (2020年3月27日受付) (2020年10月21日受理) ― 92 ―