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障害児教育への基本的姿勢と専門性について : 障害児教育の”プロ”教師をめざす人に 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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(1)障害児教育への基本的姿勢と専門性について -障害児教育の“プロ”教師をめざす人に- 塚 原. 泉. (甲斐市立竜王小学校). Ⅰ.はじめに. 本稿では,障害児教育を大学で学び,卒業後,学校現場で教壇教員(通常学級,特殊学 級,養護学校)として過ごし,行政にも特殊教育担当指導主事として籍を置き,さらに公 立小学校で管理職として,障害児教育に40年近くかかわった立場から,これから障害児教 育を目指す学生,現職にあってさらに力をつけ障害児教育の“プロ”教師をめざす人を念 頭に,障害児教育への基本的姿勢と専門性について述べる。 知的障害児教育を中心に述べるが,本稿でふれる障害児教育への基本的姿勢と専門性と いう主旨では,障害児教育全般に共通するものと考える。. Ⅱ.障害児教育の先達のことと筆者自身の経験. 1.山梨県特殊教育研究連盟(山特連)に集う障害児教育の先達 山梨県の知的障害児教育は,昭和11年に山梨師範学校附属小学校に補助学級として開設 されたのがルーツであるが,特殊学級としては,戦後昭和25年に増穂小学校に開設された のが始まりであった。その後,昭和27年には島田小学校に,そして昭和28年には甲府北中 学校に,と特殊学級が設置され,次第に学級数が増加していった。 現在の山梨県特別支援教育研究連盟の前身,山梨県特殊教育研究連盟(以下,山特連) が,特殊学級担任者を中心にして結成されたのが昭和28年であり,本県特殊学級の教育実 践研究の基盤作りができたのである。当初は,教育委員会の担当者も含めた研究会が頻繁 に開かれ,会費もなく,それでも熱意あるメンバーは,時間的制約もなくこの教育のある べき姿を追究していったと聞いている。後に山梨大学特殊教育学科の主任教授となる松岡 武先生は,この山特連の指導者として活躍されていた。 松岡先生が,現場の先生方と特殊教育の研究会を一緒に展開しながら,山梨大学に「特 殊教育学科」を創設したのが昭和39年であった。そして飯田貞雄先生,高野武先生が相次 いで赴任された。障害児教育の現場の先生方が,力強い助っ人を得,大学の先生方の理論 的指導を受けながら,障害児教育に取り組んでいった。 昭和30年代から40年代,山梨の障害児教育で活躍されていた人々の姿が,筆者の脳裏に. - 1 -.

(2) 次から次へと浮かんでくる。お世話になった人々,懐かしい方々である。本当は,それら の方々の業績,実践を述べていくのが筋だろうが,それだけの余裕がない。また次の機会 に譲りたい。. 2.障害児教育の発展 昭和40年代後半から,山梨県においては,ますますの特殊学級の増加,昭和48年の山梨 大学教育学部附属養護学校(現・山梨大学教育人間科学部附属特別支援学校 ),昭和49年 の県立わかば養護学校(現・わかば支援学校)の設立,そして昭和54年の養護学校義務制 の施行を経て,県立特殊教育諸学校の充実など,様々な変遷と発展を経てきたが,山特連 は常に子どもたちを中心にして研究を続け,実践を着実に積み重ね,山梨県の障害児教育 の発展に中心的な役割を果たしてきた。 この教育を今日まで盛り上げてきた多くの関係諸先輩のご苦労とご努力に敬意を表し, 感謝するとともに,今この教育に携わる者は,責任と使命を胸に,指導技量を高め,子ど もたちの更なる成長をめざし,邁進していきたいと思わずにはいられない。 山特連のメンバーを中心とした先達の障害児教育への取り組みの歩みと,その歴史には 計り知れない重みと意義がある。先達の残した偉大な足跡をしっかりと受け止め,これを 踏まえて,さらにこの21世紀に大きくはばたく子どもたちの育成をめざして,精進邁進し ていきたいと思う。. 3.筆者自身の経験 (1)障害児教育へのスタート. -特殊学級. 筆者は山梨大学特殊教育学科の3期生として障害児教育を学び,卒業後,新卒で小学校 の特殊学級を担任した。当時,2学級で2担任(低学年・高学年 ),相棒の先生は障害児教 育でもベテランのK先生であった。3年間担任したが,途中からは3学級になり,4担任で あった。現在,多くの学級が1学級1担任という中で,信じられないことかもしれない。そ の間に,ベテランの先生方から色々なことを教えてもらい,実践に生かすことができた。 前述した山特連の先達の活躍を見聞きしたのはこの頃である。筆者は先輩・同僚に支えら れて,障害児教育の教師としてめぐまれた出発をすることができた。その後,新設された 県立の養護学校へのお誘いもあったが,教員としての幅を広げようと,山間小規模校で3 年間の勤務をした。自然に囲まれた環境で豊かに過ごす子どもたちとの日々は,これまた 充実したものだったと思う。 (2)あらためて障害児教育に目が開かれた養護学校での勤務 大学時代の恩師,松岡先生に招かれ転勤したY大学の附属養護学校では,比較的障害の 重い,年少の子どもたちに出会い,あらためて障害児教育に目が開かれる思いがした。附 属養護学校には,7年間勤務したが,その間に,横須賀市久里浜の国立特殊教育総合研究 所で重度重複障害児の指導について3ヶ月間の研修を受けたり,学生の教育実習を担当し - 2 -.

(3) たり,また研究主任として公開研究会を開催したりした。この公開研究会の時の研究テー マが「コミュニケーション能力を高める指導の研究」で,筆者は障害児のことばの指導へ の興味をこの時から持ち始めた。 (3)ことばの教室. - 教育センターでことばの指導の研究. 児童数1000人余の大規模校,R小学校へ転勤し,いわゆる通常学級での3年間も教師と しての幅を広げてくれたと思っている。 教育センターへの長期研修では,研究テーマとして「ダウン症児のことばの指導」を取 り上げた。1年間,研修主事の穴山徹先生(その後,県立やまびこ養護学校々長をされ, 退職された 。)の指導のもと,充実した研究生活を送ることができた。自分で言うのもお かしいが,障害児教育の教師として,大きく成長して,専門性を高めることができた一年 だったと思う。 そして,その後,R小学校に設置されていたことばの教室(実質的な通級指導教室)で, 言語障害児を中心とした障害児の指導や親からの教育相談を担当した。 (4)障害児教育担当者を指導する立場に 特殊学級担任,通常学級担任,養護学校教員,ことばの教室担任を経験した後,県教育 委員会の特殊教育担当指導主事として勤務をした。教育委員会での勤務の日々,これはま た新しい世界であった。全県下の特殊学級を中心に学校訪問をし,担任の先生方とも話を 重ねた。特殊教育諸学校の状況を知り,先生方ともいろいろな話をすることができた。全 国会議・研究会などにも何度も出席し,知見を広めることができた。当時ちょうど,文部 省が通級制を制度化,スタートさせた頃で,山梨県内のことばの教室を順次正式な通級制 に移行していく道筋を作ったことを思い出す。また,統合教育,インテグレーションを主 張する人たちへの対応もあった。 (5)管理職として障害児教育にかかわる そして,管理職になり,F小学校では,県教育委員会から学習障害(LD)児の指導の体 制づくりの指定研究を受け,全校体制で取り組んだ。平成5年の通級制のスタート時には 保留になっていた学習障害の子どもたちの通級制が具体的に検討され始めていた。そして, その後,特殊教育から特別支援教育への移行がスタートしていった。山特連の会長として, 創立50周年では全国特別支援教育研究連盟の小出進会長に記念の講演をお願いし,50周年 を祝ったことも記憶に新しい。 赴任した各学校で,新しく始まりつつあった特別支援教育の校内支援体制の整備・充実 に努めた。. Ⅲ.障害児教育に携わる者の基本姿勢と専門性. ここまで,山梨県の障害児教育の先達のこと,そして筆者自身の障害児教育とのかかわ りを記述してきた。これらを踏まえ,そこそこに垣間見られる障害児教育への基本的姿勢 - 3 -.

(4) と専門性について述べることにする。. 1.障害児教育から学ぶ,子どもから学ぶ 筆者が障害児教育にかかわったこれまでを振り返ってみると,そのときどき,障害児教 育に長く携わってきた多くの先輩や同僚,子どもの保護者などさまざまな方々から学ぶこ とが多かったとつくづく思う。またそれ以上に,子どもたちに教えられたり,気づかされ たりしたことがずいぶん多いのに気がつく。. 2.何をしたらいいのかも,きっと子どもが教えてくれるだろう 障害の重い子ども,しかも年齢の低い子どもを初めて目の前にしたとき ,「さて,何を したらいいのか。」と思い悩む。一人一人がそれぞれ違い(あたりまえのことなのだが), 今までの経験などあまり役に立たない。専門書を読んでもあまりよくわからない。だから さしあたっては,腕を組んで眺めているしかない。 しかし,眺めていてもわかることは少ないし ,「オレは教師だ。だから何かを教えなけ ればならない 。」と思い始め,そっと近づく。近づいてもある子どもは何の反応も示さな いし,ある子どもの場合は近づく前にどこか走っていってしまう。教えるどころか相手に もされないので途方に暮れてしまうのである。相手にされない教師ほどみじめなものはな い。 この子どもたちに,最初から何かを教えようと思ってはならないと思う。子どもたちと とにかく一緒に行動することから,子どもたちと泥にまみれてかかわることから,子ども の状況がわかってくる。子どもの実態をつかむことができる。 床に寝そべっていた子どもを起こそうと近づいた時,逃げてばかりいた子どもが,教師 が床に一緒に寝そべると教師の所へ自分から寄ってきて,指導のきっかけがつかめたとい うような経験はよくあるではないか。 何をしたらいいのか,どうかかわったらいいのかも,きっと子どもが教えてくれるだろ う。障害児教育への専門性のスタートがここにある。. 3.ほんのわずかな変化を見落とさない 障害児教育では,一人一人の子どものほんのわずかな変化を見落とさない姿勢がとても 大事である。そのためには前項でも述べたように子どもと一緒に過ごし,子どもに寄り添 わなければだめなのだと思う。障害児教育の教師は,観察眼を鋭く養い,子どもを見る目 を育てなければならない。. 4.子どもを勝手に決めつけない 障害児の指導に慣れてきたりすると ,「この子,ちょっと遅れているんですよね 。」と か,「難聴だから聞こえないんですよ。」とか,気易く言ってしまうことがないだろうか。 - 4 -.

(5) そしてろくに検査もしないで,子どもを知的障害とか自閉的傾向があるなどと勝手に決め つけてしまうことがないだろうか。これはとても危険なことである。いろいろな調査・検 査を実施し,関係機関とも連携し,慎重に判断することが何よりも必要である。. 5.子どもの様子を的確にとらえること 指導のねらいを決め,指導計画を考え,指導の効果をあげるためには,子どもの様子を 的確にとらえることが必要である。日々の観察が大事であるが,客観的な検査・調査も大 切である。指導のための実態把握をアセスメントというが,指導に役に立てることを前提 にいろいろな調査・検査を実施したい。もちろん親御さんと相談して承諾を得た上でのこ とである。ただ単に障害名を知るためだけで検査をすることは無駄なことである。. 6.子どもをまるがかりで見ることの大切さ 子どもの実態把握をするとき,関係機関との連携が大切である。もちろん,家庭環境, 生育歴などを確認しておくことも必要だろう。様々な情報収集を心がけ,それらをもとに 総合的に本人の全体像をとらえる必要性がある。そのためには,研修などを通して教師が いろいろなことを知っていること,アンテナを高く張っておくことが必要である。. 7.「相互障害」ということ 障害児教育の中で「相互障害」ということばをよく使う。障害児を目の前にして,われ われの側から見た時,彼らは障害者であっても,その一方,彼らの側から見た時,われわ れは自分の意志表示もわかってくれない障害者であるといった意味なのだが,障害児にか かわるときには,こういったとらえ方がとても大事なのだ思う。意思疎通がうまくいかな い,関係がうまく成立しない原因を,かかわる者の側からのアプローチで取り除いていく という姿勢が何よりも大切なのだろう。障害児に関わる中で,筆者自身こういった考え方 が,実感としてわかるようになった。. 8.謙虚さの必要性,そして教えることの難しさを知る ある程度障害児教育にかかわっていると,自分でも気がつかないうちに傲慢になってし まうことがないだろうか。慣れからくるあつかましさ,ずうずうしさがないだろうか。思 いやる気持ちが欠けていないだろうか。とくに,就学指導など,人の一生を左右すること であるという,事の重大さの認識不足がないだろうか。 人を教えるということの重大さへの「畏れ」を失わないようにしたい。これは,もちろ ん障害児教育に限らない。. 9.子どもの親,母親指導 母親の子どもへの接し方が,子どものことばの発達を左右することがある。だから,こ - 5 -.

(6) とばの教室などでも母親指導を大切にしている。しかし,お母さん方は障害をもった子を 苦労して育てているのだという気持ちを忘れたくないと思う。できたら母親「指導」とい うことばもおこがましく,使いたくない。むしろ,子どもに関する情報を教えてもらうの だというぐらいに考えるのがいいかもしれない。 母親指導という名の元に,一般的なことを,一方的に話したのでは,お母さん方は心を 開かず,母親指導にならない。時には,親の辛さをひたすら聞くという場面もあるかもし れない。母親指導の基本は,聴く耳を持つということである。カウンセリング・マインド ということばはここでも生きている。. 10.生きる力の育成 障害児教育には「生活単元学習」という学習形態がある。これは「総合的な学習の時間」 との関連を考えさせられる。もちろん細かいところ,意味あいは少々違うが,共通の考え 方もかなりあるように感じられる。 「総合的な学習の時間」ができる前から,障害児教育では ,「生活単元学習」や「作業 学習」などを通してずっと以前から「生きる力」の育成ということは,強調されていたこ となのである。. 11.障害児教育の質の向上を図る 障害児教育の質の向上を図るためには,学級経営や教育内容など,やはり担任の力量に 負うところが大きい。担任の真摯な取り組みにより,なによりも教育の質を高める必要が ある。子どもたちが明るく生き生きと学習するようになれば,学級は,校内はもちろんの こと,地域の人々からも評価されるようになるだろう。入級希望者も増える。何よりの就 学指導なのである。. 12.特定の分野に集中的に 障害児教育に携わる場合,その専門性を高めるために,一つの障害分野に一定期間専念 し,その分野の教育実践力量を高めることもいいかもしれない。筆者はことばの教室に勤 務したおり,言語障害児教育についてずいぶん知見が広がり,指導技術が習得でき,そし て子どもたちの指導に生かせたと思う。. 13.かめばかむほど味が出る障害児教育 現場の障害児教育にいる人の中には,不本意のうちに担任になり,しんどい毎日を送っ ている人もいるかもしれない。しかし,目の前に子どもがいれば,日々実践を積みあげる ことが教師の責務である。 理由はなんであれ,やり始めたらできるだけ長く続けてやってほしい。障害児教育は, かめばかむほど味が出るやりがいのある仕事なのだと思う。せめて4~5年はやってもらい - 6 -.

(7) たい。多分,1~2年では,苦しみや後悔しか残らないだろう。そして,もう二度とやりた くないと思ってしまうことは,寂しいことである。 「石の上にも三年」というが,障害児教育のやりがい,味がわかるには,少なくとも3 年はかかるように思う。担任したら,少なくとも3年以上は続けてほしい。. 14.肩の力を抜いて 障害児教育の担任は,いろいろと悩むことも多いだろう。しかし,肩の力を抜いて,私 一人ではどうしようもないのだ,学校全体で取り組んでもらおう,というぐらいの気持ち で教職員みんなに子どもたちの実態を話し,交流及び共同学習などを積極的に実施しなが らやっていくのがよい。学校全体で取り組むという雰囲気は,最近特別支援教育が叫ばれ, 校内支援体制の充実が叫ばれる中で出てきている。. 15.だれでも最初は専門家ではない 障害児教育の担任は,専門職としての自覚と誇りをもち,そのための研鑽を積み,子ど もの指導にあたるよう努めてほしい 。「私は専門家ではないから 。」などと言わず,研修 を積んでいってほしい。だれでも最初は専門家ではない。子どもへの指導を工夫しながら 積み重ねていくことで専門性は高まっていく。. 16.研修を積む その気になれば,研修する場はいっぱいある。現場にあるならば,管理職の理解をもら い積極的に研修に参加したい。担任者会等での研究会,特殊教育センターでの研修など, 注意していると結構研修の機会も多くあるはずである。多少費用はかかるが東京などで, 専門家・ベテランなどを講師とした研修会も開かれる。専門性を高め,障害児教育の“プ ロ”教師になるためのプロセスである。. 17.教育全体の中で 障害児教育を,ぜひ,広い視野から見てほしいと思う。学校教育,普通教育の一分野を 担当しているのだという気持ちでよいのではないだろうか。いや,その通りなのだと思う。 現場で行われている教育研究会なども別に障害児教育の研究会でなくてもよいと思う。ぜ ひ,広い視野で障害児教育を見つめてほしい。国語の研究会で,障害児のことばの指導, 作文の指導を発表するなんていうのもよいではないだろうか。算数研究会で,障害児の数 概念の習得について研究するのもよい。. - 7 -.

(8) Ⅳ.おわりに. 1.思い出す飯田先生のことば 筆者が大学で障害児教育を学び始めた頃,何もわからずただただ意気込んで「障害児教 育でがんばる」という筆者に飯田先生がいった 。「いいんだよ無理しないで。違う道が自 分に合っていると思うならそちらに行きなさい 。」と 。「意気込みだけでこの教育はでき ないよ。」という飯田先生の厳しい忠告であった。 中身のない意気込みだけから出発し,筆者はとうとう40年間,障害児にかかわり,障害 児教育に関係してきた。障害児のために尽くし,障害児教育の発展に少しは寄与できたと 自負している。そして,自分の経験をふまえ,障害児教育のやりがいや魅力について機会 あるごとに,ずいぶん周りの人々に語り,綴ってきた。 意気込み,前向きな熱意,積極的な姿勢が基本となり,子どもや親とのかかわりの中で 実践を積み重ね積み重ね,同僚との切磋琢磨の中で,研修を積み,その上に専門性が築か れていくのではないか。. 2.障害児教育の伸展を願う 今までの障害児教育へのかかわりの中で,多くの経験の中で,筆者が学んできたこと, 考えてきたことを元に,まったく羅列的ではあるが障害児教育への基本的姿勢と専門性に ついて述べた。 少しでも,障害児教育をめざす学生,障害児教育の教師をめざす人の参考になればと思 う。本稿が,障害児教育の教師をめざしている人々を勇気づけ,多くの教師の真摯ながん ばりで障害児教育がさらに伸展することを心から願っている。. 文献. 1) 山梨大学教育人間科学部障害児教育講座(2006)山梨障害児教育学研究紀要,創刊号. 2) 塚原泉(2006)みんながいのちを輝かせて生きる-特別支援教育(障害児教育)をめぐっ て-. 3) 山口勝弘・古屋義博(2002)子どもの発達支援-障害児教育のフィールドワーク-.啓 明出版.. - 8 -.

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参照

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