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名家に支えられる京劇と伝統芸能 -- 台湾 (特集 途上国のエンターテイメント事情)

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Academic year: 2021

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名家に支えられる京劇と伝統芸能 -- 台湾 (特集

途上国のエンターテイメント事情)

著者

池上 寛

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

203

ページ

8-9

発行年

2012-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003897

(2)

  日本を含め、民間企業が文化事 業に対して何らかの支援を行って いることは多い。 台湾でも同様で、 例えば台湾を代表するいくつかの 企業はオーケストラを自前で運営 したり、博物館を経営することで 文化事業に貢献している。このよ うな形での貢献だけでなく、台湾 を代表するある名家では、伝統的 なエンターテイメントである京劇 や伝統芸能に金銭面からサポート するだけではなく、 劇場を整備し、 そこで一般の人々に観てもらうこ とで京劇や台湾の伝統文化を紹介 するという形の文化事業を行って いる。筆者は二〇一一年にプライ ベートで台湾に行った際に、京劇 と伝統芸能を紹介する劇場である 臺北戯棚に初めて足を踏み入れ た。ここでの京劇や伝統芸能の紹 介は、今まで見たことがないほど 独特のものであった。本稿ではこ の劇場について取り上げ、この劇 場を運営する家族やどのような背 景で生まれたのか、そして実際に 劇場に足を運んで感じたことなど を記したい。

●臺北戯棚の運営家族

  臺北戯棚︵タイペイ ・ アイ︶は、 もっとも有名な民間劇場のひとつ である。その理由としては、この 劇場を所有しているのが辜 一族で あるためである。この辜一族とは 和信グループという企業グループ の所有家族としてつとに有名であ り、台湾の名家としても有名であ る。事実、二〇一一年秋から二〇 一二年六月にかけて﹁百年風華︱ 台湾五大家族特展﹂が国史館など 三カ所で巡回する形で開催され た。この展覧会は中華民国建国百 年記念行事の一環として開催さ れ、辜一族も五大家族のひとつと して取りあげられたのである。辜 一族は日本統治時代からの名家で あり、今なお台湾を代表する名家 のひとつといえる。この名家が運 営しているために、この劇場は有 名であり、しかも現在では和信グ ループの中核企業のひとつである 台湾セメント本社ビルの三階に劇 場が設けられている。   辜一族のなかで、もっとも京劇 などの演劇に造詣が深かったの は、辜振甫氏︵一九一七∼二〇〇 五︶である。辜振甫氏は台湾セメ ントのトップとしてだけではな く、晩年には財団法人海峡交流基 金会の初代理事長に就任して、中 国側の中台交渉機関である海峡両 岸関係協会の汪道涵会長とシンガ ポールで初のトップ会談をした人 である。まさしく、財界を代表す る人物であった。辜振甫氏は芝居 そのものが好きなだけではなく 、 とくに京劇が好きで自ら出演する こともあったという。京劇に出演 する際には、三国志の諸葛孔明を 好んで演じていた ︵参考文献① 一〇九ページ︶ 。確かに 、臺北戯 棚のロビーの壁には諸葛孔明に扮 した辜振甫氏の写真が飾られてい たことからも、かなり好きだった のではないかと考えられる。   辜振甫氏がこのように文化事業 へ協力した背景には、父である辜 顯榮氏の存在も大きかったに違い ない。日本統治時代に活躍した辜 顯榮氏は企業家としての一面だけ ではなく、多くの社会貢献、とく に文教事業に力を注いだ。たとえ ば、台中中学校などの学校や図書 館の建設費用、台北にある龍山寺 などの寺院の建設費用などに多額 の寄付をし、社会貢献をしていた のである︵参考文献①三四︱三 五ページ︶ 。また、 臺北戯棚のウェ ブサイトを見ると、辜顯榮氏は一 九一五年に大稲 䭛にあった淡水戯 館という劇場を日本人から手に入 れ、 それを改築して﹁台湾新舞台﹂ と改名して再開設したという。そ の舞台には上海から京劇団体を招 聘し、福建と地元の演劇団体と一 緒に共演させたという 。しかし 、 太平洋戦争の間に、 ﹁台湾新舞台﹂ はアメリカ軍の空襲によって無く なったという。   父である辜顯榮氏のこのエピ ソードから考えると、辜振甫氏の 京劇などの芝居好きは案外父から の影響かもしれない。   辜振甫氏は京劇などの文化事業 推進のために、当時アメリカに在 住していた京劇俳優の李宝春氏と

名家

京劇

統芸能

台湾

特 集

途上国の エンターテイメント 事情

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ともに一九八九年に財団を設立し た。また、李宝春氏は京劇団体で ある﹁台北新劇団﹂を創設し、台 湾に京劇を根付かせようとしたの である。辜振甫氏はこの団体に対 しても多くの協力を行うととも に、一九九七年には台北に民間劇 場である﹁新舞台﹂を再建させた のである。この劇場では中国から の伝統芸能の招聘だけではなく 、 台湾の伝統芸能の紹介という意味 でも大きな成果をあげたのであ る。このことは、台湾と中国の文 化交流にも大きな貢献をしたとも いえる。   その後、二〇〇二年に台湾セメ ントの本社ビルが落成されるに合 わせて、本社ビル内に臺北戯棚を 設け、現在でも毎週末に京劇や台 湾の伝統芸能を紹介しているので ある。

●劇場に足を踏み入れる

  二〇一一年五月に初めて、筆者 は臺北戯棚に行った。予約が必要 とのことで あ っ た の で 、 午前中にホ テルから歩 いて台湾セ メントビル に行き、受 付で予約を 入れてから 出 か け た 。夜八 時からの 公演なの で 、七時 半ごろに チケット を受け取 り 、エレ ベーターで会場に入る 。お土産 コーナーでも見るかと思っていた ところ 、人だかりができていた 。 みると、京劇俳優による化粧が始 まっていたのである ︵写真 1︶ このような光景を見ることは想像 していなかったため、正直びっく りした。また、写真も撮って良い ということで、多くの観客︵日本 人だけではなく、欧米人も結構い た︶が写真を撮っていた。   八時から公演が始まった。前半 は廷威獅子舞劇団による獅子舞で あった 。日本の獅子舞とは違い 、 かなりアクロバティックな動きを していた。ここでも、フラッシュ を使わなければ、写真撮影をして もよいということであったので何 枚か記念として残した︵写真 2︶ また、途中には日本でいうお多福 のような格好をした俳優が客と一 緒にダンスをしたりし、全く飽き させることはなかった。   その後、休憩が入った。ロビー では胡弓などの中国楽器の音色に 合わせて主演俳優による踊りが行 われていた ︵写真 3︶。これから京 劇に出演するというのに、その直 前の休憩に踊りを披露するとは思 わなかった。このような観客 に 対 する サービ ス に び っ くりした 。   休憩後には、いよいよ台北新劇 団による京劇が始まった。両サイ ドには日本語、中国語、英語によ る字幕が流れ、中国語がわからな くても、理解ができるように配慮 されていた。 この時鑑賞したのは、 ﹁白 蛇 伝 ﹂であった 。この話自体 は中国を代表する民間説話のひと つである。鑑賞しながら、小さい 時に映画か何かで見た記憶がよみ がえった。この原稿のために改め て調べると、日本で初めて製作さ れた総天然色長編アニメ映画との ことであった︵一九五八年公開︶ 。 公開された年にはまだ生まれてい ないので、テレビでおそらく見た のであろう。非常に話もわかりや すく、京劇らしい趣向もあり、楽 しんでみることができた。   全部を通しで演じたら何時間に もわたる 劇である かもしれ な い が、 鑑賞時間 は四〇分 ほ ど で、 非常にコ ンパクト に ま と まっていた。ここでも写真撮影が 出来たので、舞台写真を数枚撮影 した︵写真 4︶   終了後には、先ほどまで演じて いた京劇俳優や獅子舞をしていた 演者たちがロビーに出てきて、観 客を見送った。たまに歌舞伎など の演劇を見に行くが、小劇場でも ない限り、日本でこうした光景に はまず出会わない。劇場は決して 大きなものではないが、俳優と観 客を近づけることがこの劇場の大 きな目的の一つに感じられた。ま た、 辜氏の協力があったからこそ、 今まで見たことのない劇場運営に なっているような気がした。 ︵いけがみ   ひろし/アジア経済研 究所企業・産業研究グループ︶ ︽参考文献︾ ① 林文龍編著 ︵二〇一一︶ ﹃鹿港 辜家﹄國史館臺灣文獻館。 ② 臺北戯棚ウェブサイト ︵ http:// www .taipeieye.com ︶ 。 1 2 3 4

名家に支えられる京劇と伝統芸能

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