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日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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へ与えた影響

涓 涓

* 1.はじめに 1996年 11 月に,橋本総理の主導の下で始まった「日本版金融ビッグバン」においては, Free(市場原理が働く自由な市場に),Fair(透明で信頼できる市場に),Global(国際的で時 代を先取りする市場に)という 3 原則が掲げられ,日本の金融市場を復権させ,ニューヨー ク,ロンドン並みの国際金融市場とすることが目標とされた。 これに伴い,日本では,金融の自由化・国際化が進展してきた。金融の自由化については, 預金・貸出金利の設定に関する自由化と銀行・証券・保険業者に関するいわゆる「垣根」の 弾力化,一方,金融の国際化については,外国金融機関の国内市場への参入許可が主だった 内容といえる。 日本版金融ビッグバンの経緯やその影響については,これまで,多くの研究がなされてき た。例えば,西村(2003)では,日本版金融ビッグバンの成否に関しては,続出した金融不 祥事,激動した経済情勢,相次いだ大型金融機関の倒産などの逆風の中で着実に進められ, 改革自体は大きな成功を収めたが,金融機関は不良債権処理に追い込まれ,改革に積極的に 対応できず,金融技術革新を十分活かすことができなかったとされている。また,星・カシ ャップ(2006)は,日本版金融ビッグバンを,歪んだ自由化により起きた 90 年代の銀行危機 の打開策として捉え,日本版金融ビッグバン以降の金融システムの全体像については,銀行 部門は可能となった他業態への進出により業務の多様化が実現できたが,戦後の間接金融優 位の金融システムで果たした重要な役割が,証券市場の発達に伴い低下し,また,その低下 のスピードが貯蓄者の行動に大きく依存していると結論付けている。 このように,日本版金融ビッグバンは,企業の資金調達行動,および,投資家の資産運用 行動において,間接金融から直接金融へという構造変化をもたらしつつあると評価できる。 さらに,このような構造変化は,金融政策の効果波及経路にも影響を与えると考えられる。 金融政策の効果波及経路とは,政策金利の変化が,短期金融市場金利さらには中長期的な金 利を変化させ,これが,資産価格,為替相場,銀行貸出金利等の金融市場条件の変化をもた らすことを通じ,消費,投資,純輸出等の総需要や輸入財価格を変化させる結果,最終的に 一般物価水準を変化させる経路を意味する1)

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Mishkin(1995),Kuttner and Mosser(2002)は,金融政策の効果波及経路を「金利チャ ンネル」,「資産価格チャンネル」,「信用チャンネル」,「為替相場チャンネル」の四つに分類 している。 金利チャンネルとは,伝統的なケインズ・モデルで説明されるように,金融政策が,実質 金利の変化を通じ,消費や投資に影響を与えるチャンネルである。 資産価格チャンネルとは,金融政策が,資産価格の変化を通じ,消費や投資に影響を与え るチャンネルである。消費に関して言えば,ライフ・サイクル仮説で示されるように,消費 は,人的資産(賃金)と金融資産からなる生涯所得によって決定され,生涯所得に対する限 界消費性向は金利に依存する。ここで,例えば,金融引締政策により金利が上昇したとする と,割引率が上昇するため,金融資産の価値が低下し,その結果,消費が減少することにな る。また,投資に関して言えば,Tobin の q 理論で示されるように,金融引締政策により金 利が上昇したとすると,証券価格が低下するため,Tobin の q(企業の市場価値/資本の再取 得価格)が低下し,この結果,新規の工場や設備などへの投資の費用が,その市場価値と比 較し,相対的に上昇するため投資が減少することになる。 信用チャンネルは,さらに,「銀行貸出チャンネル」と「バランス・シート・チャンネル」 に分類される。銀行貸出チャンネルとは,銀行の貸出資金調達能力が限られており,銀行貸 出量が預金量や総資産額などに直接制約されている場合,金融政策が,銀行預金および銀行 準備の変化を通じ,銀行貸出量に影響を与えることにより,企業の生産・投資行動に影響を 及ぼすチャンネルである。一方,バランス・シート・チャンネルとは,例えば,金融引締政 策により金利が上昇したとき,キャッシュ・フローの減少,および,証券価格の低下を通じ, 企業のバランス・シートを悪化させ,モラル・ハザードや逆選択の可能性を増大させ,エー ジェンシー・コストが上昇する結果,銀行貸出量が減少し,投資が減少するチャンネルを意 味する。 最後に,為替相場チャンネルとは,金融政策が,為替相場の変化を通じ,純輸出に影響を 与えるチャンネル,また,為替相場の変化が,輸入財価格に変化を通じ,インフレ率に影響 を与えるチャンネルを意味する。 この四つのチャンネルのうち,日本版金融ビッグバンは,とりわけ,信用チャンネルに影 響を与えたと考えられる。例えば,Kashyap and Stein(1994)は,銀行貸出チャンネルは, 貸出資金の調達能力が限られ,信用割当を生じやすい小規模の銀行に強く機能すること,ま た,Bernanke(1993)は,バランス・シート・チャンネルは,エージェンシー・コストが大 きい中小企業に強く機能することを示している。信用力の低い中小企業は,その資金調達先 を銀行等の金融仲介機関に依存せざるを得ないが,中小企業を含む企業の資金調達行動が, 間接金融から直接金融へ変化し,銀行からの借入依存度が低下するならば,信用チャンネル 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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本論文は,信用チャンネルの理論に基づき,日本版金融ビッグバンが金融政策効果の波及 経路に与えた影響を実証分析することで,既存研究に対し,二つの点において貢献を行う。 まず,第一に,間接金融から直接金融へと特徴付けられている日本版金融ビッグバンの構造 改革が,金融政策効果の波及経路,とりわけ,信用チャンネルに影響を与えたか否かことを, 実証分析する。第二に,日本版金融ビッグバンが銀行部門の各業態に与えた影響に関しては, その差異が存在するか否かを回帰分析により検討し,また,その差異により金融政策の各業 態における波及効果が異なるか否かも検証する。 本論文の構成は,以下の通りである。第 2 節では,日本版金融ビッグバンが企業の資金調 達行動に与えた影響について分析する。第 3 節では,銀行貸出チャンネルに関する先行研究 をサーベイする。第 4 節では,Ehrmann, et al.(2003)に基づき,実証分析で用いる推定式を 導出する。第 5 節では,実証分析を行う。第 6 節は,結論である。 2.日本版金融ビッグバンが企業の資金調達行動に与えた影響 本章では,日本版金融ビッグバンが,企業の資金調達行動に与えた影響を考察する。 日本版金融ビッグバンは,企業の資金調達手段の多様化に取り組み,株式の上場・公開の 円滑化を目指し,証券取引所の上場基準等の見直しを行った。また,次世代を担う高い成長 可能性を有した企業を対象として,東京証券取引所と大阪証券取引所ではそれぞれ新たな市 場であるマザーズとヘラクレスが創設された。さらに,1998 年に資産証券化に関する法律で ある SPC 法が施行された2)。SPC 法の成立に伴い,信用力の低い企業でも,収益性と安全性 の高い資産を利用し,比較的低コストでの資金調達が可能となった。 こうした日本版金融ビッグバンによる資本市場の改革により,資金の需要側である企業は 資金調達手段の選択肢が広がり,この結果,企業の銀行借入離れの動きが加速化した。 図 1 は,企業の資金需要および資金調達の変化を表したものである。図 1 より,90 年代前 半,バブルの崩壊に伴い,企業部門の資金需要が過不足から余剰へと転換し,企業の民間金 融機関貸出での資金調達比率がマイナスに変わっていることがわかる。また,90 年代後半か ら始まった日本版金融ビッグバンは企業の社債・株式の発行による資金調達の円滑化をもた らしたため,1999 年から 2005 年までの間,銀行借入による資金調達比率は,株式発行の増加 とともに,さらに低下していることがわかる。 これを業種別,規模別でみたものが,図 2,3 である。図では,企業を製造業と非製造業に 分け,さらに,それぞれを,大企業,中堅企業,中小企業に分けている。 図 2(a)より,製造業の大企業は,2001 年以降,リーマン・ショックが発生する前の 2007 年までの間,銀行借入金への依存度が大きく低下していることがわかる。さらに,1997 年か ら,有価証券の発行による資金調達の比率が増加している。とりわけ,株式での資金調達比

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日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響 (出 所 )内 閣府 「国 民 経済 計算 」,日本銀行「 資 金 循環統計 」より 作 成 図1 企 業の 資 金 需 要およ び資 金 調 達の 変 化

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( 注 1) 借 入金 = 短期借 入金 + 長期借 入金,以下の 図 において も 同 様。 ( 注 2) 株式 = 資 本金 + 資 本 準備 金,以下の 図 において も 同 様。 ( 注 3)大 企 業は 資 本金 10 億 円 以 上 の 法人 を 意味 する。 図 3(a)において も 同 様。 (出 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成 図2 製造 業 企 業の 資 金 調 達 構造 (a)大 企 業

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日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響 ( 注 )中 堅企 業は 1 億 円 以 上 10 億 円 未満 の 法人 を 意味 する。 図 3(b)において も 同 様。 (出 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成 (b)中 堅企 業

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( 注 )中 小企 業は 1 億 円 未満 の 法人 を 意味 する。 図 3( c)において も 同 様。 (出 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成 ( c)中 小企 業

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日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成 図3 非製造 業 企 業の 資 金 調 達 構造 (a)大 企 業

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(b)中 堅企 業 (出 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成

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日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響 ( c)中 小企 業 (出 所 ) 財 務 省 「 法人企 業 統計 」より 作 成

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率は 90 年代前半の横ばいの状態から上昇に転じていることがわかる。2008 年のリーマン・ ショック以降は,銀行借入金の比率が増加しているが,その比率は有価証券のそれより低い 水準にある。 図 3(a)より,非製造業の大企業は,その資金調達の銀行借入金への依存度が製造業の大 企業より高いとはいえ,資金調達構造の変化は,製造業の大企業とほぼ同じ傾向にあること がわかる。 同様に,図 2(b),図 3(b)より,中堅企業は,製造業,非製造業ともに,銀行借入金へ の依存度が依然として高いものの,日本版金融ビッグバンにより,資本市場を通じた資金調 達への道が開かれたことで,有価証券での調達比率が 2001 年以降,大きく増加し,10% まで 上昇していることがわかる。 一方,図 2(c),図 3(c)より,大企業,中堅企業より信用力の劣る中小企業の資金調達が 依然,銀行借入金に偏っており,企業の信用力を前提とした株式や社債といった有価証券の 比率が依然,低い水準に留まっていることがわかる。 以上,日本版金融ビッグバンにより,企業の資金調達における銀行借入金の重要性は,大 企業,中堅企業においては,相対的に低下しているといえるが,中小企業においては,依然, 銀行依存の状況にあることがわかる。 3.先行研究 これまで,金融政策効果の波及経路における銀行貸出チャンネルに関し,多くの先行研究 が行なわれてきた。

まず,理論分析については,Bernanke and Blinder(1988)は,伝統的な IS-LM モデルに 銀行貸出チャンネルを導入したモデルを提示している。伝統的な IS-LM モデルでは,貨幣 と債券の二つの資産が存在しており,債券と貸出は完全代替であることが想定されている。 これに対し,Bernanke and Blinder(1988)では,債券と貸出が不完全代替であることを想定 し,貨幣,債券,貸出の三つの資産が存在する状況下で,債券の金利,貸出の金利,所得水 準が決定されるモデル(CC-LM モデル)を提示した。また,Bernanke and Blinder (1988) は,比較静学に基づき,政策手段である銀行準備が,所得,貨幣量,信用量,金利に与える 効果を分析した。

Bernanke and Blinder(1988)のモデルに基づき,Kashyap and Stein(1994)は,銀行貸 出チャンネルが機能するための必要条件として,(1)企業にとって,各資金調達手段(銀行 貸出と債券)は不完全代替であり,負債構造の変化によって投資行動が影響を受ける,(2) 銀行にとって,貸出と債券は不完全代替であり,中央銀行は,預金準備率の調整を通して,

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要条件(3)については,価格が伸縮的である場合には,貨幣は実物経済に対し影響を与えな いため,金融政策は中立的となる。したがって,金融政策が総需要に影響を与えるためには, 前提となる条件であり,銀行貸出チャンネルというよりも金融政策そのものの有効性を問う ものである。Bernanke and Gertler(1995)に従い,必要条件(1)は「バランス・シート概 念」(balance sheet view),必要条件(1),(2)は「(銀行)貸出概念」(lending view)と呼 ばれることが多い。

次に,実証分析については,Romer and Romer(1990)は,マクロデータを使い,金融引 締後の銀行貸出の変化を分析し,銀行貸出と他の資産による資金調達との間に不完全な代替 関係が存在することを示し,さらに,銀行の資金調達手段が多様化されると,金融政策の銀 行貸出への影響力が弱まることを指摘した。

同様に,Bernanke and Blinder(1992)は,マクロデータを用い,金融引締政策後,ラグを 有するものの銀行貸出が減少し,生産量が変化することを示した。

また,Miron, Romer and Weil(1994)は,Bernanke and Blinder(1988)モデルに基づき, マネー・サプライに対するショックが,貨幣と貸出を通じ,総需要に与えるモデルを提示し, これに基づき,金融システムにおける構造変化が銀行貸出チャンネルに与えた影響を実証分 析した。その結果,貸出や預金準備からなる銀行の資産比率の上昇は,銀行貸出チャンネル の重要性を増大させること,また,銀行依存度の高い小企業の銀行借入による資金調達の比 率の上昇は,銀行貸出チャンネルの重要性を増大させることを示した。 以上の実証分析は,マクロデータを用いた分析であるが,銀行貸出の変化が,貸出需要に 起因するものであるか,または,貸出供給に起因するものであるかという識別問題が生じる。 すなわち,金融政策ショックによる金利の変動は,銀行の貸出活動に影響を与えると同時に, 金利チャンネルを通じて,企業の投資行動にも影響を与える。したがって,マクロデータか ら事後的に確認される銀行貸出の変化が,銀行の貸出供給能力の変化によるものであるか, 企業の投資行動に伴う銀行借入の変化によるものであるかを識別できないのである。

これに関し,Kashyap, Stein and Wilcox(1993)では,銀行貸出が,銀行貸出とコマーシャ ル・ペーパーの合計に占める比率(銀行貸出/(銀行貸出+コマーシャル・ペーパー))として 定義される「mix」という指標を用いて分析した。コマーシャル・ペーパーは,銀行貸出の代 替的な資金調達手段であるため,その変化には,銀行貸出需要の変化の情報が含まれており, その結果,貸出需要要因と貸出供給要因を識別できるとしている。また,Kashyap, Stein and Wilcox(1993)は,金融引締政策の後,銀行貸出の減少とともに,コマーシャル・ペーパー による資金調達が増加することを示している。

しかしながら,Oliner and Rudebusch(1993)は,「mix」による識別が可能であるために は,金融政策ショックが,資金調達をする企業において,銀行借入需要に与える影響とコマ

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摘している。これに関し,Friedman and Kuttner(1993)は,コマーシャル・ペーパーの発 行需要の変化は,銀行借入需要よりも早く,かつ,大きく変化するため,銀行借入需要に与 える影響とコマーシャル・ペーパーの発行需要に与える影響が均一であるという仮定は非現 実的であると指摘している。 こうしたマクロデータにおける識別問題に対し,近年では,ミクロデータを用いた分析が 行われるようになってきている。 ミクロデータを用いる利点に関し,細野(2010)は,「ミクロデータを用いることで,貸出 供給を貸出需要から識別することができる。例えば,金融引き締め政策は金利の上昇や為替 レートの増価を通じて企業の設備投資を抑制し,銀行貸出に対する需要を減少させる。この ような,政策によって誘発された貸出需要の変化は,マクロショックだとみなすことができ る。他方,貸出の変化が銀行間で異なっていれば,このミクロレベルの違いは,銀行貸出の 供給曲線のシフトの違いだとみなして差支えないだろう。識別の問題を克服できることは, ミクロデータの分析の利点である。」と述べている。 Ehrmann, et al.(2003)は,ミクロデータを用い,ユーロ圏における銀行貸出チャンネルの 有効性について実証分析を行っている。Ehrmann, et al.(2003)では,個別の銀行を識別する 指標として,すなわち,貸手と借手の間の情報の非対称性を代理する指標として,総資産規 模,流動性資産,自己資本比率を用いた分析を行なっている。 また,先述の細野(2010)は,Ehrmann, et al.(2003)と同様に,個別の銀行を識別する指 標として,総資産規模,流動性資産,自己資本比率という三つの指標を使い,銀行ダミー変 数と年次ダミー変数を導入した 2 方向固定効果モデルを推定し,銀行貸出チャンネルの有効 性を実証分析した。 しかしながら,細野(2010)で用いられた推計期間(1977 年-1999 年)においては,日本 では日本版金融ビッグバンに基づく金融の自由化が進展し,推計で用いられた三つの指標に おいて構造変化が生じている可能性を否定できない。例えば,デリバティブの開発が,銀行 の利用可能な流動性資産を変化させた可能性や,会計基準の見直しや BIS 規制の導入が自己 資本に対する制約を変化させた可能性がある。 したがって,本論文では,Ehrmann, et al.(2003)のモデルに基づき,ミクロデータを用い, さらに日本版金融ビッグバンがもたらした構造変化を考慮し,日本における銀行貸出チャン ネルの有効性を実証分析する。 4.モデル 本章では,Ehrmann, et al. (2003)に基づき,本論文で用いる推定式を導出する。 まず,貸出市場において独占競争的に行動する個別の銀行 i のバランス・シートの恒等式

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を, L+S= D+B+C (1) と定義する。但し,Lは貸出量,Sは証券保有量,Dは預金量,Bは債券など元本保証のな い預金以外の資金調達量,Cは資本である。 また,貸出需要 L L

= −a⋅r +a⋅y+a⋅ p (2)

と特定化する。但し,r は銀行 i の貸出金利,y は実質総産出量,p は物価水準であり,す べての係数は正であるとする。(2)式は,貸出需要は,貸出金利の減少関数,実質総産出量 および物価水準の増加関数であることを意味する。 ここで,単純化のために,貸出量は自己資本の一定割合として決定され,さらに,証券保 有量は預金の一定割合として決定されると仮定する。前者の仮定はバーゼル合意における自 己資本比率規制を表し,後者の仮定は銀行は流動性リスクを一定に維持することを表してい る。したがって, C= k⋅ L (3) S= s⋅ D (4) が成立する。 預金 Dは保証されるが,付利はなく,支払手段として用いられると想定する。このとき, 預金需要は,無リスク資産の金利 rの減少関数となるため, D = −b⋅r (5) と表せる。 一方,預金以外の資金調達 Bについては,元本保証がないため,そのリスクを相殺する外 部プレミアムが必要となる。この外部プレミアムは,個別銀行 i の健全性 xに依存しており, 健全性 xが高いほど外部プレミアムが小さくなると想定する。したがって,銀行 i の預金以 外の資金調達手段にかかる金利 rは, r = r⋅ ( μ−c⋅ x) (6) と表せる。但し,すべての i について μ−c⋅ x≥0 が成立する。 以上の想定の下で,銀行 i の利益 ππ= L⋅r +S⋅r−B⋅r −ψ (7) と表せる。但し,ψは追加的に発生する個別の銀行に特有の管理費用を表す。(1)〜(5)式 を(7)式に代入し,これに,貸出市場の均衡条件(L=L)を用いると,(7)式は, π= L

a1 ⋅ L+ aa⋅y+ aa⋅ p

+s⋅ D⋅r−  (1−k ) ⋅ L− (1−s ) ⋅ D ⋅r −ψ(8) 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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L= a2 ⋅y+a2 ⋅ p−a⋅ μ⋅ (1−k )2 ⋅r+a⋅c ⋅2(1−k )⋅ x⋅ra2 ⋅∂L∂ψ (9) を得る。 伝統的な monetary view に基づけば,情報の非対称性が存在しないため,外部金融プレミ アム xはゼロとなり,rが rと等しくなり,すべての銀行は金融政策に対し同じ反応をす る。すなわち,金融引締政策が行われ,rが上昇すると(5)式より預金需要が減少する。こ のとき,銀行がバランス・シートの資産側を一定に維持するならば,預金以外の手段 Bによ り資金調達を行う必要がある。しかしながら,(6)式より,金融引締政策により,預金以外 の調達手段にかかる金利 rも上昇する。銀行はこの資金調達コストの上昇分の一部を貸出 金利 r に転嫁する。この結果,貸出需要が減少するのである。これは,(9)式の rの係数 が負であることに表されている。 これに対し,情報の非対称性が存在する場合には,銀行は預金以外の手段で資金を調達す る際,一定の調達コストを払う必要がある。その必要とされる調達コストは銀行によって異 なる。ここで,先述の貸出量の変化の原因が供給側にあるのか,または,需要側にあるのか という識別問題に関し,Ehrmann, et al.(2003)では,貸出需要は銀行の健全性に関係がな く,常に一定であると想定することで,金融政策に対する貸出量の変化における銀行間の差 異を供給側の要因として識別している4)。このとき,(9)式における x ⋅rの係数 a⋅c(1−k ) 2 が有意であるならば,金融政策が貸出供給に影響を与えることを意味する。 Ehrmann, et al.(2003)は,銀行の固有効果 xについては,総資産規模,流動性比率,自 己資本比率という三つの指標を用いている。 本論文でも,Ehrmann, et al.(2003)に従い,銀行の固有効果として,総資産規模,流動性 資産比率,自己資本比率という三つの指標を用いる。これは,細野(2010)でも述べられて いる通り,金融政策に対する銀行の反応は,銀行の資金調達に伴う情報の非対称性に依存し, 情報の非対称性は,銀行の規模,流動性比率,自己資本比率の三つの要因によって影響を受 けると考えられるからである。 まず,銀行の規模に関しては,大銀行はリスク分散をしやすい,または,より高い名声を 築けるので,情報の非対称性の問題を解消できる可能性がある。この結果,規模の大きい銀 行ほど金融政策ショックに対する反応は小さくなると考えられる。 次に,流動性資産比率に関しては,流動性資産を多く保有している銀行は,金融引締政策 が行われたとき,内部資金である流動性資産をバッファー・ストックとして取り崩すことが できる。内部資金は情報の問題とは無関係であるため,流動性資産の少ない銀行に比べると, 銀行貸出の減少は小さくなると考えられる。この結果,流動性資産比率の高い銀行ほど,金 融政策ショックに対する反応は小さくなると考えられる。 最後に,自己資本比率に関しては,自己資本を多く保有している銀行は健全な経営を行う

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インセンティブが強いと考えられるため,モラル・ハザードや逆選択などの情報の問題を軽 減できる。この結果,自己資本の少ない銀行と比べると,金融政策ショックに対する反応は 小さくなると考えられる。しかしながら,その一方で,自己資本比率規制が課せられると, 自己資本の少ない銀行は金融緩和政策のもとでも貸出を増やすことができない。こうした状 況下では,自己資本の多い銀行は少ない銀行よりも貸出を増やすと考えられる。したがって, 自己資本比率の高い銀行の金融政策ショックに対する反応の大きさは,上述の二つの効果の 大小関係によって決まってくると考えられる。 以上の考察に基づき,実証分析においては,以下の推定式を用いる。

ln ( Loans ) = β+βln ( Assets ) +βLiquidityAssets  

  +β

Equity 

Assets 

+βln ( Assets ) ×Call+βLiquidity 

Assets  ×Call

Equity 

Assets ×Call+βln ( Loans ) +∑μYear +f+ε 

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但し,t は時間,i は銀行を表す添え字であり,Loan は銀行貸出残高,Asset は総資産,

Liquidity は流動性資産,Equity は総資本,Call は金融政策手段であるコール・レート,

Year は年次ダミー変数,fは銀行に関する固定効果を表す定数項,ε は攪乱項である。ま た,貸出需要と貸出供給に影響するマクロ経済ショック(つまり,金融政策ショック,GDP 成長率,インフレ率,BIS 自己資本比率規制の導入などの規制変化などのマクロ経済ショッ ク)が年次ダミー変数により捉えられたため,金融政策手段であるコール・レートの単体を 推定式に加える必要がないと考えられる。 先述の通り,銀行規模とコール・レートの交差項の係数の符号条件は β>0,流動性資産比 率とコール・レートの交差項の係数の符号条件は β>0,自己資本比率とコール・レートの交 差項の係数の符号条件は β≷0 となる。 本論文では,(10)式を銀行ダミー変数と年次ダミー変数を導入した 2 方向固定効果モデル を用い回帰分析し,日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルにどのような影響を与えた かを分析する。 5.実証分析 5-1.データ 実証分析で用いる銀行のバランス・シートのデータはすべて「日経 NEEDS Financial QUEST」より入手した。標本期間は,1980 年から 2007 年までとし,各年 3 月末の決算期の 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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表 1 記述統計量 0.030 [154](0.009) 0.072 [143](0.034) 13.532 [154](1.223) 13.053 [154](1.150) 1980 資本/総資産 (国債+コール・ ローン)/総資産 総資産(対数値) 貸出(対数値) 年(各 3 月期) (a)全サンプル 1984 0.028 [154](0.007) 0.079 [152](0.036) 13.806 [154](1.260) 13.334 [154](1.169) 1983 0.028 [154](0.008) 0.077 [151](0.034) 13.723 [154(1.249) 13.240 [154](1.164) 1982 0.030 [154](0.008) 0.077 [146](0.035) 13.615 [154](1.224) 13.129 [154](1.148) 1981 13.635 [153](1.234) 1987 0.027 [153](0.007) 0.079 [151](0.035) 14.019 [153](1.285) 13.558 [153](1.205) 1986 0.027 [154](0.008) 0.079 [152](0.036) 13.970 [154](1.302) 13.522 [154](1.208) 1985 0.028 [154](0.007) 0.080 [153](0.036) 13.883 [154](1.267) 13.425 [154](1.182) 14.442 [152](1.368) 13.959 [152](1.275) 1990 0.031 [153](0.007) 0.085 [153](0.033) 14.325 [153](1.355) 13.846 [153](1.279) 1989 0.028 [153](0.007) 0.084 [153](0.034) 14.199 [153](1.320) 13.730 [153](1.254) 1988 0.027 [153](0.008) 0.081 [152](0.034) 14.109 [153](1.310) 0.083 [137](0.037) 14.432 [140](1.243) 14.034 [140](1.194) 1993 0.036 [144](0.007) 0.080 [142](0.039) 14.424 [144](1.262) 13.977 [144](1.200) 1992 0.035 [146](0.007) 0.080 [145](0.032) 14.418 [146](1.309) 13.959 [146](1.233) 1991 0.034 [152](0.008) 0.084 [152](0.033) 0.037 [145](0.011) 0.072 [139](0.035) 14.532 [145](1.262) 14.167 [145](1.214) 1996 0.038 [145](0.008) 0.079 [140](0.038) 14.548 [145](1.264) 14.160 [145](1.216) 1995 0.038 [142](0.008) 0.079 [140](0.039) 14.510 [142](1.259) 14.114 [142](1.213) 1994 0.038 [140](0.008) 2000 0.042 [122](0.018) 0.078 [120](0.035) 14.446 [124](1.173) 14.078 [124](1.116) 1999 0.036 [132](0.017) 0.077 [128](0.030) 14.433 [132](1.175) 14.082 [132](1.116) 1998 0.037 [141](0.011) 0.071 [137](0.036) 14.478 [141](1.225) 14.126 [141](1.181) 1997 13.949 [99](0.965) 2003 0.047 [103](0.030) 0.105 [87](0.043) 14.344 [103](1.099) 13.966 [103](1.031) 2002 0.056 [112](0.058) 0.107 [104](0.042) 14.423 [112](1.244) 14.043 [112](1.177) 2001 0.055 [121](0.057) 0.088 [115](0.040) 14.432 [122](1.199) 14.076 [122](1.142) 14.484 [115](1.161) 14.110 [113](1.029) 2006 0.055 [111](0.041) 0.127 [86](0.040) 14.500 [111](1.226) 14.116 [109](1.083) 2005 0.054 [104](0.067) 0.118 [83](0.040) 14.391 [104](1.080) 14.017 [103](0.952) 2004 0.044 [99](0.013) 0.113 [82](0.043) 14.340 [99](1.023) 0.037 [3827](0.026) 0.086 [3629](0.039) 14.239 [3830](1.277) 13.815 [3823](1.214) 1980-2007 0.059 [117](0.047) 0.126 [98](0.040) 14.525 [117](1.149) 14.164 [115](1.028) 2007 0.058 [115](0.043) 0.125 [88](0.040)

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には,1980 年から 1996年をビッグバン前,1997 年から 2007 年をビッグバン後と想定した。 金融庁と全国銀行協会の統計資料を基準とし,銀行を都市銀行,長期信用銀行,信託銀行, 地方銀行,第二地方銀行に業態別に分類した。また,銀行間の買収・合併に関しては,全国 銀行協会の「銀行変遷史データベース」により,買収・合併に関与した銀行の買収・合併に 携わった年,および,その後の 2 年間のデータは標本から除外した。合併後新設された銀行 は,合併前の銀行と異なる銀行として扱った。 銀行の規模については,総資産の対数値を代理変数として用いた。流動性資産比率につい ては,入手可能なコマーシャル・ペーパー,普通社債のデータに制約があったため,総資産 に対する国債とコールローンの合計比率を用いた。自己資本比率については,総資産に対す る総資本の比率を用いた。また,金融政策のスタンスを測るために,金融政策手段であるコ ール・レートの各年度平均値(各年 3 月に先行する 12ヶ月間の平均値)を用いた。 表 1 は,実証分析に用いた各変数の記述統計量を示したものである。 5-2.推計結果 表 2 は,標本期間を 1980 年から 2007 年までとした場合の推計結果である。以下では,銀 行の規模(総資産)とコール・レートの交差項(β),流動性資産比率とコール・レートの交 差項(β),および,自己資本比率とコール・レートの交差項(β)に焦点を絞り議論する。 表 2 の第 1 列は,全銀行に対して行った推計結果である。まず,銀行の規模とコール・レ ートの交差項については,符号条件を満たし正で有意となっている。これは,規模の大きい 銀行ほど金融政策ショックに対する反応は小さくなることを意味している。次に,流動性資 産比率とコール・レートの交差項については,符号条件を満たし正で有意となっている。こ れは,流動性資産比率の高い銀行ほど金融政策ショックに対する反応は小さくなることを意 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響 (注 1)上段の数値は,平均値である。 (注 2)下段の( )内の数値は,不均一分散一致標準誤差である。 (注 3)下段の[ ]内の数値は,観測値数である。

(出所)「日経 NEEDS Financial QUEST」より作成

0.027 [233](0.013) 0.059 [232](0.035) 17.005 [233](0.728) 16.404 [233](0.746) 都市銀行 資本/総資産 (国債+コール・ ローン)/総資産 総資産(対数値) 貸出(対数値) 業態 (b)業態別 地方銀行 0.040 [76](0.030) 0.085 [78](0.038) 16.633 [79](0.655) 16.085 [79](0.664) 長期信用銀行・ その他 0.056 [166](0.081) 0.098 [151](0.054) 15.440 [166](1.219) 14.788 [159](0.987) 信託銀行 0.035 [1665](0.026) 0.072 [1545](0.032) 13.406 [1665](0.775) 13.053 [1665](0.787) 第二地方銀行 0.039 [1687](0.011) 0.102 [1623](0.038) 14.448 [1687](0.821) 14.010 [1687](0.821)

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流 動 性資 産 比率 0. 129 *** (0 .033) 0. 029 * (0 .01 7) 0. 392 * (0 .192) 0. 29 7*** (0 .093) 0. 100 * (0 .0 52) 0. 13 5*** (0 .02 5) 総 資 産(対 数 値 ) 第二 地 方銀行 地 方銀行 長期 信 用 銀行・ その他 信 託 銀行 都 市銀行 全 − 0. 00 4* (0 .002) 0. 002 *** (0 .000) 総 資 産(対 数 値 )× コ ール レ ー ト − 0. 17 6 (0 .1 79) 0. 91 7*** (0 .20 4) 6. 89 5* (3 .9 74 ) 3. 185 ** (1 .366) 4. 25 0** (1 .7 01) 0. 032 (0 .233) 自 己 資 本 比率 − 0. 07 0 (0 .06 4) 0. 13 8*** (0 .0 49) − 0. 055 (1 .316) − 0. 175 (0 .696) 0. 592 (0 .6 42) − 0. 078 (0 .0 79) − 1. 020 (1 .102) − 0. 326 (0 .21 8) − 1. 144 ** (0 .45 9) − 0. 16 8*** (0 .0 49) 自 己 資 本 比率 × コ ール レ ー ト 0. 003 (0 .016) − 0. 003 (0 .009) − 0. 300 (0 .3 52) − 0. 077 (0 .111) − 0. 078 (0 .09 8) 0. 029 * (0 .01 5) 流 動 性資 産 比率 × コ ール レ ー ト 0. 001 * (0 .001) 0. 002 *** (0 .001) 0. 001 (0 .011) − 0. 006 (0 .00 4) 0. 99 8 0. 999 0. 996 0. 99 5 0. 999 0. 999 自由 度 修正 済み R  0. 83 8*** (0 .03 8) 0. 88 9*** (0 .023) 0. 726 ** (0 .2 72) 0. 745 *** (0 .0 56) 0. 847 *** (0 .0 55 ) 0. 83 5*** (0 .029) 総貸出(対 数 値 ) ( t− 1) − 0. 066 (0 .0 41) − 0. 136 *** (0 .0 43) 148 0 15 33 71 14 2 20 7 34 33 観測 値 数 ( 注 1) ダミ ー 変 数 以外の 説 明 変 数 は,1 期ラ グ 値 で あ る。 ( 注 2) ( )内は, ホワ イト 修正 を行った不 均 一分 散 一 致 標 準 誤 差 で あ る。 ( 注 3) *** , **, *はそれ ぞ れ 有意水準 1% , 5% ,10 % で 有意 で あ ることを 示 す。 表 2 全標本期間

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有意であった。この結果は,自己資本比率規制の存在により,自己資本の少ない銀行ほど金 融緩和政策のもとでも銀行貸出を増やせないことを意味している。 表 2 の第 2 列から第 5 列までは,業態ごとに行った推計結果である。都市銀行については, 銀行の規模とコール・レートの交差項については,符号条件を満たさず負で有意となった。 これは,平成 2 年以降都市銀行の提携・合併が頻繁に起きる中,都市銀行はバランス・シー トを健全化するため,貸出を削減していた可能性を示していると考えられる。次に,流動性 資産比率とコール・レートの交差項については,符号条件を満たさず負であったが有意では なかった。最後に,自己資本比率とコール・レートの交差項については,符号条件は負で有 意であった。 信託銀行と長期信用銀行については,銀行の規模とコール・レートの交差項,流動性資産 比率とコール・レートの交差項,および,自己資本比率とコール・レートの交差項のうち符 号条件を満たし,かつ,有意なものは存在しなかった。 地方銀行に関しては,銀行の規模とコール・レートの交差項については,符号条件を満た し正で有意となった。また,自己資本比率とコール・レートの交差項については,符号条件 は負で有意であった。以上の結果の解釈は,先述の通りである。 最後に,第二地方銀行については,銀行の規模とコール・レートの交差項についてのみ符 号条件を満たし有意となった。 表 3 は全標本期間を 1980 年から 1996年のビッグバン前と 1997 年から 2007 年のビッグバ ン後に分割して行った推定結果である。まず,表 3(a)より,日本版金融ビッグバン前の時 期において,全銀行を対象とした場合,流動性資産比率とコール・レートの交差項について は,符号条件を満たし正で有意となっている。また,自己資本比率とコール・レートの交差 項については,符号条件は負で有意となっている。しかしながら,表 3(b)より,日本版金 融ビッグバン後の時期においては,銀行の規模とコール・レートの交差項,流動性資産比率 とコール・レートの交差項,および,自己資本比率とコール・レートの交差項のいずれも有 意となっていないことがわかる。この結果は,日本版金融ビッグバンにより,大企業,中堅 企業を中心に,資本市場を通じた資金調達が容易となり,銀行貸出への依存度が低下したた め,金融政策の効果波及経路における銀行貸出チャンネルを通じた効果が低下したことを意 味している。 表 3 の第 2 列から第 4 列までは,業態毎に期間別に行った推計の結果である。まず,主要 行(都市銀行,信託銀行,長期信用銀行)では,流動性資産比率とコール・レートの交差項 が,日本版金融ビッグバン前の時期において符号条件を満たし有意であったが,日本版金融 ビッグバン後において符号条件を満たすものの有意ではなくなっている。一方,自己資本比 率とコール・レートの交差項については,日本版金融ビッグバン前の時期において符号は負 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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流動性資産比率 0.077*** (0.026) 0.020 (0.024) 0.089 (0.084) 0.088** (0.042) 総資産(対数値) 第二地方銀行 (a)推計期間:1981-1996 地方銀行 主要行 全 −0.000 (0.003) 0.000 (0.001) 総資産(対数値)× コールレート −0.314 (0.652) −1.194* (0.651) 1.997 (1.573) −0.330 (0.513) 自己資本比率 −0.206 (0.177) 0.288*** (0.080) −1.705*** (0.606) −0.097 (0.133) 0.123 (0.094) −0.886*** (0.324) −0.158*** (0.039) 自己資本比率× コールレート 0.048* (0.026) −0.021* (0.012) 0.213*** (0.076) 0.034** (0.016) 流動性資産比率× コールレート −0.001 (0.001) −0.000 (0.001) 0.998 0.999 0.998 0.999 自由度修正済み R 0.835*** (0.043) 0.884*** (0.035) 0.768*** (0.051) 0.819*** (0.030) 総貸出(対数値) (t−1) −0.055 (0.081) 1022 990 328 2340 観測値数 (注 1)ダミー変数以外の説明変数は,1 期ラグ値である。 (注 2)( )内は,ホワイト修正を行った不均一分散一致標準誤差である。 (注 3)***,**,* はそれぞれ有意水準 1%,5%,10% で有意であることを示す。 (注 4)主要行に都市銀行,信託銀行,長期信用銀行が含まれている。 表 3 標本期間分割 流動性資産比率 0.266*** (0.047) 0.066*** (0.025) 0.624*** (0.188) 0.192*** (0.027) 資産(対数値) 第二地方銀行 (b)推計期間:1997-2007 地方銀行 主要行 全 −0.049 (0.054) 0.002 (0.008) 総資産(対数値)× コールレート −0.092 (0.151) 0.948*** (0.243) −0.447 (0.752) −0.035 (0.176) 自己資本比率 −0.118* (0.062) −0.016 (0.061) −1.393** (0.532) −0.153*** (0.041) 0.007 (0.653) 11.484*** (2.865) 0.675 (0.760) 自己資本比率× コールレート −0.042 (0.338) −0.066 (0.108) 2.561 (1.689) −0.101 (0.150) 流動性資産比率× コールレート 0.007 (0.010) −0.001 (0.008) 0.998 0.998 0.997 0.999 自由度修正済み R 0.641*** (0.056) 0.764*** (0.044) 0.309 (0.204) 0.759*** (0.029) 総貸出(対数値) (t−1) −0.289 (0.926) 458 543 92 1093 観測値数

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版金融ビッグバンにより自己資本規制が強化されるにつれ,情報の非対称性の問題が解消し つつあることを示していると考えられる。 地方銀行については,主要行と同様,流動性資産比率とコール・レートの交差項が,日本 版金融ビッグバン前の時期において符号条件を満たし有意であったが,日本版金融ビッグバ ン後において符号条件を満たすものの有意ではなくなっている。 最後に,第二地方銀行については,流動性資産比率とコール・レートの交差項が,日本版 金融ビッグバン前において符号条件を満たさず有意であったものが,日本版金融ビッグバン 後は符号条件を満たすものの有意ではなくなっている。 以上の結果より,日本版金融ビッグバンにより,大企業,中堅企業を中心に,資本市場を 通じた資金調達が容易となり,銀行貸出への依存度が低下したため,金融政策の効果波及経 路における銀行貸出チャンネルを通じた効果,とりわけ,流動性資産比率を通じた効果が低 下したことが示された。 6.おわりに 日本版金融ビッグバンにより,大企業,中堅企業を中心に,資本市場を通じた資金調達が 容易となったため,資金調達における銀行借入の重要性は相対的に低下した。 本論文では,日本版金融ビッグバンが,金融政策効果の波及経路,とりわけ,銀行貸出チ ャンネルに与えた影響を実証分析した。実証分析においては,Ehrmann, et al.(2003)のモデ ルに基づき,推定式を導出した。また,マクロデータを用いる際に問題となる貸出需要と貸 出供給を識別するため,各銀行の固有効果である銀行規模,流動性資産比率,自己資本比率 と政策手段であるコール・レートとの交差項を推定式に含め,さらに,ミクロデータを用い た。 分析の結果,全銀行を対象とした場合,日本版金融ビッグバン前の時期においては,流動 性資産比率とコール・レートの交差項については,符号条件を満たし正で有意となり,また, 自己資本比率とコール・レートの交差項については,符号条件は負で有意となった。しかし ながら,日本版金融ビッグバン後の時期においては,銀行の規模とコール・レートの交差項, 流動性資産比率とコール・レートの交差項,および,自己資本比率とコール・レートの交差 項のいずれも有意とならなかった。この結果は,日本版金融ビッグバンにより,大企業,中 堅企業を中心に,資本市場を通じた資金調達が容易となり,銀行貸出への依存度が低下した ため,銀行貸出チャンネルを通じた効果が低下したことを意味していると考えられる。 しかしながら,本論文の分析には,いくつかの課題が残されている。 まず,第一に,本論文では,銀行ダミー変数と年次ダミー変数を導入した 2 方向固定効果 日本版金融ビッグバンが銀行貸出チャンネルへ与えた影響

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示す必要がある。第二に,流動性資産として,国債とコールローンの合計値を用いた。これ は,データの制約上やむを得なかった問題ではあるが,コマーシャル・ペーパーや普通社債 も含めた方が好ましいと考えられる。第三に,本論文の推計期間においては,多くの期間, いわゆる「ゼロ金利政策」が採用されており,金融政策スタンスが必ずしもコール・レート には反映されていない。したがって,量的緩和政策を考慮した金融政策手段を説明変数とし て用いた分析も行った方がよい。第四に,本論文では,銀行の貸出行動に着目したが,企業 の規模によって,資金調達における銀行貸出への依存度は異なっている。このため,金融政 策が企業の資金調達行動に与える影響も分析する必要がある。 したがって,これらについては,今後の課題としたい。 * 加藤裕己先生には,修士課程の二年間,温かいご指導を戴きました。心より感謝申し上げま す。加藤裕己先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 注 1 )金融政策の効果波及経路については白川(2008)を併せて参照のこと。 2 )金融機関が不良債権の自力処理を行うための環境整備の一環として,土地・債権の流動化を図 る対策が進められた。1997 年 3 月 24 日に打ち出された「担保不動産流動化総合対策」では,担 保不動産の収益性を高めるために不整形地の有効利用や集約化の方策や,担保不動産の流動化 のため特別目的会社(SPC)その他を活用する方策,などが提示された。SPC 法は,これを受 け,1998 年 6月に成立していた。詳細は田中(2005)を参照のこと。 3 )必要条件(2)に関し,白川(2008)は,日本を含め金融市場の発達した主要国では準備預金制 度は金融政策の手段としては使われていないが,銀行部門は準備預金の機会費用であるオーバ ーナイト金利を見ながら,積みのパターンを決定し,中央銀行はオーバーナイト金利の誘導目 標の設定を通して,銀行の積みパターンに影響を与えるため,中央銀行が準備預金への影響力 を完全に失うとは考えにくいとしている。 4 )Ehrmann, et al.(2003)では,ユーロ圏においては,銀行借入が企業にとって重要な資金調達手 段であり,とりわけ,金融引締めの際,すべての企業は,利用可能な資金調達手段が限られる ため。金利に対する資金需要の感応度は銀行の規模に関係がないという想定が適切であるとし ている。 参 考 文 献 田中隆之(2005)「日本における不良債権問題の「先送り」」『平成バブル先送りの研究』 第 5 章 東 洋経済新報社 白川方明(2008)『現代の金融政策―理論と実際』日本経済新聞出版社 内藤啓介(1999)「日本版金融ビッグバンによって登場する金融商品の個人金融資産運用への影響」 富士総研リサーチペーパー 西村吉正(2003)『日本の金融制度改革』東洋経済新報社 日本銀行(2005)「金融システム・レポート:金融システムの現状と評価」日銀ホームページより入

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表 1 記述統計量 0.030 [154](0.009)0.072[143](0.034)13.532[154](1.223)13.053[154](1.150)1980 資本/総資産(国債+コール・ローン)/総資産総資産(対数値)貸出(対数値)年(各 3 月期)(a)全サンプル 1984 0.028 [154](0.007)0.079[152](0.036)13.806[154](1.260)13.334[154](1.169)19830.028[154](0.008)0.077[151](0.034)1

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