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法幣對策の種々相--其二 ?政府系四銀行の統轄まで---香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

前 演 目 次 一 は し が き こ 法幣制定まで tニ洩酵 の 制定 四 宵 易 温崖 五∵喜廟の貿易銀 六 液 七 初期の法幣封筒 八 聯 銀 歩 九 北文K於ける法幣の清霜

第十四谷 第四班

法幣封策の種 々 相

− 英二 帝政府系四銀行の統轄まで

五四三ニー・○九八七六五四三ニー○ 本 眈 目 次 申支鱒鹿丁作 日支、英米彿協力案 固ノー・rl。の問題 軍 用 手 票 宜 ′撫 晶 聯銀奔流通論 小規模地方徽行案 輩興商集銀行の組成 撃興商染銀行の使命と車興券の封外僧値 準興券封接幣 鮮政府の法幣支持旋 法定安定資金 法幣の第二次、第三次崩落と其の支持餞 新貿易畢廃案 誰政府系四儲行の統轄 む す ぴ

︵三〇〇︶ 二六

(2)

小○ 申支魔賃工 作

前故に、於て筆者は、法幣の制定過程よか筆を起し、事攣後∵北真にありで臨時政府が之が封策とtて、聯銀券 を敢行するに至トレ追払経過を概観した。その後静銀券の普及方繁華に天津租界問題に関連した現銀引渡問題等 偶詠す、尽き多くのものが残存すふも、今少時北安より限を放つで申支の状況に目を移した・いと思ふ9 中立に放ける淡簡封実は、諭乏が問題の恐生首初よりその郷間題禿ることが認められてゐた。即ち申支、就中上 海針中心とし、魂にその中に′は複雑なる封外聞題七包蔵す孝和界を擁してゐるが故に、鼓に於て廃置する方策は 北真に於ける程簡革なものではあト得ない。その上、とに角北まに於てヰ閣聯合準備銀行が設立牒れ、それが新通 貨を蟹行するに至った以上は︵州時此の銀行の設立は葡早であったとか、失敗であるとかの風評もあつたが、何 といつでも之が仙見出木上った以上は︶之を取り潰すわけには行かや、是非ともその成功に努力しなければなら ぬ必然的道命に立到ってゐたからして、只その最初の目的を貫徹するといふ叫路をひた向きに邁進するより他に 選ぷべき途が許されてゐない。よつで仮令それが困難であつても、進路は只一筋である。戯るに申安に於ては之 から問題の解決に着手するのでぁり、然かもその間題が複数多端であるが故に自ら常局者並に貨幣論豪の興味は 此の方面に注がれることゝなった。 其の間中支の通貨工作につきては種々なる提案や意見があつ七が、今それを細大漏らすことなぐ車げることは 法幣封策の種々相 ︵三〇ニ︶ 二七

(3)

一一日支、英米彿協力案

中真に於ける洪幣封策、従って叉通貨工作は大鰭ぉの二に類別することができやう。

て白木並に絆新政府側のみにて猫自の通貨工作を講やる安∵

二・、由界の複雑性、軍費性に顧みて英米彿とも協力して通貨工作を行ふの英

之等各々の主張の中にも各稜の異つ.た意見あヶ必ずしも仙概に論じ得ないものがある七難も、虚理上第二薬は

不適常である。蓋しこ、の解二案は十両、︰中真の特性を認識し、軸界の複雑性﹂重要性を認めての議論であろが故

に食も硯質的なり.との見解も成立つであらうが、他面租界が今尊欒の虚理に多大の瞭碍を琴へ七ゐることを惟入

ば、中東の通貨工作に諸外国の協力を求め、その援助を仰ぐこ、とは、仮令それが可能であるとして鳥、ネれ・は今

日の救済の蔑め.に明日の由難を進ん・で求めをものであるといはねばならぬ。苦し租界に於ける外囲碓禦外聞資

本力の優勢字﹂とは事賓であるが、さればといつて百パーセントこれを承認しでその協力を求むることはそのこ

と自鰹が既に彼筍に屈服せることの謹探と考へられるが故に、彼等は必すや協力に際し不常なる傭件を附するに

弟十四谷 昇四番 ︵三〇こ︸ 二八 到底不可能に属する、のみならすその中の一つにても梢詳細に記述することは今の場合機宜の廃置ではなから ぅ。依って今借りに諸々の主張や提案を類型的に置介し、それにつき簡革な説明と批評とをなすことを以で満足 しなければならぬ。

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相違克い。依って螢桝よりかゝる不常なる傭件の捉朗さ鶴た場合甘心じて之を受諾するの用意、即ち屈服の覚悟 なくしては抑やかゝる提案は由来ない償で透る?叉朝つで考察すれば、吾人が通貨工作の日棟とする法幣はその 成り立ちに於で英樹の多大な考究援の下に誕生じ、その後引潰きその支持室党けてゐる。然るに今この法幣を向 ふに廻して行ふ通貨戦争に、.いはゞ敵方の援兵を直ちに自分の味方にわけやうといふことは到底云ふべししで行 ひ難い。英図の協力が得られねば米飾の協力は白然必然的に得ちれないものといはぬばならぬ。 斯く考へ釆れば諸外国との協力案は賓硯の可能性さへもなく、恨令賛現するとするもそれは革質虚理の根太方 針から造かに遠い一ものにはり路各であらケっ︰放つ、て吾人はこ▼の第二の協力案を去つで弟山の猫自実につきその可 否並にその能否を検討しでみなければなちぬ?

二一図ノ

次に第叫其の日本並に中立新政府側にで猫自の方策を講するに皆す、兜づ考へ.ておかねばならぬことは園ノー †の流通である。之は事欒勤番の初期に於て、兜きに述べ、た如く北真に凍つ賀鮮銀弁の流通が計葺きれたのと相 倹つで.中蒐方面に在つでは日本銀行券が用ひられた。若し此の日本銀行券が何等支障なく、即ち園滑に且つ慣低 低下なくして中支方面に流通してゐたならば自ら別個の法幣封筒を必要としなかったかも知れない。併し不幸に しで閲乱は通貨工作の境功的手段ではなかつに。否最初は之を通貨工作の手段として流通せしゆるとい皐様な積 溶解封発の種々相 ︵三〇≡︶ 二九

(5)

第十四谷 第四渋 ︵三〇四︶ 三〇 極的の意陶はなぐ、上海の虹口側に於て多少流通レでゐたが故に、番欒下に軍の行動する地域に超その流通範囲 を探張する位は容易であう不安はないと考へられたのであらう?遜るに威は軍費とし、叉﹂埋千金を歩みた日本 人の渡航に際しての携行により、忽ちにして上海には矧札のノ氾濫を釆たしに。此の常然の結果として園札の慣低 下落を招いた。恐らく日本側としては鳳札に由する絶封の億頼によ.やそれが個食上海に行かうと南京に行かうと 償低低下などのことな′、して療行潤歩し待かものと考へてゐたで為らうが予審贅園札も叫と度海外に出づれば外 国通貨と花り、需給その他の関係によりその偶の軽藷をば遠慮も冤く間はれることゝなつた。それも審攣夢初よ り昨年三月迄の問は法幣は一志二片寧、日本園は憲二片の釘付段幕を共たとつてゐたが故に、中支に於ても大 駿園元パーの取引が行はれてゐたが、昨年三月北支に於ける聯銀の創設を磯昏に、闊民政府は三月十四日より為 替の統制巽耳を廃して剖笛制とせる薦め漸次淡幣の償億は下落して七、八月頃よサ洪幣﹂死につき八片の基準に 大凡そ落着くことゝなつた。 然るに常時北支に於ては聯銀券は日本風とリンクし、′洪簡に対してはパ・†乃軍︵八丹八Hよりは︶僅かに仙割 の打歩を以て引換へるこ之ゝなつてゐた革め、中立の法幣慣転が下落すれば、常然之と。ハ′−の開係にあj聯銀弁 は低下を釆たすべく、叉此の聯銀穿とパーの関係にある月本嵐は聯銀券並に洪幣とその述命を共にすることヾ∴仏 る。かゝる結兼を生する隻署違の儀容操作∵資金操作は軽率の楼州名りと雑も、互にパーの関係にあ旦二種の 通資は自ら仙蓮托生の運命七発動電ことを符牒かつた。か宣して日本内地に於写Jそ﹂潰二片を死守してゐたが

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上梅に在つでは九片杜度になつた。か′く日本園が直接にしろ間接にしろ洪簡に引すられるのであつては、之は何 等法幣封篤とはなら描い。むしろ此の法幣に引張吹越される閲札に封すを封策が法幣対策と関連して中貴通貨工 作の盈大正二間題となつ、た。 鼓に於て昭和十三年十二鱒丁目より上海を除く中、隋吏の占鍵地常に於では軍票制呼を以て臨むこと、なつたb

∴≡∵軍 用 手 稟

軍票は吾図に於ては正式には軍用手業と名付けられて居り、之を略して軍索といひ習はしてゐるが、⋮般的に は寅用貨幣︵碧↓MOney︶といつた方がよくわかるかも知れない。宰相貸飴の定義としでは﹁戦時出征軍が、戟 ︵1︶ 地に於て作戦行動及占領地行政等の経費文相の馬め使用する貨幣急用ふ﹂として示される場合もあるが、或はも つと簡単に且つ廣義に解して﹁軍政下に於で特に著行せられる貨解﹂といケてもよいのではないかと考へでゐる。 併し此の定義に就ては今次事攣の経験をむ参考として昇に考究を蚤 ︵1︶ 森武夫執筆﹁軍用盤懲﹂金融大辞典/第一巻六空ハ貫参照 倫森武夫﹁戦時株制経済論﹂四八≡電参照 とまれわが固の軍用墳簡としては、日清戦争の際﹁軍用切符L・として三百七十八萬ぬ︵二盲七十梅雨︶を携帯 せし砂たが、その行使に至らぎる前講和せる馬軌琶際にはをの使用を見なかったとい.ふ例があり、その後明治三 十七J八年の月露戦争に際し1又大聖?四年の日猫戦争等に軍用手票と名付けて之を用ひた前例がみる。 法幣封簸の種々相 ︵三〇五︶ 三一

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第十四番 第四班

︵童〇六︺ 三二

さて今春欒に際しでは、政和不鏑大方針で進み、且つ霊夢民衆に輿へ、る膠響を考慮して北単打放では乏が使

用を見なかったが二度戦線が中南支に迄痍発する棟・に甘つては自ら慧覆肝に対する窄へ方にも鯵碓を釆たし

たものと見られる。姦に日本銀行券が内地と東部とでその慣低を異にするに要り、淡僻によら之が脅威替賢け㌃

こと、なつてはその救臍を計る薦めにも﹂應軍票の使用は考慮されてよい筈であつたb

元釆軍票は軍政下に於ける特殊通貨なるが故に軍政の統治力が強力で㌻へあれば、軍票の溌適は義行はれる

筈である′。只その慣佑を維持しその流通を鳳滑にし、議的通貨よ何棟に経済的流通力を保にしめる焉めには軍

政の雄力のみにては不充分にしで、その昔後に蒜的通貨が持づ可き経済的の購買力、︵併せて出来か往らば淡制 的の文殊升︶が存しなければ掠らぬ0慧加にこの経臍的購買力を持たしゆチしとが出来れば大鰻に於て、軍票流

通政策は成功を収め得たものと

此の鮎は問はないこと.ゝする︶。

然らば軍票に経済的購買力を持たしめるには如何にすればよいか。光来慧還その成立に於て表の徴蟹澤券

なるが故に、若し之争牽行したのみにて之を回収することをしなければその園滑なる流通は期しで望むべ=\もな

い。即ち婆行者自らが之れ、を受取る様にせやして、之が所持者にのみその流通を強ひでもそれが不成功に経るは

必然である。そこで志の徴敬語穿たる軍勢をして薗経済的漁適を園滑ならしめる蔑めには此の軍蔑を以て物資

を購入し得る様にする′ことが必要である。腰にそれと並んで洪制的支彿手段としで役立たしめるこ、とをも考へて

(8)

日本の南交通貸工作として軍票制度採用に決し且つ之を鸞宿しでゐる今日まさに上記の如き配慮が行はれ且つ ∨−−・−1・十 きー 之が賓施されて透るⅥであ牒?属地から移しく支部に輪過されつ、ある貨物は大別して二となる、日く軍常晶、 白く宣撫詣之である。この後者即ち宣撫品中には各柁各様の物資駁含み、その中には幾分無料にで給興する物も あれど多くは軍票と引換ふペき物資である。此の物資の輪迭があるからこそ軍票臥度は成功を収め得るわけであ り、之なくして軍票制度は崩壊の憂目を見るべく、路ひに宣撫工作は徒労に蹄すべきである。 只此の際注意すべきは、日本政府の軍票の流通を園滑売らしめることは紆兼に於て寄挺をしで有終の美を飾ら しめることゝなるが故に、その蔑めの宜撫屈も軍需品と共に統叫的計測の下に統制されなければならぬ。恐らく 吾が固の物劫計測中には此の考慮が概五菜に梯は弟てゐることゝ思はれるが図民各自が叉此の覚悟を怠ってはな らな小。併心乍ら直接軍籍品の供給忙.より七民管即は多大の鷹迫を受り、圃民生活は著しく抑制されてゐるが故 艇臍的並に法制的の流通手段としで作用し得る。 支沸手段としては諸税の納入に軍票を受入れることを許さねばな㌃ぬ。かぐすれば徴発許券甘か軍票と雄も優に 横閲等のサーグヰス供給に封し・で軍票甘以てその料金の文殊ダ受領する様にすることである?叉後者即ち法制的 よい。その前者に勤しては蛍稟流通地域に物資教供給して軍装に勤して之を褒渡すこと、或は水道、電束、交通 法幣封篤の種々相

⊥四 富

晶 ︵一ニ〇七︶ 童≡

(9)

︵ニ5人︶ 三四 第十四巻.欝四番 に短故老止し互は金管紺の供給に靭しでは成る可く内地切国民生活に支障を及ぼさざる扱な物資にして・熱か滝支 ﹁2 郡民衆の喜んで髄入す、る薇なものゝ逸定に努力を梯はなければなら照。 ︵三遠鉄乍ち上海に麿てぬ法幣の封外慣値の下落、∵磯物侶の総勢、それに準毅商の思惑による米の資惜しみ、金持の 買占め等忙IJヱハ月頃宗︵日本の凡三ハ斗︶忙つき十≡、四元のものが八月には五十元以上となつた。之北野⊥ 日本側では主に無知米を移入して一石忙つ琶軍票十六億随で引換へてゐた。 ︵3 ︶ 現在軍票は上海を除く長江沿岸に又鹿東を中心とする繭立方面に流通してゐ告併し之によつで中帝支に於け る通讐作が完了したわけではなく、日露政毎の誓に於ける前例に徹しでも明か慧が如 豊問題が簡捷ってゐる。殊に上海雀崇の蒜的宗的適用地域から除外せ打てゐる。警今後の問警レ てではなく、常面の問題としての通貨政策の重要性が潜んでゐる。文中真に於ける慧誠の流通高は或は三千馬隊 ︵4︶ 程度といひ或は多少それより多いともいふ。何れにしても電際の流通高は牽表されてゐないが故に単なる推測の 程度を出でない。併し漠然乍ら数千萬園としてもそれは中立全憾の流通級額であるのに、法幣の上海附近に於け ︵5︶ る流通爾だけでも五倍元と見横られてゐる放、此の鮎から見ても上海を中心とした通貨政策、又は法幣対策の盈 安佐が窺はれるわけである。 ︵3し本年八月商誓晶口行の日清暦船の粛船歩晶めた際にその券面=安管主流は軍票のみ流通す嘉故富 木銀行券等は軍警代へて持会す嘉よごといふ意味の注意事項が記載され七ゐた0そして漠目上陸完立瞥船 中に出張の係官より笹名は﹁日本金︵日本銀行券︶妄埼た氾か﹂との質問を受け、﹁使用しないつもりの日本食著を

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劇且 聯銀潜流

さて本窄に立掃う日本並に絆新政府の猫肖の芳賽として如何克る案を以つで臨むべ.きであるかを鶉究し苧ワ。 碍叫に考べられるわは北東に成耳uた車図聯合準備銀行券の単文流用方一囁でぁる℃∵併し上海附壁には車憶元程 度の洪幣があふ、・然か為今風をの封外債砥が下落したとはい.へ、、・侍外貨に交換せることができる状態にある。然

るに碗鋭が有する外囲寛容資金は橿吟で乏もい′烏侶ケに彿込資本金全顛を外貨に痍へたとしでも二手瓦百感蘭た

干凶併有してゐる﹂計を正直芸見た、一すると、音本金は持てぬとと匿なつてみるから﹂との理由でそれを軍票K 引換へるととを命ぜられた。そして矢強船中に出辞して死てゐ︰る市金銀行農の単によつて筆者の甘木銀行券は軍票 と引換へらゎた。併し他方数日後漠ロを用致するに嘗り、﹁洩った軍閥冨上海でも尾崎でも等憫で日本金忙代るか ら、つまらぬプロ﹂力ん﹂妃引換って安て引換へない様巴との注意があった。何れにLても長江沿岸の軍票制度は 相嘗強硬なものがあるととを感じた。そわ忙も拘らず支那人間には依然法幣が吏忙使用されてゐる革質を育み得な い。 ︵4︶ 今村忠勇 支那新館別の詔 〓五貰象照 ︵5︶ ﹁ダイヤモンご 昭和†四年八月潤一月駅析戟﹁E・カン氏と法幣の洞衆を語る﹂二三貫筆潜がE・カン氏に面 接の際恰かもダイヤモンド話脊渡員藤川氏との︼間一答のコピーを示されたがその中忙も撃二十三間。WF芝sum O岩a・plF㌢冒S㌻ei邑ali。nn。召⋮註㌢㌢dShang訂1この答としてふmp。SSト1e−⋮ayこeユーapSg mi︼l訂ndO−冒汁〒と巻かれてあつた。 蕗愕封鷺の嘩々栂 バニー〇九︶ 三宝

(11)

︵≡、十○︸一≡ハ 筋十四啓 発四既 過ぎない、之を以七北支よサ”偉観墳畳の孝い且つその漁動力の旺盛桧申克の淡幣に封抗することは困難壷あ る。如何に犬厳に考察し耳も到底勝算は.ない。文選に海旛すべ.きは藤銀券は首本囲とリンクしてをの勘外債依叫 志二片を辟へてゐ㌧る、廃るにその後法幣は下落心で咋黎六鼻以降本年四丹荘は大関八片を基準とし、てゐた﹂それ ︵6︶ と相癒やで園′十トは洪簡に射しパ★近ぐセあ阜か乃茸は∴由五分位迄の打歩が附いてゐた。即を上海の園札封 法幣の蘭巻相場は勿論時々担動はサるが最も有利電場合でも、法幣苧几宜封し園札八十四園五十躇見常であつに。 大政八片の洪囁から換辞して閲札は上準㌻最も好い傑件の下にぁつて約九片見常であつたバ之は上海といふ 側の猫嘉した市場に於ける腐乱¢相場でぁる。然るに現寛が斯くの如くであるのに北支の仙遷斉基準の聯銀券 を上海に於でむ流通することヰ多呆㈲酪九を梯つでそ打封外併倣の艶痔を符号かる聯銃猟教徒らに窮地に隠 れるものでぁり﹂儲かもその蔑めに瀾ノー→の救済されるとを少しもなし漣いふ結果に終る、か∼る義なく して弊害のみある方策が採用され得る道理ほ絶封にない。依づで別案を以て臨まねばならぬことが理解される。 ︵6︶ 現代文邪論座 弟≡講財政金融 金融窟 宮下忠雄執筆 支那の化統轄金融 こ八〇東亜忙三二義頁節税表象照

〓ハ小魂検地.方鏡野盛

上述の如く上海の淡幣流通畳は癖常に多額に葡すそ去れに正面かち封抗して行く馬冶には央張拶額.の資食殊 に外貨資金がなけれぼはらぬ、∴然るに事攣下にあノつ㌧て年季入超を続けでゐる日本にも、叉成立後日倍嘩ぐし′て諸

(12)

政未だ充分その軌道に苑ふざる維新政櫛に於ても左腰多額の外貨を準備することは困難である。依って最初から

大規模な封抗磯閲即ち極東銀行¢設立の如きは事智上不可能である。

然らばそれと屯反封に極めて小規模の地方銀行を︵例へば鰐口などに︶設立し之に語行碓を輿へ逐次その勢力 を増すこと∼しては如何?之も∵嘉であれ大規模銀行の成立不和能に顧みで葦現の可能性極めて大であるが、傾

令か、る銀行が設韮されたとしでもそとに於ては既に軍票制渡が確立して居るであらうから新銀行の準行券は法

幣に封して何程の数巣をも琴へないで透らう。殊に法幣封発としては上洛を離れた僻遠の地に設けられた銀行に

では到寧ぞ・の目的達成に夜立た払いであらう。例1.へば税政法幣とし、て認められてゐる中央、中閣、交通、中岡農 民の銅鏡行め蛮行券の中食初の三者は﹁中J中、女﹂とレで上海の何れの外囲銀行にても受授されるが中開農戻

銀行券は淡懲とし︰で認ぬぢれて居ら肇ちその流通力に揆ぐ各ものがある。蓋しそれは中開農民銀行が元三九≡

三年浅口に設立さ咋た公構資本傘音串誓鋳込額五百萬元の小銀行ぺ最初の、名和は・﹁預郡喋横川省農民疲行﹂︶

に′し三九烹五年名約を中尉農民銀行と改め、更に叫九三七年絶行を洪口より上海に移したものでぁるが侍その

茸力乏しく他の上海在来の三朝而せ北屑し得電い層状にある。此の申朗農民銀行の壷例を以てしても地方的小

銀行が上海にその勢力を拭張することの如何に困難なるかが知られる0

かぐて扱初志骨太規模冤る銀行も出来す、女小規模の地方銀行もそ切用をなさサとすれば、自ら冒擦は中規模

の鈍行を上野に創設するといふこ卓に電ちぎるを得なかった。、蕾局に於せ溝此の革標記向つせ準備工作を進やつ

法幣封寛の種箋相 ︷≡十t︺ ≡七

(13)

弟十四谷 第四壁 ⊇〓∵︼︶′ ≡八 ゝあつたもの、如くであるが番驚上その資硯を見王のは本年の革月で偽る、即ち本年五月−日華興臍柴銀行が上 海に於て創立絶食密閉き、五月斗六日より開柴するに至ったのがその結貨である。 一七 華輿商業銀行の組成 華輿商業銀行の軸威の大様は次の如くである。 名 稲 葉興商某銀行︵眉準名開こ英名丁訂H巨Hs⋮gCO≡merCia︸Bank 細 緻 ′ 維新政府の法人1股扮有限公司︵株式愈政︶ 資本金 茄子萬園全額彿込︵英貨及米貨を以て彿込臍︶、叫株宵園∴亙十麓株

出資者 中輩民固緋新政府

日 本 輿∵業 銀 行

朝 鮮 銀 行

碁 潤 銀 行

三 井 銀.、行

≡ 変、、銀 ∵行

位、友 銀 ′行

二千茄百潟\聞 耳∵育∴麓∵閲 、四 扇。萬 周 囲 竃 萬 園 囲 頂 薦 閲 四 百 島 園 四 竃 薦 閲

(14)

︵右出染着の中経新政府以外の六銀行は現在上海に支店私有する日系銀行を綱蔑したのであるが、ロハ例列として興発親 行は上海支店な誌Kそわ割に入り、正金銀行は支店を宥するのに之に加はらなかつ準のは、枝濱正金銀行株例隼よ牒橡 式引受を窮ぜられてゐるからである。如ち同僚例発汁↑備に 横濱正金銀行は充の家令澄除くの列不動産株券其他の物件を鼠叔り又は引受くることを得ず 弟州 銀行轡巣の席め地所家箆の必要あると㌢ 弟二 貸金返済の席め賀借着より之を引渡し又は貿却すると′き 第三 貸金の抵常にしで裁剤上公賓佐相したると望 と規定してゐる?よつて正金銀行の代りとして興幾銀行が参加したのである。併し興染銀行と雌も乗りに墟式引受けを なし得るものではな・亮ハ月本興米娘相法第九燐の末現に ﹁前項の外主務大臣の認可を受け株式の應基乳は引受を席すことを得﹂とある規定忙より大戯大臣の認可を受けて輩輿 南米銀行の株式引受けを行ったものと熟せられる。かく表面上は日本興業銀行が出資をしてゐるが同行の支店は勿論上 海忙存在せず∵元々罵金銀行の代りK出資せるもの計るが故忙株主機の行使は正金銀行が代行することになつてゐる。︶ ダラチル 店 舗 本店︵紙行︶を上海に記き、その儀事抒所を賛柴安路二眈︵N〇.鱒Da5CFROad︶S㌻ng訂i︶に 設け、支店を南京そ砂地必要なる地方に設ける。 ︵此の本店の所在地は北四川路の大通りより少しく西忙入った併にしてあまりその存在が明瞭ではない。併し目下上海 は革醇併任宅共大彿底にて同銀行も早急の間に遽嘗な日抜きの場所に開設することが出衆なかつたとのととである。さ れど近日ガーデン・、プリツサ附近に移樽す■右とい煉れてゐる。︶ 接伴封魔の種々相 ︵三劃三︶ lニ九

(15)

営業年限 開発の日︵五月十六日︶より清三十年 柴務範囲 山 確驚なる商柴手形の割引 二 確賛なる有償澄券、債券又は換慣容易なる商品を揖保とする貸付及手形割引 三 園内外為替及荷馬替の安男 四 地金銀及外囲貨幣の資質 五 確驚甘る有慣詮券の代理應萎及引受 六 各種預金の受入 七 取引先の為にする手形取立 八 金銀其他貴憲品顆並諸詮券斯の保護預 九 各櫨貯蓄及信託柴務 俺政府の泰託により図席及国債事務を政扱ふことを得る 特 権 政府より允換券及細微藤森行の特権を輿へられて居る、其準備は少くとも百分の六十を地金 銀、外囲貨幣、外貨資金、外貨詮窄外囲為替にて保有するを要し耐蝕の分は商柴手形共他確鷺なる有倍 音券にで保有せねばなちぬ、侍≠救にいふ外貨は園及び閲系通貨を含ま骨螢二圃通貨に限つでゐる予甫しで 右銀行殊は姦に掛取適用力を有すそ由右輩興商業銀行券の券面静は誉誉り差の五踵であヶ犬れ夫れ熟 第十四巻 第四既 ︵三一︰四︶ 四〇

(16)

因℃螢行及準備の秋成は毎月十五日及月末の数字を公表することになつて㊨るバ 痕疲湊ゝ賛嘆商業銀行潜行條例正接るが之はその名の示す如く智行的のものゝ如く、全文八傭より成る ︵7︶ 簡単なものである。 ︵7︶︰以上は圭とし七﹁拳興閻魔銀おの潔﹂に依り常時費行の新開雅語等の記事を参酌Lた。 1斯くして轟興帝柴銀行は五月﹂日に創立を見同月十六由よう営業を開始心たが、抑々此の銀行の創立につき常 局者側のいふとこ与の盃明を綜合要約する・に犬餞次の如くである∂ 車欒後車妥一帯はノ金融梗塞し、、他面懲法幣の準備金はぬ適され一て通貨不安の度な加人た。ようて園滑なる金融 った発色を配してゐる。 拾 園 蘇州の名閑たる西園の減資尊 者∴∴周 航州酉湖の風男 牽 園 南京の明ノ孝陵 就へ 角 蘇州虎邸の苗塔 萱 −角 揚子江のジャンク 法醇封鍍の種冬相 ︵三−五︶ 匹一

(17)

発十四巻∴ 第四渋

︵ニ〓六︺ 四三

城構を整備し兼に安定通貨の供給をなすととが緊要であ名。此の冒的の焉に設立されたる聾興前菜銀行は資本金

の五千萬園を全部外貨を以て梯込まれ、その上維新政府の無利息預金叫干拓園を加へ極めて驚固なる基礎の上に

ぁり、/その獲行券に封する準備は常に鱒妙以上ある。依っで若し畢輿券の所有者としで外貨を必要とする者には

何時にても外貨を輿へることが出来る。

聾輿商蔑銀行は敏行撃し.そ弔してゐ.かが要するに志の啓発銀行にし丁為替の安男を行ふことが富商の主要柴

務となつてるる。然かち華輿券は々の封外慣値脅法幣と︰リンクせんめて、常時封英人片の基準を探用した。之は

日本園並にそれとリンクせる満洲、北支及び設置の三心二片建と異るものであるが、中文殊に上海の特殊事情が

〓三片基準の維持が明瞭長困難なりと考へられた蔑めであらう。蓋し淡幣の現在相場が既に八片であるのにそ

れより六、七割も高い三心二片に基準を定めることはその流通地域の控碑樺が相首強凌に確保されでゐで、輸出

入の統制の如きも充分に行はれてるる′のでなければ到底望めないことである。女偵令仙志二片の償倦を維持する

ことが出来たとしても、、さうなれば芸心二片基準の華輿券墳物慣は自ら八片基準の淡幣慣格に比し不利の結兼と

なる。然かも洪幣は約牛ケ年以上八片基準を推掬しでゐるが故に普分此の淡解にリンクせしめ、若し将来汝幣の

慣低下洛を来たす様な場合には、法幣とも絶縁して弼自の進路をとるといふのである。

発たし三ハ月七日に至りて啓上銀行上海支店が本店の命ならとしで八片握分∴琴りのインター・バンク取引を

停止し∵偉かにマーチャントに封してのみ八片丁度にて賛り應サることゝし、虞に八日には七片栗を譜表しにの

(18)

に應じ耳準興商葉銀行は淡幣と等償交換教概け?ゝ苗場の成行を観望しでゐた。 其後法幣は六片主ハ分の九にて統制烹が行はれてゐたが、七月十八日に至って之さへも中止㌢れ、同日牛後に は直井丁度に嵐で低蒸し俺漸落の傾向を示した。よつて聾興南光銀行に放ては何魔までも妖術に退隠するを得や と¢で予断然淡塵菖の絶縁を決意し聾輿券は封翠ハ片の基準を保?﹂とゝし七月∵手日よら此の基準による外貨 蛍脅開始した。その後八月に登り淡幣は三片姦に特務滑るも串興商柴銀行は依然六片基準を紳持しでゐる。よつ で現今華興券と法幣との両替相場は時に多少の奨励はあるが大腰前者の百園にうき後者の宙六十元内外壁不して ゐる〇

一丸 聾典参勤接解

上述の如く聾輿券は現凝六片欄慣倍を維持し、洪幣は二百蔓なるが故に此の鮎のみより槻察すれば聾輿券は洪 塵蓉打のめしたるが如く見られるバ然諸に他方その流通畳を考察するときは洪幣は先富に述べたる如く上海附近 のみにて五億元あ♭、それに凝奥券の流通高は八月釆に放て査換券百こ.士二萬三千園傲椰簡舞茸萬五千閲飴にし て合争習.手相萬八千園飴に退官ない。九月に至り俄然その流重荷を冷したとは.いべをれで戊月央允換琴二百八 千ェ耗八草園神髄雰嘲萬四千河合計三富八十囲準二千昭である。いはばその流通巌に於ては法幣に此し九牛の一 毛にも足や冤い状態である誹之では仮令準興券が市場に流通したとしても之が焉めに洪幣が蜜際上蒙る打撃の如 法幣封魔の種々相 ︵三一克︶ 四三

(19)

琴十四琴 第四渋 ︵ニ〓入︶ 四四 きは殆んど云ふに足らぬかも知れぬ。されど叉轟輿券はそれ醸に無力なものであらうか.。之にっき吾人は番興帝 菜銀行創設常時の該銀行首局側と外囲筋批評家と▼の見解を封比してみ.たい。 例へ∴ば同盟︵五竺日管の俸へ去ロンドンの見解心﹁これ︷箪輿商柴銀行の設立︶を以て法幣の流麹禁止の苗捷 乃至は洪常盤迫手段と看倣し、∴為替率を八ペンネに規定し、洪博美同様宣し.ため・は北東の通貨政策め経験に徴し たもので事賛に即してはゐるが法鮪維持に.努力して均るイギリス政府の方針と正面街爽を来たすものとみてをサ 今後師団問の摩擦檜大が預想されでゐる云々﹂ノと話されてゐる? 之に反し輩輿商業銀行設立常時に於ける維新政府の撃明中には次の如き主張を蟹鬼する三:⋮・藩政椿の段落 の明かなる火を惰るに等しく、従って淡幣の前途叉蓮晒し得べからざるものぁり。︵中略︶而して本銀行の黎行す

べき新通貨は常に自由に外貨に允換せらるべきものにして本政府は安住を以でその慣値の安定性を確保し、これ

により不欝なる政治的魔力の下にその勝木に全然信を措き得ざ争扶簡哲取引の要具とするために不断の不安袖に

笹かれ=る民衆の経臍的利益を保護せんむするむの肯ル嘉〓こ

今此の両意見を要約するに外観側のそれは輩異券を以て淡簡を歴迫するものなうといひ、鮮新政府倒は法幣の

不安叡除くものなりといふ。果してその何れが眞にして何れが馬サなるかっ或は両者は各見解の相違なれとして

相譲らぬかも知れぬが吾人の見地より之を見れば各々はその各々の主張として、・館其所に雨風解の醐合すべき﹁

鮎脅見出すものでみぃ、女典例にこそ今後の淡幣野末打鍵輪も存するのではないかと思ふ。

(20)

外囲筋の見解によれば董興券は淡簡を燃迫す各といふ、姦しそれは惰りなき事賓であ′るかも知れない。併し月

無敵に腰迫のみを蕃とし法幣所持者歓不利に晴らし掛る番を以で目的とするものではない。その前に之が救済策

が設けである、即ち輩輿商柴銀行創慧還にあつでは聾興券と淡幣と雲−にて交換し、・然かも慧ハ券の慣侃絆

特には政府が仝茸任を以て之に常牒が故に、小は

此の際梢傍き遣にそれる如くであるが華興券の交換につき興味ある壷例を示さう。それは八月十六日奇行の

ヨnancのa邑C旨㌢rc隼認の絡戟す争瑚記亀でゐ♭、それに大略次の如きことを託してゐる。即ち ﹁瞥居では番興券には山片動線定相場が爽へ㌧られ、てやると公表しでゐるl=も拘らす、首本側が拳興券に封心慮 琴芝蒼古いといふことを本欄に於て前数回に亘り述べておいた?その記事は之を載せた常時に於ては革質であ

サにが今では之を修正しなければならぬっ前週本誌に拳樋ハ商柴銀行ょり寄せちれた﹁貫翰を摘滅した、それには

何人l︰で軋蚤興券を所有じでゐで為替を欲する人は、/との日系銀行にその要求をしでもその要求は連せられると

いふことが極めて明白に主張ぎれてゐに。そこで叫の試験をしでみた。箪興拳二千閲を調達しで之で七千五磁の

手形蟹得たいと思ひ、日本系の諸銀行を訪ね廻った。五つの銀行を訪れたのだ。その中囲行は申詣をいひ、そし

で極く恩敵首、直接馨興銀行へ垂水しでいたゞいた方が大欒手数と不便が省けるのですがといつてくれた。併し

五番日の銀行は聾興券許キヤツシ主に代へてくれたご

勿論此の記事吋多大の皮肉を食んでゐるが輩興商菜銀行が如何にその安住を果にさんとしでゐるかは之にせつ

法倦対策の種々相 ︵三一.九︶ 四五

(21)

第十四巻 ノ軍四戟

︵三二〇︶ 四大

てむ知ることが出釆る。而して此の記事に於て得られたキャッシュといふのは恐らく英貨であらうが、兵に英貨

のみはらす、聾輿弁と洪簡との交換も行はれる。壷者が直接同行の主脳者より聞いにところに依れば、輩輿券の

塞面に鰍へば登園券ならば﹁憑栗即付図衝撃圃﹂蓋岬されてあるが、之は登園の畢輿券を持つで釆た計のには軽も

に洪幣の萱鳳を渡すといふ意味でみる、廃しその逆を約束してゐるわけではないとの事であるp

臥上のことより推しても事典券に味方するものは之を擁護するといふ原則は動かない竃のと撃へられ篭併心

髄迄之に封抗するものをも擁護するといふことはない?きれば民衆としては仮令聾興券が流通する様になつて為

何等その薦めに損害を蒙ぎ﹂とはない、女拳興券の存番監⋮硯しで何時迄も法幣に執着して居れば、侶令その蔑

めに損寄ダ受くるともそれは自ら求めて招いたものといはねばならぬっ殊に拳興券は今でこそぞの流通量は僅少

であるが将来その流通範園針檜天し1その流通を増加す′るに至ればその時こそ法幣竪琴に屠るときが釆考であ

らう?現に上海に於ける細枕の徴収を九月叫日より事典券超にしたのである。

二〇.藩政府の港幣支持策

以上前挽より水枕にかけて、浜野の成立過程に輯賢いはゞ日本側の洪簡封第を童として鱒ぺ㌔仰じ淡幣封

要は濁り日本側の封杭策のみがその全部ではなく、▲他面藩政府側並に英国側の法幣支持封簾があるつ勿論をの申

の剛部につきては既に先きに之に開設したのであるが、㌧館通観的に戴に重要封策を回顧しでみ仁い。

(22)

兜ゼ寄欒勃獲後も藩政曜は携衛の慣伯を緋持することを以て極めて蚤宴視せる如く、諸櫨の不利不便を忍んで

も浜野の檜教を抑制し、〓税のデフノレーション政策をとり、他方相常多額の為替資金を保有してゐて∵憲二片二

分二歩準にて比較的自由に外貨浄を行ったこと、並に英米殊に英閣側の多大の支持のあつたことなど相合して洪

幣の盾億は相常安全を保って釆た。勿論此の効果を収めること.は決して容易なわぎではなかった。

昭和十二年八▼月十三日上海に於ける自立軍の衝突後帯政府は全文の銀行に封し二日間の臨時休業を命じ更に小

口め日曜を加へて三日間の前に﹁非常時期安定金融桝淡妄埠解して預金の引出制限を待った。預金の引出を制限

すれば自ら余敵は硬嘉す各。∵之によつて資本の逃避は.防止し得ても商取引の連行は阻害されそ之が救済の便法

として上海の鉄鎖発着は匪割制度を考案じ、∴政府の認可を得て質施した㍉併し之が現金に封し割引相場を潜つ七

至ったことは前に託した通ルである。︵本誌前祝二ハ以下参照︶。

共後昭和十三年三月十日を以て北支に中国聯合準備銀行の設立されるや、之が封抗策として帝政府は外聞為替

の割常制を行ったのである。︵中央銀行耕理外匪請棲桝淡、購買外匪諦核規則︶虻叉六月十川日以後非必需品の輸

入制限敏行か、外貨の喪失を防止せんとした。癒るにかゝる外囲為替の割澄制の賓施により洪簡の封外惜倍は落

調髪恭し、既に三日中に最民芸心丁度の安倍を現出し、六月には八片基に落ちた。併しこの八片の基準相場は比

較的良く緋持され本年数月迄披いた。∴勿論政府の.公定相場は十憲二片二分盲あaが、それはノミナルに過ぎす

レで市場板場は上述の如し低落しで袈たのである、。をれにしても八片董を良く維持も得たのには稜々の支持方策

拾得封筑の種々細 ︵≡二こ 四七

(23)

二﹁法幣軍膚膚金

この法幣安定資螢の計霞は本年三月八且英国試合の下院に於妄イ苧ン織相の白を通じて始警蟄表された藩

のであ

内容は左の通りである。︵同盟、占ンドン三月八日︶

鼠十貯替第四股 ︵≡二声︶ 抑天 が探られたことに依るものである、嘉中昭和†≡年末に於ける英︵妄薦哲、嘉︵二千五日萬弗︸のクレ・デイツよ訊 立の如きヾ叉本年三月に於.て英霊ハ同出資によるふ千鶴辟の洪幣安定資金の設定の如きは多大の数果を懲らした ㍍のといはねばならぬ。 特に淡簡安定蛮金は洪簡慣値の絆持に直接の数英を及ぼし且rJつ比較的萩近の蕃なるが故に左にその概要教示窟 ’つ、0 二在葺イギリス銀行と東部の政府銀行ば洪幣僚他のポンド柱野すす不常なる欒動防止を首的とする環替の根 付に使肘する・た豊ハ同出資によトニ千萬ポンドの洪幣安定資金を設置する¢ て出資額の内諾は友の通れでみる? ︵イ︶ 香上銀行︵英︶三宮拓ポンド ︵ロ・︶奔加利銀行︵英字音酪ボン・ざ

(24)

︵人︶ 中周、交通両銀行︵菜︶亙召高ボンザ ∵、蟹金蔓邦重層愈を痘痕に設遺する。壷鼠の振常は左の通りである0 ︵イ︶ 中尉、.交通銀行代表委員・二名 ︵ヰ︶ 穿加利銀行代襲菅甲⊥名 ︵ハ︶ 苓上銀行代嚢委員 仙名 ︵ニ︶ この他に啓上、穿加利両銀行が承認し園民政府がイギリス大赦省と協議の上指令する菅貞 義

二本協定の有効期間は†ニケ月差し、本協定の吏新または中止については開館局著聞に別途に協定す。

て∴鱒民政府は本資金の存輯申ポシドに封すヰ浅魔の慣倍の安定を緋持するやうその経済及び金融政韻を定

め、立つ囲民政腐及びその諸機関は必ず委員に代表せられをる銀行の盲通じて外囲葛啓の資質を行ひ、更

墓資金のポンドに満たぎゑ間、l即ち決済簑覚サるもの∼他、扇の外聞焉警奉賛金に繰込心べきこと

を約す。換言すれば本資金は支那法幣の慣値維持以外の目的に使用せられざるやう必要なる魔崖を講すべき

こととす0

血、イギリス大蔵省ぶイギリス銀行に封する利息の延滞又はこれら銀行の袋むれる一切の摘草を補償す。

右の協定中璧頑成定めてゐる委員は左の五名と精嚢づれ、葡土の協定は三月廿九日英団々王の批准を得た。

中層銀行頚事貝準備、交通銀行常務諸事庸詩、香上銀行支配人へンチマン、穿加利銀行支配人トーマス、固

法幣封鋸の種々相 ︵ニ〓〓ニ︶ 四九

(25)

民放府経済儲間ロヂヤ斗ス 此の法幣安定資金の設定に英樹が欣然怨加したのは、番攣後目本勢力の進出により率襲過せんとする基圃の械 益凝護に直接間接役立も得ると考へたからであらう。而して常時に放てさへ⋮千薦秘の金額にては少融に失する との非難もあつたが、之を淡幣の公定相場肌志二月牛で換算しても山倍六千鱒先験になり、市場相場八片を以て 換辞すれば三億元となるが故に可成畠由のものといはねばならぬ。然るに此の安定資金の叢農の前後よりわが麗 筆紡織の外貨需螢頓に旺盛となり基山命蔽のみにて数ヶ月間に百菌砕の英貨を雄侍したいせいはれ、叉その他の 方面の淡将による英賛需姿を適臆すれば叫ケ月約二百萬膀に上ぺさすがの安産資金も数ヶ月を出でゃして枯渇 の運命管見諸に至った。かでゝ加へて聾輿商柴銀行の如意とな力法幣の償値は鼓に綿二次の大崩落を嘱するこ之 ゝなつた0 二二 怯幣第二次塩ニニ次崩落ビをの封実 演幣の第二次崩落を潰するに至った直接原因は、六月五日法幣安定資金苧良禽の指定に基き静止銀行が外貨の 烹り止めを行ひたるに基くものであるがその閑つで釆たるところは、安定資金の快乏と苺興券並に聯銀券による 外貨掩得の防止方策士に在るものと見られる。 其後淡幣慣倍の絆持の焉めに甘︵こデフレーション政策の強化、三︶低レートによる貿易調塵︵愉出の噌 弟十四谷 .第四携 ︵≡こ廃︶ 五〇

(26)

準輸入の閲寄︶の必要なるこ上を痛感し、六月二十二日より串欒牽生常時の金融安定桝淡による車フトリアム

の他に更に別個の部分的モアトリアムを琶施した。即ち〓讐口五首元以上の預金引出は原則的に制限し、これ

を麗過する部分に封しでは源割を以て支彿ふことゝもた。之に基き金融界軋極度のデフレーションに製はれ、之

が眉街手段せして七月四日より﹁同葵涯劃領用耕法﹂を質施した。

之等の必死の努力にも拘らず又々法幣は大崩落の一道命に曝らされた。それは勿論蓋慶政府の上海苗場に封する

統制力の紋如を曝露せるものであるが、他面天津英和界の隔絶、北支に於ける全面的鶉替集中により、常北方券

髄貿易通貨としての機能喪失の軍地に隋す、天津港衛相場は封英側片姦に下落せる焉め、比較的その慣依の高い

上海方面へ向って此の北方券が清々として流動したことな.どによる。而しで北方券の南下額は四千薦元といはれ た。滋に於て上儀に放けるデフレーション政策は俄然脅威を受けることゝ打アヮ、七月十川臼香L義行は八月物の

外貨蛍を停止し菟に第三次大崩落の端を開いた。その崩落過程の中に於て八月中頃法幣は亭片竿以下に下った。

此の第三次崩落後に於ける藩政横側の淡常勤集如何といふに、形式的には次の如き方淡が試ぜられてゐる。

て園内為替管理委員昏の設立 中央、中国、交通、中国農民の政府系相銀行にょつて取細まれる法令為替は

従来個別的に制限されてゐ美が、今回管迦要員脅を盈慶に設け、各地に分合を琶き、之を親叫的に統制する

ことゝなつた〇

二、閣内送金顧制限と手傲例の引上げ右と閲聯して昆明、盈慶などの内地より上海向けの迭金為替手数料を

法幣封飯の種東鶉 ︵二≡五︶ 五劇

(27)

︵ニ≡六︶ 五二 第†闇巻 菟四耽 心子兎に・つき桝申先に引上げ\吏らに内地から欠陥地域への送金繍右こ人仙週につき芦冗以下に制限した。 三、刊 元に引下げた。さらに節二次モフトリアム後の新漕割に閲しでは内報に之を疫附すれば割引毎しに︵現在の 市場別引率約二〇〆︶硯金に免換することとし。 叉上海に於い七免換七禁止された北方券及び決口の地名入紙幣を内地に送附すれば、手数料なしに流通し得 ることとしてゐる0 週、金、銀、紙幣守の他貨物の輸送取締強化之が戯遜携行には、それぞれ政府の許可を要し叉その分盈に制限 が附されてゐるb例へば金銀鍵品はその製品の純分に於て、余は叫海相礪まで、欽は荘海関爾まで携行でき ︵8︶ る。又紙幣は仙人亙育先皇でとし、外層は瓦帝冗を中央銀行の蔑値にで挽恋し㌣金瑚までとする。 ︹8︶ 主として国際経済週報.昭和十四年八月廿四日静行 ±≡頁以下による。 以上の如き方法は従来としても多少行はれで釆たところにして然かも大した救難を慮らさなかつに鮎よゎ考察 して今後とても之等が蚤要な役割を演じ得るものとは期待され肯い。むしろ法幣償値が英.図の援助に依存し、淡 怖が英問側の遍易通貨となれる勧あるに徽して、今後の英園側の態撃し㌢霊視するべきものである。

二三 ∵新貿易通貨塞

果たしで八月初め楢政府の財政顧問であり、法幣安定資金委月食の指導的委員である、ローヂヤースは布港よ

(28)

り上海に乗彗.カー大使浮h英鈎側銀行の主降着と何事かを協議して行った?その後香港に放て英支淡方の財政 金剛家の頓に食談が行はれ鼓に新貿易通貨案なるものが成立し圭如く侍へられた。︵同盟香港八月十川日︶。 新通貨案につき内定を見てゐる鮎は差の諾項である。 叫、新通貨は輸出烏琴の取引及び外貨の取得にのみ用ひられる。 、 仙淡幣は新通貨と切離し、欄内通貨として結盟なる統制下に流通きれる。 て新通貨の語行には新たな銀行を設立せす中央銀行をしてこれに常らしめる。 て右通貨の緋持統制運印のため英文の出資になる共同基金を設ける。 叫、新通貨の準備金についではイギリスのか甘らサブメリカの出費ぉも求める。 て英米の出資に勤しては西南地方における鏑柴樵を以て捨保とする。 て新通貨の価値及・び輩行額に ペシスのレベルを以て安常なりと毒張してぁる和もあるが遭に各方面の意見の田韻した上最後的に決定する ものとみられてゐる。 他面此の新通柴実に封しては次の如き槻察が施さゎた。 ∴新通貨の敢行は英米資金の援助がなければ不可能だが凝東たおける日英食談の成行き等からみて英米がこ の際か∼る封支財政援助に莱出すとは忍はれぬといふ意見が支配的である㌻と。 港溶射魔の種′々相 ︵享二七︶ 五三

(29)

︵三二八︶ 五四 弟十四谷 第四渋 二、新通貨を創設するとして従来法幣で取極めた契約を如何に魔分するか等の技術的困難があること。 なとにより此の案は早急には驚瑛され得ないだらうといふのである。 二四 帝政府系四銀行の統轄 その後の世界の情勢は期せずして波瀾閏螢の有様を呈するに至った。 八月ナ九日 猫ゾ新通商協定 八月二十三日 猫ゾ不侵略條約締結 之に封する日本の抗議、英米の封目感情の段和好帽 九 月 叫 日 猫の波蘭鹿略 九 月 三 日 英仰の封濁音戦布告 九 月 五 日 天津の程氏階級犯人四名の引渡 九灯十五日 ノモンハン事件停戦協定成立 その間我が閥としでは八月せ八日平沼内閲の紙離職、八月井目阿部内閣の成立あり、支那には注兆銘を妾痴と する新政府運動が日々その勢力を加へづゝみる。 此の問法幣は礎安の思惑を受けて一時五片近く迄飛上ったが叉数日ならやしでもとの三片基に落労いた?汲簡

(30)

血上昏人は淡幣封策につき、〓月日本並に真部新政府側より叉他方轡って播政府側より之が概靭を試みた。然 る後吾人は鼓に﹁今後如何に野庭すべきか、﹂﹁之につき筆者が意見如何﹂と尋ねられるべきことを預期しなければ ならぬ。併し.﹁凡人にる筆者はかゝる預想を有しっゝも伺満足なる明答を提示し得ないことを爵憾とする。され ど吾人は月次の〓畢を去ふことが出来る、即ち﹁洪幣が今後如何になり行くか﹂は、驚は﹁吾人が之を如何になす か﹂との決意とその決意に基く驚行力とによつて大部分左右されるものである、従って此の根本方針さへ決定す ればその間に生ゃる凡百の小箱件の如きは敢えて意に介する必貸はない、ロハその時々のいはば封症的魔窟を以て

開敢に資せんと希ふものである。

藷番長準氷銘々々れぞれ常務理事となした。轟優政船は之により其の治下の金融統制力を強化し史に囲内資源の

而して之が主席に頑固農民銀行珊事長播介石を任じ、顔中央銀行地裁孔群据、申開銀行嚢寮長末子文↓交通銀行

政部よりの授樺により非常時期に於て政府系相銀行に封し癒々の廃億を講じその暇樵を代行し得ることゝしt。 を打つ七÷丸上蒐u一団行聯令姉寄髄魔を設け之に理事愈を置き.、主席﹁名常務埋撃二名とし、理事骨壷席は財

金融機開設立の必要に迫ちれ、韮に﹁戦時健全中央金融筆問桝汝﹂を制定し、中央、中開、交通、中開農民の囲行

は∵日とし′て安眠を許されないのである。姦に於で盈慶政府は法幣の惨落、姦軸財政の補強に備へ張力なる中央

法幣封集の頓々相 二五 む 凄フ ︵ニニ︼九︶ 五茸

(31)

第十四令 弟四渋 ︵ニニニ○︶ 五六 臨めばJいと。殊に淡簡封実は上述せる如ぺ我が方よりの方策のみならや彼の方よりの方策が加はる。之に封し 露盤政府側が或る封策を講じたる度毎に吾が方が常に倣本的にその態度の欒更を必要とするが如きことあらば、 それは徒らに彼等に愚弄されるのみにして虞の解決に至る途ではない。よつて吾が方として砕阿不動の大方針を 決定し、只管之に邁進することを之努め、飴はその時々の方肇をあしらふこせを以て足る。 勿論最後の目的は洪幣の境域であるが、それは洪幣が敵性を蟹舞するが敏之智壊滅せしめる嬰があるので、若 し之が敵性空がさすとすれば、恰かも人に於て﹁良民を轟めす﹂.との道義感が示されると同株、法幣に判しても ﹁窮鳥怯に入れば﹂との襟度空不してもよい。菜に論壇の剛部分に棉へられる如き浜街道川論に躇を籍してもよ い。蓋し法幣に封し民衆の有する信頼性を如賛に個聾し、その信頼性の由来が弼り幣制改革の昭和十年に締まる に非すして、その以前よりγ股に流感せる銀行券を仙片の洪律を以て洪幣となし、且つ銀の固有を断行してこの 瀧幣をのみ唯叫の通貨とんたことに基くことを悟れば∵淡幣の祭政なる駆逐は努のみ多くして効果乏しきものと もいひ得点のである。よつて最終目的達成の道程に於て法幣を逆用することも決しで無意味ではない。叉かゝる 適用論を口に出んて柄へすとも現地に於ては相常程度に之を賢行してゐるものといび得そ本年三月設けられた る法幣安定資金の数ヶ月を出でやして枯渇せる事賛を観るとき思牛ばに過ぐる牒のがあらう。只間魔は此の逆用 ︵9︶ を是認するか是認せぬかに存する?淡俸逆用諭はこの是認を﹁般的ならしめる鮎に於て多大の揮壷理班女持つ。 ︵9︶ 木調檜太郎 ﹁支邪法偶の前途と中南支貿易﹂ ′.経浄論叢第一四十八番解五択参照

(32)

かく観じ来れば吾が方としての法幣封築の要諦は怖じて吾が支那に於げる通貨工作の態度如何といふ問題にな る。今硯寒に顔はれてゐるところを以て見れば、北支に於ては聯銀券を以て団円過賞軍察的色彩も加味して︶並 に貿易通貨としでの両用の便に供し、中安に於ては園内通貨は軍票、貿易通貨は聾興穿となつて尉り、前文に於 ては閣内通算は軍票、貿易通貨としては寄港通貨或は竜幣が川ひられてゐる如くでぁる。恐らく南支の貿易通貨 工作は今後確立さるべきものであらうが北支、中立は常分此の方針を特報するのではなからうか。それにしても 軍票は支那人間に淡幣以上に愛好されてゐるとも見えす、文革輿券の流通凰は微々たるものであら、今後の通貨 工作は決して容易なものといふことは出来ない。殊に上梅には園札のみならすそれに数倍する園預金あら之が上 海に於ける園相場の弱材料となつてゐるのを如何にするか。仮り軍票に封する民衆の心理的問題は別個の形式の 通貨を流通することによつて解決するとしでも、その通貨の慣條の絆持、鳳札園預愈の回収等には結局物資の供 給を潤樺にしなければならぬ。それには所謂民需品を必要とする。支那の民需品が日本の民需品と興って居れば 兎に角大鰻相似たものであ亭以上、日本民需品は此の上の節減を必要と、するであらう。既に軍用資材の供給の番 め可成め節減を象ってゐる民需品のこの上の節減は決心て背痛査しには行はれないであらう、併し事態は好むと 好まざ.るとに拘らや進んで行く㍉併し之も叫の生みの悩みとしで甘受しなければならぬ。 之を輿するに法幣はそれが敵性を有する眼力、飽迄も之を清掃しなければならぬ。之をなさやして今次事欒の 有賂の莱を達成するととはできない。併し蟄者が今回ヤ茸方面教組察し︵尤も槌めで限られたる地域、而かも限 接衛封篤の種々相 ︵ニ〓ニー︶・五七

(33)

荒十囲怨 第四耽

︵三三二︶ 諷八 られたる短時日の故に或は孜なしとはしないが︶、得たる結論は,徐ふにその目的の達成に精進す長くして決して 功を急ぐ可からやといふことである。されど2は本桐の胃頑に絶叫せる洪簡打倒論の鋭鋒を鋪ぶらせたものと解 せられてはならぬ。むしろ∵単に打倒すること、は容易であるq否それは最も容易であ、る。それにも拘らや敢えて

書避けて徐這その目的を達成せんとするは、今次寄警道義貸費虚し、垂水を敵とせぎるの寧晶はさん

とするものに外ならない。︵九二元︶

参照

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『台灣省行政長官公署公報』2:51946.01.30.出版,P.11 より編集、引用。

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少子化と独立行政法人化という二つのうね りが,今,大学に大きな変革を迫ってきてい

を軌道にのせることができた。最後の2年間 では,本学が他大学に比して遅々としていた

第四。政治上の民本主義。自己が自己を統治することは、すべての人の権利である

を塗っている。大粒の顔料の成分を SEM-EDS で調 査した結果、水銀 (Hg) と硫黄 (S) を検出したこと からみて水銀朱 (HgS)

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