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児童詩創作指導の理論と実践に関する研究

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(1)1児童詩創作指導の理論と     i  . 実践に関する研究. 2 0 0 ■年. 兵庫教育大学大学院   連合学校教育寧研究科.   教科教育実践学専攻   言語系教育連合講座     (配属大学 兵庫教育大学).    佐 倉  義 信.

(2) 児童詩創作指導の理論と実践に関する研究−目次. 序章問題意識と研究の構⋮想⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮8ユ.  第一節 児童詩創作指導の現状⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮8嵐.     文献に導かれる児童詩教育の現状⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−8義.    ︵一︶ ︷,児童詩鞠よどこへ行く﹂下田健一の指摘⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮8エ.    ︵二︶ ﹁国語教育に関するアンケート﹂の結果から⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−;⋮⋮⋮⋮−83.   一一 児童詩が取り上げられている場の実態⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮⋮⋮⋮⋮;−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮:⋮84.    ︿一︶国語教科書の児童詩創作単元の実態から・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮oo4.    ︵二︶地域詩集の実態から⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−﹁’−﹁⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮’⋮⋮⋮⋮⋮⋮:﹁⋮⋮⋮⋮⋮87.    ︵三V新聞等の投稿欄に見る児童詩から−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−⋮⋮⋮:⋮87.   三 筆者の体験したある児童詩教育の状況⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−83.  第二節 研究の騒士・内容・方法⋮−⋮⋮⋮−⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮◎ま.   一 研究の二十⋮−−・⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮◎蓋.   二 研究の内容・方法・⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮O・・. 第一章児童詩とは何か⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮o・4           1なぜ児童詩を書かせるか−1.  第一節 児童詩創作指導不要論に見られる児童詩観−ド⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮・0・4.  第二節 児童詩の定義の再考⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮Oユ8.

(3) 第三節 児童詩の特性⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮・⋮⋮⋮⋮⋮・⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−⋮⋮⋮−02■.  一 言語活動の自然発生性⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮02鶏.  二 成長発達の過程性⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮−⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮−:023.  三 ものの見方、感じ方、考え方の創造性−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮:−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮025.  四 教師との入間関係⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮::0霧. 第四節 児童詩の見方とその指導⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮032.       一百圏宗治における児童詩﹁選評﹂の考察を通して⋮−.  一 ﹁観る﹂ことの重視を促す選評⋮⋮⋮・−⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−−⋮◎§.  二 生活意欲の表れを促す選評・⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−−⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮−⋮◎35.  三 心の思いや気持ちを素直な言葉で書くことを促す選評  ⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮◎§.  四 個性的なものの見方、発見を促す選評⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮o§.  五 書き表し方への着目を促す選評⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮Q受.  六 百田宗治における︷−選評しの丁銀的意義⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮043. 第五節 児童詩創作指導の意義⋮−−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮・⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮044.  一 児童詩創作指導の前提⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮044.  二 児童詩創作指導の意義⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮045. 第二章児童詩創作指導カリキュラムの基礎的考察⋮⋮撃.  第一節 児童詩創作指導カリキュラムの定義とその必要性⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮◎47.  第二節 先行児童詩創作指導カリキュラム編成のあゆみとその概観⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮。48.   一 戦前における主な児童詩創作指導カリキュラム⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−0悉.

(4) ︵一︶.  1  2. 児童詩創作指導カリキュラム編成へめ気運⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮048. 千葉春雄編﹃新童詩の理論と指導実践工作﹄ ︵東宛書房一九三四・九︶の場合  ⋮⋮⋮⋮⋮◎書. ﹃昭和十年版・年刊ヨ本児童詩集﹄ ︿東寺書房一九三五・五︶の場合⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮0登. ︵三﹀. 岩崎 覚﹃新しい児童詩の導き方﹄ ︵静岡・谷島屋書店一九三六・五︶の場合⋮⋮⋮⋮⋮⋮06勲. 村山俊太郎﹃生活童詩の理論と実践﹄ ︵啓文社一九三六・二︶の場合⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮85. ﹃生活培育を新組織せる文・詩の指導系統案﹄ ︵東宛書房一九三五・一〇︶の場合⋮⋮⋮⋮94. ︵四︶. 百団宗治﹃童詩教育体系輪 く上文社一九三九・一一︶の場合・−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮o愛. ︵二︶. ︿五︶. ︿五V. ︵四︶. ︿三V. ︵二V. ︿一︶. 日本児童詩教育研究所編﹃主体的児童詩教育の理論と方法﹄. 弥吉菅一編﹃新しい詩の創作指導﹄ ︿明治図書一九七六・七﹀の場合⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮き◎. 畑島喜久生﹃子どもの詩の書かせ方﹄ ︵鳩の森書房一九七三・六︶の場合⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮・§. 野口茂夫﹃新しい児童詩教室﹄ ︵新評論一九七〇・二︶の場合⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・−⋮i馨. 江口季好﹃児童詩教育入門﹄ ︵百合出版一九六八・八︶の場合1⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮釜2. 弥吉十一﹃童詩の研究﹄ ︵臼井書房一九五〇・七︶の場合⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮86.                    : :﹁ :: :: :− 畳﹁:一:;:蓼::−−−−:,:’:;::−−:−;:::−:−:‘:;・i:− 096 二 戦後に  お け る 主 な 児 童 詩 創 作 指 導 カ:リ キ ュ−ラ ム. ︵六 ︶.  ︵明治図書一九七八・二︶の場合⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮手3.  三 先行児童詩創作指導カリキュラムの成果と課題⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−ユ婁.   ︵一︶形態面について⋮⋮⋮⋮⋮・⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮ユ塁.   ︵二V指導内容について:⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮ユ9$.   ︵三︶今後の課題⋮⋮⋮−⋮・⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮ユ§. 第三節 児童詩創作指導カリキュラム編成の原理と方法⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮−⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮−20・.  一 児童の詩的発想・詩的認識を引き出すしかけとしての﹁基本的な能力﹂と要素の抽出⋮⋮⋮⋮⋮⋮30・.   ︵一︶ 筆者の先行実践⋮⋮⋮⋮⋮げ⋮−⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−召3.

(5) 二.  AA. ﹁基本的な能力﹂の再検討⋮⋮⋮⋮・⋮・−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮・⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−:⋮:⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮・⋮−露◎4. ﹁基本的な能力しとその要素の内容⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮28. ::::一﹁−−;::一:−:−:−:−:−::::−::::::−−−:−:−:−:一−−:−−:・⋮; 裳◎8. 電:−:−::−::−::毫::;一:−:−::一伽−::::−・::−;:−:::::::−−−::: 2■3. ﹂−−:−−−:−−;:一−−:::::−::::::−一:−:・:−:−::;−:::−;:−:−:;−鶏工8. ::じ一:雪:−::口:::−::;:−:世:−:覇:−:−;;:−:::−−−:::−::−−;−:−:− 220. 鍵一−−−:聖:::﹁:−::⋮;−::覇::−−:::−:::::−:−::・−:−:−:−:−:::・: £驚工. 考察の対象と分析の視点⋮⋮一⋮⋮⋮・−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮:捻3◎.     ⋮−詩的発想・詩的認識につながる能力を中心に一⋮. 先行児童詩創作指導カリキュラムにおける指導内容とその指導の実際⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−;23◎. 離れる︵想像﹀⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:. しぼる︵焦点化︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮:⋮⋮. つなぐ︵連想︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:. 重ねる︵比喩⋮︶⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮・⋮⋮−⋮⋮⋮−;. 気づく<発見﹀⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮. lvv. 2 3. 4 5.  AA 6. 5. 4. 3. 2. 願望︵要求・夢想﹀⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−$8. 夢︵見た夢・見たい夢︶−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮347. 想像︵再生的想像・創造的想像﹀⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮;3§. 比喩︵直喩・暗喩V⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮ 84. 発見︵観察・写生・五感の働きV⋮−⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮§・. 感情︵喜怒哀楽・訴え︶⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮蓉4. 行動︵したことなど︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−:⋮⋮⋮348. まとめ−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮i⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮48. 変身︵なりきって書く︶⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮38. 仮定︵もし⋮⋮だったら﹀⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮監⋮⋮⋮⋮⋮⋮辱⋮⋮⋮⋮⋮⋮隔⋮F37δ. 7. v le 9. 8. 表出︵自然発生的な言語活動など︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮黛§. 分析内容の結果と考察:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮:⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮:⋮−−⋮⋮:2§. lvv. A.

(6) 第三章児童詩創作指導カリキュラムの開発と実践⋮⋮§.  第一節 児童詩創作指導カリキュラム︵佐倉案Vの開発とその概要⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮ 409.   一 指導のねらいについて⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮⋮:⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮4Q9.   二 ﹁題材編成表﹂について⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮4み.   三 参考作品とワークシ⋮トについて⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−棄ユ.   四 指導作品例について⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−4義.  第二節 児童詩創作指導カリキュラムを活用した児童詩創作指導過程⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮4・2.   一 カリキュラムを活用する際の配当時数と指導過程⋮⋮⋮・⋮⋮⋮−⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮⋮:⋮⋮⋮・⋮:⋮⋮⋮⋮4エ2.   ニ カリキュラム使用上の留意点⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−;⋮量3.  第三節 児童詩創作指導カリキュラムの実践と考察⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮4毒. 低学年の実践と考察⋮⋮−⋮:⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−4ユ4.  四年生︿つなぐ>K﹁再構成﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮44◎.  四年忌︿気づく>B﹁差異や変化﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮437.  三年生︿離れる>Q﹁仮定﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮§4.  三年生︿重ねる>G﹁直喩﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮ 4望.  三年生︿気づく>A﹁五感﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮一4謬. 中学年の実践と考察⋮⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮4霧.  二年生︿しぼる>L し切り取りしの実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮4葦.  二年生︿つなぐ>K﹁再構成﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮42儀.  一年生︿気づく>C﹁疑問﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮4ユ8.  一年生く気づくVA糊、五感﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮4き. 一. 二.

(7) 三. 高学年の実践と考察⋮⋮⋮⋮⋮−⋮・⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮−一⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮:⋮・⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮444.  五年生︿つなぐ>K﹁再構成﹂の実践事例⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・⋮愛4.  五年生︿離れる>R﹁変身﹂の実践事例⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮・⋮:⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮−4今.  六年生︿離れる>P﹁未来︺の実践事例 ⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮−⋮−書。. 455. 実践の総括−⋮⋮⋮⋮:⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮ト⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮:454.  〃  2 児童詩教育主要文献年表i創作指導を土管にー. 添付資料− 先行児童詩創作指導カリキュラムの内容一覧. 引用文献一覧. 終章研究の総括. 四.

(8) 序章問題意識と研究の構想.  児童詩教育の現状を通して問題の所在を明らかにし、研究内容を構築したい。児童詩教育の現状を示すデータは. 乏しいのであるが、最近の児童詩教育状況を﹁児童詩無詩時代しと指摘する一実導者の意見、アンケートの結果な. どを取り上げて考察する。次いで児童詩が取り上げられている場とその問題点を明らかにし、最後に筆者が身近に 経験した事実を述べて、児童詩創作指導上の問題意識を深めていきたい。. 第一節 児童詩創作指導の現状  一 文献に導かれる児童詩教育の現状   ︵一﹀ ﹁児童詩よどこへ行く﹂下濁健一の指摘.  下田健一は、鳥取県で児童詩教育に熱心に取り組んできた実践者の一人である。その下田が、﹁児童詩よどこへ  ママ. 行く﹂という文章を発表している。その文章を下田は、次のように書き出している。 ﹁最近は全国的な児童詩誌や、. 年間児童詩集に接することが全くない。わずかに鳥取県内児童詩文集を目にする程度である。﹂−これでは児童詩. 教育の全国的な動向を把握することができない。そこで下田は、﹁全国小中学校作文コンクール作文優秀作品腐し. に着冒する、その理由を その他の方法では、全く全国的な傾向がつかめない﹂2からだと言っている。.  前述のコンクールは、いわゆる圃、読売灘ンクールー と言われているものである。これの平成三、五、七年度の三. 年間の﹁詩部門﹂の特選・入選作について、次のような考察を行っている。  ・﹁詩部門﹂の特選・入選作が﹁作文部門﹂に比べて極端に少ない。.  作文部門では、毎回、特選五篇、入選十五篇と決まっているのに、詩部門では、はるかにこれを下回る。 ︷、詩部 門︺の特選者は、次のとおりである。.    姫回︵平成三年度︶ 下学年四名  上学年一名. 一1一.

(9)    43回︵平成五年度﹀ 下学年二名  上学年一名    45回︿平成七年度﹀ 下学年三名  上学年二名.  これについて、下田は、﹁巳本最高を誇る読売作文コンクールが、詩の部門ではこのように極端に少ない。これ はひとえに作品の応募作品の質が極めて低いせいだと思わざるを得ない﹂3と述べている。.  ・次に、下田は、特選・入選作品︵計五六篇︶をブロック別に分類している。その結果、東北・関東。中部地方. は五六編中三六篇、それに対して近畿・中国・四国・九州は五六篇中二〇篇に留まっている。このような西臼本ブ ロックの落ち込みは意外だとして、下田は戦後の児童詩教育の流れを次のように回想する。.  ところが戦後、児童詩の世界にも大変革が起こった。 ﹃きりん﹄ ︵大阪︶であり、﹃詩の国﹄ ︵京都︶であ. り、 ﹃詩の手緩﹄ ︵当時大阪Vであった。これらの主張と作品は全国を圧倒していったものだ。 ︵一文略︶.  かつて昭和三十年の半ば.巽聖歌は﹃児童詩は花ざかり﹄と題して、百花練乱のありさまを、雑誌に掲載し たことがあった。全盛時代だったのである。.  昭和四十年代も後半になると、衰微の一途をたどり始める。私はそのあたりからを﹁児童詩無詩時代しといっ ている。4.  右に指摘されている通り、昭和三十年代の後半は、全国的な児童詩誌が関西から発行され、西資本ブロックは. ﹁全国を圧倒していた﹂感があった。今は全国的な児童詩誌は一誌もない状態が長く続いている。下田は、昭和四. 十年代後半から﹁児童詩無詩時代﹂とまで極言し、憂えている。なお、下田は、平成 ﹃五、七年度の特選・入選 作品を読んで得た作品の傾向を次のようにまとめている。.  ⋮一 ポエジー︿詩的感動︶が失われている。   ・詩的思考の広がりがない。          ⋮.  ⋮ ・ポエジーが希薄、甘い。          ・詩的思考の深まりがない。          ⋮. 一2一.

(10) E詩の原形が失われている。. ⋮.隻的感動の傾向が増して き て い る ・. ⋮巌文的な蒙増えて甦・ ⋮.董隻に対する教師の混喚 ⋮2詩的発想や詩的思考が甘い・. ⋮壷材 の 見 つ け 方 が 甘 い ・. ⋮壽的思考が甘い・. 3表現が甘い            ⋮ 壷材の見つめ方が甘い・     ⋮. .募の動嚢他人ごとのように書く表現が甘い∴. 走塁的な韻や連を立てている作品があるが・作⋮.   者の発想か。                 ︸. 4奪毒児童詩が分かっていない・・  ⋮.  右  の  所  見  は  、 スペースの関係もあってか、実際の作品を取り上げて考察する具体的なプロセスが省略されている、. のは残念であるが、今日の児童詩の状況をどのように見るかについての一つの意見として議論される。1は、特選・. 入選作についての全般的な所見であるが、今鷺の児童詩の多くが示しているもっとも大きな問題点でもある。2. ﹁詩的発想や詩的思考が甘い﹂と3﹁表現が甘い﹂は、ともに一のようになる根拠を指摘したものである。筆者と. してもかねてから﹁詩的発想や詩的思考﹄にかかわる能力をいかに育てるかを問題意識の中心に据えて実践もし、. はたまた再出発か、一. 研究を続けてきた立場から、下田の指摘には共感するところが大きい。次に掲げるのは、下田が記している結びの 文である。.  どうなる鐙本の児童詩、世界に日本が誇りうる日本の児童詩教育、停滞か、消滅か、. 年一年が恐ろしい気持ちで、新年度を迎えている。e.   ︵二︶ ﹁国語教育に関するアンケート﹂の結果から.  平成二年九月に日本国語教育学会は会員を対象として、﹁国語教育に関するアンケート調査しを実施した。7そ. のうち小学校に勤務する会員を対象とした設問の中に﹁児童生徒によく書かせる作文の種類﹂を問う次のような項. 一3一. … .

(11) 目がある。. ⋮ ︿児童生徒によく書かせる作文の種類を、次の中から最大三つ選んでください。﹀            ⋮. ⋮1生活文 黛手紙・日記 3読書感想文 4詩・和歌・俳句 5小説・物語・戯曲 6説明・記録・報告文⋮. ⋮7意見文 8読解に関連した作文 9その他               ︵傍線 佐倉 以下同じ﹀  ⋮.  集計の結果を多い順に示してみよう。 ︿ただし、小学校に勤務する者の回答者は六九五名であった。︶.   ・生活文︵七九%︶ ・手紙・日記︵六三%︶ ・関連作文︵四三・二%﹀ ・読書感想文︵三五・七%V.   ・説明・記録・報告文︵二五・五%﹀ 詩・短歌・俳句︵一五・一%︶ 意見盛岡=二・八%︶.  これによると、﹁詩・短歌・俳句しは、わずか一五・一%で、下位から数えて二番目である。国語教育に高い関. 心を有する日本国語教育学会の会員でこの数字である。しかも回答は、三つの複数回答で求めている。 一般の教師 にまで調査対象を拡げれば、このデータはさらに低くなることは必至である。.  二 児童詩が取り上げられている場の実態.  ここでは、児童詩がどのような場でどのように取り上げられているかをみていく。国語教科書、地域詩集、新聞 等の投稿欄での現状である。.   ︵一︶国語教科書の児童詩創作単元の実態から.  現在使用されている国語科検定教科書の児童詩の創作単元は、年間に一単元しか設定されていない。それも二学 期に設定されている。 ︵まったく設定していない教科書が一社ある。︶.  表1は、教科書に取り上げられている﹁児童詩創作単元﹂と教材化されている児童詩作品を調べたものである。.  この項の冒頭に、教科書の創作単元は年間一単元しかないということを述べた。それを補う意味でも自校採用以. 外の教科書を参照することが望ましい。自校採用の教科書だけを見ていては分からないが、こうして各社の創作単. 元や児童詩作品を一覧すると、それぞれに子どもたちの表現意欲を刺激しそうな単元の工夫に気づく。教科書の同. 一4一.

(12) 表1.  二      年⋮  一. 聞いてほしいな︾. 三     ・年. ︽ふしぎがいっぱい︾. 。﹁しもばしら﹂浜 茂. ・︻、おふろ篇村山大亮. ︽心がゆれ動いたこと︾. 教科書児童詩創作単元一覧表︵叢8年度版︶ 一    年. ﹁いんこのした﹂かとうひさあき. 心に強くかんじたこと︾. ・﹁うし﹂うちだ ひろみ. 淘ォ﹂なかの とみこ. ︽おもわずいったこと︾. ・﹁かえるとき﹂だいとく しん 。﹁先生﹂くろは たかこ. ︽こころがどっきんどっ泰ん︾. ︽ことばで写生するように︾. ・︷、牛﹂吉岡幸重. 。﹁もみじの実﹂井塚宏美. ﹁おこりんぼうの赤おに﹂みずの ・﹁えび﹂笠野雄太. ・燗,またのぞき﹂なかもとひであき. たけし. ﹁大発見やあ﹂はぎお あすか ﹁一年生じゃないそ﹂なかじまさ. {タンはめ﹂いけだひとみ. ・﹁お母ちゃんの書葉﹂八木純子          9一. ・︻、虫めがね﹂管野矢寿子. 1  一 ︽発見したことを︾. 。一,夕やけ﹂高揖あい. ・﹁ねこ﹂荒井襲職. ﹁こわいざりがに﹂しまだえいさく ・﹁あいさつ﹂角本くるみ. ︽強く心にかんじたことを︾. とみi. ・糊,むくげ﹂くりはら えみこ. ・﹁先生におしえたいこと﹂かつま た みゆき i  ⋮.            i 一︽おどろきやはっけんを︾. ・﹁ふたばがでたよ﹂もりわきひろこ ・﹁スーパーおかあさん﹂させひろし.               ⋮ようすをよく見て︾. ﹁おふろの黒板﹂,いこまよしかつ. ﹁秋のかまきり﹂さかもとけんいち. ︽感じたとおりに書こう︾. 一5 一一. ε 書. 学 図. 大 書 ︽先生見つけたよ︾. ・﹁しも﹂あかいし みどり ・﹁サッカー﹂いとう みのり. ことばであそぶ︾. ・﹁道路﹂ささきっとむ. ・︷,風﹂よねしげなおみ. ﹁水中よくせん﹂いそむらまなみ ・﹁せんたくき﹂さいとうみほこ. ゥたつむり﹂さいとうこうじ なぞなぞの詩. ﹁すいはんき﹂まかべなほこ. 朔、. 教 出. 光 村. 【、. …. 「,. O. O 0.

(13) ヨ 書5. 学 図. 教 出. 光 村. ︽言葉を選んで︾・﹁船の汽笛﹂西山俊・﹁千葉のおじいちゃ・﹁いもほり﹂吉田豊. ︽心のつぶやき︾・﹁高とび﹂中山英明・﹁言いそびれる﹂小・﹁シラサギ﹂乙津義. ︽思いをふくらませて・﹁あさがお﹂上田邦・﹁ネクタイ﹂依岡佐. ︽新しい欝で︾・﹁言いちごε=尽馬加・﹁ビルが一つなくな久木純子く﹁名前うた﹄を作ろ. 年. つなくなるだけで﹂中. ︽感じたことを短い言・軸、しずくの首かざり・﹁おふろの中から﹂・﹁電波﹂小林あきひ.   五      年i                             一 ーーー膣. 1⋮⋮. 六. ・﹁雪篇高橋薫. ︽構成を考えて︾. ﹁けんか鳥﹂椙山久. ・﹁くじら山﹂岡. ︽わたしの大発見. ﹁どしゃぶり﹂宮下美穂. 主題をつかんで︾. 愈. ﹁いつくしむ一佐藤房江. ﹁竹の下だいこ﹂葛城亮寿. ・﹁いのち﹂水木. ﹁地図﹂秋森由紀       . ・嚇,めんこ﹂阿知. 感動したなあ︾. の. ﹁お父さん﹂松本真枝. ︽心と言葉のひび. 年. ・﹁あさり偏三三 浦浦貴子. 言葉の楽しさを︾ 短詩三題⋮︷.風﹂ ﹁せんたくばさ. 醗. 癖. ・醐,ごめんなさい. ︽もう一人の自分 ﹁きば戦﹂分鋼英吾. ・﹁五つなぎ遠足. ﹁お父さん﹂平野義尚. ・﹁.きんもくせい. ・一,研究授業﹂正 正田 航. ・噸,かたつむり﹂. ︽感動が伝 伝わ わる るよ ように表現しよう︾. ︿﹁なぞなぞうた. ﹁雪﹂清水絵美 ﹁積み上げうた﹂を作ろう﹀. 宴塔hセル﹂小島安希子 オ曜参観﹂和田香織 ﹁天気﹂笹井なみ. ・﹁中学生﹂沢濁. ・︻シャボン玉﹂. 。﹁音﹂出b剣治. ィふとん﹂田中康典 ﹁かめ﹂生方貴博. ・﹁手旗﹂井上真紀.﹁芽﹂斎藤喜美. 樽. ・﹁夕ぐれ﹂永岡. ・ ,めん 本﹂大. ゥ﹂大畠知子. ﹁大漁節﹂松本恵美. み﹂ ﹁もち﹂ 裡. 鋤. 心のつぶやきを言葉にしよう︾. 亀. 見方を変えて︾. 【,.  ,. 「、.  、. 一6一. 0 ㊤. O. O O. 四.

(14) 年代の子どもの児童詩作品に接して、自らも詩を書くという活動が行われるとすれば、それはそれで大きな意味が あると思われる。.  今日、ほとんどの学級では.この教科書の単元に合わせて詩を書かせることが多いものと思われるが、せめて同. 学年の他社の教科書単元にも圏配りがあると、そこから指導のヒントが得られるのではなかろうか。   ︵二﹀地域詩集の実態から.  地域詩集が継続的に発行されているところでは、詩作の機会と動機づけの上からみて言語環境に恵まれていると. 言える。例えば次に例示する地域詩集は、伝統もあり、そこには児童詩を大事に育てていく風土が窺える。  ・大阪市立こども文化センタ⋮﹁こども詩の会し ︵一九五〇年∼﹀  ・堺市はとぶえ会﹁はとぶえ﹂ ︵一九五一年∼V  ・現代児童詩研究会﹁現代児童詩﹂ ︿第一次・第二次﹀ ︵一九六七年∼︶.  ・大阪児童詩の会﹁詩のひろば﹂﹁現代児童詩﹂︵共同編集︶﹁詩の教育﹂ ︿一九六八年∼︶  ・高知県児童詩研究会﹁やまもも﹂ ︵∼九七七年∼︶.  ・長野県作文教育研究協議会﹁しなの子ども詩集﹂ ︵前身の信州作文の会から起算すると一九五五年∼︶  ・町田市公立小学校教育研究会国語部会﹁町田の子﹂ ︵一九六五年∼︶  ・北海道帯広市﹁サイ資の会﹂ 噸、サイロ﹂ ︵一九六〇年∼︶.  このほかにも各地で、それぞれ地域詩集が継続的に刊行されているであろう。これらの貴重な資料が整備されて、 全国的に交流や研究が進められるようになることが望まれる。.   ︵三﹀新聞等の投稿欄に見る児童詩から.  かつて朝日新聞の﹁小さな目﹂は、全国的に取り上げられていて、よく話題になったものである。 ﹁小さな欝﹂. の詩集が各地で出版された。それがいつの間にか紙面から消えてしまっている。おそらく投稿する学校や子どもた. ちが少なくなったことが理由として考えられる。しかし、読売新聞︿東京版﹀の﹁こどもの詩﹂欄は、一九八二年. 一月から川崎洋の選で今日まで続いている。これまでに﹃こどもの詩﹄ ︵花神社︶三冊と﹃ママに会いたくて生ま. 一7一.

(15) れてきた﹄ ︵読売新聞社刊︶が出版されている。ここには、﹁こどもなればこそのユーモラスな言動、皮肉、社会 批評などの作品し ︿川崎洋﹀が多く収められていて、読む者の心を打つ。.  また、﹁少年少女新聞︵週刊︶﹂の投稿詩の欄は、一九六九年三月創刊以来、江口季好の選で行われており、こ. のほど選詩集﹃えんぴつでおしゃべり﹄ ︵あゆみ出版︶が出版された。ここには全国から子どもらしい真実感にあ ふれた詩が多く寄せられている。.  ではどうして朝日新聞の﹁小さな目﹂は消滅して、読売新聞や﹁少年少女新聞﹂の児童詩欄は長期間続いている. のか。両者の違いは、朝日の場合は作品だけを掲載していたのに対して、読売新聞や少年少女新聞の場合は、選者. が責任をもって選び、寸評を添えて作品のよさを指摘したり、励ましたりしているところに大きな違いがある。前. 者の場合、選者名も分からず、作品だけを掲載するだけであったため、作品のレベルも玉石混濡でしだいに魅力を なくしていったのではないかと思われる。.  三 筆者の体験したある児童詩教育状況.      一︿活動はあっても指導がない﹀事例一.  筆者は、指導に役立つ参考作品を収集するため、できるだけ広く地域詩集を取り寄せて読んでいる。優れた作品. に出会った時は、その箇所に枝折りを挟んで後日に備えるようにしているのだが、時には悲しくなるような事例に 遭遇することもある。そんな中から最近経験したことを述べてみたい。  最近、筆者は、ある地域詩集に、次のような詩が出ているのに出会った。. 六年 女子 けさ.   忘れもの. 夏休みは行ってしまった. 空は真っ青. 新しい﹁ひかり﹂と. 木々や草花が. 入道雲にのって⋮⋮ ﹁サヨウナラ。﹂も. 言わないで⋮. 一8一.

(16)  あいさつしてる               さびしそうにぽつんとある水着  だけど君、夏休みよ!             そして  もう一度もどってこないかあい         みんなの耳に.  忘れものを                 はっきりと残されている  取りに帰りに                 波の音  迷ってかすかに鳴く虫. これは、高田敏子作﹁忘れもの﹂を下敷きにしてリライトしたものである。原作を掲げてみよう。.    忘れもの       高 田 敏 子  入道雲にのって               もう一度 もどってこないかな  夏休みはいってしまった            忘れものをとりにさ  門サヨナラ﹂のかわりに.  素晴らしい夕立をふりまいて         迷い子のセミ                         さびしそうな麦わら帽子.  今朝 空はまっさお            それから ぼくの耳に  木々の葉の一枚一枚が             くっついて離れない波の音.  あたらしい光とあいさつをかわしている       ︵﹃続月曜日の詩集﹄河出書房薪社 一九六三年V.  だがキミ! 夏休みよ. 原作は、四連一四行からなるソネット形式の詩である。現行の五年生用国語教科書3にも採用されている。児童. 一9 一一.

(17) 作は、連構成はとっていないが、主要語句はそのまま使っている。 ﹁入道雲にのって﹂ ﹁夏休みは行ってしまった﹂. ﹁サヨウナラ﹂﹁空は真っ青﹂﹁あたらしい﹃ひかり﹄とあいさつしてる﹂等々⋮⋮言い亡しを少し替えているだ. けである。 ﹁迷い子のセミ﹂の代わりに﹁鳴く虫﹂、﹁麦わら帽子しの代わりに﹁水着しなどと差し替えているが、 明らかに盗作といえる。.  この件を発行元へ連絡したところ、しばらくたって担当者から電話がかかってきた。それによると、次のような 事情のあることがわかった。.  担任は、地域詩集へ作品を出す締め切りが迫ってきたので、﹁家で詩を書いてくるように﹂と宿題に出した。子. どもは困って、塾の先生に相談した。塾の先生は、高田敏子の﹁忘れもの﹂という詩を示して、 ﹁この詩を参考に. して書いてごらん﹂と言った。塾の先生も子どもも原作のままではまずいと考えて、部分的に書き換えたものを翌 B提出したという。.  担任も、選者も高田敏子の原作に気づかなかったため、掲載に至ったという,問題の所在は、事前に何らの指導. もせずに安易に宿題に出した担任にある。子どもこそ迷惑な話である。事前の指導を十分しないで活動だけを課す ると、しばしばこのような事態が出来する。.                しホつたい.  これは、児童詩の指導に関して何をどう指導すればよいのかについて教師側にはっきりした認識が欠けていたた. めに起こった事態である。こうした事態をなくするためにも、カリキュラムの整備が要講される。.  なお、児童詩における盗作の問題については、拙稿﹁児童詩指導の実践的課題i模倣と創造i﹂9において 別途考察している。.  以上、児童詩を取り巻く状況について述べてきたが、総括すると、次のことが言えよう。.  全般的に見て、一部の熱心な指導者のクラスを除いて、児童詩の指導は低調である。教科書に詩の創作単元が出. てきた時や学校行事、あるいは地域詩集の締め切りに合わせて詩を書かせるなど、単発的な指導はなされているが、. 計画的、継続的に行われるケースは極めて少ないと思われる。つまり、詩を書く活動はなされていても、そこに指. 一lg一.

(18) 導がどれほどなされているのかと言うと、ほとんど経験とカンに頼っている、というのが実情であろう。下田健一. が指摘するように、読売コンクールの特選・入選作品においてすら﹁ポエジー︵詩的感動︶が失われているし﹁詩. 的発想や詩的思考が甘い﹂などの厳しい批判は、右に述べた﹁活動があって指導なし﹂の状況と符合するものであ. ろう。下田は、今8の状況を﹁児董詩無詩時代﹂と規定しているが、しかし、まったく児童詩の灯が消えてなくなっ. てしまったわけではない。各地で発行されている地域詩集や一部新聞の﹁児童詩﹂欄からは、今も優れた子どもの. 詩が生まれている。子どもがこの世にあるかぎり、子どもの命の叫びとしての児童詩は決して滅びるはずがないと. 思う。子どもの詩心を豊かに伸ばす手立ては、必ずあるはずである。子どもたちの個性や持ち味を十二分に発揮さ. せ、発見的認識に裏付けられた感動の表現を促すカリキュラムの編成や、発達段階に応じた指導法の開発などを通. して、これからの望ましい児童詩教育のあり方を考究していきたい、                ・. 第二節 研究の目的・内容・方法   う.  一 研究の圏的.  最終的には、児童詩創作指導カリキュラムを編成し、実践を通して検証するところまで進める。児童詩創作指導. カリキュラムを編成するためには、どのような編成の原理に基づき、どのような指導内容を組織・配列するかが問. われることになる。これらの課題を究明するため、これまでに提唱された主な児童詩創作指導カリキュラムを午時. 的・横断的に分析し、検討する。また、カリキュラムの活用を円滑にするための具体的な指導資料についても開発 に努め、児童詩の創作指導に役立てるようにする。.  二 研究の内容・方法  主な研究の内容や方法は、次の通りである。.  まず、児童詩とは何かを明らかにし、児童詩の特性を踏まえて、児童詩教育の必要性や意義について考察する。. 合わせて、児童詩の見方や作品に即した指導の実際に触れることにより、児童詩教育の理解を確かなものにする。 考察の資料としては、百田宗治の︸、選評﹄を取り上げ、今日的意義を明らかにする。. 一11一.

(19)  次に、児童詩創作指導カリキュラムの﹁基礎的考察﹂として、次の三項目について文献研究を行う。.  ①戦前戦後における我が国の主な児童詩創作指導カリキュラムについてその編成のあゆみをたどり、特色や実践   的意義を考察する。.  ②児童詩創作指導カリキュラム編成の原理を子どもの詩的発想や詩的認識を引き出すしかけとなる能力⋮これ.   を筆者は﹁児童詩の基本的な能力﹂と呼ぶ一−に求め、それらの能力を抽出するため、多くの優れた児童詩作   晶を収集し、分析する。ここでは、筆者の先行実践も考察の対象とする。.  ③右に抽出した詩的発想や詩的認識を引き出す﹁基本的な能力﹂について、主な先行カリキュラムでの取り扱い   の実態を横断的に考察し、指導内容の創出に役立たせる。. 一12一.  以上の知見に基づき、カリキュラムを編成する。参考詩やワークシートなどの実践資料についても整備に努める。.  さらに、編成したカリキュラムに基づいて、実践する。実践にあたっては、編成者自身が学級に入って指導する. 場合と、編成者のプランに基づいて担任が行う場合とがある。だれでも、どのクラスでも指導できるという、開か れたカリキュラムの編成を欝指す立場から、このような実践の形態をとることにした。  そして、最終的に実践した結果を考察し、カリキュラムを修正する。. yージ. 注1に同じ ー1∼12ぺ!ジ 注1に同じ. ︵季刊﹃えぼっく﹄第一号所収 mページ NTMブレーン発行 一九.  以上が研究の内容と方法の概要であるが、研究を進めるに当たっては、確かな理論に立ち、実践に役立つものを 創り出すという立場を堅持して臨みたい。. yージ. 下田健一﹁児童詩よどこへ行く﹂ 九九年︶. 注1に同じ. 5432. 注1に同じ 憩ページ. 10. ー2. 注1. 注注注注.

(20) 注注 注注. 注1に同じ 嬢ページ. ﹁国語教育に関するアンケート調査、概要し ︵日本国語教育学会解﹁月刊国語教育研究﹂242号、平成. 四年六月一五日発行︶. ﹃小学国語﹄五年上 大阪書籍 一九九六年版. 佐倉義信稿﹁児童詩指導の実践的課題!模倣と創造1−﹂ ︵﹁国語教育孜﹂第14号所収 一九九九・四・. 二〇発行  ﹁国語教育孜﹂の会︶. 一13一. 98 76.

(21) 第一章児童詩とは何か       一なぜ児童詩を書かせるのか一.  これからの教育においては、一人一人の児童の持ち味が十分に引き出され、それぞれのよさを認め合って共に伸. びて行くことが求められている。このような要請に応えるものとして、個性的・発見的なものの見方、感じ方、考 え方を育てようとする児童詩教育の果たす役割は大きい。.  我が国の児童詩教育は北原白秋による児童自由詩の発見と指導以来、すでに八十年近い歴史を有する。しかし、. 今日児童詩教育の実践が広く行われているかといえば前節でも述べたように必ずしもそうとは言えない状況が認め. られる。もちろん一部には成果を上げている指導者のいることは否定できないが、その一方では児童詩創作指導不. 要論さえ論じられる。このような不統一が見られる要因として、 ﹁児童詩﹂の意義や必要性についての共通理解が. 未だ得られていないことが指摘できる。実践を進めるに当たっては、﹁児童詩﹂の基本的な考え方を吟味し、整理. しておく必要がある。習頭に述べたようにすべての子どもにコ人一人の児童の持ち味が十分に引き出され﹂﹁個. 性的・発見的なものの見方、感じ方、考え方を育てる﹂児童詩教育を構想するにあたって、まずその前提となる児 重詩教育の意義や本質にかかわる事項について、これまでの諸説を検討する。.  続いて児童詩が児童詩として成り立つための条件を﹁児童詩の特性﹂として考察する。これを視野に入れない指. 導は、子ども不在の誤った方向に踏み込む恐れがあるためである。そして、ここまでは、児童詩というものの備え. るべき本来像を文献や児童詩作品を通して実証的に追究することになるだろう。そこで最後に、臨床的なアプロ⋮. チとして、児童詩の﹁選評﹂の実際を取り上げて、より確かな児童詩の指導の実像に迫ってみたい。. 第一節 児童詩創作指導不要論に見られる児童詩観.  ここではこれまでに発表されているおもな児童詩創作指導不要論に見られる児童詩観を明らかにしたい。最初に. 作家である丸谷才一の発言を検討する、丸谷は、かつて朝ヨ薪聞紙上に国語教科書批判を寄せ、その中で﹁子供に. 一i4一.

(22) 詩を作らせるのはよくない﹂ことを力説した。. 詩は言葉の魔法である。 ﹁力を入れずして天つちを動かす﹂秘  密  の  技  術  で  あ  る  。 そういう玄妙なものを書け. る子供がめったにいるはずがないことは、明らかではないか。 それなのに詩を書けとあらゆる子供に強制する. ことは、幼児虐待もいいところではないか。そして彼らがやむを得ず書いた、本当は詩でも何でもないものを. 詩として扱うのは、詩について間違った概念を叩︵たた︶き込む、まさに犯罪的行為ではないか。 ︿傍線引用 者、以下同じ>−. この記事が出てから、13年をへて丸谷は再び、国語教科書批判の筆をとる。.  もう一度、子供に詩を作らせるのはよくないということを書く。第一の理由は、詩は書くのはむずかしいか. らである。散文は、上手下手はともかく、書けばいちおう散文が出来あがる.、しかし詩となるとそうはゆかな. い。詩作のためには豊かな詩情ときびしい言葉の修練が必要である。その二つを持ち合わせている大人だって 滅多にいないのに、小学生が全員、詩を書けるはずがない。窪.  このような丸谷の発言をめぐっては、発表当時様々な意見が述べられたが、これについては別のところで考察し たのでここでは触れない。3.  丸谷は、要するに子供が書く詩も大人が書く詩もまったく同じレベルのものと見ているのである。つまり、芸術. としての詩である。したがって、﹁きびしい言葉の修練﹂を積んだ大人でなければ書けないものを子供に求めるの は無理であると批判する。果たして児童詩は大人の詩と同列に論じられるものであろうか。  次に、市毛勝雄の発言を取り上げたい。. 一 15 一一一.

(23) 国語という基礎学習を使命とする教科に、文学的表現力の養成を目指す指導を設定してはならない、という. ことである。文学的表現力は芸術の領域に属する。文学的表現力というものは、常識的な評価の基準を決める. ことができない。それ故、学校中の児童生徒がすべての先生から平等に教えを受けることができないことにな る。これでは教室の中で、クラス全員に指導するべき内容とするわけにはいかない、.  ただし、学校の中から排除する必要はない。文学的文章や詩歌を指導する意欲を持つ先生は、少なくない。 児童生徒の側からみても、文学的諸作品を書きたいという意欲を持つ者は少なくない。.  これらのメンバーがクラスを越えて集まって、クラブ活動として指導と創作活動が行われることは、大いに. よろしいことではないか。文部大臣コンクールや地区大会の入選をめざして努力することは称賛に値する快挙. である。しかも、クラスの中で営々として国語の指導をしている先生方の負担は大いに軽減する。4.  市毛は、﹁文学的表現力の養成をめざす指導﹂は国語科としては不要で、特別に意欲を持つ者はクラブ活動とし. て行えばよいという。その理由として、 ﹁文学的表現力﹂というものは﹁芸術の領域に属するもので、常識的な評 価の基準を決めることができない﹂からだという。.  市毛のこのような考え方は、一九二四年年︵大正一三年︶に出版された千葉春雄の﹃童謡と綴方﹄にも見ること. ができる。ここで千葉氏が﹁童謡﹂と言っているのは、いわゆる﹁創作童謡﹂のことで今βの﹁児童詩﹂にあたる. ものである。ちなみに当時は、ようやく﹁児童自由詩﹂の名称が広く一般に知られるようになり始めたころであっ た。. 私は、子供に創作をさせたい希望に至っては、決して人後におちない。けれども、人間の性能として、そこ. ︵中略︶けれども、私の童謡に関す. に恵まれたものと然らざるものとがある隈り、しかして、童謡などのごとく殊にもさうした性能の支配をまつ ものに於ては、どうしても、これを一般の子供に強いることは出来ない。 る見解は、全然、創作に及ばないといふことではない。. 一16一.

(24) すでに前述したところに明らかな通り、恵まれぬ子供を予想することは、同時に恵まれた子供を予想するこ. とである。而して、恵まれた子供たちには、その名のごとく、童謡の創作が可能である、だから、その子供た. ちについては、童謡の鑑賞と同じやうな意味で、同時に岡価値で、創作といふことが考へられてよい。 ︵中略V.  私は、かうした場合、その最も適当な方法を課外作に於て発見する。童謡の創作は、どこ迄もさうでなくて. はならぬ。そして、詩の本質を生かし、創作の感興をきずつけずに、課外作を本体とすべきである。 ︵中略︶ で、創作としての童謡は? これを約言すれば、  一、課外作を主とする。.  二、都合よく教室で作のなし得る場合はいふまでもなくこれをみとめる。.  三、が、一般としての、童謡創作を予案ずることは不可能である。5.  千葉は、﹁童謡し く児董詩︶の指導は、鑑賞指導を中心とし、創作指導は﹁人間の性能として、そこに恵まれた. ものと然らざるものとがある限り、⋮⋮どうしてもこれを一般の子供に強いることは出来ない﹂と述べている。そ. して創作は﹁課外作﹂とし、 ﹁一般としての、童謡創作を事案することは不可能である﹂と断じているのである。  以上、三者の一、児童詩創作指導不要論一から抽出される児童詩観の要点を次にまとめてみる。.  ・子供の詩と大入の詩とを同 視するところから、子供にはもとより書けるはずがないとする考え方である。.  ・国語という基礎学習を使命とする教科に、文学的表現力の養成を目指す指導を設定してはならない。常識的な.   評価の基準を決めることが出来ないため、学校令の児童生徒がすべての先生から平等に教えを受けることがで   きない。.  ・人間の性能として、そこに恵まれたものと然らざるものとがある限り、一般の子供に児童詩の創作を強いるこ   とは出来ない◎.  これらの児童詩観の根底にあるものは、児童詩を芸術の領域に祭り上げ、詩は特別の才能を有する者だけがクラ. ブ活動など課外で書けばよいとし、国語科のなかですべての子どもを対象に行う指導にはなじまないものとする考. 一17一.

(25) えである。.  では、その他の先行研究においては、 ﹁児童詩﹂をどのようなものとして考えてきたのであろうか。その定義を 中心にたどってみることにする。. 第二節 児童詩の定義の再考.  児童詩の定義として定評のあるまとまった文献としては、 ﹃生活綴方事典﹄ ︵一九五八年︶と﹃児童詩教育事典﹄. ︵一九七〇年︶がある。執筆者は前者が国分一太郎で、後者は江口季好である。この両者の定義が、今ヨもほぼ定説 として実践のより所となっているとみて間違いはないと思われる。. ①国分一太郎の﹁児童詩の定義﹂. 児童詩とは、生活者である子どもたちが、自分をとりまく自然や社会の事物、人間の外的内的側面にふれた. ときに、自己の内部に発生した感動を、くどくどと説明することなく、より直接的に他人に伝わるように、や. や自然発生的に、またはコトバを選んで、やや意識的に文字表現したものをいう。多くは、おとなの詩と同じ. ような﹁行わけ﹂の形をとり、その映像︵イメージ﹀と感動のリズムが、ごく短い時間のうちに読者の心に再 現しやすいようなコトバの構成をとるのをふつうとする。. ︿おとなの詩との関係・差異について⋮一引用者注︶今日児童詩といえば、大正中期以来四十余年間にわたっ. て、ヨ本の子どもたちが、実際に書いてきた詩の遣産の上に立って、子どもに独自な詩という性格をもちつつ.  あり、おとなの世界における現代詩の定義ないし動向にかかわることのない自律性をもちつつある、というこ  とができる。6 ②江口季好の﹁児童詩の定義﹂.  児童詩とは子どもが書く詩である。子どもが、生活感動を凝縮したことばで、内在律をもって表現したもの. であり、散文とは異なった表現として書くものであり、童謡・少年詩・短歌・俳句などはふくまない。︵中略﹀. その子どもなりの発見や確認の新鮮な感動があるか、それは読む人の感情を動かす、内的な力がこもっている. 一18一.

(26) か、表現形式は内容に応じたものになっているか、というような観点から見ていくとともに、人間としての豊. かな情操をじぶんのものにしていく価値があるかどうかと、教育的に見ていかねばならない。これらに値する ものを﹁児童詩﹂ということができる。7.  ①②の定義に関する部分は、書き表し方は違っても表現内容はほぼ同じである。国分が、 ﹁生活型である子ども. たちが、自分をとりまく自然や社会の事物、人間の外的内的側面にふれたときに、自己の内部に発生した感動を、. くどくどと説明することなく﹂というところを、江口は﹁子どもが、生活感動を凝縮したことばでしと要約した形. で言っている。また、国分が後段において一、その映像︵イメージ︶と感動のリズムが、ごく短い時間のうちに読者. の心に再現しやすいようなコトバの構成をとる﹂というところは、江口によれば﹁内在律をもつで表現したもの﹂. となる。これがβ本作文の会の規定する児童詩の定義として今日まで多くの実践者のより所とされてきたものであ る。.  次に示す③∼⑤は、それぞれの著作の中で児童詩の定義として記述されたものである。 ③吉田瑞穂の定義.     か  ん  た  ん  に  い  い  ま  す  と  、 児童詩は、児童が事象にたいしてつよく感動したことを児童自身のことばであらわ. したものということができます。その感動のことを、私は大衆化運動のために生活感動といってきましたが、. いろいろの誤解をまねいたり本質に即しない点もあるので、こんにちでは詩的感動というようにしたいと思い ます。.   私のいいたいことは、子どもが生活事象の中に、詩的感動を発見し、それを把握して、じぶんのことばであ  らわしたものであるということです。8 ④石潤佐久馬の定義.   児童の作った詩である。おとなの作った、子どものための詩を、ふつう﹁少年詩し ︿少女詩﹀といい、児童. 一i9一.

(27) 詩と区別する。.  児童詩は、子どもの目や耳でとらえた感動を直戴なことばで表現したものであり、詩人のように芸術性をね.  らって推考したり、技巧的なくふうを加えたりするものではない。それは自然発生的であり、 ﹁生まれた憎し.  ということができる。 ︵中略Vところで、子どもは生まれながらにして詩人であるといわれるが、それは、専.  門詩人という意味ではない。あくまでもかれらの作品は偶発的な産物であり、原則として一回騙りのものであ.  る。深い思想や、複雑な思惟によって生まれるのではなく、直観的、反射的に生まれるという点も特質の一つ  であろう。$. ⑤岡本博文の定義.   わたしも、このおふたりの先生のお考え︵国分・江ロ両氏の定義1一引用者注︶に、ほぼ同じ考えです。た.  だわたしは、 ﹁児童詩とは何か﹂と、人に問われたら、わたしなりに、 ﹁児童詩とは、子どもの全身からほと.  ばしり出る感動の結晶体である。﹂と、答えます。.   それは、子どものくらしが、その喜怒哀楽が、全身的であるからです.子どもたちは、運動会で一等をとつ.  た時など、それこ多.、飛び上がってよろこびをあらわしますし、悲しい時には、目に涙をいっぱい溜めて悲し  さをあらわします。まさに、全身をゆり動かして、感動をあらわします。.   このように、子どもたちは、嬉しい時には、精いっぱいよろこび、悲しい時には涙を出して、そして、成長  していくのだと思います。強くなっていくんだと思います。.   児童詩は、子どもが全身でゆり動かす感動一⋮そこに、詩のいのちが大きく脈打っているのです。−o. さらに続けて、二入の詩人の﹁児童詩観しを紹介しておきたい。. ⑥嶋岡農の定義. ﹁こどもの詩﹂は、ちょっと気取った遊びであり、めんこやビー玉にくらべて、ちょっと頭を使わねばなら. 一2g一.

(28) それだけでよいのです。三−. ないたのしみでよろしい。言語造型のヒステリックな指導はいらない。こどもの詩は生活の記録表現の一変型  にすぎないのだから、遊びすなわち表現すなわち発見、すなわち成長、. ⑦竹中郁の定義. 子供に詩を教えるのは、むつかしいか。いいえである。賃常語をよくしゃべれる子供なら、教えることはそ. と思えばよい。12. うむつかしいことではない。人間には感情があり、それをいい現わす言葉がある。喜怒哀楽の起伏がある限り、 それを言葉をつかって現わすのは、先ず普通の人間のだれしもができることである。  その土台の上に立って、できるだけ率直に、できるだけ短くまとめれば、事足りるのだ、.  以上の定義から導かれる児童詩観は、先に見た﹁不要論﹂とは対極に位置するものと考えられる。.  まず、児童詩と大人の詩︵いわゆる﹁現代詩﹂﹀との関係については、国分や江口や石田佐久馬らが述べている. ように明確な差異をもって把握されていることが分かる。児童詩においては、芸術性の追求を第一義とするもので はなく、むしろ教育的意義の側面を大事にして考えられてきたといえよう。.  このほか﹁不要論﹂には、﹁国語という基礎学習を使命とする教科に、文学的表現力を目指す指導は設定しては. ならない﹂とか、﹁入間の性能として、そこに恵まれたものと然らざるものとがある限り、副般の子供に児童詩の. 創作を強いることはできないしとする指摘もあった。これについても、①∼⑦のいずれの筆者も前提として詩を書. くことがすべての子どもに開かれたものであることを示唆している。才能のある子どもとか乏しい子どもなどといっ. た宿命論的な考えをとらない。 ﹁生活者﹂である子どもという時、それはすべての子どもを指している。また指導. 者である教師については、一部の詩歌の指導に熱心な教師だけが課外で指導すればよいとするような考えも窺うこ とができない。.  ⑥⑦にいたっては、詩とはむずかしいものだという教師の先入観を払拭し、指導に意欲を持たせるような定義を 示している。. 第三節 児童詩の特性. 一2i一.

(29)  ここでは児童詩作品そのものに即して、児童詩の特性を考察しておきたいと思う。定義を考えることはどうして. も抽象的にならざるを得ないが、児童詩が児童詩として成り立つための諸条件を考察することによって、児童詩が もつ具体的な実像を明らかにしてみたいと考えている。  以下、筆者は、児童詩の特性として次の四点を取り上げて考察を試みたい。  ・言語活動の自然発生性  ・成長発達の過程性.  ・ものの見方、感じ方、考え方の創造性  。教師との関係性  この四点を外して児童詩は成立しないと思う。以下順に述べる。.  一 言語活動の自然発生性.  このことについて最初に指摘したのは百田宗治である。彼は、 ﹁児童の詩の発生、製作過程﹂というものを考え. る際にしばしばこの﹁言語活動の自然発生性﹂ということを説き、 ﹁︵児童詩の︶拠りどころを飽くまでも生活の. レアリテに置き、そこからの単純率直の言語活動といふことを以て児童詩の基礎的な観念としたいし一$と述べた。. おかあさんがかたづけやくだねとか. あゆみがちらかしゃくとか. しているわけじゃないんだから. べつにげきを. おかあさん.   やく   一年平原愛弓.    ︵州崎洋編﹃ママに会いたくて生まれてきた﹄より︶. きこえるんだよ. わたしは/判、すっとこどっこい﹂って. なんてきこえる?. つくつくぼうしの鳴き方って. ねえお母さん.   せみ    三年 坂本真紀子. このことは低学年の児童詩においては、特に強調されていいことであろう。. いわなくてもいいじゃん︵川崎洋琴噸こどもの詩編﹀. 一22一.

(30)  どちらの作品も、母親に、それぞれが置かれた状況のもとで子どもが自然に発した言葉である。思わず口をつい. て出てしまったというべきかもしれない。 ﹁いつ・だれが・どこで・どうしたしなどと筋道立てて述べているので. はない。場面に依存する分が多いだけ、子どもの言葉にリアリティと訴えの勢いが感じられる。. ぼくは、びっくりした。.  この般階がさらに進むと、次のような詩を書くようになる。.   弟のねごと      四年 福井 義治 ばん、弟がねごとを言った。. そのゆめ、自転車こうてもろたゆめやろ。. まあちゃん。. これええは﹂.     ︵佐倉義信編﹃太陽のゆりかご﹄より﹀. ﹁おとうちゃん、ありがとう。. と言った¢.  弟がねごとでつぶやいた一言から、その夢のなかみを言い当てているのである。 ﹁まあちゃん、そのゆめ、自転. 車こうてもろたゆめやろ﹂という弾んだ発話とともに、それが引き出された場面や状況が的確に述べられており、 これはこれで自立した世界とな︵、ている。客観と主観のバランスもよい。.  このような﹁言語活動の自然発生性﹂は、どの子どもも日々経験しており、詩を書く才能に恵まれた子どもだけ. の専売特許ではない。また子どもと接し、子どもの成長を願う教師であればだれでも子どもの心からなる叫びや訴 えを受け止め、引き出すことができるものではないだろうか。.  二 成長発達の過程性.  学年や発達段階のその時々でなければ書くことのできない子ども一人ひとりの認識や表現を大事にする。 ﹁入生. 二度なし﹂の気概を忘れず、その時々を精いっぱい生きる証としての自己表現を引き出したい。.     12のかず       一年 やすだ さやか.   せんせい あのね、             とけいは. Q3一一. 一一.

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