喝 農業経済の崩壊ビその影響 トロツキーによつて統率せらる1ロシヤ共産鑑内の反判派の中開革命に関する甥諭は、第叫に、中国における 農村雀臍がすでに資本主義化してしまつたこと、を認めるものである。ところが、この櫛の理論が、そのま1叫 二の外図留塾生によつて、中国にも輸入されてゐる。 融愈経臍に関する常識を少しでも有するものならば、何人にとつても、中開農村経済の現状が資本主義化する にはいまだ前途遼遠なることは、承認せざるを得ないことである。 由団員柴経済の現状は、約言すれぼ、簡閲重量的掠奪と封建政治的搾取とが、相攣らず、日洲日と激甚となり 農業経済の破産が日を迫ふて益々蟹展し、土地は漸次集中化し、破産突発農民はたゞに甚だ多きのみならず、日 l日と増加し来ったがために、計倉が極度の貧窮と禰度の梶乳とに陥ってゐることである。 申開農村における現在の混乱は、賛に、胚史上の如何なる時代よりも、更に甚しいものである。常々はこの混 籍七巻 第 三渋
支那に於ける農業産臍の崩壊ミそ・の影響︵二︺
一
堀 江 邑
へ二三〇︶ 五六乱室二つの興る形式の下に観察することが出来る。すなはち、弟叫には農民の原始的武装暴動、第二には農民の
鋪披的反抗運動、琴二心は土匪遊民の横行、これである。
これら三経の形式を分析する前に、吾々巧先づ農民暴動の中心問題が何であるかを、明白にしなければならぬ。
すでに述べた如く、帝囲童並の侵略の過程のうちには、一方には中小農民の没落がめり、他方たは土地の集中
がある。多くの中小農民が土地から遊離した後に、土地は地主買桝階級の手に集中せられた。堪って、農村騒動
ゐ中心問題は、やはり土地問題である。現在多数の農民は土地からの遊離を迫られながら、しかも郡市のエ場へ
も入ることを得ない有様であるから、彼等が生活せんがためには、是非共土地が必要なのだ。改に、土地問題は
営団の農民問題の中心である。
土地間甫の性質を明かにせんとすれば、先づ土地の分配状態を知らなけれぼならぬ。叫九仙七年の北京農尚部
の統計によれぼ、土地の分配は次の如くである。
支那に於ける農染経済の崩壊とその影替 ︵二ニ〓︶ 五七熱 新 鹿 甘 駅 湖 湖 研 福 江 安 江 山 河 山 県 蕾 龍 河 塩 見 諒‡西 南 北 江 娃 西 徽 蘇 西 南 東 江 林 寛一二親 五二、四七五 二四、九六仙 二、仙〇三、九七〇 て五九七、二六五 二八こ、七八﹂ハ ニ、七二六、00仙 ∴〓一二U、七七五 三ニ〓ハ、ニ〓こハ 八七〇、六〇九 て六入九、九四〇 州、四八五、七〇〇 三五四、入六二 六一五、入四八 二八四、九五七 二、〇八三、二五二 ︷五六、五血七 六〇、三〇 九六、八九州 ≡○、九九九 て五五二、六州 仙 て五六入、九入相 ≡五九、六入五 叫、三二二、t〓ハ八 九七七、劇〇八 九人四、八州九 五〇入、九人入 九九九、〇四五 九九四、六九七 三四⊥ハ、三三一 三六八、七七七 二二二、八二ハ 九六二、一〇七 ∵五七、四人四 山九九二九九 岬〇九、七七五 五七、九八五 九五七、六四〇 て五二四、九〓ハ 三九七、七八〇 四八七、○剛七 三四七、六九二 こ、鵬七四、〇七二 二ハ七、○血五 ≡七五、三八九 六五劇、五三四 二仙人五、九入七 一入八、五二九 二ハ二、五八八 五五三、ニ二≡ 六三、七五六 一二八、血四六 〓二、九〇一 六七、〇九二 四九七、四二二 八七大、七二六 三三七、五〇五 二六〇、〇二四 二〇入、六二四 五〇七、0〇七 五六︰七二二 二王〇、八七人 三九劇、五入三 二四囲、九二〇 九入、〇三八 一二王、七九五 〓四三、〇四〇 五六、三五一 九九、七二二 ︵三二二︶ 五入 八六、六七四 ∵七五、八二五 六ニ、六二三 九、〇一入 三九、九六仙 〓凹七、二五七 山〇五、七〇七 六三、九八五 六九、八八鵬 山四、三二七 一五七、八五六
話 この表中の湖南、湖北、磨東の統計は不完全であり、四川、鹿西、実南ご只州については統計のない倦めに揚げられ てゐない0 この衣の示す如く、十畝未満の排地敬有する農家は、全戸数の約二呑の劇以上を占めてゐる。これに反して、 胃畝以上を有する農家の戸数はたゞ粂農家の百分の先にすぎない。これによつて、少数者の手への土地の集中の 傾向の劇斑が舞はれるであらう。一九二七年における武漢国民最中央土地委員昏の調査によれぼ、農民の分類志 よぴその人口数は、次表の如くである。 この統計によれぼ、土地朗有蓋民は、令農民中の四五%を占め、土地を所有せざる農柴労働者、小作人およぴ 土地若殿民︵毀柑
所 有 地 な 脅 雇
支那に於ける飽米経済の崩壊とその彩襟 匪傭誓書 虚まり人等民望
Iニ 三 九 五 五 八 四 ○ ヽ ヽ 匹i 四 九 七 ○ ヽ ヽ ヽ -_1_ ノヽ  ̄■■ ニ 五 四 七 八 五 ヽ 五 天 克菩 ヽ ヽ ○ 六 六 九 四 垂⊥ ヽ 五 五 入 ヽ 四 六 四 三三六、000、000人 岬五〇、000、000人 三〇、000、000人 ±二、000、000人 〓ニ五、000、000人 ︵二三三︶ 五九この統計埠農商部の統計とや1相違してゐるが、この統計の方が比較的正確である。この統計においても亦、 土地集中の趨勢を兢ふことが樹木る。農民紙数の瓦五%を占むるもの.が、土地の完全なる無期有着であり、土地
の組閣椅の璧ハ〆が農民親威の僅かに瓦解を占むるに過ぎざる少数大地主の掌中に占められてゐるのである。土
地を有するもの捻、労働に従事せすLて替り極吏る生活をなし、ま地を常せざるものは、路‖労働に従事し凌がら、しかも常に餓へてゐるのである。これが中岡農村の普遍的現象である。中国の大地主は、如何なる国家の地
主階級よりも兇暴増酷である。そのために、中国農民の生活は、如何なる国家の農民のそれよりも下等である。
経臍踊係上、地主は農民を彼等に隷騙せしめてゐるのみならず、更に彼等は、経済的に偵勢なるがために、計時
に政治上の統治者ともなつてゐる。彼等はたゞに地方において、扇のものを聖断してゐるのみならす、郡市に
第七巻 第三渋
︵二三四︶ 六〇 遊民兵匪等は、全農民の五草%を占めてゐる。謂ゆる土地所有農民の中には、地主、富農および貧農が含まれて ゐるが、そのうち大部分を占めてゐるのが、貧農であることは次の如くである。おいてさへ、鵬二の統治者でもある。周知の如く、﹃紳士﹄は、一地方における放高の構成者である。紳士の地位 は、財産によつて作られたものであり、富豪でありさへすれぼ、容易に地方における紳士となり細るものである。 すなはち何人でも、財産さへ多けれぼ、構成ある紳士となり得たものである。財産の多寡は、土地の多寡をもつ て測られる。.故に、中園の現在は、なほ農柴粧臍時代に停滞して居り、農薬経済時代にあつては、仙般に土地が 富の基礎である。従って、吾々が中国の奥地に行くならば、郡市と農村とむ間はす、その地方忙おいて、一切の ことを指揮命令してゐる上ころの支配者を篭見するであらうが、それらは増そ秒地方しにおける歳大の地主である。 そしてこれらの紳士の中には、家柄の関係から、紳士の列に加つてゐるものであるが、もし箪に家柄によるのみ で土地を角しないならば、か1る暫家の子弟は、恨令、偵伴にも、紳士階級の叫分子となり得ても、彼等はやはり 土地を朗有する紳士に従はなけれぼならぬ。農相における軍産、村長、里長および甥在の朗、郷、宙の行政長等 となるものも亦、常然これらの地方の液大の土地所有者である。土地む所有せざるものは、その地方においては、 決して妄口牛句の琴育櫻をも有しない。土地の少きものも亦、必らす土地多きものに服従しなけれぼならぬ。一 九二六年よわ二九二八年に至る三ケ月の問に、私は前後二回、贋東省の化江、東江の地方や、福建省の関南、閑 四、聞北の地方や、江西省の郡東、郡北の地方や、河南省の琢東、預商および務田の恥部分や、更に安徴省の南 幌地方等々の、各願の郡市および村落を旅行したことがある。私の通過した幾日の郡市および鴇千の農村のうち、 山地方として、前述の状態と相違したものは見受けなかったほどである。私の紋郷の新江省については私は更に 支那に於ける農業経済の崩壊とその影響 ︵二ニ㌣五︶ 六仙
第七巷 第三渋
○〓ニ六︶ 六二 叫暦明白なる知識をもつてゐるが、地主は、地方忙おいて、重く生殺輿奪の樵を扱ってゐる。私の郷里漸四にお いて.私はかつて屡々、地毒が直接農民を惨殺してゐるのを、親しく見たことがある。しかも土地が地主の輩中 にあるがため軋、農民は之に封してなすべき何等の獅をも有しないのである。のみならす、村落の地主は、必ら す都市の地主と結托してゐる。すなはち、郡市在任の地主は⋮般正すぺて村落の翠玉よりも更に大である。けだ し、大地主は田舎に住居することを欲せす、郡市に移住すると英に、他方、郡市の地主は同時に商業資本家であ り、彼等は幾多の商人を隷属せしめてゐるのみならザ、多くの商人および小手工発着をも支配してゐるからであ る。彼等は必らす、官應或は軍隊と結托してゐる。叉同時に高級の軍政長官は必らす大地童である。私の知つて ゐる河南阻土地について云ふならぼ、その鷲くべき面積が虚位釧の山放と、かつて河南督箪たりし襲瞳釆の掌中 に集中されてゐる。山東も亦同校であり、前の財政組長にして、叉内閣粗鞘たりし洒復は、山塊唯⋮の大地主で ある。陳爛明は靡東省束江の大地主の首領である。海豊、障壁の農民協昏の報告によれば、陳爛明が東江の艮田 三馬畝以上を有してねることは、周知の事茸ださうである。湖南の拾恒抜も、湖南において、非常に多くの田地 を有してゐるのみならず、鏑多くの土地を江田および湖北に有してゐる。朱介臣︵突端︶は、新虹那督夜りし購問 は慮めて短かつたけれども、家には幾千畝の艮田を有してゐた。かくの如き例は、宵に、枚単に退なきほどであ る。或る人は、中捕には大地主がないから、従って中図には土地問題も存在しない、と言ってゐるが、吾々は彼 等が何故にかく富ふかの理由を蟄見するに苦しむ次第である。或る八は中団の農民問題は土地問題ではなく、資本問題であると考へてゐる。彼等は中開には土地分配問題は 全然存在しないと考へ、その詮撮として荒地の増加を挙げてゐる。そして良民に紋乏してゐるものは、土地では なくして、資本である。もし土地が紋乏してをるならば、何故にかくも多くの荒地が存在するかゞ理解されない と考へてゐるのである。更に笑止千萬なのは、彼等が河套、家電山背の荒涼無遵の未耕地を指して、これあるが 故に、﹃土地の紋乏﹄ではなく、全く﹃土地の過剰﹄であると云ふことである。 嘗際!荒地の年々増加してゐることは、叫つの寄蜜であり、水害においても、前正︵本誌前轍二八頁参照︶荒地 増加の統計.を引用したところである。だが、荒地の増加は、決して農民が土地に紋乏してゐないことを示すもの ではない。例へぼ、エ染上において、生産過剰により、産業恐慌が醸成された時代に常つてぼ、叫方には革千萬 人の失業者と中小商工業者の破産とがあり、配合の極めて多数の人々が日用品にさへ紋乏し、飢寒の塵迫を感じ てゐるにも拘らず、他方においては、これら日用品が資本家の倉庫の中に累積きれ、少しも利用せられす、甚し きに至っては、多くの貨物が安却されないがために、倉庫のうちで、次第に腐朽さへすることがある。しかもこ れらの貨物は、正に飢へつ1ある埠干拓人の命の様なのである。か1る際に、もし吾々が叩単に資本家の倉庫のみ を見て、生活必需品を買ふに銭なき飢餓者を見なければ、苦々は次の如く絶叫すること1なるであらう。すなは ち、現在の敢静間超は生活資料の紋乏でも、叉その分配の不均等でもない。正に生餌資糾の過剰である。諸君見 たまへ!この倉庫の中には貨物が山積されてゐ訂ではないか、あの倉庫の申も亦同様ではな﹂いか!と。中国には 支那に於ける蔑米経済の崩壊とその影響 ︵ニ三七︶ 六三
土地問題は存在しないと考へやうとする人々は﹂ 然り、荒地は年々増加してゐる。だが、憎むらくは、荒地増加の原因は、決して土地過剰ではなくして、帝国 主義の鹿略と封建軍閥並びに豪柳城童の搾取とが、農民を騒つて土地より遊離せざるを得ざらしめたことである 荒地は甚だしく多いが、農民は決して之を自由に耕作し得ないのである。更に、河賓、蒙古こ帝の荒地に蔓って は、土地問題とは、何等の関係もない。けだし少数の奴隷化したものが、萬里の長城を越えて閑外に移植される ほか、各省の農民は、決して河委蒙古⋮帯の地に到り、わづかの土地さへも占領し得るものではないからである。 河委蒙古の果てに僅かの荒地があるとの甥由から、中岡には土地問題が存在しないと説くことは、倫敦や暦日の 大銀行に極めて宜額の財富が存在してゐるとの理由から、世界には、困窮者なしと詮くのと同様に、誠に笑止干 萬である。 現在の柴民暴動は、疑ひもなく農民の土地要求である。そこで、雷々放逸んで各節暴動の現象を分析Lやうと 思ふ。 第一の原始的武装暴動の形式に属するものには、北方の直藷、山東、河南一帯の紅槍命及び小刀愈、大刀命等 である。 こゝに言ふところの紅檜禽とは、仙つの結合的名粥にすぎない。その嘗際の名柄は極めて多く、例へば紅給食 費槍昏、絃槍脅、黒槍愈、自給愈、脊龍倉、天門脅、弘明合、等々である。その名柄は種々興ってはゐるが、そ 第七巻 第三渋 ○〓ニ八︶ 六四
の性質は皆何剛である。故に署々はこれを組糾して紅槍愈と呼ぶのである。 もし紅槍脅を以て土匪の叫種だと見倣すならば、それは完全な誤謬である。紅槍禽は太平天国運動及び義和国 運動の反帝国主義的、反封建勢力的、原始的武装暴動を機承してゐるものであり、且つ又太平天開運動や義和国 運動と同棲に、その主要国的は土地問題の解決である。 民団以来、年々む内乱により、特に北方各省の簑つ允損害は極めて大であつた。これによつて、この節の原始 的武装暴動が、北方の河南、山衆、直鮮の各省に急速忙進展し来ったのである。第二次轟胞痛感以後、河南、山 東仙背は既に甚だしく践踊せられ、就中その後における河南糀屯軍の軍規の甚だしき顧厳は、途に農民をLてそ の堪忍袋の緒を切らしめるに至ったのである。かくて紅槍脅は舞基に立ち硯はれ、農民大衆に既令し、軍隊に反 抗するに至った。常時河南の南部及び東部叫帯には、常に幾萬、幾十萬の紅槍倉の集団とその鞄方における駐屯 軍との武装衝突が起り、叫聯除又は叫旗国の軍隊が、剛時に紅柏倉の捕虜となる暮さへ珍らしくはなかった。民 国十四年、呉鳳挙が山鹿に酋如し、長施して河庸に入り碍允のは、全く紅槍愈の援助によつたものである。常時 河南の駐屯軍は嘗に二十萬であつて、呉楓字の基本部隊は僅かに二萬にも満たなかったのだから、もし紅粉愈の 援助を待なかつたならぼ、決して被らは河南む奪取し得なかつたであらう。これによつても紅粉禽の勢力は窺ひ 知る事が出奔るであらう。 山東方面における紅粉倉の勢力も亦非常に猟犬である。山九二五年の冬、金城鍍壁の柄ある野州には、山東軍 支那に於ける農業経済の崩壊とその影響 ︵ニ三九︶ 六鼠
二担帥圃以上が駐屯してゐたにも拘はらす、こ甲ならす紅槍倉のため鱒隋れられた程である。 もと/\、河南駐屯軍が農民を搾取せんと欲したがため匠、農民の武装勢力たる紅槍倉が起って英僻事を援助 し、駐屯軍を追沸ったのである。ところが、呉槻学ば河南に入り来るや、同様に農民を搾取せんと欲しねのみな らず、その搾取振りは以前の駐屯軍にも増して激しかったの℡ある。もとより之は紅槍禽の忍び得ざる桝なので、 騒初は納税反封を試みた。これは河南西鉢の新安、宜陽、洛寧、登封、僅帥の各将において放も激烈であつた。 其の後引縛き武装衝奨が起り、河南の四部及び東部において英凧竿の部下の多数は紅槍愈のために武装解除させ られた。かくて現在に至る迄、山漁、河南、河北各省の紅槍愈の勢力は、依然として非常に強大である。 紅槍愈は神秘的、迷信的色彩を帯びてゐたとは云へ、疑ひもなく破産農民の集囲であり、彼らは帝問主義商品 侵略と、封建軍閥の搾取とが迫り出した一種の自然牽生的原始暴動である。彼らの目的は、第仙に、封建軍閥忙 封する反抗であり、この鮎は上述の紅槍倉の武装闘軍の申に極めて明瞭に表はれてゐる1就中仝河南省紅槍倉聯 合総務部の蔑表にか1る﹃人民に射する軍言臣中には、更にご曙明瞭に彼らのこの第⋮任務が表示されてゐる。 この宣言書の原文は次の如くである。 ﹃河南の同胞達よ!前年典例竿の河南に到来するや、彼は三年間軍資を徴収せす、苛酷なる租税を免除するこ とを承諾した。然るに愈息河南に入るや、彼等はたゞに軍資及び親税を免除せぎるのみならす、その昔肺さは 以前に比して十倍ほどである。想っても見よ!以前普々が大刀を提げて命女的に砲火の巷針騒け 第七容 第三鶉 ︵二四〇︶ 六六
全く彼によつて平和なる生活をなし得んがためではなかったか。然るに彼の来りたる今日、吾々の災厄は老狭
︵誌=一老陳指陣幕の怠。従前河南註屯軍は陳籍た那せ㌃による︶よりも甚だしく、税金叉扮金と連日督促し、食 糧む賓り、衣服を質入れしても、なほ彼の軍資を償ふに足らぬ有様ではないか。諸君見たまへ!彼の軍隊は土 匪よりも烈Lく、彼は各地に大小の土躍の続行してゐるのを見ながら、放任してゐるではないか。苦々は敢早 これ以上堪忍は出来ないのだ!既に預西︵河南西部︶の兄弟達は起ち上つたぞ!新安、意陽、洛寧、登封、侶帥の兄弟達も既に納梯反対運動をやってゐる。常々全省各願の兄弟も亦準備して之に轍臆し、叫致閻結して反抗
しゃぅではないか。兄弟達軍兵鳳字は諸君の災審に刻して決して何とも思ってはゐないぞ!叫ケ月毎に家屋税 を徴収し、石油特別税を設け、城外五里以外においてこれを投資りしつ1あるではないか。生糸茶銀行の党換容瓦百港内を譜行し、利付謹券の流洩を強制しでゐる。これら揉絶て冷刻にも諸君の命を奪はんとするもので
ある。商店はその大小に杓はらず、何れも唐完全にその資本を損・しなけれぼならぬ。諸君はこれでも忍従せん
とするのか?諸君は多年従事して釆ね商館がこのために干上るのを我慢するつもりなのか?もし諸君に男気が あるならば、立って反抗せよ、諸君の田舎の兄弟達は誓って諸君を助けるであらう。ほ栗城︵洛陽=澤者︶内の 同胞たちよ!どつちみち諸君は死なねぼならぬのだ。蔚祝を分揺させられて、結局、屠吏の手に殺されるものならぼ、彼らを殺して死ぬに如くばない。却ってその方が光典だ。それが男子の本悌だ。菩々は今後決してか
の軍隊を有する役人の甘言に耳を傾けてはならない。彼らは何れも﹁笑霹顕刀﹂であるから。た豊口々が叫致協
支那に於ける偽薬経済の崩壊とその影響 ︵ニ四二︶ 六七︵二四.二︶ 六入
葦七令 弟三渋
力して、資力を弔ってゐづへすれば、何等怖る1に足らない。兄茹よ起ち上れ!吾々の田舎の兄弟達は誓って 諸君料助けるであらう。毎月の家岸税徴収に反封せよ、石油特別税に反動せよ。城外における投登りに反封せ よ、利付謹券の蟄行に反射せよ、生糸茶銀行を焼排へ、異凧字を打ち倒せ、叫敢闘結して立ち上れ!﹄︵﹁紅槍愈 研究﹂第五択十月紀参照︶ 疑ひもなく紅給食は同時に反帝問主義的である。紅槍脅そのものは〓楷の原始的運動灯すぎぬから、科挙的方 法を以て帝闘主菜を分析する事は出来ないが、﹁洋鬼子﹂︵外囲人のこと仁一ふ準者︶を恨むといふ心理は、紅槍合の 分子線てのこ様にもつてゐるものである。 第二は細粒的反抗運動である。この道勤の毒安置域は、贋東、湖南、隔建、江酉等の諾省である。これ竺靂 の組織あり訓練ある運動であり、且つ郡市の労働者階級と密接な聯絡を有するものであるから、この道勤は北方 の紅粉脅に比して遥かに進歩した形式である。 何故に北方の農民運動は南方のそれよりも遅れてゐるか?南方においては既に紺織的計富的運動があるにも拘 はらす、北方にお.いては極めて濃厚な封建的、宗教的色彩を帯び、今なほ念彿、呪文、護符等を以で武藤となす ヽヽ が如き原始的運動である。北方の農民の生活程度がヨワ低く、なかんづくその文化の程度が造かに低かった革も その畳大な原因の叫つであること勿論であるが、その主要原因は、北方においては郡市の革命的勢力の影響が比 較的に汚かつたことである。農民はその経済的億件並びに政令意識に制約されて、運動の中心的、指導的能力とはなり得ないものである。 農民遊動がもし郡市の革命的勢力α指導を掲ないならば、それは決して原始的色彩から脱却し得るものではない ヽヽ 紅槍鼻が咽り北方においてのみ盛んであつて、南方各省の農民遊動は既にちのより高き段階にまで温展し、念 俳呪文、、襲付等の宗教的亀彩を扮し、進んで組織的計茸的行動を結成するに至ったの虹、全く北方における郡市 の革命的勢力が、南方のそれに及ばないがためである。 勿論、北方の農民運動が永遠に原始的状態に停滞してゐやうとは考へられないっ軍曹、北方における郡市の革 命的勢力も亦漸次畿展卜て、極めて高い段階に到達してゐるから、北方におけろ農民運動も亦新らしい段階に進 展しっ1ある。例へば武漢に近接する河南の確山、信陽の各解の紅給食及び天津に近接する仙帝の各願の農民運 動の如きは、明かに河南及び山鹿∴澤の紅槍薗蔽比して、はるかに進歩してゐる。 琴こは士匪である。現在土匪の多いことは、眞に﹁群次皿如毛、遠地暦離﹂の状態である。土匪.の屯田は、云ふま でもなく破産先発農民であり、その中には軍隊から特化して釆たものも多い。だがその軍隊なるものも亦破産失 業農民に外ならぬのである。 士匪の多い事は勿論好ましからぬ現象ではあるが、然しこの土匪は、将来革命運動の進展と共に、一拉の組織 的なる厚葡囲主義的、反対趨勢力的、革命勢力となるだらう事は必然である。土匪の行動は、鵬見、もとより敢 禽の秩序を乱し、叉それを破壊する枝であるが、その本質は、もとより論議すべきではない。何となれぼ、﹁償え 支那に於ける農業経済の崩壊とその影響 ︵二四三︶ 六九
たれば法を犯さゞるを得ザ﹂とは聖人も亦承認したところの古語だからである。.この節の土匪は、放て食ふに食 なき老百姓共であり、静か自ら好んで土錯となるを欲せんや、である。 農村経済の現状は、結局魔柴塾展の前途に期して如何なる影響を有するだらうか? 本来、農業経洒の崩壊は、他の叫衝から見れば麓柴の尊展である。だが、申問農業紙臍の崩壊は、帝国主義の 侵略によつて招来されたものごある。従って農業紅臍の崩壊過程における農民の控臍的現状は、庚柴簡展に封し て甚だしき妨害となるものである。 封建勢力の存在は、産業後展の明大障碍である。山踵柴菟展の第叫條件は苗場の購買力の増大であり、申囲市場 における主なる顧客は、冨ふまでもなく農民である。云ひ換へれば、農民の購買力の増大は、資本軍董磯展の算 囚の凧つである。だが、これと封建鞄寅階級の利益とは完全に衝突するものである。封建地車階級の利益は、農 民の搾取の上にたてられて居り、これは農民の購買力を増大せしめんとする企紫衣の企閥と完全に相反する。農 民の購買力の増大は、地車階級の農民に射する搾取の減少を必要とする。地主階級の農民に封する搾取の維持及 び.増大は、農民の購買力を減退せしめ、従つて資本素養磯展の障碍となるものである。 之を現在の批倉状態に押して諭すれぼ、赦命の最大多数を占める農民の憐阿見力の低下してゐることは、飴りに 軋明日な轟密である。水準線以下の生活を維持するために必盟な坐活資料の構買すら非常に困難であり、況して その他の商品の購買については云ふまでもない。 第七巻 第三渋 へ二四囲︶ 七〇
計倉の購買力を増大せんとすれぼ、必す地毛階級の農民に劃する搾取を軽減せねばならぬ。だがこの番は、地 秦階級の滅亡を促進する事に外ならぬのだから、勿論地主階級の承認するものではない。小作料二剖五分城の諸 法令は既に菟布されてゐるにも拘はらす、今なほ驚硯不能の状態である。 配合の購買力Il占莞髄的に云へばご旋民の購買力トが増大しなければ、中開産菜の賛展は、極めて大なる降 柑を受けるであらう。 農村の闘軍は、地主階級の搾取関係の顕雀を嬰求するものである。この運動は、床莞の教厳にとつて、有利な 梯である。だがヾ農村の闘争は、必然的忙、郡市の革命的勢力と結合する。そして郡市の革命的勢力は、必然的 に、労働者隋扱がその中心となる。故に、郡市における革命的勢力の畿展は、資本主義否定の方向に向ふもので ある。これは資本主義の哉展に勘する叫大脅威である。農村闘寧の恐展が、郡市の革命的勢力の影響を受けるこ とが愈々渾刻であれ虻あ牒ほど、資本主義の哉展に勤するその障時も亦、益々大となる。富ひ換へれば、農村間 率の畿展は、必然的に、資本主蕃否定の方向托向ふものである。故に、農民が、もし地主に封する関守において 防利を占め、地主階級の搾取を厩覆することは、瑚見、企菜家の競軍者を打倒するが如くであるが、蜜は、企業 家の同盟者を殺すことに外ならない。農民の勝利は、企業家にとつて、地主の膠利よりも泣かに怖るべきもので ある。地主の膠利は、企柴家の塗展を璃分制限するに過ぎないが、農民の勝利は、郡市の革命的勢力に⋮種の有 力なる援助を輿へるものであり、資本卓衆否定の運動を授助することだからである。 支那に於ける農染経済の崩壊とその影響 ︵二四五︶ 七脚
〇一四六︶ 七二 環七巻 第三兢 欧洲資本主義の教展の例を引いて、商品の販路は、国内市場にのみ限られるものでなく、むしろ最も主嬰なる ものは、園外市場なるが故に、中国の国内購買力の増大せざることは、資本主義の餞展に封王て、決して何等危 険と云ふことを得ない、と考へる人があるかも知れない。だが、か1る解繹は、芭際、愚の骨頂である。然り! .欧洲における資本主義的発進閣の商品市場は、大部分、植民地市場に依存してゐる。だが、正にそれがために、 申開産業の螢展は、更に容易ではないのである。資本主義の磯展は、箪に園内市婁にのみ、依存するものではな いが、現在、世界の土地は、すでに数個の葡臨幸惑的囲家によつて分割し無加されてゐるから、中岡資本家が、図 外に僅かでも柵民地市場を開拓することを企囲することは、全く夢想に過ぎないからである。のみならず、中国 市場は、すでに早くから、帝閣主轟諸国忙よつて占開されてゐる。故に、この鮎から見ても、申開産菜の前途は 賛際柴耕を許さないものがあるのであぁ。すなはち、客観的詔條件が、すでに、申開資本主義の将来の遥命Fl 冨ひ換へればその畿展の不可能性−−を決嘉してゐるのである。 自明のことながら、園外には、もはや中晩の商品に射して販路を供給するものは全然存在しない。否、中国閣 内の苗場ですら酢、すでに、完全に、帝閣主義のために、占耕されてゐるのである。このことは、中開企柴家を して、たゞに帝観主義の利益と直接衝突すべき鞄位に立たしむるのみならす、欄又蛸壷買桝階級とも衝突せしむ るものであるぐ 帝圃主義の中国に射する脛臍的傑略靂商品の輸入、原料の掠取、資本の輸入等々−−は、すべて、 その中間
に叫偶の仲介的過程を紆なければならぬ。これがために塾生したものが、買桝階級である。又帝因主義の経済的 侵略の主要封象は農村であり、商品の販貸も亦、農村がその最大の封象であり、更に、原料の抜取も亦、直接こ れを農村において行ふが故に、中瀾の買桝附級は、大部分、地主である。企紫衣の利益と帝囲主義のそれとは相 反Lてをるが、地主買桝階級の利益は、mに、簡閲卓義のそれと相叫致してゐる。故に、企業の蟄展は、たゞに 帝国主義の激烈なる瑛迫を受けるのみならす、地主買桝階級の排撃をも受けなければならぬ。地車買桝階級は、 企業家に封Lて、屡々、打撃を加へ企柴の軍展に、非常なる困枇を感ぜしめたほどである。地車買桝階級は、そ の政治上、融合上の地位を利用Lて、準禅或は弛迫的手段を以て、国産品の販路を制限したものである。郡市或 は農村における地主買桝階級の勢力は極めて弘拠にして、或る事情のもとにおいては、彼等は極めて巧妙なる手 段を用ひて自閣工業家の販路をさへ抑制し得るほどである。例へぼ、炭素においては、地主買粥階級の勢力は非 常に猥く、彼等は地方の商合を左右して、団床商品に封して秤々の妨害を加へたものであり、発狂地方忙おいて はこの和の情態は⋮般的である。 絶えず、循環的に紀るところの内乱は、山方においては、農柴鮭臍の破産を促進せしめ、土地問題を益々激化 すると共に、他方においては、企業家に封しても極めて大なる打撃を輿へたものである。けだし、戦争はたゞに 企柴家に勤して謂現により幾多の損害を興へるのみならす、靭寧の交通上に封する影響から、商品の販路の上に、 秘めて大いなる損害を及ぼすものである。循環的に起るところの範辞は封建制櫨の形式のもとにおける必然的現 支那に於ける農染経済の崩壊とその影響 ︵二四七︶ 七三
環七懇 第三渋 ︵二四八︶ 七四 象である。もし農民の土地問題が解決されないならば、封建割接の形式はこれを打破するを得す、従つて循環的 な戦革も亦、永遠に、しかも帆日として、停止することばないであらう。 土匪の騒擾も亦、現在企発表の受けつ1ある故大の因鍵の一つである。土饉の騒擾は、之を二つの類型に分け∴ ることが出発る。その第叫は梁山泊式︵梁山は山東省平幕張那城の問にある机にして、その下に覚山凍あり、北 宋の貰盗末江なるものこ1監ポを梼へ、徒某を結び、四方を劫掠したといふ。故に梁山泊とは躇盗的との意なり ⋮︰謂者琵︶に兵馬を募集ト、剖掠Lて、雄を粥へるものであり、他は小仕鞘の鍋島を行ふものであつて﹂時と して人質の手段を用ゆるものである。前者の影響は非常に大であつて、上髭の区域仝鰐の農業をば全然停止せL めることさへある。後膚は、叫見、踏者ほどに激烈ではない様であるが、宵際上、床業忙糾する妨害は、往て 前者以上でさへもある。何となれぼ、この節の小仕掛の掠奪は、非常忙普遍的であり、叉奨牽的なるが故に、企 業家にとつては防禦の方法がないからである。例へば、年々海賊の構行する太湖においては、海賊のために、戦 々淡々たる有珠であり、これがために、企紫衣の受ける損害は、非常に大である。土躍の猶獄は土地問題のため であり、土蛾問題が解決されざる限り、土郎は、日を迫ふて益々増加する∵万であらう。 辞令税は、申開産業の敬展を困祉ならしむる叫大原因である。もし資金税が靡止されなけれぼ、企巣は其の樫 楷から脱することなく、決して隆々たる獲展を途げ行ないであらう。例へば、江酉の蔑徳鎖の磁界が九紅に道選 されるには、囲回、資金紛済病めなければならす、その税金額は原慣よりも滝かに高くなるが如きである。叉菅
名な製新地方の折虹省四部の秩石、長安、嘉興、振臨皿、叫帯より南京に生新を遥搬するにも宜額の鑑金税を納め なければならぬ。生新は南京において蝦子に織られ、更に諸所に違法されるのであるが、税銅山箇所を通過する 毎に、仙回づ1、梯金が磯牧せられる。かくして、去年、私が暴徒厳に旅行した時小間他の著名の磁界商が私に 語ったところによれば、かくの如く王額の税金を債牧されては、彼等の商安は全く立ち行かない、とのことであ った。従つて、紅四蛙著名の磁器の産地であつたにも拘らず、この数年来、繭員および九江には、膨なからざる 外囲製磁器が輸入せられたほどである。これは全く、外閥製品の輸入には貯金税納入の必要がな・いからである。 葡上洛郵政局の小包課に勤務Lてゐる私の友人の訴ふるところによれぼ、たゞ郵便小包のみについて言っても、 百偶のうち、僅かに二、≡偶の国産品を見ることすら困難だとのことである。これは、閥務品の郵迭には多くの 貯金税が課せられるからである。 ところが、これらの苛離なる一般祝およぴ.紆余親を臍止せんと欲しても、それは仲々容易なことではないので ある。といふのは、これも亦土鱒問題に闘聯してゐるからである。けだし、燈金税は、封建割接の状態のもとに おいては、必然的な現象であり、最近、政府はこれらの禁止令を敬したにも拘らず、嘗際には、依然として行は れつゝある有様であるからである。 基督教の勢力の張展も亦、大いに注目すべきことである。何となれば、地≒階級は、屡々、教脅の勢力を借り て彼等の勢力を維持しっ1あるからである。金団における各魔の教命内の勢力関係から云へば、必然的に地主が ● 支那に於ける農業経済の崩壊とその影替 ︵二四九︶ 七五
最も傑勢であることは云ふまでもない。教禽の勢力の張展に関しては、次の如き⋮箇の文茸においてその側部が 窮はれるであらう。 ﹃贋漠、遼隅にして、人梱まれなる西北の荒原中において、放行者をして驚嘆せしむるものは、宏批なる天主 教脅堂である。程遠の西部より、甘射の境、黄河に到るまでの河賓の帯域は、通常土人が天主闘と科してゐる如 く、殆んど全く、キリスト教敏帥の勢力下にある。臨河︵先原の酉にあり︶設治局の難局痘の調慮によれば、臨河 管轄畷城内︵約〓T万里︶には、すでに散骨澄十叩箇所あゎ、すなはち、謂ゆる天主囲全照の統轄教区およびその 侵略せる闘士は、嘗に統計を以て表はし斯きほどである。曾って筆者が西北を旗行したとき、規模宏肝なる教禽 八、九箇所を見受けたが、見渡す限り荒漠たる中に、偶々、樹木の欝蒼たる地域があるかと思へぼ、そこには必 らす教禽堂があつたが、その樹木の繁茂の状態から見れぼ、それらの教密告は、いづれも、少くとも、三、四十 年の歴史を有するものと思はれた。﹄ ﹃河香山背のキリス1・教組致命は、甘庸の三順公村にある。その他、各魔に分布してゐる致命堂の数は、少くと も、百箇所以上である。凡そ人柄の立つところには、必らす到るところ、屋上に十字架を見ることが出来訂。東 城苫戊を論ぜず、窮村僻地においても、何れも概数倉堂む有する。叫教区のうちには、数百戸の教徒が集り、牧 師を以てその統率者となしてゐる。牧師は、大学、白耳養および利府より束・たものである。彼等は均Lく文部服 を着L、支那語を話し、支那文にも通暁してゐる。彼等は、すつと背、中閲に渡来したものであり、風俗習慣共 _ 第七巻 第 三渋 ︵二五〇︶ 七六
に、もはや中城に同化してゐる。従って、洗く土民の心を捉へ、途に彼等に錯伏するものほ、日を迫ふて、増加
しっゝある。河至滞の土民は、殆んど全部天主教の信徒である。筆者は甘前に赴︿途中、かつて偶々、無数の
児童が酋に鎚の丁字架をかけてゐるのを見、その理由をたづねた嘩何れも皆、すでに受況してゐるものだとの
ことであつた◇これらの教徒は、その教義に勤しては何等明確なる翠解を有するものではなく、たゞ教禽の保籠
を受け、恵役人や上板の座迫から免れ得るがためにのみ、教徒たるものである。この故に、天童数の蹄勢力は日
に月に、伸張し∵教師達は無上の構成む有し、教嵩の信徒は、唯々諾々として、彼等の命に服従するに至り、隠
然として、一団家をなすの有様である。﹄
﹃敬昏堂の建物ば、何れも、極めて堅牢なる材料を用ひ、その内部はすべて装飾を施し、金砦は焙々として輝き
輩焚の極致を麗してゐる。かくの如き荒涼たる僻地において、かくも琴麓なる教禽堂を琴止したるその気力には
賓に驚映せざるを得ない。更に、一散横転忙、障壁を築造し、白から得り、依然として城市の如くである。そし
てその間園には、大槌天を摩L、溝渠縦横に遮り、その苦心経営は、常に、決して山朝叫夕のものではない。凡 そ教罷の占有する土地は、すべて牧師の支配にか1り、教徒は借地料・延椚めて、之を耕作することを得る。叉教笛のうちには、民兵を設起し、武器を常備し、以て土匹の襲撃を防ぎ、その勢力は軽祀すべからざるものがある
散骨堂はぇ常に、教徒の訴訟を受理し、牧師の裁判に勤して、教徒は何れも反勤し碍ないのである。凡そ教徒に
非ぎろ彼氏の牧畜が、もし許可なくして、教区の田園に入り込みて、仙薬にても噛り取れぼ、その罰金として、
支那に於ける農業経済の崩壊とその影響 ︵二五こ 七七第七巻 常山=渋 ︵二軍C 七八
を
神茶︵茶の粉末蒸し、磯城にて燻し、煉瓦状をなしたるもの−1識者︶扁を徴収せられる。筆者は親Lく、、糧 姦等の教昏の中に、彿茶が非常に多く推桟されてあるのを見たC思ふにこれらは唐土地より搾取し来ったもので ぁらうっ中国政府は、平素もとJりこれらの隈域を化外︵文化に浴せざる僻地の意1鐸者︶と糾して、何等顧み ない。故に牧師の勢力は、愈々大となり、殆んど牧拾すべからざるに至ったのである。⋮⋮・﹄︵﹃東方禦㈹﹄墾一 十西巻、第三批第七九−八〇買﹃西北旅行雑記﹄︶かくの如き状態は、常にたゞ西北においてのみならず、殆んど到るところにおけ訂胱態である。営々の知れる
ところによれば、江攣新江﹂江西等の各省においては、示郡市であつても、数禽堂を有せないものは殆んど
な︿、又殆んダニつの教禽として、撃王の掌中に無いものは無い。
致命の勢力のかくの如き獲展が、正に土地問題の解決を妨げる叫種の力となつてゐると同時に、産業の牽展に
勤しても亦之が表の障碍となつてゐることば、常然である。何となれば、数愈の勢力の下において、故も多く
流通せるものは外囲品であり、閲慮工璧mは甚しく排斥されてをり、外囲せ明の讃発と、外囲の扇のものに封する盲目的崇拝と、自図の叫切のものに封する蔑縄とは、基督教徒の特悼となつてゐるからである。
疑払もなく、致命の勢力の登展は、産業の萄展の障碍である。だが、土地問題を解決せんとするならば、数愈
の勢力を徹底的に掃蕩しなければならぬ。
労働者の労賃の増加は、資本家の剰飴償偲の相封的減少であり、同時に労賃の減少は、剰飴慣値の増大の完
法である。如何なる資本家と維も、労働者の労賃の低Fを欲せないものはない。だが、労賃はたゞ相封的にのみ 減少されるに過ぎない。もしその減少が一点程度む超過するならば、労働者はその放低限度の生活を緋侍し得ず 彼等は故早発本家の、ために有利なる生産をなし得なくなるであらう。従って、彼等の生活程度が漸次向上する婁 合忙は、資本家は労働者の労賃を少しづゝでも増加しないわけ軋はゆかない。多年に覚る農柴経済の衰顧と農庶 物の虞崩の減少とのために、主雲艮料品は非常に胎貸してゐる。食料品の偶格の騰貴に従って、他のすべての商 品の憤格も亦、漸次騰遺し、祀禽の生清程度は益々高くなりつゝある。近時、愈料品債格の膳皆の程度は、次の 表から親ふことが椚来る。 支那に於ける出発経済の崩壊とその影響 上 ふ凋 自 米 へ石 〇一五三︶ 七九 ニュ九三 二●〇六劇 二。〇五入 ニ●劇〇九 ;八八七 こ。三一四 二〇三七二
叫三九。五 〓幽二号○ 遮
〇一五四︶ 八〇 第七容 第三琉 生活程度の向上の結果、資本家は労働者の労賃を引き上げない澤にばゆかなくなる。だが、それほ資本家にと って仙つの輯失であること勿論である。革質を増加するにLても、資本家は彼の壁産品を高く費る㍗とは出水な い。故に資力の碩訝なる中はの企業界にぉいては、弊働者の生活枠慶の向上のために督柴の困難を感するに至っ た例は機めて多く、小企業家はこれがために往々破産Lたほどである。 その原因を究明すれば、生活程度の向上も亦土地問題の解決されざる事に基づくものである。 上述の柾々の状態から踵約すれぼ、次の如き結論に到達し得るであらう。即ち土地問題の未解決は、産柴の哉 展に絶大の困難を輿へるのみならす、甚だしきに至っては絶割に之を磯展不可能ならしめる程である。だが、土 地問題を解決せんがためには、必ずや破耗農民大衆を郡市の革命的勢力と結合せしめ、帝細主義及び封建勢力の 搾取を擬慰しなければならぬ。だが、その結迅は、必らすや牽展をば、資本主義そのものゝ否定の方向に向はし めること1なる。故に中国の床柴は、資本主端的生産方法の下においては、決して篭展し得るものではない。中 国経臍の前途は、非資本主我である。何となれぼ、現在の世界は資本量童の没落覿の世界であり、中層経済のみ が、世界資本主義の没落期にあつて、たゞ弼り資本主義的国家を建設し得る筈はないからである。この鄭に関し ては、後になほ詳細なる分析を行ふであらう。たゞ鼻糞経臍の方面からのみ考察するも、既に中囲資本主義の畿 展の不可能性は決定されてゐるのである。況んや更にその他に叫隊主要なる原因あるにおいてをや、である。 ︵完︶