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史料紹介 : 「琉球貿易図屏風」の成立について : 下貼文書の分析から

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Academic year: 2021

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史 料 紹 介

「琉球貿易図屏風」の成立について

―下貼文書の分析から―

1999年度、史料館では、関係者のご尽力により、永年の念願であった「琉球貿易図屏風」の全面修 復を行いました。この屏風は、江戸時代の琉球(沖縄)の風俗を伝える数少ない貴重な絵画資料として、 さまざまなメディアで紹介されています。しかし、周辺に史料が残っておらず、その成立については、ほ とんどわかっていませんでした。今回の修復には、屏風の中から何か見つかるのではないかという期 待も込められていました。そして、屏風の内側から409点の下貼文書が発見されました。これらを分析 してみたところ、種々の費用の支払いに関わる帳面だったことがわかりました。家臣の赴任手当、歳暮 などの贈答品、殿様の身の回りの品の購入といった事項が記載されています。また、これらの文書は、 1830年代頃のものでした。贈答品の相手先に、老中などの幕府中枢の役人の名が出てくるので、時 期を類推することが可能となったのです。 屏風の成立を直接物語る記事は見あたりませんでしたが、しかしこれらの事実は、屏風成立を考える 上で貴重な情報です。 江戸時代において、藩の文書が外部に流れるということはまず考えられませんので、屏風の製作に 鹿児島藩が関与していたことがほぼ確実となりました。また、屏風を作るためにはるばる琉球まで文書 を運んだとも考えられません。よく似た屏風の絵図が琉球から日本に持ち出されたことがわかっていま すので、おそらく史料館の屏風の絵図も、琉球で描かれたものでしょう。それを江戸か、鹿児島か、日 本国内に持ってきて屏風に仕立てたと推定されます。次に、屏風が作られた年代は1830年代以降幕 末までの時期だと考えられます。というのも、今回の修復では、江戸時代後期に流行していたという、 雀をかたどった唐紙が屏風の裏側に貼られていたことが明らかになったからです。 今回の修復は、屏風が美しくお色直しした以上に大きな収穫のあった修復でした。屏風のお披露目と 下貼文書の公開を兼ねて、史料館では今年の5月末から6月初めにかけて展示を行いますので、是非 お越しください。 (史料館 岩崎奈緒子)

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