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ニューカマーの生徒が多く学ぶ大阪府立長吉高校のこと

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Academic year: 2021

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(1)

KANSAI GAIDAI UNIVERSITY

ニューカマーの生徒が多く学ぶ大阪府立長吉高校の

こと

著者

北條 秀司

雑誌名

関西外国語大学人権教育思想研究

14

ページ

67-87

発行年

2011-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1443/00005735/

(2)

      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と       ニ ュ ー カ マ ー の 生 徒 が 多 く 学 ぶ       大 阪 府 立 長 吉 高 校 の こ と       北 條 秀 司   私 は大 阪 府 立 長 吉 高 等 学 校 の 校 長 と して平 成15(2003)年4月 に 赴 任 し、 4年 間校 長 を務 め た 。 そ の 間 に か か わ っ た こ とを 中心 に整 理 を して述 べ て い きた い 。 そ れ を 通 して 、今 後 も手 立 て や充 実 が 求 め られ る ニ ュ ー カ マ ー の高 校 生 に対 す る教 育 の あ り方 、 さ らに そ の 多 くが 大 学 へ の進 学 を希 望 して い る 状 況 の 中 で 、 ニ ュ ー カ マ ー の大 学 生 に対 す る教 育 の あ り方 につ い て考 え る 資 料 と した い 。 1.は じめ に   全 日制 普 通科 の 長 吉 高校 は 、平 成13(2001)年 度 か ら、大 阪府 の 高校 再 編 の 先駆 け の 一 つ と して 、府 立 高校 で は初 め て の全 日制 普 通 科 「単 位 制 」 へ と 移 行 した 。 つ ま り、従 来 ほ と ん どの 高校 が と っ て い た学 年 制 か ら 「単 位 制 」 に 変 わ っ た の で あ る 。 そ して 同年 度 の入 学 者 選 抜 か ら 「中 国帰 国生 徒 及 び外 国 人生 徒 入学 者 選抜 」(略して 「特 別 枠 入 試 」)も始 ま った 。 この 特 別 枠 入 試 は 、 一 般 の入 学 者 選抜 とは 別枠 で、 定員 の5%(平 成21年 度 入 試 ま で は12名 、平 成22年 度入 試 は14名)の 中 国帰 国生 徒 や外 国 人生 徒 を受 け入 れ る もの で あ っ た 。   長 吉 高校 は 、 開校 以 来 「一 人一 人 を大 切 にす る教 育 」 を基 本 に据 え て、 学 校 教 育全 般 に わ た っ て 「人権 尊重 」 の教 育 を進 め て きた 。 昭和61(1986)年 に は 、2名 の 中 国帰 国生 徒 が 入学 して きて 、 日本 語 指 導 が 必 要 な子 ど もた ち へ の 支援 体 制 をつ く りあ げ て きた歴 史 が あ っ た 。私 が 赴 任 した 平 成15(2003) 年 度 は在 籍 生 徒 が すべ て単 位 制 の生 徒 とな り、特 別 枠 入 試 で3年 間入 学 者 を 受 け 入 れ た年 で もあ っ た 。       -67一

(3)

             ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと 2.長 吉 高校 の5つ の特 色 ・特 徴   長 吉 高校 が 開校 以 来 の歴 史 を踏 ま え て 、単 位 制 高 校 と して新 し くス タ ー ト す る平 成13(2001)年 度 以 来掲 げ て い る もの で あ る。 そ れ は、   ① 大 阪府 立 で一 番 目の全 日制 普 通 科 単 位 制 高 校 です 。   ② 進 路 等 に合 わせ た 「自分 だ け の 時 間割 」 を組 む こ とが で きます 。   ③ 学 年 の 区分 は な く、行 事 はす べ て エ ン トリー制 です 。   ④ ア ジ ア に視 点 をお い た 国 際 理 解 教 育 を推 進 し、 多 文 化 共 生 をめ ざ して     い ます 。   ⑤ 自己管 理 ・自己 責 任 を徹 底 して い ます 。(以上 、「長 吉 高 校 学 校 案 内」よ り)     の5点 で あ る 。 3.中 国帰 国生 徒 及 び 外 国人 生 徒 入 学 者 選 抜(「 特 別枠 入 試 」)   この大 阪府 の特 別枠 入 試 は 、平 成13(2001)年 度 か ら長 吉 高 校 と他 の1校 の2校 で 始 まっ た 。 そ の 後 の3年 間 で 、1校 ず つ増 え 、平 成22(2010)年 現 在 まで5校 で 実施 され て い る 。 こ の 入試 は 日本 語 の力 が 不 足 して い て、 自分 の 能 力 を発 揮 で きな い 外 国 人生 徒 の た め の 制 度 で あ る。 対 象 生 徒 は 、 「中 国 か ら帰 国 した者 又 は外 国籍 を有 す る者 で 、原 則 と して 、小 学 校 第4学 年 以 上 の 学 年 に編 入学 した者 」 で あ っ た が 、実 態 に応 じて後 で 「概 ね小 学 校 第3学 年 以上 の学 年 に編 入 学 した者 の うち 、特 別事 情 に よ り、 日本 語 に よ る 日常 生 活 及 び学 習 に支 障 が あ る者 」 とい う条 件 も追 加 さ れ た。 こ の入 試 の学 力 検 査 は 、英 語 ・数 学 ・作 文(母 語 で も 日本 語 で も可)で 、 中学 校 か らの調 査 書(評 定)は 合 否 判 定 の材 料 に な らな い 。通 学 区 は学 校 に よ っ て異 な るが 、 長 吉 高 校 は大 阪府 内全 域 か ら受 検 で きる 。   この特 別枠 入 試 以外 に も、大 阪 府 で は 中国 帰 国 生 徒 や 外 国 人 生 徒 に対 して 、 公 立 高校 受検 上 の 「教 育 委員 会 の審 査 が 必 要 な配 慮 事 項 」 が あ り、 帰 国 ま た は 入 国 後 、 原則 と して小 学 校 に編 入 学 した者 は 、学 力 検 査 時 間 の延 長 ・日中 辞 典 な どの辞 書 持 込 み ・問題 文へ の ル ビ打 ち ・キ ー ワ ー ドの外 国語 併 記 ・小 論 文 に お け る使 用 言 語 の選 択 な どの入 試 の配 慮 を受 け る こ とが で きる。                     -68一

(4)

      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと 4.在 日外 国人 の人 ロ動 態   平 成20(2008)年 末 現 在 、 日本 の 外 国 人 登 録 者 数 は2,217,426人で 過 去 最 高 を更 新 し、 日本 の 総 人 口 の1.74%を 占め て い る。 また 、 この10年 で 外 国人 登 録 者 数 は47%増 、 つ ま りほ ぼ1.5倍 と な っ た。   こ こで 、 お お まか な歴 史 的経 緯 に つ い て 「事 典   日本 の 多 言 語 社 会 」(真 田信 治 ・庄 司†専史編 集 、岩 波 書 店 、2005年 刊)で み て お こ う。   「戦 後 初 め て外 国 人 登 録 が 行 わ れ た1947年 に は、 登 録 者 数639,368人 の う ち 朝 鮮 人 が598,507人(94%)で あ っ た 。 こ れ ら の 人 ・々の 多 くは 、 朝 鮮 半 島が 日本 の 支 配 下 に あ っ た1920年 代 か ら 日本(内 地)に 居 住 して い た が 、1970年 代 まで在 日外 国 人 の大 多 数 を 占 め て い た。   1965年 に 日本 と韓 国 の 間 で在 日韓 国 人 の 法 的 地 位 に 関 す る協 定 が 締 結 さ れ 、韓 国籍 の1世 と2世 に永 住 資格 が認 め られ た。 しか し、朝 鮮 籍 者 の法 的 地位 は不 安 定 な ま まで あ っ た 。1970年 代 に な る と、在 日韓 国 ・朝 鮮 人 の 中 で 2世 の 割合 が増 え 、就 職 差 別 を糾 弾 す る運 動 や 、地 方 自治 体 に対 して住 民 と して の権 利(公 営 住 宅へ の 入居 や児 童 手 当 の受 給 な ど)を 要 求 す る運 動 が 盛 り上 が っ た 。   1980年 前 後 か ら、 定住 を前 提 と した新 た な外 国 出 身者 の受 け入 れが 始 ま っ た 。 イ ン ドシ ナ 難 民 の 定住 を前 提 と した 受 け入 れ は1978年 に始 ま っ た 。1972 年 の 日中 国 交 回復 に始 ま っ た 中 国帰 国者 の受 け入 れ も、1980年 代 に な る と本 格 化 した 。 また 、1981年 に は 、朝 鮮 籍 者 に も永 住 資格 が 認 め られ た。(略)   1989年 、入 管 法 が改 定 され る 。 日系 外 国 人 が活 動 制 限 の な い在 留 資格 を取 得 で きる こ とが 明 文化 され 、1990年 代 を つ う じて 、 ブ ラ ジ ル 人 な ど南 米 出 身 者 が急 増 して い く。(略)   1980年 代 以 降 にお け る外 国 人 を め ぐる 動 向 と して重 要 な現 象 が2つ あ る 。 一 つ は国 際 結 婚 の 増 大 で あ る 。 日本人 と外 国人 との結婚 は、1980年 代 以降、 ほ ぼ 一貫 して増 加 し、 国 内婚 姻 件 数 の5%近 くを 占 め る 。改 定 国籍 法(1985 年)が 、 日本 人 を 父親 に もつ子 ど もの み 日本 国籍 を認 め る 父系 血 統 主 義 をや め 、 父 母 両 系 主 義 を採 用 した こ と もあ り、 日本 籍 の 『ダ ブ ル』(日 本 人 と外 国 人 の 間 に生 まれ た子 ど も)が 増 え て い っ た。(略)」       -69一

(5)

         ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と            資 料3  在 日 外 国 人 の 人 口 動 態                    (作成:姜 晃 範)           外 国 人 登 録 者 総 数 の 推 移(各 年 末 現 在)                  (出典:各 年 「在留外国人統計」、各年 「出入国管理統計年報」)

年   緻

朧 鋸 配]  年  繍

騰 鋸 配]

1961      64α395      0β7        1996     1,415,136     L12 1965      665,989      0.67        1997     1,482707      1.18 1970      70&458      α68        1998     1,512,116     1.20 1975      751,842      0.67        1999     1,556,113     1.23 1980      782,910      0.67        2000     1,686,444     1,33 1985      850,612      0.70        2001     1,778,462     1.40 1989      984,455      (瓦80        2002     1,851,758     1.45 1990     1,075β17     0.87        2003     1、915ρ30     1.50 1991     1,218β91     α98        2004     1,973,747     1.55 1992     L281,644      1.03        2005     2ち011,555     1,57 1993     1β20,748     1.06        2006     2ρ84,919     L63 1994     1,354ρ11     LO8         2007     2,152973      1.68 1995     L362β71      1.08        2008     2,217,426     1.74       で.6       200       1.4   総       口       に       oB  占       る       o.6 割       合        。、 匹       50       0.2

    誠姻 典顯 照購

繊噸 鵡 蹴 購 購 贈韓

                                        [年1                      -70一

(6)

       ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と           国 籍(出 身 地)別 外 国 人 登 録 者 数 の 推 移        (出典:各 年 「在留外国人統計」、各年 「出入国管理統計年報」) 100% 90% 80% 70% 60%        E2そ の他50%        口 米国 40%        圓 ペルー        団 ブラジル 20%        口 韓国 ・朝鮮   0%     1961  1965  1970  1975  1980  1985 1990  1995 2000  2005  2008    (1)「 外 国 人登 録 者 総 数 の 推 移 」 「国 籍(出 身 地)別 外 国 人登 録 者 数 の 推移 」              (「外 国 人 ・民 族 的 マ イノ リテ ィ人 権 白書2010」)                              71

(7)

      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と   平 成20(2008)年 末 現 在 の 外 国 人 登 録 者 の 国 籍 別 内 訳 は 、 平 成19(2007) 年 か ら 一 番 多 く な っ た 中 国 人 が65万5千 人 を 超 え29.6%、 韓 国 ・朝 鮮 人 が59 万 人 を 割 り26.6%、 ブ ラ ジ ル 人 が141%、 フ ィ リ ピ ン 人 が9.5%、 ペ ル ー 人 が 2.7%と 続 い て い る 。 5.日 本 語 指 導 が 必 要 な 外 国 人 児 童 生 徒   文 部 科 学 省 の 「日本 語 指 導 が 必 要 な 外 国 人 児 童 生 徒 受 け 入 れ 状 況 調 査(平 成20年 度)」 に よ る と、 公 立 小 ・中 ・高 等 学 校 、 中 等 教 育 学 校 お よ び 特 別 支 援 学 校 に 在 籍 す る 日本 語 指 導 が 必 要 な 外 国 人 児 童 生 徒 数 は 、28,575人 で 、 前 年 か ら12.5%増 加 し 、 調 査 開 始 以 来 最 も多 い 人 数 と な っ て い る 。 学 校 種 別 で は 、小 学 校19,504人 、中 学 校7,576人 、高 等 学 校1,365人 な ど で あ る 。 母 語 別 で は 、 ポ ル トガ ル 語ll,386人 、 中 国 語5,831人 、 ス ペ イ ン 語3,634人 で 、 こ の3言 語 で 全 体 の7割 以 上 を 占 め て い る 。30人 以 上 の 生 徒 が 在 籍 す る 高 等 学 校 は 全 国 で 3校 で あ り、 長 吉 高 校 は そ の1つ で あ る 。 大 阪 府 内 の 公 立 高 等 学 校 で は32校 に211人 が 在 籍 して い る 。 6.長 吉 高 校 に 入 学 し た 、 さ ま ざ ま な ル ー ツ を も つ 生 徒 た ち   特 別 枠 で 入 学 し て い た 生 徒 の 過 半 数 は 、 は じ め は 中 国 に ル ー ッ を もつ 生 徒 で あ っ た 。 以 後 、徐 々 に フ ィ リ ピ ンや ブ ラ ジ ル な ど さ ま ざ ま な 国 ・地 域 に ル ー ツ の あ る 生 徒 が 増 え て い く こ と に な る 。 平 成16(2004)年11月 に 行 っ た 長 吉 高 校 創 立30周 年 記 念 式 典 で の 校 長 式 辞 で 、 私 は 次 の よ う に 述 べ た 。   「長 吉 高 校 に は 、 い ま 、 さ ま ざ ま な ル ー ッ を も つ 生 徒 た ち が 日 本 人 の 生 徒 た ち と 一 緒 に 生 活 し て い ま す 。 た と え ば 、 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 の 生 徒 を は じめ 、 新 た に 中 国 か ら帰 国 あ る い は 来 日 し た 人 た ち 、 さ ら に ブ ラ ジ ル 、 ベ トナ ム 、 フ ィ リ ピ ン 、 韓 国 か ら い ろ い ろ な 事 情 で 日本 に 来 た 生 徒 た ち が い ま す 。 本 日 の 記 念 行 事 の 内 容 に も そ の こ と は よ く表 れ て お り ま す 。」   こ の30周 年 の 記 念 行 事 で は 、 「朝 鮮 文 化 演 習 」 受 講 生 に よ る サ ム ル ノ リ の 演 奏 、 多 文 化 研 究 会 に よ る エ ス ニ ッ ク ・ダ ン ス や 中 国 帰 国 ・渡 日生 徒 に よ る 中 国 伝 統 の 踊 り な ど の 出 し物 が 披 露 さ れ た 。       -72一

(8)

      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と   特 別 枠 で 入 学 し て く る 生 徒 の ル ー ツ が 広 が っ て い く こ と は 、 受 け 入 れ 後 の 支 援 体 制 を つ く っ て い か な け れ ば な ら な い こ と を 意 味 す る 。 体 制 が な い の に 受 け 入 れ て い く の は 無 責 任 と い う声 も あ っ た が 、 体 制 が で き れ ば 受 け 入 れ る と い う 意 見 は 、 「受 け 入 れ な い 」 と い っ て い る の と 同 じ に 、 私 に は 聞 こ え た 。 私 は 校 長 と し て 、 ど の 国 ・地 域 に ル ー ツ が あ る 生 徒 で あ っ て も受 け 入 れ て い く こ と を大 き な 方 針 と し た 。 さ ま ざ ま な ル ー ツ の 生 徒 を 受 け 入 れ て 気 づ か さ れ る こ と も 多 く あ っ た 。 彼 ら 、 彼 女 ら を サ ポ ー ト し て い た だ く 人 も探 さ な け れ ば な ら ず 、 母 語 の 数 が 増 え れ ば 増 え る だ け 、 そ れ ら の 母 語 が で き る 人 を 見 つ け て こ な け れ ば な ら な か っ た 。   私 が 今 ま で 高 校 教 員 と し て 経 験 し た 同 和 地 区 出 身 生 徒 を は じ め とす る 、 さ ま ざ ま な 被 差 別 の 立 場 の 生 徒 た ち と の か か わ り 、 そ の 中 で 学 ん だ こ と か ら 、 私 の 頭 の 中 で は い ろ ん な ル ー ツ の 生 徒 た ち が 一 緒 に な れ ば 、 そ こ に は 必 ず 何 か 新 し い こ と が 生 ま れ て く る 。 ま た 隠 れ て い る マ イ ノ リ テ ィ の 生 徒 が 顔 を あ ら わ す だ ろ う し 、 周 りの 多 数 派 の 日本 人 の 生 徒 に も よ い 影 響 や 刺 激 に な る と い う確 信 が あ っ た 。   た と え ば そ の 後 、長 吉 高 校 で の さ ま ざ ま な ル ー ッ を もつ 生 徒 の 在 籍 状 況 は 、 「外 国 に ル ー ッ を も つ た く さ ん の 生 徒 が 学 ぶ 、 全 国 で も類 を 見 な い ユ ニ ー ク な 単 位 制 高 校 」 と な っ た 。 「2007年 度 現 在 、 『在 日』 の 生 徒 た ち を 除 い て 、 外 国 に ル ー ツ を も つ 生 徒 が 何 と56人 在 籍 し て い る と い う。 お そ ら く 日本 の な か で 、 こ れ だ け 外 国 人 生 徒 の 多 い 高 校 は 、 他 に な い だ ろ う。 外 国 に ル ー ッ を も つ 生 徒 の 比 率 は 、 『在 日』 生 徒 を 合 わ せ る と 全 校 生 徒 の12∼13%程 度 に の ぼ る と い う 。(略)国 別 の 内 訳 を み る と 、 ブ ラ ジ ル が3名 、 フ ィ リ ピ ン が4名 、 タ イ が2名 、ニ ュ ー カ マ ー 系 の 韓 国 が5名 、 ペ ル ー が1名 、 ボ リ ビ ア が1名 、 ベ トナ ム が2名 、 残 り が 台 湾 を 含 む 中 国 が38名 。」 と な っ た(「 公 立 学 校 の 底 力 」2008)。 ま た 、 平 成21(2009)年 度 に は 、 「7力 国(地 域)63名 の さ ま ざ ま な ル ー ッ を も つ 生 徒 が 在 籍 し 、 中 国(台 湾)28名 、 フ ィ リ ピ ン13名 、 韓 国 8名 、 ブ ラ ジ ル8名 、 タ イ3名 、 ベ トナ ム2名 、 ボ リ ビ ア1名 」(「外 国 か ら 来 た 子 ど も を 地 域 で 支 え る 第4集 」2009)と な っ た 。       -73一

(9)

       ニ ュ ー カ マ ー の 生 徒 が 多 ぐ 学 ぶ 大 阪 府 立 長 吉 高 校 の こ と       特別支隈学校,84       中等教資学校。25   特別支授学校,98        衝・聾 ・養護学校,フ2          中等教育掌校.32   (人) 30・000      翻 .懸 轍49盲'鱒'養 校・70暢 学校・21  28.575      盲・鰹 欝 校・51    中等教艀 校,;。   中等教艀 校・23      1,365        奮'聾'養欝 校・64      盲.襲.養騨 校,55        25・41125 ・000      欝賜嬉・餐護掌書交,50       中等教育学校,15      1」82        盲・聾 ・ 蝉 校,72      22・413      7,576 、。。。。1、585184321・25・1、7341,・421・6782鰐1」28臥978 .、

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15.000     5250      5,203     5・694     5,507     5・317      冒       ウド「・  2".   i・,     1   ≦'    ∫      ㌶ 叢 難 、、 賢 卜 ・若 麟1::㌶ ご 馴111・ 「、・1熱1;1

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     平成11年度  平成12年度  平成13年度  平成14年度  平成15年度  平成16年度  平成17年度  平成18年度  平成19年度  平成20年度  ■小学校       ※特別支援学校については、平成18年 度 以前においては盲・聾 ・養護学校 であった。        ・… 養 学校・・    翻.。欝 校、,  鵜 養讐欝 ・5羅灘ll9   盲●聾'欝 校・41    盲 ・聾 ・ 群 校 ・39  中等撚 報,盲.嫉 欝 校.42        糊 支騨 校.49

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。 麟1ジ.liξ 讐 髄 魔.∴ 豫1∴ 瀟 洞{1∵ ∴1凝;ll:1;蒙講'峨      平成11年度  平成12年度  平成13年度  平成14年度  平成15年度  平成16年度  平成17年度  平成18年度  平成19年度  平成20年度       ※特別支擾掌校については、平成18年 度以前においては盲・聾・養護学校であった。         (∬)  「日本 語 指 導 が 必 要 な 外 国 人 児 童 生 徒 受 け 入 れ 状 況 調 査(平 成20年 度)」 文 部 科 学 省        一74一

(10)

      ニ ュ ー カ マ ー の 生 徒 が 多 ぐ 学 ぶ 大 阪 府 立 長 吉 高 校 の こ と   (人)30 ,000 25,000 20,000 15,000 10,000                    0       平成11年度  平成12年度 平成13年度 平成14年度 平成15年度  平成16年度  平成17年度 平成18年度  平成19年度 平成20年度   (校)      6,000  

こ000 2,000      ・・人以上      =1交 1.000       ■2人        国1人   0                  平成,1年度  平成12年度  平成13年度  平成14年度  平成15年度  平成16年度  平成17年度  平成18年度  平成19年度  平成20年度       (∬)  「日本 語 指 導 が 必 要 な 外 国 人 児 童 生 徒 受 け 入 れ 状 況 調 査(平 成20年 度)」 文 部 科 学 省        一75一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと 7.さ ま ざま なル ー ツ を も つ生 徒 た ち の来 日の 背 景   長 吉 高校 で 人権 教 育 ・同和 教 育 を担 う校 務 分 掌 の1つ で あ る人 権 文 化 部 の 当 時 の 部 長 で 、 多 文化 研 究会 顧 問 の友 草 有 美 子 教 諭 の 「様 々 な ル ー ツ を持 つ 生徒 た ちの 学 校 に お け る支 援 に 向 け て 」(2005)か ら、 生 徒 の 来 日由 来 につ い て の 要約 抜 粋 を 以下 に紹 介 す る 。   ① 中 国帰 国者 。 中 国 か ら 日本 に永 住 帰 国 した 中 国残 留 孤 児 や 中 国残 留 婦 人 とそ の 義 父母 や 配偶 者 お よび二 世 や三 世 とな る子 供 た ち で あ る。 中 国帰 国者 の場 合 は 、 来 日そ の もの が公 的 に保 障 され て お り、永 住 後 は最 低 限 の生 活 支 援 もな され て い る 。 そ れ で も、帰 国者 に とっ て は 、文 化 や習 慣 、言 葉 の違 い を補 うに は不 十分 で 、 日常 的 に ス トレス を抱 え て い る。 ま た 、経 済 的 に も言 葉 の壁 に よ り、仕 事 が 思 い通 りに な らず 、苦 しい 状 況 にお か れ て い る。 特 に、 残 留孤 児 や残 留 婦 人 は 、永 住 帰 国 後 、一 人 当 た り10名 以 上 の家 族 呼 び寄 せ が あ る と言 わ れ て お り、 そ の 中 に は 、想 像 以 上 に厳 しい 日本 で の生 活 に ス トレ ス を溜 め る 人 々 も多 い 。   ② 国 際 結 婚 。 国 際結 婚 に よ る 「日本 人 の 配 偶 者 等 」 「永 住 者 」 の 在 留 資 格 に よる外 国 人 は年 々増 加 し続 け て い る。 中 国 に ル ー ッ を もつ 生 徒 の う ち、 か つ て 主流 を占 め て い た 中 国帰 国生 徒 は減 少 し、 日本 人 男 性 と国際 結 婚 した母 親 に伴 っ て 来 日 した生 徒 が増 え て い る の で あ る 。2004年 度 の場 合 、 中 国帰 国 生徒16名 に対 して 、母 親 の 国 際結 婚 に よる生 徒 が15名(内 、 中 国 に ル ー ツ を もつ の は11名 、 フ ィ リ ピ ン3名 、韓 国1名)と 、従 来 の 中 国帰 国生 徒 だ け と い う状 況 か ら、母 親 の 国 際結 婚 に よ り来 日 した生 徒 が 約 半 数 在 籍 して い る状 況 に 変化 して きて い る 。   本 校 生 徒 の事 例 を み て も、母 親(父 親 が 日本 人 女 性 と結 婚 した 事 例 は稀 少) の 国 際結 婚 が事 実上 成 立 して お らず 、母 親 と呼 び寄 せ られ た子 ど もた ち だ け の 生 活 に な っ て い る 家庭 も多 い 。 ま た 、 日本 人 の父 親 が 無 職 あ る い は定 職 を 持 っ て い な い た め に経 済 的 に苦 しい家 庭 や 、母 親 と 日本 人 の父 親 との喧 嘩 が 絶 え な い家 庭 な ど、 国 際結 婚 の実 態 は厳 しい状 況 に あ る。   ③ 南 米 に ル ー ツ を もつ 「日系 人 」。 ブ ラ ジ ル 、 ペ ル ー な どに 渡 った 数 十 万 人 の 日本 人 の移 民 一世 と、 そ の子 孫 で あ る二 世 や三 世 の こ とを 「日系 人 」 と       一76一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと して い る 。 出 入 国 管理 及 び難 民 認 定 法 の改 定 に よ り、 ブ ラ ジ ル 、ペ ル ー な ど の 日系 人 に つ い て は 、「日本 人 の 配偶 者 等 」 「定 住 者 」 の 在 留 資 格 が 認 め られ 、 就 労 制 限 が 無 くな っ た 。 そ の た め 、南 米 か ら 日本 に 、製 造 業 を 中心 と した分 野 で の 非 熟 練 労 働 を担 う人 が 、 「デ カ セ ギ 」 と して 流 入 す る よ う に な っ た 。 血縁 を頼 りに 日本 で就 労 す る こ とが叶 っ た 日系 人 に とっ て も、 必 ず し も 日本 社 会 は大 き く門戸 を 開 い て い る とは い えず 、文 化 ・習 慣 ・言 語 の厚 い壁 に 阻 まれ て 、様 々 な 困難 を伴 っ て い る のが 現 状 で あ る。   ④ ベ トナ ム 「難 民 」。1978年 、 難 民 の 受 け 入 れ と定 住 を 認 め ざ る を得 ず 、 1981年 に は 「難 民 条約 」 に も 日本 は加 入 した 。 そ の た め 、難 民 へ の生 活 適 応 訓練 をす る施 設 が 設 置 され 、不 十 分 なが ら も 日本 語 教 育 や生 活 訓 練 が な さ れ る よ うに な っ た 。特 に 、多 くの在 日ベ トナ ム 人 は 中小 零 細 企 業 を 中心 とす る 産業 地域 に あ る低 家賃 の公 共 住 宅(雇 用 促 進 住 宅 な ど)に 集 住 し、 劣 悪 な労 働 条件 と住 宅環 境 の 中 で 、ベ トナ ムで 取 得 した 資 格 や 経 験 を活 か せ ない ま ま、 日本 の社 会 の底 辺 部 に組 み 込 ま れ て生 活 して い る。 彼 らに とっ て、 日本 は適 応 し難 い社 会 とい え る 。 た だ 、近 年 来 日 した ベ トナ ム 人 の 中 に は、 最 初 か ら 日本 へ の 定住 を 意識 して きた 人 々 もお り、 日本 で の生 活 に適 応 し、 成 功 を収 め て い る例 もあ る 。 8.生 徒 た ち の 家庭 環 境 と心 の揺 れ、 そ して 「小 ・中学 校 の 思 い 出」   これ らの生 徒 た ち は 、 多 く厳 しい家 庭 環 境 で生 活 して い る。 まず 、 前 述 の 友草 有 美子 教 諭 の 「様 々 な ル ー ッ を持 つ生 徒 た ち の学 校 に お け る支 援 に 向 け て 」(2005)か ら引 用 して 紹 介 す る。   「ニ ュ ー カマ ー の生 徒 た ち に共 通 す る大 きな 問 題 は、 言 葉 や 文 化 の 壁 で あ ろ う。 しか し、そ う した壁 も、生 徒 た ちの 来 日時 の 年 齢 や ル ー ツ等 に よ って 、 千 差 万 別 で あ る 。幼 少 の 頃 来 日 した り、 日本 で生 ま れ た り した生 徒 に とっ て は 、既 に 日本 語 が母 語 とな っ て お り、一 見 、壁 の存 在 は大 き くな い。 そ れ で も、 親 と異 な る母 語 を持 ち 、 そ の親 の母 語 に つ い て は 、 ほ とん ど読 み書 きが で きな い とい う こ とは 、家 庭 環 境 と して決 して 良 い状 況 で は な い。 親 は 日本 語 で の 読 み書 きや会 話 が十 分 とは い えず 、 そ の た め 、家 庭 内 で の共 通 言 語 が       一77一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと 無 く、込 み 入 った 話 が で き ない の で あ る。この よ うな家 庭 内 で の コ ミュ ニ ケ ー シ ョン不 足 の た め 、生 徒 た ち は成 長 過 程 で 困難 に遭 遇 して も、 親 のサ ポ ー ト を期 待 で きな い 。 また 、親 に して み れ ば 、 自分 た ちが な か な か適 応 で きな い 日本社 会 に 、事 も無 げ に 溶 け 込 む生 徒 た ち の様 子 に 、少 な か らず 疎 外 感 、 寂 蓼 感 を抱 き、 子 供 た ち の 教 育 に 関 わ っ て い くこ とへ の 自信 喪 失 や遠 慮 か ら、 無 関心 とな っ て しま う こ と もあ る 。一 方 で 、幼 少 の 頃 か ら、 日本 語 の不 自 由 な 親 に代 わ っ て 、役 所 や銀 行 に 出 向 い て諸 般 の手 続 きを引 き受 け ざ る を得 な か っ た生 徒 た ち に とっ て 、親 は相 談 相 手 とい うよ り も、 む しろ世 話 の か か る 重 荷 とな っ て い る 。 そ れ ゆ え 、 自 らの ル ー ッ を 隠 した り、 日本 人 と同化 しよ う と した りして 、親 の ル ー ッ に否 定 的 な感 情 を抱 き、 自尊 感 情 が 育 っ て い な い 生徒 た ち も多 い 。 この よ うに 、 日本 語 に 問題 もな く、 日本 社 会 に も適 応 し て い る よ うに見 え 、幼 少 時 に 来 日 した り、 日本 生 ま れ の生 徒 の場 合 で も、 家 庭 内 に お け る言 葉 や 文化 の壁 を原 因 とす る親 子 双 方 の ス トレス は深 刻 な ので あ る 。」   さ らに 、個 別 の事 例 を踏 ま え た生 徒 の様 子 につ い て い くつ か、 友 草 有 美 子 教 諭 の 同 文 か ら要 約 抜 粋 で紹 介 す る。   学 齢 期 以 降 に 来 日 した生 徒 た ち に 共 通 して い る 思 い は、 「親 の都 合 で 、 日 本 に 無理 や り連 れ て こ られ た」 とい う もの で あ る。     中 国 帰 国者 と して 来 日 した生 徒 た ち の 場 合 は 、 「強 制 的 な 来 日」 に対 す る 反発 心 は大 き くな い 。   国 際結 婚 とい っ て も、本 校 生 徒 の事 例 の ほ とん どを 占 め る の は、 母 親 と 日 本 人男 性 との再 婚 で あ り、生 徒 た ち は そ れ に伴 う 「連 れ子 」 と して の来 日で あ る 。 学 齢 期 以 降 の 子 供 た ちが 渡 日 して くる場 合 は 、 母 親 が 母 国 で離 婚 後 、 日本 人男 性 との再 婚 で先 に 来 日 し、 そ の 間 、祖 父 母 や親 戚 に養 育 さ れ、 そ の 後 日本 に 呼 び寄 せ られ る とい うパ タ ー ンが 、母 親 の 国籍 に か か わ らず 、 国際 結 婚 に よる 渡 日生 徒 た ち の典 型 とい え る。 生 徒 た ち は既 に母 国 で の祖 父 母 や 親 戚 に囲 ま れ た生 活 が 定 着 して お り、 「なぜ 今 頃 に な っ て 日本 に呼 び寄 せ る の か 」 とい う疑 問 の 方 が 強 い 。生 徒 た ち の方 は 、母 親 と長 い年 月別 れ て住 ん で い た 影 響 か ら、幼 少 期 に見 捨 て られ た とい うわ だ か ま りが 残 っ て い た り、       -78一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと 自 らの気 持 ち を母 親 に うま く表 現 で きな か っ た り して 、母 親 と素 直 に会 話 が で きな い 。 実母 の 方 も、子 育 て に 関 わ れ な か っ た罪 悪 感 や子 供 に対 す る遠 慮 か ら、金 品 を与 え る こ とで しか愛 情 表 現 で きず 、 お互 い心 を通 わせ る こ とが で きな い とい う状 況 で あ る 。   南 米 に ル ー ッ を もつ 生 徒 た ち の 多 くは、 不 本 意 な 日本 行 き か ら始 ま って 、 日本 に も母 国 に も根 を下 ろ す こ とが で きず 、将 来 の展 望 を持 て な い ま ま、 日 本 で の学 校 生 活 を 送 っ て い る の で あ る。   生 徒 た ち は学 校 で の ス トレス を 家庭 に持 ち帰 っ て発 散 す る こ とが で きず 、 む しろ家 庭 で増 幅 させ て い る 。   最 後 に 、大 阪大 学 大 学 院教 授 の志 水 宏 吉 氏 と同大 大 学 院生 の棚 田洋 平 氏 と が 、 長 吉 高校 の生 徒 た ち か ら聞 き取 っ た生 徒 た ち の話 の 中 か ら 「小 ・中学 校 で の 思 い 出 」 を紹 介 して お きた い 。   「ほ とん どの 生 徒 が 、 小 中 学校 時 代 は 『外 国 人 は 自分 ひ と りだ け』 とい う 環 境 で あ っ た た め 、寂 蓼 感 に さい な ま れ た り、 つ らい経 験 が あ っ た り した よ うで 、 『さび しか っ た』、 『し ゃべ る人 い な い 、遊 べ る人 い な い』、 『先 生 と し か し ゃべ らな か っ た』、 『ず 一 っ とが ま ん して る。 不 満 とか怒 り とか。 が ま ん しか な い で す よ』 とい う切 実 な声 を語 っ て い た。   あ る生 徒 は 『(中学 校 の 思 い 出 は)ぜ んぜ ん な い 。 忘 れ た』 とキ ッ と した 表情 で は きす て る よ うに述 べ た が 、 中 国 人講 師 の方 に よ れ ば、 そ の生 徒 は 中 学 時代 に い じめ に あ っ て い た とい う。」(「ニ ュ ー カ マ ー児 童 生 徒 の就 学 ・学 力 ・ 進路 の 実態 把 握 と環 境 改 善 に 関す る研 究(そ の1)」2006) 9.取 り組 み の二 本 柱 一 力 リキ ュ ラ ム と 多文 化 研 究 会   長 吉 高校 の カ リキ ュ ラ ム は 、単 位 制 高 校 の特 徴 を しっ か り と活 か して、 生 徒 個 々の 状 況 に応 じて 、 「日本 語 」 の 習 熟 別 の 複 数 の 講 座 や 、 日本 語 以 外 の 実技 教 科 で な い教 科 の授 業 で 、日本 語 指 導 を必 要 とす る生 徒 だ け の 講座 を「日 本 語 クラ ス 」 と して 別 に設 け て い る。 彼 らの こ れ か らの学 習 や 生 活 に きわ め て大 きな 影響 を もつ 「母 語 ・母 文 化 」 を保 障す る た め の講 座 もで きる 限 り多        一79一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと く、 しか も少 人 数 の受 講 者 で あ っ て も開講 して い っ た。   多 文化 研 究会 は 中 国文 化 研 究会 か らア ジ ア文 化 研 究 会 と、 入 学 して くる生 徒 の状 況 に あ わせ て 名称 を変 え て きた。 ル ー ッ の違 う生 徒 同士 の軋 礫 や トラ ブ ル もあ っ た が 、大 きな こ の く く りで進 ん で い くこ とが で きた。30周 年 記 念 行 事 を原 型 に 、校 内 ・校 外 で の 出番 づ く りを大 切 に した取 り組 み に も力 を入 れ た 。   この2つ の柱 に つ い て 、 長吉 高 校 に何 度 も足 を は こ び観 察 し、 生 徒 や 教 員 か ら聞 き取 りを行 っ た志 水 宏 吉 氏 は 次 の よ うに書 い て い る。   「学 習 指 導 ・生 徒 指 導 の 両 側 面 に関 して大 きな 意 味 を有 して い る と思 わ れ る の が 、 入学 年 次(入 学1年 目)に お け る 『取 り出 し授 業 』 で あ る。 す な わ ち 、外 国 に ル ー ツ を もつ生 徒 た ち の多 くは 、 『日本 語 指 導 を必 要 とす る生 徒』 と して 、1年 目に 実技 以外 のす べ て の教 科 で抽 出授 業 を受 け る の で あ る。 こ れ は 、単 位 制 高校 で あ れ ば こ そ成 立 し うる 、手 厚 い指 導 体 制 で あ る。   そ の な か で彼 らは 、 自分 と同 じ よ うな境 遇 に あ る仲 間 と出会 い、 と もに学 び 、 と もに語 る こ とが で きる 。 ニ ュ ー カ マ ー の生 徒 の な か に は、 中学 校 時 代 に い じめ られ た り、仲 間 は ず れ に され た つ らい経 験 を もつ 者 も多 いが 、 ほ と ん どの生 徒 が 「長 吉 に 来 て よか っ た 」「中学 校 と全 然 違 う」と語 る。 長 吉 には 、 通常 の学 校 空 間 とは異 な る 『場 』 が形 成 され て い る よ うで あ る。 な お、 中 間 年 次(2年 目以 降)に 入 る と、彼 ら は原 則 と して 、一 般 の 日本 人生 徒 に ま じっ て授 業 を受 け る よ うに な る 。大 事 に育 て られ た 『稚 魚 』 が 川 に放 流 さ れ る イ メ ー ジ で あ る とた とえ られ よ うか 。   も う ひ とつ 『居 場 所 』 と して大 切 な 役 割 を果 た して い るの が 、 『多 文 化 研 究会 』 で の活 動 で あ る 。 この多 文 化 研 究会 は 、 ク ラ ブ活 動 で あ る。(略)『 特 別枠 』 で入 っ て きた外 国 人生 徒 に は入 部 が 義 務 づ け られ、 一 般 入 試 で入 っ て きた外 国 に ル ー ッ を もつ生 徒 に も入 部 が 奨 励 さ れ て い る。   主 な活 動 は、 日本 語 の 勉 強 や 母 語 ・母 文 化 の学 習 で あ る。 現 在 長 吉 で は、 授 業 の 一環 と して 、 中 国語 ・朝 鮮 語 ・ポ ル トガ ル語 ・スペ イ ン語 ・フ ィ リ ピ ノ語 ・ベ トナ ム語 の 講座 が 開講 され て い る。 そ れ らの カ リキ ュ ラ ム化 さ れ た 部 分 と相 互 に補 い合 い な が ら、多 様 な形 で ク ラ ブ活 動 が 展 開 さ れ、 生 徒 た ち       一80一

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      ニューカマーの生徒が多ぐ学ぶ大阪府立長吉高校のこと の 学 習 意欲 の 向上 や積 極 的 な エ ス ニ ック ・ア イ デ ンテ ィ テ ィ ー の形 成 に一 役 買 っ て い る 。   『自己 管 理 』 『自己責 任 』 を モ ッ トー とす る長 吉 で は、す べ て の 学 校 行 事 が 、 全 員 参 加 型 で は な くエ ン トリー 制 に な っ て い る。 『や りた い者 が や る』 形 を つ くっ て い る の で あ る 。 そ の な か で 、一 大 行 事 とな っ て い る のが 、秋 に 開催 され る 文化 フェ ス テ ィバ ル で あ る 。一 般 的 に言 う文 化 祭 で 、展 示 ・舞 台 発 表 と模 擬 店 の 出 店 が メ イ ンで あ る が 、 そ の 中 で異 彩 を放 っ て い る のが 、 テ ン ト 三 つ を使 っ て の 『世 界 の たべ もの』 コ ー ナ ー で あ る。   多 文 化 研 究 会 に 集 う生 徒 た ち 、 人 権 文 化 部 や 民 族 講 師 の 先 生 方 、 そ して 保 護 者 らが 協 力 して 、 エ ス ニ ック料 理 をつ くる。(略)店 を切 り盛 りす る生 徒 た ち や お 母 さ ん 方 の笑 顔 が とて も印象 的 で あ っ た。」(「公 立 学 校 の 底 力 」 2008) 10.お わ りに   大 阪府 立 高校 の 中 で 、 あ る い は 日本 全 国 で も、高 校 の多 文 化 化 の先 駆 け と して歩 ん で きた 長吉 高校 。 そ れ を支 え て きた の は 、 さ ま ざ ま な ル ー ッ を もつ 生徒 た ち に 直接 か か わ り、支 援 し、 よ りそ っ て きた教 員 た ち で あ る。   特 に 、特 別 非常 勤 講 師 や教 育 サ ポ ー タ ー とい う不 安 定 な待 遇 の 中 で熱 心 に 指 導 して い た だ い た先 生 方 の力 も大 きか っ た。 生 徒 た ち と同 じ境 遇 を もつ ネ イ テ ィブ の先 生 方 が 、 どれ だ け ニ ュ ー カ マ ー の生 徒 た ち の精 神 的支 え とな っ た こ とで あ ろ う。   長 吉 高校 の現 状 を 、何 度 も足 を は こ び、様 々 な場 面 で の 生 徒 た ち を観 察 し、 生徒 や教 員 か ら多 く聞 き取 りを した大 阪大 学 大 学 院生 の棚 田洋 平 氏 は次 の よ うに書 か れ て い る 。   「多 文 化 共 生 教 育 や 外 国 人 教 育 の 分 野 にお い て 、 『ちが い を ゆ た か さ に』 と か 『ち が い を ち が い と して認 め合 う人 間 関係 づ く り』 とい うス ロ ー ガ ン は よ く耳 に す る 。 長 吉 高校 に は 、 そ の よ うな 『ち が い』 が あ ふ れ て い る。 そ れ ら の 『ち が い』 を ひ とつ の学 校 の 中 で ど う尊 重 して生 か して い くかが 目標 や 課 題 と され 、 日々 の教 育 実践 が展 開 され て い る よ うに 、長 吉 高 校 に何 度 も通 う       一81一

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      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と

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      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と 一 番 悲 しか っ た こ と は 、韓 国人だか ら とい う理 由で差 別す る 日本人 の中に在 日朝 鮮 人 が い た こ とだ 。 こ ん な 日々 が 辛 くて 、 部屋 に 閉 じこ も っ て 泣 き な が ら、 鏡 の 中 の 自分 に 話 しか け た こ と もあ る 。 「私 は何 を して も悪 い ヤ ツ に な るの か 」「同 じ 民 族 の 人 に ま で こ う い う差 別 を受 け な け れ ば な ら な い の か 」 と 。 そ の 当 時 は理 解 す る こ と も許 す こ と も で きな か った 。   しか し、 高 校 に 入 学 し てか ら、 私 は い ろ ん な 面 で 変 わ っ た 。 私 に と っ て 何 よ り 楽 しい高 校 生 活 が 待 っ て い た か らだ 。 長 吉 高 校 に 入 っ た私 は 、 中学 とは ま た 違 う 世 界 を知 る こ とが で きた 。 長 吉 に は様 々 な人 が い る 。 私 と立 場 が 似 て い る外 国 人 の 仲 間が た く さ ん い て 、お互 い過 去 の こ と を語 り合 い 、力 に な っ て くれ る。 ま た 、 い い 先 生 もた くさ ん い て 助 け て くれ る 。 多 くの 人 に 力 を も ら った 私 は 、 自分 の 立 場 か ら逃 げ な くな っ た 。 また 、 私 は 、 大 阪 府 の 外 国 人 交 流 会 で 在 日 の 人 た ち の 話 を き い て 、 「在 日」 だ とい う だ け で 差 別 され る とい う事 実 を知 っ た 。 彼 ら、 彼 女 らは 、 「在 日」 だ と い う こ と を 知 られ る と私 が 受 け た よ う な イ ジ メ に あ うか も し れ な い と恐 れ 、 自分 た ち の 名 前 や 立 場 を 隠 して生 活 して い る の で あ る 。 「在 日」 の 現 状 や 立 場 が わ か っ た私 は 、 日本 の 社 会 が 不 平 等 だ と思 う よ う に な っ た 。   日本 の 野 望 の た め に朝 鮮 を植 民 地 に し、 そ の 時 に仕 方 な く 日本 に渡 っ て き た の が 在 日の 人 た ち な の に差 別 す る と は話 に な らな い 。 在 日の 人 た ち は 、 日 本 で 生 ま れ 日本 語 を使 い 、 日本 の 文 化 の 中 で 生 き て い か ざ る を え な い 。 税 金 も 日 本 人 と 同 じよ うに 納 め て い る 。 国 籍 を 除 け ば 日本 人 とか わ ら な い 。 差 別 を受 け る 理 由 な ど な い の だ 。 外 国人 だ とい う理 由 で差 別 を受 け な け れ ば な ら ない こ とが ど ん な に辛 い か 、差 別 を して い る 人 は知 っ て い る の か 。 私 も こ こ数 年 で 受 け た 差 別 の痛 み が ま だ傷 と して 残 っ て い る ぐら い な の に 、 生 ま れ な が ら に して 外 国 人 だ と い う理 由 で 差 別 され る人 た ち は どれ だ け苦 しん で い る の だ ろ うか 。 考 え る だ け で 嫌 に な り 悲 し くな る 。 自分 を 守 る た め に名 前 と立 場 を 隠 して 、 同 じ民 族 の 私 を 日本 人 と一 緒 に な っ て 差 別 しな け れ ば な ら な か っ た 彼 ら は 、 ど うい う気 持 ち だ っ た の だ ろ う か 。 今 な ら少 しわ か る よ うな 気 が す る 。 き っ と、 罪悪 感 を感 じて い た だ ろ う 。 そ の 当 時 は彼 らに 対 して憎 しみ で い っ ぱ い だ っ たが 、今 の 日本 の 社 会 が 、 彼 ら が そ うせ ざ る を え な い 環 境 に あ る こ と に気 づ い た 。   私 は 、 差 別 とい う も の は お 互 い が お 互 い を知 ら な い た め に理 解 で き な くて 生 ま れ る の だ と思 う。 中 学 の 頃 に お 互 い の 立 場 を理 解 しあ え る人 た ち に 出 会 え て い た ら、私 は もっ とい い 中学 時代 をお くれ た と思 う。小 ・中 学 生 は純 粋 で 多感 で あ る 。 この 時期 に外 国 人 や 在 日 の人 た ち と触 れ 合 っ て 、 立 場 の 違 い を 知 る こ と が 相 互 の       一84一

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      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と

        (皿)(「高校 を生 きるニューカマー 大 阪府立 高校 にみる教育支援」2008)

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             ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と う ち に わ た し に は み え て き た 。 ス ロ ー ガ ン に と ど ま ら な い 諸 実 践 が 、 さ ま ざ ま な 『ち が い 』 を も つ 生 徒 た ち の 存 在 や 実 態 を 前 に し て 、 多 く の 先 生 た ち に よ っ て 日 々 取 り組 ま れ て い る の だ 。」(「高 校 を 生 き る ニ ュ ー カ マ ー   大 阪 府 立 高 校 に み る 教 育 支 援 」2008)   ま た 、 二 人 の 外 国 人 生 徒 の 「物 語 」 と い う生 徒 の 作 文 を 紹 介 す る 。   最 後 に 、 私 た ち 教 員 が 将 来 の 夢 と し て 話 し て い た 「や が て 卒 業 生 が 教 員 と し て あ る い は 先 輩 と し て 、 長 吉 高 校 に 戻 っ て き て 後 輩 た ち の 支 援 が で き れ ば い い の に 」 と い う夢 へ の 一 歩 と な る 出 来 事 。 長 吉 高 校 の さ ま ざ ま な ル ー ッ を も つ 生 徒 た ち が 「自分 た ち の 同 窓 会 」 を つ く っ た と い う 嬉 し く頼 も し い 記 事 (2010.3.15朝 日新 聞 朝 刊)を 紹 介 し て 終 わ り に し た い 。       朝         !……]        新         闘       第3種郵便物認可

外 国人卒業生 自分たちの同窓会

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       (】〉)朝 日新 聞 の 記 事 あ り(2010.3.15.朝 日新 聞 朝刊)       -86一

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      ニューカマーの生 徒が多 ぐ学ぶ大阪府立 長吉高校 のこ と 【引用 文献 ・参 考 文献 】 1.大 阪府 立長 吉 高 等 学 校30周 年 記 念 誌 編 集 委 員会 「創 立30周 年 記 念 誌 」平 成16(2004)    年 2.真 田信 治 ・庄 司博 史編 集 「事 典 日本 の多 言 語 社 会 」 岩 波 書 店2005年 3.外 国 人 人 権 法 連 絡 会 編 「外 国 人 ・民 族 的 マ イ ノ リ テ ィ 人 権 白 書2010」 明 石 書 店    2010年 4,「 日本 語 指 導 が 必 要 な外 国人 児 童 生 徒 受 け入 れ状 況 調 査(平 成20年 度)」 文 部 科 学     省 5.志 水 宏 吉著 「公 立 学 校 の底 力 」 ち くま新 書2008年 6,に ほ ん ごサ ポ ー トひ ま わ り会 編 「外 国 か ら来 た 子 ど も を 地 域 で 支 え る 第4集 」    2009年 7.友 草 有 美 子 著 「様 々 なル ー ッ を持 つ 生 徒 た ち の 学 校 に お け る支 援 に 向 け て 」(財     団法 人 下 中記 念 財 団2005年 報) 8.財 団 法 人解 放 教 育 研 究 所 編 「解 放 教 育 」2006年4月 号 9.志 水 宏 吉 編 著 「高校 を生 き る ニ ュ ー カ マ ー  大 阪府 立 高校 に み る 教 育 支 援 」 明 石    書 店2008年 10.志 水 宏 吉 編 「ニ ュ ー カマ ー児 童 生 徒 の就 学 ・学 力 ・進 路 の 実 態 把 握 と環 境 改 善 に     関 す る研 究(そ の1)」 研 究 成 果 報 告 書 平 成18年       一87一

参照

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