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別室指導の機能に関する一考察 : 教師の「別室指導=脱学校化」観を問う

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†教育学研究科学教育専修 学校教育専攻 指導教員:紅林伸幸 原 著 論 文

別室指導の機能に関する一考察

―― 教師の「別室指導 = 脱学校化」観を問う ――

恵 実 子

A Study on the Function of Another Room Education

― Deschooling or Reschooling ―

Emiko NAKAGAWA

Abstract

The neoliberal educational reforms that have permeated this century seem to have finally reached their limits. In order to cope with the introduction of market principles and the current problems of school education, schools have worked in cooperation with out of school experts such as school counselors. Concerning school non-attendance in particular it has been seen that schools have been dealing more carefully with each student one by one than ever before as a full-time teacher is stationed in another room.

In this way school has continued to educate with helpful assistance from out of school experts by accepting and thoroughly conforming to individual needs and adapting itself to parentsʼ view of capitalism as a consumer. However Daijiro Hida emphasizes that this situation shows that the infiltration of privatization will promote a panopticon of deschooling and worries about an obvious decline in the previously self-evident idea of compulsory school attendance.

Therefore this paper will examine the clues to school restructuring by probing into the problems that schools are likely to face with the inevitability of fundamental questions about the fundamental value and significance of their role itself in the face of non-attendance and another room.

キーワード:脱学校化,不登校,別室指導,適応指導教室,教育相談 1.は じ め に これまで,不登校や校内暴力等の学校病理は, 教育の病理現象として,社会問題化する中,学 校にさまざまな変容をもたらしてきた。 例えば,これらの問題に対して,学校は,ス クールカウンセラーや関係機関等,学校「外」 の専門性との連携をすすめてきた。なかでも不 登校1)に関しては,校外適応指導教室2),及び 校内適応指導教室 (以下,別室) の設置,別室 指導3)の加配教員4)の配置など,よりきめ細や かな個別対応がみられる。実際,不登校支援と 第 14 号,pp. 1-12,2011 滋賀大学大学院教育学研究科論文集 1

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して学校内に設置された校内適応指導教室 (い わゆる別室,図 1 参照) は,2000 年以降,中 学校現場で一気に拡大した (保坂 2000)。 このような学校の対応には,学校が内外から 矢継ぎ早に迫られてきた変革の流れが根底にあ る。今世紀に入って浸透してきた新自由主義的 な政策方針と教育改革は,現在,一段落したか にみえるが,学校評価制度や学校選択制をはじ めとする学校への市場原理の導入と,徹底した 個のニーズへの対応にみられるような教育の私 事化がすすみ,さらには,このような社会の要 請を補完すべく,学校内外において機能分化が すすめられてきた。 別室と別室加配教員の登場に象徴される個の ニーズに応じた支援の進行は,こうした学校教 育の変化の中で展開した一施策であり,また公 教育に関する次の二つの問題に抵触する点で, 象徴的であるといわざるを得ない。 まず,第一に,広田にみられるような「消費 者資本主義的な学校利用観 (広田 2009,p118) の問題視」である。「教育の私事化」に関わる この問題は,不登校を巡って喧しい。別室指導 における保護者のニーズ対応や,そのあいまい な教育的理念にも見ることができる。その意味 で,広田の次の言葉は象徴的な響きを持つ。広 田は言う。「学校に行く意義が以前にもまして わからなくなる。『キミが望むものを提供しま すよ』といわれたら」(広田 2009)」と。 第二に,樋田にみられるような「脱学校化の 懸念」である。例えば樋田は,「多様化と個性 化の浸透」によって「適応カテゴリーになった 不登校」が「パノプティコン (一望監視システ ム) の脱学校化・社会的拡大」(以下,脱学校 化) を進行させるとし,登校自明視の低下を危 惧している (樋田 2001)。このような「脱学 校の懸念」と「登校自明性の低下」に関する問 題は,不登校の対応において顕著である。なか でも,別室にまつわっては,別室指導への依存 傾向と,正規教諭による専任化にみられるよう な学校システムからの逸脱に対する寛容に,こ の問題を見ることができよう。 学校は,不登校に直面すると,その対応とし て,社会の教育の私事化に適応すべく,いっそ う個のニーズに応じた細やかな支援という大義 名分のもと,学校「外」の関係機関と連携を図 り,教室「外」での教育に依存,すなわち,学 校システムの破たんに向き合わざるを得なくな る。その度に学校は,存在意義の根本的な問い 直しと,自らの存在否定に追い込まれかねない。 すなわち,広田や樋田の指摘にあるように,教 育の個別化・個性化・私事化が学校教育の自明 性を損なうものであるとするならば,別室はま さに現在の我が国の学校教育システムを破壊す る力を潜在させているとも考えることが出来る のである。それは同時に,別室指導の意味を問 うことは,学校の再構築のてがかりを秘めてい るということでもあろう。 本研究がこのような別室指導の意味を問い直 すのには,筆者のもう一つの問題意識にも関 わっている。 学校が,自分と同じように悩む仲間がいる教 室でこそ可能な教育の力に待つことは,もはや 無意味であり,「別室を必要としない学校づく り」は期待されないのか,別室指導を行うこと で脱教室化を見える形にしてでも,学校登校の 自明性を否定するようなものを内に抱えられる という学校の包容力を示す,つまり,内にある 限り,即学校的なものとして包括することにな るのならば,そこに教育的な意義づけはあるの か,という問いである。別室に象徴されるよう な個別対応を「サービス」として学校に期待す るあまり失いかねない学校の本分としての教育 力を,社会は今こそ見直す時が来ている。同時 に,学校・教師は,脱学校化・学校化にまつわ る習い性を超え,そうした問いを自ら問う専門 職たることが求められる。 図 1 別室の位置づけ

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以上のような問題意識から,本稿では,別室 の機能を明らかにすることで,樋田の言う「脱 学校化」がみられるかを明らかにすることを目 的とした。この問いを通して,その根底に流れ る近代学校の存立の問題が浮かび上がるものと 期待するからである。 別室に関する研究は,支援の実践報告が多い。 しかし,ここでは,脱学校化に関する視点にも とづき,別室のもつ意味とその機能という別の 切り口による研究を試みた。 今回取り上げたのは,滋賀県内中学校の別室 指導である。県の 2009 年度の不登校児童生徒 数は,小中合計 1,000 人あたり 12.6 人で 9 位と, 過去をみても全国平均を下回ることがなく (県 教委,2009),県は「県生きる力を育むモデル 校『別室指導による教室復帰』推進事業」を実 施し,県内小中学校に加配教員を派遣している。 また,校種別にみたとき,中学校は,全国的に 高い出現率にある (文科省,2010)。以上のこ とを鑑み,本研究では,滋賀県内の国公私立中 学校と,滋賀県内公立 A 中学校5)をとりあげ る。 参考資料として,別室担当教師と当事者対象 の調査を行った。秋葉の保健室の会話分析 (『教育の臨床エスノメソドロジー研究』) を参 考に,前者は質問紙とインタビュー,後者は実 践記録から分析した。なお,質問紙調査は,滋 賀県内国公私立中学校 (106 校) の平成 21 年 度別室担当教員を対象に,平成 22 年 1 月に実 施 (回収数 66 校 回収率 62.3%)。平成 21 年 度県生きる力を育むモデル校『別室指導による 教室復帰』推進事業指定中学校の別室指導加配 教員と平成 22 年度公立 A 中学校普通学級担任 を対象に,半構造的インタビューを行った。 2.学校の揺らぎと不登校 別室の誕生には,四つの社会的な背景や要因 がみられる。 一点目は,新自由主義・教育の私事化にみる, 学校における顧客ニーズ対応主義と,多様化個 別化された教育である。さらに,二点目は,こ れをうけての不登校における三つの変化,社会 問題化・心理主義化・社会的自立志向である。 また,三点目に挙げられるのは,これら二点に よって懸念されてきた登校自明性の低下と脱学 校化である。そして,四点目は,この脱学校化 の問題と補完し合うことになる学校内外の機能 分化の進行である。 1) 学校と新自由主義 ― 脱学校化と脱教室化 ― 脱 学 校 化 (樋 田 2001 pp243-254)・脱 教 室化にかかわって,次の点がうかびあがってき た。 つまり,社会のニーズと学校機能の乖離の問 題視から生まれた新自由主義の潮流にのった学 校改革の試みがすすんだ結果,教育目的の迷走 と学校批判を伴いながら,社会の消費者・権利 者意識としての教育権の保障上のニーズと,社 会の多様化個別化志向としての方法論的ニーズ が高まってきたことである。まさに個別対応に ほかならない別室は,これらのニーズの申し子 ともいえよう。 そこで,教育の病理現象がどのように社会問 題化,心理主義化されたかに注目し,ニートや ひきこもり等,現代の若者の社会復帰支援と同 心円上のニーズをうけた不登校の社会的自立志 向を検討のうえ,登校自明視低下の問題を考え たい。 2) 不登校と社会的自立志向 ― 学校復帰がすべてか ― (A) 社会問題化 教育の病理現象がどのように社会問題化され たかについて,不登校問題とひきこもりに注目 して追ってみた。社会問題化とともに不登校支 援において「社会的自立支援」の流れがうまれ たこと,さらに一見相反する「学校復帰支援」 との両立をなし得る鍵,いいかえれば,決して 「復帰」を志向しないわけではないというかな りの意訳でもって「社会的自立支援」の翻訳を 試みるものとして,「心理教育的援助サービス」 に代表される「教育の心理主義化」がうかびあ がる。そこで,次に「教育の心理主義化」が学 校にもたらしたものについて検討してみる。 (B) 心理主義化 社会の心理主義化のなかで,個人自ら「心の 別室指導の機能に関する一考察3

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持ちよう」を変えることを促し,それによって 適応させていく方法は,本人の主体的な選択に みえることから,学校教育にも浸透しやすく, カウンセリングや自助マニュアルをみてもしか りであった。 しかし,その一方で,以下のような心理主義 への問題視が見逃せまい。つまり,これは,さ まざまな教育現象が,もっぱら個人というミク ロな次元に起因するとされがちであることや, 問題を心の病とし個人の適応を促すアプローチ に過剰に期待する風潮には,問題を「個人化」 し,制度や風土を維持する傾向があるとする視 座である。これらをうけて,不登校問題には, 心理主義一辺倒から,次のような変容がみられ た。 (C) 社会的自立志向への転換 2000 年以降,不登校を「精神医療問題」「青 少年問題」「家族問題」「就労問題」として問題 化し,「心の問題」としてだけでなく「社会的 自立」に向けた進路の問題として捉えることが 提言された (国立教育政策研究所,2004)。「社 会的自立」志向は,不登校問題に関する調査研 究協力者会議「今後の不登校への対応の在り方 について (報告)」(平成 15 年 3 月) の趣旨を 踏まえて出された通知「不登校への対応の在り 方について」(平成 15 年 5 月 16 日付け文部科 学省初等中等教育局長通知) に端を発する。 以上のように,不登校の「社会問題化」と 「心理主義化」,さらに,それを経てうまれた不 登校問題の「社会的自立志向」への転換がみら れる。この「社会的自立志向」は,必ずしも学 校復帰をめざさなくてもよいというメッセージ と,学校内外との連携の必要性とともに,学校 にとって,既存のシステムとの矛盾をかかえる ことになり,学校自ら「登校自明性」への問い を避けてとおれずにいられなくなった。 3) 登校自明性と脱学校 ここでは,学校から学校外へ,教室から教室 外へのベクトルを容易にしたと考えられる,登 校の自明性の低下を検討する。 樋田 (2001) は,「多様化と個性化の浸透」 によって「適応カテゴリーになった不登校」が 「パノプティコン (一望監視システム) の脱学 校化・社会的拡大」(以下,脱学校化) を進行 させるとし,学校登校自明視の低下を危惧して いる (樋田大二郎,2001「⑫不登校現象からみ る学校教育の変容 ― 登校自明性の低下とパノ プティコンの拡大 ―」広田照幸監修伊藤茂樹 編『リーディングス日本の教育と社会⑧いじ め・不登校』日本図書センター pp243-254)。 たしかに,不登校支援として,学校内に設置 された校内適応指導教室 (いわゆる別室) は, 2000 年以降,中学校現場で一気に拡大した。 2003 年の「今後の不登校の対応のあり方」(文 部科学省答申) 以降,不登校は,「心の問題」 ではなく,「進路の問題」として捉えられた (国立教育政策研究所,2004) ことにより,別 室設置はもちろんのこと,加配教員の配置に見 られる人的・物的支援施策が生み出され,別室 があるのは当たり前,という状況が学校にみら れるまでに至った。学校が「別室を校内に抱え 込む」ということで,樋田の言う「登校の自明 性 低 下 (樋 田 2001 pp243-254)」は,は か らずも,さらに促進される可能性がある。 では,「学校が別室を持つこと」には,どん な意味があり,脱学校化につながるような意識 は教師にあるのだろうか。適応カテゴリーとし て,別室指導は「脱学校化」や「登校自明視の 低下」を進行させているのだろうか。学校内で も,生徒の住み分けがすすんで,いわば脱教室 化がおこり,樋田の指摘する脱学校化につなが るような意識が教師にあるのだろうか。学校が, 自分と同じように悩む仲間がいる教室でこそ可 能な教育の力に待つことは,もはや無意味であ り,「別室を必要としない学校づくり」は期待 されないのだろうか。これらの点について検討 しよう。 4) 機能分化と別室 ― 対応主体の広がりと狭まり ― 学校が別室を持つことの学校への影響は,次 の二つの変化への機運を生んだと解釈される。 第一は,関係機関との連携にみられる機能分化 と脱学校化である。なかでも,学校復帰を理念 として誕生した適応指導教室では,社会の不登 校観の心理主義化の流れの中,その役割として, 社会的自立支援が重視されるようになった。脱

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学校化に関しては,学校の教師の語りを借用す ればいわゆる「丸投げ」を,なんとか防ごうと する学校の姿がみられる。第二は,校内におけ る分掌機能分化と,脱教室化である。分掌機能 分化については,かつての保健室が,教室に入 れない子の避難所としての機能をも果たしてお り,現在の別室のルーツを垣間見ることができ る。また,チーム支援が広がり,チームの一翼 を担う SC,SSW 等の知見を活用した教育相談 的,特別支援的生徒理解及び社会福祉支援が, すすんでいる。 これらの二つの機能分化は,教職員の不登校 観を一層流動的かつ多様なものにしている。脱 教室化の性質をはらむ別室は,社会の消費者・ 権利者意識としての教育権の保障上のニーズと, 社会の多様化個別化志向としての方法論的ニー ズ,そしてニートひきこもり等,現代の若者の 社会復帰支援と同心円上のニーズが,うまく マッチした時代の産物としての側面が否めない。 3.別室の機能 1) 別室指導の実際と意味 では,不登校対応および学校内の機能分化と して誕生した別室における指導の実際は,どの ようなものか。次の三点が挙げられる。それは, 教室復帰という別室指導の大義名分の確認作業, 別室指導の守備範囲にみえる管理と排除,その 理念のゆらぎにおける復帰支援への収斂である。 教育理念の軸が,社会的自立と教室復帰の両 者で蛇行したゆらぎをみせていることは,教員 の不登校観の多様性と無関係ではない。その背 景として,予算上,同一校に継続して教員が配 置されるとは限らないことが見逃せまい。この ことは,指導の経年的継続性の保障の問題,ま た,別室登校を出席数にカウントしている現状 でありながら全県全校配置にいたらないという 公立にあっての不平等性の問題をも伴う。また, 加配の有無次第で生じる学校の支援方針・教育 理念のぶれによって,教職員の不登校観の混乱 を引き起こすことに拠る。さらには,学校選択 制の風潮の中,保護者の学校不信を招く事態も みられた。 では,このような別室指導の実際のなかで, 教師たちはどのように別室に意味づけをしてい るのだろうか。 質問紙調査とインタビューから,教師の意識 の中に,どれだけ脱学校化や脱教室化している ものが起こっているか,逆に防ごうとしている か,学校機能維持の志向がみられるかを考察し たところ,別室に教室と同じものをみようとす るなどの教室の「王道」視や,不登校に対する 教室の免責と別室の逸脱視がみられた。教師は, 脱学校化への抵抗と受容を見せながら,別室が 学校「内」にあることによって,学校システム の限界を示す辺境地において,脱学校化させな い試みが展開されているともいえる。 また,当事者の語りと実践記録からは,別室 の肯定という意味づけの作業をとおして,学校 化に加担している可能性がうかがえた。別室が なければ家にとじこもりきりだったかもしれな い生徒が,別室があることで,学校により見捨 てられることなく把握され,守られることで, 該当生徒に対する学校化がすすむ。同時に,別 室生徒による教室の本流視と本流への価値づけ を促進し,一般の教室の生徒も本流にいる生徒 として守られていることになっている。また, 図 2 に示すように,教師 (実線) と保護者 (点 線) は,互いに絡みながら,最終的には,登校 志向から復帰志向に移行する。 このようにして,教師は,支援者として支援 する中で,「当事者 (生徒・保護者) の志向の 学校化」および,学校教育の主体者として従事 別室指導の機能に関する一考察 5 図 2 復帰志向への移行

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する中で,「従事者自らの志向の学校化」を同 時に促進している。教師と当事者の意識は互い に交錯しながら学校化される。 以上,脱学校化に歯止めをかけているのは, 他でもない教師・生徒・保護者であった。では, 別室はどのような機能で,脱学校化を引きとめ ているか。次に,別室の機能について考察する。 2) 包括による学校化 (A) 学校のダイバーシティと万能性 まず,第一に,「包括による学校化」である。 学校は,別室を逸脱したものにあえてしておく ことで,教室を善なるものとする。また,異質 なものすらも内側に包み込むことで,学校の万 能性をはじめとするそのアイデンティティを示 す。 (B) 包括の象徴 しかも,別室という小さな空間でありながら の校内外から支援を呼び込むダイナミックさか ら,生徒指導の包括の象徴であるともいえる。 校内外の連携という教育技法,教育相談的要素 つまり受容を基盤にした生徒理解,それもとき に学校復帰を前提とせずに社会的自立を志向す るほどの教育目的),そして,教師の多様な教 育観をのみこむ教職専門性。これら四点の包括 の象徴として学校の万能性を示す,反・脱学校 化の装置といえる。 3) ダブルバインドによる学校化 さらに,第二に,別室に課される「ダブルバ イ ン ド に よ る 学 校 化」で あ る。別 室 に は, 「ルールに従え」「ルールに従うな,異端のまま であれ」というように相反するアンビバレント な要求が同時になされる。例えば,学校のシス テムは,教師にとって「常識」として身にしみ つき,教室でしていることと同じであることの 志向と,生徒へのその価値づけの指摘が次の語 りである。 資料 1 学級に近いことをしている A:ここをひとつの学級って [みなすよ うな] 意識はおかしいと思うんやけど,で もよう考えたらそれに近い事 [をわたし は] してしまってるというか。I:はぁ, 例えば? A:日直させたり…(中略)…だ から『そういう教室と同じリズムでみんな もほんまは,今はここにいるけど,教室で の生活,中学校の生活っていうのは教室に いたはる人らと一緒なんやで』っていう方 向でやってんねんけど。(A は教諭 A I は聞き手 [ ] 内は筆者) また,評定が得られる学習を行いたいとする 教室の仕組みの汎用がみられる一方で,それと は逆の語りも同時にみられた。つまり,「指導 と評価の一体」というルール汎用のタブー視で ある。 資料 2 別室の学習は,評価対象にあらず B:あいつ,社会の成績,ええらしいな。 C:はい,100 点でしたわ。B:学習の評 価やからね。登校の評価とは別個やからね。 (B は教諭 B,C は教諭 C,2010. 7. 5 二 時間目の授業が空きの二人の職員室での会 話) E:授業でてへんでも「5」はどうか と思うな。(中川 2010. 7. 13「A 中学校教 育相談部会記録」) このように,教室と同様であることを志向し つつ,評価にたえない指導とみなすというアン ビバレントな要求がなされる。しかも,別室生 徒の多くは,進路保障が困難であり (中川, 2006),いっそう,このダブルバインドは,教 師と当事者の両方に「別室は,評定なし」「教 室は,評定あり」というかけひきを可能にし, 両者が学校システム維持に参画する。 4) 別室の存在が創るメッセージによる学校 化 (A)「やみ」として存在するという使命 そして,第三に,「別室の存在が創るメッ セージによる学校化」である。次のような学校 がある。

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資料 3 やみで行われる別室 公には,別室登校を認めていない。(質 問紙自由記述より引用) 正門入ってすぐの校舎案内図にも,教室掲示 される校内避難経路図にも,その存在は明記さ れない。「一般の生徒と顔をあわさなくていい ように」という別室生徒への「教育的」という 名の配慮。そして「一般生徒にむやみに授業か らぬけてよいメッセージを与えないように」と いう一般生徒への「生徒指導上」という名の配 慮のもと,敷地内のはしにひっそりと存在する。 学校は,その場の最善とされる対応が優先され ることがあるという特性と,別室の「やみ」と しての性質は,相互作用をみせながら双方,補 完し強化されていく。「いわゆる生徒指導」が 学校で勃発すると,生徒指導上の配慮の無法地 帯となる。万能性よろしく,「いわゆる生徒指 導」が展開される際には,生徒指導上の配慮が なされる「生徒」に,別室生徒はあてはまらな い。また,別室の備品は一般教室のおさがりで ある。公立学校でありながら,そこでしか過ご さない生徒が,である。 (B)「語り」がつくりだすもの 教師の間では「手をかけすぎるとぬるま湯に なって教室に戻らなくなる」という声が「戻ら せるためには手をかけないことだ」と言い換え られて,「手をかけない」ことに教育的価値を 付する語りが,「かけられない」という実態を 意識上なくし,次のような問題のすりかえが起 こる。 資料 4 手厚くやることへの賛否 F:別室っていうのは本来そんな個別のこ とをしてるとか先生が一人ずつマンツーマ ンで付いて家庭教師じゃあるまいし,そこ (別室) だけ手厚くやってそれで実際学年 の子らはてんやわんやなってるのをほった らかしてここだけ手厚い,そんなんはやっ ぱりおかしいやんか,とかね。「そんなと こにそこまで手をかけてて,ほんまに学校 全体としての課題にちゃんと取り組めてる んか」っていう部分を言われると,…。 (F は教諭 F I は聞き手) このように,別室を「やみ」になされるもの として異端児扱いすることで,特別扱いを忌む, つまり,王道第一主義が強化されるのである。 では,「やみ」として存在することがどんな メッセージをはなっていくのだろうか。まず, 当事者の生徒は,学校のどこで過ごしたかでな く,誰と話すか,つまり,語りの展開によって, 自分の立ち位置の意識がつくられているのがう かびあがった。 資料 5 先生にひっついている 別室は,教室にひっついていない。でも, わたしは,先生たちにひっついている。 (別室生徒 G 2010) (C) 学校化の再生産 同様に教職員についても,「やみ」として語 ることは,反・脱学校化の機能を持っている。 語ることで,学校化に傾く意識が再生産される。 例えば,教育相談部会6)では,入室が生徒の 意思で仕方なく起こったことされ,「復帰させ ました (部会記録より引用)」のように使役の 助動詞「させる」で,指導の過重を示すことで, 自分の復帰志向を示して価値づけを強化させる。 また,別室は「入っちゃう」ところ,教室を 「来れる」と表されるように,教室から逃げ込 む場とされる別室と,そこに来ることは「〜で きる」という可能の助動詞を伴われる教室。こ のようにアンチ脱学校化の意識の確認がとりか わされる。これは,生徒指導でいうところの集 団指導と個人指導の位置取りのように,どんな に生徒個人の受容や社会的自立や心理的支援が 重視されても,学校というしくみに適応させな がらの支援を探すに似る。 とりわけ不登校は,まともに対応するほど, 学校みずからの首をしめる脱学校化に傾きかね ないこともあり,学校語への翻訳という脱学校 化へのくいとめに資する語り,学校化のための 語りが繰り返し展開される。これは,学校が自 別室指導の機能に関する一考察 7

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分で自分を維持していく自己準拠的な機能シス テムであるかぎり,毎日別室・学校で展開され ている,いまここを生きる生徒・教師によって 交わされるあまたの語りの中で達成されている 学校化の一つといえよう。 5) 学校化にみる学校文化 以上のように,脱学校化に歯止めをかけてい るのは,ほかでもない教師・生徒・保護者であ ることがわかった。また,次の三点が挙げられ た。学校の「包括」という本質の象徴としての 機能,学校らしさを求めながら学校らしさを与 えないという「ダブルバインド」によって,学 校システムの辺境を引き受ける機能,その存在 の創る「メッセージ性」が学校を守る機能であ る。これらは補完しあって,脱学校化を阻止し つつ,脱教室化を強化するものとして寄与する と考えられる。 このように,反・脱学校化は,「包括」「ダブ ルバインド」「語り」による学校化という別室 の機能によるものであったが,これらはそもそ も従来から学校が好んで保持してきた特性に基 づくものにほかならない。いいかえれば,学校 は,自らの存在に危機を覚えるとき,学校の基 本仕様にかえってそこを強化しているともいえ よう。別室は,学校自らが自らの修復を行って いる場であるといえる。しかしながら,学校自 らのメンテナンスだとはいえ,別室生徒はこう 述べている。 資料 6 「調子はどうや」ときいてほしい 担任の先生は,やっぱりこまめに別室の ぞいてほしい。担任の先生にもうちょっと 面談室 (別室) にきて,『今日は,調子は どうや?』とか,聞きにきてほしい。(別 室生徒アンケート 2006) これをして,まさに学級を基盤とする学校シ ステムのメンテナンス効果がでているとだけみ る教師が,学校にどれくらいいるだろうか。学 校が,自らの修復を待たないまでも力を入れる べき領分が,教室にいないでいる生徒たちの姿 から読み取れよう。生徒が教室にいようがいま いが,学校システムを強化しようがしまいが, そこに生徒がいるかぎり,学校の持つ教育的機 能に立ち返り,仲間とかかわりあいながら育つ ことへの希望をいかに生徒に持たせられるか, 学校の教育力が問われている。 (A) 学校化 本研究では,別室指導を取り上げ,その意味 について考察することを試みた。別室の存在に よって,社会のニーズに対応しつつ,学校文化 の最たるものとして,「脱学校化」を防ごうと せめぎあいながら,学校化の再生産を生み出し, 近代学校の存立の再構築に寄与している可能性 がみえた。 別室は,教育の私事化と,不登校の社会問題 化・心理主義化・社会的自立志向の二つの潮 流により,登校自明性の低下を補完すべく生ま れた。また,別室には,教室復帰という大義名 分の確認作業,別室の守備範囲にみえる管理と 排除,その理念のゆらぎにおける復帰支援へ の収斂などがみられ,学校システムの限界と, 学校化の強化を示していた。教師は,本流を 本流たらしめる言動を重ね,当事者 (生徒・保 護者) もまた,別室の肯定と意味づけという作 業をとおして,学校化に加担していた。また, 教師は,支援者としての「当事者の学校化」お よび,学校の従事者としての「自らの学校化」 を同時にみせていた。このように,脱学校化に 歯止めをかけているのは,ほかでもない教師・ 生徒・保護者であることと,別室の持つ「包 括」「ダブルバインド」「存在のメッセージ性」 という性質による反・脱学校化への寄与を提 示した。 (B) 学校文化 しかし,大変興味深いのは,別室の機能が, そもそも,学校が好んで保持してきた特性や文 化に基づくものにほかならないことである。存 在の危機に立たされた学校が,自らの基本仕様 にかえり,オートマチックに修復し,その一翼 を,別室が担っている。 例えば,別室にみられる「包括」という第一 の性質は,そもそも日本の学校が得意としてき た万能性そのものであった。学校の日常と, ルーマンのシステム論からみた「教育の不確実 性 (広田,2009 pp63-72)」の二つを考慮した

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とき,「包括」という性質でもってつなぐ場が 別室であるといえる。また,不確実性の極みと でもいうべき,その目的のあいまいさをも,別 室は,日本型学校を支える献身性でカバーし, 学校システムの限界域のパーツを請け負ってい る。 また,第二の「ダブルバインド」も,実はも ともとは,学校になじみ深いものである。これ は,「集団指導を通した『個の育成』(文科省 2010「生徒指導提要」)」といわれるような,集 団のなかで個人を指導する学校の流儀ともいえ る。しかし,別室では,従来のかけひきが結果 かけひきにならない。というのも,彼らは,そ もそも学校にコミットしない,できない。学校 として存在できる大前提の「学校は登校するも のだ」にコミットがない。従って,学校は,つ い「ダブルバインド」を課すという慣れた方法 をとり,評価・評定をかけひきにして,本流を 守ろうとするが,「学校は,評定にしか意味が ないのか」という自問自答を学校自身がつきつ けられることになる。こうして,「不登校」と いういわばコミット自体のお手上げに,学校は 屈服寸前の不毛なかけひきが続く。それでも, かけひきの挑戦が止まないのは,学校が「ダブ ルバインド」による学校化に日々あまりにもな じんできたからであるといえよう。 では,第三の「存在のメッセージ性」である。 決して公にできない存在であることが,学校に いる教職員・当事者・一般の生徒の意識にもた らすものは,ほかでもない教室の王道視,学校 化の再生産であり,そうした別室に対する意識 や意味付けは,学校で毎日織りなされる生徒・ 教師による語りによって紡がれていく。このよ うに,生徒や保護者,教師が語りをとおして自 らの意識をつくるのは,そもそも,学校におい て,共同体として社会の実在感をお互いに得て いるという学校での営みそのものであるといえ る。 (C) 学校文化がなすメンテナンス このような学校が学校化をすすめる様は,教 師にみえにくい。というのも,学校は,「秩序 を維持するための活動が容易に『教育のため』 という論理に転換され,無限定に広がってしま うからである (越智 1994)」。客観視をはばむ 学校文化が,別室の機能をはじめとした学校文 化自身をみえにくくさせている。 一方で,別室の存在は学校文化がなせる学校 自らのメンテナンス以上の意味を持つ。教室に 入りづらい子どもに脱教室化の場を設定すると いう別室導入は,以下のような明確なメッセー ジを他の生徒や保護者に送っていると考えられ るからである。 別室生徒の「担任の先生に,…(中略)…『今 日は,調子はどうや?』と聞いてほしい (別室 登校生徒アンケート 2006)」ということばは, 別室が学校システム維持のための装置であるこ とを許さないだろう。彼らは自分の中学時代が 消耗されることを決して望んでいるわけではな い。これをして,「学校のメンテナンスだ」と しかみないでいられる教師が,学校にどれくら いいるだろうか。学校が,自らの修復に先んじ てでも力を入れるべき領分を,教室にいられな いでいる生徒たちの言葉は示している。教室に いようがいまいが,学校システムを強化しよう がしまいが,目の前に十代半ばをせいいっぱい 生きる生徒がそこにいるかぎり,「学校」に登 校することの意義,学校の持つ教育的な意義に 立ち返り,仲間とかかわりあいながら育つこと への希望をいかに生徒に持たせられるかに,学 校の存在意義が問われている。 教育はときに,次のようにたとえられる。 「教育記事は炭鉱のカナリア。現場で起きてい ることを社会問題として世に出す役割がある (高橋,2010,2 月 26 日朝日新聞「教育の昭和 史」p31)。」別室は,「やみ」の存在に終わる わけにいかない。教室にいる不登校傾向にある 生徒が,学校のカナリアのような存在になって しまわずに,その子らしく歌いつづけていける ような学校や社会であることが求められるので ある。 4.お わ り に ― 〈別室から見えた「学校化」〉を越えて ― ① 「不登校傾向の生徒の誕生」と脱学校化 フィリップ・アリエスは『子どもの誕生』を うたった。「〜の誕生」は,現在の学校教育に おいて多く散見される。例えば,特別支援教育 別室指導の機能に関する一考察 9

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を見てもしかりである。国際的な「インクルー ジョン (内山 2006 p168)」の流れによる特 別支援教育の理念の変換にみられる「発達障害 の誕生」の時代である。これは,昨今の不登校 支援を見てもしかりである。「学校外」や「教 室外」への支援の場の移行にみられるいわば 「不登校傾向を持つ生徒の誕生」の時代である。 ただし,こちらの誕生は,特別支援教育でいう 理念の転換と一線を画し,むしろ,社会的ニー ズに押された感が否めない。このように,連携 と機能分化によって樋田の指摘する脱学校化 (樋田 2001 pp243-254) がすすむとすれば, 学校や社会に何をもたらすのか。学校適応と学 校復帰への自明性の問題,学校不信とそれに伴 う教育効果不振の問題があるが,これらは,学 校の存在意義の問い直しを,学校が自問するこ とになった。しかしながら,これらの脱学校化 は,学校自らが,社会のニーズに適応を図って きたことに他ならない。そこには,教室復帰よ りも社会的自立にむけた支援にクローズアップ することの推奨 (文科省,2003),「進路の問 題」として捉えることの提言 (国立教育政策研 究所,2004) など不登校観の大きな転換を伴っ ている。背景には,精神科医による治療対象と しての放置の問題視や,「ひきこもり」の若者 による事件報道による矯正への期待と社会問題 としての不登校の遷延化 (高山,2008 pp24-47) があった。 これまで,学校教育は,教育相談的生徒指導 の浸透もあって,従来の生徒指導に劇的な柔軟 化がもたらされた。さらに,今後,学校教育に は,現代社会の若者の就職支援につながるよう な職業的意義 (本田 2009) を持たせ,貧困問 題に対する福祉的支援との境界をなくしていく 方向にすすむ可能性がある。したがって,反社 会的問題行動を主流としてきたかつての生徒指 導は,いっそう,その守備範囲を変容させてい くようにみえる。 ② 学校化という機能の問題を越えて 学校が別室というものを持つことが,学校が 自らを修復し維持することの表れであるとして も,私事化,消費社会化された時代への適応と して,学校・教師は,自らどう変わるのか,変 えていくのか。個別化多様化,心理主義化,消 費化された社会に対する,教室復帰支援にみら れたような学校の適応について,社会は,どう 評価するのか。教育的視点によらず,やはり私 事化・消費化の目で評価し続けるのだろうか。 社会がどこに向かおうとしているか,学校の向 かうところを,我々は見届ける必要がある。そ のために,学校は今一度,別室を,脱学校化を くいとめる砦として依存してしまうのでなく, そこで展開される機能と教育的意義の問いなお しを要する。学校化を再構築する一方で,学校 化のやみとしての別室に閉じ込められつつある 生徒をどのようにして希望ある育ちにつなげて いけるかは,まぎれもなく,別室に社会的に期 待される教育的な意義の確認につながるのであ る。 本研究では,別室に,学校教育のシステムの 限界と破たんをみた。別室の果たしている機能 は,学校が得意としてきた方法で,学校システ ムの王道視の促進とそれに則ることの価値づけ を試み,学校の存続に資するべく学校を守り, 学校を学校たらしめんとするものであった。し かし,別室の教育的な意義とその限界は,本研 究で注目した別室の機能の問題を越える。いつ か不登校になるかもしれない生徒がすでに教室 にいる,もはや教室にいられなくなった,ある いは,いようとしなくなった生徒がいる,とい う既存の学校システムの破たんを示す現実。そ の一方で,学校がどうであれ,そこに刻々と生 き,教室の中で過ごしていようがいまいが,立 ち止まることにこそ,実は生涯発達上の大きな 意味があるはずの思春期に生徒はいるのだとい う現実があること。さらには,通常の教室の外 で教育していた生徒を一般の教室での教育に戻 していこうとする特別支援教育におけるインク ルージョン inclusion という国際的な流れ。そ の一方で,通常の教室で教育していた生徒を別 室で引き受け対応していく不登校支援における イクスクルージョン exclusion の流れがあると いうこと。これらを総合的に考えたとき,本稿 でみたような別室の存在と機能の検討が,たと え学校の存続の問題につながるとしても,いま ここを生きる彼らの健全な育ちをうながす,よ り豊かな教育と社会を示唆するものになればと

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願うものである。 註 1 ) 不登校:文部科学省の「学校基本調査」及び 「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に 関する調査」では,「不登校児童生徒を,なん らかの心理的,情緒的,身体的あるいは社会 的要因・背景により,登校しないあるいはし たくてもできない状況にあるため年間 30 日以 上欠席した者のうち,病気や経済的な理由に よる者を除いたもの」として,定義づけてい る。 2 ) 適応指導教室:不登校児童生徒等に対する指導 を行うために,教育委員会が,教育センター 等学校以外の場所や学校の余裕教室等におい て,学校生活への復帰を支援するため,児童 生徒の在籍校と連携をとりつつ,個別カウン セリング,集団での指導,教科指導等を組織 的,計画的に行う組織として設置したものを いう (文科省「生徒指導上の諸問題の現状に ついて」2002)。 3 ) 別室指導:ここでいうところの「別室」とは, 従来から保健室登校,あるいは相談室登校と 呼ばれてきたもので,「別室登校」は学習集 団・生活集団としての学級・教室に入れない が,それ以外の場所を「居場所」として登校 している状態をさす。なお,別室登校をいわ ば公認化して,県が「不登校支援教室」を設 置する動きがある (保坂 亨 2000「⑦長期 欠席と不登校の実態」 広田照幸監修伊藤茂 樹編『リーディングス日本の教育と社会⑧い じめ・不登校』日本図書センター)。例えば, 平成 20 年滋賀県『別室指導による教室復帰』 推進事業実施要項によれば,「別室指導を教室 復帰のステップとして位置づけ,次の活動に より,不登校生徒の教室復帰をめざす。① 入 室へのアプローチ ② 別室での指導支援 ③ 教 室復帰への橋渡し ④ 教室復帰後の支援」と定 義づけられている。 4 ) 別室指導加配教員:県内の一部の小中学校を対 象。主な任務は次のとおり。不登校児童生徒 の教室復帰のプログラムの作成・別室におけ る学習支援・人間関係づくり等別室における 生活支援・別室登校の児童生徒やその保護者 の相談・学級担任との連絡調整およびスクー ルカウンセラー,教育相談担当との連携およ び必要に応じて関係機関との連携・協議会等 の出席 (県「平成 19 年度県『別室指導による 教室復帰』推進事業実施要項」2007) 5 ) 滋賀県内公立 A 中学校:平成 16 年度より,エ スケープ・暴力の増加とあいまって不登校生 が激増。保護者対応の課題が急激に高まるな か,平成 18 年度から,別室加配体制二年目 (中川,2007「平成 20 年度生きる力を育むモ デル校『別室指導による教室復帰推進事業』 希望調書」) 6 ) 教育相談部会:教育相談担当者および関係者か らなる会議。構成員は,学年教育相談担当・ 生徒指導主事・協同推進・養護教諭・SC・別 室加配・特別支援加配等となることが多い。 時間割の中に,定例部会として開催する学校 もある。 参考文献 秋葉昌樹 (2004)『教育の臨床エスノメソドロジー 研究 保健室の構造・機能・意味』東洋館出 版社 石隈利紀 (2008)『学校心理士ガイドブック』風間 書房

I・イリイチ (1971) Deschooling Society 東洋他 訳 (1977)『脱学校の社会』東京創元社 越智康詞 (1994)「校則の社会学的研究」『信州大学 教育学部紀要』 久富善之 (2008)「日本側研究報告の一つのまとめ として」『教師の専門性とアイデンティティ』 勁草書房 紅林伸幸・油布佐和子他 (2009) 教職の変容 ― 「第三の教育改革」を経て ― 日本教育社会学 会第 61 回大会 國分康孝他監修 片野智治他編 (2003)『育てるカ ウンセリングによる教室課題対応全書 6 不登 校』図書文化 国立教育政策研究所 (2009)『生徒指導上の諸問題 の推移とこれからの生徒指導』ぎょうせい 佐々木賢 (2010)「難問だらけの教育問題」『現代思 想 4』青土社 志水宏吉 (2005)「学校文化を書く」『教育研究のメ ソドロジー』秋田喜代美他編 東京大学出版 会 高山龍太郎 (2008)「不登校からひきこもりへ」荻 野達史他編『ひきこもりへの社会学的アプ ローチ』ミネルヴァ書房 田中智志 (2009)『教育思想のフーコー 教育を支 える関係性』勁草書房 樋田大二郎 (2001)「⑫不登校現象からみる学校教 育の変容 ― 登校自明性の低下とパノプティコ ンの拡大 ―」広田照幸監修伊藤茂樹編『リー ディングス日本の教育と社会⑧いじめ・不登 校』日本図書センター 広田照幸 (2009)『ヒューマニティーズ教育学』岩 波書店 保坂亨 (2000)「⑦長期欠席と不登校の実態」広田 照幸監修伊藤茂樹編『リーディングス日本の 教育と社会⑧いじめ・不登校』日本図書セン 別室指導の機能に関する一考察11

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ター 本田由紀 (2009)『教育の職業的意義 ― 若者,学校, 社会をつなぐ』ちくま新書 森田洋司 (2005)『不登校現象の社会学』 学文社 文科省 (2009)「児童生徒の問題行動等生徒指導上 の諸問題に関する調査」 保田卓 (2006)「教育システムの構造」稲垣恭子編 『子ども・学校・社会』世界思想社

参照

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