高橋昭男 成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二) 伊都満底草巻之二 ① 六 月 某 日、 桂 晴 蓑 福 緇 衣 唐 華 陽 等、 會 二于 誰 園 之 荷 花 池 上 一、 妓 阿 鳥 有 レ約 不 レ來、 有 二小 藤 者 一至、 其 醜 似 レ猴、 又 似 レ蟾、 坐 客 皆 不 レ懽、因題 二一絶 一 晴蓑作畫于緇衣氏之扇 六 月 某 日、 桂 け い せ い す い 晴 蓑 ・ 福 ふく 緇 し い 衣 ・ 唐 とう 華 か 陽 よう 等、 誰 す い え ん 園 の 荷 は す 花 池 の ほ と り に 会 す。 妓 ぎ 阿 お ち よ う 鳥 は 約 有 り て 来 ら ず。 小 藤 な る 者 有 て 至 る。 そ の 醜 た る や 猴 こう に 似、 又、 蟾 せん に 似 た り。 坐 客 皆 懌 よろこ ば ず。 因 つ て 一 絶 を題す。 晴蓑、画を緇衣氏の扇に作す。 武昌喫霞仙史 三鞭美酒幾杯傾 三 さんべん 鞭 の美酒 幾杯か傾く 談 レ志開 レ襟到 二二更 一 志を談じ 襟を開きて 二 に 更 こう に到る 只是今宵有 二遣憾 一 只是れ 今宵 遺憾有り 不 レ聴 二鳥 語 一聴 二蛙聲 一 鳥語を聴かず 蛙声を聴く 語 注 ◯ 桂 晴 蓑 = 桂 川 甫 周 の こ と。 ◯ 福 緇 衣 = 福 沢 諭 吉 の こ と。 緇 衣 は 福 沢 が 若 い 頃 使 っ た 号 子 し い 囲 の 宛 字。 緇 衣 は 墨 染 め の 衣 の 意 で あ る か ら、 真 面 目 で、 座 の 酔 狂 か ら 距 離 を 保 っ て い た 福 沢 へ の 春 三 ら しい当てこすりであろう。 ◯唐華陽=神田孝平のこと。 「からかよふ」 で、 ( 神 田 ) か ら 通 ふ、 の 意。 ③ 語 注 参 照。 ◯ 蟾 = ひ き が え る。 ○ 懌 = よ ろ こ ぶ。 た の し む。 ◯ 武 昌 喫 霞 仙 史 = ぶ し ょ う き っ か せ ん し。 (何々) 節を聞かしゃんせ、 の宛字。 柳河春三のこと。 ◯三鞭美酒=シャ ン パ ン の こ と。 ◯ 二 更 = 午 後 十 時。 ◯ 鳥 語 = お 鳥 の 声 を 指 す。 ◯ 蛙 声=お藤の声。 評 釈 春 三 の 前 書 に は、 「( 『 伊 都 満 底 草 』 が ) 余 ガ 青 年 ノ 比 ころ 柳 春 三 桂 月 池 等 ノ 人 々 ト 会 飲 ス ル 毎 ニ 各 筆 ト リ テ 見 聞 キ シ コ ト ヲ 書 キ タ ル 反 故 」( 『 花 月 新 誌 』 十 七 号 ) と い う 柳 北 の 証 言 そ の ま ま の 会 合 の 様 子 が 描 か れ て い る。 柳 春 三 は 柳 河 春 三、 月 池 は 桂 川 甫 周 の 号 で あ る。 お そ ら く 滅 多 に 顔 を 出 さ な か っ た で あ ろ う 福 沢 諭 吉 が 参 席 し て い る
成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二)
高
橋
昭
男
成蹊人文研究 第二十二号(二〇一四) の も 興 味 深 く、 陪 席 す る 芸 妓 の 名 も 具 体 的 で あ る。 列 席 す る 洋 学 者 た ち と、 彼 女 た ち の 親 密 な 関 係 も ほ の 見 え て、 柳 北 邸 の サ ロ ン の 自 由 闊 達 な 雰 囲 気 が う か が え る。 マ ド ン ナ の お 鳥 が 来 ら れ ず、 当 て 馬 の 小 藤 が と ん で も な い 醜 女 で、 連 中 が 落 胆 し て い る と こ ろ を、 春 三 は た く み に 七 言 絶 句 に 仕 立 て る と、 す か さ ず 甫 周 が 福 沢 の 扇 子 に 絵 を入れて、 その絶句を賛とした。 絵柄には猿と蛙が描かれた (③参照) 。 俗の世界に遊ぶ風流韻事の楽しげな光景である。 ② 代 二妓小藤 一解 レ嘲 妓小藤に代りて嘲を解く 誰園主人 諸君呼 レ妾作 二獼猴 一 諸君 妾を呼ぶに 獼 び 猴 こう と 作 な す 妾面肖 レ猴何足 レ憂 妾 の 面 猴 に 肖 に れ ど も 何 ぞ 憂 ふ る に 足 ら ん 請看堂々君子國 請ふ看よ 堂々の君子国 猴而冠者不 二曾羞 一 猴にして冠する者 曽て羞ぢざるを 語 注 ◯ 獼 猴 = さ る。 大 ざ る。 ◯ 君 子 国 = 日 本 を い う。 ◯ 猴 而 冠 者 =豊臣秀吉は猿面で、 「猿面冠者」とあだ名をつけられた。 評釈 ①の春三の戯画的絶句を、 柳北はあざやかな諧謔をもって引っ く り 返 す。 芸 妓 は い わ ば 当 時 と し て は 低 い 身 分 の 女 性 で あ る が、 遊 び の 場 に お い て は、 客 は 彼 女 ら を 決 し て 粗 略 に は 扱 わ な い。 そ れ が 嗜 み と い う も の で あ る。 ふ だ ん の 宴 席 で、 小 藤 は 笑 い の タ ネ に さ れ て い た で あ ろ う。 こ の 席 に お い て も そ う で あ っ た か も 知 れ な い が、 小 藤 と て 先 刻 承 知 で、 春 三 の 巫 山 戯 に 笑 み を 浮 か べ な が ら、 軽 く や り 過 ご し た で あ ろ う。 そ の 笑 い の 中 に 柳 北 は、 一 抹 の 悲 哀 を 感 じ た の か も 知 れ ず、 あ ろ う こ と か 太 閤 秀 吉 を 引 っ 張 り 出 し て、 小 藤 を こ の場のヒロインに祭りあげ、いたわってみせたのである。 ③ 晴蓑漁隠の筆なる猴と蛙かきたる扇にかきつけける 河淮經略姑蘇監田唐通 此 夜 盛 會。 衆 惜 二福 郎 之 歸 一。 強 留 不 レ可 而 去 矣。 邦 音 歸 與 蛙 通 去 與 猴 通 此 の 夜、 盛 会 な り。 衆、 福 郎 の 帰 る を 惜 し む。 強 て 留 る も 可 な らずして去る。 邦音、 帰 かえる は蛙と通じ、 去 さる は猴と通ず。 語 注 ◯ 河 淮 經 略 姑 蘇 監 田 唐 通 = 神 田 孝 平 の こ と。 か わ い け り ゃ こ そかんだからかよふ(可愛いけりゃこそ神田から通ふ) 。 評 釈 こ う な る と、 孝 平 も 黙 っ て い な い。 福 沢 の 扇 面 に 甫 周 が 描 い た 猿 と 蛙 の 絵 に、 こ う 書 き 付 け る。 蛙 の 絵 の 脇 に「 残 念 な が ら 福 沢 さ ん 帰 る( 蛙 )」 、 猿 の 絵 の 脇 に「 引 き 留 め た が 去 る( 猿 )」 と。 こ れ で 列 席 者 一 同 大 笑 い と な っ た に 違 い な い。 ① ② ③ に よ っ て、 慶 応 元 年 六 月 の あ る 日 の 柳 北 邸 に お け る 詩 文 の 応 酬 の 具 体 的 な 有 様 が、 手
高橋昭男 成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二) に取るように見えてくるのである。 そこには、 詩文の教養を身につけ、 花 柳 の 巷 で の 遊 び の 場 数 を 踏 ん だ 面 々 に よ る、 風 流 韻 事 の 極 み が あ る よ う に 思 う。 し か も 彼 ら が 洋 学 と い う 時 代 の 先 端 を 行 く 学 問 を 学 ぶ者たちであったところに、興味を感じずにはいられない。 ④ 偶書以示 二席上 一 偶 たまた ま書して以て席上に示す 風 車 生 一陣頑雲遮 レ月夜 一陣の頑雲 月を 遮 さえぎ るの夜 半簾急雨砕 レ花朝 半簾の急雨 花を砕くの朝 語 注 ◯ 風 車 生 = 不 明。 ◯ 一 陣 = 隊 列。 ◯ 頑 雲 = じ っ と 動 か な い 雲。 ◯半簾=半分おろした簾。 ⑤ 星 槎 誰か園 歟 か あるじは問はず梅の花 語注 ◯星槎=甫周のこと。 評 釈 誰 が 園 か、 と い う 以 上、 主 は 誰 園 で あ る 柳 北 で あ る。 菅 原 道 真 の「 こ ち 吹 か ば 匂 い お こ せ よ 梅 の 花 あ る じ な し と て 春 を 忘 る な 」 (『拾遺和歌集』巻十六)を踏まえている。 ⑥ 乙丑五月紀事聨句 乙丑五月の紀事、聨句 四分五裂八笑舘 笑原作松 四分五裂す 八笑舘 笑はもと松に作る 七顚八倒六窮生 唐通 七転八倒す 六窮生 唐通 秋水一去二百里 秋水 一たび去ること 二百里 阿金雙涙三千行 仙客 阿金の双涙 三千行 仙客 語 注 ◯ 乙 丑 五 月 = 慶 応 元 年( 一 八 六 五 ) 五 月。 ○ 聨 句 = 二 句 目 と 四 句 目 の 小 文 字 が 作 者 で あ ろ う。 唐 通 は 神 田 孝 平。 仙 客 は 柳 河 春 三。 ○ 八 笑 舘 = 江 戸 の 遊 び 好 き の 閑 人 仲 間 八 人 が、 四 季 の 遊 楽 に 演 じ る 茶 番 と そ の 失 敗 に よ る 滑 稽 を え が い た 滑 稽 本 の 代 表 作 で あ る『 花 暦 八 笑 人 』 を 踏 ま え て い る。 「 笑 は も と も と 松 で 表 記 さ れ て い た 」 と い う 注 が あ る 舘 は 柳 北 邸 で あ ろ う。 ○ 六 窮 生 = 六 人 の 貧 書 生。 集 ま っ て い た の は 六 人 と は 限 ら な い が、 七 転 八 倒 と の 語 呂 合 わ せ で あ ろ う。 ○ 秋 水 一 去 二 百 里 = 秋 水 は 宇 都 宮 三 郎 の こ と。 慶 応 元 年 五 月 に 幕 府 が 行 な っ た 第 二 次 長 州 征 討 に、 宇 都 宮 が 随 行 し た こ と。 『 史 記 』 荊 軻 伝 の「 風 䔥 䔥 兮 易 水 寒 壮 士 一 去 復 不 還 」 を も じ っ て い る。 ○ 阿 金 = お か ね。 宇 都 宮 の 愛 人 で あ ろ う。 ◯ 双 涙 = 両 目 か ら 出 る 涙。 ◯ 三 千行=李白「秋浦歌」の「白髪三千丈」を意識する。 評 釈 六 人 の 貧 書 生 が、 八 笑 人 そ の ま ま に、 め い め い 勝 手 な こ と を 言 い 合 い、 駄 洒 落 を 飛 ば し て 笑 い 転 げ る。 一 句 目 が 四、 五、 八、 二
成蹊人文研究 第二十二号(二〇一四) 句 目 が 七、 八、 六 と 数 字 を 並 べ て 戯 れ る。 そ ん な 柳 北 邸 に 集 ま る メ ン バ ー の 一 人、 宇 都 宮 三 郎 が 第 二 次 長 州 征 討 に 従 軍 し て 行 く こ と に な り、 愛 人 の お 金 の 頬 に は 三 千 行 の 涙 が 落 ち た と い う こ と。 一 去、 二百里、三千行と一、二、三の語呂合わせ。 ⑦ 人のもとへ消息のはしに 有註 春 影 とぶ 鳥 の跡を慕ひて登りけん雲の上こそみまく欲しけれ 語注 ◯春影=柳河春三。○有註= 「註有り」 という注記であろうが、 その「註」は見当たらない。◯鳥=芸妓お鳥。 ⑧ だいしらず 寢覺早樹 あし垣のよそに隔つる恨だに 梅 が香おくる風に忘れつ 節毎に千代を籠たる 竹 の子は幾代へぬべき心なるらん 語 注 ◯ 寝 覚 早 樹 = 甫 周。 ◯ あ し 垣 の = 芦 垣 が、 内 と 外 と を 隔 て る ところから、 「よそ」 に掛かる。◯梅=芸妓お梅。◯節毎に=節は 「よ」 とも訓めるので、夜毎にかかるか。◯竹=芸妓お竹。 ⑨ 寢覺早樹のもとへ消息にそへて 歩 柳 夕河岸にひる飯を喰ふ朝寐坊 語注 ◯歩柳= 蒲 ほりゆう 柳 に通ずるとすれば、蒲柳の質であった柳北か。 評 釈 こ の 河 岸 は 柳 橋 あ た り の 船 宿 が 並 ぶ 神 田 川 の 河 岸 か。 前 夜 か ら 泊 ま り 込 ん だ 船 宿 で 朝 寝 坊 を し て し ま っ た 遊 客 を 詠 ん だ 句。 蒲 柳 は 第 一 義 が 川 か わ や な ぎ 柳 の 意 で あ る の で、 歩 柳 と は、 な よ な よ、 ふ ら ふ ら と 花柳界に遊ぶ嫖客に自らをなぞらえているのかも知れない。 ⑩ 題しらず 唯 好 思ひ出て戀しき時は 閨 ねや のうちに君が 玉 たまづさ 章 巻かへし見る 語注 〇唯好=柳北。○玉璋=手紙。 評 釈 こ の 歌 は 柳 北 の 作 で あ る が、 「 随 身 巻 子 」 五 十 九 表 に 次 の よ う な記載がある。 清和念一日 題しらず
高橋昭男 成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二) おもひでヽ恋しき時は 手枕のゆめをたのみて まどろみにけり こ れ は 甫 周 の 作 で あ ろ う。 ⑥ の 作 が「 乙 丑 五 月 紀 事 聨 句 」 と あ る の で、 ⑩ の 柳 北 の 和 歌 は、 慶 応 元 年 五 月 か 遅 く と も 六 月 に 作 ら れ た も の と 推 定 で き る が、 「 随 身 巻 子 」 の 記 事 は、 翌 年 の 慶 応 二 年 四 月 二 十 一 日 に 書 か れ て い る こ と が 明 確 で あ る。 因 み に 清 和 は 陰 暦 四 月 を 意 味 す る。 す な わ ち、 柳 北 の 和 歌 が 先 に 作 ら れ、 こ れ に 似 た よ う な 内 容 の 甫 周 の 和 歌 は、 柳 北 作 を す で に 知 っ て い た 上 で 詠 ま れ た よ う で あ る。 恋 人 の こ と を 思 っ て い る の は、 男 か 女 か。 ど ち ら と も 取 れ る が、 や は り 女 が 男 を 思 っ て、 恋 文 を 手 に と っ た り、 夢 に 見 よ う と す る 方 が 恋 歌 と し て は ふ さ わ し い。 歌 謡 曲 な ど で も、 た と え 男 の 歌 手が歌っていても、大半は女の気持をあらわしている場合が多い。 ⑪ 小 逋 きのふ見て又けふ見たしうめの花 語注 ○小逋=柳北。 評 釈 梅 と い え ば、 宋 の 詩 人 林 りん 逋 ぽ で あ る。 そ の ひ そ み に 倣 っ て 梅 好 きの柳北が自らを小逋とし、梅への思い入れを吐露する句である。 ⑫ 藝者をおくりて歸るさによめる よみ人不知 玉くしげはこ屋のみこそわびしけれ いつかは妹とふたりねぬべき 語注 ○ よ み 人 不 知 = 春 三。 ○ 玉 く し げ = く し げ は 櫛 くし 笥 げ で、 美 し い 箱。 箱 屋に掛かる。 評 釈 箱 屋 を 藐 は こ や 姑 射 と 置 き 換 え て 自 ら の 号 と し た 春 三 で あ る か ら、 こ の 歌 は、 春 三 作 で あ ろ う。 三 味 線 箱 の 運 び か ら、 芸 妓 の 身 の 回 り の こ と ま で を 仕 事 と す る の が 箱 屋 で あ る が、 か し ず く 芸 妓 と の 男 女 の関係は御法度とされていた。 ⑬ 歐羅巴へ行ける人のもとへ 繁華女史 もゆるおもひが蒸氣となりて走りつきたや 巴 ハ リ ス 勒 まで 語 注 ○ 歐 羅 巴 へ 行 け る 人 = 水 品 楽 太 郎 を さ す( 『 桂 川 の 人 々』 四 五 八 頁 )。 ○ 繁 華 女 史 = 巻 之 一 ㊵ の 濯 娘 に あ た る が、 本 当 の 作 者 は 仲 間
成蹊人文研究 第二十二号(二〇一四) 内の誰かであろう。◯巴勒=パリ。 評 釈 慶 応 元 年 閏 五 月、 水 品 楽 太 郎 は 外 国 奉 行 柴 田 貞 太 郎 に 随 行 し て欧州へ行った。 このときは、 水品の二度目の外遊である。 用向きは、 造 船 所 の 設 立、 兵 制 の 改 革、 海 軍 技 師 並 び に 陸 軍 士 官 の 派 遣 に つ き、 フ ラ ン ス 政 府 と の 交 渉 役 と し て で あ っ た。 フ ラ ン ス か ら 陸 軍 士 官 が 派 遣 さ れ た の は 慶 応 三 年 で、 す で に 新 式 の フ ラ ン ス 式 三 兵 伝 習 に 従 事していた柳北が、その指揮下に入ることになる。 ⑭ 晴蓑ぬしのもとへ 仙 客 はぢかれるのを 常 とは知れどつい小あたりも心から 待てといふなら五年はおろか コンキ ずくならまけはせぬ 語 注 ○ 晴 蓑 = 甫 周 の こ と。 ◯ 常 = 芸 妓 の 名。 ◯ 小 あ た り = 相 手 の 気持をそれとなく引いてみること。○コンキ=根気。 評 釈 甫 周 に 贈 っ た 春 三 の 都 々 逸。 こ ん な の が 出 来 た け ど、 ど ん な も ん だ ろ う、 と い う よ う な ニ ュ ア ン ス で 贈 答 が 行 な わ れ た の で あ ろ う。ただちに甫周は⑮を返す。 ⑮ 返しに 晴 蓑 まよふ心で考へ見れば つね の心がわからない 待てといふなら待つても見やう金と コンキ の盡るまで 評 釈 甫 周 の 返 し は、 や や マ ジ メ か。 こ う い う く だ け た 俗 謡 は 春 三 の方が、一枚上のようである。 ⑯ 贈 二多喜兒 一 多喜児に贈る 賢甫老生 欲張根性未 二全休 一 欲張り根性 未だ全くは 休 や まず 再使 二歐州 一亦御尤 再び欧州に使いするも亦た御尤も 佛都買 二得珊瑚 一日 仏都 珊瑚を買得たるの日 思 二出柳橋藝者 一不 柳橋芸者を思ひ出すや 不 いな や 歐州作西洋、佛都作巴勒、如何 欧州は西洋に作り、仏都は巴勒に作るは如何 語 注 ◯ 多 喜 児 = 水 品 楽 太 郎 の こ と。 ○ 賢 甫 老 生 = 甫 字 の あ る こ と で甫周か。 評 釈 巻 之 一 の ㊴ ㊵ の 七 言 絶 句 と 関 連 す る。 小 文 字 の 欧 州 作 云 々 は 柳 北 の 註。 パ リ の 水 品 楽 太 郎 よ り の 甫 周 宛 書 簡 に 対 す る 返 信 に、 記
高橋昭男 成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二) さ れ た 狂 詩 で あ ろ う。 欲 張 り 根 性 と は、 パ リ か ら の 来 信 に ヌ ケ ヌ ケ と 女 の 動 向 を 尋 ね た 楽 太 郎 へ の 当 て つ け で あ ろ う。 花 の 都 で 土 産 の 珊 瑚 で も 買 っ て、 女 の 事 に 思 い を め ぐ ら し て い る の で し ょ う よ、 と からかい気味である。 ⑰ 題しらず 晴 蓑 心あらば仇にはうけじ露霜のかゝる情ににほふ 梅 が香 語 注 ○ 仇 = 本 来 は 徒。 一 時 的 で か り そ め な さ ま。 い い か げ ん で お ろそかなさま。◯うけじ=受けじ。◯梅=芸妓のお梅にかかる。 ⑱ 寄 二多喜子 一 多喜子に寄す 小湖山人 海上長風檣幟斜 海上 長風 檣幟斜なり 秋來定覺客愁加 秋来 定て覚ゆ 客愁の加はるを 數千里外巴黎月 数千里外 巴 パ リ 黎 の月 遙照翠楊橋畔家 遥かに照す 翠楊橋畔の家 語 注 ◯ 多 喜 子 = 水 品 楽 太 郎。 ○ 小 湖 山 人 = 箕 作 秋 坪。 理 由 は ⑲ に 後 出。 ◯ 長 風 = 遙 か 彼 方 か ら 吹 く 風。 ◯ 檣 幟 = 帆 柱。 ◯ 翠 楊 橋 畔 家 =翠楊橋は柳橋の漢語表記。柳橋の畔にある愛する女が居る家。 評 釈 水 品 楽 太 郎 の パ リ か ら の 便 り を 見 て、 箕 作 秋 坪 が 詠 ん だ 七 言 絶 句。 旅 愁 こ ら え が た き パ リ で 見 て い る 同 じ 月 が、 日 本 で は 柳 橋 に ある水品の女の家を照らしているという意味。 ⑲ 解 レ嘲詩、似 二多喜子 一 嘲りを解く詩、多喜子に 似 しめ す 仝 挑燈毎晩照 二軒々 一 挑燈 毎晩 軒々を照らす 不 レ見色男通 二石垣 一 見ずや 色男の石垣に通ふを 莫 レ道連中盡無 レ慟 道 い ふなかれ 連中尽く 慟 なげ くこと無きを 一同當惑近 二中元 一 一同当惑す 中元に近きを 語 注 ○ 解 嘲 = 人 の 嘲 り を 弁 解 す る。 ○ 似 = 示 す。 ◯ 仝 = 同 じ く。 ◯ 挑 燈 = 提 灯 で あ る が、 パ リ の 街 の 灯 り か。 ○ 石 垣 = パ リ の 石 垣 と す れ ば、 色 男 は パ リ ジ ャ ン の 遊 冶 郎 か。 ○ 慟 = な げ く。 ◯ 中 元 = 陰 暦七月十五日。 評 釈 小 湖 山 人 が 楽 太 郎 に 成 り 代 わ っ て 弁 明 の 詩 を 詠 ん で い る。 楽 太 郎 が パ リ で 詠 ん だ と い う 設 定 だ と す る と、 小 湖 山 人 は パ リ を 知 っ ている人物である。そこで柳北周辺の人物で、 この時点でパリを知っ て い る の は、 文 久 元 年 の 遣 欧 使 節 団 の 一 員 で あ っ た 福 沢 諭 吉 と 箕 作 秋坪である。福沢は、 こういう遊びには、 一歩距離をおいていたから、
成蹊人文研究 第二十二号(二〇一四) 福 沢 で は な い で あ ろ う。 し た が っ て、 小 湖 山 人 は 箕 作 秋 坪 で あ る と み て よ い の で は な い か。 ち な み に 楽 太 郎 も 使 節 団 の 一 員 で あ っ た か ら、 気 心 が 知 れ て い る の で あ る。 し て み る と、 ⑱ の 詩 も、 海 外 渡 航 の 経 験 が 反 映 さ れ て い る よ う に 見 え て く る。 た と え ば、 海 上 長 風 な ど と い う 表 現 は、 船 上 に 居 て 来 る 日 も 来 る 日 も 大 海 原 を 眺 め た 経 験 があるからこそのものであろう。 ⑳ 花押説 喫霞仙客 仙 客 嘗 贈 二書 于 誰 園 先 生 一。 書 有 二花 押 一。 字 體 模 糊 難 レ辨。 先 生 訝 焉。仙客爲 二之説 一曰。僕之花押。即 臥 グードメン 孟 Good man 二字也。臥 孟 者 英 語。 漢 譯 爲 二好 人 物 一。 蓋 処 8 8 三 以 自 別 8 8 8 二于 世 之 惡 漢 8 8 8 8 8 一也。 僕 嘗 認 二先 生 之 花 押 一。 爲 西 シ ー ピ ー ビ ー 彼 皮 三 字、 。 按 西 シ ー 爲 二 酒 シ ェ ー プ ル 孛 玉 chaple 蛾 之 略 一。 彼 ビー 爲 二 彼 ビ ル ド 獨 于 Bird 飛 之 略 一。 皮 ピー 爲 二 プ ロ ム 啉 梅 Plum 花 之 略 一。 是 8 占 3 二 三 美 3 3 一之 義 明 8 8 8 矣。 又 鑒 二 晴 蓑 漁 隠 之 花 押 一。 實 爲 二桂 ケ ー ビ ー ビ ー 彼 彼 三 字 一。 桂 ケー 其 自 稱 耳。 彼 ビー バン ブー 新 Bamboo 竹 也。 又 ビ ル ド 彼 獨 于 Bird 飛 也。 則 得 5 レ隴 5 而 望 5 レ蜀 5 之 意 亦 明 矣 8 8 8 8 8 。 先 生 擅占 5 5 二三美 5 5 一。 漁隠 8 8 得 5 レ隴望 5 5 レ蜀 5 。 皆非 8 8 二惡漢 8 8 一而何 8 8 。 仙客 獨無 5 5 二此事 5 5 一。 是所 三以押 二臥孟之字 一也。先生察 レ諸。 旃蒙赤奮若夏六月 花押の説 仙 客、 嘗 て 書 を 誰 園 先 生 に 贈 る。 書 に 花 押 有 る も、 字 体 糢 糊 と し て 弁 じ 難 し。 先 生 訝 る。 仙 客、 之 が 説 を 為 つく り て 曰 ふ。 僕 の 花 押は、即ち 臥 グードメン 孟 Good man 二字なり。臥孟は英語なり。漢訳す れ ば 好 人 物 と 為 る。 蓋 し 自 ら 世 の 悪 漢 と は 別 な る 所 以 な り。 僕 嘗 て 先 生 の 花 押 を 認 む。 西 シ ー ビ ー ピ ー 彼 皮 の 三 字 に 為 つく る、 。 按 ず る に 西 シ ー は 酒 シ ェ ー プ ル 孛 玉 chaple 蛾 の 略 と 為 す。 彼 ビー は 彼 ビ ル ド 独 于 Bird 飛 の 略 と 為 す。 皮 ピー は プ ロ ム 啉 梅 Plum 花 の 略 と 為 す。 是 れ 三 美 を 占 る の 義、 明 か な り。 又、 晴 蓑 漁 隠 の 花 押 を 鑑 る に、 実 に 桂 ケ ー ビ ー ビ ー 彼 彼 三 字 に 為 つく る。 桂 は 其 れ 自 称 な る の み。 彼 は バン ブー 新 Bamboo 竹 な り。 又、 彼 ビ ル ド 独 于 B ir d 飛 な り。 則 ち 隴 を 得 て 蜀 を 望 む の 意 も 亦 た 明 か な り。 先 生 は 擅 ほしいまま に 三 美 を 占 め、 漁 隠 は 隴 を 得 て 蜀 を 望 む。 皆、 悪 漢 に 非 ず し て 何 ぞ や。 仙 客 独 り 此 の 事 無 し。 是れ臥孟の字を押す所以なり。先生、其れ諸れを察せよ。 旃 せんもう 蒙 赤 せきふん 奮 若 じゃく 夏六月 語 注 ◯ 花 か 押 おう = 草 書 体 の 署 名 を さ ら に 崩 し て 図 案 化 し た も の。 ◯ 臥 が 孟 もう = 臥 に は 漢 音、 呉 音 と も に グ ゥ の 音 が あ り、 孟 に は 呉 音 に マ ン の 音 が あ る。 し た が っ て グ ー ド メ ン で あ る。 ◯ 悪 漢 =『 伊 都 満 底 草 』 に は よ く 使 わ れ る が、 あ く ま で 仲 間 内 で の シ ャ レ の め し た 言 い 方 で、 い わ ゆ る「 ワ ル 」 と い っ た ニ ュ ア ン ス。 ◯ 酒 孛 = シ ェ ー プ ル と ル ビ が あ る が、 意 味 不 明。 「 石 橋 政 方 の『 英 語 箋 』 に 見 え て い る こ と ば で あ る。 お そ ら く こ の『 英 語 箋 』 は、 柳 北 邸 の 英 語 学 習 会 で 使 わ れ た テ キ ス ト の ひ と つ で あ っ た に ち が い な い 」( 前 田 愛『 成 島 柳 北 』) 。 ◯ 于 う ひ 飛 = 夫 婦 の 仲 の む つ ま じ い た と え。 鳳 凰 が 仲 良 く 飛 ぶ の 意 に も と
高橋昭男 成島柳北『伊都満底草』評釈稿(二) づく。○三美=玉蛾、 于飛、 梅花を指し、 柳北お気に入りのお蝶、 お鳥、 お梅の三人の芸妓のこと。 ◯晴蓑漁隠=桂川甫周。 ○得隴望蜀=隴 (甘 肅 ) を 平 ら げ て、 さ ら に 蜀 を 攻 め 取 り た い 思 う。 人 の 欲 望 の 限 り な い こ と。 甫 周 が 新 竹( お 竹 )、 于 飛( お 鳥 ) の 二 人 に 思 い を 寄 せ て い る こ と。 ○ 旃 蒙 = 乙 きのと の 歳。 赤 奮 若 = 丑 歳 の 異 称。 乙 丑 夏 の 六 月、 と いうこと。 評 釈 柳 北 邸 の 洋 学 者 サ ロ ン の 中 心 が、 柳 北、 甫 周、 春 三 で あ り、 そ の 関 係 が い か に 親 密 で あ っ た か を 裏 付 け る 戯 文 で あ る。 柳 北、 甫 周 の 二 人 と も、 自 ら の 花 押 に 馴 染 み の 芸 妓 の 名 を 織 り 込 ん で い て、 グ ッ ド マ ン た る 春 三 と し て は、 こ こ に 二 人 の 悪 漢 を 弾 劾 せ ず に は い ら れ な い、 と い っ た 趣 の 戯 文 で あ る。 お 蝶 は こ の 時 点 で す で に 柳 北 の 側 室 と な っ て い る。 柳 北・ 甫 周 の 二 人 と も、 お 鳥 を 織 り 込 ん で い る の が 面 白 い。 客 と 芸 妓 の 関 係 は、 花 柳 の 地 に お い て は 本 来、 厳 し い 掟 が あ っ て、 客 同 士 の さ や 当 て を 未 然 に 防 ぐ ル ー ル が あ っ た が、 柳 北 邸 や 甫 周 邸 の よ う な、 こ う し た サ ロ ン に お い て は、 実 に フ レ キ シ ブ ル で、 一 人 の 芸 妓 を 二 人 の 客 が 愛 す る こ と も、 い わ ば ゲ ー ム を 楽しむ感覚であったと思えばよいのである。三人のうち、 甫周がもっ と も 美 男 子 で、 柳 北 は 顔 が 長 す ぎ る の が 難 点 で あ る が、 貴 公 子 然 と し て い た。 そ れ に 引 き 替 え、 春 三 は 相 当 な 醜 男 で あ っ た。 「( 柳 河 春 三 さ ん は と て も お も し ろ い 人 で )、 第 一 容 貌 も 一 見 人 が ふ き 出 さ ず に はいられないようでした」 (今泉みね 『名ごりの夢』 三頁) 。したがっ て、 お 前 た ち 二 人 に は か な わ な い が、 オ レ は あ く ま で 人 品 骨 柄 で 勝 負するのだよ、といった趣が見えなくもない。 ㉑ 書 二喫霞仙客花押説後 一 誰園漫士 余 頃 日 閲 二仙 客 之 書 一。 末 有 二花 押 一。 譯 レ之 曰 二好 人 物 一。 竊 謂 仙 客 非 二世 之 所 謂 好 人 物 者 一。 此 押 恐 係 二別 人 之 記 一 焉。 質 二之 社 友 一。 皆 曰 然。 質 二之 佳 人 一。 亦 曰 然。 於 レ是 書 以 問 二仙 客 一。 既 而 獲 二仙 客 所 レ著 花 押 説 一 篇 一。 讀 レ之 宿 疑 氷 解。 且 得 下仙 客 爲 二眞 惡 漢 一之 證 上也。 蓋 好 人 物 即 吉 人 也 8 8 8 8 8 8 8 8 。 吉 人、 住 田 坊 仙 客 某 舍 一 號 二喫 霞 一。 喫 與 8 8 レ 吉 通 8 8 。 亦 可 8 8 レ證 也 8 8 。 且 篇 中 解 二西 シ ー 字 一爲 二 酒 シ ェ ー プ ル 孛 之 略 一。 實 爲 二謬 解 一。 不 知 西 シ ー 即 雲 Cloud 之 略。 蓋 閑 雲 流 水 與 8 8 8 8 8 8 レ世 相 遺 之 意 也 8 8 8 8 8 8 。 若 二彼 ビー 與 一レ皮 ピー 亦 即 書 BookPoetry 冊 詩 學 之 略。 皆 係 二文 雅 之 事 一矣。 而 仙 客 以 レ余 爲 二桂 晴 蓑 同 臭味者 一。 豈不 レ冤哉。 雖 レ然盗常疑 レ人以爲 レ盗。 則若 二仙客之説 一。 亦自表 三其爲 二惡漢 一耳。於 レ余何有 レ所 レ損乎。何有 レ所 レ損乎。 仙 客 再 評 曰。 是 遁 辭 耳。 且 古 ク ロ ー ド 羅 得 之 事。 固 屬 二 曖 昧 一。 與 8 レ 攫 8 レ雲 相 似 8 8 8 。 仙 客 判 爲 二 酒 シ ェ ー プ ル 孛 一者。 竊 爲 二先 生 一諱 二其 惡 一 也。 先生不 レ知。自聲 二其罪 一。亦爲 レ可 レ笑。 喫霞仙客が花押の説の後に書す 余、 頃 け い じ つ 日 、 仙 客 の 書 を 閲 す る に、 末 に 花 押 有 り。 之 を 訳 し て 好 人物と曰ふ。 竊 ひそ かに謂ふ、 仙客は世の 所 いはゆる 謂 好人物なる者には非ず。