原 著
CA19-9 低値(≦1.0 U/m
l
)例における継続測定の
意義
二村 英憲
1)加藤 秀樹
1)遠藤美紀子
1)永山 円
1)恒川浩二郎
2)大屋 輝明
2)山岸 宏江
1)湯浅 典博
1) 1) 名古屋第一赤十字病院検査部(〒 453-8511 愛知県名古屋市中村区道下町 3-35) 2) 名古屋第一赤十字病院輸血部 要 旨Carbohydrate Antigen 19-9(CA19-9)は Lewis 式血液型が Le(a–, b–)の症例では低値をとることが知られている.しか し Lewis 式血液型検査をルーチンに行うことは本邦では保険適応されていない.これまでに CA19-9 測定値から Lewis 式 血液型を推定しようとするいくつかの研究が行われてきたが,研究者によって CA19-9 測定法が異なったり,推定方法が 複雑であるため一般化に制限があった.そこで当院における CA19-9 低値例 106 例と Lewis 式血液型の関係を検討した. また,消化器系癌と診断され死亡するまでの経過中に CA19-9 が複数回測定された 593 例の CA19-9 の変化を解析した. CA19-9≦1.0 U/ml の症例 116 例中 115 例(99%)は Lewis 式血液型が Le(a–, b–)であった.消化器系癌と診断され死亡 した患者 593 例中,経過中に CA19-9 最低値≦1.0 U/ml を示した症例は 55 例で,そのうち 53 例(96%)では CA19-9 最高 値は基準値(37 U/ml 以下)を上回らなかった.CA19-9≦1.0 U/ml を示す症例は Le(a–, b–)であることが多く,CA19-9 を継続して測定する意義は乏しい. キーワード CA19-9,Lewis 式血液型,Le(a–, b–),消化器系癌 序 CA19-9はヒト大腸癌培養細胞をマウスに免疫し て作製されたモノクローナル抗体 NS19-9 で認識さ れる I 型糖鎖抗原で,Koprowski らによって 1982 年 に発見され,現在,膵・胆道系などの消化器系癌の 腫瘍マーカーとして広く用いられている1~6).一方, 日本人の 5~10%の割合に存在する Lewis 式血液型 Le(a–, b–)の人では Le 酵素が欠損しているため Sialyl Lewis a抗原(sLea)を産生できず,悪性腫瘍
の有無にかかわらず血清 CA19-9 は上昇することが 少ないことが報告されてきた7~9).しかし,現在本 邦 で は Lewis 式 血 液 型 検 査 は 保 険 適 応 が な く , CA19-9を測定する全ての患者に Lewis 式血液型検 査を実施するのは現実的でない.CA19-9 測定値から Lewis式血液型を推定しようとするいくつかの研究 がこれまで行われてきたが,これらの研究は CA19-9 の測定法が研究により様々であったり,推定方法が 複雑なため一般化に制限がある10~12).本研究は CA19-9低値例と Lewis 式血液型との関係を明らか にし,また消化器系癌患者における CA19-9 低値例 の経過中の CA19-9 の変化を明らかにすることを目 的とした. I 対象及び方法 1.CA19-9 低値例における Lewis 式血液型 2012年 7 月から 12 月の 6 カ月間に CA19-9 を測 定した 3,179 例のうち,CA19-9 が 1.0 U/ml 以下で あった 116 例(2.1%)に Lewis 式血液型判定を行っ た.CA19-9 測定試薬はルミパルス CA19-9-N(富士 (平成 25 年 11 月 6 日受付・平成 26 年 2 月 6 日受理)
レビオ(株),東京)を使用し,測定機器は化学発光 酵素免疫測定法を測定原理とするルミパルス G1200 (富士レビオ(株),東京)を用いた.CA19-9 の基準 値は 37.0 U/ml 以下とした.Lewis 式血液型判定には オーソバイオクローン抗 Lea抗体および抗 Leb抗体 (オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス (株),東京)を用いた. 2.消化器系癌患者における CA19-9 当院で消化器系癌(胃癌,大腸癌,膵臓癌,胆道 癌)と診断され,経過中に複数回 CA19-9 が測定さ れ,2007 年から 2011 年の 5 年間に死亡した症例 593 例を対象とし,それぞれの患者の経過中の CA19-9 の変化を検討した. カテゴリー変数の群間の比較には χ2検定を用い, 群間の連続変数の平均値の差の検定には Steel-Dwass 検定を用いた.P < 0.05 を統計学的に有意差ありと した.また統計解析には JMP9.0.2(SAS Institute Inc, Japan)を用いた.
II 結 果
1.CA19-9 低値例における Lewis 式血液型
CA19-9 1.0 U/ml以下の症例 116 例における Lewis 式血液型は,Le(a–, b–)型:115 例(99.1%),Le (a–, b+)型:1 例(0.9%)で,Le(a+, b–)型,Le (a+, b+)型はなかった.また CA19-9 が 0.1 U/ml 以 下の症例 100 例では全例が Le(a–, b–)型であった (図1). 2.消化器系癌患者における CA19-9 対象の消化器系癌患者 593 症例の悪性腫瘍は,胃 癌 243 例(41.0%),大腸癌 196 例(33.1%),膵癌 105例(17.7%),胆道癌 49 例(8.3%)であった. CA19-9が測定された回数は 2–46 回(平均 9 回)で あった.悪性腫瘍別に CA19-9 最低値,最高値を検 討すると,いずれも膵癌,胆道癌患者では胃癌,大 腸癌患者よりも高かった(図 2,3).CA19-9 最低値 によって 3 群に分類すると 1.0 U/ml 以下:55 例 (9.3%),1.1–37.0 U/ml:295 例(49.7%),37.1 U/ml 以上:243 例(41.0%)であった.この 3 群間で CA19-9最高値の平均値を比較すると,いずれの 2 群 間にも有意差がみられた(図 4).CA19-9 最高値が 基準値(37.0 U/ml)を上回らなかったのは 148 例 (25.0%)で,悪性腫瘍別では胃癌 81 例/ 243 例 (33.3%),大腸癌 51 例/196 例(26.0%),膵癌 13 例/105 例(12.4%),胆道癌 3 例/49 例(6.1%)で,胃癌, 大腸癌症例では,膵癌,胆道癌症例よりも基準値を 上回ることのない症例が多かった(P < 0.01).CA19-9 最 低 値 ≦ 1.0 U/ml で あ っ た 55 例 の う ち 53 例 (96.4%)では,CA19-9 最高値が基準値(37 U/ml) を上回らなかった. CA19-9(U/ml) Le(a-, b-) Le(a-, b+) 症例数 100 100 80 60 40 20 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 4 2 2 2 4 1 1
CA19-9≦1.0 U/mlの症例における Lewis 式血液型 図 1 107 106 105 104 103 102 10 1 0.1 37 胃癌 大腸癌 膵癌 胆道癌 (n = 49) (n = 105) (n = 196) (n = 243) p<0.0001 p = 0.181 CA19-9(U/m l) p<0.0001 p = 0.0026 p = 0.791 p<0.0001 消化器系癌患者 593 例における CA19-9 最低値 図 2
III 考 察 Koprowskiらによって CA19-9 測定法が開発され て以来,Lewis 式血液型 Le(a–, b–)例においては CA19-9は上昇することが少ないことが指摘されて きた1,7~9).CA19-9 はモノクローナル抗体 NS19-9 で 認識される I 型糖鎖抗原であり,NS19-9 が認識する 107 106 105 104 103 102 10 1 0.1 37 胃癌 (n = 243) (n = 196) (n = 105) (n = 49) 大腸癌 膵癌 胆道癌 p<0.0001 p = 0.022 CA19-9(U/m l) p<0.0001 p<0.0001 p<0.0001 p = 0.618 消化器系癌患者 593 例における CA19-9 最高値 図 3 ≦1.0 1.1∼37.0 37.1≦ (n = 243) (n = 295) (n = 55) 107 106 105 104 103 102 10 CA19-9最高値(U/m l) 1 0.1 37 CA19-9最低値(U/ml) p<0.0001 p<0.0001 p<0.0001 消化器系癌患者 593 例における経過中の CA19-9 最低 値と CA19-9 最高値の関係 図 4
エピトープは Lewis 式血液型 Lea抗原に Sialic acid
が付加した Sialyl Lewis a 抗原(sLea)である.sLea
は CA19-9 前駆体(Sialyl Lewis c 抗原:sLec)に Fucose
が付加されたものであり,sLecに Fucose を付加する
反応を Le 酵素である α1,4fucosyltransferase が行う. したがって Le 酵素の欠損した個体では sLecに
Fucoseが付加されず sLeaが生成されない.
Lewis式血液型抗原は Lea抗原と Leb抗原から成
り,Lewis 式血液型は 4 つの表現型 Le(a+, b+),Le (a+, b–),Le(a–, b+),Le(a–, b–)に分類される.
Lewis式血液型抗原の生合成には Le 酵素と Se 酵素 が関与し,Leb抗原の発現には Le 酵素と Se 酵素の
両者が必要である.遺伝学的に Le 酵素を欠くヒト では Se 酵素の有無にかかわらず Lewis 式血液型は Le(a–, b–)となる.Le 酵素を持つが Se 酵素を欠く 個体では Lewis 式血液型は Le(a+, b–)となり,Le 酵素と Se 酵素の両方を持つ個体では Lewis 式血液 型は Le(a+, b+)あるいは Le(a–, b+)になる8). Le酵素と Se 酵素の有無によって,あるいは Lewis 式血液型によって CA19-9 値の分布に差がみられる ことがこれまで報告されてきた8,13~19).成松らは 400 人の健常者集団を対象として Le 酵素,Se 酵素と CA19-9の関係を検討し,Le 酵素を欠くグループ(40 例)のほとんどが CA19-9 が 1.0 U/ml を超えず,Le 酵素を有し Se 酵素活性を欠くグループ(68 例)で は他のグループと比較して CA19-9 値が高く,基準 値の 37 U/ml を超える人が 8 例に見られたと報告 した8).Lewis 式血液型は Le 酵素と Se 酵素を構成す
る遺伝子型の組み合わせによって 9 つのサブグルー プに分類され(Le/Le Se/Se,Le/Le Se/se,Le/Le se/se, Le/le Se/Se , Le/le Se/se , Le/le se/se , le/le Se/Se,le/le Se/se,le/le se/se),これらのグループの CA19-9の分布に差がみられることが知られている
8,17~19).Le 酵素や Se 酵素は対立遺伝子の支配を受
け,Le 酵素の遺伝子型が Le/Le の人では Le/le の人 よりも CA19-9 の値が高値となり,le/le の人では CA19-9は合成されない8,17).また Se 酵素の遺伝子型
によっても CA19-9 値は異なり,se/se 次いで Se/se, Se/Seの順に CA19-9 は高値になる.Kawai らは Le 酵素の遺伝子型 Le/Le の人において喫煙習慣を調査 し,喫煙者では非喫煙者よりも CA19-9 値が低値と なると報告した19).
CA19-9低値例と Lewis 式血液型との関係につい ての検討はこれまでにも行われており,江後らは CA19-9 が測定感度以下を示した 110 例中 109 例 (99.1%)が Le(a–, b–)型で,1 例(0.1%)が Le (a–, b+)型であったと報告した11).花田らは CA19-9 測定により得られる発光シグナルを用いて Le(a–, b–)型の患者を高率に選択する方法を提唱し,検体 の発光シグナル(B)と 0 濃度の発光シグナル(B0) の比(B/B0)が 1.7 以下であれば Le(a–, b–)型の 血液型判定との一致率が 100%であったと報告し た10).彼らは後に測定下限を調整した cut-off solution を用いて Le(a–, b+)血清を Le(a–, b–)と区別す る方法を報告した12).しかし,これらの研究は測定 法が異なるため,一般化に制限がある.本研究にお いて CA19-9≦1.0 U/ml の症例が Lewis 式血液型 Le (a–, b–)である率は 99.1%(115 例/116 例)で,また 0.1 U/ml以下の場合は 100%(100 例/100 例)であっ た.従って,CA19-9 が 1.0 U/ml 以下の場合,高い 確率で Le(a–, b–)であるといえる. 本研究で消化器系癌患者 593 例において,CA19-9 最 低 値 が CA19-9 ≦ 1.0 U/ml の 症 例 ( 経 過 中 に CA19-9≦1.0 U/ml を示したことのある症例)では 96.4%(53 例/55 例)が経過中に CA19-9 が基準値を 上回らなかった.一方,2 例では CA19-9 最高値は基 準値を上回った.この理由として 2 つの可能性が考 えられる:(1)この 2 例は Le(a–, b–)でなかった (Le(a+, b+),Le(a+, b–),Le(a–, b+)のいずれか であった)可能性,(2)この 2 例では Le 酵素では ない他の酵素が Lea抗原の合成に関与していた可能 性である.癌組織中における Leb合成において,Se 酵素を欠く場合に H 酵素が Se 酵素の代わりをする ことが報告されているが20),Leaの合成においても Le酵素ではない他の酵素が Lea合成に関与している 可能性がある. 本研究において,膵癌・胆道癌症例では胃癌・大 腸癌症例よりも CA19-9 の最低値,最高値はともに 高く,CA19-9≦1.0 U/ml を示す症例が少なかった. これには組織型などの腫瘍の特徴,閉塞性黄疸や胆 管炎の合併などの臨床的因子が関連していると思わ れる21,22). 本研究の限界は,第 1 に,CA19-9 測定の依頼があ り,CA19-9 が 1.0 U/ml 以下の症例だけに Lewis 式血
液型判定を行ったことである.つまり CA19-9 を測 定する理由のあった患者に対象が限られている.し たがって健常者に同じ方法で CA19-9 を測定した場 合,1.0 U/ml 以下の症例が Le(a–, b–)型である率 は本研究の結果(99.1%)よりも低い可能性がある. 第 2 に , 本 研 究 で は LUMIPULSE CA19-9 N , LUMIPULSE G1200という単一の試薬,機器を使用 しており,他の方法で同様の検討を行った場合,異 なった結果が得られる可能性がある.CA19-9 測定値 は測定に用いられる試薬,機器によって異なること はこれまでも指摘されている12,23). CA19-9値が低値(1.0 U/ml 以下)を示した場合, CA19-9を継続して測定する意義は乏しく,膵癌,胆 道癌では SPan-1 や DU-PAN-2,大腸癌では p53 など を腫瘍マーカーとして用いることを考慮すべきで ある24,25). IV まとめ
CA19-9が 1.0 U/ml 以下の場合,Lewis 式血液型は 高率に Le(a–, b–)であった.CA19-9 が 1.0 U/ml 以 下の症例では CA19-9 を継続測定する意義は乏しく, 他の腫瘍マーカーを用いることを考慮すべきである.
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Clinical significance of chronologically successive CA19-9
measurement in patients with low CA19-9 value (
≦1.0 U/m
l
)
Hidenori FUTAMURA1) Hideki KATO1) Mikiko ENDO1) Madoka NAGAYAMA1)
Kojiro TSUNEKAWA2) Teruaki OYA2) Hiroe YAMAGISHI1) Norihiro YUASA1)
1)Department of Clinical Laboratory, Japanese Red Cross Nagoya Daiichi Hospital(3-35, Michishita-cho, Nakamura-ku, Nagoya 453-8511, Japan)
2)Division of Blood Transfusion, Japanese Red Cross Nagoya Daiichi Hospital
Summary
It has been reported that carbohydrate antigen 19-9 (CA19-9) value is low in patients with Lewis blood type Le (a–, b–). Routine Lewis blood typing, however, is not covered by health insurance in Japan. Some investigators aimed to estimate Lewis blood types with the CA19-9 value, nevertheless, their study had limits to generalizability because of various or complicated methods. We performed Lewis blood typing in 106 patients with low CA19-9 value (≦1.0 U/ml ) measured by LUMIPULSE G1200 and LUMIPULSE CA19-9 N, and analyzed change of CA19-9 with time in 593 patients with gastrointestinal cancer who underwent chronologically successive measurements of CA 19-9 until their death. The 115 (99%) out of 116 patients with low CA19-9 value (≦1.0 U/ml ) had Le (a–, b–). The minimum CA19-9 values were not greater than 1.0 U/ml in 55 (9.2%) out of the 593 patients. The maximum CA19-9 values were not greater than 37 U/ml (reference value) in 53 (96%) out of the 55 patients with the minimum CA19-9 ≦1.0 U/ml. In conclusion, patients with low CA19-9 value (≦1.0 U/ml ) usually have Le (a–, b–). Chronologically successive measurement of CA19-9 is futile in patients with CA19-9 ≦1.0 U/ml.
Key words: Carbohydrate Antigen 19-9, Lewis blood type, Le (a–, b–), gastrointestinal cancer