李白「擬古十ニ首」考
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(2) ﹁天仙﹂・﹁扶桑﹂略換面貌へ亦好へ但後四句畢薄。). ○其四﹁擬庭中有奇樹﹂(擬﹁庭中有奇樹﹂O)(前六句、句句歩超。. 二字看出へ細翫節奏大約是.但古一直下、此相可頓挫O). ○其五擬﹁今日艮宴会﹂(擬﹁今日良宴会﹂。初看不費へ以﹁今日﹂. 即濃へ相有色。). ○其六﹁擬明月攻夜光﹂(擬﹁明月岐夜光﹂、錬棺過へ微貿濯'然. 遇無放物へ安得不速老。﹂然彼大是快句、此則拙濯殊甚、何可比論。). ○其七﹁擬過重駕言遇﹂(擬﹁道草駕言遇﹂。﹁寓族﹂二句是擬﹁所. もちろん、﹁明人批﹂に言うように、確かに李白らしい﹁身を九零. 対応関係までは比較的明瞭に見出だせるからである。. の外﹂に置いた'瓢然として俗塵を絶した語が、己が意として別調、. 変調を醸しっつ、調べを易え、﹁譜々皆仙なり﹂という脱化の妙を呈. してはいる。しかし'﹁明人批﹂を一見して後はむしろ逆に、それで. もなお古意に縛られる李白の作詩態度に関心が向-ことは拒めな. l体へ李白はなぜ﹁句比字擬﹂でな-'後世の者の目に﹁率爾と. 蝣C. 連を完全に断ち切ってしまわなかったのかが問題になるのではない. なぜ己が意を前面に出して脱化の妙を期する反面、﹁十九首﹂との関. して弧を操る者﹂と見紛うような擬作詩を作ったのか。裏返せば'. 二句除快之甚、然即不傷古.﹁露貸﹂是月中景、正是不可掃虞。以. かo原詩の僅かな痕跡(﹁古意﹂)を留め置-のは'字句面の比擬類. ○其八﹁擬醸車上東門﹂(此是擬﹁醸車上東門﹂、而故撃其調。)(起 ﹁蛭姑﹂二句へ擬﹁人生忽如寄'毒無金石固。﹂員妙絶。極平極常. ように思われる。以下に、原詩が判明していない其一と其十の原詩. 道理、極蔑極顧説話、乃一経太白口便壁有情有致、響動成奇へ語. 考察を併せながら、原詩としての﹁十九首﹂がどのように李白の自. 似を越えて'自己表現の根底で原詩と関わっている李白自身がある. ○其九﹁擬去者日以疏﹂(擬﹁去者日以疏﹂、彼淡、此濃へ各有致。). 語皆仙。﹁日月﹂二句便是立身九宥外語。) ○其十﹁擬□□□口□﹂(不知何擬。句似﹁長歌行﹂。). 〓李白﹁擬古十三首﹂の模倣形態とその意味するもの. 作意図もへその過程で自ずと浮き上がってくると思われる。. 己表現に関与しているかを考察してみたい。最終的に判明すべき擬. 跡、蕨軽妙.). ○其十l﹁擬渉江採芙蓉﹂(擬﹁渉江採芙蓉﹂、1気珂成、略無痕 ○其十二﹁擬行行重行行﹂(擬﹁行行重行行﹂。前十句末見手段、. 以上の﹁明人批﹂の指摘によれば'﹁□﹂で空欄とした其1と其十. はないと言う以前に、原詩との間の不即不離に距離感が有るものと. 李白の﹁十二首﹂の各篇を原詩と対比させた場合、﹁句比字擬﹂で. -﹁十二首﹂の模倣形態. を除き'他は原詩が判明していることが分かるOそしてその指摘に. とも即応感は無いもののいわば結構の対応関係は認められる、とい. 無いものとがあることに気づ-。それは全篇を通して言えば、各簾. 後六句大妙。). て見た場合へ字句ごとの対応とまではいかな-ともへいわば結構の. 疑義を挟む余地はない。というのは'改めて各籍を原詩と対応させ. so.
(3) う言い方で一括できる性格のものである。 例えば其十二. 去去復去去、辞君遠憶君。漢水既殊流、楚山亦此分。人生難構 意へ豊得長鳥群。越燕喜海自へ燕鴻思朔雲。別久容華晩、瑞軒 不能飯。日落知天昏'夢長費遥遠。望夫登高山へ化石責不返。. 堪車上東門、遥望郭北墓。自楊何粛斉、松柏爽磨路。下有陳死. 人、香杏即長暮。潜麻黄泉下、千載永不慮。浩浩陰陽移'年命. 如朝露。人生忽如寄、毒無金石園。蔑歳吏相送、聖賢莫能度。. 服食求神仙、多薦薬所誤。不如飲美酒、被服執興素O. と比べへ句数は別にしても、一見字句の対応を指摘できる点が全-. 無いかのように映る。李白の﹁十二首﹂は概してこの其八のように. 原詩との間に距離を置いているものが殆どである。. 長、合面安可知。胡馬依北風、越鳥巣南枝。相去自己遠、衣帯. 行行重行行へ輿君生別離o相去茜飴里へ各在天1涯。道路阻且. を以って、﹃人生忽如寄、幕無金石固﹄に擬するは'泉に妙絶なりO. れ月中の景にして'正に是れ掃ふべからざる虞なり。﹃焼蛤﹄の二句. 快の甚しきなるも'然れども郁って古たるを傷まずo﹃露・蛍﹄は是. 門﹄に擬し、両も故より其の調を変ず﹂と言いつつへ﹁起の二句は険. は、原詩の﹁行行重行行﹂詩. 自己緩o浮雲蔽白日、遊子不顧返。思君令人老、歳月忽巳晩。. しかしこの其八も、前掲の﹁明人批﹂で﹁此れは是れ﹃躯車上東. 棄網勿復道、努力加餐飯。. 不即不離の幅に距離感が少ないことが判然としていて、ほぼ﹁句比. と比べると'句数の多寡はあるものの、句頭の用語から押韻まで'. らせるとの認識および用語、﹁飲酒﹂が煩悶解決の最良の策であると. 人生の短命を共通のテーマとして描出するほか、丹薬が人を﹁誤﹂. しかも細部を見ると、﹁嫁姑﹂の二句を﹁人生﹂の二句に対応させて. -﹂等の指摘があるように'結構の対応関係が認められている。. 字擬﹂であると言える。. の認識および用語へ﹁昧者﹂を﹁聖賢﹂と対応させる点など、原詩と. これら二篇は、不即不離という観点から見て、原詩との承離感・. の関連を決して断ち切っていないことが分かる。. 即応感がそれぞれ少ないものと多いものの例として示せるが、他の. それに対して例えば其八. 月色不可掃、客愁不可道。玉露生秋衣、流費飛百草0日目終鎖. (5). 穀へ天地同枯稿。嬉蛎崎青松'安見此樹老。金丹寧誤俗、昧者. 篇もこの間に納まると見てよい。そこで、李白のこの一連の擬古詩. ①'擬作は原詩および﹁十九首﹂中の語句を僅かではあるが遺して. を貫いている模倣基準を簡単に整理してお-と'. 難精討o爾非千歳翁へ多恨去世早o飲酒入玉壷へ病身以烏賢。 は、原詩の﹁駆車上東門﹂詩. m.
(4) かう空虚さを詠んだあとへそこからの救いとして﹁金丹﹂に頼ると. いう誤った方法を先ず明らかにし、然るのち有効な方法である﹁飲. いる ②、擬作には原詩の語句の同義語・類義語が幾つか使われている. 酒﹂を提示する。李白も古今の共通テーマである人生の短命、およ. して認められるというのであって、各篇が全てこの条件を満たして. との括り方が可能になると思われる。もちろん、ある程度の基準と. つ'賢者なら気づ-誤りを﹁昧者﹂は有効な方法を採らず'かつて. た結果、日月も天地もいずれは滅ぶという些か誇大な認識を有しっ. 展開に組み込んだ。そして改めて自らの場合に照らして精察検討し. 方法を比較して提示したこの﹁十九首﹂独特の結構を、自らの論理. びそこからの救いを問題視せざるを得なかった時点で'正誤二つの. いるわけではない。尚お'特に③が顕著であることは、﹁率爾として. 成されている. ③'擬作は原詩の逐語的な言い換えでな-'結構に対応する形で構. 舷を操る者﹂と見紛う要因ともなっていることは、既に指摘した。. の自分がそうであったように'相変わらず誤った方法に頼っている. のテーマに関して原詩との論理的な対話を行なった結果を反映す. という原詩と同様の結論を得る。擬作其八の結構はそのような所与. では右掲の①∼③の基準の中で、とりわけ③に指摘した原詩との. る。其八の詩中で奇し-も李白自身が言う﹁掃討﹂(精察と再検討). 2模倣形態の意味するもの. 結構の対応が顕著であることは、自己表現としての擬作詩にどのよ. という語は、その痕跡を遺すものと考えられる。従前の李白の論理. (6). うな意味を与えることになるのか。. のみでは到達し得なかった認識であり、原詩の結構と李白の﹁精討﹂. とが相侯って到達し得ている。そこに始めて李白の目指した自己表. 引き続き其八を例に取れば'﹁明人批﹂に﹁--極めて平らかに極 めて常に理を道ひ'極めて洩-極めて願らかに話を説-も'乃ち1. 現も成立するものと考えたい。. 仙なるを覚ゆ﹂ではあるが、逆になぜそのような独自性だけで一篇. l体であって'﹁身を九零の外に立つる﹂李白であればこそ﹁語々皆. なり﹂と統-ように、擬作は李白らしい独自性を具えた表現と表裏. みを襲用する。轟離感が生じたかに見えるのはそのためであるが、. の大半を自らの﹁仙なる語々﹂で置き換え、ただ﹁平常の道理﹂の. いた要素で、李白は﹁精討﹂の後この内の﹁浅顕なる説話(-字句)﹂. この﹁平常の道理・湧顕なる説話(=字句)﹂は原詩に元来備わって. に理を道ひ、極めて浅-極めて顧らかに話を説-﹂と言っている。. ﹁明人批﹂では原詩の論理性に関して﹁極めて平らかに極めて常. たび太白の口を経れば便ち情有り致す有り、響動奇を成し、語語皆. の徒詩を構築しなかったのかを考えると'やはり原詩と関わること. 仙なるを覚ゆ。﹃日月﹄の二句は便ち是れ身を九宵の外に立つるの語. で始めて擬作詩に於ける自己表現が成立していることに帰着せざる. いることになる。その点がヘビこかしら似ていると思わせる要素と. 逆に李白は原詩に備わる﹁平常の道理﹂を擬作の論理の基調として. 其八の原詩である﹁騒車上東門﹂詩の結構は'長碁の黄泉路に向. を得ない。. 42.
(5) ︰-I. 乗何遅。傷彼恵蘭花、含英揚光輝.過時而不采、将随秋草萎O. 時、夫婦合有宜。千里遠結婚へ悠悠隔山陵。思君令人老、軒車. 特待弧生竹へ結根泰山阿O輿若鶏新婚、免練附女羅。免綿生有. 煩を厭い以下全篇についての検証は省-が、李白の﹁十二首﹂の. 君亮執高節へ購妾亦何烏O. もなっている。. 模倣形態は概して﹁十九首﹂の﹁句比字擬﹂にではな-、原詩の結 l ・ J ・ ]. 構および論理に自己表現を託そうとするものであろう。﹁古意﹂の. である。句数が原詩と同じ十六句で、換韻の体を採用している点は. 確保も原詩の一字一句を鵜呑みにする旧来の手法が意味を失い'原 詩の﹁道理﹂を精察検討して得られた論理を映す手法が採用されて. 措いても、原詩の﹁泰山﹂を擬作では﹁青天﹂に'﹁竹﹂を﹁星﹂に、. 扱い、夫婦の全面には時宜が大切であることを詠む。原詩の﹁秋草﹂. にそれぞれ置き換え、﹁時﹂をモチーフとして原詩同様に詩中で二度. ﹁女羅﹂と﹁兎綿﹂との関係を﹁黄姑﹂(牽牛)と﹁織女﹂との関係. いる。それだけ﹁十九首﹂独特の論理展開が当時の李白の自己表現 を保証するために欠かせないものであったことが分かる。 三﹁其〓・﹁其十﹂の原詩考. を擬作では﹁秋葉﹂で承けたかとも思える趣向以外に共通語嚢は殆. は﹁擬再再孤生竹﹂詩であると考えられる。. ど無いが、一篇の結構および論理展開などの類似が指摘できへ其一. ﹁明人批﹂の指摘によれば、﹁其一﹂と﹁其十﹂の原詩のみが判明 していない。しかし'他の十首に各一首の原詩が認められる以上へ. 1〓、. 隔てられ'鶴の渡せる橋も架けられないために全-行き来ができな. ﹁黄姑﹂と﹁織女﹂とは夫婦の関係にあるが、尋常とは異なって. s. この二首にのみそれが無いというのは不自然に思われる。元来、各 篇に一つずつの原詩があると見るのが穏当であろう。 そこで再度﹁十九首﹂との対応を試みると'それぞれに原詩が浮. い。原詩の﹁兎練生有時、夫婦含有宜﹂の﹁時﹂と同様、二人の会. は得られないままへ﹁去る時の衣﹂は﹁愁ひて寛む﹂ことになる。原. た安-にか適-﹂と言う。しかし鶴の渡せる橋の架かるタイミング. 面には然るべきタイミングを必要とする。そこで﹁時に非ざれば絡. 青天何歴歴、明星如白石.黄姑輿織女へ相去不盈尺o銀河無鶴. 詩の﹁時を過ぐして釆らず﹂と同じ状態になりかけていて'会面は. 上して-る。先ず其一. 橋、非時格安適。閑人理執素へ遊子悲行役。瓶泳知冬寒、霜露. 夢に託すしか方途がな-なっている。. o. 欺遠客。客似秋葉飛、醜貌不言蹄。別後羅帯長、愁寛去時衣.. たのは会面の時宜の問題であり、信を置-相手への信頼は揺るぎな. るが、論理は原詩をかなり襲用していることが分かるD李白に生じ. 李白は自らを﹁織女﹂に喰えへその立場を自らの言葉で語ってい. 乗月託宵夢、因之寄金徴。 の原詩は、﹁十九首﹂中の. 43.
(6) いている。原詩はその古来からの重要なテーマである時宜の問題を. はそのタイミングをもはや逃してしまっているとの悔恨の思いを導. いもののへ一旦時宜を逸したが最後、会面は二度とかなわず'自ら. て﹁我に通る﹂と﹁長相思(知)﹂が継承されている。原詩では﹁故. 論理展開が類似していることも分かる。ここでは主なモチーフとし. めている。そして、一見互いに随分異なる両第のようではあっても'. 原詩との共通語嚢は結構を模倣するのに必要なモチーフを繋ぎ留. 人﹂が﹁客﹂つてに﹁総﹂を﹁我に遺﹂って-れたことで両者の﹁長. 精察するのに最適の論理を提供し'李白の独自の検討の相手を務め ていると考えられる。. s. 相思﹂が固められる論理展開になっている。それと同様に、擬作で. 仙人騎彩鳳、昨下関風琴o海水三清洩、桃源7見尋。遺我緑玉. 手を欲していること自体に変わりはない。李白にとってそれが結果. ようには﹁人﹂とは﹁相思ふ﹂ことにならないものの、﹁相知る﹂相. とで両者の﹁長相知﹂が成立する運びとなる。李白はもはや原詩の. 次に、其十. 盃へ兼之紫壕琴O盃以傾美酒、琴以閑素心。二物非世有へ何論. も﹁風・月﹂が﹁仙人﹂つてに﹁盃・琴﹂を﹁我に遺﹂って-れたこ. 珠輿金。琴鐸松裏風、盃執天上月。風月長相知へ世人何候忽。. 的に如何にもこの詩人らしい﹁風・月﹂となったのであり、むしろ. 贈り物に心を託して﹁相知る﹂という原詩の結構からもたらされた. とになる。﹁長-相知る﹂相手はあるいは﹁人﹂でも好かったのかも. の原詩は'﹁十九首﹂中の 客従遠方衆、遺我一端締。相去高幹里、故人心尚爾o文彩撃智. しれないが、李白が人生で交遊を結ぼうとした﹁世人﹂(李白に物を. 論理に精察検討を加えることこそが、自己表現に不可欠であったこ. 恵、裁烏合歓被。著以長相思、縁以結不解。以鯵投漆中、誰能. 通ってくれた人)の大方は、奇し-も﹁俵忽﹂であった。. 李白の﹁十二首﹂は男女間の絶望的な離別を詠む作と'人生の短. 四擬作背景に関して. い論理性を与える働きを担っている。. 起させ、さらにその間題の処理(﹁精討﹂)に先賢・先覚にふさわし. 原詩はここでも比擬対象となりつつ、古今を貰-重要な話題を喚. 別離此。. であるD句数は異なるが、原詩では伝令・媒介役としての﹁客﹂を 3 擬作では﹁仙人﹂に置き換えつつへさらに﹁文練の壁鴛鳶﹂を﹁彩 鳳﹂に移行し'﹁以-以-﹂の句法を同じ-Lへさらに﹁遺我﹂およ. 其十が﹁擬客従遠方来﹂詩であることが判明する。右掲の其一と併. されているOでは、そのようなテーマが詠まれたのは李白の生涯の. 命と死の予感を詠む作の、主として二つのテーマを含むもので構成. び﹁長相思(知)﹂や﹁心﹂のモチーフを継承している点などから、. ていて、他の十第と同様の形態で擬作されていることが分かるO. せてこの其十も本稿二で指摘しておいた模倣基準の①∼③を満たし. 44.
(7) 中で何時如何なる時に当たるのか。それは﹁十九首﹂の特徴的な表. 譜の粗さをさらけ出すのに十分ということになってしまう。. らば結局、夜即に流された後のことになり'前後矛盾して'年. とを喰える。﹃鴛鴛﹄の二句は李白自身が江南で永王に汚染され. 安史の乱を指しへ﹃六龍頭西荒﹄は玄宗が西方の苛に亡命したこ. もう叛いた後である﹂といいへ﹃求閲賓議書録﹄は﹁この1首は. ﹃詩比輿等﹄は﹁﹃朝風飛霜へ撃星太白﹄は漁陽(安禄山)が. 覗(﹁古意﹂)を遺していることから、その論理をどうしても欲した 時期でもある。. -﹁其六﹂に見る擬作背景. たことを喰える。﹃惟昔﹄の二句は将は鷹犬の材に過ぎず'あっ. ﹁十二首﹂の擬作時期に関してはこれまで、其六が最も示唆性に 富むためか、背景を防柵とさせているようであるOただし其六のテー. という間に尊い侯王を折みにじったことを謂う﹂と云う0. 中にさらに﹁百草死冬日、六龍頭西荒﹂と云うのは'明らかに. -﹃唐書﹄に云う所の﹁撃星見於東方﹂と合わない。しかも詩. 詩をよ-読むと﹁太白出東方﹂と言うのは'王埼の年譜に引. マは'別離や死の予感とは異なる。. 運速天地閉、朝風結飛霜。百草死冬日、六龍頑西荒。太白出東 (3. 方へ聾星場精光.鴛鳶非越鳥へ何鵠香南和。惟昔鷹将犬へ今烏. 玄宗が西方の苛に亡命してまだ戻らない以前の冬の月に作られ. た季節とも合わない。それに革π三年となると、玄宗が長安に. たということであり'乾元三年の四へ五月の間に撃星が現われ. 侯輿王。得水成蚊龍へ争池奪鳳風。北斗不酌酒、南箕空簸揚。 C S ). ﹁至徳二載七月己酉、太白が昼に現われて天を横ぎり'十1月. 知らないはずがないのである。﹃新唐書﹄天文志をよ-見ると、. 戻って三年にもなろうとしていて、李白でもそのことを決して. --王埼の﹁李太白年譜﹂に拠ればこの詩は李白が夜郎に流. この其六の制作時期について、膚鋲は﹃李白詩文繋年﹄で、. される以前に作られたという。しかし王埼は年譜でこの詩を上. 徳二載十一月壬戊に斗ぐらいの大きさの流星が東北に流れたこ. とある。いわゆる﹁太白出東方﹂とはこれを指す。さらに﹁至. とが有り、長さは数丈へ蛇行し屈曲して、砕光が選り出ること. 戊午になって見えな-なった。秦周楚邸宋燕の領空を通った﹂. 鳶非越鳥、何鵠香南粕﹄の句は'南方の夜即に適ったことを謂. が有った﹂とある。これこそ言う所の﹁撃星揚精光﹂である。. の句は、安禄山が背叛し、玄宗が苛に亡命したことを謂う。﹃鴛. う。﹃太白出東方、筆墨揚精光﹄の句は'﹃唐書﹄を調べてみる. 元元年に置き、併せて注で﹁詩の﹃胡風結飛霜﹄﹃六龍帝西荒﹄. と乾元三年(即ち上元元年)四月丁巳に撃星が東方に現われへ. この詩が作られたのは至徳二載の十一月頃である。. (以上、抄訳). 凡そ五旬飴の、閏四月に消えたとありへちょうどその時の出来 事である。この詩はその年の作である﹂と云う。そうであるな. 45.
(8) のが、﹁十二首﹂中には多い。其lから其十二までを同様に再度概観. しかし'其六だけから考えられる時代背景には当て俵まらないも. 2﹁其六﹂以外に見る擬作背景. 至徳元年(七五六)六月に玄宗は苛に亡命し、七月に粛宗が即位、. してみると、各々からは次のような時代背景が想起される。. と言っている。. に殺される.二月に永王鱗の水軍は敗れへ李白は影津に逃げるO永. 十月に粛宗は長安入りする。至徳二年の正月に安禄山が息子の慶緒. 八月以前(四∼五月頃)には投獄されているが'九月には囚を釈か. 皇帝補佐の思いが思い出としてしばしば語られる晩年の李白の詩. びる女性に不遇の自分を擬えている。その女性の思いと連続する. ○其一﹃古風﹄其二十六にも見られるように、夫の帰りを待ちわ. 王は三月に殺され'李白も捕まって滞陽で投獄される(三月以降)0. れへ宿松で病気療養している。十二月に玄宗が長安に戻る。翌乾元. 晩年にかけての作とも考えられる。. s. む。仙人の存在を否定的に見ていることから'夜郎流講後から最. ○其三人生は短いものであるから楽しむのは飲酒に如かずと詠. ら'永王鱗の徴から逃れて後の作とも思える。. の男を拒絶したその妻にも等しい美人に自らを喰えていることか. ○其二心を同じ-する者を求める人物を詠む。亡き夫の杷梁以外. ('1,. 元年1月も李白は宿松の近-の司空山に在り、三月に夜即に流され、. が想起される。. す﹂詩が幾首かある)。従って、農錠の言う至徳二年(七五七)十一. 途中、乾元二年三月に郭子儀の尽力で恩赦に遇う(この間へ﹁内に寄 (16). 李白のこのような経歴をたどると、確かに其六は李白が見聞した. 月は李白は宿松にて療養中の身ということになる。. であろう安史の乱等の事件にぴたりと当て俵まるように思われるO. ﹁明月攻夜光﹂詩に返ると、其六は信頼する者による裏切りの思念. そこで今へ仮りにそのような作詩背景を想定した上で改めて原詩の. 思流水'浮雲失膏居﹂と見えている(李白の現存の詩中では、こ. 乾元二年の作とする﹁江夏使君叔席上贈史郎中﹂詩中にも﹁潤轍. に楽しむべきであることを詠む。詩中の﹁潤轍﹂の譜が、王埼が. の結構を遺していることに目が行-。擬作当時へ李白は世の変化の. ○其五人生の良い時というのは滅多に無いのだから楽しめるとき. 速さに伴う人心の変貌・裏切り行為の発生およびその卑劣さ・空虚. の二例のみである)。また﹁二疏﹂は'李白に若い頃からあって、. (モチーフ)を﹁十二首﹂中でも最も色漉-留めることから、原詩. さを見、それを有効に表出できる論理展開を探った際、自らの徒詩. を反映している。. 宮廷に入ってまもな-顕著になる﹁功成れば身を退-﹂の考え方. 中の﹁-・昔我同門友へ高撃振六翻。不念摘手好、棄我如遺跡0--﹂. か。そして﹁精討﹂を加えた結果へ﹁友﹂の裏切りではな-、現実に. 王埼に至徳元年の作とされる﹁経乱後将避地利中留贈撞宣城﹂詩. ○其六(右掲)友好関係の悪化を詠む。詩中の﹁太白﹂の語が'. よりも先ず原詩の﹁明月岐夜光﹂詩が詩史上に浮上したのではない. 合わせて﹁王・侯﹂のそれに大き-移行させた。この原詩の論理は、 まさし-安史の乱後に欲せられているように思える。. m.
(9) 中にも﹁太白書経天へ頚陽掩徐照﹂と見えている。. 膝元を追われた時(七四五年)と'永王鱗に連座して夜郎に流され. 直後の詩作が一連の﹁十二首﹂の中に入り混じっているとすれば、. た時(七五六∼七五九年)が想定される。もしもこの二つの事件の. 随分長期間(十四年間)に亘って﹁十九首﹂の一篇々々に擬作して. ○其八人は不老ではないから飲酒するに如かずと詠むo詩中の﹁玉 壷﹂の語が王埼に李白最晩年の上元二年の作とされる﹁封雪酔後. ことが忘れられず、その後へその時のことを昨日の事のように回想. 贈王歴陽﹂詩中にも﹁君看昔日汝南市、白頭仙人隠玉壷﹂と見え. する作詩状況が終生続いていることから推して'安史の乱を経、夜. いったことになる0そのような擬作状況は可能性としては低いと思. ○其七・其九人は不老ではないことを詠む。詩中の﹁白骨﹂の語. 郎流諦後のどこかの時点で(恐ら-は最晩年)、それまでの人生を回. われる。むしろ、李白は長安追放後、玄宗のもとで宮廷生活をした. が、王埼に至徳元年の作とされる﹁軽乱後将避地利中留贈撞宣城﹂. 顧Lへその時点での疎外感と厭世感を﹁十九首﹂中の十二首に絶望. ている(ただしこの詩は詩風が李自らし-ないことから、後世の. 詩中にも﹁蒼生疑落葉、白骨空相弔﹂と見えへまた撃π二年秋の. 的な離別と死の予感として反映させ、一連の﹁十二首﹂を作ったと. 偽作ではないかとも疑われている)0. 作とされる﹁樺乳離後天恩流夜郎憶膏選書懐贈江夏葦太守良宰﹂. 五 結 語. 考える方が'可能性としては高いように思う。. 詩中にも﹁白骨成丘山、蒼生責何罪﹂と見えている。 ○其十仙人が贈り物を届けることを詠む。長安追放後(天質四載) (2). の李白が、宮廷での生活を遊仙に喰え、その夢は醒める(仙界は. ○其十二帰らぬ夫を待ちわびる女性を詠む。詩中の﹁望夫﹂の語. その結構のもたらす論理性には'無整理状態の実人生に意味を与え、. いわば人生の縮図を描き得る要素がほとんど揃っている。とりわけ. ﹁十九首﹂には李白のそれまでの人生を十分に受けとめるだけの'. が'﹁別内赴徴﹂英一の中にも﹁白玉高楼看不兄へ相思須上望夫山﹂. の﹁平常の道理﹂に自らの人生を重ね、生産の集約を託したと思え. 生涯のテーマを結実させる力がある。李白は﹁十九首﹂の人生把握. る。. 空想世界である)ことをよ-詠んだことと趣向がきわめて類似す. と見えているOこの﹁別内赴徴﹂其1は、王埼はう至徳元年の末へ ︼m. を回顧する際、人生の普遍的な縮図を描いた古典である﹁十九首﹂. 李白は晩年、自らの生涯を振り返り'今の人生に至らしめた諸問題. 請(=﹁精討﹂)を行なうことでやがて独自の煩悶解消策を入手する。. 擬作詩は原詩との間で人生の煩悶を話題として共有し、内面的対. てならない。. 永王坑に徹される時の作とする。粛士賓が﹁国を去﹂った時の作で (3). あるとし、唐汝詞が﹁主を恋ふるの情を写す﹂と言い、雁時が﹁君 を懐ひ国を憂ふるの意有り﹂と言うのに拠れば、長安追放後の作 ということになる。. 以上に拠れば、李白の生涯に於ける劇的な年として'玄宗皇帝の. 47.
(10) (﹃文選﹄所収)と対話するという自己表現手法に到達したように思 えるのである。 李白の﹁十二首﹂はその晩年の心態を知り得る格好の資料の1つ に数えられて好いことになろう。. に唐代に在ってただ一人﹁古意有り﹂と指摘された葦魔物は古. 体詩作家でもあり、古詩の文体を比較的直裁な形で自作に採り. 入れる点で﹁不離﹂の様相を呈しているヒ思われる。. (8)主題模倣ではな-'形態模倣であるが、字句ではな-、あ-. まで論理展開を模倣していると言える。. 紅顔﹂(﹁古風﹂其二十)﹁夙被霜霧欺﹂(﹁贈友人﹂其こ﹁流光. (9)﹁欺﹂は李白の常套表現の1つで、凌ぐ意O他にも﹁白日欺. 欺人忽瑳蛇﹂(﹁前有一得潜行﹂其こなどの用例が見られる。. 註. (-)江師韓﹃詩学纂聞﹄所収。. と言うが'それは﹁十九首﹂の他の詩筒からの語嚢の借用に留. ¥T-t)﹁明人批﹂では'﹁前半は﹃道道牽牛星﹄に擬するに似たり--﹂. (2)杜帝の﹁述古﹂詩も同様であろうが、杜甫の場合は﹃論語﹄ の﹁祖述﹂の思想を承けた詠史詩であると考えられ'独自の構 想に基づいて制作されているのではないかと思われる。. (H)吉川博士はこの﹁時﹂を'﹁時間の流れの上には、人間に幸福. まり'1篇全体に擬しているというのではない。. が誤解され'陸機の﹁擬古十二首﹂や葦鷹物(葦蘇州)の﹁擬. を生むべき特別な時点が存在する﹂と解している(﹁推移の悲. (3)其1をはじめとするこのような特徴は'李白の﹁擬古十二首﹂. 古八首﹂などと異なるタイプの擬古詩として分類されかねない. 哀 ﹂ ) 。. 三載(七四四)長安での作とされる﹁月下猫酌﹂其7の手法と. ると見たい。風・月との交遊を詠むこの其十は、窟鎮氏に天資. 次の句に﹁風月長-相知り﹂とあることから、擬人化されてい. CS)擬作句の﹁琴は松裏の風に弾き、盃は天上の月に勧む﹂は、. して用いることがあった。. 荒﹂と見える等、道諒を得た頃の李白は自分を﹁仙人﹂に仮託. (1)例えば﹁留別曹南群官之江南﹂詩に﹁仙人駕彩鳳へ志在窮道. 要因にもなっている。なお毒贋物の﹁擬古八首﹂について不即 不離という観点から言えば、陸機ほどには即応せずへ李白ほど に諦離してはいないo (4)魯錬主編﹃李白全集校注嚢樺集評﹄(1九九六年、百花文聾出 版社)に引-0. (6)擬作詩中に原詩との間で精察検討が行なわれた形跡が入りこ. 類似している。. (5)﹁道﹂は'おさめる意。. む現象は、例えば劉宋の飽照の﹁擬青青陵上相﹂詩の﹁娯生信. にあたる部分を欠-のは'陸機の場合に同じ-、その故を知り. (3)原詩﹁明月頃夜光﹂詩の結二句﹁良無盤石固、虚名復何益﹂. 非謬﹂(生を娯しむは信に謬りに非らず)など'原詩の認識に賛 同しようとする表現にも見られる。 (7)一般には時代が隔たれば﹁不即﹂になる傾向がある。狂師韓. 48.
(11) がたい。 (3)1九八四年、北京、人民文学出版社。 社﹃唐代四家詩文論集﹄所収。. (S)羅聯添﹁李白事蹟三個問題探討﹂一九九六年、蔓北撃海出版. 間書店)に詳しい。. (﹂)秦泥﹃李白詩と生涯﹄(第八章・第十二章l九九l年へ徳. 3)安旗らの﹃李白全集編年注揮﹄によれば'其三・五・八・九・ 十は、長安追放の後、道録を受けて道士となった天資四載(七 四五年)の作ではないかと言う。 ﹃唐詩解﹄巻三。. (すずきとしお・兵庫教育大学). (2)秦泥﹃李白詩と生涯﹄第六車。. (S)﹃李詩緯﹄等二。. 49.
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