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木村和三郎教授の簿記理論とその批判

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Academic year: 2021

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(1)

木 村 和 三 郎 教 授 の 簿 記 理 論 と そ の 批 判

木 村 重 義

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魯 o N 昌 断9 酔 ︾ = 8 ・ H 9 冨 げ o o o ︾ = o ω 竃 碧 げ び

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(2)

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(3)

木村敷授の簿記理論は左記の作によつて知り得るρ

會計︑第三十二巻︑第一號及び第二號︑複式簿記と企業簿記

同第五號︑勘定系統論

同第六號︑勘定理論構成に於ける立場

大阪商科大學経濟研究年報︑第一號︑(昭和七年)物的二勘定系統読批判

 

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(4)

さるべく︑一切の紬勘定元帳勘定は全饅として企業に於ける個別資本の循環を記録するための機構であり︑此

の意味に於て資本の循環を捕捉する勘定︑即ち資本勘定であるが︑それのみを以て足れりとせす︑同時に顔切

の勘定を學げて損釜の算定を行ひ︑期間損釜計算の材料となるべき記録を示すといふ意味に於て損釜(成果)

に關する勘定である︒一切の勘定が二分されて資本勘定と損釜勘定との二系統となるといふのではない︒一切

の勘定が資本循環を示す勘定であると同時に成果を示す勘定であると主張するのである︒現今の企業簿記に於

ける期間損釜計算制度の下に於ては一切の勘定は會計年度中個別資本の循環蓮動の記録をその内容となし︑年

度末に至つて資本循環の記鎌を材料として企業の期間損釜を算定するのである︒從つて或一の勘定は資本の見

地から見て資本循環の何等かの一部分を示す勘定であると同時に損釜の見地より見て損費叉は牧釜の一部分を

示す勘定でなければならない︒嘲の勘定を以て資本(所謂財産及び資本)の在高を示す勘定であつて損釜を示

す勘定でないとし︑ある他の輔勘定を以て損費叉は牧釜を示す勘定であつて資本の有高を示す勘定でないとす

る從來の見解は勘定の本質を把握したものではない︒﹂

木村教投はこの勘定理論構成の立場を勘定並びに勘定系統の動的把握と稻する︒この場合︑先づ資本の循環・

利潤の稜生が﹁封立物の統一﹂として認識せられ︑次いでそれを計算記録する勘定もその本質を同じくし︑や

は砂﹁封立物の統一﹂として動的に把握されなければならぬとする︒なほこの立場に就いて木村敏授に嘉かな

ければならないことがある︒

﹁全損釜計算の場合︑即ち企業に於ける個別資本が一切の循環過程を完了し最初の現象形態たる現金に復齢

したる場合に於ては︑現金勘定と自己資本勘定とを除く他の一切の勘定の淺高は凡て企業損釜の内容を示す︒

食 計 、 第 三 † 二 巻PP.652‑654,792,793塗 照o

(5)

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便便

︒︒99︒8

簿

便,

()

倉 計

.PP.795,796・

年 報 噺PP.270,271肇 照o

(6)

當該會計年度末︑

決算に際してそれが損釜計

企業簿記の任務は個別資本の循環運動を勘定によりて捕捉し之を材料として利潤を算定することであると規

定されたが︑この任務を完全に果すためには︑木村激授によれば︑企業簿記は先づ資本の流れをその作用形態

(機能形態)と源泉形態(由來形態)との二方面より観察記録しなければならない︒作用形態の記録とは企業

資本の幾何が夫々機械・原料・製品・受取勘定等の形態をとつてゐるかに關するもので︑その必要は明白であ

る︒更に﹁杜會総資本を構成する個別資本はその當然の性質上︑個別資本聞に闘争の現象を生じ︑その結果個

別資本間に從属關係を生する︒即ち利潤の一部である一定の利子を受くる代償としてその増殖のための循環を

 他の個別資本の支配に委ねる個別資本を生する︒これ企業に於て他人資本と稻せらる﹂ものである︒﹂企業に

於ける個別資本・企業資本はかくて自己資本と他人資本との合成物であるから︑その組成を計算記録しなけれ

ばならないのである︒

個別資本循環運動の捕捉は総勘定元帳勘定の一切を畢げて行はれると同時に︑その同じものは損釜に關する

勘定である︒それで資本の見地よりする作用態勘定系統が損釜の見地より見て何故損費に關する勘定系統にな

るか︑源泉態勘定系統が損釜の見地よりするとき何故牧釜に關する勘定系統であるかの論理的読明は次の如く

なされる︒

ec年

bP.27且 ee静 倉 計

、P.204.

(7)

﹁牧釜が獲生するためには原則として企業べ資本の流入がなければならぬ︒随つて牧釜の数字は資本の企業

への流入を示す源泉態勘定系統の申に包含せらる玉のである︒又源泉態勘定に示さる︑企業への資本流入を示

す勘定に示さる︑企業への資本の流入を示す勘定の内容は逆に凡て牧釜に縛化する可能性をもつものである︒

企業へ資本の流入を示す鮎に於ては自己資本を示す勘定も︑他人資本を示す勘定も︑亦螢業活動の結果得られ

たる牧釜を示す勘定も同質である︒他方︑損費が成立するためには資本の企業よりの流出(投下使用)がなけ

ればならぬ︒資本の作用態勘定は企業がそれぞれの資本の現象形態へ資本の投下をなせることを示す︒即ち企

業資本がそれぞれの形態へ支出されてゐるのである︒それ故損費の藪字は企業資本の投下形態を示す資本の作

用態勘定系統の中に含まれてゐるのである︒逆に叉資本の投下形態を示す資本の作用態勘定は損費を含み或は

凡て損費に韓化する可能性を有つ勘定である︒企業資本の投下(支出)といふ鮎に於ては所謂資産の勘定も螢

業費其他経費の支佛を示す所謂損費の勘定も同質である︒それ故これ等は合して資本の作用態勘定系統を構成

・ず

*簿()

倉 計 、PP.802,80

(8)

簿

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