ブラーニングと対話の楽しみを教室および 家庭で
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著者
片山 美由紀
著者別名
KATAYAMA Miyuki
雑誌名
東洋大学社会学部紀要
巻
54
号
1
ページ
83-95
発行年
2016-12
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00008667/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止小学生の「読書感想文」と「大学における学び」そして大学入試改革
―読書感想を柱とするアクティブラーニングと対話の楽しみを教室および
家庭で―
Common Elements between Elementary School Pupils
Book Reports and Learning at University or Entrance
Examination Reforms: Active Learning
(AL) and Colloquies
in Classrooms and at Home involving Book Reports
片山 美由紀
Miyuki KATAYAMA
【構成】 1 .はじめに 2 .読書感想文は嫌われている:「思考力・判断力・表現力」は? 3 .読書感想文指南書の分析:大学学部教育との共通性 3 1 .指導方式の整理 発問提示方式 枠組み提案方式 内容優先提案方式 国外からの参入方式 3 2 .大学教育との通底部分 4 .「読書感想文」という素材のリスクと応用 5 .読書感想文を学びの拠点とするメリット 5 1 .アクティブラーニングの成果として扱いうる 5 2 .教室に限定されず家庭でのアクティブラーニングが可能である 5 3 .読書感想文を最終成果とみなしながら「対話」を開始し深めることが可能である 6 .結論 引用・参考文献 要約(Abstract)1 .はじめに
本論文の目的は、第 1 に小学生への読書感想文指導に関わる問題点を整理することである。具体的 な指導方法の分析については主に公刊された指南書等に依拠する。第 2 に小学生からの読書感想文の 執筆と大学における学びの通低部分を指摘すること、第 3 に読書感想文指導の場としての教室、家庭 について考察及び提言をすることが目的である。なお第 2 及び 3 に関連して2020年度の大学入試改革 の指針にもふれる。 さて最初に大学に視点を向けると、大学生が大学の勉強の一部として読むような書籍や論文は「抽 象度が高い」「自分とは無縁の世界の話のように思える」、あるいは「理解の前提として必要な知識を 持たない」などの理由で、「書籍や論文を読む段階、理解につとめる」第 1 ステップで既にうまくい かない場合がある。しかし大学での学びは、この次の第 2 ステップが重要である。すなわち「その読 者として、自らの反応を言語化し、それらを構成だて、一連の文章としてまとめ、それを足がかりに しながら、考察を深め、次に自分自身の観点で新たな研究に取り組む」のである。そして実は、この 第 2 ステップは、遥か昔の小学生時代、「読書感想文」を書いた時の作業と非常に似通っている。2 .読書感想文は嫌われている:「思考力・判断力・表現力」は?
大学生にとって、自身の小学生時代ははるか記憶の彼方にある。多くの日本の小学生は毎年夏休み 前に、担任の先生から「夏休みの宿題」を課される。それは、夏休みの自由研究であったり、読書感 想文であったり、その時点まで(例: 1 学期まで)の学習内容復習のためのドリルであったりする。 これらのうち、自由研究/読書感想文は①「自分なりの選択や判断」(テーマ設定を考え工夫箇所 を判断する/対象書籍を選択しその書籍の中でも重点的に取り上げる部分を考える)と②「自分なり の計画」(研究対象と研究手法の判断及び準備/書こうとする多くの情報の整理の仕方の判断と構造 化)、そして③「形にするための表現の実行」がそろわなくては進められない宿題である。それゆえ か、夏休みの宿題で、小学生が苦手とするのは読書感想文がトップ、そして自由研究、というのが今 も昔(親世代)も、調査をすれば出てくる結果である。 自由研究も読書感想文も、自分で完成させるには「思考力・判断力・表現力」が必要である。2020 年度からの大学入試改革(大学入学希望者学力評価テスト)では「思考力・判断力・表現力」が評価 の中心になる見込みであることを考えれば、「まさにそれが苦手で嫌いだ!」と文部科学省に対し て、小学生達が声をそろえ大合唱しているかのようである。 さて、そのようなこれまでの小学生の現状があるなか、小学生向けの、読書感想文の書き方に関す るある書籍では(『たのしく書ける読書かんそう文 3 ・ 4 年生』 金の星社)、読み聞かせをじっと 聞いていられない男の子が、本が嫌いだと言い、沢山の本が並ぶ中から読む本を選ぶことができず立ち往生してしまう物語から始まる。 あるいは「読書感想文と聞くとどんなことを思い浮かべますか。えっ、いやだなあなどという声が 聞こえそうです。」という文章で始まり「嫌いだと答えた人にどうして嫌いなのかたずねると、書く のが苦手で書き方がよくわからないと言う人がほとんどでした。」と説明する書籍もある(『読書感想 文の書き方 中学年向き』 依田逸夫/著 ポプラ社)。 興味深いことに、読書感想文の書き方を小学生に指南する書籍の多くには、このように、読書感想 文が苦手である子どもに共感的に話をはじめるくだりが含まれている。著者らは、子どもたちの読書 感想文執筆が困難な道のりであることを前提として、それを受容してから、指導を始めようとするの である。
3 .読書感想文指南書の分析:大学学部教育との共通性
子ども向けの指南書では、読書感想文に拒否的な反応をする子どもが存在することをいったん認 め、受け止めることが一つの典型的なスタイルであることを確認した。では小学生向けの読書感想文 の書籍では、それに続き、どのような指導の形があるだろうか。以下で整理する。 なお本論文で分析対象とする書籍について。分析対象は小学生向けの読書感想文の指南書であっ た。タイトルに「読書感想文」を含む書籍は、国立国会図書館所蔵または他機関所属の「児童書」の カテゴリーとして386件あった(2016年 7 月末時点)。これらは基本的に、 PDF でダウンロードでき る電子ファイル等ではなく通常の書籍の形態であるため、すべての書籍を網羅的に収集することは困 難であった。小学校図書館や各地域の公立図書館には多く所蔵されているが、網羅的ではあり得な い。そのため本論文では公立図書館に蔵書されており帯出可能なもののうち、なるべく異なる特徴を 持つ書籍を取り上げた。基本的には、タイトルに「読書感想文」を含む書籍を対象としたが、書籍の 一部(たとえば 1 つの章)に読書感想文が取り上げられており、その記述内容に特徴のあるもの等も 対象とした。 3 ― 1 .指導方式の整理 さて、小学生向けの読書感想文指導では「はじめ」「なか」「おわり」の三部構成が勧められること が多い。それぞれの書き方が指導されるわけであるが、本論文では感想文の内容的中心といえる「な か」に対する指導方式について主にみる。 結論からいえば「なか」の指導方法として「発問提示方式」「枠組み提案方式」「内容優先方式」そ して、これら 3 つと背反ではないが「国外からの参入方式」の 4 つがある。なお、これら 4 つは、相 互排他的なカテゴリーではなく、指導の型の「中心的特徴」である。■発問提示方式 まず、小学生に対する読書感想文指導の書籍の内容として、よくみられるのが第 1 の「発問提示方 式」である。著者が子どもに問いかけることで、子どもが自分自身の反応に気づき言語化することを 助けようとするものである。また発問、つまり疑問の文章では書いていないが、子どもに考えさせる 要素を指定するものもあり、これは発問提示と同型である。 ■枠組み提案方式 枠組み提案方式は「はじめ」「なか」「おわり」の 3 つの枠のみ示し、その中を子どもに埋めさせる ような大きな枠組みを用いるものもあれば、数行の定型文章の一部が空欄になっており、その中に子 どもが語句を書き込めば、感想文そのものではないが、具体的な内容の入った感想文のスケルトンが 出来上がる、といったものもある。 ■内容優先提案方式 第 3 の内容優先方式は、子どもに枠組みを与えることをよしとせず、子どもの書こうとする内容を 優先することで、感想文を完成させようとするものである。 ■国外からの参入方式 第 4 の国外からの参入型は、日本国外の現地の方式に刺激を受け提唱されているものである(フィ ンランド・メソッド、ドイツの論理分析、アメリカの図形を用いて資格に訴える方法等)。 以上が、小学生への読書感想文指導の書籍から抽出される主な方式である。なお 1 冊の書籍の中 に、 1 つの方式のみが含まれているわけではない。特に第 1 から第 3 までの方式は、読書感想文指導 を扱うそれぞれの書籍には少なからずその要素が含まれている場合が多い。しかし 3 つのうちいずれ かを重点的に扱っている書籍もある。 これは何を意味しているであろうか。例えばもし 1 人の小学生が地元や小学校の図書館でこの種の 書籍を見つけて読み、忠実に実行しようとする場合、偶然どの方式が主体の書籍を彼(彼女)が手に 取ったかによって、その子どもがどのような読書感想文の書き方をするかがが変わってくるのであ る。 3 - 2 .大学教育との通底部分 ところで、小学生への読書感想文指導の書籍にあらわれる上記 4 つの方式の中には、大学生に対す るレポート指導にも応用できるものもある。第 1 に大学教育においても、発問提示方式により学生の 問題意識や気づきを増したうえでのライティングを進めさせようとの試みは日常的に行われている。 第 2 に書くための典型的な枠組みを提案し、学生にその枠組みを理解させ、その型を参照しながらラ
イティングをすすめさせる場合もある。起承転結、序破急、などもその一つであり、問題と目的・方 法・結果・考察、といった科学論文の形式もそうである。 IMRAD 参照―Introduction(導入), Method(方法), Results(結果), Discussion(討論)。第 3 として、枠組みをあえて与えないライティ ング指導も存在する。最後に、国外からの参入方式も多々存在する。 またたとえば、事象の抽象化/具体化や、複数事象の比較、因果関係の整理、といった枠組みを小 学生への作文の指導方式とする立場も、大学教育における日常的作業と近いものである。(例えば 『「本当の国語力」が驚くほど伸びる本』福嶋隆史/著 大和書店や、「な・た・も・だ(なぜなら・ たとえば・もしも・だから)」をすすめ全体構成までを指南する『ドラえもんの国語おもしろ攻略 読書感想文が書ける』宮川俊彦/監修 小学館 等を参照) 筆者は大学で教鞭をとる際に、研究で明らかにすべきことを(A)事実・実態の描写、(B)理由・ 原因 ・ メカニズムの解明、(C)対策の立案 ・ 実施、の 3 点と整理している。 そして(A)事実・実態の描写を行う際には、具体的な記述とその抽象化、使用する構成概念の確 定と定義、またそれに沿った具体的記述の拡充、構成概念の再定義、といった綿密な作業が必要とな る。描写を充実させるために対比(比較)を用いることも一般的である。これに対して因果関係を整 理するのが(B)である。「なぜなら」のあとに理由の言葉を続けることは、小学校中学年でも可能 である。また実際の社会問題の解決を目指す場合(実学と呼ばれる)は(C)が重視されるが、これ には若干高度な因果推論が必要とされる。そしていずれにせよこれら(B)(C)においても、具体的 記述と抽象的記述を行きつ戻りつする作業が必要であり、これにより研究の完成度が高まる。このよ うな作業は、ごく簡単なかたちからはじめるのであれば、小学校の中学年程度からある程度可能であ る。 このように考えると、高等教育において必要となる「基本」は、義務教育時代(小学生 ・ 中学生時 期)から身につけることが(あるいは練習/学習が)可能である。もしもその基本を確実に身につけ た状態で(さらに理想的には、本人がその基本を意識化し、言語化さえ出来る状態で)、もし大学に おける学びを始められるならば、学生は在学中に確実な基礎力と応用力を培い、社会に羽ばたいてい けるであろう。 しかし当然のことであるが、毎日小学生・中学生を教育している先生方には、大学生への教育現場 と課題は見えず、逆に日々大学生を教育している教員にも、小学生・中学生への教育現場と課題は見 えない。とはいえ、小学生・中学生への教育に携わる人々向け、即ち教員向け、あるいは保護者向け あるいはひろく教育産業に携わる者向けの一般書籍は、読みやすい形態で多数刊行され、一般書店に も並んでいる。典型的には小学校の先生向け、中学校の先生向けの指南書がそれである。残念ながら その出版状況の全貌を知りうる立場にはないが、ここまでで述べたような内容と視点を含み、小学校 対象の書籍として参考になるものの例として、次の 3 冊があげられる。 1 冊目は『説明文の「自力読 み」の力を獲得させよ』 二瓶弘行/著 東洋館出版社。 2 冊目は『子どもに「深い学び」を! ア クティブ・ラーニングを取り入れた国語授業』 長崎伸仁/監修 石丸憲一・神部秀一・鯨井文代/
著 東洋館出版社。 3 冊目は『子どもの思考が見える21のルーチン アクティブな学びをつくる』 R. リチャートほか/著 北大路書房 である。 学びは 1 つの領域/状況の中に埋め込まれているとの考え方にたてば、異なる論のたて方もありう る。けれども本論文で提案したいことは、「読書感想文」を基点として、小学校 ・ 中学校 ・ 高校・大 学における教育(あるいは学び)をすすめるプランである。アクティブラーニングにおいては、各人 の学びの成果を確認することが難しいとの議論がしばしばなされる。けれどもアクティブラーニング が用いられながら学習した内容に即して、例えば学習感想文(単に感じた事柄を短い感情表現語句で 表現するのではない、内容の要約と論評を伴う文)や読書感想文が書けるとすれば、書かれた内容の レベルよりも上のレベルで本人の学習成果があがっていると考えてよいであろう。
4 .
「読書感想文」という素材のリスクと応用
「読書感想文の宿題」と聞いて心がはずむ者は少ないかもしれない。「読書感想文」を書くことに対 して、心理的アレルギー反応を起こす者は多い。しかし読書感想文は「(読書のなかで)経験したこ と」と「自身の反応を表現(記録)すること」のセットでもある。「物心ついて以来、誰とも話した くない」という人でなければ、何かの経験をした後、少なからずそれを人に話したいと願い、話して きたはずである。宿題など課されなくともそうしてきたわけである。「生存の為の必要性を満たす最 低限」以上の、ある意味では「無駄な」コミュニケーションを、子どもの頃から人はとっている。 もちろん、子どもが自分の話したいように、話したい相手に向かって話すときには、「話が上手 い、下手と一切評価されず、より洗練することも求められずに自由気ままに話し、受容されたい」気 持ちが根底にあるであろう。受容されることと、そのような安全な場/機会が確保されることは、特 に成長過程にある子ども/若者にとって不可欠である。その意味では、この読書感想文の教育プロセ スにもし保護者が介入しすぎるならば、それはその子どもにとっての心理的リスクともなりうること に留意する必要があるであろう。 ほかにも読書感想文を学びの拠点とする際の問題として、特に思春期・反抗期の子どもにとって は、自身の反応の率直な表現を強制されることは苦痛ともなり得、その表現は結局「演技」となる可 能性が低くないこと、そしておそらくそれは子どもにとって健全な反応であり戦術であろうというこ とである。しかしそうなれば読書感想文を実質的な学びの拠点とする効果は薄れてしまうため、これ を拠点とすること自体をいったんこの時期は放棄するか、あるいは、この時期でも有効な手法が考案 されるか、率直な表現がなされる関係性でのみ拠点とするか、が必要となってくる。残念ながら現時 点では、筆者はこれについて具体的な案を提示できない。 閑話休題。学びにとっては基本的に「経験すること」と「自身が反応を生じ、それを自覚し、さら に表現(記録)すること」のセットが重要だとすれば、それを可能とする素材は、実は読書感想文だけではなく、他に様々なものがありうる。いうまでもないが、例えばキャンプを舞台とした物語の読 書もでき、実際にキャンプに出かけることもできる。またさらに、読書感想文を、物語対象系と説明 文対象系に分けるとすれば、それぞれにより学ばれる内容は実は異なる。大学において実証的研究を 行う場合の「序論」につながる読解と発想は、主に説明文の読書感想につながる営みである。 また、読書に対する反応が表現され、その過程全体が学びをもたらしうるという意味では、表現さ れるものは本質的には言葉に限定されない。例えば読書への反応として絵画を描いても、ダンスを 踊っても音楽を作曲しても演奏しても、あるいは他の表現形態であっても構わない。自然とそのよう な形態で表現したくなる人は確実に存在する。そのような人にとっては、ほとんど自動的な反応が言 葉ではなくそれだというだけである。ただしそれらの表現後に学びがもたらされるためには、表現し た本人がその後の学びを自律的に進められるか、適切な仲間との協同学習が可能か、あるいは適切な 指導や、洞察に至る環境整備の提供等が受けられる必要があろう。この点では、言葉による表現の場 合と同じであり、実際にはそれらのフォローの実現可能性は高くないことは問題であろう。
5 .読書感想文を学びの拠点とするメリット
5 - 1 .アクティブラーニングの成果として扱いうる 様々な観点に言及したが、いずれにしろ読書感想文を学びの拠点とすることのメリットはやはり大 きいと筆者は考える。第 1 に、素材の具体性と実体性である。「読書感想文」と聞けば心理的アレル ギーを起こす子どもがいるということは、子どもにとってもそれが実体性を持つことのあらわれであ る。また小学校・中学校(高校)の先生方にとっても、読書感想文は毎年のルーティン素材、典型素 材として意識しやすく、子どもたちが提出するものの実態やレベルも把握できている素材であるこ と、提出するための「形式を整える」だけの子どもが少なからずいるという実態も含めて子どもたち のスタートポイントを経験的に知っていること、それゆえ読書感想文を指導する際の課題が、先生方 にとって意識しやすいことである。 第 2 に、表現が文章によってなされるため、あいまいな内容を(適切な指導の下で、あるいは適切 な相互学習の場で)明確な内容に洗練させることが可能であることである。論理的な焦点の確定と論 理的な一貫性の確保に関しても同様である。 2016年時点の現在、日本における教育カリキュラムの関心は、アクティブラーニングに注がれてい る。しかもこれは単なる流行には終わらない。なぜなら2020年度の大学入試改革が決定されているか らである。それに先立ち、「建前としてのカリキュラム」だけではなく、塾や予備校等の教育産業、 私立学校、そして一般の公立学校のカリキュラムと実践は確実に安定的に変化する。思考力 ・ 判断 力 ・ 表現力が試されるとなれば、塾や予備校等の教育産業、私立学校、一般の公立学校がこの順番と スピードで変化していくことになろう。変化が利益をもたらす順に、先に変化するのは自明である。とはいえアクティブラーニングは、前半もさることながら、学びの質保証のためにはその後半が難 しい。アクティブラーニングが複数名で行われ、課題の提出も複数名の協同で行われる場合、そのア ウトプットの質の高さ(低さ)はともかくとして、個々人の能力の伸展は外からは判断しにくい。そ のような学習を続けることで能力を伸展させるとしても、一方で、何か 1 冊の書籍について読書感想 文を書けば、個々人の能力の伸展具合は一目瞭然となり、また当人にとっての次の目標も明確とな る。 5 - 2 .教室に限定されず家庭でのアクティブラーニングが可能である ここまでを考察すると、逆に、本論文の前半で整理してきた、小学生に対する読書感想文指導の書 籍は、実は「書籍という媒体を通して、子どもとその家庭に直接アクティブラーニングのしかけを投 げかけようとする意欲的な試み」であったとも理解できる。このような書籍には時として「保護者へ のフォローアップ」にページがさかれている。なぜなら、本来の対象年齢である子どもがこのような 書籍を 1 冊通読し、理解し、使いこなすことは、ある意味では仲間もいない孤独な作業であり、興味 を持てない退屈な作業ともなり得、実際には難しいと考えられるからである。小学生を対象として書 かれた読書感想文指導の書籍は、少なからずしばしばその保護者が読み、自身の子どもに働きかける かたちで使われていると思われる。だからこそ書籍の中に、唐突に保護者向けのページ(または部 分、コラム等)が紙幅に表れるのである。これは見方を変えていえば「子どもとその保護者を協同的 学びの仲間とするような家庭内アクティブラーニング」を密かに期待する学習環境設定として、この 種の書籍が書かれている場合が往々にしてある。 けれども先に著者が指摘したように、家庭における子どもの自己表現をその親が指導することは、 厳密に行われれば、子どもにとって心理的リスクとなりうる。これは、たとえば旧来型の私立中学受 験の試験問題を、親が子どもに直接教える場合( 1 つの正解に至る道筋を解説する場合)よりも、子 どもにとっての心理的リスクがさらに大きい。なぜなら、子どもが最終的に表現を求められ、それに 応じて表現しているのは、用意された唯一の算数の正解ではなく、「子ども自身」の感じ方や考え方 であり、その表現自体が、ふだんの生活の空間のなかで親からの指導の対象とされることになるから である。子どもはいかに窮屈であろうか。 この意味では、小学生を対象とする読書感想文指導の書籍が刊行され、しかも暗黙のうちに「子ど もとその保護者を協同的学びの仲間とするような家庭内アクティブラーニング」が学習環境設定とし て期待されるのであれば、むしろ素直に、保護者の立ち位置が書籍のなかで明示される方が望まし い。そして子どものみが感想、表現をせまられるのではなく、親も感想を述べ、表現をすることで、 子どもが感じ得る心理的圧迫感、一方的に追い詰められる感覚は軽減されるであろうし、表現内容の 受容/拒否が子どもに対してのみ一方的に行われることもなくなる。むしろ保護者と子どもが一緒に 読書感想文に取り組むプラス面を整理し、具体的な方法を提案する書籍として現時点では例えば『親 子でとりくむ読書感想文―だれでも書ける楽しく書ける』村上淳子/著 国土社)がある。この要素
をごく部分的にではあるが含む、つまり、感想文を書く書籍に対する保護者の意見はどのようなもの であったか、を子どもへの発問に含めている書籍もある(例えば『「かんたん!読書感想文 スラス ラ書ける10の魔法』 工藤順一/著 学校図書)。 さてこの『親子でとりくむ読書感想文―だれでも書ける楽しく書ける』(村上淳子/著 国土社) の書籍の公立図書館所蔵状況および貸し出し状況を、東京23区の区立図書館に限定して検索した結果 が表 1 である。アクティブラーニングの隆盛に伴い、図書館のあり方にも変化が求められている時代 のようである。この点も今後の論点となろう。 補足すればこの表 1 のデータでは、表中で所蔵がゼロとなっている区の図書館の蔵書について問題 提起をしている訳ではない(例えばゼロとなっている杉並区立図書館では「読書感想文」をタイトル に含む書籍を168種類所蔵している。読書感想文集として全国学校図書館協議会編のものを94冊、杉 並区教育研究会のものを16冊、明治大学文学部読書感想文コンクール選考委員会編 6 冊を所蔵してお りこれらを除いてもなお52種類の書籍を所蔵している。なお杉並区図書館は教育的視点の選書と思わ 表 1 東京都23区立図書館における 書籍所蔵冊数および帯出冊数 (2016年 7 月30日閉館時点) (「親子でとりくむ読書感想文 ―だれでも書ける楽しく書ける」 村上淳子/著 国土社) 区名 蔵書冊数 帯出冊数 足立区 2 2 荒川区 0 0 板橋区 3 3 江戸川区 8 8 大田区 3 3 葛飾区 3 3 北区 14 8 江東区 3 3 品川区 0 0 渋谷区 4 3 新宿区 0 0 杉並区 0 0 世田谷区 5 5 台東区 0 0 中央区 0 0 千代田区 0 0 墨田区 1 1 中野区 0 0 練馬区 1 0 文京区 2 2 港区 0 0 目黒区 1 1 れる蔵書等の全体状況としても、23区の中では充実している区で ある)。子ども達にとっての公立図書館環境を考えれば、47都道 府県の中でも東京は恵まれた状況にあるのである。 5 - 3 .読書感想文を最終成果とみなしながら「対話」を開始し 深めることが可能である 小学生時代から大学まで、口頭試問による試験が課される例え ばイタリアのような国では、そのような繰り返しの経験にも鍛え られ、10歳前後の子どもであっても自身の意見を雄弁に述べる場 合が少なくない。またイタリア(南イタリア・ローマ)で複数の 家庭で暮らした経験を振り返っても、大人も若者も、実に沢山喋 る。体系的なデータを(まだ)とれているわけではないが、彼ら の多くが街中では沢山喋る一方で家庭内ではリラックスして寡黙 になる、というわけでもなく、街中でも帰宅後も多弁である。 当然ながら、本人が言葉にして話せる内容は、作業として紙に 鉛筆で書き記し、文章にすることが可能である。その意味では、 「考えて書ける」ためには実は「考えて話ができること」こそが まず重要である。 発言力/対話力は、学校で、(理想的には地域で)そして家庭 で長い時間をかけて培われる。真空の空間からは思考の素材は出 てこない。もし「思考力・判断力・表現力」を育成目標として重 視するならば、それは「基礎的な知識・技能」を「活用」すると
いった、まるで「 1 人の個人内で完結し、 1 人の個人内で伸ばしていける」ようなものではない。 これらの力の育成にあたっては、職業としての教師の力量はもちろん問われる。学習指導要領の全 体としての整合性とバランスも問題である。前述の村上淳子はその書籍の中で学習指導要領の下で読 書指導を十分に行う難しさを指摘し、「学習指導」の時間や「総合的な学習」の時間なども有効に使 い、 1 冊の本を全員が読む読書会を具体的な手順とともに提案している。 しかし教室という場に加えて、それぞれの家庭の親や祖父母(本来は地域社会を含む)の影響もま た大きい。本論文の副題を「読書感想を柱とするアクティブラーニングと対話の楽しみを教室および 家庭で」としたのは、この事実が社会で共有されることを願ってのことである。 教師でもない親が、家庭でアクティブラーニングなどという、聞いたこともないような「何か」は 出来るはずがないと思われるかもしれない。けれども子ども(達)が就学前から小学校低学年の頃ま で、親のそばで本を読んでもらうことが嬉しくてたまらない時期に、一緒に本を読み、読後に思わず 口から出てくることを親子で話し合うことならばできるであろう。小さなアクティブラーニングであ る。このような時間を苦痛に感じる親(または種々の事情によりその余裕を持てない親)でなけれ ば、親子がともに楽しめる、一生の中の貴重なひと時にさえできる。親子ともが大好きになった本 は、後に子どもが成長してからも、あるいは親が年老いてからさえも、子どもと親の両方にとって大 切な思い出の本となろう。祖父母を巻き込むこともできる。同じ本の読書、映画鑑賞、ニュース番 組、家族旅行。作りこまれメッセージを内包する(感じ取れる)作品であればテレビ番組も YouTubeも小さなアクティブラーニングと対話の素材にできる。 夏休みに「読書感想文」が子どもの宿題として出され、親がその手伝いをさせられるとなれば、親 にもそれはストレスであろう。けれども日ごろから親子が、同じ本を読み、読後に会話をするような 日常生活があれば、子どもにとり読書感想文は、歯がたたない怖いものではなくなる。読書感想文を 書く前に、その準備としてさらに会話をすることが助けとなる。 もし私立中学校を受験する為の塾の勉強が忙しい小学 6 年生の家庭が、夏休みのドリル宿題は回答 を写し、読書感想文は親が代筆する、といった方針であっても、 5 年生までは読書感想文を国語の力 を伸ばすための対話の機会と積極的にとらえ直すことも可能なはずである。
6 .結論
以上、本論文では、読書感想文にかかわる様々な現象を指摘し整理したうえで、小学校と大学の比 較整理と考察を行い、読書感想文を拠点とする教室と家庭におけるアクティブラーニングについて考 察した。本論文は著者にとって、この領域のテーマに関する最初の発表となる。今後の展開について は改めて考察の機会を設けたい。 アクティブラーニングが基本的に言語を通じてなされるとすれば、言葉を「深化」させるきっかけ【引用・参考文献】(タイトルの五十音順に並べた) 『 1 日10分ドリル 3 年生の作文― 1 カ月で力がつく ! 』 作文技術指導研究会 どりむ社 『親子でとりくむ読書感想文―だれでも書ける楽しく書ける』村上淳子/著 国土社 『考える読書 第53回小学校高学年の部 青少年読書感想文全国コンクール入選作品』 全国学校図書館協議会/編 毎日新聞社 『考える読書 第53回小学校中学年の部 青少年読書感想文全国コンクール入選作品』 全国学校図書館協議会/ 編 毎日新聞社 『かんたん ! 読書感想文 3 ・ 4 年生用 スラスラ書ける10の魔法』 工藤順一/監修 学校図書 『国語教科書の思想』 石原千秋/著 筑摩書房 『子どもに「深い学び』を! アクティブ・ラーニングを取り入れた国語授業』 長崎伸仁/監修 石丸憲一・神 部秀一・鯨井文代/著 東洋館出版社 『子どもの思考が見える21のルーチン アクティブな学びをつくる』 R. リチャート・M. チャーチ・K. モリソン /著 黒上晴夫・小島亜華里/訳 北大路書房 『子どものための論理トレーニング・プリント』 三森ゆりか/著 PHP 研究所 『思考力・構成力・表現力をきたえるはじめてのロジカルシンキング 2 書く力』 大庭コテイさち子/著 偕 成社 『小学生のための映画感想文のすすめ 読書感想文に代わる新しい試み』 キネマ旬報社 『小学生のための読解力をつける魔法の本棚 できる子は本をこう読んでいる』 中島克治/著 小学館 『すぐ書ける読書感想文 小学中学年 読みたい本が見つかる実例で書き方のコツがわかる』 あさのあつこ/監 修 学研 『すぐ書ける読書感想文 小学高学年以上対象 読みたい本が見つかる実例で書き方のコツがわかる』 あさのあ つこ/監修 学研 『スラスラ書ける作文マジック:作文の神様が教える』 岩下修/著 小学館 『説明文の「自力読み」の力を獲得させよ』 二瓶弘行/著 東洋館出版社 『たのしく書ける読書かんそう文 3 ・ 4 年生』 板橋清・鈴木喜代春・池田知子/編/著 金の星社 として、教師の発問、読書会での他の子どもたちの異なる意見、父母の発言、祖父母の経験談、ある いは地域の方々との対話、はそれぞれ有効に機能すると期待できる。ビブリオバトルも有効である。 またグローバル社会といわれてはいても、一般にいって異文化社会からの出身者を日常的な対話相手 として得にくい日本の社会環境では、異文化に関わる書籍を素材とし読みあうことにより、異質な/ 子どもにとって想像外の観点への気づきを増す工夫もありうる。 多くの子どもが論理的な事柄が理解できはじめ、また一定の水準で楽しめるようになる、しかし本 格的な反抗期の少し前の場合が多い、小学校 4 ・ 5 ・ 6 年生の時期は、この種の学びのゴールデン期 間と考えることもできよう。それ以降は、多感な時期の当人のプライバシー感覚と表現欲求とのバラ ンスの中で、興味範囲の拡大、既に基本スキルが身についた思考と判断の更なる深化、書く・話す・ 対話するという表現の拡張が目指されることになる。書くことがストップしてしまう時期も、心を許 せる友人や大人とは対話が続けられていくはずである。 小学生( 6 年間)・ 中学生( 3 年間)・高校生( 3 年間)・大学( 4 年間)のすべてに共通する「読 解」のスキルと「表現」「対話」に至るスキルは存在する。子どもたちの将来を意識しながら、小学 生 4 ・ 5 ・ 6 年における読書指導および読書感想文指導を行う手法を整理し共有することが求められ る。
『ディープ・アクティブラーニング』松下佳代と京都大学高等教育研究開発推進センター/編 勁草書房 『読書感想文がスラスラ書ける本 小学 3 ・ 4 年生』 上條晴夫/著・監修 永岡書店 『読書感想文の書き方 高学年向き』 笠原 良郎/著 ポプラ社 『読書感想文の書き方 中学年向き』 依田 逸夫/著 ポプラ社 『読書感想文の深層』 村松史織 信大国語教育 『ドラえもんの国語おもしろ攻略 読書感想文が書ける』 宮川俊彦/監修 小学館 『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』 北川達夫・平田オリザ/著 三省堂 『宮川式作文らくらくプリント(小学校低学年編)』 宮川俊彦/著 小学館 『宮川式10分作文発展プリント(小学校高学年編)』 宮川俊彦/著 小学館 著者連絡先:片山美由紀 [email protected]