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英語教育における英語の詩と詞 小中高連携に向けた理論と実践 谷光生 山野有紀 宇都宮大学教育学部研究紀要第 69 号別刷 2019 年 3 月 4 日

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宇都宮大学教育学部研究紀要 第69号 別刷 2 0 1 9 年 3 月 4 日

谷 光生・山野 有紀

英語教育における英語の詩と詞

(2)
(3)

1. はじめに

小学校の外国語活動教材ならびに中学校・高等学校の英語教科書では,英語の詩 (poems)や歌詞 (lyrics) が取り上げられるのが常といっても過言ではない。たとえば,外国語活動用教材Hi, Friends! 1 および同書2(いずれも文部科学省,2012)ではLet’s singやLet’s chantなどのセクションが設けられ, 歌やチャンツの活動が行えるような配慮がなされている。1 また,たとえば,文部科学省検定済み中 学校用英語教科書New Crown 1(三省堂,2016)では,マザーグースの詩が三篇紹介され,同じく文 部科学省検定済み中学校用英語教科書New Horizon 2(東京書籍,2016)では,英語で詩を書く活動 が取り入れられている。2 さらにまた,文部科学省検定済み高等学校用英語教科書Power On 2(東京 書籍,2017)では,Lesson 4の英語本文でスコットランドの諸側面が紹介されているが,その関連で, スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(“Auld Lang Syne”) の歌詞が掲載されている。3

このように,どの段階における英語教育においても,英語の詩や歌詞が学習内容の一部に組み込ま れているが,これらの教材あるいはこれらを利用した活動が,各段階の教育現場で,どの程度 有意 義な形で導入されているかは,にわかには明らかではない。なぜなら,英語の詩や歌詞の指導は(少 なくとも,中学校ならびに高等学校では)英語教育のごく一部,しかも周辺に押しやられた一部であり, 決してその中心に据えられたものではなく,また体系的な指導内容や効果的な指導方法が確立されて いるわけでもないからである。 このような現状を鑑み,本稿は日本の英語教育における英語の詩と歌詞(以下,歌詞を詞とする) の指導内容および指導方法について,若干の整理を行うとともに,小中高それぞれの段階における教 育実践について報告・検討する。 本稿は谷と山野による執筆であるが,次のとおりに分担している。第1節は谷と山野が,第2節は 谷が担当している。第3節では,第3.0節を谷と山野が,第3.1節を山野が,第3.2節および第3.3節を 谷が担当している。第4節は谷と山野によるものである。

2. 英語の詩や詞とは何なのか ―詩と詞に関する基礎知識―

英語の詩や詞に関する包括的また体系的な理解はHobsbaum (1995) やSilkin (1997) などの専門書 † 宇都宮大学 教育学部 (連絡先 [email protected]宇都宮大学 教育学部 (連絡先 [email protected]

英語教育における英語の詩と詞

―小中高連携に向けた理論と実践―

Teaching English through Poems and Lyrics:

Theory and Practice for Partnerships between Primary and Secondary

Schools in Japan

谷 光生

・山野 有紀

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に譲るとして,本節では「そもそも英語の詩や詞とは何なのだろうか?」との問いを念頭に置き,そ れに対する暫定的な回答を用意する形で,日本の英語教育の現場で必要となる英語の詩や詞に関する 基礎知識を整理する。なかんずく,(ァ)韻文 (verse) と散文 (prose) の区別,(ィ)定型詩 (fixed verse) と自由詩 (free verse) の区別,(ゥ)定型詩における形式と技巧 の三つの側面に検討を加える。 なお,詩と詞の区別についてはほぼ自明なものとして取り扱い,詞については「歌唱されるべき詩が 詞である」との理解にとどめる。 さて,「そもそも英語の詩や詞とは何なのだろうか?」との問いに対しては,上の(ァ)と(ィ)の区 別を踏まえると,おおよその回答が得られる。まず(ァ)について検討する。 一般に,言語表現は韻文ないし散文に分類することが可能であるが,韻文および散文とは何を指す のだろうか――。韻文とは,言語表現自体に備わる音声や意味に特段の注意を払って用いられた言語 表現と言え,中でも特にリズムに注意が払われたものと言える。一方の散文は,そのような特段の注 意や特殊な意図がない状態で用いられる言語表現と言える。 なお,日本語における韻文,散文という二つの表現には注意が必要である。と言うのも,いずれの 表現にも文という語が含まれているため,これら表現の指示対象が文という統語単位を持ったものの みに限られるとの誤解が生じやすいからである。韻文と散文が指示する対象は,文に限られるわけで はなく,文以下の単位また文以上の単位をも含むものであり,「韻文=リズムのある文」,「散文=リ ズムのない文」のように短絡的に捉えてはならない。4 以上の韻文と散文の区別にもとづくと,英語の詩や詞は「韻文という形式を持つものである」とま ずは答えることができる。ただし,ここで二点 注意が必要となる。一つ目は韻文という形式的側面 からだけでは詩や詞を十分に特徴づけることはできない,というものである。なぜなら,韻文という 形式を備えればすぐに英語の詩や詞になるとは言えないからで,たとえば “Mirror, mirror on the wall, who’s the fairest of them all?” は韻文ではあるが,詩や詞とは言いがたい。従って,詩や詞を 特徴づける際には,韻文という形式的側面のみならず,意味的側面に関しても言及する必要がある。 本稿では,これに関しては「読み手(ないし聞き手)の知性・理性・感性あるいは想像力などにうった えるもの」であるとの簡単な特徴づけにとどめることとする。

二つ目は上の(ィ)の区別にかかわることであるが,韻文という特徴は定型詩 (fixed verse poems) やそれに準ずるものだけに見られるもので,自由詩 (free verse poems) については当てはまらない というものである。この点を確認するために,次に(ィ)を検討しよう。

概略,英語の詩や詞の基本ないし中心は定型詩であり,そこから派生したものが自由詩であると言 えるが,定型詩とは何らかの形式的な規則を遵守した詩や詞のことであり,自由詩とはそのような規 則から解き放たれた詩や詞のことである。

定型詩と自由詩の区別は,具体例を見ると,理解しやすい。次の (1) はエドワード・リア (Edward Lear) による詩「ヒゲの年寄り」で,(2) はE. E.カミングス (e e cummings) による詩「バッファロー・ ビル」である。

(1) “There was an Old Man with a beard” There was an Old Man with a beard, Who said, ‘It is just as I feared!— Two Owls and a Hen,

(5)

Four Larks and a Wren,

Have all built their nests in my beard!’ (2) “Buffalo Bill’s” Buffalo Bill’s defunct who used to ride a watersmooth-silver stallion

and break onetwothreefourfive pigeonsjustlikethat Jesus he was a handsome man

and what i want to know is how do you like your blue-eyed boy Mister Death

(1) の「ヒゲの年寄り」はリメリック (limerick) と呼ばれる種類の定型詩であるが,これは五行か らなるという規則や,(ゥ)で触れる行末韻 (tail rhyme, end rhyme) や押韻構成 (rhyme scheme) などに関する規則に従って書かれる。この詩に関しては,さしあたって,「一行目,二行目,五行目 の行末の音が [ɪəd] でそろえられ,三行目と四行目のそれは [en] でそろえられている」という規則的 な面を確認できればよい。5 (2) の「バッファロー・ビル」は自由詩であるが,行数や行末韻などの規則に縛られず,詩人の創 意工夫のまま,自由に書かれている。特殊な綴り方や作者名の表記の仕方からも,この自由という点 がうかがえる。 なお,自由詩は定型詩の言わばアンチテーゼとして編み出されたものであり,前提となる定型詩の 理解がなければ,その意義や真価を十分にとらえることはできない。この点で,詩や詞の基本ないし 中心は定型詩であると言える。6 これまでの整理に従い,さらに詩や詞の範囲を定型詩に限るとすれば,「そもそも英語の詩や詞と は何なのだろうか?」との問いに対しては,「それは,特定の規則に従った韻文であり,読み手(ない し聞き手)の知性・理性・感性あるいは想像力などにうったえるものである」と,とりあえず答える ことができる。そこで,ここで言う「特定の規則」―すなわち,(ゥ)の定型詩における形式と技巧― について,次に検討してみよう。 形式と技巧に関しては,上で行末韻および押韻構成という用語を導入したが,これら以外に韻脚 (foot),押韻 (rhyme),脚韻 (同じくrhyme),頭韻(alliteration),アソナンス (assonance),コンソ

ナンス (consonance),行内韻 (internal rhyme)を把握しておきたい。7,8 以下,(i) 韻脚,(ii) 押韻,(iii) 脚韻,(iv) 頭韻,(v) アソナンス,(vi) コンソナンス,(vii) 行末韻,(viii) 行内韻,(ix) 押韻構成 の順に確認する。

(6)

つほどの音節 (syllable) からなる。9 韻脚という単位は,音楽における小節にしばしばたとえられる が,韻脚が小節なら,音節は音符と言ってもいいだろう。なお,英語の韻脚という用語はギリシャ語 のπούς「足,脚」に由来するが,「リズムは足や脚でとるものだ」と気づけば,韻脚の謂れに納得がい くはずである。 音節は強音節(強勢のある音節)と弱音節(強勢のない音節)の二種類に分けられるが,このような強 音節と弱音節の組み合わせが一つの韻脚を構成し,そのような韻脚の反復によりリズムが生じる。10 たとえば,強弱格 (trochee) と呼ばれる韻脚は「強音節+弱音節」の組み合わせからなり,弱強格 (iamb) と呼ばれる韻脚は「弱音節+強音節」の組み合わせからなっているが,これらの組み合わせを それぞれ繰り返すことにより,詩や詞における独特のリズムが生まれる。下に具体例を示すが,韻脚 と韻脚の境界は記号「 | 」で表し,強音節は大文字,弱音節は小文字で表す。11

(3) a. 強弱格   PETer, | PETer | PUMPkin | EATer b. 弱強格   come LIVE | with ME | and BE | my LOVE

韻脚には強弱格と弱強格以外のものも存在するが,これ以上は本稿の目的を超えるものになるので, 触れない。詩や詞にはふつう(強弱格と弱強格に代表されるような)韻脚にもとづくリズムが存在す るという理解で十分である。 (ii) 押韻とは,概略,同じ音ないし似た音の存在が認められる語(や句)を繰り返し用いることで ある。「韻を踏む(こと)」という平易な日本語で言い換えてもよい。押韻の方法(すなわち,韻の踏み 方)としては,以下で見る脚韻・頭韻・アソナンス・コンソナンスが代表的である。 (iii) 脚韻(を踏む)とは,次のような押韻の仕方を言う。すなわち,語(や句)の中で最後に現れる 強音節の母音および後続の音を,近い位置にある別の語(や句)のそれらと,同じ音(ないし似ている 音)でそろえる,というものである。12 なお,その際,脚韻が踏まれる音の直前の音は,異なったも のであることが要求される。直前の音までが同じでは,単なる繰り返しとなり,面白みに欠けるから である。

具体例を少し見ておこう。rhyme /raɪm/ と sublime /sə ˈblaɪm/ のペアでは [aɪm] で脚韻が踏まれ, picky /ˈpɪk i/ と tricky / ˈtrɪk i/ のペアでは [ɪki] で脚韻が踏まれている。また,show it /ˈʃəʊ ɪt/ と know it /ˈnəʊ ɪt/ のペアでは [əʊɪt] で脚韻が踏まれている。

なお,picky と tricky のペアおよびshow it と know it のペアに示されるとおり,脚韻が踏まれる 最初の音は強音節の母音であり,弱音節の母音ではない点に注意されたい。従って,Brosnan /ˈbrɒz nən/ とbarman /ˈbɑː mən/ は脚韻を踏まない(Brosnan における語末の音節 /nən/ とbarmanにお けるそれ /mən/ は,いずれも弱音節である)。

ここで,脚韻と音節の関係について,触れておく。一般に,音節は下の (4a), (4b) に図示される ような構造を持つとされ,音節はオンセット (onset) とライム (rhyme, rime) という下位構造から なり,ライムはさらに核 (nucleus) とコーダ (coda) の下位構造からなるとされる(C は子音 (consanat),Vは母音 (vowel) を表す)。

(7)

(4) このように,基本的な音節は母音を中心とし,その左右に子音が付随した単位と言えるが,単純な 脚韻が踏まれる場合,母音と後続音の音連鎖全体は上図のライムに相当し,母音と後続音は核とコー ダにそれぞれ相当する。また,脚韻を踏む際に異なった音が要求される部分はオンセットにあたる。 英語に上のような音節構造が存在するという点に関しては音声学・音韻論の専門家の間で異論はな いと言えるが,日本語にも同様の構造が存在するのかどうかという点に関しては意見が分かれ, Labrune (2012) やKawahara (2016) などにおける近年の論争に見られるとおり,日本語音声学なら びに日本語音韻論における大きな問題の一つとなっている。その一方で,日本語には(上のような音 節とは異なる)モーラという単位が存在するとの主張は伝統的に広く受け入れられており,その存在 に疑いはないと言える。13 モーラは和歌や俳句などの日本語における定型詩に欠かせぬ単位で,日本 語母語話者なら,ほぼ問題なく同定できるものであるが,このことが逆に英語の音節構造理解のさま たげになっている面も否定できない。詳述の余裕はないが,英語の詩と詞の理解においては,日本語 のモーラとはまったく異なった音節という単位が重要な役割を果たしている点に十分に注意する必要 がある。14 (iv) 頭韻とは,近い位置にある複数の語において,強音節の最初の子音のみを同じものにそろえ ることを言う。たとえば,マザーグースの詩「六ペンスの歌」の原題 “Sing a Song of Sixpence” の /s/ 音や,above the beltにおける /b/ 音において,頭韻が踏まれている。above the beltの例からう かがえるとおり,頭韻の「頭」の意味は,「強音節の頭」が意図されており,「単語の頭」ではない。また, 現代においては,頭韻の対象となる音は主として子音のみと言ってもよいが,場合によってはAdam’ s appleやIntel Insideのように,母音を対象としていると解されるものも認められる。

なお,命名の際には,たとえばMarilyn Monroe(芸名),Peter Pan(架空の人物名), Pride and Prejudice(小説のタイトル),PowerPoint(商品名)のように,頭韻の効果を狙うことが多い。

(v) アソナンスとは,近い位置にある複数の語において,強音節の母音(と後続の弱音節の母音) のみが一致する押韻のことである。たとえば,take /teɪk/ と fate /feɪt/ のペアや baby /ˈbeɪb i/ と lady /ˈleɪd i/ のペアにアソナンスが見られる。また,映画『マイ・フェア・レディ』(1964) などの中 で,発音練習用の文として用いられたセリフ “The rain in Spain stays mainly on the plain.” は,アソ ナンスがたくみに取り入れられている。

(vi) コンソナンスとは,近い位置にある複数の語において,強音節の母音が異なり,後続の子音が 一致する押韻のことである。たとえば,first / fɜːst / と last /lɑːst/ のペアやcoming /ˈkʌm ɪŋ/ と home /həʊm/ のペアにコンソナンスが確認される([st] という子音連鎖および [m] 音に注意されたい)。 なお,広義のコンソナンスには,強音節の母音の直前に現れる子音を対象とすることもある。従っ

a. Syllable b. Syllable

Onset Rhyme Onset Rhyme

Nucleus Coda Nucleus Coda

C V C CC V CC

(8)

て,たとえばKit Kat(商品名)では,[t] 音は当然コンソナンスであるが,[k] 音もコンソナンスであ ると捉えられる場合がある(また,この [k] 音は頭韻の例でもある)。 さて,脚韻・頭韻・アソナンス・コンソナンスは,いずれも押韻の仕方を問題としたものだが,次 に見る行末韻と行内韻では,押韻された要素が詩や詞のどこに現れるのかという点が問題となる。 (vii) 行末韻は,その名のとおり,押韻された要素が,詩や詞の行末に現れる場合のことを言う。 行末韻の押韻の方法は脚韻である。 具体的に見てみると,たとえば,マザーグースの詩として日本でもなじみの深い「子猫ちゃん」の 冒頭二行は下のとおりだが,行末のbeen /biːn/ とQueen /kwiːn/ の二語で脚韻が踏まれている。15 (5) Pussycat, pussycat, where have you been?

I’ve been to London to visit the Queen.

行末韻が認められる語(や句)は,(5) のような連続する二行に限って現れるのではなく,たとえ ば一行目と三行目あるいは一行目と五行目のように不連続な行に現れる場合もある。また,行末韻が 認められる語(や句)が合計三行以上にわたって用いられる場合もある。先に見た (1) では,一行目, 二行目,五行目の三行にわたる行末韻が認められる。 (viii) 行内韻は,押韻される要素が一つの行の内部(内側)に現れる場合や,異なった行の内部に現 れる場合のことを言う。行内韻の押韻の方法も脚韻である。 たとえば,すぐ上で見た (5) の二行目内部の語beenは,同行行末の語Queenと行内韻を踏んでいる。 また,下の (6) はアメリカ人歌手レスリー・ゴーア (Lesley Gore) の歌う「レディになりたい」(“Treat Me Like a Lady”) (1966) の冒頭部分の詞であるが,一行目の look と book および二行目の took と lookが,それぞれ行内韻を踏んでいる。

(6) I know I look like an open book But if you took another look

ついでながら,この詞では,一行目末のbookと二行目末のlookにおいて,行末韻も認められ,ま ことに技巧の凝らされた詞であると言える。 (ix) 押韻構成は,行末韻が詩や詞全体の中でどのようなパターンを持って配置されるかを問題と する。押韻構成はスタンザ (stanza) ―すなわち,詩や詞における段落― と密接な関係を持ち,スタ ンザとの関連なしには本来語れないが,本稿ではこの点には触れないこととする。 押韻構成とはどのようなものか,具体的に確認してみよう。下は「ジャックとジル」と呼ばれるマ ザー・グースの詩であるが,この詩は,各行の右端の大文字のアルファベットで示されるとおり,A A B C C B という押韻構成で書かれている。

(7) “Jack and Jill”

Jack and Jill A Went up the hill, A To fetch a pail of water; B

(9)

Jack fell down C And broke his crown, C And Jill came tumbling after. B

すなわち,この詩では,Aで示される行末韻(すなわち,[ɪl])が一行目と二行目に配置され,Cで 示される行末韻(すなわち,[aʊn])が四行目と五行目に配置される。また,Bで示される行末韻(すな わち,[ɔːtə] と [ɑːftə])は三行目と六行目に配置される。16 さらに,前半三行と後半三行が,いずれも X X B というパターンで構成されている。 もう一つ具体例を見てみよう。下はジャズのスタンダード・ナンバー「デイ・バイ・デイ」からの 詞である。 (8) “Day by Day”

Day by day I’m falling more in love with you A And day by day my love seems to grow B There isn’t any end to my devotion C It’s deeper dear by far than any ocean C I find that day by day you’re making all my dreams come true A So come what may I want you to know B I’m yours alone, and I’m in love to stay D As we go through the years day by day D

この詞の押韻構成を理解するためには,詞の一番と二番の両方(すなわち,詞全体)に目を向ける 必要があり,一番だけないし二番だけのように,いずれか片方だけに注意を払っても仕方がない。な ぜなら,大文字のアルファベットに示されるとおり,一番の一行目は二番の一行目と行末韻を踏んで おり,一番の二行目は二番の二行目と行末韻を踏んでいるからである。また,一番と二番が A B X X という構成をなしている点にも注意が必要である。 以上のとおり,(ゥ)の定型詩における形式と技巧に関して,(i) から (ix) までの九つの点につい て簡単に検討を加えたが,詩と詞の理解には,(i) から (vi) までの局所的な目配り,(vii) と (viii) の中間的な目配り,そして (ix) の全体的な目配りが最低限 必要となる。 さて,ここで,本節で念頭に置いてきた問い ―「そもそも英語の詩や詞とは何なのだろうか?」 ― に戻ると,その回答は「それは,韻脚や押韻などの規則に従った韻文であり,読み手(ないし聞き手) の知性・理性・感性あるいは想像力などにうったえるものである」と言うことができる。 英語の詩や詞を教育現場へ導入する際には,その正体を上のとおり捉えたうえで指導にあたると, より良い英語教育につながるものと考えられる。

3. 英語の詩や詞 ―教育上の意義と教育実践―

本節では,小学校・中学校・高等学校で詩や詞を用いた教育実践に関して論ずるとともに,その教 育上の意義や指導の改善法について触れる。

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3.1. 小学校 マザーグースの詩などの英語の詩や詞は,これまでの日本の英語教育でどのような取り扱いを受け てきたのだろうか。また,歌の活動を日本の教育現場に導入する教育的意義とはどのようなものだろ うか。ここでは,これらの点に関して,小学校での英語教育に焦点をしぼったうえで検討を加えると ともに,その教育実践についても簡単に言及する。 これまでの日本の英語教育では,英語の詩や詞やあるいは歌の活動に関して,その活用が最も推奨 されてきたのは,小学校段階における外国語活動においてであると言える。2008年度および2011年 度に文部科学省から配布された英語教材『英語ノート』およびHi, Friends! においては詞や歌をとりい れた活動が導入されているが,これら以外の小学校英語教育向けの教材でも詞や歌を扱っているもの が実に多い。鳥飼 (2006:95) では英語の歌は「小学校英語の三種の神器」の一つであるとも指摘され ている。 このような背景には,2008年に告示された小学校学習指導要領の影響があると言え,同要領にお ける外国語教育の目標には,「言語や文化について体験的に理解」させ,「外国語の音声や基本的な表 現に慣れ親しませ」るなどの文言が含まれている。さらに同要領の『解説 外国語活動編』では,「英語 で歌ったりチャンツをしたりすることを通して,英語独特のリズムやイントネーションを体得するこ とにより,児童が日本語と英語との音声面等の違いに気付くことになる」とも指摘されている (p. 13)。 高橋・柳 (2011) や岡・金森 (2012) では,詞や歌をとりいれた教育的意義として,英語圏の文化 に触れられること,および英語表現に慣れ親しめることの二点が挙げられているが,これは学習指導 要領に明記された上述の目的とも重なる。また,樋口 (2005) ならびに樋口 (2010) ではさらなる教 育的意義についても論じられ,詞や歌は児童が楽しいと感じられる活動の一つであるとともに,英語 の音声ならびにその他の特徴に無意識に触れられる機会でもあり,英語の自然な定着が促進されると 述べられている。17 詩や詞あるいは歌の活用は,海外の英語教育においても導入されている。たとえばイギリスでは, 同国教育省による指導書Letters and Sounds: Principles and Practice of High Quality (2007) に示さ れるとおり,第2節で示されたような英語の音声・音韻の気づきとの関連で,詩や詞あるいは歌の導 入が促されている。また,同指導書では,英語の音声・音韻に関する段階的指導手順が示されている が,英語学習導入期においては,概略,「リズム→脚韻→頭韻→分節音」の順での指導が有効である とされている。 なお,このような段階的指導は,英語を母語とする児童はもとより,日本の児童にも必要不可欠で あるとの指摘が多くの研究者によりなされている(たとえば,アレン (2010),チェン (2015),村上 (2015),池田 (2016),柏木・中田 (2018))。一般に,日本語母語話者にとって,日本語表現におけ るモーラは容易に意識することができるものであるが,英語表現における音節を認識ないし把握する ことにはかなりの困難が生ずるためである。18 この点に関連し,村上・チェン (2017) では音韻認識 に対する指導の必要性が唱えられ,酒井 (2017) ではその際にマザーグースの詩が有効であるとの見 解が示されている。 マザーグースの詩には,脚韻や頭韻への気づきを促す教材として優れたものが多く存在するが,以 下で「ハンプティ・ダンプティ」と「豆のお粥は熱く」の二編を取り上げ,小学校における教育実践の 一助とする。

(11)

(9) “Humpty Dumpty”

Humpty Dumpty sat on a wall, Humpty Dumpty had a great fall.

All the King’s horses, And all the King’s men Couldn’t put Humpty together again.

(10) “Pease Porridge Hot” Pease porridge hot, Pease porridge cold, Pease porridge in the pot Nine days old.

これらマザーグースの詩を使用して歌の活動を行う際,児童にペアを作らせ,二人そろって手遊び をさせるが,これにより脚韻や頭韻の気づきを促すことが可能である。具体的には,脚韻や頭韻が認 められる部分で,相手と自分の手を合わせるように指示を出し,脚韻や頭韻を体感させる。詳しい指 示の出し方は YouTube でも紹介されており,マザーグースの詩のタイトルとともに clapping game というキーワードを入力すれば,目的の検索結果が容易に得られる。

なお,(9) はHumptyとDumptyにおける [ʌmpti] およびwallとfallにおける [ɔːl] などの脚韻への 気づきを促すのに適しており,(10) はhot と pot における [ɒt] およびcold と old における [əʊld] の 脚韻に加え,pease と porridge と pot における頭韻 [p] への気づきにも効果的である。

このような活動に際しては,指導者はその意義を十分に把握して,指導にあたる必要がある。すな わち,指導者は当該の活動が脚韻や頭韻などへの気づきにつながるものだとの意識を持って活動を支 えるべきで,それが決して「文化理解」や「音への慣れ親しみ」のためだけにあるのではないとの認識 が必要である。指導者が「ここでは脚韻として [ɔːl] や [əʊld] などが認められ,頭韻には [p] が認めら れる」との理解のうえで指導にあたるのと,そのような理解なしに指導にあたるのでは,児童に対す る教育上の影響もしくは効果が大きく異なってくるはずである。 2017年度には新学習指導要領が公示され,小学校高学年での読み書き指導が新たに導入されたが, その指導に際しては音声・音韻を中心とした気づきをまずは促し,そこから読み書きに繋げるべきと の指針が示されている。文部科学省から配布された新英語教材 We can! では,[æt] や [ɪʃ] などを例 として,脚韻が具体的に取り上げられてもいる。第2節の内容を土台とし,ここで示したような教育 実践を行うことは,今後ますます重要になってくるはずである。 3.2. 中学校 ここでは,ある中学校で行われた教育実践(中学校教員による実際の授業)の様子を紹介し,第2節 での知見を活かした,より効果的な指導法について検討する。 筆者は,2018年5月に東京都内のある私立中学校において,中学1年生を対象とした英語の授業を 参観する機会を得た。クラス・サイズは20数名である。参観した授業では,開始の際,ウォーミング・ アップの一部として歌の活動が取り入れられていたが,その際,ミュージカルや映画の『サウンド・

(12)

オブ・ミュージック』の挿入歌として知られる「エーデルワイス」が用いられていた。生徒は「エーデ ルワイス」の詞およびその日本語訳が印刷されたプリントを各自一枚ずつ持ち,それを見ながら,音 楽CD再生機から流れる「エーデルワイス」に合わせ,歌った。教員も随唱した。下の画像は授業で実 際に用いられたプリントである。 画像 配布されたプリント 画像から分かるとおり,プリントに印刷されている詞の一部は空欄となっており,中学1年生の5 月頃の時点で重要と考えられる語には生徒の意識が集中されるように工夫されている。なお,この歌 の活動は数回前の授業から続けて行われており,初回の活動の際には,生徒はこの曲が使用された映 画の一場面を鑑賞し,その後,詞についての簡単な説明も教員から受けている。筆者が参観した折り には,生徒は,語彙や文法などで理解の及ばないところがあるようであったが,みな詞を見ながらと りあえず歌えるようになっていた。 さて,この歌の活動に対して,どのような工夫をさらに加えれば,よりよい指導となるであろうか。 詞を印刷したプリントの内容に関しては,第2節での知見を活かし,たとえば下の (11) のような体 裁のものを用意してはどうかと考えらえる。 (11) “Edelweiss”

Edelweiss, edelweiss, / ˈeɪd əl vaɪs / A every morning you greet me. / ˈɡriːt miː / B Small and white, clean and bright, / braɪt / A you look happy to meet me. / ˈmiːt miː / B Blossom of snow, may you bloom and grow, bloom and grow ( ).

(13)

Edelweiss, edelweiss, bless my homeland ( ). 上のような体裁は,第2節で検討した詩や詞の形式と技巧を中心として,考えられる工夫をできる だけ可視化したものであるが,このような工夫を詞一般に適用できるように要点を箇条書きにすると, 次の (12) のようになる。 (12) a. 原詞にカンマやピリオドなどの句点がない場合は,てきぎ加える。 b. 一番,二番などの間には空行を挿入する。 c. 一番,二番などの内部においても,下位構造を示すために空行を挿入する。 (たとえば,AABA形式 (AABA song form) の曲においては,AやBの間に空行 を挿入し,ヴァース=コーラス形式 (verse-chorus form) の曲においては,ヴァース 部 (verse),ブリッジ部 (bridge),コーラス部 (chorus) の間に空行を挿入する。) d. 下位構造はてきぎインデントする。 e. 行末韻の対象となる語や句には,発音記号を添える。 f. 行内韻の対象となる語や句には,二重線を引く。 g. 頭韻の対象となるアルファベットは太字にする(さらに下線を引く)。 h. アソナンス,コンソナンスには,波線を引く。 i. 押韻構成を示すために,大文字のアルファベットを行の右端近くに置く。 j. スタンザやコーラス部などで単純な繰り返しが行われる場合は,その部分 を省略し,その代わりに繰り返しを表す何らかの記号を用いる。 k. 繰り返し出てくるキーワードで簡単なものは,てきぎ空欄にする。 最初の要点 (12a) は,中学生が文構造を把握しやすいようにとの配慮にもとづくものである。原 詞の句読法を改変することは,芸術作品に無断で手を加えることを意味するので,本来はなされるべ きことではないが,教育上の配慮として必要と考えられる。 続く (12b) と (12c) は,スタンザにほぼ相当する部分を空行で区分けして,スタンザを視認しや すいようにすることを目的としている。(12b) は一番,二番など,詞(ないし曲)における最大の構 造を区分すべきという趣旨である。(12c) は一番,二番などの内部においても,下位構造を示すため に区分が必要であるというものである。 なお,AABA形式およびヴァース=コーラス形式とは,ポップス,ロック,ジャズなどにおける 楽曲をその構造にもとづき分類したもので,AやBの部分あるいはヴァース部やコーラス部などは, 全体の構造をなす部分である。(11) の「エーデルワイス」はAABA形式で書かれた楽曲で,四つの要 素からなるが,それらの四つの要素は,(11) における四つのスタンザに対応する。 (12d) も視認のしやすさを目的としているが,下位構造をさらに把握しやすくするために,インデ ントを用いるべきというものである。(11) の「エーデルワイス」では,Bの部分がまず大きくインデ ントされ,先行する二つのAの部分とは異なることが明瞭に示されている。最後のAの部分は最初 の二つのAの部分と同じ種類の要素のため,インデントなしでもよいが,ここでは最終部というこ とを示すために,Bよりは控えめなインデントを施している。

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(12e) は行末韻を把握させるためものであるが,どのように押韻しているか,またどの行とどの行 が押韻しているかを明らかにするために,発音記号を添えている。生徒の余裕に応じて発音記号の細 かな説明を試みてもよいだろうし,発音記号が生徒の負担を増やすようなら,これは省略してもよい と考えられる。ただし,その場合でも,行末韻を感じさせるような何らかの工夫が必要であろう。 (12f) は行内韻を示すためのもので,ここでは二重線を用いるとしているが,他の種類の線でも一 向に差し支えない。 (12g) は頭韻を示すためのものである。頭韻の対象となるアルファベットを太字にしただけでは, 印刷されたプリント上で目立たない場合があるので,下線を加えてもよさそうである。 (12h) はアソナンスとコンソナンスを示すためのものである。行内韻と区別するため,波線で示す。 (12i) は押韻構成を示すために一般的に用いられる方法で,ここ特有の方法ではない。 (12j) は単純な繰り返し部分を省略し,生徒の負担を軽減させてはどうかという趣旨である。省略 の方法としては,たとえば,繰り返しの対象となる最初のスタンザの頭にアステリスク「*」を置き, それが繰り返される際には「*(repeat)」のように表示してはどうかと考えられる。 (12k) は活動におけるアクティブな部分をできるだけ増やすための工夫である。歌の活動の初回時 には生徒に曲を聞かせることになるはずだが,その際に詞のリスニングの一環として,空欄補充の聞 き取りをさせてはどうだろうか。一度での聞き取りは困難であろうから,繰り返し歌われるキーワー ド的なもの(で,できるたけ簡単なもの)を空欄にするのがよいと考えられる。 ここで,筆者が参観する機会を得た教育実践での歌の活動について振り返ると,生徒に配布された プリント(先に挙げた画像)は,(12) に示される要点を今少し取り入れてよいのではないかと考えら れる。と言うのも,配布されたプリントのままでは,歌の活動における意義があまり明確に示されて おらず,生徒はただ漫然と歌を歌うという状況に陥る可能性があるからである。 中学校段階における歌の活動の意義には下に挙げるようなものが含まれると考えられるが,特に (13b) の意義がこの活動にとって中心的なものと考えられる。 (13) a. ウォーミング・アップ(すなわち,授業の雰囲気づくり) b. 英語の音声や音韻に対する気づき,および実践的な発音練習 c. 英語圏の文化や社会との接触による英語学習の動機づけ d. 語彙や文法に関する補助的あるいは発展的な学習 歌の活動は数回の授業にわたり一曲を繰り返し用いるのが通例であるが,この特徴を生かせば,あ まり無理のない範囲で (12) の要点を部分的に取り入れられそうである。すなわち,(12e) の行末韻, (12f) の行内韻,(12g) の頭韻程度の情報を配布プリントに明示し,(13b) の意義をより鮮明なもの とすると同時に,繰り返しの中でこれらの情報を少しずつあるいは反復的に提示していけばよいと考 えられる。 なお,配布プリントに日本語訳を掲載する場合には,日本語訳もできるだけ韻文で示し,活動で歌 うことになる詞がそもそも韻文であるということを生徒に一層意識させてはどうかと考えられる。日 本語における韻文とは,「5と7の調子にもとづく俳句や和歌あるいは標語のようなもの」と言えば生 徒には理解が早いはずである。

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に対して,「小さく白く 澄んで輝くその姿」との訳が与えられており,少なくともこの部分に関し ては,調子のよい韻文となっている。ただし,詞の句読法からもうかがえるとおり,英語では「小さ くて,白い」が一つの単位として提示され,「澄んでいて,輝いている」がまた別の一つの単位として 提示されている。このことは,それぞれの単位における後ろの形容詞whiteとbrightで行内韻が踏ま れていることからも理解される。「小さく白く 澄んで輝くその姿」という日本語訳では,「小さい」 と「白い」が「澄む」を修飾することになり,詞の意図を伝えてない。より忠実な日本語訳としては, たとえば「白き可憐と 無垢の輝き」のようになりそうである。 3.3. 高等学校 ここでは,高校生を対象として筆者が行った「出前授業」の内容の一部を紹介し,英語の詩の教育 実践について検討する。なお,出前授業とは企業や大学が小中高生に向けて無償で提供する授業で, 企業や大学に所属するものが講師として小学校・中学校・高等学校を訪れ,授業を出前のような形で 届けるもののことを言う。 さて,英語に苦手意識を持つ高校生にも,英語の詩に(また英語自体に)興味を持ってもらうために, まずは彼らの関心を引きたいが,そのような際には彼らに親しみのある素材を用意するのがよさそう である。そういった素材の一つにA.A. ミルンによる『クマのプーさん』(Winnie-the-Pooh) がある。19 『クマのプーさん』では,物語の進展上,詩に重要な役割が課せられている。プーはその物語世界 において一番の詩人であるとされ,多くの詩を吟じるからである。このため,物語を理解し,また楽 しむためには,詩に関する基本的な知識が必須のものとなる。次の詩を見てみよう。

(14) How sweet to be a Cloud Floating in the Blue! Every little cloud Always sings aloud. “How sweet to be a Cloud Floating in the Blue!” It makes him very proud To be a little cloud. この詩は『クマのプーさん』の第1話後半でプーが歌うものとして導入されるが,比較的簡単な語彙 と文法で書かれているため,高校生にとってもそれほど敷居の高くないものと考えられる。プーがこ の詩を吟じるのは,次のような場面においてである――。プーは木の上にある蜂の巣から蜂蜜を採ろ うとし,青い風船につかまって,木の上まで浮かんでいく。だが,プーは蜂にあやしまれる。プーは 自分があやしいものではなく,ただの雲にしかすぎないとして,この詩を吟じて,蜂をなんとかごま かそうとする。 さて,筆者の教育実践では,この部分の英語が詩であるとの認識を高校生にまず持ってもらうため, 第2節での知識 ―特に行末韻と押韻構成― を具体例とともに簡単に与える。次にその知識を用いて, この詩ではどのような形式や技巧が用いられているか,考える時間を用意する。その際,『クマのプー

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さん』の朗読CDを利用したり,筆者による詩の朗読も随時行ったりする。すると,ほぼすべての高 校生がcloud, aloud, proudで行末韻が踏まれていること,および押韻構成がA A B A(第一スタンザ), A’ A’ B A’(第二スタンザ)のようになっていることを難なく理解する。さらに,ここで確認したよう な詩の形式や技巧が,他の詩にも当然のものとして用いられている点を指摘する。 この次の段階として,詩の解釈(意味内容の確認)についても高校生に挑戦してもらう。その際,「な ぜ第一スタンザでalwaysが斜体字で書かれているのだろう」「なぜ第二スタンザの最初の二行は引用 符でくくられているのだろう」「なぜsweetという語をプーは用いているのだろう」「プーはそもそも なぜこの詩を歌うのだろう」などの問いをこちらから投げかけ,解釈の足掛かりとしてもらう。紙幅 の関係で,本稿ではこれらの点に十分に触れることができないが,詩を理解するためには当然ながら 解釈という側面が要求される。一点だけ付言すると,この詩でsweetという語が用いられている理由 は,「(雲でいることは)素敵だ」という表面上の意味を読者に伝えたいだけではなく,「蜂蜜と言えば 甘い」という連想を読者に期待しているからというものである。

4. 小中高の連携に向けて

小中高連携を見据えた英語教育の重要性が高まるなか,詩と詞の活用に関してもその点からの考察 や研究がなされるべきであるが,今のところ,よりどころとなるようなものは見当たらず,場当たり 的な活用にとどまっているようである。小中高の各段階において,詩と詞の導入が異論なく行われて いる事実を鑑みると,やや特異な状況と言える。 詩と詞の活用に関して,その教育的意義や教育上の目的,英語学習の進度・習熟度に応じた導入の 仕方などを包括的に論じることは本稿の目的をはるかに超えたものとなるが,小中高の連携という点 から詩と詞の活用をより明確に位置づけるなら,次のようになるだろうか。すなわち,小学校におい ては英語の音声・音韻への気づきのための主たる活動の一つとして,中学校においては発音練習を兼 ねたウォーミング・アップ活動の一つとして,高等学校においては発音記号への習熟および英語圏文 化・英語圏社会に対するより深い学びのための発展的活動の一つとして,詩と詞の活用を位置づける。 このような位置づけを通し,小中高の各段階でのより有効な指導内容や指導法を帰納的に集約し,今 後の小中高連携を捉えてはどうかと考えられる。

1. 厳密には歌とチャンツは異なるものであるが,ここではそれらの異同は問わないものとする。 2. 本稿では「マザーグースの詩」という表現により,英語における “mother goose rhymes”ないし

“nursery rhymes” を指すものとする。 3. 「オールド・ラング・サイン」は,日本では「蛍の光」の原曲として広く知られている。 4. 同様のことは,文法という日本語表現についてもあてはまる。一般に,文法という領域に文以下 の単位や文以上の単位も含まれ,「文法=文の規則」という捉え方は不十分である。 5. 本文で示される発音は,いずれも標準イギリス英語のそれである。 6. ただし,詞においては,おそらく歌唱との関係で,定型詩の形式を持たないものは一般に容認さ れず,評価の低いものとなる。 7. 韻脚と脚韻は,日本語表現としては紛らわしいものだが,以下の本文で述べられるとおり,両者 はまったくの別物である。なお,韻脚は詩脚や音歩と呼ばれることもある。

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8. 英語表現の “rhyme” も紛らわしく,押韻も脚韻も “rhyme” である。さらにこの “rhyme” は,「(マ ザーグースの詩のような)短い詩や詞」,また「韻を踏む語」という意味を表すこともある。この やや面倒な状況に一層の拍車をかけることになるが,後続の本文では音節の下位構造をなす一つ の単位として,“rhyme” と呼ばれるものが存在することについても触れる。それぞれの “rhyme” は別のものを指示しているので,十分な注意が必要である。 9. 音節は音声学上規定されるものと,書記言語上規定されるものを区別しなければならない。ここ では詳述の余裕がないが,一般の英英辞典や英和辞典の見出しに示される分割記号は書記言語上 の音節を示し,音声学上の音節ではない。たとえば,『ジーニアス英和辞典』(大修館書店,第5版) で “happy” を引くと,その見出しとして「hap・py」とあるが,これは書記言語上の音節が示さ れている。音声学上の音節としては,おおよそ「happ・y」のように表すことができる。詩や詞で 音節が問題となるのは,音声学上の音節である。 10. 強音節と弱音節の区別と,強母音と弱母音は母音の区別は,別物である。強音節は強勢のある音 節で,弱音節は強勢のない音節である。強母音とは /ə, i, u/ を除くすべての母音のことで,強音 節に現れること多いが,弱音節に現れる場合 (例えば,acorn /ˈeɪk ɔːn / ) もある。弱母音は /ə, i, u/ および多くの場合の /ɪ/,またまれに /ʊ/ である。これらの弱母音が現れ,強勢を持たない 音節が弱音節である。

11. (3a) は「カボチャ食いのピーター」(“Pete Peter Pumpkin Eater”) と呼ばれるマザーグースの歌 の冒頭部分で,(3b) はクリストファー・マーロー (Christopher Marlowe) による詩「情熱の羊 飼いが恋人に寄せて」(“The Passionate Shepard to His Love”) の冒頭部分である。

12. 脚韻は多くの場合,母音と後続の音を対象に踏まれるが,後続音が存在せず,母音だけが対象と なってもかまわない。たとえば,bar /bɑː/ とspa /spɑː/ は脚韻を踏んでいる。 13. モーラ方言に分類される東京方言や近畿方言などではモーラの存在が認められるが,東北北部や 九州南部に分布するシラビーム方言ではモーラの存在が弱く,英語における音節のような単位が 優勢である。このため,ここでの議論は慎重になる必要がある。 14. 英語教育関係の文献では,日本語のモーラに対して音節という用語があてはめられている場合が 多々あり,注意が必要である。本文の繰り返しとなるが,日本語のモーラと英語の音節は異なっ た単位であり,日本語に音節の存在を認める立場のもとでは,日本語の内部においても,モーラ と音節は異なった単位となる。なお,文部科学省の『小学校学習指導要領解説 外国語活動・外国 語編』(2017:26) に「例えば,日本語のミルク(mi-ru-ku)は3音節であるが,(…)」との記述があ るが,ここでの音節が何を指示しているのか不明瞭であり,不用意な言葉遣いと言える。 15. 標準アメリカ英語においては,beenの発音は /bɪn/ であるため,Queen /kwiːn/ と脚韻を踏ん

でいるとは言えない(あるいはできの悪い脚韻である)。

16. ここでの行末韻は,本文で示される発音記号からも分るとおり,あまりできのよいものではない。 ただし,waterとafterには本文では触れていない視覚韻 (eye rhyme) が認められ,詩的効果を 上げている。視覚韻とは視覚における押韻で,発音は異なっても,綴り字が同じであれば(ある いは似ていれば)よいというような押韻のことである。たとえば,daughterとlaughterやheight とweightが視覚韻の例である。

17. その一方で,歌をとりいれた児童の発達段階を考慮した具体的指導や教材の精査が不十分である との指摘もある(たとえば長谷川 (2011))。

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18. シラビーム方言の話者にとっては,英語の音節の把握が容易である可能性があるが,そのような 話者と英語の音声・音韻の習得に関する関係がどのようになっているか,現在のところ不明である。 19. 筆者の接触した範囲に限られるが,ほとんどの高校生はプーがディズニーのキャラクターでしか ないとの誤解を抱いている。プーが実はイギリスの児童文学作品『クマのプーさん』およびその 関連の作品に登場するクマであり,ディズニーはそれをアニメ化したり,商品化したりしている のだと知らせると,彼らは一様に驚く。 平成30年10月1日受理

参考文献

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酒井英樹 (2017)「マザーグース」,『小学校で英語を教えるためのミニマム・エッセンシャルズ―小 学校外国語科内容論―』,酒井英樹・滝沢雄一・亘理陽一編著,三省堂,東京,174. 高橋美由紀・柳善和 (2011)『新しい小学校英語科教育法』,協同出版,東京. チェン敦子 (2016)「小学校外国語活動における音韻意識指導の試み―『聞こえ度』を捉えさせる音節 指導―研究ノート」,『神戸山手短期大学紀要』第59号, pp. 65-80. 鳥飼久美子 (2006)『危うし!小学校英語』,文芸春秋,東京. 長谷川修治 (2010)「小学校英語教育における『歌・踊り・ゲーム』の研究」,『植草学園大学研究紀要』 第3号, 59-68. 樋口忠彦編 (2005)『これからの小学校英語教育』,研究社,東京. 樋口忠彦編 (2010)『小学校英語教育の展開』,研究社,東京. 村上加代子 (2015)「英語の学習初期における読み書き指導の在り方の検討―基礎的な力としてのデコー ディングと音韻意識スキル獲得の必要性について―」『神戸山手短期大学紀要』第 58 号, 57-73. 村上加代子・チェン敦子(2017)「音声から文字へ―小学校でみにつけたい音から文字―」,『言語習 得から見る小中連携の英語教育―文の仕組みへの気づき・音声から文字へ・CLIL-』,中部地区 英語教育学会課題別研究プロジェクト2016年―2017年報告書, 43-50.

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Silkin, Jon (1997) The Life of Metrical and Free Verse in Twentieth-Century Poetry, Macmillan, London.

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(20)

TANI Mitsuo and YAMANO Yuki

Teaching English through Poems and Lyrics:

Theory and Practice for Partnerships between

参照

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