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脳の可塑性と創造性のダイナミズム

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Academic year: 2021

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芸術脳の科学 

脳の可塑性と創造性のダイナミズム

塚田 稔 著 

講談社ブルーバックス

書評  日本の脳科学を長年リードしてこられた塚田稔先生 (玉川大学名誉教授)は、脳の研究の傍ら油絵の創作を 究められ、数多くの受賞作品を有し画壇の専務理事・審 査員も務める芸術家としても活躍されている。知る人ぞ 知る情熱の博士であり画伯なのである。本書は、人間は どのような脳の仕組みで芸術すなわち創造性を発揮する ことができるのか、独自の視点から科学的かつ大胆に切 り込んだ大変刺激的な「芸術脳」の学問書である。そこ では一人の科学者の脳が芸術家の脳内の創造の仕組みを 自ら解説するという不思議な光景が繰り広げられる。  まず、人間の脳内には、外界の環境と相互に作用する 「再現的世界」と、推論や感性により新しい情報を作り うる「情報創成の世界」が共存し、それらがダイナミッ クに協調し合うことが創造性を生み出す本質であると捉 える。この情報創成には右脳と左脳のコミュニケーショ ンも一役買っている。脳による創造の成り立ちには、「加 算的創造」、「水平的思考の創造」、「自己進化の創造」、「垂 直思考の創造」、「超脳の創造」の 5 種類が挙げられ、脳 内世界のダイナミズムこそがこれらの創造過程に不可欠 であると説く。  絵画を創作または鑑賞する際に、脳の視覚システムが 大切な役割を果たすことは想像に難くない。外界の物理 的情報は、網膜から大脳の一次視覚野を経て高次視覚野 に至る過程で、輪郭や色などの特徴抽出を施され、脳内 に再現的世界がボトムアップ構築される。その再現的世 界を高次な情報予測機能がトップダウン修飾する。例え ば、ピカソの絵にみられる、コントラストと輪郭線によ る「具象の世界」は網膜の情報に対応し、特徴抽出され た「デフォルメされた世界」は一次視覚野の情報に対応 し、シンボリックな表現に進化したキュビズムの「抽象 の世界」は高次視覚野の情報に対応している。また、網 膜や一次視覚野は自然光の波長を「物理的な色」として 感知し補色対比の特徴抽出を施して、上位の第 4 次視覚 野はリンゴは赤といった概念的な「恒常性の色」を再現 する。しかし、さらに高次にある前頭葉では、ダイナミッ クな情報創成の世界の表現として「心理的な色」が生み 出されるのである。  脳の情報創成の実現には、学習と記憶による神経回路 網の自己組織化が必須である。著者らは、従来の「へブ 型学習則」の他に、シナプス後細胞の同期発火を必要と しない「時空間学習則」も機能することを見出した。前 者は大脳皮質の長期記憶に、後者は海馬の短期記憶に、 それぞれ適した学習の仕組みである。記憶の情報はアト ラクタの形で記銘され、カオス的なアトラクタ間の遷移 により複雑な文脈を表現している可能性もある。また、 情報創成のためには、シータ波やガンマ波などのオシ レーションを利用して神経細胞間のコミュニケーション を図っている。  さて、本書の後半は、芸術脳の視点から絵画の名作を 鑑賞する応用編である。レオナルド・ ダ・ヴィンチ『モ ナリザ』、モネ『睡蓮』、シャガール『黒い手袋』、ダリ 『記憶の残像』など、芸術と脳科学の見事なマッチング に、脳科学者なら誰しも感心するに違いない。次いで、 著者が過去 10 年間に発表した絵画が次々とカラー印刷 で紹介される。いずれも作者により丁寧に解説されるが、 ここはぜひ読者自身の脳内世界のダイナミズムを駆動し て l 作品ずつじっくりと鑑賞してみてほしい。きっと脳 の創造エネルギーを実感することができるであろう。さ らには、脳が生み出す美の創成として、絵画のみならず 音楽やダンスの世界にも芸術脳の科学的思考が及ぶ。章 末には著者の 50 年間を越える脳研究の経歴が記されて おり、日本の脳科学の発展史を追ううえで貴重な資料と なっている。  本書は脳科学の紋切型の教科書でも解説書でもない。 塚田稔その人の生き方考え方を一言々々絵筆のような タッチで清々しく表現した芸術である。謎の解明に挑む 脳科学者はもとより、細分化された現代科学に閉塞感を 感じる科学者や、創造の糸口を掴み出したい芸術家にも、 ぜひ本書の一読を勧めたい。それぞれ創造に立ち向かう 勇気を得ると確信する。絵も文も素養のない評者も、実 験室をアトリエにして「芸術的な脳科学」を目指して研 究を進めていきたい。 (玉川大学脳科学研究所 礒村 宜和) (日本神経回路学会誌 Vol23 No1 掲載 許可を得て転載)

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