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祖書綱要の四種三段判に於ける底上相對について

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組書綱要の四種三段刊に

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底上相封について

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て 絡 言 二、網嘆のご種本門異体設の根城 三、綱要の底上相針とご積本門思想 問、雨重の本門に就ての古来の異議 A 同体設とその根嫁 B 異体設とその源流 五、雨重の本門は果して異体なるか 六、第四重の本門を分別されたる所以 七、関目妙の文の文民について 八 、 結 論

-= -6 近 代 宗 曲 学 の 鼻 祖 と 掛 併 せ ら れ る 日 導 上 人 は 、 そ の 著 ﹁ 閥 会 円 綱 所 有 ﹂ に 於 い て 、 ﹁ 翻 心 木 曾 釣 ﹂ に 於 け る 間 関 コ 一 段 の 第 三 重 の本門を随他文上の本門といひ、第四重の本門を随白文民の本門と名づけ、との雨者の間に民上相針守分別してゐる のである。即ち師はコ一種本門十僚異目草﹂に.第三重の本門三段の交を躍して、 ﹁ 本 門 十 四 品 ノ 三 段 如 し 常 、 而

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判 ノ 中 号 一 三 論 共 敬 主 ノ 等 − 者 、 封 ニ 揮 前 ノ 祢 一 門 ↓ 雌 叶 日 目 非 守 始 成 一 F 市 モ 非 −

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広 州 ノ 古 悌 三 也 、 所 組書綱要の阿積=一段列に於ける底上相割について ー ヒ

(2)

加持制嘆の内組側三段列に於げる底上相針について -t: 設 J 法 門 等 者 、 亦 封 U 品 川 , 諮 一 雄 内 言 叫 如 品 天 地 り 精 非 レ 指 三 文 市 町 一 一 、 故 三 搾 庁 之 云 口 一 念 三 千 殆 隔 竹 膜 寸 言 ? 心 n 謹 門 = 設 計 ル 本 無 今 有 〆 百 回 作 千 如 ↓ 封 で 之 ヲ 文 底 ニ ニ 千 常 住 寸 共 去 守 曹 鳴 を 不 ι 、 如 計 英 文 上 ザ 十 界 久 遠 之 上 = 闘 土 世 間 師 = 顕 で 以 守 口 比 弓 ” 文 民 一 品 川 ド 泊 ﹃ 如 t 司 竹 膜 守 也 : 判 ノ 意 如 け 此 、 故 知 ヌ 此 本 門 是 約 品 随 他 J 一 端 一 也 ﹂ ︵ 金 書 本 一 間 八 頁 ︶ と い ひ 、 次 に 第 四 重 の 本 門 三 段 を 蜘 伸 し て 、 ﹁ 大 垣 巳 還 乃 至 十 方 微 塵 ノ 衆 粧 ヲ 紬 タ 括 = 序 分 士 、 文 底 三 千 ヲ 鵠 = r I 分 ↓ 下 町 要 法 ヲ 得 = 流 調 分 一 、 此 レ 於 = 最 初 所 詮 ノ 二 本 以 一 ﹃ 熟 股 積 ↓ 需 品 三 分 ↓ 也 、 其 レ 約 守 随 自 本 門 一 議 官 明 突 ﹂ ︿ 全 脅 本 一 四 九 百 ﹄ といってゐる。と

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於いて師は、第三叢の本門三段は、蝿岡糸付蝿の天台の本門般による三段であり‘第四援の本門 一二段は、紳力別付の宗阻の本門観による三段でるると論じてゐる。従って第三重の木門を第四重の本門に簡んで﹁観 心本隼四積三段章﹂に ﹁ 此 ノ 中 ノ 本 門 内 輪 是 レ 遮 僻 ノ 所 設 、 若 望 号 紳 力 別 付 J 本 法 一 、 倶 ミ 名 テ 箆 b ト ﹂ ︵ 四 一 三 百 ︶ とも‘また ﹁ 前 , 本 門 、 後 ノ 本 法 .

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雄 二 品 二 宇 J 、 序 ド 興 = 流 通 − Z 人 別 可 レ 見 、 序 題 既 = 異

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︷ 一 司 奨 γ 同

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・ 共 有 田 h 不 同 一 、 前 向 非 = 本 化 J 鰹 休 目 験 実 ﹂ ハ 四 一 四 頁 ﹀ ム﹂もいひ、還にとれらの雨者の本門に底上相封を分別して、 ﹁ 故 知 ヌ ・ 前 者 向 是 L 随他文上木門、後 A 乃チ随白文底秘奥、所謂己心三千三種世間

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者 ノ 憎 詮 也 ﹂ ム ﹂ 論 じ て ゐ る の で あ る 。

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ニ綱要の二種本門異体説の根擦

﹁ 四 種 三 段 章 ﹂ の下には、第三重と第四章一の雨種の本門の異体肱劣なる所以を論やるに七義を擢げてゐる。いまそ の 主 回 目 を 取 意 す れ ば 弐 の 如 く で あ る 。 (1) 前者は謹伸所設の一代敬中に於ける港中の本であり、後者は本僻所設の謹十方の軽々中に於ける本中の木門で あ る 。 (2) 前者を本化の経体とすれば‘ 一部の経に於いて前後二門を分割するととになる。また天台一は事宜上前述門のみ たら守、後の本門をも宣ペてゐるのであるから、第三軍の本門を本化の経体とすれば‘天台もまた本化の純休を弘め た と と に な る 。 (3) ﹁ 木 曾 紗 ﹂ の末段に、天台は百界千如一念三千共の義を謹すとあるのは、第三重の遜門の所設に超過する義で あって、それは第三重の本門の義である。そこでもし第三重を本化の粧休とすれば、本化の本門と天台の本門と何を もって情ぶととができようか。 U.) 本 (4) 門 と tf) 相

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-c; -あ る 高 橋 会 同 ・ 太 問 書 位 一 v k 、題白と一部を相封し・またその外にも賢略要の分別を立て L あるのは、第三京と第四重 (5) 前者の本門を本化の経体とすれば、後の第四軍の木門の終体とともに、営家にご積の絞休が抗存するととにな る。もし雨者が同一経体であるとすれば、何ぞ煩はしく第四重を分別したのであらろか c i A U ︵ また第三重の本門を本化の椛休とすれば、総別付喝の法休の分別が混飢されるのである。 組 書 制 閣 官 の 阿 種 一 一 一 段 舛 に 於 け る 底 上 相 針 に つ い て -f:

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組書綱要の問稜三段列に於ける底上相劃にづいて 一 七 阿 (7) 第四重の序分並に流通は、第三重のそれと天別の相遣がある.従って疋宗もまた異体でなければならない。故 に雨者の

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宗はともに一品二字といふも、それは同名罪、休である。といふのである。 とれらの義を更に要約すれば、師が具体設を主張したのは、雨重の本門に於いて‘台営木門観の相違を分別せんと したがためであると同時に、また他国に於いては、﹁今批一二非合文﹂等の二種本門思想によって、在世の本門の教に能 所底上を論じて、勝劣の本門と、 一致の本門とを分別しその聞に勝劣を論じよろとしたがためである。 か や う に 師 が 、 A n 営本門視の相還を‘随他・随白、文上・文底の範噂をもって分別せんとした試みは多とすべきで ある。然し、師の謂ゆる底上相封の分別は、敬判の域を越えて、救劣観勝の思想に堕してゐるものでは・なからうか。 また﹁本隼砂﹂に於ける四種三段判の第三車の本門と、第四重の本門とは果して、綱要のいふが如く.台常の底上相 封を論じたものであらうか。以下とれらの点にワいて考察してみよう。

三綱要の底上相劃と二種本門思想

日導上人は、宗祖の御堂同と倖へられる﹁今此三国沖合文﹂に引用してある﹁懐中決﹂の随自・随他の二種本門思想主 もって、底上相封を論じてゐるのである。従ってや L もすれば、ム口営の約宗判としての底上相封を‘約数判の重に混 同してゐるのである。即ち師は、底上の意義を揮して、 ﹁ 世 算 時 − 一 現 功 十 神 力 て 結 羽 市 宮 ヲ 四 法 4 付ロ上行等づ営山知

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書 量 顕 本 ノ 経 文 合 ユ ュ 此 ノ 密 意 て 稿 げ 之 日 口 文 民 斗 也 、 而 P 共 ノ 文上 J 法 門 ハ 揮 二 位 = 嘱 削 糸 線 付 之 中 一 、 二 種 本 門 斯 = 分 ん ﹂ ︵ 一 四 八 頁 ︶ というてゐる。いまとの文によれば‘在世の機のために詑かれたる顕設の本門は、なほ文上にして.穂隼内誰の文底

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書量を顕露に設かすして密意に示されたものであるといふもの L 如 く で あ る 。 従 っ て 師 が . 文 底 一 品 一 一 律 ・ を 在 世 の 肱 筏であるといふのは‘顕設の経体そのものに約していふのではなく、それは、在世の機が利根であった故、文上書量 を聞いて、それを能入として・悌意の内詮たる所入の文底書量の趣旨に建して得径を得たものであるといふととに外 ならないのである。言葉を換へていへば.樟隼の本懐たる法華経の需量品に於いても、悌意の内詮はなほ将意に秘せら れてゐて、在世の機のために設かれた敬そのものは、 いまだ随値を菟れたい。故に僻意の内詮臨自の本門は、不可設 の法であって‘それはたと可設の本門を能入として、受法者の機根力によって詮入したる境地に名づけたものにすぎ 在いといふのでるる。故に師は﹁本門観心二重分別章﹂の下には、﹁十法界紗﹂の四重興慶の敬観の興陵の関係を能入 所入に約し‘更にとの雨者を四種三段の第三重と第四重に相劃して、第四重の本法の立場からは、 ﹁ 宣 借 越 門 ノ

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− 亦 簡 討 本 門 ご

といひ.在世に読必次第して設かれた第三重の本門は、未だ質義を顕さどるものであるから‘本議一致の質義の本門 は正しく‘第四重の本門の所立でるると見倣してゐるのである。 かくして師は、本控勝劣の能顕の本門と、本謹一致の能顕の本門とを第三・重と第四重とに分別し、その聞に文上・ 文底の相封を論じてゐるのである。蓋しそれは.師が営家の本越の敬の重に於いて法体論上。勝劣を確立するととた ︿して、本語の勝劣はたど台営分別の一往にすぎたいものとみたし、本語勝劣の本門以上に、 一 重 立 入 り た る 一 致 。 本門を能判としたがためであらう。 従って師の底上相封は.かの中古天台の四重興陵思想や三種法華論の思想と同じゃうた救制勝劣論に堕してゐるの であって、顕説法華はゑほ能入であり、秘省線本法華とそ所入であり、貰義でるるといふ設と何等簡ぶととろたきも 阻 害 制 要 の 阿 種 = 一 段 剣 に 於 け る 底 上 相 劃 に つ い て 一 七 五

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阻害綱要の阿積三段列に於りる底上相割について 一 七 六 のでるる。もっとも、綱要は文上・文底相即を説くので、第三重の本門 bL 離れて第四重の本門 bz 説 く も の で は も 仏 い と いはれるかも知れ左い。然し‘か a A る相即は、中古天台に於いても既に論じてゐるととるで、それは顕説法華に即し て根本法華を詮き、顕説法華を能入として徹入した到底を根本法華である ξ 論守るものと何等間ぶととろはない。た とへ相即を論守るとしても、そとに法体論上の勝劣を認める以上、能判の立場は文上にあらやして、文底にあり、.融 露の敢に−あら守して、内詮の密意にあるといはざるを得ない。言葉を換へていへば‘それは文底を能判として文上主 批判し・密執を能判として‘問問救を批判したものに外ならないのである。 綱要のか L る底上相封の思想に封しでは、既に知 H 勇進師の﹁推破綱裏取要編﹂‘﹁宗門得意妙﹂並に智朗賢帥の﹁宗 旨要解﹂等に評破せるととろである。即ち﹁宗門得意紗﹂には、 ﹁随他意と申す事は、樺経方便の異名にして則ち爾前敬の法相也、然るに法華経書景品を始めとして随他意と一誌はど 誰か訟華経議量品 bL 信 4 y るものあらんや、乃至:::台家は文上を躍し・営家は文底を越べると一広はど、合家は能く 文 上 に 合 ひ ‘ 営 家 は 経 文 に 合 せ ・ ? と 云 ふ ペ

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﹂ と い ひ ‘ ま た 更 に 、 ﹁文上随他意たらぽ文底また随他意なるぺし、何ぞ文上の外別に文底を立ると一 E はど帥法に非守、全く天躍の設なる とと否と云ふべから守﹂ と評してゐる。而して進師は、綱要の文上随他・文底民賓の義を排して、営家の正義は、書量女底に一念三千が秘さ れてゐるのではなく・正しく文上に一念三千の義が掛在してゐると主張するにありといってゐる。 優陀那和向は、日進・日賢雨師の綱要反駁に封しでは、 一往‘綱要の民意は台営二種本門観の相遣を論じたものに

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すぎないと耕明して、綱.袋の義乞救ってゐるが、然し﹁綱要正議﹂には、綱要の二種本門思想と底上の意義乞破して ﹁ 如 来 説 芸 骨 量 − 時 、 無 量 ノ 大 衆 同 ク 連 山 畑 山 ⋮ 始 ノ 三 分 一 、 営 時 宣 − − 得 レ 有 3 隔 養 ノ 書 量 − 耶 、 経 文 但 タ 約 U 有 始 一 談 需 品 始 て 約 三 伸 一 開 閉 司 法 凶 作 サ 耳 、 宮 崎 宣 = 存 守 岡 勢 ノ 蕗 ↓ 耶 . 若 . 小 ι ヲ 者 、 在 世 賞 機 但 掠 = 随 他 ノ 書 量 ↓ 乎 . 日 桂 文 成 = 一 嗣 般 ザ 者 ハ 由 白 山 梓 家 弘 雄 ノ 進 退 一 故 也 、 経 交 不 レ 可 レ 二 丈 夫 、 況 ャ 可 レ 言 一 一 コ 文 本 ト 随 他 , 而 皆 − − 合 日 ト 題 白 ザ 耶 、 若 文 本 随 他 ナ ヲ ハ 者 、 宣 非 = 不 了 義 一 乎 ‘ 況 相 官 家 ノ 開 伸 義 A ・ 本 口 疋 一 能 ノ 正 義 夕 、 而 台 挺 慢 す 相 之 ↓ 故 談 山 一 伺 始 ザ げ 咋 . 乃 至 : ・ : ・ 撰 主 及 包 剛 者 末 レ 掛 川 出 此 , 義 て 故 大 = 令 下 閥 単 者

3

生 田 講 師 嫌 ザ 設 村 貴 日 脱 ヲ 蔑 一 − AA 叡 ヲ 之 諦 ペ ル 至 ・ : : ・ 故 知 文 上 文 底 之 梢 . 若 シ 箆 ト 自 伺 計 台 嘗 附 家 ノ 制 伴 義 r 小川て判サ像末二時ノ粧体異同サ故

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而 設 け − 則 可 也 。 若 日 一 一 位 本 山 仔 守 二 説 ↓ 則 不 可 也 . 乃 至 : : : 若 日 刊 経 本 有 ニ 開 閉 経 ↓ 文 迦 分 U T 他 U 則 不 可 也 ﹂ ︵ 一 五 二 一 日 ︶ と 評 さ れ て ゐ る 。 もとより綱巣の底上相封の真意は、台首相封を分別せんとする意闘の下に試みられたもので、和向の謂ゆる約宗判 の 本 法 D 意乞論じたものでるらう。されど師は、約宗判と約批判の本語の分別を明瞭に立てなかうたがために両者を 混同し.且つ削にあっては、堂一朱の散は和尚の謂ゆる﹁勝劣であって然も一設である﹂といふ約敬判が確立されてゐ ない。従って、本迩勝劣の相封の本門と‘本語一致の絶封の本門との聞に法体論の跡劣を生して、教劣観勝の思想に 堕してゐるのである。

四一閥重の本門に就ての古来の異議

前越の如く、綱要導師は、四種三段に於ける第三重の本門と第四重の本門 b L .随他文上の天台の本門と、白白文底 の宮家の本門とに分別し、両者の聞に勝劣主立て a A ・二種本門具、体誌を論じてゐる。然し果して、問和三段に於ける 組書制副賞の同種三段殉に於げる底上相訴にワいて 一 七 七

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加害綱裂の四時間三段列に於ける底上利封にワいて 一 七 八 補者の本門は台嘗の本門翻の相遣を論じて、具体勝劣の底上相封を分別したものであらうか。以下との雨粒の本門組 に就て、我が宗皐史上に於ける同異雨論 b L げ 、 + 引 に 恐 見 を 辿 べ て み よ う と 思 ふ 。 ︵ A ︶ 同体説とその根櫨 本成寺日陣上人は、その者﹁本泊二経浅川内事﹂によれば、第三重の本門と‘第四重の謂ゆる本法三段の本門との間 に何等の勝劣をも認めてゐたいっ即ち帥は一本曾紗﹂に於ける謂ゆる翻心の四十五字の治体は、第四重の本法三段の 本円正宗の所明であると同時に、またそれは第三重の本門正宗分の所明であるとみ・なしてゐる。従って師は、第三車 は専ら本門の救翻を一具して‘泌門の敬視との勝劣言論じたものであり、第四重は第三議と同一本門の敬視をもって た回、に、逃川のみならや‘蹟く一大仰救の救観との勝劣を論じたものであると解してゐるもの L ゃ う で あ る 。 次に日隆上人は﹁本門弘経抄﹂に、 ﹁ 初 心 始 行 ノ 観 心 者 円 、 不 L = 能 生 根 源 ↓ 即 L師即 ι 成 = 翻 心 一 、 乃 至 ・ : : ・ 本 門 三 段 上 之 法 国 外 三 段 此 意 也 、 此 向 之 控 本 三 段 救 相 也 、 女 叉 於 本 門 乃 至 : : : 末 代 名 字 下 種 ノ 行 者 ノ 得 分 翻 心 三 段 也 ﹂ ︵ 僻 唯 一 批 判 唯 一 頁 ﹀ といってゐる。第四重の本門を﹁法凶作三段﹂または﹁翻心三段﹂と名づけたのは、寡聞によれば仰が最初のゃうであ る。かやうに帥は、雨 AQ の本門を分別してはゐるが、然しそれはたど、在世の本門を第三重の教と、第四重の親心に 分けてゐるだけでるって、その聞に勝劣を立て L ゐるのではたい o 即ち師に従へば、第三重は専ら本門の敢によって 本遮を釘判したもの C あり、第四重は第三重と同一本門の翻心にょうて‘ 一代悌敬を封判したものであるといふので ある。従って帥にあうでは.雨重の本門はたど在世に於ける敢闘の相遣で、その聞に法体論上の勝劣を立てたもので たいゃうである。

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次にや L 降って、要法寺日辰上人は﹁本零紗見聞﹂に本法三段を﹁蹟序の三段﹂と呼ぴ、第三重と第問草はたど・序 分の臨岡崎のみで、その間に法体論上の異たりを認めてゐ・ない。 また開智日好上人も﹁本隼砂扶老﹂に ﹁ 序 分 ヲ 庚 ク 分 別 シ 王 ヲ 計 也 、 流 通 ノ 義 御 沙 汰 無 キ ハ 其 ノ 意 既 ﹂ と論じてゐる。市して顕本の日鑑上人は、との﹁扶老﹂の設を多とし、それを敷約して﹁島中排﹂に、 ﹁只序分妹耳、市正宗興流通 A 全 ク

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故 = 今 但 庚 ク 分 = 別 序 分 ↓ 耳 ﹂ ム ﹂ 論 じ て ゐ る 。 − な ほ 近 代 で は 、 問 漫 善 知 師 は ﹁ 本 傘 紗 遁 解 ﹂ に 、 第 問 京 の 本 法 三 段 は ﹁ 品 川 の 木 門 コ 一 段 に 章 一 判 念 特 を 加 へ給ひしものたり﹂︵一八一一良﹀と論断して同体詑を主張してゐる。 いま乙れら諸帥の所論に従へば、第三重と第四重の南極の本門を、ともに救規一具とみるか‘或は救視の相遣とみ るかの別はあっても、その雨者の本門は在世の教視にして、法体制であると解してゐるのでるる。そとで第三京の上 更に第四重の詔ゆる本法三段を、宗訓叫が立てられたる所以は.第三重の一口問二学は、二経六段の本門三段の五宗たる のみならや‘法華経二十八品の疋宗分であり、否な、 一代仰救乃五三世十方微塵の経・ 4 の王宗分であるといふととを 期間さんがためである。即ち前の本門三段の巨ん一不分の序が涌出の前学に限られるので‘第四重に於いて、その外延とし ての序分を時空に豆うて措張し、もって前の本門三段の中の五宗一口川二牛の結封的慣伯佐川酬はさんがためである’ r 一 僻 してゐるもの L ゃ う で あ る 。 従って、第三重の本控相到の本門より一軍立入りたるが如き本法の水門を認めたもの?なく‘第三重の本門の一円川 二牛がその慣値を勤ぜやして、第四重の一品二宇となったものであるんいふのである。 和書綱耐貨の問純一二段列に於ける底上初釣について 一 七 九

(10)

別 番 制 嬰 の 川 稀 一 一 一 段 州 に 於 け る 民 上 相 釣 に つ い て 一 八 O ︵

B

﹀ 異休設とその源流 出来、二組本門異休説は、約︷一不判の思想が中古天台の翻心主義思想の影響を受けて‘約敬判の思想と混同したとと によって露間したもの L ゃうであるつ而して我が初期の宗風一止於ける約宗判の思想は、南北朝の頃に至って漸ゃく明 瞭に分別されるに至ってゐる。即ち宮士系に於ける日代の唯本略述、円借畢@日割の体内休外の範臨時の如きはそれであ る。然るにか L る約宗判の分別としてのこ種本門観は、営時に於ける中古天台の四重興庭並に三積法華論の思想に影 響せられて、それが約敬判の重に誼閉されるに五ったのである。 日捕の建武元年の記録と倖ふ﹁方便品詞不問答記﹂には、約救の草に底上相封を論じ、また日限の﹁五入所破抄見 悶﹂には、上行所偉の法休を論じて、 ﹁爾前間十齢年にも秘し、設円十四品の間にも秘し、本門書量品に於ても秘密にし一主ふ庇の御内詮結要五字の異文を 一 議 り 給 ふ ﹂ ム ﹂ い っ て 、 文 上 司 買 骨 量 未 聞 糊 論 を 述 べ て ゐ る 。 市しでか L る文上書量米顕 e 文 底 書 量 己 顕 諭 は 、 一一自に於いて大石寺の文民下罰論となって展開し、他国に於いて は.紳力正意論思想への契機をたしたのである。即ち大石寺日寛上人は凶間三段に於ける第三重の本遺相到の教判は 在世押入の機を主体として設かれたる股谷文上の教であるから、未叫ん賓蓄の敬判にあら?といひ、第問重の本門とそ 下樟一文民の敬を詮顕する能判であると論じてゐるのである。即ち師に従へば、第三重の本門は作世の教であって、天 台の翻たる本円であり、第四重の本門は、滅後下種の教で‘宗組の観られたる本円であるといふのである。而してこ の文底下積書量思想の一賢形をたしたものが‘詞ゆる榊力

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意 論 で あ る 。

(11)

即ち榊力正意論の主振は、在世の機に到しては、書量口聞に於いてもなほ掛露に詑かれたかったととろの悌陀内詮の 根本法華の大法を、滅後末法の機のため一脚力口聞に設いて付嘱されたのである冒といふのである。一一目葉を換へていへぽ、 それは根本法華たる文民需量と‘紳力結要の要法とを結びワけんとしたものである。榊力

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意論の大成者ともいふべ き妙願寺日具上人は、﹁義山致谷集﹂に文上書量未聞献を述べて、 ﹁民の一念三千は誼門に於いて未だ彰たら歩、本門に於いても探︿文底に沈売り、乃五・:・:書量品にも底の意とれ有 りと雌も良質は外に説き顕す事乙れなし、乃至雨門供に民一貨の一念三千未だとれを顕さ L る 録 、 話 理 極 成 せ り ﹂ ︵ 上 巻

J といひ、神力在意を論じて‘ ﹁本匙雨重の設相は是れ一往勝劣の分域也、上行所倖の妙法は本建米分の法体也、是れ結要の五字也、是れ再往一致 の大法也、乃至:::結要の大法は

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ハ一脚力に在る也、然りと雄も害量口聞は此の結要を穎さんがための序也﹂︵下各︶ というてゐる‘と μ らの文によれば‘民の一念三千は在世の文上能顧の書量には穎露に現れてゐないのであって、そ れは文上を能入として悟入したる文底所穎に内含されてゐるものである。而して書量文民所期の内設の書量は、正し ︿一脚力品の文上に同附設されてゐるといふのである。 従うて師は﹁本傘釣﹂の山積三段を論じて、第三重の木門は随他顕説法華・の本謎己分の三段であり、後の第四軍の 木門は随白根本法華の本鈍未分の三段でるると断じてゐる。かくして仰は、顕説法華、本建己分勝劣の本門庇宗と、 根本法華べ本語未分一致の本円三段の正宗との聞に法体論上の勝劣を論じてゐるのでるる。 さてと L K 於いて、か L る諸仰の具体論と、綱要の底上相封論 bL 比較してみよろ。銅製は前越の如く第三重の本門 副 肌 書 絢 閣 官 の 問 種 = 一 段 剣 に 於 け る ’ h 目上相針にワいて i¥.

(12)

組寄綱要の内積=一段列に於ける底上初鈎について i¥. は在世の一往勝劣の教相の所談で、天台の文土木門であり、第問重の本門は. 一 致 の 本 門 で 、 営 家 の ・ 文 民 木 円 で あ る といひ、在世の本門の敢に於いて、交上・支店、能入所入の能所を論じてゐるのでるる。そとで綱要の交上木門コ一段 は、具帥の顕読法華の本門コ一段に営り、綱要の文院本門=一段は、具師の根本法華の本門三段に営るのでは・なからうか。 また綱要の底上相釘は、寛師の精一院底上相封思想と五十歩百歩の相建にすぎない。もっとホ寛師は積院に同上の勝劣 を乱じたものであり、綱要は種脆同体を論じ.たど股径の上にム口営の山向上相封を論ビたものであるから、雨者はその 立脚貼を異にしてゐるのであるといふととができよう。然し綱要のいふ寄量文民の耽往左は.在世の求門たる能入・ 能額の文上院経に封するととろの所入・所顕であるo即ちそれは在世能入の本門の脱待を直ちに文民股綻の法といふ の で は ゑ い 。 従って、雨者とも第三重の在世顕設の能入の本門そのものに絶封性を認めるのではたく‘その本門を能入・市矧と して、その奥底に秘められてゐる所入・所頴の第四重の本門を文底法門と解してゐる黙は全く同一である。たどその 支店法門を、綱要は文底脆径の散といひ、寛師は文底下種の殺といったにすぎ・泣い。 かやろに考察し来れば、綱要の底上相封もまた初期宗撃に於ける翻心主義の潮流を汲んだものといはぎるを得な ぃ。然し一歩を譲って・綱要の底上相封は約宗判にとどまるものであって、在世の敢に二簡を認めたものでないとし ても、第三重と第四重とは、果して綱要のいふが如く、 A n 営の本門間の相蓮を論じたものであり、をた筋肉章一の木門 は‘第三重の天台の本門に簡ばんがため立てられたものであらろか。

玉商重の本門は果して異体勝劣なるか

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綱要導師は、第三重の本門は‘進んでは前の越門と封し、退いては後の第四重の本門と封したものであるといって ゐる。即ち本門三段の下の ﹁ 諭 = 共 敬 主 ↓ 非 = 始 成 正 売 ノ 樟 尊 二 所 説 〆 法 門 亦 如 − 一 天 地 二 十 兆 久 遠 之 上 国 土 世 間 既 品 開 樹 、 一 念 三 千 殆 隔 竹 股 ﹂ の三十九字の文に於いて、前の三十一宇は‘との三重の本門と前迩門 b L 封判したものであり、﹁一念三千殆隔竹膜﹂の 八字は、との本門と後の第凶重一の本法に封判した交であると解してゐるのである。 出以外、初期の宗曲学に於いては、この﹁殆隔竹膜﹂の文は.第三重の本門の翻心をもって、進んで前遮門の翻心と釘 判したものであると論じてゐる。故にとの第三重の三十九字の支は、本門の敬視をもって、前謎門の敬観を割判した ものと解してゐるのである。然るに翻心主義の撞踊に伴左って、第三重の本門を随自といふのは且らく沙門に針して いふのみで、後の第四重に封すれば・むほ随他の本円であると解するに至り、と L に﹁殆隔竹膜﹂の文は、退いて後の 本法に封したものであると解せんとしたものである。而してか L る解樺を下したのは、寡聞によれば心性遺師の﹁本 骨 ヰ 砂 見 出 ﹂ が 最 初 D ゃ う で あ る 。 いま綱要は濯帥の設を機承して﹁殆隔竹膜﹂の文を第四重との封判とみおしてゐる。 と L に 於 い て 師 は ‘ 第 三 重 に ﹁ 非 = 始 成 正 莞 , 糟 隼 ﹂ と あ る 文 を 開 伸 し て 、 ﹁ 雄 三 言 共 救 主 非 ニ 始 成 二 亦 非 = 本 有 ノ 民 伸 一 、 猫 指 = 盛 鮪 ノ 始 畳 一 ﹂ といひ、またとの文の﹁久遠﹂を轄して、 ﹁ 十 界 久 遠 モ 亦 非 − h 引 山 始

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といってゐる o 然しか L る解禅は綱要が、第三重の本門と後の第四重の本門との問に強いて法体論上に底上相封を論 ぜんとし

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下したもので、壁文を胃潰するの茜だしきものではたからろか。また綱要は、 本 文 に ﹁ 本 門 二 二 一 説 ノ 外 ノ 鄭 組量管制裂の附種三段列に於ける底上相拠到にワいて

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組書蜘珊耐官の内積三段醐叫に於ける底上拘裁について 一八附 信難解随自意﹂とある文は‘謹門に劃して且らく陪自意と判ぜしのみで‘後本法に封すればなほ陪他意でるると解し てゐるが.とれまた聖意を得たものでは友からう。 そも/\﹁本曾紗﹂の二経六段に於いて、本証を封判されたる聖意は、天台の本越を分別するためではなく、それ は台嘗本挫の約宗判を分別するにあるのではなからうか。而して本誼乞封判して天地の如しと、本文に論じてるるが、 天地の如き肱劣のある本門は‘天台の本門観によったものではなく‘それは宗組の本門観による本門で・なければなる まい。即ち本述勝劣の本門は定んで本化の経体の本円であって、本語同体の本門ではない。宗蹴によれば、本逃同体 の本門の如きは‘本門にあら宇してそれは法門にすぎたい。故に前述門を封判したる第三重の本門は、望月激厚救援 が﹁本等砂講義﹂に指摘されてゐるが如く随他の本門にあらやして、随自の本円であり、本化。本円であると解する のが至営であり、また聖意に契ふものであらう。従って、本文に﹁非=始成正畳品伴隼−﹂といふのは、塵賠始成の意で はなく.﹁本掌紗﹂に謂ゆる﹁五百袋髄乃至所願 J 一 ニ 身 無 始 , 古 僻 ﹂ の 義 で あ り ま た ﹁ 十 回 仲 久 遠 ﹂ と い ふ の は ﹁ 有 始 久 滝 ﹂ で は な く . ﹁ 無 始 久 遠 ﹂ の 意 で あ る 。 さて然らぽ﹁殆隔竹膜﹂の文は巣して、後の本法と簡んだものであらうか。それとも初期宗畢に於て解してゐた如 ︿−前漣門の観心と封判したものであらうか。もし‘との第三重の本門を綱要の如く・随他とすれば第三重の本門の 観心もまた後の本法の本門に比すれば随他と・なるので、民の事組でないといふことになる。然し第三重の本門が本化 随自のものであるとすれば、その観心もまた随自でたければならない。従って﹁殆隔竹膜﹂の文は、第三重の観心主 もって、法門の翻心を劃破したものであるとみるのが穏営ではたからうか。 また本文に於ける﹁殆隔竹膜﹂の文の前後の闘係の文章法から考察しても‘との交は前の文と割判したものでるつ

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て、後の文章に係か L ったものではなからう。そとでとの文を以って、未だ設かれてない第四の本法と封判するとと は甚だ筆強附舎の解揮であらうと思はれる。 宗組の確質たる遺文による限り、本語相封の本門の親心と雄もそれは本法の観心に封ずれば、たほ竹膜の隔てがあ ると論じられてゐるが如きものはその例をみ危い。﹁開目紗﹂には、 ﹁讐ヘば月の出んとして共体東山にかくれて光り西山に及ぺ

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も 諸 人 月 休 を 見 ざ る が 如 し 、 法 華 経 方 便 ロ 聞 の 略 開 三 顕 の時、俳略して一念三千心中の宣給ふ始めの事たれば‘時鳥の昔を臥そびれたる者の一昔き L たるがやうに、月。 山の宇を出でたれども薄雲のをほへるが如く幽危り﹂︵七八二百﹀ といって、謹門の一念三千は、本門に封すれば、竹膜の隔てがあって、未だ一念三千の賞義が現れざるととを明示さ れてゐる。いまとの文に徴すれば、﹁殆隔竹膜﹂の文は、第三重の本門と、後の第四重の本門の観心と封判したもので たく‘それは前の遮門の観心たる﹁本無今有百田仲千如﹂を割判したものとみるべきであらう。 かやうに考察し来れば、第三重の本門は‘﹁開目紗﹂に、 ﹁本門にいたりて始成正費乞破れば凶敬の呆を破る。四・故の某を破れば、四散の因破れね。爾前述門の十界の因果乞 打破って‘本門の十回作の因果を設き顕す。此れ即ち本国本果の法門たり、九界も無始の悌界に共し、僻田仲も無始の 九 凶 作 に 備 り て 民 の 十 界 五 具 百 界 千 如 一 念 三 千 ・ な る ぺ し ﹂ ︵ 七 六 五

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というて、本門の敬観を一具して‘建門の敬観を封破されてゐるのと同一轍である。 由来宗祖の確貴なる遺文には、敬翻は必中並べ明されてゐるのであって、その間

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勝劣を論じられてゐるものはた ぃ。従って雨者の間に強いて分別を立てられてゐ・ないゃうである。即ち本門の親心を明す時は本門の敢に立脚し.本 組書綱要の同種三段殉に於ける・阪上相おについて 一八五

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組#宵抑制援の問穏三段列に於ける一低 k 相 封 に つ い て

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一 川 A F 門の救相を諭ヂる時は本門の観心を内含して詑かれてゐるのである。との点から、宗組の翻られたる本門は、教観合 論の法体であるといふべきであらう。合論といふより率る敬蹴共込の本円であると併すべきであらう。即ち宗岨にあ つては蹴心もまた敬であったのである。そこで、能訟の政よく所顧の法休たる敬視を共するのであるから、能搬の敬 はたどに客観的僻陀の無始のみならヂ、主観的な己心共を詮抑制するものである。査しそれは宗岨の本門観が‘中古天 台の如く挫門を捨てた本門でなく、迩門を岡山制したる始即本でるるからである。故に能搬の教よく事観の法体を詮し‘ 事 制 聞 の 法 休 は 能 掘 の 敬 の 所 顕 で あ る 。 と L に於いて.第三重の本門こそ事制の法休の能顕であり、第川車は正しく第三重の本門の所顕の訟休そのもので あると解すべきであらう。故に能川献の救としては第三重の本けの敬が究意のものであって、第三重の本門の敬以上に 第四重の翻心の敬を認めたものではたからう。そとで宗岨にあワては‘第三重一の救休はとりもなほさや第四重の親休 であうて、能所敬観何休ではなからうか。従って第三重の本門は能顕の敢に約したものであり、第四の本門は所顕の 翻心の法体に約したものであるといふことはできるが‘その聞に法体の同時を論やるととはできないであらう。かやう に第三震の救はよく事・視の法体を詮顕するとすれば.己心共の三千も営拡詮開削するものであるから、敢に於いては第 四重に比すればまだ竹膜を隔っとは解されたいであらう。

六第四重の本門を分別されたる所以

前越の如く、綱要は﹁本隼砂﹂に於いて宗副が、第三重の本門の外に第四重の本門を分別された所以内一は、台山家 の本門に簡んで営家の本門を抑制さんがためであり、またそれは、本挫肱劣の本門の法体に簡んで、木匙一致の本門の

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法体を掛さんがためであり、また本門の能顕の敢に簡んで‘親心の能掘の散を顕さんがためであると見倣してゐる。 故にいま綱要の意を撮って、第三重の本門と第四重の本門の関係を闘示すれば弐の如くである。 昔 、 序 分 一 一 ︷ 文 上 能 顕

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卜 | 序 分 ’ 本 ム 正 宗 | ︷ 一 一 ︷ 文 底 所 願

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此 宗 γ 観 心 の 能 額 ハ 第 四 章 一 の 本 門 ︶ 〆 流 通 一 | | 流 通 、 建 題 目 即ち在世の本門王︷一万はなほ文上であって、それはまだ本化事視の法体の能顕たり得ないのである。故に第三重の正 ︷ 一 別 所 顕 の 法 体 は 始 成 に 非 や と 雄 も な ほ 塵 点 を 菟 れ や 、 一念三千その義を脅すと雄もたほ民の事観とは竹肢を隔つとい ふのでるるっと L に於て民の無作三身と員の事翻は、教の重に於いては還に顕現され・なかったととにたる。そとで網 要は、かの中古天台と同践に、在世本門を能川間とする所期、また能入の門として徹入した所入の本門を預想し来った のである。従って能所・同上を論じて相即を論じたるも、在世本門の能顕の営所に直ちに得院を許したものでたい。 故に第三五の本門の能額の正宗一口間二学は‘第四革本門の法休の能川間たり得ないのであって、第四車の前ゆる久還の 本法の正宗一品二字をもってすれば、第三重の能期間の疋宗一品二学もなほ序八刀に協せられるものであるとみるのであ る。従って綱要は第三重の本門の法休は天台の理視の能頴の殺体であり、第四草の本門の法体は営家事視の能額の救 休で、前者の本門の教に封すれば翻心の殺であるとみなしてゐる。 加害綱要の四棟三段列に於ける底上相封について 一 八 七

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組書綱嘆の阿続三段列に於げる底上初針について 一八八 さて然らぽ果して、第三重の本門と第四京の本門とは‘法体論上に教祖、能所を分別されたものであらろか。前述 の如く、第三童の本門は、営家の本門の救翻である、とすれば、敬判としては第三重の本弥一判に於いて究意されるとと にたる。故にそれ以上第四重の敬槻相封を論守る必要がないととに在る。然らば何故に第四重の本門主分別されたの であらうかといふ疑問が起る。 て

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於 い て 、 いま﹁本隼妙﹂に於ける阿樟三段判の前後の文を考察するに、﹁同十五字﹂に於いて本門の親心たる 事 制 酬 の 法 体 を 明 し 終 っ て 、 と の 法 体 は ﹁ 逃 門 十 四 日 間 未 レ 設 L之﹂といひ、共いでとの問問三段を論じられてゐるのであ る。市して観心の絶封性を顕すためには、その親心のよって撮って立つべき敬相を確立しなければならない。そとで と の 四 積 三 段 は 、

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しく述門未設の翻心たる事視の超勝なる所以を根撮づけるととろの戦相を明らかにされたものと みるぺきであらう。即ち第三震に於いて、本門の親心たる事一念三千は.前建門に設か守して、後本門の正宗分の所 設・なるととを示し、次の第四重に於いて、第三重の本門の正宗分は、たどに後本門の正宗分たるのみ友らや・それは 法華経一部の正宗分であり、否左一代の経 k 乃至謹十方の経々の正宗分であるととを設かれたものである c 言葉を換 へて言へぽ‘第四重の本法三段は、第三重の本門の正宗分を絶到の能判として、謹十方の軽々を批判し、もって、第 三重の本門の法体の絶封的慣値を詮顕したものではなからうか。 かやうに考察し来れば、第三重は能顕の敬に約して所頴の法体を顕はし‘その第三軍の本門所願の救観一具の法体 をもって逓門所額の敬観の法体を釣破したものであり、第四重は、第一一一重の本門所顕の敬観の法体に約して‘その能 顕の散は、正しく在世の第三重の本門正宗一品二学にあるととを詮顕されたものであるとみるととができるのではな からうか。即ち前者は能顕の敢に約して所顕の法体の超勝を顕はし、後者は所顧の法体に約して能融の敬の絶封性を

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詮制したものとみるべきであらう。故に前者は形式をもって内容を規定したものであり・後者は内容をもって形式主 規定したものであるといふととができあ。従って在世能額の敬と所顕の法体、とは同体であって、その聞に序正を八万つ べきでは在からう。在世能顕の敬よく久還の本法を顕はし、久遠の木法は正しく布世の本門王宗一口間二字の教に来つ て飴親友く詮顕せられたもので−あるといふととを示されたものが、第三重の本門と第四重の本門との閥係であらうと 思 は れ る 。 そとで第四重の本門に於いて﹁叉於ニ本門乙といふ本門は、正しく第三重の本門の救によって詮顕された所顕の法 体を受けられたものである。即ち第三重で、逃門所設の法体に筒んだ本門所設の法体を指されたものであるとみるべ きであらう。而して第四重の所願の本門に序正流通ありといはれたのは能抑制の敬に約して分別されたものに外友らな ぃ。いま両者の闘係を固一不すれば次の如く表すととができよう。 大 久 遠 一

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日 | 十 一 ’ j | 町 一 布 一

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︷ 序 1 涌出前竿

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﹁ 序 分 : ・ : : : へ 熟 ︶ :

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ギ︷正|一品二宇 111 嗣 開 閉 ・ : : ・ ハ 種 股 同 体 ノ

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︸ 約 法 休 ︵ 慣 値 判 ︶ ︷ 流

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十一品宇|流通分:::

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− − : : : : 一 、 ︵ 三 重 ︶ 能 顕 ︵ 四 重 ﹀ 所 顕 一 1 1 1 1 ︵ 下 一 ︵ 下

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垂 約 能 判 ︵ 形 式 判 ︶ A I 末 法

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査 即ち第四重の本門は、第三重の本門の所顕の法休を財制されたものであるから‘第四重の序分は‘第三市一一の哉の序分 組書制裂の同種三段列に於ける底上相針について 一 凡 九

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組書綱要の四積一一一段列に於けるほ上棚封にづいて 一 九

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を‘慣値的訟法体によって開閉されたものである。然るにその慣伯を顕すに教に約

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て 一 不 さ れ た の で あ る か ら 、 大 通 下

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ハ述門同体︶以来今呑迩門までを序とされたのである。言葉を換へていへば、第三重の本門烹宗一口問二字は、本門 の涌出品の前牛すら序とするものである。況や慣値的にみてそれ以下の遮・土日等を序 Eとすることは営然であると示さ れたのが第四重の序である‘故に第四重の序は、第三草の序の慣値を、教に約して別閲されたものとみるぺきであら 内 、 久 ノ もし綱要の如く第三重の本門は未究意で、第四重の本門とそ究意の本円であるとすれば、少なくとも第四重の本門 に於いては、第三重の本門正宗一品二字をも序分に躍しなければなら・ないであらう。然るに第三重と第四重とは能開 所頴の開係があるにもか h はらや、第三重の能額 a を序分に躍してない。とれは明らかに、第三重の本門が、第四軍の 事観の法体の能顕である乙とを明し・第四重の本門が、第三重の本門の所顕であることを明されたものであらう。 そこで天台の観たる第三重の本門豆宗を随他文上と名づくれば、宗祖の観られたる第三重の本門の正宗は、後の第 四重と共に随白文底の法体である。市して宗祖の木門視によれば、天台の観たるが如き車点有始の本門は前述門と同 体であって、それは在世に於ける第三重の本門の

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宗の法体ではない。 然るに綱要が在世の救の第三重を天台の本門と観たのは約宗判と約敬判を混同したものである。そも J 1 1 随向交底 の本門に簡んで随他文上の本門主分別するは台営約宗判の本門視を分別するものであって、営家の敬、即ち在世の我 の重に於いて、文上・文底二種の殺の分別を立つぺきではない。既に述ペた如く、在世の本門、即ち営家の本門は、 本門の法休自体が椅即本‘塵点即無始を設いたもので、越を離れた本、始属品を離れも八草本では左い。故に花世思議の 本門は五百塵点乃至所顕の無始の古怖を説いたもので、そ白問に鹿一点と無始とを針立せしめて相即を論じたものでな

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ぃ。即ち本謹一致の翻心は正しく在世顕設の本門正宗に於いて詮顕されたものである。故に宗姐は始即本の義が正し く詮撤されたる本門正宗を以て絶釣の能判とされたものである。との能判を離れては、箪弘仏る始成と左るか、または 中古天台の詞ゆる自然本莞の本門となるかにす智ない。故に綱要の如く、在世の本門の敢に始莞の文上の本門と、本 曜の文氏の本門とを分別して雨者の聞に底上相封または相即を論十るが如きは、 一 一 回 の 寄 り 合 せ の 本 法 に す ぎ 友 い 。 それは内面的融即不離の本謹一致ではたい。然るに︷一別組の観られたる本門は.始本不離融即のものでその間に能所相 封があるのでない。もし綱要の如く在世の救の本門に二種の本門があるとすれば.その問如何に相即を説くとも究意 の能判は、自然無作を識く鼠本質の本円であるととになる。 宗祖の本門観は、天台の如く皐・なる塵点の始莞の本門にもあら守、また中古天台の如き翠なる自然無作の本費の本 門にもあらや、それは正しく始即本の義が詮顕された本円である。未顕の越は単始覚なるが故にとれを簡ひ、正しく 誼を閉したる本円、即ち始即本の本門乞とられたのである。而してその本門は、夜世の本門正︷一京に於いて詮顕された ものである。天台。観たるが如く遺体の用を説くが如き本門は未だ未顕の遮に麗し、宗剖胞の本門親からみればそれは 在世の本門の散ではない。在世の本門の散は、天台の本門と簡んで文底といふのみで、在世本門の敢に文上・文底相 封の二種の本門があるのではたいといふことは優陀那和向の道破されてゐるととるである。 故に営家の本門の救はたど開迩顕本の賞義左説く唯一つの本門あるのみであって、その本門は天台の本門と簡んで 文底の本門といふことはできるが、在世の敢に簡んで文底といふ乙とはできないのである。即ち在世の本門は開遊間胤 本の始却本の本門のみであって始本針立の二種がるるのではなからう。従って、問額三段に於ける第三車の本門の正 宗と、第四重の本門の王宗の法休は同一休ではなからろか。 副書綱要の四似三段列に於ける底上相針について 九

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制川書制雨宮内四種三段列に於ける底上相到について 九 また制安は、在祉の本門は越本綿入の機に設かれた本逃相封の本円であるから、木謹一設の救には劣るといふゃう 在思想がある。とれ全く中古天台の義に外左らないのである。由来、本迩勝劣の相封の本門と、本法一致の絶釘の本 門とは別休のものではなく、とれは同一本門を破邪顕正即ち救判と宗旨とに分別したものにすぎない。本述一致の宗 旨は正しく本迩相封の本門によって顕れるものである。もし敬相の本門が賓義でないとすれば、その所顕の宗旨もま た 宮 義 た る と と を 得 ・ な い で あ ら う 。 弐にまた綱要は、末法の題白を第四重の流通に躍してゐるが、とれまた第四重の三段判の綱格に遣するものではな からうかの即ち第四重の三段は、法休そのもの L 流布の次第に約して序正流通を分別したものでたく、法体を三段に 直分したものである。而してその三段は、第三重と向じく能顕の救に約したものではなからうか、故に在世正宗を中 心とする場合は、下種の題目は、 正しく在世正宗一品二学所顧の法体であるから、それは営然久遠下種の大法と同じ く、在世の正宗に話せられるものであらう。即ち在世肱径の正宗一品二牛を中心冒とする時は、下種は在世心院と同体 であるから、久還の下舟の法体も、末法の下種の法体も、ともに在世脆径の正宗に協せられるものである。 かやうに考察し来れば‘宗岨が第三重の本門の外に第四重の本門を分別されたのは‘第三重の王宗一品二字をもっ て 能 m 酬として一切の軽々を批判し、第三重の本門正宗一品二字所顕の法休の絶封性を詮顕せんがためである。而して 第三重を立てられたのは第四豆 O 本門の能顕の一品二字は、正しく在世顕設の第三重の本門の正宗分の教であるとと を頴さんがためである。 故に第四重の敬判を建立されたる霊意は‘在世に於いて正しく悌意の究意したる第三重の本門正宗一品二学所開制。 法体は.久遠下種の本法と同体であり、また末法下種の題目と同体でるるととを明示せんがためである。言葉を換へ

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ていへば、久遠の本法と、在世正宗所頴の敬法と、末法下種の題目の三者同一体なるととを詮顕せんがためである。 而して在世正宗一品二宇陀於いて一度び僻意の本法が詑き聾されて究意すれば、 一切の敬法は一品二牛の体内の共 徳となるのである。従って一品二牛所願の救法には種熟股を具するのである。一言葉を換へていへば、在世正宗一品ニ 半に至って始めて敬翻一具、種脆同体の久遠の本法が顕れるのである。従って第三重の本門も、第四重の本門もその 本質に於いてはともに敬親合論の本門で、第四重は第三重の敬判を究意せしめたものであらう。たど第三重の本門は 事翻の能嗣の敢に約し、第四重の本門は事翻の法体そのものを本門といはれた相違があるのみである。 然るに綱雨空の如く、開控顕本の究意したる本門の敢に於いて友ほ始本・底上の相封 b b 分別して敬観二種の本門を認 めるが如きは、民の本迩一設の本門ではなく、なほ始本相封の域を肱せざる天台の翻た本円である。従って紋の中古 天台の如く在世の本門の寄量たほ真の関越瀬本の本語一致の敬でないといふととになり、救以上の翻心を認めざるを 得 ・ な い と と に な る v ところで宗岨の本門観によれば在世正宗に於いて開迩顕本の俳意が顕現して飴すととるがたい D 故に夜世の本門の 正宗一品二宇に於いては、それは敬であると同時に視である。即敬観の分つべきものがたい。そとでとの正宗に於い て敬観を分別し相封を論やることはできたい。故に聞法即肱の大法は在世正宗書盆に至ワて始めて頴るのである。従 って第三重に於いても第四重に於いても、それが宗副の翻られたる本円である限り敬硯一体合論であらろ。と L K 於 いて﹁翻心の本隼﹂は﹁敬門の本隼﹂であり、また﹁信心の本隼﹂たり得るのである。而してその本隼は、五しく在 世﹁本門書量品の本隼﹂である。 以 上 と れ を 要 す る に 、 一位、第三重の本門は能期間の政であり、第四重の本門は所顕の翻心であるといふ分別は可能 組 世 官 制 制 国 賓 の 四 種 一 一 一 段 到 に 於 げ る い 低 上 相 封 に ワ い て ::Jr..

(24)

組番制要の阿種三段列に於ける底上格裁について 一 九 四 でるる。然し、︷一京岨が第三重と第川重の雨豆の本門を分別されたる所以は、救に簡ぶととろの翻心を一不さんがためで はなく、第三重によって能財閥の救に約する所顕の法体を閣はし、第四重によって所顕の法体に約する能顕

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救 を 崩 し 、 雨者相候って本門の政判を究意し・もって事視の法体の能回闘は正しく、在世正宗一品二牛に来って究意したるととを 開 閉 さ ん が た め で は ・ な か ら ろ か ο 即ち伸意の内詮久遠の本法は、綱要の如く第四重乞能額とするのでは左く、 正しく第三重本門正宗に来って究意し 顕現されたのである。故にこの正宗一品二字を知らざるものは、如何なる敬 K も皆無得遣であり、未援である。 切 の救法がこの正宗から離る L 時、彼等はその慣値乞失・なって小乗未援の散となる。而して末法の大法は正しくとの在 世正宗一品二令所顕の法体である。在世正宗一品二 ATK 於いて初めて伸意が究意するのであるから、その五宗は設で あってしかも観である。故に第四重の本門を分別したのは第三重の本門に超過の義を明さんがためではなく、第三重 の正宗分たる一品二字は.後本門の正宗分たるのみならや、法華経一部乃至謹十方術盛の︶経々の正宗分たることを明 して、第三重の本門の敬の絶封的慣値を顕はしたものとみるととができよう。 従って第三重の一日間二字は、天台の規たるが如き迩門同体の一品二学ではたく、宗組の硯られたる一品二竿である から.もし天台の翻たる一品二牛を文上随他と名づくれば、とれは第四重のそれと同じく、ルムハに文底随自の正宗でる り.また第三重の一品二牛を在世旧制設に約して文上書量であるといへば‘第四重もまた文上書骨量であって、用者の法 体に能川を揃じたものではなからう。故に綿四重の本法三段の法体は第三重の法体と金川である。と K A K A 一 不 岨 の 敬 判 の特色があり、また強みがあるのでは・なからうか。もし在世嗣詑の一品二宇もたほ文上にして‘その文底に徹入しな ければ民の一念三千が顕れないとす札ば、法華経の絶封的優越性を顕すことが不可能でるる。否左そればかりでなく

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それは顕敬の法華経の奥民に所入の密敬の法華経を諜想する ζ とになり、額密判の敬判に膝を賭するととにならざる を得たいのであらう。宗祖の敬判の特色は救観を合諭してその聞に分別を立てられなかったといふととではたからよソ か。而して敬の主に能所敬視を分別して勝劣を論巴たものが中古天台の敬判であるつ

士開目紗の文の文底について

由 来 席 上 相 封 の 文 擦 は 、 ﹁ 開 目 紗 ﹂ に 、 ﹁一念三千の法門は、但法華経の本門書景品の文の底に沈めたり﹂ とある文によったものである。而してこ L にいふ﹁文底﹂とは優陀那和向が、綱要の義を訂して﹁正義﹂に ﹁ 紗 文 亦 非 下 封 U ・ 文 上 一 而 一 E 一 三 也 、 被 ノ 文 但 タ 羽 岡 = 書 量 二 二 千 f 文理難日見而華厳真言,諸何不プ知 L 之 ヲ 、 以 手 掛 二 代 不 説 湖 町 制 之 旨 ↓ 而 巳 ﹂ ︵ 制 時 一 五 三 頁 ︶ といはれてゐる意味のものである。絞って在世の救に底上二種の本門を分別したものでなく、それは本門翻の究意と 未究意に名づけたものである。然るに親心主義の撞凶に伴在って、在世の本門に於ける部所の分別とみなされるに石市 ったのである。即ち在世山開設の書量を文上とし、との文上の害量の奥底に帥意内詮の需品市一たるものがあって、との文 慌の書量は、在世の機のためには未だ財閥露に設かれなかったものと解せられたのである。 しかしか L る解躍はベ開目紗 L の交を的解したものであるつ﹁開日野 L には明らかに、前述門には悌の本懐たる一’念 一二千は﹁月の山の宇を出でたれ

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も海市去の蔽へるが如くかすかなりしを﹂︿七八二︶後本門に亙って︵本門の十界 C 閃 果乞説き顕はす﹂といひ、また﹁太田書﹂には、 組 書 綱 市 営 の 四 縛 一 三 段 剣 に 於 け る 底 上 初 封 に つ い て 一 九 五

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組主宵制要の阿話相三段舛に於ける底上利到について 一 九 六 ﹁正しく久遠宜成の一念三千の法門は前凶味並に法華粧の控円十川口問まで秘めさせ給ひて有りしが、本川

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宗に五り て 誇 量 品 に 詑 き 顕 し 給 へ り ﹂ ︵ 一 、 七 二 二 百 ︶ と 言 明 し て あ り 、 − な ほ ﹁ 撰 時 紗 ﹂ に は 、 ﹁仰は詑き謹し給へども、怖の滅後に迦葉・阿難・馬鳴・龍樹・無渚・天親乃至天台・倖救のいまだ弘通しましまさ ぬ最大の深密の正法、経文の両に現前たり﹂︵一、一二六﹀ とも、或は﹁経文分明に﹂ともある。 いまとれらの交によって﹁文民﹂の交を推察するに、これは伸意の事視が秘められてゐて椴露には誰かれてゐない といふ意ではたく、寧ろ俳意の事観が需品型一品に至って顕露に設かれてゐるのであるから、悌意は正しく害景品に於い て顕現し・究意されたものである。故に伸意の事視は喜一骨量品に秘出概されてゐるといふ意に解すべきであらう。 もしとの解禅が許されるとすれば、在世顕説の第三重の本門の正宗分が、とりも友ほさや第四重本法三段の正︷一目分 の一品二牟であり‘能判である。そとで敬判としての究意の能判たりうるものは、正しく在世間制設の第三重の本門で あ る 。 ととろでこの第三重の本門以上に一重立入りたる第四重の翻心の木門なるものを認めて四重興鹿の救判を立てたの が前ゆる中古天台の翻心主義に外ならない。即ち中古天台の義によれば、在世の本門なほとれ謎併の所設であるから 前述門に比すれば、それは本円であると睡も、根本法華の本門に比すれば、地世の木越は、共に建中の本波であると いふのである。従ってその本門翻は、在世の木門はなほ逃仰の所設で、迂姐遣の機に詑かれたる本建相封の随他の本 円であり‘根本法華の本門は本伸の内詮にして、機に封して説かれざる本述未分の随自の本円であるといひ、在世所

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設の救と、その・故主に絶封性を認めてゐない。故に中古のいふ本門視は.退いては本語同体の本円であり、進んでは 始成始且見直点の池帥を否定し去った草本畳の無作自然仰に堕してゐるのである。 然るにん一川副の本門視は、在世間制設の第三重の本門の救とその教主に絶封性を認められてゐる。宗祖に従へぽ、第三 重の本門の外にたほ勝れたる第四重の本門の理があるのでもなく、また十代世の本門の救主以外に本備があるのでもな ぃ。即ち在世間期設の本円乙そ‘本伸防白内詮の殺であり、またその敬主とそ、唯一結封の久遠本併である。故に﹁報 思紗﹂には﹁本門の救主轄掌を本傘とすべし﹂といひ、第三互の本門の救主禅掌がとりもたほさや久還の本側であり 唯一絶到の本尊であると設かれてゐるのである。 天台大帥によれば前後迩本二門の法休は悶休である。従って法華経の理は後本門の所設を侠たやして前述門に於い て究意されてゐるのであるから、後本門は前述門の誰休の用を説いたものにすぎないのである。然るに宗祖によれば 二門の法体は救硯北ハに天地の異りがある。従って前週門に於いては法華経一部の理は未だ究意されてゐないのであっ て、それは後本門の在宗分に侠たねばならぬ。故に前訪門は、後本門の序分であり、前提であって、本門構成の基礎 をなすものであり、素材となるものではあるが、然しそれは究意のものではないといふのである。 しかしそれだからといって‘ん一不耐の本門視は述門を否定して捨て去ったととろのもの予はない。否な宗祖の本門視 によれば、法門は木門構成の基院をなすものであり、前提をなすものであるから、法華経所詮の理を顕すには献くべ からざる要素を・なしてゐるものでるる。即ち本円は妙一門を離れた架尽の揖悶ではなく、堅同なる基礎工事の上に建て られたる楼閣である a 而して本控定割判するは、目的物たる権閣の建立を応れて、たど基礎工事だけをもってこと足 れりとする未完成の控を椛するものである。故に賄即本の木門と.強門封破の本門との問に勝劣があるのではたい。 剖 肌 香 綱 市 首 の 問 続 三 段 列 に 於 け る 成 上 相 到 に つ い て 一 九 七

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肌量宵剃嬰の附積三段舛に於けるい民上相針について 一 九 八 従うて、本迩相到の救相の本門と、始即本の宗旨の木門の雨者の法体は同体である。とれ優陀那和品川が、営家の教は 本語勝劣であってしかも一致であると迫破された所以ではなからうか。 (八)

号 ゐ E悶 以上の縫設を要約すれば‘四種三段に於いて、第凶荒の三段を分別されたる所以は、第三重の天台の本門に簡んで 常家の本門を顕さんがためでも友︿、また第三重の敢に視んで観を期し、もって敬観相針を論ぜんがためでもたく‘ それは、第三重の能顕の敬体が即ち第四重の所願の観体と同体であるととを顕し、教組・能所相侠って第三重の本門 の絶封性を確立されたものでは・なからうか。放に第三重の敬判は能顕の敢に約して所顕の法休の勝劣を分別されたも のでるり、第四重の敬判は、所町闘の法体に約して、能刷聞の設の勝劣を分別されたものとみるととができよう。 もっとも現存の遺文には敢闘 A 口論の同体読に到して、観心主義のものがないではない。即ち﹁十法界紗﹂には、中 古天台と同一の用語をもって四重興農を論じ、﹁今此三界合文﹂には倖敬の作と惇ふ﹁懐中決﹂の文を引刑して随白陪 他の二種本門を認め、また﹁御義口倖﹂には、本門能入設並に三杭法華未八刀の題目︹上廿問丁︶を説いであるが如き は、翻心主義思想の現れである。されど、とれらの御堂同の成立についてはいづれも員協の論があり、また幾多の方町 から研究の飴地があるので、とれらの御需によって直ちに宗祖の根本思想乞窺ふととは甚だ危険であらうと思はれる。 ﹁十法界紗﹂に設︿本語の如きは明かに木越同休であって二設ではない。恐ら︿教観相封を決休に約して分別したも のは、中古天台の影響を受けて成立したものであらう。宗祖の本門翻によれぽ、本門の大教師ハれ庁制心の犬救が究立 するのである‘そとで親心の大教が興ったとて本門の大教が亡するのでは・なからう。

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最後にとの小論を摘筆するに臨み、碩畢日導上人の畢生の﹁制袋﹂に封して、研究の詮上にるる未熟なる思想をも っ て 濫 り に 論 断 を 敢 て な し 、 その接設を是非せるは、綱要の思想を曲解せしのみならや、﹁本隼紗﹂の聖意を誤るの韮 だしきものにるらざるかを悟るのである。今後の研究によって、私評の謀れるを悟った時には直ちに愚見を改め、導 上の隼霊に低頭して不遜の罪を乞ふ弐第である。希くば大方の叱正の斧餓を賜はらんことを。

ー終り

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︵昭和十四年丸月サ四日︶ 胤書綱要の四積一二段列に於ける底上相劃について 一 九 丸

参照

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