一 期 一 会
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Jα
田
正
夏 の暑 さ も忘れか け,秋
の装 い も本格 的 に な りか けて きた とき,再
び暑 い季節 に逆 戻 り を しま した。1997年11月 1日 に成 田を発 ち, これか ら夏に入 るとい う,南
半球 の オ ー ス ト ラ リアに来 たのです。大陸の東海岸 クイー ン ズ ラ ン ド州 ブ リスベー ンに 6ケ 月滞在 しま し た。 ここには1910年創設 された歴史 のあ る ク イー ンズラン ド大学(http://www uq.edu.au) とい う,規
模予算格付 けな どはオー ス トラ リ アでの トップ クラスに位置 している大学 が あ ります。数多 くの分野 にわた る学部,学
科 か ら構成 され る総合大学であ り,上
記のインター ネ ッ トペー ジを見れば,詳
しヽν情報 が載 って います。私の専門 は,計
画数学 の確 率最 適 化 理論, フ ァジィ決定 モデ リングなどですが, ここの機械工学科 のPra Murthy教
授 か ら招 待状 を受 け,数
理 モデルの定式化 と基 礎理 論 の確立,お
よび システム信頼性 に関 す る数学 的理論 の研究 をお こないま した。滞 在 した住 居 は大学 の敷地内 にあ るセ ン トジョンズ・ カ レッジで,教
授,大
学 院生,学
部学生,新
入 生 とい っ しょに暮 らして,貴
重 な経験 を積 む ことがで きま した。 ブ リスベー ン市中心部 にある市庁 舎 の時計 台 にのぼ ると,広
大 な平野 をゆ った りと流れ, 大 き く蛇行 を して いるブ リスベー ン川 を眺 め ることがで きます。 また郊外 の小高 い丘 か ら は,緑
の広大 な平原 のなかに高層 ビルの立 つ 街 を見渡す ことがで き,
この大地の広 さに感 激 を覚 え ます。 クイー ンズ ラン ド大学 セ ン ト ル シア・ キ ャンパ スは街中心部か ら20K m程
度離 れ,
ブ リスベー ン川で3方
周囲 を囲 まれ た ところにあ ります。114ヘ
クタール といわ れ る広大 な構 内には,18,000人 もの学 生 た ち セントジョンズ・カレッジの正面入り口 が学 び,暮
らしています。 キ ャンパ スのE「:′亡、 は グ レー トコー トとよぶ,半
月の形 で構 成 さ れた建物 で,そ
の外壁 には過去の思想 家,教
育者 などの レリーフが刻 まれています。15メ ー トル以上 もの高 さに吹 き上 げる噴水 の あ る池 にはた くさん の鳥が戯 れています。 また ブ ッ クス トアー,コ
ンピュー タス トアー,大
学 博 物館が学 内 に備 わ って いるの は当然 です が, 日本 の大学 では考え られない,ゲ
ームセ ンター とか,映
画館 も2つあ って驚か され ま した。 オース トラ リアとい うと砂漠 とか原野 をす ぐ想像 しますが,熱
帯 雨林 の気候で草 木 の緑 が とて も濃 く,キ
ャンパ スの芝生 もわ た しの 眼 にはとて も新鮮 に映 ります。 その分 日差 し もキ ツイので厳 しいのですが,訪
れた時機 は, 晴天 の続 くとて も爽やかな気候 のよ い時 で し た。道路沿いに立ち並びでいる様々な花や木々 な どの有 り様 は,ま
さに初夏 の清 々 しい空 気 のなか に溶 け込んでいま した。 ち ょうど学 期 末 の試験期 にあた り,学
生 たちは一 生 懸 命勉 強 を して いま した。 この頃 に咲 き出す,
ジ ャ カ ラ ンタとい う10,20メ ー トル もの高 さにな る大 きな樹木 は青 い花 を一面 に咲かせますが,Masα
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学部教授
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リ
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で
の
滞
在
記
fδ 千葉大 学広報 Vol.106 1998.11しか し学生 たちは「 試験 の木」 と呼 び
,憂
う つ な季節 であることには違 いあ りませ ん。 こ の ジャカ ラ ンタは,数
学科 の建物 の前 に もあ り,形
容 の しが たいほどきれ いに しか も随所 にた くさん咲 いていま した。 日本 の桜 の よ う です。思 わず,千
葉大学 の理学部玄 関 の前 に あ る,あ
の りっぱな桜 の木 を思 い出 しま した。 その後数週間程 は咲 いて いま したが,桜
と同 様,は
たはた と散 って行 って しまいま した。 このよ うな大学 の紹介 を書 き並 べ るよ り, ひ とつ私 が感激 した出会 いの ことを お話 いた しま しょう。 それ はここの数学科を卒業 した, 視力 を失 うとい うハ ンデ ィキ ャップを克服 し て博士 の学位 を獲得 した青年 の ことです。 ブ リスベー ンを中心 と した 日本語新聞「 サ ザ ン クロス」 に,「 新数 学 博 士 の誕 生 │」 と して 掲載 され話題 にな りま した。大学 が発 行 す る2万
部 の広報誌 に も学位取得者 の一 人 と して 紹介 されて いま した。彼,ハ
ー ト博士 と出会 うことがで きた きっか けは,彼
の指導教官, 数学科 の Phil Pollett教授 とのつ なが りで す。 来豪 して ま もな く,教
授 の研究 室 に訪 ね てい った ときに,彼
を紹 介 して くれたのです。 その後何回かお茶 を飲 みなが ら,数
学 の話 し ももちろん,い
ろいろな話題 を語 って くれ ま した。 コ ンピュー タも得意 で,私
は彼 に 自分 の研究発表のために論文原稿 の コンピュー タ 処理 を頼んだ こと もあ りま した。 日の不 自由な人 はどの よ うに して勉 強 をす るので しょうか?
数学 の記号,積
分,微
分, 級数,極
限 な どいろいろな数式 も修得 し,理
解 しな くて はな りません。彼 のめざ した学問, 数学 はどのよ うに して理解 で きたので しょう か。研究論文 は「 どの よ うに読 み,理
解 で き た」 ので しょうか?
彼 によると,友
人 た ち に論文 を読 んで もらい,そ
れをテープ に録 音 し,点
字 で記録 した とい うことです。 われ わ れ研究者 に とって は,研
究 テーマに関連 した 数多 くの書物 を読 み,必
要 な文献 を探 し出 し て,さ
らにその意図す ることを理解 しな けれ ばな りません。 目の不 自由な人が この よ うな 情報 を得 ることは,極
めて困難 であ り,
お そ らく数倍以上 もの労力 を必要 と します。 そ も そ も彼 の求 め る数学 の研究論 文を「 読 んで く れ る人」 はそ う多 くはいないはずです。 まず 数学 によ く精通 して,数
学 の記号 で書 か れ た 「 言語 を理解」 しな けれ ば な らな い ことが必 要条件です。論文 を読 むためには,
この よ う な人 を探 す ことか ら始 まるのです。 日本語新聞 によると彼 の卒論 テーマ は,野
生動物が絶滅 す る前 の生息数 と,エ
イ ズや マ ラ リアな ど人体 の体 を蝕 む病気 の動 向 の モデ ルを形成 した内容 との ことですが,彼
の発 表 して いる最近 の論文 は,連
続時間パ ラメー タ のマル コフ連鎖 に対す る極限挙動 を解析 して います。状態 の運動法則す なわち,推
移密 度オ
ー
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リ
ア
で
の
滞
在
記
カレッジのディナーではガウンをきて食事をします 千葉大学広報 Vol.106 1998.11 17オ
ー
ス
ト
ラ
リ
ア
で
の
滞
在
記
を与 えて,連
鎖 の確率法則 を定 め ると き,
そ の振 る舞 いは様 々な状況が生 まれ ます。 と く にマル コフ連鎖 は,ネ
ッ トワーク理論,信
頼 性工学,計
量経済学,数
理 ファイナ ンスな ど 多 くの応用分野 を もつ重要 な ものですか ら, 世界中の多数 の研究者 が テーマ と してか か げ て研究 して います。彼 の得 た結果 は権 威 あ る 研究雑誌 に受諾 され,注
目を されていますが, 多 くの人 々は,お
そ らく彼 の眼が不 自由で あ るとは全 く知 らないであろ うと推察 されます。 録音 テープか ら打 ち起 こされた点字の原稿 は, S、つ うの長 さの論文で も,両
面 を使 い4, 5
セ ンチ もの厚 さの,か
な り分厚 い もの とな っ て しまいます。 ど う表現 して いいか分 か らな いほどの努力を要す ることはい うまで もあ り ません。 しか し彼 はコ ンピュー タに よ る音 声 出力 で電子 メイルを読 む ことがで きますか ら, ネ ッ トワー クをつか い多 くの人 と交 流 が可 能 です。話 し言葉 はとて も早 口で,ゆ
っ くり話 して ももらわねば,私
には とて もつ いて い け ません。 とて も頭 の回転 が速 いのです。 タイ プを打つス ピー ドも,あ
ん なに早 く打 て る人 はいままで会 った ことが ない くらいです。 で もときどきはoops!と い って, 早 とち りを し ますが,
とて も性格 も明 る く快活であ り,
い ろいろな話題 に答 えて くれ ます。 眼 の不 自由な数学者 には,ポ
ン トリヤ ーギ ンLev Semenovich Pontryagin(1〔D8-1988)が知 られて います。代数学
,幾
何学,位
相 群 論,微
分方程式,最
適制御理論等 に優 れ た業 績 をあげた人で,ち
ょうど今年 は生誕90年に な り,記
念集会Moscow from August,31
to September,6,1998も
開催 された とい う ことです。 また英国の全盲の閣僚, デ ー ビ ッ ド・ ブ ラ ンケ ッ ト教 育 雇用相 が 書 い た 自伝 『 晴れた 日には希 望 が見 え る』 の点 訳 が進 め られて い るといいます (1998年 5月25日 朝 日 新聞「 天声人語」)。 ブランケ ッ ト氏は自伝で, 自分 の考えを文章で表現す ることと,基
礎 知 識 の大切 さを説 いていて,そ
れ は「 盲 人 の世 界」 とい うもの はない,
との信念 の もとで, 〈われわれの暮 らす世界 は一つで あ り,盲
人 も目の見 え る人 もみな,そ
れを認識 しな くて はな らない〉 とい っています。 「 税 金 の無駄 使 いだ」,「その歳 で ま あ ま あ」,「
何 を しに行 くの」 とか い ろい ろ言 わ れなが らも,
このよ うな貴重 な経験 を もつ こ とがで きま した。短 い期間 なが らもさ まざ ま な人 々 と も交流 を深 め ることがで き,
この経 験 を これか らの 自分 の糧 に して精進 した い と 考 えて います。世界 は広 く, さまざ まな人 々 が 自分 の 目標 を もち,努
力を続 けて い ます。 滞在 中 に もた くさんの若 い日本人 の学 生 た ち が熱心 に勉強 していま した。学生諸君 た ちに は世 界的 な視野 に立 ち,新
しい社会 を築 き上 げて もらいたい と思 います。 ハー ト博士と彼のコンピュータ f∂ 千葉大学広報 Vo!.106 1998.11▲ 第36回 千葉大学祭