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駒澤大学佛教学部論集 38 019越後屋 正行「『長部』「パーティカ篇」の研究 (1) : 『長阿含』の註釈書的要素」

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『長部』

「パーティカ篇」の研究(1)

―『長阿含』の註釈書的要素―

越後屋 正 行

1.初めに 本論文は、『長部(D gha-nika-ya)』「パーティカ篇(Pa-thika-vagga)」と、そ れに対するアッタカター(以下、註とする)、ティーカー(以下、復註とする) の全訳を終えたことに伴って行われるものであり、越後屋[2006]の続編と 言うべきものである。馬場[2003]p.194によると、 経典レベルでのみ比較する限り、北伝阿含は「ニカーヤとの共通要素」と 「北伝阿含の特有要素」に分析するのが限界だが、さらに註釈書も視野に 入れるならば、「註釈書対応部分」という第三の要素を抽出することがで きるのである(本稿では「註釈書対応部分」を「註釈書的要素」と呼ぶこ とにする)。 と述べておられ、『長阿含』を含む北伝阿含に註の要素の含まれることが明ら かにされた。(1)本論文の副題「『長阿含』の註釈書的要素」の定義も、馬場 [2003]に従う。そこで越後屋[2006]は、この馬場[2003]の研究方法を 『長部』「戒蘊篇」と、それに対応する『長阿含』に適用した結果、先ず、註釈 書的要素を見極めるための基準として、「(A)個々の経の伝承にのみ限るなら ば註釈書的要素の事例が見られるのか。そのプロセスを経て、(B)北伝阿 含・ニカーヤ全体から見ても註釈書的要素の事例が見られるのか」という二段 階を踏まえるべきことを指摘し、以下の図に基づいて調査すべきことと、調査 北伝阿含 ニカーヤ対応部分 経典 註釈書 パーリ文献 ニカーヤ

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の結果を明らかにした。 *( )の数字は(A)、個々の経の伝承にのみ限るならば註釈書的要素の 事例が見られる場合であり、( )のない数字は(B)、北伝阿含・ニカー ヤ全体から見ても註釈書的要素の事例が見られる場合である。 本論文でも上述の(A)、(B)の二段階を踏まえた上で調査して行くことと する。この越後屋[2006]の研究によって、『長阿含』に註、復註の要素の含 まれることが明らかにされた。しかし、復註の場合は(A)に該当し、必ずし も確実な註釈書的要素とは言えなかったが、本論文において、この復註も研究 範囲とすることの妥当性が明らかになるであろう。本論文では『長部』「パー ティカ篇」に対して、この研究方法を適用し、そこから見えてくる種々の問題 点についても触れていく。 以下、『長部』「パーティカ篇」の構造について、R版ニカーヤ(2)ではパーリ 語のタイトルがないため、B版ニカーヤにおけるタイトルを中心として便宜的 『長阿含』 ニカーヤ対応部分 経典 註釈書 『長部』「戒蘊篇」 ニカーヤ アッタカター (2) (1) (1) ティーカー (1) (1) 『長阿含』 「梵動経」 「沙門果経」 「阿摩晝経」 「種徳経」 「究羅檀頭経」 「 形梵志経」 「布 婆樓経」 「堅固経」 「露遮経」 「三明経」

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に分類したものを示し、通し番号として使用していく。内容については、大蔵 [1993]、大蔵[1994]、片山[2003A]、片山[2003B]を参照。 『パーティカ経(Pa-thika-sutta)(3)』,『長阿含』「阿 夷経」 1−1.「スナッカッタの話」,「コーラカッティヤの話」,「裸行者カラーラマッタカの話」, 「裸行者パーティカプッタの話」,「神通変化の話」 1−2.「世起の主張の話」 『ウドゥンバリカ経(Udumbarika-sutta) (4) 』,『長阿含』「散陀那経」 2−1.「ニグローダ遊行者の話」,「苦行厭離の説」,「付随煩悩」 2−2.「遍浄な皮苔を得たものの話」,「遍浄な皮材を得たものの話」,「遍浄な軟材を得 たものの話」,「遍浄な最上を得たもの・心材を得たものの話」 2−3.「ニグローダの消沈」,「梵行の完結と現証」,「遊行者達の消尽」 『転輪王経(Cakkavatti-sutta) (5) 』,『長阿含』「転輪聖王修行経」 3−1.「自洲の帰依性」,「ダラネーミ転輪王」,「聖なる転輪王の務め」,「輪宝の出現」, 「第二等の転輪王の話」 3−2.「寿命・容色等の衰退の話」,「十歳の寿命の時」 3−3.「寿命・容色等の増大の話」,「サンカ王の出現」,「メッティヤ仏の出現」,「比丘 の容色、寿命等の増大の話」 『世起経(Aggañña-sutta)』,『長阿含』「小縁経」 4−1.「ヴァーセッタとバーラドヴァージャ」,「四階級の清浄」 4−2.「味地の出現」,「月・太陽等の出現」,「地餅の出現」,「パダー蔓の出現」,「耕さ ないで実るサーリ米」,「女性・男性の相の出現」,「淫法の行為」,「サーリ米の配分」 4−3.「マハーサンマタ王」,「バラモン群」,「庶民群」,「奴隷群」,「悪行等の話」,「菩 提分の修習」 『歓喜経(Sampasa-dan ya-sutta)』,『長阿含』「自歓喜経」 5−1.「サーリプッタの獅子吼」,「善法の教説」,「処施設の教説」,「入胎の教説」,「説 示の次第の教説」,「見定の教説」,「人施設の教説」,「精勤の教説」,「行道の教説」,「言 正行等の教説」,「教誡の次第の教説」,「他人の解脱智の教説」,「常住論の教説」,「宿住

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随念智の教説」,「死生智の教説」,「種々の神変の教説」,「異なった師の徳を見ること」 5−2.「詰問を与える方法」,「稀有未曾有のこと」 『浄信経(Pa-sa-dika-sutta)』,『長阿含』「清浄経」 6−1.「ニガンタ・ナータプッタの命終」,「正自覚者によって説かれていない法と律」, 「正自覚者によって説かれる法と律」,「弟子を後悔させる師」,「弟子を後悔させない師」, 「梵行の未完成等の話」 6−2.「結集されるべき法」,「知らせるべき方法」,「資具を許可する原因」,「安楽の実 践」,「安楽の実践の功徳」,「漏尽者の不触処」 6−3.「問答」,「解答されていない道理」,「解答されている道理」,「前辺を伴う見依」, 「後辺を伴う見依」 『相経(Lakkhan.a-sutta)』 7−1.「三十二大人相」,「善く安定した足の相」,「足裏の輪の相」,「足跟広長性等の三 相」,「七処平満性の相」,「手足の柔らかさ・網性の相」,「高い足踝・上向きの身毛性の 相」,「エーニ鹿のような脛の相」,「細滑かな皮膚の相」,「黄金色の相」,「陰馬蔵の相」 7−2.「円周―曲げずに膝に触れることの相」,「獅子のような上半身等の相」,「最上の 味感性の相」,「紺碧の眼―雌牛のような睫毛の相」,「頭上の肉髻の相」,「一々の毛性― 白毫の相」,「四十〔の歯〕−隙間のない歯の相」,「広長舌―梵音の相」,「獅子のような 頬の相」,「歯の斉平―極めて白い歯牙の相」 『シンガーラ経(Sin.ga-la-sutta)(6)』,『長阿含』「善生経」 8−1.「六方」,「四の業垢」,「四の根拠」,「六の苦界門」,「スラー酒・メーラヤ酒の六 の危難」 8−2.「非時に道路を行くことの六の危難」,「見世物に入り浸ることの六の危難」,「賭 博という放逸の六の危難」,「悪友性の六の危難」,「怠惰の六の危難」,「偽友」 8−3.「親切な友」,「六方の保護の部分」

『アーターナーティヤ経(A-t.a- na-t.iya-sutta)』 9−1.「第一誦分」

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『結集経(San.g ti-sutta)』,『長阿含』「衆集経」 10−1.「ウッバタカの新しい集会堂」,「ニガンタの破壊に関する語」,「一法」,「二法」, 「三法」,「四法」 10−2.「五法」,「六法」,「七法」 10−3.「八法」,「九法」,「十法」 『十増経(Dasuttara-sutta)』,『長阿含』「十上経」 11−1.「一法」,「二法」,「三法」,「四法」 11−2.「五法」,「六法」,「七法」 11−3.「八法」,「九法」,「十法」 2.『長阿含』の註釈書的要素(7) 事例1.(1−1)(B) スナッカッタは裸行者コーラッカッティヤのことを「この沙門は端正である」 と評価していたが、釈尊はその誤りを指摘し、以下のように予言する。 彼は七日目に満腹によって死ぬでしょう。死んでカーラカンチカと言う阿 修羅の最下の阿修羅身となり、そこに生まれるでしょう。死んだ彼をビー ラナ薮のある墓地に(b ran.atthambake (8) susa-ne)捨てるでしょう。(DN: Ⅲ.5[7]) これに対応するT版では、 此人却後七日、当腹脹命終、生起屍餓鬼中、常苦飢餓。其命終後、以葦索 繋、 於塚間。(T1.67b) 此の人は却後七日にして、当に腹脹れ命終して、屍を起こす餓鬼の中に生 じ、常に飢餓に苦しむべし。其れ命終して後に、葦索を以って繋ぎ、塚間 に く。(9) と説かれる。ここでは「b ran.atthambaka」を、パーリでは「susa-na」に掛か る同格(於格)のものと見ているのに対し、『阿 夷経』では作格によって翻 訳し、「死体を繋いで墓地に引いていく役割のもの」としている。ここでは、 誰が引いていったのかは明らかにされていない。これについて、『パーティカ 経註』では、 伝え聞く所では、外道達は「コーラッカッティヤが死んだ」と聞いて先ず、 日にちを数えたが、この真実が生じた。今や彼を他処に捨てて「妄語によ

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って沙門ゴータマを叱責しよう」と進んで、彼の身体を蔓草で縛って引き つつ(valliya- bandhitva-a-kad.d.hanta- )、「ここに捨てよう。ここに捨てよう」

と進んだ。それぞれの行く場所が空地であった。彼等は引きつつ、ビーラ ナ薮のある墓地に進んで墓地であることを知って「他処に捨てよう」と引 いたが、そこで彼等の蔓草が切れて、後ろに動かすことが出来なかった。 彼等はそこから出発した。それ故に「ビーラナ薮のある墓地に捨てられた」 と説かれる。(DA:Ⅲ.6[821-822]) と説かれる。外道達が死体を蔓草で繋いで引いていき、墓地に捨てたことが明 らかにされ、『阿 夷経』と註の内容は一致する点が多い。しかもこの部分は 他の場所では見られない、この経の伝承特有のものであり、(B)に該当する。 事例2.(1−1)(A) 裸行者パーティカプッタについて、釈尊はスナッカッタに以下のように予言 する。 もし彼(裸行者パーティカプッタ)に、「私はその言葉を捨てず、その心 を捨てず、その見を捨離しないで沙門ゴータマと対面の状態に行くことが 出来る」と、このような思いがあるならば、彼の頭は落ちるであろう (vipateyya)、と。(DN:Ⅲ.10[13]) これに対応するT版では、 若彼作是念、「我不捨此語、不捨此見、不捨此慢而至沙門瞿曇所者」、彼頭 即当破為七分。(T1.68a) 若し彼れ是の念、「我れ此の語を捨てず、此の見を捨てず、此の慢を捨て ずして沙門瞿曇の所に至る」を作さば、彼の頭即ち当に破れて七分と為る べし。 (10) と説かれる。これについて、『パーティカ経註』では、「【落ちるであろう (vipateyya)】とは、結節から離れたターラの熟果のように首から落ちるであ ろう、あるいは七種に裂けてしまうであろう(sattadha- va- pana phaleyya)と いうことである(DA:Ⅲ.9[824)」と説かれる。ここから頭の破壊について、 七種に破壊することを説いている点で『阿 夷経』と註の内容は一致している。 しかし、これは『長部』「アンバッタ経(Ambat.t.ha-sutta)」において「如来の 三度の質問に答えないならば、アンバッタ青年の頭は七種に裂けてしまうであ ろうと、世尊は予言する(要約 DN:Ⅰ.89[95],T1.83a)」と説かれるか

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ら、この形式に『阿 夷経』は従っているとも見られるので、この場合は(A) に該当する。

事例3.(1−1)(A)

スナッカッタは、裸行者パーティカプッタが「釈尊より神通変化(iddhipa-t.iha-riya は勝れている」と豪語していることを釈尊に告げ、釈尊は「裸行者パーティカ プッタはそのような見解を持つ限り、私と会うことは出来ない」とスナッカッ タに告げる。そこでスナッカッタは「尊師よ、裸行者パーティカプッタが異様 な色によって(viru-paru-pena)世尊の面前に来ることが出来れば、それは世尊 の虚妄となります(DN:Ⅲ.10[14])」と釈尊に告げる。これに対応するT版 では、

彼波梨子、有大威神、有大徳力。脱当来者、将無現世尊虚耶。(T1.68a)

彼の波梨子に大威神有り、大徳力有り。脱当し来たらば、将た世尊の虚を 現ずること無からんや。(11)

と説かれる。この「viru-paru-pena」について、『パーティカ経註』では、「【異 様 な 色 に よ っ て ( v i ru-paru-pena)】 と は 、 色 が 消 失 し て 自 性 が 消 失 し た (vigacchitasabha-vena(12)))色によって、自らの色を捨てて見られない身体によっ てということである(DA:Ⅲ.9[825])」と説かれる。この「自性を消失した ものによって(vigacchitasabha-vena)」を註釈する形で、『パーティカ経復註』 では「それ故に【「自性が消失したものによって(vigacchitasabha-vena)」】と 言い、神通の威力によって(iddha-nubha-vena)、自分の状態が除かれたものに よってということである(DAt.:Ⅲ.8[10])」と説かれる。ここで始めて、 「viru-paru-pena」が「神通の威力」によるものであることが明らかにされ、 『阿 夷経』と復註の内容が一致するものとなった。しかし経の文脈の前後か

ら、釈尊と裸行者パーティカプッタが「神通変化(iddhipa-t.iha-riya)」の優劣を 競っていることに『阿 夷経』の「大威神力・大徳力」の言葉は従っていると も見られるので、この場合は(A)に該当する。 事例4.(2−1)(A) ニグローダ遊行者が釈尊に「初梵行である世尊の法は何か」と尋ねたが、そ れに対して釈尊は、 さあニグローダよ、あなたは私に自分の師の古伝である増上厭離について

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質 問 を 尋 ね な さ い 。「 尊 師 よ 、 苦 行 厭 離 は ど の よ う に 完 全 な も の (paripun.n.a)になるのですか。どのように不完全なもの(aparipun.n.a)に なるのですか」と。(DN:Ⅲ.33[40]) と、尋ねるべき質問の誤りを指摘する。これに対応するT版では、 又告梵志、「正使汝師及汝弟子所行道法、有浄不浄、我尽能説」。(T 1.47c) 又た梵志に告ぐらく、「正使い汝の師及び汝の弟子の行ずる所の道法に浄 不浄有るも、我れ尽く能く説く」。 (13) と説かれる。この「paripun.n.a」、「aparipun.n.a」について、『ウドゥンバリカ経 註』では、 【完全なもの(paripun.n.a- )】とは、清浄なもの(parisuddha)ということ である。【どのように不完全なものになるのか(katham. aparipun. n. a- )】と は、どのように不清浄なもの(aparisuddha)になるのかと、このように 尋ねるということである。(DA:Ⅲ.19[835-836]) と説かれる。『散陀那経』の「浄不浄」という言葉は、むしろ『ウドゥンバ リカ経註』の解釈と一致する点に注目したい。しかし『長部』「沙門果経 (Sa-maññaphala-sutta)」では「完全無欠な清浄なる梵行を(kevalaparipun.n.am.

parisuddham. brahmacariyam. )(DN:Ⅰ.59[62])」、対応部分に該当する『阿摩 晝経』では「清浄行(T1. 8 3 c )」と説かれ、明らかに「p a r i pun.n.a」と 「parisuddha」は同義語と見られ、この場合は(A)に該当する。 事例5.(2−3)(A) 釈尊の説法の後、ニグローダ遊行者と彼に従う遊行者達について、 このように言われると、彼等遊行者は、例えばそれは悪魔による纏心のよ うに、沈黙し、赤面し、肩を落とし、顔を下げ、消沈しつつ応弁が出来な いで坐っていた。そこで世尊にこの思いが生じた。「この愚人達すべては 波旬に触れられている。実に『さあ、私達は知るためにも沙門ゴータマの 元で梵行を行おう。七日間が何になろうか』と、このように思う者は一人 もいないであろう」と。(DN:Ⅲ.47[57]) と説かれる。これに対応するT版では、 時魔波旬作此念言、「此五百梵志弟子、端心正意、従仏聴法。我今寧可往 壊其意」。爾時悪魔即以己力壊乱其意。(T1.49b)

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時に、魔波旬は此の念を作して言わく、「此の五百の梵志の弟子は心を端 し意を正し、仏より法を聴く。我れ今、寧ろ往いて其の意を壊る可し」。 爾の時、悪魔は即ち己れが力を以って其の意を壊乱す。(14) と説かれる。『散陀那経』では悪魔波旬の語った言葉というものは挿入されて いない。これについて、『ウドゥンバリカ経註』では、 伝え聞く所では、悪魔は師が完全として語っており、仏力を説明してこの 遊行者達に法を教示している。何時か法現観が生じるであろう。さあ、私 は纏わり付こうと〔言い〕、彼は彼等の心に纏わり付いた。なぜなら が捨断されていない者達の心は悪魔の望み通りに行われるべきものとなる からである。彼等も悪魔によって纏心となり、堅い肢節のように沈黙して 応弁が出来ないで坐っていた。(DA:Ⅲ.27[843]) と説かれる。内容に違いはあるものの、悪魔波旬の語った言葉を挿入している 点で、『散陀那経』と註が一致している。しかし、この「悪魔による纏心 (ma-rena pariyut.t.hita- )」という言葉に注目すると、『長部』「大般涅槃経(Maha-

-parinibba-na-sutta)」等では、「釈尊に般涅槃をほのめかす時のアーナンダの状 態を示すものとして説かれ、その後に悪魔波旬が釈尊に般涅槃を懇願する(要 約 DN:Ⅱ.86―89[102―106],T1.15b-15c等)」と説かれ、悪魔波旬の語 った言葉が挿入されている。この悪魔波旬の語った言葉を挿入する形式に『散 陀那経』は従っているとも見られるため、この場合は(A)に該当する。 事例6.(3−1)(B) ダラネーミ転輪王は子に対する教誡で、 あなたが聖なる転輪王の務めを転じて、その日十五日布薩に頭を洗浄し (s sam. nha-tassa

(15) )、斎戒があり高貴なる高楼に行くならば、千の輻のある、 外輪・轂のあるすべての相を満たした天輪宝が現れるというこの道理は存 在します。(DN:Ⅲ.50[60]) と説く。これに対応するT版は、 行正法已、於十五日月満時、沐浴香湯、 女圍遶、昇正法殿上、金輪神 宝自然当現、輪有千輻光色具足。天匠所造、非世所有。(T1.39c) 正法を行じ已って十五日の月の満つる時に於いて香湯に沐浴し、 女の 圍遶して正法殿上に昇らば、金輪の神宝は自然に当に現ずべし、輪には千 輻有りて光色具足す。天の匠の造る所にして世の所有に非ず。 (16)

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と説かれる。この内、「香湯」という言葉に注目したい。この部分について、 『転輪王経註』、『転輪王経復註』に註釈はないが、『長部』「マハースダッサナ 経註」に対応註釈があるので、そちらを参照する。『マハースダッサナ経註』 では、 伝え聞く所では、その時、早朝に王は十万〔金〕を分与して大いなる布施 を施して、十六種の香水瓶(gandhodakaghat.a)によって頭を洗浄し朝食 をして、清浄な上衣を一肩にして高殿上の吉祥の臥床において結珈趺坐し て坐り、自らの布施等から成る福徳の全体に傾心しつつ坐る。これが転輪 王すべての法性ということである。(DA:Ⅱ.209[617]) と説かれる。この「香湯」と「香水瓶」という言葉において、『転輪聖王修行 経』と註とは一致するように思われる。しかも「香水瓶(gandhodakaghat.a)」 という言葉のパーリ三蔵における用例は皆無であり、この部分は他の場所では 見られない、この経の伝承特有のものであり、(B)に該当する。 事例7.(3−1)(A) 同じくダラネーミ転輪王は子に対する教誡で、 親愛なる者よ、あなたの領土において沙門・バラモン達が驕慢、放逸を離 れ忍辱、柔和を確立し自らを一に調御し、自らを一に集合し、自らを一に 寂滅させる所の彼等に時々近付いて質問して理解しなさい。(DN:Ⅲ.50 [61]) と説く。これに対応するT版では、 又告子曰、「又汝土境所有沙門婆羅門履行清真、功徳具足、精進不懈、去 慢、忍辱仁愛、閑独自修、独自止息、独到涅槃、自除貪欲、化彼除貪、 自除瞋恚、化彼除瞋、自除愚癡、化彼除癡、於染不染、於悪不悪、於愚不 愚、可著不著、可住不住、可居不居、身行質直、口言質直、意念質直、身 行清浄、口言清浄、意念清浄、正念清浄、仁慧無厭、衣食知足、持鉢乞食、 以福衆生有如是人者、汝当数詣、隨時諮問」。(T1.39c) 又た子に告げて曰わく。「又た汝の土境にある所有の沙門・婆羅門にして 清真を履み行ない、功徳を具足し、精進して懈らず、 慢を去離し、忍 辱にして仁愛あり、閑に独り自ら修し、独り自ら止息し、独り涅槃に到り、 自ら貪欲を除き、彼れを化して貪を除き、自ら瞋恚を除き、彼れを化して 瞋を除き、自ら愚癡を除き、彼れを化して癡を除き、染に於いて染まず、

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悪に於いて悪ならず、愚に於いて愚ならず、著す可きに著さず、住す可き に住さず、居す可きに居さず、身行に質直、口言に質直、意念に質直にし て、身行に清浄、口言に清浄、意念に清浄、正念に清浄にして、仁慧に厭 む無く、衣食に足るを知り、鉢を持して乞食し、以って衆生を福する是の 如きの人有らば、汝は当に数しば詣り、時に隨い諮問すべし」(17)。 と説かれる。『転輪聖王修行経』では近付いて質問すべき沙門・バラモンの条 件が非常に詳細であり、パーリよりも増広されていると言えそうである。この 増広の内、「貪・瞋・痴」という言葉に注目したい。『転輪王経註』では「【自 らを一に(ekamatta-nam. )】とは、自らの貪(ra-ga)等の調御等によって自ら を一に調御する、集合する、寂滅させると言われる(DA:Ⅲ.34-35[851])」 と説かれ、更に『転輪王経復註』では「【貪等の(ra-ga-d nam. )】とは、貪 (ra-ga)・瞋(dosa)・痴(moha)・慢等のということである(DAt.:Ⅲ.28[36])」

と説かれる。註において「貪等」と言われる場合、「貪・瞋・痴」を意味する ことは明瞭であると思われるので、ここでは註の用例と見なす。「貪・瞋・痴」 の処理について『転輪聖王修行経』と註は一致しているが、しかし「貪・瞋・ 痴」を無くすべきことは仏教における命題として明白である(AN:Ⅱ.52-53 [51],T1.9b等)と思われるので、この場合は(A)に該当する。 事例8.(3−1)(B) 転輪王の輪宝が東方に転じた時、 比丘達よ、東方の敵王である所の彼等は転輪王に近付いてこのように言い ました。「大王よ、ようこそ。大王よ、あなたは善く来られました。大王 よ、自分はあなたのものです。大王よ、訓戒して下さい」と。(DN: Ⅲ.51[62]) と説かれる。これに対応するT版では、 爾時東方諸小国王見大王至、以金鉢盛銀粟、銀鉢盛金粟、来趣王所、拝首 白言。「善来大王、今此東方土地豊楽人民熾盛。志性仁和慈孝忠順。唯願 聖王、於此治正。我等当給使左右承受所当」。(T1.40a) 爾の時、東方の諸もろの小国の王は大王の至るを見て、金鉢を以って銀粟 を盛り、銀鉢には金粟を盛り、来りて王の所に趣き、拝首して白して言わ く。「善く来たれり、大王よ。今、此の東方の土地は豊楽にして人民は熾 盛なり。志性は仁和にして慈孝・忠順なり。唯だ願わくは聖王よ、此こに

(12)

於いて治正せられんことを。我れ等は当に左右に給使し所当を承受すべ し」。 (18) と説かれる。『転輪聖王修行経』では、転輪王と東方の王達の具体的なやり取 りを説いているのが特徴的である。これについて『マハースダッサナ経註』で は、 それ故に、彼の王達すべてはそれぞれ自らの王国の吉祥、富に相応しい贈 物を持って彼の王に近付いて頭を下げて、自らの灌頂のための宝石の光明 のある王冠によって彼に対して足の供養を行いつつ、「大王よ、ようこそ」 云々という言葉によって、彼に対して、何を行う場合でも聞くことを起こ した。(DA:Ⅱ.214[622]) と説かれる。ここで『転輪聖王修行経』と註は「転輪王に財産を持っていくこ と」と「転輪王に頭を下げること」という二点で一致している。しかもこの部 分は他の場所では見られない、この経の伝承特有のものであり、(B)に該当 する。 事例9.(3−2)(B) 寿命が十歳にまで落ち込む時、 比丘達よ、十歳の寿命の人々の内、七日間、刀の中劫が起きる筈です。彼 等は相互に野獣想を獲得します。彼等の両手に鋭利なる刀が出現するでし ょう。彼等は鋭利なる刀によって「これは野獣である。これは野獣である」 と、相互に生命を奪います。(DN:Ⅲ.60-61[73]) と説かれる。これに対応するT版では、 爾時当有刀兵劫起、手執草木、皆成戈鉾、於七日中展轉相害。(T1.41a) 爾の時、刀兵の劫の起こること有るに当たっては、手に草木を執り、皆な 戈鉾と成し、七日の中に於いて展転して相い害す。(19) と説かれる。ここから「草木」という言葉に注目したい。これについて、『転 輪王経註』では「【両手に鋭利なる刀が出現するであろう(tin.ha-ni sattha-ni hatthesu pa-tubhavissanti)】とは、彼等の手におよそ触れただけのもの、乃至、

草・葉を取って武器になるであろう (tin.apan.n.am. upa-da-ya a-vudhameva

bhavissati)ということである(DA:Ⅲ.38[854])」と説かれる。表現に違い

はあるものの、内容としては酷似する。しかもこの部分は他の場所では見られ

(13)

事例10.(3−3)(A) メッティヤ仏が出現する時、「比丘達よ、そこでサンカと言う王は、マハー パナーダ王によって宮殿が作られたが、その宮殿を称揚して住んだ後に、それ を施し与えて・・・(DN:Ⅲ.63-64[76])」と説かれる。これに対応するT版 では、 爾時聖王建大宝幢。圍十六尋、上高千尋。千種雑色厳飾其幢。幢有百觚。 觚有百枝。宝縷織成衆宝間厠。(T1.42a) 爾の時、聖王は大宝幢を建つ。囲は十六尋、上高は千尋なり。千種の雑色 にて其の幢を厳飾す。幢には百觚有り。觚に百枝有り。宝縷は織成にして 衆宝は間廁たり。 (20) と説かれる。『転輪聖王修行経』では宮殿について詳細に説かれている。これ について、『転輪王経註』では「彼の王はパナーダと言う。宮殿は黄金である。 四方は高さ十六、上は千様と言う。千の管、百の玉のある、黄金から成る旗で 飾られる。そこで六千人のガンダッバが七回も踊った(DA:Ⅲ.40[856])」 と説かれる。表現に違いはあるものの、内容としては酷似する。しかし、この 註の部分は『ジャータカ』からの引用部分であり(J:Ⅰ.76[Ⅱ.334])、この 場合は(A)に該当する。 事例11.(5−1)(B) 入胎(gabbha-vakkanti)の教説において、 (1)尊師よ、ここである者は知らないまま(asampaja-no)母胎に入胎し ます。知らないまま母胎に住みます。知らないまま母胎より出ます。これ が第一の入胎です。(2)更にまた尊師よ、ここである者は知りつつ (sampaja-no)母胎に入胎します。知らないまま母胎に住みます。知らない まま母胎より出ます。これが第二の入胎です。(3)更にまた尊師よ、こ こである者は知りつつ母胎に入胎します。知りつつ母胎に住みます。知ら ないまま母胎より出ます。これが第三の入胎です。(4)更にまた尊師よ、 ここである者は知りつつ母胎に入胎します。知りつつ母胎に住みます。知 りつつ母胎より出ます。これが第四の入胎です。(DN:Ⅲ.85[103]) と説かれる。これに対応するT版では、 一謂乱入胎、乱住、乱出。二者不乱入、乱住、乱出。三者不乱入、不乱住

(14)

而乱出。四者不乱入、不乱住、不乱出。(T1.77a) 一には乱れて胎に入り、乱れて住し、乱れて出づ。二には乱れて入らず、 乱れて住し、乱れて出づ。三には乱れて入らず、乱れて住せざれども、乱 れて出づ。四には乱れて入らず、乱れて住せず、乱れて出でず。 (21) と説かれる。ここから「乱れる」という言葉に注目したい。これについて、 『歓喜経註』では、

【知らないまま(asampaja-no)】とは、知らないまま迷乱する者(sammu-l.ha) になってということである。・・・【出る(nikkhamati)】とは、出る場 合も知らないまま迷乱する者になって出るということである。(DA: Ⅲ.69[885]) と説かれる。『自歓喜経』と註の内容は一致すると見られ、しかもこの部分は 他の場所では見られない、この経の伝承特有のものであり、(B)に該当する。 事例12.(5−1)(B) 見定(dassanasama-patti)について、B版では四説が説かれる。その内の第 三説と第四説は、 人の識の流れを、両方から切断されないで、この世においても確立してい る、他世においても確立していると知ります。これが第三の見定です。 人の識の流れを、両方から切断されないで、この世においても確立してい ない、他世においても確立していないと知ります。これが第四の見定です。 (DN:Ⅲ.87[105]) と説かれる。これに対応するT版では、見定について五説が説かれ、T版の第 一説、第二説と、B版の第一説、第二説とは対応する。そこで、T版の第三説、 第四説、第五説は以下のように説かれる。 唯観心識、在何処住、為在今世、為在後世、今世不断、後世不断、今世不 解脱、後世不解脱。是為三見定・・・復重観識、識在後世、不在今世、今 世断、後世不断、今世解脱、後世不解脱。是為四見定・・・復重観識、不 在今世、不在後世、二倶断、二倶解脱。是為五見定。(T1.77b-c) 唯だ心識を観ずるのみにして、何処に在りて住するや、今世に在りと為す や、後世に在りと為すや、今世断ぜず、後世断ぜず、今世解脱せず、後世 解脱せず。是れを三見定と為す・・・復た重ねて識を観じ、識は後世に在 り、今世に在らず、今世断じ、後世断ぜず、今世解脱し、後世解脱せず。

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是れを四見定と為す・・・復た重ねて識を観じ、今世に在らず、後世に在 らず、二倶に断じ、二倶に解脱す。是れを五見定と為す。(22) ここではB版の第三説とT版の第三説、B版の第四説とT版の第五説が対応 し、T版の第四説が『自歓喜経』の特徴的な部分になっている。これを図に示 すと、以下のようになる。 ※○は確立している状態、×は確立しない状態を示す。 この『自歓喜経』第四説について、『歓喜経復註』では、 次にある者達(keci)は「行作識は後に異熟を与えることが出来ず、此世 において確立していると言われる。しかし与えることが出来るので、他世 において確立していると言われる」と説くが、「両方から切断されない」 と説かれるから、それは彼等の意見だけ(tesam. matimattam. )である。彼 等によって「他世において確立している」と説かれる所のそれは、此世に おいても確立しているということである。なぜならそれには此世における 確立の状態を除いて、他世における確立の状態は生起することがないから である。(DAt. :Ⅲ.70―71[89―90]) と説かれる。この復註の議論は、(1)「此世」において行作識が確立する場合、 「他世」においても行作識が確立する、(2)「此世」において行作識が確立し ない場合、「他世」においても行作識は確立しないという二点のみが認められ、 それ以外を否定するものである。ここで「ある者達(keci)」と「彼等の意見 だけ(tesam. matimattam. )」というものは、『長阿含』の所持部派である「法蔵 部」を意識しているかどうかは不明であるが、T版の第四説の内容を暗に示し、 それを復註では否定しているので、批判対象が「法蔵部」であることも十分に 考えられる。また、この部分はパーリ上座部への逆輸入の結果、このように復 註では否定したとも考えられる。これについては後述する。そしてこの部分は 他の場所では見られない、この経の伝承特有のものであり、(B)に該当する。 此世 × × 他世 × 『歓喜経』(パーリ)第三説・『自歓喜経』(長阿含)第三説 『自歓喜経』(長阿含)第四説 『歓喜経』(パーリ)第四説・『自歓喜経』(長阿含)第五説

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事例13.(8−1)(A) 居士の子シンガーラカについて「ちょうどその時、居士の子シンガーラカは 早朝に起きてラージャガハより出て、衣服を濡らし(allavattho)、髪を濡らし (allakeso)、合掌して東方、南方、西方、北方、下方、上方の諸方を礼拝して いた(DN:Ⅲ.146[180])」と説かれる。これに対応するT版では、 清旦出城、詣園遊観。初沐浴訖、挙身皆湿、向諸方礼、東西南北上下諸方、 皆悉周遍。(T1.70a) 清旦、城を出でて、園に詣りて遊観す。初に沐浴し訖りて、挙身皆な湿し、 諸方に向かいて礼し、東西南北上下の諸方、皆な悉く周遍す。(23) と説かれる。身体の濡れた理由を「沐浴」としている点が、『善生経』の特徴 的な部分である。この「衣服を濡らす(allavattho)、髪を濡らす(allakeso)」 に対応する註釈は、『シンガーラ経註』『シンガーラ経復註』には存在しないが、 『ウダーナ註』によって補うと、「・・・水に入って、頭を沐浴して(s sam. nha-ta- )、 衣服を圧迫して乾かすことなく・・・それ故に【「髪を濡らす(allakesa- )」】 云々と説かれる(UdA.105[119-120])」と説かれる。ここから「沐浴」に よって身体の濡れたことを示している点で、『善生経』と註は一致している。 しかし、身体の濡れた理由についての可能性として当然、「沐浴」は考えられ るため、この場合は(A)に該当する。 事例14.(8−3)(A) 沙門・バラモンの方角について「上方は沙門・バラモンと知られるべきです (DN:Ⅲ.154[189])」と説かれる。これに対応するT版では、 沙門婆羅門諸高行者為上方。(T1.71c) 沙門・婆羅門の諸もろの高行の者を上方と為す。 (24) と説かれる。ここから「高行の者」という言葉に注目したい。これについて、 『シンガーラ経註』では「【沙門・バラモン(saman.abra-hman. a- )】は諸徳により 上に置かれた状態によって【上方(uparima- disa- )】と知られるべきである (DA:Ⅲ.135[952])」と説かれる。T版が「高行の者」を「徳」についてで あると解釈したかどうかは不明であるが、「上方」の内容を説明する点では一 致する。しかし経の文脈の前後から、沙門・バラモンの勝れていることが明ら かにされるので、この場合は(A)に該当する。

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以上、『長部』「戒蘊篇」に対応する『長阿含』10経の内、5経から計7ヶ所 の註釈書的要素の用例が見られるのに対し、今回調査した『長部』「パーティ カ篇」に対応する『長阿含』9経の内、5経から計14ヶ所の註釈書的要素が見 られることになった。「戒蘊篇」より「パーティカ篇」に対応する『長阿含』 の方に註釈書的要素の多く存在することが特徴的であり、しかも確実な註釈書 的要素を示す(B)の事例の多いことも注目すべきであろう。以下、調査の結 果を図に示す。 *( )の数字は(A)、個々の経の伝承にのみ限るならば註釈書的要素の 事例が見られる場合であり、( )のない数字は(B)、北伝阿含・ニカー ヤ全体から見ても註釈書的要素の事例が見られる場合である。 3.問題提起 『長部』「戒蘊篇」「パーティカ篇」に対応する『長阿含』の内には(1)経 と若干の註・復註の混合した形と、(2)経のみの形の二種類の存在が明らか となった。これについて、以下に図にして示す。 アッタカター 1(1) (2) 3(2) (2) ティーカー (1) 『長阿含』 「阿 夷経」 「散陀那経」 「転輪聖王修行経」 「小縁経」 「自歓喜経」 「清浄経」 「善生経」 「衆集経」 「十上経」 (1) (2) A B A ※A=経 B=註・復註(若干)

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この内、(1)を明らかにしたものが本論文の事例研究であり、非常に特徴 的な形になっている。ここから何故、『長阿含』に註・復註の要素が入り込ん だのかという疑問が生じてくる。第一にベースとなった経典には既に「註・復 註」の要素が入り込んでいた、あるいは共通の註釈書的要素を有していたとい う可能性が考えられる。この場合、註釈書的要素が古いという前提に立つもの である。第二に翻訳者(仏陀耶舎・竺仏念 (25) )が理解を助けるため意図的に、 あるいは何らかの理由で「註・復註」の要素を取り入れた結果、註釈書的要素 として対応することになったという可能性が考えられる。翻訳年代(『長阿 含』=412-413年、『長部註』=5c、『長部復註』=5-6c)からも、可能性とし ては考えられる。第三に『長阿含』の独自の説をパーリ上座部が逆輸入した結 果、註釈書的要素として対応する関係になったという可能性が考えられる。こ れについて例えば、森[1993]pp.321-336によれば、アッタカターには既に唯 識説の存在することが指摘されている。註においても北伝仏教からの逆輸入、 あるいは共通の註釈書的要素が見られるので、復註については言うまでもない であろう。今後、註・復註と北伝阿含の註釈書的要素が対応する場合、逆輸入 の可能性も考えるべきであろう。第四に『長阿含』が独自に解釈した結果、 註・復註の要素と対応することになったという可能性が考えられる。しかしこ の場合、上図の(B)に見られるような確実に一致する註釈書的要素の事例が 多く見られ、偶然の一致としては多過ぎるために考え難い観もあるが、同じ仏 教である以上、解釈の一致も然るべきとも考えられる。以上、他にもパターン は考えられるかも知れないが、現段階で考えられるこの4パターンの内、どれ が正鵠を得ているのかというのは不明である。これについては『長部』に対応 する経典は『長阿含』以外にも『中阿含』、梵文テキスト、チベット訳等が存 在するので、これらをすべて比較調査し、北伝阿含全体の註釈書的要素を調査 すること、また註・復註の全容が明らかになることにより、4パターンの内の どれが正鵠を得ているかが明らかになるかも知れない。これについては今後の 課題としたい。 次にパーリ上座部と、他の阿含の所持部派との関係性について言及したい。 永田[2001]pp.91-95によれば、『長阿含』=「法蔵部」、『中阿含』=「非正 統の有部、あるいは説一切有部」、『雑阿含』=「説一切有部」、『雑一阿含』= 「大衆部、あるいは法蔵部」と述べられている。この研究を四阿含全体に適用

(19)

し調査するならば、註釈書的要素の対応数によってパーリ上座部に近い部派で あるのかどうかが明らかになり、パーリ上座部と他の阿含の所持部派との関係 性の解明について寄与出来るものと思われる。一例を挙げれば、『長部』「戒蘊 篇」「パーティカ篇」と対応する『中阿含』(永田[2001]p.93によると、翻訳 者は僧伽提婆、訳出年代は397-398年とされている)には『ウドゥンバリカ 経』=『中阿含』「優曇婆邏経」、『転輪王経』=『中阿含』「転輪王経」、『世起経』= 『中阿含』「婆羅婆堂経」、『シンガーラ経』=『中阿含』「善生経」という四経があ る。この『中阿含』についての註釈書的要素を以下に図にして示す (26) *( )の数字は(A)、個々の経の伝承にのみ限るならば註釈書的要素の 事例が見られる場合であり、( )のない数字は(B)、北伝阿含・ニカー ヤ全体から見ても註釈書的要素の事例が見られる場合である。 *『婆羅婆堂経』におけるティーカーとの対応部分(括弧なしの1)はア ッタカターに見られるので、本来はそちらに挿入されるべきである。 この四経の事例を以って『中阿含』全体を語ることは当然不可能であるが、 あえて発言が許されるならば、以下のような推論が成り立つのかも知れない。 上図より、「法蔵部」の方が「パーリ上座部」との註釈書的要素の対応数の多 いことが知られるので、「説一切有部」よりも「法蔵部」の方が「パーリ上座 部」に近い関係にあると言えるのかも知れない。最も今回の研究では、「パー リ上座部」と「法蔵部」「説一切有部」についての不完全な関係性しか言えず、 他の阿含の所持部派との比較対照も十分に出来ない状態なので、これについて も今後の課題としたい。 4.結論 この『長阿含』の註釈書的要素、及び北伝阿含の註釈書的要素の研究によっ て経と註・復註の相互関係、部派仏教との関係等、多くの問題の解決に寄与出 アッタカター (1) ティーカー 1(1) 『中阿含』 「優曇婆邏経」 「転輪王経」 「婆羅婆堂経」 「善生経」

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来るものと思われる。特に経と註・復註の相互関係については様々なパターン が現段階で考えられ、また今後、新たなパターンが発見されるかも知れないの で、今後の課題とすべき点が多い。この研究は殆ど未開拓の分野であるので、 今後の課題とすべき点が多いということが結論の言葉である。目下の所は『長 部』「大篇」の註釈書的要素の解明(「『長部』「大篇」の研究(1)――『長阿 含』の註釈書的要素」を予定)、『長阿含』に関連する経典の註釈書的要素の解 明(「『長阿含経』類の註釈書的要素」を予定)、そして最終的には北伝阿含全 体を通した註釈書的要素の解明が急がれる。 また今回の調査により、事例12におけるように『長阿含』と復註は確実に対 応することが明らかになった。ここから北伝阿含の註釈書的要素を解明する際、 註・復註も研究範囲とすることの妥当性が証明されたと思われる。そして、今 回の調査の結果の意味する所は、註釈書的要素には時代的に古い可能性もある が、パーリ上座部への逆輸入という註釈書的要素の時代的に古くない可能性も あるということである。今後は両者の可能性とも視野に入れて、註釈書的要素 の解明を進めて行くべきであろう。そして、北伝阿含と註・復註の厳密な文献 比較を通すことで、註・復註の有用性も高まり、資料価値があるものとして不 可欠なものになることと思われる。 森[1984] 森祖道『パーリ仏教註釈文献の研究』(山喜房仏書林) 森[1993] 森祖道「アッタカターに見られる唯識説――「獄卒論」をめぐって」『知 の邂逅――仏教と科学 塚本啓祥教授還暦記念論文集』(佼成出版社) 大蔵[1993] 『新国訳大蔵経』阿含部1(大蔵出版) 大蔵[1994] 『新国訳大蔵経』阿含部2(大蔵出版) 永田[2001] 『仏典入門事典』(永田文昌堂) 片山[2003A] 片山一良『長部(ディーガニカーヤ)』戒蘊篇○Ⅰ(大蔵出版) 片山[2003B] 片山一良『長部(ディーガニカーヤ)』戒蘊篇○Ⅱ(大蔵出版) 馬場[2003] 馬場紀寿「北伝阿含の註釈書的要素――縁起関連経典」『仏教研究』31 越後屋[2006] 越後屋正行「『長部』「戒蘊篇」の研究(1)――『長阿含』の註釈書 的要素」」『曹洞宗研究員研究紀要』第三十六号 ¸ この研究史についての詳細も、馬場[2003]によって行われている。概略すれば、 以前より漢訳経典の内にアッタカターと対応する文献の存在は指摘されていたが、四 阿含に関する註釈書的要素の解明はまったく行われていなかったということである。 ¹ ロンドン・PTS版をR版、ビルマ第六結集版をB版、スリランカ・ブッダジャヤ

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ンティ版をC版、タイ王室版をS版、大正蔵をT版とする。 º R版、S版は『Pa-tika-suttanta』とする。 » R版は『ウドゥンバリカ獅子吼経(Udumbarika-s hana-da-suttanta)』とする。 ¼ R版は『転輪王獅子吼経(Cakkavatti-s hana-da-suttanta)』とする。 ½ C版は『シガーラ経(Siga-la-sutta)』、S版は『シンガーラカ経(Sin.ga-laka-sutta)』、 R版は『シンガーラ教誡経(Sin.ga-lova-da-suttanta)』とする。 ¾ 本論文ではビルマ第六結集版を底本として、引用の表記の仕方は、ロンドン・PT S版とビルマ第六結集版の両方を示す(ロンドン・PTS版の方は[ ]でページ数 を示す。なお、ページ数が重なる場合は[ ]を省略する)。略語については、森 [1984]pp.2−6に従う。 ¿ S版は「v ran.atthambake」とする。 À この者は七日後に腹が膨れて死に、屍を起こす鬼として生まれ、常に飢えに苦しむ でしょう。死んだ後は葦綱で繋がれて、墓地に引かれるでしょう。 Á もし彼は「私はこの語を捨てることなく、この見を捨てることなく、この慢を捨て ることなく、沙門ゴータマの所に行く」というこの念を作るならば、彼の頭は破壊し て七分となるでしょう。 Â 彼の波梨子は大いなる威神力、大いなる徳による力があります。もし来たなら、世 尊の嘘が明らかになるのではありませんか。 Ã R版は「恐ろしい自性のある〔色〕によって(b bhacchita-sabha-vena)」とする。 Ä 更に梵志に告げた。「たとえあなたの師、あるいはあなたの弟子の修行の仕方に清 浄なもの、あるいは清浄でないものがあっても、私はすべて説くことが出来る」と。 Å その時、悪魔波旬はこのように思って言った。「この五百人の梵志の弟子は、心を きちんとし、意を正して、仏より法を聞いている。私は今、彼等の心を破壊するため に行きたいものである」と。その時、悪魔はすぐに自らの力で彼等の意を乱した。 Æ R版は「naha-tassa」とする。 Ç 正法を行い終わって、十五日の満月の時に香湯で沐浴して、侍女達に取り囲まれて、 正法殿に上るならば、金輪の神宝が自ずと出現するでしょう。輪には千本の輻があり、 輝きと色があり、天の大工が造ったものであり、この世にあるものではありません。 È 更に子に言った。「更にあなたの領土にいる沙門・バラモンで清浄にして真実なこ とを行い、功徳を備え、精進して怠ることなく、 慢を離れ、忍辱と慈愛があり、一 人静かに修行し、独りで止息し、一人で涅槃に到り、自ら貪欲を除き、他者を教化し て貪欲を除き、自ら瞋恚を除き、他者を教化して瞋恚を除き、自ら愚癡を除き、他者 を教化して愚癡を除き、汚れに染まることなく、悪を行うことなく、愚かなことを行 なうことなく、執著を行うことなく、住居に留まることなく、身行が正しく、口行が 正しく、意行が正しく、身行が清浄、口行が清浄、意行が清浄、正念が清浄であり、 嫌がることなく慈しみ、衣食に知足になり、鉢を持って乞食し、それによって有情に 福を齎す、このような人がいるならば、あなたはしばしば訪問して、必要な時に質問 すべきです」と。 É その時、東方の小国の王達は大王のやって来たのを見て、金の鉢に銀の粟、銀の鉢 に金の粟を盛って、王の所に来て、頭を下げて言った。「善く来ました、大王よ。今、

(22)

この東方の土地は豊かであり、人々に活気があります。人心は相和し、孝行し、従順 です。どうか聖王よ、ここを統治して下さい。私達は付き従い、担当すべきことを承 ります」と。 Ê その時、武器の時代が起こり、草木を手に取って、すべてを鉾にして七日間、お互 いに傷付けあいます。 Ë その時、聖王は大きな宝の幢を建てるでしょう。周囲は十六尋あり、上は千尋の高 さがあり、千種の色でその幢を荘厳しています。幢には百本の稜角があり、稜角には 百本の枝があり、宝石の糸で織り成し、多くの宝が散りばめられている。 Ì 第一には乱れて胎に入り、乱れて住み、乱れて出ます。第二には乱れて入ることは ないが、乱れて住み、乱れて出ます。第三には乱れて入ることなく、乱れて住むこと はないが、乱れて出ます。第四には乱れて入ることなく、乱れて住むことなく、乱れ て出ることがありません。 Í ただ心識だけを観じ、何処に留まるのか、今の世にあるのか、後の世にあるのかと 〔考え〕、今の世において断絶することはなく、後の世において断絶することはなく、 今の世において解脱することはなく、後の世において解脱することはないとする。こ れが第三の見定です・・・また重ねて識を観じ、識は後の世にあるが、今の世にある ことがなく、今の世において断絶し、後の世において断絶することがなく、今の世に お い て 解 脱 す る が 、 後 の 世 に お い て 解 脱 す る こ と が な い 。 こ れ が 第 四 の 見 定 で す・・・また重ねて識を観じ、今の世にあることがなく、後の世にあることがなく、 共に断絶し、共に解脱します。これが第五の見定です。 Î 早朝に城外に出て、園林に行ってゆっくりと歩き回り、始めに沐浴し終わって、全 身を濡らしたままで諸方に向かって礼拝して、東西南北上下のそれぞれの方角に対し てすべて一周して礼拝した。 Ï 沙門・バラモン等の高尚な実践を行う者は上方です。 Ð この「仏陀耶舎・竺仏念」については、大蔵[1993]pp.45-46に詳しい。これによ れば、「仏陀耶舎」はカシミール、あるいはガンダーラのバラモンの家に生まれたと され、当時のインド、スリランカにおける仏教の知識、あるいはパーリ註訳書関連の 文献も備えていたかも知れないので、註・復註の知識、あるいはパーリ註訳書関連の 文献を有していたと考えることも可能であろう。 Ñ 詳細は省略するが、以下に簡略に示しておく。 事例1.『転輪王経』(B) 人々に施す物について『長部』「転輪王経」では具体的に説かれていないが(DN: Ⅲ.50[61])、『中阿含』「転輪王経」では、施すべき人と物が具体的に説かれている (T1.521a)。『転輪王経註』においても施すべき人と物が具体的に説かれ(DA:Ⅲ.34 [850])、内容が酷似する。そしてこの部分は他の場所では見られない、この経の伝承 特有のものであり、(B)に該当する。 事例2.『転輪王経』(B) 『長部』「転輪王経」における刀の中劫では、「草木」は説かれていないが(DN: Ⅲ.60-61[73])、『中阿含』「転輪王経」では、「草」、「樵木」が説かれる(T1.523b)。 『転輪王経註』においても、「草・葉」が説かれ(DA:Ⅲ.38[854])、表現に違いはあ

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るものの、内容としては酷似する。しかもこの部分は他の場所では見られない、この 経の伝承特有のものであり、(B)に該当する。 事例3.『婆羅婆堂経』(B) 『長部』「世起経」では、世界の確立について「地」、「水」の関係性のみが説かれ る(DN:Ⅲ.70[84-85])が、『中阿含』「婆羅婆堂経」では、「地」、「水」と「風」の 関係性が説かれる(T1.674b)。これに対応する『梵網経復註』においても、「地」、 「水」と「風」の関係性が説かれる(DAt.:Ⅰ.155[202])。しかしこれは既に『清浄 道論(Visuddhi-magga)』において説かれ(Vism:Ⅱ.43[414])、実質は註の用例とな る。そしてこの部分は他の場所では見られない、この経の伝承特有のものであり、 (B)に該当する。 事例4.『婆羅婆堂経』(A) 『長部』「世起経」では、庶民群について「各別の職業に従事する(visu-kammante payojenti)(DN:Ⅲ.78[95])」と説かれ、『中阿含』「婆羅婆堂経」では、「田業」を 行うと説かれる(T1.676b)。これについて『世起経復註』では、職業として具体的 に「農業(kasi-kamma)(DAt.:Ⅲ.48[61])」が説かれ、「田業」と「農業」は一致す るように思われる。しかし、職業として農業等が含まれるのは不思議ではなく、この 場合は(A)に該当する。 事例5.『善生経』(A) 『長部』「シンガーラカ経」では、身体の濡れた理由について「沐浴」は説かれな い(DN:Ⅲ.146[180])が、『中阿含』「善生経」では、身体の濡れた理由として「沐 浴」が説かれる(T1.638c)。これについて『ウダーナ註』においても、身体の濡れ た理由として「沐浴」が説かれ(UdA.105[119-120])、内容は一致するが、身体の 濡れた理由についての可能性として当然、「沐浴」は考えられるため、この場合は (A)に該当する。

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