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ジョルジュ・サンドの『コンスエロ』、『ルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割

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(1)

ジョルジュ・サンドの『コンスエロ』、『ルドルシ

ュタット伯爵夫人』における名前の役割

著者

稲田 啓子

雑誌名

年報・フランス研究

38

ページ

13-26

発行年

2004-12-25

URL

http://hdl.handle.net/10236/10323

(2)

『ル ドルシュタッ ト伯爵夫人』における名前の役割

稲 田 啓子 は じめに 『 コ ン ス エ ロ』(Cοれs“ `Jθ)と そ の続 編『 ル ドル シ ュ タ ッ ト伯 爵 夫 人 』(助 αИたssιルR“グθお″グの は、1842年 か ら44年にか けて、『 独 立評論』誌 (Rιッ “ι 動グク `れ あ所 `)に連 載 され た、 ジ ョル ジ ュ・ サ ン ドの長編 小説 で あ る。 日本 で これ らの作 品が取 り上 げ られ るこ とは、決 して多い とはい えないが、『 コンス エ ロ』 は間違いな く、サ ン ドの傑作の一つに数 え られ る。 た だ、『 コンスエ ロ』 はそ もそ も、サ ン ドの 中で は、アルベ ール の死 に よ って、完全 に終 わ る作 品だった。 けれ ども、 当時傾倒 していた社会主義者 、 ピ エ ール・ルル ー (Picre Leroux)の 勧 めによつて、サ ン ドは、『 ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人』 とい うタイ トル の下、 コンスエ ロの旅 の続 きを描 き始 める。 そ の きっかけは ど うで あれ、サ ン ドが続編 に向けて新 しい方 向性 を見つ け、『 コ ンスエ ロ』 では言 い得 なかった事柄 を、『 ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人』 に込 め た ことは明 らかである。 したがって、本稿では、『 コンスエ ロ』 と『ル ドルシ ュタッ ト伯爵夫人』を、一つの作品と見なして論を進めることにする。 ところで『 コシスエ ロ』を読んでい くうちにまず 目に とまるのが、次々 と 変わるヒロイ ンの呼称である。 しかも、続編の『ル ドルシュタッ ト伯爵夫人』 に入 ると、今度は、彼女の恋人アルベール も複数の呼称 を持つ よ うになる。つ ま り、 ヒロインだけでなく、も うひ とりの主人公 とも言えるアルベールの呼称 が、同 じよ うに移 り変わってい くのだ。 したがって、彼 らの呼称の変遷には、 何 らかの意味があるはずである。その `意

'を

探 るために、まずはヒロイ ン

(3)

14

ジヨルジュ・サンドの『コンスエロ』、『ルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割 の呼称 の在 り方 を検討 し、つ いでアルベール の複数 の呼称 につ いて、見 てい き たい。

1.身

分 を越 える者 作 品 の タイ トル に もな つてい る 「コンスエ ロ」 とい う呼称 は、物 語 の 中で 一貫 して、登場す る。以下は、続編 の『 ル ドル シュタッ ト伯爵夫人』において、 ベル リンのオペ ラ劇場 に雇 われ た コンスエ ロが、個人的 に親 しくなつたアメ リ ー王女 に、 自分の身の上 を明かす場面である。 (1)COnsue10

《(…。)J'ignorc le nom dc mon pё re;et quant a celui dc ma mёre,je crois bien qu'clle

6tait,al'6gard de ses parents,dans la meme incertitude que moio On l'appelait a Venise la Zingara, et moi la Zingarellao Ma mё re lYl'avait donn6 pour patronnc Maria del Consuelo,comme qui dirait,en frangais,Notre― Dame de Consolation.(..。)》 (IⅡ,p。75)

(強調筆者、以下同様) ヒ ロイ ン を指 す 呼 称 と して 、圧 倒 的 に多 く使 用 され て い るの が 、 この「コ ン ス エ ロ」 で あ る。 ク ラ シ ック・ ガル ニエ版 の『 コ ンスエ ロ』 第 一 巻 だ け で も、 「コ ンスエ ロ」 の登 場 回数 は 、

811回

に も及 ん で い る。 作 品 の タイ トル そ の も の が『 コンスエ ロ』なのだ か ら、それ も当然 の こ と とい え るだ ろ う。けれ ども、 語 り と会 話 の 中 で コ ンス タ ン トに 多 用 され る 「コ ンスエ ロ」 とは別 に 、 そ の他

の呼称は、ある特定の場面にのみ登場する。それは、下の表①から確認するこ

とが 出来 る。 ①『 コンスエロ』における、コンスエロの呼称の登場回数

Venlse Boheme voyage Vienne voyage BohOme total

*Zingarella c=ld=1 a=2b=3 c=2 a=lb=6 c=4 20 *Porporina a=lb=19 c=14d=6 a=2b=1 d=5e=5 a=2b=12 c=9d=2 79 *Bertoni a=4b=12 c=9d=1 c=5 la corntesse de Rudolstadt b=lc=2

(4)

注:(a)自 ら名乗る場合、(b)他人から直接呼ばれる場合、(c)語りにおいて (d)他人が間接的に指す場合、(c)男 J人のふ りをして自分自身を指す場合 こ こで少 し、表 につ い て説 明 したい。 まず左 の縦 の列 が、 コンスエ ロを指 す

4つ

の呼称である。上か ら「ツィンガ レラ」、 「ポル ポ リーナ」、 「ベル トニ」、 そ して 「ル ドル シュタ ッ ト伯 爵夫人 」 となつていて、右 の縦 の列 が、それ ぞれ の呼称 の総合的 な登場 回数 を示 してい る。 そ して表 の上の部分 では、左 か らヴ ェネ ツ ィア、ボヘ ミア、旅 の 中、そ して ウィー ン とい う地名 を挙 げてい るが、 これ は、コンスエ ロが移動 していった場所 を、順番 に追 っていった ものである。 この表 か ら分 か る とお り、場所 に よって、 コンスエ ロを指す それぞれの呼称 の 登場 回数 は、大 き く異 なつてい る。例 えば、 「ベル トニ」 とい う呼称 の登場 回 数 は、最初 の旅 にお け る場面 に集 中 してい る し、 「ポル ポ リーナ」 もまた、主 に、初 回のボヘ ミア滞在 中 と、 ウィー ンの宮廷 において、その使 用頻度 は高 く なってい る。つ ま り、表 に挙 げてい る

4つ

の呼称 は、それぞれ、場面に応 じた、 独 自の機能 を持 ってい るのである。 こ こで 、 それ ぞれ の呼称 が、作 品の 中で どの よ うに登場 す るのか 、い くつ か例 を挙 げて見てい くことにす る。 まず、 「ツ ィンガ レラ」の主な使用法 とし ては、以下の3つが挙 げ られ る。 (2)Zingarella

De la des cabales pour la Corilla, qui, de son cOt6, allait jouant le r61e de rivale sacrifi6e,ct invoquait son nombreux entourage d'adorateurs,afin qu'ils fissent,cux et

leurs amis,justice des pr6tentions insolentes de la Zingarella(petite bOh6miennc)。 (I,

p.110)

この イ タ リア語 の 「ツ ィ ンガ レラ」 とは、母 と共 に放 浪 生 活 を送 つて い た ジ プ シー少 女 、即 ち コンスエ ロの こ とで あ る。コンスエ ロは、元 々 ヴェネ ツ ィア で 、 歌 を歌 つ て 生 計 を立 て て い た の だ が 、 あ る 日大 作 曲家 ポル ポ ラ にそ の歌 唱 力 を 見 込 まれ 、 や が て は プ リマ ドンナ とな つて 、 オペ ラ界 で活 躍 す る よ うに な る。

(5)

16

ジヨルジュ・サンドのFコンスエロJ、 Fル ドルシュタット伯爵夫人Jに おける名前の役割 そんな中、彼女の貧 しい過去 を知 つている、ライ ヴァル のオペ ラ女優 コ リラが、 コンスエ ロの成功 を阻 んで くるので ある。 「ツ ィンガ レラ」 は、 この 引用(2) では語 りで登場 してい るが、 コ リラや ポル ポ ラ とい つた、 ヴェネ ツ ィア編 の登 場人物 が、しば しば コンスエ ロをこ う呼んでい る。特 に コ リラが ヒロイ ンを「ツ ィンガ レラ」 と呼ぶ とき、そ こにはまず 、彼 女 の生 まれ に対す る蔑み と、悪意 とが込 め られ るのである。 とはい え、 「ツ ィンガ レラ」 とい う呼称 が、常に否 定的 な意 味合いで用 い ら れ るわ けでは ない。 それ は、以 下 の引用(3)、 (4)を通 して 、確認 す る こ とが 出 来 る。 ヴェネ ツ ィア を離れ 、ボヘ ミアのル ドル シュタ ッ ト伯爵家 で暮 らし始 め た コンスエ ロは、 あ る 日丘 の上 か ら、広大 な森 を突 き抜 け る一本 の道 を見 下 ろ しつつ、次の よ うに思 う。 (3)Zingarella

(…。)O ma pauvre mё re!Pcnsa la jeune Zingarella;(…。)tu sentais et tu disais tottourS

que ce bien―etre c'6tait la contrainte,ct ce repos,1'ennui,mortel aux ames d'artiste。 (I,

p.389) この よ うに、 コンスエ ロが放浪 していた母 を想 い、そ して母 の よ うな 自由な生 き方 を望む ときには、その心理状態 に対応 す るかの よ うに、 コンスエ ロは 「ツ ィンガ レラ」 にな るのであ る。 さらに、未 来 の夫 となるアルベ ール伯爵 にあつ ては、 「ツ ィンガ レラ」 と呼 ばれ ていた コンスエ ロの卑 しい境遇 を蔑む どころ か、む しろ心か ら賛美 し、彼女への想 いを一層 、強 くす る。 (4)Zingarella

(…。)Car je suis,non de race,mais de condition,une sorte de Zingara,mon

Ma mёre ne portait pas d'autre nom a Venise, quoiqu'clle se r6voltat

appellation,itturicuse,selon ses prqug6s espagnols.Et moi j'6tais,je

connue dans ce pays― la,sOus le titre de Zhgarella。

一一Que n'cs_tu en effet un enfant de cette race pers6cut6e ! r6pondit t'ailnerais encore davantage,s'i16tait possible!》 (I,p.339)

cher comte.

contre cette

suls encore

(6)

アルベ ール伯 爵 の従妹 、アメ リー の音楽教師 としてボヘ ミアにや つて来 てか ら は、次 の引用 (5)の よ うに、 コンスエ ロは 自 ら 「ポル ポ リーナ」 と名乗 る。 先 の① の表 を見 て も分 か るよ うに、 コンスエ ロが伯爵家で過 ごす ボヘ ミアや 、 宮廷 に赴 くウィー ンでは、明 らか に 「ポル ポ リーナ」の使用頻度 は高 くなって い る。 その理 由は、 コンスエ ロが あ くまで、大作 曲家ポル ポ ラの愛弟子 、プ リ マ ドンナ 「ポル ポ リーナ」 として、伯爵家や宮廷 に招かれ てい ることに在 る。 つ ま り 「ポル ポ リーナ」は、 ヒロイ ンが、いわゆる上流階級 の人たちと対面す る場合 において、用 い られ る呼称 だ と云 えるのである。 (5)PorpOrina

一J'ai un non1 6tranger,difficile a prononcer,r6pondit Consuclo。 (…。)je partage donc d6sorrlllais,avec le grand chanteur Huber(dit le POrporino),1'hOnneur de lllle nollllllrler

la Porporina;(… 。)(I,p.182) ル ドル シュタ ッ ト伯爵家 に、 あ る招 かれ ざる客がや つて来 た こ とに よつて、 コ ンスエ ロはボヘ ミア を離れ るこ とにな る。 その客 とい うのが、 ヴェネ ツィアで コンスエ ロを裏切 つた、昔の恋人ア ンゾレッ トである。彼女 はア ンゾレッ トか ら逃れ るかの よ うに、ポル ポ ラの居 る ウィー ンを 目指 して出発す る。その際、 身 の安全 を守 るた めに、旅 芸人 の少年 に扮 した コンスエ ロは、男装 した 自分 に 相応 しい名 前 を付 けよ うと、 自分 に こ う言い聞かせ る。 (6)BertOni

一一 La prclllliёre abr6viation v6nitienne venuc,Nello,Maso,Renzo,Zoto.¨ Oh!non pas

celui-1),s'6cria―t―elle aprёs avoir laiss6 6chapper par habitude la contraction enfantine

du nonl d'Anzoleto。 (...)BertOnio Ce sera un nom italien quelconque,ct une espё ce de diminutif du nom d'Albert。 (II,p.125)

こ うして、 コンスエ ロはア ンゾ レッ トの愛称 「ゾ ッ ト」 と名乗 るこ とを完全 に 否 定 し、アルベ ール の愛称 「ベル トニ」 と呼ばれ ることを望む。 この旅 で、 コ

(7)

18

ジヨルジュ・サンドの『コンスエロ」、『ルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割 ンスエ ロは昔 の恋人 に対す る未練 を断 つて、アルベールヘ の愛情 に傾 き始 め る ので あ る。 しか し、新天地 を求 め、ベル リンヘ と再び旅 を始 めた途 中で、 コン スエ ロは、アルベ ール伯爵が瀕死 の状態 にあ るこ とを知 る。彼女 は急遠 ボヘ ミ ア に引 き返 して、そ こでアルベ ール と結婚す るが、彼 は結婚 の誓 い を交わ した 直後 に死んで しま う。 元 々、 この身分違 いの結婚 に反対 していたアルベ ール の 叔母 は、コンスエ ロに向かつて、「ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人 ともあろ う人が、 また旅 芸人 にな るなんて!」 とい つて、

`オ

ペ ラ歌手'と い う職 業への軽蔑 を 露 にす る。

(7)la corrltesse de Rudolstadt

(...)一―Je n'oublierai jamais,Madame,quc je suis la veuve du noble Albe■,ct ma

conduite sera digne de l'6poux qucj'ai perdu.

― Et cependantla colmtesse de Rudolstadt va rerrlonter sur les tr6teaux!(II,p.539)

けれ ども結局、コンスエロは再びプ リマ ドンナ となることを決意す る。そのせ い もあつてか、正編である『 コンスエ ロ』で 「ル ドルシュタッ ト伯爵夫人」 と い う、 ヒロインの新 しい呼称が登場す るのは、

3回

だけである。登場回数がこ のよ うに稀であるがために、 「ル ドルシュタッ ト伯爵夫人」 とい う呼称は、卑 しい生まれの ヒロインが、ここで「イ白爵夫人」とい う高い身分に就いたことを、 読み手に強 く印象付 けている。 さらに、正編『 コンスエ ロ』の結末は、次のよ うになつている。

(8)la comtesse de Rudolstadt

Une denli― heure aprёs, Consuelo, dont le coeur s'6tait bris6 en quittant ces nobles

vicillards,franchit avec le〕 Porpora la herse du chateau des G6ants,sans se rappeler quc

ce manoir forrrlidable,oこ tant de foss6s et de grilles enfermaient tant de richesses et de souffrances,6tait devenu la propri6t6 de la comtesse de Rudolstadt。 (II,p.546)

この よ うに、正編『 コンスエ ロ』は、 ヒロイ ンがかな りの財産を相続 し、 「ル ドルシュタッ ト伯爵夫人」になつたことを強調 して、終わつている。

(8)

ま とめ る と、 コンスエ ロには、物語 の核 とな る 「コンスエ ロ」 とい う名 前以 外 に、次 の

4つ

の呼称 が存在す るので ある。 (ヨー ロッパ各地 を舞 台 とす るこ の作 品では、登場人物 の名前 が様 々な言語 か ら成 ってい るので、以下、 「ツィ ンガ レラ」 と、実在す る有名 な人物 の名前 は原音表記 とし、その他 の人物 につ いては煩雑 さを避 けるため、基本的にフランス語読み にす る。) (1)ツ ィンガ レラ (Zingarella)(`生まれ

'を

表す呼称) (2)ポ ル ポ リーナ (PorpOrina)(オ ペ ラ歌手 としての芸名) (3)ベ ル トニ (Bc■Oni)(旅 の中で男装 した時の仮 の名)

(4)ル ドル シュタ ッ トイ白爵夫人 (la cOmtesse de Rudolstadt)(身 分 を表す呼称)

これ らの呼称 は、い わ ば、 コンスエ ロの属性 を示す もので あ る。 コンスエ ロは、 ヴェネ ツ ィアか らボヘ ミアヘ 、 そ して ウィー ンか らベ ル リンヘ と、18 世紀 中頃の ヨー ロ ッパ各地 を転 々 と してい く。 そ うした 中で、 ヒロイ ンが置 か れ る立場や環境 は 当然変化 し、そ の変化 が、同時 に呼称 の複数性 と重 な りあっ てい るのである。彼女 が、一つの場所 、そ して一つの名前 に留ま ることはない。 旅 と共 に、 この絶 えず移 り変 わ る呼称 、つ ま り属性 は、固定化 され ない コンス エ ロの 「在 り方 (生き方)」 を示 してい る。それ は、今 の 自分 を脱皮 しなが ら、 常 に、在 るべ き 自己を追及 してい く姿である とい えよ う。 呼称 の変遷 は、一つ に、 自己規定の変遷 を意味す るのである。

2.身

分 を壊す者 それ では、アルベール の場合 は ど う ル・ ぶデ ィラガラ (Albert Podiebrad)」 な呼称 が与 え られ てい る。 か。 アルベール にも同 じく、 「アルベー とい う本 来 の名 前 とは別 に、以 下 の よ う まず (0)番 として、アルベール の前世である、ジャン・ジシュカ (Jean ZiSka) が挙 げ られ る。 ジ ャン・ ジシュカ とは、

1420年

に、皇帝 と教 皇 が差 し向 けた 十字軍 か らプ ラハ を守 つた、急進 フス派で あ るター ボル派 の長 で、歴 史上実在 した人物 で ある。 アルベール は、 自分 をジシュカの生まれ変 わ りだ と信 じてい

(9)

20

ジヨルジュ・サンドのFコンスエロ」、『ルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割 るのだが、彼 とジシュカ とが別 人 で あ るのは明 らで あるた め、 ここでは、次 の 呼称 のみ を、問題 とす る。 (1)ア ルベール 0ド ・ ル ドル シ ュタ ッ ト(Albert de Rudolstadt)、 またはアルベ ール伯爵 (b comte Albe■

)(身

分 を表す呼称) (2)ト リス メ ジス ト(TriSm6giste)(ベル リンの官廷 に仕 え る `魔術 師'と して の職業名) (3)仮 面 をつ けた騎 士 (le cheValier)(逃亡中の仮 の名) (4)リ ヴェラニ (Liverani)(秘 密結社「見えぎる者たち」の会員名) ②『ル ドルシュタット伯爵夫人』における、アルベールの呼称の登場回数 Berlin Spandaw―la fuite dans le chateau pltoresque Epiloguc Lcttre de Philon total *le comte Albert /Albert de Rudolstadt d=11 d=1 c=2d=12 c=2 c=2d=1

*Trism6giste c=2d=18 a=lc=3d=4 C=1 a=lb=1

c=28 *le chevalier b=lc=13 d=24 c=7d=4 *Liverani a=3b=6c=39 d=16 c=3d=2 b=1 注:(a)自 ら名前を否定す る場合、(b)他 人か ら直接呼ばれ る場合、(c)語 りにおいて、 (d)他 人が間接的に指す場合 この表 か ら窺 える とお り、アルベール の呼称 は、 コンスエ ロの場合 と同様 、物 語 の局面 と完全 に対応 して描 かれ てい る。 つ ま り、 これ らの呼称 もまた 、アル ベールの属性 を示すのである。 ただ、アルベ ール は、『 コンスエ ロ』 の結末 で、既 に死 んだはず であ る。 そ れ で も読者 は、作者 サ ン ドが繰 り出す様 々な暗示 を通 して、徐 々にアルベ ール の蘇 生 を期待す るよ うにな るが、 「 トリスメジス ト」、 「シュバ リエ」、 「リヴ ェラニ」がキ旨す相 手 が全て同一人物 で、 しか もそれ はアルベ ール である とい う 確 証 を、読み手 はなかなか得 る こ とは出来 ない。 そんな一種 の ミステ リー は、 物語 の結末 に近づ くまで続 く。 一体 なぜ 、アルベ ールの名 前 は次 々 と変 わ つて

(10)

い つたのか。 その理 由の一つ に、彼 が仮死状態か ら蘇 ったあ と、爵位 も財産 も 全 て放棄 し、 「アルベ ール・ ド・ル ドル シュタ ッ ト」 として、再び生きること を拒 んだ こ とが挙 げ られ る。 かつて彼 は、従妹 のアメ リー に、次 の よ うに言 つ ていたのである。

(9)SaChez donc,AIn61ie,que notre arriё re―grand―pёre Wratislaw n'avait pas plus de

quatre ans lorsque sa mё re Ulrique de Rudolstadt crut devoir lui infliger la f16trissure de quitter son v6ritable nonl,le noΠ l de ses pёres,qui 6tait Podiebrad,pour lui donner ce nonl saxon que vous et mol portons auJourd'hul,vous sans en rouglr,ct rnoi sans

m'en glorifier。 (I,p.205)

つ ま り、アルベ ール の 「ル ドル シュタ ッ ト」 とい う高貴な家名 は、彼 の祖 国 ボヘ ミアが、大 国オー ス トリアに よって支配 され てい る とい う事実 の、シンボ ル で しかなかった とい える。仮死状態か ら、いわば新 しい生 を受 けたアルベー ル は、 これ を機 に、屈辱的な呼称 か ら解放 され よ うと、 自ら社会的地位 を捨て 去 ったのであ る。田中克彦 は『名前 と人間』の中で次のよ うに云つている。「人 は、生 きてい る間のほ とん どの時間 を、名 前 と共 に生 き、苦 しみ、争って きた と言 え るのであ る。)」 ―― この言葉 は、アルベ ール の生 き様 に 当てはま る。彼 はま さしく、 `自分の名前 と闘 う

'人

間の、典型 であった とい えよ う。

3.`道

'の

発見 コンスエ ロ とアルベ ール の身分 の移 り変 わ りは、図 に してみ る と以 下の よ うにな る

(こ

の 図にお いて、 ツ ィンガ レラ とベル トニや 、 シュバ リエ と リヴ ェラニな ど、呼称 が示す社会的な地位 の位置 関係 には、多少曖味 さが残 るのだ が、 ここでは あえて、呼称 の時間的 な流れ を優先 して表 してい る。

)伯

爵 家 の 一人息子 と、 ジプ シー少女、

2人

の出発点 は上 下で対 を成 していて、彼 らの変 遷 は、ま るで、合 わせ鏡 のよ うになってい る。(図1参照) 長 い旅 と試練 の果 てに、恋人たちが辿 り着 く先 は、 「フィロンの手紙 (Lettre

(11)

22

ジヨルジュ・サンドのFコンスエロ』、Fルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割 de Philon)」 とい う、物語 の最後 に挿入 され た書簡 で明 らかに され る。 (図1) 《CONSUELO》 la corrltesse de Rudolstadt LA COMTESSE DE RUDOLSTADT》 貴 族 Albert de Rudolstadt Porponna Bertonl Zingarella T五 srn6giste le chevalier Liveranl 民衆 下の 引用(10)にお け る

nOusは

、 「フ イロンの手紙 」 の語 り手 で あ るフ ィ ン と、彼 の連れ の青年 スパル タクスを指 してい る。彼 らはボヘ ミアの地 で、 る不思議 な女性 とその一家 を、 日撃す るのである。

(10)(.…)nOuS Vttlnes arriver une femme deVant laquelle les paysans ouvrirent avec respect leur phalange h6riss6e d'armes rustiqucs.Nous les entendflrles mumurer:]La

Zingara!la Zingara de consolation!(III,p.544)

「ツ ィンガ ラ」 とは、紛れ も無 く、 ヒロイ ン、 コンスエ ロを指す。 かつて 「ツ ィンガ レラ」であつた コンスエ ロは、最終的 に、「ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人」 とい う身分 も、 「ポル ポ リーナ」 とい う名 声 も放棄 して、「ツ ィンガラ」 にな るの で あ る。 「ツ インガ ラ」 とは 、 ジプ シー少 女 (petite boh6miennc)を 表 す 「ツィンガ レラ」に対 し、大人のジプシー女性 (boh6miennc)を 示す。 引用 (10)の Zingara de Consolationと 、引用 (1)で 挙 げた 「コンスエ ロ」の 名前 の由来 とな つてい る守護 聖女 Ma五a del Consueloは 、パ ラ レル な関係 にな ってい る。 これ は文字通 り、 コンスエ ロが民衆 に とつての `癒し'とな った こ とを意 味す る。 そ もそ もスペ イ ン語 の名前 で あ る「コンスエ ロ」は、フランス

口   あ

(12)

語 で consolation、 即 ち癒 しの こ とで あ る。 「コンスエ ロ」 とい う名 前 の意 味 に

ついては、次のアルベール の言葉 か らも、確認す ることが出来 る。

(11)《O COnsuelo,Consuelo!te voila donc enfin trouv6e!(.… )

一一 Je t'appelle consolatiOn, reprit Albert tottours en espagnol, parce qu'une

consolation a 6t6 pronlise a lna vie d6so16e,ct parce quc tu es la consolation quc E)ieu accorde enfin a mes jours solitaires et funestes。 (I,p.243)

さ らに ヒロイ ンの名 前 に焦 点 を 当て る と、父親 が誰 だか分 か らない 「コン スエ ロ」には、姓 (nOm de famille)とい うものがない。言い替 えるな らば、元々 ヒロイ ンには、

`癒

し'と い う抽象概念 に基づ く名前 しかないのである。ただ、 ポル ポ ラに歌唱力 を見込 まれ て、 ジプ シー生活 か ら、徐 々に上流 階級 に足 を踏 み入れ るよ うになつてか らは、彼 女 の境遇 と共 に、呼称 の性 質 も変 わる。 コン スエ ロは、養父 となった大作 曲家ポル ポ ラの名前 をもらって、「ポル ポ リーナ」 と名乗 つた り、夫 アルベール と結婚 してか らは、「ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人」 に もな る し、 さ らに旅 の中で男装 した折 には、アルベール の名 前 を とつて 「ベ ル トニ」、と名乗 つて もい る。これ らの呼称 はいずれ も、一種 のあだ名 (sumOm) だ とい えるが、 あだ名 については、イ ギ リス出身 の人類学者 ピッ ト・ リヴァー ズが、 「あ らゆる名付 けは権力行為 であつて、特 にあだ名 は、洗礼名や姓以上 に、名 付 けるこ とに潜 む権力性 を、明 白な形 で浮 かび上が らせ る②」 と言 つて い るよ うに、 コンスエ ロのあだ名 もまた、彼 女 が置 かれ る世界 が広 がれ ば広 が るほ ど、男性 の名 前 、即 ち男性 的権力 に依存 した形 にな るのであ る。周知 の通 り、サ ン ド自身 も、女性 が男性 なみ に活躍す る場 のなかった 当時 にあつて、 自 分 が男性作家 に思 われ るよ うに、恋人 ジュール・ サ ン ドー の名 前 を とつて ジ ョ ル ジュ・サ ン ド、 とい う男性 のペ ンネームに したわ けだか ら、名 前 が帯び る特 有 の差別性 といった ものを、彼 女が強 く意識 していたのは確 かだ とい えよ う。 コンスエ ロに話 を戻す と、オペ ラ女優 として生 きてい くこ とを勧 め る養 父 ポル ポ ラが、必然 的 に コンスエ ロが伯爵夫人 とな ることを意味す るアルベ ール

(13)

24

ジヨルジュ・サンドのFコ ンスエロ』、llレドルシュタット伯爵夫人Jに おける名前の役割 との結婚 に、賛成す るはず がな く、 「ポル ポ リーナ」 とい う属性 と、 「ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人」 とい う属性 は、 コンスエ ロの 中で しば しば対立す る。 け れ ども、 自己規 定 の変遷 の果 て に、夫 アルベ ール と共 に放浪 の音楽家 となつて 生 きてい くこ とを決 めた コンスエ ロは、オペ ラ界 で名 の知れ たポル ポ ラの影響 下 にあ る 「ポル ポ リーナ」 で も、夫 アルベ ール の家名 で あ る 「ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人」で もな く、ただ 「ツインガラ」 となる。名前 とい うのは、ふつ う、 人物 の生まれ た場所や 血統 を示す ものだが、 ジプ シー女 を意 味す る 「ツ ィンガ ラ」 とい う呼称 は、その どち らも示す ことはない し、ま してや父親や夫 の保護 下 に在 るこ とを仄 めかす こ ともない。 これ は、 コンスエ ロが最 終的 に得 た、女 性 として、芸術家 としての 自由を示す のではないだ ろ うか。 一方 、物語 の最後 に来て、アルベールは 自ら、次のよ うに名乗 る。

(12)一 ―Ni L市 erani,ni Trism6giste,ni meme Jean Ziska,(..。)MOn nOm est homme ct

je ne suis rien de plus que les autres hommes。 (IH,p.547)

この よ うにアルベ ール は、 これ までの固有名詞 を全 て否 定 し、 コンスエ ロの 「ツ ィンガ ラ」 と同様 、 「人間 (homme)」 とい う、個 人 を特 定す る こ とのな い普通名詞 で呼ばれ る ことを望む。 これ は恐 らく、一種 の社会的 自由 と、 ロマ ン派 が 目指 した 自己の解放 を も意 味す るのではないか。 テ リー・ イー グル トン の言葉 を借 りれ ば、人 間同士の差異 を解放す るこ とは、我 々 (ここではアルベ ール

)が

真 の個別性 を発 見 し、それ を創 造す る作業 に欠 かせ ない ものだったの であ る(3)。 おわ りに サ ン ドは、 コンスエ ロを 「ツ ィンガ ラ (Zingara)」 に還 元 し、 かつ て貴族 で あ った アルベ ール をただ の 「人 間 (homme)」 と した。

2人

が `放浪 の音 楽家' とな ることに よつて初 めて、それ ぞれ異 な る次元 にあつた彼 らの呼称 (属性) は、同次元 に収 ま るのであ る。 コンスエ ロは、 フ ィロンの手紙 の 中で、夫 アル

(14)

ベ ール と共 に見出 した `放浪 の音楽家'と しての生 き方 を、次 の よ うに誇 ら し げに語 る。

(13)(.…)Nous autres,nous n'avons pas besoin de l'argent du riche,nous ne inendions paS;(.… )En attendant,Dicu nous permet,a mon 6poux eta moi,de pratiquer cette vic d'6change, ct d'cntrer ainsi dans l'id6alo Nous apportons l'art et l'enthousiasme aux

ames susceptibles de sentir l'un et d'aspirer a l'autre。 (…。)]Enfin nous avons r6alis6 1a vie d'artiste conllne nous l'cntendions;(… 。)(III,p.538)

コンスエ ロとアルベール が、なぜ 、 このよ うな `ジプシー'と い う生 き方 を選 んだのか。 その答 えは、1844年

3月

、サ ン ドが、アル フォ ンス・ フル ー リー に宛 てた手紙 か らも、 うかが うこ とが出来 る。 以下の手紙 にお ける 「ズデ ンコ

(ZdenkO)」 は、『 ル ドル シュタ ッ ト伯爵夫人』 の登場人物 で、 コンスエ ロ とア

ルベール の息子の ことである。

(。¨)Je suis la fille dlun patricien et diune boh6】 mienne,comⅡle le jeune Zdenko de mon

romano Je serai avec llcsclavc ct avec la boh6mienne, ct non avec les rois et leurs

suppOts.(4) 実 際 、サ ン ドが、労働 者 主体 の社 会 の実現 を 目指 して、二月革命 に参加 し た こ とは有名 だが、 この頃のサ ン ドは特 に、ルル ー と同 じく、民衆 こそが神 の 意志 の神聖 な受託者 であって、世界 の未来 は、民衆 の中にある と考 えていた。し 紆 余 曲折 の末 に、 ヒロイ ン とヒー ロー は共 に民衆 の側 に立 ち、彼 らに音楽 と福 音 を広 めてい く。 その姿 こそが、常に民衆 と共 に在 ろ うとした、サ ン ドの 思想 の反映なのである。 使 用 テキス ト George SAND,Cοれs夕θ′θ,Lα Cθ

“たssιグιRングθお′αグ′,toI,t.Ⅱ,t.ⅡI,Classiques Garllier,1959. (引用 に付 したペ ー ジ数 は このテ キス トに よる。)

(15)

26

ジヨルジュ・サンドの『コンスエロ』、『ルドルシュタット伯爵夫人』における名前の役割

(2)JOA・ ピッ ト・ リバー ズ、『 シエ ラの人び と:スペイン・ アンダル シア民俗誌』、

野村雅一訳、弘文堂、1980年 、pp.189-197.

(3)テ リー・イー グル トン、『 ポス トモ ダニズムの幻想』、大月書店、1998年、

pp.164-165.

(4)George SAND,Cοr″,θηごα′εθ,t.VI,Classiques Garnier,1969,p.487.

(5)ミシ ェル・ ペ ロー『 サ ン ドー 政治 と論争』、持 田明子 訳 、藤 原 書店 、2000年、 pp.27-28.

参考 文献

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10号

、神戸大 学国際文化学部、1998、 pp.43-59 坂本千代 「ジ ョル ジュ・サ ン ド作『 コンスエ ロ』論考アルベール=ジ シュカ= サ タンについて」『 国際文化学研究』19号 、神戸大学国際文化学部、2003 薩摩秀登『 プラハの異端者たち一 中世チェコのフス派にみる宗教改革』、現代 書館、1998 出口穎『名前のアルケオロジー』、紀伊國屋書店、1995 ドゥコー、アラン『 フランス女性の歴史

4-日

覚める女たち』、山方達雄訳、 大修館書店、1981 日本ジ ョルジュ・サン ド研究会『 ジョルジュ・サン ドの世界』、第二書房、2003 (博士課 程 後期 課 程)

参照

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