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陳其南の「文化立国・台湾」構想の展開 ― 台湾人アイデンティティの醸成に向けて ― 【研究ノート】

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はじめに 本稿は、歴史的に紆余曲折を経ながらも過去約四半世紀にわたり展開されてきた台湾独 自の文化政策の中から、文化人類学者・陳其南が提唱並びに実施してきた「文化立国・台 湾」構想に焦点をあてる。彼は、複雑かつ多様な台湾社会の融和をめざし、「社区総体営造」 (コミュニティ全体建設)を通して「文化公民権」の意識化を模索した。その過程において、 市民の文化活動への主体的参加が定着し、共同体意識が高まり、多文化共生のための社会 的環境を構築する試みがなされてきた。台湾を取り巻く国際情勢の激変下にあって、文化 を基軸とする長期的ヴィジョンが打ち立てられて、「台湾人アイデンティティ」の潮流が 形成され、「文化立国・台湾」をめざす新たなステージが切り開かれたとみることができる。 2016 年 1 月の蔡英文民進党の政権奪還の背景には、台湾人意識の高揚が顕著に見られ た。台湾の総統・立法院議員選挙に際し、在外研修で現地滞在中の筆者が目の当たりにし たのは、人々の日常に現れる「台湾人アイデンティティ」のうねりであった。この選挙の 最大の争点は、中国との融和政策の是非という従来からの論争以上に、人々の投票行動を 左右するものがあった。自分たちは「中国人」なのか、それとも「台湾人」なのかという 文化的アイデンティティをめぐり、世代や地域を問わず深層心理における葛藤が見られた のである。 総統選直前の 1 月 5 日に実施された台湾の『自由時報』の最終民意調査の結果によれば1 民進党の総統候補者である蔡英文の支持率が 47.98%であったのに対し、歴史的敗北をし た国民党総統候補者の朱立倫はわずか 14.8%、親民党総統候補者の宋楚瑜は 10.29%で あった。さらに、年齢別に見ると、若者世代(20 〜 29 歳)の上記三候補に対する支持率は、 蔡英文が 54.62%、その次が宋楚瑜で 13.85%、最後に朱立倫がわずか 4.62%であった。 この若者世代が圧倒的に蔡英文を支持している背景にあったのは、彼らが「中国人」では なく「台湾人」であるという、アイデンティティ意識の変化である。彼らは、1987 年に 38 年間続いた戒厳令が解除された後の民主化の時代に生まれ、1990 年代中頃の教科書改 【研究ノート】

陳其南の「文化立国・台湾」構想の展開

― 台湾人アイデンティティの醸成に向けて ―

小 熊   旭

キーワード:陳其南、文化統治、「社区総体営造」、「文化公民権」

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訂により、従来の国民党史観に基づいた旧教科書『歴史』ではなく新教科書『認識台湾』 により教育を受けた世代である。かくして、蔡英文は、1 月 16 日、民進党の総統選およ び立法院のダブル選挙の勝利宣言の場で、「今日の選挙結果は、世界に対して台湾人は紛 れもなく自由人であり、台湾人は民主人であることを証明した」と高らかに宣言したので ある2 蔡英文は、今回の総統選挙活動中の公約として特に「文化政策」を重点的に取り上げて いた。2015 年 10 月 20 日、蔡英文は、「厚植文化力、打造台湾文芸復興新時代」と題す るスピーチを行った3。この中で蔡英文は、文化を「国家的霊魂」と位置づけ、国の発展 のための重要な鍵とみなしている。さらに台湾は多元文化の移民社会であるとし、文化公 民権を持つ人間中心(以人為本)に基づいた文化統治の民主化の推進を提言している。そ のためには個人の公民意識の育成や創造力の解放が必要であり、ボトムアップ(由下而上) の住民参加型の共同体(社区)造りが基礎となる。さらに彼女は国際社会に対しては、文 化のソフトパワー(文化軟実力)を生かした文化外交によって台湾に恒久的な異文化交流 センターを設立し、世界への文化発信の拠点にすることも明言している。 しかし、重要なのは、如何にして「文化公民権を実行」し、「台湾人アイデンティティ」 を深化させていくか、である。台湾の個人と社会の文化力を手厚く育て上げ、これらを実 現させるには、長期的展望のもとに労力及び経費をかけた国家的一大事業の実施が必要と なる。 アジアの中国語圏で『台湾海峡一九四九』などのベストセラー作家である台湾の龍應台 は、その作品群が台湾の民主化、自由化、本土化(土着化)の過程における典型的な産物 である、と現地で評価されている4。彼女は、この総統選挙を間近に控えた台湾社会の未 来についてのインタビューで、次のように述べている。「ただ、台湾の民主主義が安定し、 健全に機能しているとだけ見るのは楽観的すぎます。悲観的に見れば、台湾は不安定な航 空母艦(=中国)のそばに浮かぶ小舟。自由や未来を保障するためにどのくらい深い学問、 どのくらい大きな折衷の知恵が必要なのか。台湾の民主主義が未来の挑戦に耐えることが できるかは分かりません」と冷静な分析をして、危惧の念を吐露している(「インタビュー : 台湾の未来 台湾の作家・龍應台さん」『朝日新聞』2016 年 1 月 9 日)。  本稿は、台湾の文化政策の重鎮として長期にわたり関与してきた陳其南が、1994 年 に李登輝総統の要請を受けてから約 10 年間に推進した重点事業の思想的背景に焦点を当 てる。とりわけ、人びとの公民としての共同体意識改革の上に、「21 世紀台湾の未来像」 として文化統治の民主化を希求した「文化立国・台湾」構想の形成過程及びその展開につ いて一考察を試みるものである。 1.李登輝の「新台湾人」の概念 李登輝元台湾総統は、2015 年 1 月に日本で出版された『新・台湾の主張』の著書の中で、

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台湾人意識について次の通り述べている(下線は筆者)。 「 中国が台湾の民主化を阻む外的な問題だとすれば、内的問題とは何か。それは国 家のアイデンティティ(認同)に関する問題である。(中略)台湾人にはこの国家ア イデンティティという問題がある。これを解決しないかぎり、台湾の未来はないと いっても過言ではない。  台湾において、共通の国家意識の醸成を阻んできたのは、旧時代の歴史や政治構造 によってもたらされた『族群問題』である。つまり、先述した本省人か外省人かとい う問題である。また台湾には、ホーロー族(明清時代に福建省南部より移住した移民 の末裔)や客家(清朝時代に広東省南部から移住した移民の末裔)、原住民、そして 外省人など出身背景の異なる「族」の対立という固有の問題がある。これらの問題は、 長年の婚姻関係や交友関係、仕事関係を通じて、また民衆改革の過程で、だいぶ緩和 されてきた。ところが、政局の変化や選挙のたびに、異常な政治操作やメディアの報 道によってそうした問題が表面化し、台湾国民が神経を尖らせる、というのが実情だ。 とくに政治的に特殊な背景をもつ地域において、族の団結を訴えるという前近代的な 手法を悪用する政党連中が後を絶たない。  こうした手法は『敵か味方か』という区別を人為的に煽るモノで、住人の相互連帯 によって育まれた『自分は台湾人である』という『台湾意識』の形成にとっては、障 碍以外の何物でもない。(中略)そうした論戦は、台湾の前途にとってはまさに『百 害あって一利なし』である。(中略)簡単にいえば、台湾国民の共同体意識は民族で なく、民主にもとづいたものでなければならない。」5 こうした台湾固有の『族群問題』を打破するために、彼が一連の民主的改革を進める過 程で打ち出したのが、「新台湾人」というコンセプトであり、その定義は、「省籍や族群、 出身地の違いを乗り越えた新台湾人(新しい時代の台湾人)として団結し、台湾という『生 命(運命)共同体』の絆の強化に力を合わせる人々」6である。 このような李登輝の台湾と台湾人に関する問題意識は、過去 20 年以上一貫している。 時代をさらに遡れば李登輝は、総統時代の 1998 年 10 月 24 日、光復節前日の演説の中で、 次の通り述べている。 「 本日、この土地でともに成長し、生きてきたわれわれは、先住民はもちろん、数 百年前あるいは数十年前に来たかを問わず、すべてが台湾人であり、同時にすべてが 台湾の真の主人であります。  われわれは台湾の前途に共同責任を負っています。いかにして台湾に対する愛惜の 念を具体的な行動としてあらわし、台湾のさらなる発展を切り開いていくかは、われ われ一人ひとりが『新台湾人』としての、他に転嫁できない使命であります」7

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一方、この李登輝の「新台湾人」をスローガンとした台湾意識の提唱に対して、台湾の 歴史学研究者の黄俊傑は、「対内的には台湾を一個の全体となし、異なる時代に台湾に渡っ て来た様々なエスニックグループの住民を包括するものであり、対外的には中国大陸全体 と相対化し、台湾の独自性と先進性を強調するものであった」と評価しつつも、「この『新 台湾人意識』のコンセプト自体は決して新しいものではなく、既に日本統治時代の台湾知 識人の言論に見られ、また、『新台湾人意識』の中身は、実は空白の主体であり、単なる 一つの『記号』として、しばしば異なる立場の者によって異なる内容を注入されがちであ る」8と指摘する。 従って、重要なことは、黄俊傑の指摘する通り、台湾人アイデンティティの内実をどの ように具体的に確立するかにかかっている。 この点に関し、時代をさらに遡ってみよう。1994 年の春、李登輝は、往年を振り返り、 以下の通り述べている。 「 たしかに台湾には自由経済と民主政治が確立したが、さらなる民主社会の改造に 着手し、その末端に至るまで、主権在民の理念を貫徹させなくてはならない。もし代 議制に不足があれば、直接民主方式で補う必要があろう。新時代の国家意識と社会意 識とは、表裏一体の関係にある。つまり、健全な社会があって初めて、正常な国家が 成立するということだ。  では、健全な社会とは何か。それは『公民』意識の結合によって組織された共同体 のことである。(中略)  『新しい時代の台湾人による台湾』を主体とした社会が、民主、自由、多元、開放 を軸にしつつ、具体的に『なにをしようとするか』は、大変重要である。新しい時代 の台湾人とは抽象的なコンセプトで終わるものではない。口先だけの理念であっては ならない。  民主改革による『主権在民』という政治理想の実現に伴い、全国民が国家の主人と しての地位を享受できること、これを新しい時代の国家目標とすべきである」9   李登輝は省籍や族群、出身地の違いを乗り越えた「新台湾人(新しい時代の台湾人)」 のコンセプトの共有を提唱し、台湾人アイデンティティの確立をめざそうとした。しかし、 それは「言うは易く行うは難し」である。なぜなら、アイデンティティとは文化そのもの だからであり、一朝一夕にでき上がるものではないからである。また、省籍や族群、出身 地の違いを乗り越えることは、台湾社会のあらゆる分野の価値観の転換に挑み、新しい文 化的融合をめざす極めて困難な一大国家事業でもある。 かくして、この国家事業を実現すべく、1994 年、李登輝は、著名な文化人類学者であっ た陳其南に白羽の矢を立て、行政院文化建設委員会(略称:文建会。現文化部の前身)の 要職である副主任(副大臣相当)に抜擢したのである。李登輝の言説の底流に一貫してみ

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られる強固な政治的信念の背景には、多大の影響を与えたとみられるこの人物、陳其南の 存在があったと筆者は考える。 2.陳其南の文化論 (1)陳其南の略歴 陳其南は、1947 年 10 月 29 日、台湾の最南端にある豊かな自然生態と族群(原住民族) の多様さに恵まれた屏東県の高樹郷で生まれた。そのため、幼少期より土地、伝統的社会・ 文化に対する興味が尽きることがなかった。その時代は実用至上主義が主流であったのだ が、彼自身は人文、地理に関心を持っていた。反逆心の強かった彼は、学校や親からの期 待には沿わず、台湾大学への進学率が非常に高い屏東中学に通っていたにもかかわらず、 最終的には、国立台湾師範大学地理学部に入学した。そのため、屏東中学校長に、「全く 理解できない学生だ」と言わしめたエピソードを持っている。ここから陳其南は、子供の 頃から意志の強い人間であったことがわかる。卒業後は、自分から進んで蘭嶼の小学校教 師になり、その土地柄が非常に気に入ったため、文化人類学に関心を持った。向学心が強 く、再び、台湾大学人類学研究所に入学、さらに研究を深めるため米国のエール大学に留 学し、1984 年に博士号を取得した。その後、台湾に戻り、最高学術研究機関である中央 研究院民族学研究所副研究員、台湾史研究所研究員となり、『台湾的伝統中国社会』等を 出版した。また、香港中文大学の招聘を受け、同大学で教鞭をとった。新聞や雑誌の依頼 を受け、数多くの評論文などを発表した。台湾で戒厳令が敷かれていた時期に中華文化の 「吳鳳神話」を覆す批判論文を執筆したため、当時の台湾で物議を醸した。しかし、国民 党の李登輝総統は陳其南のかなりの数の論文を高く評価していたので、急遽、香港から陳 其南を台湾に呼び戻し、1994 年に行政院文建会の副主任(副大臣相当)に任命したので ある(1994 年〜 1997 年)。 陳其南は、当時の猿楽用主任委員(大臣相当)を補佐し、後述の「社区総体営造」(コ ミュニティ全体建設)の事業を提起した。その後、行政院文建会顧問(1997 年〜 2002 年、 『伝統制度与社会意識的結構―歴史与人類学的探索』1998 年出版)、日本の同志社大学客 員教授(2001 年〜 2002 年)、行政院政務委員(2002 年〜 2004 年)そして陳水扁政権(民 進党)時代に再び、行政院文建会主任委員(大臣、2004 年〜 2006 年)に抜擢され、「文 化公民権」や「公民美学」など一連の文化政策を推進したのであった10 このように陳其南は、国民党と民進党という相対立する政党の立場にかかわらず、李登 輝と陳水扁の二人の元総統それぞれから強力な支持を受け、結果的に長期にわたり台湾の 文化行政の専門家・指導者として稀有の経歴を持ち今日に至っている。 (2)陳其南の文化人類学的考察 陳其南は中国社会、台湾社会、市民意識などについてどのような文化人類学的考察をし

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ていたのだろうか11 ① 中国社会について 中国社会の特性について、国家としては、五千年以上の悠久な歴史を有しているにもか かわらず、その構成要素は、血縁と民族意識等の「文化アイデンティティ」を重視した段 階で留まってしまったため、公民意識を持った国家社会「共同体」の段階まで発展しなかっ たと考える。そのため、中国は、具体的な社会的個体群ではなく、抽象化された文化もし くは血縁の象徴体である。中国の伝統社会は、「文化アイデンティティ」に偏重して、社 会的凝集力に欠けているため、基本的に共同体的社会意識を生み出すことが出来ず、歴史 上一つの国家体制の形態として存在できるのは専制的官僚たちが支配することで、ようや く維持できる。従って、この支配体制がいったん崩れてしまうと国家は崩壊し、人びとも ばらばらになってしまうのである。 ② 台湾社会について 文化と社会的角度からみると、台湾も「中国式社会」である。基本的に伝統中国に見ら れるように、人びとは従属的に行動する「属民」社会の伝統から未だ抜け出せずにいる。 西欧社会と比較してみると依然として「前市民社会」の段階に留まった、国家社会の一員 としての政治意識がかなり欠けた、未だに自治能力・自主意識を備えた社会共同体を構成 できない状況にある。「市民社会」の存在の前提は西洋の自由都市の市民共同体に見られ る社会の実態と構成員としての市民意識を具備していることが必要なのである。しかし、 台湾社会では、戒厳令が解除され民主化が進む中で、知識人たちは、言葉の幻想に惑わさ れ、政治や政府万能論から脱却できないだけでなく、自己責任も果たさず、自主的行動も しない現状にある。 ③ 市民意識について 台湾は、一つの伝統的な「中国」の国家形態が転化して一つの現代的民主国家となった ため必然的に種々の苦境に直面せざるを得なくなった。中国式社会が現代国家と現代社会 形態になる過程で最も重大な問題は、「市民」理念の欠落にある。 市民意識を確立するすべがないから、「国家」理念は、いつまでも伝統的概念に留まら ざるを得ないのである。市民意識が、未だかつて存在しなかったために、台湾は、経済と 社会の隅々に至るまで様々な混乱が生じているのである。従って、一つの国家社会形態と して既に脱伝統社会になったかのように如何にふるまっても、現代性からは程遠い状況な のである。なぜなら、社会的な共同体意識がなければ、当然、その構成員たる人々の間に 「市民意識」が育成されるはずもないからである。 こうした陳其南の文化人類学的考察から導き出されることは、まず人々の間に社会的な 共同体意識の形成があって初めて「市民意識」が育成されるということである。

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(3)陳其南の文化観 次に、李登輝の期待を一身に担って登場した陳其南の文化観について彼の言説を基に考 察する12 ① 文化の定義 陳其南の「文化」の人類学的定義は、ある社会もしくは民族の個人の脳裏の深層にある 一つの様式のデザインである。その本質は私たちが直接解剖して肉眼で観察することので きない一つのソフトであり、これによって初めて各個人は話をし、行為する能力を備えて いる。私たちの一挙一動はこのソフトの源による応用であり、同時にこの様式の制約も受 ける。私たちはこのソフトの社会性もしくは民族性を強調し、異なる社会には異なる様式 のデザインがある。したがって、個人の行為は、およそ文化の範疇に属するものは、皆、 他者によって理解され、認可されるのであり、そうでなければ自分の文化の範疇に属して いないのである。 ② 文化の範囲と向上 現在の台湾の社会文化発展の問題を考察する際には、所謂「文化」の範囲は、明らかに 芸術もしくは民俗活動だけを指しているのではなく、「社会生活の全て」を包括している。 例えば、現在の教育知識、学術研究、科学技術水準、住居環境、民主活動の程度などは一 国の「文化」水準を表している。したがって、文化水準を向上させるには、必ず「一つの 社会の人々を全面的に動員する運動が必要」となり、最終的には、政治の民主化と効率化 が鍵であると説く。 ③ 文化の東西の差異  一般的な用語においては、「文化」は、概してエリートあるいは高級文化のレベルを指 している。例えば、「文化砂漠」「農村の人たちには文化がない」「文化芸術センター」「文 化建設」「文化復興」などの如くで、これらは全て「高級文化」を指している。十数年前 にある外国人が台湾は一つの「文化砂漠」であると言って批判したことがある。しかし、 実は、いつごろから「文化」が「大衆的」と「高級的」の二つに分かれていったのかにつ いては分かっていない。 陳其南は、中国語では、「文化」は文字の発明と使用に密接な 関係をもち、それが人類の歴史時代とそれ以前の分岐点であり、文字の発明と使用によっ てその違いが画定する。西洋の「文化」は比較的「順応する」意味が強く、自然の生の状 態から人間の教養を経て「規律」のある状態へと転換し、文字の有無とは関係がない。「文 明(civilization)」の語源は、「都市(city)」あるいは「市民・公民(civil)」であり、こ れに相対するのは「郷土」であり農耕の原始状態である。中国語の「文化」の一語には、 文字を見てその意味が分かるように、西洋の文字よりも既に「高級的」な成分を含んでい ると述べる。 ④ 台湾における独自の文化の建設とは  それでは現在、台湾がなぜ、文化建設、文化復興を再建しなければならないのか。 「文化」は必ず、全国民が「共に享受すべき」ものであり、実際の生活の中で皆が広く

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実行している必要があり、また、その意義と価値基準が皆に理解されていなければならな い。例えば音楽と美術活動を例にとれば、一般の末端組織(「社区」)の民衆たちは、条件 が許す限り通常、皆、積極的に自分からそれらに参加する。その理由は社会全体がこの種 の活動に対し共通の価値認定を持っているからだ。 それゆえに、一部のエリートないし、少数の専門家のみしか鑑賞できないものは、二流 の文化であり、決してその社会の主流文化とは言えないのである。逆に言えば、「高級文化」 は、「大衆文化」の中に元々根ざしているものであり、その中から昇華し、生まれてきた 優れたものなのであり、全く異なる範疇の種類ではないということである。 陳其南は、「もし、仮に私たちが『大衆文化』を政府機構によって誘導してくれること ができると信じるならば、この類の民俗活動(進香、迎神等の民間宗教・文化活動など: 筆者注)は、まず第一に研究と指導に着手すべきプロジェクトなのである」と結論づける のである。 陳其南は、「大衆文化」という草の根レベルの下から上への社会全体の文化建設・文化 復興をめざしていたと言うことができよう。また同時にそれは、「従来、多くの在野のエ リートたちによって推進されてきた “全住民『本土化』運動”」13であり、また政府の文 化政策によって大衆と協働し、長期的かつ持続的に行う一大事業であるべきと言えよう。 3.陳其南による構想から文化政策の具体化へ (1)文化建設委員会とは 陳其南の指揮のもとに「社区総体営造」(コミュニティ全体建設)事業と「文化公民権」 事業の二つの文化政策を実施したのは、前述した文化建設委員会であった。正式名は、「行 政院文化建設委員会」(略称:文建会)といい、1981 年 11 月 11 日に成立した芸術文化 に携わる者および団体に対する助成と奨励を行う、国家の最高行政機関の内閣に直属する 文化行政機関である。元々は、1968 年に教育部(省)の文化局として成立し、文化、芸 術文学、ラジオ・テレビと映画などの文化政策担当の行政機構であった。 「社区総体営造」の「社区」とは、コミュニティ(community)と訳される、人々の居 住地域の意味であり、その規模は、大小さまざまである。広くは、村落をはじめ、街、都市、 ひいては国家や地球も含むまとまりのある共同体の呼称である。「総体」とは、生活環境、 建築景観など多要素を総合的に含む語である。 既に述べてきたように、陳其南の定義では、「社区」とは社会の末端組織において、人々 が広く実際に祭儀等の宗教・文化活動などを行っている生活の場のことである。従って、 「社区総体営造」(コミュニティ全体建設)とは、そうした人々の地域共同体意識を創出、 運営していくことであり、その本質は、人造りであり、人々の心(意識)を改造していく ことである。

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文化部によれば、この「社区総体営造」(コミュニティ全体建設)の言葉は、1994 年 に文建会(文化部の前身)の「政策計画説明書」の中で初めて使われ、その意味は、「共 同体の住民が共同体意識を凝縮し、積極的に共同体文化に参加し、共同体文化の特色を創 り上げていくひとつの改造運動」とされている。また、「社区総体営造」(コミュニティ全 体建設)運動は「共同体意識の養成を重視し、住民が公共の仕事に参与し、初期には共同 体のスペース(図書館、美術館、博物館、文化センター等のハード)の改造・地方産業の 振興・文化芸術活動などの基礎造りに関わる。さらに共同体に参画し、共同体学習と共同 体美学などの価値観を創り上げ、政府の資金の提供を調整し、専業的に共同体の住民に協 力し共同して市民学習や社会改造を行う運動」14とされている。 言い換えれば、〈文化による共同体改造運動〉を通じて、人々が、より積極的に共同体 の文化に参加するという義務を果たすことによって、主体的に文化を造り、人々のための 文化的生活を営める台湾を創り上げていく運動と言うことができよう。それは決して政府 のトップダウンのお仕着せの文化政策ではなく、「政府と共同体住民とが対等の立場に立っ たコラボレーションの運動」なのである。 2004 年に、陳其南は 10 年前の当時を振り返り、その内容を台湾全体の文化による変 革の観点から、次のように述べている。 「台湾で『社区総体営造』事業を始めるのは、過去の政府が提唱してきた高級文化と は全く違うものである。文化を『社区総体営造』事業の中で実現するためには、全て の面において、全ての人々に対し、基礎的な文化の姿を展示しなければならない。当 時の台湾は、ちょうど草の根民主政治の転換期に直面しており、私が考える政治の転 換というのは、ただ中央だけの転換で済むものであってはならない。そのような民主 政治は事実上、根っこがないのに等しいからである。民主政治に根っこを持たせるた めには、公共の問題にまで切り込まなければならないのだ。例えば、『社区総体営造』 事業は全国各地の市町村レベルまで実践しなければならない。『社区総体営造』事業 を実施して 10 年来、勿論、目に見える成果もあったが、しかし、『地方自治』の観 点から見れば、台湾が真の民主政治国家になるには、まだかなりの距離がある。(中略)  しかし、台湾は二人の総統の尽力のお陰で既に一歩一歩と経済国家から政治国家 の段階に移行しており、『文化国家』という最終目標に向かって大きく歩み始めてい る。」15 ここには、陳其南が、新しい文化立国・台湾を創り上げていくために、李登輝と陳水扁 という二人の総統の後ろ盾を受け共同体意識の醸成について、台湾全土を視野に入れ、全 国各地の津々浦々までを対象として実践していこうとする姿勢がみられ、この長期的かつ 壮大な事業に対する彼の信念と情熱を窺い知ることができる。

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文建会は、1994 年 10 月 3 日に「社区総体営造」事業を立法院で提唱し、長期的展望 の下に、以下のように三時期に分けて実施してきた。 ・第 1 段階(1994 年~ 2001 年) 運動の理念、人材養成、産業振興、景観の改造などの観点から台湾社会を広く視野に 入れ、個別的に模範となるモデルの共同体を視察し、経験をもとに交流し今後の建設の ための基礎造りを計る時期とした。 ・第 2 段階(2002 年~ 2007 年) 行政院が推進している「挑戦 2008:国家発展重点計画」に沿って「新故郷社区営造 計画」を提唱し、“行政の共同化” を重視して行政機構間の業務の調整を合理的に計り、 全体の目的の統一をはかると共に資金の有効使用などを実施した。また、第 1 段階の 成果と経験を踏まえ、現実に即した地方産業の活性化と振興および生活環境・空間の刷 新、地方の魅力の発展をめざした。 ・第 3 段階(2008 年~ 2015 年) 2007 年 10 月の「地方文化生活圏」区域発展の概念を出発点として「盤石行動:新 故郷社区営造第二期計画(2008―2015)」の提唱によって、共同体の文化生活および 自治能力を向上させ、芸術文化活動への住民参加による社区営造方式を活用し、より多 くの住民達の共同体意識を凝縮させ、故郷愛を刺激し、彼らの公共空間における実践能 力を高める事によって「公民造り」という目標を掲げ、実施した16   しかし、陳其南が、いみじくも過去 10 年間を回顧して述べているように、当時は草の 根民主政治の転換期に当たっていた。また、「社区総体営造」(コミュニティ全体建設)事 業の対象が、草の根の住民による「心の(意識)改造」、さらには「公民造り」である以上、 長期的に多大の労力を要する大事業であることは確かであり、その成果は安易には期待で きないものであった。 (2)「公民意識」の育成 陳其南は、長年にわたる文化人類学を始めとする幅広い学問的蓄積を踏まえ、日本、米 国などの在外研究時における国際的学術交流の経験を活かし、中国社会と台湾社会に対す る極めて冷静かつ緻密な洞察と現状認識をもとに、21 世紀の新しい台湾像として文化統 治の民主化による「文化立国」を提唱した。そのための具体的事業としてまず「社区総体 営造」(コミュニティ全体建設)と「文化公民権」の二段階の事業を提唱したのである。 上述した台湾社会の実情に鑑み、「共同体意識」(コミュニティ意識)があって初めて 「市民意識」が生み出されるとして、まず、第一段階として「社区総体営造」(コミュニティ 全体建設)事業を重視したのである。そして台湾社会の文化による「共同体意識」が醸成 された後、次なる第二の発展段階として文化による「公民意識」の啓発をめざして「文化 公民権」事業を実施していく、言わば「二段階発展方式」によって「台湾人アイデンティ

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ティ」を創出し、台湾社会の「国家改造」計画の実現をめざしたのである。 「台湾人アイデンティティ」の「台湾人」とは、省籍や族群などの出身背景の相違を超 えた全ての台湾の人々であり、また、台湾の民主社会における文化的多元性と文化的差異 を許容し受け入れることのできる多文化主義の「文化公民意識」を持った台湾の「公民」 を意味するのである。 陳其南による「公民」の定義は、英語の「市民(citizen)」の意である。中国語訳の「公民」は、 適訳である。西欧の歴史伝統の中で「市民」は、「公民」の意味を既に含んでいる。しかし、 「市民」の観念は、中国の歴史上にはない。いわんや「公民」は言わずもがなである。「公民」 の概念とは、人と社会国家の間の関係であり、自己が社会国家の責任と義務などの中身と 向き合うことを体験するのである。西洋の歴史においてそれは、「自然人」と相対する言 葉である。「自然人」とは、血縁関係があり、家族のアイデンティティがあり、親族を持っ ている範囲である。しかるに「公民」の理念は、「自然人」の意義とは異なり、ひとりの「社 会人」「政治人」すなわち、「公」の人である。中国の伝統文化においては、自然人という 観念を打ち破り、「公民」の意識まで昇華することは極めて困難なのである。中国人の家 族主義は非常に強く、帝国専制時代から常に血縁あるいは種族の関係を強調してきたので 「自然人」の観念に基づく私領域が非常に発達しかつ影響も深遠なのである。 台湾がもし、一つの現代国家に転換したいと欲するならば、こうした血縁関係を主軸と した社会通念を乗り越えて、人と人の関係をただ血縁関係あるいは民族関係だけで画定す べきではない。それも重要であるが、社会関係や政治生活の中では、自分自身を一人の社 会人、政治人、甚だしくは法律人に変身させる必要がある。政治人に変化して初めて、私 たちは、本当にたくさんの公共事務に参与することができ、一つの国家と社会の成員とし て公民の権利義務を自分自身で体験し認識することができるのである。 一つの公民国家と公民社会において多様な公共関係への従事にまず必要なことは、公民 の資格と公民意識の確立である。また、ここで言う公民国家の確立に重要な観念は、「契約」 である。ルソーの『社会契約論』は、東洋と西洋の契約に対する見方が非常に異なること を示している。「契約」は、公民国家ないし公民社会の中で決定的な役割を果たすのであ る。共同体、公民、および契約は三位一体のものなのである。公民観念を経て共同体意識 が確立されたのは、必ずやあるものによって個々の公民と社会全体とが結び付けられてい るが、この抽象的な結びつきの基礎が他ならぬ「契約」というものであったのである。中 国式の社会では、これまでこの観念が欠落していたのである。だから公的領域においても 凝集力を生み出すことができなかったのであり、共同体の観念も打ち立てることができな かったのである。 西洋人は早くから個人主義、個人意識、個体の権利と義務を強調してきた。それではな ぜ人々は、家庭あるいは血縁家族よりもさらに強固な一般の社会団体または国家体制を造 り上げることができたのか。その理由は、正式な国家体制の中で法律というものによって、 完璧な成員の資格を具えた公民として承認されて初めて、人は選挙に参加する完全な資格

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を持つことができ、公職を担い、各種の政治活動に参加できるからである。   陳其南の広範かつ緻密な公民の比較研究によって見出されたのは他ならぬ「契約」のも つ機能だった。「契約」は、必ずしも書面または形式上の関係ではなく、最も重要なことは、 互いに観念上、認識し、意識している一種の権利義務の共有・交換関係であると認識され ている17   1998 年春、陳其南は、日本台湾学会設立大会において、記念講演者として自らの台湾 研究を回顧し、学術研究としての台湾研究のあり方について、政治やイデオロギーなどの 非理性的要素を排除すべきであると述べている18。「私の最大の願いは台湾研究を通じて、 台湾社会の理性化を促進することです」と述べて、台湾社会の歴史的変容を本土化(土着 化)によるアイデンティティの再生過程として跡づけている。さらに、台湾社会の複雑な 特殊性である少数族群(原住民族)を文化人類学の視点から豊かな研究対象として、また 知識の宝庫としてポジティブに提起する。彼は、統治側(政府側)の考え方を動かすよう な「原住民の覚醒」に着目する。彼らは、生活向上をめざして公民運動を展開する中で共 同体意識(アイデンティティ)を醸成していくのである。 4.「文化公民権」:2004 年以降 「文化公民権」という用語については、本稿では中国語のまま使用する。上述してきた ように、陳其南の「文化」の概念は、私たちを取り巻く「社会生活の全て」を包括し、全 国民が「共に享受すべき」ものである。また、「公民」とは、ひとりの「社会人」「政治人」 すなわち、ひとりの「公」の人である。文化による第一の民主化事業である「社区総体営 造」(コミュニティ全体建設)は、人びとの共同体意識を養成し、「公民」としての実践能 力も高めることを志向してきた。次に、第二の民主化事業として、政府と共同体住民とが 対等の立場に立った、権利と義務のコラボレーションを実践させることが重視されること になった。そこで展開されたのが「文化公民権」という概念の提示であり、その普及運動 である。 2004 年 5 月 20 日、文建会の主任委員(大臣)に就任した陳其南は、「社区総体営造」(コ ミュニティ全体建設)事業に続く、第二の発展段階としての位置づけの「文化公民権」事 業を始動した。7 月 20 日、陳其南は、以下の 6 項目の内容からなる『文化公民権運動宣言』 を台湾の人々に訴えかけた19 (1) 我々は、今日の台湾人にとっては、基本的人権、政治参与権及び経済平等権だけに満 足することなく、さらに一歩進んで文化公民権が必須であると考える。 (2) 我々は、中央と地方政府は、責任を持って十分な文化芸術資源を提供し、各地の公民

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の文化を享受する権利を満足させることを要請する。 (3) 我々は、全ての公民は、文化芸術活動、資源、資産とそれらの発展に対し共に参加・ 支持し、擁護・推進する責任を負っている事を要請する。 (4) 我々は、それぞれの公民は、文化芸術と審美の資質を高める事がすなわち文化公民権 を確立する基本条件であると要請する。 (5) 我々は、国家社会共同体のアイデンティティは、伝統的血縁、地域及び族群から文化 芸術と審美活動に対する合意とそれへの承認に高めるべきである事を主張するもので ある。 (6) 我々の最終の理想は、なかんずく一つの文化と審美を承認する公民共同体社会なので ある。 ここには、新しい「文化国家」のアイデンティティの主旨が提示されている。すなわち、 運動がめざすのは、台湾の全ての公民に共通する文化と審美を共有する公民共同体社会で ある。その背景には、どのようにすれば 21 世紀の台湾社会で「文化公民意識」を培うこ とができるかについて次のような陳其南の構想があった。 ① 社会の大衆の文化芸術資源に対する享受能力を促進し、文化芸術生産への参加と義務 を強化する。 ② 文化芸術の質を高め、それにふさわしい公民像を造り上げる。 ③ 文化芸術を以て異なる個人・原住民族と国家との間の相互コミュニケーションの公共 領域を作り、異なるレベルの文化共同体のアイデンティティの基礎造りを行い、一つ の美的な生活と思想を持った共同体である台湾の改造をめざす。 しかし、これらを実現するために、陳其南は、そのための前提として、前述の文建会が、 統一されたメカニズムを発動する必要があると考える。なぜなら、政府の各部門(各省庁 等)が一体となって、それぞれの部門において政策上、同じように文化的志向を行うよう にしなければ政府全体としての足並みが揃わないからである。文化志向とは、審美的なも のだけでなく、一種の「文化共同体」を再建することだからである。それは、極めて困難 な課題であり人々の日常生活の中にまで浸透させ、職場に限らず地域社会、さらには原住 民問題にまで影響を与えなければならない。従って、陳其南は、文化芸術を個人レベルに 止まらず、より広範に公共領域にまで拡大させ、文化施政によって、台湾社会全体に共通 のアイデンティティという価値観を創出していくことが、台湾が当時、直面している危機 を解決する最良の方法だと考えるのである20 そのため、陳其南は、上記の構想を具体的に実現する活動施策として、「文化公民権」 運動、「公民美学」運動、「生活劇場」運動などを提唱していったのである。

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(1)「文化公民権」運動 2004 年 7 月 21 日、文化建設委員会は、『文化新聞』に「文建会発動『文化公民権運動』、 第二の民主化事業の実施」と題する記事を掲載した。記事の内容をまとめると、以下の通 りである21 ① 活動内容の主軸は、「文化公民新社会の再建と多元民族カーニバル」である。 ② この事業を実施する背景として、著名な政治家間の不用意な発言が契機となって、原 住民問題が再び社会的な焦点になった現実があった。原住民問題は複雑で評価が難し く、政治的解決は容易ではない。解決の鍵は、「成熟した公民」の責任と意識である。 ③ 「公民」は「文化公民権」のキャリアーであり、その役割は、地域社会の中で生まれ、 地域社会の成員の権利と義務の認識によって果たされる。「文化公民権」の促進とは、 文化芸術の価値を認める事のできる基礎的な公民の資質を作るものである。 ④ 従って、「文化公民権」の意義は、政府が十分な文化資源を提供し、公民が十分に享 受する権利を保障する事を要求するだけでなく、更に一歩進んで公民が文化芸術活動 の発展に参加し、支持し、守っていく責任を要求するものである。文化芸術と審美の 角度から切り込み、一つの文化と審美に属する「公民共同体社会」を再建する事が重 要である。 ⑤ この目的のために文建会は、12 の原住民族を含めたあらゆる台湾の人々の消費社会 の文化意識や「文化多元主義」言説などをテーマとした会議・音楽会・映像展・美食 展・地方演劇祭・生活劇場などを開催実施する。その目的は、国民の「文化公民」の 責任と意識を全面的に呼び起こし、台湾の新しい公民社会と国家共同体意識を再建す ることである。 陳其南は、「文化には立場はあるが、しかし、それは政治的立場を遥かに超えたものな のである」と述べる。そして、「皆さんが如何なる身分の人であろうが、あらゆる台湾で 生活している人々が全て全力で支持し、台湾の第二の民主化事業である『公民社会の創設』 のために共に努力しようではないか」と呼びかけるのである。 なお、上述した活動内容は、2004 年の秋に「全国多元民族会議」(10 月 16 〜 18 日) が国家図書館で開催され、また、文化公民権をアピールする「公民カーニバル」活動の一 環として「台湾文化の日の夜」(10 月 16 日)、「文化スタート―台湾の我が家」装置芸術展、 「因縁劇会」生活劇場共同公演、民族美食展、多元民族映像展、などの文化活動が具体的 に実施され、「国家改造」プロジェクトの実現に向けて一里塚を築いたのである22 (2)「公民美学」運動 抽象的なこの言葉の意味について、陳其南は、その意義を台湾の人々が「美しい社会を 作るには『公共性』と『自覚』を考える必要があり」、「『美』の実践を一人ひとりの権利・ 義務と考え、国民の美に対する責任を通して台湾を美と倫理のある社会にすることです」

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と述べる。また、「『公民美学』運動では、美に対する権利・義務を国民のものとします。 私が文化公民権を強調する意義はこの点にあります」とも語る。 しかし、陳其南は、この「公民美学」運動を国民レベルに広く、かつ深く普及させてい く困難さを十分に認識していた。彼は、「まずこのような理念と価値を中央政府の各部門 や地方自治体、民間団体などに浸透させなければなりません」と言い、この事業の実施と 資源の配分がどんなに困難が伴うとしても「公民美学の創意と計画は上からの押し付けで あってはなりません。地方の一般の人々が自分の問題として理解し、そこから公民美学の 精神にかなうプランが生まれてこそ、真の自覚が可能になる」と強調するのである。陳其 南は、西欧諸国の都市計画と日本の京都の調和の取れた古い町並みを例にとり、この運動 には、視覚上の美的センスの向上と芸術文化の健全な環境の確立の二つの重点があると する。前者は、アメニティ社会を目標に公園や図書館などの施設や生活周辺の視覚的美 観、礼儀正しく優しい人間関係などの向上を計り、後者は、美は地域社会に根を張るべき との観点から地域社会を芸術空間にしていくことをめざしている。この二つの運動を理解 するプランナーやプロデューサーの力を借りて地域の美を生み出すことを企図したのであ る23 (3)「生活劇場」運動 陳其南は、これについて「『劇場』は、(中略)現実生活の様々な問題を演劇化したもの で舞台を通じて現れる対話を行うもの」だから、「今回『生活劇場』運動をスタートする ことによって、公民意識の中で最も重要なグループ教育および人に対する配慮を強化する もの」と定義する。 また、文建会の当面の重要な課題として、『生活劇場』運動の活動について、シナリオ 保存に対する助成金をどのように提供すべきか、民衆の文化活動に参加する費用をどのよ うに補助していくべきか、などを挙げている。そして、「『生活劇場』運動の目的は、新し い生活文化を創造する運動であり、文化公民社会を生み出し、グローバル化の流れの中で、 地球公民社会の構築をめざしたい」と大きな期待を寄せるのである24 以上述べてきた「文化公民権」事業の各運動の活動等を総括して、陳其南は、「台湾社 会は各民族(族群)と密接不可分であり、相互に尊重し、『文化を享受』し、『文化を創造』 し、『共同の文化意識を凝縮』し、『公民社会を創設』することを宣言し、これこそまさし く『文化公民権』なのである」25とする。 しかしながら、実際には、「文化公民権」事業は 2004 年 7 月末から始まり、当初から その運動は平坦な道のりではなかった。二か月後の 10 月に文建会が、民間の会社に委託 して行った「文化公民意識」に関する民意調査では、68%の人々が文化施設は十分では ないと認識し、また、わずか 5%足らずの人々が「文化公民権」と「公民美学運動」につ いて知っていると答えたのみであった。また、既に事業を開始して以来、10 年以上の年

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月を経過していた「社区総体営造」(コミュニティ全体建設)事業については、22%の人々 しかこの事業について知らないと答えた残念な結果がでたのである26。この二つの事業は 台湾全体を視野に入れた壮大なプロジェクトであるので当然のことながら相当長い年月を 要するものであるとはいえ、初期においては、「文化公民権」運動の前途は厳しい道のり が予想されたのである。     文建会において「文化公民権」はどのように扱われてきたのかについては、2006 年 1 月 3 日の『文化新聞』に当時の文建会の主任委員(大臣相当)であった陳其南が高雄市 の衛武営芸術博覧会に出席した折の「文化公民権」に関する記事が掲載されている。この 記事によると、 「2004 年初め、文化建設委員会の主任委員である陳其南は、『文化公民権』を人々に 訴えかける事を宣言し、これを以てあらゆる文化政策の方略と計画を策定するよう指 示を行った。(中略)『文化公民権』を普及するには、政府は責任を持って文化芸術の 資源を提供し、市民の享受する権利を満足させなければならない。しかし、市民もま た、共に文化芸術活動を推進する責任を負っているのである。従って、『文化公民権』 を確立する基本条件は、どうしても各市民の文化芸術に対する素質を引き上げなけれ ばならないのである。陳其南は、また『文化公民権』の意義を拡充し、国家社会共同 体に対するアイデンティティを従来の伝統的血縁や地域の基準から文化芸術に対する 合意に変化させ、新しい『文化国家』のアイデンティティを打ち立てる事を希求して いるのである。彼は、文化によって政治を乗り越え、台湾の族群問題を解決しなけれ ばならないと考えているのである」27 陳其南は、台湾固有の族群問題を解決し、台湾の新しい「公民社会」の実現のために、 彼の信念に基づき、彼自身が率先して、台湾全土の各地の「社区」の現場に出かけ、地域 共同体の住民たちと直接、「文化公民権」運動の推進に向けてコラボレーションを実践し たのである。 おわりに 昨今、EU 諸国をはじめ米国においても、民族間の対立が顕著に現れ、日本において も民主主義をめぐり、未だ文化的市民意識が政治状況を超えられない状況が続いている。 我々が「文化立国」をめざす台湾の経験から得られる示唆は極めて大きいと考える。 2016 年、文化部の施政理念として、「社区営造三期及村落文化発展計画」と題する文 章がある28。過去 20 年余にわたる「社区営造」文化政策の総括として次のような指摘が ある。公民意識に覚醒した人々が、居住地域の共同体の特色ある文化活動に参加し、さら

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に視野を広げて地球環境問題など官民一体となって取り組む姿勢が報告されている。彼ら はローカルから発してグローバルな課題に対して、民智を駆使した議論を展開している。 陳其南は、社会の末端組織である「社区」(コミュニティ)というローカルな研究対象 から出発し、個々人の「文化公民権」という理念と運動により、文化が政治を超えるとい う可能性を提示しているように思われる。 人類社会の共通の諸課題に対して、台湾で展開されている市民参加型の多文化共生運動 やグローカルな民主精神は、「地球公民文化」の創出に向けての挑戦的市民運動であると いえよう。 注 1 自由時報「本報封關民調 蔡 47.98% 朱 14.80% 宋 10.29%」2016 年 1 月 5 日 (http://election.ltn.com.tw/2016/news/paper/946407 2016 年 2 月 4 日アクセス) 2 「民進黨蔡英文總統勝選感言 _20160116」 (http://www.appledaily.com.tw/election2016/ballot/G#livebox 2016 年 2 月 5 日アクセス) 3 「厚植文化力,打造台灣文藝復興新時代」2015 年 10 月 20 日 (http://iing.tw/posts/200 2015 年 10 月 27 日アクセス) 4 陳芳明『台湾新文学史 下巻』東方書店、2015 年、383 頁。 5 李登輝『新・台湾の主張』PHP 研究所、2015 年、134 〜 137 頁。 6 同前書、136 頁。 7 李登輝『台湾の主張』PHP 研究所、1999 年、195 〜 196 頁。 8 黄俊傑『台湾意識と台湾文化-台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷』東方書店、 2009 年、26 〜 29 頁。なお、台湾とそのアイデンティティに関して、政治学分野では、天児慧  浅野亮(編)『世界政治叢書 第 8 巻 中国・台湾』(ミネルヴァ書房、2008 年)、若林正丈編『ポ スト民主化期の台湾政治』(アジア経済研究所、2010 年)、井尻秀憲『激流に立つ台湾政治外交 史』(ミネルヴァ書房、2013 年)などの優れた研究成果がある。歴史学分野では、菅野敦志『台 湾の国家と文化』(勁草書房、2011 年)、林泉忠「戦後台湾における二つの文化の構築―「新中 国文化」から「新台湾文化」への転轍の政治的文脈―」『日本台湾学会報 第六号』(2004.5) などの業績がある。 9 李登輝『新・台湾の主張』PHP 研究所、2015 年、138 〜 143 頁。 10 「文化立國各部會都要動起來」文化部『文化新聞』2004 年 9 月 21 日 (http://www.moc.gov.tw/printcontent 2015 年 7 月 9 日アクセス)記事の中で陳其南が著名 な詩人である李敏勇のインタビューを受けて、陳其南自身が自己の半生を語った文章をもとに、 筆者が国立台湾師範大学芸術研究所の陳其南資料等により再構成し、作成した。 11 陳其南『公民國家意識輿台灣政治發展』允晨文化實業股份有限公司、1992 年、1 〜 19 頁。 12 陳其南『文化結構輿神話〈文化的軌跡〉上冊』允晨文化実業股份公司、1991 年、1 〜 14 頁 (一、文化篇)。 13 林泉忠「戦後台湾における二つの文化の構築―「新中国文化」から「新台湾文化」への転轍の政 治的文脈―」『日本台湾学会報 第六号』(2004.5)、56 〜 57 頁。 14 蘇昭英「社區總體營造」文化部国家文化資料庫 (http://nrch.culture.tw/twpedia.aspx?id=3972 2016 年 1 月 5 日アクセス) 15 「文化立國各部會都要動起來」文化部『文化新聞』2004 年 9 月 21 日 (http://www.moc.gov.tw/printcontent 2015 年 7 月 9 日アクセス)

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16 「社區營造」文化部(http://www.moc.gov.tw/content_268.html 2016 年 1 月 6 日アクセス) を要約。また、王本壯「社區總體營造的回顧與展望」府際關係研究通訊第三期 2008 年 9 月 (http://research.ncnu.edu.tw/proj5/newsletter/articles/0305. 2015 年 12 月 12 日アクセス) を参考にし、加筆した。 17 陳其南『公民國家意識輿台灣政治發展』允晨文化實業股份有限公司、1992 年、3-16 頁。 18 陳其南「五十年来台湾研究の回顧」『日本台湾学会報』創刊号、1995 年 5 月 (http://jats.gr.jp/journal/journal_001.html 2016 年 9 月 22 日アクセス) 19 「文化公民権運動宣言」文化部『文化新聞』2004 年 7 月 21 日 (http://www.moc.gov.tw//information_250_1479.html 2015 年 7 月 10 日アクセス) 20 「文化立國各部會都要動起來」文化部『文化新聞』 2004 年 9 月 21 日 (http://www.moc.gov.tw/printcontent  2015 年 7 月 9 日アクセス) 21 「文建會啓動『文化公民權運動』、落實第二波民主化工程」同上 2004 年 7 月 21 日 (http://www.moc.gov.tw/information_250_14877.html 2015 年 12 月 10 日アクセス) 22「文化公民嘉年華五大活動」同上 2004 年 10 月 8 日 (http://www.moc.gov.tw/information_250_14074.html 2015 年 7 月 10 日アクセス) 23 「文化建設委員会−陳其南主任委員にうかがう」台湾光華雑誌 2004 年 11 月号 (http://www.taiwan-panorama.com/jp/show_issue.php?id=2004119311018J. TXT&table=4&cur_page=1&distype 2015 年 12 月 10 日アクセス) 24 「銀髮藝人暢談生活劇場,期待開創有機共同體的社群生活」文化部『文化新聞』2004 年 6 月 24 日 (http://www.moc.gov.tw/information_250_14195.html 2016 年 1 月 15 日アクセス) 25 「文化公民權 追尋可包容差異的共同體」同上 2004 年 10 月 7 日 (http://www.moc.gov.tw/information_250_12518.html 2016 年 1 月 18 日アクセス) 26 「公民文化意識調査六成八民眾認文化設施不足」同上 2004 年 10 月 13 日 (http://www.moc.gov.tw/information_250_15105.html 2015 年 7 月 10 日アクセス) 27 「衛武營藝博會 實踐文化公民權」2006 年 1 月 03 日 同上 (http://www.moc.gov.tw/information_250_17102.html 2015 年 8 月 5 日アクセス) 28 「社區営造三期及村落文化発展計画」文化部 (http://www.moc.gov.tw/printcontent 2016 年 9 月 29 日アクセス) 参考文献 天児慧 浅野亮(編)『世界政治叢書 第 8 巻 中国・台湾』ミネルヴァ書房、2008 年 . 井尻秀憲『李登輝の実践哲学 五十時間の対話』ミネルヴァ書房、2008 年 . 井尻秀憲『激流に立つ台湾政治外交史』ミネルヴァ書房、2013 年 . 黄俊傑『台湾意識と台湾文化-台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷』東方書店、2009 年 . 蔡英文著 / 前原志保監訳『蔡英文 新時代の台湾へ』白水社、2016 年 . 菅野敦志『台湾の国家と文化』勁草書房、2011 年 . 陳其南『文化結構輿神話〈文化的軌跡〉上冊』允晨文化実業股份公司、1991 年 . 陳其南『公民國家意識輿台灣政治發展』允晨文化實業股份有限公司、1992 年 . 陳芳明『台湾新文学史 下巻』東方書店、2015 年 . 李登輝『台湾の主張』PHP 研究所、1999 年 . 李登輝『新・台湾の主張』PHP 研究所、2015 年 . 龍應台著 / 天野健太郎訳『台湾海峡一九四九』白水社、2012 年 . 若林正丈編『ポスト民主化期の台湾政治』アジア経済研究所、2010 年 .

参照

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