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野外トランスクリプトームからイネの環境応答を見る

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Academic year: 2021

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2020 年 1 月 29 日受理 連絡責任者:永野 惇(anagano@agr.ryukoku.ac.jp)

野外トランスクリプトームからイネの環境応答を見る

永野 惇

龍谷大学農学部植物生命科学科(〒 520 -2194 大津市瀬田大江町横谷 1 番 5) 要旨:主たる農業生産の場であり,植物本来の生育場所である野外は,温度や光などが刻一刻と変化する複雑な 環境である.野外でトランスクリプトームデータを大量に取得し,気象データなどと合わせて解析する手法を野 外トランスクリプトミクスと呼ぶ.これまで,イネを用いた大規模な野外トランスクリプトミクスによって,野 外におけるトランスクリプトーム変動の大半を気温や概日時計によって説明できることなどが明らかになるとと もに,任意の気象条件下でのトランスクリプトームの予測が可能となった. キーワード:トランスクリプトーム,環境応答,統計モデリング,イネ

1.はじめに

野外は,いうまでもなく,主たる農業生産の場である. また,野生の植物にとっても,野外は本来の生育場所であ る.そのため,野外環境下における生物の環境応答を知る ことは,農業においても基礎生物学においても重要と考え られる.野外では,温度や光などが秒単位から年単位まで 様々なオーダーで複雑に変化する.加えて,周囲を取り巻 く病害虫など生物学的な環境もさまざまである.このよう に複雑な野外環境下における植物の環境応答を,単純化さ れた実験室環境で得られた知見だけから,推し量ることは 困難と考えられる. 分子生物学的な解析技術の目覚ましい進歩などによっ て,植物の環境応答の分子メカニズムに関して詳細な知見 が蓄積されてきている.しかしながら,それらの多くは単 純化された実験室環境で行われた研究をもとにしており, 大きく条件が異なる野外環境下ではそれらのメカニズムが どのように働いているか,明らかではない.そこで近年, 野外環境と一般的な実験室環境との違いに注目が集まりつ つある.その違いが植物にどのように影響しているかを解 析することや,より現実的な環境設定で研究を行うことの 重 要 性 が 指 摘 さ れ て い る(Poorter et al, 2016; Matsubara, 2018; Annunziata et al, 2018).例えば,シロイヌナズナは野 外の長日環境下では,実験室での長日条件より早咲きにな る.最近,この違いの原因を明らかにした研究が報告され た(Song et al., 2018).赤外光を照明に加え,気温を段階 的な日周変動があるように制御することで,花成を制御す る FT 遺伝子の日周発現パターンが野外で見られるような 二峰性になることが分かった.その結果,開花までの日数 が,一般的な実験室の長日条件で育てた場合より短くなり, 野外で見られる早咲きに近づくことが分かった.

2.野外環境における環境応答をトランスクリプトーム

から見る

このシロイヌナズナの例では,花成までの日数の野外と 実験室の違いに着目していた.花成タイミング以外の様々 な形質においても,野外と実験室の違いは広く見られる. しかしながら,あらゆる形質についてその分子基盤も含め て野外で解析していくことは不可能であろう.そこで,我々 はトランスクリプトームに着目した.生物システムを測定 しようとしたとき,トランスクリプトームは最も定量的か つ網羅的な測定が可能な対象のひとつであり,野外におけ るトランスクリプトームの変動の全体像をとらえることが 出来れば,生物の様々な側面についての知見が得られると 期待される. 我々は,数百∼数千サンプルのトランスクリプトーム データを野外で収集し,これと気象データをあわせて統計 モデリングによって解析する『野外トランスクリプトミク ス』と呼ばれるアプローチを確立し,研究を行っている. 例えば,イネを用いた最初の研究では,9 セットの 2 時間 おき 48 時間サンプリングを含む,およそ 500 サンプルの トランスクリプトームデータと,1 分おきの気温,全天日 射量,相対湿度などの気象データを用いて解析を行った. 統計モデリングにおいては,概日時計の影響や,気温など に対する応答の閾値や時系列での積算などを仮定し,遺伝 子ごとにパラメータの最適化を行った.その結果,イネの 葉のトランスクリプトーム変動は概日時計と気温で大部分 が説明できることが分かった.また,環境刺激に対する日 周性の感度変化(ゲート効果)や,日射に対する応答の閾 値と日長測定の精度との関係など,興味深い特徴が明らか になった(Nagano et al., 2012). 野外トランスクリプトミクスの最初の例では,材料とし て日本晴を用いていた.そのため,さまざまな環境条件に おけるトランスクリプトームの記述,予測が可能なモデル が得られている一方,日本晴という特定のゲノムをもつ植 物のみを対象としたモデルとなっている(図 1A).別のア 73 作物研究 65:73 − 75(2020)

Copyright 近畿作物・育種研究会 (The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan)

総説

(2)

プローチとして,expression QTL(eQTL)解析と呼ばれる 研究がある.これは,QTL 解析を行うための組み換え近 交系統(RIL)や染色体断片置換系統(CSSL)などの系統 セットを用いて,それらすべてからトランスクリプトーム データを取得し,遺伝子ごとの発現量を量的形質とみて QTL 解析を行う手法である.それによって得られるモデ ルは,用いた遺伝学的材料の両親間に生じうるさまざまな 系統におけるトランスクリプトームの記述,予測が可能な 一方で,トランスクリプトームデータの測定を行った特定 の環境条件においてのみ使用可能なモデルとなる(図 1B).野外トランスクリプトミクスと eQTL 解析は相補的 な関係にあるといえる.両者を組み合わせることで,さま ざまなゲノムにおける,さまざまな環境条件下でのトラン スクリプトームが記述,予測可能になると考えられる.し かしながら,単純に両者を組み合わせようとすると,天文 学的なサンプルのトランスクリプトームを実測する必要が 出てくる.100 系統の CSSL のそれぞれについて,野外ト ランスクリプトミクスを行うために 500 サンプルのトラン スクリプトームデータを取るとすると,50,000 サンプルも のデータが必要になる.これは,材料となる植物個体の準 備,サンプリング,トランスクリプトームの測定のいずれ の段階においても,かなり困難な数字である.そこで,我々 は様々な系統のサンプルをランダムに様々な時期,時刻に 取得し,モデリングを工夫することで,約 1000 サンプル 程度で結果が得られる手法を開発し expression dynamics QTL(edQTL)解析と名付けた.また,そのための要素技 術として,気象データとトランスクリプトームデータの統 計モデリングを効率的に行うための R ライブラリ FIT (Iwayama et al., 2017)や,多サンプルの RNA-Seq ライブ

ラリを低コスト・ハイスループットに作成する手法 Lasy-Seq (Kamitani et al., 2019)を開発した.さらに,実際に イネのコシヒカリ / タカナリ染色体断片置換系統(Takai et al., 2014)を用いて,栽培シーズンを通じた約 1000 サンプ ル分の野外トランスクリプトームデータを用いて edQTL 解析を行うことで,気象データ・遺伝子型データから任意 の時点,遺伝子型におけるトランスクリプトームの予測が 可能となった(Kashima et al., 2018).

3.野外と実験室の統合的な理解のために

ここまで野外環境下における分子レベルからの環境応答 の研究の重要性を説明してきた.一方で,相補的な制御環 境下での解析もまた重要である.しかしながら,一般的な 実験室での研究で設定される条件のみでは,多様な野外環 境と合わせて解析するには不十分である.そこで,最近, 我々は複雑に変動する環境を再現可能なインキュベーター や,多数の環境で植物栽培・解析を可能とするシステムの 開発を行っている.現在,野外でのデータに加えて,様々 な制御環境下でのデータを取得し,野外データと統合的に 解析するための手法の開発を進めている.

Expression QTL (eQTL)

Expression dynamics QTL (edQTL)

Genotype

Environment (time, location)

Genotype

Environment (time, location)

Observation

Predictable area

Field transcriptomics

Genotype

Environment (time, location)

(A)

(B)

(C)

図1 (A)Field transcriptomics,(B)expression QTL,(C)expression dynamics QTL における実測値と予測可能範囲のイメージ

作物研究 65 号(2020)

(3)

謝辞

本稿に関する研究の一部は,JST CREST(JPMJCR15O2) の支援を受けたものである.

引用文献

Annunziata MG, Apelt F, Carillo P, Krause U, Feil R, Koehl K, Lunn JE, Stitt M,(2018)Response of Arabidopsis primary metabolism and circadian clock to low night temperature in a natural light environment. J Exp Bot. 69(20):4881-4895. Iwayama K, Aisaka Y, Kutsuna N, Nagano AJ(2017)FIT:

Statistical modeling tool for transcriptome dynamics under fl uctuating fi eld conditions., Bioinformatics, btx049

Kamitani M, Kashima M, Tezuka A, Nagano AJ,(2019)Lasy-Seq: a high-throughput library preparation method for RNA-Seq and its application in the analysis of plant responses to fl uctuating temperatures, Scientifi c Reports, 9:7091

Kashima M, Sakamoto RL, Saito H, Ohkubo S, Tezuka A, Deguchi A, Hashida Y, Kurita Y, Nagano AJ(2018)

Prediction of environmental response in field-grown rice using expression-dynamics-QTL, bioRxiv

Matsubara S,(2018)Growing plants in fluctuating environments: why bother? J Exp Bot. 69(20):4651-4654 Nagano AJ, Kawagoe T, Sugisaka J, Honjo MN, Iwayama K,

Kudoh H(2019)Annual transcriptome dynamics in natural environments reveals plant seasonal adaptation, Nature Plants, 5:74-83

Poorter H, Fiorani F, Pieruschka R, Wojciechowski T, van der Putten WH, Kleyer M, Schurr U, Postma J,(2016) Pampered inside, pestered outside? Differences and similarities between plants growing in controlled conditions and in the fi eld., New Phytol. 212(4):838-855.

Song YH, Kubota A, Kwon MS, Covington MF, Lee N, Taagen ER, Laboy Cintron D, Hwang DY, Akiyama R, Hodge SK, Huang H, Nguyen NH, Nusinow DA, Millar AJ, Shimizu KK, Imaizumi T,(2018)Molecular basis of flowering under natural long-day conditions in Arabidopsis. Nature Plants. 4 (10):824-835.

Field transcriptomics for study of environmental response in rice

Atsushi J. Nagano

Faculty of Agriculture, Ryukoku University(Yokotani 1-5, Seta Ohe-cho, Otsu, Shiga 520-2194, Japan)

Summary:Various environmental factors including temperature and light are highly fl uctuating under fi eld condition. We

established field transcriptomics that integrated massive transcriptome data under field conditions and corresponding meteorological data. Our large-scale fi eld transcriptome study revealed that the majority of transcriptome dynamics could be explained by temperature and circadian clock and enabled us to predict transcriptome under given meteorological conditions.

Key Words:transcriptome, environmental response, statistical modeling, rice

Journal of Crop Research 65: 73-75 (2020) Correspondence: Atsushi J. Nagano (anagano@agr.ryukoku.ac.jp)

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参照

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