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中国と湾岸を結ぶパキスタン (特集 激変する湾岸の安全保障環境)

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Academic year: 2021

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) ●﹁ アラブの春﹂が先鋭化させ た湾岸の﹁安全保障﹂問題 ﹁アラブの春﹂ は湾岸諸国にとっ ては﹁安全保障﹂に深く関わる問 題となった。二〇一三年七月三日 のクーデターで成立したエジプト の暫定政府をサウジアラビア、 U A E ︵アラブ首長国連邦︶などが 歓迎したのも、ムスリム同胞団の 自国に対する影響に対する強い警 戒心に基づくものである。ムスリ ム同胞団を体制の脅威とみるかど うかを巡って GCC ︵湾岸協力会 議︶諸国では 、サウジアラビア ・ U A E とカタールとの間の対立を 公然化させるほどになっている 。 しかし﹁アラブの春﹂はアラブ世 界内だけで考察するのは不十分で ある。グローバル化の急速な進展 はひとつの地域に起こった問題が 他の地域に短期間で﹁飛び火﹂す る可能性を拡大させた。東欧、中 東・西アジア、南アジア、アフリ カなどの文化的歴史的相違は、問 題によっては地域間を遮る壁には なりえないことを示している。 ﹁ア ラブの春﹂が旧ソ連圏諸国でのい わゆる ﹁カラー革命﹂ ︵クルグズ スタン 、グルジア 、ウクライナ︶ やセルビアでの動きに一定の影響 を受けていたことは否定できず 、 ﹁カラー革命﹂の否定面と積極面 が﹁アラブの春﹂で再現されてい るということもできる。 さて日本経済にとって湾岸から の石油ガス輸入は不可欠な条件で あって、 それとの関連で湾岸の ﹁安 全保障﹂は関係者が常に頭の片隅 に置いている問題である 。当面 、 湾岸の﹁安全保障﹂に関わる問題 を列挙すれば、シリア内戦、イラ ン核問題をめぐる交渉、エジプト 政局の展開 、 イ ラ ク 政 治 の 不 安 定 性、 ア フ ガ ニ ス タ ン 、 ト ル コ 現 政権 の行 方 、 湾 岸 諸 国 内 の 軋 轢 など で あろ う 。 こ こ では 湾 岸 の﹁ 安 全 保 障 ﹂ を多面的にみるために、中国の湾 岸・中東に対する政策とその果た している役割に注目したい ⑴ 。こ こでパキスタンを取り上げるの は、パキスタンが中国およびサウ ジアラビア両国と戦略的な意味で 深い関係を有しており、両国の戦 略が交錯する特殊な地理的位置に 属しているからである。 ●中国 ・パキスタン特殊関係 の新たな段階 パキスタンにとって対インド関 係は外交政策の中軸をなしてい る。その関連でアメリカとの関係 を、協調・反発を交錯させながら も最重視してきた。しかしパキス タンの独自性は、同時に中国と事 実上の強固な戦略的同盟関係を保 持してきたことである。それは冷 戦期後半の中ソ対立のなかで、イ ンド・ソ連に対抗するという共通 の戦略的利益を基に形成・強化さ れたものであるが、冷戦終結後も 対印牽制を基軸に両国間の戦略的 同盟関係は強固に保持されてき た。パキスタンの歴代の大統領や 首相は就任後、最初の訪問先が北 京であることは恒例となってき た 。両国関係で注目されるのは 、 政治体制では共産党政権の中国と 大地主の政治的支配体制が強固な パキスタン、政治文化では宗教活 動に警戒的な中国とイスラームの 影響力が強いパキスタンという異 質な両国が戦略的利益の共通性で 手を結んできた点である。 それに加えてここ一〇年で注目 されるようになったのは、パキス タンが中国と湾岸を結ぶ最短距離 に位置する地理的条件である。そ れは中国経済の急速な発展と中国 の発展戦略の重点変化に対応して いる。中国が石油ガスを中心とす るエネルギー資源確保に全力を挙 げてきており 、 そ れ は 湾 岸 地 域 か らの 原 油 確 保 を 最 重 点 に し つ つ も アンゴ ラ ・ ス ー ダ ンな どアフ リ カ 大 陸を も重視 し た も の と な っ て い る 。 湾岸諸国にとっても中国への原 油輸出の比重が急速に高まってい る。サウジアラビアの輸出におい て二〇〇六年には第四位であった 中国が二〇一二年にはアメリカに

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) 中国と湾岸を結ぶパキスタン 次いで第二位となっておりアメリ カとの差はほとんどない。イラン の輸出では二〇〇八年以来中国は トップの座を占めている。イラク の輸出先では二〇一〇年に中国は 突如第三位に躍り出た。 インド洋を経てマラッカ海峡経 由の海上ルートの安全確保が当然 中国にとって戦略上の深い関心の 対象となる。しかし同時に、万が 一の事態に備え、代替しうる別の 輸送ルートの確保も重要になる 。 その点で浮上してくるのはパキス タンやミャンマー経由の陸上ルー トである。もうひとつ中国が追求 しているのは、国内の地域格差の 是正、輸出志向から国内市場重視 への緩やかな発展戦略の転換であ り、それは内陸部の南西部の発展 重視路線につながっている 。﹁ 二 〇〇〇年の西部大開発﹂構想で始 まったこの動きにより、 南アジア ・ 中央アジア市場など中央ユーラシ ア地域との貿易の重要性は高まっ ており、パキスタンはその出入口 としての地理的意義も大きい。 そのなかで象徴的なのはパキス タン南西部バルーチスタン州のグ ワーダル港である。これは積荷処 理能力が限界に達しているカラチ 港を補うものとして過去約一〇年 かけて大規模な浚 渫・拡大・近代 化工事が行われてきたが、このプ ロジェクトのファイナンスの圧倒 的部分は多様な名目を通じて中国 の援助資金が投入されたものであ る。二〇一三年二月にはグワーダ ル港の経営権がシンガポール企業 から中国企業に移管された 。グ ワーダル港は海上輸送ルートが何 らかの理由で脅かされた場合、湾 岸・アフリカの原油をパキスタン のカラコルム・ハイウェイを通じ て中国の新疆ウィグル自治区に輸 送する代替ルートの起点として機 能しうることが期待されている 。 中パ両国はパキスタン国内の道 路・鉄道網の拡張・近代化のほか 石油ガスパイプラインについても 検討を開始している。中国は海上 輸送とは異なる陸上輸送のメリッ トを重視している。それは限られ た通過国との友好な関係を保持し ていれば他の第三者の介入なしに 長期的で安定的な供給ルートを確 保できるからである。 ●中国の 新シルクロード経 済ベルト﹂構想 二〇一三年九月に習近平主席は 自ら中央アジア四カ国を歴訪し 、 同月六日のカザフスタンの首都ア スタナのナザルバエフ大学での講 演のなかで、ユーラシア世界全域 を視野に入れた壮大な﹁新シルク ロード経済ベルト﹂構想を打ち出 した 。﹁経済ベルト﹂がどれくら いの範囲をカバーするかは明示さ れてはいないが、旧ソ連圏・南ア ジア・中東西アジアから欧州まで 含みうるものである。この地域に はいわゆる BRIC s とされる五 カ国のうち中国・インド・ロシア 三カ国が含まれている。ソ連崩壊 後のユーラシア大陸の政治状況が 依然として流動的ななかで、中央 ユーラシアに対して中国が持って いる強い関心を示すものである 。 現在の上海協力機構︵ SCO ︶は 中国がイニシャチブをとって設立 した唯一の地域協力機構である が、新構想はそれを拡大する意味 を持ち、さらにロシアが推進する ユーラシア連合、その経済基礎と しての関税同盟︵二〇一〇年にロ シア、ベラルーシ、カザフスタン の三カ国で発足したものだが加盟 国の拡大を企図︶と競合・対抗す る可能性も持つ。またウクライナ の軍需産業にとって中国は重要な 顧客となっている。中央アジアに 対する中国の関心は市場拡大もあ るがエネルギー資源の面が大き い。二〇一〇年に突貫工事の結果 完成したトルクメニスタンと中国 を結ぶ三〇〇〇キロに及ぶ天然ガ スのパイプラインは両国の経済関 係を劇的に変えた。トルクメニス タンの輸出の八割ほどが中国向け となり、ほとんどが天然ガスであ る。それ以前から中国はカザフス タンからパイプラインで石油・天 然ガスを輸入している。 ●中国と湾岸・中東 中国の湾岸中東政策は従来次の ように特徴づけられてきた。基本 的に内政不干渉の原則の下で地域 各国の国内体制の問題には介入し ない、域内問題についても積極的 な関与は避けるというものであっ た。それは現地政府との良好な関 係を維持することにより安定的に 資源入手をはかるという目的にも 合致するとともに、この地域への アメリカの影響力が決定的に大き かったという現実的な認識にも支 えられていた。近年は経済的軍事 的実利を優先させる傾向も目立っ ている。パレスチナ独立国家樹立 支持という従来の原則を掲げつつ も 、イスラエルからの兵器購入 ・ 先端軍事技術面での交流などを積 極化するという実利重視はその典

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) 型である。しかしここ数年、中国 も徐々に政治的問題に関して関与 せざるを得なくなりつつある。そ れは第一に、エネルギー資源の確 保のためにイランの核開発問題へ の姿勢、スーダン問題への姿勢な どの表明を余儀なくされたからで ある。第二に、アメリカと中国二 国間で二〇〇六年九月に始まった 戦略・経済対話は協議事項を単に 相互間の経済問題から国際問題ま で含むようになっており、二〇一 三年にはシリア、イラン問題など 中東地域の問題が討議され、政治 大国としての役割と責任を求めら れるようになったことである。第 三に、アメリカとの間で緊密な戦 略的同盟関係を有する国の間にお いても、独自に中国との戦略的対 話を求める動きが出ていることで ある。その意図は中長期的な視野 のもとに、国際情勢が変化した場 合の対米協調とは別の戦略的可能 性を準備するとともに、アメリカ との間で路線や政策の相違が現れ た場合に、アメリカに圧力をかけ るカードのひとつとして中国を考 慮に入れることでもある。サウジ アラビアやイスラエルの対中接近 外交には、このような思惑が存在 しているといえよう。 ●パキスタン ・サウジアラビ ア間の特殊関係 中国・パキスタン両国の間の政 治文化的異質性とは対照的に、パ キスタンとサウジアラビア間には イスラーム︵スンナ派︶とその政 治的役割など宗教的文化的な共通 性が支えとなっている。いわば内 的な結び付きである。建国の理念 にイスラームが重要な役割を果た している点でも両国は共通してい る 。両国はペルシャ ︵アラビア︶ 湾を挟んだ隣国として、石油を含 む貿易、軍事・技術協力、人的交 流、一〇〇万人近い出稼ぎ労働者 など多面的な交流を深めてきた 。 両国軍の間の人的交流も活発であ る。中国の内政不干渉を建前とす る関係と異なってサウジアラビア はパキスタンの内政に一定の影響 を及ぼしてきた。サウジアラビア はパキスタンで失脚した政治家の 亡命先であり、パキスタンでの政 変の際に別のカードを持ってきた ということができる。一九九九年 にはムシャッラフ陸軍参謀長︵当 時︶のクーデターで首相の座を奪 われたナワーズ・シャリーフの亡 命を受け入れたのはその典型的な 例である。サウジアラビアは二〇 〇七年に当時のムシャッラフ大統 領にシャリーフの帰国を受け入れ させている。サウジ・パキスタン 関係、特にその安全保障面での協 力関係は極めて緊密なものである が、通常は一般の目に触れない形 となっている ⑶ 。 また両国の軍事 ・ 諜報関係者は戦略的目的を推進す るうえで宗教的要素を導入促進し てきた。二〇〇一年の 9 ・ 11事件 でアフガニスタンのタリバーン政 権が米軍の攻撃で崩壊するまで 、 同政権を承認していたのはパキス タン、サウジアラビア、 U A E の 三国のみであった。また一九七七 年以降のパキスタンのジア大統領 のイスラーム化政策以降、パキス タン国内のモスク数は急増してい るが、その分野でサウジアラビア の支援が重要な役割を果たした 。 サウジアラビアは以前から、パキ スタンのハッカーニー・グループ のマドラサ︵イスラーム学校︶や 急進派デオバンド派戦闘グループ に資金援助をしてきた。ハッカー ニー・グループは、アフガニスタ ン東南部とパキスタンの連邦直轄 部族地域の北ワジリスターン州を 拠点に一九七〇年代から活動して おり、アフガン・タリバーンやパ キスタン・タリバーン運動︵ TT P ︶などのイスラーム急進派諸グ ループのネットワークの役割を果 たしてきたといわれる ⑵ 。しかし 両国ともイスラーム主義運動支援 の波及効果として、パキスタンに とってのパキスタン・タリバーン のような反政府的﹁鬼子﹂を生み だし、それとの対抗関係が深刻な 課題となっている点で共通してい る。 ●不安定化と安定化の微妙な バランスの上に立つパキス タン 中国にとってパキスタン情勢は 不安定要因のひとつである。特に パキスタン ・ タリバーン︵ TTP ︶ と総称されるイスラーム急進派の 中国のウィグル系に対する影響力 には警戒している。 TTP やアル ・ カーイダ系にはアラブ系・ウズベ ク系・ウィグル系など外国人勢力 も参加しており国際的ネットワー クを持っている。 TTP とは区別 されるアフガン・タリバーンはパ キスタン国家を攻撃目標とはして おらず、パキスタン軍の一定のコ ントロールが効いているとみられ る。それに対して TTP とパキス タン軍は 、北ワジリスタンやス ワートなどでしばしば軍事的衝突 事件を引き起こしてきた。しかし

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) 中国と湾岸を結ぶパキスタン アフガン・タリバーンと TTP は ハッカーニー・グループを媒介し て交流があるとみられ複雑な構造 であると推測される。パキスタン のシャリーフ首相にとって TTP 対策での手腕が問われている。二 〇一四年末に予定されているアメ リカ・ N A TO の戦闘部隊のアフ ガニスタン撤退後について、大国 を含め決定的な影響力を及ぼしう る国は存在していないが、地域内 ではパキスタンの動向が極めて重 要なことは否定できない。 パキスタン国内での﹁テロ﹂は 散発的に起きているが、他方では ﹁憲政﹂の定着化の可能性もみえ 始めている。軍政と民政を相互に 繰り返してきたパキスタンで二〇 一三年五月に中央・州議会選挙が 行われた。その選挙スローガンは ﹁ナヤ ︵新︶パキスタン﹂であっ たが、実際に起きたことはスロー ガンだけではなかった。パキスタ ンの議会制民主主義の発展におい てひとつの節と評価された一九八 八年の選挙と比較しても二〇一三 年五月の選挙は注目すべき展開を みせた。第一に、パキスタンの歴 史においておそらく最も自由で公 正な選挙が実施されたということ である。投票率は五六 % で一九七 〇年以来最も高い。第二に二〇〇 八年に選挙で選出された政権が途 中で首相の交代などはあったにせ よ、基本的に最後まで任期を全う したことである。つまり民政が軍 政によって断絶することなく、次 の民政に引き継がれるというパキ スタン政治史上初めての事例と なった。第三に、二〇〇八年以降 の政権与党人民党︵ PPP ︶が選 挙結果を受けて敗北を認め、選挙 で多数派となったムスリム連盟 ︵ナワーズ派︶ PML ︵ N ︶への 政権移譲が平和裏に行われたこと である。ナワーズ・シャリーフが 首相としては三回目の内閣を組織 した。米軍によるビンラーディン 殺害、無人攻撃機使用などを巡っ てアメリカと摩擦が続いていたパ キスタン軍も選挙結果をそのまま 受け入れる形となった。パキスタ ン軍は軍事関係はいうまでもなく 基本的な外交路線についても独自 の影響力を持っており、そのなか のエリート諜報組織である ISI ︵軍統合参謀部︶は独自に活動す る余地が大幅にある。インドとの 対立という構造が生み出したパキ スタン軍の大きな影響力である 。 そのなかで実力者である陸軍参謀 長のキヤーニーが六年の任期が終 了する二〇一三年一一月末に辞任 するかどうかが注目されたが規定 どおり辞任した。キヤーニーは辞 任発表に際し﹁パキスタンには憲 法と民主主義が着実に定着してい る﹂と述べた。このように軍はパ キスタンの憲政プロセスを考慮に 入れ、政治への介入の動きをみせ なかった。これは今後のパキスタ ン政治において無視しえない前例 になるものと思われる。ナワーズ 新政権が軍の利益と大きく衝突し ていない点や、軍の独自の動きを 歓迎しないアメリカの意向などが あるにしても、今回の動きをみる と議会制民主主義が緩やかにパキ スタンにおいて機能し始めている とみることができる。二〇一四年 三月三一日にパキスタン特別法廷 は二〇〇八年まで九年間軍事政権 を率いてきたムシャッラフ元大統 領を国家反逆罪で起訴した。パキ スタンで軍のトップが訴追される のは初めてのことであり、軍がど う反応するかも今日の軍政関係を 占うものであり、パキスタンの民 主主義がどれくらい根の深いもの であるかは、今後の動きをみなけ ればわからない。テロの蔓延とガ バナンスの欠如という負のイメー ジが一方で伝えられながら、他方 では﹁憲政﹂の定着化の兆候がみ られる。アフガニスタンでは大統 領選挙が二〇一四年四月五日に行 われ、タリバーンの選挙ボイコッ トの脅しにも関わらず、前回より 三〇〇万人多い予想を超える五 八 % の有権者が投票した。早急な 断定は控えなければならないが 、 注視すべき流れであろう。 ︵しみず   まなぶ/ユーラシア問題 研究家︶ ︽注︾ ⑴中国と南アジア・中東との関係 については清水学 ﹁中国 南 アジア ・ 中東﹂ 中国研究所編 ﹃中 国年鑑﹄ ︵二〇〇九∼二〇一三 年各年︶ 。 ⑵

Vahid Brown, and Don Passler

2013. Fountainhead of Jihad-The Haqqa n i Nexus, 1 973-20 12 , Hachette India. ⑶ Lisa Curtis 2012. The reorientation of Pakistan s foreign policy toward its region, Contemporary South Asia, Vol.20, No2, June, pp.255-269.

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