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The Sea of Japan : Influences on the Evolution of Japanese Civilization and Environment Yoshinori YASUDA The Japanese archipelago is surrounded by the

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(1)

環日本海文化の変遷 : 花粉分析学の視点から

著者

安田 喜憲

雑誌名

国立民族学博物館研究報告

9

4

ページ

761-798

発行年

1985-03-28

URL

http://doi.org/10.15021/00004418

(2)

安 田  環 日本海文化の変遷

環 日 本 海 文 化 の 変 遷

花粉分析学の視点か ら

安 田 喜 憲 *

The Sea of Japan : Influences on the Evolution of

Japanese Civilization and Environment

Yoshinori YASUDA

The Japanese archipelago is surrounded by the sea. This

geographical factor by definition, greatly influences on the

bi-ological and physical environments and man's daily activities.

But such marine conditions as surface temperature, salinity and

currents have been subjected to change as the consequence of sea

level fluctuations during the alternations of Glacial and

Intergla-cial stages. This article attempts to clarify the relationships

be-tween those marine changes and the evolution of Japanese

ci-vilization and biological and physical environments since 50,000

years BP.

An eco-historical study of the man and sea relationships

ex-plains the following characteristic historical "turnabouts" :

Ca. 33,000 years BP. Before 33,000 years BP, the climate

was cool and moist, with the increasingly elevated winter

precipi-tation.

Owing to heavy snowfall, glaciers developed in the high

mountains.

After 33,000 years BP the climate became cold and

dry. The maximum cold epoch lasted from 21,000 to 18,000

years BP, and a dry climate prevailed. Snowfall on the Sea of

Japan coast decreased to more than one-third of present

precipi-tation.

That decrease of winter precipitation was caused by a

fall in sea level that weakened and sometimes interrupted the

entrance of the warm Tsushima Current which promoted a heavy

snowfall.

In archaeological terms, the characteristic

turn-about in the composition of stone implements occurred around

33,000 years BP. Before that time, choppers, chopping tools and

handaxes were dominant elements of the stone implements,

where-*広島大学,国立民族学博物館共同研究員

(3)

国立民族学博物館研究報告 9巻 4号

as after 33,000 years BP a new blade technique appeared.

I

suppose that this characteristic change of stone implements

around 33,000 years BP was closely related with the environmental

transition from an oceanic to a continental climate.

Ca. 12,000 years BP. That was an opening epoch for the

oceanic climate in Japan, during which the indication of

increas-ing snowfall emerge. This climatic amelioration was caused by

the beginning of entrance of the warm Tsushima Current into

the Sea of Japan.

But at that time the rise of sea-level was not

enough to permit a full-scale entrance of the Tsushima Current

that occured about 8,500 years BP. Corresponding with this

start of the oceanic climate, around 12,000 years BP, the oldest

earthernware appeared in southwestern Japan.

It is noteworthy

that the invention of this oldest earthernware coincides with the

opening period of the oceanic climate. I conclude that the

in-vention of earthernware in Japan arose when man's daily activities

depended on the products of temperate broad-leaved forest which

were suited to the oceanic climate.

Ca. 2,500 years BP. The Jomon culture flourished under the

warm climatic condition that lasted from 8,500 to 4,500 years

BP. But after this warm epoch, the climate became cool and

moist. Especially at about 2,500 years BP, there occurred one

of the peaks of this late post-glacial climatic deterioration.

One

of the characteristic phenomena was that, the agricultural activity

started in the midst of this climatic deterioration.

The

inci-dence of archaeological eviinci-dences of buckwheat cultivation by the

Latest Jomon man increases after this climatic change.

I suppose

that this climatic deterioration in late postglacial time caused a

southward migration of the human beings. People knowing the

technique of buckwheat cultivation probably migrated

south-ward, especially from the Manchuria, and arrived at the Japanese

archipelago by passing through the Sea of Japan.

1. は じめ に II.多 雪 の 風土 と植生 分 布 皿.氷 河 の 消長 と気 候 変化 IV.3・3万 年前 の環 境 の菱 遷 と旧石 器 の 編年 V. ナ イ フ型 石 器 文 化 の発 展 とそ の 自然 史 的 背 景 VI.最 古 の 土器 文 化 の 誕生 と多 雪化 珊. ナ ラ林 の変 遷 と縄 文文 化 粗 . ナ ラ林 農耕 文 化 と環 日本 海 文化 圏 D(. 結 語 762

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安 田  環 日本海文化の変遷 1 . は じ め に   四方 を海 に 囲 まれ た 日本 の風 土 は, 海洋 環 境 か ら大 きな影 響 を受 けて い る。 そ れ は , 気 候 ・植 生 な ど の 自然 的側 面 のみ で な く, そ こ に生 活 す る 日本 人 の文 化 ・生 活 に も大 きな 影 響 を 与 え て い る (図 1)。   しか し, この 日本 列 島 の風 土 を決 定 づ けて い る海 洋 環 境 は,第 四紀 の氷 期 一 間 氷 期 の交 代 に と もな う海 面 ・潮 流 ・海水 温 の変 化等 に示 さ れ る如 く,人 類 が 日本 列 島 に居 住 してか らも, 大 きな変 動 を示 して きた。 こ う した 日本 を取 りま く海洋 環境 の変 化 が , 日本列 島 の気 候 ・植生 とい った 自然 環 境 に いか な る影 響 を与 え , それ が ひ い て は 日本 人 の文 化 ・生 活 にい か に か か わ って きた か を明 らか にす るの が本 研 究 の 目的 で あ る。   本 研究 を 展 開 す る に 当 って資 料 と して は ,筆 者 が年 来 行 な って きた花 粉 分析 の デ ー タ を 主 と して用 い たが , そ の ほ か ,先 学諸 氏 の調 査 資 料 も数 多 く参 照 させ て いた だ い た。 ま た この 研究 を生 態 史 的 研 究序 説 と して位 置 づ け る背 景 には ,梅棹 忠 夫 の 『文 明 の生 態 史 観 』 [梅棹  1967]が あ る。 そ の方 法 的 論 拠 につ い て は,あ らた め て報 告 す る が , その 一 端 は [安 田  1984]に お いて論 及 した。

l.

  多雪 の 風 土 と植生 分 布

  温 帯 の 人 口稠 密 地 帯 に お いて , 日本 列 島 ほ ど積 雪 量 の あ る所 は少 な い。 日本 海 が 日 本 列 島 の 風 土 に決 定 的 な 影 響 を 及 ぼ して い るの は この 多雪 で あ る。 日本 海 側 の冬 の多 雪 の原 因 は, 日本 海 に流 入 す る対 馬暖 流 に よ って 暖 め られ た 日本海 表層 の水 温 と, シ ベ リア の寒 気 団 によ って冷 却 され た 日本 海 上 層 の気 温 の温 度 較 差 に も とめ られ る。 冬 期 2月 ,能 登 半 島沖 の 日本 海 の表 面 水 温 が 10。C 前 後 の中 で,上 層 700 mb (約 8km 上 空) の気 温 が 一 20。C 以 下 にな った時 , 日本 海 沿岸 地 帯 は豪 雪 に み ま わ れ る確 率 が 高 い [高 橋他 (編 )  1981]。 こ う した 日本 海表 層 の水 温 と気 温 の温 度 較 差 が , さか ん な 蒸 発 を もた ら し, こ の蒸 気 霧 が季 節 風 に よ って 日本 列 島 に吹 き寄 せ られ ,積 雲 ・積 乱 雲 とな って 発達 し, 日本 海 側 に多 雪 を もた らす (図 2)。   こ う した 日本 海側 の積 雪 が , 日本 列 島 の植 生 分 布 に も大 きな影 響 を 与 え て い る こ と は古 くか ら注 目 され て きた。   そ の 中 で , ブ ナ林 を 裏 日本 型 を代 表 す る もの と して位 置 づ け た今 西 錦 司 の説 [今 西 1937]を ま ず取 り上 げね ばな らな いb 中部 山岳 の森 林 帯 の垂 直分 布 の考 察 に お いて , 裏 日本 型 の 山地 帯 の 上限 と下 限 を , ブ ナ林 分布 の 上 ・下 限 に求 め た 。 そ して裏 日本 型 763

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号 ★ 日本 海 海 底 コア の 採 取 地 点   A,● V28− 267 〔小 泉   1981〕  B, KH− 77−3 〔大 場 他   1980〕    C, KH− 79− 3 〔大 場 他   1980〕 花 粉 分析 試料 採 取 地 点 1. 韓 国 永 郎 湖 [安 田 他   1980] 2. 韓 国 方 魚 津 [安 田 他   1980] 3. 島 根 県 沼 原 湿 原 [YAsuDA  1978] 4. 鳥 取 県 島 遺 跡 [安 田   1983d] 5. 兵 庫 県 大 沼 湿 原 [三 好   1978] 6. 福 井 県 三 方 湖 [安 田   1982a] 7. 富 山 県 十 二 町 潟 遺 跡 [安 田  1982d] 8. 富 山 県 小 泉 遺 跡 [安 田  1982d] 9.群 馬 県 尾 瀬 ケ 原 [SAKAGucHI  l978] 10.福 島 県法 正 尻 湿 原 [鈴 木 (敬 )他   1982] 11. 青 森県 八 甲 田 山 田代 湿 原 [YAMANAKA  1965] 12.広 島県 尾道 市 尾道 造 船 所 [安 田  1982b] 13. 大 阪府 古 市 湿 原 [安 田  1978] 14.三 重県 池 ノ平 湿 原 [松 岡 他   1983] 15.東 京都 多聞 寺 前 遺跡 [安 田  1983b] 16.東 京都 尾崎 遺 跡 [安 田  1983b] 17.埼 玉 県 寿 野泥 炭 層 遺跡 [鈴 木 (三)他   1982] 気候 区分 は鈴木 [1962] に よ る。 図 1  日本海をめ ぐる環境 と日本列島の気候区分 764

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安 田  環 日本海文化の変 麗 図 2  日 本 海 側 へ の 多 雪 の メ カ ニ ズ ム シ リー ズ と して ,常 緑 カ シ (暖帯 )一 ブ ナ (温 帯 ・山地帯 )一 オ オ シ ラ ビ ソ (亜 寒 帯 ・ 亜 高 山帯 ) の組 合 せ を ,表 日本型 シ リー ズ と して 常緑 カ シ (暖 帯 )一 モ ミ (亜 山地 帯 ) 一 ウ ラ ジ ロモ ミ (温 帯 。山地 帯 )一 シ ラビ ソ (亜 寒帯 ・亜 高 山帯 ) の 組合 せ ([吉 良 ・ 吉 野  1967:156] の要 約 によ る) を設 定 した 。 ブ ナ林 を 裏 日本 型 シ リー ズ を代 表 す る もの と した この見 解 [今 西   1937]は , 本 稿 の展 開 に お い て も重 要 な キー とな る。 近 年 久 禮 と依 田 の論 文 [KuRE and YoDA  1984] は , 近 畿 ・北 陸 地 方 の ブ ナ林 の垂 直 分 布 の 下 限高 度 と気 候要 因等 につ いて重 回帰 分 析 を 行 な い ,冬 の降 水 量 と寒 さ の指 数 の 積 の 絶 対値 が, 分布 下 限 を最 も よ く説 明 し, ブ ナ林 の分 布 が積 雪 日数 と深 い か か わ りを 持 って い る こ とを 明 らか に した 。 四 手 井 [1956]は , 日本 海 側 の多 雪 地帯 に は , 本 来 アオ モ リ ト ドマ ツや コメ ッガ の亜 寒帯 針 葉 樹 林 が 生 育 す べ き所 に ,針葉 樹 が生 育 せ ず , ダ ケ カ ンバ や ミヤマ ナ ラを 中心 とす る飼 飼 型 の低 木 林 が み られ る こ と に注 目 し, これを 偽 高 山帯 と名付 けた 。 石 塚 [1978]は この 偽 高 山 帯 の 成 立 す る原 因 につ い て , 多 雪 に よ る雪圧 の害 が最 も大 きな要 因 と考 え て い る。 また 冷 温 帯 を代 表 す る ブ ナ林 に は , 日本 海 型 ブ ナ林 (ブ ナー チ シマザ サ群 団) と太 平 洋 型 ブ ナ林 (ブ ナー ス ズタ ケ 群 団 ) が あ る [鈴 木  1952,1966]。 ま た ブ ナ林 と深 い関 係 を もつ サ サ類 の分 布 は,多 雪 に適 応 した チ マ キザ サ節 と ミヤ コザ サ が , 積 雪 50cm を境 と してす み わ けを 行 な っ て い る と い う指摘 [鈴 木  1978] もあ る。 さ らに西 日本 の シイ林 に も多雪 地 帯 に特 有 の分 布 を 示 す シイー トキ ワ イカ リソ ウ群 集 [服 部他   1979]の 存在 が 報告 さ れ て い る。 シ ラカ シの分 布 も冬 の積 雪 量 に強 く支 配 さ れ る と い う見 解 もあ る [服 部他   1981]。   さ らに図 3に は, 日本 列 島 のス ギ の分 布 [TSUKADA  l982] とブ ナ と混生 す る ス ギ の分 布 [亀 井 他   1981]を , 図 4に は冬 期 と夏 期 の 3カ月 の降 水 量 の分 布 と対 比 して 示 した。 ス ギ は年 降水 量 2000mm 以 上 の湿 潤 な 環境 を好 む が, そ の 中 で もス ギ と混 生 す るブ ナ林 は, 日本 海側 の多 雪 地 帯 の 冬 期 3カ月 の降 水 量 が各 月 と も 150mm 以 上 の地 帯 に主 と して 分布 す る。 一方 ,図 5に は,ツガ属 の分 布 を林 の資 料 [林   1970] 765

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安田  環 日本海文化 の変遷 図 4 日 本 列 島 の 降 水 量 分 布 に基 づ き示 した 。 ッガ属 に は コメ ッガ とッガ が あ り,前 者 が 亜 高 山帯 か ら冷 温 帯 , 後 者 が冷 温 帯 か ら暖温 帯 に か け て分 布 す るが , いず れ も分 布 の 中心 は ,北 海道 を 除 く日 本 列 島 の太 平 洋 側 に あ る。 ブ ナ とス ギ の混 生 した森 林 の分 布 中心 地 の あ った 日本 海 側 の多 雪 地 帯 に は ,分 布 しな い こ とが 注 目され る。   こ の よ うに多 雪 は 日本 列 島の 植 生 分布 に大 きな 影響 を与 えて い るだ け で な く,20世 紀 後 半 の今 日に お い て さ え ,人 々の 日常生 活 に大 きな 障害 とな って い る。多 雪 は 白本 の風 土 の構 造 を 決 定 して い る [鈴 木   1975]。 こ う した多 雪 の 風 土 が , 石 器 時 代 の 日       767

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国立民族学博物館蘇究報告  9巻 4号 図 5 ツ ガ 属 の 分 布 本 人 の文 化 ・生 活 に も大 きな影 響 を与 え た こ とは 当然 予 想 され る所 で あ る。 しか し, 最 終 氷 期 か ら後氷 期 にか けて , 日本 海 の海洋 環 境 は激 動 した こ とが ,最 近 明 らか にな りつ つ あ る [大場 他   1980;谷 村  1981;小 泉   1981;新 井 他   1981;大 場   1982]。 こ う した 日本 海 の海 洋 環 境 の変 動 に ともな って , 当然 ,積 雪 量 を は じめ , 日本 海 側 の 気 候 ・植 生 も大 き く変 化 した とみ られ る。 そ して , そ こに住 む 旧石 器 時代 や縄 文 時 代 の人 々 の生 活 も, そ う した 環 境 の変 動 に大 き く左 右 され た とみ られ る。 768

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安田  環 日本海文化の変選

皿. 氷 河 の消 長 と気 候 変 化

  日 本 の 氷 河 地 形 の 研 究 史 を く わ し く こ こ で 取 り上 げ る ゆ と り は な い 。 しか し , 地 理 学 者 の 氷 河 地 形 の 研 究 は ,氷 河 が 日本 に 存 在 した か ど う か と い う 疑 問 か ら始 ま り [山 崎 1902;辻 村   1913],低 位 置 氷 河 説 [小 川   1913,1933]を め ぐ る論 争 , 氷 河 地 形 の 認 定 を め ぐ る論 争 [今 村   1940]以 降 , 氷 期 の 時 代 論 [大 塚   1936;鹿 間 他   1953;湊 他   1954;深 井   1975;小 野 他   1975;五 百 沢   1979]へ と発 展 し て き た 。 近 年 で は , 最 終 氷 期 の ど の 時 代 が 最 も 氷 河 の 発 達 に 適 して い た か が 議 論 さ れ る よ う に な っ た [小 疇 他   1974;伊 藤   1982;柳 町   1982]。   こ う し た 中 で , 氷 河 を 発 達 さ せ る メ カ ニ ズ ム を 地 史 的 に 明 らか に す る研 究 は , か な ら ず し も 進 展 を み て い な い 。 今 西 錦 司 の 日 本 ア ル プ ス の 万 年 雪 [今 西   1929], 雪 線 [今 西   1933] や 森 林 限 界 [今 西   1935] に 関 す る 研 究 は ,そ う した 研 究 の 出 発 点 で あ っ た 。 と りわ け 植 生 分 布 と積 雪 量 と の か か わ りの 中 で , 森 林 限 界 線 が 積 雪 量 に よ っ て 規 定 さ れ て い る と い う視 点 [今 西   1935] は , 本 稿 と も 深 く か か わ っ て く る。 こ う し た 今 西 の 山 岳 研 究 が , 学 説 史 的 に は 樋 口 敬 二 の 一 連 の 研 究 の 中 に 受 け 継 が れ , 発 展 さ れ て い る [H IGucHI(ed.>  1976,1977,1978,1980] こ と は 周 知 の 事 実 で あ る 。   一 方 , こ う し た 氷 河 形 成 の メ カ ニ ズ ム を , 地 史 的 に 論 じた 研 究 と して , 琵 琶 湖 の ボ ー リ ン グ コ ア の 解 析 結 果 と , 日本 の氷 河 の 消 長 との か か わ りを 論 じた堀 江 正 治 の 研 究 [H oRIE  1976;堀 江 他   1977; 堀 江   1980] が あ げ ら れ る 。 堀 江 正 治 の 琵 琶 湖 掘 削 研 究 へ の 動 機 は ,日 本 の 氷 河 形 成 の メ カ ニ ズ ム の 解 明 に 端 を 発 して い る [堀 江   1977]。 そ して 近 年 , 日本 の 氷 河 形 成 の メ カ ニ ズ ム に は , 日 本 海 を め ぐ る 環 境 変 遷 が 大 き な 要 因 と な っ て い る こ と が 明 らか に さ れ た [安 田  1982a]。 こ こ で は , こ れ ま で の 研 究 結 果 に 若 千 の 新 し い デ ー タ を 加 え て , 日本 列 島 に お け る氷 河 形 成 の メ カ ニ ズ ム へ の 地 史 的 ア プ ロ ー チ を 試 み る 。   図 6 に は , 福 井 県 三 方 郡 三 方 町 に 位 置 す る (35。33’32” N .135。53’40” E・)三 方 湖 の 花 粉 ダ イ ア グ ラ ム を , 既 論 文 [安 田  1982a] に 発 表 した も の に , そ の 後 ,新 た に 得 られ た 14C 年 代 測 定 値 と火 山 灰 の 知 見 を 加 え て 示 した 。  M G 花 粉 帯 に お い て は , ス ギ 属 が ブ ナ 属 ・ コ ウ ヤ マ キ属 ・ハ ン ノ キ 属 ・ ミズ バ シ ョ ウ 属 等 と と も に 高 い 出 現 率 を 示 す 。 す で に 述 べ た ス ギ や ブ ナ の 現 在 の 分 布 か ら み て , 14C 年 代 3.3万 年 よ り以 前 (約 5万 年 前 ま で ) は , 積 雪 量 の 多 い 冷 涼 ・湿 潤 な 気 候 が 支 配 的 で あ っ た とみ られ る 。 日 本 海 側 に 多 雪 な 環 境 を も た ら す カ ギ が , 日 本 海 へ の 対 馬 暖 流 の 流 入 に あ る と した 場 合 , 三 方 湖 で 得 ら れ た 花 粉 分 析 の 結 果 と現 在 の 植 生 分 布 に し た が う か ぎ り , 日 本 海 に 対 馬 769

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号 暖 流 が 流入 して い た と考 え ざ るを 得 な い。 しか し, 諸 研 究 [大 場 他  1980;新 井他 1981]の結 果 で は , 6万 年 前 以 降 ,現 在 の よ うな 対馬 暖 流 は流 入 して いな か った と考 え られ て い る。 一 方 ,最 近 , 日本 アル プ ス の氷 河 地形 の編 年 研 究 が進 み, 小 野 「小 野 他 ・ 1983] や柳 町 [1982] 等 は , 4万年 以 前 の著 しい 氷 河 拡 大 期 を 認 め , 五百 沢 [1979]の指 摘 した 横 尾 氷 期 の 発 達 期 に 対 比 して い る。 そ して そ の氷 河 の拡 大 の範 囲 は, 2万 年 前 後 の そ れ よ り も大 きい こ とが 指 摘 され て い る。 三 方湖 の花 粉 分 析 の結 果 か ら推 定 され た 3.3万 年 以 前 の多 雪 な環 境 は , この 氷河 の発 達 と符 合 す る。 た だ 氷 河 が発 達 した か ら, そ の時 代 の 気 候 が 2万 年 前 後 よ り寒冷 で あ った とい う見 解 には , そ のま ま 同意 しが た い 。 三方 湖 の花 粉分 析 の結 果 か らみ る限 り,3.3万 年 以 前 の 気 候 は, 2万 年 前 後 の 寒 冷 期 に比 して , コナ ラ亜 属 ・ トチ ノ キ属 な ど の落 葉広 葉 樹 の 出現 率 が高 く,よ り温 和 で あ った とみ られ る。 す で に既論 文 [安 田  1982a]で 指摘 した如 く, 日本列 島 の氷 河 の 発達 に は ,積 雪 量 が深 くかか わ って お り,最 寒 冷期 の 2万 年 前 後 に は, 後述 す る如 く積 雪 量 が少 な く, そ の た め に氷 河 の 発 達 が み られ な か った とみ る のが 妥 当 と思 わ れ る。 日本 の氷 河 は北 欧 や ヨー ロ ッパ の 大 陸 氷床 と は異 な り,氷 河 の拡 大 ・縮 少 を そ の まま 気 候 の 寒 ・暖 で 結 び つ け るので はな く, む しろ気 候 の乾 ・湿 との かか わ りに お いて 論 じる必 要 が あ ろ う。   薪 井 [新 井 他   1981] や大 場 [1982] が 明 らか に した よ うに, 日本 海へ の対 馬 暖 流 の 流入 が,6万 年 以 降途 絶 えて い た と した場 合 ,3.3万 年 以 前 の 氷河 の発 達 を もた ら し た もの は,鈴 木 秀 夫 の指 摘 す る如 く冬 型 の 降 雪 で は な く, 台 湾 坊主 に類 す る低 気圧 性 の 降雪 に よ る もの とみ な けれ ばな らな い [鈴 木   1977]。つ ま り水 蒸気 の供 給 源 を太 平 洋 に求 め る必要 が あ る。 鈴 木 は , カ ール の大半 が東 向 き斜 面 につ い て い る こ とか ら, 南 アル プ ス と 中央 アル プ ス の 氷 河 の 発 達 を , 低 気圧 性 の 降 水 に も とめ て い る [鈴木 1977]。 も ちろ ん ,小 林 [KoBAyAsHI  l955,1958] の よ う に, これ を風 下効 果 と 日 陰 効果 とみ る見解 もあ る。   三方 湖 の コ アの解 析 で多 雪 の 一 つ の指 標 と した ス ギ は ,夏 期 の降 水 量 の増 加 で も生 育 可 能 で あ る。 堀 江 [堀 江 他   1977]は ,琵 琶 湖 の コア の粒 度 分 析 か ら,気 候 の寒 冷 期 には著 しい多 雨期 が存 在 す る こ とを 明 らか に して い る。 そ して最 終 氷期 の最 寒 冷 期 の 2.1万 年 前 頃 に, 顕著 な多 雨 期 の ピー クを報 告 して い る。琵 琶 湖 底 に粗 粒 物質 を運 搬 した 洪水 は夏 ∼ 秋雨 に起 因す る とみ られ る。 ス ギ は夏雨 の増 加 で も生 育 が 可 能 で あ るか ら,三方 湖 で も この時 代 ,ス ギの 発展 が見 られ て も よ い はず で あ る。 しか しス ギ の 出 現 率 は低 い。 も ちろ ん気 温 が ス ギの生 育 限界 以 上 に低 下 した場 合 も考 え な け れ ば な らない 。 しか し, 吉良 [吉 良 他   1967]に よ れ ば , ス ギ は暖 か さの指 数 37度 前 後 ま で 770

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図 6 福 井 県 三 方 郡 三 方 湖 の 花 粉 ダ イ ァ グ ラ ム (14C 年 代 は京 都 産 業 大 学 山 田治 教 授 ,火 山灰 は 東京 都 立 大 学 町 田洋 教授 の測 定 ・分 析 に よ る。)

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安 田  環 臼本海文化 の変遷 は, 十 分 に生 育 可 能 で あ る。三 方 湖 周辺 で暖 か さ の指 数 が37度以 下 に な る には ,年 平 均 気 温 が 10。C 以 上 ,低 下 しな けれ ばな らな い。 この 気 温 の低 下 率 は , これ ま で の一 般 的 に支 持 さ れ る気 温 の 低 下率 (7∼ 8。C)に 比 し て 大 き す ぎ る。 この ことか らも, 3.3万年 以 前 の ス ギの 高 い 出現 率 は, 主 と して冬 の積 雪 に起 因 す る とみ る のが 妥 当で あ る。   3.3万 年 以 前 のス ギ属 の 出現 率 を み る と, 時 に は60% 以 上 の 異常 な高 率 を示 す 層 準 が あ る。 そ れ は後氷 期 に入 って か らの最 高 値 35% を は るか に うわ ま わ って い る。 こ う した ス ギの 異 常 な 高 い 出現 率 が い か な る原 因 に よ って もた らされ た か は ,今 後 の課 題 で は あ るが , この 時代 の気 候 条 件 が , ス ギ の生 育 に最適 で あ り, 夏 の 降水 量 の増 加 も, この ス ギ の繁 栄 の一 部 を にな って い た こと は確 か で あ ろ う。 しか し全 体 と して は冬 の 積 雪 量 の増 加 が 強 くきいて いた こ とは ま ち が いな いで あ ろ う。   そ の冬 の積 雪 量 の増 加 を もた ら した水 蒸 気 の供給 源 につ いて は, 日本 海 が新 井 [新 井他   1981]や 大場 [大 場 他   1980]に よ って指 摘 され て い る如 く, 閉 塞 状 態 にあ っ た と した場 合 , 鈴 木 [1977]の指 摘 す るよ うに ,台 湾 坊 主 に類 す る低 気 圧 性 の 降 水 に も とめ る見 解 を重 視 しな け れ ば な らな い 。既 論 文 [安 田  1982a]で は,水 蒸 気 の 供 給 源 を 日本 海 の み に もとめ た が ,氷 期 の中 の 多 雪 を もた らす 水 蒸気 の供 給 源 につ い て は 今 後 の検 討 を必 要 とす る。   日本 海 の対 馬 暖 流 の 挙 動 と,陸 上 の氷 河 地 形 や植 生 変 遷 との か か わ りにつ いて は, よ うや く研 究 が緒 につ いた段 階 で あ り, 今 後 解 明 さ れ な け れ ばな らな い課 題 で あ る。

W . 3.

3万年 前 の環 境 の変 遷 と旧石器 の 編年

 三 方 湖 の花 粉 ダ ィァ グ ラム で は, お よ そ 4.1万 年 前 の 層準 に お いて , ス ギ属 が一 時 的 に 5% 前 後 に まで 低下 し, かわ って ツガ属 が40% 以 上 の 高 い 出現 率 を 示 す 。 この一 時 的 な寒 冷 ・乾 燥 期 の あ と, ス ギ属 の 出現 率 は不 安 定 とな り, そ の後 著 しい変 動 を く り 返 しな が ら , ・4c 年 代 32,7・・± lll8年 前 (K su −651) の 得 ら れ た 酵 を 境 と して , ス ギ属 と ツガ属 の 出現 率 は完 全 に入 れか わ る。 お よ そ 4.1万 年 前 の エ ポ ック メ ー キ ン グ な短 期 間 の気 候 の乾 燥 期 の あ と,著 しい乾 ・湿 の変 動 を くり返 しな が ら,湿 潤 な海 洋 性 気 候 か ら乾 燥 な大 陸 性気 候 へ と移 行 して い った 。 そ して, 大 陸性 気 候 が確 立 した の は 3.3万 年 前 で あ る。 お よ そ 4.1万 年 前 か ら3.3万年 前 の 間 は大 規 模 な森 林 の交 代 期 で あ り, 3.3万 年前 は , 大 陸性 気 候 の確 立 期 で あ る 。 この移 行 期 はま た , 氷河 の発 達 には好 適 な時 代 で あ った と筆 者 は考 え て い る [安 田  1982a]。 771

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号   筆 者 は , こ の 大 陸 性 気 候 の 確 立 期 の 年 代 を , 上 ・下 の 14C 年 代 測 定 結 果 か ら類 推 し た 堆 積 速 度 か ら, お よ そ 3.5万 年 と した [安 田  1982a] が , 今 回 得 られ た 14C 年 代 測 定 値 に 基 づ き , そ の 年 代 を3.3万 年 に 修 正 す る 。 そ の 年 代 は 阪 口 [SAKAGucHI  l978] に よ っ て 設 定 さ れ た 年 代 と一 致 す る 。   ス ギ 属 の 著 し い 減 少 と ツ ガ 属 の 急 増 は , 三 方 湖 周 辺 の 気 候 が 日本 海 型 気 候 か ら太 平 洋 型 気 候 に 変 っ た こ と を 意 味 し, 冬 期 の 積 雪 量 の 減 少 を 物 語 っ て い る。 こ う した 3.3 万 年 前 を 境 と す る冬 期 の 積 雪 量 の 減 少 と大 陸 性 気 候 の 確 立 の 背 景 に は , 日 本 海 へ の 対 馬 暖 流 の 流 入 が 海 面 の 低 下 に よ っ て 著 し く弱 ま っ た か , あ る い は途 絶 し た た め で は な い か と筆 者 は 考 え た [安 田  1982a,1983a]。 こ の 時 代 に 対 馬 陸 橋 が 存 在 した こ と は ま ち が い な い で あ ろ う 。   一 方 ,考 古 学 の 側 か ら,芹 沢 [1982] は 前 期 旧 石 器 と 後 期 旧 石 器 の 境 界 を ,3・5∼ 3・0 万 年 の 間 に 求 め , こ の 時 代 に 日 本 列 島 の 旧 石 器 の 文 化 に 大 き な 革 新 が あ る こ と を 明 ら か に した 。 他 方 , 岡 村 [1983] は , 宮 城 県 座 散 乱 木 遺 跡 の 発 掘 調 査 結 果 に基 づ き, 約 3.3万 年 前 に , 日 本 の 前 期 旧 石 器 と 後 期 旧 石 器 時 代 の 境 を 求 め て い る 。 さ ら に , 小 田 [1977] に よ っ て 関 東 の 武 蔵 台 地 で は , 立 川 ロ ー ム 層 , お よ そ 3.・5∼ 3万 年 以 降 , 旧 石 器 時 代 の 遺 跡 が 増 加 して く る こ と が 明 らか に さ れ て い る 。 こ う し た 日 本 の 旧 石 器 時 代 に お い て , 3.5∼ 3,0万 年 に , 一 つ の 変 革 が認 め ら れ る こ と は 確 実 で あ り , こ う した 変 化 が ,尾 瀬 ケ 原 [SAKAGucHI  1978]や 三 方 湖 の 花 粉 分 析 の 結 果 明 らか と な っ た ,3・3 万 年 前 の 寒 冷 ・乾 燥 し た 大 陸 性 気 候 の 確 立 と ど の よ う な か か わ り が あ る か に つ い て は , 筆 者 も多 少 言 及 し た [安 田  1983b]。 そ の 背 景 に は , 対 馬 暖 流 の 流 入 を 遮 断 し た か , も し く は , 著 し く弱 あ た 対 馬 陸 橋 の 形 成 とそ れ に よ る環 境 の 変 化 が , 深 く か か わ っ て い る の で は な い か と み られ る 。

V. ナ イ フ型 石器 文 化 の発展 とそ の 自然 史 的背 景

  3.3万 年 前 は , 大 陸 性 気 候 の 確 立 期 で あ る 。 こ の 時 代 以 降 , 三 方 湖 周 辺 で は ッ ガ 属 ・ 五 葉 マ ッ亜 属 ・ ト ウ ヒ属 ・モ ミ属 な ど の 亜 高 山 帯 針 葉 樹 種 と ヤ ナ ギ 属 ・カ バ ノ キ 属 ・ハ シバ ミ属 , そ れ に ハ ン ノ キ属 な ど の 移 行 的 性 格 の 強 い 樹 種 が 高 い 出 現 率 を 示 す よ う に な る 。 そ う し た ッ ガ 属 の 優 占 で 特 徴 づ け ら れ る FG 帯 は , お よ そ 1.5万 年 前 ま で 続 く。 そ の 時 代 は , Em iliani[1972]の Stage 2 に 対 比 さ れ る ヴ ュ ル ム 氷 期 後 半 の 亜 氷 期 で あ る 。 こ の 亜 氷 期 の 時 代 は , 大 き く三 つ の 時 代 に 区 分 さ れ る。 す な わ ち 3.・3万 年 前 か ら2.8万 年 前 , 2.8万 年 前 か ら2.2万 年 前 , 2.2万 年 前 か ら 1.5万 年 前 で あ る 。 3,3万 年 前 772

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安田  環 日本海文 化の変遷 か ら1.5万 年 前 ま で 続 く亜 氷 期 の 中 で ,中 間 の 2.8∼ 2.2万 年 前 の 間 ([安 田  1982a] で は 3.1∼ 2.4万 年 前 と した が , そ の 後 の 14C 年 代 測 定 値 に 基 づ き 修 正 す る ) は, そ の 前 後 の 時 代 に 比 し て , 比 較 的 温 和 で 湿 潤 で あ っ た と み られ る 。 そ の 湿 潤 期 の ピ ー ク は 2.6∼ 2.5万 年 前 頃 に あ る 。 こ う し た 温 和 ・湿 潤 期 に は , コ メ ッ ガ を 中 心 と す る 針 葉 樹 林 が , 一 時 的 に 後 退 し た あ と , 先 駆 植 生 と して の カ バ ノ キ属 ・ヤ ナ キ 属 ・ハ ン ノ キ 属 ・ハ シバ ミ属 が そ の 後 を 埋 め て 拡 大 し た 。 そ して 3.3∼ 2.8万 年 前 と2.2∼ 1.5万 年 前 は , 寒 冷 ・乾 燥 気 候 が 支 配 的 で あ る 。 と りわ け2.1∼ 1.8万 年 前 の 寒 冷 化 の 程 度 はi著 しい 。 こ の 時 代 に は , ツ ガ 属 が 45% 以 上 の 高 い 出 現 率 を 示 し , カ ラ マ ッ属 もわ ず か な が ら 出 現 す る。 ま た ブ ナ 属 は , こ れ ま で は 低 率 な が ら比 較 的 連 続 的 に 出 現 して い た も の が , こ の 2.1万 年 前 以 降 , 1.8万 年 前 の 間 は , 出 現 率 が き わ め て 低 下 す る 。 一 般 に認 め られ て い る最 終 氷 期 の 最 寒 冷 期 の 気 温 低 下 率 で あ る 年 平 均 気 温 が , 7∼ 8。C 低 下 した 状 態 の森 林 帯 気 候 の 分 布 図 [安 田 他   1981]で は , こ の 若 狭 湾 沿 岸 の 三 方 湖 周 辺 は , 冷 温 帯 林 気 候 の 分 布 地 と な り , ブ ナ 林 の 生 育 で き る 温 度 条 件 が 整 っ て い る 。 と こ ろ が , こ の 三 方 湖 周 辺 で は 2.1∼ 1.8万 年 前 の 間 , ほ とん ど ブ ナ 属 花 粉 の 出 現 が 認 め られ な い 。 理 由 は , や は り気 候 の 乾 燥 化 , 積 雪 量 の 減 少 に あ ろ う 。 ブ ナ の 分 布 は , 特 に 冬 期 の 積 雪 日 数 と高 い 相 関 を 有 し [K uRE and Y oDA  1984], 春 先 の 萌 芽 が 積 雪 に 保 護 さ れ る必 要 が あ る と い う [阪 口  1982]。 そ して , ブ ナ は 裏 日 本 型 シ リー ズ を 特 徴 づ け る 要 素 で あ り [今 西   1937],ブ ナ が , 海 洋 性 気 候 を 代 表 す る 植 物 で あ る こ と は言 う ま で も な い 。 現 在 の 三 方 湖 周 辺 の 年 降 水 量 は 2400 m m 前 後 で あ り , そ の 大 半 は冬 期 に集 中 し て い る 。 当 時 の 冬 期 の 降 水 量 は , 現 在 の 1/3以 上 に 減 少 して い た と 筆 者 は み て い る [安 田  1983c]。 こ う し た 冬 期 の 降 水 量 の 少 な い乾 燥 した 大 陸 性 気 候 の 下 で , ツ ガ 属 や 五 葉 マ ツ 亜 属 の 疎 林 が 存 在 し た 。   2.2万 年 前 以 降 寒 冷 ・乾 燥 化 が 進 行 し, お よ そ 2.1∼ 1.8万 年 前 , 最 終 氷 期 の 最 寒 冷 期 を む か え た と い う の が 筆 者 [安 田  1982a] の 見 解 で あ る 。 そ し て ,そ の 2.1∼ 1.8万 年 前 の 最 終 氷 期 の 最 寒 冷 期 の 中 で も , と り わ け 2.1万 年 前 頃 が 著 し い 寒 冷 ・乾 燥 期 で あ る 。 こ れ は , す で に 阪 口 [SAKAGucHI  l978] に よ って , 尾 瀬 ケ 原 の 堆 積 物 の 結 果 か ら も同 様 の 見 解 が 指 摘 さ れ て い る。 最 終 氷 期 の 最 寒 冷 期 を ば くぜ ん と 2.0∼ 1.・8万 年 の 間 に 求 め る こ れ ま で の 一 般 的 な 意 見 に は , 筆 者 は や や 懐 疑 的 で あ る 。   日本 の ナ イ フ型 石 器 文 化 は , ヴ ュ ル ム 氷 期 後 半 の 亜 氷 期 の 寒 冷 ・乾 燥 気 候 に 適 応 ・ 発 展 し た 文 化 で あ る こ と は , す で に 指 摘 した [安 田  1980] 。 最 近 こ の ナ イ フ型 石 器 文 化 発 展 の 自 然 史 的 背 景 を 考 察 す る上 で , 二 ・三 の 新 しい デ ー タ を 得 た の で こ こ に 報 告 す る。 そ の 一 つ は , 関 東 平 野 か ら得 られ た 。 図 7に は , 東 京 都 東 久 留 米 市 の 多 聞 寺 773

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号 前 遺 跡 の花 粉 ダ イ ア グ ラム を示 した。 14C年 代 測 定 値 に はバ ラ ッキ が あ るが , この泥 炭 の 主堆 積期 は , お よそ 2.2万 年 前 頃 とみ られ る。 この泥 土 の花 粉 分析 の結 果 は ,ハ ンノ キ属 と と もに コナ ラ亜 属 が ,高 い 出現 率 を示 す こ とが特 徴 的 で あ る。 ま た , ス ギ 属 ・ブ ナ属 も低 率 な が ら連 続 して 出現 す る。一 方 , トウ ヒ属 ・モ ミ属 ・ッガ属 ・五 葉 マ ッ亜 属 等 の 亜 高 山帯 針 葉 樹 の 花 粉 は低 率 で あ る。 図 8に は, 東京 都 練 馬 区 尾 崎 遺 跡 の花 粉 ダ イ ァ グ ラム を示 した。 この 14C年 代 は,13,600∼ 13,700年前 の値 が 得 られ て い る。 こ こで は五 葉 マ ッ亜 属 が 高 い 出現 率 を示 し, これ とと もに トウ ヒ属 ・モ ミ属 ・ ッガ 属 な どの 亜高 山帯 の 針 葉 樹 が高 率 を示 し, コナ ラ亜 属 の 出 現 率 は低 い。 ま た , ブ ナ属 の 出現 は ほ とん どみ られ な くな る。 これ は尾 崎 遺 跡 と多 聞寺 前遺 跡 の立地 環境 の 地 域 差 とい うよ り,明 らか に多 聞寺 前 遺 跡 の 時代 に比 して, 尾 崎遺 跡 の時代 の気 候 が 大 陸 的 で 寒 冷 ・乾 燥 化 した こ とを示 して い る。   関東 の武 蔵 台 地 の多 聞寺 前 遺 跡 ,尾 崎遺 跡 の花 粉 分析 の結 果 は, い ず れ も トウ ヒ属 ・モ ミ属 ・五 葉 マ ツ属 ・カ ラマ ツ属 な ど の針 葉樹 と コナ ラ亜 属 ・ハ ンノ キ属 を 中心 と し, これ にカ エ デ属 ・シ ナ ノ キ属 ・ニ レ属 を と もな う落 葉 広 葉 樹 の 混生 した森 林 植生 を示 した 。 そ の花 粉 フ ロ ー ラは ,現 在 の北 海道 の低 地 に分 布 す る森 林 植 生 に近 い もの で あ る。   館 脇 [1955]は, 北 海 道 の低 地 の エ ゾ マ ツ ・ト ドマ ツの針 葉 樹 林 と ミズ ナ ラ ・イタ ヤ カ エ デ ・ハ ル ニ レ ・オ オバ ボダ イ ジ ュ ・シナ ノ キ ・ハ ン ノキ ・ヤチ ダ モ な ど の落 葉 広 葉 樹 の混 生 した森 林 を ,冷 温 帯 か ら亜 寒帯 へ の推 移 帯 とみ な し, 汎 針広 混交 林 帯 と 名づ け た。 山 中 [1979]もま た , この推 移 帯 の 存在 を認 め る見 解 を示 した。 一 方 ,吉 良 [吉 良 他   1976] は , こ う した 要 素 の他 に,気 候 要 素 と地 史 を 重視 し,北 海道 の低 地 の森 林 は ,大 陸 性 気 候 の下 に展 開す る森 林 植生 と し, それ を ブナ欠 如 型 落 葉広 葉 樹 林 と呼ん だ。   す で に三 方 湖 の花 粉 分析 の結 果 か ら明 らか の如 く,3.3万 年 以 降 は, 大 陸 的 な 気 候 が支 配 的 で あ った。 そ れ は 対馬 暖流 の 日本 海 へ の流 入 の弱 化 , も し くは途 絶 に よ る冬 期 の積 雪 量 の減 少 が 最 も大 き な要 因 で あ った。 こ の点 か ら考 え て ,多 聞 寺 前遺 跡 や尾 崎 遺 跡 の営 ま れた 時 代 に は,大 陸 的 な 気候 の下 で,現 在 の北 海道 の低 地 にみ られ る森 林 植 生 に近 い森 が ,武 蔵 台 地 に生 育 して いた とみ て よ い で あ ろ う。 この こと はま た ,現 在 の北 海道 の低 地 の 森 林 植生 が,大 陸 型 の森 林 植 生 で あ る と い う吉 良 [吉 良 他   1976] の見 解 を地 史 的 に裏 づ け る もの で あ る。 それ は館脇 [1955]の よ うに冷 温 帯林 か ら亜 寒 帯 林 へ の 推移 帯 と い う図 式 の み で は ,北 海道 の森 林 植 生 を十分 に説 明 しつ くせ な い こ とを示 して い る。 774

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安田  環 日本海文化 の変 遷 図 9 広 島 県 尾 道 市 尾 道 造 船 所 の 花 粉 ダ イ ァ グ ラ ム   年 平 均気 温 が 7∼ 8。C 低 下 した 状態 の森 林 帯 気 候 の分 布 図 [安 田他   1981]で は , 関 東 平 野 は冷 温 帯 林 気 候 の分 布 域 とな って い る。 尾 崎 遺跡 [大沢   1981]で検 出 され た , ヒメバ ラモ ミや チ ョウセ ンゴ ヨウ は, 亜 寒帯 林 で はな く,冷 温 帯 林 中 に生 育 し, そ れ らが ミズ ナ ラ ・カエ デ ・シナ ノ キ な どの 本来 の冷 温 帯 種 と混生 して いた もの とみ るの が妥 当 で あ る。 それ は, 現在 の北 海 道 の低 地 の生 態 的 条 件 と類 似 して い る。 北 海 道 の黒 松 内以 北 の低 地 は,暖 か さ の指 数 [吉 良   1945]か らみ る限 り,冷 温 帯 林 の分布 域 に相 当 す るに もか かわ らず ,ブ ナを欠 如 し,エ ゾマ ッや トドマ ッが 混生 す る ので あ る。   図 9に は, 瀬 戸 内 海 の 尾 道 市 尾 道 造 船所 の 花 粉 ダ イア グ ラム を 示 した。 14C 年 代 23,900年 前 の 値 が得 られた 層 準 よ り下 位 で は コ ナ ラ亜 属 とマ ツ属 が 高 い 出現 率 を示 す 。 こ の時 代 は,最 終 氷 期 後 半 の 亜 氷期 の 中 で は比 較 的温 和 な時 代 で あ る。 さ らに大 量 の 炭 片 が , この 時代 に は検 出 され , 温和 で乾 燥 した気 候 あ る い は人 間 の イ ンパ ク トの下 に 山火 事 が多発 した こ とを暗 示 して い る。 マ ツ属 の大 半 は二 葉 マ ツ亜 属 で あ り,火 災 に よ る二 次 林 の 形成 を物 語 って い る。 この時 代 ,瀬戸 内海 は陸 化 して お り, カ ヤ ツ リ 775

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号 グ サ科 の 湿原 が広 が って い た こ とがわ か る。 そ して,AT 火 山灰 の層 準 を境 と して , コナ ラ亜属 が減 少 し, か わ って五 葉 マ ッ亜 属 が急 増 して くる。 ま た トウ ヒ属 も増 加 し, 気 候 の 寒冷 化 を物 語 って い る。 瀬戸 内 海 に お い て も,AT 火 山灰 の 直 下 の 時代 ま で は, ナ ラ類 の優 占す る落 葉 広葉 樹 が生 育 し,低 地 に は , カヤ ッ リグ サ科 の 湿 原 が広 が って い た こ とを示 す。 ブ ナ属 や ス ギ属 の出 現率 は低 く, や は り乾 燥 気 候 が 支 配 的 で あ った。 この よ うに ナ イ フ型石 器文 化 の時 代 , お よ そ 2.2万年 前 ま で は ,関 東 平 野 や 瀬戸 内海 沿 岸 の 太 平 洋側 に は, ナ ラ類 を 中心 とす る落 葉 広 葉 樹 が広 が って い た とみ られ る。 一 方 , AT 火 山灰 の降 灰 , お よ そ 2.1万 年 前 を境 と して ナ ラ類 の森 林 は後 退 し,五 葉 マ ツ亜 属 を 中 心 とす る疎 林 と草原 に変 わ った 。 これ は,気 候 の 寒冷 ・乾 燥 化 の結 果 で あ り,最 終 氷 期 後半 の亜 氷 期 中 の最 寒冷 期 の 到来 を示 して い る。 この時 代 にお け るナ ラ 類 の森 林 の 減少 と,五 葉 マ ッ亜 属 の増 加 は, 関東 の下 大 島層 の花 粉 分 析 の結 果 [遠 藤 他   1983]か ら も明 らか にな って い る。 こ う した 2.1万 年 前 の気 候 の 寒 冷 ・乾 燥 化 に よ る,太 平 洋 側 の ナ ラ類 を 中心 とす る落 葉 広 葉 樹林 か ら五 葉 マ ツ亜 属 を 中心 とす る針 葉 樹 の疎 林 へ の変 化 が , ナ イ フ型 石 器 文 化 の 発展 に どの よ う にか かわ って い るか に つ い て ,最 近 , 興 味 深 い報 告 を得 た 。 橘 [橘 他   1983]は, 九 州 にお け る ナ イ フ型石 器 群 を ,早 期 か ら晩期 まで の 5時期 に区 分 し, そ の 中 で特 に中 期 には ナ イ フ型石 器, 尖 頭器 , ス ク レ イパ ー の発 展 が み られ る こ と。 この 中期 は最 終 氷 期 後半 の最 寒 冷 期 に相 当 す る こ とか ら,草 原 ・疎 林 的 環境 の拡 大 に よ って ,狩 猟 へ の 依存 が 強 ま った た め で はな い か とみ て い る。 こ う した ナ イ フ型 石 器 文 化 の最 終 氷 期 の最 寒冷 期 (2.1∼ 1.8万 年 前 ) にお け る隆 盛 は 関東 に お いて も見 られ る [小 田他 (編 )  1977;鈴 木 遺 跡 調査 団 (編 ) 1978]。2.1万 年 以 降 の気 候 の 寒冷 ・乾 燥 化 によ って, ナ ラ類 を 中心 とす る温 帯 の落 葉 広 葉 樹 の森 林 的環 境 が , 五葉 マ ッ類 を 中 心 とす る疎 林 と草原 の展 開す る環 境 に 変 化 す る中 で , ナ イ フ型石 器 文 化 も,適 応 を とげ て い った とみ る こ とが で き る。 ナ イ フ型 石 器 文 化 は ,最 終 氷 期 の 寒 冷 ・乾 燥 気 候 に適 応 ・発 展 した文 化 で あ った [安 田 1980] とい う指摘 は, 正 しか った と思 う。

W. 最 古 の土 器 文 化 の誕 生 と多 雪化

  図 6の三 方 湖 の花 粉 ダ イ ア グ ラム に も ど る。 1.5万 年 前 の 14C 年 代 測 定 値 が 得 ら れ た層 準 を 境 と して , コナ ラ亜 属 が増 加 を 開 始 す る。 これ は, 明 らか に気 候 の 温 暖 化 を示 して い る。 す で に み た関 東 や 瀬戸 内海 で は, 最終 氷 期 後 半 の亜 氷 期 中 の比 較 的 温 和 な時 代 (2.8∼ 2.2万 年 前 ) に は, ナ ラ類 を 中 心 とす る落 葉 広 葉樹 の拡 大 がみ られ た 776

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安 田  環 日本海文化 の変遷 が , よ り北 方 に 位 置 し気 候 の 冷 涼 な こ の 三 方 湖 で は , よ うや く1.5万 年 前 の 気 候 の 温 暖 化 に よ っ て , ナ ラ類 が 拡 大 を は じ め る 。 と こ ろ が ナ ラ 類 は 拡 大 して も ブ ナ 属 の 増 加 は , 1.2万 年 前 に な ら な い と み ら れ な い 。 三 方 湖 の 堆 積 物 で は , 1。3∼ 1。0万 年 前 の も の が 欠 如 して い る が , 近 接 す る 鳥 浜 貝 塚 の 花 粉 分 析 の 結 果 か ら, こ の こ と が 明 らか と な っ て い る [安 田  1979b]。   図 10に は,日本 列 島 の ブ ナ 属 花 粉 の 変 遷 を 示 し た 。島 根 県 沼 原 湿 原 [YAsuDA  l978] で は 1.15万 年 前 か ら , 兵 庫 県 大 沼 [三 好   1977] で は お よ そ 1.2万 年 前 か ら , 鳥 浜 貝 塚 [安 田   1979b]・三 方 湖 で は 1.・2∼ 1.15万 年 前 か ら,尾 瀬 ケ 原 [SAKAGucHI  l978] で は , 1.3万 年 前 か ら,福 島 県 法 正 尻 湿 原 [鈴 木 (敬 )他   1982] で は , 約 1万 年 前 か ら 増 加 を 開 始 し て い る 。 さ ら に 青 森 県 八 甲 田 山 の 田 代 湿 原 [YAMANAKA  1965] で は , 8,500年 前 に な らな い と ブ ナ 属 の 顕 著 な 増 加 は み られ な い 。 こ う した 晩 氷 期 に お け る , 1.・3∼ 1.2万 年 前 か ら は じま る ブ ナ 属 の 増 加 が 多 雪 化 と 深 い か か わ り が あ る こ と を 筆 者 は 指 摘 した [安 田   1982b]。   日本 海 側 の ブ ナ 属 の 増 加 は , お よ そ 1.3∼ 1.15万 年 前 か ら は じま り , そ の 拡 大 の 中 心 地 は , 現 在 の 日 本 海 側 の 多 雪 地 帯 に あ り , 北 緯 39∼ 40。以 北 の 東 北 地 方 北 部 へ の 拡 大 は 8,500年 前 と, 遅 れ て い る (図 10)。   太 平 洋 側 の 大 阪 府 古 市 周 辺 [安 田  1978] や 瀬 戸 内 海 (図 9) で は , ブ ナ 属 の 拡 大 は み られ な い 。 た だ 太 平 洋 側 で も 鈴 木 の 準 裏 日 本 気 候 区 [鈴 木   1962] に あ た る積 雪 量 の 多 い紀 伊 山 地 や 池 ノ 平 湿 原 の 分 析 結 果 [松 岡 他   1983] で は , ブ ナ 属 が 約 1.2万 年 前 か らす で に増 加 し て い る 。 ち ょ う ど 日 本 海 側 の 多 雪 地 帯 を 中 心 と して ブ ナ 属 が 拡 大 を 開 始 した 1.3∼ 1.15万 年 前 頃 に ,関 東 で は 図 8 の 尾 崎 遺 跡 の 花 粉 ダ イ ア グ ラ ム に 示 す 如 く,ハ ン ノ キ 属 が 増 加 し,さ ら に 北 緯 39∼ 40。以 北 の 日 本 海 側 や 東 北 地 方 の 太 平 洋 側 で は , カ バ ノ キ 属 が 増 加 を 開 始 す る [YASUDA  l978]。 こ う した 晩 氷 期 に お け る カ バ ノ キ 属 や ハ ン ノ キ 属 は , ブ ナ 林 が 拡 大 す る ま で の 移 行 期 を 埋 め る 移 行 的 性 格 の 強 い 植 生 で あ る。 い ず れ も 晩 氷 期 の 気 候 変 化 と , そ れ に と も な う大 規 模 な 森 林 帯 の 移 動 に と も な う現 象 で あ る 。 筆 者 は す で に , カ バ ノ キ 属 と 多 雪 化 の 関 連 を 論 じた [安 田   1979a] が , そ の 後 , ブ ナ 属 の 増 加 の 方 が よ り 多 雪 化 ・積 雪 量 の 増 加 と対 応 して い る こ と を 認 め , 晩 氷 期 に お け る ブ ナ属 の 増 加 を , 日本 海 側 の 積 雪 量 の 増 加 の メ ル ク マ ー ル と し て , 日 本 海 側 の 多 雪 化 を 論 じ た [安 田  1982b]。   こ の よ う に 気 候 が 1,5万 年 前 以 降 温 暖 化 して い る の に 対 し, 湿 潤 化 が 1.3∼ 1.15万 年 前 に な ら な い と現 れ な い 背 景 に は , 日 本 海 の 挙 動 が 深 くか か わ っ て い る と み ら れ る [安 田  1982a]。 す な わ ち , 気 候 の 温 暖 化 に と も な っ て 海 面 が 上 昇 し て も , 対 馬 陸 橋 777

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安田  環日本海文化の変遷 を越 え て対 馬 暖 流 が 日本 海へ 流 入 で き るま で上 昇 しな い こ とに は , 日本 海 側 の湿 潤化 は起 こ らな か った ので はな か ろ うか。 大 場 ほ か に よ る 日本 海 海 底 の 酸素 同位 体化 の分 析 結 果 [大 場他   1980]か らも,対 馬 暖 流 の一 時 的 流入 が み られ るの は ,1.15万 年 前 で あ る と され て い る。   ここで 注 目さ れ る こ とは ,1.3∼ 1.15万年 前 頃 を 境 と して , 日本 海側 の多 雪 地 帯 を 中心 に, ブナ や ナ ラ類 の生 育 に適 した湿 潤 な 海 洋 的風 土 が形 成 され は じめ た時 ,今 の と ころ世 界 最 古 とい われ る土 器文 化 が ,北 九 州 で誕 生 して い る事 実 で あ る。長 崎 県 福 井洞 穴 の 隆 線 文 土器 [芹 沢   1967]や , 泉 福 寺 洞穴 の 豆 粒 文 土 器 [麻 生   1976] の誕 生 す る時 代 は,1.3∼ 1.1万 年 前 の 間 に お かれ る。 す な わ ち , 日本 海 に対馬 暖 流 が 流 入 を 開始 し, 日本 列 島 が大 陸 か ら切 り離 さ れ, 日本 列 島 に は多 雪 と い う独 自 の海 洋 的 風 土 が形 成 され , そ の 中 で, ブ ナや ナ ラ類 の温 帯 の 落 葉 広葉 樹 が拡 大 を は じめ た。 その 時 に最 古 の土 器 文 化 が誕 生 して い るの で あ る。 お そ ら く1.5万 年 前 以 降 の 気候 の温 暖 化 の 中 で ,後 期 旧石 器 時代 の文 化 を ささ えた 五 葉 マ ツ亜 属 な ど の針 葉 樹 の疎 林 と草 原 が 縮少 し,大 型 獣 が 減少 した。 そ して1.3∼1.15万 年 前 の 頃 に始 ま る積 雪 量 の増 加 は, 大 型獣 の絶 滅 に拍 車 を 加 えた こ とで あ ろ う [安 田  1980]。 そ う した 晩 氷 期 の環 境 の 変 化 の 中 で, 新 た に拡 大 した ナ ラ類 や ブ ナ の温 帯 の 落 葉 広葉 樹 の森 の 生 産 物 に食 料 資 源 を求 め ざ る を得 な くな り,土 器 が 誕生 した とみ る こ とは で きな いか 。 日本 の土 器 は , 農 耕 の発 生 で はな く, ドング リの な る温帯 の落 葉 広 葉 樹 の生 産物 に食 料 資 源 を求 め た 時 ,誕 生 した と筆 者 はみ た い 。す なわ ち,最 古 の土 器 は, 温帯 の落 葉 広 葉 樹 の森 の文 化 の産 物 と して誕 生 した の で あ る。 人 類史 に お け る土 器 誕生 の系 譜 に は, 西 ア ジ アの よ う に農耕 の発 達 と深 いか か わ りを もつ 系譜 と, 日本 列 島 の よ うに ドング リの な る温 帯 の落葉 広 葉 樹 の拡 大 と深 い か か わ りを もつ系 譜 の二 系 統 を認 め ,人 類 史 にお け る土 器 文 化 誕生 の 問題 を, 今 後究 明 して い く必要 が あ るので はな か ろ うか 。   こ の温帯 の落 葉 広 葉 樹 の森 の文 化 と して誕 生 した最 古 の 土 器 文化 の伝 統 は, そ の 後 の縄 文 時 代早 期 以 降 の文 化 に も受 けつ がれ て い る。 日本 列 島 に 現在 に まで つ な が る, 日本 独 自の 海洋 的風 土 が確 立 す る と とも に誕生 した , この最 古 の 土器 文化 は, 現 在 の 日本 文 明 の原 点 とみ る こ とが で きる ので あ る。   気 温 の 上昇 が顕 著 な 1万年 前 の環 境 の激変 に注 目 した筆 者 [安 田 1975] は, 1万 年 以 前 の 隆線 文 系 ・爪 形 文 系 の 土器 文 化 と, そ の 後 の縄 文 時 代 早 期 の文 化 を区 別 して 考 え る芹 沢 [芹 沢 (編 )  1973]や 鎌 木 [鎌 木他   1972]の見 解 に賛 意 を表 した が, そ の後 の調 査 で , 日本 列 島 の 風 土 を 決定 づ けて い るの は ,寒 ・暖 の変 化 以 上 に, 乾 ・湿 の変 化 が きわ め て大 きな要 因 で あ り,大 陸 性 気 候 か ら海洋 性 気 候 へ の 変化 が , 日本 列                                                        779

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国立民族学博物 館研究報 告  9巻 4号 島 の 風 土 の根 幹 を 決 定 づ け て い る こ とが 明 らか とな り, 再 検 討 の必 要 が で て き た。 今 日 ,我 々の 日本 文 明 は, 海 洋 的風 土 の下 に発達 した 文 明 で あ る こ とは言 うま で もな い。 そ の海 洋 的 風 土 の下 に発 展 した 文 明 の原 点 は, 日本 列 島 に海 洋 的 風土 が形 成 され は じ あ た時 に誕 生 した 文化 に求 め られ よ う。   対馬 陸橋 や 宗 谷 陸 橋 に よ って大 陸 と陸続 き とな り, 大 陸 型 風土 の下 に発 展 した後 期 旧石 器 時 代 の文 化 は ,大 陸 の文 化 の一分 派 で あ って も, 今 日の 日本 文 明 に直接 つ なが る もの で はな い。 日本 列 島 に, 大 陸 とは異 な った 海 洋 的 な独 自 の風 土 が形 成 さ れ始 め た時 (それ は可視 的 に は ,海 洋 性 気 候 を代 表 す る ブ ナ林 の拡 大 で代 表 され る) に誕 生 した最 古 の 土 器 文化 は , そ の後 の 縄 文文 化 につ な が る海 洋 的 な 日本 文 明 の 出発 点 とみ る こ とが で きよ う。 日本 の縄 文 文 化 を ,海 洋 的 風 土 の 下 の 温帯 の広 葉樹 の森 の文 化 と 規 定 す る こ とが で き るな らば ,隆 線 文 系 や爪 形 文 系 の 土 器 文化 も, 縄 文文 化 につ なが る もの と考 え る小林 達 雄 等 の見 解 [小 林 (編 )  1977]の方 が , 日本 の 自然 と文 化 の進 展 を考 え る上 で 適 して い る。 こ こ に これ まで の筆 者 の 見 解 を修 正 す る。

W . ナ ラ林 の変 遷 と縄 文 文 化

  お よそ 1.3∼ 1.2万 年 前 に, 大 陸性 気 候 か ら海 洋性 気候 へ と移 行 を 開始 した が ,太 平 洋 側 や東 北 地 方北 部 を含 め た 日本 列 島 が ,広 く温 帯 の 広 葉樹 の森 の生 育 に適 した海 洋 性 気 候 に覆 わ れ るの は, お よ そ8500年 前 の こ とで あ る [安 田  1982b]。 図 6の三 方 湖 の花 粉 ダ イ ア グ ラム で は , 14C 年 代 8500年 前 の層 準 を 境 と して , ス ギ属 ・エ ノ キ属 ・ ム クノ キ属 が 増加 して くる。 そ して ツバ キ属 ・シキ ミ属 ・シイ ノ キ属 な どの暖 温 帯 種 が新 た に 出現 し, 気 候 の温 暖 化 を示 す 。 この時 代 以 降 ,6500年 前 の間 は , カ シ類 ・シ イ類 を 中心 とす る常緑 広 葉 樹 林 が拡 大 す る移 行 期 で あ り, そ の移 行 期 を埋 め て , エ ノ キ属 の よ うな移 行 植生 が繁 茂 した。 そ う して お よそ 6500年前 ,三 方 湖 周辺 で は 照葉 樹 林 が安 定 した極相 林 を形 成 した。   1.3∼ 1.2万 年 前 か ら8500年 前 の間 は, 日本 列 島 に温 帯 の 落 葉 広葉 樹 林 の 生 育 に適 し た 海洋 性 気 候 が確 立 す る移 行 期 で あ り,8500年 前 か ら6500年 前 の間 は, 西 日本 に安 定 した照 葉 樹 林 が形 成 され るま で の移 行 期 で あ る と言 え よ う。   8500年 前 に 日本 列 島 に海 洋 性 気 候 が 確 立 した背 景 には , この 時代 , 対 馬 暖 流 が本 格 的 に 日本 海 へ 流 入 した [大 場 他   1980] こ と と深 くかか わ って い る とみ られ る。 そ う して , 日本 の縄 文 文 化 は, 海 洋性 気 候 の下 に発 展 した温 帯 の広 葉 樹 と深 い か か わ りの 中 で発 展 し, 縄文 時代 中期 に は, そ の ピー クを む か え る。 780

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安田  環 日本海文化の変遷 図 11 鳥取 県 東 伯 郡北 条 町 島遺 跡 の 花 粉 ダ イア グ ラ ム [安 田  1982d]   図 11に は , 鳥 取 県 東 伯 郡 北 条 町 の 島 遺 跡 の 花 粉 ダ イ ァ グ ラ ム を 示 し た 。 14C 年 代 5,470±40年 の 得 ら れ た [山 田   1983] 層 準 に 対 比 さ れ る縄 文 時 代 前 ・中 期 の 遺 物 包 含 層 で は , シ イ ノ キ属 と ア カ ガ シ 亜 属 が 高 い 出 現 率 を 示 し , セ ンダ ン属 ・ッ バ キ 属 ・ヤ マ モ モ 属 な ど も 出 現 す る 。 シ イ ノ キ属 の 出 現 率 は , ア カ ガ シ亜 属 の そ れ を 上 ま わ っ て い る 。 カ エ デ属 ・ア カ メ ガ シ ワ属 ・エ ノ キ属 ・ブ ド ウ属 な ど の 人 類 の 森 林 破 壊 を 物 語 る 二 次 林 的 性 格 の 強 い 樹 種 の 花 粉 も , 比 較 的 高 い 出 現 率 を 示 す が , 全 体 と して は , シ イ ・カ シ林 の 優 占 す る照 葉 樹 林 が , 平 野 を 広 く お お っ て い た と み ら れ る。 鳥 取 市 の 桂 781

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国立民族学博物館研究報告  9巻 4号 見 遺 跡 に お いて も,縄 文 時代 中期 の 14C 年 代 4250±90年 の得 られ た層 準 で は, シイ ・ カ シ類 の高 い出 現 率 で 特 色づ け られ [三 好   1978], 照 葉 樹 林 の発 達 が み られ る。 若 狭 湾 沿 岸 の鳥 浜 貝 塚周 辺 で も, 縄 文 時代 前 ・中期 に は, ス ギ を 混 え る カ シ ・シイ を 中 心 とす る照 葉 樹 林 が 広 く発 達 して いた [安 田  1979b〕。 この よ うに若 狭湾 沿岸 ま で は , 縄 文 時 代 前 ・中期 に ,平 野 部 は広 く照 葉 樹 林 にお お わ れて いた とみ られ る (図 6参 照)。   図12に は ,富 山 県 射水 郡 大 門町 の小 泉 遺跡 の花 粉 ダ イ アグ ラム を示 した 。小 泉遺 跡 は 庄川 の扇 状 地 上 に立地 す る 。縄 文 時 代前 期 の人 々が 居住 す る以前 に は, 遺跡 周 辺 に は ,ハ ンノ キ林 が 存 在 す る。 とこ ろが ,縄 文 時 代 前 期 の人 々 が居 住 した当 時 に は , カ エ デ属 ・ク リノ キ属 ・ トチ ノ キ属 ・ブ ドウ科 ・ウル シ属 ・ア カ メ ガ シワ属 な どの二 次 林 的性 格 の 強 い雑 木 林 の 生 育 が み られ る。 ク リノ キ属 は,65% 以 上 の高 率 を示 す層 準 が あ る。 図12の上 に は, 同 じ く富 山湾 沿岸 の 氷見 市 十 二 町 潟 遺 跡 の花 粉 ダ イ ア グ ラム を示 した 。 こ こで は, ハ ン ノ キ属 と とも に コナ ラ亜 属 ・ハ シバ ミ属 な どが 高 い 出現 率 を 示 し, アカ ガ シ亜 属 ・シ イノ キ属 も低 率 な が ら,連 続 的 に 出 現 す る。 この こ とか ら, 富 山平 野 の 海岸 部 に は, カ シ ・シイ類 の照葉 樹 林 が拡 大 して い た が ,庄 川 扇 状 地 の 平 野全 体 を お お うほ どの発 達 はみ られ な か った こ とを示 して い る。   す で に述 べ た若 狭 湾 沿 岸 の 鳥浜 貝 塚 周 辺 で は,6500年 前 の 縄 文 時 代前 期 に, カ シ ・ シイ類 の照葉 樹 林 が生 育 して い た 。 この富 山湾 沿岸 の小 泉 遺 跡 周 辺 で も, ヒプ シサ ー マル の高 温期 に相 当す る この 時代 の森 林 帯 気 候 の 分布 図 [安 田 他   1981]を見 る と, 温 度 条 件 か らは ,照 葉 樹 林 の 生 育 は可 能 で あ る。 しか し,小 泉 遺 跡 で は ,照 葉 樹 林 を 代 表 す る ア カガ シ亜属 の 出現 率 は 低 い。 そ の理 由 の一 つ と して , 南 か ら北 上 して きた 照 葉 樹 林 が, この北 縁 の地 で は平 野一 面 を お お って拡 大 す るまで に は いた らな か った こ とが 考 え られ る。 さ らに ,図 12の 小 泉遺 跡 の花 粉 ダ イ ア グ ラム に示 す 如 く,縄 文 時 代前 期 は , それ 以 前 と以 後 の時 代 に比 して ,ハ ンノ キ属 の 出現 率 が 低 い。 これ は, 人 類 の森 林 破 壊 の 影 響 と もみ られ るが ,土 地 的乾 燥 を も示 して い る可 能 性 もあ る。 そ れ は 図 6の三 方 湖 の 花粉 ダ イ ア グ ラム に お い て も, この縄 文 時代 前 ・中期 に は , それ 以 前 と以 降 の時 代 に比 して ,ハ ンノ キ属 の 出現 率 が 低 い こ とか ら もうか が え る。 した が って ,す で に阪 口 [1961]に よ って 指 摘 され ,・筆 者 [安 田  1982b,1983a] も指摘 し た 如 く, この時 代 の東 日本 の相 対 的 な乾 燥 気 候 が ,照 葉 樹 林 の北 上 を妨 げ た一 つ の要 因 とな って いた とみ られ る。 また , 日本 海 側 のハ ンノ キ林 の分 布 は ,積 雪 と密 接 な か か わ りが あ る こ とが指 摘 され て お り [大 野  1982],縄 文 時代 前 ・中期 に は,積 雪量 が 現在 よ り少 な く, そ れ が土 地 的 乾 燥 を もた ら した要 因 とみ られ る。   この よ うに南 か らの 北 上 が 間 に合 わ ず , か つ土 地 的 乾 燥 に よ って照 葉 樹 林 が 拡 大 で 782

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安田  環 日本海文化 の変 遷 図 13 埼 玉 県 寿 能 泥 炭 層 遺 跡 の 流 木 の 樹 種 の 変 遷     ([鈴 木 (三 )他   1982]の デ ー タ に も とづ き安 田 作成 ) きなか った 所 に は ,代 償 的 性 格 の 強 い植 物 が生 育 した 。 こ う した移行 期 の植 生 の段 階 で は ,人 類 が 火 入 れ な ど に よ って森 林 を破 壊 した場 合 ,容 易 に二 次 林 的性 格 の強 い雑 木 林 を作 り出す こ とが で き,か つ そ れ を 長期 にわ た って維 持す る ことが で きた の で は な い か。 島遺 跡 や 鳥浜 貝塚 の よ う に,気 候 的極 相 林 と して の照 葉 樹 林 にび っ し り とお お わ れ た所 で は, ナ ラ類 や ク リな どの二 次 林 的 な雑 木 林 を維 持 す る こ と は, 困 難 で あ った ろ う。筆 者 は, この 小泉 遺 跡 で 検 出 され た60% 以 上 に達 す る高 い ク リノ キ属 の花 粉 の 出現 率 は,縄 文 人 の ク リの 保 護 の結 果 で あ ろ うと指 摘 した [安 田  1982c]。   小 泉 遺 跡 と類 似 した傾 向 は,太 平 洋 側 の北 関 東 平 野 の埼 玉 県 寿 能 遺 跡 か らも報 告 さ れて い る。 図 13には ,鈴 木 [鈴 木 (三 )他   1982] によ る流 木 の樹 種 の 時代 別 変 化 を 示 した。 縄 文 時代 を通 して ナ ラ類 や ク リが高 い 出現 率 を示 す 。 こ の遺 跡 の立 地 す る大 宮 台 地 も, ヒプ シサ ー マル の高 温期 に は ,照 葉 樹 林 の生 育 し得 る温 度 条 件 が整 って い る。 しか し こ こで も,照 葉 樹 林 が内 陸 部 に拡 大 す るに は及 ばず ,移 行 的 牲 格 の 強 い ナ ラ ・ ク ヌギ林 が繁 茂 した 。縄 文 時代 中 ・後 期 に か け て増 加 す る ク リ林 も,縄 文 人 の影 響 の 下 に作 り出 さ れ た もの で ,縄 文 人 た ち は, 後 氷 期 の気 候 変動 と森 林 の移 動 の 中 で , そ れ らを 巧 み に利 用 し,か な り集 約 度 の高 い植 物 利 用 の体 系 を 完 成 させ て いた よ うで あ る。 この よ うに ,縄 文 文 化 が発 展 期 に達 した縄 文 時代 前 ・中期 に, 日本 海 側 で は富 山 783

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国立民族学博物 館研究報告  9巻 4号 湾 以 北 ,太 平 洋 側 で は 関東 平 野 北 部 以北 の東 日本 は,広 くナ ラ ・ク リ林 の生 育 しや す い条 件 が整 って いた とみ られ る。   ク リや ク ル ミの実 は, そ の まま 食 べ られ る。 しか しナ ラ類 の ドング リは, ア ク抜 き を しな け れ ば食 べ られ な い。 ドング リの ア ク抜 きの技 法 は,少 な く とも縄 文 時代 中期 に は確 実 に存在 し,そ れ は縄 文 時 代 前 期 にま で さ か のぼ る可能 性 が 強 い [渡 辺   1981]。 そ して 松 山 は , ナ ラ林 帯 には加 熱 処 理 に よ る特有 の ア ク抜 き法 が一 般 的 で, これ らの ア ク抜 き技 術 が 確 立す る と と もに , ドング リや トチ の実 も主 食 に と り込 ま れて い き, これ が ナ ラ林 帯 の縄 文 文 化 の発 展 を さ さ え る大 きな要 因 とな って い った と推 定 して い る [松 山  1982]。さ らに小 山 [KoYAMA  l978]の示 した縄 文 時代 中期 の遺 跡 分布 を み て も,そ の 分 布 中心 地 は, 東 日本 の ナ ラ ・ク リ林 の分 布 地 帯 にあ る こ とがわ か る。   この よ うに 日本 文 明 の原 点 と して の縄 文 文 化 は, ナ ラ類 ・ブ ナの 温帯 落 葉 広 葉 樹 の 生 育 に適 した, 海 洋 的 な環 境 が形 成 され は じめ た1.3∼ 1.2万 年 前 に誕 生 し, ク リ ・ク ル ミな ど の木 の 実 の 利 用 を生 活 の 中 心 にお い た森 の 文 化 と して 出発 した 。 そ して, そ の 後 ナ ラ林 へ の 適 応 と依存 を深 め る中 で発 展 し, ナ ラ ・ク リ林 が も っ と も繁 栄 を誇 っ た後 氷期 の ヒプ シサ ーマ ル の温 暖 期 に, ピー クに達 した とみ るこ と はで きな い か。

M皿.

  ナ ラ林 農 耕文 化 と環 日本 海文 化 圏

  縄 文 文 化 の発 展 を さ さえ た ナ ラ林 は ,朝 鮮 半 島 を経 て 満 州 ・沿海 州 に まで 広 が って い る。 そ こ にあ る ナ ラ林 は , モ ンゴ リナ ラで あ る (図 15)。   図 14には ,朝 鮮 半 島 東 海岸 の江 原 道 東 草 市 永郎 湖 の花 粉 ダ イ アグ ラム を示 した 。最 終氷 期 後 半 の 1.5万 年 前 頃 には , ナ ラ林 は繁 栄 で きず , モ ミ属 ・トウ ヒ属 ・カ ラマ ッ 属 な どの 亜 高 山帯 針 葉 樹 種 が 高 い 出現 率 を示 し, 日本 海 を は さん だ 対岸 の三 方 湖 に比 して , よ り寒冷 で乾 燥 した 大 陸型 の気 候 が支 配 して 転・た。 お よそ 1万 年 前 後 に, これ らの亜 高 山 帯 針葉 樹 が減 少 ・消 滅 した後 ,羊 歯類 胞子 の高 い 出現 で 特徴 づ け られ る, 森 林 植 生 の 発達 の悪 い時 代 が続 く。 そ の あ と ナ ラ類 が増 加 して くる。 こ う した ナ ラ類 の増 加 は, 気 候 の温 暖 ・湿 潤 化 を示 す 。 しか し, 三方 湖 の よ う にブ ナ属 や スギ 属 の増 加 は み られ な い。気 候 は, 三 方 湖 周辺 よ り大 陸 的 で乾 燥 して お り, これ らの進 出 を 許 さな か った ので あ ろ う。 李 [1979]によ れ ば , 朝 鮮半 島 の東 海 岸 の 雪 は ,北 東 風 に よ って 日本 海 か ら運 ばれ る もの が主 体 を 占め る とい う。 そ して この 永 郎 湖 周辺 が北東 風 の 影 響 を最 も強 く受 け ,韓 国 の 中で も最 も積 雪 の多 い地帯 とな って い る。 お よそ 1万 784

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図 3 日 本 列 島 の ス ギ の 天 然 林 の 分 布
図 6 福 井 県 三 方 郡 三 方 湖 の 花 粉 ダ イ ァ グ ラ ム
図 7 東 京 都 東 久 留 米 市 多 聞 寺 前 遺 跡 の 花 粉 ダ イ ア グ ラ ム [ 安 田 1 983b]
図 8 東 京 都 練 馬 区 尾 崎 遺 跡 の 花 粉 ダ イ ア グ ラ ム [ 安 田 1 983d]
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