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発 : 数学的なプロセスの複数回体験とその俯瞰に 着目して

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発 : 数学的なプロセスの複数回体験とその俯瞰に 着目して

著者 馬淵 俊秀, 西村 保三, 櫻本 篤司, 風間 寛司, 松 本 智恵子, 口分田 政史

雑誌名 福井大学教育実践研究

巻 43

ページ 35‑44

発行年 2019‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/10098/10660

(2)

実践論文

福井大学教育実践研究 2018,第43号,pp.35-44

1.はじめに

 現代の社会は,急速に変化し予測が困難な時代である と言われる。こうした中,現実世界の問題を,数学を用 いて解決する力の育成が一般的に重要であると指摘され ている(文部科学省,

2018

)。この点について,小寺(

2007

) は「日本の数学教育は現実との関連づけという点で不十 分である。」と学校数学における問題点を指摘している。

また,こうした問題の改善に向けて,西村・長崎(

2008

) は「算数・数学においては,算数・数学の理論的な内容 を理解し発展させる側面と,算数・数学と現実のつなが りを大切にする側面の両者のバランスの取れた教育が必 要である。」と指摘している。

 こうしたことを踏まえ,本研究では,

PISA

調査の中 心概念である数学的リテラシーに着目し,数学を現実 世界の課題に応用する能力の育成を目指す。この目標に 向け本稿では,まずは数学的リテラシーを育む教材開発 の視点を,先行研究を分析することから明らかする。次 に,得られた視点を踏まえ具体的な教材を開発する。さ らに,開発した教材を用いて,実際に教育実践を行い,

その効果を検証する。

2.数学的リテラシーを育む教材開発の視点 2.1 数学的リテラシーを育む数学的なプロセス  数学的リテラシーを育む上で重要な視点の一つに数学 的なプロセスを振り返る重要性を指摘されている(例え ば,太田(

1997

))。この点について,西村(

2006

)は,「現 実の課題を解決するには,問題解決過程である数学的な プロセスを生徒の中に顕在化し,一般化させることが重 要である」と述べている。このように,数学的リテラシー を育む教材開発の視点として,数学的なプロセスについ て検討することは重要である。したがって,まずは本研 究で用いる数学的なプロセスの定義について検討するこ ととする。

 まず,

PISA2015

における「数学的なプロセス」は,

で表される。(国立教育政策研究所,

2016

図1 PISA2015における数学的なプロセス

 上記の数学的なプロセスのモデルは,「定式化」,「活 用」,「解釈」,「評価」の

つの矢印で構成されており,

中学生を対象とした数学的リテラシーを育む教材開発

― 数学的なプロセスの複数回体験とその俯瞰に着目して ―

福井大学大学院教育学研究科 馬 淵 俊 秀 福井大学教育学部 西 村 保 三 福井大学教育学部 櫻 本 篤 司 福井大学大学院連合教職開発研究科 風 間 寛 司 福井大学教育学部 松 本 智恵子 福井大学教育学部 口分田 政 史

 現代の社会では,現実世界の問題を,数学を用いて解決する力の育成が一般的に重要であると指摘され る。この点について本稿では,

PISA2015

で提唱されている数学的なプロセスに着目し,数学的リテラシー を育む教材の開発を行った。また,実際に中学

3

年生を対象に授業実践を行うことによって,開発した教 材の妥当性を検証した。その結果,数学的なプロセスを複数回体験させること,および体験させた数学的 なプロセスを俯瞰させることが,数学的リテラシーを育む上で重要であることが示唆された。

キーワード: 数学的リテラシー,数学的なプロセス,俯瞰

 ここで言う数学的リテラシーとは,経済協力開発機構(2016) の定義による「様々な文脈の中で数学的に定式化し,数学を活 用し,解釈する個人の能力。それには,数学的に推論すること や,数学的な概念・手順・事実・ツールを使って事象を記述し,

説明し,予測することを含む。この能力は,個人が現実世界に おいて数学が果たす役割を認識したり,建設的で積極的,思慮 深い市民に求められる,十分な根拠に基づく判断や意思決定を したりする助けとなるもの」とする。

(3)

それぞれのカテゴリーは経済協力開発機構(

2016

)に よって次のように規定されている。

 定式化:生徒が現実世界にある問題場面を数学という 分野の中での設定に置き換え,現実世界に数 学的な構造・表現・特徴を持ち込み,問題に おける制約や仮定について推論したり,理解 したりすること。

 活 用:生徒が数学的概念・事実・手順・推論を用い て,数学的に構成された問題を解き,数学的 な結果を得ること。

 解 釈:生徒が数学的な解や結果,結果を振り返り,

それらを現実世界という文脈の中で解釈する こと。

 「評価」については解釈とともに規定されている。なお,

PISA2015

において「評価」領域の問題は公表されてい

ない。

 また,日本では新学習指導要領解説において,以下の ような問題発見・解決の過程(図

)を,小中高一貫し て取り入れることの重要性が指摘されている(文部科学 省,

2018

)。

図2 新学習指導要領解説における 問題発見・解決の過程

 ここで図

のモデルに関して,数学的なプロセスの背 景には現実の世界と数学の世界とのつながりが存在する のだが,よりそれらを意識させるために,図

のモデル を踏まえ,現実の世界と数学の世界が明示された方がよ いと考えられる。そこで本研究では

PISA2006

の数学的 プロセス(国立教育政策研究所,

2007

)を用いる(図

)。

ただし,一部

PISA2015

に則り言葉を変更している。

図3 本研究における数学的なプロセスのモデル  本研究では,上記のモデルを「数学的なプロセス」と

定義し用いることとする(①

④の数字は以下での教材 構成において対応が分かりやすくするために便宜的に ふったものである)。数学的リテラシーを育むためには,

この数学的なプロセスに沿った教材を開発することが重 要であると考えられる。

2.2 数学的なプロセスと教材開発の視点

 数学的なプロセスを生徒に体験させることを意識した 教材の開発及びその効果は,既にいくつかの研究で報告 されている(例えば,西村(

2006

),佐伯ほか(

2008

) など)。ここで,数学的なプロセスはサイクルであるた め,本来複数回体験させることが重要であると考えられ るが,この点を意識した教材開発及び教育実践による 効果の検証は,十分になされているとは言い難い。ま た,長崎(

2010

)は科学技術の智プロジェクト(

2008

) による科学技術の各分野のリテラシーの図式化や島田

1977

)の数学的活動の図式化などの先行研究を根拠に

「数学的リテラシーを育成する教育内容は,それぞれの 課題や数学的能力が関連付けられ,そして全体的な俯瞰 が可能になるようにする。数学的リテラシーは,究極的 には個々人の中で有機的に関連付けられて統合されたも のとならなければならない。」と述べている。つまり,

数学的なプロセスを俯瞰できることが,数学的リテラ シーを育む上で重要であると言える。

 以上のことから,本稿では(

)数学的なプロセスを 複数回体験させること,(

)体験した数学的なプロセ スを俯瞰させることの

点に着目し,具体的な教材を開 発することとする。

3.具体的な教材の開発

 数学リテラシーを育む教材開発の

つの視点を踏まえ,

ここでは具体的な教材について検討する。本稿で検討す る教材は,新井(

2016

)を参考に,「スキージャンプ競 技におけるルール改正の妥当性」を扱う。スキージャン プ競技ではスキー板の長さに関するルールの改正が過去 に

度行われており(以下,改正

A

,改正

B

とする,表

),

数学的リテラシーを育む教材として提案されている。

時期 ルール

リレハンメル五輪以降

(1993-1994シーズン)

〜長野五輪

(1997-1998シーズン)

身長(cm)+80cm

↓改正A 長野五輪以降

(1998-1999シーズン)

〜2003-2004シーズン

身長(cm)の最大146%

(最長で270cm)

↓改正B 2004-2005シーズン

〜現在

BMI(体重kg÷身長m÷身長m)

に応じて決定(表2)

表1 スキー板の長さに関するルールの変遷

(4)

中学生を対象とした数学的リテラシーを育む教材開発

スーツ,シューズ着用時のBMI 身長に対するスキー板の長さ

21.0 145%

20.5 143%

20.0 141%

19.5 139%

19.0 137%

(出典:ジャンプ雪印メグミルク 公式サイト)

表2  BMIから算出されるスキー板の長さ

 一方,新井(

2016

)が提案した教材は,(

)数学的 なプロセスを複数回体験させること,(

)体験した数 学的なプロセスを俯瞰させることの

点は十分には意識 されていないため,本稿ではこの

点に着目した教材を 開発する。

 教材開発に向けて,まずは複数回の数学的なプロセス を設計した(図

4 ‐ 6

)。

図4 改正Aに対する一次関数を用いた 数学的なプロセス1回目

図5 改正Aに対するデータを活用した 数学的なプロセス2回目

図6 改正Bに対するグラフを活用した 数学的なプロセス3回目

 まず,数学的なプロセス

回目について,ルール改正

A

前後である

97-98

99-00, 2

つのシーズンの選手の 順位変化を見ると,明らかな差がみられる。それにより

「ルール改正はどのような選手に有利だったのか」とい う「現実的な問題」が設定できる。改正前のルール「身 長(

cm

+80cm

」,改正後のルール「身長(

cm

)の最

146%

」について,身長を

x㎝,スキー板の長さを y

㎝として,改正前「y

x + 80

」,改正後「y

= 1.46 x」

の関数式で表すと,「この

つの式のグラフの交点の座 標は何か」という数学的な問題が設定できる。連立方程 式を活用すれば,およそ(x,

y)

174,254

)である(x

= 173.913

…,y

= 253.913

…)ことが分かり,「交点の

x

座標は,およそ

174

である」という数学的な結果が得 られる。この数学的な結果を,スキー板の長さと身長に 合わせて解釈すると「身長が

174cm

以上の選手にとっ て,このルールは有利である」という「現実的な結果」

が得られる。この結果から,身長が有利不利を決める要 因だったと判断でき,「現実的な問題」が解決されたと 評価が可能となる。

 次に,数学的なプロセス

回目について,プロセス

回目の結果「身長が

174cm

以上の選手にとって,この ルールは有利である」に対して,「ルール改正前後で実 際に影響はあったのか」という新たな現実的な問題が設 定できる。実際の上位選手の身長のデータに着目し定式 化すれば「ルール改正前後でデータを比べると,有意な 変化があったか」という数学的な問題が設定できる。代 表値やヒストグラムなどを活用すると,「上位選手の身 長の平均は大きくなっており,ヒストグラムの山も右に 寄っている」という数学的な結果が得られる。これを解 釈すると有意な変化であり,「プロセス

回目で得られ た結果は正しかった」という「現実的な結果」が得られ る。この結果から,身長が低い選手にとって改正

A

は 適切とは言えないという評価が可能となる。

 さらに,数学的なプロセス

回目について,「最新の

BMI

を用いたルール改正は適切だろうか」という現実的 な問題が設定できる。

BMI

は身長と体重の

変数によっ て定められるため,体重を固定して身長を変化させ,ス キー板の長さをグラフにプロットし(図

),定式化す れば,「現行のルールにおける身長とスキー板の関係は どうか」という数学的な問題が設定できる。

図7 現行ルールにおける体重65kgの選手の 身長とスキー板の長さの関係

 図

のグラフを活用すれば「体重が同じ場合,身長が 一定値を超えると,スキー板の長さは身長にほとんど影 響されない」という数学的な結果が得られる。これを「現 実的な問題」と照らし合わせれば身長がスキー板の長さ

(5)

に及ぼす影響が小さくなっているため,「現行のルール はより公正になっている」という現実的な結果が得られ,

「現行のルールは適切である」と評価が可能となる。

 以上のように,一次関数と統計分野で数学的なプロセ スを複数回体験させる教材を開発した。なお,授業実践 では,体験した数学的なプロセスを俯瞰させることを意 識した展開が重要となる。

4.授業実践について

4.1 授業実践の目的とその評価 4.1.1 授業実践の目的

 本授業実践の目的は

点ある。まず,数学的なプロセ スを複数回体験させることの効果を明らかにすることで ある。次に,体験させた数学的なプロセスを俯瞰するこ との効果を検証することである。

4.1.2 授業実践の評価

数学的なプロセスを複数回体験させることの効果として は,(

つの課題に対して複数の観点で検討できるよ うになり,(

)サイクル

回目とサイクル

回目で発言 や意識の変容が起こるという

つの姿を想定する。体験 させた数学的なプロセスを俯瞰することの効果について は,サイクル

回目とサイクル

回目の考察に変容が出 たり,サイクル

回目の考察がサイクル

回目によって より価値づけたりする姿を想定する。

 これらを,生徒の記述や発言から評価する。

4.2 対象

 福井大学附属義務教育学校後期課程

年生

クラス 各クラス

40

名(男子

20

名,女子

20

名)計

120

4.3 時期

2018

22

限(

30 ‐ 10

20

C

2018

26

限(

30 ‐ 10

20

A

2018

27

限(

30 ‐ 9

20

A

限(

11

30 ‐ 12

20

B

限(

14

45 ‐ 15

35

C

2018

28

限(

30 ‐ 10

20

B

4.4 場所

福井大学附属義務教育学校後期課程

A

B

C

組 各教室

4.5 授業内容

 授業時間数の制限(

50

×2

コマ)があったことから,

開発した教材を以下のように再構成し,授業を行った。

時間 学習活動

第1時

(50分)

スキージャンプのスキー板の長さに関する ルール改正前後でどう変わったのかを探究す る活動

第2時

(50分)

第1時に出した結果について実際の大会の データを活用して探究し,よりよいルールを 数学的根拠に基づいて提案する活動

表3 実践した授業での学習活動

4.6 授業形式

 一斉授業形式(ただし,課題に応じて適宜小グループ を構成し,協働的に問題解決を行う場面有)。

4.7 第1時 4.7.1 授業の実際

 第

時では,スキージャンプのスキー板の長さに関す る改正前後のルールを示し,それをもとにルールを分析 させた。ルール改正前後の上位選手のデータ(図

)を もとに,課題

つのシーズンを比較し,順位につい て分かることを分析しなさい」を提示した。

図8 2シーズンの上位20名の選手の順位  ここでは,生徒にスキージャンプ選手の「氏名」と「順 位」に関わるデータを自由に分析させた。そして,「日 本人選手の順位が下がったのはなぜか」,「外国人選手の 順位が上がったのはなぜか」という疑問を持たせた。

この疑問を踏まえ,以下の課題

へと展開した。

 調べてみたところ,2つのシーズンの間にはスキー板 の長さについて次のようなルールの改正がなされていた。

(改正前)身長(cm)+80cm  

(改正後)身長(cm)の最大146%(最長で270cm)

 スキージャンプ競技においては,次の前提がある  「長いスキー板を用いた方が,受ける浮力が大きく 有利」

 このルール改正はどのような人にとって有利でどの ような人にとって不利であったか。

図9 提示した課題2

(6)

中学生を対象とした数学的リテラシーを育む教材開発

 課題

に対して,多くの生徒が「身長」という変数に 着目し,「日本人は身長が低いから順位が下がったので はないか」,また「身長が高いほうが有利であるのでは ないか」と考えていた。ここで,次のように課題

ʼ「身 長が高いの “ 高い ” とは何が基準になっているのか」を 生徒へ投げかけた。課題解決に向けては,電卓を配布し,

具体的に数値を,変化させて調べやすい場を設定した。

授業では,生徒の考えを共有しながら,「身長が高い選 手にとって有利になるルール改正であった」の結論が導 かれた。授業の最後には,「導いた結論が,実際のデー タに表れているのか」といった新たな問いに結び付けた。

4.7.2 課題1・2に対する生徒の考え方

 第

時の課題

について分析した結果,生徒の考え方 は

つに分類された。課題

においても,ルール改正前 後の基準となる身長を求める手法として,

つの考え方 がみられた。以下,それぞれの生徒の考え方について具 体的に検討する。

図10 対応する選手を線で結び順位の変化を見る 課題1-a. 選手個人の順位変化を対応させる考え方 

(適用率63%)

 図

10

の生徒は,自身でいくつか観点を設けてデータ の整理を行っている。具体的には,順位が上がった選手 は赤線で,下がった選手は青線で結び,

97-98

シーズン にランクインしていて,

99-00

シーズンでランクインし ていない選手には

×

をつけ,新たにランクインした選手 には

をつけている。

 図

11

の生徒は,対応を取る中で,上がり幅,下がり 幅を,具体的数値で示している。

 図

10

は順位の変化をグラフで視覚的に表しており,

11

は表を用いて数値で表している。説明する観点か ら,具体的数値でどの程度変化したかを示すことができ る図

11

の方が有用だったと言える。

図12 上位20位の順位が上下した割合 課題1-b.割合に着目した考え方(適用率23%)

 図

12

の生徒は,順位が変化した選手の割合に着目し ている。順位が上がったり下がったりした選手が集団の 中においてどの程度多いかが明確に分かる方法だと言え る。

図13 上位10位以内の日本人の割合の変化  図

13

の生徒は,上位選手に占める日本人の割合に着 目している。日本人選手の順位が下がっていることを明 らかにするために,上位

20

位と上位

10

位の

つの視点 から分析し,その結果,

20

位以内に入っている日本人 選手数は変化していないが,

10

位以内に入っている選 手が

人減ったことを示している。

図14 ルール改正前後の日本人選手の平均順位 課題1-c.平均に着目した考え方(適用率7%)

 図

14

の生徒は,「日本人選手の順位が下がっている」

ことを示すために,平均値を求めていた。

図11 順位の変化を数値で表しup,downを示す

(7)

図15 表を活用した近似的方法 課題2-a. 数値計算による近似の考え方 

(適用率63%)

 図

15

の生徒は,具体的数値を用いて,改正前後でど こを境にスキー板の長さの関係が変化するかを調べ,不 等号によってその変化を可視化している。

図16 逐次近似的な小数第2位までの求答  図

16

の生徒は,変化の境目でより細かく数値を変え て調べていくことで,実際の境目となる値の小数第

位 まで正確な数値を求めている。

図17 スキー板の長さと身長に関する方程式 課題2-b.方程式(適用率25%)

 図

17

の生徒は,身長を未知数

x

とおき,方程式を用 いてルール改正前後でスキー板の長さが変わらない身長

の値を求めている。方程式により,何度も計算を繰り返 して当てはめずとも,正確な値を求めることができる。

図18 スキー板の長さと身長に関する不等式  図

18

の生徒は,改正

A

によって有利になる条件を不 等式で立式しているが,中学校段階では解けないため,

方程式に落とし込んで,図

17

と同じ方法で解いている。

図19 2つのルールにおけるスキー板の長さのグラフ 課題2-c.関数を利用した考え方(適用率3%)

 図

19

の生徒は,一次関数のグラフを用いて変化を捉 えている。グラフを用いると,全体の変化を掴むだけで なく,身長が基準から高くなれば高くなるほど,ルール 改正前後でスキー板の長さの差が大きくなるなど,影響 を視覚的に理解できる方法と言える。

4.7.3 第1時の考察

 課題

について,生徒が適用した

つの考え方は,い ずれも全体的な順位の変化を捉えることができるもので あった。課題

について,

つの考え方を比較すると,ルー ル改正前後の基準が明確で,その前後の変化も可視化さ れる関数を用いた考え方がもっとも有用であると考えら れる。この考え方をした生徒は,全体のわずか

3%

であ り,方程式の利用は全体の

30%

未満であった。これは,

数学的なプロセスにおける「定式化」,つまり,ルール を文字式で表す能力が不十分であると考えられる。近似

(8)

中学生を対象とした数学的リテラシーを育む教材開発

の考え方で求めていた生徒が,方程式の考え方を知った 際,とても納得している様子であった。方程式の有用性 を実感した場面であると言える。また,関数の考え方に ついて,生徒は,関数は表・式・グラフで扱う経験が多 く,式のみで関数を扱う経験が少ない。関数の考えを定 着させるためには,必要に応じて関数と結びつけやすい グラフや表を関連付けて提示するといった改善方法が考 えられる。また,次のような疑問を示した生徒が,各ク ラスに数名いた。

図20 生徒による変数の追加

 飛距離を考える上で,体重を考慮する視点は,ルール をさらに改正するうえで貴重な視点である。今回の課題 では身長という変数しか設けていないが,ジャンプの飛 距離に影響を与えるものとして,体重という新たな変数 に着目できる生徒がいたということは,この教材を用い てより発展的な授業が行える可能性が示唆される。

4.8 第2時 4.8.1 授業の実際

 第

時では,「第

時で得られた「現実的な結果」は,

実際のデータにおいて正しいのか」を考えさせるために,

ルール改正前後の上位選手の身長のデータ(図

21

)を 配布し,課題

「ルールから導き出した結果が,実際に はどうなっていたか,分析しなさい」を提示した。

図21 2シーズンの上位30名の選手の順位と身長  ここでは,より正確な相関が出せるよう,課題

のデー タよりも多い,上位

30

名の選手のデータを渡した。課 題

1, 2

の学習を活かし,効率よくデータを整理できるよ うにするため,課題

では,グループ活動を積極的に取 り入れた(図

22

)。

図22 生徒の話し合いの様子

 各グループでは,平均値や中央値などの代表値を求め たり,ヒストグラムをかいたりしてデータの分析を行っ た。そして,「身長が高い選手の方が,有利である」と いうことが,データからも正しいということを明らかに した。生徒の応答をそれぞれまとめ,価値づけし(図

23

),サイクル

回目を終えた。

図23 生徒の分析の黒板掲示とまとめ・価値づけ

4.8.2 課題3に対する生徒の考え方

 第

時の課題

について分析した結果,生徒の考え方 は

つに分類された。以下,それぞれの生徒の考え方に ついて具体的に検討する。

図24 上位30位以内で身長174cm以上の選手の割合 課題3-a.割合を見る(適用率40%)

 図

24

の生徒は,基準となった

174cm

以上の選手の割 合の変動を調べている。

 図

25

の生徒は,上位選手の身長の平均の変化を見て いる。全体を捉えたもの,

30

位までを

10

位ずつに区切 り,より上位の選手の動きはどうだったかなど,段階的 に求めている。全体の平均身長を見ると,

0.6cm

の差が 出る。選手が

30

名おり,選手個人の身長の変化がルー ル改正前後でないと仮定すれば,有意な変化と捉えるこ とが適切であると考える。この捉えが生徒にとっては困

(9)

難で,「あまり差がない」と捉える生徒もいた。これは,

成長期である中学生にとって,身長が

0.6cm

伸びるこ とは珍しくなく,身近な感覚が影響したと考えられる。

図26 2シーズンの上位30位の選手の身長に関する ヒストグラムの比較

課題3-c.ヒストグラムで表す(適用率17%)

 図

26

の生徒は,ヒストグラムと度数分布多角形をか いている。平均は数値としては分かりやすいが,散らば り具合は分からない。その意味で,全体の傾向を捉える ためにヒストグラムは有効である。この

つのヒストグ ラムから,ルール改正後に山が右に寄っていることや,

山が

つから

つになっていることなどを総合して,課 題

の結論が実際にも正しいと説明できる。

4.8.3 第2時の考察

 課題

について,

つの考え方を比較すると,ヒストグ ラムで表す方法がこの場合もっとも有用であると考えられ る。身長が高い選手にとって有利であることを示すために は,平均でも見て取ることができるが,分布の違いが分か らないためである。全般的傾向として,生徒がデータを判 断する材料としては,代表値の中でも特に平均値が多かっ た。また,

174cm

の基準は多くの考え方で言及されている ことから,生徒は,第

時の現実的な結果と比較している

ことが分かる。数学的なプロセスを複数回体験させること の良さが表れている場面と言える。また,代表値やヒスト グラム作成におけるデータの区切り方も生徒によって様々 であった。これは,現実の複雑な事象を,データで捉える 際の自然な状況である。このような状況が発生したことも,

この教材の有効性が発揮されたと考えられる。

4.9 アンケート

4.9.1 アンケートの目的

 アンケートを実施した目的は,生徒が体験した数学的 なプロセスを俯瞰させることである。

4.9.2 アンケートの内容

 改正

の妥当性を問う課題と,改正

の課題を踏まえ たうえで新たなルールを提案させる課題の,計

問を実 施した。

4.9.3 結果と考察

 改正

の妥当性を問う課題として,次の問いを与えた。

 「97-98シーズンから99-00シーズンにかけて行われた,

スキージャンプ競技における,スキー板の長さに関する ルール改正は妥当であった」という主張に対して,そう 思う・そう思わないどちらの立場を支持するかを明確に し,そう考えた数学的な理由を書きなさい。

図27 アンケート

 生徒の選択した立場は,そう思う

10%

,そう思わな い

75%

,無回答(どちらともいえない含む)

15%

に分 類された。

 数学的な理由として,生徒が挙げていたものの多くは,

数学的なプロセス

回目で求めた “ 基準 ” である。

回の プロセスにわたってこの基準を多角的な視野から検討し た成果がみられた。

図28 割合を根拠とした「そう思わない」立場  図

28

の生徒は,基準

174cm

より高い選手の方が,順位 が上がっている割合が高いことを根拠に,背の低い選手に とって適切なルール改正ではなかったと判断している。

図25 上位30位の選手の身長の平均 課題3-b.平均を見る(適用率60%)

図29 割合を根拠とした「そう思う」立場

(10)

中学生を対象とした数学的リテラシーを育む教材開発

 図

29

の生徒は,日本人選手と外国人選手の両方の視 点から検討し,ルール改正は妥当であったと判断してい る。つまり,ルール改正前は日本人選手にとって有利で,

外国人選手にとって不利であったと捉え,よりすべての 選手にとって公平になったという立場をとっている。こ の生徒は,外国人選手目線から道徳的に考えられている。

 そう思わない立場の生徒が

75%

と,一方の立場に偏っ てしまったことは,外国人選手の立場に立てばルール改 正後はより公平になったという道徳的判断が抜けてし まったことになり,今回の教育実践の課題となる部分で ある。しかし,生徒が挙げた数学的な理由は多様である ことから,授業内で吟味した問題解決方法が活かせたと 考えられる。

 改正

の課題を踏まえたうえで新たなルールを提案さ せる課題として,次の問いを与えた。

 現行のルールは「身長(cm)の最大146%」ではなく,

さらに改正されている。

 すべての選手にとって「より公正なルール」という視 点に立ち,スキー板の長さを定めるルールには,どのよ うな案が考えられるか。ルールの改正案を示し,そう考 えた数学的な理由を書きなさい。

図30 アンケート

  については,十分に生徒が回答する時間を確保でき なかったため不十分な回答が多かったが,代表的な回答 について事例的に検討することとする。

図31 割合を調整してバランスをとる案

 図

31

の生徒は,基準となる身長を設けたうえで,身 長の高さによって大きな差が生じないように割合を調整 しているものである。

図32 身長と体重を考慮したうえでバランスをとる案  図

32

の生徒は,身長と体重という

変数を導入して ルールを提案している。おおよそ,スキー板の長さが,

身長の影響を受けずに等しくなるように工夫している。

これは,身長によって体重も変わるということを考慮し,

一定の妥当性がみられる。

 図

33

の生徒は,図

32

の生徒と同様,身長と体重の

変数を用いたルールである。

BMI

によるルールは,改 正

によって用いられることとなった現行のルールと着

眼点は同様であり,このルールの妥当性は高いと言える。

4.10 成果と課題

4.10.1 プロセスを複数回体験させること

 数学的リテラシーが育まれた生徒の姿として本実践で は(

つの課題に対して複数の観点で検討できるよ うになり,(

)サイクル

回目とサイクル

回目で発言 や意識の変容が起こるという

つの姿を想定した。

 (

)について,複数の観点で検討する生徒がみられた。

特に,近似と方程式のつながり,方程式の解とデータを 活用することによって得られる結果のつながりが意識で きた。一方で,関数の考え方が乏しかったことは課題で ある。指導案段階では,関数による解答が正応答である と考えていたが,近似的に求めるか方程式を求めるかの ほぼ二分された状態であった。関数の考え方は少数の生 徒から出てきたため,それも全体で共有したが,関数と して捉える力は十分身に付けることができなかった。

 (

)について,サイクル

回目の意義をサイクル

回 目によってより価値づけされたことが成果として挙げら れる。サイクル

回目の段階で,

174cm

を基準に有利不 利が発生していることを確認したが,多くの生徒がサイ クル

回目を終えた段階で,ワークシートに「選手の技 術や調子によると思う」と記述していた。しかし,サイ クル

回目を終えた後のアンケートでは,そのような記 述は見られず,自身の体験したプロセスのいずれかを根 拠として判断していた。これは,得られた数学的な結果 を別視点で再検討することが,

回目のプロセスででき た成果である。

4.10.2 数学的なプロセスを俯瞰させることの効果  アンケートによる課題において表出した生徒の意見は 多様であった。基準に着目する点は共通していたが,そ れを求めるプロセスや根拠とする理由は異なっていた。

特に,サイクル

回目の考察をサイクル

回目の結果を 踏まえて再評価するような「データで見ても身長が高い 人は有利で,正しいと言えた」と

つのサイクルを統合 してみることができた生徒がいたことが成果であった。

 一方,本実践においては,生徒個々の思考の変容を追 うことができなかった。他者の意見を聞いたうえでどう

図33 BMIを活用した現行ルールに近い案

(11)

意見が変化したのか,その変容・吟味の過程が可視化さ れなかった。俯瞰がいかにして効果を発揮したのか,ア ンケートによる評価課題のよりよい改善が今後の課題で ある。

5.おわりに

 本稿では,数学的リテラシーを育む教材開発を目指し た。実際に,数学的なプロセスを複数回体験させること,

数学的なプロセスを俯瞰させることを重視した教材を開 発し,授業実践を行った。その結果,多角的な分析が行 われ,内容を振り返る生徒の様子が見られたことから,

開発した教材の一定の妥当性が示唆された。一方,生徒 自身に思考させる時間の確保が不十分であったことが課 題として挙げられる。

 今後の課題として,開発した教材を改善すること,ま たより多くの生徒を対象に授業実践を行うことで,今回 得られた知見の一般性を検証していくことが挙げられ る。

謝辞

 この度,授業実践にご協力いただいた先生方・生徒の みなさんに,この場を借りて厚く御礼申し上げます。

参考・引用文献

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Development of Teaching Materials Nurturing Mathematical Literacy for Junior High School Students

―Focusing on Multiple Experiences of Mathematical Process and Overlooking Them―

Toshihide MABUCHI, Yasuzo NISHIMURA, Atsushi SAKURAMOTO, Hiroshi KAZAMA, Chieko MATSUMOTO, Masafumi KUMODE Keywords: mathematical literacy, mathematical process, overlooking

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