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民間福祉の理念・その重要性について : 山川忠洋氏の実践に学ぶ

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Academic year: 2021

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江戸期の寺小屋やかけこみ寺の名がのこるように、庶民のくらし をたすけてくれたのが寺院。これは日本中どの地域でも大きな役割 をはたしてきた。どの時代にも弱い人々の救済にあたる事業の中心 日本の民間社会福祉事業は長く仏教者の手にささえられてきた。 行基師の布施屋の古事が草わけとされるように史実がそれを証明し ている。敗戦後六十年余をすぎた今日、あらためて日本の民間福祉 は仏教者の力に期待せざるをえない状況にきているのではないか。 これは筆者の認識である。学会等の先賢の見識をもとにしたもので はない。己が体験からもたらされるおもいであることを申しあげ、 おおかたの御叱正をいただければ幸いである。

︿仏教にささえられた福祉﹀

︿はじめに﹀

民間福祉の理念・その重要性について

l山川忠洋氏の実践に学ぶ1

民間福祉の理念・その亜要性について には必ず僧侶の方がおられた。仏の教えの実践として、人々の苦し みを己の苦しみとうけとめ行動することをためらわなかった僧侶た ち、日本の福祉史のなかに表現されている。その僧侶の無私のはた らきに感動し、庶民も力をだし、金持ちは資金を提供する、こうし て民間の福祉事業は展開していくのだった。官側のきびしい弾圧を うけても人々の支持をうけ巾広い救済活動をすすめた行基師の実践 などはまことに感動的である。近くは、戦中戦後の混沌とした時代 に人々の生活をささえた農繁期託児所はいずれも寺院の境内におか れた。困難な状況をみかねての住職と寺庭婦人の奉仕のとりくみが はじまりである。そのはたらきに共鳴して地域の婦人が保母として 協力する形で事業がひろがったのだった。公的補助などない時代な のに全国的にひろがった寺院のはたらきはいくら高い声をあげて 称賛されてもよいものと考えるのである。﹁戦争に夫をとられ、乳 飲み児をかかえての農作業をなんとかつづけられたのはお寺の託 士心

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児所のおかげ、朝早くから夜ふけるまで大黒さんは笑顔であずかっ てくれた、今も寺にむかって手をあわせている。﹂と老婦人の言葉 は今もあざやかである。寺院はくらしをささえる大切なセンター だったのである。それが敗戦後大きく変るのである。憲法二十五条 で生存権が保障され、社会保障、社会福祉は国の責任と宣言され、 福祉国家をめざすことになる。民間で実施してきた福祉事業も多く 法律のなかにとりこまれる。農繁期託児所も常設の保育所と位置づ けられ、国の委託費として税金を供され安定財源に恵まれることに なる。その代り経営体は宗教法人ではならない。別に社会福祉法人 を設けよ、との方針がだされる。土地、建物、定員規模などのしば りもついてくる。一○人や二○人で山間地で寺院がおこなっていた 託児所は対象外になっていく。やむなく農繁期だけの託児所は廃業 となった例も多いはずである。知りあいの住職も語っている。寺の せまい土地でやってきた、この土地を提供しては宗教法人がなくな る、地域の人はつづけてほしいという、やむなく土地の手当ができ るまで社会福祉法人でなく私立の形でなんとか認めてもらったが大 変なことだった、とのこと。こうして宗教法人の福祉事業が消えて いく、寺院の努力でひらかれた施設であることも忘れられていく、 という経過をたどるのである。施設運営にあたっては宗教色をだす ことはこのましくない、といった行政指導もあって、どこの保育所 も同じ運営ですすめられる、金太郎飴のごとき形態になっていく。 これはおとしよりや障害者の施設においても同じである。寺院にょ る長いいとなみであった民間福祉施設が国の下請け事業の形をと る、そのなかで仏教色もうすれ、地域の人々にもあれは国の税金で おこなうものとみなされていくのである。 民間社会福祉事業の中心的役割をになってきた社会福祉法人であ るが、今大きな曲角に立っているようにみうけられる。 これまでは国からのお金でなんとか運営できる事業運営であっ た。新しい事業など手をださず国の法律にとりあげられている事業 だけやっていれば平安、地域の人々の協力などなくともよい、こん なやり方がおおかたの社会福祉法人であったといえる。民間として の先駆性や開拓性などはみうけられなくなる。本来は社会福祉法人 という公益性の高い法人には、国の委託事業だけでなく、地域の福 祉ニーズにこたえる新しい事業にとりくみ、福祉を高める役割が期 待されていた。その新しい事業にとりくむ財源は地域の人々の協力 をえる形の寄付金なのである。この寄付金は他の公益法人とちがっ て損金算入は天井なしという優遇をうけているのである。共同募金 という国民運動による基金も、法をこえた地域の福祉事業をたすけ るものとして誕生しているはずなのです。しかしこうした特典を活 用して先駆的事業にとりくんでいる社会福祉法人はどうもすぐない ようにみうけられる。 国の法制度が整備されたのちに設立された社会福祉法人の多く

︿曲り角の福祉法人﹀

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こうした事態に平成九年誕生の介護保険法が大きな変革をもたら すのである。国の税により運営されてきた財源の半分を新たな国民 負担にもとめたこと、保険であるので行政措置から契約に変ったこ と、運営主体が国から市町村に移ったこと、などがその主なもので ある。ここで考えたいのが、福祉サービス供給主体の多様化と称し て社会福祉法人でなければならないとされた運営体に企業の算入を 認めたことである。当面は企業は在宅サービスのみというワクを設 けてのスタートである。介護ビジネス何兆円の市場ともてはやされ て企業の活動は実にめざましい。高齢者のふところをねらってのと かりいただけるはずである。 に足をはこぱれ財源構成をごらん下されば、その法人の特質がおわ に決算書等を公開することになっている。どうぞお近くの福祉施設 多く計上されているところが多い。社会福祉法人はその公益性の故 社会奉仕につとめてきた法人である。こうした法人は今も寄付金が になっていく。その少数のうちに入るのは、古くから宗教を基本に 困っている人の立場になってお世話をしようと考える経営者は少数 である。昭和五十年代以降設立の法人に目につく現象である。もう 社会福祉法人と衣をかえて事業をすすめる、という事例にみえるの 左右されることがない、これはうまみがある、と他業界から算入し、 は、国の金がでるなら安定経営ができる、工場経営のように景気に

︿介護保険法後﹀

民間福祉の理念・その重要性について りくみとみられる事例もではじめている。いずれ施設サービスにも 企業参加をともとめる声が高まるのは病院経営の場合同様大きくな るみこみである。ここでいや社会福祉法人でなければ施設は運営で きない、企業にはまかせられない、とはっきり示せるもの、国民的 支持をえられる見解表明がもとめられているのである。 数年後には障害福祉も介護保険にとりくもうという国の動きがみ られる。とすればこれは福祉全体の法人にかかわってくることであ る。全社会福祉法人が力をあわせ、意見をまとめ国民に対し鮮明な アピールをするべき時にきているのではないか、と考えるのであ る。あげるとすれば、長いこと利用者本位の福祉サービスを提供し た実績がある、職員も専門性のある経験豊かな人材がそろってい る、などであるがどうだろう。企業だってできるよ、と反論されか ねない。外になにか。 私見であるが、一つに法人の理念をあげたい。経営者の人間本位 の福祉観が理念のなかに明かにされていること、できれば宗教的信 念をきちんと保持しており、職員もこの理念をもとにたしかなサー ビスに徹していることが考えられる。二つに採算を度外視し地域の ニーズにこたえる法律をこえた新しい事業にとりくんでいること、 その財源として地域の協力としての寄付金があてられていることで ある。 三

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ここで具体的な実践例として、山川忠洋氏︵以下よびなれた山川 さんとさせていただく︶のとりくみをあげてみたい。 山川さんは、社会福祉法人富士旭出学園︵静岡県富士宮市在︶の 創業からかかわり、現在理事長をつとめておられる。障害者のため の施設を多数運営しておられるのでその主なものをあげてみたい。 ①社会就労センター富士厚生園︵昭和四十七年開設、定員五○名、 内二○名は通所︶ 自主製品のとりくみ、企業内授産、環境整備等の委託サービス等 個別のニーズに応じて意欲をもって活動にいそしんでいる。 ②更生施設富士清心園︵昭和五十年開設、定員五○名︶ 椎茸栽培や農園芸、よもぎ入浴剤づくり、ビーズフラワーなど適 性にあわせての作業と水泳療育、リトミック等の日課を重ねてい ③更生施設富士明成園︵平成二年開設、定員五○名、内重度者三○ 名︶ 音感療法、絵画、お菓子づくり、リハビリと能力にあわせて選択 できる日課が用意され、ハーブフラワー、アートキャンドル等の製 品づくりにもとりくんでいる。 ④地域生活援助事業としてのグループホーム ア、サニーヒル︵平成三年開設、定員四名︶ ヲ ︵ ︾ 。

︿山川忠洋氏の実践﹀

イ、あわくらホーム︵平成一三年開設、定員四名︶ ウ、みやはらホーム︵平成十五年開設、定員四名︶ エ、三園平ホーム︵平成十七年開設、定員四名︶ ⑤在宅支援サービスとして ア、デイサービスふじあさひで︵平成十五年開設、定員一五名、 重介護型︶ イ、生活支援センターゆきわりそう︵平成十四年開設︶の相談支 援活動 ⑥地域福祉サービス事業として ア、レスバイトケア︵ケアを担う家族に休息の機会を提供する︶ イ、ショートステイ︵短期入所事業︶ 等のサービスで家族の様々なニーズに対応するべくつとめてい う ︵ ︾ 0 これらの事業をすすめる法人の基本理念としてあげておられるの が次の三点である。 ①主体性の確立︵エンパワーメント︶ 誰もが知られざる可能性を有している。 それ故にやってみなければわからない、出来る自分を信じて生 きていこ霊っ。 ②統合と共生︵インクルージョン︶ ︿基本理念﹀ 四

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ともに歩み、育ち、支えあいながら生きていこう。 ③地域に根ざしたリハビリテーション 地域社会に潜在する多様な人的、物的資源を掘り起こして、こ れらを活かして普通のくらしをめざして生きていこう。 すばらしい理念である。この理念に加えての理事長の﹁願い﹂が かかげられている。その全文をあげておきたい。 ﹁人はだれでも生れながらにして、かけがえのない存在であり、 お互いに心の絆が結ばれていることを願っております。その願いを 実現するためにはだれもが潜在的にもっているパワーや個性を生き 生きと息吹かせ、それぞれの立場で主体性の確立をめざすことがも とめられます。そしてお互いに共感しあい、支えあう存在として、 共生社会を築く同志でありたいものです。 私たちは、今後利用者本位と地域福祉の推進をテーマに地域に根 ざしたリハビリテーションの充実をめざし、福祉、教育、医療、保 健、労働等の各分野との連携を深めながら、障害福祉施策の進展に 寄与できますよう一意専心努力していく所存です。﹂ 園の玄関に高くかかげられた理念と願いを目にし、保護者や地域 の人々は安心と共感をおぼえ、良いところにめぐまれて幸せ、自分 もできることをお手伝いしよう、と心を開いていくのである。理事 長の信念がよくうかがわれるものである。まさに社会福祉法人らし さをあきらかに示し地域の理解と協力を実践をとおしてえている事 例である。 民間福祉の理念・その重要性について 山川さんがこのようにだれもが感動する理念のもと福祉事業にと りくまれるのには重い自らの心の軌跡がある。 御父上が医師で市長もつとめられた地元の名士。山川さんも最初 は医師を志し、医大に学んだ。しかし身内︵妹さんが重い障害をも つ︶のことを友人らに話せない自分、その存在をあきらかにしたく ない、なるべくかくしておきたいと思う心のあること、このことを 己のさけてはならないテーマと考えなければ、という葛藤にとらわ れる。深い愛情で常にかかわる母の姿をみるなかで、このことを前 向きにうけとめよう、ひとりの人間としてうまれてきたかけがえの ない存在として自然にうけとめられる自分にならなければ、と考え るようになる。そこで心機一転、心理学を専攻するため大学も転校、 福祉、教育の視点から人間の生きかたを学びなおすのである。 恩師三木安正先生は学校法人旭出学園の生みの親であり、戦後の 特殊教育の基盤をつくり日本精神薄弱者福祉連盟会長、東京大学名 誉教授等をつとめられた。この三木先生との出会いがもとになり多 くのその道の先盟から学ぶ機会に恵まれる。大学卒業後は知的障害 児︵者︶のための教材、教具の開発研究や、学校法人旭出学園の運 営する旭出養護学校の中等部の教諭をつとめる。その後、ニュージ ランド、オーストラリア等において障害福祉の現場の体験を重ねな がら、社会保障制度等の学びを重ねる。北欧のノーマライゼーショ ︿心の軌跡﹀ 五

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山川さんはまことに謙虚、静かにやさしく自らの考えを語り、ま わりの人々を共感の輪のなかにひきこんでしまう不思議な方であ る。この山川さんに宗教についてのお考えをうかがった。およそ次 のようなことであった。 ﹁自分の仕事のなかでまずもとめられるのが人間的成長であると するならば、目指す目標に神の理念があり、それを極めつづけてい くところに求めるものがある。それ故、信仰心は必要であると考え る。皆神の子として考えそれに近づく努力がもとめられる、という ことである。自分の資質を開花させていく、人間性を高めていく存 在なのである。私たちの仕事には宗教心は不可欠のものと思ってい 分のところに位置している。 のである。身延線富士宮駅から約二キロ、タクシーでおよそ二○ のふところ、みどり豊かな地に園生の笑顔あふれる学園が誕生する 四十六年社会福祉法人の設立となる。市有地の提供もうけ、富士山 の志しをもってとりくまれた事業が地域の人々の支持をうけ、昭和 ら、地域社会のありようにも学ばされた、と語られるのである。こ 社会的生活基盤がノーマライゼーションの絶対条件であることか 肌をとおして学びとるのである。その背景にある文化的・宗教的・ ができる社会づくりに企業もふくめ国全体でとりくんでいる現実を ンの思想をうみだした風土、障害をもっていてもあたりまえの生活

︿宗教への考え﹀

山川さんは理念を解説される文章のなかで次のようにあげておら れる。﹁障害者である前に人間です、という障害当事者の悲痛な叫 びを真正面からうけとめ、私たち自らも人間らしく生きているか、 生きたいかを考えること、さらに知られざる可能性に期待し、発達 しない人はいないという信念をもって支援のあり方を追求していき たい。﹂とである。 この考え方が仏教のおしえにつながるものがあるのではないか、 という山川さんの問いかけは大事にしたいものである。この山川さ んのようなきびしい理念をかかげている福祉施設であれば地域から も迷惑な存在ではなく大事な社会資源と評価されるはずである。 この理念が利潤をあげることを第一にする企業にはかかげられる か、めざすは利のためのサービスであり、人間のための人間性回復 をめざす対象者本位のサービスとは遠いものになるのではないか、 る。﹂とである。 加えて﹁日本の場合は長い仏教を大事にしてきた文化がある。一 年を通してお盆やお彼岸等様々な仏教行事を守ってきた。除夜の鐘 もそのひとつ、日々の生活に根ざしている種々の行事についてわか りやすく教えてほしい。障害のある人も大事な人的資源なんだと語 れるのは仏心をもつ方ではないだろうか。﹂と期待感をこめて語ら れた。筆者の文責である。

︿障害者である前に人間﹀

一ハ

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という考えであるがいかがなものか、福祉の心を法人のトップがき ちんと語られるとき、企業ではえられない安心感をまわりにもたら すのではないか。これが山川さんの実践をとおして語ることのでき る第一の柱なのである。 第二の柱につながる山川さんのとりくみはさきにあげたグループ ホーム等の在宅支援サービスである。地域のなかに普通のくらしを するいとなみであり、職員の手もすぐない。地域の方々の理解と物 心両面での協力がなければなりたたない。その経営体が地域の信頼 をうけている法人であることが条件になる。山川さんがやるところ なら応援しようという信頼がささえになっている。三十年余の実績 があっての事業であると申しあげてよい。 地域に根ざした法律をこえた新しい福祉サービス、これを地域の 支援をえながら福祉法人が推進役をつとめて具体化していく。山川 さんのとりくみのような姿勢が法人側にみえるとき関係者も地域の 人も参加するのである。障害者自立支援法が誕生し福祉施設がきび しい嵐の前に立っている。これをのりきるには国民的な巾広い理解 と協力をもとめるとりくみがもとめられる。そのためにも情報公 開、どのような大変さがあらわれているのかを知っていただく努 力、そしてそのなかでも懸命に努力している山川さんのような高い 理念をもとにした実践の姿をみせること。このことが国民全体の利 益につながるのだと宗教のうらうちをもったアピール、これが今も とめられていると考えたい。企業であれば利がないなら撤退となる 民間福祉の理念・その重要性について 本稿では、民間社会福祉事業の中心にある社会福祉法人が、企業 の進出に対して存在感を示す道はなにか、を考えてきた。具体的な 実践例として山川さんのとりくみをあげさせていただいた。少しは 論理がつながっているかどうか。先をゆく研究者の文献にたよるこ となく筆者の体験のなかからのおもいを重ねたものであるだけに多 く不備な点をもっていることと思う。どうかご叱正いただきたい。 重ねることになるがこのままでは社会福祉法人があぶない。国も 社会福祉事業法をつくりそのなかの柱として福祉法人をすえた時の 力の入れようがうすれてみえる。介護ビジネスというごとく福祉 サービスと表現するごとく資本の論理にまかせようとするねらいが みえかくれする。国にすがるだけでないもの、地域の人々の支援を もとにする法人側の姿勢が大切になる。なんぼになるか、のみかた で運営する法人ではすでに資本の軍門になびいたものとなろう。も うけにならないそれでも利用者のためになることならやってみよ う、という経営者であってはじめて福祉法人のトップにふさわし い。国民にもまたこのうごきをたしかな眼でみさだめ力を貸す姿勢 がもとめられる。国がやってくれるのだからいいか、という姿勢で は福祉の利用者があやふくなる、ということは国民のくらしがあぶ していく覚悟があるはずである。これが違いの一つである。 であろう。しかし地域に根ざした福祉法人には最後まで地域と共存

︿福祉法人の特長は﹀

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なくなることにつながる。今や福祉は一部の国民をたすけるための 事業ではない、国民全体のくらしにかかわる役割をになっている。 老人介護はその一つなのである。この分野を企業にまかせることな く国民のために足を地につけてがんばってほしい社会福祉法人、と いうエールにつながったかどうか。何度もあげたい。企業とはちが う大事な存在である社会福祉法人なのだということを業界あげて意 見をまとめ、国民にみえるようにしらしめるいとなみが今もとめら れているということである。 筆者の考えでは次のようにまとめたい。 第一に法人の理念を高くわかりやすくかかげること。経営者はそ の理念を自らのおもいをこめて語りつなぐことが大事であり、山川 さんのように人間尊重の信念がうらうちされていることがのぞまし いO 第二に、地域のニーズに根ざした新しい福祉サービスへのとりく みである。法律にあげられた事業のみをまじめにとりくむのであれ ばこれは企業でもできる、と評されよう。 地域の協力が支援があれば財的な応援につながり寄付金増にもつ ながることは多くの先例が証している。共同募金も地域に根ざした 福祉事業を配分の対象とすると最近方針をうちだしたことを付記し ておきたい。 第三に、宗教の大切さを再認識することをあげておきたい。先に あげたように日本の福祉は長く仏教者にささえられてきた。国に期 医療の世界での仏教者によるビハーラ活動がひろがっているとう かがう。福祉の世界でこそ仏教者の力をまっているはずである。同 じ人間を相手にしその心の奥にひそむ重いものを共有する役割は実 は仏教であり福祉なのであるはずである。企業の強大な資本力でも うかるものはどんなものでも、というとりくみはまことにはなやか にみえるが利用する国民の立場では良いことなのかよく考えていか ないといけない。それに対し福祉はわれわれの領域と立ちあがる社 会福祉法人の側面からの応援をも仏教者に期待したい。 人はかけがえのない存在である、と山川さんが主張するものは仏 教の考えにつながるものと考えたい。いのちの尊さ、どのいのちも 仏の子とする平等観、これが福祉法人のなかで主張されるときまさ りである。 さんも仏教への期待感をこめられて語られたことは前にあげたとお 資源である寺院と僧侶なのである。これは筆者の持論である。山川 中心に最もふさわしいのが各地域どこにも存在するたのもしい社会 を認識して地域が動きだすときなのである。この地域の共助活動の くい社会になる、企業の提供するサービスにたよる限界があること いで地域住民のくらしを守ろうとする、いやそうしないと生活しに るところが大きくなろう。法律でたりないところを地域のささえあ 待するところ心もとなくなった今日、あらためて仏教者の力にたよ ︿あとがき﹀ 八

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参照文献

の仏教へのアピールを申しあげ筆をおきたい。 深い絆がうまれてきてよいのではないか。福祉に身をおく立場から 仏教と福祉のつながりを大事にし、これからの社会のなかでもより に仏教そのものに近づいてくるのではないだろうか。歴史のなかの 四、﹁手をつなぐ静岡咽号﹂︵静岡県手をつなぐ親の会発行・平成 肥年8月妬日︶山川忠洋会長の巻頭文 一、 一一、 一一一、

キーワード

民間福祉事業、仏教のこころ、福祉のこころ、人間尊重の理念、 地域福祉 多くよっている 山川忠洋氏から直接うかがった話と補足される丁重なお便りに ﹁富士旭出学園が目指すもの・基本理念﹂理事長山川忠洋著 社会福祉法人富士旭出学園パンフレット 民間福祉の理念・その重要性について 九

参照

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