第2回 民間法制・税制調査会
議事録
日時:平成 16 年 2 月 18 日(水)午後 5 時∼7 時 20 分 場所:学士会館 320 号室 出席者:(敬称略) (座長)堀田力、(委員)雨宮孝子、太田達男、大村敦志、片山直也、川端康之、三木義一、山田 二郎 (オブザーバー)27 名(オブザーバー名簿他 8 名) (事務局)(財)公益法人協会(土肥、松野)、(財)さわやか福祉財団(清水、高田) <配布資料> (なお、資料1、3、4、参考資料は、財団法人公益法人協会作成のもの) 資料1 新たな非営利法人制度における公益性 資料2 座長による議論の整理 資料3 法令上の「公益」概念比較(設立関係、税制関係) 資料4 公益概念の構成要素(目的、事業、組織) 資料5 「公益」の定義について(堀田座長、太田委員、星野英一東大名誉教授意見ペーパ ー) 資料6 有識者会議第4 回星野英一東大名誉教授レジュメ 参考資料 英米における公益の定義 (雨宮委員提供資料) 1 ARTICLES OF INCORPORATION ・ Public Benefit Corporation ・ Mutual Benefit Corporation ・ Religious Corporation 2 「新しい非営利法人制度研究会」検討報告書(平成15 年 8 月)※委員資料 (事務局)挨拶。三木委員ご紹介。 1 議題「公益性の判断基準」 (堀田座長)第 1 回はブレーンストーミングを行ったが、本日は、公益性の判断基準という、法 制度最大の難関の問題に取りかかり、あらかたについての議論を終えたいと思っている。まずは 資料1について太田委員からご説明いただく。 (太田委員)それでは本日は、公益性の判断基準をご議論いただくためのもとになる資料を準備 したのでご説明したい。 資料1(新たな非営利法人制度における公益性)をご覧頂きたい。これは平成 16 年 6 月 27 日 に閣議決定された公益法人制度の抜本改革に関する基本方針からの抜粋である。この短い文章の 中に、実は6 つの論点がある。それらはそれぞれ議論していかなければならないと考えている。 1 つは「優遇措置の在り方について」である。優遇措置とはそもそも何を意味するのかという ことが一つ問題になる。これが論点1 である。 論点2 は、特別法に基づく法人制度を含めた全体の体系の整合性に留意しながら、とあるが、 それでは、「特別法に基づく法人制度を含めた全体の体系の整合性」とはどういうことなのかということである。 論点3 としては、「公益性の客観的で明確な判断基準」をどのように規定するかということであ る。論点3 は、本日のメインテーマである。 論点4 は、判断基準の法定化についてである。判断基準の法定化とは一体どういうことなのか、 すなわち、法定化される法律は何か、ということである。税法なのか私法なのか、あるいは判断 機関の設置法のようなものなのか、おおいにこの点が議論になる。 それから論点5 は、「独立した判断主体の在り方」である。これは、独立した判断主体としては どのようなものがふさわしいのかということである。 それから、「ガバナンス、残余財産の在り方等これを含め検討する」とあるが、これが論点6 で ある。他の非営利法人以上に厳しいガバナンス等々の条件が必要なのではないかということを示 唆していると思うのだが、それではその厳しさとはどの程度なのかということである。 時間の問題もあり、全てを議論することは難しいと思うが、論点3、論点 4、論点 5 が本日の焦 点になると思う。 (堀田座長)資料2 は、議論の進め方や整理の問題であるので、他の資料の説明後に説明させて いただく。まずは資料3 以下のご説明をお願いしたい。 (太田委員)資料3 に、法令上の「公益」概念比較というものがある。これは公益法人、公益信 託、NPO 法人で公益という概念をどのように見ているか、現行法や指導監督基準より抽出して比 較したものである。 資料 4(公益概念の構成要素)は、公益法人協会が別途進めている研究会で、事務局から提出 した資料である。公益概念の構成要素を、目的要件、事業要件、組織要件の3 つに分けて考える ことが必要であるという考え方に基づいている。さらにそれぞれの要件には、ポジティブな要件 とネガティブな要件があるということでまとめている。 資料5 は、公益の定義について別途行っていた研究会で、公益法人の定義についてそれぞれの 意見をペーパーで出していただいたものである。堀田、太田、星野3 人のものがある。 それから資料6 は、星野先生が先日の第 4 回政府の有識者会議に参考人として出席され、スピ ーチをされた際の公式的なペーパーである。 参考資料(英米における公益の定義)は、公益について英米ではどのような定義を行っている かを調べた資料である。イギリスの場合はチャリティコミッションが認定し、アメリカの場合は IRS が認定をするわけであるが、それらの公益の要件をここに挙げている。 (堀田座長)次に、雨宮委員よりご提供頂いた資料についてご説明いただきたい。 (雨宮委員)まず、英文の資料(雨宮委員提供資料 1)について。これはカルフォルニア州の非 営利公益法人、非営利共益法人、非営利宗教法人の法人化の時に提出する書類である。一般に定 款と呼ばれている。法人設立の際の提出書類としてはこれだけで良い。
1 枚目は Public benefit corporation(公益法人)のサンプルである。まず、Public purposes かCharitable purposes か、その両方か、ということについて丸を付ければ良い。そして、内国 歳入法の501(c)3 の寄付の優遇を受けるためにはこの条文を入れること、という記載がある。 これは、例えばこの活動については、「選挙活動はしない」、あるいは「残余財産については分配 せずに同じ目的のものに譲渡する」というようなことを書いておけば非営利公益法人になれると いうことである。 2 枚目は共益法人である。これについてはどのような目的かということを書けば良い。共益法 人は、寄付の優遇団体になることは出来ないのだが、法人税は優遇される。また、関連しない事 業については課税されるが、関連事業に関しての収入は課税されない。 そして3 枚目は宗教法人である。これも公益法人とほとんど同じで、寄付の優遇団体になるた めの要件が入っている。 以上、非常に簡単に、これだけで法人を設立できるということである。公益性や非営利性につ
いては事後チェックということになる。 それからもう一つの資料(雨宮委員提供資料 2)は、経済産業研究所の委託調査で昨年の 8 月 に纏めた報告書である。これは何人かの委員で、新しい非営利法人制度をどのようにしていくか、 法人制度と税制とをあわせて纏めたものであるが、最終的には同じ見解にはならなかった。ただ、 180 以上ある非営利に関する特別法がどのような設立主義になっているのか、それらの税の優遇 はどうなっているのかを調べた資料があるので役立つのではないかと思う。準則主義にしたら原 則課税ということが当然のように言われているのだが、そうでないものもいくつかある。以上で ある。 (堀田座長)それでは早速議論に入りたいと思う。資料2 で、公益性の判断基準について議論の 整理をしているのでご説明する。まず、公益性の定義、基本的な概念をどうするかということは 大変難しく、民法100 年来の問題であるが、いくつかの説を整理している。勝手に名前を付けた ものであるが、まずは受益者説である。これは、その活動の受益者、対象について「不特定かつ 多数の者の利益」と、法律的にはこれが最も普遍的な定義として、今日まで考えられてきた。 ただ、これは積極的な理念が無い。例えば福祉のためとか、教育のため、あるいは社会のため というような、そういった理念が無いという問題点があることが指摘されている。それから、「不 特定」や「多数」が不明確であるという問題がある。それから、狭すぎるのではないかとの視点 がある。これは例えば、(特定の)難病の人のために、たくさんの人から治療費の寄付を集めるこ とが、受益者は「不特定」でないため、公益性が認められないという指摘からくるものである。 その一方、広すぎるという指摘もある。特にその中で問題なのは、営利活動との区別がつかない ということである。一般の営利活動も当然顧客(受益者)は不特定多数の人であるから、その定 義では営利と非営利を区別する基準にすらならないのではないかという指摘がある。このような 問題点を意識しながら①から⑤までの説を整理したのでご説明する。 ①は目的定義説である。これは、積極的な理念がないという前回の片山委員のご発言から名づ けたものである。「社会のために」というような、何か積極的な理念が公益の定義に必要なのでは ないかというご発言があったと思う。定義としては「社会のため」以外に、もう少しいろいろな 定義があり得るのかもしれない。例えば慈善とか福祉というように、何か中身を定義すべきでは ないかというものである。民法34 条も中身は一応書いている。 ただ、これは書き方にもよるが、どんなに中身を書いてもなかなか営利活動、あるいは一般非 営利活動と区別がしにくいのではないかと思われる。例えば、福祉分野について営利事業も収益 事業もやっている。そのため、なかなか事業だけでは営利事業あるいは共益事業との区別がつけ られないのではないかと思う。それから、概念がどうしても不明確になるという問題もある。そ してもう一つは、事業の中身を書いてしまうと、それに絞り込まれるので、それ以外の活動を認 めないというマイナス点があるのではないかと思う。こういった問題が指摘される。 それから、②は控除説である。これは前回、山田委員からご指摘いただいたが、公益を積極的 に定義するのはなかなか難しいので、私益、共益を除いた残りを公益とする考え方である。行政 も定義が難しく、立法と私法を除いたものが行政だといわれるが、それと似たような発想である。 これは公益活動を限定しないメリットはあるが、理論的な前提として、私益、共益、公益という 3 つの利益だけで本当によいのか(これは多分良いということになるのだろうが、)ということを 検討しなければならないのと、私益・共益を明確に定義できるのかという問題があり、これらが 明確に定義できないと控除説は成り立たない。そのため、私益、共益が定義できるかを検討しな ければならないということになる。 それから③は、利他説と名づけた。これは動機説といってもよいと思う。これは、自己の利益 (経済的な利益)でもなく、社員共通の利益でもない、それら以外の利益のためにやっていると いう動機に着目している。つまり受益者に着目するのではなく、提供者である活動者に着目して 定義をしていこうという説である。これについては、動機をどのように判断するか、つまり利己
的な動機か、共益的な動機か、それとも利他的な動機なのかを判断する際に、どのように客観的 な基準を設けるのかが問題であり、ここが解決されないとなかなか難しい。それから②控除説と 同じように、利己的動機あるいは共益的動機を明確に定義できるかという問題があり、検討して おかなければならないということである。 ④パブリック・サポート説というものもある。これは、その活動を支える経費に寄付がどの程 度入るかで判断しようという説である。これは寄付者が公益的な活動であると認める、つまり、 みんなの為に必要な活動であると認めるから寄付するのだろうという考え方に基づく。ただし、 営利事業に寄付するということはあまり無いとは思うのだが、共益的な事業についても寄付で成 り立っているわけであり、このパブリック・サポート説は、公益か共益かを区別する点では全く 役に立たないという問題を抱えている。 それから⑤は、対象者である受益者と、活動者である提供者の両方を見ようという考え方であ る。笹川平和財団の入山理事長がこの考え方を提唱されている。資料の図にあるように、まず、 受益者が不特定かつ多数であるか、そうではないかという区分でみた場合、受益者が不特定かつ 多数であればそれは公益活動であるというものである。ただし、提供者も利他的な利益のために やっていることが必要である。それから、受益者が特定者、少数者であっても、活動の提供者が 不特定かつ多数であって、それが利他的なものであればそれも公益活動としようというものであ る。これならば、先ほどの一人の難病者のためにたくさんの寄付が集まるというケースがぴたり と当てはまる。このように、受益者のレベルと、提供者(活動者)のレベル、動機と両方見てい こうという考え方である。 他にもあるが、一応大まかにこの5 つの見解を挙げてみた。それぞれの問題点、クリアすべき 点など、基本的なところを書かせていただいたつもりである。まずはこの資料2についてどう考 えるかご意見を頂きたい。 なお、どの説についても、公益法人にふさわしいガバナンス、ディスクロージャーをきちんと やっていることが要件になっていることを前提としてご議論いただきたい。それから、この次の 段階の議論として、公益性をそのように定義した上で、さらに、事業内容という条件をつけるか どうかという議論がもう一つある。公益法人協会はそのような考えのようである。つまり、事業 内容をさらに別の要件として書くかどうかという問題が別途あるのだが、その問題は、1(「公益」 の定義・公益法人の目的)の問題の後で議論することとし、とりあえずは1の各論点について踏 み込んだ議論ができれば幸いである。自由にご発言いただきたい。 (山田委員)非常に議論しやすく整理していただいたが、公益性の判断基準を考えるときに、非 常に大きく関わる問題としては、準則主義によるのか、認可主義によるのかと関連していると思 う。判断基準を考える時に、準則主義をとるのかどうかをさておく、という議論が出来るのだろ うか。 (堀田座長)可能な限り準則主義の方が好ましいと考えている。ただ、議論の中でどうしても裁 量的な要素が残るようであれば、それに対応する判断機関を考えなければならないのだが、可能 な限り準則主義で、登記官吏が判断できるくらい客観的な基準が最も好ましい。そのような前提 でご議論頂けるとありがたい。もし議論した後に無理だということになればまた別であるが、よ ろしいだろうか。 (大村委員)公益性の判断基準をどの段階に組み込むかということと、独立に判断基準だけを取 り出して論ずることができるのかというのが今の山田委員のご質問であったと思うのだが、前提 としては、設立の段階で準則主義を取り、そこに公益性の判断を組み込む、ということでよろし いだろうか。 (堀田座長)その通りである。それが可能かどうかはこの議論の結果になると思うが。 (山田委員)先ほど雨宮委員から外国の例をご紹介頂き、サンプルを分かりやすくご提供頂いた が、この事例はいずれも準則主義で、事後的に公益性のチェックをしている。走り出した事業内
容について、公益性があるかどうか後でチェックをするというご趣旨だと思ったのだが、実際に いろいろと調査されていて、そういう走り出し方についてはうまくいっているのか、あるいは問 題点があるのか教えていただきたい。 (雨宮委員)アメリカでは州によって法人制度が全部違う。今申し上げたのはカリフォルニア州 に関するものである。これらは、公益性の有無、非営利性の有無を書いて出すだけである。それ から、税の優遇を受ける場合には書式が決まっていて別途提出する。特に税の優遇に関しては、 内国歳入庁(IRS)がチェックを行っている。ただ、寄付の優遇団体は 70 万位あり、全部はチェ ックできない。そのためピンポイントでチェックし、その数は毎年 2000 団体位である。そのう ち100∼200 団体位が、非営利性が無いということで取り消され、その後は裁判になっている。(日 本のように)役所が許可して監督するというものではなく、後の活動を見て判断しそれで駄目で あれば取り消され、さらにそれで問題があるならば裁判になるという制度だということである。 これについて問題があるという話ではない。 (大村委員)資料2 の座長メモで①から⑤まで論点を整理していただいたのだが、その中で出て くるパブリック・サポート説も、考え方としては、設立段階で公益性をチェックするという考え 方にのる議論なのだろうか。 (堀田座長)そうである。 (大村委員)そうすると、これはすでに団体としての活動がされているということなのか。 (堀田座長)そうである。 (太田委員)アメリカの場合は、いわゆる仮合格のような形である。これから設立される新しい 団体でも、3 年分の予算を提出することによって、パブリック・チャリティなどの認定を受ける ことができる。したがって、活動実績の無いものについても501(c)3 の認定が受けられる。堀 田座長がそこまで含んでおられるのかどうかは分からないが、少なくともアメリカの場合はその ような仮合格制度をとっている。 (堀田座長)去年の有識者会議でも、もともとそのような発想であったと思う。スタートの時に 仮合格制度は積極的に考えようということであったと思う。そのあたりはテクニカルに解決でき る問題なのではないかと考えている。 (山田委員)積極的な定義ができればそれに越したことは無いのだが、積極的に定義をするとい うことはかなり難しい。不特定かつ多数の者の利益に供することが、いわゆる公益性を裏付ける とごく当たり前のように言われてきたが、必ずしも不特定多数である必要はないと思う。難病者 の例にもあるように、積極的に定義をする方法を取ったとしても、「不特定多数」ということを含 めるのはやはり問題なのではないだろうか。 (太田委員)それについては、私はまた別の考えがある。(仮に当面の受益者が一人しかいなかっ たとしても、)不特定の難病者を支援するということと、特定の難病者のみを支援することは、意 味合いが違うと思う。例えば、A 子ちゃんが○○病という難病にかかった場合、A 子ちゃんを支 援するための団体を作るのと、○○病にかかった人を支援する団体とでは異なるのではないか。 (後者の場合、)今はA 子ちゃんだけでも、そのうち B ちゃん、C くんという風に、社会的に広 がりが出てくる可能性がある。「特定する」という言葉は、私益、あるいは共益に近い響きをどう しても持ってしまうので、やはり「不特定」という言葉は必要なのではないかと思っている。 資料3 をご覧頂きたい。公益的であるといわれる法人の法律や指導監督基準を挙げている。表 現をみると、公益法人の指導監督基準では「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする もの」、公益信託も同じように、「積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする」、それから 特定非営利活動法人(NPO 法人)にしても「不特定かつ多数のものの利益の増進に寄与すること を目的する」とあり、また、NPO 法人の目的は「公益の増進に寄与することを目的とする」とあ る。これらからも分かるように、公益の定義は非常に抽象的な表現であり、公益性のある非営利 法人を一般の非営利法人から区別するための定義を行う場合、公益概念の表現についてはやはり
これらと同じようなものにならざるを得ないのではないかと思う。つまり、これを超えて極めて 明快に定義をすることは非常に難しいのではないかと考えているわけである。それから、今迫ら れていることが何かを考えると、(法律で判断するか、判断機関が判断するかは別として、)公益 性の定義をするというよりは、公益性のある非営利法人とは何か、公益性のある非営利組織とは どういうものかを判断することなのだと思う。公益の概念を議論していただくことはもちろん必 要なのだが、公益の概念だけで整理するのではなく、公益目的と事業と組織の判断基準も決める 必要があるのではないかと思う。 (片山委員)前回、社会の利益が公益であるということを申し上げたが、積極的に公益性を定義 すべきだという立場からお話させていただきたい。私が考えていることは、極めて単純な発想で あり、決してそれから明確な基準がすべて導き出されるということではないのだが、ただ、公益 性を判断する時に、「社会」という視点なくして公益性は判断できないという主張である。 そもそも公益事業とは社会の利益となる事業であり、社会全体が受益者だから社会全体のコス ト負担によって行われるべき事業であると考えている。それゆえ税制上の優遇措置を受ける公益 法人が主として担うべきであるという仕組みが合理化されるものなのだと思っている。このこと 自体は、現行の公益法人制度についても、これから議論されるべき新たな公益法人制度について も基本的には同じ理屈が妥当しよう。 ただ、現行制度と基本的に考え方が変化してきたのは、公益性の判断、すなわち何が社会にと って必要な公益事業であるかをどのように判断するかという問題である。従来は主務官庁が裁量 で判断していたのだが、それに行き詰まりが出てきて、見直すべきだということになってきた。 市民サイドで自発的に何が社会の利益となる事業なのかを提案した方が(市民サイドで公益性を 判断した方が)、より豊かな社会になるという方向に変わってきているということなのだと思う。 併せて公益性の判断は、極めて流動的なものであり、時代の発展に伴い変化していくものであ る。そのため、決して一点で判断するのではなく、プロセスの中で判断していく必要がある。事 業について、すでに公益性があると社会で承認されているものをある程度リストアップしていく ことは可能だろうが、おそらく全部はフォローできないだろうし、次々に新しい価値観に基づい て、新たに公益的な事業が提言されていく必要もあるだろう。それゆえ、まずは市民のイニシア チブで、自己申告制で新しい公益事業を提案してもらう。そして、それらをしばらく検討する時 間があって、最後に第三者機関によって再チェックをするというプロセスの中で公益性が判断さ れていくべきだと考えている。 このように今日的な公益性判断のあり方は、市民サイドでの公益事業の提案という点と、プロ セスにおける公益性判断という2点に特徴が見出されるべきであると考えられる。ただ公益事業 が社会の利益となる事業であり、社会全体が受益者としてそのコストを負担すべきであるという 点は、やはりこれからも基本的には変わらないのではないか。 それから受益者の不特定性という点であるが、不特定性の捉え方に問題があるように思う。不 特定性とは、「現時点では利益享受者ではないが、将来的にはその可能性がすべての人々に与えら れている」ということなのだろう。すなわち事業からの直接の利益を念頭において、将来の受益 可能性によって不特定性が説明されている。しかしこの点については異なった視角から不特定性 が判断されるべきではないだろうか。すなわち、公益事業は、それによって社会全体が豊かにな り、その社会という第一次的な利益帰属点を介して、直接・間接にその構成員が利益を享受する という事業なのだと思う。将来ではなく現時点で少なくとも間接的(二次的)には利益を享受し ているところに不特定性が見出されるべきではないだろうか。これを「将来、誰だって直接的な 利益主体になり得る」という可能性で不特定性を考えていくとまた違ったものになるのではない か。難病者の問題について言うならば、仮に特定の難病者であったとしても、その人を救済しよ うとする枠組みを持つことが社会にとって有益であると社会全体が判断すれば、公益性があると いうことになるのではないか。以上のような視点から社会という視点を提示した。いかがだろう
か。 (堀田座長)今のお話は、「社会のため」という目的を立てるという論点と、難病者の例のような、 特定者についても含まれるのかという論点と2 つあると思う。特定者の問題については、その前 に太田委員からお話があったが、それに対して片山委員からは、二次的な利益も含めるというご 指摘があった。(片山委員の考え方でいくと、)一次的には特定の人の利益にとどまる可能性も含 まれる。これについて、「二次的な利益がある」という認定が客観的にみて可能かという問題が一 つあると思う。 例えば、難病救済財団というものを作り、難病の人々は全部救済するという財団であれば一般 的に社会に広がっていくことが目に見えて分かる。そのため公益性を認定しやすいということに なるのだろうが、ただ、特定の難病者がいて、その人のためにお金をなんとか集めようと周りの 人々が活動するという実態もあるため、そのようなものも公益性があると言えるのかという問題 が一つあると思う。それについてはいかがだろうか。 (太田委員)隣に住んでいるA 子ちゃんが○○病で大変気の毒だということで、生活費や治療費 を支援するということだけを目的として、それを定款に書いているような団体は、公益性がある とはいえないと思う。しかし、ある時点で○○病にかかっている患者が社会の中でA 子ちゃんだ けだとしても、○○病にかかっている患者を支援することが目的とされ定款に書かれている団体 ならばそれは大いに公益性があると思う。後者の団体の場合には、A 子ちゃんだけではなく、今 後B ちゃん、C 君の支援も可能になるからである。 (大村委員)太田委員、堀田座長の話ももっともだと思うのだが、私はどちらかというと片山委 員のご意見に近い。例えば、アメリカに行って心臓手術をしなければならない子どもが一人いて、 そのためにお金を集めようといった運動がしばしば起こっている。その受け皿として団体を作り、 そこで手術のためのお金を集める。私はそのこと自体は団体の要件をどうするかということと切 り離して考えれば十分に公益性のあることだと思う。これに対して太田委員は、別の子どものた めにも支援する団体であれば、それは不特定になって公益性があるということであった。しかし、 A 子ちゃんの支援が終わったら所期の目的を達成したとして解散し、残余財産は他の同種の団体 に帰するということでも、良いのではないかと思う。以上は今までの意見に対する感想なのだが、 全体の議論の枠組みに関してお話してよろしいだろうか。 (堀田座長)はい。どうぞ。 (大村委員)資料 1 で、論点1から 5 まであり、本日は特に論点 3∼5 を重点的に議論するとい うことであったと思う。公益性を判断する基準を求めることと、その効果との関係を考えると、 公益性の基準を求めることに具体的にどのような意味があるのか必ずしもよく分からない。準則 主義で公益法人の設立を認め、その時の公益性をどう定義するかを考えるというのが堀田座長の 最初のご説明だったが、ここでは、公益性を認められた法人の効果の面は棚上げするということ なのか。論点1の優遇措置の在り方は切り離して考えるという前提で公益性の判断基準を考えて いるのだろうか。そうだとすると、公益性の基準は何のための基準として求められているのかが 十分に理解できない。 (堀田座長)公益性の判断は、優遇措置の議論ともちろん密接に関連する。両者がなぜ関連して いて切り離せないのかという考え方も是非述べていただきたいところであるが、今日のところは、 特別に公益法人を定義することは効果(優遇措置)につながるという前提とし、それではどう定 義するのかという形で議論していただけると問題を絞りやすいということである。 (大村委員)様々な優遇措置があると思うが、ここではそれぞれの優遇措置について、設立の段 階で考えるべき公益性とは違う要件がありうるという前提に立って良いのだろうか。それとも設 立の段階で公益性があるということであれば、連動して様々な効果がついてくることを含んで議 論すべきなのだろうか。 (堀田座長)(設立に連動して様々な効果がつくのかということに対して、)そうではない。
(山田委員)私の受け取り方としては、まずは準則主義で設立して、後で公益性を欠いていると 判断された場合には訴訟問題になることを視野においている。ただ、裁判所に判断を丸投げする ということではない。ここでいう公益性の判断基準とは、裁判所が判断をする時に、裁判所の判 断基準として機能するものという意味だと思う。準則主義ならば、公益性の判断基準を考える際 そこまで含めて考えなければならないだろう。 (堀田座長)それ(裁判所による判断)を対極のところに置いて考えるのが適切だと思う。 (三木委員)設立段階での基準というよりは、むしろ裁判規範的な機能を果たした方がいいとい う観点から定義づけた方が良いということだろうか。 (山田委員)裁判になることをにらみながら、設立を考える必要があるということである。設立 の時だけでなく、その後もつれて裁判になった場合を予測できなければならない。その場合には、 公益性の判断基準が裁判基準としても機能することを視野において考える必要があるということ だと思う。 (三木委員)私は、不特定かつ多数の者の利益に資しても、あるいは、社会のためにやっている ということを意図していたとしても、それと同時に私的な利益につながっていた場合、公益性は かなり薄れるのではないかと思いながら聞いていた。私益や共益をどう定義づけるかも一つ大き な問題なのだが、最大の問題点は、やはり私益と区別されているかどうかなのだと思う。税を研 究する立場からみると、公益事業とは、税金を使っても社会的非難がされないような事業という イメージがある。 (堀田座長)営利事業であっても顧客は不特定多数であるように、公益は不特定多数という要件 だけでは説明できないが、財産的なものを得る目的でやっている行為は私益だとして、それは公 益から排除されるべきであるというような構造をご指摘されたのだと思いながら聞いた。 先ほどの難病者の問題にけりをつけるというわけではないが、(今までの話をまとめると、)具 体的に少数者を対象とするものであっても、寄付そのものが不特定多数で、寄付者の利他的な動 機によるものであれば、公益に含めようという定義の仕方もあると思う。この定義ならば大村委 員のご意見も明確に入ってくるし、太田委員のご指摘についても、もう少し広くすくえることに なるかと思う。 (太田委員)それは非常に重要な問題であると思う。今までは難病者の例を想定していたが、こ れを学費の支援に当てはめたらどうなるか。例えば、隣の息子が非常に優秀であるから、大学を 出られるよう支援しようという場合である。その人一人だけに学費を支援するということが、本 当に公益と言えるのかどうか。私は、もう少し社会的な広がりを持つような目的がないといけな いのではないかという気がする。ここに強くこだわるつもりはないのだが、(「特定」ではない) 「不特定」という概念は残す必要があると思う。ただ、その対象がたとえ一人に特定されていた としても、「不特定に広がる可能性」を持っていれば不特定だと解釈すれば、より広く支援ができ るのではないかと思っている。 (堀田座長)(特定者である場合でも)不特定になりうるものを受益者の側で見て判断するという 場合と、提供者側も合わせて見ようという考え方を取りいれる場合とでは大分結論が変わってく ると思う。太田委員のご指摘にもあったように、例えば教育で考えると、優秀な子がいるから支 えようという際に、それは周りの人々、あるいはその地域の不特定の人々がお金を出すというよ うな状況であれば、それでも入れていいのではないかという考え方が一つある。これは実は、片 山委員の提起された「社会のため」というのは一体どういうことか、ということとつながるので はないかと思う。 「社会のため」という時、その「社会」とは、社会を構成する人たちが不特定多数であるとい うことだけに尽きるのか、それとも、例えば、その人たちの福祉、介護など、そのような積極的 な要素も他に必要とするのだろうか。そのあたりが目的を定義する場合の大きな問題だと思う。 さらにその問題は、事業内容の特定が必要なのかという問題と直結している。事業内容を特定す
る考え方は、単に受益者が不特定多数であるだけでは足りないので、もっと具体的にその事業が どういうものであるか、それが社会に益するものであるかということを中身で見ようというもの である。事業内容を合わせてみるのかという問題も含め「社会のために」というところをもう少 し詰めたいと思うのだが、片山委員はいかがだろうか。 (片山委員)「社会のために」というのは、社会を構成するメンバーが不特定多数であるから、そ の「不特定多数者のために」ということは当然の前提となろう。それだけでいいのかというと(そ うではなく)、事業内容を見て社会のためになっているかどうか、より積極的に判断すべきだと思 っている。 法人の設立は、自然人ではなく、新たな人格を作るということであるから、何か目的がなけれ ばならない。営利の場合には、利潤を追求し利益を分配することが、資本主義社会の中で一つの 重要な価値として認められているから、行う事業の面ではそれほど拘束は無くてもよいのだろう が、非営利の場合は、利益を分配しないということが目的にはならないと思う。さらに、不特定 多数の利益というだけでも弱い気がする。積極的にどのような事業内容を行うのかがある程度明 確になるべきだと思っている。 事業内容については、学術であるとか被災者の救済であるとか、既存の我々の価値観の中で既 に、公益性があるもの、すなわち社会全体の中で費用を負担してやるべき事業だとある程度承認 されているものについては、今の時点で明確にリストアップしておくべきなのではないだろうか。 ただ、既存の価値観による判断では不十分だという認識があると思う。それについては、例えば 第三者機関などに事後的な判断の余地を残しておき、公益法人としてこういうことをやりたいと 申請してきた団体には、仮合格という形でその事業を行わせ、しかる後に本当に社会のためにな っているかを判断するという、事後的なチェックシステムを考えるべきだと思う。それにより、 新たな公益事業候補が加わり、社会が活性化するのではないだろうか。判断の結果について訴訟 で争うという可能性は想定されようが、とにかく新しい事業が加わる余地を残しておき、出来る 限り積極的に公益事業の候補を列挙していく必要があるのではないかと考えている。 (堀田座長)今のお話は具体的なイメージで言うと、現在の NPO 法のように事業分野を書きこ んで、さらに「その他」というものがあり、この「その他」は第三者機関が認めるという構造で お考えだということだろうか。 (片山委員)そうである。 (雨宮委員)NPO 法人の事業内容については、最初は 12 項目で、後に 17 項目に増えたという 経緯がある。その際、民法34 条との関わり合いで「その他」が入れられないという事情があった。 私は、「その他」を入れた方が良いと考えている。もし「その他」に該当しないということならば、 裁判で争えばいいことなのだと思う。 また今、積極的な公益の定義について議論しているが、「こういうものは駄目だ」という消極的 な意味での定義の仕方もある。私はそれを定義の中に入れることも可能だと思う。それから、「公 益目的」と「公益事業」とは異なるのではないか。準則主義で設立ができるのであれば、できる だけ要件を法律に書き込む方が良いと思う。公益の定義については、目的、事業、そして組織形 態、組織の在り方など積極的な意味での定義と、消極的な意味での定義をそれぞれ挙げていけば いいのではないだろうか。 (堀田座長)少しずつ具体的な形になっていると思うが、いかがだろうか。事業、目的に関して もあわせて議論していただきたい。事業や目的でどれだけ明確性が担保できるか、それで準則主 義が可能かという問題もある。また、事業内容を書いて営利・公益・共益を区別できるかという 問題もあろうかと思う。そのあたりについていろいろとご意見を頂きたい。太田委員は別の研究 会でいろいろと検討してきていかがだろうか。 (太田委員)確かに事業内容については、福祉にしても教育にしても、公益法人だけでなく、営 利法人も中間法人もできる。そのため、事業だけで公益性を判断すべきではない。目的、事業、
組織要件が三位一体となって、はじめて公益法人か営利法人か、あるいは共益法人かという区別 が出てくるのだと考えている。したがって、どれか一つだけで判断するのは問題だが、目的、事 業、組織要件が三位一体となれば判断基準としては十分なものができるのではないかと思ってい る。 (堀田座長)いかがだろうか。 (大村委員)私は、片山委員のお話に共感する部分が多い。しかし、片山委員のお話の中には 2 つ方向の違う部分があるような気に思う。一方では、「社会のために」という、非常に緩やかな概 念規定をして、これに当てはまるものはどんどん取り込んでいけば良いという考え方であると思 う。私は、そもそも公益の定義の必要があるのかという考え方も含め、公益の定義は緩やかに規 定すべきであると思っている。ただ他方で、事業内容を列挙するという方向性にも言及されたが、 この両者の関係はどのようなものなのかと思った。 (片山委員)事業を具体的に列挙することでそれに限定されてしまうと確かに問題ではあるのだ ろうが、新たな事業類型を追加できる余地があるのであれば、開かれているということになるの ではないか。準則主義で考えていくのだとすれば、やはり一応の指標があって、それに該当する このような事業をやると書く必要があると思う。単に「不特定多数」ということだけで、それを 公益法人として認めることが本当にできるのかという疑問がある。やはり、ある程度価値観が定 まっている公益事業分野については、指標を提示しておく意味はあると思う。両者はそれほど矛 盾することではないのではないか。 (大村委員)そうすると、お話としては、限定列挙ではないということだと思う。むしろ考え方 として、次のように考えて良いのだろうか。理念のレベルで、公益というものを観念して、具体 的にその設立を認めるかどうかという部分についてはリストを作る。そして、このリストに該当 しているかどうかの判断は比較的機械的に行うことが可能で、このリストのどれかに該当すれば 公益性は原則として認められると考えることができる。ただ、リストにあがっていないようなも のでも、個別に判断し公益性を認めるという考え方だということで良いだろうか。 (片山委員)そうである。 (堀田座長)考え方が少しずつはっきりしてきたが、ここでもう一度基本に立ち戻りたい。不特 定多数という概念にもう少し、利他的活動という言葉を付け加えるとしても、なぜ事業で限定し なければならないのかという問題がある。雨宮委員から、消極的要件をつけることも可能なので はないかというお話があったが、それは例えば、公序良俗に反するような行為は除くというよう なものか。 (雨宮委員)そうである。それから、特定個人を支援するものは除くという形でも挙げられると 思う。 (堀田座長)消極的要件についても同じ問題があると思うのだが、不特定多数の者のために行っ て、かつ利己的動機で行っていないのに、なぜその中からさらに事業のグループ分けをしたり、 落としていかなければならない事業があるのだろうか。それが一番の問題であると思う。仮にそ のようにしなければならないとしても、明確なものができるのだろうか。「その他」という項目を 入れたら結局、何も書かないということと実質的に変わらなくなるのではないか。そういった疑 問がどうしても出てくるので、この点についてもう少し詰めて欲しい。 (片山委員)なぜ事業を特定していかなければならないのかという問題については、先ほど三木 委員のお話にもあったように、公益法人の場合、税制上の優遇という効果がついてくるが、その 場合は結局、社会が負担していかなければならない事業ということになるから、それを納得して もらうだけの事業でなければならないということなのだと思う。不特定多数の者の利益であるか ら税を優遇してくださいということでは少し筋が通らないのではないか、という考えが基本的に ある。その意味では、効果で何を想定しているのかを念頭において要件面も議論しないと、少し 議論がずれてくるのではないかと思う。仮に税制優遇という措置を効果として考えるのだとした
ら、それは不特定多数ということだけではなく、社会のために有益なことであるという説明も必 要になってくるのではないか。 (山田委員)「社会のために」という定義づけに関して、一つは、具体的に事業を列挙して、それ に類するものとするのか、あるいは「その他社会のための○○に供するもの」とするのか、その 点は詰めて議論しなければならないと思う。 ただその前に、「社会のために」という言葉は、日本語としては「公益」とは違っているのだが、 英語にしたら結局Public Interest ということで、同じことを言っているような気がする。もう少 し、「社会のために」というものが何であるかより具体的に議論しないと、定義になっていないと いうことになる。 (堀田座長)片山委員は具体的なところを事業でお考えになっているということなのだと思うの だが、これについて三木委員はいかがだろうか。 (三木委員)私は、もともと公益については、不特定ということにこだわらなくても良いのでは ないかという印象を持っている。それから事業内容についても、公益法人的な事業が出てくるの は、本来国や自治体がやるべき事業を自発的にいろいろと考えてやっているということであるか ら、多様なものがあるのだと思うわけである。だから事業をあまり限定していくのはどうかと思 っている。ただ、準則主義であることを考えるならば、もう少し要件をはっきりさせておいたほ うが設立時は判断がしやすいという側面もあると思い、迷いながらうかがっていたところである。 (堀田座長)事業については、例えば、公益法人と装い、実質は営利目的で、脱法するようなも のが入ってきてしまうのではないかという点についてはいかがだろうか。 (大村委員)脱法の件は考えても仕方が無いところがあるのではないか。結局、設立の段階でど れくらいの実質審査ができるかということである。しかしどういう状況でも、審査を形式的に行 うならば様々な形で脱法の余地は出てくると思う。脱法をさけるために、あまり規制すると逆に そのことで設立を制約することになるのではないか。あとは、設立後の事後的なコントロールを どうするかとの見合いで考えるということになるのではないか。もちろん、裁判規範として機能 することも視野に入れて考えなければならないのだが、個人的には、脱法のことを考えて固すぎ るものにしない方がよろしいのではないかと思っている。 (堀田座長)要件については、脱法を防ぐため狭くしすぎるのも問題となる。しかし、もし事業 を挙げていくとしても「その他」ははずさなければならないと思う。資料にある事業について、 公益法人協会はどうやって選んだのだろうか。 (太田委員)資料に挙げた事業に対する考え方は、先ほどの片山委員のご意見に近い。公益法人 は非営利であるということの他に、「何をやるのか」が明確になる必要があると考えている。社会 の中で、公益法人としての性格が浮き彫りになるようなものを目指したのだが、そこで事業内容 を列挙し、定款に書き込むことが必要であると考えた。このような視点で資料を作成した。 なお、このことはアメリカやイギリスでも同様である。アメリカでも大きく8 つの事業をあげ ている。もちろん、そのほかに細かい項目がたくさんあるが。イギリスでも公益目的について議 論され、今回のチャリティ改革により10 種類から 12 種類に変更されようとしている。このよう に、あるメルクマールがないと世の中の協力は得られないのではないかと思われる。 (堀田座長)この点について、他にいかがだろうか。 (片山委員)利他性や不特定多数ということにも関わってくるのだが、私自身、具体的な項目に ついてどう取り扱うべきなのか良く分からないのは、「慈善(Charitable)」についてである。私は 「社会の利益」といっているが、カリフォルニア州の例でも Public と Charitable を区別してい るように、慈善とは、社会と常にリンクしている言葉ではないような気がする。慈善とは、そも そも、もっと個人的、宗教的な心情に基づく自己犠牲的なもので、それは公益性(社会のため) ということと必ずしも一致しないのではないかという気がする。利他的というと「自分以外の誰 かのために」ということだと思うが、そういう利他的な目的を公益法人でどう位置付けるべきな
のか。他人の為に何か行うことが良いというのは、宗教上あるいは道徳上ではもっとも尊ぶべき 価値なのだろうが、公益を私のように社会という視点から見てくると、慈善の位置付けは一体ど うなるのか少し疑問に思っている。それについて雨宮委員はいかがだろうか。 (雨宮委員)イギリスでは、貧困救済が公益の一番基本にある考え方である。また、イギリスで は教育は自分を高めるだけのものだから、公益に入らないという考え方が一時期あった(今は公 益の中に入っているが)。一方、アメリカでは、貧しい人は働かないから貧しいのだということで、 どちらかというと貧困救済よりは、教育や新たな道路や学校などを作ることの方が、より公益性 があるものと考えられていた。このように、Charitable という言葉には教育も貧困救済も、全部 含まれている。イギリスのCharity も貧しい人を助けるだけのものではない。だから、Charitable (慈善)が公益ではないという考え方は違うと思う。 (片山委員)今のお話では、チャリティと考えられているものの多くが社会性を持っているとい うことなのだと思う。究極的な事例になるかもしれないが、特定の人のために自己犠牲を払って 行うという利他的な行為までも、公益に含んでいいのかどうか少し疑問に思ったので先ほどのよ うなお話をした。それは別の言い方をすると、あまり利他性は公益のメルクマールにならないの ではないかという気持ちがあった。例えば NPO の方々も、他人のためにやっているというより はむしろ、社会を良くすることによって間接的には自分のためにもなっているという意識(社会 参加の趣旨)で活動されているのだと思う。もってまわった言い方になってしまったが、要する に利他性は要件にならないのではないかという点からの発言である。 (堀田座長)今のお話は、利他性とは何か、また私益とは何であって、公益とどう区別するかと いう問題につながると思う。ここで私益、共益が何で、公益とどう区別するのかについて、この 後議論したいと思う。ただその前に、公益性のある事業をどうやって決めるのか、また、その事 業を不特定多数などというような抽象的な定義に付け加えるのかどうかの問題について、私はま だ疑問がある。その点について発言させて欲しい。 事業内容については、例えば、戦後まもなくゴルフ場経営も公益だと言われた。なかなかゴル フをやれないから補助したり寄付金を集めたりしている時期があった。また例えば、過疎地ある いは人口減少地域などでは、企業誘致を行政が行っている。事業のないところで事業を起こすの も地域の不特定多数の利益であるという考え方である。産業を興す活動も行われている。このよ うに、実態から見ていくと、結局、事業内容を特定するとはいっても、営利事業が場所によって は公益になってしまう地域が、現在も過去もあるのではないだろうか。 それから例えば運送事業である。これはまさに今問題になっているが、体の不自由な方々でタ クシーを呼べない、それだけの経済的な余裕もない、そういう人たちのために輸送サービスを行 っている。これは NPO の大きな活動になると思う。だから営利事業で行っていても、対象によ ってはその営利事業を利用できない人々のために公益的にやらざるを得ないというものもあるは ずである。もし公益に当てはまる事業内容を拾っていくとするならば、全事業を書かないと拾い きれず、(とはいえ、全事業は書けないので)結局非常に限定したものになってしまうのではない かと思うわけである。また、ある事業に限定せずに、書いていないものを「その他」で判断せよ ということになると、判断する機関は大変な判断をしなければならないことになる。このような 疑問がどうしてもぬぐえない。その点について何かご意見はあるだろうか。 (雨宮委員)どのようなものが公益的な事業かを挙げるだけでなく、公益的な事業としてふさわ しくないというものをあげていく必要がある。また、「こういう事業が公益だ」という話ではなく、 それは目的と事業が一緒に出てくる話として考えた方が良い。だから、公益については、目的で 拾う項目と活動分野で拾う項目を考えていくべきだと思う。 (堀田座長)目的が不特定多数者の利益ということだと、目的で限定するのも難しい。目的がこ のような内容であると、どうしても事業の部分が残るのではないかという気がしている。この問 題は次回にも先送りさせていただいて、もう少し詰めることが出来ればと思っている。
時間の限定があるので、次の問題に入りたい。先ほど片山委員からご提起頂いた、利己的、利 他的という要素を公益の判断に入れるかどうかという考え方についてである。利他的という要素 については、営利目的でない、つまり経済的利益を得る目的ではないので、活動者には利益が分 配されない、活動者に利益を分配する場合には私益である、というような解釈であると思う。そ れでは、利他的か利己的かで公益を定義したことになるのかどうか。利他的か利己的かというの は、経済的利益の分配を得るかどうかで判断しようというのが今の体勢の中では自然に出てくる 考え方だと思うが、それ以外に利己的・利他的を区別する要素が要るのかどうか。もしあるとす ればそれは何なのか。そのあたりが問題になると思う。これについてはどうだろうか。 (大村委員)資料2 の座長による論点メモを拝見したが、③の利他説、⑤の受益者・提供者説は いずれも動機を勘案するような書き方になっている。ここに神作委員のお名前が出ているが、前 回、神作委員がおっしゃったことは動機で考えるということだったのだろうか。利他かどうかと いうことは動機ではなく、端的に言って残余財産の分配をするかどうかだけで決めるという考え 方でなのではないか。私は、中間法人制度で残余財産を分配できることにしたからここでの問題 が生じているだけで、残余財産を分配できる部分だけを除けばあとは全部公益性のある法人とし て広く取り込めるのではないかと思っている。ただ、公益性とは言っても中にはいろいろ程度が あると思う。分配しないのであればミニマムの公益性があるとしていいと思うのだが、その先は、 別途考えるのが筋なのではないかということを前回から申し上げている。 (堀田座長)動機という言葉はあまり良い表現ではないが、そうすると、結局、今やっている利 益の分配をするかどうかで判断しようということであると思う。形としては非常に明快な形であ ると思うのだが、片山委員はいかがだろうか。 (片山委員)まず話の大前提として、前回は座標軸が2 つあるというお話があったと思う。それ は要するに、利益分配を図るかどうかというところで営利と非営利という区別があり、ここでの 議論は、最初に堀田座長からお話があったように、非営利であること、すなわち利益分配しない ということが大前提の議論で、さらにその非営利団体について公益性を認めるかどうかという議 論をするという二段構えになっているということであったと思う。そのため、ここでは利益を分 配しないことが前提の議論になるから、結局は、私益、他益、共益、公益という区分は利益分配 を図るかどうかということではなく、事業の目的が誰の利益を図ろうとしているのかという問題 になるのではないかという気がしている。 (堀田座長)事業の目的という場合、一つは活動を受益者でみるのか、それとも事業をする者に ついてみるのか。受益者で見れば、これは何度も申し上げるように、営利活動も不特定多数のた めに行っているから、不特定多数という概念自体がもうそこでメルクマールとして使えないとい うことになる。そうすると、やはり事業者を基準に判断せざるを得ない。そうすると、その事業 者が(それはもちろん、受益者を不特定多数として考えているのだが)、その販売やその他の活動 によって自分たちも経済的利益を得る目的を持っていれば利己的であり、一方、自分たちが経済 的な利益を得るためにやっているのではなければ利他的とみなすという、そういう考え方が一つ あるのではないか。 (山田委員)資料4 で、公益概念の構成要素として、目的要件、事業要件、組織要件という 3 つ の要件から構成するという整理をして頂いている。前回も議論したように、私は、営利・非営利 の問題は組織要件の中に含まれる問題であると考えている。つまり、残余財産を分配するかどう かは組織要件の中で議論されるべき問題であると考えていて、お話のような営利・非営利の問題 はここで取り上げる問題ではないのだと思う。それに加えて、いわゆるポジティブに目的要件や 事業要件をどの程度我々が提案できるかということなのではないかと思っている。 (堀田座長)他のご意見はいかがだろうか。川端委員はいかがだろうか。 (川端委員)非営利の公益性を有する団体が、なぜ世の中に存在しなければならないのかという ことから考えると、政府が供給しない財やサービス、あるいは、営利企業が供給できないような
財やサービスを提供することに意味があるのだと思う。そう考えると、例えば個々の事業活動の 中で利潤追求をしていないということとは別の切り口も考えられるのではないだろうか。ただ、 それを具体的な事業の形でこだわって議論してしまうと、それは営利企業も供給できるというこ とになる。それでは、なぜこの団体が営利企業とは別の存在として認識されなければならないの か、ということがそもそも良く分からなくなってしまう。団体の行う活動や事業自体を考えると そのようなマイナス点が出てくると思う。 それから、税金の話に入ると、現在の法人税法の中では、公益法人では収益事業については低 い税率ではあるが課税している。なぜ収益事業を挙げているかというと、それは営利企業も供給 しているサービスであるから、という理由である。税金の面からも、団体の性質づけのところか らも、どちらからも議論できると思うのだが、仮に団体の性質づけのところから議論する場合、 その団体の事業活動ということだけでは、その団体の存在をわざわざ認めることの意味は何だっ たのだろうと分からなくなって考え込んでいたところである。 (堀田座長)いかがだろうか。 (大村委員)私は、組織要件において、営利とは違いがあれば、そこで仕分ければそれで良いの ではないかと思っている。その次の段階については、どこで判断するかは別として、事項ごとに 判断すればよいと思っている。もちろん、法人格が濫用されてはいけないのだが、そんなに特権 的に法人格についてこういうものだから与えよう、と考える必要があるのだろうか。法人格自体 は、それほど大きな効果ではないと思うのだが。いかがだろうか。 (川端委員)大村委員がおっしゃる通り、そう考えることもできる。ただその場合は後の段階で、 例えば優遇措置を講じる時に、その中の誰に優遇措置を与えればいいかという判断をもう一度別 の次元でやらなければならないということになる。その判断をもう一度やろうということであれ ば、大村委員のご指摘には賛成なのだが、そこはなるべく機械的に、法人格を取ったものについ ては全てということになると、土台の部分がやわらかすぎて、うまく制度に乗りにくいのではな いかと思う。 (堀田座長)おっしゃるとおりだと思う。資料2 の私の考え方であるパブリック・サポート説は、 実はそれらを一緒にしてしまう考え方である。ただパブリック・サポート説をお話する前に、山 田委員のご指摘のように、目的のところにないものが組織要件で急に出てくるというのはやはり おかしいと思うので、私は抽象的でも定義する必要があるのではないかと思っている。⑤受益者・ 提供者説のところで、「経済的利益を得ることを目的としない」と書いているが、これは組織要件 で書くべきことを抽象的に書いた、いわば私益を目的としない、あるいは共益を目的としないと いうことである。このような文言を目的のところにも入れる必要があるのではないかと思う。そ してさらに具体的に組織要件の中で書いていくということなのではないか。それは原則的には分 配を目的とするかどうかを書けばいいということだと思う。ただそこに書くとしても、例えば今 の改革で一番問題になっているのは、内部留保の分配についてである。法的には分配していない のだが、事実上経済的利益をそれによって得る、そういう活動は排除したいのだろう。そうする と排除するために、単に分配しないという言い方をするだけではなく、個々の行動者、活動者が 経済的利益を得ることを目的としないということを出しておく必要があるのではないかと思って いる。それが一つの考え方として提示されているということである。 議論してきた中でいろいろな考え方が出てきたが、パブリック・サポート説が出ていないので、 ここで少し触れさせていただきたい。これは先ほども言ったように、抽象的定義としては不特定 多数の利益と言うにしても、それだけではなかなか説得力が無いのではないか、また、事業で書 くといっても、結局いろいろな事態を考えると、全事業を挙げていかないとどうもうまく拾いき れないのではないかということがあるので、それらを市民の判断に委ねようではないかというも のである。その判断は、市民が寄付をするという行為に現れる。 例えば福祉の分野で介護事業をやっているが、介護保険が無い時にはいろいろと寄付が集まっ
ていた。しかし、介護保険制度ができて、儲かるとはいわないが、ある程度やっていけるように なれば寄付は集まらなくなる。そして、(同じ介護事業でも)介護保険でカバーできないような活 動については、営利事業としては成り立たないが、それは必要であるから寄付が集まる。市民が 支える、つまりお金を出してくれるということは、その事業がみんなのために必要であるからで ある。共益に関するものも含まれてしまうという問題はあるが、みんなのために必要だから寄付 が集まるのであり、しかもそれは営利事業としてできないから寄付を出してでもみんながやって 欲しいと思うから出すわけである。しかもその判断というのは、それぞれが経済的な負担をする わけであるから、ある意味非常にシビアな判断である。そのため、本当にみんなのために必要な 事業は、やっている人たちも無報酬であったり、かなりボランティア的に安い月収でやっている し、それを支える人たちもお金を出している。市民の判断で、それがまさに不特定多数のために 必要な事業として行われているかを実態で判断しようとするものである。同じ事業であっても、 だんだん支援が得られなくなってくる場合には、市民が「あなたのところは公益事業ではない」 と判断するようになったということなのではないかと思う。そういう事態になれば公益法人では なくなる。そのように市民の判断に委ねるというのがパブリック・サポート説であって、どれだ け寄付が集まっているのかを見れば良い。これなら登記官吏の際も客観的に判断できるので、結 構多くの問題をクリアできるのではないかと考えている。これについてもご意見をいただきたい。 (雨宮委員)パブリック・サポート説は、寄付を集めて事業をやっていく団体には非常に良いと 思う。多くの人々に支えられている意味で社会的価値も高いといえる。ただ、例えば助成財団の ように大きな基金をもらってその運用益で行っているというその活動と、多くの人々から寄付を 集めて事業をやっていくのと公益性がどう違うのかを考えると、事業内容から見たら違いはなく、 両者とも公益性はあると考えるべきである。そのため、パブリック・サポート説だけで考えると 問題である。 (堀田座長)パブリック・サポートという表現を使ったので、そのようなご意見が出るのだと思 うが、大きな基金を出す場合でも、これは他人のために出しているといえるので、これは私の言 うパブリック・サポート説の対象に当然入るものと考えている。それから、別途適正化をきちん とやらなければならないのだが、適正に出た補助金や助成金についても公から出たものであるか ら、寄付と同様のものとして扱う。要するに、あなたの事業はみんなのために必要であり、かつ 営利事業としてはやれないからということで助成金や補助金を出しているという前提である。こ こでは、これらを全部含め非常に広い意味での寄付を考えている。その点はご理解いただきたい。 (大村委員)考え方としては非常に興味深い考え方だと思う。具体的にどのような要件を設定す るかは別として、一定程度資金的にパブリックなものが重ねられているということをメルクマー ルにしようとすることは理解できるところはある。しかし、先ほど座長が事業の流行り廃りのよ うなことをお話されたが、その話からいうと、一度、設立の段階でこの要件を満たしたからとい って、未来永劫その公益性を保証されるものではなく、事後についてもパブリック・サポートの 考え方で、寄付割合のようなものをコントロールするということだとすると、団体自体の性質と いうよりは、団体の活動に対しての評価ということなのではないか。それはそれで十分に考えら れるとは思うのだが、そうだとすると、法人設立の問題とは切り離して考えた方が良いのではな いかと思う。 (堀田座長)もちろん団体設立後も厳しく問われるわけで、事後チェックの問題が常につきまと うことはおっしゃるとおりである。ただそうだからといって設立の問題と切り離していいのかど うか。そういう事業として自分たちはやっていくのだということで、設立時は仮免許のようなも のでとりあえず行って、その後実績を見て判断していく方法でいいのではないかと私は思ってい る。これはテクニカルに解決できる問題なのではないだろうか。 (太田委員)私はこの議論について反対である。資料5 にもあるように、私が一番問題だと思う のは、非営利法人で、会員制でやっており、さらに共益(いわゆる利他主義ではないもの)も含