1.活動概要
このサブプロジェクトでは日本が近代化のモデ ルとしてきた 「西洋」 とは異なる世界観や価値意 識、文化を維持してきた地域へのアプローチを通 じて、改めて日本の現在を問う試みである。当初 イスラム文化圏を重点的に扱う予定であったが、
1年目は東アジアに焦点をあてたものが中心と なった。2年目はイスラム圏の文化との対話を主 軸として研究を行った。フランスから見たイスラ ム世界、イスラム世界の中で疎外されてきたクル ドと広くイスラム文化圏を概観できた。3年目の 2010年度は諸般の事情から3回しか研究会を開け なかった。しかもその内2回は原田所員が企画し た
NGO
アカデミー連続講座「グローバル化の中 の国際協力」の最初の2回に充てた。日本の中で のNGO
の捉え方が、NGO界とそれ以外からで は異なることが浮き彫りにされた。第3回は同じ 国の中で異文化衝突を起こしているルワンダでの 調査に基ずく討論とした。まとめとなる最終回の 第4回で開催しようとしていた「社会構成主義」の研究会は震災のために中止となった。
2.総括
1年目は竹尾コーディネーターが関わって来た
東アジアの島嶼地域文化圏(琉球弧・台湾)の基 層文化と近代 ・ 西洋との接触と葛藤のありようを 継続的に観察 ・ 分析することを試みた。両地域は 日本の近代化の過程において植民地(的な隷属)
状態に置かれた場所でもあって、その異文化との 接触経験は日本に住む我々とも極めて密接で歴史 的な関わりを持っている。その延長に現在があっ て、両者の邂逅が総括あるいは終結しているので はない。むしろ歴史的な出会いのプロセスについ て、和解
reconciliation
はこれから先の課題として 残されている。メトロポリスから相対的に遠く、文化的な伝統が維持されてきた島嶼地帯 ・ 山間部 もグローバル化の影響下にさらされている。社会 変動 ・ 世代交代とこれに伴う価値観の変化が余儀 なくされ、文化伝統も動揺している。これを博物 館に収めるように維持するべきなのか、あるいは 調整や変形といったダイナミズムを導きいれるの か、地域社会も模索を続けている。その定点的な 観測が必要である。1年目の最後はパレスチナの 問題をとりあげたが、イスラエルとの対話が進ま ない現状に何が和解の鍵となるのかを考えさせら れた。
2年目のイスラム世界を中心とした対話を主軸 とする研究ではさまざまな視点からイスラム圏を 考察した。まず、ヨーロッパに居住する1000万人 を超えるムスリムについて浪岡所員が話題提供し た。特にヨーロッパ最大数(約500万人)のムス 2010年度プロジェクト活動報告(終了報告)
異なる文化との対話─非西洋の視点から
平 山 恵
(PRIME所員)
リムを抱えているフランスでは9.11、マドリッド での列車テロ、暴動などの事件を通じて、ムスリ ムであるがゆえに、人権、男女平等、民主主義、
世俗化といったヨーロッパの価値を受け入れるこ とが困難になっている。「市民」にふさわしくな いと見なされる社会規範がそうさせているようで ある。近年、フランスには市民教育を強化するこ とでムスリムたちを「市民」にしようという流れ がある。しかし市民教育の強化はムスリムの「市 民化」にはつながらず、むしろさらなる「非市民 化」を促すものであることが報告された。移民の 社会的統合はヨーロッパ諸社会で重要な課題をな すが、ホスト社会と労働市場における移民の排 除、周辺化は否定しがたい現実である。特にフラ ンスでは05年の「暴動」にみるように問題が顕在 化し、「平等」や「統合」の理念自体も問われて いる。
次に国際学部卒業生の林はるか氏から「シリア のクルド人」について、2008年に実施した聞き取 り調査を基にした報告があり、それに対してフォ トグラファーでクルド人についての著書もある松 浦範子氏やクルド人の友人を持つ参加者からコメ ントをしてもらうことでイスラーム文化に存在す る見えにくい異文化の存在とその疎外化を分析 し、文化の多様性と平和に関する問題について議 論した。12月の研究所のシンポジウムで「国なき 民」としてのクルド人の状況を取り上げることに なり、更なるクルド人の理解のために事前にクル ド人関連の映画鑑賞も行った。シンポジウムでの 松浦氏からの報告でクルド人の問題の所在がはっ きりしたところで、シリアのクルド人の人たちと スカイプをつないで画像 ・ 音声討論を行った。パ レスチナ人よりも規模の大きいクルド人の問題が 世界的な議論となっていないことには注目した い。ただクルド人といってもいくつかの国に分か れていることでクルド人の中でも異文化が醸成さ れて軋轢をおこすこともあるようだ。クルド人と
居住している政府との間の対話は殆ど進まず、日 本を含めた「よそ者」の国際的な介入が必要であ る。
2年目を総括すると、「イスラーム」という日 本では接点が少ない価値観、文化に対する理解を 深めることができたと考える。また、平和という 視点では、イスラーム世界に大きく存在するクル ド問題の現実を具体的に知ることができた。この 研究がきっかけで研究メンバーの一人である竹尾 所長がイランのクルド人居住区を訪れたことも付 記したい。
3年目は、NGOについて2回の研究会を開催 した。日本の
NGO
文化も大きく西洋の影響を受 け、60年代〜80年代に設立した「日本型」と言わ れた、金がなくてボランティア活動が中心で始 まったNGO
と、その多くが90年代以降に設立し た公金をもらって運営する「西洋型」NGOの間 に文化の差が見られた。また企業とNGO
の連携 についてもその組織文化の差があり、現在その障 壁を乗り越えるべく「連携」活動の試行錯誤が進 んでいる。最初のNGO
につていの報告は「NGO 新たな役割─サイクロン被害のミャンマー、地震 被害のハイチ支援の経験から」、と題してピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)の山本理夏氏により ハイチ緊急支援の活動経験を踏まえアフガニスタ ン支援に向けてNGO
の活動及び、国際協力にお ける課題等についての質疑応答が行われた。PWJ は90年以降のいわゆる西洋型NGO
の代表であ る。公金を得て、また大学院で開発援助や平和学 を学んだスタッフを採用して事業を展開する。軍 政下で起きた地震の被災地ハイチでの救援を中心 に話題提供・質疑応答が行われた。軍事政権での 人道支援とあってハイチにおいては、「統治能力 の欠如」が非常に大きな課題であった。現場での オペレーションでは「言葉」と「判断」の2つが キーワードとして挙げられる。現地語で話すこと の重要性、現地情勢の正確な理解やそれに伴う判断等である。また、国際協力の現場においては、
様々な役割(NGO、メディア、一般人)が存在 することが再認識され、その役割を各々がしっか りと再考しながら包括的に取り組んでいくことが 重要である。支援の難しさや、現地で公用語と なっているフランス語能力について山本氏が必要 ないというのに対して、「日本型」NGO経験者は 必要だという等、NGOの支援に対する考え方の 違いが浮き彫りになった。
NGO研究の第2回は国際協力
NGO
センター(JANIC)事務局長の富野岳史氏からの「企業と の協力─その意義と課題」という話題提供で始 まった。CSR(企業の社会的責任)がブームで、
利益至上主義だった企業がにわかに貧困、環境、
人権、労働などグローバルイシューの解決に乗り 出している。資金、技術など豊富なリソースを抱 える企業との協働は魅力だが、課題も多い。この ほど、企業との「協働ガイドライン」を作成し、
この問題に積極的に取り組んでいる富野氏に話を う か が っ た。NGOを 支 援 す る
NGO
で あ るJANIC
の存在意義、そして今般力を入れているCSR(Cooperate Social Responsibility)に基づいた
連携が進んでいることが紹介された。複雑化する 地球規模の課題は政府やNGO
だけでは解決でき ず、企業とNGO
との協働は意義深いことである。しかし実際に連携してみると、文化の違いが障害 となって多くの問題が起こる。特に組織背景が理 解できないとコミュニケーションが成り立たな い。連携には3つの型がある。1)フィランソロ ピー型(寄付や助成金)、2)トランザクション 型(NGOを理解する社員教育として
NGO
活動 への参加、コンサルティングの提供)、3)イン テグレーション型(共同事業)があるが、現在日 本ではまだ1)が多いのが現状。しかし徐々に2)や3)の試みがあり、具体的な連携事業の事例紹 介があった。同じ日本という文化を背景にする組 織体であるが、NGOと企業との間にはまだまだ
文化差があり、これからも意思疎通、理解を進め て、同じ「幸せな社会創造」という目的を達成し たい。
結果的に最終回となった研究会は近代化や経済 開発を猛スピードで展開するルワンダについての 現状報告「ルワンダの人々の声を聴く」が行われ 討論を行った。平山所員が2001年に聴きとりを 行った23人と2010年に聴いた100人の
HIV
陽性の ルワンダ人の声から1994年の大虐殺後のルワンダ の状況を考えた。近代化の中で発展していく国と そのスピードについて行けず残されていく「弱 者」の声を10年の差で比較した。ツチとフツ間の 信頼の回復はルワンダ社会の正常化のカギではあ るが、「発展」やそれを支援する国際協力が作り 出した「強者」と「弱者」の間での格差が平和を 脅かしている。第三者としては引き続き弱者を含 めた人々の声を聴きながら、国際社会の一員とし て関わりたい。3.成果と今後の課題・展望
1年目に行われたアジアの中の異文化研究は国 際平和研究所初の試みとして、在学生を対象とし たインド ・ ナガランドへのスタディツアーを行っ た。木村助手が主導的な役割をして1年目にコー ディネーターを務めた竹尾所員がこれを補佐し た。このツアーの成果については別途報告書があ るが、近代国家としてのインド成立の陰で人種的 にも文化的にも独自性を保つナガ人がなぜ自己決 定権を十全に発揮できずに60余年を経たかについ て、きわめて今日的な問題を提起している地域と 言えるだろう。参加学生にとっても実に貴重な機 会になった。
2年目は見えにくい問題としてクルド問題を中 心にとりあげ、12月のシンポジウムではナガラン ドに加えてクルド問題を「国なき民」として取り 扱った。日本、否世界で取り扱いにくい「国」と
いう人為的な括りに関わる問題であり、平和研究 として忘れてはならない視点である。クルド人故 の暴力被害の歴史があり、聴き取りなど外部者の 介入には問題がある。それだからこそ当研究所が 追い続ける課題とも言えるだろう。
3年目は、まだ成長過程にある日本の
NGO
の 中での異文化を見た。またNGO
と企業、更には この我々研究機関という異文化組織がそれぞれの 経験をどうシェアリング・構築してより平和な社 会造りに貢献するのかという問題が分析された。12月に〈NGOと社会〉の会とともに共催した「平 和構築は平和を創造するか:平和構築と
NGO
の 役割」につながり、平和を創造するためにNGO
は単に援助を行うのではなく、政策提言などに関 わる重要性が再確認された。ルワンダの問題は先 進国が翻弄して来た結果、ツチとフツという異文 化を作ってしまった外部者の責任を問うものであ り、その補償としての支援の際に「受苦者」の声 に耳を傾けることを考える機会となった。また、近代化の過程で発生した我々「強者」と受苦者で ある「弱者」の対話は平和創造の上で必須だと感 じた。
「異文化」はパレスチナやクルドやナガランド のような同じ国の中に、または国境を越えて存在 する。また、小さな
NGO
社会の中にも異文化は 存在しそれが文化の多様性を高め社会を豊かにし ていくとともに軋轢をも起こしている。平和な社 会を創造するためにはこの異文化をプラスの方向 に向かわせる「対話」が重要だと考える。最後にまとめとして社会構成主義という観点で 総括したかったが、東日本大震災のために中止と なった。これは今後に譲りたい。開催案内を将来 のためにここに紹介してまとめに替えたい。
2011年3月17日研究会「社会構成主義で平和を 考える」
★『あなたへの社会構成主義』(ケネス・ガー
ゲン著、ナカニシヤ出版)を読んでご参加下さい。
紛争、虐殺と地球上にはたくさんの殺傷行為が ある。
「戦争をやりたくないのにやっている人」が大 勢いる。必ずしも、強制されたからとか貧困のた めというわけだけではない。
「私たち」は、やりたくないことをやっていな いか?
「私たち」は、やりたいことをやっているか?
人々は本当に自分が言いたいことや本心を言っ ているか?
心にもないことを複数の人が言っているため に、誰もが望まない「モンスター規範」ができあ がっていないか?
日本の中の「私たち」が、いつのまにか戦争に 加担していることもあるので、もう一度このメカ ニズムを 「社会構成主義」の観点から探ってみた い。
〈文責:平山恵〉
4.各回活動実績
2008年度
2008年5月24日(土)14:00〜17:00
映画上映会+トーク「分断された民、ナガの人々 の声〜インドとビルマの狭間で〜」
ドキュメンタリー映画上映
『ナガ物語〜沈黙のかげで』
(ゴパール・メノン監督/インド/2003年)
2008年8月7日(木)17:00〜19:00
「60年目のイスラエル:国内外の諸問題」
講師:エハッド・ハラリ氏
(ヘブライ大学名誉教授)
2008年8月17日〜23日 台湾先住民(アミ・パイ ワン族)祭祀調査と聞き取り(竹尾所長)
屏東縣來義郷長老派教会 設立60周年式典の取材
2008年10月15日(水)19:00〜20:30
「アウシュビッツとヒロシマ」
講師: ベン・アミ・シロニー氏
(ヘブライ大学名誉教授)
2008年11月8日(土)14:00〜17:00(木村)
シンポジウム:「 私たちは民族対立を超えて、つ ながることはできるのか」
講師: ベッキー・トリプラ氏(ジュマ民族、ドゥ ルバル・ネットワーク)
キアヌワラ・べグン氏(ベンガル民族・
チッタゴン女性
NGO「EKATA」代表)
島崎直美氏(「アイヌ女の会」、「先住民族 サミット」アイヌモシリ2008共同代表)
2008年11月14〜16日
「ゆいまーる琉球の自治の集い
in
西表島」竹尾 所長参加2009年2月15日〜24日
「インド先住民族スタディーツアー〜現地で平和 を考える〜」
学生5名参加 竹尾所長・木村助手引率
2009年2月3日(火)14:30〜16:00
「シリアの高等教育の現状について」
講師:ワーエル・ムアッラ氏(ダマスカス大学長)
2009年3月12日(木)17:00〜19:00
「パレスチナ市民の置かれている状況〜ガザ地区 を中心にして」
講師: 佐々木卓也氏(パレスチナ子どものキャン ペーン元インターン)
2009年度
接触の少ないイスラーム世界を知るため、日本 でイスラーム文化の広報活動をしているアラブ・
イスラーム学院を訪問し、その文化や言語に触れ たり、スカイプを通じてシリア人との直接対話を 試みた。また、国際平和研究所の
CD
資料を使っ てイスラーム映画を見て、イスラームの持つ雰囲 気やさまざまな問題を大まかに捉えた。2009年6月30日(火)研究会
「フランスにおけるイスラーム問題」
講師:浪岡新太郎(PRIME所員)
2009年7月9日(木)イマーム・ムハンマド・イ ブン・サウード・イスラーム大学東京分校アラ ブ・イスラーム学院訪問「イスラーム文化につい て」講義および、アラブ・イスラーム文化展示物、
モスクでの礼拝、アラビア語講座体験など各種イ スラーム文化の見学と学院長への質疑応答 講師: ムハンマド・ハサン・アルジール氏(アラ
ブ・イスラーム学院長)
2009年9月30日(水)「シリアのクルド人」 話題 提供者:林はるか氏(国際学部卒業生)
2009年10月17日(土)DVD上映「亀も空を飛ぶ」
2009年11月7日(土)DVD上映「少女へジャル」
2010年1月18日(月)「1990年代のルワンダ内戦 と国際社会の対応─国連平和維持活動を中心に」
講師:小峯茂嗣氏(東京外国語大学大学院総合国 際学研究科平和構築・紛争予防講座(PCS)研究 員/プロジェクトディレクター)
2010年1月19日(火)「シリアのクルド人」
スカイプにて、ヨーロッパ、シリア、横浜、白金
校舎をつなげて討論。
2010年度
2010年6月17日(木)「NGO新たな役割」
「サイクロン被害のミャンマー、地震被害のハ イチ支援からアフガニスタン支援に挑む」
話題提供: 山本理夏氏(特定非営利活動法人ピー スウィンズ・ジャパン東京事務局 事 業責任者)
2010年7月13日「企業との協力─その意義と課
題」
話題提供: 富野岳史氏(国際協力
NGO
センター(JANIC)事務局次長から「企業との 協力─その意義と課題」
2010年9月1日〜24日 ルワンダの
HIV
感染者 100人への聞き取り調査 平山所員参加2011年1月19日 「ルワンダの人々の声を聴く」
話題提供:平山所員