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西欧人による中世ロシアの「発見」 : 外国人の目にうつったモスクワ国家

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Academic year: 2021

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西

外 国 人 の 目 に う つ った モ スク ワ 国 家 ■

6 中 世 ロ シ ア の ﹁ 発 見 ﹂ 九 世 紀 か ら 一 二 世紀 の キ ー エ フ 国 家 は 、 そ の 成 立 事 情 に由 来 す る 国 際 的 な 交 易 活 動 と ヨ ー ロ ッパ 諸 王 朝 と の婚 姻 関 係 によ っ て、 西 ヨ ー ロ ッパ諸 国 と 緊 密 な 関係 を 保 って いた 。 こ のた め に、 ロシ アと い う 国 家 の存 在 は 、 西 ヨ レ ロ ッパ で も か な り 知 ら れ て お り 、 中 世 ヨー ロ ッパ の文 化 的 記 念 碑 た る ﹃ ロー ラ ン の歌﹄ あ る いは ﹃ ニー ベ   ル ン ゲ ン の 歌 ﹄ は 、 ロ シ ア に 言 及 し て い る と い う 。 だ が 、 こ れ と 比 較 す る と 、 キ ー エ フ 国 家 解 体 以 降 の い わ ゆ る ﹁ 分 領 時 代 ﹂ 、 あ る い は ソ連 史 学 の 用 語 を 使 用 す れ ば ﹁ 封 建 的 分 裂 時 代 ﹂ の ロ シ ア は 、 西 ヨ ー ロ ッ パ か ら か な り 疎 遠 に な って し ま った よ う で あ る 。 こ れ に は 、 地 理 的 な 事 情 、 宗 教 的 な 事 情 、 政 治 的 な 事 情 の 三 つ の 理 由 が 考 え ら れ る 。 ま ず 、 地 理 的 に は 、 キ ー エ フ 国 家 か ら ウ ラ ヂ ー ミ ル ・ス ー ズ ダ リ を 中 心 と す る 北 東 ル ー シ と い う よ う に 、 ロ シ ア の 政 治 的 中 心 が ド ニ エ プ ル 川 水 系 か ら ヴ ォ ー ル ガ ・オ カ 川 水 系 に 移 り 、 西 ヨ ー ロ ッ パ か ら 見 れ ば 、 東 方 に 後 退 し て し ま った 。 ま た 宗 教 的 に は 、 一〇 五 四 年 の ﹁ 大 分 裂 ﹂ 以 降 、 西 方 の ロ ー マ ・カ ト リ ック 園 と 東 方 の ギ リ シ ア 正 教 圏 が ま す ま す 離 反 し て いく な か で 、 ロ シ ア は は っ き り と 後 者 に 帰 属 し 、 ﹁ ラ テ ン 的 世 界 ﹂ す な わ ち 西 ヨ ー ロ ッ パ 世 界 に 敵 意 を 抱 き つ つあ った 。 最 後 に 政 治 的 に は 、 こ の時 代 は 、 キ ー エ フ 国 家 と いう 、 西 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 も 一 目 お か ざ る を え な い よ う な 東 ヨ ー ロ ッ パ ・ロ シ ア 世 界 の 強 国 が 消 滅 し て し ま った ﹁ 分 領 時 代 ﹂ ( 分 裂 時 代 ) で あ る と 同 時 に 、 ロ シ ア が サ ラ イ を 首 都 と す る キ プ チ ャ ク 汗 国 の 属 領 と な った ﹁ タ タ ー ル の く び き の 時 代 ﹂ で も あ り 、 モ ス ク ワも 含 む ロ シ ア 諸 公 国 の 公 た ち は 、 こ の キ プ チ ャ ク 汗 の 家 臣 ( ウ ル ス ニ ク ) と な っ て い た ・ こ の よ う な 事 情 を 考 え れ ば 、 ロ シ ア の存 在 が 西 ヨ i

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ロ ッパ の 人 々 の視 野 か ら 消 え 去 って し ま っ た の も 無 理 は な い。 西 ヨ ー ロ ッ パ の旅 行 記 や使 節 の報 告 書 の類 いも ロシ ア の存 在 を 間 接 的 に し か 言 及 し て お らず 、 中 世 の フ ラ ン ス 文 学 も 一 四世 紀 に 入 る と そ   ニ の存 在 に つ い て ま った く 触 れ な く な っ て し ま った と い う 。 も ち ろ ん 、 一五 世 紀 の ヴ ェネ ツ ィ ア人 コ ン タ リ ー 二 の 旅 行 記 に も 、 ﹁ 町 ( モ ス ク ワ ) に は 冬 中 、 ド イ ツ か ら も ポ ー ラ ン ド か ら も 多 数 の   商 人 が 集 ま っ て い る ﹂ と あ る よ う に 、 ま た 、 ハ ン ザ 商 人 が 多 数 ノ ー ヴ ゴ ロ ト に や っ て き て い る よ う に 、 西 ヨ ー ロ ッパ と ロ シ ア ( と り わ け ノ ー ヴ ゴ ロ ト ) と の交 易 関 係 は 続 い て い た わ け で あ った か ら 、 西 ヨ ー ロ ッ パ の 人 々 に と っ て 、 ロ シ ア が ま った く 未 知 の 存 在 と な っ て し ま っ て い た わ け で は な い。 そ の 存 在 自 体 は 知 ら れ て は い た が 、 前 述 し た 事 情 か ら 西 ヨ ー ロ ッ パ の 人 々 の 知 的 な 関 心 の 対 象 、 為 政 者 か ら す れ ば 積 極 的 な 外 交 上 の 働 き か け の 対 象 と な っ て は い な か った の で あ る 。 し か し 、 一 五 世 紀 後 半 か ら 一 六 世 紀 に 入 る と 西 ヨ ー ロ ッパ か ら ロ シ ア を 疎 遠 に し て いた 事 情 は 、 大 き く 変 化 し て い った 。 分 裂 状 態 に あ り 、 ﹁ タ タ ー ル の く び き ﹂ の も と に あ っ た ロ シ ア は 、 次 第 に モ ス ク ワを 中 心 に 統 一 さ れ て い き 、 東 方 の 新 興 国 と し て 登 場 し て き て い た ( モ ス ク ワ 国 家 の 成 立 ) 。 と く に 、 イ ヴ ァ ー ン 雷 帝 が ﹁ バ ル ト 海 へ の 出 口 ﹂ を 求 め て リ ヴ ォ ニ ア 戦 争 を 起 こ し た こ と は 、 と り わ け 中 央 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 の 関 心 を あ つ め た 。 さ ら に オ ス マ ン ・ト ル コが 東 地 中 海 や中 近 東 を 支 配 し 、 そ れま でま が り な り に も ﹁ キ リ ス ト教 世 界 の防 波 堤﹂ の 役 割 を は た し て いた ビ ザ ン ツ帝 国 を滅 ぼ した 結 果 、 イ ス ラム 勢 力 が バ ル カ ン半 島 か ら ヨ ー ロ ッ パ の中心 部 に侵 攻 し よう と す る勢 い を み せ て いた た め に、 西 ヨ ー ロ ッ パ諸 国 は ロ ー マ 教皇 を 中 心 に 、 東 西 両 教 会 の対 立 を 収 拾 し て 、 ﹁ キ リ スト 教 世 界 ﹂ を 団結 さ せ る必 要 に せま ら れ て いた 。 こ の際 、 東方 の新 興 国 であ り 、 し か も ビ ザ ン ツ 帝 国 滅 亡 後 は ギ リ シ ア正 教 の総 本 山 と いう 地 位 を確 保 し つ つ あ り 、 反 オ ス マン ・ ト ル コ十 字 軍 の結 成 にあ た っては そ の 一 翼 を 担 う は ず であ る ロシ アは 、 西 ヨー ロ ッパ の積 極 的 な外 交 的 働 き か け の対 象 と な っ た ので あ る 。 最後 に、 こ の時 代 は 西 ヨー ロ ッパ諸 国 の関 心 が 広 く ヨー ロ ッ パ 世 界 以外 に向 け ら れ ヨ ー ロ ッ パ世 界 の視 野 が 大 き く 拡 大 さ れ た ﹁ 地 理 上 の発 見 の時 代 ﹂ 、 ﹁ 大航 海 時 代 ﹂ であ っ た 。 と く に 、 イ ギ リ スは 、 こ の分 野 で の先 進 国 であ っ た ス ペイ ンと ポ ルト ガ ル の 既得 権 が確 立 し て いた 地 域 を 避 け て アジ ア ( 中 国 、 イ ンド ) に いた る新 航 路 を 開 拓 し よ う と し て いた。 そ の際 、 イ ギ リ ス の航 海 者 は 、大 西 洋 を 北 上 し 、 そ こか ら東 に進 ん で アジ アに 到 達 す る航 路 ( 北東 航 路 )を 想 定 し てお り 、 そ の 過 程 で彼 ら は ロシ アと遭 遇 す る こと にな る の であ る 。 西 ヨ ー ロ ッパ諸 国 と ロシ アす な わち モ スク ワ国 家 と の公 的接 触 の 口 火 を 切 った の は 、 シ レ ジ ア出 身 の 騎 士 ニ コ ラ ウ ス ・ ポ ッ ペ ル ( Z 涛 皀 磐 ω勹 ○ 薯 Φ 同) で あ った 。彼 は、 私 人 と し てで は あ る が、 神 聖 (2)

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ロ ー マ皇 帝 フ リ ー ド リ ッ ヒ 三 世 の 書 簡 を た ず さ え て 、 一四 八 六 年 モ ス ク ワ に や っ て き た の で あ る 。 帝 政 ロ シ ア 時 代 の 歴 史 家 ソ ロ ヴ ィ ヨ ー フ は 、 こ の ポ ッ ペ ル の 来 訪 を 、 西 ヨ ー ロ ッ パ 人 の ロ シ ア ﹁ 発 見 ﹂ と し て 、 こ の 六 年 後 の コ ロ ン ブ ス の 新 大 陸 発 見 に も 比 し て こ う 述 べ て い る 。 ﹁ 西 ヨ ー ロ ッパ の 列 強 に と っ て 北 東 ル ー シ あ る い は モ ス ク ワ 国 家 は ア メ リ カ と 時 を 同 じ く し て 発 見 さ れ た 。 こ れ ま で 神 聖 ロ ー マ皇 帝 の 宮 廷 で は 、 ル ー シ は ポ ー ラ ン ド と リ ト ヴ ァ大 公 に 従 属 し て い る も の と 考 え ら れ て い た 。 好 奇 心 か ら 遠 い 国 々 を 訪 れ 、 皇 帝 フ リ ー ド リ ッ ヒ 三 世 の 証 明 書 を も っ た ニ コ ラ イ ・ ポ ッ ペ ル が 一四 八 六 年 に モ ス ク ワを 来 訪 す る ま で は 、 北 東 地 方 に 独 立 し た ル ー シ 国 家 五 が 存 在 し て いる こと は知 ら れ て いな か った。 ﹂ 神 聖 ロ ー マ 皇 帝 は、 こ のポ ッペ ル の モ スク ワ訪 問 によ って 、自 国 と 対 立 す るヤ ゲ ロー朝 ポ ー ラ ンド の東 方 に新 興 の政 治 勢 力 が 存 在 し て い る こと を 知 り 、 一 四 八九 年 再 度 、 今 度 は 公式 の大 使 と し てポ ッ ペ ルを モ スク ワに 派 遣 し た。 モ ス ク ワ大 公 イ ヴ ァー ン 三世 に王 位 を 授 与 し 、 イ ヴ ァー ン の娘 を神 聖 ロー マ 皇 帝 の甥 と 結婚 さ せ て、 モ ス ク ワ国家 を 反 ヤ ゲ ロ ー同 盟 に 組 み 入 れ る こと が 目 的 であ っ た 。 モ スク ワ国家 側 は こ の申 し 出 に対 し て、 政 治 理 念 上 は ヨー ロ ッパ 世 界 の盟 主 であ った神 聖 ロ ー マ 帝 国と 北方 の新 興 国 ロシ アと い う 位 相 を 考 え る と 、き わ め て尊 大 か つ大 胆 な拒 絶 回 答 を し た 。 ﹁ わ れ わ れ は 、 そ も そも の初 め か ら 、古 い 祖 先 のと き か ら 、 神 の 恩 寵 に よ っ て み ず か ら の 国土 にお け る 君 主 であ る。 わ れ わ れ は 祖 先 と 同 じ よ う に 神 か ら叙 任 さ れ て い る。 わ れ わ れ は、 神 が わ れ わ れ と そ の息 子 を 今 と 同 じ よう に みず か ら の国 土 の君主 と し てく だ さ る こと を 願 って いる 。 し か し 、叙 任 の件 に つ いて は 、以 前 に こ れ を 誰 か に求 め よ う と し な か っ た のと 同 じく 、 現 在 も こ れを 求 め 六 て は い な い 。 L こう し た 回 答 は 、 か つて の宗 主 す な わ ち キ プ チ ャク汗 を 範 と す る 君 主 観 、 正 教 徒 の ロー マ 皇 帝す なわ ち ビ ザ ン ツ 皇 帝を 頂 点 と す る国 際 的 な 位 階 秩 序 の影 響 のも と で形 成 さ れ てき た 中 世 ロシ ア の 政 治 思 想 か らす れば 、 自 然 な も ので あ った 。 し かし 、 西 ヨ ー ロ ッ パ 人 の 目 か ら す れば 、 みず か ら を 神 聖 ロー マ 皇 帝 と 同 等 の地 位 に あ り 、 こ の 地 位 は太 古 か ら神 によ ってさ ず け ら れ て いると 主 張 す る 君 主 を いた だ く 国 家 が 、東 方 に出 現 し た こと は 驚 く べ き こと であ り 、 そ れ だ け に 彼 ら の関 心 を喚 起 した の であ る 。 ポ ッペル 以降 、 ロ シ ア に来 訪 し た 主 要 入 物 を あ げ れば 以 下 のと お り で あ る 。 ◎ ゲ オ ル グ ・ フ ォ ン ・ ト ル ン (O ⑪ o ﹁ σq < ○ ⇒ ↓ げ ξ 昌 在 霞 二 四 九 〇 1 九 二) ポ ッペ ル のあ と を受 け て、 神 聖 ロ ー マ 皇 帝 マキ シ ミ リ ア ン の大 使 と し て来 露 し 、 両 国 の同 盟条 約 の締 織 と 、 マ キ シ ミ リ ア ン と イ ヴ ァー ン三 世 の娘 と の結 婚 を 提案 し た。 ◎ ミ ハ エ ル ・ ス ヌプ ス (護 9器 一 〇っ 旨 ξ ω 在 露 一 四 九 二 ) 外 国 の諸 民族 に 関す る情 報 の収 集 に関 心 を 抱 いて いた チ ロ ル大 公 ジ ギ ス

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ム ント の 使 節 と し て 来 露 し、 オ ビ 川 の水 源 が 存 在 す る ﹁ 遠 方 の 土 地 ﹂ ま で の通 行 許 可を 求 め た 。 し か し 、 イ ヴ ァー ン三 世 は 、 オ ビ 川 ま では と て も遠 く 、 ロシ ア の徴 税官 さえ も そ こ に いた る 途 中 で は難 渋 し て いる の で、 ま し て外 国 人 そ こ に行 く のは き わ め て 困 難 であ る   と の 理 由 で 、 こ れ を 拒 否 し た 。 ◎ ジ ギ ス ム ン ト ・フ ォ ン ・ ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン ( 腔σ q δ 目篝 鳥 く o ⇒ = 奠 σ 興 ω 冖Φ ぎ 在 露 一五 一 七 、 一 五 二 六 ) 後 述 。 ◎ リ チ ャ ー ド ・ チ ャ ン セ ラ ー ( 空 9 輿 0 9 p 口 。 巴母 在 露 一 五 五 三 ー 五 五 ) 北 氷 洋 経 由 で イ ギ リ ス か ら 中 国 に い た る ル ー ト ( 北 東 航 路 ) を 探 査 す る ウ ィ ロ ビ ー の 船 団 の船 長 と し て 、 白 海 に 入 っ て 聖 ニ コ ラ ス港 ( ア ル ハ ー ン ゲ リ ス ク ) に 漂 着 し 、 こ れ が イ ギ リ ス人 に よ る ロ シ ア の ﹁ 発 見 ﹂ と な っ た 。 お り し も 、 リ ヴ ォ ニ ア諸 国 に よ る 経 済 封 鎖 に 苦 し ん で い た イ ヴ ァ ー ン 雷 帝 は 、 こ の イ ギ リ ス人 の 来 露 を 歓 迎 し 、 彼 ら に ロ シ ア 国 内 で の 免 税 商 業 権 を 与 え た 。 こ れ を 契 機 と し て 、 イ ギ リ ス は モ ス ク ワ 会 社 を 設 立 し 、 こ こ に 本 格 的 な 英 露 通 商 関 係 が 開 か れ た 。 チ ャ ン セ ラ ー は ﹃ 偉 大 で 強 力 な ロ シ ア の 皇 帝 、 モ   ス コ ー ヴ ィ ア の 公 に 関 す る 著 述 ﹄ と 題 す る 旅 行 記 を あ ら わ し た 。 ◎ ア ン ソ ニ イ ・ ジ ェ ン キ ン ソ ン ( 済 鼻 ぎ 身 冷 鼻 営ω 8 在 露 一五 五 七 -七 一 、 中 断 あ り ) ウ ィ ロビ ー 、 チ ャ ン セ ラ ー のあ と を う け て モ ス ク ワ 会 社 の 総 務 支 配 人 に 任 命 さ れ 、 は じ ま った ば か り の 英 露 間 の 通 商 を 軌 道 に の せ る と と も に 、 ロ シ ア 経 由 で ア ジ ア に い た る ル ー ト の探 査 のた め に 一 五 五 七 年 に 来 露 し た 。 翌 五 八年 に は 、 ヴ ォ ー ルガ 川 か ら カ ス ピ 海 に入 ってブ ハラま で 到 達 し た が、 こ の地 方 の政 治情 勢 が 不穏 であ っ た た め に 帰 還 し た 。 ロシ ア滞 在 中 に は 、 イ ヴ ァー ン 雷 帝 の信 任 厚 く 、 互 いに 亡 命 地 を提 供 しあ う と いう エリ ザ     ベ ス女 王 あ て の 提 案 を 托 さ れ た り し た 。 ◎ ハ イ ン リ ヒ ・フ ォ ン ・シ ュ タ ー デ ン ( = Φ 陣母 同臼 < ° ⇒伜 巴 2 在 露 一五 ? ? ー 七 六 ) ウ エ ス ト フ ァ リ ア 出 身 の ド イ ツ 人 で あ り 、 ﹁ 冒 険 家 気 質 ﹂ あ る い は ﹁ 山 師 的 才 能 ﹂ か ら か イ ヴ ァ ー ン 雷 帝 時 代 の ロ シ ア に わ た り 、 こ こ で オ プ リ ー チ ニナ 隊 員 に 登 用 さ れ た 。 彼 が 帰 国 後 に 神 聖 ロ ー マ皇 帝 ル ド ル フ ニ 世 に 提 出 し た ロ シ ア 征 服 計 画 書 ニ ( と く に 、 ﹁ モ ス ク ワ 国 家 の 国 土 と 政 府 ﹂ ) は 、 オ プ リ ー チ ニ ナ 時 代 の ロ シ ア を 研 究 す る う え で 貴 重 な 資 料 と な っ て い る 。 ◎ ジ ェ ロ ー ム ・ホ ー セ イ (冨 δ 目 国 。 ω 2 在 露 一五 七 三 r 九 一) イ ヴ ァ ー ン 雷 帝 の晩 年 、 フ ヨ ー ド ル 一 世 の 治 世 、 ボ リ ー ス ・ ゴ ド ウ ノ ー フ の 即 位 と い った ﹁ 動 乱 時 代 ﹂ 直 前 の ロ シ ア に あ っ て 、 英 露 間 の 政 治 ・ 通 商 交 渉 に 永 年 関 与 し た 。 ロ シ ア 語 を 流 暢 に あ や つ り 、 同 時 代 に 訪 露 し た イ ギ リ ス 人 の な か で は 一 番 の ロ シ ア 通 で あ っ た と い う 。 帰 国 後 、 自 分 に 対 す る 中 傷 の 弁 明 と し て 、 在 露 中 の貢 献 を 記 述 し た ﹃ サ ー ・ ジ ェ ロ ー ム ・ ホ ー セ イ の 旅 行 ﹄ を あ ら わ し た 。 ◎ ア ン ト ニ オ ・ ポ ッゼ ヴ ィ ノ ( ﹀ 三 〇 巳゜勹 o °。 ω Φ ≦ロ ゜ 在 露 一五 八 一 -八 二 ) 後 述 。 (4)

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◎ ジ ャイ ル ス ・フ レ ッチ ャー ( O 濠 ω固Φ 冖9 奠 在 露 一 五 八 八 -八九 ) 後 述 。 こ の よう な訪 問 者 を 大 別 す れ ば 、① 神 聖 ロ ー マ 帝 国 の大 使 と し て モ スク ワ国家 と の外 交 折 衝 に あ た った ドイ ツ 人 、 ② モ スク ワ 会 社と の関 連 で 、 お も に通 商 交 渉 にあ た った イ ギ リ ス人 、 ③ ロ ー マ 教皇 庁 か ら 派 遣 さ れ て 、東 西 教 会 の合 同 問 題 や対 オ ス マン ・ ト ル コ 十 字 軍 の結 成 問 題 に たず さわ っ た イ タ リ ア人 の三 グ ル ープ にわ け る こ と が でき る 。 本 小 論 の目 的 は、 こ の三 グ ル ープ の 代 表 的 な 人 物 であ り 、 し か も 帰 国 後 詳 細 な ロシ ア紹 介 書 を 残 し た ヘ ルベ ル シ ュ タイ ン、 フ レ ッチ ャi、 ポ ッ ゼ ヴ ィノを と り あ げ 、 彼 ら が 中 世 ロシ ア の国 家 や 社 会 を ど のよ う に と ら え て いた の かを 紹 介 す る こ と にあ る。 ⇔ ヘ ル ベ ル シ ュ タ イ ン 、 フ レ ッ チ ャ ー 、 ポ ッ ゼ ヴ ィ ノ と そ の 著 作 ヘルベ ルシ ュ タイ ンは、 今 日で は ユー ゴ スラ ヴ ィ ア領 に属 す る ビ パチ の名 門 貴 族 の 出 身 であ る。 彼 は 、 ス ラヴ系 の言 語 の通 用 す る 地 方 で少 年 時 代 を す ご し た の で、 ス ラヴ 人 の言 語 を 習得 す る こと と な った。 こ のた め に、 ス ラヴ 人を 軽 蔑 し て いた ド イ ツ人 の 同級 生 た ち か ら ﹁ ス ラヴ の奴 隷 ﹂ と 馬鹿 に さ れた と いう 。 だ が 、 こ の語 学 力 は、 彼 が ロシ アを 含 む 東 ヨ ー ロ ッ パ諸 国 に対 す る外 交 官 と し て活 躍す る さ いに は 大 いに役 だ った の であ る。 ウ ィー ンで高 等 教 育 を う け た の ち 、 軍 隊 生 活 お よ び ポ ー ラ ンド や ハンガ リ ーで の 外 交 活 動 で頭 角 を あ ら わ し 、 新 興 の モ スク ワ国家 を 自 国 の対 外 的 な 利 益 の た め に利 用 し よ う と し て いた 神 聖 ロー マ 皇 帝 マキ シ ミ リ ア ンに 登 用 さ れ て、 モ ス ク ワを 二度 にわ た って訪 問 し た 。彼 の ロシ ア で の外 交 活 動 は さ し た る成 果 を あ げ な か っ た が 、 彼 は当 地 に お け る経 験 と 見 聞 を 土 台 に し て 、 西 ヨ ー ロ ッパ に おけ るは じ め て の 体 系 的 の ロシ ア紹 介 書 と も い え る ﹃ モ スク ワ 国家 に つい て の覚 え 書 き﹄ を 一 五 四九 年 に公 刊 し 尨 。 ﹁ 古 代 に お いて、 ロー マ人 は 遠 方 の未 知 の 国 に 大 使 を 派 遣 し た と き 、 ロー マ人 は こ の大使 たち に、 任 期 中 に接 触 し た 人 々 の風 習 ・ 制 度 ・ 生 活 様 式 を 注 意 深 く 叙 述 す る こと を 義 務 と し て課 し てき たと   ロ いう ﹂ と の献 辞 か ら は じ ま る ﹃ モ スク ワ国家 に つい て の覚え 書 き ﹄ は、 ロ シ アと いう 未 知 の国 を 西 ヨー ロ ッパ の 人 々 に紹 介 す る と い う 使 命 感 に貫 か れ てお り 、 様 々な 問 題 に 触 れ て いる。 イ ギ リ ス の ロシ ア 中 世史 家 グ ラ ハム は、 こ の著 作 を 次 のよ う に高 く 評価 し て い る。 ﹁ ヘル ベ ル シ ュ タ イ ンは当 時 の モ ス ク ワ国 家 のほ ぼす べ て の様 相 を 丹 念 に 調 べあ げ た 。 こ れ は、 それ 以 前 には いか な る外 国 人も な し と げ てお ら ず 、 そ れ 以 降 も ほと んど の外 国 人 が な し と げ な か っ た こと であ る 。 彼 は 自 分 の印象 を 、優 雅 に品 位 を も って伝 え た 。 多 分 、 ﹃ 覚 え 書 き﹄ に は 、 構 成 の欠 如 と いう 欠 点 が あ る か も し れ な い 。 新 し い 話 題 が 突 然 飛 び こん で き て 、 こ れ に つい て少 し 言 及

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し た か と お も う と 、 ま た 元 の話 題 に 戻 ってし ま っ た り し て いる か ら であ る 。 だ が 、 こ の欠 点 は 、 こ の 著 作 が、 ヨー ロ ッパ の舞 台 に 登 場 し てき た新 し い東 方 の強 国 に つ いて のは じ め て の信 頼 でき る 書 物 であ る こと を 念 頭 に お け ば 、 と る にた ら な い こと で あ る。 ﹃覚 え 書 き﹄ に 対 す る 関心 は 、 決 し て 低 く は な ら な か った。 ﹃ 覚 え 書 き﹄ は各 世 代 ごと に新 鮮 な も のを 提 供 し続 け て い る。 ヘル ベ ル シ ュ タ イ ンは ま さ しく 最 初 の非 ロシ ア 系 の ス ラ ヴ学 者 と い う 名 に値 す る のであ る。 L 一厩 た だ し 、後 述 す る フレ ッ チ ャー の著 作 のよ う に テ ー マごと に整 理 さ れ て叙 述 さ れ て いる わ け で は な い。 小 見 出 し を あ げ ると 以 下 のと おり であ る。 ・ ロシ アと い う 名称 ・ 言 語 ・ 版 図 ・ 歴史 ・ 称 号 ・ 大 公 の即 位 式 の様 子 ・ 大 公 の即 位 後 の 儀 式 ・ 宗 教 ・ 府 主 教 ヨ ハ ネ の規 定   . キ リ ル か ら ノ ーヴ ゴ ・ト 杢 教 ニ フ ォそ の質 問 ・ 洗 礼 ・ 教 皇 ア レ ク サ ン ド ル の 教 書 ・ 告 解 ・聖 体 拝 領 ・ 祝 祭 日 ・ 煉 獄 ・ 聖 人 崇 拝 ・ 断 食 ・ 十 分 一 教 会 税 に つ い て ・ 婚 約 ・ 世 俗 の 社 会 に つ い て . 大 公 イ ヴ ァ ー ン ・ ヴ ァ シ リ エ ヴ ィ チ が 七 〇 〇 六 年 に 発 布 し た 規 定 ・ 他 人 の家 を 訪 問 す る こ と に つ い て ・駅 伝 制 ・ 貨 幣 に つ い て ・ 取 り 引 き ・ロ シ ア の 地 誌 ・ タ タ ー ル に つ い て ・ リ ト ヴ ァ に つ い て ・ リ ト ヴ ァ の 野 生 動 物 に つ い て (6)

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・ 北 氷 洋 の航 海 ・ 外 国 使 節 の扱 い方 ・ 私 の ロ シ ア 旅 行 ・ 私 の 帰 還 ・二 回 目 の 使 節 の と き の ル ー ト フレ ッ チ ャー は 、 イ ギ リ ス人 の ヘルト フ ォー ド州 ヴ ァト フォ ード の聖 職 者 の家 庭 に 生 ま れ 、 ケ ン ブ リ ッ ジ 大 学 で 学 んだ のち 、 政 界 に 入 っ た 。 彼 が モ スク ワ国家 へ の使 節 団 の団 長 に エリ ザ ベ ス 一 世 か ら 任 命 さ れた のは 、 一 五 八 八年 の こと であ るが 、 こ れ は 、 イ ヴ ァー ン 四 世 の 時 代 に はじ ま っ た 英 露 間 の通商 問題 を 解 決 す る た め で あ った 。 一 五 五 五年 に設 立 さ れ た イ ギ リ スの モス ク ワ会 社 は 、 ロシ アに お け る イ ギ リ ス の 交 易 独 占 権 と 免 税 と いう 特権 を 与 え ら れ て いた が 、 こ れ が 、 オ ラ ンダ商 人 お よび ロシ ア商 人 の不 満 を かき た て てお り 、 イ ヴ ァー ン 四世 が 一 五 八 四年 に他 界 す る と 、 こ の特権 を めぐ って紛 糾 を も た ら し て いた か ら であ る。 フレ ッチ ャ ー の使 命 は 、成 功 し た と は い え ず 、 モ ス ク ワ会 社 は 北方 ル ー ト の交 易 の独 占 権 を失 う こと に な って し ま っ た 。 フ レ ッ チ ャー は 、自 分 自 身 の見 聞 と 永 年 ロシ ア に 滞 在 し て いた イ ギ リ ス人 商 人 と の 意 見 の交 換 にも と つ いて モ スク ワ 国 家 で の経 験 を まと め て、 帰 国 後 に ﹃ ロシ ア国 に つい て ﹄ を 出 版 し ニ ハ た 。 だ が こ の 著 作 は 、 そ の 冒 頭 の エ リ ザ ベ ス 一 世 へ の 献 辞 に も ﹁ こ こで のや り 方 は 、 こ の国 で生 活 し て いる 貧 し く 虐 げ ら れた 人 々に と っては 、 と ても 苛 酷 で 痛 ま し い も の です ﹂ と 記 し て いる こと か ら も 判 る よ う に 、 モ ス ク ワ国家 を専 制 的 な 国 家 と し て か な り否 定 的 に描 い てお り 、 こ の観 点 が イ ギ リ ス側 の公 的 な ロシ ア観 と受 けと ら れ て し ま う こと は ロシ アに お け る モ スク ワ 会 社 の立 場 を 危う く し て しま う と 考 え ら れ た た め に 、 当 初 は 発売 を 禁 止 さ れ てし ま っ た 。 イ ギ リ ス で完 全 な も のが 出 版 さ れ た のは 一 六 五 三年 の こと で あ っ た ( ロシ ア にあ って は、 そ の完 全 な ロシ ア語 訳 が出 版 され た のは 一 九 〇 五年 モ の こ と で あ った ) 。 ﹃ ロ シ ア 国 に つ い て ﹄ は 、 ロ シ ア の 地 誌 の叙 述 か ら は じ ま って 、 ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン の 著 作 と 比 較 す る と か な り 体 系 的 に 構 成 さ れ て い る 。 こ の こ と は 以 下 の よ う な 、 フ レ ッ チ ャ ー自 身 が 作 成 し た 目 次 か ら も 判 断 す る こ と が で き る 。 第 一 部 国 土 の 地 誌 ( 1 ) ロ シ ア の 東 西 南 北 、 そ の 州 の 名 称 ( 2 ) 土 壌 と 気 候 ( 3 ) ロ シ ア の 自 然 産 品 ( 4 ) ロ シ ア の 主 要 都 市 第 二 部 政 治 第 一 節 ロ シ ア の 国 制 ( 5 ) ロ シ ア の 皇 室 と そ の 家 系

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( 6 ) ロシ ア皇 帝 の即 位 の様 子 ( 7 ) ロシ ア の政 府 の形 態 ( 8) ロシ ア の議 会 と そ の 運営 方 法 ( 9) ロ シ ア の貴 族 層 ( 10 ) 地 方 す な わ ち 州 の統 治 方 法 ( 11 ) 皇 帝 の私 的会 議 ( 12 ) 皇 帝 の 税 金 そ の他 の収 入 、 そ の総額 、増 収 を はか る た め のず る が し こ い方 法 ( 13 ) ロシ ア の庶 民 層 と そ の境 遇 第 二節 ロシ ア の裁 判 制 度 ( 14) ロシ ア の裁 判 制 度 と審 理 第 三節 軍事 的 な 諸 条 項 ( 15) 皇 帝 の軍 隊 、 将 校 と そ の給 与 ( 16 ) 召 集 、 武 器 、 糧食 、 野営 、 そ の他 ( 17 ) 行 軍 、 攻 撃 、 軍規 ( 18 ) 植 民 地 と 征 服 に よ って これ を 維持 す る政 策 ( 19 ) 、 ( 20 ) ロシ ア 人が 戦 争 や講 和 に よ って対 処 し な く ては な ら な い近隣 の諸 族 第 四節 ロシ アの 聖職 者 層 ( 21 ) ロシ ア教 会 の ヒ エラ ル ヒー ( 22 ) 典礼 の形 態 、 秘 蹟 のや り方 ( 23 ) ロシ ア教 会 の教 義 ( 24 ) 結 婚 式 の やり 方 ( 25) ロシ ア教 会 のそ の他 の儀式 第 三部 経 済 、 私 的 行 動 ( 26 ) 皇 帝 の私 的 行 動 ( 27 ) 皇 帝 の宮 廷 と そ の 諸 官 庁 ( 28 ) ロシ ア人 の私的 行 動 や慣 習 ポ ッ ゼ ヴ ィ ノは金 職 人 の家 系 に生 ま れ 、 ロー マ で 聖職 者 と し て の 教 育 を受 け 、熱 心 な イ エ ズ ス会 士 と な っ た 。 彼 は 反宗 教 改 革 運 動 の 闘 士と し て 、 ヨー ロ ッパ各 地 で精 力 的 な 活 躍 を し た。 と く に、 一 五 六 三年 か ら 一 五七 二年 にか け ては 、 フ ラ ン スに お い て ユグ ノ ー派 と 激 し い 抗 争 を 展 開 し 、 一 五 六 八 年 に 彼 が フラ ン ス で出 版 し た 小 冊 子 ﹃ キ リ スト 教 の戦 士﹄ は 、 異 端 と 戦う 兵 士 は英 雄 であ り 、 こ の戦 い で倒 れ た 者 は 殉 教 者 で あ り 、 いか な る容 赦 も 犯 罪 に あ た いす ると の 激 烈 な 主 張 を し て いた 。 彼 が 、 モ スク ワ国 家 と接 触 す る任 務 を 与 え ら れ る よう にな っ た の は 、 一 五 五 八 年 に イ ヴ ァー ン 四世 が リヴ ォ ニア戦争 を 開始 した こと と 関 連 し て いた 。 イ ヴ ァー ン 四世 は バ ルト 海 への 出 口を 求 め てリ ヴ ォ ニ ア戦争 を 開始 し、 当 初 は成 功 を 収 め た が 、 ポ ー ラ ンド ・ リ ト ヴ ァお よ び スウ ェ ー デ ン の反 撃 にあ って、 戦 況 はま も な く 膠 着 状 態 に (s)

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入 っ て し ま った 。 さ ら に 、 一五 七 六 年 に 精 力 的 な ス テ フ ァ ン ・バ ト リ ー が ポ ー ラ ン ド 国 王 に な る と 、 ポ ー ラ ン ド 側 は ロ シ ア 軍 を リ ヴ ォ ニ ア か ら 追 放 し 、 ロ シ ア側 は 苦 境 に た つ こ と に な った 。 こ こ で 、 イ ヴ ァ ー ン 四 世 は こ の苦 境 を 打 開 す る た め に 、 ロ ー マ 教 皇 に 、 ポ ー ラ ン ド と の 外 交 的 な 調 停 を 依 頼 し た 。 ロ ー マ教 皇 は 、 カ ト リ ッ ク の ポ ー ラ ン ド に て こ 入 れ し つ つも 、 対 プ ロ テ ス タ ン ト の 観 点 お よ び 対 オ ス マ ン ・ ト ル コ の観 点 か ら 東 方 正 教 会 と の 合 同 に 関 心 を 抱 い て い た か ら で あ る 。 こ れ を 受 け て 、 モ ス ク ワ 国 家 へ の 教 皇 の 特 使 に 任 命 さ れ た の が ポ ッゼ ヴ ィ ノ で あ る 。 ポ ッゼ ヴ ィ ノ の 特 使 と し て の 活 動 は 成 功 を お さ め 、 彼 が 仲 介 者 と な っ て ポ ー ラ ン ド と ロ シ ア の あ いだ に ヤ ム ・ ザ ポ リ ー ス キ イ の 講 和 が 締 結 さ れ 、 歹 リ ヴ ォ ニ ア 戦 争 は 一 様 の 終 結 を み た 。 の ち に 彼 は 、 こ の と き の ロ シ ア で の 経 験 を ま と め て 、 教 皇 への 報   へ 告 書 と いう 形 を と っ て ﹃ モ ス コ ー ヴ ィ ア ﹄ を 出 版 し た 。 ポ ッゼ ヴ ィ ノ は ヘ ル ベ ル シ ュ タ イ ン が ヴ ァ シ ー リ イ 三 世 の 時 代 、 フ レ ッチ ャ ー が フ ヨ ー ド ル 一 世 の 時 代 に 訪 露 し て い る の に 対 し て 、 イ ヴ ァ ー ン 四 世 の 時 代 に 訪 露 し て 彼 と 対 話 し て い る た め に 、 そ の 著 作 ﹃ モ ス コ ー ヴ ィ ア﹄ は 、 イ ヴ ァ ー ン 四 世 の 時 代 の第 一 義 的 な 史 料 と な って い る 。 そ の 内 容 は 以 下 の と お り で あ る 。 第 一 書 ・モ ス コ ー ヴ ィ ア の 宗 教 事 情 ・ モ ス コ ーヴ ィ ア ・ モ ス コーヴ ィ アに カ ト リ ッ ク信 仰 を 導 入 す る に あ た って の 困難 、 そ の展 望 と 手 段 ・ 展 望 と 諸 方 策 ・ モ ス コーヴ ィ アに カ ト リ ッ ク信 仰 を 導 入 す る手 段 第 二書 ・ 教 皇 グ レゴ リ ウ ス = 二 世 に ・ 現 モ ス ク ワ公 が ど のよ う に 最 高 権力 に到 達 した か 、 領 土 の拡 大 そ の他 の事 件 ・ モ ス ク ワ公 に帰 属 す る有 名 な 都 市 と諸 民族 ・ モ ス ク ワ公 の砦 と 、 包 囲 さ れ た 場 合 のそ の 防 衛 手 段 ・ モ ス ク ワ公 の そ の他 の資 力 ・ モ スク ワ公 の側 近 ・ モ スク ワ大公 の息 子た ち ・ モ ス コー ヴ ィ ア への大 使 の受 け 入 れ と 、 彼 ら と の 交 渉 手 段 ・ モ スク ワ公 は 誰を ど の よう な 形 で外 国 に 派 遣 す る か。 ア ント ニ 木 ・ ポ ッ ゼ ヴ ィノ とと も に教 皇 のも と に向 っ た 大使 と 同行 した 際 に 何 が 起 こ っ た か ・ モ スク ワ公 の性 格 と 大 分 裂 ・ 聖 な る キ リ スト の名 と カ ト リ ック信 仰 を アジ ア やそ の 他 の地域 に 広 め る に あ た って、 モク ス ワ 公 が はた した 約 束 が 実 行 さ れ る

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﹁展 望 ・ 教 皇 庁 やそ の他 の カ ト リ ック国 家 か ら モ ス コー ヴ ィ ア に派 遣 さ れ る 大 使 が 関 心を 向 けな く ては な ら な い規 則 ・ 大 使 と 同 行 さ せ る人 物 ・ 携 帯 す べ き 書 物 ・ 教皇 が モ スク ワ公 にお く る べき 書 簡 と 贈 り物 ・ 大 使 と そ の 同行 者 が ま と う べき 衣 装 と 装束 、あ る状 況 では 彼 ら は ど の よう に振 舞 う べき か ・ 他 国 の君 主 から モ ス ク ワ公 への書 簡 を 作成 す る にあ た って の注 意 事 項 ・ モ ス ク ワ大 公 のも と を 辞 去 す る に あ た って、 役 人 に何 を 贈 る べ き か ・ 到着 ・ 滞 在 ・ 辞 去 にあ た って 、 豊 か な る成 果 を う みだ す た め に 、 大 使 はど のよ う な 計 画 に し た が って行 動 す る べき か ・ わ れわ れ の至 聖 な る 主 人 で あ る 教皇 か ら モ ス ク ワ大 公 あ て の 書 簡 に お け る宛 名 宗 教 に 関す る討 論 ・ 一 五 八 二年 二月 二 一 日に ツ ァー リ の宮 廷 にお い て、 ツ ァー リ の 大 貴 族 と 百 名 の高 官 の出 席 のも と で 開 か れた 、 モ ス ク ワ大 公 イ ヴ ァー ン ・ ヴ ァシ ーリ エヴ ィチ と の カ ト リ ック信 仰 に 関 す る第 一 回公 開 討 論 ・二 月 二 三 日 に 開 か れ た ア ン ト ニ オ ・ポ ッゼ ヴ ィ ノ と モ ス ク ワ 大 公 お よ び 彼 の 元 老 院 議 員 ( Qり Φ 昌 鋤 什O ﹁ ω ) と の 第 二 回 討 論 ・ 高 官 と 元 老 院 議 員 の 出 席 の も と で の 、 モ ス ク ワ 大 公 と ア ン ト ニ オ ・ ポ ッゼ ヴ ィ ノ と の宗 教 に 関 す る 第 三 回 討 論 。 福 音 書 に よ る と キ リ ス ト が 荒 地 に 穏 棲 し 、 悪 魔 が 彼 を 誘 惑 し た 大 斎 期 の 最 初 の 日 曜 日 、 す な わ ち 、 三 月 四 日 に 何 が 起 こ った か に つ い て ア ン ト ニ オ ・ポ ッ ゼ ヴ ィ ノ が 大 使 を つと め て い た と き の 、 教 皇 グ レ ゴ リ ウ ス 八 世 、 ポ ー ラ ン ド 王 ス テ フ ァ ン 一 世 、 モ ス ク ワ 大 公 イ ヴ ァ ー ン ・ヴ ァ シ ー リ エヴ ィ チ そ の 他 の 人 物 の書 簡 一五 八 一 年 の ポ ー ラ ン ド 王 ス テ フ ァ ン と モ ス ク ワ 大 公 イ ヴ ァ ー ン ・ヴ ァ シ ー リ エ ヴ ィ チ の 大 使 の 会 議 の 議 事 録 ポ ッ ゼ ヴ ィ ノ の ﹃ モ ス コ ー ヴ ィ ア﹄ の 目 的 は 、 以 上 の 内 容 目 次 か ら み て と る こ と が で き る よ う に 、 ﹁ ロ シ ア の 事 情 を カ ト リ ック 世 界 に 知 ら し め 、 ロ シ ア が 宗 教 改 革 と オ ス マ ン ・ ト ル コ帝 国 と の 闘 争 に お い て 信 頼 す べ き 同 盟 者 と な る 可 能 性 を も っ て い る こ と を 明 ら か に   れ す る﹂ 点 にあ っ た た め に 、 か な り の宗 教 的 ・ 政治 的 の先 入 観 にと ら わ れ て いると 予 想 さ れ る か も し れ な い。 だ が 、 こ の点 に つい ても グ ラ ハムは こう 評 価 し て いる 。 ﹁ ポ ッ ゼ ヴ ィ ノは そ の他 の 多 く の訪 問客 と は異 な って、 単 に未 消 化 の事 実 の集 積 を 報 告 す る だ け に は満 足 しな か っ た 。 彼 は 、自 分 (lo)

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が集 め た デ ー タを 精 査 ・ 分 析 し て 、 そ こ から 結 論 を 引 き だ す好 奇 心 と探 究 心 を も っ た 訓 練 さ れ た 思慮 深 い 観 察 者 であ っ た 。 彼 の地 位 が彼 の才 能 を 手 助 け し た 。 彼 は大 公 を 含 む モ ス コーヴ ィ ア の高 官 に接 触 す る こと が でき て いる 。 だ か ら、 彼 の報 告 は 、 一 六 世 紀 の ロシ ア の 歴史 にと って重 要 な資 料 と な って い る 。 ポ ッ ゼ ヴ ィ ノ の著 作 に宗 教 的 な 先 入 観 が あ る こ と は当 然 予 想 さ れ る し 、 こ れ に つ いて は 割 引 かな く て はな ら な いか も し れな い 。 し か し 、 そ れ 以 外 の点 は 、宗 教的 な 教 義 を 除 く す べて の問題 でか な り の寛 容 を も 二 〇 った 成熟 し た経 験 あ る人 物 が 行 な った鋭 敏 な 分 析 な の であ る 。 L 日 彼 ら の ロシ ア観 ま ず 、 こ こ で 問 題 と し て い る モ ス ク ワ 国 家 の呼 称 に つ い て で あ る が 、 そ の 著 作 に モ ス コ ー ヴ ィ ア な る 用 語 を 使 用 し て い る ヘ ル ベ ル シ ュ タ イ ン と ポ ッゼ ヴ ィ ノ の 例 か ら も 判 る よ う に = ハ 世 紀 に あ っ て は 、 大 半 の ヨ ー ロ ッパ の著 述 家 は 、 ロ シ ア と モ ス コ ー ヴ ィ ア を 区 別 し て 使 用 し て い た 。 た と え ば 、 ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン は 、 ﹁ ロ シ ア は サ ル マ テ ィ ア 山 脈 の 近 く 、 ク ラ ク フ の 近 郊 に ま で 拡 が っ て い る 。 こ こ か ら 、 現 地 の 人 々 が ド ニ エ ス ト ル と 呼 ぶ ト ウ イ ラ 川 に そ っ て 黒 海 あ る い は 大 海 と 呼 ば れ て い る ポ ン ト ス海 に 到 り 、 そ の 途 中 で ド ニ エプ ル ニ  川 を 横 切 っ て い る ﹂ と 記 し て い る が 、 こ の 場 合 、 ロ シ ア を 国 家 名 と し て は 使 用 し て い な い 。 し た が っ て 、 ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン に あ っ て は 、 ﹁ 今 日 ロ シ ア の 支 配 し て い る 諸 公 の な か で 、 そ の 筆 頭 は 、 ロ シ ア の 大 半 を 確 保 し て い る モ ス ク ワ 大 公 で あ り 、 第 二 は リ ト ヴ ァ大 公 、 第 三 は 、 今 で は ポ ー ラ ン ド と リ ト ヴ ァ の 君 主 で あ る ポ ー ラ ン ド 王 で ニ ニ あ る ﹂ と い う よ う に 、 ロ シ ア 地 域 に は 、 モ ス ク ワ 国 家 と ポ ー ラ ン ド ・リ ト ヴ ァ国 家 と い う 二 つ の 国 家 が 存 在 す る こ と に な る 。 こ う し た 区 別 は 、 旧 キ ー エ フ ・ル ー シ の 遺 領 を め ぐ っ て 、 一五 世 紀 か ら 一 七 世 紀 に か け て 、 モ ス ク ワ と リ ト ヴ ァ が ラ イ バ ル 関 係 に あ った 、 す な わ ち 、 モ ス ク ワ ・ル ー シ と リ ト ヴ ァ ・ ル ー シ が 存 在 し て い た と い う 歴 史 的 状 況 か ら う ま れ て き た と 同 時 に 、 西 欧 人 が 、 ロ シ ア 地 域 に 関 す る 情 報 を 宗 教 的 に も 地 理 的 に も 近 い ポ ー ラ ン ド ・リ ト ヴ ァ側 か ら 入 手 し て い た こ と 、 し た が っ て 、 ロ シ ア 地 域 に 対 す る ポ ー ラ ン ド ・リ ト ヴ ァ側 の 要 求 を 反 映 し た 情 報 を 受 け と っ て い た こ と に よ っ ニ  ニ て い た 。 ( こ の 点 で 特 徴 的 な の は 、 ポ ー ラ ン ド と 協 力 関 係 に あ っ た ポ ゼ ッ ヴ ィ ノ が 一 貫 し て モ ス コ ー ヴ ィ ア な る 用 語 を 使 用 し て い る の に 対 し て 、 ポ ー ラ ンド ・リ ト ヴ ァ経 由 の 情 報 に さ し て 影 響 さ れ る こ と な く 、 北 東 航 路 の 開 拓 に よ っ て モ ス ク ワ 国 家 と 直 接 的 に 接 触 す る こ と に な っ た イ ギ リ ス人 た ち は 、 む し ろ ロ シ ア な る 用 語 を 第 一に 使 用 し て い る こ と で あ る 。 チ ャ ン セ ラ ー の 旅 行 記 の 表 題 は ﹃偉 大 で 強 力 な ロ シ ア の 皇 帝 、 モ ス コ ー ヴ ィ ア の 公 に 関 す る 著 述 ﹄ で あ る し 、 フ レ ッ ・チ ャ ー も 、 著 作 の 副 題 に 、 ﹁ ロ シ ア 皇 帝 (一 般 に は モ ス コ ー ヴ ィ ア の皇 帝 と 呼 ば れ て い る ) ﹂ と 記 し て い る 。 ) の ち に 、 一 七 世 紀

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の ﹁ 動 乱 時 代 ﹂ の ロ シ ア に 逗 留 し た フ ラ ン ス 人 マ ル ジ ュレ は 、 自 分 の ロ シ ア 紹 介 記 の 冒 頭 で ロ シ ア と モ ス コ ー ヴ ィ ア と いう 用 語 の 区 別 の 起 源 を 念 頭 に お き つ つ 、 読 者 に 次 の よ う に 注 意 を 喚 起 し て い る 。 ﹁ 二 つ の ロ シ ア が 存 在 す る こ と 、 す な わ ち 、 帝 国 の 称 号 を も つ ロ シ ア ( ポ ー ラ ン ド 人 は こ れ を 白 い ロ シ ア と 呼 ぶ ) と 、 ポ ー ラ ン ド 王 国 に 従 属 し 、 ポ ド リ ア に 隣 接 し た 黒 い ロ シ ア が 存 在 す る こ と も . 理 解 し て お か な く て は な ら な い 。 ポ ー ラ ン ド 王 が ﹃ リ ト ヴ ァ、 ロ シ ア 、 プ ロ シ ア 公 ⋮ ⋮ ﹄ と 称 す る 場 合 、 こ の ロ シ ア と は 黒 い ロ シ ア の こ と な の で あ る 。 ⋮ ⋮ ポ ー ラ ン ド 人 は 黒 い ロ シ ア を ロ シ ア か ら 区 別 す る た め に 、 ド ニ エプ ル 川 以 東 の 地 域 を 白 い ロ シ ア と 呼 ん で い る 。 こ う し た 区 別 を し て お か な いと 、 こ の 小 著 が 扱 って い る の は 、 か つ て は ス キ フ ィ ア と 呼 ば れ 今 で は モ ス コ ー ヴ ィ ア と 呼 ば れ て い る 白 い ロ シ ア で あ る こ と を 忘 れ て し ま う で あ ろ う 。 ﹂ 二四 モ ス ク ワ 国 家 の 政 治 体 制 に 関 し て 、 ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン 、 ポ ゼ ッ ヴ ィ ノ 、 フ レ ッ チ ャ ー の 三 者 が ま ず 強 調 し て い る の は 、 大 公 す な わ ち ツ ァ ー リ 権 力 の 強 大 さ で あ る 。 ヘ ル ベ ル シ ュタ イ ン は こ う 記 し て い る 。 ・ ﹁ 公 は 、 聖 職 者 に 対 し て も 、 俗 人 に 対 し て も 権 力 を 行 使 し て お り 、 臣 民 す べ て の 生 命 と 財 産 を 無 制 限 に コ ン ト ロ ー ル し て い る 。 そ の 側 近 の 誰 一 人 と し て 、 ど の よ う な 問 題 で あ って も 、 あ え て 彼 に 反 対 し た り 、 ま し て や 別 の意 見 を 出 す よ う な 権 威 を も っ て い な い 。 彼 ら は、 公 の意 志 は神 の意 志 で あ り 、 公 の 行 為 は べ て神 の意 志 に し た が って い ると 明 ら さ ま に 語 っ て いる 。彼 ら は、 こ の意 味 で 、 公 を 神 の鍵 番 、 侍 従 と み な し て いる 。 要す る に、 彼 ら は 公 を神 の 意 志 の執 行 者 と で あ る と 信 じ て いる の であ る。 だ か ら こそ 、捕 虜 の釈 放 に ついて や 、 重 要事 件 に つ いて、 嘆 願 書 を 提 出 さ れ たと き に は 、 公 は い つも ﹃ 神 が御 下命 下 さ っ た と き 、 こ の者 は釈 放 さ れ る で あ ろ う﹄ と答 え る の であ る。 同 様 にし て、 疑 問 の 余 地 があ り 、 不 明 瞭 な 事 件 の調 査 が請 求 さ れ る と 、 ﹃ 神 と 公 のみ ぞ 知 る﹄ と い う のが 普 通 の答 え であ った。 国 民 の野 蛮 な 性 格 が 、 公を 専 制 君 主 に し て し ま った の か 、 そ れと も 公 が 専 制 君 主 であ る た め に、 国 民 が か く も 野蛮 で残 酷 な 境 遇 にお か れ てし ま って いる の か、 こ の問 題 は定 か で はな い。 L ポ ゼ ッヴ ィ ノも ﹁ 大 公 は、 町 、 砦 、 村 、 家 屋 、知 行 地 、 森 林 、 湖 、 ニ  ハ 川 、 名 誉 と 官 位 と い っ た す べ てを 手 中 に し て いる﹂ と 大 公 権 力 の強 大 さ を 強 調 し た 上 で、 こ の大 公 権 力 を 規 制 す る はず の諸 公 西 ヨ ー ロ ッパ で は国 王 や皇 帝 の権 力 を 統制 す る 聖俗 の高 級 貴 族 も す で に無 力 にな ってし ま って いる こ とを 指 摘 し て い る。 ﹁ 都 市 や公 国 には 、 わ れ わ れ のも と で は諸 公 と よ ば れ て いる よう な 独 立 し た 支 配 者 は存 在 し な い。 これ は 名 誉 上 の称 号 にす ぎ ず 、 彼 ら が これ を 利 用 し て いる のは 、 自 分 の威 信 を 示 し たり 、 君 主 に とり い っ た り 、 公 的 な 地 位 を 明 示 す る た め に すぎ な いの であ る。 ﹂ 二七 (12)

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そ し て、 ポ ゼ ッ ヴ ィ ノは 、 ロシ ア人 ( ﹁ モ ス コーヴ ィ ア の住 民﹂ ) が こ のよ う な 専 制 的 権 力 の 存 在 を 受 け いれ て いる 理由 を 、 専 制 権 力 か ら 強 制 さ れ た ﹁ 奴 隷 根 性﹂ あ る い は ﹁ 従 属 的 メ ンタ リ テ ィ ー﹂ に 求 め て い る。 ﹁ 万 人 が 公 に 対 し て 敬 意 の念 を 捧 げ てお り 、 そ れ は 理解 す る こと が でき な いほ ど のも のであ る。 た と え 実 際 に は信 じ て い な いにせ よ 、 彼 ら は 、 自 分 た ち の生 命 、 幸 福 そ の他 す べて の も の は大 公 に よ って与 え ら れ た も のであ ると しば し ば 語 って いる。 彼 ら の考 え 方 は、 す べ てが 神 と 偉 大 な る ツ ァー リ 彼 ら は自 分 たち の公 を こう 呼 ん でお り 、 国 王 、皇 帝 を 意 味 し て いる の 恩 寵 に帰 し て い ると いう の であ る 。 棒 で 打 た れ て、 死 にそ う に な って いると き で さえ も 、 彼 ら は 、 こ れ を 恩寵 と し て受 け いれ て いると 語 る こと も あ る。 国 民 の大 半 は 自 分 た ち の隷 属 状 態 を 知 ってお り 、ま た 、 自 分 た ち が ど こか に 逃 亡 し た ら 、自 分 の子 供 た ち は 殺 さ れ 、所 有 す るす べ て のも のは 没 収 さ れ た り す る こと を 知 って いる 。 も しも こ の事 実 がな け れ ば 、 彼 ら は 、 奴隷 に な っ た と いう よ り も 、奴 隷 と し て生 ま れ つい てし ま っ た と 考え る こと が でき る であ ろう 。彼 ら は 子供 のと き か ら こ のよ う な 生 活 に慣 れ て しま ってお り 、 公を 途 方 も な く称 賛 し、 公 が 幸 福 に 暮 ら し て いれば 、 自 分 た ち も幸 福 に 暮 ら し て いると 断 定 す る こと が 、 ま る で本 性 にな って いる か の よ う で あ る 。 より 思慮 深 く 、 密 告 者 を 恐 れ る必 要 のな い者 た ち が 国 外 に滞 在 す る機 会 を も ち 、 他 国 の力 と権 勢 を 認 めた と し ても 、 こ の国 民 は 、 他 国 の こと に 大 き な 意義 を 与 え な い の であ る 。﹂ 。、 さ ら に、 自 国 にお い て代 議 制 的 な 君 主制 が制 度 的 に確 立 さ れ つ つ あ っ た イ ギ リ ス人 フレ ッ チ ャー は 、 立法 権 、 行 政 権 、 裁 判 権 に お け る モ ス ク ワ大 公 の専 制 的 な 権 力 を 具 体 的 に叙 述 し て いる 。 ﹁ ロ シ ア の政 治 形 態 は ま っ た く 専 制 的 であ る。 専 制 的 と は 、す べ てを 公 の利 益 のた め に は か っ て いる と い う こと であ り 、 そ れ はも っ と も 公 然 と し た 野 蛮 な 形 式 に の っ と って い る。 ⋮ ⋮ 主 権 と いう も のを 構 成 す る 国 政 の主 要 事 項 ( 公 法 の作成 と 廃 棄 、 知 事 の任 命 、 外 国 と の交 戦権 と 同盟 権 、 処 刑 ・ 赦 免 権 、 刑事 ・ 民 事 で の訴 追 権 ) は 、皇 帝 のそ の 下 にあ る会 議 にま っ た く完 全 に属 し て いる 。 し た が っ て 、皇 帝 は 、 こ れら の事 項 の命令 主 権 者 であ る と 同 時 に 、 執 行 者 で あ る と も い え る であ ろう 。 領 土内 の法 律 や 公 法 に 関 し て は 、 こ れ は 、 公的 な 会 議 や議 会 が 招集 さ れ る前 にす で に 決 定 さ れ て いる の であ る。 皇 帝 は処 理 案 件 に つ いて、 自 分 の 会 議 以外 に は 、誰 と も相 談 しな い。 ⋮ ⋮ 第 二 に 、領 土内 の役 所 や地 方 行 政 当 局 に 関 し て い え ば 、 そ れ に は 世 襲 的 な も の は なく 、高 い 地 位 のも のに せ よ低 い 地 位 のも のに せ よ 、 そ の 職 務 へ の任 命 は直 接 皇 帝 によ っ て な さ れ て いる。 主 要 都 市 の書 記 官 も 、 そ の大 半 が 皇 帝 に よ って任 命 さ れ て いる 。 ⋮ ⋮ 第 三 に 、 同様 の こと が、 と り わ け 生 死 に 関係 す る司 法 行 政 に つ

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いて も い え る。 権 章 が 支 え る 権 威 や 公的 司法 権 を も つ人 物 は 一 人 も お らず 、す べ てが 皇 帝 の指 示 と 随意 のま ま であ る。 判事 に つ い て も 同様 であ り 、 彼 ら は 恐 れ を 抱き 、自 己 規 正 し てお り 、特 別 な 事 件 に つ いてあ え て裁 定 を 下 そう と は せず 、 モ ス ク ワ の 皇 帝 の 会 議 に す べてを 諮 問 し な く ては な ら な い 。 前 皇 帝 イ ヴ ァー ン ・ ヴ ァ シ ロヴ ィチ は、 臣 下 の生 命 に も 主権 を も って い る こと を 示 す た め に 、散 歩 中 に出 合 っ た り 、 顔 を み か け たり した 人 物 を 嫌 っ た 場合 、 そ の人物 の 首 を 切 るよ う に 命 令 し て いた。 これ はた だ ち に 実 行 さ れ 、首 が皇 帝 のま え に投 げ お か れ た 。 第 四 に 、訴 追 権 と 赦 免 権 に 関 し て 、 こ れ はま っ た く 皇 帝 の随意 と 恩 寵 に よ って いる。 ⋮ ⋮ つい最 近 ま で は、 世 襲 的 権 利 に し た が って 領 地 を保 持 し、 領 地 に対 し て 絶 対 的権 威 と 司 法 権 を も ち 、皇 帝 の 指 示 や統 制 を う け ず に領 内 のす べて の こと を 命 令 ・ 決 定 し た 古 く か ら の 貴 族 たち が い た 。 だ が 、 そう し た こと は、 現 皇 帝 の父 イ ヴ ァ ー ン ・ ヴ ァシ ロ ヴ ィ チに よ っ て す べて が廃 止 さ れ 、 消 滅 さ 二九 せ ら れ て し ま っ た 。 L こ の よ う に 、 ヘ ル ベ ル シ ュ タ イ ン 、 ポ ゼ ッヴ ィ ノ 、 フ レ ッチ ャ ー の 三 名 と も が 、 モ ス ク ワ大 公 の 強 大 な 専 制 的 権 力 に 印 象 づ け ら れ て い る の は 、 モ ス ク ワ大 公 の 権 力 の 本 質 が 、 彼 ら が 理 解 し 、 通 暁 し て い る よ う な 西 ヨ ー ロ ッパ の 王 権 ・ 皇 帝 権 の 本 質 と 著 し く 相 違 し て い た た め で あ る 。 西 ヨ ー ロ ッ パ 中 世 の 政 治 思 想 に あ っ て は 、 国 王 は 、 法 律 を 守 って いる か ぎ り に お いて ﹁ 正 当 な る国 王﹂ な のであ って、 法 律 を 侵 犯 す れ ば 、 ﹁ 暴 君 ﹂ と な り 、 ﹁ 正 当 な る 国 王﹂ であ る資 格 を 喪 失 し、 一 方 そ の家 臣 た ち は 、 法 律 を 侵 犯 し た 君主 ・ 国 王 に対 し て は、 誠 実 義 務 を 解 除 さ れ た ( し た が っ て いわ ゆ る 反抗 権 を 保 証 さ れ ヨ   た ) の であ る。 国 王 ・ 皇 帝 は 家 臣 た ち の私 的 財産 を 随 意 にす る権 威 を も って お ら ず 、 単 に ﹁ 政 治 的 な 意 味 で の主 君 であ った﹂ 。 し た が って 、家 臣 の生 命 や財 産 ま でも 支 配 す る 権 利 を も つ ﹁ 全 ロ シ ア の世 襲 地領 主 ﹂ と し て の モ スク ワ大 公 が 、 西 欧 人 に ま ったく 異 質 な も の ヨ に みえ た のも当 然 の こと であ ろう 。 以 上 の よ う に 、 ヘル ベ ル シ ュ タ イ ン、 ポ ゼ ッヴ ィ ノ、 フ レ ッチ ャー は モ スク ワ 大 公 の専 制 的 な 権 力 に印 象 づ け ら れ る と 同時 に、 そ の 権 力 のもと で暮 し て いる庶 民 た ち の政 治 的 ・ 経 済 的 な無 力 状 態 に つ いて も 、 記録 し て いる。 と く に フレ ッチ ャ ーは 、 こ の 問 題 に 一 章 を あ て 、第 = 二 章 ﹁ ロシ ア の庶 民 層 、 あ る いは 市 民 層 の状 態 ﹂ のな か で 、 詳 し く叙 述 し て いる。 ﹁ 第 一 に 、 庶 民 層 と市 民層 の自 由 に関 し ては 、 こ う で あ る 。彼 ら は ま っ た く尊 重 さ れ て お らず 、 法 律 や布 告 が 締 結 さ れ る ロシ ア の サ ボ ー ルす な わ ち 議会 にも 、選 挙 権 も 議 席 も も っ て いな い。⋮ ⋮ 公 に 対 し て のみ な らず 、貴 族 や士 族 に対 す る 庶 民 層 の自 由 が いか に卑 し い状態 にあ る か に 関 し て は、 貴 族 や皇 帝 の役 人 に対 す る嘆 願 書 や文 書 のな か で 、自 分 たち の こと を ど のよ う に表 現 し て い る (14)

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か から 判 断 でき る 。 彼 ら は 自 分 た ち の こと を ホ ロ ープ す な わ ち 下 僕 あ る いは 奴 隷 と 称 し て いる 。 ⋮ ⋮ 第 二 に、 庶 民 層 の土 地 、 商 品 、 そ の他 の財 産 に関 し ては こ れ ら は皇 帝 だ け では な く 、 貴 族 層 、役 人 、兵 士 た ち の略 奪 、 強奪 か ら の いか な る防 止 措 置 も 与 え ら れ て いな い 状 態 にあ る 。皇 帝 が彼 ら に課 し て い る税 金 、 関 税 、 そ の他 の酷 税 の ほか に、 彼 ら は 、貴 族 、 役 人 、 外 国 使 節 、 と く に ヤ ム制 度 に よ って搾 取 さ れ 強 奪 さ れ て い る の で、 半 マ イ ル、 一マ イ ルに わ た って、 ま っ た く 無 住 の農 村 、 町 が存 在 す る こと を 見 る こ と が でき る。 こ の土 地 の住 民 は 苛 酷 な 扱 いと 酷 税 の た め に、 別 の土 地 に 逃 亡 し て し ま った の であ る 。 貧 しき 庶 民 に対 す る抑 圧 が ひ ど いた め に、 彼 ら は商 業 を いと な もう と す る勇 気 を ま っ た く く じ か れ て し ま って い る。 と いう のも 、 彼 ら は多 く 所 有 す れ ば す る ほ ど 、 そ の品物 だ け で はな く 、 生 命 さ え も危 険 に さ らさ れ るか ら であ る 。 ⋮ ⋮ こ のよ う な 状 態 のた め に、 ( そ う でな け れ ば 、 ど の よう な 困 苦 を も 堪え 忍 ぶ能 力 を も って い る のに ) 人 々は怠 惰 と 飲 酒 に身 を ま か せ て し ま って いる。 す な わ ち 、 そ の日 暮 ら し の 生活 を し て い る。 ..: 。.﹂ フ レ ッ チ ャー は 、 ロシ ア庶 民 の悲 惨 な 状 態 を か な り 同情 的 に記 述 し た う え で 、 だ か ら と い って、 ロシ ア人 が そ の資 質 の面 で 、 西欧 人 よ り も 劣 って いる わ け で はな く 、 ロシ ア人 が 政 治 意 識 や経 済 活 動 の 面 で西 欧 人 よ り も か なり 遅 れ てし ま って いる のは 、 ロシ ア人 に はそ の資 質 を 伸 ば す機 会 を 与 え ら れ てな い、 と く に 、 教育 の機 会 、 外 国 の文 物 に 接 す る機 会 が与 え ら れ て いな いた め 、 す な わち モ ス ク ワ国 家 の閉 鎖 性 のた め であ ると 説 明 す る 。 ﹁ ロシ ア人 の 資 質 に 関 し て、 彼 ら は ( 成 人 や子 供 の 知 力 にあ らわ れ て い る よう に ) 、 ど の よ う な 学 芸 も 習 得 す る適 応 性 が あ る にも か か わ ら ず 、 いか な る学 芸 にも ひ いで でお ら ず 、 ま し て や知 識 の 習 得 の面 で は ひ いで て いな い 。 彼 ら は、 知 識 の習 得 か ら も 、 軍事 的 能 力 の習得 か ら も遠 ざ け ら れ て いる。 こ のた め に 、 彼 ら は 、自 分 た ち が 生 活 し て いる 隷 属 的 な状 態 に適 し て いる か のよ う で あ り 、 改 革 を 試 みよ う と す る 理由 も動 機 も も って い な いか のよ う で あ る 。 ま た 、 彼 ら は 旅 行 を 禁 止 さ れ て いる ため に、 何 も 学 ば ず 、 外 国 の 様 子 を 知 る こと も な い。 大 使 の 随 行 員 や、 国 外 逃 亡 者 以 外 に は ロ シ ア人 旅 行 者 を み か け る こ と は め った にな いであ ろう 。 国 境 が 厳 し く 監 視 さ れ て いる た め に 、 旅行 す る こと は不 可 能 に 近 い。 そう し た 企 て には 厳 罰 が 適 用 さ れ 、捕 え ら れ れば 、 死 刑 に 処 せ ら れ 、 全 財 産 は 没 収 さ れ る 。 読 み 書 き を 学 ぶ者 は ごく 少 数 であ る 。 同 様 の理 由 か ら 、 彼 ら は 、 商 品 を 販 売 し たり 、傭 兵 と し て雇 わ れ る 以 外 の 目的 で外 国 人 が ロ シ ア国 内 に 入 ってく る こと を 許 し ては いな 三 三 い 。 ﹂

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ヘル ベ ル シ ュ タ イ ンも 庶 民 層 の境 遇 にふ れ てお り 、と く に ロシ ア の女 性 の地 位 の低 さ を 指 摘 す ると と も に、 そ れ に 関 す る いささ か 信 用 し が た い エピ ソ ード を 紹介 し て い る。 ﹁ 女 性 の境 遇 は 、 き わ め て悲 惨 であ る。 女 性 は 、家 に閉 じ こも っ て暮 し て いな け れ ば 、貞 節 と は みな さ れ ず 、 厳 格 に監 視 され て い る ので 、 ど こ か に外 出 す る こと も な いか ら で あ る 。女 性 が 戸外 で 他 人 に 見 ら れ た 場合 に は、 そ の女 性 は 貞 淑 で あ ると は考 え ら れ て いな い。 し か し 、家 の な か に閉 じ こめ ら れ て いて も、 女 性 は糸 を 紡 いだ り 、 縫 った りす る こと し か せ ず 、 家 のな か で は、 文 字 通 り 、 いか な る権 威 も影 響 力 も も って いな い。 ⋮ ⋮ モ スク ワに 、 ロシ ア人 女 性 と 結 婚 し て いる ヨル ダ ン と い う 名 の ド イ ツ人 の鍛冶 屋 が いた。 そ の ロシ ア人女 性 は夫 と しば ら く 暮 し た のち 、 あ る 日 、 愛 情 の こも った様 子 で 、 ﹃最 愛 の 夫 よ 、 あ な た は 私 のこ と を愛 し てく れ て いな い の です か﹄ と夫 に質 問 した 。 夫 が ﹃ お ま え のこ と を ひど く 愛 し て いる よ﹄ と答 え ると 、 妻 は ﹃ あ な た の愛 情 のあ か しを 受 けと って いま せ ん﹄ と い った。 夫 が 、 ど のよ う な あ か し を 望 ん で い る の か 尋 ね る と 、 ﹃あ な た は 私 の こと を 一 度 も 殴 った こ と が な いじ ゃあ り ま せ ん か﹄ と い う 答 え が 返 っ て き た 。 夫 は 、 ﹃ 何 だ って 、 殴 る こ と が 愛 情 のあ か し だ と は 思 わ な いが 、 お まえ の期 待 に反 し ても し ょう が な い ﹄ と 言 っ た 。 そ し て 、 そ のあ と す ぐ に 、妻 を ひど く 殴 っ た 。 そ し て 私 に告 白 した と こ ろ によ ると 、 そ の後 、 彼 の妻 は 一 層 の 愛 情 を 彼 に示 し た た め に 、 彼 は 何 回 も そ の行 為 を 繰 り か え し た 。 そ し て、 終 には 、 私 が ま だ モ ス ク ワに いた と き のこ と だ が 、妻 の 頭と 足 を 切 り お と し て し ま 一一西 っ た と い う 。 ﹂ 以 上 、 ヘ ル ベ ル シ ュ タ イ ン、 ポ ゼ ッ ヴ ィ ノ、 フ レ ッ チ ャー の著 作 を 中 心 と し て 、彼 ら の ロシ ア観 を 紹 介 し て みた 。 モ スク ワ国家 に関 す る彼 ら の観 察 はき わ め て網 羅 的 であ り 、 こ こで は そ の 一 部 しか 紹 介 でき な か った。 当 の ロシ ア には 、 これ に 匹 敵 す る よう な 著 作 や史 料 が存 在 し て いな いだ け に、 彼 ら の著 作 は 、 モ スク ワ 国 家 の国 制 や 社 会 を 巨 視 的 に観 察 し て いく う え で、 貴 重 な史 料 と も い え る。 だ が 、 彼 ら は 、 ﹁ 文 明化 さ れ た ﹂ 自 国 、あ る いは 西 ヨ ー ロ ッパ を ノー マ ル な 国 家 ひ い ては 理 想 的 な 社 会 と み な し がち な観 点 か ら 、 モ スク ワ国 家 を 観 察 し て いる た め に 、 バ イ ヤ ス のか か っ た 彼 ら の観 察 や、 いさ さ か 偏 見 に 近 い評 価 を 、 そ のま ま モ スク ワ 国 家 の実 像 と し て し まう こと は 、 実 証 的 な 歴 史 研究 の面 で は かな り 危 険 であ ろう 。 し か し 、 モ スク ワ国家 の実像 で は なく 、今 日 さか んな 西 欧 人 に よ る ﹁ ロシ ア 論 ﹂ の 起 源を 問 題 にす る場 合 に は、 さ ら に、 ロシ アと ヨー ロ ッパと い う 比較 史 的 な観 点 か ら モ ス ク ワ国 家 を 考 察 す る うえ で は 、彼 ら の 観 察 のこ の よう な ﹁ 欠 点 ﹂ は、 む し ろ格 好 の史 料 と な ると 思わ れ る。 (ls)

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注 一 旨 ﹄ ° しu ≡ 昌 ゜。 8戸 搴 ミ § § こ ミ § 偽 ﹄ ピ`6 刈 ρ ℃ ° タ ニ モ ン ゴ ル 人 に よ る ロ シ ア 支 配 に つ い て は 拙 稿 ﹁ モ ン ゴ ル 人 に よ る 支 配 の 開 始 ﹂ 、 ﹃ 史 潮 ﹄ 新 一〇 号 、 一 九 八 一 年 、 ﹁一三 世 紀 後 半 の キ プ チ ャ ク 汗 国 と ロ シ ア ﹂ 、 文 教 大 学 教 育 学 部 紀 要 第 一 九 集 、 一 九 八 五 年 を 参 照 し て い た だ き た い 。 一二 旨 ゜ 国゜ じ口 = 鵠 昌 讐 O 昌 ゜ 魯 ゜ へ 0.鄭 こ づ ゜ H ① ' 四 切 鋤℃O塑 でo = ズoエ↓ 鋤℃= ≡ 幽 o ℃0 60= 貫 ﹄こ お 刈 ド 6↓ P N N り゜ 五 ρ ∩o﹄o。 。ぴ①。 ・ " = o↓o℃=国 ℃0 6曾 尸 ∼ 拐 o↓℃ ﹂ 心○ 。 Φ゜ 亠 ハ ﹀° 調O ΦO工国スO切︾﹂ ≦OOズO匂 σO訳O① 月鋤℃ O ↓ 口口 O℃ = こ 一 り 一 〇◎り O↓O ° 一 歯 ゜ 七 ﹀° ﹄ ° × o ℃ o E 区 ①口 ・=∫ で鴇 o訳oΦ ﹁ook 恥 9。℃6↓・ σo 。。 窪 o? 曁 2 ① 酷 美こ =9 。℃o 建 匡 × o記 o 日 Φ甓 尸 茎 ﹂ 臼 ゜。 曽 。↓ .℃° り 刈゜ X °. 切9 Ωω=﹄①ロ σ=∼ oσ=Φ 日 = 国国 ﹁ δ ﹄=↓=天帥 ℃k OO スO 勹 O 鴆Φ=早 O 鋤 ﹄ =ωOロ σ9 ΩエエO勹O "06k 員 皇D℃O↓ロ σ陰 D ℃ セ 尸 ︾一 り α Nψ O ↓℃° り ○◎° 八 ﹀° ×oOo 日 ズ① 切=∼ 薫 9ω ゜ oo﹂° " ∩↓P り o。 ° ズ ゜ 団9 。ω 謡 Φ・ 。寓∼ k 訳 9Ω ω゜ O O ` 二 〇 ↓ ℃. bQN刈ーNN O◎ ° 九 ミ & 偽 § 肉 旨 遷9 § ミ 9 駄 勘 譱 詮 § § " の ミ § ミ 無。 鳶 ( 以 下 ζ国 幻 ω = と 略 ) 、 < 。 尸 ◎ 弓 . H り り -b。 O O ° 伊 東 秀 征 ﹁ リ チ ャ ー ド ・ チ ャ ン セ ラ ー の 北 東 航 路 探 検 と ロ シ ア の ﹃ 発 見 ﹄ ﹂ 、 ﹃ ロ シ ア 史 研 究 ﹄ 四 〇 号 、 一 九 八 四 年 一 〇 ︼≦ 国 幻 oり 国;< O 尸 H α ︾ " 層 ' H N 窃 。 H 笛 ○◎ ' = 国① 圃⇒ 二 〇 ゲ < O 昌 の け ⇔ α ① P 凸﹃ 討 偽 卜9 S 犠 O S 亀 O§㌔ 偽 ミ 0 §偽 S 肺 心 丶 さ 仍 ら § " 气 彗 里9巴 9 邑 ① 9け 巴 げ 望 ↓ ° 国 呂 ① き ○り $ 艮o a こ勺 二 一 ⑩ ① メ 三 ζ 男 。。 口こく 。 尸 茎 署 . °。 ビ゜ 。 N ° 一 三 さ § § § 象ミ ミ § § § 9 §§§ ミ ミ ℃≦ Φ 凶戸 一 ㎝ お ゜ こ こ で テ キ ス ト と し て 使 用 し た の は 、 そ の 英 訳 版 冬 肺題 愚 § 沁 竃 93 需 穹 ω 一 β。 冖 巴 § 血 ① 隻 ① α ξ 幻 . 閏゜ ζ⇔ U。 ﹁ . < 。 ピ ド N ピ ニ 一 〇。 臼 -詔 ゜ と 独 訳 版 b毳 ミ鷺 芟 ミ § 9 ヨ ﹀巳 ① ぎ 篝 αq 9・ コ 巳 ① 聾 ① ω 冖 Φ α ① 畧ω 9 ① 諺器 αq ⇔ げ ① 碧 ω 9 ヨ 雷 8巨 ω 9 穹 き 奠 け 蕁 αq 2 く o 昌 ≦ o 年 ⇔ ヨ < 8 ユ 窪 の 冖 Φ ぢ① P N 母 8貫 H ⑩ ゜。 タ、 で あ る 。 一 四 き 蕊 愚 § 沁 蕊 § も . 9 × 一 五 ζ 男 ω 国 ` < 。 r 置 も 勹 。 ① μ O ° = ハ ミ ミ恥沁 § 鍵 G § §§ き 黛 § ° テ キ ス ト と し て 使 用 し た の は 、 匍 譱 ⇔ 皆 ミ ミ鳴Ω 8 鳴駄 ミ偽 の ミ欝 § ミ 9 謡 § § い ゜︾ 一 〇。 窃 ① . の 第 二 巻 で あ る 。 一 七 ζ 男 ゜っ 閏 二 < 。 μ﹂ H も o ﹂ °。 刈 山 ゜。 °。 ° 天 ﹀昌 8 昌 嵩 芍 o ω ω ① ≦巳 噛 ミ冴 ら ミ 皆゜ こ こ で テ キ ス ト と し て 使 用 し た の は 、 そ の 英 訳 版 ↓ ミ ミ q 題§ 9 9 郎 ミ § ご 、 8恥 § § b冒穹 匹9① α σ 望 即 勾 ゜ O 蕁 -ぎ 尹 一 ⑩ 刈 Sと 露 訳 版 ﹀ ° = o 。 。 Φ ゜。 塁 ρ =。 ↓ o℃ ≡ Φ臾 鵠 Φ 8 甍 = Φ 干 蓋 o で o o 窪 = 斈 Hげ `ζ こ 一 り ○。 ω ゜ で あ る 。 一 九 =自 。 蠶 痣 。 釜 Φ 8 霞 エ Φ エ 葦 自 P 器 ゜ 二 〇 き ⑭ § 皆 駄 トミ § 。 ぎ § & § o や × 庄 -× 帥< ° 三 き § 愚 § 聖 G。§ も ゜ 9 一三 § 織 ゜ら 6 ° 二 三 ﹀ ° × o ℃ o Eズ Φ 。・ = ∫ 誤 飴 ・。 °8 ∼ 自 P °。 ㌣ ○。 宀 二 四 旨 鼠 奠 αq 興 Φ 戸 ↓ ミ 葡 § 仂 画 § 肉 § 黛 § § 織 O§ミ b§ ξ 魚 ﹂§ 題§ ・﹂ 蕁 昌 堕 巨 巴 譽 α Φ 鼻 8 9 9 Φ ω 冖Φ ﹁の ゜ い ﹂) 篝 巳 昌 αq ㌔ 葺 ゜。 げ 羹 αq 戸 一 り 。。 ω も ウ S o。 疊 二 五 ﹀ ご 鷺 ⇔ミ ㌧ § 沁 ミ 恥 恥 噛 9 ℃ O ° ω N . 二 六 § ⇔ § 慧 7 Q。 り 寄 ↓ 。 ℃} 一 ` Φ 。 甓 Φ 8 重 无 = 葺 ∩ ↓ P 蔭 ①゜

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参照

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