新生児集中治療室で子どもを亡くした親の体験
−重篤な先天性心疾患の治療選択に伴う親の重圧と子どもと
共に過ごした時間を肯定する思い
−
The Experience of the Parent Who Lost the Child at Neonatal Intensive Care Unit
–Pressures Associated with of Treatment Options of Serious Congenital Heart Disease and
the Parents' Reflections on the Time Spent with Their Child–
田中 渚
1),清水 陽子
1),小林 美幸
1),加藤 和恵
1),杉田 節子
1),中込さと子
2) TANAKA Nagisa, SHIMIZU Yoko, KOBAYASHI Miyuki, KATO Kazue, SUGITA Setsuko, NAKAGOMI Satoko要 旨
本研究では,NICU で重篤な先天性心疾患をもつ幼い子どもを亡くした親にとって,出生から死別までの経 験において今でも重要に思うことを明らかにすることとした。研究対象は NICU を退院せずに死亡した子ど もの親とし,9 名の協力を得た。データ収集は半構造化面接とし,分析は内容分析とした。 結果,親が今でも重要に思うことは,治療選択に対する思いとして〈積極的な侵襲的治療選択に対する信念〉, 〈自身が選択してきた治療内容に対する葛藤〉,死別後に湧いてきた親としての新たな思いとして〈わが子とわが 子との生活が誇り〉,〈これからも親であり続ける〉,〈幸せを教えてくれるわが子〉,〈わが子と心はつながり続 ける〉であった。 医療者は,親としての思いや治療に関する信条の理解に努め,それらに配慮しながら親が熟慮の上の意思 決定ができるよう支援すること,親・家族ができる限りケアに参加できるよう後押しする姿勢や環境作りが 重要である。 キーワード 新生児集中治療室,先天性心疾患,親,治療選択,死別Key Words Neonatal Intensive Care Unit, Congenital Heart Disease, Parent, Treatment Option, Bereavement
受理日:2015 年 7 月 22 日
1) 山梨大学医学部附属病院看護部:Neonatal Intensive Care Unit, University of Yamanashi Hospital
2) 山梨大学大学院総合研究部:University of Yamanashi, Graduate School of Interdisciplinary Research いう疑問がある。その中で,重篤な先天性心疾患の子ど もの治療選択や看取りということは,新生児医療におい て重要な課題の一つとも言える。 先天性心疾患治療の中核病院では,重篤な先天性心疾 患をもった子どもが入院してくる。重篤な先天性心疾患 をもつ子どもの中には,生後数日で手術が必要となる ケースも少なくない。また,両親の希望が叶わず死とい う形で退院となる子どももいる。 親やその周囲にいる家族にとって,生まれてきたわが 子を亡くすというライフイベントはとても大きなストレ スであり,死別後何年経過してもその悲しみは消えるこ とはない。しかしながら,子どもとの死別によって大切 なものを失った親が,周りの人々に支えられて自分の体 験を整理・再構築し,悲しい体験を乗り越えて肯定的な 考えにたどり着く場合もある。そこにたどり着くには, 親やそれを支えるその他の家族が,子どもの生存してい る今をどのように過ごしたか,また医療者が病院内で過 ごす親子の生活環境をどのように考え介入してきたかに
Ⅰ.はじめに
わが子が出生して間もない時期,親自身は「この子の 親として」の経験がなく,「この子の親になっていく」過 程が始まったばかりである。このような中で病状を理解 し,自分の意思を伝えることのできない幼いわが子に代 わって治療選択の決定をするなど,親の重圧やジレンマ は計り知れない。さらに,新生児集中医療の環境の中で 困難な課題に追われている親は,はたしてわが子との温 かく深い親子としての関係を順調に築けているのか,と7. 倫理的配慮 山梨大学医学部倫理委員会の審査を受け実施した。研 究協力者に対しては,調査の途中や面接終了後,いつで も参加の辞退を申し出て良いことを文書にて説明した。 個人のプライバシーに関しては,調査から結果の発表に 際して個人が特定されないよう匿名性に配慮した。また, 研究対象者の精神的負担と保護に配慮し,希望があれば 調査とは別に面接の機会を設け精神的ケアの場を設ける こととした。
Ⅳ.結果
1. 研究協力者(表 1) 15 組の夫婦のうち,9 名の親(3 組の夫婦と 3 名の母親) が協力に同意した。研究協力者とその子どもの背景を表 に示した。 1) 研究協力者の背景 協力が得られた 9 名の親のうち 1 組は夫婦揃っての面 接,その他 7 名は個別面接を行った。研究協力者の死別 当時の平均年齢は 29.5 歳であった。面接当時の平均年 齢は 33.1 歳であった。亡くなってからの経過時間は 1 年 3 か月~ 6 年 2 か月であった。生前の同胞の有無は有 りが 3 名,無しが 6 名,死別後の同胞出産の有無は,有 りが 7 名であり,研究協力者の1組の夫婦には死別後子 どもはいなかった。 面接場所としては,研究協力者全員が病院での面接を 希望した。病院内に個室を用意し,面接者と研究協力者 との個別面接を実施した。 2) 亡くなった子どもの背景 亡くなった 6 名の子どもは,死亡時の年齢が 0 歳 2 か 月~ 1 歳 9 か月であった。性別は男児が 2 名,女児が 4 名であった。胎児診断は 5 名がされており,1 名はされ ておらず出生直後に新生児搬送された。 2. 研究協力者の語りの中で,共通して語られていたこと 研究協力者の語りの中で,共通して語られていたのが, 治療選択に対する思いと死別後に湧いてきた親としての 新たな思いであった。以後,カテゴリーを〈 〉,研究協 力者の語りを「 」,亡くなった子どもの名前は統一して “N”とした。 1) 治療選択に対する思い 治療選択に対する思いについてはさらに〈積極的な侵 襲的治療選択に対する信念〉と〈自身が選択してきた治療 内容に対する葛藤〉の 2 つのカテゴリーに分類できた。 (1)〈積極的な侵襲的治療選択に対する信念〉 〈積極的な侵襲的治療選択に対する信念〉とは,わずか な可能性でもわが子の力を信じ,元気になってほしいと いう一心で治療の選択をしてきた思いのことである。 よって大きく影響することが考えられる。Ⅱ.研究目的
先天性心疾患で出生時から一度も退院できずに亡く なった子どもの親にとって,子どもの出生から死別を経 験した中で何が重要だったのかを明らかにすることを通 して,新生児集中治療室(以下 NICU とする)における 重篤な疾患をもった子どもの家族へのケアについて検討 する。Ⅲ.研究方法
1. 研究デザイン 質的記述的研究 2. 研究協力者 本研究では,「重症な疾患をもつ新生児」として先天性 心疾患のある子どもの親に限定した。そのうち一度も退 院せずに亡くなり,死後 1 年以上経過した子どもの親 30 名(15 組の夫婦)に研究協力の依頼をした。 3. データ収集期間 平成 24 年 11 月~ 12 月 4. データ収集方法 データ収集方法は,半構造化面接法とした。面接は「死 別後どのように過ごしていたか」,「死別後,医療者にど のようなケアを求めていたか」という問いを設定したと ころ,その中で研究協力者の個々の出産,闘病,死別, 悲嘆作業の体験が語られた。面接内容は許可を得て録音 し,逐語録を作成した。 5. 面接者の準備 調査に向けた準備として,グリーフワークの専門家を 招き,グリーフワークに関する基本的理論を学んだ。そ の後面接者と講師との間でロールプレイを行い面接の訓 練を行った。また,質的看護研究の研修を受け面接を終 了する毎に分析を行い,次の面接につなげた。 6. データ分析方法 谷津が提唱する質的看護研究方法1)を参考にした。逐 語録を読み返しながらコード化を行い,コードの相違点 や類似点を比較,分類した。その後,コード化したもの に名前をつけ,カテゴリー化を行った。データの解釈お よび分析は,新生児看護ならびに質的研究法の専門家と 研究者間でディスカッションを行い,確証性の確保に努 めた。表 1 亡くなった子どもと研究協力者の背景 亡くなった子ども 1 2 3 4 5 6 性別 男 女 男 女 女 女 疾患 ファロー四徴症 肺動脈欠損 単心室 ピエールロバン症候群 完全大血管転位 大動脈縮窄 三尖弁閉鎖 房室中隔欠損症 大動脈縮窄 口唇口蓋裂 房室中隔欠損症 大動脈縮窄 完全大血管転位 三尖弁閉鎖 大動脈縮窄 胎児診断 あり あり あり あり なし あり 治療経過 日齢 20 : 肺動脈形成術, 右室・肺動脈シャント術 その後状態改善なく永眠。 日齢 13 : 肺動脈形成, 右室 ・ 肺動脈シャント術,心房 中隔切除 1歳:徐々に状態悪化し, 永眠。 日齢 14 : 右室・肺動脈シ ャント術 3か月:腸切除・ストーマ 造設術 1歳 : グレン術 呼吸状態悪化。状態改善 なく永眠。 日齢 10 : 肺動脈絞扼術。 術後ノーウッド手術に向 けてカテーテル検査を行 ったところ,さらなる心 奇形が発覚。ノーウッド 術を施行したが状態悪化 し,永眠。 出生直後,新生児搬送。 日齢 7 : 大動脈パッチ形成 術,左右肺動脈絞扼術 5か月 : 心内修復術 術後,僧房弁逆流が強く, 弁形成術または弁置換術 予定であったが実施でき ず永眠。 日齢 9 : 主肺動脈絞扼術, PDA 閉鎖術 3か月 : 左右肺動脈絞扼術 6か月 : 両方向性グレン 術,僧帽弁形成術 術後,体重増加良好,発 達も良好であった。外泊 後に肺高血圧悪化。回復 することなく永眠。 死亡時の年齢 4 か月 1歳2か 月 1歳5か 月 2 か月 1歳9か 月 8 か月 家族構成 父,母,兄 父,母 父,母,兄 父,母 父,母 父,母 研究協力者 A B C D E F G H I 性別 母 母 父 母 父 母 母 父 母 年齢 (面接時) 30 代後半 30 代前半 30 代前半 30 代前半 40 代前半 20 代後半 30 代後半 30 代前半 30 代前半 死別後の経過期間 6年 5年 4年 4年 3年 1年 死別後に出産した 子ども 弟 妹2名 妹 弟 弟2名 なし
ちもできる限り頑張ったと肯定的に捉えている親もいた。 (2)〈これからも親であり続ける〉 〈これからも親であり続ける〉とは,共に過ごした日々 やわが子との死別を通して,今,わが子は目の前にいな くても,自身は親として成長し,親であり続けていると 感じていることである。 「病気にかかわらず,ずっと心配するということは, 子どもがいれば誰でも同じであって,子どもがいるとい うことはそういうことなのだと思った。」 「N ちゃんの闘病生活を通して,N ちゃんの他にも様々 な疾患を抱えた子どもがいることを知り,いろんなこと に対する考え方が変わった。」 「N ちゃんが亡くなっていることはわかっているが, 夫と習い事の話やランドセルの色の話をする。話をする ときには N ちゃんがまだいる感じで喋ってしまう。」 わが子が亡くなった後に急に老け込む程,入院中は常 にわが子の心配をしていたという当時の状況や,親を亡 くした時以上にわが子を亡くした時の悲しさは辛く,子 どもをもつ親の気持ちを知る機会となったことを語って いた。また,親の目線で周りを見るようになったという 自身の変化を感じていた。わが子の存在,闘病生活,死 別によって自身が親になったことを実感し,さらに親で あり続けていることを実感していた。 (3)〈幸せを教えてくれるわが子〉 〈幸せを教えてくれるわが子〉とは,死別した子と同胞 の育児経験を通して得た思いである。 「子どもたちの成長していく姿が見られ,普通のこと だけど全て楽しいと思える。N のことがあったから,余 計幸せで,大事に感じられる。」 「健康な子どもでは当たり前である,ミルクが飲める ことやお風呂に入れることなどをとても幸せに感じる。」 N ちゃんや同胞の育児を通して,当たり前の育児を幸 せと感じ,それは N ちゃんという存在があったからこ そ感じられることであると見出していた。 (4)〈わが子と心はつながり続ける〉 〈わが子と心はつながり続ける〉とは,親が死別した現 在でも感じているわが子から注がれるメッセージのこと をいう。 「N ちゃんの時には不妊治療に通っていたが,次の子 は自然妊娠だった。N ちゃんが亡くなってすぐだったか ら,N ちゃんの生まれ変わりなのかもしれないと思った。」 「N が空から見てて,下の子が生まれてきたのも(N か らの)メッセージなのかもしれない。子どもは親を選べな いというが,実際は何か選んでいるのではないかと思う。」 死別を経験した親は,亡くなった子と死別後に生まれ てきた同胞とを関連付けて考えていた。親にとって亡く なった子は,死別後も無の存在にはならず,家族に見守 りやメッセージを与え,いつまでもつながっている存在 「1% でも可能性があるのならと手術を希望し N ちゃ んのことを信じるしかなかった。」 「元気になってほしいというのが最終目標だから,積 極的な方の選択肢しかない。」 わが子に代わって治療選択をする重圧や,自身の選択 が最善であるかわからないまま決定しなくてはならない 苦悩を抱えながらも積極的な治療を選択している親もい る。その一方で,治療を受ければわが子は助かると堅く 信じ,積極的な治療を選択する親もいることがわかった。 (2)〈自身が選択してきた治療内容に対する葛藤〉 〈自身が選択してきた治療内容に対する葛藤〉とは,自 身が決定してきたことへの正解を見出せず,その決定を 死別後数年経った現在でも責める親の思いのことである。 治療選択の過程では,「生きてほしい」という思いと, 「痛い思いをさせたくない」という両極端の思いを抱えな がら,自分の選択が正しいかどうかわからない状態の中 でも子どものために意思決定をする親がおり,その責任 が重くのしかかることがわかった。 「自分の決定で結局最期まで苦しませてしまった。時 間が経つと考えなくて,普通に話したり笑ったりしてい る瞬間に N ちゃんのことを思い出し,自分が悪いこと をしている気分になる。」 「あの時こうしていればよかったと思うことは何度か あったけど,それを思ってもどうにもならない。」 死別後数年経過した現在でも当時の選択について,「本 当に良かったのか」,「もっといい方法があったのではな いか」と,答えのない質問を自身に問いかけ,悩み苦し む親の姿があることがわかった。 その他,「自分が何かしたから健康に産めなかったの ではないか」,「苦しむために産んでしまった」など,治 療選択の場面だけではなく,健康に産んであげられな かったという自責の念を感じ,その思いを死別後数年 経った現在も抱えている親がいることがわかった。 2) 死別後に湧いてきた親としての新たな思い 死別後に湧いてきた親としての新たな思いとして,子 どもと過ごした短い期間の関係を通して親と子の絆を育 んできたことが語られ,4 つのカテゴリーに分類できた。 (1)〈わが子とわが子との生活が誇り〉 〈わが子とわが子との生活が誇り〉とは,わが子の頑張っ てきた軌跡や共に過ごした時間をたどり,それについて 振り返った中での親のポジティブな感情のことをいう。 「頑張り屋だからこそ 1 年 5 か月まで頑張れた。小さい 体で辛い治療によく耐えてきた。強い子としか思えない。」 「夫婦ともできる限り面会に行き,自分なりにできる ことをやった。亡くなってから,もっと(面会に)行って やればよかったという後悔はない。」 わが子を誇りに思う気持ちや,限られた命の中でもそ の子の生きた日々や存在を大切に思い,わが子も自分た
を深めることも重要であることが考えられる。 3. 親子の関係性を築くための環境づくり 本研究の中で,「自分なりにできることをやったつも りだから後悔はない」という親の語りがあった。その一 方で,「もっと育児をしてあげたかった」という語りが あった。また,死別した子と同胞の育児の両方を経験し た親は,「当たり前のことを幸せに感じた」と語っている。 これらは,辛い闘病生活を耐えてきたわが子を誇りに思 う気持ち,わが子と過ごす日々を思い起こして感じた親 となり親であり続けることへの実感,死別した子と同胞 の育児を経験する中で感じた幸せを与えてくれるわが子 の存在,死別したあとでも感じるわが子との心のつなが りである。そして,闘病生活を共に過ごし,共に闘って きたわが子との強い絆があってこそ感じる思いなのでは ないだろうか。しかし,NICU という環境は,医療者や 医療機器に囲まれており,親と子がより親密な人間関係 を築くことが困難な環境ともいえる。そのような中でも 親は,わが子との絆をその時の環境から築いてきたとい うことをベースにしながら,死別後数年経った現在でも しっかりと残し,親と子として存在していたことを実感 している。 重篤な疾患をもった子どもに対しての育児参加が治療 や環境によって制限され,できないことが多いと感じさ せてしまうという現実もある。そのような中で,闘病生 活をいかに充実したものにし親子関係の形成を促進でき るかは,医療者がどのように家族に介入するかによって 左右される。Family-Centered Care は【尊厳と尊重】,【情 報の共有】,【参加】,【協働】の 4 つの概念からなるケア の理念である3)4)。その概念にもあるように,尊厳と尊 重を念頭に置き,医療者と家族が密に情報の共有をしな がら家族が子どもの育児に参加できるよう協働していく ことが重要になる。また,Benner らは,“手伝うという 単純な行為が,患者と家族の結びつきや一体感を促し, 患者の癒しや安楽を高めたり,家族の無力感や不安を軽 減したり,家族が大切な人の状態を把握できるようにす る”と述べ5),“また母親を単なる観察者ではなく援助者 にすることで,愛する子の回復に役立っているとか,積 極的にかかわっているといった感覚を家族に与えるだけ でなく,愛する子の苦しみに立ち合う務めに耐えられる ようにしている。”とも述べている5)。これらのことから も,家族ができる限りケアに参加することは重要である。 また,ケア参加を促進させるために,医療者の柔軟な態 度や共感的な態度,後押しする姿勢や環境を作っていく ことが重要であると考える。 として位置づけられていることがわかった。
Ⅴ.考察
1. 重篤な疾患をもつ子どもの治療選択が死別後まで もたらすもの 本研究において,幼いわが子に代わって意思決定をし てきた親は,わずかな可能性でもわが子の力を信じ元気 になってほしい,必ず元気になるという一心で治療選択 をするという信念を持つ親がいることがわかった。しか しその一方で,わが子を信じたい思いと治療によって苦 しめているという思いの中で葛藤しながら積極的な治療 を選択する親がいた。また,自分が選択してきたことが 本当にわが子のためだったのかと自己の決定を死別後数 年経っても責める親の思いがあることが明らかになっ た。 親が感じている葛藤の背景は多様である。それは,治 療を決定する際に確証がないままに同意したという後 悔,決定内容がわが子にとって最善であったという確証 が持てない,死別した後は別の選択肢の方が正しかった のではないかという思いが拭えないということである。 そのように,答えのない問いに対して苦悩し続けている ことは,死別後に残る後悔や自分を責める気持ちを増強 させる原因の一つであることが考えられる。子どもを亡 くした両親への援助について藤原は,“子どもを亡くし たことの悲嘆を乗り越え,新たな活路を見出していくの は親自身であり,周囲の援助はそれを見守り側面から手 助けをすることである”とした上で,“親は闘病生活にお いて自分たちの行ってきたことが患児にとって最良であ り,全力を尽くしてきたという確認を求めている。また, 親が誤った罪意識を持っている場合,それにとらわれて 悲嘆の過程を長引かせたり心がゆがんだりしないように 援助することも大切である”としている2)。すなわち, 医療者は,この親の重圧をインフォームドコンセントと いう事務的な手続きとして捉えてはならない。親の背景 や思いを十分に理解した上で意思決定までの過程からそ の後をサポートする必要がある。 2. 意思決定する過程での看護師の役割 親が意思決定をする過程において,家族が十分にわが 子の病状を理解できるよう医療者から家族へ十分な情報 提供を行うことや,辛い中でもわが子の病状をしっかり と受け止めることができるよう支えること,それを受け 止めた家族と医療者が一生懸命に話し合い意思決定へと 進んでいくというプロセスが重要であると考える。元気 に産んであげることができなかったという親の自責の念 については,母親の責任であると思わせてしまうような 経験や周囲の環境も影響することが考えられる。そのよ うにならないためにも,NICU に来られない家族の理解Ⅵ.結論
1.治療選択に対する思いとして,〈積極的な侵襲的治 療選択に対する信念〉と〈自身が選択してきた治療内容に 対する葛藤〉があることが明らかになった。 2.死別後に湧いてきた親としての新たな思いとして, 〈わが子とわが子との生活が誇り〉,〈これからも親であ り続ける〉,〈幸せを教えてくれるわが子〉,〈わが子と心 はつながり続ける〉が語られた。 引用文献 1) 谷津裕子(2010)Start up 質的看護研究.学研メディカル秀潤社, 東京. 2) 藤原千恵子(1993)子どもを亡くした両親への援助.小児看護, 16(1):77-81. 3) Harrison H(1993)The principles for family- centered neonatal care.Pediatrics, 92(5):643-650. 4) Hutchfield K(1999) Family-Centered Care: a concept analysis. Journal of Advantaged Nursing, 29(5):1178-1187.5) Benner P, Hooper Kyriakidis P, Stannard D(2012) Clinical Wisdom And Interventions In Acute And Critical Care A Thinking-In-Action Approach, Second Edition(井上智子訳. 看護ケアの臨床知 行動しつつ考えること 第 2 版).医学書 院,東京,441-498.