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R.S.トマスのロマン派的精神

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Academic year: 2021

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(1)

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トマスのロマ ン派的精神

The Romantic Spirit of R.S.Thomas

Hiromi Sano

一概要一 本論は以前、「緑の聖域-

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トマスのウェールズ

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」のタイ トルで発表 したものの テーマを、さらに発展 させたものである。自己の存在の原点、アイデ ンテ ィテ ィの拠 り 所 を追及するR.S.トマスの姿勢に、19世紀ロマン派詩人たちにも共通する精神 を探 る。

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)記憶の中のウェールズ

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Ⅱ.

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一言葉のカー (2)詩人の本務

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S.トマスのロマ ン派的精神

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清泉女学 院短期大学研 究紀要 (第20号)

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詩人は常 に、存在の原点、 自己の回帰すべ き場所 を探 し求める。 これについては、以 前の拙論、「縁 の聖域-R.S.トマスのウェールズ

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a,No.4,京都女子大学大学 院英文学会,1998.)の中で も述べ た。 ウェールズの現代詩人、R.S.Thomas(1913-2000) の人生 の経緯 は、一度は離れた生 まれ故郷への方向性 を持つ ことで、地理的 にも目に見 える形で この ことを示 している。 トマスは生涯、「ウェールズ」にこだわ り続 けた。現代 とい う俗物的な時間の中に埋 もれて しまった<理想世界 >の記憶、彼の心の 「ウェール ズ」、"therealWalesofmyimaginationH(■YLIwybrauGynt2[ThePathsGoneBy]',138.)

を再 び掘 り起 こ し、この世界に回復す ることに、彼 の生涯は費や された。 なぜ なら、神 秘 とも言 えるその領域 こそ、彼が唯一 アイデ ンテ ィテ ィを覚 える場所、彼の存在の原点 であ ったか らだ。 こう した行為 を促す彼 自身の心 の衝動 を、 トマスはウェールズ語で hiraeth(郷愁) と呼 んでい る。そ して このhiraethを宥 め るべ く、彼 の心 が承認す る 「本当の ウェールズ」の在 りか を求めて、彼 は現実 に生活の場 を移 していった。おそ らく 心の次元 に しか存在 し得 ないであろう世界 を現実世界 に探 し求めるのは、ロマ ンテ ィッ クな心情 だ。 しか し彼 は、あ りが ちな放浪の人生 を送 ったわけではなかった。夢 に生 き るこの詩人は、一方では堅実な生活者で もあったか らだ。英国国教会の聖職 にあ り、夫 として父 として家庭 を持つ彼 は、誠実 に職務 を果 た しなが らも、粘 り強 く夢 を捨 てなかっ た。 ところで トマスは、「私」とい う自身の存在 を、複数の レベルで捉 えていた と思 われる。 す なわち、この 「私」 とは、第- に実存者 として この人生 を生 きる者であ り、第二 に遠 い祖先か ら流れつづける血 に息づ く記憶であ り、第三に神の側 を離れてこの世 に旅立 っ た一個の魂で もある。 したがって 自身をどの レベ ルで考 えるかで、その存在の原点 も在 り様が異 なる。 自分が生 まれ育 ったこの地上の故郷 に自己の存在 の原点 を感 じる時 もあ れば、心で しか測 り得 ない不可思議の領域 にそれ を覚 える時 もあろ う。 トマスの場合、

(3)

佐野:氏.S.トマスのロマ ン派的精神

彼の全存在 に回帰 を促す 「本当のウェールズ」、彼の心の ウェールズ を指 し示す針 の方位 は、同時 に自身が育 った海辺の故郷、Anglesey(その先端 にHolyheadがある) を向い ていた。だか らと言 って、彼 の言 うhiraethを単 なるホーム シ ックで片付 けるこ とは出 来 ない。 これについては後 に考察す る。 ともか くも彼の人生 の地理的軌跡 は、アイ リッ シュ海のほ とりに位置す る故郷、Caergybi(Holyhead)を起点 に大 きく円を描いて、眼 前 に故郷 を望 むLlyn半島にた どり着 くまで、ひたす ら出発点、Caergybiの方角 に回帰

してい く。それはまさに、 目に見 える形での 「回帰す る人生」 であったのだ。

ところで、 トマス には自伝お よび自伝 的作 品がい くつかある。その中で も以下の4編 か らは、彼の人生が措いた実際の地理的経緯及びその動機 としての心の経緯の詳細 をう かがい知 ることが出来 る。

1.

1

YLIwybrauGynt2[ThePathsGoneBy]':R,S ThomasSelectedProse(edited bySandraAnstey,PoetryWalesPress,MidGlamorgan,1986.)収録 の1篇。下 記の3に示 したAutobiographiesにも-FormerPathslの タイ トルで収録 されてい る。1972年、 ウェールズ語で出版 された トマスの 自伝 的 ラジオ ・トークを英語 に 翻訳 した もの。

2.TAutobiographicalEssayT:MiraculousSimplicity(TheUniversityofArkansas Press,Fayetteville,1993.)の冒頭 に収録。

3.-NO-OnelUveb):1997年、他の3篇 と共 にAutobiographies(J.M.Dent,London)の タイ トルの もとに、 ウェールズ語版 (Neb)か ら英語 に翻訳、出版 された もの。

自伝 として最 も詳 しい。

4.TheEchoesReturn Slow :1988年、Macmillan,London。 (1989年、paperback

版) 全121頁。 自身の誕生か ら老年 に至 る間の時々の心模様 を、全頁見開 きで、 それぞれ左頁 に散文、右頁に詩

1

篇 (共 に トマス 自身の 自作) を対照的に配置 し た実験 的で興味深い編集。 こうした自伝のいずれ を読んで も、失われた故郷への回帰が トマスの人生の主要 テーマ であったことがわかる。(ただ し先 にも述べ たように、「故郷」には重層的な意味がある)。 その象徴的表現 として、'NO-One一には、楽 しい少年時代 を過 ご した故郷へのhiraethの

(4)

4 清泉女学院短期大学研 究紀要 (第20号) 文字がい たる ところち りばめ られてい る。以下、その例 をあげてみ よう。 *この書 において トマスは、 自分 自身を'Ⅰ'とは呼ばず、第三者的に -he'あるいは -R.S.■ と呼んでいる。

*

hiraethとい う言葉 は、'NO-One'の本文中、すべてイタリクス体hiraethの形で綴 ら れている。

1.[InChirk]theyoungmanrealisedwithaterriblesuddennesswherehewas.

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wasinthiswaythatthehiraethforAngleseyandtheseabegan,ahiraeththat wouldinfluencehimthroughouttheyearstocome. ぐNO-One-,43.)

2.Manybombsweredroppedintheareathatnight,andthehill-countryinthe vicinityofMinerawassetinfire.Onseeingthenames,theystartedtodrop bombsthereaswell,andashepherdwholivedattheedgeofthemoorlandgot thefrightofhislife.Sohatefulwasittothecuratetothinkofthedestruction occurringalmosteverynight,andsuchwashishiraethforthehillsinthe distance(MoelFamacouldbeseenquiteclearlytothenorth-west),thathe decidedtolearnWelshasameansofenablinghim toreturntothetrueWales.

(ibid.,50.)

3.Atothertimes,ashewanderedonthemoorlandontheothersideofCefnCoch, hewouldperhapsmeetashepherdwhowouldsaytohim,'Youcanalmostsmell theseatoday:Allthiswasenough toprodtheoldhiraeththatwasalways simmeringwithinhim. (ibid.,62.)

4.Forsomepeople,lifeisamatteroflookingback,andalthoughthatisnotnatural inayoungman,itwasR.S:stendencybecauseofhishiraeth.Hehadlivedat homelongenough,anditwasnicetobeabletoleaveHolyheadandstartanew life.ButeveninthecollegeinLlandaff,andmoresoagaininChirk,hebeganto remembertheseaandthewholeatmosphereofAnglesey.EveninChirkhewas

(5)

佐野 :

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トマスのロマ ン派的精神

WithinreachofthehillsandWelshareas;butaftermarⅣingandhavingtomove fromtheretoMaelorSaesneg,helongednotonlyfortheseabutalsoforthehilレ country,Sotediouslyflatwasthedairylandaroundhim.Beingappointedrector ofManafondidsomethingtoallaythathiraethbybringinghimbacktothehius.

(ibid.,73.)

5.ByreachingAberdaronhegotridoftheoldhiraethfortheseaandthewest. Whatpossessedhim nowoccasionallywasthehiraethoftime;thememoriesof hisyouthonAnglesey.(ibid.88.)

海辺の故郷 に抱 くノス タルジー。人は故郷 を遠 く旅立 って も、人生 の黄昏 には再 び故郷 に帰 ることを切望す る。 トマスは自身の人生 を始めるために故郷 を出立 した時か ら、す でに自分の行動の間違いに気付 いていた。しか し(人生 とはそ うい うもので )故郷 に焦が れなが らも、大 きく迂回 した道の りを歩 き続 けなければならなかった。それがが彼 の運 命であったのだ。「青い鳥」にも象徴 されるように、人生の究極 の 目的が、結局はその出 発点 に求め られるものであることを知 るのは、何 と逆説的な神秘であることか。

(2

)記憶の中のウェールズ 1936年、23才の とき、 トマスはイングラン ドとの境界 に位置す るChirkに、副牧師 と して赴任 した。 こうして、聖職者 としての生活が始 まる。それ以来、Hammer(Maelor Saesneg)-Manafon(inMontgomeryshire)-Eglwysfach (nearAberystw舛h)と任 地 を変 えて、1967年、54才の時、晴れた 日には真北 の方角 に故郷Holyheadを望 むシー ン半島 (theLlynPeninsula)のAberdaronにた どり着いた。 ここか らAngleseyあるい はHolyheadまでは、彼の車でほんの2時間ばか りの距離 だ。 この時すで に、彼 は妻 (画 家MildredE.Eldridge)と22才 になる息子 (Gwydion)を持つ家庭 人であ り、Manafon

では教 区牧師 (rector)の地位 を得て、聖職者 として も着 々 と職務 を果 た していた。 こうして長い時間の後、 ようや く故郷の海 にた ど り着 くことで、 トマスの夢 は満 たさ れたのか。その場所 に、彼の 「本当のウェールズ」は存在 したのか。'NO-One'には次 ぎ の ような記述がある。

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清泉女学院短期大学研究紀要 (第20号)

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oftime;thememoriesofhisyouth onAnglesey.Butheknew thatyieldingtothatwascompletelyfutile.Youthwas muchfurtherawaythanAnglesey.Reachingthelatterwasonlyamatteroftwo hoursinhiscar,evenifithadchangedoutofallrecognition.Buttherewasnowayof reachingthepastexceptthroughtheimagination,asherealised.('NO-One',88.)

確 かに、故郷の海 に対する渇望か らは解放 された。 しか し、その地 は最早、彼が長年思 い描 いて きた場所ではなかった。時が全てを変 えたことを、彼 は思い知 らされる。少年 トマスを育んだ渇望の地は、時の彼方 に再 び遠のいて しまった。追憶 の道 をた どるよ り 他、本当の故郷へ帰 る術 は もうない

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(以下

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と略記)に は、同様のことが、以下の ように詩の形で述べ られている。

Yearsaremilestobe travelledinmemory

only.Thechildrenhavevanished. Hereiswhattheysaw overthewater:abeetling headlandunderasmooth skywithmyselfabsen

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Howshallowtheminds theyplayedby!Notlikemine now,thisdarkpoolI leanoveronthatsame headland,knowingitwrinkled

(7)

佐野:R.S.トマスのロマ ン派的精神 down,gropingwithbleeding fingersfortruthstoo frighteningtobebroughtup. (ERS,71.) 歳月は追憶 の中で しか た どれない道程 (みち )だ あの頃の子 どもたちは もういない 私が立つ この場所 は あの頃彼 らが対岸 に見た もの 暖かな空の下、海 に突 き出ていた 未知の岬 何 と気楽 な心の浅瀬で 子 どもたちは遊んでいたことか 私 は今、同 じ岬の この暗い淵 を覗 き込み 「時」 とい う風 に それが波立 ち歪 むのを見 る そ してその水 に手 を入れて 引 き上げるには余 りに怖い真実 を 傷つ き血 を流す指先で探 るのだ 夢 にまで見た地。 しか し夢 はあ くまで も夢 に過 ぎないのか。失われた 「時」 を、 もはや 遡 ることは許 されないのか。想像力が呼 び覚 ま し、記憶 とい う心の倉庫で今 も生 き続 け る世界。それは所詮、過 ぎ去 った幻 なのか。悲痛 な思いで、詩人は心の淵 に真実 をまさ ぐる。

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清泉女学院短期大学研究紀要 (第20号)

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)失われた言語 ウェールズ人は元来、イングラン ド人が英語

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を持つ ように、民族独 自の言 語 として、ウェールズ語

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を持 っていた。言語 とは、他 の言語 と置 き換 え可能 の、ただの道具や記号ではない。その証拠 に、ひ とつの言語 を他 の言語 に翻訳すること は、容易 な作業ではない。問題 は、表層の語秦や構造の違いだけではない。言語の深層 には民族の心がある。独 自の精神、思想、感情、文化、歴史等が相侯 って、ひとつの言 語の深層 を形成 している。 しか し、それだけではない。同様の ことが、その言語 を母語 とす る個人の レベルで も言 える。す なわち、上記の民族性 に個人的特性が加 えられる。 言語は、個 々の感性、経験、記憶 と深 く結 びついている。言語 とは、それ を所有する人 間その ものだ。それ 自体が生命 と個性 を持 っている。それ故、詩 とい う芸術が可能 にな るのだ。言語 とは実 に不思議 な ものだ。言語 は民族のプライ ドであ り、それを所有す る 民族の肉体 にも等 しい。 しか し言語 は常 に、 この地上 における力関係の脅威 にも晒 され ている。強い言語が弱い言語 を駆逐、あるいは支配する現象は、歴史の始めか ら一般的 に目撃 されて きた。それは必ず しも戦争や侵略の結果 とは限 らない。現在の世界で英語 が 占める地位 を見れば、 この ことは一 目瞭然 だろう。 ウェールズの歴史は、ウェールズ語 にとって苦難 と屈辱の歴史で もあった。ブリテン 島においてイングラン ドが支配権 を握 って以来、 ウェールズ語 は常 に消滅の危機 に晒 さ れて きた。しか し、一民族がその言語 を奪 われるとい うことは、先 にも述べ た理由か ら、そ の民族のアイデ ンテ ィテ ィの喪失あるいは死 を意味す る

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年、 ウェールズの民族運 動の指導者のひ とり

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は、 他の仲間 と起 こしたウェールズ語専 門のテ レビ チ ャンネルを要求す る示威行動のために、翌年、裁判 にかけ られたが、その裁判での申 し立ての中で次の様 に述べ ている。

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(中村 敬著、『英語 は どんな言語か一英語の社会的特性-』、三省堂

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佐野:R.S.トマスの ロマ ン派的精神 テ レビ電波 に境界線 はない。不利 な状況 に もかかわ らず、必死で生 き延 びようとしてい るウェールズ語 を抹殺せ んばか りの勢いで、連 日テ レビか ら溢 れ出るEnglishの奔流 は、 ウェールズ人か ら言語 を奪い、少数民族 としての存続その もの さえ脅か している と

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r. Daviesは訴 える。言語 とはただの便利 な (あるいは不便 な)道具ではない。 自国語への 執着は、ただの感傷 の類ではない。言語 と人間存在の関係 は、想像以上 に本質的なもの だ。例 えば言葉の不 自由な外 国人は、周囲の人々か ら人格や知能 まで未熟 に見 られる可 能性があるが、当の本人 にとって も、借 り物の言葉 による外国暮 らしは、アイデ ンテ ィ テ ィを内側か ら狂 わせ る結果 にな りかねない。 自身の言語 を奪われた人は、ち ょうど魂 を盗 まれた人間の ように、奇妙 な違和感 (非現実感)、自己喪失感、あるいは生 きなが ら の死 を経験す るに違いないのだ。 今 日、 ウェールズ語存続への意識が高 ま り、情熱的 に擁護が叫 ばれている一方で、 こ の言語が置かれている現実 は大変厳 しい。ある調査 によれば、1981年の時点で、 ウェー ルズの総人口に対す るウェールズ語人口の割合 は、18.9パ ーセ ン トに過 ぎない とい う。 (中村、『英語 は どんな言語か』、p.57参照。) トマスの子供時代 (1910-20年代)、ウェー ルズ語 はすでに惨 めな状況 にあった。上記の調査 によれば、1801年 には80パーセ ン トを 占めていたウェールズ語人口 も、その後、急速 に減少 を続 けて、1921年 にはわずか37.1 パーセ ン トにまで落ち込 んで しまっていた。その上、都会部では、 ウェールズ語 を母語 とする人口は きわめて希薄であった と考 えられる。当時の ウェールズにおける一般的 な 家庭教育 は、子供 を英語世界 (強い言語Englishを母語 とす る世界)の一員 として育 て ることが常識であ り、 プライ ドで もあった。 トマス 自身 もWelshではな く、Englishを 母語 として育 った。彼 は、その当時の子供 にとっての ウェールズ語の状況 を、エ ッセイ の中で次の様 に述べ ている。

ItwasalsoveⅣ un-Welshinaccordancewiththeclimateoftheday.Onceayearon St.David'sDaytherewasaconcert,andintheeveningaWelshplay,when,toour surprise,WediscoveredthatquiteafewofthestaffcouldspeakWelsh.Thenumber ofWelshspeakersinWaleshasdeclineddisastrouslysincethen;andyetthereis moreWelshandWelshhistoryintheschoolsnow.Andtherearesecondaryschools whereWelshisthemedium ofinstruction,athingunheardof,whenIwasaboy.

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10 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第20号)

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学校 にお いて もウェー ルズ語 は教 育 の対 象 で は なか った。 (今 日で は事 情 は変 ってい る。) 成人 した彼 は、やがて この ことに疑問 を覚 え始 め る。幼児、父か らウェールズへ の夢 を呼 び覚 まされて以来、彼 は先祖 に対す るロマ ンテ ィックな物語 を紡 ぎ続 けた。彼 はウェールズを深 く愛 していた。それ に もかかわ らず、詩人 として

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には誰 よ り も堪能で も、 ウェールズ人であ って ウェールズ語 で詩 を書 くことが出来 ない。故郷へ の

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と相侯 って、失 われた ウェールズ、彼の心 の内 に棲 む 「本 当の ウェールズ」へ帰 還すべ く、彼 の手か ら失 われた言語

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の学習が始 まった。 トマスが

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才 の頃であ る。 この決意 にいたる経緯 を、彼 はエ ッセイの中で次 の様 に語 っている。

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年、新婚生活の落 ち着 き先 を求めて、Hammer(MaelorSaesneg)に赴任 した トマ スは、イ ングラン ドとの境 に暮 らして、 自分があ ま りに も見当違いな場所 に来た ことに 気付 く。 ウェールズの懐か しい丘陵は、彼のhiraethを煽 りたてるかの ように、はるか 西方 に遠のいて しまった。お まけに、毎晩の ように、ナチの爆撃機が頭上 を通過す るエ ンジン音 を聞 き、激 しい空襲 に驚 く。その頃彼 は、 この地 を離れ、今 も本当の ウェール ズが残 る場所 に帰 ることを夢見て、ウェールズ語 の学習 を決意するわけだが、その心 の 経緯 を述べ る語 り口は 1と2でかな り違 っている。'YLlwy brauGynt2'は-N010ne一に

2

0

年 ばか り先立 って公表 された ものだが、後者 に比べ てはるかにロマ ンチ ックな語 り口 に な って い る。 とこ ろで、 2の 「破 壊 を嫌 っ て」 (''Sohatefulwasit…tothinkofthe destruction… ") の表現 も、彼のAutobiographicaLEssayの同様の箇所 を読めば、上品 な言い換 えに見 える。AutobiographicalEssay (p.9)か らは、はっ きりと 「臆病風 に吹 かれて」("fromacowardlywish..:I)、つ ま り、爆撃 に対す る恐怖か ら、 この地 を離れる ことを決意 したことが読み取れる。同 じ出来事 を回想す るにあたって、その時 々の本人 の心模様が見 える様で興味深い。 しか し何 れに して も、戦争の破壊 によるシ ョックは、 彼 が行動 を起 こす きっか け にす ぎなか った ろ う。 なぜ な ら、その心 理 の底 には常 に hiraethが どっか りと腰 を据 えていたのだか ら。 ところで、当時の言語状況 において、 この学習の実行 にともなう苦労 は並大抵 の もの ではなかった。それで も得意の粘 り強 さで、 トマスは遂 にこの言語 をマス ターす る。 し か し、教会での説教 (theChurchinWalesではウェールズ語訳の聖書 の使用 とウェール ズ語 による礼拝が公認 されている)、講演、著作 においてこれを自由に使 い こな した彼 も、 結局 ウェールズ語で詩 を書 くことはで きなかった。それが詩の言語の もつ特殊性 とい う ものだ。

(4

)神の不在 トマスの詩のテーマ として繰 り返 しあ らわれる ものに、彼 を苦 しめる 「神 の不在感」 がある。 どう呼びかければ、神 は彼 に応 えて くれるのか。 この世の悲惨 を訴 える彼の声

(12)

12 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第20号) に、耳 を傾 けて くれるのか。 この世の生命 の根源、宇宙創造の原因であ り意志で もある 神 の存在が否定 され、ぼやけて しまった現代 にあって、実存者の不安 は底が しれない。 個 々の人間存在 は他の全ての現象 と同様、死 とともに跡形 も無 く崩壊 し、塵芥の ように 忘れ られて しまうだけなのか。私たちに与 えられているのは、ただ泥沼の ような絶望だ けなのか。物質至上主義の世界観の中で、 自己の存在の原因がただの偶然、誕生 は不条 理 な事件 と教 えられて も納得 出来 るものではない。神 を失 くした現代人が立 ち向かわね ばならないのは、無限に孤独 な宇宙 だ。そ して、帰 るところを持 たない根無 し草あるい は異邦人 としての 自己認識、決 して癒 されることのない故郷喪失感だ。そんな所か ら、 数々の悲壮感を漂わせた現代 の悲喜劇が生 まれる。一方、神 を忘 れ慢心 した物質主義者 達が支配す る人間社会 は、堕落の一途 をた どるばか りだ。 こうした時代 に、 トマスは詩 人の直観で神の存在の気配 を感 じなが らも、その証拠のはかなさ、不確 か さに苛立ち続 ける。 (1)

…..Hewillnotanymore

toourlure.Why,then,doIkneelstill strikingmyprayersonastone heart?Isitinhopeone

ofthemwilligniteyetandthrow onitsilluminedwallstheshadow

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(TTheEmptyChurch',PoemsofR.S.Thomas,122.)

もはや我等の誘いに

神が喜 ばれることは無いであろう なの になぜ、私は挽 き 冷たい石の心臓 に、祈 りを打 ちつけ続 けるのか

(13)

佐野 :R.S.トマスのロマ ン派的精神 照 らし出 された石壁 に 人知 も及ばぬ大いなる者の影 を投 じる 奇跡 はあるのだろ うか

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この大いなる不在 こそ 神の似姿 真 に迫 るその力の故 に 応答の希望 もな く私 は語 りかける 私が訪ねる部屋 は 空 しく、今居 た人の気配 を残すのみ それ とも、 まだ来ぬ人 を待つ 控 えの間か 13

(14)

14 清泉女学院短期大学研 究紀要 (第20号) 言葉は無能、方程式 をたてて も無駄 なこと 神の居ないこの空 しい実存 この空虚一神 はそれがお望みか-それだけが私の全て

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(ERS,39.) 夜毎わた しは天 に向かって 両手 をさし向ける 広大 な宇宙空間の軌道に 私の祈 りを打 ち上げる発射台だ 私の祈 りを聴いているのは誰だ 常 に目覚めなが らも沈黙 をまもる者

(15)

佐野:R.S.トマスのロマ ン派的精神 神の息吹 きは遠 くの星の 大海 に波打つ潮の満 ち干 神の庭 に禁断の木は栄 え 神 は自らの血 をその木 に注 ぎ育てる 私 は神 の顔 を見上 げる その顔 はブラ ックホールか ら輝 き出る光 に 溶けてい くのだ

Ⅱ.

自然 に宿 る神

15

Holyheadで過 ご した少年時代、 トマスが どれほ ど自然 を満喫 したかは

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YLIwybrau Gynt2-に生 き生 きと描 き出されている。一面 に茂 るハ リユニシダの トンネルや、遊 び 仲間の他 には人影 も無い海の入 り江で、少年達 は想像力 にまかせて、思 う様冒険 を楽 し んだ。 自然 を愛 し、スポーツを好み、学校の勉強には熱心ではなかった。 これについて

トマスは、-NO-One-の中で次の様 に述べ ている。

Butonemustbehonest:theboy(-Thomas)hadlittleinterestinbooks.Theopen airwashismaindelihtg ,withsportaveryclosesecond.('NO-Onel,35.)

ともか く戸外で過 ごす ことが大好 きだった と白状 している。少年 らしく、小鳥の卵 に も 興味 を持 ったが、それ よ りも自然が見せ る根源的な美や力 に心 を奪われた。 ワ-ズ ワー スに共通す る精神がそ こにはある。 この傾向か ら、 トマスはロマ ンテ ィックな青年 に成 長 してい く。大学 に入 り、ひ とり暮 らしを始めた彼 は、ある夜、 こっそ りと下宿 を抜 け 出す。ガールフレン ドに会いに行 くためではな く、月明か りに照 らされた野道 をさ迷 う ために。

(16)

16 清泉女学 院短期大学研究紀要 (第20号)

atrack besidethestream thatcamefrom FelinEsgob.Thewayledbeneaththe trees.Tawnyowlscalled:thewaterflashedandrippledunderthefullmoon;afeeling ofexhilarationatbeingoutinthecountryatnight,youngandfree,possessedme.

('AutobiographicalEssay',4.)

満月の白い光 にきらめ く川のほ とりを歩 き、暗い木立で暗 くモ リフクロウの声 に耳 を傾 け、露 に湿った草の香 りを喚 ぎ、若い彼の心 は解放感で満 たされるのだ。 前章で も述べた ように、聖職者 として、一個の人間 として、神 の不在の感覚 に悩 まさ れた トマスではあったが、詩人 としては、愛する自然 を通 して常 に神 を感 じることが出 来た。彼 は自分が、ロマ ン派の詩人、 ワ-ズ ワース と同 じ心 を持 っていることを知 って いた。 しか し、 自然界 に神や聖 なる者の宿 りを見 ることは、詩人 としては当然のことで も、聖職者の立場 にある彼の場合、キ リス ト教会か ら異端 とみなされかねない。 ところ が、 自然界 (大宇宙)の森羅万象 を媒介 として彼 に顕れることを選 んだのは、神 自身だ と、 トマスはエ ッセイの中で述べている。それ故、(神が創造 した自然 を愛する)詩人の 地位 に甘 ん じなければならない と、彼 は言 う。

Iacknowledgethevalidityofthemystics'claim toknow Godimmediately;butit wouldseemthatthedeityhaschosentomediatehimselftomeviatheworld,oreven theuniverse,ofnature.Irealize,therefore,that,becauseIhavechosentheloveof createdthings,Imaynothavereachedthehigheststatepossibletoahumanhereon earth,butmustbecontentwith thefactthatthatisthesortofpoetIam.

(-AutobiographicalEssay',19.) さらに、上記のエ ッセイの別の箇所 で、牧師 として在任 中は、「教会 に雇われる身で、聖 書 につ いての勝 手 な見解 を説 く気 は なか った」 とも述べ てい る。ぐAutobiographical Essay'は引退後書 かれた。) しか し、聖職者 と詩人の立場の間に矛盾 は無いか と人 に聞 かれると、彼 はいつ も、「キ リス トは詩人であ り、新約聖書 は詩 だ」 と答 えた。詩 として 聖書 を説 くことに矛盾 はない と、彼 は考 えていた。

(17)

佐野 :R.S.トマスのロマ ン派的精神 17

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*下線、筆者。

自然 界 は神 の創造物 で満 ち溢 れてい る。 この 自然 が、教会 以上 に教会 であ り

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私 に必要 な ものは、教会 にも似 た 丈高 く茂 った森 だ。そのステ ン ドグラスの窓の向こうに 見 えざる霊 の息づかいの下 に 確 かに別の世界があるか ら。

Ⅲ.

想像力の機能

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とは何か。それを述べ る前 に、想像力 とい うものについて考 えてみたい。 トマスは、エ ッセイの中で、詩の言葉が持つ力 (効用) について次の様 に述べ ている。

(18)

18 清泉女学院短期大学研究紀要 (第 20号)

ThenearestweapproachtoGod,he(-Coleridge)appearstosay,isascreative beings.ThepoetbyechoingtheprimaⅣ imaglnation,recreates.Throughhisworkhe forcesthosewhoreadhim todothesame,thusbringingthem nearertheprimary imaginationthemselves,andso,inaway,nearertotheactualbeingofGodas displayed in action.SoColeridgein thethirteenth ChapterofhisBiographia Literaria.Nowthepoweroftheimaginationisaunifyingpower,hencetheforceof metaphor;andthepoetisthesuprememanipulatorofmetapho

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‥Theworldneeds theunifyingpoweroftheimagination.Thetwothingswhichgiveitbestarepoetry andreligion.Sciencedestroysasitgives.("Introductionto■ThePenguinBookof ReligiousVerse…,SelectedProse,64.) 我 々人間は、創造す る者 として神 に最 も近づ くことが出来る と、 コール リッジは言い たい ようだ。詩人は、第一の想像力 を再現す ることで、再創造 を行 う。詩人はその作 品 を介 して、読者 に同様の行為 を強いる。 こう して、読者 自身 を第一の想像力の よ り 近 くに導 き、そ うすることで、生 きて活動す る真実の神 によ り近づ けることに もなる のだ。 コール リッジは、『文学評伝』の第13章で、こうしたことを述べている。 さて、 想像力 とは統合する力だ。それ故、メタファーの力だ。そ して、詩人はメタファーの 達人なのだ。… この世界は、想像力 による統合力 を必要 としている。それ を首尾 よく 為 し得 るものは、詩 と宗教 だ。科学 は、 この作用 をかたっぱ Lか ら破壊する。 ところで、ここに述べ られた'1heprimaⅣ imagination一一(第一の想像力) を理解するに は、 コール リッジ自身の言葉が必要であろう。 私 は 「想像力」 (Imagination)を第一 と第二 とに分 けて考 える。第一の想像 力 [the primaryimagination]はあ らゆる人間の生 きる力であ り、またその知覚の一番最初の 作働者である と私は主張す るが、それはまた、無限の 「神」(IAM)における永遠 な る創造作用 を、有限の心の中で反復する もので もある。第二の想像力 は前者の こだま であ り、意識的な意志 と共存す るものであるが、 しか しその作用の種類 においては第 一 と同様であって、ただその活動の度合 と様式 において異 なる もの と考 える。それは

(19)

佐野 :R.S.トマスのロマ ン派的精神 19 再創造するため に溶解 し、拡大 し、拡散 し、あるいはこの過程が不可能な場合 におい て も、なお常 に理想化 と調和統一 とに向かっで憧れる。すべ ての客体が (客体 として) 固定 した死物であるのに反 して、それはまさに本質的 に生 きた ものである。 (コール リッジ、『文学評伝』

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コールリッジの記述 を読めば、 トマスにはち ょっとした誤解があるように思 える。 トマ スは 「第一の想像力」を、万物 を創造 した神の想像力 と捉 えているようだが、コール リッ ジ自身はあ くまで も人間に属す るもの と考 えている。 しか しコール リッジにおいて も、 それは神の想像力の写 しであるわけだか ら、人間的限界の中ではあるが、ある種 の客体 (特 に言葉)に生命 を吹 き込むことも可能なのだ。科学がその方法 として、あ らゆる存在 を、物質的特性 と構成部分 に分解 して しまうのに対 して、詩 はあ りふれた、手垢 のつい た言葉 にも新 しい生命 を与 え、わ くわ くするような実体のある世界 を、読者 に再構 築 し てみせ る。 これが想像力の機能だ。詩人は直観や洞察 を伴 う想像力で、見 える世界 と見 えない世界の橋渡 しを行い、一見異質で矛盾 した事物 の共通す る本質 を見抜 くことで和 解 させ、人々が生 きるに値す る新 たな世界の ヴィジ ョンを提示 しようと試みる。そ して これを可能にす るのは、左脳 の論理ではな く、右脳 の力、 トマスが 「メタファーの力

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と呼ぶ ものだ。神の想像力の無い ところ、万物 は存在せず、人 間の想像力の無い ところ、文化 も文明 も存在 しない。想像力 とは創造 を実現す る力であ り、創造物 に生命 を吹 き込む ものである。 コール リッジの言 うように、「それはまさに本 質的に生 きた もの」 に相違 ない。 さて、問題 を

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の詩 に登場す る地名だ。そ こは、現代 の ウェールズの ように、 どこもか しこも規格化 され、電線や コンクリー トでがん じが らめにされた世界 とは別の、夢 の よ うに美 しい場所 (桃源郷)だ と、 トマスは言 う。

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,SelectedProse,166.)

(20)

20 清泉女学院短期大学研究紀要 (第 20号) [大意] …Abercuawgは、木々 と野原 と花 々 と、汚染のない澄 んだ川の領域 だ。そこではカ ッ コーが、絶 え間無 く鳴いている。そんな場所 のためならば、命 を捨 てて も惜 しくない。 トマスは、1976年のtheNationalEisteddfodで、この地名 に因んだ講演 を行 った。そこ で扱 われているのは、言葉 と存在の関係だ。例 えばシェークス ピア劇の登場人物 を考 え た場合、ハム レッ トの ように、長 く親 しまれて きたキャラクターは、実在の人物以上 に 確 かな存在感 を持つ可能性がある。私達 に特定の言葉あるいは名前 は、時 に、想像力の 中で成長 し、完全な形 を得て、 ひとり歩 きを始めることもあるのだ。 しか しそれだけで はない。言葉 は呪文の ように、それを意識化 し、口にす ることで、世界に内在す る実体 を呼び覚 ます ことも可能なのだ。

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も しもウェー ルズが、 この 国の平和 に とって相応 しい物 の こ とを知 って いれば、 Abercuawgはより近 くなるで しょう。…無 など存在 しませ ん。 しか も、人は無 を思い 描 くことな ど出来ないのです。そんなものは、頭がいつ も犯す過 ちなのです。原初の 状態 は虚無であ り、存在が生 じてその虚無 を満たす と、人は考 えが ちです。 しか し我 々 は、探 している ものが見つか らない時以外、不在 を意識す ることは出来 ませ ん。それ 故、存在 (有 ること)だけが真実 なのです。すで に述べ た ように、「無」など思い描 く ことは出来 ません。やってごらんなさい。出来ないで しょう。存在だけが常 に存在す

(21)

佐野 :R.S.トマスの ロマ ン派的精神 21 るのです。言葉の ことに戻 りま しょう。大声 で、NOTHING!と、言 って ご らんな さい。 何 の意味 もあ りませ ん。 だけ ど、Abercuawg!と叫 んで ご らんな さい。そ うす れ ば、 こだ まが呼 び覚 まされるのです。

(2

)詩人の本務 言葉 に存在 を促す (呼 び出す)力があ り、想像力が生命 を宿す もの な らば、失 われた 美 しい世界 の回復 は可能であ り、来 るべ き理想の世界の実現 を念 じるこ とに も意味が あ る。その時、人 は、今 の時 間 に徒 に押 し流 され る こ とな く、 ロマ ン派 の理想 主義 者、

P.

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シェ リーの ように、理想社会 の実現 を真剣 に思 う義務があるのか もしれ ない。 トマ スはエ ッセイの中で次 ぎの ようなことを述べ ている。

… ifwesubscribetoShelley■sdescription ofthepoetastheunacknowledged legislator,thenitisonlybyupholdingsuchanidealinpoetrythatwecanatlonglast changethepeopleandleadthem totheiressentialdignity.('SomeContemporaIY ScottishWriting',SelectedProse,38.)

民衆が変 るの を辛抱 強 く待 ち、人間の尊厳 に 目覚 め させ ることが、詩人の使命 な らば、 それは詩 を書 く行為 の中で実現 されなければな らない とい うことだ。 トマス にこの使命 感があ った ことは確 かで、TonyBrownの次 の一文が これ を裏書 きしている。

AsNedThomasandTonyConraninparticularhavepointedout,R.S.Thomas'sview ofthepoet-ssocialroleisrootedintheidealism oftheRomanticpoets,towhom he frequentlyalludesinhisessays.IntheinteⅣiewwhichhegavetoJohnOrmondin 1972heemphasizesthefactthattheword''imagination"hasforhim themeaning whichColeridgegavetoit:"thehighestmeansknowntothehumanpsycheofgetting intocontactwiththeultimatereality.''(TonyBrown,'OntheScreenofEternity', MiraculousSimplicity,186.)

(22)

22 清泉女学院短期大学研究紀要 (第20号) R.S.トマスの見解 はロマ ン派詩人達の理想主義 にその根がある。 しば しば彼 はエ ッセ イの中で、これ らの詩人にそれ とな く言及 している。1972年のJohnOrmondとのイン タヴューの中で、彼 にとって 「想像力」 とい う言葉が意味する ものは、 コール リッジ がそれに与 えた意味 と同 じである、とい う事実 を強調 している。すなわち、「究極の リ ア リテ ィに接触するために、人間の魂が知 り得 る最上の手段」 とい う意味だ。 詩人の本務 は、 自らの想像力 を駆使 して、現象 に隠 された世界の真実 を人々に示 し、民 衆の霊性 を高めることにあると、 トマスは考 えていた。 もちろんこれは、 ロマ ン派の詩 人達の信念 と共通するものだ。彼 は、詩の中で も同様の ことを述べ ている。

Butwhattodo?Doctorsinverse Beingscarcenow,mostpoets

Aretheirownpatients,compelledtotreat Themselvesfirst,theircomplaintbeing Peculiaralways.Consider,you,

Whoseroughhandsmanipulate Thefinebonesofasickculture, Whatareasofthatinfirmbody Dependsolelyonapoet'scure.

('TheCure',PoemsofR.S.Thomas,31.)

だが、 どうすればよいのだ。医者 としての詩人など 今頃は稀だ。たいていは詩人自身が 自分の患者で、一番 に自分の治療 を 迫 られている。そ して、彼 らの訴 えは いつ も風変わ りだ。 しっか り考 えてみなさい。 病 んだ時代 の、華著な身体 を操 る が さつ な手が誰の物かを。 詩人 に しか治療で きないのは

(23)

佐野 :R.S.トマスのロマ ン派的精神 その衰弱 した身体の どの部分 なのか を。 23 多 くの現代詩人は、詩人に しか出来ないはずの本来の役割 (使命) を果 たせず にいる。 彼 らはロマ ン派的精神 を時代錯誤 と決めつけ、虚無 を信奉 し、時 には、瑛末なあるいは グロテス クな実験 に心 を奪われた りしている。 これは他の芸術 に も共通 して言 えること だろう。

Ⅳ.結論 -R.

S.

トマスのロマ ン派的精神

以上 に述べて きた内容か ら、 トマスの主張する ところを箇条書 きにすれば、次の よう になるだろ う。 1.現象世界 とは別の本質的な実在の世界がある。

2.

宗教 と詩 は究極 においてひとつの ものである。 3.自然界が神の教会であ り、森羅万象 に神の存在の啓示がある。 4.詩人の本務 は、 自らの想像力 を駆使 して、すべ ての現象 に宿 る真実 を示 し、民衆 の霊性 を高めることにある。 こう列挙 してみると、彼 はワ-ズ ワース、 コール リッジ、 シェ リー といったロマ ン派の 詩人達 と同 じ精神 を持つ、現代詩人であることが分かる。 これは必ず しも、時代錯誤 を 意味す ることではない。 ひとつの時代 の中で、人はその時代 の主流 に 目を奪われて、視 野狭窄に陥る傾向がある。詩人の世界 も同 じことだ。現代 の詩人は、大宇宙の力 を感受 す るおお らか さを忘れて、物質的世界観 に囚われ、神経症的 にちっぽけな自己を思い煩 い、様 々なイデオロギーを頑 なに振 りか ざそ うとする。 トマス に して も、そ うした人間 の習性か ら完全 に解放 されているわけではない。 ところで彼の 自伝、'NO-One■は、次の様 な記述で始 まる。

(24)

24 清泉女学院短期大学研究紀要 (第20号)

then?ThisveⅣ minutewomenaregivingbirthineverycorneroftheworld.Itwas soinCardiffon29March;onebirthamongthousands.('NO-One',27.)

人 とい う生 き物 は多産だ。人類 はこの地表 を覆い尽 くしている。だか ら、子孫が絶 える心配が どこにあろう。 この瞬間にも、世界の隅々で女 たちは出産 を続 けている。

3

月29日のカーデ イフで もそ うだった。それは、数 え切れない誕生の中のひとつに過 ぎなかった。 淡々 と語 られる自己の誕生。それは、地球規模で考 えれば、毎秒繰 り返 されるほんのあ りふれた事件のひとつ に過 ぎなかったろう。 しか しこの子は、間違いな く天才 に生 まれ ついていたのだ。それに して も、 トマスは何故 この ような語 り口で 自伝 を始めたのか。 自分 自身を、「誰で もない もの」、nO-oneなどと呼 んでいるのか。 これ こそが 自分 自身 と 確信で きるもの、 自己の存在のアイデ ンテ ィテ ィを探 し求めた トマスの人生 については、 既 に述べた。だが、 自分の真の正体 を知 っている人間な ど存在す るのか。実際、人間 と は哀 しい生 き物 だ。愛や希望 を求めなが ら、絶 えず不安 に追いたて られ、その足元では、絶 望の暗い淵がぽっか りと口を開けて、人を待 ち受 けているのだ。貧困や飢餓、戦争や犯 罪か ら来る苦境 に、なす術 もな く圧倒 されている無数の人々。 自分が何者 なのか を確 か める暇 もない ままに、個人の尊厳 も意志 も押 し潰 して しまう社会構造 ・経済構造の中で、 マニュアル化 された人生 を送 る現代人。今 はあ どけない赤子 も、やがてはこの巨大 な不 幸の影 に呑み こまれて行 く。 トマスは愛児の将来 を思い、ふ と暗い気持 ちに捕 われるの だ。

Despitetheatmosphereofthenursery,thathalf-lightbeforethefire,cradling thechild,tellingitstories,wishingitGodlsblessinginitssmallcot,darkthoughts cometothepriestinthechurchporchatnight,withtheowlcalling,orlaterathis bed-side.(ERS,38.)

子 ども部屋のあの空気、暖炉 の前のほの明か り。揺 りかごを揺す り、お話 しを聞か せ、小 さなベ ッ ドで眠るものに神の祝福 を祈 りなが ら、なぜか僧侶の心 は沈 む。臭の

(25)

佐野

:R

.S.トマスの ロマ ン派 的精神 声がす る教会の入 り口で、深夜の寝床で。 25 地表 を覆い尽 くすほ ど繁殖 し、我が物顔 にこの地上 を閥歩す る人類。エ ゴの欲望 を充足 させ る為 には、他の犠牲 をも顧みず、環境破壊 を繰 り返す。地球上のあ らゆる場所 にべ たべ た とマーキ ングを行い、資源 を独 占 して慣 らず、ハ イテクと称す る玩具 はやがて ゴ ミの山を築 く。それが現代文明だ。 どれほ ど物質 を操 り、物 質に依存 し執着 して も、心 の空虚は埋 まらない。人間は鳥達に見習 うべ きだ と、 トマスは言 う。

Walestodayisalandofpylonsandwires,…alandofnew roadsfullofvisitors rushing tothesea,wheretheplantedforestsandthecaravanparksarefast swallowingtheremainingopenground.Ⅰnthefaceofallthis,R.S.Wellknewwhyhe hadbecomemoreandmoreinterestedinbirds.Sincethespiritofthecountryside hadweakened,sinceitsbeautywasbeingdestroyedbymoderndevelopments,oneof thefewpleasuresremainingtherewastoseesomeofthecreaturesstillgolngabout theirtraditionalbusiness.Birdsexistedmillionsofyearsbeforetheadventofman. Theyarebeautifulandfulloflife,andhaveadaptedperfectlytotheirownneeds,Man hasforagesyearnedtobeabletofly,andatlasthehassucceededattheexpenseof exhaustingtheearthofitsresourcesandpollutingit,andoffillingtheskywith unbearabletumult.Twiceayearmillionsofbirdsriseintotheairwithoutmuch noise,withoutanyharmfule#ectontheenvironment,towinterinwarmercountries forafewmonthsandtoreturninthespringtoraiseanewfamily.(■NO-One',99-100.)

今 日のウェールズは鉄塔 と電線の国、… 海へ と詰めかける観光客で一杯 の新 しい道路 の国だ。そ こでは人工的に植樹 された森 と、キ ャラバ ンパーク(トレーラーハ ウスキャ ンプ場)が、残 され た空 き地 を急速 に呑 み込 んで い く。 こ う した事実 を前 に、R.S. (トマス自身の こと)には、彼が ます ます野鳥 に心 を惹かれるようになった理 由が よ く 分かっていた。野 (自然) はすでに力 を奪われ、その実 も開発 によ り破壊 されてい く ばか りであったか ら、古 くか らの営みに生 きている生物の どれか を観察す ることは、 そ こに残 された数少 ない楽 しみのひ とつであった。鳥 は人類が出現する前 か ら、何百

(26)

26 清泉女学院短期大学研究紀要(第20号) 万年 も生 きて来ていた。鳥達は美 しく、生命力 にあふれていて、必要 に応 じた完壁 な 形 を獲得 していた。人類 は長年、飛行 に憧れて きた。そ して、地球資源の枯渇 と公害 と空 を揺 るがす耐 えがたい騒音 を代価 に、遂 にそれに成功 した。年 に2回、何百万 と い う鳥達が、たい した騒音 もな く、環境 も破壊せずに空の旅 に出る。冬の数 カ月 を、 温暖 な地で過 ご し、春 には子育てに戻 って来るために。 人が発明 した飛行機 は、爆音 と排気 ガスを撒 き散 らしなが ら、空 を騒がせている。鳥は 遥かな昔か ら、 ジェ ッ トには及び もつかない高度 な技術 で、 この空 を飛 び続けて きた。 泥足 で 自然界を踏みに じることもな く、他の生命 を犠牲 にす るこ ともな く、 自然の リズ ムを掻 き乱す こともな しに。結局、自らの才能 に慢心 した人類 は暴走 して、この地上 に、物 質だけのグロテス クな帝国を築 き上 げた。なぜ私たちはここにいるのか。神の本意 はど こにあるのか。 この世界のあるべ き姿はいかなる ものか。その答 は私たち自身の心の中 にある。心の内の真実の声 に耳 を塞いだまま、 この時代 の苦境 を逃れることは不可能で あろう。現象世界 に心 を奪われず、エ ゴの欲望 に押 し流 されることな く、内なる声 に耳 を傾 ける意志、本質を掘 り起 こす希望、それ こそが真の想像力であろう。

R.

S.

トマスが 現代 に鳴 らし続 けるのは、 こうしたロマ ン派的警鐘 なのだ。 [使用文献]

(1)Thomas,R.S.,Autobiographies(ed.&tr.from theWelshbyJasonWalfordDavies),

J.M.Dent,London,1997.

(2)Thomas,RS.,TheEchoesReturn SLow,Macmillan,London,1988.(published in paperback,1989.)

(3)Thomas,R.S.,SelectedProse(ed.bySandraAnstey),PoetryWalesPress,MidGlamorgan,

1986.

(4)Thomas,R.S.,PoemsofR.S.Thomas,TheUniversityofArkansasPress,Fayetteville,

1985.

(5)DavIS,William V.(ed.),MiraculousSimplicity,TheUniversityofArkansasPress,

Fayetteville, 1993.

(27)

佐野:R.S.トマスのロマ ン派的精神

ぶ りあ選書)、1976年。

(7)敬、中村、『英語はどんな言語か一英語の社会的特性-』、三省堂、1989年o

27

〔R.S.トマスが辿 ったウェールズの道〕(R.S.Thomas,Autobiographies,ⅩⅩⅩvi-vii.より必要

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