は じ め に 船荷証券には三つの機能がある1);第一は運送品の受領証としての機能, 第二は運送契約の証拠としての機能,第三は権原証券としての機能。本稿で 取り上げるのは,この第二の機能についてである。 これは,「船荷証券は運送契約の証拠」であるとする考え方(以下「証拠 説」という)にもとづくものである。証拠説は今日では通説2)として広く認 1)大崎正瑠『詳説船荷証券研究』(白桃書房,2003)pg.17∼19 2)戸田修三『海商法〔新訂第 5 版〕』(文眞堂,1990)pg.197 および付録『平成四 年国際海上物品運送法改正の概要』pg.2∼5:ここでは,ヘーグ・ヴィスビー・ルー ル第 3 条 4 項およびわが国国際海上物品運送法第 9 条「船荷証券の効力」との関 連でこれを捉えている。
海上運送契約と船荷証券
―― ねじれた関係と貿易実務 ――
榎
本
啓 一 郎
目 次 はじめに 1.船荷証券の機能に対する見解の相違 2.「証拠説」 3.契約の法理 4.アルデンヌ号事件 5.「契約説」 6.ルデュック事件 7.「契約説」対「証拠説」 8.海上物品運送法1992年 9.貿易実務上のインプリケーション −281− ( 1 )識されるところとなっているが,歴史的に見ると,英国法のもとでは決して 磐石な地位を得ていた訳ではなかった。それは船荷証券法1855年【Bills of Lading Act, 1855】が,海上物品運送法1992年【Carriage of Goods by Sea Act, 1992】の発効により廃止されるまでの137年間の永きにわたって船荷証券を 支配していたからである。それにもかかわらず,この説が守り抜かれてきた のはこれが商取引上の道理【commercial sense】にかなっている,という理 由からであった。以下,この経緯を「ルデュック事件」3),「アルデンヌ号事 件」4)などの海上運送に関わる判例に辿り,現状の中に貿易実務上のインプリ ケーションを探ることとしたい。 1.船荷証券の機能に対する見解の相違 「船荷証券は運送契約の証拠」であるとする証拠説は,船荷証券の内容は 運送契約そのものではないが,運送契約なくして船荷証券が発行されること はないので,運送契約の「証拠」【evidence】であるとする考え方。この対 極にあるのは,「船荷証券の内容は運送契約そのもの」であるとする考え方 (以下「契約説」という)である。このふたつの考え方の対立の根底にある のは,運送人責任を規定した運送契約を,運送人【carrier】と,その利害関 係者となる「荷送人」【shipper】,「荷受人」【consignee】および「船荷証券 の所持人」【B/L holder】それぞれとの関係においてどこに求めるか,とい う問題である。 海上運送サービスに関わる運送契約には,大別して,傭船契約と個品運送 契約とがある。傭船契約の運送の対象となるのは船腹満載の大量バラ積貨物, 大型の異型物など不定期に運航される専用船を必要とする運送品であり, 船積地,仕向地,時期,運賃,荷役条件と作業規定等の運送・荷役に関わる
3) Leduc & Co. v. Ward [1888] 20 Q.B.D 475
4) S.S. Ardennes (Cargo Owners) v. S.S. Ardennes (Owners) [1951] 1KB 55 −282−
諸条件はすべて運送人と傭船者との交渉により定められる5)。傭船契約の内 容は契約当事者が合意するところのものであれば国家の基本的な法律に抵触 しない限り自由に取り決めることができる。合意内容はすべて傭船契約書 【charterparty】に明文化され,これを運送人と傭船者が署名することにより 両者を拘束する効力を得る。このように傭船契約においては運送契約の所在 は明らかであり,それは傭船契約書に具現【embody】されている。 多数の小口貨物を集め,混載して運送する個品運送に供される定期的な運 航サービスは,船舶名,寄港地,入港予定,出港予定並びに運賃その他の条 件が一般に公開されていて,希望するサービスを指定して申し込めば誰でも が利用できる仕組みとなっている。しかし傭船契約とは異なり,個品運送に おいては契約が成立しても,個品運送契約書が発行されることはない。する と運送人責任は何によって担保されるのか,その運送契約の所在が問われる。 個品運送の顧客は,運送人と対等の立場では条件交渉ができない弱者の立場 にある。今日では,この弱者を保護するための国際的な協約としてヘーグ・ ルール,その改訂版であるヘーグ・ヴィスビ・ルールあるいはハンブルグ・ ルールなど(以下,まとめて「ルール」という)が制定されていて,そこに は最低限度の運送人責任と被害者に対する補償の最高限度額が定められてい る。個品運送契約はルールそのもの,あるいはルールに基づいて制定された 国内法による制度的な制約を受けているので,個品運送契約における運送人 責任は,ルールによって担保されているのである。しかし,ルールでは定め られていない条件や,口頭での約束ごとについてはどうなのであろうか。そ の所在を文書として発行される船荷証券面上の記載事項以外にも求めること ができるのかどうか,ということが問題となる6)。このことを巡り証拠説と 5)満船に満たない小口のバラ積み貨物(parcel bulk cargo)は複数の荷送人を募り,
船腹の仕切り単位で運送される。
6)船荷証券 が 発 行 さ れ な い 場 合 も あ る。一 例 と し て 第 3 節 の Pyrene Co. Ltd. v. Scindia Navigation Co. Ltd事件参照。
海上運送契約と船荷証券(榎本) −283−
契約説は見解を異にする。 船荷証券は運送品の船積完了時あるいはその後に運送人が作成して発行す る書類であるが,船荷証券の発行に先立って締結された運送契約は,明文化 されている場合(傭船運送)と明文化されていない場合(個品運送)とがあ ることは前述した通りである。すると,証拠説と契約説の対立は,海上運送 契約が明文化されていない場合の船荷証券の機能に関わる見解の相違である ということができる。 2.「証拠説」 証拠説を語る上で必ず引合いに出されるのが,裁判官 Bramwell 卿が,1884 年に Sewell v. Burdick 事件7)の判決理由の中で述べた次の見解である。
There is, I think, another inaccuracy in the statute, which indeed is universal. It speaks of the contract contained in the bill of lading. To my mind, there is no contract in it. It is a receipt for the goods, stating the terms on which they were delivered to and received by the ship, and, therefore, excellent evidence of those terms, but it is not a contract. That has been made before the bill of lading was given. Take, for in-stance, goods shipped under a charterparty, and a bill of lading differing from the charterparty, as between shipowner and shipper at least the charterparty is binding. (Sewell , pg.241C)
【この法律(船荷証券法1855年)には,もうひとつ,あらゆる意味 で不正確といえる部分がある。船荷証券に契約が包含されていると する部分である。私は,船荷証券の中に契約は含まれていない,と
7) Sewell & Nephew v. Burdick [1884] 10 App. Cas. 74 −284−
考える。それは,物品が本船に引渡され,受取られたときの条件を 記載した物品の受領書に過ぎず,したがって,これらの条件の優れ た証拠ではあっても,契約そのものではない。契約は船荷証券発行 前に締結されている。たとえば,傭船契約書にもとづいて船積みさ れた物品についていうと,船主と荷送人との間に見解の相違があり, 傭船契約書と船荷証券の内容が異なる場合,傭船契約書が拘束力を 持つ。】 Sewell 事件は運送品の所有権の移転が争点となった訴訟であり,運送人責 任を直接問うものではなかった。そこで先ず,留意しなければならないのは, これは付随的意見【orbiter dicta】であり,法的な権威は極めて弱く,これ をもって証拠説が確立された訳ではないということ。そして,上記引用文の 冒頭にあるように,これは翌年1885年に発効となる船荷証券法1885年の不備 を指摘したものであり,この見解の意義はむしろこの点にあるということで ある。
ここでいう「証拠」とは prima facie evidence(以下「推定的証拠」という) である。推定的証拠は,ある事実(あるいは主張)を立証するために採用さ れる,一見して(prima facie)充分であると考えられる証拠であり,これが 反証のテストにさらされ,いかなる反証にも対抗できることが実証されると, その事実を証明する conclusive evidence(以下「確定的証拠」という)とし ての揺るがざる地位を得ることになる。したがって,証拠説の立場からする と,その対極にある「船荷証券の内容は運送契約そのものである」とする主 張が成立するためには「そうではない」,とする反論すべてを退けることが できねばならない。賛否いずれの側にせよ,証拠説に立脚してそれぞれの主 張を証明するためには,Booking Note,シッピング・ガゼットなどに掲載さ れた広告,ファックシミリ交信などの文書記録および口頭証拠【parole evi-海上運送契約と船荷証券(榎本) −285− ( 5 )
dence】が検証されることになる。そして,Bramwell 卿の見解の中にもある ように,運送契約と船荷証券の内容に齟齬が発生した場合,傭船契約書があ ればそれが優先されるが,個品運送のように,運送契約書がない場合はどの ように考えたらよいのであろうか。このことを契約の法理の観点から捉えて みよう。 3.契約の法理 英国法のもと,契約は文書によるものであれ,口頭によるものであれ, オッファ(申し入れ)に対する承諾があれば成立する。契約が成立したこと をもって契約を構成する複数の条件(商品名・品質・規格・数量・単価・決 済条件・引渡時期等)のすべてについて契約当事者間の合意がなされたもの とみなされる。 文書による契約は,合意内容あるいは条件が書面に記され,それに契約当 事者すべてが署名することにより彼らを拘束する契約書として明文化された こととなる。更に,この契約書のなかに完全合意条項8)が盛り込まれると, この契約書署名時以前の約束は,口頭のものであれ,書面によるものであれ すべてが無効になる。 契約の一方の当事者に対し,契約締結時あるいは事前に何の通告あるいは 説明もなくもう一方の当事者が文書に表した条件はどうであろうか。たとえ ば,ホテルの部屋のドアの内側に,宿泊者の所持品の盗難,紛失,損傷等の 被害に対してホテル側は一切の責任を負えない旨を記載した注意書は免責条 項として契約の一部になるのであろうか。Olly v. Marborough Court 事件9)の 判決においては宿泊者がホテルのフロントでチェックインした時点でひとつ
8)当該契約書に記載された内容が契約の全てであり,それが締結される前後にい かなる約束をしてようともそれらをすべて無効とする条項。
9) Olly v. Malborough Court [1949] 1K.B. 532 −286−
の宿泊契約が成立していて,この時点で部屋の中にある免責条項に対する説 明がない限り,契約の一部とはみなされない,とされた。 この理屈を定期船船荷証券の裏面に印刷された運送約款に当てはめて考え ると,それはホテルの注意書と同じである。運送契約は船荷証券が発行され る前に締結されていることは疑うべくもなく,基本的に運送人責任にはルー ルそのもの,あるいはそれに基づいて制定された国内法が適用される。した がって船荷証券の裏面に印刷された運送約款がルールに抵触する部分あるい はルールに比べ船荷証券の所持人に不利に作用する条項は運送契約の一部と は認められない。 しかし,実際の商取引においてはこの法理を僅かながら曲げて考えた方が 都合のよい場合がある。国際商取引に従事するビジネスマンに船荷証券を手 にしたことがない者は先ずいないであろう。彼らは船荷証券の裏面には判読 不可能なほどに細かな文字で運送人が規定する運送約款が印刷されているこ とは当然のこととして知っているし,船荷証券には必ず印刷されてくると予 想もしている。これを熟読し,完全に理解しているビジネスマンは数少ない であろうが,詳細はともかく,ここには運送人責任を制限する免責条項が盛 り込まれていることも知っているはずである。これを別の角度から見ると, 運送約款は運送契約条件の運用に関わる規定を明確にするものであり,か えってその存在が安心感を生む効果すらある。なかには,運送約款は素人の 考えが及ばない部分についても事細かに規定しているので,専門家である運 送人がこれを定めるのが当然と考えている者がいても不思議ではない。永年 取引をしている船会社の船荷証券に関しては運送約款の詳細を知らない方が 悪い,と自分のことは棚に上げて部下を叱責する上司もいるであろう。この 運送約款が突然姿を消すとか,船荷証券面上に,「その他詳細は運送人の定 める運送約款に依る」と記載されようものならかえって疑心暗鬼を生むに違 いない。また,契約の法理を盾に,印刷された運送約款は運送契約の一部と 海上運送契約と船荷証券(榎本) −287− ( 7 )
は認められない,とすると今まで円滑に進められていた取引に水を差すこと にもなりかねないのである。したがって,実務的には,船荷証券の表面に記 載された次の法定記載事項10)が約束した内容と合致してさえすれば,この船 荷証券が運送契約をそのまま反映していると思わせるのに充分であり,余程 のことがない限り不都合もないのである。 ① 運送品の種類 ② 運送品の容積もしくは重量または包もしくは個品の数および運送品の 記号 ③ 外部から認められる運送品の状態 ④ 荷送人の氏名または商号 ⑤ 荷受人の氏名または商号 ⑥ 運送人の氏名または商号 ⑦ 船舶の名称および国籍 ⑧ 船積港および船積の年月日 ⑨ 陸揚港 ⑩ 運送費 ⑪ 数通の船荷証券を作ったときは,その数 ⑫ 作成地および作成の年月日 ⑬ 運送人,船長または運送人の代理人の署名または記名押印 このように,船荷証券には運送契約が示されていると認識されているよう な場合,法理は弾力的に運用するのが望ましい,として下されたのが Pyrene 10)船荷証券は要式証券でありヘーグ・ルールに必要な記載事項が規定されている [Hague Rule, Article 3, 3(a)]。ここではヘーグ・ヴィスビィ・ルールに準じて定め られたわが国『国際海上物品運送法』第 7 条(船荷証券の作成)から法定記載事 項を引用した。
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Co. Ltd. v. Scindia Navigation Co. Ltd.11)事件の判決であった。これは積荷役中 に積荷が受けた損害に対し,ヘーグ・ルールの規定を上回る損害賠償額を運 送人に求めて荷送人が起こした訴訟である。この事件においては,FOB 条 件で輸出されるはずであった機械(消火機器)の船荷証券が発行されなかっ た。それは,本船のテークルで吊り上げられた運送品が,本船の欄干を通過 する前に岸壁に落下・破損したため,船積みされなかったからである。原告 である荷送人は船荷証券が発行されなかったことを理由に,運送契約は担保 【cover】されていないのでヘーグ・ルールの適用は受けない,と主張し,ヘー グ・ルールで定められた最高額を上回る多額の損害賠償金を運送人に請求し たのであった。これを担当した Devlin 判事は,運送契約は船荷証券で担保 されている,とする原告の立脚点を敢えて問題とせずに,船荷証券の発行が 予定されている場合,その物理的な有無にかかわらず,運送契約は積荷役開 始時あるいはそれ以前に締結されているものとみなされると判断し,ヘー グ・ルールは契約締結時点に遡及して適用されるとして,原告の主張を退けた。 しかし,ここに口頭の約束があり,それが実行されなかったことが原因で 事故が発生した場合は契約の法則を曲げて審理することは許されない。船荷 証券が運送契約のすべてを包含しているとは認められないからである。 口頭による契約には,面談あるいは電話など,さまざまな通信手段あるい は方法が用いられる。一方の当事者がファックスあるいは e メールでオッ ファをし,他の当事者がそれを電話で承諾する,あるいはその逆が行われる ことによっても契約は成立する。口頭による契約の問題は,契約当事者間で 利害の対立が発生した場合,その原因となっている契約内容あるいは条件が, 契約当事者間で合意されたものであることを証明する根拠をどこに求め,ど のようにして立証できるか,という点にある。この難題に立ち向かい,勝訴
11) Pyrene Co. Ltd. v. Scindia Navigation Co. Ltd. [1954] 2 Q.B. 402
海上運送契約と船荷証券(榎本) −289−
したのが「アルデンヌ号事件」の原告,荷送人であった。 4.アルデンヌ号事件
「アルデンヌ号事件」は1947年末から1948年初にかけて発生した海上運送 に関わる損害賠償請求訴訟で,原告はスペインで果実栽培と輸出を営んでい る複数の荷送人(Antonio Cabarro Tornero 他),被告は運送人である貨物船 アルデンヌ号【S.S. Ardennes】の船主。 荷送人はスペイン産マンダリン・オレンジを英国市場で売さばくため1947 年11月22日,スペインのカルタヘナ【Cartagena】でアルデンヌ号に3,000箱 (90トン)を積み込んだ。荷送人は本船が11月末までにロンドンに到着する ものと信じて運送を依頼したのだが,到着は12月4日に遅れたため,荷送人 は次の三点につき損害賠償を運送人に求めて起訴した。 ① 当時英国では毎年12月1日にオレンジの輸入税が引上げられていたた め,この延着により予定していたよりも高い輸入税を支払わねばならな かった。 ② アルデンヌ号到着前に他の業者により大量の輸入オレンジがロンドン に荷揚げされたため,市況が大幅に下落し,予定していた価格では売り さばけなかった。 ③ 積荷の一部が経由港ベルギーのアントワープ【Antwerp】に一時陸揚 げされた後,積み残され,これが腐敗するという商品価値消滅の損害を 被った。 原告側の求償理由は,本船がカルタヘナに到着する前の1947年11月20日頃 に,運送人の代理人が,本船をカルタヘナからロンドンまで直航させ,11月 末までには必ず入港させると口頭で確約していたが,この約束が守られず, −290− ( 10 )
London Antwerp Barcelona Tarragona Valencia Gandia Cartagena アントワープに先行寄港してからロンドンに向かったために到着が12月4日 に遅延したことによる,というものであった。 被告はこれに抗弁し,口頭による約束の存在を否定,船荷証券面上に運送 人による代船起用の自由,本船による航路ならびに寄港地選択の自由,運送 手段選択の自由,および離路【deviation】の自由の条件が保証された運送契 約であったことを主張し,その証拠として船荷証券を提出した。法廷はこれ を推定的証拠【prima facie evidence】として採用し,それを反証するために 口頭証拠【parole evidence】の立証を原告側に許可した。 原告側は,長年オレンジを英国向けに輸出している貿易の専門業者であり, 12月1日にはオレンジの輸入税が上がるということは当然知っていた;した がって,安い輸入税の適用を受けるために本船が11月末までにロンドンに到 着するということは原告にとっては運送上の必須条件であり,ロンドン先行 の口頭での約束がなければアルデンヌ号に船積みはしなかったと主張すると 同時に,船荷証券面上に記載された運送人の自由条項はあまりにも範囲が広 く,具体性に欠けていたため,原告 がこのような条件に同意するはずは ないという点も指摘した。 これに対し,被告側は,契約説に 立ち,船荷証券面上に記載された条 件が契約のすべてであり,口頭証拠 の申し立ては認容されるべきではな いとした上で,実務上このような口 頭の約束をするようなことはあり得 ないと主張。本船は右のヨーロッパ 西南部を表す地図に示された点線の ように,タラゴナからバルセロナ, 海上運送契約と船荷証券(榎本) −291− ( 11 )
バレンシア,ガンディアの順に寄港しながら航行し,カルテヘナで船主の代 理人が原告の連絡を受けたのは,荷役のためガンディアに停泊中の時であっ た12)。この時点において本船は既にアントワープ行きとロンドン行きの荷を 大量に積み込んでいて,アントワープで先に荷揚げが行われることを前提と した積付けがされていたため,口頭でロンドン先行の約束などできる状態に はなかった13);更に,この時期は天候が不順で,被告が11月30日までのロン ドン到着を保証することは商業的にとんでもない【commercially ridiculous】 ことで,あり得ないと反論した。 判決では,船荷証券の所持人が,運送契約の当事者である荷送人であった, という点が重要なカギとなったことに加え,原告の主張が道理にかなってい ると判断されて原告が勝訴した。裁判官 Goddard 卿は自らの見解を次のとお りに表現した。
I have no hesitation in finding that there was a promise made to the shippers’ representative that the ship should go direct to London, and that they shipped in reliance on that promise... (S. S. Ardennes, pg.59) 【荷送人の代表者に対して,本船がロンドンに直航するという約束 がなされ,彼らはそれを信じて船積みを実行した,と判定すること に私はいささかの躊躇も覚えない。】 被告の反論は,船荷証券の所持人がその被裏書人【endorsee】であったル 12)点線で示された本船の航路は筆者が推測したもの。 13)詳細は不明であるが,基本的には船倉の下段にロンドン行きの運送品,その上 段にアントワープ行きの運送品が積上げられていたということであると推測され る。したがって,この状態でロンドンに先行した場合,先ずアントワープ行きの 運送品を降ろしてからでないとロンドン行きの運送品は降ろせない。しかも,も う一度アントワープ行きの運送品を積込まねばならなくなり,二重の手間と費用 がかかるという主張。 −292− ( 12 )
デュック事件に立脚していたとして退けられたのであるが,これについては 第7節で詳しく述べる。 爾来アルデンヌ号事件は,証拠説を代表する判例として広く知られるとこ ろとなる。それは,証拠説が19世紀後半から広く主張され続けていたにもか かわらず,実際の判例はなく,アルデンヌ号事件がその第1号となったこと にもよる14)。 しかし,ほとんど語られることのない被告の主張も実務的に見れば道理に 充分かなったものであり,筆者としては釈然としないものを感じる。判決の なかで Goddard 卿は,アルデンヌ号が仮にロンドンに直航したとしても到着 が11月29日の土曜日であったと述べている。すると,アルデンヌ号がカルタ ヘナに寄港し,11月末までにロンドンに到着する可能性がある最後の船で, 荷送人は航路の確認をせずに,一か八かのチャンスをアルデンヌ号に賭けた とも考えられる。残念ながらこの辺りの事情を残された裁判記録からうかが い知ることは出来ない。 5.「契約説」
契約説はルデュック事件15)における Esher 卿,Fry 卿,Lopes 卿の三人の裁 判官の判断内容にその全容を見ることができる。Esher 卿は,傭船契約に基 づいて発行された船荷証券は,傭船者が所持している限りは単なる運送品の 受領書でしかなく,それが裏書譲渡されて初めて船主と被裏書人との間の運 送契約が包含されたものになるので,これは100年前から続いている例外で あるとした上で,一般論として次のように述べている。
The question whether a bill of lading can be anything more than a 14) Wilson, John F. Carriage of Goods by Sea, 6thed. Pearson, 2008, pg. 128
15) Leduc & Co. op. cit.
海上運送契約と船荷証券(榎本) −293−
receipt for goods depends on whether the captain has received the goods, because the captain has no authority from the owner to make a contract of carriage except for goods put on board. If the bill of lading is wrong as to the goods put on board, its effect is destroyed for any other purpose. But if the goods have been received on board, the bill of lading is more than a receipt, it is a contract of carriage. The captain has authority not only to make a contract of carriage, but to reduce it into writing. The bill of lading is, between him and the shipper, the contract for the carriage of goods reduced into writing. Whenever a contract is reduced into writing, that writing is the only evidence of the contract. It can only be varied by showing a usage so general that it must be taken to be imported into the contract. That is the only evidence that can be given outside the written contract. To show that the parties have agreed to some other terms outside the contract is to seek to vary the terms of a written contract, and that is not allowed with regard to a bill of lading any more than it is with regard to any other contract which has been reduced into writing as the evidence of the con-tract. (Leduc, pg.268G) 【船荷証券が単なる受領書以上のものとなり得るかどうかは,船長 が物品を受け取ったかどうかによる。なぜなら,船長は船主から運 送契約を締結する権限を授けられていないが,本船に積込まれた物 品に対してはこの限りではないからである。積込まれた物品につい て誤認のある船荷証券16)はいかなる効力も失効してしまうが,物品 16)実際には運送品は積み込まれていないのに誤って発行された船荷証券のこと。 このような船荷証券は,傭船者が所持している傭船契約船荷証券と並び運送契約 を包含することができないもうひとつの例外として指摘している。 −294− ( 14 )
が確かに本船によって受け取られると,船荷証券は単なる受領書に とどまることなく,運送契約そのものとなる。そして船長は運送契 約を締結するばかりでなく,それを文書で表す権限を得る。船長と 荷送人との関係において,船荷証券は文書で表された運送契約であ る。契約が文書に表わされると,その文書が契約の唯一の証拠とな る。これに変更を加えるには,それが契約に導入されねばならぬほ ど万人が認める一般的な慣行であることが示されねばならない。明 文化された契約書は別として,契約の証拠としてはこのようなもの 以外が認容されてはならない。当事者が契約に含まれていない条件 に合意していたことを証明しようとすることは,文書となった契約 を改変しようとする行為であり,いかなる契約もひとたび証拠とし て文書化されればこのようなことは許されないのと同様に,船荷証 券についても許されるべきものではない。】 この判断は決して新しいものではないとし,Esher 卿は判例を2件17)あげ ている。 次に Fry 卿は,上記の議論は船荷証券法1855年に凝縮されている,という 判断を示した。これは次に示した船荷証券法1855年,第1条の最後の部分18) を指していっている;
Every consignee of goods named in a bill of lading and every en-dorsee of a bill of lading...shall have transferred and vested in him all rights of suit, and be subject to the same liabilities in respect of such
17) Fraser v. telegraph Construction Co. [1872] L.R. 7 Q.B. 566 ; Chartered Mercantile Bank of India v. Netherlands India Steam Navigation Co. [1883] 10 Q.B.D. 521 18) Bills of Lading Act, 1885 (18&19 Vict c 111)
海上運送契約と船荷証券(榎本) −295−
goods, as if the contract contained in the bill of lading had been made with himself. 【.......船荷証券に明示されたすべての荷受人および船荷証券の すべての被裏書人には,あたかも当人が船荷証券に包含された契約 の当事者であったかの如く訴訟権が移譲され,当人に帰属すること になると同時に,物品に関わる負債が当人に委ねられることにな る。】 最後に Lopes 卿が,船荷証券に包含される契約と矛盾する証拠の提示は認 容すべきではない【inadmissible】とする判断を示した。 以上の通り,契約説は,制定法(船荷証券法1885年)に立脚し,船荷証券 の内容は船長と荷送人との間で締結された運送契約そのものであり,しかも 完全合意の効力を有するため,それに矛盾する証拠は認容できない,とする 考え方である。推定的証拠を認容し,反証テストの機会を許容したアルデン ヌ号事件と比べるといささか乱暴な議論であるような感もあるが,契約説を 代表するルデュック事件の判決内容にはそれなりの説得力がある。 6.ルデュック事件 「ルデュック事件」は,貨物船オーストリア号【Austria】が海難に遭遇し, フィゥメ【Fiume】19)で船積みされたダンケルク【Dunkirk】向けの菜種3,123 袋が,本船と共に全量失われたことに対する損害賠償請求訴訟で,原告は荷 受人(Leduc & Co.),被告は運送人であるオーストリア号の船主(Ward)。
次頁の地図の点線で示されている通り,オーストリア号はジブラルタル海 峡を通過して大西洋に出ると,ダンケルクには向かわず,ケルト海に入り,
19)今日のクロアチアの Rijeka。 −296−
Glasgow Dunkirk Fiume アイリッシュ海を北上し,スコットランド西部のグラスゴーに寄港,その後, 南下してダンケルクを目指し,その途中で遭難したものと見られる20)。この 事実を捉え,荷受人は,本船がグラスゴーに「離路」【deviation】すること なく,通常の航路でダンケルクに向かっていれば海難に遭うことはなかった として運送人を契約違反(離路)のかどで起訴し,失われた運送品に対する 損害賠償を請求。これに対し,運送人は,これは予定された航路であり,こ の事故には海難に関わる免責条項が適用されるとしてこれに対抗した。 「離路」を英国コモンローに準じて解釈すると,運送契約で定められた地 理上の航路を故意あるいは不当に変更して航行することである21)。契約で定 められた航路とは,たとえ運送契約に明示されていなくも,船積港から荷揚 20)点線で示された本船の航路および沈没場所(X)は筆者が推測したもの。 21) Wilson, John. F. op. cit. pg. 16
海上運送契約と船荷証券(榎本) −297−
港までの地理的な直航ルートと理解されている。燃料(重油,石炭)補給の ための寄港などが慣習的な航路【customary route】であると立証できれば, それも契約上の航路として認められる22)が,この場合は明らかに違う。
運送人は,荷送人がグラスゴー経由となることに同意していた,としてそ の証拠を提出すると同時に,船荷証券面上に記載されていた航路選択の自由 条項【....liberty to call at any ports in any order and to deviate for the pur-pose of saving life or property】を根拠に,グラスゴー寄港は運送人の自由 であったことを主張した。判決のなかで,Esher 卿は,船荷証券に包含され ていた原告と被告との間の契約は,通常の航路【ordinary sea track】で物 品を運送するということであったとして,被告の主張を退けた。論拠は次の 通りである。 ① 被告がグラスゴー寄港予定の証拠として提出したその旨を記した「お 知らせ」【notice】は船荷証券に包含された契約内容と矛盾するもので あり,原告の同意を示すものではないので,それを認容することはでき ない。 ② 航路は契約の重要な契約要件であり,通常の航路(船積港から仕向地 までの直航ルート)からはずれる場合は船荷証券面上に,その旨特記さ れていて然るべきであるが,そのような記載はなかった。 判決の中で,航路選択の自由について,Esher 卿は,通常の航路【ordinary sea track】を逸脱せず,風向きなど,その時々の状況を勘案した常識的な範 囲での自由であると解釈すべきであると述べている。もし文字通りの自由を 容認するのなら,地球を一周して目的地までたどり着くことも運送人のひと
22) Reardon vs. Black Sea and Baltic General Insurance [1939] AC 562 −298−
つの選択肢となり,買主はいつ到着するか分からない物品を買い,保険会社 は期間と航路が定まらない危険を引き受けることになるが,これでは商取引 上の道理【ここでは mercantile meaning と表現している】を全くなさない, というのである。確かに17ページの地図を見ると,グラスゴー寄港は,事前 の了解がなかったとすると,常識的な範囲を逸脱しているといわざるを得な い。 そして,Fry 卿は,船荷証券面上に記載された航路選択の自由条項そのも ののなかで,離路は生命あるいは財産を救う場合を例外としている点が原則 禁止を意味していることも指摘し,オーストリア号のグラスゴー寄港は契約 違反であるとしたのである。 7.「契約説」対「証拠説」 アルデンヌ号事件の裁判においては81年前に起こったルデュック事件の判 断が参照されたが,第3節で述べた通り,その判断は退けられ,口頭証拠の 提示が認容された。原告の船荷証券の所持人としての立場【status qua】が 違う,というのがその理由であった。このことについて Goddard 卿はアルデ ンヌ号事件の判決のなかで次のように述べている。
Leduc & Co. v. Ward ….was a case between shipowner and the
endorsee of the bill of lading, between whom its terms are conclusive by virtue of the Bills of Lading Act, 1855, so that no evidence was admissible in that case to contradict or vary its terms. Between those parties the statute makes it the contract. (S. S. Ardennes, pg.60)
【....ルデュック対ワード事件は船主と船荷証券の被裏書人との 間の係争であった。この両者間の契約条件は船荷証券法1885年によ り律せられていたために確定的であり,それと矛盾したり,あるい
海上運送契約と船荷証券(榎本) −299−
は改変せんとする証拠は認容されなかった。制定法がこれ(筆者 注:船荷証券1885年)をこの両者間の契約ならしめたのである。】 すなわち,原告の船荷証券の所持人としての立場は,アルデンヌ号事件に おいては運送契約の当事者である荷送人自身であったのに対し,ルデュック 事件では船荷証券の被裏書人(荷受人)であったため,Goddard 卿は次のよ うな理由からまったく立場の異なる関係者間の事例であるとしてルデュック 事件を区別したのである。 ① アルデンヌ号事件の場合,運送人と荷送人とは運送契約締結の当事者 の関係にある。明文化された運送契約が不在,あるいはその一部しか明 文化されていない場合,この両者の間に口頭による約束があれば,当然 それは契約の一部を構成する。この意味において船荷証券は運送契約の 一部でしかなく,その証拠ではあっても運送契約そのものではあり得な い。 ② これに対し,ルデュック事件における運送人と船荷証券の被裏書人(荷 受人)は運送契約締結の当事者の関係にはなかった。したがって,被裏 書人は運送契約を締結した運送人と荷送人との間にどのような約束が あったのか知り得る立場になく,口頭証拠を云々はできない。このよう な関係において唯一運送契約の手がかりとなるのは船荷証券であるため, 裏書きされた船荷証券は,その所持人と運送人を律する確定的証拠とな り,運送契約そのものとみなされる。 これは,船荷証券の所持人の立場により船荷証券の機能は異なるとする考 え方である。このことから Goddard 卿は,ルデュック事件での裁判官 Esher 卿の判断は〔船主−船荷証券の被裏書人(荷受人)〕の関係に限定されるも −300− ( 20 )
のであると解釈し,〔船主−荷送人〕の関係には適用できないとしたのであっ た。これが今日,通説となっている証拠説の基本である。 しかし,この Goddard 卿の解釈に疑問を投げかけたのが Debattista23)であ る24)。同氏は,Esher 卿が船荷証券によって担保【cover】されている運送契 約を船荷証券そのものに見出すことができるとしていることと,船荷証券の 所持人の立場(荷送人か被裏書人か)とは全く関係がないとし,その論拠と して次の4点をあげている25)。 ① ルデュック事件の裁判官は,運送契約は船荷証券に包含されていると いう判断を示す上で,いかなる制約的な条件(運送人−船荷証券の被裏 書人の関係に限定するなど)も設ける意図はなかったと考えられる。こ の点は5節であげた引用文に制約的な条件が付されていないことから理 解できよう。 ② ルデュック事件の裁判においては,傭船契約書【charterparty】がな いまま発行された傭船契約船荷証券が裏書譲渡された場合の議論が展開 されて然るべきであったが26),Esher 卿はこれには言及していない。こ れは,数年後に行われた別の裁判27)での Esher 卿の発言から,運送契約 は船荷証券に包含されるとする判断の前では,荷送人の立場でも被裏書 23)サザンプトン大学法学部講師−当時
24) Debattista, Charles. The Bill of Lading as the Contract of Carriage−A Reassessment of Leduc v. Ward , Modern Law Library, Vol. 45, Nov. 1982
25) Ditto. pg.685 26) 傭船契約船荷証券は運送契約を包含していない。それは傭船契約書【charter-party】に具現されているからである。しかし,仮に傭船契約が口頭で成立してい ても,それが明文化されないまま傭船契約船荷証券が発行された場合,口頭証拠 を認容しない契約説においては傭船人と裏書譲渡された船荷証券の所持人は運送 契約をそれぞれどこに求めたらよいのか,という疑問が浮上する。ルデュック事 件はこのような状況と類似しているので,これらを対比させた議論があってもよ かったのではないか,とする見解。
27) Margetson v. Glynn [1892] 1 Q.B. 337, 399 [1893] A.C. 351
海上運送契約と船荷証券(榎本) −301−
人の立場でも結果は同じであり,Esher 卿にとってこのような議論は重 要ではなく,原告の立場(被裏書人)をルデュック事件における勝因と したのではなかったためである,と理解されている。 ③ ルデュック事件の前例として Esher 卿があげたふたつの判例は,いず れも運送人と荷送人(運送寄託人)の関係を裁いたものであった。 ④ ルデュック事件の裁判において Esher 卿は,船荷証券が手渡される前 に運送契約が締結されていたとしても船荷証券の内容を改変させたり, このような文書が持つ効果を左右させたりする口頭証拠は認容されるべ きではない,とした28)。Esher 卿は将来この逆のことが起こることを懸 念してこのようにクギを刺したのであるが,アルデンヌ号事件において はこの懸念が的中し,口頭証拠が判断のカギを握ることになってしまっ た。 これは,証拠説が〔船主−荷送人〕の関係に適用され,契約説は〔船主− 船荷証券の被裏書人〕の関係に適用されるものとされてきた考え方を根底か ら覆すものである。しかし,Debattista は契約説論者に非ず,契約説の正当 性を主張したわけではない。同氏は証拠説の基盤を固めるためには,機会が あればルデュック事件の判断を覆しておく必要がある,との警告を発したの であった。 だが,Debattista のこの重大な指摘が大きな反響を呼んだという痕跡を見 つけることができないのはなぜだろうか。その背景には,船荷証券法1855年 に記された一句【contained in】を意識することなく,それまでどおり営ま れてきた実業界の商慣習を改めて見直すことによりやぶ蛇をつついたり,商 取引の道理を一世紀以上も経って否定したりすることによる混乱は避けたい 28)第 5 節の引用文の最後段参照。 −302− ( 22 )
というような論壇の配慮があったからではないかと見ることができる。 物品の売買契約を締結した売主と買主の立場に照らしてみると,証拠説の 方がより実際的であり,商取引の道理にかなっていると考える方が自然であ る。どちらに運送契約締結の責任があるにせよ,運送人と運送寄託者との間 では口頭の約束もあり得るわけで,船荷証券はあくまでも運送契約の証拠で しかなく,口頭証拠は当然認容されるべきであるということ;契約当事者で はなかった裏書譲渡された船荷証券の所持人には口頭契約を含む運送契約の 詳細は不明であるから,船荷証券が唯一の運送契約となる,という考え方は 船荷証券法1855年が制定される以前から支配的で,契約説は決して歓迎され る考え方ではなかった。そもそも Goddard 卿の判断自体が,実務的な合理性 を法廷の論理のみで突き崩すようなことはしたくという意思の表れであった に違いない。 仮にルデュック事件の判決が,制定法(船荷証券法1855年)に従って船荷 証券を整備しなければならない,というメッセージであったとしても,イン プット上の誤記・失念を避ける方法がない限り,実務上これを完璧に行うこ とには無理がある。したがって,契約説に準じて口頭証拠を立証する機会を 封じることは公平な判断を妨げる原因になるとも考えられたであろう。 船荷証券法1885年の目的が船荷証券そのものの機能の規定することにあっ たのではないとすると,そのことで波風を立てることにいかほどの意味があ るのか疑問視もされたに違いない。船荷証券法1885年の目的は,曖昧のまま 放置されていた裏書譲渡された船荷証券の所持人の運送人に対する訴訟権の 有無につき,それが有ることを定め,船荷証券の流通性を維持・向上させる ところにあった。それまで船荷証券所持人は運送契約の当事者ではないとし て運送人に対する訴訟権の有無に関する判断が一定していなかったのである。 したがって,船荷証券法1855年の中の,目的を持たない,また,いかなる効 果も期待されていなかったと思われる一句【contained in】を論拠とするル 海上運送契約と船荷証券(榎本) −303− ( 23 )
デュック事件の判断には少々無理があったともいえる。この無理のある議論 をあえて蒸し返した時に予想される波紋の大きさを考えると,そっとしてお いた方が良いとの判断が克ったのではなかろうか。 しかし,そっとしておくだけでは一旦下された判決への対処方法にはなら ない。かといって,ルデュック事件は英国における最高司法機関の役割をあ わせ持つ貴族院で下されたものであるだけにそれを覆すことは容易ではない。 なぜなら,英国のコモンローの世界においては,ある裁判所における判決は より上級の裁判所の判決を覆すことができない仕組みとなっているからであ る。逆にいうと,ある裁判所の判決を覆すことができるのは,同じかより上 級の裁判所に限られているということである。 ルデュック事件の判決が下された1888年以降のアルデンヌ号事件およびそ れに後続した類似の判決はすべて貴族院より下級の裁判所で下されたもので ある。Sewell v. Burdick 事件は貴族院で裁かれた事件ではあるが,第2章の 冒頭でも述べた通り,ここでの Bramwell 卿の発言は付随的意見であったた め,何の権威も有さない。したがって,アルデンヌ号事件において Goddard 卿はこの序列に従い,契約説にもとづいた判断をせねばならぬ立場にあった ということを Debattista は指摘している。 契約説は船荷証券の所持人の立場【status qua】とは無関係に,〔船主−荷 送人〕の関係にも〔船主−船荷証券の被裏書人〕の関係にも等しく適用され る。これで甚大な影響を受けるのは〔船主−荷送人〕の関係である。Pyrene
Co. Ltd. v. Scindia Navigation Co. Ltd. 事件においては,船荷証券発行以前の 契約はすべて無効となるため,船積前の事故に対してはヘーグ・ルールが適 用されなくなり,運送人には多額の損害賠償金が科せられることになる可能 性が強くなっていたはずである。アルデンヌ号事件においては判断が逆転し, 運送人の主張が正当性を得ることとなるが,Goddard 卿がこのような判断を 退けたことは,法廷の秩序を侵したことになる。このことはアルデンヌ号事 −304− ( 24 )
件およびそれに続く類似の判断の違法性を際立たせる結果になりかねない。 Debattistaが発した警告は,このような理由によるものであった。 8.海上物品運送法1992年 船荷証券法1855年の最大の難点は,第1条の規定により,船荷証券で指定 された荷受人あるいは裏書譲渡により運送品の所有権を移譲された被裏書人 に限り運送人に対する訴訟権を得ることができるとされていたところにある。 今日では所有権の移転と,船荷証券の移譲および運送人に対する訴訟権の移 転は切り離して考えることが常識となっているばかりでなく,これによって 発生する不都合は同法が発効する前からも指摘されていた29)。それにもにも かかわらず,この点が改正されるには,137年後の1992年に発効した新法, 海上物品運送法1992年を待たねばならなかった。 新法の発効にともない旧法,船荷証券法1855年は廃止された。ルデュック 事件で Fry 卿が判断の根拠とした船荷証券と運送契約の関係を規定した旧法 第1条は,問題となった一句「船荷証券に包含される」【contained in the bill of lading】が削除され,新法第2条(2)(c)として次のように改定された。
旧法:第1条... shall have transferred and vested in him all rights of suit,...as if the contract contained in the bill of lading had been made with himself.
新法:第2条(2)(c)... shall have transferred and vested in him all rights of suit,...as if the contract of carriage had been made with himself.
29) Sewell & Nephew v. Burdick op. cit.
海上運送契約と船荷証券(榎本) −305−
この事実をもって,契約説が覆され,証拠説とアルデンヌ号事件の判決が 正当化されたと考えてよいものだろうか。これに関しては,新法第5条があ るがために何の解決にもなっていないとする見方がある30)。解釈規定である 新法第5条(1)(a)において,運送契約が次のように定義されていることがそ の理由である。
The contract of carriage in relation to a bill of lading or sea waybill, means the contract contained in or evidenced by that bill or waybill ; 【船荷証券あるいは海上運送状との関係において運送契約とは,そ の船荷証券あるいは運送状に包含されている,あるいは,それが証 拠となる契約のことを意味する】 第2条で削除されたはずの契約説を象徴する問題の一句【contained in】 が,証拠説を象徴する一句【evidenced by】に並列して再登場しているので ある。考え方次第では,前者は〔船主−船荷証券の被裏書人〕の関係に適用 され,後者は〔船主−荷送人〕の関係に適用されるものと解釈できないでも ないが,そこまでの明確な規定はない。新法の制定準備委員会が新法発布に 先立って公表した意見書「海上物品運送に関わる訴訟権について」31)に,こ のような定義がなされたことについての説明を見出すことはできない。そも そも,この意見書において,この問題は脚注の中で,あたかも極めてマイナー な問題であるかのごとき取扱いしか受けていないのである。いずれにせよ, 新法の制定はこの条項により,貴族院の契約説による判断を曲解させたまま, 下級の裁判所の証拠説による判断を併存させるというね!じ!れ!た!関!係!を存続さ せる結果にしかならなかったといえよう。
30) Gaskell, Nicholas et al. Bills of Lading : Laws and Contracts, LLP 2000, pg.46 31) Rights of Suit in Respect of Carriage of Goods by Sea, 19 March 1991, HMSO −306−
9.貿易実務上のインプリケーション 海上物品運送法1992年が発効してから16年が経過した今日,「ねじれ現 象」はどうなったのであろうか。英国の法廷においてこれに関わる新たな判 断が下されていないとすれば32),依然としてねじれた関係が続いていると理 解して差し支えないであろう。旧法が発効してからはじめて論争を呼んだア ルデンヌ号事件の判決が下されるまで96年が経過したことを考えると決して 不思議ではない。しかし,これは船荷証券と運送契約との関係が問題となる 訴訟がなかったということに過ぎず,実際には法廷外で解決された事件がい くつも発生していた可能性がある。訴訟にまで至っていないということは, 実業界では,引き継がれてきた商慣習のなかでう ! ま ! く ! ことが処理されてきた ことを意味する。これにはいくつかの理由が考えられる。 第一点目として,貿易に携わる一般のビジネスマンの間では,個品運送の 船荷証券を運送契約として容易に受け容れる素地が醸成されていて,運送人 とその利害関係者との紛争は,法廷外で船荷証券面上の記載事項をベースに 解決が図られてきた,ということが考えられる。次にあげるのは,運送人の 立場にあった執筆者の海上運送に関わる実務書からの一節である33)。
Bill of Lading as Evidence of Terms on Which Goods are Carried : ……..Although the bill of lading is only signed by steamship owner (charterer) it is just as binding on the shipper as though he too signed it. In accepting the bill, shipper agrees to all terms and conditions stipulated therein. As before stated, if any printed clauses are contrary to law, such 32)筆者はそのように認識している。
33) Bross, Steward R. Ocean Shipping, Cornell Maritime Press, 1956, pg.202
海上運送契約と船荷証券(榎本) −307−
are void, but all others are binding….. 【物品運送条件の証拠としての船荷証券:....船荷証券は汽船の船 主(傭船者)のみによって署名されたものではあるが,あたかも荷 送人もそれに署名をしたかのごとく荷送人をも拘束する。荷送人は, この証券(船荷証券)を受領することによりそこに記載されたすべ ての条件に同意することになる。前述のとおり,印刷された条項が 法律と矛盾する場合,そのような条項は無効となるが,その他の条 項は拘束力を有する。】 そして,運送約款は永い歴史の中で培われて来たものだけに語法は古いが, どの運送人の船荷証券を見ても書いてある内容はほとんど同じである,とそ の普遍性が強調されている。
この執筆者が推定的証拠【prima facie evidence】と確定的証拠【conclusive evidence】を混同して,誤解をしている点は否めない。永年の実務経験が執 筆者をこのような見解に導いたものと思われるが,そうであるとすれば,こ の誤解は彼ひとりのものではなかったであろう。少なくとも彼の同僚,会社 幹部,取引先も同じような考え方で仕事をしていたに違いない。これは一例 にしか過ぎないが,実業界においては,貿易に携わる多くのビジネスマンが 過去から現代を通してこのような考え方に支配され,それに基づいて行動も してきたものと推測できるのである。以上のことは,既に第3節でも述べた とおりである。 第二点目に,船荷証券の署名人が船長から代理人に移るに従い,船荷証券 が有価証券であるという貿易取引の関係者の認識が,その取扱いを慎重にさ せ,運送寄託人が船荷証券の作成に,より深く関わり合うようになってきた ということが考えられる。理由は後述するが,これは,第一次世界大戦後に −308− ( 28 )
直接売買形態による遠隔地貿易が一般的となり34),さらに第二次世界大戦後 の通信・運輸機関の急速な発展が国際貿易を促進させる過程において,信用 状決済が重要性な役割を果たしてきたこと35)と無縁ではないであろう。 貿易取引の売買契約当事者が,商品の受渡しに際して契約先の相手が何を 予定あるいは期待しているかを相互に把握・確認しておくことは極めて重要 である。インコタームズ【Incoterms】に準拠した CIF 契約においては,売 主が荷送人として,運送人と運送契約を締結することになる。その際,イン コタームズは「通常の条件で」【on usual terms】,「通常の航路」【the usual route】を航行する船舶で,としている36)。しかし,何が「通常」で何が「非 通常」なのかは,商品の性質,量の大小,運送距離の長短,運送時期,本船 の仕様などさまざまな条件を勘案すると一様な解釈を下すことはできない。 ここで売主と買主の考え方の差異が原因で事故が発生すると,いずれかが 契約違反あるいは不履行の責任を問われることになる。したがって,このよ うなクレームを回避するには運送条件を明確にしておくことが肝要である。 たとえば,食料品を運送するような場合,鮮度を保持する上で,航海期間が その分だけ長くなる離路【deviation】は望ましくない。甲板積貨物【on deck cargo】とする是非も問われようし,物によっては冷蔵設備を要求するもの もある。商品が買主の手元に届くまでの終始一貫した運送状態の保証を得る 上では積替え【transshipment】の禁止,本船の船腹が足りない場合の分割 船積【partial shipment】の是非なども考慮せねばならない。FOB 契約の場 合は買主が運送契約を締結するので CIF 契約に比べ問題は少ないとはいえ ようが,売主の意向を無視した運送契約は売主の契約履行に支障をきたすこ とになる。特に重要なのは本船の船積港への寄港時期である。これは契約上 34)朝岡良平『貿易売買と商慣習』(東京布井出版,1976)pg.31 35)新堀聡『貿易取引入門』(日本経済新聞社,1992)pg.277 36) ICC Incoterms, CIF A3, a), ICC Publication No.560.
海上運送契約と船荷証券(榎本) −309−
の引渡し時期と一致させねばならない。また定期船の寄港頻度および積荷が 少ない船積港では,本船が抜港せぬよう運送人に念を押しておくと同時に, 何らかの罰則規定も定めておくことが望ましくなる。抜港の結果,食料品な どが港の倉庫に数週,数ヵ月間寝かせられてはたまったものではないからで ある。 運送契約の締結に際しては,このような売買契約の諸条件をそのまま転嫁 することが肝要である。しかし,運送人は売買契約の当事者ではないため, ことの軽重のほどを充分理解しているとは限らない。また運送人と売主・買 主の間にも「通常」と「非通常」に見解の相違があることも念頭に入れると, 現場の責任者である船長に売主と買主の意思がどれほど正確に伝わるか不明 である。船荷証券を運送契約の内容を確認するための道具として利用すると このような不安は払拭される。 船荷証券は運送品の船積完了時あるいはその後に運送人が一方的に作成・ 発行する書類であるからこれには無理があるとする反論もあろう。しかし, 船荷証券はそれほど一方的な性格なものではないはずである。なぜなら,船 荷証券の法定記載事項(第3節参照)の多くは,運送寄託人からの情報の提 供なくしてその作成者は知り得ない内容であり,その意味で船荷証券の作成 には運送寄託人である売主あるいは買主も深く関与しているからである。「運 送品の種類」を例にとれば,小口貨物は包装された状態で運送人に引き渡さ れるのであるから,中身が何であるかは運送委託人からの情報提供なくして 記載することはできない。「運送品の容積もしくは重量または包もしくは個 品の数」,「荷送人の氏名または商号」,「荷受人の氏名または商号」も然りで ある。「船積港および船積の年月日」,「陸揚港」,「船舶の名称」は契約時の 合意事項;「運送費」は公定レート以外であれば同じく契約時の合意事項で ある。 運送人の立場からしても,「通常」から逸脱する条件があったとするなら, −310− ( 30 )
それを運送寄託人に伝え,承諾を得た上でそれを船荷証券に記載することに より後日の紛糾を回避できる。ルデュック事件において,運送人の主張が真 実 で あ っ た な ら,船 荷 証 券 に 陸 揚 港 を「グ ラ ス ゴ ー 経 由 ダ ン ケ ル ク」 【Dunkirk via Glasgow】と記すだけで問題の解決になったはずである。
運送寄託人が提供する情報は,運送寄託人から運送人に宛てた「B/L 指示 書」【B/L Instructions】によって行なわれる。運送品名の不正確な表示は通 関あるいは課税上の問題や,荷役中に取扱上の事故を引き起こす危険性があ る。そして,もっとも注意すべきは,スペリングエラーをも含めた誤った記 載は銀行によるドキュメント買取拒否の原因となる点である。先に信用状決 済の重要性が増すにしたがい,運送寄託人が船荷証券作成に深く関与するよ うになったとした理由はここにある。 運送人は船荷証券を作成するに際しては,正確を期すために記載事項の情 報の伝達は,口頭ではなく,必ず B/L 指示書という文書によることを求め る。したがって,運送寄託人は,運送契約の合意内容に通常の慣行から逸脱 した条件あるいは「非通常」と思われる条件があるなら,それらを B/L 指 示書によって船荷証券に記載することを指示することができる。後日,仮に 印刷済みの運送約款と矛盾が発生したとしても,これらの条件は個別条件と して,一般条件である運送約款に優先することになるので紛糾を回避するこ とができる。そして,運送寄託人は入手にした船荷証券に誤記載あるいは記 載漏れを発見したら,ただちに加筆・訂正を運送人に申し入れるであろう。 以上のような運送寄託人の船荷証券作成への関与は,船荷証券を限りなく 運送契約の確定的証拠【conclusive evidence】に近づける結果,その分だけ 紛糾の原因が減ることになる。このような船荷証券は,契約説にも証拠説に も対抗可能な要件を備えることになる,という意味で「ねじれ現象」が問題 化した時の対応策としても有効であることはいうまでもない。 海上運送契約と船荷証券(榎本) −311− ( 31 )
第三点目として,船荷証券が持つ流通性の重要性が,個品運送を利用する 一部の貿易取引において希薄となったことがあげられよう。これは極めて現 代的な現象であり,コンテナ船による海上運送の高速化,グローバリゼー ションによるグループ企業内取引の増加,それにともなう送金決済の普及ま たは無為替の委託加工貿易あるいは委託販売貿易の進展など,個品運送を取 り巻く環境の変化は船荷証券の流通性を無用なものと化しているのである。 航海期間が長かった時代には,商品が仕向地に到着する前にそれを売却, 現金化を促進させ,金融力を回転・増強させる方策として船荷証券の裏書譲 渡は重大な意味をなしたが,今,個品運送においてこれが行われることは稀 である。また,日本を除くアジア諸国,中南米諸国の工業力の発展につれて 欧米日の三極を太いパイプで結ぶ貿易構造が崩れ,アジア域内貿易などの航 海期間が短い近距離取引が活発化した。これにともない,船荷証券は船足に 後れをとるようになったため,保証状【Letter of Guarantee】による貨物の 引き取りが盛んに行われるようになった。この不健全な状態から脱する方法 として生まれたのが流通性のない海上運送状【Sea Waybill】である。これ により荷受人は運送人に登録された本人であることを証明するだけで貨物を 受け取れることができるようになった。船荷証券に代わり海上運送状の利用 が増えている37)ことの背景にはこのような事情がある。もはやこのような取 引の世界においては船荷証券の受け戻し性も意味をなさなくなってしまった のである。 しかし,これは必ずしも船荷証券の死を意味するものではない。船荷証券 は売主と買主双方,あるいは金融機関が債権を保全するための最善の手段で あることが変わるとは考えられないため,信用危険を慎重に管理することが 求められる貿易取引においてはその利用が絶えることはないと思料するから である。 37)小林晃『貿易取引,第 6 版』(経済法令研究会,2007)pg.264 −312− ( 32 )
参 考 文 献
Bross, Steward R. Ocean Shipping, Cornell Maritime Press, 1956
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朝岡良平『貿易売買と商慣習』(東京布井出版,1976) 大崎正瑠『詳説船荷証券研究』(白桃書房,2003) 小林晃『ベーシック貿易取引』第 6 版(経済法令研究会,2007) 戸田修三『海商法』〔新訂第 5 版〕(文眞堂,1990)および付録『平成四年国際海上 物品運送法改正の概要』 新堀聡『貿易取引入門』(日本経済新聞社,1992) 新堀聡『現代貿易売買』(同文舘,2001) 海上運送契約と船荷証券(榎本) −313− ( 33 )