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ポスト新古典派意思決定教育試論初等中等教育段階からの基本文法 : 経済学参照基準問題の視座から

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Ⅰ.はじめにー経済学教育の導入は何から

始めるべきか?-デフォルト(初期値)

の重要性-

① 我々は初等中等教育段階での経済学導入について 「新古典派的意思決定論」を所与(デフォルト) のものとして,「合理的経済人」「希少性」「機会 費用」「トレードオフ」「比較生産費」「均衡」等 の概念を「普遍的な永久な真理」として,受け入 れていいものだろうか ? ② 「とりあえず,伝統的な新古典派的な意思決定論 を学習してから,応用経済学を学ぶ」といった経 済学学習体系が正しいのだろうか ? ③ 人間は社会的存在である。それゆえ,意思決定は 環境と経験に左右される。初等中等教育段階で汎 用的な経済学学習のみを学ぶ学習者にこそまさに 導入段階で「真実」を語ることが重要だと確信す る。 ④ 意思決定のこうした側面はアマルティア・センの ケイパビリティー理論,カーネマンに代表される 経済心理学(行動経済学)とも関連している。こ の方向に沿った新たな意思決定理論の再構築が求 められている。

Ⅱ.「希少性」概念の放棄について

 日本学術会議「経済学参照基準問題」は,「大学の 標準化と質保証」のみならず,初等中等教育段階にお いても重大な問題提起である。新古典派の経済教育に ついて 2013 年 12 月 4 日の公開シンポジウムで八木紀 一郎氏は「経済学の定義」からして間違っているとし, 早稲田大学経済教育総合研究所 /(財)消費者教育支 援センターは「第 4 回生活経済テスト」は「どのよう な経済システムにおいても,人々が選択しなければな らない問題は?」として次の 4 択問題を出し②を選ば そうとしたが,誤りだとした。 ① 社会の欲求のすべてを満たす方法である。 ② 希少資源を最適に利用する方法である。 ③ 平等な所得分配を生み出す方法である。 ④ 国の債務を減らすために貯蓄をする方法である。  奥野正寛氏は,八木氏と立場を異にするものの早稲 田のテストの正解は②ではなく,①か③で,これが 「標準的アプローチ」の立場だとする。有賀祐二氏は, 「標準的アプローチ」には問題が多いとし,ビッグ データの解析力が必要な今日に,個人合理性を前提と したミクロをベースとしても役立たないという。  佐伯啓思氏は,稀少性の経済から過剰性の経済へと 次のようにいう。(『経済学の犯罪』講談社新書2012)  市場経済の基本命題として,自由な競争的市場こそ は効率的な資源配分を実現し,可能な限り人々の物的 幸福を増大することができるとするが,この命題が成 り立つためには,①人々が合理的に行動すること。② 経済活動の目的が物的満足であり,実体経済が経済の 本質であり,貨幣はその補助的手段でしかないこと。 ③人々の欲望も消費意欲も無限であり,資源が有限で あることから,稀(ママ)少資源をどう効率的に配分するかが 経済の問題になる。  しかし,この 3 つの前提はもう正しくないのではな いか?以下の方が正しいとする。  ①人々は常に不確定な状況の中で行動していて,合 理的行動を本質的には定義し得ない。②貨幣は補助的 な手段ではなく,人の生活を支える独自の価値を持っ たもの。ときには貨幣そのものが人の欲望をかきたて る。  ③人間の欲望は社会のなかで他者との関係において 作られる。それはあらかじめ無限なのではない。経済 の問題は「稀(ママ)少性の解決」へ向けた問題ではなく, 「過剰性の処理」へ向けた問題になるのではないかと

ポスト新古典派意思決定教育試論

初等中等教育段階からの基本文法

―経済学参照基準問題の視座から―

The Journal of Economic Education No.34, September, 2015

Propositions for Education of Decision Making from Post Neoclassical Economics

Sumitani, Hideichi

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いう。

Ⅲ.2005 年経済教育・金融教育元年とは

何であったか?-イデオロギーとして

の新古典派意思決定論の誤謬-

 2005 年は日本では預金のペイオフが解禁された。 小泉内閣は,経済財政諮問会議が示した「経済財政運 営と構造改革に関する基本方針 2005)」(いわゆる「骨 太の方針」)を閣議決定した。この方針に沿って学校 での「金融を含む経済教育等の実践的教育」が提唱さ れている。この年,政府と金融広報中央委員会は「経 済教育元年」,「金融教育元年」と位置づけ,新古典派 経済学の「希少性」「機会費用」「トレードオフ」概念 が中等教育での経済学教育導入の必要概念とされた。  2008 年 9 月リーマン・ブラザーズの経営破綻に伴う 金融危機の発生以降,日本では「貯蓄から投資へ」の スローガンの下で行われた「経済教育」「金融教育」 の迷走があり,ブームの後退,混迷が最近まで続いた。  この時期,主流派経済学では,マクロ経済学におけ る新しい古典派の潮流,ゲーム理論の流行があり,新 古典派的な基礎がない議論は経済理論ではないと決め つける傾向が強まった。この傾向はイデオロギーとし ての市場原理主義と結びついた。その上に構築された 政策体系こそ,ネオリベラリズムにほかならない。   市場原理に基づく競争が最適の状態を導き出すとい うイデオロギー的に信仰する新古典派経済学の全盛は, 世界的にスーパーリッチ層と貧困層の二極分解,社会 的安全装置の破壊,競争に追い立てられて他人を思い やる余裕もなくなった諸個人の精神的荒廃,国際的社 会的連携関係の切断,国家犯罪をはじめ凶悪犯罪の多 発などの放置を正当化させ,パラドキシカルに新古典 派の想定した「合理的に行動する自立した個人」とは 全く異なる「排外主義を煽りたてる依存症的個人」を 大量に生み出している。  現在新古典派とされている経済学は,19 世紀初頭 までの経済像に立脚している。21 世紀の今日,現実 は大きく変容したが,新古典派経済学は,現実を仮の 姿と捉え今だ古い「経済観」(ゾンビ)にしがみつい ている。その理論と政策に基づく経済運営の結果が リーマンショックである。  海外の「金融教育」の進展は,量的な拡大のみなら ず,教育効果の向上など質的な面にも及んだ。国際的 には,リーマン・ショック以降「金融教育」をめぐる 動きとして世界各国及び OECD で,「脆弱者のための ポスト新古典派」(ケイパビリティー―アマルティ ア・セン,行動経済学等の)の「金融教育の国家戦 略」が始まっている。  なぜ繁栄の分け前は 1%の最上層によって独占され 1%の上位が 99%の下位から富を吸い上げるのか。  レントシーキング経済と不平等な社会の形成につい てはトマ・ピケティ『21 世紀の資本』(みすず書房) が,2013年にフランスで公刊され,2014年4月には英 語訳版が発売されるやアマゾン売上総合 1 位になり世 界的ベストセラーとなり,日本語版の翻訳で 2014 年 12 月出版以来ブームとなり,多くの論議を呼んでい る。

Ⅳ.「貿易はいつもすべて正しいか?」―「自

由貿易」を巡って-

 「自由貿易」は,普遍的な永久の真理なのか?その 美名のもとに,我々は,以下のように多くを失ってき た。 ① 「自由貿易」が失業者を増加させ労働条件を悪化 させる。 ② 「自由貿易」が飢餓人口を増加させる。 ③ 「自由貿易」が種の絶滅など環境破壊を推し進め る。  ジョセフ・スティグリッツは,「世界の 99%を貧困 にする経済」(徳間書店 2012)の中で,「認識はどの ように操作されるのか」「自由貿易による失業と賃金 低下のスパイラルの発生」が行われているという。  リーマンショック後の財政悪化や所得格差の拡大を 背景に,多国籍企業が税金を適正に支払わないタック スヘイブンについて,政治的にも看過できなくなって きた。国境を越えた脱税・租税回避スキームに対し, 国際協調の下,戦略的かつ分野横断的に問題解決を図 るため,OECD は,2012 年 6 月より「BEPS プロジェ クト」を開始した。(『税源浸食と利益移転(BEPS) 行動計画』(公)法人租税研究協会 2013)  ダニ・ロドリックは,「民主主義」「国家主権」「グ ローバリズム」の三者の鼎立は不可能で,「民主主義」 を犠牲にするか「国家主権」を捨てさるか「グローバ リズム」に制約を加えるかしか有り得ないとする。 『グローバリゼーション・パラドクス』(ダニ・ロド リックダニ 白水社 2013)  エマニュエル・トッドは,「自由貿易が需要不足を 招いたとし,自由貿易が生み出す根本の問題は,一つ のイデオロギーである。企業が,自分たちは国内市場 のために生産するのではなく,外部市場のために生産 するのだという考えに傾いていく。自由貿易からの脱

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却とは,さまざまな社会の多様性を見ようとしないイ デオロギーからの脱却である」とする。  ハジュン・チャンは,「ネオリベラリズムの資本主 義は,過去 30 年間,世界中で採用され,その結果ほ とんどの国で社会の格差が拡がった。ネオリベラリズ ムの究極の問題点は,実は経済成長さえもたらさな かった点にある。リカード・モデルを前提としても必 ずしも自由貿易は肯定できるわけではない」とする。 (『グローバリズムが世界を滅ぼす』文春新書 2014)

Ⅴ.「経済学を再建する」

1.イデオロギーとしての新古典派のドグマか らの解放  前述のように「希少性」「比較生産費説」「合理的経 済人」概念等について検討した。存在し得ない架空の 概念から構築された砂上の楼閣から当然「経済予測は 間違える」のであり,「経済は経済法則で記述できな い」のである。  ①新古典派経済学は人間を社会的存在と見ない。② 新古典派の想定する人間は,最大限の物欲の充足を求 めて合理的に行動する主体。③目的とする価値基準が ひとつしかないのである。  そして以下のような幻想が組み立てられる。 ① 経済は独立した個人で構成される。 ② 経済は安定している。 ③ 経済的リスクは統計学を用いて容易に管理できる。 ④ 経済は合理的で効率的だ。 ⑤ 市場の結果として低成長は容認されるべきである。 ⑥ 失業・貧困は自己責任である。 ⑦ 経済成長は常に善いことだ。 2.合理的経済人(教育目標:利己的人間)の 誤謬と価値論(センのケイパビリティ)  アマルティア・センは,新古典派批判として経済学 に倫理観を持ち込んだ。  新古典派が前提とする合理的な消費者というものが, 実は「合理的な愚か者」であるとして問題を投げかけ た。貧困者を救済するのが経済学の目的であるのに, 現実は貧富の差が拡大し,一握りの勝者と多数の敗者, 絶対的貧困者が生まれていることを問題にした。倫理, 福祉,厚生といった概念を経済学の中に展開した。  潜在能力とは「人が善い生活や善い人生を生きるた めに,どのような状態にありたいのか,そしてどのよ うな行動をとりたいのかを結びつけることから生じる 機能の集合」としている。結果からの効用ではなく, 行動と人生の在り方を関連付ける機能の集合が問題と なる。結果のみに注意を向ける従来の視点は飢餓と宗 教的意味をもつ断食の区別をすることが困難であると する。 3.価値論を巡って   合理的主体による完全に合理的な選択がなぜ破滅的 結果を招くのか。経済学説で二大系統に分けると, 「価値」と「労働」を基礎とするのが「古典派」であ り,「効用」を基礎にするのが新古典派であると一般 に云われている。新古典派の「効用学説」は限界革命 ともいわれ,今日に至るまで,経済学の基本的枠組み になっている。経済の概念を再構築し,「価値の限界 主義を放棄すること」で,「経済学を再建する」古典 派の「労働」価値説,新古典派の「限界効用」説を比 較しながら,経済学の学説において,経済の構成要素 を抽象化した概念として「資本・労働・時間」などが 挙げられる。その構成要素が「希少性・効用性・流通 性」などに「価値」が付加されることで,「交換・流 通」性を持つ「商品」と云う形態に「物象化」される。 経済学はどの学説も経済の中核に「価値」を据える。 その「価値」が何であるかによって,理論の体系が異 なる。新自由主義は間違っている。金融市場は公正で も効率的でもなく,経済全体を狂わせ,脱金融化の議 論と答えを新たに作り出すことである。

Ⅵ.現代古典派構想-塩沢由典の理論を中

心に-

1.塩沢提案について  人間が社会的存在であり,環境と経験によって意思 決定が左右されることを考慮するとき,無視できない 要因が状況の複雑さである。それにともなう①視野の 限界②合理性の限界③働きかけの限界(複雑系経済学 が前提とする人間能力の三つの限界)を考えれば,経 済行動は最大化行動ではありえず,プログラム化され た定型的なものとみなさなければならない。それらは, 環境による選択へて進化の過程であり,その環境とは 経済では「経済の総過程」である。  経済現象のミクロレベルにおける振る舞い(行為主 体の経済活動)と,マクロレベルにおける振る舞い (様々な慣習的・制度的構造の出現)は因果的にルー プしている。価格システムも大局的なレベルにおける 制度構造の一つで,「価格情報は知識の集約の結果で あると同時に,新たな知識を形成する原因でもある」  このような観点に基づく塩沢提案は,経済学の伝統

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を全否定するように見えるかもしれない。しかし,塩 沢提案は新古典派一色で特殊な意思決定論しか認めな い経済分析の貧困なレパートリーに,頑健な基礎を もったケインズ理論,古典派理論を復権し,新たな形 での経済理論の総合を生み出す潜在能力を秘めている。  現在の新古典派経済学以前の古典派経済学に立ち還 り,価格理論(価値論)そのものを問い直すところか ら経済学を再構成しようとする提案である。  二大価値論,古典派価値論と新古典派価値論の価値 論のもっとも大きな対立点は,新古典派価値論が需 要・供給の一致により価格と数量が同時決定されるも のとするのに対し,古典派価値論は「価格は供給側技 術によって決定し,数量は需要者側の需要量によって 決定する」と捉える。(価格の決定と取引される数量 の決定は切り離される)これは,ケインズ理論,古典 派理論,産業連関分析の新しい頑健な基礎である。新 古典派的な枠組みでは,理論的な基礎が否定されたこ れらの有用な分析ツールを経済分析に再導入する。 2.「価格を変数とするドグマ」「売りたいだけ 売れるというドグマ」  現在の新古典派の価値論は,価格は需要と供給が一 致するように決まると考える。ここでは,価値の決定 と取引される数量の決定は同時決定である。  しかし古典派の価値論は,価格は供給側の技術に よって決まり,数量は需要者側の需要量によって決ま ると考える。ここでは,価格の決定と取引される数量 の決定は切り離される。  古典派の価値論では,技術が一定のもとで,需給の 変動と独立に,価格体系は安定である。その一方で新 古典派の理論では,需給の変動にともない,価格体系 がたえず変動する。価格体系は,経済主体が意思決定 を行う基本的な環境の一つである。需給の変動に対し て絶えず変動する価格体系は定型的なルーチンとして の経済行動にはそぐわない。 3.「均衡」という分析枠組みを拒否する-ミク ロ・マクロ・ループ-  定型行動とその進化という観点も新古典派価値論と 古典派価値論の対立という観点も,こういう対立を明 確に意識すると,古典派価値論の理論的中核はなにか も明らかになる。それは普通に言われている労働価値 説ではなく,(J.S.ミルのいう)生産費説,リカードが 明確に意識したのは,生産費価値論の立場で徹底し, 常識でしかない需要供給価値論を排除する。 4.新古典派経済学ドグマとアノマリー  新古典派経済学は消費者は「効用の最大化」,「生産 者は利潤の最大化」という二つの最大化原理を持ち込 み,経済人の行動原理を明快に説明することに成功し た。それらの相互作用の結果,経済全体としてどのよ うな事態が成立するのか,それを分析・説明する枠組 みとして採用されたのが均衡理論であった。 5.「均衡というドグマ」  現実世界の実験的事実を新古典派が覆い隠してきた のも,全ては「均衡というドグマ」を守るためであっ た。競争が独占を導き,結局は競争がなくなるという 事実は,市場原理が競争状態で均衡するというドグマ を正当化することによって,市場原理の優越性を説こ うとする者にとって,非常に都合が悪い事実だった。       彼らは理論のみを信仰し,実証をひたすら軽視すると いうピグマリオン症候群に陥った。 6.ポスト均衡理論-均衡理論の欺瞞性-  「一般均衡という前提」で,「失業や倒産はありえな い」,「生産技術が各国同一である」,「賃金も同一にな る」等の非現実を認めず,資本の蓄積について考慮さ れていない。通常の科学的思考において,適切な前提 を持つことは重要である。前提が成り立たない場合に, その理論通りになることは期待できない。前提が現実 から大きく離れている場合は,その理論には本来何の 価値もない。理論は,現実と一致するか確認されるこ とが重要である。現実と一致するまではどのような美 しい理論も価値がない。 7.「方法論的個人主義」のドグマ  ミクロ・マクロ・ループの考えが,新古典派経済学 の「方法論的個人主義」に対する批判の基礎になる。  新古典派経済学の一般均衡理論は,変わらざるを得 ない。需要曲線と供給曲線の交点に価格が決まるとい う中等教育でのおなじみの理論も変更を迫られる。  全体過程,マクロの状況がミクロの行動を決めると いう側面があるのと同時に,マクロは自己組織過程を 通して個々のミクロの行動が作り出している。進化経 済学では,このような仮定を捨て去るところから出発 する。  新古典派のように,ミクロ行動のみから経済過程を 構成できると考えることはできず,ミクロの行動が経 済の総過程を生み出すとともに,総過程のあり方がミ クロの経済行動をも(選択と進化を介して)規定して

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いる側面を無視してはならない。したがって,経済は ミクロ・マクロ・ループとみなればならない。このこ とは,同時に社会科学に根強い「方法論的全体主義」 の欠陥をも明らかにし,ミクロ・マクロ・ループの存 在を意識すれば,「方法論的個人主義」も「方法論的 全体主義」も否定される。 8.国際価値論  塩沢は,リカード貿易問題の最終解決として国際価 値論の復権を古典派価値論の復権を通して,新古典派 経済学パラダイムそのものを揚棄しようという遠大な 構想新古典派経済学の体系そのものに挑戦する。  新古典派経済学のパラダイム―もっぱら物理学の模 倣によって構築され,人間の意志の力すらもその体系 から締め出し,経済現象を機械論的・決定論的な現象 として解釈しようとした誤謬に満ちた体系―は根底か ら崩れる。  古典派経済学は,人間の倫理・道徳や政治も取り込 んだ豊かな思想内容をもった体系だった。  近年,投入財の貿易をも許容する新しい貿易理論 (リカード・スラッファ貿易理論)が構築された。  それは同時にリカード問題の最終解決を意味する。  需供曲線の外の問題にも注意が喚起される。交易の 結果,国の労働者の賃金が低下することは,しばしば 起こりうることで,それが需要減に繋がることもある。 経済モデルに含まれないから無視していいということ ではありえない。  また,完全雇用が前提であるということも現実には ありえない。完全雇用でなくても成り立つ場合が多々 あろう。塩沢の目的は,古典派の価値論を 1 国モデル ではなく,貿易も含む国際価値論に拡張することであ る。  塩沢の行ったリカードの比較生産費説の一般化は, 非常に高度な数学に依拠している。古典派の価値論を, 貿易を含む国際価値論に拡張することに成功した。  註:塩沢は他に経済学におけるドグマとして,その 他「最適化行動のドグマ」「収穫低減のドグマ」「卵か らの構成のドグマ」等をあげる。塩沢理論については, 今なお進化の途上にあり,筆者自身が学習過程でもあ り,紙面の限定もあって紹介に留める。塩沢の著作に ついては参考文献を参照のこと。

Ⅶ.「ポスト新古典派意思決定教育試論」

(教育目標:利他的人間)―「限定合理

性」「ポスト均衡理論」下での意思決定

プロセス―

1.ポスト新古典派意思決定論を認識する-満 足化・記述的アプローチ-  新古典派経済学において,意思決定は機会集合と個 人的な選好のみによって完結する。したがって,経済 的動機以外の一切の社会的動機が人間行動に関与しな い。新古典派経済学を他の社会諸科学と連結すること は不可能となる。  規範としての期待効用理論は経済学での規範的・標 準的な人間観となった。期待効用の考えが正しければ, 人間の行動は合理的である。しかし,期待効用理論の 原則に矛盾するアノマリーのあることが経済心理学に よって指摘されている。経済学が合理性の規範理論と してきた期待効用理論は,実際の人間行動のすべてを 説明できるわけではないことが経済心理学が明らかに している。「非合理」な行動も,手続き的には合理的 でありえる。「どうあるべきか」という規範理論を追 求する一方で,実際の判断を説明できる記述理論が必 要である。  意思決定研究のアプローチを整理する。 ① 記述的アプローチは,人は様々な現実の状況下に おいて,「実際にどのように選好判断を行ってい るか」について観察を行い,それを説明するモデ ルを構築すること。たとえば,無意識ながらも使 われているルールやヒューリスティックスなどを 解明すること。また,規範的アプローチと実際の 意思決定の乖離などの究明すること。分野として は,(実験,行動)心理学,行動分析学,行動論 的意思決定,行動論的経済学,実験経済学,経済 心理学,行動ファイナンスなどで研究されている。 ② 人間がしばしば合理的でない行動をとる状況を理 解すれば,そのような状況におちいるおそれがあ る場合に,どのように対処すべきか,そのような 状況にある人にどのように働きかけをすべきかの 指針を得ることができる。これはセンのケイパビ リティ・アプローチのような代替的な規範理論と の接続が必要となる。  イツアーク・ギルボアは,「意思決定理論入門」 (NTT 出版 2012)の中で人の認識は本人が思ってい る以上に歪んでいる。直感的な印象が,もっともらし いストーリーに結びつくと,人は「正しい」と信じる。 いったん「正しい」と確信されたものは,それに反す

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る証拠を斥けようとするとし,豊富な例を挙げながら, 意思決定の仕組みを解き明かし,人の認識がいかに錯 覚の影響を受けているか,その判断がいかに歪んでい るかを浮き彫りにする。  ハーバート・サイモンは,「限定合理性」と,意思 決定過程について次のように述べる。  ①代替案を全て列挙するのは不可能。②結果を完全 に予測するのは不可能。③結果を評価するのは困難。  到達できるのは「完全な合理性」ではなく,「制限 された合理性」となる。「代替案の選択」として最も よい代替案を選択して実行することになるが,それも 「代替案の列挙」で到達できた「制限された合理性」 の範囲の中でのことになる。よって「意思決定」を完 璧に行うことは人間には不可能である。結果ある程度 満足できるところ(満足化基準)で,「意思決定」が なされることになる。 2.ポスト新古典派意思決定論を設計する-塩 沢理論と行動経済学の視点から ① 選択肢は内省的に発見されるものだが,時間と費 用が掛かる。 ② 結果の効率は外生的に与えられたものではなく, 主観的に評価される。 ③ 効用は選択の結果だけではなく,過程からも影響 されるので,効用,不効用を正確にはかるのは難 しい。 ④ 選択の決定は,効用最大化だけではなく,満足化 によって決められる。  塩沢理論・「進化経済学」は進化論の考え方から派 生しており,各経済主体や彼らの意思決定の目的は固 定されたものではない。また「行動経済学」等は,日 本で紹介(カーネマンがノーベル経済学賞受賞 2002 年)されて 10 数年経過するが,「新古典派経済学」と のスタンスの取り方が模索中との印象があり,筆者は 塩沢理論の上に「行動経済学」の知見を取り入れる立 場をとる。 3.何を経済学の第一原理とするか?(新古典派 の希少性原理に対して)  「ファスト&スロー」(ダニエル・カーネマン)での 「システム 1」(ファスト 直観)「システム 2」(ス ロー 論理)を第一原理としてミクロ・マクロ・ルー プから始める意思決定を構想する。基本的に二重プロ セスとバイアス,そしてプロスペクト理論である。  これらは発表以来すでに 40 年近く,プロスペクト 理論も 30 年近く経過している。その後行動経済学の 理論的支柱になり,カーネマンがノーベル経済学賞を 受賞したこともあって大変有名になった。  カーネマンの「システム 1」は定常的な環境におい て強化されたプログラム行動とみなしうる。「システ ム 2」はそのようなプログラム行動を進化させる枠組 みと関係している。このような観点から塩沢理論の意 思決定理論との接合が今後の課題となる。  註:「ファスト&スロー」については,「システム 1」 「システム2」に関して膨大な認知心理学,脳科学等か らの実験結果からの研究蓄積があり,共通認識がある が,紙面の都合もあり,この程度の記述にとどめる。

Ⅷ.「ポスト新古典派意思決定教育試論」概

念私案

 以上をもとに初等教育からの経済学概念の私案を提 出する。  基本文法 「システム 1」(ファスト 直観)「シス テム 2」(スロー 論理)のミクロ・マクロ・ループ から始める意思決定  (初等教育等の必修概念)「サンクコスト(埋没費 用)」「判断と選択におけるバイアス」「ヒューリス ティック」「プロスペクト」「確実性下の意思決定」, 「リスク下の意思決定」「不確実性下の意思決定」等  (中等教育等の基礎概念)「リスクポリシー」「ナッジ」 「アノマリー」「アンカー」「フレーミング」「メンタルア カウンティング」「フリーミアム」「初期値偏向」「選択 肢過多」「異時点間選択」「双曲割引」「損失回避」等 代表的概念(初等中等教育等の必修基礎概念)解説抄 ① プロスペクト   Kahneman&Tversky(1979)の紹介としてよく 用いられる。「不確実性下の意思決定」では確実 性下の意思決定のように選択肢が唯一の結果を指 し示さないばかりか,リスク下の意思決定のよう に結果の確率が与えられもしていないような状況   「不確実性下の意思決定」はさらに,曖昧性下と 無知下の意思決定に細分化することもできる。 ② 自信過剰バイアス   「自分は他の人よりも優秀で,優れている」と思 い込バイアス ③ 損失回避「バイアス」,プロスペクト,リスク   損失拡大時に損切りできず大穴に賭けてしまう心

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理。ある損失額(基準点 :referencepoint)を超 えるリスク回避型からリスク選好型に変わる。 ④ 代表性「バイアス」とベイズの定理   良いことが続けて起こるとまた良いことが起きる と期待する心理。ベイズの定理等で表現。 ⑤ 近視眼的行動と時間非整合割引率   将来のことより現在の関心事を重視してしまう心 理。時間選好性。近視眼的な行動が選択されるこ との説明に使われる。  以上では,従来の新古典派的な意思決定論の内容を 超えている。たとえば,通常の経済学でインセンティ ブという概念で説明される現象はわれわれの観点から は,最適化行動ではなく,環境の中でのプログラム行 動の進化の結果である。このように従来の意思決定理 論における概念は,環境に媒介された行動の進化の枠 組みにおいて再定義されなければならない。

Ⅸ.おわりに-提案-

 紙面がつきた。前述のように日本学術会議「経済学 参照基準問題」は,「大学の標準化と質保証」のみな らず,初等中等教育段階においても重大な問題提起で ある。初等中等教育段階からの「ポスト新古典派意思 決定論」の概念スタンダード化へのワーキンググルー プの立ち上げを提案して,まとめとしたい。 [謝辞]  論文作成にあたって,富山大学大坂洋先生に多大なご指導と ご教示を賜った。心から感謝申し上げる。 参考文献 [1] 塩沢由典『近代経済学の反省』日本経済新聞社 1983 年 [2] 塩沢由典『市場の秩序学』筑摩書房 1990 年 [3] 塩沢由典『複雑さの帰結』NTT 出版 1997 年 [4] 塩沢由典『複雑系経済学入門』生産性出版 1997 年 [5] 塩沢由典『マルクスの遺産』藤原書店 2002 年 [6] 進化経済学会編『進化経済学ハンドブック』共立出版 2006 年 [7] 塩沢由典『関西経済論』晃洋書房 2010 年 [8] 塩沢由典『今よりマシな日本社会をどう作れるか』編集 グループ SURE2013 年 [9] 塩沢由典,有賀裕二編『経済学を再建する』中央大学出 版部 2014 年 [10]塩沢由典『リカード貿易問題の最終解決』岩波書店 2014 年 [11]ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』早川書房 2013 年 [12]イツァーク・ギルボア ,デビッド・シュマイドラー『決め 方の科学』勁草書房 2005 年 [13]イツァーク・ギルボア『意思決定理論入門』NTT 出版 2012 年 [14]イツァーク・ギルボア『合理的選択』みすず書房 2013 年 [15]イツァーク・ギルボア『不確実性下の意思決定理論』勁 草書房 2014 年 [16]ベイザーマン・マックス・H.,ムーア・ドン・A.『行動 意思決定論』白桃書房 2011 年 [17]橘木俊詔,根井雅弘『来るべき経済学のために』人文書 院 2014 年 [18]岩本康志,吉原直毅「経済学部教育が目指すもの」『経済 セミナー』No.683 4・5 月号所収 2015 年 [19]八木紀一郎ほか編『経済学と経済教育の未来』桜井書店 2015 年

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