153
人工知能学会事務局から見た第五世代コンピュータと人工知能の未来
1.ま え が き
今回,第五世代コンピュータ(FGCS: The Fifth Generation Computer Systems)プロジェクトの特集を企画するに あたって,人工知能学会(以下,本学会)事務局から見 た第五世代とその後の人工知能,これからの期待を書い てくれないかと松尾 豊編集委員長から話があり,事務局 の人間が会誌の記事を書くことは前例のないことである が,お引き受けした.確かに,本学会は,FGCS プロジェ クトと密接な関係にあり FGCS プロジェクトの歴史と 本学会の歴史は重なる部分も多く,今回の記事が何かの 参考になれば幸いである. 思えば,2013 年は FGCS プロジェクトに従事した日々 をふと思い出す機会の多い年だった. 3月に IEEE 東京事務所から連絡があり,東北大学 で開催される情報処理学会第 75 回全国大会で招待講演 を行うため,2013 年 IEEE Computer Society 会長の Grier氏が来日されるので,本学会代表の皆様にもご挨 拶申し上げたいと希望しているとのことであった.大変 光栄なことなので,山口高平会長に対応を依頼した.同 行者は事務局長の Burgess 氏,会員担当の Doan 氏とア ジア・パシフィック地域マネージャの百武 巌氏の 3 名 で,会合はたいへん有意義かつ楽しいものだった(図 1). 席上,Grier 会長から FGCS プロジェクトの話が出た. 詳しい話を聞く時間はなかったが,長い間ロジックプロ グラミングに違和感をもつ人が多かった米国の研究者か ら FGCS という言葉が出たので驚いた. 4月に国立情報学研究所(NII)で開催された会議に 出席したときには,フロアの一番奥にある日仏情報学連 携研究拠点の研究室から出てきたフランス国立計算機科 学・自動制御研究所(INRIA)の研究者と廊下で立ち話 をして,INRIA と NII が学術交流に関する合意書を締 結していること,その INRIA の署名者が Kott 氏であ ることを知った.FGCS プロジェクトの実行部隊である 新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT: Institute for New Generation Computer Technology)も,INRIA と 日仏ワークショップの開催や長期滞在研究員の受入れに 関する覚書を締結しており,その INRIA の責任者が若 き日の Kott 氏であった.INRIA は FGCS プロジェクト の調査委員会が発足した 1979 年に設立され,当初はパ リ郊外,レンヌ,ニース近郊にある 3 研究所でスタート したが,今ではフランス国内に 8 研究所をもち,3 000 人以上の職員を抱える大規模な研究所になった.INRIA は日本流にいえば文部科学省と経済産業省が共同管理す る研究所で,研究成果の実用化や企業との共同研究を積 極的に推進している.Kott 氏は当初からその責任者で あったので,日本の企業との関わりも多い. 6月に富山国際会議場で開催した本学会全国大会で NIIの井上克巳教授が「説明と予測:科学的発見からレ ジリエンスへ」と題する特別講演をされた(図 2).井 上氏は元 ICOT の研究者で仮説推論やアブダクションの
人工知能学会事務局から見た
第五世代コンピュータと人工知能の未来
The FGCS Project and the Future of AI from the Point of View of JSAI Office
岩田 和秀
一般社団法人人工知能学会事務局Kazuhide Iwata The Japanese Society for Artificial Intelligence Office.
Keywords:
FGCS, ICOT, JSAI.「第五世代コンピュータと人工知能の未来」
154 人 工 知 能 29 巻 2 号(2014 年 3 月) 研究に従事していた.当時の ICOT には短期滞在招聘研
究員の Konolige 氏(SRI インターナショナル)や Poole 氏(ブリティシュ・コロンビア大学)および INRIA 長 期派遣研究員の Helft 氏らが滞在していたので,井上氏 は彼らと活発な議論を行っていた. 9月の理事会に編集委員長から FGCS を特集する企画 が提案された.FGCS プロジェクトの評価は終わったも のと思っていたので,特集に取り上げて果たして執筆者 が確保できるのかどうか心配になった.しかし,FGCS プロジェクトを知らない会員が増え始めている現在, Webを切り口にして FGCS プロジェクトで看板にして いた大量知識の高速処理を見直すという編集委員長の狙 いは,プロジェクトの前半で Prolog と関係データベー スを統合して大規模知識ベースの高速処理を行うハード ウェアを開発しながらアプリケーションを見付けられず に悪戦苦闘した著者にはとても新鮮な切り口に思えた. 10月に慶應義塾大学日吉キャンパスで開催した本学会 国際シンポジウム JSAI-isAI 2013 に,ロジックプログラ ミングの考え方を提案して FGCS プロジェクトに大きな 貢献をされ,プロジェクトの節目ごとの FGCS 国際会議 で招待講演をしたインペリアル・カレッジ・ロンドンの Kowalski名誉教授が参加された.Kowalski 氏は,NII の佐藤 健教授の推薦で日本学術振興会の平成 24 年度外 国人著名研究者招聘事業(招聘期間 3 年間)に採用され たので,今年の JSAI-isAI 2014 にも参加の予定である. 11月の理事会に来年度の全国大会のプログラム委員 会から,嘉悦大学の古川康一教授に「第五世代コンピュー タからスキルサイエンスへ─独創性の追求─」というタ イトルで特別講演を依頼したいとの提案が行われ,満場 一致で承認された.言うまでもなく古川氏は FGCS プ ロジェクトのキーマンの一人であり,プロジェクト終了 後もスキルサイエンスという新しい研究分野を立ち上げ て,現在も本学会の身体知研究会で活躍中である.なお, 古川氏は 2012 年度のフェローに認定された(図 3). そして締めくくりは,12 月に入って突如「ICOT 終了 20周年記念同窓会を 1 月 5 日に開催する」という案内 が来たことである.特集号の企画とあまりにもタイミン グが良いので取材を兼ねて参加した.出席者は 56 名で 会場は身動きできないほどの大盛況であった. 前置きが長くなったが,以下に FGCS プロジェクト と本学会での勤務経験を通して事務局からの提案をまと めたい.
2. 第五世代コンピュータ(FGCS)プロジェクト
に参加
FGCSプロジェクトは,通商産業省(現 経産省)の主 導で 1990 年代に実用化されるべき日本発のコンピュー タ(知識情報処理指向のコンピュータ)の開発を目指し てスタートした.その目的はロジックプログラミングを ベースとした高速並列推論マシン(1 000 台規模のプロ セッサを並列に稼働)の開発であった. その開発スケジュールは下記のとおりである.以下で はそのプロジェクトと著者自身の関わり,そして本学会 の発足と著者自身の関わりについて述べる. 2・1 準備フェーズ(1979 ~ 81 年) 1979年に日本情報処理開発協会(JIPDEC)に基礎 理論研究分科会,アーキテクチャ研究分科会,社会環境 研究分科会の三つの分科会と複数のワーキンググループ からなる FGCS 調査研究委員会が設置され活動を開始 した.この委員会の報告に基づき,1981 年に通産省が 設置した電子計算機技術開発調査委員会が FGCS の開 発計画をまとめ,1981 年 10 月 19 日(月)~ 22 日(木) に経団連会館で国際会議を開催してプロジェクトの発足 を宣言した.会議には海外から 15 か国 300 名の参加が あった.調査委員会の報告のほか,下記の海外招待者の 講演があった. ①「FGCS における記号操作の革新」 スタンフォード大学 Feigenbaum 教授 ②「論理的プログラム合成」 ミュンヘン工科大学 Bibel 教授 ③「記号演算の展望」 INRIA Kahn 教授 ④「コンピュータ・ビジョン用の認識アーキテクチャ」 イリノイ大学 McCormick 教授 ⑤「FGCS のアーキテクチャ分析」 ニューキャスル・アポン・タイン大学 Treleaven 教授 ⑥「アルゴリスム,アーキテクチャ,テクノロジー」 マサチューセッツ工科大学 Allen 教授 その当時,東芝総合研究所(現 東芝研究開発センター) でフォード自動車のエンジン点火制御プロセッサや CT の画像再構成プロセッサの開発を行っていた著者は,ロ ジックプログラミングについては白紙の状態で 1979 年 から社会環境研究分科会のワーキンググループの一つに 参加して「FGCS の社会に与えるインパクト」について の文献調査を行った. 2・2 研究開発実施フェーズ(1982 ~ 93 年) 1982年に三田国際ビルに ICOT が設置され,研究開 発がスタートした.FGCS の研究開発は, 図 3 フェロー認定証の贈呈式(2013 年 6 月 6 日)155 人工知能学会事務局から見た第五世代コンピュータと人工知能の未来 前期(1982 ~ 84):要素技術の研究開発 中期(1985 ~ 88):各サブシステムの研究開発 後期(1989 ~ 92):トータルシステムの研究開発 の 3 期に分けられ,終結したのは 1 年延長されて 1992 年であった.その後,後継プロジェクトとして FGCS の普及活動が 2 年間実施された.その間,節目ごとに FGCS’84国際会議,FGCS’88 国際会議,FGCS’92 国際 会議,FGCS’94 が開催され,各期間の研究開発成果が 発表された. 1982年にプロジェクトの前期がスタートすると東芝 は日立製作所と共同で関係データベースマシンの開発を 行い,FGCS’84 国際会議(1984 年 11 月 6 ~ 9 日)で デモを行った.このとき,会場の一番前に着席されてい た当時エキスパートシステムの開発で日の出の勢いで あった Feigenbaum 氏に,ディスクの中身は何かと厳し く追及された.しかし,4 年後の FGCS’88 で同氏に会っ たときは別人のように変わっていたので,エキスパート システムフィーバーの終わりを実感した. 中期には知識ベースマシンの開発に従事した.
3. 新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)
に出向
1987年 4 月から東芝での知識ベースマシンの開発か ら離れて ICOT に出向し,研究計画部で国際交流を担当 した.当時はプロジェクトが油の乗り切った頃で国際交 流活動は拡大の一途を辿っていた.当初から実施されて いた短期滞在の海外研究者の受入れや ICOT 研究員の海 外派遣のほかに,米国国立科学財団(NSF),INRIA, 英国貿易省(DTI),スウェーデンコンピュータ科学研 究所(SICS),ドイツ国立情報処理研究所(GMD)と の覚書に基づく 2 国間ワークショップの開催や長期滞在 研究員の受入れが軌道に乗り始めた時期だった. 著者は,在籍した 1992 年 10 月までの 5 年半の間に, 中期の成果を発表する FGCS’88 国際会議にスタッフと して参加したほか,下記のワークショップの事務局を担 当した. ● 日仏ワークショプ:東京とニース近郊で開催 ● 日米ワークショップ:東京とシカゴで開催 ● 日独ワークショップ:ボンで開催 ● 日英ワークショップ:ブリストルで開催 一方,短期滞在招聘研究員の受入れは 5 年間で 13 か 国から 51 名,長期滞在研究員の受入れはフランスから 6名,米国から 3 名であった.長期滞在研究員の受入れ については,フランスからは INRIA 経由でポスドクの 方が応募されたので全員受け入れたが,米英からは日本 文化についての好奇心から応募された高齢者が多かった のでお断りしたこともあった. 当時,企業ではまだ海外出張が順番制の厳しい時期であ り,大学院を卒業したばかりの研究者が頻繁に発表のため 海外出張するのは驚きだった.幸い,著者も毎年上記のワー クショップや長期滞在研究員の受入れに関する打合せで海 外出張した.海外出張は研究員にとってもスタッフにとっ ても大きなインセンティブとなる時代だった.4.人工知能学会に出向
本学会は FGCS プロジェクトの折返し地点に相当す る 1986 年 7 月設立された.設立には ICOT の上部組織 の運営委員会,技術委員会,業務委員会で活躍された委 員の方々や ICOT からの委託研究や ICOT のワーキン ググループで活躍された大学や企業の研究者の方々が発 起人を務められ,その後も役員として本学会の運営に大 きな貢献をした.設立当時はエキスパートシステムの大 ブームで会員数は 4 000 名を超え,全国大会の参加者も 1 200名を超える盛況だった. 著者は学会創立 10 周年記念事業が終わった 1997 年 1 月に東芝から本学会に出向してきた.この年の 8 月 23 ~ 29 日には IJCAI 97 が名古屋国際会議場で開催され た.この時期は依然としてエキスパートシステムブーム の終了と景気の低迷の影響で会員の減少(とりわけ,賛 助会員の減少)と全国大会の参加者の減少が続いていた. このため事務局のネットワーク化による通信費の削 減,オンラインジャーナルによる学会誌製作費の削減, 地方公共団体から全国大会補助金の獲得に努力する一 方,活性化積立金を取り崩して種々の活性化施策を実施 したが,残念ながらその後も金融崩壊,株価崩壊,リー マンショックと不況が続き会員の減少に歯止めをかける ことができなかった.図 4 に本学会設立以来の会員数の 推移を示す.しかし,10 年ほど前から全国大会の参加 者と発表件数が徐々に増えはじめてきて,新しい人工知 能ブームの兆しが見られるようになった.図 5 に全国大 会の参加者と発表件数の推移を示す.2011 年度の東日 本大震災以降は参加者も発表件数も大幅に増加した.こ れだけ発表件数が増えると,3 日間の大会では吸収でき ず 2013 年度は 4 日間の大会に拡張された.それでも, 夜 8 時まで発表が続くセッションがあったので,2014 年度の大会では一人発表 1 件という制限が設けられた. しかし,2014 年度も 600 件を超える応募があったので, 会場の確保がますます難しくなってきた. こうした全国大会の動向は,会員の増加と論文誌の採 録論文数の増加につながるのではないかとひそかに期待 していたが,会員数については今年度に入ってその兆し が見えはじめ,新規入会者が徐々に増えてきた.そして, 昨年末にホームページで学会誌の表紙の新しいデザイン が公開されてからさらに入会のペースも増え,1993 年 から 20 年間平均して毎年 50 名くらい減少してきた会員 数が今年度は百数十名の増加になる.もちろん,来年度 もこの傾向が続くのかは疑問だが,全国大会に関連した 個人会員の入会(2014 年度入会)が例年より好調で明156 人 工 知 能 29 巻 2 号(2014 年 3 月) るい見通しである.さらに,全国大会のデモ・展示・ス ポンサーシップの申し込みを契機に賛助会員に入会する 企業がではじめたのもうれしい誤算である. 一方,採録論文数のほうは,設立以来ほとんど変動が なく,ほぼ 50 編前後で推移している.全国大会と研究会 の発表論文数が増加の一途を辿っているのに,これが論 文誌の採録論文数の増加につながらないのは残念である.