詐害行為取消しの範囲と現物返還―現状と責任説的 基礎での再構築の可能性
著者 福田 清明
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 26
ページ 83‑98
発行年 2010‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2228
詐害行為取消しの範囲と現物返還
――現状と責任説的基礎での再構築の可能性
福 田 清 明 目次
Ⅰ 「問題提起」と「叙述の順序」
Ⅱ 詐害行為取消権の法的性質についての各見解の紹介等
Ⅲ 判例における詐害行為取消しの範囲と現物返還
Ⅳ 成立した詐害行為取消権の行使範囲(取消しの範囲)及び「現物返還か価格賠償かの問題」
に関する判例の準則の整理
Ⅴ ドイツの判例・通説の結論と日本法への導入に際して問題点
Ⅰ 「問題提起」と「叙述の順序」
1.問題提起
民法424条の詐害行為取消権に関する授業が終わったときに、学生から質問を受けた。その質 問は、私なりに整理すると以下のようになる、すなわち、第1に、成立した詐害行為取消権によっ て取り消される行為の範囲は何によって決まるのか、第2に、決まった取消しの範囲内で、現物 返還か価格賠償という方法で、取消債権者は、相手方(受益者・転得者)に請求するが、原物返 還か価格賠償かはどのように決まるか、というものである。
詐害行為取消権制度については、制度趣旨と判例の準則が矛盾する場合も多く、さらに、判例 の諸準則が相互に矛盾することも多い。この領域では、ひとつひとつの判例を理解しても、複数 の判例の準則相互をどのように統一的なルールとして理解していくかが困難であり、一定の視角 が必要である。このような困難な問題の一つが、上記の質問である。
2.叙述の順序
後半で責任説を用いるとどうなるかを説明するので、まず、詐害行為取消権の法的性質につい ての各見解を紹介する(Ⅱ)。次に、問題提起に関する判例を概観する(Ⅲ)。そして、その判例 をまとめることができる概念を探る(Ⅳ)。最後に、付け足し程度であるが、筆者としては、もっ とも合理的であると思われる責任説の基盤上で、どのように、最初に提起され問題が説明される かを、責任説を生んだドイツ法の判例・通説である債権的請求権説から説明し、それを日本に導 入する際の隘路を指摘する(Ⅴ)。
Ⅱ 詐害行為取消権の法的性質についての各見解の紹介等
1.詐害行為取消訴訟の訴訟物
判例(大連判明治44年3月24日民録17輯117頁)による詐害行為取消訴訟の訴訟物は、詐害行 為取消権であるとしたうえで、その詐害行為取消権の法的性質は、単純な請求権でもなく、単純 な形成権でもなく、両者が合体した単一の権利と説明できる。
この判例の理解を前提とすれば、例えば詐害行為となる土地売買契約が債務者と受益者の間で なされ登記も移転している場合、債権者が詐害行為取消権に基づいて訴訟の請求の趣旨は、「第一、
訴外Aと被告Yが年月日に本件土地についてなした売買契約を原告Xと被告Yとの間で取消す。
第二、被告Yは本件土地についてなした本件所有権移転登記の抹消登記手続をせよ」となる。
目的物の返還又は登記手続の請求に代えて価格賠償を原告が求める場合は、上記例の請求の趣 旨第一には、「原告Xの債権額の限度において」が付加され、上記例の請求の趣旨第二において、
「被告Yは、原告Xの債権額に相当する金額を支払え」となる。価格賠償請求権の法的性質につ いて見解は分かれており、受益者又は転得者に対する不法行為損害賠償請求権、不当利得返還請 求権、特殊な原状回復請求権であると言われる。判例は、法的性質を明示する必要がなく、判例 の見解は分からない。
2.訴訟物の理解から導き出される諸帰結
⑴ 判例(大連判明治44年3月24日民録17輯117頁)によると、詐害行為取消債権者は、取 消しの相手方(受益者又は転得者)を被告として提訴する。債務者は含まれない。
⑵ 受益者は転売しても、責任を免れることはない。そして、債権者は、受益者のみを相手 に価格賠償を請求することができる。
⑶ 現物返還又は価格賠償の請求ではなく、取消しだけを債権者取消訴訟で請求することも できる。
3.詐害行為取消権(または詐害行為取消訴訟)の法的性質に関する諸見解
⑴ 形成権説(形成訴訟説)
詐害行為取消権をもって、意思表示の瑕疵に基づく取消と同じく、債務者と受益者と の間でなされた詐害行為を債権者の一方的意思表示により取り消し、その効力を遡及的 に無効ならしめる形成権だとする。したがって、取消を求める訴えは形成の訴というこ とになる。
⑵ 請求権説(給付訴訟説)
詐害行為取消権をもって、詐害行為によって債務者の一般財産から逸出した財産を取 り戻す債権的請求権だと解する。取消訴訟は給付訴訟と理解され、被告は財産の取戻し
請求つまり返還請求の相手方たる受益者又は転得者となり、請求の内容は財産権又はそ の価値の返還である。
⑶ 折衷説(判例の見解では、形成訴訟+給付訴訟)
詐害行為の効力を否認することと財産を取り戻すことの両者をもって詐害行為取消権 の本体とし、詐害行為取消権は、詐害行為を取り消し、かつ逸出した財産の取戻しを請 求する権利であるとする説。この説によると、債権者取消訴訟は、債務者・受益者間の 行為を取り消す形成訴訟と、受益者又は転得者に対する給付訴訟の結合したものと理解 される(取消だけを認める判例の立場を是認すれば形成訴訟だけの場合もあることにな る)。訴訟の相手方は、返還請求の相手方たる受益者又は転得者である(債務者は被告 適格を有しない)。取消の効果は、判例の相対的取消の考え方を是認すれば、取消債権 者と受益者又は転得者との間でのみ生じる。返還された目的物について、債権者は債務 者に対する債務名義に基づいて強制執行することは、理論的には説明できない。
⑷ 責任説(責任訴訟)
債務と責任との分離を前提に(詐害行為取消権の問題についていえば財産の帰属と責 任との分離を前提に)、詐害行為取消権の行使の効果を、責任法の側面でのみ捉える。
通常は、債務者の財産の逸出や消失といった財産帰属の面での変化は、責任法にも反映 される(責任法的反射)が、詐害行為があると、財産逸出に伴う責任法的反射効を詐害 行為取消権の行使で無効とし、その財産は、相変わらず債務者の債務につき責任を負っ ていると構成する(受益者又は転得者に帰属している財産に、他人の債務のために責任 が付着しいているのと同じ状態である。それは、物上保証の場合と類似して、債務を負 わない受益者又は転得者が物的有限責任を負うのである。)。責任説によると、詐害行為 取消権は、責任(法)的無効という効果を生ずる一種の形成権であり、その行使として 取消訴訟は形成訴訟である(その判決を取消判決という)。行使の効果は、債務者には 影響を与えないので、債務者は被告とはならない。取消債権者は、取消訴訟を提起し、
それと同時に又はその後で、受益者又は転得者に対し、その物又は権利に対する強制執 行として、強制執行認容訴訟(このような訴訟が日本の民事訴訟法で認められていない のが責任説の弱点である)を提起し、原告の財産に債務者に対する請求を実現するべく 強制執行をかけるには勝訴判決(強制執行認容判決)を得なければならない。取消債権 者は、債務者に対する債務名義(ドイツ法によれば、この債務者に債務名義がなければ ならないことも日本の民法と比べると、取消債権者にとって手間がかかると言われる。)
と執行認容判決とに基づいて、受益者又は転得者のもとにある物又は権利に強制執行を かけることができる。
⑸ 訴権説
訴権説はその発想において責任説に近いが、424条の沿革からして、424条の取消権は 訴権(手続法と実体法が未分離な状態での私権であるから、その私権の実体法上の権利 の性質に対応させてその権利を訴訟物にする訴訟の性質を論じるという近代法的な議論 方法はとりえず、端的に、当該訴権が誰から誰へのいかなる内容の訴えであるかを確定
すればよい。)と理解する。この訴権は、債権者から受益者又は転得者にむけられたも ので、債務者は訴訟の相手方ではない。訴権の内容は、取消訴権による勝訴判決(取消 判決)の結果、詐害行為の効力が債権者に対抗できないものとなり、債権者は、取消判 決を債務名義として受益者又は転得者の手許にある逸出財産を、あたかも債務者の一般 財産に属するものとみなし、これに強制執行をかけることができる。取消判決は、強制 執行認容をも含んでおり、取消判決があれば、責任説でいう取消判決と強制執行認容判 決は、不要であると説く。さらに、訴権説によれば、債務者に対する債務名義もなくし て、債権者は、取戻しすることができる。責任説と同じことを志向し、かつ手間がかか らない(必要となる判決ないしは債務名義が少なくて済む)。訴権というものを実体法 と手続法が分離する建前のもとでも、承認できるかが問題である。いろいろな問題を「訴 権」であるという一言で解決してしまっているのではないかとも批判される。
Ⅲ 判例における詐害行為取消しの範囲と現物返還
成立した詐害行為取消権の行使範囲(取消しの範囲)の問題に関連する判例等を挙げれば、以 下のようである。
⑴ 取消しの相対的効力を前提とした折衷説(形成権説と請求権説との「折衷」というのが 命名の由来):大連判明治44年3月24日民録17輯117頁。
形成権説、請求権説、折衷説については、上記Ⅱの3を参照のこと。
⑵ 現物返還優先の原則
現物返還が原則であって、価格賠償(価額賠償ともいう)は特別の事由のある場合に 限るというのが判例準則である(大判昭和9年11月30日民集13巻2191頁)。この判例準 則は、詐害行為取消訴訟の同一の相手方に、現物返還と価格賠償のどちらを請求できる かという場面で機能するものである。
受益者・転得者が共に悪意で、どちらにでも請求できるときは、取消債権者は転得者 から目的物の返還を求めることと受益者に対して価格賠償を求めることとを自由に選択 できる(大判明治44年3月24日民録17輯117頁、大判大正9年5月29日民録26輯776頁)。
受益者と転得者が存在する場合のように、詐害行為取消訴訟の相手方となりうる者が複 数いる場合に、現物返還の原則というのは働かない。すなわち、受益者に対しては価格 賠償を請求でき、転得者には現物返還を請求できる場合に、現物返還を優先させるため に転得者に現物返還をしなければならないということはないのである。しかし、取消債 権者が、たとえば転得者だけを被告にするときには、現物返還請求を原則としなければ ならず、それが可能な場合に価格賠償を請求することはできない。このように現物返還 優先の原則は働く。
不動産の現物返還では、相手方(受益者又は転得者)から登記が取消債権者ではなく、
債務者に移転することが義務づけられる。したがって、債務者の総債権者の利益になり、
それらの債権者が回復された不動産に執行をかけられる。それに対して、価格賠償にお いて金銭で回復されると、取消債権者に直接交付請求権があるので、取消債権者の事実 上の優先弁済に使われてしまう。このことを考慮して現物返還の原則が立てられている。
この意味で、現物返還の原則は、民法425条1)の趣旨に沿っている。
不可分な財産を対象とする詐害行為の取消しにおいて、現物返還の原則が採用される 理由は、現物返還されて債務者のもとに現物が回復されれば、他の債権者もそれに対し て強制執行・配当要求でき、民法425条の趣旨に添うからである(判例の考え方は民法 425条にしばしば反するが、この問題では、判例は、民法425条の趣旨を理由として、現 物返還優先の原則を正当化している)。
⑶ 取り消される範囲は、詐害行為の範囲である。
詐害行為時まだ無資力でなかった債務者の場合は、詐害行為が引き起こした債務者の 債務超過額の範囲が、詐害行為時既に無資力であった債務者の場合は、詐害行為により 責任財産が減少した額の範囲が、詐害行為取消しの範囲である。これは詐害行為取消権 制度が、債権者を害した詐害行為を取り消す制度だからである(制度趣旨から導き出さ れる帰結)。他の債権者を詐害した範囲つまり詐害の範囲で、取消権は行使されるので ある。
詐害の範囲については、離婚に伴う財産分与としてなされた不動産の処分が、詐害行 為として取り消される場合の判例(最判昭和58年12月19日民集37巻10号1532頁)が、重 要である。この判例において、離婚に伴う財産分与が、一般債権者の共同担保を減少さ せる結果になるとしても、それが民法768条3項の規定の趣旨に反して不相当に過大で あり、財産分与に仮託してなされた財産処分であると認められるような特段の事情のな い限り、詐害行為とはならない。 反対に、不相当に過大である場合には、過大である 部分が、財産分与と別個な財産処分行為となり、この財産処分行為が詐害行為となり取 消債権者により取り消されるとした。
不相当な価格での不動産の譲渡ないしは、不動産の価格に不相当に低い債権を消滅さ せるために代物弁済で不動産を譲渡した場合に、不動産の譲渡全体ではなく、不相当な 部分だけが、詐害行為とされることがある2)。
⑷ 被保全債権額の範囲で詐害行為を取り消すことができるというのが原則3)であるが、金 銭以外の財産(不動産)の処分が詐害行為である場合には、原則からの例外が認められ る被保全債権額を超える価値を有する不動産の譲渡を取り消すことができる場合(最判 昭和30年10月11日民集9巻11号1626頁)がある。さらに、処分対象が可分であれ、不可 分であれ、例えば他の債権者が配当加入を申し出ることが明らかな場合にように、当該 取消債権者の損害を救済するため必要と認められる場合には、当該取消債権者の債権額 を超えて、例外的に取消権を行使することができる(傍論であるが、大判明治36年12月 7日民録9輯1339頁、大判大正5年12月6日民録22輯2370頁。この見解が実現されるこ とは、現在ではあまりないであろう。なぜなら、金銭の支払を取り消した場合、大判大 正10年6月18日民録27輯168頁により、取消債権者は、直接自己に右金銭を引き渡すこ
とを請求でき、動産譲渡の取消しの場合も、最判昭和39年1月23日民集18巻1号76頁に より、同様であるからである。)。不可分なものつまり不動産が詐害行為対象である場合 の詐害行為取消しの範囲と現物返還の問題については、判例は、複雑である。これにつ いての判例は、別項⑸で取り上げる。
⑸ 詐害行為取消しがなされる不動産譲渡行為の前に既にその不動産に抵当権が設定された いた場合の「詐害取消しの範囲の問題」と「現物返還か価格賠償かの問題」
① 抵当権不消滅型
抵当不動産の譲渡という債務者の財産処分行為が、抵当権による担保されている債 権額を抵当不動産の評価額から控除した残額の範囲において詐害行為となり(価値的 には、財産処分行為の一部分が詐害行為となり)、その財産処分行為の一部分が取り 消される。詐害行為以後でも当該抵当権が存続している場合には、現物返還がなされ ても抵当権は追及効により影響を受けないので、債務者の財産処分行為から抵当債権 額を控除した残額がすべて取り消される場合は、財産処分行為全体を取り消して現物 返還がなされる。取消債権者の債権額がこの詐害行為の額よりも大であれば、財産処 分行為全体の取消しがなされる(最判昭和54年1月25日民集33巻1号12頁)。そうで はなく、取消債権者の債権額がこの詐害行為の額よりも小であっても、判例の考えを 用いれば、抵当権がついた不動産の現物返還となるであろう。すなわち、最判昭和30 年10月11日民集9巻11号1626頁によれば、詐害行為となる債務者の行為の目的物が、
不可分な一棟の建物であるときは、たとえその詐害行為の価額が差押債権者の債権額 を超える場合でも、債権者は、その建物の譲渡行為の全部を取り消すことができると しているからである。
② 抵当権消滅型
抵当不動産を債務者が譲渡したことが詐害行為となり(ここでは、譲渡前になされ た抵当権設定は詐害行為ではない)、この抵当不動産譲渡以後に当該抵当権が消滅し た場合には、抵当権による担保されている債権額を抵当不動産の評価額から控除した 残額が、取消債権者の債権額よりも大であるか小であるかに関係なく、価格賠償とな る。
抵当不動産の譲渡という債務者の財産処分行為が、抵当権により担保されている債 権額を抵当不動産の評価額から控除した残額の範囲(総債権者の共同担保であった部 分)において詐害行為となり、詐害行為以後に当該抵当権が消滅した場合に、取消債 権者の範囲内で詐害行為を取り消し、つまり債務者の財産処分行為の一部を取り消し、
価格賠償を請求できる。財産処分行為全体の取消しによる取り戻しを認めると、総債 権者の共同担保であった部分以上の財産の取戻しを、消滅した抵当権者の損失のもと で、債務者の総債権者に認めることになり、不当である。具体的には次の二つ事例が ある。
i. 抵当権付不動産 の譲渡が詐害行為である場合に、抵当権が詐害行為以後に消滅し たときに(抵当権付不動産の抵当権者たる受益者への譲渡又は抵当権付不動産の譲
渡後の被担保債権への弁済により、抵当権が消滅したとき)、債務者の財産処分行 為の全部取消しを許し現物返還させるのは、債権者に共同担保(詐害行為時の債務 者の責任財産)として予期していた以上の利益を与える結果になり、不当である(最 大判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁)。したがって、その場合には、右不動 産の価額から抵当債権額を差し引いた残額についてのみ詐害行為があったとして、
財産処分行為の価値的には一部にたる詐害行為の取消しができ、財産処分行為の一 部取消し・価格賠償となる。
この判例(最大判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁)・通説に対して、有力 な反対説がある。この反対説は、現物返還の原則を尊重し、消滅した被担保債権及 び抵当権を復活させた上で、抵当権付不動産を現物返還するべきだと説く。この反 対説については、取消しけの相対効から、被担保債権及び抵当権の復活はありえな いと批判される。
ⅱ. 上記判例と同じ趣旨の判例(最判平成4年2月27日民集46巻2号112頁4))である。
共同抵当が設定された複数の不動産を譲渡したことが、詐害行為となる場合で、詐 害行為後に、共同抵当権が消滅しているとき、詐害行為の目的不動産の総評価額か ら複数不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権額を控除して残った残額の範囲で 右不動産譲渡(売買契約)を取り消し、取り消された範囲の価格による賠償(価格 賠償)を命ずるべきである。そして、その価格賠償の額は、共同抵当のそれぞれの 目的不動産に割り当てられる。すなわち、共同抵当が設定された各目的不動産の評 価額から、共同抵当の目的とされた各不動産の評価額に応じて共同抵当権の被担保 債権額を案分して算出される額を控除した残額である。この判例によって、例えば、
300万円、200万円、100万円の価額の3個の不動産甲乙丙の共同抵当債権額が400万 円であり、その全部の不動産が売却され、抵当債権が弁済されたときは、価額200 万円の不動産の回復(現物返還)を認めるという見解(我妻栄・新訂債権総論197頁)
が否定されたのである。共同抵当に関する民法392条の趣旨に徴すると、判例の案 分説が妥当である。判例によれば、300万円の甲不動産の受益者が100万円の価格賠 償をし、200万円の乙不動産の受益者が約67万円を価格賠償し、100万円の丙不動産 の受益者が約33万円の価格賠償をすることになる。
Ⅳ 成立した詐害行為取消権の行使範囲(取消しの範囲)及び「現物返還か価格賠償かの問題」
に関する判例の準則の整理
1.概念の整理
一般にここでなされるような概念の整理は行なわれていない。判例の準則を整理・理解するた めに、「詐害行為」及び「取消債権者の債権額」の外に、「債務者の財産処分行為(有体物の譲渡、
有体物以外の金銭の譲渡、債権譲渡など)」を加えた上で、いわゆる「一部取消し」とは何かを
確定したい。
詐害行為の対象が不可分なものである場合に、「詐害行為の全部取消しでは現物返還となり、
詐害行為の一部取消しでは価格賠償となる」と言われ、現物返還の原則の下において、詐害行為 の一部取消しの時に、例外的に価格賠償となるのだと説明されることがある。この説明によれば、
詐害行為の一部取消しとなるのは、①取消債権者の債権額が詐害行為の評価額に満たない場合、
②詐害行為たる不動産処分の目的となった不動産に抵当権が設定されておりその被担保債権に対 応する部分は優先弁済権に充てられるので当該不動産の一部のみが総債権者のための共同担保を 形成している場合、③財産分与が不相当に過大な例のように詐害行為の悪性が一部的と評価され る場合がある5)。①の場合には判例によって、詐害行為の全部の取消が認められ現物返還となる といわれ、②③の場合は、詐害行為の一部取消し・価格賠償となるといわれる(別冊ジュリスト 160号民法判例百選Ⅱ債権(第五版)2001年46頁〜47頁森田修執筆)。最判昭和36年7月19日民集 15巻7号1875頁において「一部取消し」という語が使われる場合も、「詐害行為」と「債務者の 処分行為」のどちらが一部取消しされるのかが判然としない。
このような説明においては、詐害行為の一部が取り消されるので一部取消しといわれるのであ ろうか。確かに、①の場合は、総債権者との関係で考えられた詐害行為の範囲よりも、取消債権 者の債権額が少ないので、詐害行為の一部が、取り消されるといえる。②の場合は、不動産処分 行為は、総債権者の共同担保になっている範囲においてのみ、詐害行為となり、その詐害行為は 全部取消しがなされるといえる。さらに③の場合にも、不相当に過大な部分は、もはや財産分与 ではなく、債務者が受益者に対して行った贈与か無償の債務負担行為であり、この部分が詐害行 為となるのであって、財産分与の名目でなされた財産処分の一部が本来の財産分与で残りの部分 が詐害行為となり、その詐害行為全部が取り消されるといえる。以上のように考えると、「詐害 行為」の一部取消しという場合の「詐害行為」は、詐害行為を部分として含み込んだ債務者の財 産処分行為全体を指し示すために用いられている。財産処分行為と詐害行為が同一の場合には、
詐害行為と言い換えても誤りではないが、財産処分行為の一部が詐害行為を成している場合には、
詐害行為の一部取消しではなく、「財産処分行為の一部取消し」又は「財産処分行為の一部をな す詐害行為の全部取消し」というべきである。
2.整理された判例の準則
⑴ 現物返還と価格賠償に関する判例の「一般ルール(原則・例外ルール)」
このような3つの概念を区別した上で、債務者の詐害行為を含む財産処分行為の対象 が不可分である場合、「現物返還が不可能又は著しく困難でない限り」、現物返還となる。
言い換えると、債務者の詐害行為を含む財産処分行為の対象が不可分(不動産等)で、
財産処分行為全部が取り消されると、現物返還となる。これが原則である。現物が詐害 行為取消訴訟の相手に帰属していないとか財産処分行為の一部取消しなどのように、現 物返還が不可能な場合又は可能であるが著しく困難な場合に、例外的に価格賠償となる。
⑵ 「一般ルールの原則」に該当し現物返還となる諸場合
a. 債務者の財産処分行為と債務者の詐害行為が同一であり、財産処分行為つまり詐害行 為の全体が債務者の債権額の範囲内にあり、財産処分行為=詐害行為によって詐害行 為取消訴訟の被告が取得した財産がまだその被告に帰属している場合(例として、債 務者が無資力時に行なった贈与契約による不動産譲渡で、取消債権者の債権額が当該 不動産の評価額よりも大きい場合)、現物返還となる(財産処分行為=詐害行為であ るから詐害行為の取消しは財産処分行為の取消しとなり、財産処分行為全体が取り消 される)。この場合は、一般ルールにおける原則事例である。
b. 債務者の財産処分行為と債務者の詐害行為が同一であり、財産処分行為つまり詐害行 為の全体が、取消債権者の債権額を超える場合、現物返還となる(財産処分行為の全 体が詐害行為となるが、しかし取消債権者の債権額の範囲内にあるのが財産処分行為
=詐害行為の一部分でしかない場合、取り消すことができる範囲を、取消債権者の債 権額を超えて債務者の財産処分行為=詐害行為の全体に拡張し、財産処分行為つまり 詐害行為の全体の取り消しまで認め、現物返還を可能とする。
c. 抵当不動産の譲渡という債務者の財産処分行為が、抵当権により担保されている債権 額を抵当不動産の評価額から控除した残額の範囲において詐害行為となり(価値的に は、財産処分行為の一部分が詐害行為となり)、その財産処分行為の一部分が取り消 される。詐害行為以後でも当該抵当権が存続している場合には、現物返還がなされて も抵当権は追及効により影響を受けないので、債務者の財産処分行為から抵当債権額 を控除した残額がすべて取り消される場合は、財産処分行為全体を取り消して現物返 還がなされる。取消債権者の債権額がこの詐害行為の額よりも大であれば、財産処分 行為全体の取消しがなされる(最判昭和54年1月25日民集33巻1号12頁)。そうでは なく、取消債権者の債権額がこの詐害行為の額よりも小であっても、判例の考えを用 いれば、抵当権がついた不動産の現物返還となるであろう。すなわち、最判昭和30年 10月11日民集9巻11号1626頁によれば、詐害行為となる債務者の行為の目的物が、不 可分な一棟の建物であるときは、たとえその詐害行為の価額が差押債権者の債権額を 超える場合でも、債権者は、その建物の譲渡行為の全部を取り消すことができるとし ているからである。
上記最判昭和54年事例は、「権利帰属法」(責任法に対置して使用する語)の基盤の 上では、不動産の譲渡行為が全体として詐害行為取消権によって取り消されるので、
現物返還可能であるといえる。さらに、詐害行為直前の総体的権利状態(権利帰属法 状態だけでなく責任法状態も含める)が復元できるので、現物返還とすべきである。
⑶ 「一般ルールの例外」に該当し価格賠償となる諸場合
a.財産処分行為の対象が不可分で、詐害行為取消訴訟の被告に帰属しない場合
この場合は、現物返還が不可能である。例えば、受益者が、債務者の財産処分行為 によって取得した権利を、転得者に譲渡した場合、受益者に対して、詐害行為取消権 の成立要件が具備していても、取消債権者は、受益者に現物返還を請求できない。受
益者に請求できるのは価格賠償である。
また、この場合に入る別の事例もある。すなわち、転得者が、債務者の財産処分行 為の対象を、受益者経由で取得し、さらに第三者に譲渡した場合、取消債権者は、転 得者に対して、詐害行為取消権の成立要件が具備していても、転得者に現物返還を請 求できない。転得者に請求できるのは価格賠償である。
b. 財産処分行為の対象が不可分で、詐害行為取消訴訟の被告に帰属してはいるが、例外 的に価格賠償となる諸場合
(aa) 不可分なもの(不動産)に対する債務者の財産処分行為の一部分が債務者の詐 害行為であり、その詐害行為全体が、取消債権者の債権額の範囲内であって、
取り消されれば、価格賠償となる。取り消される詐害行為は財産処分行為の一 部分なので、詐害行為取消権行使によって債務者の財産処分行為の一部しか取 り消すことができず、したがって、現物返還ではなく価格賠償となる。
ここに属する具体例は、離婚に伴う財産分与としてなされた不動産の処分が、
不相当に過大であり、過大である部分が詐害行為となり債権者により取り消さ れ、詐害行為となった部分の価額が、取消債権者の債権額よりも小である事例 である。
(bb) 債務者の財産処分行為の一部分が債務者の詐害行為であり、財産処分行為の一 部分である詐害行為全体が、取消債権者の債権額の範囲を超える場合、価格賠 償となる。財産処分行為の一部分が詐害行為となり、さらにその詐害行為の一 部分しか、取消債権者の債権との関係で取り消せない。このように財産処分行 為の一部分しか、取り消すことができないので、現物返還はできず、価格賠償 となる。
ここに属する具体例は、離婚に伴う財産分与としてなされた不動産の譲渡が、
不相当に過大であり、過大である部分が詐害行為となり債権者により取り消さ れ、詐害行為となった部分の価額が、取消債権者の債権額よりも大である事例 である。
(cc) 抵当不動産を債務者が譲渡したことが詐害行為となり(ここでは、譲渡前にな された抵当権設定は詐害行為ではない)、この抵当不動産譲渡以後に当該抵当 権が消滅した場合には、抵当権による担保されている債権額を抵当不動産の評 価額から控除した残額が、取消債権者の債権額よりも大であるか小であるかに 関係なく、価格賠償となる。
抵当不動産の譲渡という債務者の財産処分行為が、抵当権による担保されて いる債権額を抵当不動産の評価額から控除した残額の範囲(総債権者の共同担 保であった部分)において詐害行為となり、詐害行為以後に当該抵当権が消滅 した場合に、取消債権者の範囲内で詐害行為を取り消し、つまり債務者の財産 処分行為の一部を取り消し、価格賠償を請求できる。財産処分行為全体の取消 しによる取り戻しを認めると、総債権者の共同担保であった部分以上の財産の
取戻しを、消滅した抵当権者の損失のもとで、可分な利益を債務者の総債権者 に認めることになり、不当である。具体的には次の二つ例がある。
i.最大判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁 ⅱ.最判平成4年2月27日民集46巻2号112頁
上記2事例は、「権利帰属法」(責任法に対置して使用する語)の基盤の上では、
不動産の譲渡行為が全体として詐害行為取消権によって取り消されるので、現物 返還可能であるといいえるが、しかし、詐害行為直前の総体的権利状態(権利帰 属法状態だけでなく責任法状態も含める)が復元できないので、現物返還ではな く、価格賠償とすべきである。
Ⅴ ドイツの判例・通説の結論と日本法への導入に際して問題点
1.ドイツの現行法
現行法は、民法典ではなく、「倒産手続外での債務者の法的行為の取消しに関する法律」(1994 年10月5日制定、1999年1月1日施行)6)である。現行法の前身は、「破産手続外での債務者の法 的行為の取消しに関する法律」(1879年7月21日制定)である。
2.詐害行為取消権の要件
⑴ 行使方法は、必ずしも裁判上に限定されていない。しかし裁判上行使するときには、訴 訟上の請求つまり訴え(取消権法13条)又は訴訟上の抗弁として(取消権法9条)、詐 害行為取消権を行使する。
⑵ 取消権限者は、債務者に対して債務名義を有する債権者で、被保全債権は履行期を迎え ていることが必要である。
取消権法第2条 取消権限者
取消しの権限を有する債権者とは、債務者の財産への強制執行が債権者の完全な 満足に導かないか又は強制執行が満足を導かないであろうことが推定される場合 に、執行しうる債務名義を得ていた債権者で、その債権が弁済期を迎えている債権 者をいう。
⑶ 一般的要件(取消権法1条)
執行債務者の法的行為(法律行為だけではない)と、詐害行為である。
取消権法第1条 原則
債権者を詐害する債務者の法的行為は、倒産手続外で以下の諸規定の基準に従っ
て取り消されうる。
不作為は法的行為に同じく扱われる。
⑷ 取消原因
故意取消し(取消権法3条1項1文)と贈与取消し(取消権法4条)
3.詐害行為取消しの効果
取消権法11条 法律効果
取り消されうる法的行為によって債務者の財産から譲渡され、移転され、放棄さ れたものは、債権者を満足させるために必要な範囲で、債権者の自由処分に服させ らなければならない(債権者に用立てられなければならない)。利得に際して受益 者に法律上の原因の欠缺が知られていた場合の不当利得の効果に関する規定が、準 用される。
無償給付の受益者は、受益者が無償給付により利得した範囲においてのみ、無償 給付を用立てさえすればよい。このことは、受益者が、無償給付が債権者を詐害す ることを知っているか又は事情によっては知らねばならない場合には、妥当しない。
旧取消権法7条⑴項で、「債権者は、自己の満足に必要な範囲で、取り消されうる行為により 債務者の財産から譲渡され、移転され、放棄されたものが、依然として債務者に属するものとし て、受領者に対し、その返還を請求することができる。」と規定していた。
改正前後で、法律効果の解釈は、文言は相違しているが、全く変更されていない。
詐害行為取消権の効果は、原則的として(例外的に価格賠償を認めている。取消権法11条1項 2文)、移離せられた対象への強制執行の忍容の請求である。このことは、掴取された状態―
この掴取状態は、今取り消される法的行為が試みられなければ存続していたであろう―を回復 するという詐害行為取消法の目的と本質から生じる。取り消される法的行為が試みられなければ、
債権者は、強制執行という方法で、移離させられた対象を掴取していたであろう。それゆえ、現 時点で、取消相手方は、この掴取を甘受しなければならない、つまり忍容せざるをえない。この 古来の原則を、現行の倒産外取消権法は、移離させられたものを債権者の自由処分に服させなけ ればならないと適切に表現したのである。
4.詐害行為取消権の法的性質
判例・通説は、ライヒ裁判所の判例以来変更がなく、債権的請求権説である。責任説は、通説 ではないが、少数説としてはつとに主張されている。物権説もあるが、ほとんど支持されていな い。
債権的請求説とは、詐害行為で移離せられた対象への強制執行の忍容が請求するという内容が、
詐害行為取消権者の取消請求(Anfechtungsanspruch)の内容であると解する。この請求が、取 消相手方を被告とする執行忍容訴訟(Klage der Duldung der Zwangsvollstreckung)で行われ ることについては、まったく疑問視されていない。
執行忍容訴訟つまり詐害行為取消訴訟で勝訴すれば、原告である債権者は、相手方に帰属して いる取消し行為の対象に関して、強制執行をかけていけるのである。
5.詐害行為取消をされる行為又は対象ごとの法律効果の意味
⑴ 債権譲渡
詐害行為として債権譲渡がなされた場合、譲渡された債権がまだ取り立てられていな い場合には、取消請求権の内容は、強制執行の忍容を請求することである。譲渡された 債権が既に取り立てられていた場合には、取消請求権は、価格賠償を請求することであ る。
⑵ 土地の譲渡
詐害行為として土地が譲渡された場合、取消請求権は、所有権の債務者への復帰的移 転を求めるのではなく、また、所有権の債権者への移転を求めるものでもない、さらに、
物権的権利をその土地に設定することでもない。そうではなくて、当該土地への債権者 のなす強制執行を忍容することを相手方に求めることである。
土地に既に土地譲渡の時点で他物権(担保権、用益物権)が設定されていた場合には、
他物権が設定された土地のみが、取消債権者の自由処分(掴取力)に服させられるべき である。このことは、しかし、土地に、土地譲渡の時点ですでに土地の価値を使い尽く すほどに他物権が設定されていた場合には、当てはまらない。債務者自身が土地の譲渡 時に既に土地に他物権を設定した場合には、取消請求権は、負担の付いた土地の強制執 行のみに関連させられる。
取り消しうる土地譲渡の後に、取消相手方によってなされた自己土地についての物権 的負担(担保権設定、用益物権設定)については、取消相手方が、一掃しなければなら ない。取消相手方が取得した時にそうであったような負担のない土地の提供を求めるこ とが、取消債権者はできるのである。つまり、負担のない土地に強制執行をかけられる ように、妨害排除請求を相手方に行うことは、詐害取消法11条1項1文による取消請求 の中に含まれている。土地譲渡後の後発的な土地の相手方による物権的負担(担保権設 定、用益権設定)によって低額化された強制執行価値は、事情によっては、その負担付 きの土地と共に、現金で提供され得る。
⑶ 金銭支払
債務者財産からの、取り消される金銭移転の場合には、例外的に、取消請求権によっ て当該金銭の支払いが要求される。なぜなら、その場合には、取消請求権が、債権の満 足という形つまり債権の弁済という直接的な形で、存続しているからである。しかし、
このことは、移転した金銭が万が一にもまだ他と区別できる状態で存在している限り、
妥当するだけである。
一般的にはそうではなく、この場合の効果として発生する支払請求権は、その詐害取 消法的性質からすれば、価値賠償請求権である。金銭額の取り消される移転の場合には 取消法11条1項1号による取消請求権(実体法的には不当利得返還請求権となる。取消 権法11条1項参照)は、利息にも及ぶ。このことは、利息を債務者が実際に取得した否 かには依存しない。
金銭額が供託された場合で、その供託が取り消される場合、取消請求権の内容は、払 い戻し請求に関する同意を求める内容となる。
⑷ 権利の利用の放棄が取消請求の内容となる場合
相殺によって消滅させられた債権が問題となり、その相殺が取り消される場合、取消 法11条1項1文の法律効果は、第三債務者(取消しの相手方)が取消債権者に対して、
第三債務者に対する債権の消滅を援用できないことを請求することになる。
債務者が行った債務免除について取り消される場合、取消相手方のために債務者に よって免除された債権に対する取消債権者の差押えを保証せよ、つまり、取消し相手方 に対して、債権が債務者にまだ帰属しているかのごとくせよとの敗訴判決が出される。
決して、以前状態での債務関係が回復される必要はないのである。
取消相手方のためになされた債務者による目的物への他物権設定が取り消される場 合、取消請求されるのは、取り消される方法で取得された物権的権利の移転でも、他物 権への強制執行への忍容でもない。債権者は、取消相手方に対し、次の請求をすること ができるのみである。すなわち、取消相手方が物権的権利を利用しないことを請求する ことができるのみである。しかしながら、物権的権利を一掃することを求める請求権は、
取消相手方の不法行為に基づいて生じることはある。
6.ドイツ法の現状を日本に導入する場合の問題
⑴ 日本の判例の複雑生とドイツの判例・実務の簡便性
判例の諸結論を合理的に説明できる判例の準則を作り上げてみた。(Ⅳの個所参照)。
ここでは、判例の準則という判断枠組みが目指している結論は当否を検討する。
判例は、制度趣旨が取消債権者のための制度と総債権者のための制度の双方の趣旨を 混合して目指している。債権者総債権者のための責任保全制度から、専ら、取消債権者 のための責任保全制度へ舵を切ったらいかがであろうか。債務者の責任財産から逸出し た財産を債権者が自己の債権の引き当てにできる制度で、かつ、制度設計としては、取 消しがなるべく権利義務関係の変更をもたらさないことが望ましい(相対的取消もそれ を考慮していた。判決の相対効と混同していただけではない。)。その際に、日本民法特 有の425条が障害となる。解釈手法としては無力化することが望ましい。取消債権者が 一般債権者には対して優先弁済権を持つことを認めるべきだ。他の制度への越境を阻止
するために、金銭による債権の満足に限定する。
⑵ 責任説的基盤を可能とする方策 a.責任説的基盤を可能とする立法整備
・ 債権者の債務者に対する債務名義が必要となるが、債務者を関与させる方が手続的保 障からいえば、望ましいのではないか。
・ 破産否認が届け出た総債権者のための制度として用意されているので、詐害行為取消 権は、取消債権者のための制度でよい。
・ 詐害行為の範囲と取消債権者の債権の範囲によって確定された金銭債権のために、相 手方に逸出している元債務者の財産に執行をかける。
・債務者への債務名義を要件とする必要があるか?
b.訴権説に価格賠償の原則を接合する解釈的提案
平井宜雄『債権総論』第二版1994年297頁〜298頁で提案している。
同『不動産の二重譲渡と詐害行為』169頁〜195頁『民事法学の新展開』有斐閣1993 年所収
以 上
1) 詐害行為取消しの効力が総債権者のためにのみ生ずるとする民法425条の規定は、日本民法に特有な規 定である。ドイツ法では、取消しの効果は取消権者のためにのみ生じ、フランスの判例並びに学説も、
ドイツ法と同様の結果を承認している。
2) 代物弁済の目的物の価格が債権相当額であっても、原則として詐害行為となるとするのが判例である
(大判大正8年7月11日民録25輯1305頁、大判昭和16年2月10日民集20巻79頁)。このような場合は、
代物弁済全体が詐害行為となる。他方、抵当権などの物的担保権を有する債権者に、その担保目的物 を代物弁済することは、当該担保目的物の価額が被担保債権額の範囲内である限り、詐害行為とはな らない(最判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁)。詐害行為となるのは、当該担保目的物の価額が 被担保債権額を超えた部分についてのみであるとする例外的な判例もある。このような例外が認めら れるのは、担保目的物が物的担保権者の優先弁済権に服しており、優先弁済に充てられるべき担保目 的物の価値が物的担保権を有する債権者の満足に使われることは一般債権者を害することにならない からである。
3) 大判大正9年12月24日民録26輯2024頁。この判例は、債務者の財産が受益者、転得者へと譲渡され、
取消債権者が230円余の債権に基づいて受益者に対し右財産の価格である5,000円の価格賠償を訴求し た事例である。この取消し範囲限定要素は、債権者取消権が総債権者のための制度(425条)からは説 明できない。
本文⑶の取消し範囲限定要素と本文⑷の原則である取消し範囲限定要素を、内田貴『民法Ⅲ』第3 版東大出版会2005年322頁は、次の事例を用いて、わかりやすく説明している。
「GがSに1,000万円の債権を有していたが、Sが責任財産から3,000万円をDに贈与したため、Sは 全体として2,000万円の債務超過に陥った。GがSのDへの贈与を詐害行為として取り消す場合に、3,000 万円の贈与全部を取り消すことはできない。取り消すことができる範囲は、第1に、債務超過額の2,000 万円の範囲内であり、かつ、第2に、Gの債権額1,000万円の範囲である。結論として、1,000万円を取 り消すことができる。」この事例において、3,000万円の贈与契約のうち2,000万円が詐害行為となり、
取消しの範囲は、さらに被保全債権額との関係で1,000万円の範囲に限定されるのである。この事例に より、取消しの範囲は、原則的に、「詐害行為の範囲」と「取消債権者の債権の範囲」によって限定さ れることが分かるのである。
4) この判決の判旨は以下である。
⑴ 共同抵当の目的とされた不動産の全部又は一部の売買契約が詐害行為に該当する場合に、詐害行 為の後に弁済により右抵当権が消滅したときは、詐害行為の目的不動産の価額から右不動産が負 担すべき抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度で右売買契約を取り消し、その価格によ る賠償を命ずるべきである。
⑵ この場合の価格賠償の額は、民法392条の趣旨に照らし、詐害行為の目的不動産の価額から、共同 抵当の目的とされた各不動産の価額に応じて抵当権の被担保債権額を案分して、詐害行為の目的 不動産について得られた額を控除した額である。
5) 離婚に伴う財産分与として金銭を給付する旨の合意は、その額が民法768条3項の規定の趣旨に反して 不相当に過大であり、財産分与に仮託された財産処分と認め得る特段の事情があるときは、不相当に 過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきである(最判平成12年3月 9日民集54巻3号1013頁)。この判決は、次のことも判示した。すなわち、離婚に伴う慰謝料支払の合 意は、詐害行為とならないが、配偶者の一方が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を 支払う旨の合意は、右債務額を超えた部分について、詐害行為取消権行使の対象となる。
6) Gesetz über die Anfechtung von Rechtshandlungen eines Schuldners außerhalb des Insolvenzver- fahrens vom 05. Oktober 1994 (BGBl. I S. 2911) (Anfechtungsgesetz-AnfG)