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小説の挿絵 一「虚栄の市」の場合一

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小説の挿絵

一「虚栄の市」の場合一

伊 藤 武 久

    (英文学)

0.はじめに

 オクスフオード引用句辞典の新版(丁舵(励・πZDi仇・ηαryげQμ・z磁・ηs,

fourth editio恥1992)(註1)では小説家W・M・サッカレー(William Makepeace Thackeray)からの引用は22個で,同じ頁の政治家,イギリス前首相サッチャー の5個よりは多いが,同時代同業で彼と双壁をうたわれるディケンスの171に は大差をつけられている。それが作家的力量の差のしからしめるものとは,す

くなくともサッカレー愛好家の側は思わないであろうが,両者の人気に雲泥の 差があってのことだとは万人が賛成するであろう。そのサッカレー引用のうち 9個が小説「虚栄の市」(Vμ城y品めからで,作者お得意の処世訓や作中人 物の述懐に混じって一つ毛色の変わった一文が採択されている。

Darkness came down on the field and city:and Amelia was praying for George, who was lying on his face, dead, with abullet through his heart.(ch.19)

1815年,ウェリントン率いるイギリス軍に従って,ベルギー中部のブリュッセ ルまで来たアミーリアがホテルの部屋で戦場の夫の武運を必死に祈っている。

しかし,すでにジョージは南方の町ワーテルローの激戦地で胸に銃弾をくらい,

一個のむくろになって伏している。戦場にも,銃後のホテルにも夜が来た。と

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いうほどのここのくだりは,一時は諦めかけた恋が実っての晴れの結婚,短い 不安な新婚旅行,あわただしい渡白,会戦まえのブリュッセルの歓楽,夫の浮 気なそぶり,などなどしずこころないアミーリアが緒戦でのジョージの無事を 知らされ大安堵に涙したすぐ後でのことなので,上述のくだりに読み到ったと

きには,告白するとわたくしも本を置いて長嘆息したものであった。その後何 かの折に何気なくこのOUP引用句辞典を開いてこの部分が800頁を越える長 編小説の数ある名場面のなかから選ばれているの知って,自分のうけた格段の 印象が正当化された思いで,一種意を強くしたのであるが,それとともにその 感激ぶりには甘すぎるところがあるのではないかと心配にもなった(註2)。

 繰り返すが,これはquotationとしては風変わりである。有名無名の作者の 発言が人口に檜灸して金言風に,警句然に,酒落ていたり,気が利いていたり,

穿っていたりして,その本拠地をとびだして,いわば独り歩きするのが,ふつ うの引用句のつねであろう。たとえばMarriage has many pains, but celibacy has no pleasures.(結婚には苦痛が多いが,独身には歓喜がない)という苦い 言葉は作者のSamuel Johnson,出典のR俗∫εZα∫を離脱して,すでに独立闊歩

しているという具合いにである。正体・出自は「知る人ぞ知る」(註3)であろ うとも,言葉はもはや自立している。ところが前引のサッカレー短文は,平明 で気どりがなく含蓄深くはあるが,作品のコンテキストを離れたのでは,どう ということもない,むしろ平凡な情景文でしかない。これを引用するものも,

読み聞かされるものも,当然小説「虚栄の市」の存在とストーリーの細部を承 知していることが前提である。別言すれば,引くもの受けるもの両方のなかで 言葉が小説の情景と緊密に結び付いていなけらばならない。つまり,ここはそ れほど絵画的喚起力に富む文であるといえる。そして作家サッカレーは実は挿 絵画家でもあった。出世作「虚栄の市」をあきれるほど多数で精妙な自筆挿絵 で飾った。ところがこの傑作の愛読者をひとしく感動させるここの祈りと戦死 の場は描かれていない。どうしたことか。

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小説の挿絵      23

1.挿絵の古今日英事情

 一口に挿絵と呼ばれるものの一般的な定義を広辞苑第二版に求めると,「新 聞・雑誌・書物などの紙面に挿し入れた,文章に関係ある絵」と,そっけない。

異存はないが,「記述内容への関心や理解を深めるため,新聞,雑誌,書物等 の文中に挿入される絵。イラストとほぼ同義だが,一般には,文章と直接つな がりがあり,しかも絵画的性格の強いものをさす。写真図版,カットや口絵と は区別される」(小学館日本大百科全集1986年)のほうがもっと丁寧で行き届 いていよう。それはともかく,本論が扱う挿絵は,広辞苑の定義のうち,「文 章に関係ある」を「小説に関係ある」と置き換えた狭義の挿絵のことであるの を初めにことわっておかねばならない。小学館百科にもう少し教えてもらうと,

挿絵の歴史は実は書物の歴史とともに始まるのだそうである。古代エジプトの パピルスの巻物にすでに立派な挿絵が描かれ,ギリシア・ローマの冊子形式中 にも現在に近い挿絵があるのだという。イスラムの世界では歴史・文学以外の 科学書に優れた絵が描かれた。中世以降の事情なら筆者にもすこしわかる。キ リスト教の発展とともに,聖書,なかんずくその四福音書に挿絵を添えるのが 一般化され,専門の挿絵画家を生み,その作品は美術的にも人類の貴重な財産 として評価され今日にいたっているし,その後の印刷術の発明のせいで,木版,

石版,銅版の挿絵付活字本が多量に頒布されるようになったことはすでに常識 である。日本と英国以外の国における,そして小説以外の印刷物における挿絵 の事情は本論の玲外であるので,英国のこれは叙事詩と戯曲であるが,ウィリ アム・ブレイクによる「失楽園」と「神曲」の挿絵,ビアズリーが「サロメ」

のために描いた挿絵が単なる情景説明を越えて登場人物の心理描写にまで高 まっていることを付言するくらいにして,目を日本に転ずる。

 日本では挿絵の歴史の淵源は奈良時代にまでさかのぼり得る。もちろん西洋 の場合と符合してここでは仏教の経典に視覚的補助としての絵が挿入される。

平安時代から鎌倉時代にかけての絵巻物は一種の挿絵であるが,今日では人は これを文字文化の領域のものでなく美術文化の偉大な遺産として云々するのが

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普通なのはキリスト教聖典の絵の場合と同じといえる。室町時代まできて,御 伽草紙などのような,世俗的で,より庶民的な読物が誕生するにいたって現在 行われているような挿絵の用途が活用されはじめる。江戸時代に入り,写本の 時代から大量出版の活版本の時代に転じたとき,挿絵は最初の隆盛を見る。寛 延・宝暦の中期から文化・文政の後期にかけて読本(ヨミホン,またはヨミボ ン)は5ないし6巻を1篇とし,各巻に口絵および数葉の挿絵を含むのをつね としたが,読本のあとにうまれこれと並行した酒落本(明和・安永・天明),

黄表紙(安永・天明・寛政・享和),合巻(文化),人情本(文政)も挿絵なし では考えられない。文政2年の1819年イギリスではヴィクトリア朝がはじまり 偉大な小説の世紀を迎えるが,分冊月刊形式の小説が支配的であったあちらで

も,挿絵入りの長編が一般読書人に大歓迎された。ディケンスとわがサッカ レーの出番となるのである。明治になって,書物以外に新聞・雑誌が大量に刊 行されるようになると,そこに掲載される読み切りや連載の小説,読物類には 多くの場合挿絵があることが必要視,当然視されたため,需要は膨張し,これ を供給するために多くの既成の画家が求められ,新人が養成された。この事情 は大正・昭和・平成にいたってもなお持続されている。かえってイギリスのほ うでは,いまは小説は単行本で発表されるのが普通であり,もちろんこれには 挿絵などはじめから無く,たとえ雑誌発表の単発物といえども挿絵を添えるの

は珍しいといえるのではなかろうか。日本ではまだまだ書き下ろしの単行本形 式の小説はすこぶるつきの少数派である。ほとんどが月刊あるいは週刊雑誌に 連載される。月刊文芸誌では内容に関係する挿絵は(カット類はあっても)排 除されているようだが,大衆月刊誌の小説はたいてい挿絵付であるし,週刊誌 にいたっては挿絵のない読み切り,連載物をみつけるほうが難しい。さらに日 本には,世界に冠たる(?)新聞連載小説という形式が明治以来めんめんと続 いている。全国紙,有力地方紙の朝・夕刊は連載小説を絶やす事がなく,その 一日分にはかならず一つ挿絵が添えられていて,人はこの状態を怪しまない。

日本は挿絵入り小説の生産大国なのである。

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小説の挿絵      25

2.小説と挿絵

 せまく小説と挿絵をあつかうまえに,ひろく文と絵とのつながりをほんのす こし見ておきたい。絵は呪術や敬神や審美などに奉仕するだけでなく,なにか の情報を発信する働きを昔からしてきている。文字記号を介在させるよりは具 象的な視覚映像を用いたほうがてっとり早い伝達が可能であったり,より効果 的であるということがある。今日の交通標識シンボルマーク,ポスターなど いくらでも類例がある。他方には,文字の不在を補完するものとしての絵の仕 事もある。まだ目に一丁字もない幼児へ与えられる絵本のたぐいがその好例で ある。そしてこの後者の場合では成人すらその識字率の低かった時代では伝達 媒体としての絵の効果は絶大なものであったろうことは想像に難くない。縁起 絵巻類のことがすぐ脳裏にひらめく。やがて,文が絵に添うにせよ,絵が文に 付くにせよ,ともかく文と絵との共存が始まる。人は絵だけの本の時期から出 発し,易しい文つきの絵本へうつり,ついで文が主で挿絵が添うかたちの読み 本の段階を迎え,最後に文字づくめの本を受け入れるようになる。普通はこの 4ステップを経るはずである(註4)。そしてこの発展段階は基本的には文化史 上どこの市民社会にも認められるのであり,日英両国についてこれを大雑把に いえば,イギリスでは第3ステップの挿絵入り小説がおおよそ19世紀中に盛況 を見るにとどまったのにたいして,日本では挿絵誕生以来ほぼ250年後の現在 でも第4ステップとともに活況を持続しているのである。かように日本ではよ

り早く始まり,今も残り続けているわけであるが,挿絵入り読物が盛んになり 得たのは,一つ,比較的安定した国情と経済力の蓄積による市民社会の成長,

二つ,教育の普及による識字層の飛躍的急増,三つ,活字出版による大量印刷 頒布,四つ,絵入りは読者数を増やすと見た出版者の思惑,といった社会的と,

文化的と,技術的と,営利的の四つの要因にある点では両国は軌を一にしてい る。この四つを挿絵入り小説隆盛の外的要因であるとすれば,その内的要因の ほうは,挿絵がもつ効用のことを考えるだけでただちに明らかになる。第一に,

挿絵は物語作者の意図を説明したり補完する。たとえば文中で作者が意をつく

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して語ろうとする人物の衣服や部屋の調度品などは一枚の絵で「百聞は一見に しかず」の働きをやってのけるという具合いにである。第二に文章が与える興 趣以外の,あるいはときにはそれ以上の雅味を加え得る。第三に,第二の延長

として,読者が文字面から想像する作中人物の風体・挙動,情景・場面の細部 がてだれの画家の画筆で具体的かつ生彩ある映像という別の表現メディアで愉 しめる。この最後の効用は映画やテレビなどのなかった頃の読者には大変なも のであったにちがいなく,そのことは往時の挿絵がいまのものよりはきわめて 細密で,スケッチというよりはストーリー性に富んだ絵であるこでもじゅうぶ ん見てとれる。見事に描かれた挿絵と小説との緊密な一体感は,小説によって は小説家ばかりでなく挿絵画家をも思わないではすまされないほどのものがあ る。もちろん,挿絵は善いことづくめをするというわけにはいかないであろう。

挿絵め,出すぎた真似をしやがる,と思う者がいるかもしれない。小説から読 みとった自分一個の感興やイメージを後生大事に絶対視する読者は,挿絵画家 の作品解釈が生み出すイメージを,押しつけがましいものに思うであろう。ま

して小説の同一人物の似姿が複数画家で描き分けられたりしたのでは,たまっ たものではないということになろう(註5)。しかし,挿絵画家とて,同じ一人 の読者,それも脳中のイメージを見事な絵の形でとりだす特技をもった羨まし い読者仲間と考える立場にいったんつけば,どんな挿絵もうるさい,よけいな ものではなくなるであろう。一つの小説に多くの画家が参加すればするほど,

興趣はむしろもりあがる一方であろう。わたしたちはそういう画家読者をおお く知っている。

3.小説家と挿絵画家

 「さしえの50年」,「絵画の領分」,「ほんばこ」(註6)に知恵を借りながら,

私じしんの乏しい知見の範囲内で,物語作家とその挿絵画家の提携・協働と いったものを若干考察しておきたい。分類風にいうと,

(a)ある作家に,殆ど専属ともいえるごく少数の画家がつく場合。

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小説の挿絵       27

 これは思ったほど例は多くない。作家のがわにしろ画家のがわにしろ特定の 相手に愛着する気持ちを持たない,あるいはいろんな事情から持つわけにはい かないからなのであろう。強いてこの例を求めると,漱石に浅井忠,橋口五葉

と中村不折,Charles DickensにH. K, Browne( Phiz )とG. Cruikshank

(b)いろいろの画家をもつが,とりわけその一人との組合せが目だって多い 作家の例。これはいくらかあるかもしれない。吉川英治と岩田専太郎,池波正 太郎と中一弥という具合いに。

(c)ある作品と画家が分かち難く読者の記憶に刻まれている場合。これが抜 群に多数なのは,そもそも画家は作家に奉仕するのでなくて,作品のために尽 力する人であるからだろう。「鳴門秘帖」の岩田専太郎,「人生劇場」の中川一 政,「蓼喰ふ虫」の小出楢重,「鍵」,「癒癩老人日記」の棟方志功,「墨東綺謹」

と木村荘八。挿絵の記憶によって作家と作品の印象がさらに深化される。

(d)複数の挿絵画家が同じ小説の挿絵を共同で担当する場合。紅葉の「多情 多恨」(武内桂舟ら20人),介山「大菩薩峠」,潤一郎訳「源氏物語」,ユゴーの

「レ・ミゼラブル」(註7)。同一の登場人物の容姿などは当然画家によって異な るがそれがけっして作品享受の障りにはなっていない。かえって興趣がかきた てられる。

(e)作家が自作小説に挿絵を画く場合。

美術に並々ならぬ関心があり,自らも画筆を手にし,しかも玄人はだしの腕を もつ作家は古今東西多数であろう。そればかりか自分の文業を自作の絵やデザ インで飾る人も多いものと思われる。かれらはエッセイや紀行文にカットやス ケッチを添えたり,すぐれたブックデザイナーでもあった漱石のように自著を 装慎したりもする。だから,山東京伝のように,自作小説に専門家流の挿絵を 描いた作家がいてもおかしくない。しかし,自国の小説史上はもちろん,世界 小説史上の大作家の一人に目され,世界の小説百編の一つにかならずノミネー トされるほどの傑作をものした文人が200枚に近い挿絵を自己の小説のために 描き,物語執筆と同時にこれを発表したなどという例がわがサッカレー以外に いたのか,いまもいるのか私は寡聞にして無知である(註8)。

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4.小説家にして挿絵画家

 サッカレーの生涯のなかから絵に関係するデータだけをかいつまんで述べて みる。1830年19才でケンブリッヂ大学を中退したかれは,オランダ,イタリア,

フランス,ドイッなどにいわゆる「大陸旅行」をこころみた。パリでは画塾に も通っている。ワイマールで憧れのゲーテ(当年81才,2年後没)に会えたが,

23年後曽遊の地をおとずれたとき旧友から,青年の彼がその地の子供たちのた めに描きなぐった戯画にゲーテが目をとめたと知らされ感激している(註9)。

1832年ロンドンにもどり,法律家をこころざし,その勉強を始めるが,すぐに よして1832年から1835年までパリに腰をすえ,絵の修業に精をだす。画家の友 人もでき美術館にかよって模写に励んだ。そして「虚栄の市」以前の彼は主に ジャーナリストとして雑多な話題の記事を書きまくることになるが,そのなか にはおおくの美術評論も含まれている。辛辣な筆をふるった。他人の絵の目利 きであったことは,そのユニークさで著名な文人評伝の講演集,丁舵Eηg1泣 Hμ〃2%π5 ∫q〆仇εEig加εεη疏α1η μ7ッ(1851)のHogarth論を読めばすぐに 知れる(註10)。

 画家としては大成できなかったのは,本人にしてみればあるいは不本意なこ とであったかもしれないが,我々小説読者にとって幸いであったといってよい であろう。かといって,その絵は決して下手の横好きの稚拙な,御愛敬な絵で はない。作家自身は二流どころか二十等級画家であると自らをおとしめていた たらしいが,素人目にはなかなかの出来映えであり,文の方が見劣りするほど の上手でないだけに,つまり文章の語りの見事さの邪魔をしないだけに,その ほどのよさがかえって文を読む愉しさを倍加させている(註11)。

5.「虚栄の市」の場合

 1847年1.月,サッカレーは版元のBradbury and Evansと契約して,「(1)

毎月15日までに,(2)鋼版画を2枚と,必要と思う数だけの木版画をふくむ,

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小説の挿絵      29

(3)少なくとも刷り上がり全紙2枚分の原稿を渡す」ことになった。彼はこ れを1847年1月から1948年7月までの19.月19回律儀に守っている。本文用挿絵 が184枚,それに包装表紙用の1枚と口絵1枚の計186枚が日の目を見た。これ に没にした5枚を加えると結局191枚もの絵を描いたことになる。これらは4 つのカテゴリーに仕分けできよう。1.各分冊のための全頁大エッチング,2.

本文途中にはさんだ中程度の木版画,3.各章の第1字目をあしらった,小型 のいわゆるcapital vignette 4.同じく小さいカット風の絵で章の首か尾にお かれたもの。いまこの1をL(large−size),2をM(middle−size),3と4を S(small−size)として,表と図で示せば,次頁以下のとおりになる。

 図1はLタイプ,図2はMタイプ,図3と図4がSタイプの実例である。

 月によって挿絵の枚数に多少の差はあるが(No.1, No2.がそれぞれ13枚,

No.10は7枚,という具合いに)各月2枚のエッチングを含む,平均9枚ない し10枚をせっせと描いたことになる。67章におよぶ長大な小説の文を綴るかた わらの仕事である。当時は分冊月刊,挿絵付書き下ろしが小説出版の常識で あったから,サッカレーは出版者の要請に素直に従ったまでの話であろうが,

現在われわれがその200枚弱の絵を見,900頁弱の文を読むにつけ感じるのは,

一身にして作家と画家を兼ねるという難事を苦もなくやってのけているという 事実の与える一種の感動である。専門の挿絵画家に頼らないでも,そう見苦し くない絵が注文通りに本屋に渡せるという自信がもとより小説家にあったから であろうが,それでもこれはたいしたことといわねばならない。実際それらの 絵をつくづく見ると,素人目にも生硬なところが気づかされないわけでもない。

とりわけLタイプでは人物たちの姿は硬直しており,その顔はとくに肝腎の べッキイなど不自然なものが多い。図1のマントルピースによりかかるベッキ

イと顔を覆って嘆くアメリアの場面はむしろ上出来の部類である。それくらい だから,ましてや目の肥えた美の鑑定家には気に入らないものが多数見受けら れるに違いないが,一般の小説読者にとっては,もしも格別まずくて,愛敬に もならないほどの愚画ばかりということがなければ,「虚栄の市」の挿絵は

「虚栄の市」を読む愉しさをすこしも減ずるものではなかったはずである。毒

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No 年月 L M S

1 1847/1 1−4 1−2 1−3 1−8 13

2 2 5−7 3−4 4−9 9−13 13

3 3 8−11 5−6 10−13 14−17 10

4 4 12−14 7−8 14−17 18−21 10

5 5 15−18 9−10   P8−19 22−26 9

6 6 19−22 11−12 20 27−32 9

7 7 23−25 13−14 21 33−38 9

8 8 26−29 15−16 22−25 39−43 11

9 9 30−32 17−18 26−28 44−47 9

ユ0 10 33−35 19−20 29−30 48−50 7

11 11 36−38 21−22 31−35 51−53 10

12 12 39−42 23−24 36−38 54−57 9

13 1848/1 43−46 25−2b 39−41 58−61 9

・14 2 47−50 27−28 42−45 62−65 10

15 3 51−53 29−30 46−48 66−68 8

16 4 54−56 31−32 49−51 69−72 9

17 5 57−60 33−34 52−54 73−76 9

18 6 61−63 35−36 55−57 77−79 8

19

Q0 7 64−67 37−39 58−62 80−83 12

19月 67章 39枚 62枚 83枚 184枚

(11)

小説の挿絵      31

 図1

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(12)

32       伊藤武久

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(13)

小説の挿絵      33 にも薬にならないような絵であれば,はじめから無いにこしたことはないが,

どの絵も文章世界の与えてくれる歓びや満足をいっそうかきたててくれる出来 映えとなっている,といえよう。すくなくとも,一時は専門画家を志し,その ための修行に励んだことがあったくらいであるから,どの絵もせっかくの文業 をぶちこわすような無様な絵になっていないことだけは確かである。本人はL タイプのエッチングを苦手としていたといわれるが,木版画(M,Sタイプ)

のほうには非常に出来の良いものが多く,例えば図2のダモクレスの剣の下で 無心に本を読んでいる二人の幼女の絵などはいかにも見事なものである。これ は推測であるが,サッカレーは併行して挿絵を描く作業をずいぶんと楽しんだ のではなかろうか。(書簡やメモなどの周辺記録を精査すれば,かれのそうし た口吻が発見できるかもしれない。)むしろ絵を思い,絵をものすることは小 説執筆の苦しさの息抜きになったものと思われる。それは第8章を除く他の66 章のために描いたcapital vignetteからも察知できる。図3がその好例である。

第16章はHow they were married is not of the slightest consequence to anybody.という文で始まる。この絵はその最初の文字Hを梯子に図案化した

もので,前章でのべッキイとロードンの秘密の結婚を示唆している。夜陰にま ぎれて屋敷の塀を乗り越え,梯子に足をかけた娘とこれに手を差し出す駈落ち の相手の男の衣装は作中の時代以前の古めかしいものにしてある。一体にサッ カレー自筆の挿絵は小品ほどその絵柄にも筆致にもきめこまかい配慮が行き届 いていて,かれがけっして挿絵を単なるspace−filler(埋草)とみなしていな かったことがどの小さな絵からでもうかがえる。実際,いずれのcapital vig−

netteもそこになんらかの作者の考え抜かれた寓意がこめられていて,これを 釈いてみるのは読者にとっては刺激的な挑戦である。図4は全編の悼尾におか れたend−pieceで,二人の子供が操り人形にもどった小説中の人物を箱の中に しまいこもうとしている。いろいろあった末,恋を全うできたドビンとアメリ ァと二人の間に出来たジェイニの三体の人形だとわかる。箱の外で足をあげて ひっくりかえっている老人は,誰であろうか。この絵のすぐまえに,

(14)

Ah!V・nit・・V・nit・t・m1(註 2)Whi・h・f・, i, h。pPy in thi、 w。,1d?

Which of us has his desire?or, having it, is satisfied?.Come,

children, let us shut up the box and the pupPets, for our play is played out.

という39文字が1行のスペースのあとにおかれて,全小説の文章のほうを締め くくっている。まことに挿絵と文と,ふたつながら意味深長であり,挿絵と文 とはぴったり阿件の呼吸があっていて,めでたい大団円である。

 しかし,それでははたして挿絵は「虚栄の市」を完全なものにするための必 須の要素であったのか,つまり潤色のための付随的な道具以上のものであった のか,という根抵の質問がもちあがる。そして先走りして返答すれば,ご生憎 様,この小説はとても絵本なんぞではありませんよ,である。挿絵があればす すんでそれを載せ,読者の興趣をかきたてることに熱心な岩波文庫でさえ,

せっかくの挿絵,しかも作者自筆のものが200枚ちかくもあるというのに,六 冊のどの巻にもただの1枚もとりいれていない。いないけれど,多くの版をか さね,おおくの熱狂的なフアンを獲得してきているらしい(註13)。また,挿絵 のおかげですとか,挿絵がないなら読まない(註14),という話も寡聞にして耳 にしない。「虚栄の市」は,だから挿絵の有無とは無関係に,りっぱに自立で きている小説であるといえる。しかし,余人を煩わせず作者自身がこれほど多 数を19ケ月にわたって精力的に描いたという事実が作品になんらかの影響を残

さないということはまず考えられない。無くても構わないまるっきりの添え物,

余計物にとどまったはずはない。その点について若干述べてみたい。

(a)嗜好品としての挿絵

滋養にはならないが,香味や刺激を与えるものとしての効用を承知したうえで,

サッカレーが一般読者大衆に奉仕品として挿絵をすすんで提供したというのは 十分考えられる事である。ようやく36才にして,この作品で売れっ子作家にな るまでの約15年間彼は読書界の動向にめざといジャーナリストであったのであ

(15)

小説の挿絵      35 るから(註15)。作家と挿絵画家が別人であるのが普通であり,その普通の場合 に,小説のどのところを絵にするかについては両者のあいだで相談や協議があ るにしても,選択は絵を製作する画家に決定権があるであろうことは想像にか たくない。画家は一読者,それも想像力や鑑賞力のすぐれた代表的読者として の立場から,文章の創り出す世界からおおきくはずれない範囲内,明かな虚偽 にならない制限内で,絵を描くであろう。日本の新聞小説の読者は毎回そうい う絵をなにげなく見ている。(ついでにいうと,雑誌の挿絵だと,新聞にくら べて,より多量の文章により少数の絵を添えなければならないから,いわゆる

「絵になる」場面を小説の描写のなかから選んで創り出すにはいちだんの慎重 をようすることは,これまた想像に難くない。)これが,画家を兼ねる作家の 場合だと,彼は作品の意図をいちばん知悉していて(当り前だが),作中の人 物や事物や事件を自己の脳中のイメージから文章化するのであるから,その作 家が描く挿絵は,いきおい作中の人物・事物の映像化としては,もっともよく 作者の意図を反映するものであることになる。作者の真意をうかがうのに適し た,もっとも信頼のおける挿絵としてはこれ以上のものはありえない。そうい う視点から「虚栄の市」のすべての挿絵を見ていると,どの一枚も出来不出来 はべつとして,にわかに別様の面白味が感じられてくるg挿絵なしでも世界の 傑作は傑作であるが,挿絵とともに読むときにはその愉しさはいいようがない。

 尤,サッカレーの挿絵については,読者があらかじめしっかりと心得ておく べき点がいくつか指摘できる。毎月の3章ないし4章の文に添えられる2枚の エッチングは,他の何枚かの絵よりも,それらがLサイズであること,いちい ちcaptionがついていることからでも,重要な2枚であることはしれているの であるが,では,この2枚がその分冊の小説世界ではもっとも絵になる,ある いは絵にすべきものになっているかといううと,案外にそうではないのである。

例をあげれば,第1分冊(1章一4章)のエッチング2枚のうち,第1章の べッキイが,卒業記念品のジョンソン辞典を馬車の窓から放り捨てる開巻早々 の有名なシーンの絵は,鬼女のように見えなくもない顔はいただけないにして も,ここではすこぶる適切に選ばれた場面といえるのに,他の1枚,ベッキイ

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が肥大漢のジョゼフに糸巻を手伝わせている絵柄は,珍しい光景ではあっても,

分冊中一二を争う大切な場面とはいえまい。要するに,この2枚と他の7枚に 描かれた場面がそのまま第1分冊を代表する9場面と考えては鑑賞をしくじる であろうということである。サッカレーは絵物語を書いているのではないこと を忘れてはならない。彼の挿絵のための場面選びはかなりいいかげんである。

しかもそれは意図的にそうですらある。前述したとおり,香味や刺激を与える ものとしての効用を挿絵に求めているのであり,滋養は当然文章が与えるもの と観じているのであろう。重要と考えられる部分,力を注ぐべき,さわりのと ころは,文章の力でそれぞれに描ききれば満足なのであり,同じ所を不本意な 絵で再現するまでもないと考えたのであろう。いくら読者の嗜好品としての挿 絵とはいえ,しっかり読んでもらいところを全部が全部絵にまかすわけにはい かないという思いがあったであろう。そうしたほうが,文のそこのところも,

また冊中の絵もかえって生き生きとしてくるはずである。

(b)省筆のための画筆

一見,いま述べたとことと撞着するかにみえるが,サッカレーはいっぽうでは 文章でなく絵に依拠して平気なところがある。ここのところは文にするまでも ないから,ひとつ絵で間に合わせれやれというそぶりを時にみせる。彼が達者 な表現力,豊富な造語力をもった人であるだけに,奇異な感をあたえる(註16)。

例えば物語冒頭から悼尾まで出ずっぱりのレベッカ・シャープについてさえそ の容姿で読者が知り得るのは,せいぜい

 She was small and slight in person;pale, sandy−haired, and with  eyes habitually cast down;when they looked up they were very large,

 odd, and attractive (註17)

という程度であり,詳細・精緻な人物描写にその後お目にかかることはないし,

これは他の主要人物についても同様で,読者は文章からだけでは彼らの容姿や その時どきの服装などについてのいかなる満足のいく情報を得ることはできな い。そのほうは挿絵でもみて,よろしく想像あれ,といわんばかりなのである。

(17)

小説の挿絵      37 現に,第25章では,Mosesという執達吏が使っている岡っ引二人について,

gentlemen whose portraits have been taken in a preceding pageと書いている

くらいであり,鷹揚といえば鷹揚,杜撰といえばこれほど杜撰なものはない。

オズボーン老人の肖像などは文章ではいっさい描かれてはおらず,読者は第13 章で作者が与えた挿絵の全身像を見て,ははあ,こういう風姿人体だと思えと 作者はいいたいのか,と考えるばかりである。けだし,省筆のための画筆とは これである。もちろん作中人物に文章による絵画的描写を与える与えないは作 者の勝手であり,またそれによって作品の成否がたちまちどうかするというこ とはないのであるが,「虚栄の市」の場合はこの作家が文章の達人であるだけ に,これはやはり異常のことといわねばならない。達意の文の一筆書きで,人 物のスケッチなどさらりとやってのけられるはずであるから,これは手抜き仕 事といいたくなるほどである。同時代のディケンズが容姿・服装・調度品・建 物・風景などをあれだけ精緻に描きわけ,またそれらを凌がんばかりの専門の 画家の手になる挿絵が寄り添っているのとは格段の違いである。勘ぐれば,

サッカレーの場合は,書く人がなまじいっぱしの画才の人であっただけに,絵 をもって文にかえ,それで済ますという安易さが生じたのであり,ディケンズ 流の濃密・精細な文章表現が果たされなかったといえるのではあるまいか。作 者にして画家であるという二重資格が掘った,これは思わぬ陥穽であった,と

までいいたくなる。

(c)風俗作家だが風俗画家ではない

 この二重性につきものの,虻蜂取らずになりかねない危険性という事情は風 俗作家だと喧伝されてきた(註18)この作家を,せっかくの自作挿絵にもかかわ

らず風俗画家になしえていないという事実につながっている。このことは彼が 公表した「虚栄の市」の184枚の挿絵のうち181枚までが,つまり98.9%が人物 画,あるいは人物画中心になっている絵である点にも窺われる。(残りの3枚 のうち,14章のcapital vignetteは文字Aに蛇を絡ませた図柄,50章のそれは 開かれた鳥籠と飛び立つ鳥,61章目のそれは瀕死のセドレー老人の住まいの放

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置された暖炉の絵であり,三つともこれから語られる章の寓意となっている。)

小説の中で世態風俗の描写の要素が比較的に重い地位を占めるものがいわゆる 風俗小説の謂いであるとするならば,人物の心理や性格や行動や思考やらの描 出もさることながら,まずもって具象的・物質的事物の活写を精細あらしめん と期するはずである。つまり絵画的表現に一層親近するものでなければなるま い。ところがサッカレーはその文章の力を駆使して,衣服や調度品や建物やら の詳細を縷述することをしない。ときにはおおいに無視して顧みない。それほ

どであるから,彼は風景描写・自然の写生などは文・画ともに試みる気の薄い 人のごとくである。184枚のうちにはただの1枚も自然描写だけの絵はなく,

文としてはもし私に見落としがなければただ次の1箇所があるだけである。

 Sometimes it is towards the ocean.smiling with countless dlmples,

 speckled with white sails, with a hundred bathing.machines kissing  the skirt of his blue garment−that the Londoner looks enraptured.(p.264)

風俗作家とは言い条,サッカレーは文章が行う,物それ自体の絵画的説明に興 味がないのであり,さりとて,絵でもって風俗を克明に記録することにもたい した関心をむけていない。人々の衣服,髪型,部屋の装飾・置物,屋外では乗 り物ぐらいにしか画筆を向けていない。しかもその衣服ですら,彼は作品の時 代である1810年代のものを作中人物には着用させず,かえって作品執筆時代に ちかい1850年前後のフアッションをあてがっているのである。1869年版の2冊 本「虚栄の市」の第1巻67頁にはこうある。(協姥y乃iちSmith, Elder,&Co.)

    It was the author s intention, faithful to history, to depict all the   characters of this tale in their proper costumes, as they wore them at the   commencement of the century. But when I remember the appearances of

  people in tha days, and that an officer and lady were actually habited like   this−

  (と,さすがに自前の挿絵を描いたauthor<um−illustratorらしくここのと   ころにその19世紀初頭の将校・淑女の絵の実例を示し,しかし,と続けて   いる)

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小説の挿絵      39 Ihave not the heart to disfigure my heroes and heroines by costumes so hideous, and have, on the contrary, engaged a model of rank dressed according to the present fashion.

 残念ながら,彼のせっかくの筆になる挿絵は,作品中の風俗の視覚的手がか りとしては満幅の信頼をおくわけにはいかないといわざるをえない。しかしそ れが後代二十世紀の読者にとってどうだというのであろう。まして異国の日本 の愛読者にとっては痛くも痒くもない問題ではあるまいか。サッカレーの場合 は,風俗作家,それもこの癖のある風俗作家かならずしも風俗画家にあらず,

ということをよくわきまえておいて,彼がわれわれの嗜好品としてサーヴイス してくれる絵を楽しめばそれでよいのである。

6.おわりに

 以上,小説の挿絵の古今東西事情の概括からはじめて,「虚栄の市」の場合 の特例にまで言い及んだが,「虚栄の市」の箇々の人物論とか,全体の構成と か思想とか文体とか,あるいは英国小説における位置づけとかを,作者自筆の 挿絵とからませ,それらから照射し,検討するという仕事は行わなかった。い わば本小説の外縁を遣遙しただけに終わった。今ははやらない,しかしまぎれ もなく傑作であるこの著作のくさぐさの本質・特性については,いくつか私見 を持っているが,それは他日の発表に委ねることとしたい。

(註1)Tれ5♪ε6雄oτ誌(1992年10月31日号)の書評欄には編集者がつけたAnother damned, thick square book(またも出ました,糞いまいましい,分厚い{愚かしい}

四角四面の{古色蒼然の}書が)という見出しのもとでHirary MantelがThis is a s㎜ptuous book, but caviare to the general.(これは豪奢な本だが,一般読者には キャビアである。)という書き出しにつづいて,以下これを懇切に酷評している。

(註2)この祈りと戦死の一文は「虚栄の市」のおおかたの読者の注目するところであ

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るらしい。V. S. Pritchettはその「虚栄の市」論The Great Fhmkey(TλθCo〃功』

E∬4y3, Chatto&Windus,1991年。 pp.86−94 ただし初出は1η」ゆGoo4 Booお 1942.)でこの一場が世評高いことを知ってのうえでこれを軽視して言う。

 And still the honeymoon at Brighton with Becky being witty about the moon while her husband sharps at cards in the room behind her, and the Brussels chap.

ters, stand out as a culminating height in English comic writing. The bullet in George Osbome s heart is not so good, but the rest−well, in the first year of this war we saw the whole Thackerean scene enacted again.(ibid。 pp.91−92)「新婚旅行  (アミリアとジョージの新婚旅行の謂い。二人はべッキイ・ロードン夫妻と一緒 一

伊藤)先のブライトンでベッキイがお月さんをみて警句をはいているかたわら,旦那 は奥の部屋のカード賭博で金を(ジョージから)まきあげている箇所とか,ブリュッ セルの数章とかは,いまになおイギリス滑稽文の最高峰として聾立している。ジョー ジ・オズボーンが心臓に銃弾をくらったくだりはたいしたものではない。しかし,ほ かはみごとだ。たとえばこの戦役の第一年目において,読者はサッカレーの完壁な舞 台上演をあらためて見物することになる。」

(註3)この常套句は古今和歌集第38番歌からの引用句。きみならで誰にか見せむ梅の 花色をも香をも知る人ぞ知る。

(註4)大学の生協の売り場でいちばんさばけるのがマンガ雑誌であり,必修のテキス ト以外で学生がもっともよく開くのはマンガその他のヴィジュアル雑誌であるからと いって,彼らが第二のステップに停滞している,読書人としては幼児期を抜けていな いと,ただちにきめつけることは危険である。今日の青年読者とマンガ本の関係につ いては別の考えを用意したほうが賢明である。それはマンガが読めない(読まない,

ではない)守旧派を感心させる彼らのすごい頁のめくりかた,目の運びかた一つとっ ても明かである。

(註5)ややこれと関連するが,読み終わるのに何日もかかる傑作長編小説の映画で,

2時間内外にまとめられたものが,監督の下手からか,ミスキャスィングからか,と かく存外つまらない場合が多いことがある。動く挿絵をただ並べたものに感じられる ためであろうか。「カラマーゾフの兄弟」,「人間の絆」,「デイヴィッド・コッパーフ イールド」

(註6)「さしえの50年」尾崎秀樹平凡社1987年    「絵画の領分」芳賀徹朝日選書1990年

   「ほんばこ」第7号 1992年12月 ハート・ブック&メディア社

(註7)鹿島茂:「レ・ミセラブル」百六景,という書物(文芸春秋社1987年)があり,

これは360枚の挿絵の中から106枚を選び,その右頁に絵の解説と物語の筋を述べた興 味深いもの。絵で小説を読むことを欲した当時の読書大衆の好みを如実に語っている。

(註8)丁舵(均加∂G)〃ψαηゴoηzo Eηgli功L舵παz協ε, New edition 1987のVanity Fairの項目の書き出しはこうである。 Vbη⑳施坑by Thackeray, published in num−

bers 1847−8, illustrated by the author.最初は分冊出版であったこと,挿絵が作者自 身であったことの大切な2点をちゃんとおさえている。

 英米文学辞典,第三版(1985)研究社は分冊には言及しているが,第二の点にはふ れていない。新潮世界文学辞典(1990)はどちらにもふれていない。

(21)

小説の挿絵      41

(註9)Lewis Melville:7WεLφ㎡碗 疏α〃2ル雄ψεατεTλα6舵my,1899, VoL1, P.62

(註10)たとえばシリーズ「現代風結婚」の1枚が語る物語りについて,風俗作家にし て,ひとかどの画業の経験者ならではの精緻な分析・解説を読むことができる。丁輪

Wb畑q∫Wi 〃 α初1ぬ々幼εαεε丁乃αεゐεrαッ(London,1869), Volume XIX,pp.293−295

(註11)OxfordのThe World s Classicsに入っているペイパーバック版V吻⑳1伍rは With 193111ustrations by the Authorと銘うっていて,親切な廉価版であるが,難を いえば,挿絵が不鮮明である。エッチングの特徴のひとつである,鋭い細い線や微小 な点が薄黒くぼけている。ただ慢然と絵に目をやるぶんにはその輪郭の不明瞭や判然 としない陰騎も気にならないであろうが,子細に文を読んで,さてこそと絵に目を凝 らす時にはこれでは困る。(註10)に言及した1869年版本の挿絵はすこぶるよい印刷 である。これだとサッカレーの挿絵もなかなかなものだとわかる。ついでにいえば,

例えば岩波文庫などで,安価な小型本の挿絵といえどもじつによい印画に仕上がって いるのを見るにつけ,わが国の出版技術のレベルの高さがわかるというものだ。なお,

193枚の挿絵入りだそうだが,2度数えても191枚であった。

(註12)空の空なる哉。伝道の書1−2。ここの最後だけでなく,作者は口上役として 作品の舞台に頻繁に上がりこんで,この世がいかに「虚栄の市」であるかを,くりか えし述べてきている。そういう章の数字をならべると,8,9,12,14,15,17,18,

19, 20, 21, 22, 25, 26, 28, 29, 30, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 41, 43, 44,

47,48,49,50,51,53,55,56,61,64,67。全部で37章。

(註13)「ダブルベッドで心おきなく横になり,枕元からサッカレーの嘘栄の市}の 文庫本を取りあげる。私はこの小説が大好きで,何遍読んだかわからない。膨大な登 場人物と頁とにすっかり馴染んでおり,また幾度会っても歓ばしくも飽きない。旅行 用に全六巻の文庫本を買い二冊だけ持って来て,西ベルリンでも毎日一日の最後は読 んだけれども。...ロンドンのベッドで味わう{虚栄の市}はまた一段とおいしい。」

河野多恵子「嵐ケ丘ふたり旅」文芸春秋社1986年。p.79

 作家・評論家で偉大な読書家でもある中村真一郎は,生涯の愛読書百冊のなかに  「虚栄の市」をいれている。イギリス小説は他にオースチン「説得」,エリオット 、  「フロッス河畔の水車」,ペイター「エピクロス派マリスス」,ジョイス「ユリシー

ズ」,ハクスリー「ガザに盲いて」,グレアム・グリーン「情事の終り」,とモーム「剃 刀の刃」を推挙している。(「小さな噴水の思い出」筑摩書房1993年。pp.255−257)

(註14)そんな人の例をあげてみる。奥本大三郎は「壊れた壼」集英社1993年4月の,

佐々木邦礼賛の項で,挿絵入り本との再会をこんなふうに述懐している。(第四巻,

 「愚弟賢兄」や「ゴンドラ村」が入っている。箱から出してぱらぱらとめくると,田 中比佐良の達者な絵が目に入る。男の表情が実にいいのと,女性が品よく色っぽいの に感心する。夫人たちが家の中で常に和服を着,丸髭を結っている。男ももちろん家 では和服である。「そうだ,そうだ,コレ,コレ」とばかり箱からむいたままレジに 持って行って金を払った。(p.187)_.最近また出たのならいつでも買える。しか し買わない。せっかくの挿絵が省いてあって,しかも全部新カナになっているからで ある。p.188)

(註15)Thackeray was a versadle joumalist.(Prichet輪op. cit. p.86.)

(註16))今回この小説を読むにあたって,私はこれはとおもう語句・表現については

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可能な限りημ(均0τ4Eηg1泣D鋤ゴ・孤τyの第2版をいわば引きに引きまくった。

そして私が驚いたことに(識者はだれも驚くまいが),全68章のうち61の章で「虚栄 の市」からの用例をOEDが採択していることを知った。その数は201例であった。

特に11章では10例,34章では14例を見つけた。また16章のclipper,34章のoutslang はその単語としてはこの作品のものが初出であることを教わった。ついでにいえば,

同じ語句が「虚栄の市」ばかりでなく,他のサッカレー作品からの引用として記載さ れているものも多いことがわかった。その数はざっと80であった。となれば,サッカ

レーの全文業からの用例のOED記載数はおびただしいものになるであろう。

(註17)VbηW拓坑The Wor田Classic版。1991年。 p.16。尤,彼女の性格のほうは 物語の進行とともにずんずん変化していく。プリチェットはサッカレーがこの小説で 始めた新機軸に二つあって,そのひとつがThere are no fixed characters in Wη砂

品irであるといっている。 op. cit, p.16.もう一つは,作者が遠慮会釈無しに作品の 舞台に口上役を買って登檀することだという。

(註18)河野多恵子「谷崎文学と肯定の欲望」中公文庫,1980年。pp.282−283。「・…

ディッケンズやサッカレイのような小説こそ風俗小説の代表と思っている・…。サッ カレイの「虚栄の市」を籍りると,どの細部を引っ張ってみても,その先には全人物 が,全世界が連なり,十九世紀の英国社会から欧州状勢,人々の生活感情等などのす べてに連なっている。…・」

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