産 業 理 工 学 部 は、 エ ネ ル ギ ー 革 命 が 叫 ば れ 石 炭 産 業 の 炭 都 で あ っ た 飯 塚 市 か ら、 新 た な 地 方 都 市 へ の 脱 皮 を 模 索 し て い た 飯 塚 市 な ら び に 地 元 有 志 に よ っ て、 教 育 に よ る 地 域 再 生 策 の ひ と つ と し て、 熱 烈 な 誘 致 活 動 を 受 け、 昭 和 四 十 一 年 三 月 十 八 日 に、 当 時 の 文 部 省 よ り 工 業 化 学 科、 建 築 学 科、 電 気 工 学 科 の 三 学 科 体 制 で 許 可 が 下 り 近 畿 大 学第二工学部として一歩を踏み出しました。 そ の 後、 大 学 院 の 設 置 や 学 部 改 革 を 経 て、 現 在 で は 産 業 理 工 学 部 と し て 生 物 環 境 科 学 科、 電 気 電 子 工 学 科、 建 築・ デ ザ イ ン 学 科、 情 報 学 科、 経 営 ビ ジ ネ ス 学 科 の 五 学 科、 さ ら に は、 大 学 院 産 業 理 工学専攻を有しています。 近 畿 大 学 は 建 学 の 精 神 で あ る「 未 来 志 向 の 実 学 教育と人格の陶冶」と教育理念「人に愛される、信頼される人、尊敬される人」という 不動の理念を持っており、本学部は「自然・技術・人文・社会が調和する文理協働の発 想を持った教養有る社会人を育成する」ことを教育の目標として今日に到っており、本 年は創立五十年の年にあたり五十周年を記念する式典を平成二十八年六月四日に開催さ れました。 近畿大学五〇周年記念式典 平成二十八年には、九州地区における地震災害としては未曾有の災害である熊本・大 分地震が発生し、 本学部の学友ならびに学友の家族も少なからず被災しました。 そこで、 五〇周年記念式典を開催するにあたり今回の災害で亡くなった方々の御冥福を祈って黙 祷を行ないました。 式典会場には、近畿大学関係者、産業理工学部の在学生・OBはもとより、周辺自治 体からも多数の来席者を迎え、会場として設けられた体育館には六百人を超える人で埋 め尽くされました。式典の開会に際しては、産業理工学部とともに歩んできた九州短期 大学の久世安俊先生による国歌独唱により荘厳に幕が開かれました。 産業理工学部長の荒川剛先生が、第二工学部の時代から昭和六十年には九州工学部と 学部名称を変更し、昭和六十二年には三学科体制から五学科体制へと拡充。平成四年に は大学院の設置を経て大学教育の充実がはかられていった経緯を説明され、平成十六年 に は 理 工 系 学 部 に 中 に 文 系 の 学 科 を 設 け た い わ ゆ る 文 理 融 合 型 の 学 部「 産 業 理 工 学 部 」 への改組を実施し、平成十九年に分子工学研究所の開設と、時代を先取りした変遷を経 て今日に至った経緯を述べられました。 産業理工学部とともに設置された九州短期大学の林幸治先生からは、かねてより女子 教育の重要性を強く感じられていた世耕弘一初代総長が、飯塚市の申し入れを快く承諾 し昭和四十一年、大学と同時に「女子短期大学」を設置した創設の経過を説明され、そ の後、家政科と保育科の二学科、さらには付属幼稚園からなる教育機関を設置し「学び たいものに学ばせたい」という教育理念を実践され、短期大学には通信教育部保育科を 設置し、教養と実践的な専門能力をもつ人材育成を進めてきたという、発展過程を話さ れました。 近畿大学塩崎学長からは、産業理工学部の主要行事に毎年かかさず出席していただい ている印象の中から、入学生や卒業生の顔を思い出されながら、産業理工学部の学生の 持 つ は つ ら つ さ、 新 し い も の に 向 か う ま た は 挑 戦 し て い こ う と す る 気 概 を 読 み 取 ら れ、 同時に出席された同窓生OBの方々の各方面での活躍に対して、産業理工学部の存在感 を感じられたという印象を語られ、地域とともに産業理工学部が進んできた五十年の歴 史と時間によって、新しい活動やプロジェクトが立ち上がり始めたことを評価され「開 かれた大学」を実践しているという印象を持たれたことを話されました。 また、産業理工学部は五十年の歴史と伝統の中で産業理工学部らしさを加えて近畿大 学の教育理念である「人に愛される人、信頼される人、尊敬される人」に沿った人作り を達成すべく実績を積まれることを期待されました。 来賓の麻生太郎大臣から、産業理工学部開設当時のことを思い起こされ、大阪の近畿 大学がおかれた昭和四〇年代の状況について、関西圏の大学では後発にあたる近畿大学 が や っ と そ の 知 名 度 を 広 げ た ば か り の 時 代 で あ り ま し た が、 当 時 の 世 耕 弘 一 理 事 長 が、 地方に新たな教育の芽を育てることに率先して取り組まれたことを述べられ、すでに広 島の呉に工学部を設置され、引き続いて設置された飯塚のキャンパスは、まだ炭都の風 景、いわばぼた山の残る地域でありましたが、大学教育に対して崇高な理念を持ち迅速 に教育を推進してく近畿大学の姿が当時の飯塚や筑豊地域を活性化させたことであろう と、往事の風景を思い出されておられました。 校友会の世耕弘成名誉会長は、十四学部へと躍進する近畿大学の一学部として、産業 理 工 学 部( 旧、 近 畿 大 学 第 二 工 学 部 ) が 飯 塚 の 地 元 か ら う け た 熱 烈 な 歓 迎 に 引 き 続 き、 五十年を経た現在では、福岡・九州という好立地を生かし、海外、中でも、近隣諸外国 の台湾や韓国のみならずベトナム等東アジアの諸国とともに教育研究の面でも活発に交
[特集]創立50周年記念事業報告
記念式典・講演会
建築・デザイン学科井原 徹
(学生部長補佐) (19) 近畿大学産業理工学部かやのもり 25(2016) 五流 し、 グ ロ ー バ ル 化 を 先 取 り し 推 進 し て い る 状 況 に 触 れ、 飯 塚 で 育 て て き た「 敬・ 愛・ 信」を実践する近畿大学から世界に通じる人材育成を目指し、さらなる発展を期待され ると述べられました。そして、地域には多くの卒業生OBさらには次世代の近畿大学の 人材が今後ともに広がることを祈念されました。 福岡県知事の小川洋知事は、福岡県の地理的中心に位置する筑豊地域にたいして福岡 県の各種産業の一翼を担う重要な地域であるという位置づけを説明され、昭和の重工業 全盛の時代にあってはエネルギーの供給基地として、経済成長の頃には労働資源さらに は農業資源の場として、福岡県をささえる中核的地域として福岡県を担ってきた場所で あることをのべられました。また、福岡市さらには周辺地域と密接な地域連携を構成す る中心都市、飯塚に半世紀にわたって多くの人材育成の拠点としてある近畿大学産業理 工学部は筑豊の教育の中核の役割を五十年間リードしてきたことは福岡県にとってきわ めて重要であったと述べられ、産業理工学部の存在意義を高く評価され今後に期待され るとまとめられた。 式典会場には産業理工学部の五〇周年への祝電披露が多くの方々からいただき、壁面 をうめていました。 式典の終わりは、近畿大学学生の「校歌」となりました。 産業理工学部では,入学後間のない新入生を対象に、お昼休み時間などを使って、先 輩から後輩へ校歌の指導が行われていました。昼食時には校歌が流れるまでの広がりを みせ、 学部学科を超えた共通の近畿大学 「近大生」 意識の高揚が得られています。また、 校歌の伴奏は吹奏楽部の演奏によりいっそうの高揚感を体育館全体に響き、式典がもり あがり卒業生や先輩OBと心をひとつとすることができました。 記念講演会 式典に引き続き、福岡県知事を歴任され、飯塚市とも関係が深い、麻生渡氏の記念講 演会を同会場で開催いたしました。 福 岡 県 の な か で、 地 理 的 に も 中 央 に あ る 飯 塚 市 が 担 っ て き た 今 日 の 歴 史 の な か か ら、 エネルギー産業の立地、さらには変革期には、産業構造の変革をめざし近畿大学産業理 工学部と九州短期大学の設置をスタートとすることで、教育と産業の融合した都市を目 指す方向へと舵を切ることで、引き続き教育分野の充実が進められ、九州工業大学情報 学部の設置までに至ったことが、これによって福岡県が筑豊の地に多くの大学を設け現 在の福岡県中央の中核地域を形成していった経過についてふれられました。 福岡県の中でも飯塚と博多との関係に触れられ、地理的にはひとつの峠を越えて連担 する両地域は産業構造的にも重要な関係があり、旧来のエネルギーのみならず今日では 教育も含め新たな地域産業の芽生えや自然環境への融合によって新らしい関係を形成し 始めていることを説明されました。 こ の よ う に な 地 域 産 業 が 発 達 す る た め の 条 件 と し て、 新 た な 取 り 組 み に 絶 え 間 な く チ ャ レ ン ジ す る 努 力 は、 エ ネ ル ギ ー 危 機 さ ら に は 変 革 期 と い わ れ た 昭 和 の 時 代 に お い て、 近 畿 大 学 の 蒔 い た 教 育 の 種 が ひ と つ の 機 会 を 与 え た こ と の 意 味 は 大 き な も の が あ り、産業の開拓には、単に技術のみならず、これを包括する構想と支える人材の育成が 絶え間なくおこなわれることが必要であると話されました。そして、地域経済を発展さ せる大きな力として産業理工学部の果たすべき方向性と、学生諸氏の新しいビジョンを 胸に邁進することを念じ、産業理工学部へのメッセージとして語られ、講演会を終了い たしました。 記念式典での校歌斉唱 六 【特集】「産業理工学部創立50周年記念事業」報告 (20)
麻生太郎副総理の来賓祝辞 麻生渡氏(元福岡県知事)による記念講演 世耕弘成近畿大学校友会名誉会長の来賓祝辞 小川洋福岡県知事の来賓祝辞 近畿大学産業理工学部学術文化会吹奏楽部 記念講演に聞き入る学生たち 近畿大学産業理工学部かやのもり 25(2016) 七 (21)