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J. S. Bachにおけるフーガとは : 平均律クラヴィーアⅠの場合

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J.S. Bachにおけるフーガとは

一平均律クラヴィーア1の場合一

       序  J.S. Bach(1685∼1750)の作品には,コラールとフーガに関係のないものは殆んどない。 バッハの作品には,以下に述べるフーガ作品に見られるような考え方で作曲さられたものが多 いように思われる。それゆえにバッハの作品研究には,フーガがいつも気がかりとなるのであ る。本稿は「フーガとは」という問に対して,決定的な解答を与えようとするものではなく, バッハがフーガによってなにを考えているのか? また,バッハがフーガというものをどのよ うに考えているのか?ということを,主として平均律クラヴィーア1のフーガを分析すること によって若干指摘し,筆者の今後のフーガ研究の一里塚としたい。  なお本文中の,譜例,図,資料は二二にまとめて掲載することとした。       1  さて,平均律クラヴィーア(Das wohltemperierte Klavier)1は,1722年にバッハがケーテ ンで活躍していた時に完成したものである(資料a参照)。この資料aは,この平均律クラヴ       (1) イーア1の自筆楽譜の表題である。  この表題が示しているように,バッハは当時まだ論争中でもあった平均律理論に対して,堂 々と組織的,系統的に,またすぐれた芸術性をも盛り込んで,平均律理論の.良さを自信を持っ て示している。平均律の理論は,当時の鍵盤楽器に用いられていた中全音律(mean−tone・ system)という調律法が,純正律よりは実用的であったが,多くの調号を伴う調の使用や転 調の可能性には,まだかなりの制約があったので,音程や響きの純粋さを犠牲にしながらも, あらゆる調と転調の可能性を確保しようとした。これが十二等分平均律一普通これを平均律 といっているが一である。バッハがこの発明者だと伝えられているのは,あまりにもバッハ信 仰の偏よりのある伝説的なものである。しかし芸術的には,バッハが最初に打ちだしたといっ てよい。しかしこの曲集が出てくるのに,下地を作ってくれた人達を見逃すことが出来ない。 理論的には,A. Werkmeister(1645∼1706)が音楽的調律法Musikalische Temperatur (1691)を著わし,平均律理論を確立している。  芸術的には,バッハの平均律クラヴィーア曲集に直接の影響を与えた,20曲のプレリュード とフーガ(バッハもこの方法によっている)からなるJ.C. F. Fischerの「Ariadne Musica」   (2) (1715)がその良い例である。バッハはこの曲集のフーガの主題を平均律クラヴィーアに若干       一49一

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借用している(譜例1,2,3のa,bを比較参照)。このアリアドネ・ムジカ(資料b参照)は, オルガン奏者に,長調,短調を理解させるために書かれている。フィッシャーはここでは19調 しか用いていない。つまりバッハの平均律クラヴィーアより, Gis・, Fis・, Dur, es・ ,b一, gis・ Mo11の5調が欠けている。またemollは2種類で,1つは調号なしの,あたかもブリギア 調のように書かれている。この点バッハは24調を系統的に配列しているが,アリアドネ・ムジ カはあまり系統的ではない。しかしバッハは前述したごとく,アリアドネ・ムカジを手本とし たことは,確かである。とくにフーガの主題を借用一これは主題の着想を借用しているのであ って,ここではバッハ独特の性格になっているが一からでも解る。  ここで,譜例1aとb,譜例2aとbの楽譜のそれぞれを比較すれば,バッハのフーガの方 が複雑な構造であることが一目瞭然である。さらに比較分析してみると,フィッシャーのフー ガは,バッハのそれと比較することに多少の問題はあるとしても,取るにたらぬもので,バ ッハのそれはなにか語りかけてくるのである。  この違いはどこ.にあるのであろうか?この相違には次のような点があげられる。  (1)一見してもわかるごとく,曲の長さが異なること。  ② 主題の性格づけが異なること。  (3)楽曲構成の根本的な考え方の相違があること。  以上の3点のうち,(1)と(3)に関連しているが,なぜバッハはこんなに長い曲にせねばならな かったのか?さらに和声構造が相違しているのはなぜか?という問いが生れてくるのである。  これと同じ問いを含んでいる資料がこの他にもあるが,本稿ではこれを詳しく取りあげる余 裕がないので,その資料を指摘するにとどめ,参考に供したい。  (1)Tomaso Albinoni(1671∼1750)のTrio Sonata oP.1のFugaを賞賛して,バッハは    このフーガの主題にもとづき,クラヴィーア曲(BWV951,951a)を作曲している。    このAlbinoniのTrio SonataのFugaは, P. SpittaのJ. S. Bach L Beilage 2,    Breitkopf&Hartel 1964または,英訳(Dover)1951版,∬拳の付録2にその楽譜    が載っている。  〔2)アリアドネ・ムジカのNo.8曲のFugaと平均律クラヴィーア皿のNo.9曲のそれ。

(3)BWVgO2のFughettaと平均律クラヴィーアllのNo・15のFuga。

(4)BWV901のFughettaと平均律クラヴィーア皿のNo.17のFuga。ここでは調が

   FdurからAs durに移されている。  以上のうち,(2)(3)(4)は,いずれも平均律クラヴィーアllへ,それ以前の作品を改作 (Umarbeitung)して入れている。また(1)と(3)の場合のそれぞれを比較してみると,バッハは フーガというものを通奏低音的な和声の構造で考えていることがよく判る。        2 前述の相違点を手がかりにして,最初に述べたように,バッハはフーガというものをどのよ        一50一

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うに考えていたか?またフーガによってなにを考え,打ちだそうとしているか?さらにバッハ のフーガがいかにすばらしいかを,若干指摘してみたい。ここでは,譜例1abを中心として 論ずることとする。譜例2abは,すでに比較分析なされたものがあるのでここでは割愛す (3) る。  まず最初に,主題を比較しその相違を明らかにしてみよう(譜例1ab参照)。両主題の旋 律型は,最初2度上行し,跳躍下行の後に順次進行をしている点よく似ている。 しかしバッ ハの方は,途中,真中の8分休符によって中断されている。これは両者の主題の性格づけの 大きな相違である。バッハはこれによって全体を統一する巧みな方法をつかんだのである。こ のバッハの主題は,われわれになにか問いかけてくる。 これもその中断する8分休符による のである。 この主題の前半を「問い」とするならば,後半はそれに対する「答え」のような ものである。それに対して, フィッシャーのそれは中断されることなく,全休を切りはなす ことなく連続しており,おきまりのリズムである。それに反して,バッハの主題はなにか語り        (4) かけてくるような印象を受けるのである。この「語りかける」ことがバッハの器楽曲の本質で もあるように思われる。これが純粋な器楽曲であるにもかかわらず,感ぜられるのである。こ のことは,バッハの器楽曲にある声楽的な要素が,さらに器楽化された結果であるように思わ れる。  次に,このバッハのgmoll Fugaの主題を楽曲全体との関連によってみると,譜例1cの ごとくこの主題の前半と後半とが組み合せられて,曲全体を統一する材料となり,曲全体の統 一感をもたらす要因となっている。バッハはこの方法によって,フーガであっても,その他の 器楽曲(協奏曲,ソナタ,組曲等)およびカンタータにあっても,楽曲を構築的にし,全体を引 伸すことに役立て,材料が一定しているので曲に変化をつけるために転調を行ない,曲全体を 生々とさせ,同一の材料の反復によって統一感を得させるようにしている。この方法は,ちょ うどコラール・プレリュードの中にもみられる。それはコラール旋律(定旋律としての)に対 してコラール旋律から派生した縮少形の旋律とによって,互に織りなしているものと全く同様 の方法である(挙例4参照)。  ここで,このコラール・プレリュードとフーガとの比較をすれば,フーガの主題の意味が明 らかとなろう。  コラール・プレリュードというのは,与えられたコラールの旋律をもとにして作られるオル ガン曲である。つまりそれは純器楽的な作品でありながら,元来は声楽で歌われていたコラー ルの旋律とテキスト(歌詞)に結びついている。資料Cに,コラールのテキストが載せてある が,このテキストと同様に,コラール旋律もやはり4行からできていて,それぞれがコラール ・プレリュードの部分となり,全体が4部分をなしている。曲は4声で書かれ,下3声はまず コラール旋律(譜例4a参照)の縮少形でもって,もとの旋律の第1行をつぎつぎに奏して行 く。下3声が全部そろったところで最上声部が,このコラール旋律をもとの長さに少し装飾音 をほどこして歌うがごとくに奏し始める。その間,下3声部は最初の形のモティーフによって       一51一

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織り続け,コラール旋律に対位している。第2行以下も同じやり方で演奏される。ただ第2行 2下では,コラール旋律がつねに最上声部で歌われている間,下3声は,すでにすんでしまった 行の旋律的素材をも同時に展開していく点にある。これによって,心の中では,それらの各行 のテキストも同時に奏されていることになり,もとになっているコラール全体の意味内容が凝       (5) 縮された形で,われわれの前に立ち現われることになる。  まさにこれと同じことが,このgmo11フーガにいえるのである。フーガの主題は,コラー ルの旋律と同様にひとつの理念の代理者である。  次にフィッシャーのEs dllrフーガとバッハのgmollフーガの比較として,バッハの曲 の方が長いフーガとなっている点に焦点を合せて考察することにする。  なぜバッハはフーガを長くしなければならぬのか?  図1に示したごとく,フィッシャーのフーガの全体の調プランとバッハのgmo11のフーガ のそれとを比較してみると,その間に対してやや解答が得られる。  図で明らかなごとく,バッハは系統的に転調をし,フィッシャーの転調より数多く行なってい る。これはなぜか?バッハはこのフーガ(バッハの一般のフーガでも,またフーガでなくとも)で 一つの調性(Tonalitat)を強く打ち出そうとしている。それは前述した自筆楽譜の表題(資料 a)の中に暗示されている。すなわちDas Wohltemperierte Klavierのwohl・temperierte =temperieren(調律する)にwohl(よく,十分に)が前綴として付け加えられている。形容 詞の「ほどよく調律する」の意味=を出そうとしている。つまりフィッシャーのアリアドネで は,多くの調を用いることが可能となっただけで,図1が示すごとく,属調と主調とを往復し ているにすぎないのであるが,バッハの場合は,1曲の中で多くの調(長調でありながら短調 へ転調,そのまた逆も同様)へ転調することを可能にしている。これは前述した1つのわくづ け(譜例1c参照)によって,全体を統一する要素をあらかじめ作っておいて,それを自由自 在に配置して,主調をさらに意識させようとしている。  フィッシャーのフーガは退屈である。いや退屈する前に終っている。これは次のことでも理 解される。このアリアドネは,前述の資料bのギリシャ神話になぞらえたもので,迷路をたど ってやっとぬけでてきたという感じのものである。それもあまり複雑でない迷路である。  ところがバッハのそれは転調を多く行なっているので退屈しない。それが主題を反復させる こととなり,かえって統一感を強くするのである。  バッハの調の配置に注目すると,トナリティを確立するための工夫がみられる。これについ てもう少し述べる必要がある。  それは,サブドミナント(Subdominantまたは, Unter・dominot)の場(Tonality)をどの ように曲全体に位置づけるかである。フーガでは,殆んどの主題と応答が,トニカ(Tollika) とドミナント(Dominant)に限られている。フィッシャーのフーガは,サブドミナントへの 転調の場所を与えていない。そこでは,いつもト切上とドミナントの往復が多い。しかしバッ ハのフーガは,フゲッタ (Fughetta)は除いて,このサブドミナントの場所をどこか最低1        −52一

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カ所与えている。ここにも転調を要求する1つの原因があるように思われる。図1にみられる ように,gmo11のフーガ(譜例1b)では,第17小節よりEs dur, c mollというように転調        トニカ        ドミナント       サブドミナント している。この図の下の注に示したのは,g mollは主調,d mollは属調,c mollは下属調 の機能を持っていること。また,Bdurは主調の平行調, F durは属調の平行調, Es dur は下画調の平行調となっていること。平行調とは,それだれの代理機能のことであること。  バッハは,常に曲全体をあらかじめ予定配置して,それを少しずつ微分するがごとく楽曲を 構成しているのである。そこに見いだされるのは,部分と全体の相互関係である。  この転調の意義は,前述のようにいろいろの役割を持っているが,実はもっと深いところに        トナリテイ その意義がある。それは調性を形成するに強力な力を持たせることにある。それを喩えてい うならば, 1人の領主がある1地方のみを支配するのではなく,多くの領地を支配して増々 強力な支配力を持つのに似ている。 また太陽が惑星を支配しているように,つまり地球は月 を支配しているが,太陽は惑星とそれの衛星をも支配し,強大な力を持っているのにも似てい る。  調性とは,以上のように比楡的にいえるかも知れない。しかしそれらを結びつける引力のよ うなものはなんであろうか?  われわれは,2つ以上の音が同時に響いていることを複合音(Klang)といい,これになに か意味がおびてくると和音(Akkorde)と呼んでいる。この意味を持つ和音は,どのようにし て出現したのだろうか?        (h)  譜例5の①の上声の進行の不協和な音d音(和音外音)つまり経過音は,ed→cの。へ向 って進行している。同様に譜例5の②③④の場合もそうである。これは必然的に予想を要求す る聴き方になる。つまり総合統一的に聴こうとすることである。中世,ルネサンスには殆んど みられないやり方であるが,G.Palestrina(1525∼1594)の中にはそれが見られるようになつ (6) た。この譜例5の④においては,中声部にある。”は,低音9’に対して不協和音程を形成して いるにもかかわらず,それは次の2分音符にいたってもそのまま保持されている。このような 中世の対位法の規則に反した進行は,次に上声部にd”が出現して4度と重ねられて,より一 層激しい2度の不協和音程を形作ること,これが4番目の2分音符h’で解決されること,さ らには9’音がすでに最初の2分音符以来鳴りつづけていること等によって,初めて統一的に 聴こうとするのである。したがっていま4番目の2分音符まで聞いたときにも,最初の2分音 符の記憶は,決して消えてしまっていてはならないし,この箇所にこめられている意味方向が すっかり現われるためには,先行和音のすべてが耳に残っていなければならない。この部分に 第4声部を付け加えてみると,このような総合的に聴くという傾向は一層強められる(譜例6 参照)。この譜例6で,音と音とを強く結びつける役割を果しているのはf’音である。この f’はh’に対してトリトーヌス(Tritonus)一三全音,すなわち増4度となり,このトリト ーヌスによってこの箇所が統一的に聴かれねばならぬという強制的な力が生じてくる。このよ うな全体のなかには生命が躍動しており,定められた方向に向って進行を続けようとする意志        一53一

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や傾向が内部から繰り広げられる。  これが,ある一貫した用法によって用いられるようになったのは,通奏低音(General・bass) の時代(1600∼1750)(バロック時代とも呼んでいる)に入ってからであった。この時代に入っ て始めて決定的な形態となった。トリトーヌス(f−h,およびh−f)は独自の形態であ る。それは長音階の音列のなかで,ただ1つの箇所にのみ出現する和音である。それは際立っ た特徴を有し,見違えようのないほど目立った姿を持ち,それ自体ひとつの統一体でありなが ら,そこにはっきりとした前進的衝動を内に秘めている。それは自分自身のもとに安定でき ず,つまり協和音ではなく,目標への志向性を有している。それは自からの内に,全音階に属 する2つの導音(fは下行,hは上行)を統一しており,この2つの導音によって自己の進行 方向を決定している(fはeに,hはCに)。  トリトーヌスは,中世では悪魔的存在であったので回避されていた。このトリトーヌスによ って,音楽を聴くことが変転した。パレストリーナの作曲法においては,ひとつの音が他の音 に対して,経過的不協和音程や掛槌音(シンコペーション)一譜例5の③④一による不協和音 程を形作ることはあった。この場合は2つの互いに独立した音一すなわちひとつの定められ た音と,いま定あられようとするもう1つの音一のぶつかり合いによる外的理由から起った にすぎない。しかしトリトーヌスの場合には,このような考え方はあてはまらない。ここでは 独立した音が,特有のリズム的旋律的条件のもとで不協和音となるのではなく,統一性として のトリトーヌスの響き,それ自体の中に,つまりミ内から。その前進するための根拠を持って いる。このことによって,協和音か不協和音かの判断ではなく,静止的な複合音が前進的な複 合音かの判断が問題となるのである。ここでは,トリトーヌスに「不協和音」という名称を与 えることは不適当のように思われる。  トリトーヌスの作用は,酵素的な作用に喩えることができる。それは生命のない「もの」に 「有機的なもの」の萌芽をもたらすのである。トリトーヌスはみずからの生命をその他の和音        ドミナソト  トニカ にもそそぎこむのである。例えばすでに習慣化されているV(D)→1(T)の進行に,トリトーヌ スはV7(D7)の和音を形成し,そこに和声法的カデンツが生じる。和声法的カデンツとは,い くつかの志向性(意味)をもった和音が,結び合されたひとつの体系である。例えば譜例7に おいては,パレストリーナの音楽の個々の音が,偶然的に結びつけられているのとは違って, 個々の複合音(和音)が相互に関連して結合させられている。パレストリーナの場合は,偶然 に和音(複合音)になったものが連続しているのに反して,この譜例7のものは,各々の複合 音は,新しく意味をもった和音(akkorde)としてある種の概念のまとまりとなり,合理的, 理論的に固定しうるもの,まるで1つの流れの垂直断面のようなものとなっている。それゆえ に通奏低音は,数字によってその垂直断面をとらえ,それを連結することが可能になったので ある。実は譜例7は,譜例4aのコラールの第1行を四声体にしたものである。この方法によ って,カデンツの原理である和音結合が,曲のなかに生かされ展開されるようになった。  このような通奏低音ポリフォニーにおいては,パレストリーナとは逆に,モティーフや反復       一54一

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進行(Sequellz)などによる形成が,重大な要素となる。これは17世紀の器楽によって強力に 推進された現象である。譜例1bの第4小節,第8∼11小節,第19小節,第24小節の後半∼28 小節の第1拍目の間奏部などの主題のモティーフの扱い方を参照。  個々の和音を統一するカデンツは,ひとつの緊張系である。つまり和音は,パレストリーナ 時代偶然的に生じた複合音の静的な性格が失なわれ,相対化された相互関係のなかに移され       トニカ おかれる。すべての和音が,唯一の目標である主和音をめざす。主和音がその安定をもたらす 唯一の和音となる。この目標にかなうこと,つまり主和音自身が強要している義務(トニカを めざすという)、それが調性(Tonalittit, Tonality)と呼ばれるものを生みだしている。この        カデンツ 調性は,異なった調へ向って偏った進行をするいろいろの終止形が集まって,ひとつの体系を 組織することによってますます強く意識されるようになる。 図1の調性の欄を参照。 3  バッハのフーガのすばらしさは,この志向性のある和音連結の上に,語りかける主題を乗せ ることによって構成されている点にある。この点,本稿ではわずか1曲の分析によって述べて きたのであるけれども,他のフーガにもあてはまるように思われる。ただオルガン曲のように 長大なフーガ(平均律のフーガは殆んがどコンパクトである)になると,これが当を得られない かも知れない。しかしこのオルガン用の長大なフーガには,光と陰のようなバロック的な精神 によっているものが少なくない。すなわちこのフーガには,長い間奏部(Zwischenspiel)と 主題展開部(DurchfUhrung)とが交替しているが,主題が出てくるところは,光がさし込ん でくるがごとくであり,また間奏部になると,主題は暗闇のなかに姿を消して行くがごとく である。しかしこの場合でも,コラール・プレリュードのところで述べた,この間奏部は,主 題から派生したモティーフによって構成されている。またそれによって統一をし,さらに転調 の作業をも行なって,変化をもたらす役目にもなっている。このように,この長大なフーガを 細かくみることから,大きく“光。の部分(主題の出現)とミ陰.の部分(主題の隠れ)とに 分け,変化と統一の原理になっていることに注意することができる。この長大なフーガは,こ のようにして見ることが大切であるように思われる。  バッハは,演奏楽器の指定がないフーガを晩年になって書いている。それは有名な「フーガ の技法Die Kunst der Fuge」BWV1080と,わずかではあるが「音楽の捧げ物Musika− lisches Opfer」BWV1079のリチェルカーレ(特に6声部の)がある。  これはなぜ成立し得るのか?その解答は,当を得ているかどうか確信が持てないが,バッハ はフーガというものによって音楽をphilosophierenすることに大きな喜びを持っていたよう に思われる。  それは平均律クラヴィーア曲集が,偶然ではあろうが,24調となったのは,1ダース,12ま で呼び名の異なるドイツ語(英語も同様)の数詞(eins, zwei, drei,……elf, zw61f)と関係       一55一

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があるのかも知れない。つまり長調が12調,短調が12調,これは午前が12時間,午後が12時間 で,1日が24時間であり,地球の1回転,時計が2回まわるのによく似ている。偶然とはいえ, バッハがフィッシャーと違って,意地でも体系的に24調のプレリュードとフーガを配置して出 来あがつた喜びはひとしおであったであろう。これはその当時コペルニクス(1473∼1543)の 地動説が認められるようになり,それに影響されたのではなかろうか?  これと共通しているのが「フーガの技法」である。一つのテーマによってフーガとカノンを       (7) 合わせて約19曲作曲している。これはあたかも太陽系を形作っているごとくである。その当時 は,コペルニクスの理論だけでなく,物を合理的に組織的に考えようとする精神もあった。そ れはすでにあるべき世界を予定し,その世界を順序だてて叙事的に一つ一つを克明に語るがご とくである。バッハは,その予定していた世界「フーガの技法」を完成せずして世を去ったの は,平均律によって2回地球を回転させたことよりはさぞ心残りであったであろう。  最後に,プレリュードとフーガの関係を簡単ではあるが指摘して,本稿を閉じることにす る。  バッハは,プレリュードとフーガ(平均律クラヴィーア曲集によって代表される)で,ある 1つの世界を築きあげようとしたともいえる。  プレリュードは,バッハにとっては目標に向うための地ならしである。それはフーガが歩む 道を整備する地ならしである。この主題ならば,このような進行が要求されるというように, それをあらかじめ地ならしをし,予備的な地形の測量にあたる。そして本格的に突込んだ作業 は,今まで述べたような方法で,フーガの中でなされるのである。これが正にphilosophieren     (s) なのである。 (注) 〔1)。Johann Sebastian Bach Das Wohltemperirte Clavierの自筆のファクシミール版  oP. Spitta: J. S. Bach 1. S. 76g o M. G. G. (Bd.1. S. 973)  。H. Keller:Das Wohltemperiete Klavir von工S. Bach Btirenreiter Kassel 1965 S.16 f (2)作曲年代け,不祥である。およそ1700年中Ape1のHavard Dictionary of Musicでは(1964)   Fugueの項P.285)とし,また, M. G. G Bd.4Fugeの項(S.1105)と標準音楽辞典(P.1001フ   ィッシャーの項)では,1715年としている。 {3) W.Ape!: Masters of the Keyboard Horvard unin. 1947,   P・139f.(服部幸三訳:ピアノ音楽史(音楽の友社)昭32.Pli8f) (4) T. Georgiades: Musik and Sprache   Das Werden der Afendlandischen Musik, Springer Verlag Berlin 1954, S. 79.   木村 毎訳:「音楽と言語」(音楽の友社)昭,41.P.126 {5) T. Georgiades: a. a. O. S. sl f. (6) T. Georgiades: a. a. O. S・ 108f. (7}約19曲としたのは,版によってまちまちまちであり,未完となっているからである。 (8)このphilosophierenは,思索的なmusizierenの意味も含む。

一56一

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〔参考文献) (1} Philipp Spitta, Johann Sebastian Bach,     訳(Dover版)    ラ n乙りQ 一  ︹ (4) {5)

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1964.Breithopf&Htirtel Wiesbaden,および英 MUIIer−Blattau, Geschichte der Fuge, 1963. Barenreiter. Hugo Leichtentritt, Music, History and Ldeas.1964. Harvard Univ.服部幸三訳音楽の 歴史と思想(音楽之友社)。 T. Georgiades, Musik und Sprache Das Werden der Abendlandischen Musik, 1954. Berlin Gattingen・Heidelberg Springer・Verlag. リ村敏訳「音楽と言語」(音楽画帖社) Her皿ann Keller, Das Wohltemperiete Klavie.t Von Johann Sebastian Bach,1965, Btirenreiter. Hermann Keller, Die Orgelwerkl Bachs 1948, . LeipZig, Peters. Herma皿Keller, Die Klavierwerke Bachs 1950, Leipzig, Peters. Alfred Mann, The Study of Fugue, 1965 (New York) W. W. Norton. Hans T. David Arthur Mendel, The Bach Reader, New York, 1945. (Norton) P. H. Lang, Music in the Western Civilization, New York, 1941 (Norton) Manfred F. Bukofzer, Music in the Baroque Era New York Norton (1947) クヌート・イエッペセン,柴田南雄,皆川達夫共訳 対位法(昭.30)創元社 W Apel, Masters of the Keyboard 市田儀一郎,バッハ平均律 クラヴィーアエ(昭.43)音楽之友社 ブルフィンチ作 野上弥生子訳,ギリシャ・ローマ神話上下改訳(昭.40)岩波文庫 アポロドーロス著 高津春捌口ギリシャ神話(昭.40)岩波文庫 〔辞 (1)・ (2) (3) (4)  典〕 Harvard Dictionary of Music(1964)のFugueの項 Die Musik der Geschichte und Gegenwart.(1949)のFugeの項 音楽亨典 平凡社 標準音楽辞典 音楽之友社

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(7) (8)  諮〕 Joha皿Sebastian Bach, Das Wohltemperierte Clavier,(Faksimile・Reihe Bachscher Werke und Schriftstticke Herausgeben vom Bach−Archiv Leipzig Band 5.) J. S. Bach, Forty−Eight Preludes and Fugues Pianoforte Edited by D. F. Tovey Fingered by H. Samnel (London) J. S. Bach, Various Works Vol.1 Ed.by Hans Bischoff, New Yorh.. (Kalmus) J. S. Bach, The Well−Tempered Clavier Part l, Part2. From the Bach−Gesellschaft Edition Lea Packet Score (L. P. (S.一No. 1 a. b) J.S. Bach, The Musical Offering (B. W. V. 1079) L P. S. No. 26, Boosey & Hawkes. J.S. Bach, Die Kunst der Fuge (The Art of Fugue) (B. W. V 1080) L. P. S. No. 73, Boosy & Hawkes,. Barenreiter Taschenpartituren 26. J.S. Bach, Miscellaneous Clavier Pieces two Volumes Vel.1.皿(L. P. S・No・45,46) The Works for Clavier in Nine Vo!umes. Vol. vr (L. P. S.68) Ariadne Musica, LIBER ORGANI vr Deutsche Meister des 16. and 17. Jahrhunderts 皿<Ernst Kaller>(New York)Ed. Schott 2267

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〔譜例1a〕(Ariadne Musica) 〔譜例1c〕        i    一唖  』意■     1    u    r       I  I 戟@”一h‘」」 暫  w       畠       7

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(14)

資料(C)のコラールのテキスト Vor Deinen Thron tret ich hiermit, O Gott,und Dich demtitlich bitt ; Wend Dein genadig Angesicht Von mir betrUbtem Sifnder nicht. (われここに御身の玉座の前に進み, 神よ,御身に5やうやしく願い奉る。 御身の恵み深き玉顔を 悲しき罪人のわれよりそむけ給うなと)。 〔譜例5〕

(木村敏訳)

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(15)

〔図1〕 FischerのEs・durのFuga(A,M. No5)

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問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

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