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経済統合とアジア : 多国籍企業行動との関連での一試論

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(1)経済統合とアジア ―多国籍企業行動との関連での一試論―. 萩  原  伸 次 郎. はじめに. 周知のように,第 2 次世界大戦後,世界の通 商体制は,1947 年に成立した「関税と貿易に. (EU)の拡大に見られるように,地域的な自由. 貿易地域の創出傾向は続いている.2 国間の自 由貿易協定の成立傾向も一向に衰える状況を示 しているとはいえない.. 関 す る 一 般 協 定 」( GATT : The General. ここで戦後の地域統合について,幾つか特徴. Agreement on Tariffs and Trade)による多角的自. 点をあげれば,第 1 に,西ヨーロッパ諸国を中. 由貿易体制を目指して展開し,1995 年成立の. 心に展開し始めたことが,あげられねばならな. 「 世 界 貿 易 機 関 」( WTO : The World Trade. いだろう.ヨーロッパ経済共同体 (EEC : The. Organization)に引き継がれ今日に至っている.. European Economic Community) は 1958 年に,. 1948 年のハバナ憲章に基づく「国際貿易機構」. ヨーロッパ自由貿易協定(EFTA : The European. (ITO : The International Trade Organization)が,. Free Trade Association)は 1960 年に創設された. アメリカ合衆国等の議会において批准されるこ. のだから,戦後の地域統合が,ヨーロッパ中心. となく葬り去られたことはよく知られている.. であった歴史的事実は明確である.第 2 に,北. かくて,その前年に「協定」として成立してい. アメリカにおける地域統合は,1965 年,カナ. た GATT が戦後の世界通商体制の基軸を構成す. ダ・アメリカ合衆国自動車協定に始まり,1988. ることになったのである.. 年には,カナダ・アメリカ自由貿易協定. GATT は,多角的自由貿易体制を目指した.. (CUFTA : The 1988 Canada-United States Free. というのは,1930 年代における世界経済はブ. Trade Agreement)に発展し,現在ではメキシコ. ロック経済によって世界貿易の停滞を引き起こ. を含め,北米自由貿易協定(NAFTA : The North. し,大不況となったからである.したがって,. American Free Trade Agreement)に発展してい. GATT24 条は,関税同盟(customs unions)や自. ることはよく知られている.戦後,ラテンアメ. 由貿易地域(free trade areas)の成立条件を,そ. リカ諸国は,輸入代替工業化戦略による保護貿. の形成によって第 3 国に不利な影響を与えるこ. 易主義的政策をとってきたが,それでも 1960. とがないことと定めていた.すなわち,関税同. 年には,モンテビデオ条約が,ラテンアメリカ. 盟や自由貿易地域によって設定される第 3 国へ. 自由貿易協定(LAFTA : The Latin American Free. の共通関税は,その設立以前の関税率を超える. Trade Association)を設立させた.その後,ラテ. ことがあってはならないとしたのである.だが,. ンアメリカ諸国が内向きの経済開発戦略から外. こうした戦後の多角的自由貿易を目的とした. 向きの経済開発戦略へと転換させ,1990 年代. GATT 体制下にあっても,その自由化は,地域. になると多くの国が自由貿易協定を結ぶ傾向を. 的協定を通じた経済統合と同時並行的に進行し. 見せ始めたのである.. てきたのも事実だった.1947 年から 1994 年に. こうした世界経済における地域的自由貿易形. かけて 98 の協定が GATT24 条の下で通告された. 成の動きに乗り遅れたのが,アジア諸国とりわ. し,1995 年の WTO 成立以降もヨーロッパ連合. け東アジア諸国であったことは明白であろう.. 『エコノミア』第57巻第1号(2006年5月) ,17 − 25頁[Economia Vol. 57 No.1(May 2006),pp.17 − 25].

(2) . もちろんこのことは,戦後アジア諸国が世界の. とすれば,貿易転換効果が働いたわけで,コス. 経済成長の中心地域から遅れをとったことを意. ト効率的ではないといえる.ヴァイナーによれ. 味するわけではない.まさにその逆であり,外. ば,この創出効果と転換効果は,貿易量の変化. 資導入・輸出志向型経済という「アジア型モデ. と単位コストの変化を合算したものによって測. ル」の成功が,地域統合による経済発展パター. られるべきであり,関税同盟による貿易創出量. ンを必要とはしていなかったのである.すくな. に単位コストの節約分を掛けた値と関税同盟に. くとも,1997 年のアジア通貨危機の発生によ. よる貿易転換量に単位コストの上昇分を掛けた. る「アジア型モデル」の限界露呈までは,東ア. 値との比較によって,関税同盟の効率性は判断. ジアの経済統合の必要性はあまり感じられなか. されるべきとしたのである.. ったといってもいいだろう.. こうした議論は,完全競争,生産量にかかわ. この小論では,戦後の地域統合,経済統合を. らずコストは一定,また輸送費などの条件はさ. 推進するミクロ的経済主体に注目したい.周知. しあたり除外視して考えているが,関税同盟あ. のように戦後の地域統合や経済統合について. るいは経済統合の経済合理性を判断する原理的. は,さまざまな立場から理論的把握がなされて. 規定として重要なものである.. きた.この小論では,そうした理論的把握をそ の時代のミクロ的経済主体との関連で理解した. 2 経済統合の動態理論とミクロ経済的基礎. い.かくして,最終的には,アジア通貨危機以. ところで,経済統合の理論は,以上の完全競. 後,急速に注目されるに至った東アジアの経済. 争を前提とした静態的理論から,戦後の高度成. 統合について,そのミクロ的基盤に注目しなが. 長を背景に動態的把握へと転換する.こうした. ら,政治経済的把握を試みたいと考える.. 統合理論の動態的把握を重視したのは,ベラ・. 1 経済統合の静態的把握. よく知られているように,経済統合とりわけ. バラッサである.バラッサは,「最近の関税同 盟に関する理論は,・・・・多くが静態的フレーム ワークによる資源配分の問題に集中しており,. 関税同盟の経済的効果は,ヤコブ・ヴァイナー. 経済統合の動態的な効果についてあまり注意が. による静態的理論把握によって,明らかにされ. はらわれていない 2)」としている.. た.かれは,その効果を「貿易創出効果」と. 市場規模の大きさと経済成長との関連は,古. 「貿易転換効果」にわけ,前者が後者を上回る. くは,アダム・スミス 3),J. S. ミルも展開したと. 場合,関税同盟は,世界経済において経済厚生. ころであり 4),アルフレッド・マーシャルも気が. を高めると結論したのである 1).関税同盟の形. ついていた点であるが 5),経済統合という観点. 成は,同盟内に自由貿易を創出するのであるが,. から詳細に論じたのは,バラッサだった.1958. 比較優位の原理が働き,自由貿易によって,相 対的に生産コストが低い製品同士の交易が実現 すれば,貿易創出効果が働いたといえよう.も ちろん,関税同盟によって,関税同盟外からの 低コスト製品の輸入が途絶え,関税同盟内のヨ リ高コストの製品を輸入せざるを得なくなった. 1)詳細は,Jacob Viner, The Customs Union Issue, London: Stevens and Sons Limited for the Carnegie Endowment for International Peace, 1950, Chapter 4.. 2 ) Bela Balassa, The Theory of Economic Integration, Homewood, Ill., Richard D. Irwin, Inc., 1961, ix. 3)Adam Smith, An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, Modern Library ed., New York, Random House, 1937, p.3. 4)J. S. Mill, Principles of Political Economy, Ashley ed., London, Longmans, Green & Co., 1923, p.701. 5)Alfred Marshall, Principles of Economics, 8th ed., London, Macmillan & Co., Ltd., 1956, p.382..

(3) . 年以降急速に進行したヨーロッパの経済統合を. る程度期待できるかもしれない.経済統合によ. 念頭においての議論であるが,市場規模と生産. る市場の拡大は,既述のように産業間の相互依. 性を議論の中心におき,統合化された地域にお. 存関係を深化させると同時に産業の特殊化によ. ける大規模経済を実現させたさまざまな要因. る経済効率の上昇も期待できよう.. を,a 規模の経済(economies of scale),b 外部. さて,経済統合は,市場構造を通じてどのよ. 経済(external economies)c 市場構造(market. うな動態的効果をもたらすだろうか.経済統合. structures)d 技術変化(technological change)e. は,関税の除去を意味するから,国際的なカル. リスクと不安定性(risk and uncertainty)f 投資. テルの形成を促がすという見解がある.しかし,. (investment)等にわけて詳細に論じたのだった. 巨大な自由市場の実現は,国内経済システムの. .. 6). 効率性の向上に役に立ち,競争促進的な役割を. まず,経済統合による市場規模の拡大は,不. 果たすとするのが一般的な見解であろう 7).規. 完全競争下にある企業に対し,需要曲線を大き. 模の経済の実現は,統合された地域での競争を. く右にシフトさせるに違いない.かくして需要. ヨリ一層促進する.関税の除去は,競争企業の. の拡大は,生産拡大と生産方法の効率的使用方. 拡大に帰結し,独占的あるいは寡占的市場構造. 法を可能とするだろう.市場の拡大は,製品の. を競争的なものへと変化させるであろう.市場. 標準化ももたらし,新しく建設された工場での. の力が統合された経済地域に働くことによって. 大規模生産を可能とするだろう.こうした規模. 国民経済を基軸とした独占は除去されることが. の経済の実現は,ヨーロッパ経済共同体におい. 期待されるからである.市場規模の拡大が,企. ては,とりわけベルギー,ルクセンブルグ,オ. 業の独占的支配を緩める実例として,市場規模. ランダやイタリアのような小国に大きな利益を. の小さいベルギーと大きいアメリカ合衆国にお. もたらすに違いない.ドイツ,フランス等の国. ける巨大企業の市場シェア比較があげられよ. にも大きな利益をもたらすことは当然考えられ. う.すなわち,1950 年代において,ベルギー. るのだが,市場規模の小さい諸国では,経済統. 場合,巨大会社1社で,綿業,石油精製業,紙. 合による利益は格段に大きくなるに違いないと. 製品,缶詰食品における製品シェアは,それぞ. いうわけである.この規模の経済という観点か. れ,23 %,67 %,26 %,41 %と大きかったが,. らすると,ラテンアメリカの経済統合もヨーロ. アメリカ合衆国の場合,巨大会社4社で,以上. ッパ以上に大きな利益を獲得するだろうと考え. の4業種の製品シェアは,それぞれ,13 %,. られる.輸入代替工業化戦略の失敗は,規模の. 37%,16%,27%に過ぎなかったのである 8).. 経済の実現ができなかったことにそのひとつの. 経済統合の進展は,さらに自律的な技術革新. 要因がある.だとすればラテンアメリカの経済. をもたらすだろう.関税の除去による自由市場. 統合による市場規模の拡大は,規模の経済の実. の実現は,多くの産業において規模の経済を達. 現をもたらすことになるだろう.. 成し,市場における巨大企業のシェアは高まる. 経済統合による外部経済は,たとえば,さま. が,平均的な企業規模の拡大は,大規模な研究. ざまな産業間の相互依存関係を導き出し,経済. 開発を通して技術進歩に資することになろう.. 成長に結びつく.経済統合が進めば製造業の拡. 巨大企業での研究開発投資の展開は,小企業に. 大を導き出すという外部経済が期待できるので. 比較して,固定費用の上昇をもたらすが,さら. ある.また,経済統合は,経済発展への社会的, 精神的あるいは政治的障害を克服する効果もあ. 6)Balassa, op.cit., chapter 5,6,7,8.を参照.. 7)J. E. Meade, Problems of Economic Union, Chicago, The University of Chicago Press, 1953, p.14. 8)Balassa, op. cit., p.169..

(4) . に多様化された生産においても,小企業に比較. に,この時期に経済統合を求めた巨大企業は,. して大いなる優位性を発揮することになるであ. いずれも革新的技術投資を行ない,固定費比率. ろう.基礎的研究から生み出される発見や個々. の高い産業に属していたことが想起されなけれ. の製品開発における新知識は,より広い領域に. ばならない.経済統合の推進は,市場の拡大を. おいて活用されることになるだろう.. 意味した.したがって,それに対応すべく企業. ところで,市場が国民経済ごとに小さく区切. 規模の拡大を図り,規模の経済を実現すること. られていると,外国貿易に絡んでリスクと不安. のできた産業は,いずれも輸出に利害関係を有. 定性が発生するし,また経済政策上の変化に対. し,市場を求めて多国籍化を推進する巨大企業. する不安定性も増加する.経済統合が進行すれ. だったといえよう.いいかえれば,第 2 次世界. ば,少なくとも前者のリスクと不安定性は除去. 大戦後のケインズ的な世界経済において中心的. することができよう.すなわち,関税の水準,. な企業活動を展開した産業企業だった.. 補助金,貿易割当量,外国為替統制などが変化. ケインズ的世界経済とは,価格水準が安定し. することによって,貿易量は著しく影響を受け. ている諸国経済から成り立つ世界経済をいう.. るのであって,経済統合が実現すれば,こうし. この世界経済における価格水準を決定する巨大. たリスクと不安定性は解消されるのである.巨. 寡占企業群は,競争市場によって価格が決定さ. 大企業が技術革新に基づく機械や設備に投資. れ,プライス・テイカーとして企業行動が規定. し,固定費が上昇していることを考えると,経. される競争的企業とは異なる.すなわち,巨大. 済統合の実現は,巨大企業の投資活動をより活. 寡占企業において筆頭格の企業がプライス・リ. 発にする効果も持つことになるであろう.. ーダーとなり,標準生産量と目標利潤率に基づ. かくして,経済統合の推進は,輸出産業の投. き価格を設定し,寡占市場において売上高を非. 資や海外投資に大きく影響を与えることにな. 価格競争により伸ばそうとするのである.基本. る.経済統合は,有効需要が増大していく時期. 的な需給調整は,操業度を増加させたり,減少. には,インフレ的効果をもたらし,企業は積極. させたりすることによる数量調整を基本に行な. 的に設備投資活動をおこなうであろう.企業が. われる仕組みになっており,市場の拡大が企業. 100% 近い操業度で生産を行なっている場合,. 目的となるのは,操業度の上昇,販売製品量の. 経済統合による需要の拡大へは,企業設備の拡. 上昇によって目標利潤率を超える利潤獲得が可. 大によって応えなければならない.一方,企業. 能だからである.. の操業度が低い場合,経済統合による需要の拡. ここで,この時期の巨大寡占企業の投資論理. 大は,企業の生産拡大を導き出すだろう.いず. を論じ,これら企業が経済統合を促進するのは. れにしても経済統合の進行は,統合された地域. なぜかについて見てみることにしよう.巨大企. 内において企業の投資活動も含めて,生産の再. 業の投資行動においてまず問題にされるのは,. 配分が供給資源の高コストから低コストを求め. 寡占企業部門における投資需要関数が何によっ. て展開されるに違いない.しかも,1950 年代. て決定されるかということである.周知のよう. から,ヨーロッパ経済共同体やラテンアメリカ. にケインズは,資本の限界効率と利子率の関係. の統合地域へ,アメリカ資本が支店や関連会社. から投資水準を決定させたが,戦後この時期の. を設立することによって深く関わり始めた事実. 寡占大企業の投資決定は,資本の限界効率によ. はここで特筆されるべきである.. るよりは,企業売上高の期待成長率にあったと. さて以上,バラッサの著作を参考に,経済統. するべきであろう.この時期の巨大企業が,既. 合を動態的に把握する試みをおこなったが,こ. 述のように標準生産量と目標利潤率によって価. の時期の経済統合を推進するミクロ経済的基盤. 格を設定し,潤沢な自己資金を背景として,企. はどこに求めたらいいのだろうか.既述のよう. 業規模の拡大を目的とする投資が展開されたと.

(5) . すれば,資本の限界効率や利子率をこの時期の 投資需要関数の決定的要因とすることは困難で ある.なぜなら,まず,この時期の巨大企業の 費用曲線は,U 字型ではなく,水平を描くから, 資本財供給価格は一定であり,その上昇による 投資の限界効率の逓減というシナリオを通用さ せるには無理があり,さらにこの時期の巨大寡 占企業の投資は,豊富な自己資金に基づくもの であり,多額な借入金から利子率上昇による投 資需要の減退が引き起こされたとするにはやは り無理があるからである. かくして,われわれはこの時期の寡占企業の 投資需要を決定する最も重要な要因を産業の製 品売上高の期待成長率に求めなければならない のである.巨大企業の投資は,それが所属する 産業における市場占有率を維持することが目的 となるから,さまざまな製品に対してどのよう な需要が生じそうに思われても,それに応じる だけの十分な生産能力を用意することが重要に なる.このタイプの投資にとって基軸的に重要 な要因は,産業の製品売上高の期待成長率であ る.われわれは,その投資需要関数を次のよう に表すことができよう.. 3 現代多国籍企業の行動と経済統合. ところでケインズ的世界経済の危機・崩壊か ら生じた今日につながる世界経済において,現 代巨大寡占企業は,積極的に多国籍化を推進し ている.しかもこれら企業は単に売上高期待成 長率の上昇によって海外直接投資を展開するの ではなく,資本財供給価格の低下ということか ら生じる資本の限界効率の高さから海外直接投 資を実行するようになっていった.海外直接投 資は,個別企業の直接投資の限界効率が国内設 備投資の限界効率を超えることによって初めて 展開されるという論理が整合性を持ち始めたの である.また,その投資規模は,利子率に左右 されることにもなったのである.売上高期待成 長率は,資本の限界効率への影響という間接的 効果を通じて投資に影響することになった. 資本の限界効率とは,いうまでもなく,資本 資産から存続期間を通じて得られると期待され る収益によって与えられる年金系列の現在値を その供給価格にちょうど等しくさせる割引率に 相当するものである.年金の系列とは,投資資 産の存続期間を通じて,それから生じる産出物 を販売して,その産出物を得るための当期の費 用を差し引いた後に,獲得できると期待される 予想収益の系列のことである.また,資本資産. ここで, 率,. は資本の限界効率, は利子 は製品売上高期待成長率で. ある. の関係があるが,企業投資は,製品売上高期待 成長率と最も強い正の相関関係があるといえる のである.したがって,こうした企業には,製. の供給価格とは,その類型の資産を市場におい て現実に購入するさいの市場価格を意味するの ではなく,製造業者にその資産の付加的一単位 を新しく生産させるのにちょうど十分な価格, すなわちときおり取替価格と呼ばれるものを意 味するのである.この関係を式で表現すれば次 のようになる.. 品売上高期待成長率の上昇を経済統合の推進に よって図るというインセンティブが生じること は言うまでもない 9).. ここで. は,資本資産の供給価格,. 期待収益の年金系列,. は,. は資本の限界効率で. ある.さらに,海外投資の限界効率,海外投資 9)この時期の寡占企業と投資論理については, 拙著『世界経済と企業行動』大月書店,2005 年, 第2章を参照.. の資本資産の供給価格,そして海外投資の期待 収益率の年金系列との関係を式で表現すれば次.

(6) . のようになろう.. ば,それは,取引を組織化する費用が,市場を 通じて取引を実行する場合の費用と等しくなる ところに落ち着くのである.すなわち,市場取 引のコストと比較し,企業の組織化によるコス. ここで. は,海外投資資産の供給価. トが上昇し,それと等しくなるところが企業の. 格,. は海外投資期待収益の年金系. 最適規模になるという論理である 10).このコー. 列,. は海外投資の限界効率である.既述の. スの理論を多国籍企業論に応用したのが,バッ. の関係が生じれ. クレーとカッソンによる「内部化理論」であっ. ように. ば,海外直接投資が国内投資に比較して有利と. たことは,よく知られている.すなわち彼らは,. なる.この関係は,海外資本財の製造コストが. コースの理論を国際的に展開したのだった.企. 国内資本財の製造コストに比べ低くなることに. 業は,不完全市場の世界において利潤の極大化. よって生じると考えられるのだが,1970 年代. をはかる.中間財市場が不完全である場合,市. 以降現代に至る世界経済においては,賃金水準. 場を通さず取引の内部化によって費用の節減を. が製造コストを決定する要因として大きく関わ. 図る.従来,市場によって行なわれていた諸活. ることとなった.すなわち,世界市場における. 動は,いまや企業内部で,共通の所有と統制の. 企業間競争が激しくなるにつれ巨大寡占企業. 下で行なわれることになる.国境を越えて市場. は,賃金の上昇と労働生産性の低下からする資. が企業の内部に取り込まれた場合,多国籍企業. 本財製造コストの上昇,すなわち資本の限界効. が生まれるのである 11).. 率の低下に悩まされることになったからであ. こうした垂直統合を基軸とする現代多国籍企. る.したがって,予想生産費の変化において企. 業は世界的な規模の資本蓄積にいかなる特徴を. 業が重視したのは,労働費用の変化であった.. 与え,またそこからどのような経済統合の要求. 世界市場競争の激化と共に,現代巨大寡占企. が出てくるのかが明らかにされなければならな. 業は単なる市場拡大的多国籍化から,製造コス. い.いうまでもなく企業はある国を母国として. トを比較考量した個別企業の海外投資の限界効. 事業展開を行い,企業の海外投資戦略によって. 率重視の戦略に移行していったのである.もち. 海外投資の限界効率を考慮しながら企業規模の. ろん,多国籍企業にとって市場が重要であるこ. 拡大を図る.ここでわれわれは,多国籍企業の. とは,以前にも増して変わることはなかったが,. 母国を1国とし,nカ国に垂直的に拡大したあ. 多国籍化が現地生産・現地販売という販売密着. る事業部門をもつ高度に発展した多国籍企業を. 型の投資から,製造業工程の効率的地球的編成. 取り上げよう.この事業部門を とすれば,こ. を目指すという,企業の垂直統合の路線が顕著. の企業の母国における資本ストックは. になっていくのである.. り,1国以下nカ国にこの事業部門が一つずつ. 周知のように企業の存在を経済学的に明らか にしたのは,コースだった.彼によれば,生産. とな. 存在しているとすると,この多国籍企業の 事 業部門の全世界に広がる資本ストックは,. は個人間の契約という手段によってまったく分 権化した方法でなされうるが,その生産物の取 引に入るや,何らかの程度の費用が発生する. そのため,市場を通じて取引を実行するための 費用に比べて,その取引をより少ない費用です ませようとしたとき,市場でなされていた取引 を組織化するために企業が生まれるのである. 企業の規模の限界がどこで画されるかといえ. 10)詳細は,R. H. Coase, The nature of the firm, Economica, Ⅳ, 1937. 11)P. J. Buckley and M. C. Casson eds., The Future of the Multinational Enterprise, London, Macmillan,1976, p.33..

(7) . ックスヘイブン」国の利用として注目されてき た.こうした移転価格を通じた事業部門内の資 となるであろう.この多国籍企業の資本ストッ. 金の自由な移動は,多国籍企業であるからこそ. ク額は,その母国1国の通貨価値に換算して評. できうることであり,市場の需要状況をにらみ. 価しなければならないから,1国からn国まで,. ながら,中間生産物・部品・製品などの工場配. それぞれを1国の通貨建てで評価した物価水準. 置,販売網の確立を地球的規模で行なうのであ. を. る.. で表せば,この多国籍企業の. だがしかし,いかに多国籍企業とはいっても. 資本ストック額は,. 関税,為替,税金などの国民国家を基盤とする 経済政策をすべて移転価格によってすり抜ける で表すことができる.かくしてnカ国に広がる. ことには無理がある.したがって,多国籍企業. 事業部門のそれぞれの利潤率を. は,自らの事業部門の国際的展開から,それら. で表. せば,この多国籍企業の総利潤額は,. 地域の経済統合を要求することになるのであ る.すなわち,今日の経済統合は,こうした多 国籍企業の世界的効率的生産・販売体制をサポ. となるのである.かくしてこの多国籍企業の総. ートする政策として推し進められているとする. 利潤率は,次のように表すことができよう.. ことができよう. 多国籍企業は自らの要求にしたがって世界経 済を作り変えるのだが,今日の世界の通商シス テムの形成に当たって,貿易の自由化と同時に 投資の自由化が積極的に進められている理由も そこにあるといわねばならない.周知のように,. ここで注目しなければならないのは,本国親会. 1995 年に創設された世界貿易機関は,知的財. 社と子会社,あるいは子会社間における取引は,. 産権保護やサービス貿易の自由化など,今日の. 貿易取引,すなわち企業内貿易となるという事. 多国籍企業の要求を入れた制度的構築となった. 実である.本国親会社と海外子会社の関係にお. が,「貿易に関連する投資措置に関する協定」. いて,本国親会社に子会社が一方的に製品を販. の締結に見られるように,多角的投資システム. 売する場合,子会社が移転価格を高く設定すれ. 構築へと進む方向も見せたのである.だが,今. ば海外子会社の利潤率は高まり,また逆に低く. 日,世界貿易機関による多角的自由化交渉は,. 設定すれば,本国親会社の利潤率は高まるので. 必ずしも順調に進んでいるとはいえない.かわ. ある.またもし,本国親会社が移転価格を高く. って,地域統合を積極的に進める自由貿易協定. 設定して子会社に部品供給をおこなえば,親会. が多くの国における二国間協定として結ばれつ. 社の企業利潤率は高まるし,逆に低く設定すれ. つある.「世界貿易機関を通じたグローバルな. ば,子会社の企業利潤率が高まるのである.海. 貿易交渉が基本だ」と豪語したアメリカ合衆国. 外子会社の利益送金がホスト国の為替政策によ. ですら,1990 年代さらには 2000 年代になると. って厳しく制限されている場合,低く設定した. 多くの国と二国間協定を締結し,自由貿易協定. 移転価格によって子会社から親会社へ利益の事. を積極的に進行させるに至った.東アジアの地. 実上の移転が行なわれることはしばしば起こる. 域統合やアジアにおける自由貿易協定締結の動. ことであるし,また,法人税率の低い国へ本社. きも急速に展開し始めた.これらについては節. 機能を移動させ,そこへ利益を集中し税金逃れ. を改めて論じることにしよう.. を行う企業行動は,従来から多国籍企業の「タ.

(8) . 4 アジア諸国のドル離れは可能か ―「東アジア共同体」形成の可能性―. 日本が提唱した「アジア通貨基金」構想は,ア メリカによって潰されたのではあったが,その 後,チェンマイ・イニシャティブが実現したの. 東アジアの地域統合は,ヨーロッパ連合. であり,これは東アジア諸国の結束が重要視さ. (EU)あるいは北米自由貿易協定に基づく自由. れることを示すものでもあった.1999 年にマ. 貿易地域に比較すると大きく遅れをとってい. ニラで開かれた ASEAN + 3(日本・中国・韓国). た.そもそも,東アジア諸国は,アメリカ合衆. 第 3 回首脳会議において「東アジア協力に関す. 国との個別的な関連が強く,第 2 次世界大戦後. る共同声明」が採択され,翌 2000 年には,マ. の日本の経済復興や 1960 年以降台湾,香港,. レーシアのマハティール首相の提唱したかつて. 韓国,シンガポールなどの輸出指向型経済の成. の「東アジア経済グループ」(EAEG)を思わせ. 功は,いずれもアメリカ合衆国との経済関係に. る「東アジア経済圏」構想に向け「東アジア自. おいて「繁栄」を享受してきたことを示すもの. 由貿易圏」の検討が ASEAN + 3 のワーキング・. であったといえよう.1970 年代末における中. グループにおいて行なわれることになった.. 国の改革開放政策への転換は,中国政府による. 2004 年 11 月末ラオス・ビエンチャンでの第 10 回. 積極的外資導入政策となり,アメリカ多国籍企. ASEAN 首脳会議では,ASEAN 諸国の経済協力. 業との関連を強化させるものであった.. の推進が謳われ,東アジア共同体創設への動き. こうした対米依存経済とも言いうる東アジア. は活発化している.. 諸国が,今日に至って「東アジア共同体」の形. ここでは,日本が「東アジア自由貿易圏」構. 成という政治的目標を掲げだしたのは,「アメ. 想の実現に当たって問題となると思われる 3 つ. リカ合衆国を中軸とするグローバリゼーション. の課題をあげて結びとしたい.第 1 は,日本の. にはおのずと限界がある」と,彼らが実感する. 対米追随の志向が極めて強い中で,果たして東. に至ったからである.. アジアの自立化をめざす「東アジア自由貿易圏」. それは言うまでもなく 1997 年に引き起こさ. を積極的に進めることができるのだろうかとい. れたアジア通貨危機にあった.1980 年代以降. う点である.日本は,たしかに貿易面で東アジ. アメリカ合衆国は,東アジアの各国に貿易の自. ア諸国との関係を深めている.日本貿易の約 4. 由化のみならず資本取引の自由化を要求し,タ. 割は,ASEAN + 3 との間のものであるし,そ. イ,インドネシア,フィリピンなどの諸国は,. の規模はアメリカ合衆国との貿易の約 1.9 倍,. 台湾,香港,シンガポール,韓国などのいわゆ. ヨーロッパ連合との間の 2.7 倍にものぼる.だ. る東アジアの「新興工業諸国」に遅れまいと,. が,1990 年にマハティール首相が提唱した. 開放政策をとったのだった.このアメリカ合衆. 「東アジア経済グループ」(EAEG) 構想をアメ. 国の政策が,既述の多国籍企業の内部化戦略に. リカの意向を受けて潰したのは,ほかならぬ日. よる地球的な規模での効率的な企業活動の保証. 本であったし,2001 年のブッシュ政権になり,. を目的としていたことは明らかだった.アジア. アメリカ合衆国が,自由貿易協定(FTA)に遅. 通貨危機は,かくて,アメリカ合衆国主導のグ. れを取ったと危機感を表明するや,日本の財. ローバリゼーションの行き着く先を示していた. 界・政府の FTA への取り組みは加速されたので. ともいえる.東アジア通貨危機の発端となった. ある.ここに ASEAN 諸国や中国,韓国と FTA. タイのバブル経済の崩壊とタイバーツの暴落に. 交渉に臨む際の日本側の問題点が存在している. 際して,当時のクリントン政権は,彼らの支援. といえよう.. の要請に応じなかったのである.東アジア諸国. 第 2 は,東アジア自由貿易圏の実現に当たっ. のアメリカ合衆国への不信は,こうした事態に. て影響を受ける国内産業への対応である.とり. 対して高まったのも当然であった.この時期に. わけ,FTA 交渉となると,各国別交渉になるか.

(9) . ら,利益を得る部門と不利益を被る部門が具体. を行っていない点にある.日本経団連自身「日. 的に特定できる.とりわけ,農林水産部門は,. 本は,第 2 次世界大戦において大東亜共栄権の. 東アジア諸国との FTA 交渉において不利益を. 建設を掲げて戦い,東アジアの国々に多大な損. 被る部門になる可能性が高い.単に,「農業鎖. 害を与えた」としておきながら,小泉首相はじ. 国」を続けられないなどという姿勢ではなく,. め保守的政治家の靖国神社参拝は依然としてお. 対米一辺倒の農産物輸入からその多元化をはか. こなわれ,アジア諸国への侵略戦争を賛美した. り,東アジアからの輸入を増加させる政策であ. 教科書が文部科学省によって堂々と認定される. るとか,利益を享受する部門から所得移転によ. 事態が引き起こされているのである.. って経済支援を実現させるとかの具体的政策が 必要になるのは当然であろう. そして第 3 の問題は,日本が東アジア諸国へ 行なった侵略戦争について根本的な反省と謝罪. こうした諸問題が根本的に解決されることに よって,東アジア共同体構想は,平和・友好の 共同体として,実現の一歩を進めることができ るといえよう. (横浜国立大学経済学部教授).

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