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パーリ学仏教文化学 (28) - 007奥平 龍二「東南アジアの上座仏教研究:石井米雄論の回顧と展望」

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全文

(1)

研 究ノー ト

東 南

ア の

座 仏

   

石 井米 雄 論

回顧

奥   平   龍  

Theravada

 

Buddhist

 

StUdies

 

in

 

the

 

Southeast

 

Asia

 

Made

 

by

       

the

 

Late

 

Professor

 

Yoneo

 

Ishii

0

 

daira

, 

Rynj

 

i

  Ths

 

paper

 

first

 of  all will  

introduce

 the epoch −making  methodolQgy  

fbr

 the

area stUdies estal

lished

 

by

 

the

 

late

 

Professor

 

Yoneo

 

lshii

, a man  of 

profound

Ieaming

. 

Then

 

fbcusing

 upon  

his

 studies on the 

TheravEda

 

Buddhism

 

in

Southeast

 

Asia

 

based

 on that of 

Thail

d

, 

it

 will  summarize  

his

 

individual

research  work  which  was  

finally

 orgallized  as the 

book

 entitled ozの 麗一

bu

o η082 一shakc ガ

9

α  一

1

(θ

o ηo 

Kozo

− (‘‘

The

 

Political

 sociology  of

the 

Therav

da

 

Buddhism

 with  special  reference  to the structure  of  the state

religion ”

)which  analyzed  

the

 relationship   ong  

Sangha

(member  of 

Buddhist

Order

, state and  society .

  This

 

paper

 will 

fUr

山 er review  

his

 various  works  mainly  related to 

llis

new  

interpretation

 

for

 such  a cultUral 

phenomenon

 occurred  

in

 

the

 

thirteenth

centuly  

in

 

the

 continental  

Southeast

 

Asia

 as ‘

Sinhalization

’or ‘

Pali

ization

’or

Theravada

 

Buddhici

−zation ’

where  once  was  widely  

Indian

ized

 

in

 the earlier

centUries .

  

Finally

, 

this

 

paper

 will  

briefly

 

present

 various  research  works  which

Professor

 

Ishii

 

left

 

f

r 

his

 successors

(2)

88

パ ーリ学 仏教 文 化学 は じ め に

 

本稿

で はわ が 国 が

輩 出

した

東南

ア ジア研 究の 碩学, 故石井 米 雄 教

に よっ て打ち 立て ら れ た独

の 「地域 研 究」 の 方 法 論を教 授の発 言 に依 拠 して紹 介 す る。 っ い で, そ れ を 土 台と して進め られた タ イ を

心 とす る

東南

ア ジ ア地

す る諸 分 野の 研 究の 中で , 特 に, タ イ を

心 と した 「仏 教研 究 」 に焦 点 を当て , その 集大成 と も言 うべ き 『座部 仏 教 の 政 治社会学一 国教の構 造 一 』 を構 成す る諸 論 文の 内容を, 直接 著

記述

を引用 しな が ら検 討 する。 さらに, その後 発

さ れ た東 南ア ジア 仏教 研 究に

す る諸々 の研 究成 果の 心 テーマ で あ る東 南ア ジ ア地域の 「上座 仏 教 化, す な わ ちス リラ ン カ系上

座仏

教ない しパ ー リ仏 教を受 容 し た こ とを根 拠 とす る 「シ ン ハ ない 「パ ー 考 察 。 最後に 同教

が後 進 に遺 された 上座 仏 教 研 究の 今 後の 課 題に言及 する。

方法論

 

先生 の 東 南ア ジア研 究へ の きっ か け は, 言語 と宗教へ の 興 味 と関心か らだ とい わ れ る。 大 学で 言語 学を専 攻 した

洋の 言 語を も学ぶ必要 性か ら タ イ語を学ん だの がきっ か けで, 次

に タ イへ 興 味 と関心ま り タイ 学 さ れ た。 ある新 聞紙

方 法 論

  )

上で, イ ン タビユ ーに応え た中で 先 生 は, 「タ イ を ま るご と理

したい とい う強い 希 望 が沸 き起こ っ て きて そ の た め の 「い ろんな 手 立 て

え た と述べ られ い る。

 

まず, タ イ社 会を 「 あ るが ま ま」 観 察 し理解す るこ と を念

き, その 理 解の た め にい ろい ろ と 「

」 を模 索 した。 「使え る も

で も

使

え ぼよい と。 た だ し, 「鉛 筆 , 大 木は ナ タで 」 切 るのが 理 に か なっ て い る。 まず, 対

象物

を見て, こ ち らが使 うべ き道 具を

める必

が ある と。 その 「方法

」 の 特徴 は,

 

きっ か け,

 

収集

 

構築

及 び

 

理論の活用で ある。   はっ ま らない こ とで 学

で はない が学 問を支えて くれ る。 つ ま り, 「感情 移 」 な くし て, 地 域

究は不可 能で ある とい うこ

(3)

      東 南アジアの上座 仏 教 研 究      

89

と。

 

文献収集

や フィ ー ー ク 。 その

文献    

テ キス ト ・ ク リティークが重 要で あ るこ と。

 

は個々 の 事 実 関係の 関 連性や全 体像 を

明 す るこ と。

 

は事 実の

の 「

有 性 な もの と 「本 質 的な も 」 を もっ て

りの

を行 うこ と。 その 作 業を通じて , 体 系へ 組み立 て ら れ , こ こ に理論が 誕生す る。 結局, 「方 法 論 」 とは 「理論の 手 助け とな る, 正 し い

認識

く道

具 (

ィ シ プリン

であ る と 。 加えて,地 域研 究に は学 際

な 「

研究

」 が

不可 欠

で あ るこ とも

調され た。

詳細

本誌第24 号拙

稿 :

116

118

参 照

こ うして,現 地 語を駆 使 す るタイ 地域 研 究の創 始 者 とし て, 「タ イ 」 か ら, やが て 「東 南 」 の確立へ 布 石が敷か れ た。

 

なお 生 の

的関心か らタイ 会 と

へ と向か っ た が ,

3

ヶ月

の 出

家体

験 による仏 教の

験 的

究のパ イ オ と し, タ イ

究 を

段階

的に

発展

さ せて い っ た。 す な わ ち ,

タ イ 生

出家僧体

1958

以 降〜

1970

年 代 半

にお ける仏 教 研 究 集大 成と し , 『 部 仏 教の 政 治社 会 学』 を 上梓 し, その 間,い わ ば啓 蒙書 とし ての 『戒 律の 救 い

1969

を 刊 行 した。 以 降

2000

年 にか けて多岐 にわ た る テ ー 東 南 ア ジ ア

仏教研究

成果

々 と

発表

さ れ た。

1

タイ 社 会 研 究 に不 可 欠 な 上 座 仏 教研 究

1

ま ま

仏教

」 の理

 「… … タ イ の 人 び とに とっ て, 宗教 とは,求め て得る もの で はな く, その な かに生 ま れ, その な かに生活す る とこ ろ の , い わ ば 生得の 環 境 なの で あ る」 と。 「そ れ

, タ イ

社会

研 究

上 , そ こ に

仏教

可 欠で は あ るが , そ れ を , まず, あ るが ま まに観 察す る」

[(

)2

 

18]

こ との 重要 性に言

した。

に, 在 家者 の仏

つ ま り, 民

レ ペ ル の

仏教

を とら え よ う とす るとき, い み じ く も, 「

出家者

仏教

分析

メス の 刃

を , とりか える必 要が あ る」 と指摘 した。 こ こに, 先に紹 介 した 「鉛筆 , 大 木はナ タで 」 とい う方 法論の 一 。 さ らに, 「わ た , まず, 上座 仏 教に つ い て もっ て い るす べ て の先 入

を捨て て

(4)

 90      パ ー学 仏 教 文 化 し ま お うと思 う。 わ れ わ れの 目 的 は, 民衆の 生

に おい て

仏教

が何で ある か を知るこ とで あっ て, 民

仏教

の 正 し さを テス トす る こ とで はない か らで あ る。 あるべ き

姿

教 像を あ ま りに も意 識 しすぎると,つ い つ い 正 しい 実践 と か, 誤っ た 理

とい うか, 価値 判 断がい りこんで, 現 実の 認識を ゆ が め るこ とにな りが ち だ」

[(

仏教 )

2

.  :

138

139]

と。 還元すれ ば, ゴ ー マ ・ブッ ダの言 説を 「あるべ き姿の仏 教 とす れ ぼ, タ イの 仏 教は 「 あ る が ま まの 仏 教 なの で あ る。

   

タ イ 」 の創 始者

 

タ イ

教を在 家の 立場か ら

観察

した

生 は,

1958

4

月か ら

3

, タマ ユ

改革派

, モ ンクッ ト親王

の ちの ラ ー 四 世 王

が住職 を

め, ま た , ブー ミポ ン 現 国 王 が

出家

したバ ン コ ッ クの

由緒

あるワ ッ ト ・ ボ ー ウォ ン寺 院で 出家 した

[(

法論)4

.:

105

。 その 印 象を 「

3

月の

だっ た が 出家の 経験 はその後の 人生 に とっ て も, ま た タ イ 人の 価 値 観や 生活を知る上で も, たい へ ん 役 に たっ た」

同上 :

105]

述懐

してい る。 こ の

3

ヶ 月の 出家生

実 体

験 とい うフ ィ ール ドワ ー ク を 土台 として , 教理研 究に は見られ ない

斬新

的 な手法で上座 仏 教を分析 した が , その啓 蒙 書 とし て 刊行され たの が前述 し た 『戒 律

3 [(

仏教

)2

  ]

で あ り, こ の 書は現 地 語を駆 使 し, 現地

験を土 台とした 「

域研

究」 の

幕開

けの 象徴で あっ た 。 先生 は, ソシ ュ ー 言語 学 出発 宗教 , と りわ けその 織 論 に強い 興味と

心 が あ り, その意 味で ディ シ プ リン は言 語学 と宗教 社 会 学で タ イ地 域を対

とする方法 論で あっ た と見なせ るが , 研 究 成果 とし て

し た 「

部 仏 教政 治 社 会 学

 

の構 造一』

[(

仏 教 )

2

 

コ は, 単に宗 教 社 会学の み な ら

, 言 語 学, 歴 史学, 政

治学

教学, 仏教 学, 法

制史学

, な ど

多様

な方 法 論を照 射 して

分析

さ れ た 「地域 研 究 」 の成 果で あ り, ま さに 「タ イ学」 その もの で あっ た。

(5)

東 南アジアの上 座 仏 教 研 究

91

2

座仏 教研 究

活用

 

以 下, 先生 が発 表 した論 考 の 内容を時 系 列に 略説す るが, 全て の

論考

が 『上 座

仏 教 政 治 社 会 学 』 の 集 大

かっ て

立て て

執筆

さ れてい るこ とが分か る。 まずタ イ仏 教の構 造, 次い で サ ンガ と社 会の構 造, そ して サ ン ガ と

国家構造

につ い て

じられてい る。

1

学 的 」 問題 関心へ の 批判

 

わ が お け仏 教 学 者 , 南 方 上 座 部 仏 教に 対 す るこれ まで の 関 心は す ぐれて 文献 学 的で あっ た」 と し, また, 西 欧に お ける南 方仏 教研 究の 主 た る

題 関心 も文 献 学 的で, 彼 等の関 心が もっ ぱら テ キス トそ れ 自体 に向け られてい た

旨指摘

して い る。 す な わ ち, 「 れ らの テ トを

日に

え た, 南方仏教諸 国に お ける宗 教の現 実が, どのよ うな 状 況 に あるか とい う問

は,

局, パ ー リ学

の 主た る

心 とはな りえ なか っ た」

仏 教

)1

 

36

と し, 文献 学 的 関 心に偏 重 して きた 内外の仏 教研 究 を批 判 的に捉 えた。

2

リーチ による 「弁 的 宗教

と 「実 践 的 宗教 」 の区分

 

次い で, 英 国の人 類 学 者 リ ー

E

R

 

Leach)

パ ー 語 聖 典解 釈にも とつ く 「

philosophical

 religion

へ の

重を

判 し, 「

践 的宗 教」

practical

 religion

心 を抱い た こ とに対 して 一定の 理 解を 示 す一方 で,

文献

よ り も

研 究者

直接

観察結果

か らの

帰納

を重

し, ま た,

仏教

の 具

体相

の み を重

す る人

類学

姿勢

して

極端

を生む危

険性

を は らん で い る との 警 鐘 を鳴ら して い る。 そ れは, 「民衆 実 践 す仏 教 え ど も, イ ン ドに おい て成 立 し, セ イロ ン に おい て , 独 自の 発 展を とげ,

11

世紀

東南

ア ジ ア の

地に弘通 した , あの 南 方 上座 部 仏 教 と無 縁で は あ りえ ない か らで あ る」

同 上 :

37]

とす る。

(6)

 

92

      パ ー仏 教 文 化 学

3

レッ ド ・フ ィール ドの 「大 きな伝 統

」 と 「小さ な伝 統」 の概 念

 

さ らに, レ ッ ド ・フ ィ ー ル ド (

Robert

 

Redfield

「大 き な

伝 統

the

Great

 tradition

と 「小 な伝統

the 

Little

 

tradition

う次 概 念

示す る。 (

d

) 「き な伝 統

  

省 的な少数 者に よっ て伝承 さ れ る」, 「学 校寺 院 , 自覚 的に

承 さ れ る とこ ろ の 伝

」, お よ び

さ な伝 統

  

「非 内

的な

多数

の 手で 伝え られ る」, 「村 落社 会み ,

文字

に う とく, 非 思索 的な 民衆が , 与 え られた もの として 受

し, これ らの 日常生活を通じて 無 自覚の うちに

承 す るとこ ろの

伝統

とい 二 つ の伝 統 は, 「相 互依 存 影 響 」 とい う。 著 者の 問題

心 は, こ の 二 つ の概 念を敷 衍 し, そ れ らの か か わ り合いが, タ イ仏 教の 中で, どの よ う な形 態を とっ て発 現 して い るか を提示 し, そ れ に よっ て , 「タ イ

仏教

」 の 構 造を明 ら か にす るこ とで あっ た

同 上 :

38

そ こ で , 南方 上

仏 教を出家 (サ ン ガ) と在 家 とい う編 成原理 を 異に す る二 つ の 信 仰者 集団に

した。 それは, 解 脱を 目的とす る機 能集団

サ ン ガ

:「成 員は一定の

き を経て 自覚 的に その 集 団に加入」 お よび

@在家

者の 形 成す る基 礎

団 : 「仏 教徒 として ま る以上, 無 自

状 態」, 「し き た に し た が とが , す な わ ち仏 教徒で ある こ とを意 味す る」 の 二 つ で ある。

3

イ 仏 教

解明

 

タイ仏 教を 「大 き な 伝統」 と 「小さ な伝 統」 に分類 し以下の よ うに分

が なさ れ た。

1

き な

伝統

  

の ち に, タ イ 王 室の 底

とな っ たパ ー

蔵 聖

1788 年結

集 版が タ イ仏 教 聖 典を基 盤 とす る。 そ こ で は,

」 よ り解 脱の道 を 示 す教理 が説かれ, ブッ ダの教

で あ る 「

な り」 が

識さ れ る。 ま た, 回解 脱へ の 手段 として

出家

が示され, ブッ ダの

教説

出家

のた め の 教え で あ るこ とが 示 さ れ る。 さ らに, 的 タ イの 「 」 の 特 徴 と して, それが

 

「 国家 教 会」

a 

National

 

Church

普 遍

i

教会

(7)

      東 南ア ジ ア の上座 仏 教研 究     

93

the 

Catholic

 

Church )

で はい こ と,

っ て,

の上座

国 とは教団 と

して は 上座

と して 同志だ が,

組織

上は無

関係

で あ るこ と, また,

 

ナ ・ソン グ ・タ イ」 と

ぼれ る

一 の

組織

統 合

さ れて お り,

1902

1

サ ン ガ

法施行

来今

日まで

存続

して い る

[(

仏教)

1

 

40

41

解説

して い る。

   

小 さな伝 統 」 一 民衆の 仏教 の こ とで あ り, そ れ を

3

つ に分 類 して 説 明し て い る。

 

t

功 徳 追 求 型 仏 教

 

 

b

 

徳 )

と 「バ ー プ

bap

とい う一対の 概 念 [

Tambiah

, すな わ ち 「 tham  

bun

, 積 徳 行

を重 視 し て い る。 在 家者の た め に は戒 (

5

8

戒 ) あ る , タイ人は 倫理的徳 目の 実践に, 余 り興 味を示そ うとは しない 。 す なわち, 功徳 を得 る た め の最 上方 法は 出

と寺 院の

立で あっ て 現 世 的世界に お け る幸福の 追 求, 業の 死 滅 を 目指さず, これ を改 善し向上させ るこ と を目指す とい う も の で, 出家 者 と在 家者 を結合 する

, そ れ は 「思 想 」 すな わ ち 「サ ン ガ は福田」 とい う考え方で あ る。 従っ て , タ ン ブン の

特徴

はサ ンガ の

維持

に 向 か っ て 収斂 して い く。 出家者 と在 家者 は 「思想 」 を

介 と して 一

の 共 生関係にある と説 く。 ただ し, タン ブン の 手段 として の 出家行 為は建 前か ら

変質

し,「一

」 の

習が

定着

し て, 「涅 槃 型 仏教 」 の 論理 的帰 結 と して

立 してい る はずのサ ン ガに重大な性 格 変更を迫 る結 果を招来 する, と分析 してい る

同上 ;

42

44

  (

攘 災

招福

型 仏教

   

民衆宗 教 的 関心が もっ ぱ ら日常生活の レベ ル にお ける禍福に向 け られ ,災 禍を避 け幸 福を招き寄せ るための方 途追 求

け られる。 す な わ ち, 民

はサッ クシ ッ ト

霊 験 あるもの

入 によ る 災

払い と

招福

に期 待を寄せ る。 サ ンガ は 「 護 呪経 典 」,「ナ ム ・モ ン 」

聖水 )の 誦 成, 「ク ル ア 」 (お 守り一 小仏像 )な どの

々 な形態 の 呪術

を通 じて その 「

」 を民衆に分 与 する, と説 く。

     

サ ンガの

非宗教的機能  歴史 的存在

と して の サ ン ガ にお け る若 干の

(8)

 94      パ ーリ学 仏教 文 化 学 重 要な非 宗教 的機 能, す な わ ち , サ ン ガ は学 芸 ・技 術 貯 蔵 庫 て の

能, と俗 人の 教 育機 能 と して の 二 つ の重 要 な社会 的機 能を

する とす る。

 

なお, 先 生 は 「

教 的

信 仰形 態

, す な わち, 「ー 」

ない し 「ワ ン

魂)

な どの 「非 仏 教 的」 形 態に あえて 言及 しない 立 場 を取っ た が, 「 , こ う した

要素

除 し, 仏 教の相 貌 を示す もの の み に対

定す るこ とに よっ て, タ イ

教の 構 造を, よ り明

に浮彫 りに できる と考 えた か ら」

[(

)1

 

50]

であ る と付 言 して い る。

3

上座

仏教

社会

造の理 論 化

 

次に, タ イ仏 教を素 材 に し て, まず, 南方 上 座 仏 教 の社 会構 造 に焦 点 を当て, そ れ を明 ら か にす るため の モ デル を

構成

した

[(

仏 教

)2

 

54

55

1

  ]

 

その モ デル とは, 上座 仏 教 は,

1

の通 り, ス パ イ ロ 説

Spiro

19

0]

を敷 衍 し, サ ン ガ組織 体を

結節

点とす る 「 下 位 体 系 」 で

成さ れ る一つ の 体 系を な して い る

同上 :

55]

。 四つ の 下 位体 系と は大よ     上座 部仏 教の社会構 造 図

1

  サン ガと社会 出 典 :[(仏 教)2  :55

(9)

      東 南ア ジ ア の上座 仏 教 研 究     

95

そ以

の通りであ る。

 

第一 は, ス パ イロ の い う “

Nibbanic

 

Buddhism

「涅

仏教

これ は, ゴ ー ッ ダの時代の初期 仏 教の本 来 「あるべ きす がたの仏 教」 で あ る。

 

第二 は, ス パ イ m の い う “

Kammatic

 

Buddhism

「功 徳 型 仏 教

れ は, 時代の 経 過 と共に, 一時 出家 制度 が定 着 す , サ ンガ仏 教に矛 盾 するも 変質 を余 儀な くさ れて きた仏教の こ とで る。

 

三 は, ス パ イ ロ の い う “

Apotropaic

 

Buddhism

” に か え て “

Magical

Buddhism

術 的仏教

とい う用

使

用 して い るが, こ れ はス パ イ ロ は 「攘 災の み を強 調 し, 招福 とい う積極的側

現 してい ない う らみが あ る」 た め と し 「仏 教 と呪術とい う二 っ の上位体 系の双方に帰 属 し, その接 点 を な して い る」 と。 そ して 「

仏教

的呪

で は , 聖

を もつ

存在

と して, サ ン ガ に 呪 力 の源

が求め られ る点に特 徴が認め られ る」 と した。

  第

四 は, 「伝 統 社 会に お け る知 的 内包 っ た とい う

歴史

事実

結果

と して

れ るもの で, サ ン ガの世 俗 的諸機 能 をその要 素 と す る。 と くに, サ ン ガの

教育

は, タン ・ , サ

す る般 社会か ら

給 回路と し

同上 :

56

とす る。

     

座仏教社

会の

造のモ デル は, 以上の 四 つ の

下位体系

を もっ て 一 の 体 系 を な す との 仮説を 立てた が, タ イ仏教を素材 と して

成さ れた もの で ある故, ミャ ン マ ー , カ ン ボジア 等,他の 上座 仏 教 圏諸 国の 事例に よ る験 証 を行っ て は じめて その モ デル の 有効 性が確 認されるが 目下の とこ ろ作 業

仮説

を出ない

同上 :

57]

旨付言 い る。

4

国 家

宗教

関 す

考 察

」 関連三

部作論

 

次 い で, 上座

会の

造に その国家

造に焦点を 当てた三 点の

文が 発

さ れ た。

 (

1

に お

仏教

擁護

」」

[(

仏教)

1

  ]

  本 論 文 は,『三 印 法 典 』 な ど の根 本 史 料 を 用 い て , ラ ー マ

1

世 王

(10)

 

96

      パ ーリ学 仏 教 文化 学

1782

1809)

に お ける仏教

護の 具 体 的検 討を通じて, 国王 と サ ンガ の 関係 を考 察 した もの で あ る。 「タ イ , 伝 統 的に 「宗教

護 者 。 … … こ こ で宗 教

sasana

とは, 「仏 教」

phuttasasana

な らな い 。 「宗 教

擁 護

」 とは , 「仏 教に

upathem

を与える

」 の意。 すなわ ち, タ イ 人の

伝統

的思 想 に したが え ぼ, 国王 は仏 教を 「

擁護

」 す る賣任を有し, また, 仏 教 は, 国 王の 「擁 護」 を受 けるべ き存 在 と して あ る」 と説 く。 こ こ で , 二 っ の 方 向が ある。 「一 , サ ン ガ に

物 質

支持

を与え るこ と によ り,定

非 自

立的な出 家者集 団の 安 定 的存 在を 保証す るこ と」,今一つ は, 「 ガ の 清 浄 性の 護 持。 サ ン ガ に 内蔵さ れ た 浄

装 置の機 能が そ こ な わ れ た と きに は,

教の 「擁 護」 者た るべ き国王 は, その 浄

に協 力すべ き もの と

え ら れた」

同上 :

406]

とす る。

 

(ロ 「ス コ ーイ に お け る大寺 派

仏 教

[(

仏教)1

  ]

 

本 論 文は, 刻文 史 料に則 し, ス コ ー タ イ 王朝に お ける上 座部 仏教の受 容 と 発展を め ぐ る諸 閲題を考 察 しな が ら, タ イ国の国家 仏教の

性格

明した も の で ある。 こ こで は, 国家

教の

4

つ の 特 徴 を述べ て い る。 す な わ ち ,

 

座仏 教 特徴 ひ とつ は, 「サ ン ガ中心 主義」。 … … 「 」 も 「三 宝」 の一構 成 要 素にす ぎない が , 「サ ンガ」 を 通 じ て 師資 相 承さ れ るの で あ るか ら, 制 度 と して の

側面

か ら上

座部

仏 教 を取 り上 げる場合に は, 「サ ンガ 」 の 考 察が 一義的 重 要性を もつ 。

 

俗 的 」 で ある こ と。 … …出家

, 本 来, 「 う者」

bhikkhu)

 

の特 徴 は, 「出家 者

で あ る 「 」 が

pufifiakhetta

とし て

位置

づ け られ, 非 自立 的存在で ある 「 ] の 支 持 行為 に, 宗的価 値が付与 さ れ て それが 「在 家

」 に お ける実 践 的宗 教

practical

 religion

の 中枢的部 分を なす点で あ る

 

国王 か ら奴 隷に至 る 「全

階層

教 的 欲 求を充 足さ せ る機 構 を具 備 してい る こ と」 [同上 :

9]

4

点 を明らか に して い る。

 

7 x

タ イ仏 教に お

Ecclesia

立 とそ の 意 義」

[(

仏教

1

  ]

 

本論

は 「サ ン ガ統 治法」 お よび 関連法 令 を 通 じて, タイの 仏 教エ レ シ

(11)

       東 南ア ジ アの上座 仏 教研 究       

97

教 会

成立 の

解 明

し よ う とす る一つ の

みで ある。 こ こで は,

1920

サ ンガ 法 とエ ク レ シ ア の 関係を分 析 してい る。 「今 日 の サ ンガ を め ぐ る種々 の 問題は, まず, 「 ク レ シ ア となっ たタ イ ・サ ンガ の

性格

明 するこ とによっ て は じ めて よ く理

で きる で あろ う」 と し, ま た, サ ン ガ へ の 参 加 規制の 強化, サ ンガ官僚 制の 成 立,及 び正

理 の確立 の 三面か ら 検 討を加 えた もの で あ る。 「 ラ トナコ ー シ ン

121

1902

6

の サ ン ガ法 制 定によっ て 導か れ た

態は,

仏教

に よる国

家統制

の 強

と, タイ ・ ンガ の 「エ レ シ ア」

へ の道 を着 実に歩み続けて い る」 と。 そ して 、 「「 ンガ法」

制定

意義

は, 『

宗教

擁護者

』 として も国王の

威が全

び, 整 備 さ れ た サ ン 官僚機

を 通 首 都 大 寺 院 辺 境 に い た る まで, すべ て の

僧 侶 支 配 下に お か れ る体 制基 礎

か れ た点に

め られ る」

同上 :

203

] と し, 「… …

結果

1920 年

な か ご ろまで に は, タ イのサ ン ガは か っ て見られ ぬ ほ ど

高度

な集 権体 制を確立」 [同 上 :

204]

に至っ た と

く。 とこ ろ で, 「「 統 治 法 」 は, 「個 人 カ リス マ

定で あ る。 こ の

法律

は , た だ ,

侶の 「官 僚カ リ 」 のみ が, 民

仰の

点 と なる

況を 生み 出し た。 その結 果, 民衆 は, 「教 会 の 外に

い を見

す こ とは不 可 能… … となっ た。 こ れは, タ イの 仏教 に安 定 を もた ら した が, 同 時に ,精 気を失 わせ る原 因 ともなっ た」

同上 :

211]

と 述べ 。 さ らに , 「… … タ イ

19

20

世 紀に か け , 大 き く変 容 し た。 それ は, サ ン ガ に対す る王

統制

が強ま り, サン ガの 「エ ク レ シ ア

が進

した こ と。

日の タ イ ・サ ン ガの 斉 一 【生は, この過

の所

で , 「ラ トナシ ン

暦 121年

」 の論 理 的帰 結 とみ るこ とがで きる」 [同 上 :

212

い る。

 

以 上の

3 編

文につ い で , 以

の よ うな 「教法 試験 」 に関 する論

された。

5

におけ る 『

教法試験

』 につ い て」 [(仏 教

1

  ]

 

教 法

試験

」 の

沿革

と現 状を

察 し, タ イ 国 にお け る 「教 法 試 験 」 の 諸 特

(12)

 98      パ ーリ学 仏教文 化 学 徴 を明らか に した もの で あ る。

その 饅 付記 され た もの につ い て は,

2

 

参 照

「「試 験 」 と は, 「 」 に

する出 家者の 仏 教 教 理 理 解の 水 準を高めそ れによっ て 「サ ンガ の発展をはか ろ うと制 定さ れ た制

で あ るに もか か わ らず, 「 サ ン ガ」 の管理機 構の整備に とも ない , 「 」 が よ く訓 練され た 「

」 を 必

とす るよ うにな る と, 「

」 が

僧 官位

を 得 るた めの 手段 と して

己 目的化 する傾 向を示 し姶め た。 さ らに, 「教 理 験」 は, 採 点,合 否の決定とい う手 続きに よっ て , 受験

的 回

求す るた め,

果 的に, 「 ガ 1 正 統 的 教 理 を普 及 させ るため の, もっ と も有

な機

と して機 能す る に い た っ て い る

2

 

168

169]

と指 摘 してい る。

   

国 家 」 (初 出 [(仏 教 )

2

.  ])

 

本論

は, サ ン ガ と国家 構 造の 関係を明 らか に し た もの で あ り, 国 家 と仏

国 家 とサ ンガの 正 しい 理 解必要 性 を強

調

してい る。

 (

d

憲法 と仏教

 

先の上座 部 仏教の 社 会 的構 造の

で は, サ ンガ の

存在

場所が, 「国 家 と い う政 治 的枠 組み」 の 中に位 置 する事 実が意図的に

捨象

さ れてい た。 そ の理 由は,信 仰の 形 態を個 人の レペ ル に 限定す るこ とに よっ て, サ ンガの 果す社 会 的機 能を, よ り明確に な る と考え た が

で あ る。 「しか し , 歴 史 的サ ン ガ は, 常に, な ん らかの 形に お ける国家の

存在

し て い た ばか りか, む し ろ 国 家 との に, 積極 的な関係を結ぶ こ とに よっ て, その 繁栄を保 証されて き たの で ある。 すなわ ち, 上座

部仏教

構造

モ デル を構 成 しよう とするわ れ わ れ に とっ て は 国 家 と仏

国家 とサン ガ との

関係

が正 しく理解さ れ ない か ぎり, その作 業は完結 しない で あ ろ う」

同上 :

58

]と論 じて い る。 因み に, 現 在 タイ国家の

で あ る憲 法で ,「あ えて 仏 教を 「国教」 とす る明示

規 定 を欠い てい る の は,

仏教

はすで に 一

の 意 識に上 ら ない ほ ど に,「タ イ民族に内属」 して い る」

同 上 :

67

か らだ とい う。

 (

ン ガ ・国王 ・正法

(13)

       東 南ア ジア の上座仏 教研究       

gg

 

次 に , 国王, サ ン ガ, 正 法の 三者は どの よ うな関係に あ る の で あろ う か。 「… … 「

」 の

説示

し た 「正 法」 は, それ

体に よっ て 存 続 するの で は な く, 「 」 の 中に保

さ れ ,「サ ン ガ」 に よっ て 伝 承さ れ る。 一 , 「 」 は, 出家 者の 集 団で あるか ら,

, す な わ ち在 家 者の 支 持を 待っ て は じめ て その 存 在が 可 能 とな る。 こ の 場

規模

大 した 「 ガ」 の 繁 栄を可 能に したの は, 「仏 教

擁護者

」 と して の 国王 に よっ て 与え ら れ た保 護で あっ た。 国王 は, サ ンガ を支え るこ とによっ て , 間接 的に, 正 法の

存続

に貢

した」

[(

仏 教

2

 

75

とした。

    

ラ タ と 「正 法王関係

  古代

イ ン ド法

体系

す る もの の 「パ ー リ化」 の 所 産 と して 「プ ラタマ サ ー ト」

タ イ伝 統 法

の 存 在がある。 王 は永 遠 不滅の 法 「 サ ー ト 」 を戴い て 世 俗社 会に お ける紛 争の 調停 と解 決を図る立場にあっ た。 そこで は, 十

の 王 法 く1)を 備え た統治は, 厂

に よ る統 治あ り, 理想 的統 治で あ り, 「正 法 と は , 国王 に よ る支 配の 正

統性

原理 を な す もの で あ る。 「が サ , サ ンガ が正 法 を嗣 続 し,正 法は国王 に よ る支 配 仏教国ICお伝統的な国家と宗教の基 本構 造 を示 す概念 図       図

2

 サンガと国 家         出典 :[(仏 教 )2 .  :81

(14)

 

100

       パ ーリ学 仏文化 学 の正 統

原理 と して機 能す る。 こ の よ う な

構造

を備 え た国 家を, 「

教 国

Buddhist

 

State

」 と規 定す る な らぼ, タ イは,「仏 教 国家1 の 一

型 を 示 す も の と考え られ る」 [(仏教 )

2

 

79

82]

と説 く。 「仏教 国家 」 にお け る

統 的 な国家 と宗教の 基本

を 示 す

概念

2

参 照

は, 今 日研

究者

に よ り 頻 繁に活 用さ れ るが, タ イ 以 外 にも前 近代の ス リ ラ ン カ, ミ ャ ン マ ー ラ オびカ ン ボジ ア もこ の

範疇

に入 る と考え られ る。

 

(=

「仏 教エ レ シ ア とその

構造

 

16

世 紀ヨ ー ロ ッ パ の 宗 教 組 織 を , その 経 験 的

諸特

に基 づ い て 「教 会 と 「 ク ト 」 に二 分 した トレ ル チ

Ernst

 

Troeltsch

1920

年 代 末 ら , とくにア メ リカ の

学者

教 学 者の 業 績を中心 と して発展 し た宗 教 的組 織 体類 型

は,類型概 念精 緻 化 志向 とキ リス ト教以外の宗 教組 織へ の 適用の 可 能 性の 探 求

2

方 向 が あ り, 後 者の ラ イ ン に沿っ て,教 会

エ クレ シ ア

を 「タ イお け 構 造 に用い て み よ うと思 う」

仏 教

)2

 

83

84

べ てい る。 その結

タ イ ガ は , カ トリッ ク 教 会に代 表さ れ る 「エ ク レ シ ア が , 「

・カ ト リッ ク教 会 と同様 に 恩 寵へ の

与は完全 に合理 化 され制 度 化され , 極めて , 「エ レ シ ア」 的特 徴 を備えて い る」 [同上 :

84

87]

との結 論を導き出 し た。 「 ガ」 法 は全国に散在す る寺 院を,

織の に統 合す る こ とを 目的 タイ国サン ガ の 「エ クレ シ ア化 図

3

 サンガのエ ク レシ ア化   出 典 :[(仏 教)2.  :89

(15)

      東 南アジアの上 座 仏 教 研 究      101 とし て制 定さ れ た結 果, あ ら た に成 立 した統一サ ン ガ に所 属 しな い 出家

は, 出家 者 として認め られ ない とい う

態が

生 した。 こ の こ とは, 在 家 信

に とっ て サ ン ガの 統一組織 化は 救済の手段 に選

地が な くなっ た こ とを意

す る。 こ こ に, タイ国サ ン ガ の 「エ ク レ シ ア」

の重

拠を 認め る」

同 上 :

90

] (

3

参照

と論じてい る。

7

タイ に お け る

千年

王国運動

[(

1

  コ

 

従 来,仏 教 研 究 者か ら無 視 さ れて き た タ イ の

千年

王 国的運

に つ い て は, 最 近の 歴 史 研

で,

20

世 紀

初 頭

, ラオ

住民 の 居 住す る貧 困地 域の 東 北タ イにこ っ た反

乱 (

1902 年

の 「ピー ・プン の 反 乱

千年王 国運動 の装 い を とっ て 発生 した 事 実を指 摘 した

同上 :

353

。 「 反乱

た ち は, すべ て 仏 教 的 文脈 に お い て行動 し て い る ことに気 づ く。 起源 的にはバ モ ン

で あ る が,

現在

で は

民衆仏

教の

可 分の

成 要

となっ て い る 「 ン モ ン 儀 礼が ,「ミロ ク

タ イ

で は 「シ ー ・ ア ー ン 」

あ る い は

転輪

聖 王 信 仰 と結 合 して, 特 殊タ イ 的 な 「王 国 」 が成立 し う る こ と が 「ー ・ プン 」 に よ て実 証 さ れ たこ とは ,

教の

に も また, タイ の 社 会 統 合の 分 解 要 因が 内 包 さ れて い る もの と して注 目 さ れ」

同上 :

367

る, と述べ て い る。

8

タイ ・ナ ショ ナ リズム と仏

教 [

1

  ]

 

本論

は, 植 民 地 型ナ シ ョ ナ リズ ム で は

社会

入 さ れ た こ とに言 及 する一方で , 「非 植 民 地 型 ナ リズ 」 パ タ ー ン を もつ タイの ナ シ ョ ナ リ ズ ム に お ける仏 教の 役 割ない し位 置 を

明 し よ う と し た

論 考

で あ る

同 上 :

59

。 タ イで は, 「タ イ

ク ・タ イ

一 「 」, 「 」, 「

宗教

」 の 三 つ を国

根 本

とす る思 想」

同 上 :

86

, サ リッ ト に よ る 「 ・タ イ 」 的秩

の 実 現を 目指す 理想 的統 治 目

標 [

同上 :

86] (

4

参 照

げた と し, 「… … タ イ ナ リ … …伝 統 的価 値 えにナシ ョ ナ リズ ムを展 開 して きた。 仏教は, そ れ が支 配の正

統性

(16)

102 パ ーリ学 仏教 文 化 学 ラ ッ ク ・ タ イ 政 府  rラッ ク ・タイ 」と 「立憲的政府」 との関 係      「ラッ ク。タ イ」の内都 搆造          図

4

 タイ的統治原理          出典 :[(仏 教 )2.  :296 ] に与え る とい う

構造

の ゆ えに ナ シ ョ ナ リズム の シ ン ボル とし て よ く

能 して き た。 … … お そ ら くは今 後も, か な りの 長 期にわ たっ てその機 能を保ち

け るで あ ろ う」

同上 :

90

と説い て い る。

 

 

タ イ に お ける国民統 合と仏 教サ ン の役 割 [(仏 教 )

1

 

 

本論

は, 人口の

90

%強が タ イ族で 占め る タ イ国に も社 会 統 合 を

か す… っ との

として の少 数民族 問題 に よっ て しぼ しば弛緩せ しめ られ 社 会 統 合の強化 要 因とし て仏教の たす役 割を サ ン ガの 新 しい して

討し た論 考で

同上 :

339]

。 「 に よ 現 さ れ て い る仏教が タ イ人 の 「根 源 的愛着心」 の対象とな っ てい る事 実 お よび サ ンガ が

統 的に も つ 宗 教 的機 能相 即不

係に あ る世 俗 的

能によ り, サ ンガ を社 会 的に 威信 ある

存在

た ら しめ て い る状 況につ い て考 察」

同 上 :

352

]した もの で あ る。 さ らに, タ イ 人の

教 あるい は サ ン ガ に対す る 「根 源 的 愛 着心1 に

(17)

      東 南ア ジア の 上座 仏 教 研 究      103 した政 府が 自己 開発 計

末端

力を

要請

し , サ ン ガ も社 会 的

威 回復 の機 会 と捉 えて 自発 的に協 力す る状況 を

説 してい る。 こ う した情 勢の 中 で, 「仏 教徒 せ る と を , 彼 らに タイ人 とし て の

た せ よ う とす る 「 ー チ ー リ

」 が

想され た」

同上 :

359

旨に言及 して い る。 同

教へ の改宗 計

が, ミャ ンマ ーで も

1994

, 政

務省

に新

された

宗教推

進 局が

心 となっ て 国

家仏

大 学の

学僧

の応

て 目下 進 行 中である。

4

上座仏 教

集大成

一 『

政治社会学

構造

      

仏教

2

  及

  ]

 

本 書は, 以上 で見た諸々 の論考を 一 ま とめ , タ イ を

歴 史 的 上座 仏教 諸 国の 国家 と社 会の

構造

を 理

論化

し よ う と した試みで あ る。 個々の 項 目 につ い て はその 概 要 を上記

2

お よび

3

紹介

したの で , こ こ では

構成

と内

大 項 目

の み 以下に掲 げる。

 

なお, 人

類学者林 

行夫は, 本著が, スパ イ ロや メ ン デル ソ ン, タ イのタ ンバ

業績

と共に, 時代 を経て今 日 も,

外に

々な形で

承 さ れ

展さ れ て い る, と評し て い る [林

2009

7

実 践仏 教 』 京

大 学 出版 会

]。

 (

1

) (

題関

仏教

わ け

仏教

ガ が

国家

び社 会 関係

         

解 明」

P

1

    構

   

第一部

 

タ イ仏教を材

に, サ ンガ と

社会

及 びサ ン ガ と

国家

関係

       

考 察 し, 上座 部

教の

存在

造を

   

第二

 

サ ン ガ ・国

       

タイ

仏教史

に現 れ

々 な

歴史的事件

を,

構築

       

した

枠組

みに照応さ せ なが ら考 察

同上 :

90

    附 論  第

部 

タ イ仏教 研 究 解題

        第

 

タイ 仏 教 関係 法制 史資 料

(18)

  104      パ ー学 仏 教 文 化 学

  (

3

) 内容

   

一部

 

序 論 的考 察一 国教の

造       第一章  サ ンガ と社 会       第二 章  ン ガ と国 家

    

第二

 

サ ン ガ ・国家 ・社 会一歴

の なか の仏 教

       

第一

章 

ス コ ータ イに お ける王権 とサン ガ

     

第二

 

タヤ ・ トナコ ーシ ンに お

とサ

       

第三章

 

タ イに お ける仏 教エ レ シ ア の

       第

章 

教法試験

制度

立 とその意 義

     

第五章

 

民主 主

義体制

下に お ける 「 統 治法」 とその 変 遷

       

第六章

 

国 民統 合 とサ ン ガの役 割

       第

章 

タ イ ・ナシ ョ ナ リズ ム と仏 教

       

第八 章

 

タ イ 国に お ける千 年王国運 動

 

4

) 英 訳 本

  

1986

イ ・ 大 学 よ り , 上 記

の 英 訳が

Sangha

  

State

 and  

Society

: 

The

 

Thai

 

Buddhism

 in 

UistoT

 v 

Honolulu

 

The

 

University

 of

  

Hawaii

 

Press

1986

Translated

 

by

 

Peter

 

Hawkes )

と題 し て 出版 された

  

の 英 訳 書 は

1993

年 , マ レ ー シ ア語 訳がマ レ ー シ ア 国民大 学 よ り出版 さ

  

れ, 同

年 10

月マ レ ー 翻 訳

, さ らに,

1994

年 度マ レ ー ア国 民

  

大 学

出版賞

各受賞

し,excellent  study とい う書 評を得た

 

他 方,

Journal

 

OfSoutheast

 

Asian

 

Studies

 

Vol

46 (

1987

)で タ イ研 究

グレー

グ ・レイ ノ ル ズ

が 「タ イで起こ っ た急激な社 会

変化

と,それ に伴 っ て 発生 した様々 な宗 教 運

サ ンガ と それ につ い て の研 究が,英訳に は まっ た く反 映 さ れて い ない と批判 した こ とに対し, 著

が 「手 厳

め て適 切 な

書 評

」 で あ る と して 本 書の 再 版の

で, 「

原 著 の の翻 訳で あ る以 ヒ, そ の

変化

が入 っ て い ない の は当然で ,批判は感受せ ざる を え な い が , この書 評は読者に とっ て 誠に

益 な指 摘で あるの で, その 要 点を中心 に, 原

の 不 備 を, 復 刻 を手にす る

しい 読者 の た め に紹 介 して お き たい 。 云 々」

上 記

 

3

と述べ て い る。 因み に レ イ ノル ズ氏の

評は

1975

(19)

       東 南ア ジア の上座 仏 教研究      105

出版

原著

1986年 英訳

依 拠

するもの で

10

年 以上 もの き が あ り,

内容

的 にも,原

出 版 当時に は見 られ な かっ た タ イの

10

年 後の状 況 につ い て の コ メ ン ト故に, 原

著者

に とっ て は予 測 不

態で あっ た。 その こ と を,

者 も踏 まえ るべ っ た と思 わ れるが

訳 出

が 生 ん だ一つ の誤

とい うべ きで あろ う。 それで も,著 者は, レイ ノ ル ズの 批 判に応え ,

1975

年 以

の タイ に お け る

践 宗 教の 事 例 等の 進 展 につ い て, 再 版

2003

で概 要以下の よ うに補 足 して い 。   (

d

) 「… …仏 教 ガ の社 会 的 構造 国 家 制 度 的関係 を よ り明 る た め に

捨象

せ ざる を え な か っ たい くつ か の

部分

が あ る。 … … タ イ

の実 践 宗 教に お い , 仏 教 と共 存 ない し補 完 関 係に あ る非 仏 教 的 宗 教 要 素

ピー, クワ ン, な ど

で あ る。 … … 」

同上

 

2]

 (

「「エ クレ シ ア化 し た タ イ ・サ ンガ行 政に正面か ら反 抗 し, サ ン ガの

最 高機 関

で ある 「大 長 老 会 議」

マ ハ ーテー ラサマ ー コ ム

の 権 威 を否 定 し タ プ ラ ・ポ ー テ ィ ラッ クの 率い る禁欲 的 出家 集 団 「 ン テ ィ ・ア ソーク」 運

 

4

 

 

 

タ イの 「社 会 変 化 はタイ仏 教の 実 践 形 態に も大き な影 響を及 ぼ した。 た とえば, これ まで 見 られ るこ との なか っ た現 象で ある集 団 瞑想行の 実 践が あ る。 「 タマ カ ーイ」 とい う

しい 宗 教 運

は,

学 歴の バ ン コ ッ ク市 民の

心 を引き,

数千名

女が

寺院

内に

まっ て

想 行 を

践 して い る」

同 上

 

4]

  ω  

「 も うひ とつ の

顕著

変化

は,

北タイ を

心と して 発

し た 「 ワ ッ ト ・ パ ー 」, っ ま り古の 「森 林 部 」 の 伝 統を引く遊 行 僧の 運 動が ある」

同上   :

5

 

 

 

近 年 , 「開 発僧 」 とい う新 しい 名称が 生 まれた こ とに象徴 さ れ る よ う な, 自 ら社 会 開発 の諸相 に直 接 関与 し,

NGO

や 地 方 住 民 と協 力 して 開 発活 動を行 う

僧侶

が 誕 生 し, と りわ け

農村部

心 に 活

な活

展開

さ れて い る。」

同上

 

5

6]

  (

A

「… …これ まで タ イに存 在 して い なかっ た 「比丘 尼 を復 活 させ よ う

参照

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