フェムト秒レーザ励起X線による時間分解X線吸収分
光
著者名(日)
中野 秀俊
雑誌名
工業技術 : 東洋大学工業技術研究所報告
号
34
ページ
54-57
発行年
2012
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002104/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaフェムト秒レーザ励起X線による時間分解X線吸収分光
Time−resolved x−ray absorption spectroscopy using femtosecond−laser generated x−rays 中野 秀俊* 1.はじめに レーザの発明から半世紀が過ぎ,今日,レーザは基礎 科学分野のみならず,情報通信・計測・加工・医療など さまざまな分野に普及している.レーザの発明直後から, 超高速レーザ技術は進展し続けており,パルス幅の狭窄 化のみならず,安定化,高出力化においても成熟してい るために,フェムト秒レーザパルスは基礎科学分野で未 知の現象を観測可能とし,また,産業面では超微細加工 を実現するなど,さまざまな形で使われるようになって きている. 理科学分野でフェムト秒レーザが果たす重要な役割の 一つが,フェムト秒の時間領域で物質内部に生じるさま ざまな過程(凝縮系物質内部でのキャリア生成過程,そ の後の緩和過程など)を観測するためのプローブである. 実際,超短パルスを利用して,物質内部に生じる変化を 短い時間ごとに分割して観測する,いわゆる,時間分解 分光法は物質と光との相互作用の動的過程に関して,多 くの情報を与えてくれている. 一方,X線分光・分析は物質の構造を調べるために広 く利用されており,やはり,物質研究の分野では不可欠 なッールとなっている.X線分光分析の分野においても, 近年,短パルスX線を利用した物質ダイナミクス計測が 関心を集めつつある.最近,完成したX線自由電子レー ザの利用分野の一つに物質の動的構造変化の研究が入っ ていることからも,超高速時間分解X線分光分析が今後, 発展する可能性を秘めた分野であるといえるだろう. したがって,通常の実験室規模の設備で超短パルスX 線が効率良く発生させられるようになれば,超高速時間 分解X線分光分析は飛躍的に普及してゆくものと想定さ れる.最近のフェムト秒レーザ増幅技術の進化は,テー ブルトップサイズのレーザで尖頭出力が数TW(1 TW =10i2 W)のフェムト秒パルス発生を可能としている. このような尖頭出力の高い光を固体ターゲットに集光照 射すると,固体表面近傍に高温高密度のプラズマ(レー ザ生成プラズマ)が生成される.生成されたプラズマか らは,数十eVから10 keV以上に及ぶ広いエネルギー 領域をカバーする高輝度超短パルスX線が得られる1・b. このようにして得られるX線パルスはパルス幅が狭いの みならず,レーザパルスと自動的に高精度同期している. この性質は,レーザ励起によらない他の高輝度X線源 (軌道放射光,X線自由電子レーザなど)が備えていな い著しい利点であり,フェムト秒レーザとの組み合わせ による高時間分解能のポンププローブ分光を容易に実現 可能にすると期待される,この観点から,フェムト秒レ ーザ生成プラズマX線を用いた時間分解X線回折3・ 4), 時間分解吸収分光5−7〕などが精力的に研究され始めてい る.筆者は,前職場(日本電信電話株式会社NTr物性 科学基礎研究所)において,フェムト秒レーザ生成プラ ズマX線による時間分解X線吸収分光の研究に携わって きた.本稿では,前職場における研究結果のうち,まず, フェムト秒レーザ生成プラズマから得られるX線パルス の特徴について調べた結果を紹介した後,フェムト秒レ ーザプラズマX線とフェムト秒レーザパルスとを組み合 わせた時間分解分光の実現例として,シリコンのL吸収 端に着目した分光計測結果を紹介する. 2.金属ターゲット表面に生成される高密度プラズマからのX線パルス発光
波長790nm,パルス幅100 s,尖頭強度1.5×10 i6 W/cm2のレーザパルスにて生成された金プラズマから の軟X線発光の時間発展を図1に示す.照射パルスの消 光比は10一6以上であった.原子番号が大きい(Z=79) 材料をプラズマ生成用ターゲットとして使用しているた め,ほぼ連続的な発光スペクトルが得られている.ここ で示している条件下では,波長8nmにおける発光量は およそ108ph/(Asr)程度と見積もられた.また,軟X 線発光の持続時間も波長による顕著な違いが見られず, 半値全幅で4.5psのパルスが得られている.ターゲット 材料によって発光スペクトル分布は異なり(材料により, 遷移準位エネルギーならびに振動子強度が異なるため), 一般に,ここで示している波長領域においては,原子番 号の大きな材料を使用すれば発光スペクトルが連続的に なり,発光量も増加する傾向にある8・ 9). *理工学部電気電子情報工学科 東洋大学工業技術研究所報告一54一
中野秀俊 8 4 0 [. n﹂㊦]>5⊂Φ芒 4.5ps 10 5 0 1ntensity[arb.] ︵◎ 6 [∈££習Φ一Φ﹀句≧
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Time lps] 10 .。壕 8 6 4 2 0 図1 100fsチタンサファイアレーザパルスにて生成さ れた金プラズマからの軟X線発光 Beam sp匝er Ti:A|203 Laser {τ90疏100鶴50mJ) ご;l pulse Target (25−pm Ta) 15 0 5 1 ︵Φo焉芸∈ω⊂巴ヒ%繁
Sample (120−nmS|) LaserSoft x−ray pulse pulse MCP CCD Flat−field spectrograph (2400mm’1) 図2 時間分解軟X線吸収分光の実験系 Wavelength [nm] 12 to 8 6 0 100 150 200 Photon energy【eV] 0.1 0.0ト゜ ≧ ト ー0寸 l sq −0.2 一〇.3 図3 フェムト秒レーザ照射によるSi薄膜試料のL吸収 端近傍スペクトルの変化 3.ポンププローブ法による時間分解軟X線吸収分光 広帯域軟X線短パルスをプローブ光としてフェムト秒 レーザ励起シリコンの状態変化を計測した結果79・10‘を 紹介する.実験系の配置図を図2に示す.チタンサファ イアレーザシステムからの出力光(パルス幅100fs,中 心波長790nm,パルスエネルギー50 mJ)をビームスプ リッタで2分岐し,反射光を軟X線発生に,透過光を試 料の励起に用いる.軟X線発生用レーザパルスは,真空 槽に導かれ,Taターゲット表面上に垂直入射で集光照 射(尖頭強度1.5∼3×10 i6 W/cm2)される.ターゲッ トから放射された軟X線(パルス幅∼7ps)は,回転楕 円体面鏡により,試料上に集光される.試料(厚さ 120nmのSi薄膜)は,必要に応じ,レーザパルス照射 毎に新しい面を供給できるよう駆動機構上に設置されて いる.一方,試料励起用レーザパルスは,可変遅延線を 経由した後,試料上に集光される.試料を透過した軟X 線の検出には,2次元位置分解型MCPを使用し,その 蛍光面画像を冷却CCDカメラで取得した. 3.1 光励起シリコンのL吸収端近傍分光 強度3×1010W/cm2(《破壊閾値)のレーザ光を照射 したとき,LII, III吸収端近傍(∼100 eV)で10%以上 の吸収変化を観測した(図3).図中,実線は励起光を照 射した場合,破線は励起光を照射しない場合の軟X線吸 収スペクトルである. 差分透過スペクトル(一点鎖線)を求めると,光励起 による吸収変化は99.5eV近傍における鋭い谷として観 測された.こうした明瞭な構造は99.5eV近傍に,−10 ps<τD<20 psの場合にのみ現れ,回復時定数は16 ps であった.レーザ光照射によってLn, Iu吸収端の僅かな 下方シフトが観測され,その吸収端シフト量,吸収変化 の回復時間は,102°cm−3の励起密度を仮定して推定さ れるバンドギャップエネルギーの変化量,電子正孔の再 結合時間にほぼ一致した.また,光子エネルギー160eV以上の領域における吸収スペクトルの中には,
EXAFSに起因する振動構造が見られる.この振動成分 を解析したところ,抽出されたEXAFS信号には,レー ザ光照射による有意な変化はなく,最近接原子間隔は∼ 2.32Aと推定された.すなわち,軟X線吸収特性の変 化は,構造変化によるのではなく,過渡的な電子エネル ギー構造の変化に起因すると考えられる. 以上のことから,観測された吸収変化は,レーザ光によりSiの価電子が強励起された結果, bandgap
renormalization,すなわち,電子正孔間の強い相互作用によるバンドギャップの縮小を生じ,内殻電子の伝導 帯への遷移エネルギーが変化したためと考えられる. この結果は,レーザ光による価電子励起が内殻電子の 励起準位に変化を及ぼすことを示し,内殻と価電子帯と を結合した新たな非線形光学現象,あるいはレーザ光に よる軟X線強度の高速変調の可能性を示唆している. 3.2 時間分解EXAFSによるレーザ融解過程の観測 広域X線吸収微細構造(EXAFS)に着目し,半導体に おけるレーザ溶融過程の時間分解計測を通して時間分解 EXAFS法の実証を行った. EXAFS法は, X線回折法と 相補的な計測法であり,非晶質相や液相を含む幅広い物 質の局所構造計測法として知られている.SiのL吸収端 EXAFSに着目し,ピコ秒の時間分解能を有する時間分 解計測を試み,これまでの計測法では計測困難であった レーザ溶融状態における原子間距離などの時間分解計測 を実現した1°}. 図4は,尖頭強度5×10i2 W/cm2のレーザパルスを 照射した場合の各遅延時間における吸光度ならびに,こ れから抽出されたEXAFSスペクトルである.太実線が レーザパルスを照射した場合,細破線が無照射時におけ るSi吸光度スペクトルを示している.軟x線パルスがレ ーザパルスよりも十分早くSi試料を通過する場合は,両 者に顕著な違いは見られない(図4b)). EXAFSスペクト ルから見積もられるSiの第一近接原子間距離は,2.32 A であり,X線回折計測による報告値(2.35 A)と良く一致 している.ところが,試料面上でレーザパルスと軟X線 パルスとが重なり合う状況になるとEXAFSスペクトル の振幅が若干減少している(図4c)).これは,レーザ 光照射による温度上昇の結果,熱振動の効果による原子 間距離の分布の広がりが大きくなったためと考えられ, 原子配列秩序の減少を反映している.また,レーザ光照 射によりEXAFSの振動周期が短くなっている.第一近 接原子間距離は,2.43Aと求められ,レーザ光照射直後 (∼7ps:プローブX線パルス幅)に原子間距離が,レ ーザ非照射時よりも長くなっている.これから,レーザ 光照射によりSi原子間距離が揺らぎながらその平均距離 を拡大したと考えられる.また,図a)の吸光度スペクト ルを見ると,当初100eV付近に顕著に見られたLII, III 吸収端近傍の鋭い吸収ピークがレーザ光照射によってほ とんど消滅している.これは,レーザ光照射に伴い試料 の半導体としての電子構造が金属的なものに変化してい ることを示している.すなわち,この時刻において既に 試料がレーザ照射によって融解し液相に転じているもの
5
2C
2 5 1C
1 5 0 [↑−∈卜9×言。畳・8Ω< 0.190.O
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られた吸光度スペクトルa),ならびにEXAFS信 号b)−d). と考えられる.レーザ光照射後1670psには,さらに振 動の振幅が減少し,EEXAFSの振動構造がほぼ消失して いる(図4d)). EXAFS振幅の消失は,原子間距離の分 布がさらに拡大し,構造的にはほぼ完全に無秩序に近い 状況になっていることに起因する.すなわち,この時点 では,アブレーションによる気体への相転移が生じたこ とを示唆している.吸光度スペクトルにおいて,L吸収 端近傍の構造が固相状態から大きく様変わりしており, 吸収量も低下している.これらも,気相になった試料が アブレーションによって拡散していることを裏付けてい る. これらの計測結果により,時間分解EXAFS計測法は, 物質の原子配置変化の追跡に有効な方法であることがわ かる. 4.まとめ フェムト秒レーザ生成プラズマは,広い波長領域をカ バーし,レーザパルスと高精度同期した超短パルスX線 東洋大学工業技術研究所報告一56一
中野秀俊 源である.この特徴を活かしたポンププローブ型時間分 解X線吸収分光への応用例を紹介した.他にも,フェム ト秒レーザアブレーション粒子の時間空間分解軟X線吸 収分光計測11−t5)への適用実験なども行った. フェムト秒レーザをベースとした超短パルスX線源 (レーザープラズマX線,高次高調波など)は今後,X 線光学技術,X線計測技術の進展と相侯って,原子スケ ール,フェムト∼ピコ秒の時間分解能で物質応答を解明 する物性研究での中心的役割を担い,ナノテクノロジー, バイオテクノロジーなどの発展に大きく貢献してゆくも のと期待される.特に,超短パルスX線のマイクロビー ム化,X線顕微鏡技術による空間分解能の飛躍的向上が 実現できれば,非常に微小領域に対して,高時間分解能 で局在化した原子・分子の動きが追跡できるようにな り,一層の付加価値をもたらすと期待される. なお、本稿で示した実験結果は、NTT物性科学基礎 研究所が発表した論文から引用した。 参考文献 1)M.M. Murnane, H. C. Kapteyn, S. P Gordon, and R. W.Falcone, App1. Phys. B 58,261(1994). 2)J.C. Kieffer, M. Chaker, J. P Matte, H. Peppin, C. Y. Cote, Y. Beaudoin, T W. Johnston, C. Y Chien, S. Coe, G. Mourou, and O. Peyrusse, Phys. Fluids B 5, 2676(1993). 3)C.Rischel, A. Rousse,1. Uschmann, P.−A. Albouy, J.− PGeindre, P Audebert, J.−C. Gauthier, E, Foerster, J.−L.Martin, and A. Antonetti, Nature 390,490 (1997). 4)C.W. Siders, A. Cavalleri, K. S.−Tinten, Cs. Toth, T Guo, M. Kammler, M. H. von Hoegen, K. R. Wilson, D.von der Llnde, and C. P J. Barty, Science 286, 1340(1999). 5)M.H. Sher, U. Mohideen, H. W. K. Tom,0. R. Wood II, G. D. Aumiller, and R. R. Freeman, Opt. Lett.18, 646(1993). 6)J.Workman, M. Nantel, A. Maksimchuk, and D. Umstadter, AppL Phys. Lett.70,312(1997). 7)H.Nakano, Y. Goto, P Lu, T. Nishikawa, and N. Uesugi, App1. Phys. Lett.75,2350(1999). 8)T. Mochizuki et al., Phys. Rev. A 33,525(1986). 9)H.Nakano, P. Lu, T. Nishikawa, and N. Uesugi, Proc. SPIE 4352,175(2001). 10)K.Oguri, Y. Okano, T. Nishikawa, and H. Nakano, Appl. Phys. Lett.87,011503(2005). 11)Y.Okano, K Oguri, T Nishikawa, and H. Nakano, Rev. Sci. Instrum.77,046105(2006). 12)Y.Okano, K. Oguri, T. Nishikawa, and H. Nakano, Appl. Phys. Lett.89,221502(2006). 13)K.Oguri, Y. Okano, T Nishikawa, and H. Nakano, Phys. Rev. Lett.99,165003(2007). 14)K.Oguri, Y Okano, T. Nishikawa, and H. Nakano, Phys. Rev. B 79,144106(2009). 15)H.Nakano, K. Oguri, Y. Okano, and T Nishikawa, Appl. Phys. A 101(3),525−531(2010).