津
浪
の
到
達
時
刻
に
就
津浪の到達した時刻に就いては、同一部落で聴取したもので も,入に依って可なりの喰ひ達ひがあり、勿論正確 ξ 一 疋 ふ わ け に 段行かない、幸ひ本勝下には海洋気象墓の鮎川検潮所︿第一一国) を始め、内務省盤釜港 a 修築事務所の花淵(第二国)及び尾島検 潮折、(第三国)北上川改修事務所の石巻(第四国)及び十三演 村月演検潮所(第五園﹀があり是等の記録は幸ひ全部完全に記 象されτ
ゐるから、とれで測定した時間は勿論正確なわけであ る。只色々の原因に依って自記統にも時聞に相営の喰ひ逮びは あるが、とれも幸ひな事には各記象紙北ハ大地震の跡を残してゐ るので、筆者はとの地震の痕跡を.二時三十二分£見倣して時 間測定の基礎止した。 そとで先づ長波速度の一般公式、 eH , ¥ 則 吋 ( 但 し 勿 は 俵 搭 の 速 度 、g
は重力の加速度、 h は海の深さ﹀を採用し、水路部設 ,行の海園その他の地固に依って海の深さを第一表の如く取り各、
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石 油 在 測 候 所 長野
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深さの所に於けるの津浪倖搭速度を計算して見た。 勿論震央に於ける浪の援乱は、地震と同時に起ったものと仮 定した。而してハイヂンスの法則に従って、震央(東経百四十 四度七、北緯 三 十 九 度 一 ﹀ 一 ・ 九 、 一 鮎川附近津浪到達線園 か ら 一 分 置 きの浪の等到 達線作園を試 みた。印ち第= 六園がその作 第八国 固で、×印は 震 央 を 一 不 し 、 資線は浪の等 到達線(数字第七園.雄勝海内津浪等到達線園 九 第 表 深サ 速 度 米 米
l
秒 粁l
分 8000 280 16.8 7000 264 15.8 6000 243 14.6 5000 221 13.3 4000 200 12'0 3000 172 10.3 2000 140 8.4 1000 99 5.9 500 70 4.2 300 54 3.2 150 38 . 2.3 125 35 2.1 100 31 1.8 90 30 1.8 80 28 1.7 70 26 1.6 60 24 1.5 50 22 1.3 40 20 1.2 30 17 1.0 20 14 0.8 10 10 0.6 5 7 0.4 津浪の倖播速度は、勿論海の浅い所に来れば著しく減じて来 るもので、湾内各部落の近海では、大抵は深さ十米内外のもの であるから速度も平均秒速十米位のもの ι とたって来る c そ と で 津浪が湾口から海岸まで建するには大抵四、五分乃至ナ分を要 し、而も地形上多くはすぐその後面に小丘を控えてゐるので部 落民は湾口に津浪の襲来を見てからでも充分逃げあふせる事が 出来る。例へば大谷部落では出漁準備中の漁夫が津浪を見てか ら村民に念報避難せしめたものであって.同部落では一名の死 者も出さなかった u 倍て此の作国の結果得たる津浪の到達所要時間主各検潮自記 紙から得た値とを比較して見る在、第二表の如くなり、との問僅 少の喰ひ逮ひはあるが、此の程度の相逮たらば先づ一致したも の・と看倣して差支へはあるまい。郎ち言葉を換へて云へば、津 浪の起った場所は地震の起った場所である事を立設するものである。仮りに然ら宇して、一部の設の如く津浪の都民現場所を東 経百四十三度、北緯三十八度三分の地黙なり左すれば、同様な 作国法の結呆は同表で一不す如く、平均約十一分飴の誤差を生じ て 来 る 。 作園よ P I -- r f t ﹄ E B E
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東経一四三度ヒー ョ 北 緯 三 八 度 三 J 1 鮎 川 三 ' 十 八 分 四 十 分 ハ 一 ) 二 分 二 十 七 分 ( + ) 十 一 分 月 潰 四 十 五 分 四 十 二 分 ハ + ) 三 分 三 十 三 分 ( + ) 十 二 分 花 淵 六 十 五 分 六 十 八 分 ( 一 ﹀ 三 分 五 十 八 分 ( + ) 七 分 石 器 一 七 十 占 分 七 十 分 ( + ﹀ 一 分 五 十 七 分 ( + ﹀ 十 四 分 尾島.八十六分,八十六分(+一 ) O ' 七 十 六 分 内 + ) 十 分 平均(こ O 分 ニ 平 均 ( + ) 十 分 八 第 表 地 名 白 記 よ り 震央より 差 更に此の作闘法に依って得たる各地の津浪襲来時刻を北から 順弐列馨して見るん﹂第三表の如くなる。 第 表 同‘唐;地 桑 村 J具 館 越 一 三 三 経 十 十 週 五 四 時 分 分 間 一 作 園 三 三 到 { よ 時 時 津lり 0 0 竺 プて互五ua: 分 分 刻 ♀ 聴 岨 取 同 二 F,i昏せ 4十 β乏し 五 件 時 分 ご 問 名 同 石 潰 同 小 鯖 同 鮪 立 同 宿 鹿折村鶴ケ浦 気 仙 沼 町 大島村長崎 階上村杉ノ下 小泉村二十一潰 大谷村大谷 歌津村石潰 同 名 足 . 同 中 山 大原村谷川 同 鮫 ノ 浦 同 大 谷 川 歌津村馬場 同 伊 里 前 志 津 川 町 戸倉村守潰 同 折 立 同 波 俸 谷 ‘ 十 一 一 一 漬 村 相 川 同 小 指 三十三分 三十四分 三十五分 三十七分 三十八分 四十五分 三J f
二分 三十四分 去十六分 三十四分 三十二分 三十三分 三十三分 四十分 四十一分 四十一分 三十三分 三十七分 四十一分 三十五分 四十三分 四十分, 三十六分 三十六分 . コ 一 時 O 三分 三時 O 五分 三時 O 六分 三時 O 八分 三時 O 九分 三時十六分 三時 O 三分 三時 O 五分 三時 O 七分 三時 O 五分 三時 O 三分 三時。四分 三時 O 四分 三時十一分 三時十二分 三時十二分 三時 O 四分 三時 O 八分 三時十二分 三時 O 六分 三時十四分 三時十一分 三時 O 七分 三時 O 七分 一 九 三 同 不 三 同 同 同 同 同 十 明 分 同 同 三 同 同 三 同 同 同 三 伺 十 - 十 十 分 分 分 不 同 同 同 同 明十五潰村名振 同 船 越 隠 荒 屋 敷 。 同 i 穴演 同 e 明神 同 雄 勝 女 川 町 金 華 山 鮎川村籾地島 同 十 八 成 関 上 町 荒漬村荒演 坂 元 村 磯 鮎川村小淵 大原村大原 同 小 網 倉 三十八分 三十八分 三十三分 三十六分 三十九分 四十分 四寸三分 三 十 二 分 白 三十六分 四十二分 七十二分 七十分 六十一分 五十一分 五十二分 五十三分 三時 O 九分 三時 O 九分 三 時 O 四分 三 時 O 七分 三時十分 三時十一分 三時十四分 三時 O 三 分 三時 O 七分 三時十三分 三時四十三分 三時四十一分 三時三十二分 三時二十二分 三時二十三分 三時二十四分 三十分 間 同 不 明 四十分 間 五十分 不 明 同 三十分 六十分 不 明 五十分 三十分 同 同 即ち津浪が震央から海岸に建するまでの経過時聞は金華山か ら此の本勝東海岸では地震後平均三十七分弱と在る。而して之 等の地方の住民から聴取した平均経過時聞は二十九分弱である が、聴取した方の時間が多少少・なくなって来るのは査し営然な 事である。第二岡目の津浪の強かった所が相営多い様であるが 何分夜分の事で軽微た一初波ほ見逃し易く、而も東海岸に於ける 一 九 凶 津浪の最初の遡期が十二、=一分程度のものーとする友らば、八分 内外の相違は見方に依つては寧ろ遁営左看倣す事が出来や
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倍て以上の作固から得らる a h 大髄の結果を誌に要約して見る 主 一、此の作固に依っても、長波速度の一般公式 e H t ¥引 は 寅 際に適用され得る事が立詮出来る。 二、津浪の起った場所は地震の起った場所である。 三、金華山から北の本勝東岸部に於ては津浪襲来までの所要 時間は、平均約三十七八刀弱であるから、今同の津浪の速度 は平均秒速百二十米乃至百三十米程度のものである。 四、津浪の停播欣況は内陸に近づくに従って,次第に海岸線と 平行になり、湾内に於ては殆んど海深線の型に近くたる。 五、潮流の速度は津浪の速度に北して極めて小さぺ(一00
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米の所でその二百八刀の一程度)殆んど作園上誤差の範国 内程度のものである、湾内に於ける干満潮流に就きても同 様 で あ る 。 ム ハ ペ 更 に 津 浪 の 影 , の 現 象 に つ いτ
一 一 一 一 口 述 べ る た ら ば 、 勿 論 同 程度の障害物に封しては、暴風雨時の激浪の如き波長の短 い場合は影を生じ易いが、津浪の如き長波長の場合は影を生じ難いもので、例へば本吉郡波偉谷は、川町洋に釣してそ の前方海上に椿島を控へ、暴風雨時の安全地帯を・なして漁 船に封しての避難繋留場であるが今岡の津浪に封しては殆 んどその設なぐ繋留漁船は全部流失最近敷設せられた高さ 一丈二、三尺飴の豚道に依りて、辛うじて住家の被害を免 れたる朕況にして島は殆ん