原 著
〔甕女麟44第犠、筆請〕
ImPression cytologyによるアデノウイルス角結膜炎の迅速診断
東京女子医科大学 サ佐
眼科学教室(主任:内田幸男教授) サ キ アツ コ々 木 淳 子
(受付 平成3年4.月18日)Rapid Diagnosis of Adenoviral Keratoconlunctivitis by Impression Cytology
Atsuko SASAKI
Department of Ophthalmology(Director:Prof. Yukio UCHIDA) Tokyo Women’s Medical College
Sixty・four patients suffering from acute follicular conl unctivitis of suspected viral origin were examined by impression cytology using nitrocellulose membrane for rapid diagnosis of adenovirus infection.
Astrip of nitrocellulose membraneμsed for immunoblotting was lightly pressed onto the bulbar or palpebral conjunctiva. It was then stained with the peroxidase−antiperoxidase(PAP)method for adenovirus antigen. Virus isolation was also carried out in these patients. While the isoiation method detected 35 cases of adenoviruses, the PAP method detected 25 cases. Conversely,29 cases proved negative for adenov量ruses by the culture method, and 28 cases by the PAP method. Therefore, the sensitivity and specificity of the PAP method were 69%and 97%respectively. The sensitivity varied depending on the type, namely 100%for adenovirus type 37,91%for type 8,75%for type 4 and 33%for type 3. Isolation positive cases distributed from the 2nd to 15th day of the illness. The PAP method showed positive results during the same period. The PAP method showed that bulbar conj unctiva was more suitable to detect the adenovirus antigen than the palpebral conjunctiva.
Accordingly impressioh cytology using PAP.stain is evaluated as a useful method for the et孟010gical diagnosis of adenoviral conjunctivitis.
緒 言 眼科領域におけるウイルス感染症で最も多いの は,アデノウイルスによる結膜炎である1},この結 膜炎は,しぼしば角膜炎も合併し,角結膜炎とも 呼ばれる.本症は感染性が強く,院内感染の報告 もしぼしぼみられるため,その診断は迅速を要す る. 現在アデノウイルス角結膜炎の迅速診断法とし て,結膜材料を用いて電子顕微鏡によるアデノウ イルス粒子の検出,蛍光抗体法や酵素抗体法によ る抗原の証明などさまざまな方法が試みられてい る2)∼10).しかし,これらには特殊な技術や装置など が必要であるなどの問題点もかかえている. 最近,我々はimpression cytologyを応用した ウイルス抗原検出法が,角膜ヘルペスの病因診断 に有用であることを報告した11).そこで今回この 方法を,アデノウイルス角結膜炎に応用し,迅速 診断法としての有用性について検討した. 対象と方法 1.対象 臨床的に,ウイルス性結膜炎が疑われた急性濾 胞性結膜炎患者64例を対象とした.これらの症例 に対し,結膜からのウイルス分離と,impression cytology12)によるアデノウイルス抗原の検出を 行った.
2.方法 1)検体の採取 Bio Rad社のimmunoblotting用のニトロセル ロース膜を用いてimpression cytologyと同様の 要領で行った.すなわち3mm×10mm程度の大き さに切った膜を写真1のように,球結膜または上 または下険結膜に載せ,硝子棒で膜全体を軽く圧 迫した後,静かに結膜からはがした. 2)染色 膜は約5分間室温で乾燥させた後,アデノウイ
ルス抗原検出のためPAP法(peroxidase・
antiperoxidase)13)による酵素抗体染色を行った.一次抗体には,Cambridge Medical Tec㎞010gy 社のマウス抗アデノウイルスモノクローナル抗体
を,PAP染色にはDAKO社のマウスPAPキッ
トを用いた.染色は,標準的なPAP染色に準じて 行ったが,洗浄は,0.05%Tween−20 phosphate buffered saline(PBS)14}を使用した.操作として は,まず標本に3%過酸化水素水を作用させて内 在性ペルオキシダーゼを破壊し,次いで正常ウサ ギ血清で非特異反応を阻止した,一次抗体(抗ア デノウイルス抗体)を反応させた後,ウサギ抗マ ウスIgG抗体を結合させ,これにマウス抗ペルオ キシダーゼ抗体とペルオキシダーゼの複合物を加 えた.最後に0.3%過酸化水素水と発色剤のアミノ エチルカルバゾールを反応させた.マイヤーのヘ マトキシリンで核染色をし,グリセリンゼリーで 封入し光学顕微鏡で観察した(図1). 3)ウイルス分離 滅菌綿棒で下記険結膜を十分に擦過し結膜拭い 液を採取し,サル腎細胞(monkey kidney;MK 細胞)とヒト胎児島細胞(human embryonic lmg; HEL細胞)に接種した.ウイルスの分離同定は, Special Reference Laboratories(SRL)社に依 頼した. 4)培養細胞を用いたコントロールの作製 培養フラスコ(コーニング社),25cm2に単層培 養したヒト喉頭類上皮癌由来細胞(HEP・2細胞) にアデノウイルス37型を接種し,6日間培養後, cytopathic effect(CPE)の出現を確認したのち, ニトロセルロース膜をフラスコ壁の細胞層に押し割譲
鞭・欝 、磯』 写真1 ニトロセルロース膜を用いた検体採取の方法 3%過酸化水素水 5分 ↓ 0,05%Tween 20−PBSで洗浄 10分 ↓ 正常ウサギ血清 20分 ↓ マウス抗アデノウイルス抗体20分 ↓ 0.05%Tw㏄n 20−PBSで洗浄 10分 ↓ ウサギ抗マウスIgG抗体 20分 ↓ 0.05%Tween 20−PBSで洗浄 10分 ↓ マウスPAP複合体 20分 ↓ 0.05%Tween 20−PBSで洗浄 10分 ↓ 0.3%過酸化水素水+アミノエチルカルパゾール 4分 ↓ 蒸留水で洗浄 10分 ↓ ヘマトキシリンで核染色 1分 ↓ グリセリンゼリーで封入 図1 PAP法の染色方法 つけて細胞を採取した. ウイルスを接種しない正常HEP・2細胞も同様 の方法で採取した. これらの培養細胞標本を,臨床検体と同様に PAP法で染色した. 結 果 1.PAP法による染色の結果 1)培養細胞の染色の結果 ニトロセルロース膜には,シート状に密に採取b勝 臥 ・塾 〆・奏肪 一 サ ㍉ ’ 誌略 榊 ‘ 。; ’。・ り ツ 評晦 欝
・夢詳
醐 ∫・L 9 聯 爵 幽 、 箪 . 聖 鼻 畢 辱 ‘み醗 ど 唇婁 写真2 Ad 37型接種後6日目のHEP−2細胞 細胞はノート状に膜上に採取され,赤褐色のAd.抗原 陽性細胞がみられる.(ニトロセルロース膜,PAP染 色,×50) 写真5 球結膜のimpresslon標本② 一層に結膜上皮細胞が多数採取されている.抗原陽性 細胞は,輪郭が不明瞭で,細胞質はghost状に染まっ ている.Ad 8型感染発症3日目.(PAP染色,×50)糠
竃 轡 “ 拶 番 雪 写真3 結膜上皮細胞のimpression標本 上方に球結膜上皮細胞が一層に,下方に険結膜上皮細 胞が重層に,同時に採取されている.球結膜上皮細胞 に二つの抗原陽性細胞が認められる.Ad.8型感染発症 3日目.(PAP染色,×100)影
禰
!施
・♂
留縷
尋 一三蕃
籍 ”舟 、 嚇. f ’ 詔 み し の!鰍
卑懲 ゆφ 窃 鞘.警祷ノレ
繁
き=乏 壱学
.轡愚
論墾㌧薫
∵糀撫l
I1 賠 ∼ 幣.織
ユメじ や歩学纏
縫 黛
頃 “ 瞳賛 写 噂 漕馬 写真6 球結膜のimpression標本③ 蝋罫譲 写真5と同様に細胞質がghost状に染色されている. Ad 4型感染発症6日目.(PAP染色,×50) 写真4 球結膜のimpreSSIon標本① 多数の結膜上皮細胞が採取され,中に抗原陽性細胞が みられる.細胞の輪郭は,比較的はっきりしている. Ad 8型感染発症10日目.(PAP染色,×100) された培養細胞が観察された.ウイルスを接種し た検体では,これらの細胞のなかに,赤褐色に染 色された抗原陽性細胞が認められた(写真2).一 方,非接種培養細胞からの標本では,赤褐色の陽 性細胞は認められなかった. 2)臨床検体の染色の結果 膜には,一層または二,三層の結膜上皮細胞が, 散在性に認められた.シート状に採取されている 例は少なく,多くは結膜上皮細胞が重なり合うか たちで採取され,分泌物などの混在も認めた.こ の傾向は,球結膜より瞼結膜の方に強く,結膜上 皮細胞の観察は球結膜から採取されたものの方 が,より容易で確実であった(写真3).また採取表1 急性炉胞性結膜炎における分離培養と impression−PAP法との一致率 N:64
PAP
十 一 計 十 24 11 35 分目培養 一 1 28 29 計 25 39 64 陽性一致率 24/35×100=69% 陰性一致率 28/29×100=97% された個々の結膜上皮細胞に注目してみると,抗 原は核と細胞質の両者に含まれているものが多 かった.抗原陽性細胞は,写真4のように細胞の 輪郭が,比較的はっきりしている場合は少なく, むしろ写真5,6のようにghost状に染まる症例 が数多く認められた.2.PAP法と分離培養との比較
アデノウイルスは64例中35例に分離され,PAP 法では陽性は25例であった.アデノウイルス分離 培養陽性の35例中,PAP法陽性例は24例で,陽性 一致率は69%であり,分離培養陰性29畑中,PAP 法陰性例は28例で陰性一致率は,9マ%であった(表 1). 3.アデノウイルス血清型別抗原検出率 アデノウイルス分離陽性の35例についての血清 曲論の抗原検出率を検討した.分離されたウイルスは3型が12例,8型が11例,4型が8例,37型
が4例であった.1血清型別検出率は,高い順に37型,8型,4型,3型となり,37型では,4例全
例で陽性(100%),8型では11例中10例(91%), 4型では,8例中6例(75%)に陽性細胞が検出 された.しかし3型では,12例中4例(33%)だ けが陽性で,3型に対する検出率は低かった(表 2). 4。病日別の抗原検出状況 アデノウイルスが分離された35例,41眼につい て,病日別の抗原検出状況を検討した.アデノウ イルス分離陽性例は第2十日から第15隔日の間に 分布し,PAP法によるアデノウイルス抗原の検出 陽性例も同じ期間に分布した.アデノウイルス分 表2 アデノウイルス結膜炎におけるimpression− PAP法による抗原の血清型別抗原検出率 分離陽性群 N=35 3「型 4 型 8 型 37 型 計 PAP陽性率 i)=% 4/12 i33) 6/8 i75) 10/11 i91) 4/4 i100) 24/35 i69) 眼 数 ユ5 10 58
8
8
3 8
3 3
333
833●
アデノウイルス分離陽性群 N=41 0PAP陰性 ●PAP陽性 8 833
● 3
0 5 10 15病日 図2 impression・PAP法における病日別のアデノウ イルス抗原検出状況 表3 球結膜,瞼結膜のimpression−PAP法における アデノウイルス抗原の検出率の比較 N:23 瞼結膜 十 一 十 5 4 9 球結膜 一 1 13 14 6 17 23 PAP陽性10眼について 球結膜の陽性率 9/10×100=90% 瞼結膜の陽性率 6/10×100=60% 離陽性で,PAP法が陰性だったのは13眼で,その うちの8眼(62%)は3型であった.他には,4 型が3眼,8型が2眼であった.病日別結果にお いても型別陽性率の差が影響していた(図2). 5.検体採取の部位別陽性率の検討 球結膜と険結膜から同時に検体を採取できた12 例,延べ23眼について,検体採取の部位別にPAP 法の陽性率を検討した.23眼中10眼が抗原陽性で, 球結膜だけが陽性だったのは4眼,瞼結膜だけが 陽性だったのは1眼で,球結膜,険結膜の両方で 陽性だったのは5眼であった.従って,それぞれの部位の陽性率は,球結膜は10眼中9眼で90%, 瞼結膜は,10眼中6眼で60%であった(表3). 考 案 最近我々は,immunoblotting用のニトロセル ロース膜を用いて,impression cytologyによる角 膜ヘルペスの抗原検出法が,病因診断に有用であ ることを報告した1り.今回はその手技をアデノウ イルス結膜炎に応用し,その特微と迅速診断法と しての有用性について検討した. 現在,アデノウイルス結膜炎の病因診断は,分 離培養によるアデノウイルスの検出と血清学的診 断法が中心である.しかしウイルスの分離培養は, 数日から数週間の期間がかかり,血清学的診断法 も同様に,ペア血清の入手が難しく,結果がわか るまでかなりの日数を要する. 最近単クローン性抗体を用いた酵素抗体法によ るアデノウイルス抗原検出法が迅速診断法として 有用であるとの報告がある6)∼10).採取した資料中 のウイルス抗原を液の呈色によって量的に示すこ の方法は,迅速で簡便である.しかし感度が比較 的低く,ウイルス量:の多い発病後4日以内の検体 採取が必要で,急性期を過ぎると,検出率は大幅 に低下する.また同様にELISA法の間接法は,感 度,特異度とも優れているが,検査結果が判るま で,最低7時間は必要である8). 今回の我々の方法はimpression cytologyの応 用で,PAP法にてウイルス抗原を認識している. この方法はscrapingよりも検体の採取が簡単確 実で,患者への侵襲も少なく,アデノウイルス抗 原の局在がわかるという特徴がある.ニトロセル ロース膜に採取された結膜上皮細胞は,検体によ り一層または二,三層に重なりあって採取され, その数も様々であった.その中でアデノウイルス 抗原陽性細胞は,ghost状に染色されて検出され る場合が多く,核にも細胞質にもアデノウイルス 抗原が認められたが,変性が進んで細胞の構造が 明瞭でないものがほとんどであった. 球結膜と険結膜を比較してみると,球結膜の方 が,結膜上皮細胞の重なり合いが少なく,分泌物 などの混在も少なく観察が容易であった.球結膜 側で抗原検出陽性率が高かったことについては, 以前青木らlo)が, ELISA法の直接法(Adenoclone ⑪)を用い結膜部位別の吸光度を検討した結果か ら,球結膜から得られる抗原量が多いことを指摘 し,瀬川3)が電顕のnegative染色で,アデノウイル ス粒子を証明したのも球結膜からであり,今回の この結果もこれらのことを反映しているのかも知 れない. 本法は,特異性が高く,検体採取から光顕によ る判定まで約90分と短時間で完了する.特別な技 術や設備を必要とせず,簡便であり,アデノウイ ルス結膜炎の迅速診断として有用であると考えら れた.また第15病日でもアデノウイルス抗原の検 出が可能であったので,急性期を過ぎた症例の病 因診断にも有用と考えられた.しかし感度が69% とやや低い点においては,日別検出率の差,特に 3型検出率の低下が大きく影響しており,使用し た一次抗体の特性についての問題,などを含め検 体採取法や染色法などにつき,さらに検討が必要 と考えられた. 稿を終えるにあたり,御指導,御校閲を頂きました 眼科学教室内田幸男教授および中川 尚講師に深謝 いたします. なお本論文の要旨は第94回日本眼科学会総会で発 表した. 文 献 1)石井慶蔵,中園直樹:眼感染症の疫学と予防対策. 眼科Mook, No 27「眼と公衆衛生」, pp143−158 (1986)
2)Ucbida Y, Inoue S:Fluolescent antibody studies of epidemic keratoconjunctivitis。 Toku− shima J Exp Med 14:13−17,1967
3)瀬川雄三:外眼部感染症の迅速診断一ネガティブ 染色一.臨眼 81:2590−2595,1987
4)Rao NA:Alaboratory approach to rapid diagnosis of ocular infections and prospects for the future. Am J Ophthalmol 107:283−291,
1989
5)Wney I, Springler D, K:owa蓋ski RP et al: Rapid diagnostic test for ocular adenovirus, 0phthalmology 95:431−433,1988
6)青木功喜:ウイルス性結膜炎の迅速診断.臨眼 42:1306−1311, 1988
7)青木功喜,沢田春美:眼科領域におけるアデノウ イルス感染症の迅速診断.酵素抗体法と蛍光抗体
法.日眼会誌 93:865−869,1989 8)岡本茂樹,斉藤喜博,呉 雅美ほか:EHSAによ るアデノウイルス結膜炎の診断.眼紀40: 1707−1711, 1989 9)青木功喜,沢田春美:単クローン性酵素抗体法(ア デノクロン)による結膜中のアデノウイルスの迅 速検出.臨眼 43:1035−1039,1989 10)青木功喜,能戸 清,長谷川一郎:流行性角結膜 炎の迅速病原診断.日眼会誌 94:736−740,1990・ 11)中川 尚,佐々木淳子,中川裕子ほか:Blotting mter paperを用いた樹枝状潰瘍からのヘルペス ウイルス抗原の検出.あたらしい眼科7: 303−305, 1990
12)Egbert PR, Lauber S, Ma盟rice DM:Asim−
ple conjunctival biopsy. Am J Ophthallnol 84: 798−801, 1977
13)Stemberger LA, Hardy PH Jr, Cuculis JJ et al:The unlabeled antibody enzyme method of immunochemistr夕. J Histochem Cytochem 18:315−333, 1970
14)口野嘉幸,平井久丸,櫻林郁之助:遺伝子・タン パク質「実験操作プロッティング法」,pp236−239, ソフトサイエンス社,東京(1987)