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周波数変化音に関する生理・心理学的研究

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Academic year: 2021

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(1)

     博 士 ( 行 動 科 学 )竹 川 忠男 学 位 論 文 題 名

周波数変化音に関する生理・心理学的研究

学位論文内容の要旨

  本論文の序章から第5章までは,それ以降の章の説明を容易にするための導 入部ということができ,周波数変化音の物理的特性,周波数変化音の知覚に関 する研究の歴史,聴覚刺激に対する脳内の神経生理学的反応についての解説が 主となっている.第6章から第10章までは,本論文の主部であり,著者が行っ た9っの実験的研究の報告からなっている・

  その第1実験(第6章)においては,変化パターンが異なる周波数変化音の弁 別を扱い,通常の音楽で用いられている範囲の変化幅や変化速度では,変化の パターンの相違を検出できなぃことを明らかにしている.そして,こうした結 果を説明するために,聴覚系において周波数を時間的に積分し,その積分系列 の相違によって弁別できるかどうかが決まるという仮説を提出している.この 仮説によれば,周波数が周期的に変化する速度を早くすると,知覚される変化 幅が次第に狭くなるとの予測が生ずる.この予測を検証したのが第2実験と第3 実験(第7章)である.これらの実験では,音楽家の間でビブラートやトリル の速度を速くすると音程が縮小するとして知られている音程縮小現象を,客観 的に確認し,音程縮小が変化速度の対数と一次的な関係にあることを明らかに している.

  第4実験(第8章)では,聴覚系が音の周波数を時間的に積分して音の高さの 識別を行っているということを確認するために,音の継続時間の長短と音の高 さの識男『Jの関係を検討している.この実験では,従来の方法と異なる新しい測 定方法,すなわち,一定の周波数の音を連続して呈示している途中で,短時間 だけ周波数を偏移させ,その偏移を検知できるかどうかを調べるという方法を 採用しており,その実験結果から,偏移時間の長さと弁別閾の大きさとの関係 は , 偏移 時 間の 長 さが100msecを境に異な る,との結 論を提出し ている.

  著者は,聴覚系における音の周波数の積分機構の性質を明らかにするために は,生理的指標に基づく検討も必要と考え,以上の心理物理学的手法による実 験に加えて,生理心理学的手法による実験も行っている.まず,第5実験(第9 章)において,音波を受け取る受容器(蝸牛)での過渡特性を調べている.末

(2)

梢の聴器官が周波数変化音に対してどのように応答するかは,末梢の動作を反 映する蝸牛電位を測定することによって調べることができる.この実験の結 果,蝸牛電位は音の周波数変化に対して迅速に応答し,その過渡特性が極めて 良いことを明らかにしている.

  神経活動に変換された聴覚信号の応答は,上行して最終的には大脳皮質の聴 覚野に達する.第6実験〜第9実験(第10章)は,その大脳皮質から発生する脳 波に重ね合わせ法を適用して,周波数が変化する音に対する誘発電位を測定し ている.そして,それらの実験結果から,誘発電位の測定では周波数変化の速 度が重要な変数であって,速度が早くなるほど,誘発電位のーつの成分である Nlの潜時が短くなることを明らかにしている.また,著者は,この潜時が周 波数変化の検知と関わっていると考え,様々な変化速度の条件でNl潜時を測 定している.その実験においては,同時に,周波数変化を検知した際に,直ち に応答させる反応時間も測定しており,これとNl潜時との間に高い相関があ ることを見いだしている.さらに,この潜時は基準周波数が1000Hzよりも高い か低いかによって異なり,1000Hz以下ではほば同じ潜時であるが,それより高 い基準周波数に対しては潜時が長くなることを確認している.この1000Hzを境 に応答が異なるという結果は,周波数の弁別閾のそれと性質を同じくしてお り,著者は,この結果を,Nl潜時が周波数の弁別と密接に関連していること を示唆するものであると解釈している.また,これらの実験においては,周波 数の変化時間を変えた場合のNl潜時の変化も調べている.その結果は,変化 速度が一定の場合,潜時は,より短い時間での変化に対しては短く,変化時間 が長くなるにっれて次第に長くなり,20msecを越すとほば一定になる,という ものであった.著者は,この結果を,周波数の変化量がある大きさに達したと きNl成分が生じると考えれば説明でき,周波数変化の積分値が関連している ことを示唆するものであると解釈している.また,それらの実験では,変化の 検知とNl潜時との関連を検討するために,被験者に周波数の変化を認めたら 直ちにボタン押し反応で応答するよう要求する条件も課しており,誘発電位と 周波数の変化の検知との関係も調べている.その結果,Nl潜時は課題関連電 位の影響はそれほど受けず,Nl成分と課題関連電位とは中枢神経系の異なる 系 か ら の 応 答 で は な ぃ か と す る 考 察 が 提 出 さ れ て い る .   以上の結果を総合し,著者は,周波数変化音に対しては,聴覚中枢系に想定 される周波数変化音に対する積分機構が100ー250msecを時間単位として働いて おり,それが周波数変化の検知や周波数の弁別をも規定していると結諭づけて いる.

(3)

学位論文審査の要旨

学 位 論 文 題 名

周 波数変化 音に関 する生理・心理学的研究

  本 論 文 の 主 部は ,周 波数 変化 音に関 する9種 の実 験的 研究 の報告 から なっ て い る.

  第1実 験( 第6章)に おぃ ては ,変 化パ ター ンが 異な る周 波数変化音の弁別を 扱 い, ある 範囲 の変化 幅や 変化 速度 では ,そ のパ ター ンの 相違を検出できなぃ こ とを 明ら かに してい る. また ,こ れを 説明 する ため に, 聴覚系においては周 波 数を 時間 的に 積分し ,そ の積 分系 列の 相違 によ って 弁別 できるかどうかが決 ま ると する 仮説 を提出 して いる .こ の仮 説に よれ ば, 周波 数の変化速度を早く す ると,知覚される変化幅が次第に狭くなるとの予測.が生ずる.この予測を実 験 的 に 検 証 し たの が第2実験 と第3実験 (第7章 )で ある .第4実験 (第8章) で は ,聴 覚系 が音 の周波 数を 時間 的に 積分 して 音の 高さ の識 別を行っていること を 確認 する ため に,音 の継 続時 間の 長短 と音 の高 さの 弁別 閾との関係を検討し て いる .こ の実 験では ,刺 激音 の周 波数 を短 時間 だけ 偏移 させ,その偏移を検 知 でき るか どう かを調 べる とい う測 定方 法を 採用 し, 結果 から,偏移時間の長 さ と 弁 別 閾 の 大き さと の関 係は 偏移時 間の 長さ が100msecを 境に異 なる こと を 明 らか にし てい る.

  以上 の心 理物 理学的 手法 によ る実 験に 加え て, 生理 心理 学的手法による実験 も 行っ てい る. まず, 第5実験 (第9章) にお いて ,受 容器 での過渡特性を蝸牛 電 位に よっ て調 ベ,変 化音 に対 する 応答 が極 めて 素早 いこ とを明らかにしてい る .第6実験〜第9実験(第10章)では,大脳皮質から発生する脳波に重丶ね合わ せ 法を 適用 して 周波数 変化 音に 対す る誘 発電 位を 測定 して おり,結果から,変 化 速 度 が 高 く な る ほ ど , 誘 発 電 位 の 一成 分 で あるNlの 潜時 が短く なる こと を 明 ら か に し て い る . ま た , こ のNl潜 時は , 基 準周 波数 が1000Hzよ りも 高い か 低 いか によ って 異なる 様相 を示 すこ とを 確認 して いる .さ らには,Nl潜時は,

周 波数 の変 化速 度が一 定の 場合 ,よ り短 い時 間の 変化 に対 しては短く,変化時

茂 明

夫 一

隆 宏

鉄 純

本 田

谷 部

岩 岡

三 阿

授 授

授 授

教 教

教 教

査 査

査 査

主 副

副 副

(4)

間が長くなるにっれて次第に長くなり,20msecを越すとほば一定になる,とい う結果を提出している.

  以上の結果を総合し,著者は,′周波数変化音に対しては,聴覚中枢系に想定 される周波数変化音に対する積分機構が100―250msecを時間単位として働いて おり,それが周波数変化の検知や周波数の弁別をも規定していると結論づけて いる・

  この ような 内容 をも つ本論文に対する評価は概略以下のとおりである。

  本論文の前半部には,周波数変化音の物理的特性の優れた記述とその知覚研 究の歴史の詳しい解説があり,その部分だけでも展望論文として十分価値のあ るものである.第6章以降では,周波数変化音の識別の諸現象を,周波数の時 間的な積分という統一した見地から説明できることを明らかにし,100ー250msec を時間単位として積分していることを心理物理学的手法と生理心理学的手法の 両側面から実証している.特に,周波数の時間的な積分機構の特性を生理学的 側面から明らかにするために,受容器レベルでの過渡特性を蝸牛電位で検討し ており,そこでは周波数の積分機能は働いていなぃとみなせることを確認して いる.また,それと対応する形で,より上位の大脳皮質聴覚野での反応特性を 誘発電位を測度とした実験的研究で検討しており,そのレベルでは積分機能が 働いていることを確認している.これらの点は氏独自の知見として基本的に評 価できる.誘発電位を測度とした研究についてより詳しくいえば,その研究 fよ,一応外因性電位と考えられているNl成分を測度とする研究と内因性電位と 考えられているP300様電位を測度とする研究とに大別することができ,その後 者の研究については,実験実施上の技術的な側面やP300と運動反応との関係の 解釈において多少の疑問を残す部分も見受けられるが,前者の研究について は,以下の点で高い評価を与えることができる.すなわち,周波数の変化の検 知に対する反応時間とNl潜時との間には高い相関があるということ,また,周 波数変化時間の特定の時間帯に対応してNl潜時が変化するということ,を見出 している点である.特に後者の知見については,このような単純な条件に影響 されてNl潜時が変動するということは従来の聴覚誘発電位研究では殆ど報告が なく,Nl成分を指標とする研究に新しい方向性を与えるものとして高く評価で きる.全体として,本論文には,新しい発見と新しい実験研究を導く独創性が あるとみなすことができる・

  以上により,審査委員会は,別に施行した試問の結果とあわせて評価した上 で,本論文の著者竹川忠男氏に博士(行動科学)の学位を授与するのが妥当で あるとの結論に達した.

参照

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