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子育て支援における人間発達の同時保障

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子育て支援における人間発達の同時保障

徳 永 幸 子

The Importance of guaranteeing both Child and Mother’s Human Development on Child-Rearing Support

Sachiko TOKUNAGA

The purpose of this paper is to describe the importance of guaranteeing both child and mother’s human development on child-rearing support. First I discuss how to cope with child-rearing support as a measure against a societal birthrate declining , and what is child-rearing support through a re- view of several definitions about child-rearing support. There are so many services which are oper- ated by many agencies, that it is difficult to clarify what is the essence of child-rearing support. Sec- ond I consider interactions about child and mother’s human development, after examining what is child’s human development in human relations based on attachment and mother’s human develop- ment through child-rearing and self-realization by work. As well, a child’s human development and a mother’s human development have much in common. So, I conclude that the essence of child- rearing support is to guarantee both child and mother’s human development in relationship to the community.

Key Words: child-rearing support, human development, interaction with child and mother

はじめに

子育てをめぐる社会環境の大きな変容の中で,子どもを養育することが困難な状況が顕在化し,

子育て支援の必要性が叫ばれるようになっておよそ15年あまりが経過した。現在では子育て支援の 名の下に多様な内容のサービスが提供されている。しかしながら,このような子育て支援に関する 多様な現実からは,誰のための子育て支援なのか,子育て支援はどのようなことを目指して行うべ きなのか,といった基本的な問題をあらためて問い直し,子育て支援とは何かという本質を探って いく必要性がみえてくるのである。

歴史的にみると,子育ては血縁,地縁のネットワークのなかで支えられてきた。前近代社会では,

子どもは親の力だけで育つのではなく,超自然の力の助けによって育つものであると考えられてい た。農山漁村や庶民の家庭では,母親は育児・家事のみに専念するのではなく,家業を支える労働 の担い手でもあったため,子どもは年長のきょうだいや祖父母や近隣の人に世話されたりしていた。

地域には多様な人間関係があり,豊かな自然が子どもの遊び場となり,子どもは母親以外の近隣の 多様な人々とのかかわりのなかで育ち,子育ては地域共同体のなかで営まれていたのである。

しかし,近年,子どもや母親を取り巻く家庭や地域は大きく変化した。都市化のなかで子どもの

活水論文集 第52集

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遊び場や居場所は奪われ,子どもは自然のなかで仲間集団と全身を使って遊ぶ体験が少なくなり,

室内で一人でゲームに興じることが多くなった。多くの子どもが早期から,知的教育や技能的教育 の競争に巻き込まれ,子どもの本性としての遊びの機会を奪われているといえる。また,地域にお ける人々の共同の場は少なくなり,人々は異なる生活スタイルや価値観で生活するようになり,高 層マンションのつくりや住宅構造そのものが近隣関係の形成を困難にし,人々をバラバラにし,地 域関係を希薄化していったといえる。血縁,地縁のネットワークが脆弱化し,子どもが社会化して いく媒介の数がきわめて少なくなり,父親が育児に参加する機会が乏しいなか,子育てがとりわけ 母親の負担として重くのしかかってきたのである。

また,子育ての外注化がすすみ,育児機能が商品化され,子育ては営利を目的とした経済活動に 組み込まれていった。母親は育児雑誌,早期教育ビデオ,玩具,育児用品,紙オムツ,離乳食など 便利な商品を用いて手をかけない育児をすることができるようになり,子育ての中で育児の力を培 う機会を奪われていったといえる。したがって,子育てとは何かを母親に伝える支援がなければ母 親が親として成長することが難しくなっているのである。子どもにどのようにかかわることが望ま しいのかは,日々のかかわりのなかで失敗を重ねながら,母親と子どもの応答的かかわりのなかで 見出されるものであり,ボタンひとつ押したりスイッチを入れたりすれば思うように機械が動くと いうような生活感覚を身に付けた現代社会では,子育てのような非効率的なかかわりは苦手になら ざるを得ないであろう。育児を任された母親は,その責任の重要さを自覚すればするほど,過保護,

過干渉,過期待が強まり,子どもを束縛し息苦しくしてしまう。また,よい母親でなければならな いという意識が逆に母親としての自信喪失,自己否定につながりやすく,育児不安や育児ノーロー ゼに陥る母親も少なくない。これまで母親は,母親としてのみ扱われ,望ましい母親像が語られて きたが,長寿化のなかで母親として生きる人生が限られた短いものとなり,母親は子育て以外の生 きがいを求めるようになってきたといえよう。したがって,母親を一人の人間として子育てや社会 的労働を通して発達していく存在としてとらえていかなければならず,子育て支援においては,そ のような母親の人間発達を保障していくことが求められている。

しかしながら,子育て支援サービスの安易な利用をすすめていくと,母親がそれに依存し,親に なるための支援ではなくなってしまうこともあり得る。それが育児負担の軽減に結びつかなくても,

母親が子育ての現実から逃げないで,子どもときちんと向き合うための力を引き出すような環境を 整える支援もあるだろう。子育て支援に関するさまざまなサービスは大人の都合を優先するのでは なく,子どもの育ちに必要な最善のものを提供できているかをつねに検証していかなければならな い。子どもの発達には,母親,父親,家族,地域社会などが相互に深く規定し合っているゆえに,

子育て支援においては,子どもの発達を保障し得るような発達環境を整備しなければならないので ある。

このような問題意識から,ここでは,子育て支援とは何かについて,その経緯をたどりながら少 子化対策としての問題点を指摘し,子育て支援の目的,内容を確認したうえで,子どもと母親の人 間発達とは何かを考察しながら,それらの発達の同時保障が子育て支援において重要であることを 明らかにしていきたい。

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子育て支援の経緯

1−1 少子化対策としての子育て支援

子育てを社会的に支援するシステムの整備は,少子化対策という政策課題として取り上げられた。

日本政府が出生率の低下と人口減少を問題として認識し,子育て支援の対策に取り組み始めたのは 0年の1.7ショックを契機としている。最初の具体的なものが,14年12月に文部,厚生,労働,

建設の4大臣合意により策定された「今後の子育て支援のための基本的方向について」(エンゼル プラン)である。エンゼルプランでは,!子どもを持ちたい人が安心して子どもを生み育てること ができるような環境の整備,"家庭における子育てを基本としつつ,家庭における子育てを支える ために社会の構成員が協力していくシステムの構築,#子育て支援施策における子どもの利益の尊 重への配慮,の3つが基本的視点として掲げられた。そして,エンゼルプランの具体化の一環とし て,保育所の量的整備や低年齢児保育,延長保育等の多様な保育サービスの充実,地域子育て支援 センターの整備等を図るための「緊急保育対策等5か年事業」が策定された。その後,19年12月 に「少子化対策推進基本方針」が決定され,少子化対策の趣旨は,仕事と子育ての両立の負担感の 増大や子育ての負担感を緩和・除去し,安心して子育てができるような様々な環境整備を進め,家 庭や子育てに夢や希望をもつことができるような社会にしようとすることであるとされた。そして,

従来のエンゼルプランを見直し大蔵,文部,厚生,労働,建設,自治の6大臣合意による「重点的 に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(新エンゼルプラン)が策定され,これまで の保育サービスに,雇用,母子保健,教育等に関するものも加えた幅広い内容になった。しかしな がら,少子化に歯止めがかからないことから,男性も含めた働き方の見直しや地域における子育て 支援などを含め,社会全体が一体となって総合的な取り組みをすることが必要であるとして,2 年9月に厚生労働省内において「少子化対策プラスワン」がまとめられた。

その後,23年7月には「次世代育成支援対策推進法」と「少子化社会対策基本法」が制定され た。「次世代育成支援対策推進法」に基づき,すべての市町村及び都道府県と31人以上の労働者を 雇用する事業主は,国が定める行動計画策定指針に即して,地域の子育て機能の再生のための具体 的な取組方策を掲げた行動計画を25年4月から策定することになった。「少子化社会対策基本法」

は,急速な少子化の進展が21世紀の国民生活に深刻かつ多大な影響をもたらすものであり,少子化 の進展に歯止めをかけることが求められているという認識に立ち,少子化社会において講ぜられる 施策の基本理念を明らかにするとともに,少子化に的確に対処するための施策を総合的に推進する ことを目的としたものである。この法律に基づき内閣府に内閣総理大臣を会長とし,全閣僚によっ て構成される少子化社会対策会議が設置され,毎年少子化社会白書を作成し国会に提出することに なった。「少子化社会対策基本法」は,少子化に対処するための施策の指針として,総合的かつ長 期的な少子化に対処するための大綱の策定を政府に義務づけていたため,24年6月に「少子化社 会対策大綱」が閣議決定された。この大綱では少子化の流れを変えるための3つの視点として,若 者の自立が難しくなっている状況を変えていくという「自立への希望と力」,子育ての不安や負担 を軽減し,職場優先の風土を変えていくという「不安と障壁の除去」,生命を次代に伝えはぐくん でいくことや家庭を築くことの大切さの理解を深めていくことと,子育て・親育て支援社会をつく り,地域や社会全体で変えていくという「子育ての新たな支え合いと連帯―家族のきずなと地域の きずな」を掲げ,4つの重点課題として,「若者の自立とたくましい子どもの育ち」「仕事と家庭 子育て支援における人間発達の同時保障

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の両立支援と働き方の見直し」「生命の大切さ,家庭の役割等についての理解」「子育ての新たな 支え合いと連帯」をあげ,28の具体的行動を提示した。そして,24年7月,総務省は「少子化 対策に関する政策評価」として,新エンゼルプランを対象とした政策評価の結果を公表した。これ によると,子育てそのものの負担感については経済的な負担感が増大しているために必ずしも緩和 されているとはいえず,また,専業主婦は共働き家庭の妻に比べて子育てそのものの負担感が大き いとしている。さらに,子どもを持つことに対する個人の意識が変化し理想の子ども数が減少して いることから,政策が実施されたとしてもその効果の発現をさまたげる外部要因が影響を与えてい ると考えられるとしている。こうした政策評価の結果も参考にしながら,その効果的な推進を図る ため,「子ども・子育て応援プラン」が策定された。エンゼルプラン以降少子化対策が講じられて きたが,少子化の進展に歯止めがかからず,合計特殊出生率は,14年の1.0から24年には1. となったのである。「子ども・子育て応援プラン」は,25年度から29年度までの5年間に講じ る具体的な施策内容と目標が掲げられている。これまでのプランは保育サービスを中心に目標値が 設定されていたが,「子ども・子育てプラン」では,少子化対策大綱に基づき,若者の自立や働き 方の見直し,子どもを生み育てることに喜びを感じることのできる社会への転換なども含めた幅広 い分野での具体的な目標を設定している。

6年には,予想以上のスピードで進行している少子化に対応するため,少子化社会対策会議の 下に少子化社会対策推進会議を設置し,その下に専門委員会を置いた。また,少子化担当の専任大 臣も置かれ,地方自治体トップとの地方ブロック会合が開催された。こうした専門委員会の報告書 や地方ブロック会議の成果等を踏まえ,「新しい少子化対策」がまとめられた。「新しい少子化対策」

では従来の対策のみでは少子化の流れを変えることができなかったことから,少子化対策の抜本的 な転換を図っていかなければならないとし,子育て支援策については,!子育て家庭を社会全体で 支援すること,"親が働いている,いないにかかわらず,すべての子育て家庭を支援すること,#

出産前後や子どもが乳幼児期にある子育て家庭を重点的に支援すること,などが基本的考え方とさ れた。具体的には,!妊娠・出産から高校・大学生になるまでの子どもの成長に応じた総合的な子 育て支援策,"働き方の改革,#長期的な視点に立った社会の意識改革のための国民運動の展開,

を柱として40の施策を展開することとしている。たとえば,児童手当の乳幼児加算の創設,不妊治 療の助成金の引き上げ,妊娠中の健診費用の負担軽減の拡大,生後4か月までの乳児がいる世帯に 対する市町村の全戸訪問などや育児休業給付の給付率を休業前賃金の40%から50%に暫定的に引き 上げることなどである。27年度少子化社会対策関係予算は総額1兆74億円であり,前年度と比 較して12.3%増となった。さらに,26年12月公表の「日本の将来推計人口」や27年1月の社会 保障審議会人口構造の変化に関する特別部会での議論をもとに,今後の日本の人口増の変化を展望 した戦略的な対応が必要であるという認識が生まれた。そこで27年2月には「子どもと家族を応 援する日本」重点戦略検討会議が発足し,6月に中間報告が取りまとめられた。中間報告では,重 点戦略策定の方向性として,!働き方の改革によるワーク・ライフ・バランスの実現,"包括的な 次世代育成支援の制度的枠組みの構築,#税制や他の社会保障制度での対応を含めた総合的対応,

$地域の実情に応じた施策,%少子化対策への効果的な財政投入,&施策の実効性の担保―効果的 かつ計画的な施策の遂行,があげられている。これまでは仕事と育児の両立支援を中心に女性に対 する子育て支援が想定されがちであったが,「少子化対策プラスワン」において男性も含めて働き

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方の見直しが重要であると考えられるようになり,「子どもと家族を応援する日本」ではワーク・

ライフ・バランスへの転換が主張され,男女がともに子育てを行いながら働き続けることができる 環境を具現化していくことが目指されるようになったのである。

1−2 保育所等における子育て支援

今日,子育て支援の場は多様化しているが,これまで,子育て支援の中心的役割を果たしてきた のは保育所である。そこで,ここでは,保育所あるいは保育士に関する動向から子育て支援の経緯 をみていくことにしたい。保育所における子育て支援が全国的に広がりを見せるようになったのは,

4年の乳幼児健全育成相談事業からであるといわれている。その後,子育て支援が具体的になっ てくるのはエンゼルプランを受けて実施された緊急保育対策5カ年事業であり,15年から特別保 育事業が実施されるようになった。22年には,特別保育事業として,延長保育促進事業及び長時 間延長保育促進基盤整備事業,一時保育促進事業,乳児保育促進事業,地域子育て支援センター事 業,保育所地域活動事業,障害児保育対策事業,家庭支援推進保育事業,休日保育事業,送迎保育 ステーション試行事業,駅前保育サービス提供施設等設置促進事業,家庭的保育等事業,認可化移 行促進事業の12事業が規定された。

7年の児童福祉法改正において,保育所は,「地域の住民に対してその行う保育に関し情報の 提供を行い,並びにその行う保育に支障がない限りにおいて,乳児,幼児等の保育に関する相談に 応じ,及び助言を行うよう努めなければならない」とされ,子育て支援を新たな役割として担うこ とになった。また,21年の同法の改正では保育士資格が法定化され,それまでの児童福祉法施行 令第13条に基づく「政令資格」から「国家資格」となり,この改正で保育士の定義が児童福祉法第 8条の4に,「保育士とは,第18条の18の第一項の登録を受け,保育士の名称を用いて,専門的知 識及び技術をもって,児童の保育及び児童の保護者に対する保育に関する指導を行うことを業とす る者」と規定された。そして,同法第48の2では,「保育所に勤務する保育士は,乳児,幼児等の 保育に関する相談に応じ,及び助言を行うために必要な知識及び技能の修得,維持及び向上に努め なければならない」とされ,保育士の業務が従来の子どもの保育から子育て支援にまで拡大したの である。23年には地域における子育て支援の強化を図るため,児童福祉法を改正し,すべての家 庭に対する子育て支援を市町村の責務としてつぎのように明確に位置付けた。すなわち,第21条の 8に「市町村は,次条に規定する子育て支援事業に係る福祉サービスその他地域の実情に応じたき め細かな福祉サービスが積極的に提供され,保護者が,その児童及び保護者の心身の状況,これら の者の置かれている環境その他の状況に応じて,当該児童を養育するために最も適切な支援が総合 的に受けられるように,福祉サービスを提供する者又はこれに参画する者の活動の連携及び調整を 図るようにすることその他の地域の実情に応じた体制の整備に努めなければならない」と規定され た。ここでいう子育て支援事業とは,!児童及びその保護者又はその他の者の居宅において保護者 の児童の養育を支援する事業,"保育所その他の施設において保護者の児童の養育を支援する事業,

#地域の児童の養育に関する各般の問題につき,保護者からの相談に応じ,必要な情報の提供及び 助言を行う事業,とされ,市町村はこれらの子育て支援事業及び放課後児童健全育成事業,子育て 短期支援事業を着実に実施することによって,児童の健全な育成に資することが課せられ,そのた めの情報提供,相談・助言,斡旋・調整などが役割とされたのである。

子育て支援における人間発達の同時保障

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9年に改定された保育所保育指針では,「保育所には地域における子育て支援のために,乳幼 児などの保育に関する相談に応じ,助言するなどの社会的役割も必要となってきている」(第1章 総則)とし,保育所の役割のなかに地域の子育て家庭に対する相談・助言などの支援の機能が位置 づけられた。第13章に「保育所における子育て支援及び職員の研修など」が追加され,「地域にお いて最も身近な児童福祉施設であり,子育ての知識,経験,技術を蓄積している保育所が,通常業 務に加えて,地域における子育て支援の役割を総合的かつ積極的に行うことは,保育所の重要な役 割である」「保育所における乳幼児の保育に関する相談・助言は,保育に関する専門性を有する地 域に最も密着した児童福祉施設として果たすべき役割であり,通常業務に支障を及ぼさないよう配 慮を行いつつ,積極的に相談に応じ,及び助言を行うことが求められる」とされた。

また,28年には子どもや子育て家庭を取り巻く環境の変化を背景に保育所保育指針の改定が行 われ,第1章総則において保育所に入所している子どもの保護者に対する支援と地域における子育 て支援が書き分けられ,保育所入所児童の保護者支援が明確に打ち出された。第6章には保護者に 対する支援の基本原理して,!子どもの最善の利益,"保護者との共感,#保育所の特性を生かし た支援,$保護者の養育力の向上への寄与,%相談・助言におけるソーシャルワークの機能,&プ ライバシーの保護及び秘密保持,'地域の関係機関等との連携・協力,があげられている。子育 て支援においては,何よりも子どもの最善の利益を考慮することが重要であり,保護者との信頼関 係を基盤に保護者の自己決定を尊重しつつ保護者が養育力を高めるような支援が求められているの である。また,保育所に入所している子どもの保護者に対する支援は,日常の保育と一体化したと ころに特徴がある。たとえば,子どもの送迎時の対話,連絡ノート,園だより,掲示,保護者会,

行事,個人面談,家庭訪問,保育参観などにおいて保護者支援の視点からかかわっていくことが必 要であり,保護者の仕事と子育ての両立を支援するための延長,休日,夜間,病児・病後児に対す る保育においては,保護者の状況への配慮とともに子どもの福祉が尊重されるように努めることが 求められている。そして,地域の子育て支援の拠点としての機能には,保育所機能の開放,相談や 援助の実施,交流の場の提供と交流の促進,情報の提供や一時保育があげられ,地域の関係機関,

団体との積極的な連携や協力を図り子育て支援に関わる地域の人材の積極的な活用を図り,地域の 子どもをめぐる諸課題に対し,要保護児童対策地域協議会などの関係機関との連携・協力すること が求められている。

全国保育士会が23年に公表した全国保育士会倫理綱領には,「私たちは,地域の人々や関係機 関とともに子育てを支援し,そのネットワークにより,地域で子どもを育てる環境づくりに努めま す」とあり,保育士が子育て支援に積極的に取り組む姿勢をうかがうことができる。保育士は,従 来の役割である子どもの保育だけではなく,地域の子育て支援の役割も果たすことになり,保育所 は地域に根ざした社会資源として,その特性を生かしつつ,地域のニーズにきめ細かく対応してい くために関係機関と連携しながら子育て支援を推進していくことが求められるようになったのであ る。

これまでみてきたように,子育て支援は少子化対策と結びついて展開され,保育所や保育士の役 割が重要なものとなってきた。子育て支援の施策が次々に打ち出されたのは,少子化に歯止めがか からなかったからである。しかしながら,少子化対策は子どもを人的資源として捉え,未来の人的 資源の不足や枯渇を懸念して取り組まれるものであり,少子化対策において行われた保育サービス

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の拡大は,規制緩和,保育の市場化,低コスト化であった。保育サービスのこのような変化は,子 どもの育ちを保障する内容ではなく,むしろ保育サービスの質の劣化を招くものとなっていること も否めない。したがって,今後,子育て支援を考えるにあたっては,このような少子化対策に対置 するかたちでその内容やあり方を検討していかなければならない。子育ての困難さが浮き彫りにな り,母親への社会的支援の必要性が共通理解されてきたなか,子育て支援の現場から,子育てをし ている母親への重層的な支援のあり方を探っていくことが必要であるといえる。また,保育ニーズ をみきわめつつ,母親への支援を親になるための支援にしていくこと,母親の労働条件の見直しに 向けた解決策を探っていくこと,子育て支援の量的拡大から質的向上に向けていくこと等も課題と して指摘できよう。子育て支援は少子化対策ではなく,生れてくる子どもが少なくても多くても,

その数にかかわりなく子どもの権利保障という視点から取り組まなければならない政策課題なので ある。

子育て支援の目的と内容 2−1 子育て支援とは何か

子育て支援とは何かについては,いくつかの見解があることから,はじめにこれらの見解をみて いくことにしたい。柏女霊峰は,子育ち・子育て支援とは,「子どもの成長発達及び子どもが生ま れ,育ち,生活する基盤である親や家庭における子どもの養育機能に対し,家庭以外の私的,公的,

社会的機能が支援的にかかわることにより子どもの健やかな育ちと子育てを保障・支援する営みの 総称である」としている。ここでは,子育て支援の目的は「子どもの健やかな育ちと子育てを保 障すること」であり,その支援の対象を「親や家庭における養育機能」とし,主体を「家庭以外の 私的,公的,社会的機能」としている。

これに対し,太田光洋は,子育て支援とは「子どもや親が本来持っている自ら育つ力を発揮でき る環境を保証することにほかならず,親や子どもが自ら育っていく力を信頼しそれぞれが必要とす る支援が受けられる環境をつくっていくことが子育て支援の核心である」という。そして,子育 ての難しさは家族だけではなく社会全体の多様な問題を含んでいることから,子育て支援のニーズ に対応するには重層的な支援が求められるとし,!子ども自身の成長・発達の支援,"親になるた め,親として育つための支援,#育ち育てあう親子関係の支援,$「育む」環境づくりという4つ の観点を提起している。

また,原田正文は,行政主導のトップダウンによる公的子育て支援は本当の意味での子育て支援 にはなっておらず,親が親として育つように支援することや親の人生そのものを支援することが子 育て支援の課題であり,子育ての結果は思春期にあらわれるので,思春期を見通した子育て支援を することが必要だと主張する。子育て支援が叫ばれながら,なぜ子育て支援が必要なのかについ ては社会的コンセンサスができていないとし,子育て支援の目的として2つのことをあげている。

ひとつは,現在の子育ての困難さを解消し,子育てを楽しめる社会,子育てと社会参加が両立でき る社会をつくることであり,もうひとつは,心身ともに健康な子どもが育つような子育て環境をつ くることであるという

さらに,大豆生田啓友は,柏女の定義で,柏女が,子育ち・子育て支援としていることは,これ まで子育て支援が親などの子育て行為者への支援が中心的な対象として捉えられてきたため,育つ 子育て支援における人間発達の同時保障

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主体者としての子どもにも焦点を当てることが必要であることを強調しようとすることに意図が あったのではないかという。そして,これら3つの定義を検討したうえで,「子育て支援とは,子 育てという営みあるいは養育機能に対して,私的・社会的・公的機能が支援的にかかわることによ り,安心して子どもを産み育てる環境をつくるとともに,子どもの健やかな育ちを促すことを目的 とする営みである」と定義している。大豆生田は,子育て支援の3つの視点として,!親や家族 を支えるための支援,"子どもの健全な育ちを支える支援,#支え合いを形成する社会的・制度的 支援,をあげ,子育ての第一義的な責任は親や家族にあるが,社会の支えがあってはじめて親や家 族は子育ての責任を果たすことができるため,子育ての社会化を進めていくことが必要であるとし ている

一方,柏木惠子は,子育て支援の必要性について,!これまで一般的だった子育てをもっぱら母 親がすることが今日ではうまく機能しなくなったこと,"母親だけではなく複数の人による保育が 子どもの発達にプラスであり,幼少時から母親以外の多様な人間関係が子どもの成長/発達に必要 なこと,#親による子どもへの教育が子どものための教育になっていないこと,をあげ,「母親絶 対」の子育てから多くの人々による子育て(複数保育)へ転換し,親自身の発達も保障していくこ とが子育て支援の課題であると述べている。子育て支援においては第1に父親が支援すべきであ ると言っているが,それは,父子関係が強まるだけではなく夫婦関係が子育ての共有によって回復 したり,父親自身の人間として成熟を促すことにつながるからだという。そして,支援すべき対象 は母親の子育てそのものではなく,母親が一人の女性として個人として生きたいという人間として の当たり前の願いが充たされない状況を救うことであり,そのために母親を育児から解放し,個人 として自分の時間をもち自分の成長/発達の機会をもてるようにすることが支援の中心になるべき だというのである。専業主婦の母親への子育て支援の必要性が主張されるようになった背景には,

性別役割分業や三歳児神話により母親に育児責任が重くのしかかり家庭という密室の中で子育てに 閉じ込められていることがある。したがって,母親をそのような状況から解放するというジェンダー フリーの視点が子育て支援のあり方を考えていくうえで重要であり,子育て支援では母親や家庭を 取り巻く地域の社会資源をつなぎ,家庭を支えるひとつのシステムを形成し,子育てを社会化して いくことが求められているのである。

ところで,子育て支援の目的のひとつは,「子どもの健やかな育ちを保障すること」である。そ れは言い換えるならば,子どもが一人の人間として人間らしく発達する権利を保障することである。

子どもは未熟な存在ではあるが,生まれながらにして発達していく力を持った「全面的主体」であ り,環境に能動的にかかわる特性をもち,環境との相互作用を通してその影響を大きく受けながら 発達していく存在である。したがって,子どもの発達が保障されるためには適切な環境が用意され なければならず,親をはじめとして大人はそれらを用意する責務を負い,国及び地方公共団体は,

親とともに子どもを「心身健やかに育成する責任」を負っているのである。

子育て支援がどのようなことを目指しているのかについては,児童福祉法,児童憲章,子どもの 権利条約などに明記されている子どもの権利保障に明らかである。児童福祉法では,第1条におい て「すべて国民は,児童が心身ともに健やかに生まれ,且つ,育成されるよう努めなければならな い。2すべて児童は,ひとしくその生活を保障され,愛護されなければならない」とあり,児童憲 章では,「児童は,人として尊ばれる。児童は,社会の一員として重んぜられる。児童は,よい環

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境の中で育てられる」とある。また,子どもの権利条約では,第3条に,「児童に関するすべての 措置をとるに当たっては,公的若しくは私的な社会福祉施設,裁判所,行政当局又は立法機関のい ずれによって行われるものであっても,児童の最善の利益は主として考慮されるものとする」とい う規定がある。これまで,子どもは親や大人の従属的な存在でありその権利が侵害されることが多 かったが,子どもにかかわるさまざまな事柄においては何よりも子どもの最善の利益を考慮するこ とが重要であると謳われているのである。そして,子どもの権利として保護の権利と同時に自律の 権利があらたに規定された。この自律の権利は,子どもの意見表明権,思想・良心の自由,プライ バシー権など大人と同じ権利を認め,子どもの自立や発達の権利を積極的に保障しようとするもの であり,権利の主体としての子ども観が明らかに示されている。

これらの規定は子育て支援の理念であり,子育て支援は児童福祉サービスとして提供されること から,児童福祉に関するこれらの規定を根拠に,子どもの最善の利益を考慮し,子どもの権利を保 障しなければならないのである。そして,子どもの権利を保障することとは,子どもの人間発達を 保障することなのである。

2−2 子育て支援の内容

子育て支援と呼ばれるものには,保育所等で提供されるサービス以外に,児童健全育成施策とし て提供されている事業,児童相談所・児童家庭相談室・児童家庭支援センターなどでの相談・助言,

乳児院・児童養護施設・母子生活支援施設などで実施される子育て短期支援事業,児童手当・児童 扶養手当・特別児童扶養手当などの経済的支援,乳幼児医療費助成,育児休業制度・企業による育 児支援策などの労働の分野での支援,ファミリー・サポート・センター,地域子育て支援センター 事業,つどいの広場事業,幼稚園での預かり保育,NPOや育児サークルなどの自主組織による支 援など,さまざまなものがある。子育て支援の場やそれに関わる職種も多様であるが,その対象は,

大きく就労している母親と専業主婦の母親に分けられよう。少子化対策として実施された当初は就 労している母親を主な対象としていたが,乳幼児期の子どもの居場所をみると,0歳児では96%が,

0歳から2歳まででは8割が家庭内で親等により養育されており,専業主婦の育児不安が就労して いる母親より強いことから,近年,専業主婦の母親への子育て支援が注目されるようになった。そ こで,ここでは,専業主婦の母親への子育て支援の主な内容を確認することにしたい。

2年に子育て支援の先駆的な取り組みとして武蔵野市に<03吉祥寺>が創設された。この施 設は0歳から3歳までの子どもと母親を対象に,参加者の自発的な活動を主軸とするノンプログラ ム事業を行い,母親同士が情報交換できる自由コーナーを設け必要に応じて学習の場を提供すると いう母親育ての場になっており,ここでの出会いや交流が親同士の支え合いや学び合いになり,

この活動は大きな反響を呼んだのである。その後,13年度から地域子育て支援センター事業が特 別保育事業として保育所で実施されるようになった。その内容は,!育児不安についての相談指導,

"地域の子育てサークル等への育成・支援,#乳児保育や特別保育事業の積極的実施・普及促進の 努力,$ベビーシッターなどの地域の保育資源の情報提供等,%家庭的保育を行う者への支援,の 5つの事業のうち3事業(小規模型では2事業)を実施することになっている。27年11月には地 域子育て支援センターは全国に3,6か所あり,次世代育成支援計画では29年度までに4,0か所 で実施することを目標としている。地域子育て支援センターは,母親が気軽に相談できるという特 子育て支援における人間発達の同時保障

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徴があり,情報提供によって子育てに関わる社会資源をつなぐ機能も果たし,親子が安心して過ご すなかで母親自身の子育て能力が引き出されていくため,地域の子育て支援の中核をなすものと期 待されている。

つどいの広場事業は,22年度から概ね3歳未満の乳幼児とその保護者を対象に,「身近なとこ ろでいつでも気軽に親子で集える場所」として始まった。この事業の先駆となったのが,20年に 横浜市に開設された「おやこの広場びーのびーの」の実践である。これは世代を超えたさまざまな 立場の人たちとの出会いや交流をつくるために,親子がいつ来ていつ帰ってもよい「常設のひろば」

として商店街の空き店舗で開設された。この実践が布石となりつどいの広場事業が創設されたので ある。26年度の実施状況をみると,62か所中,市町村直営が39か所,NPO法人が15か所,社 会福祉協議会が86か所,社会福祉法人が42か所,任意団体が42か所,社団・財団法人が8か所,学 校法人が5か所,生活協同組合が5か所など,多様な主体に委託されている。つどいの広場で実 施される主な事業は,!子育て親子の交流,集いの場を提供する,"子育てアドバイザーが,子育 て・悩み相談に応じる,#地域の子育て関連情報を,集まってきた親子に提供する,$子育て及び 子育て支援に関する講習を実施する,とされている。つどいの広場事業の中心的機能は育児仲間を 育むことであると考えられる。家庭とは少し違った広場という空間で,子どもから少し離れて育児 仲間と語り合う時間を過ごすことで,母親は精神的に安定した状態で子どもと向き合うことができ る。母親同士が互いに育児の悩みを語り合う中で,他者の経験を通して得られる気づきは,母親の 自己覚知を促し,子どもの成長の喜びを仲間と分かち合う経験は,親としての肯定的な自己評価を 高め,子育てに向き合っていく動機づけにつながるといえる。つどいの広場事業では,ボランティ アが大きな役割を担っており,今後,スタッフの雇用形態や質の確保をどうするかが課題であり,

また,この事業の効果を縦断的に調査する研究が求められている

5年度には子育て支援総合コーディネート事業が市町村の責務として位置づけられることに なった。これは,一時保育,つどいの広場事業,NPO等の民間団体が実施する子育て支援事業な ど,地域における多様な子育て支援サービス情報を一元的に把握し,利用者への情報提供,ケース マネジメント及び利用援助等の支援を行う子育て支援に関するコーディネート事業である。また,

7年度からは,地域子育て支援拠点事業として従来の「ひろば型」「センター型」に「児童館型」

が新設され,児童館を活動の場としたつどいの広場づくりが積極的に推進されることになった。従 来の地域子育て支援センターとつどいの広場は,それぞれ「センター型」「ひろば型」となり,小 規模型の地域子育て支援センターは3年間の経過措置期間内に「センター型」「ひろば型」のいず れかに移行することになっている。

ところで,近年,各地で子育てネットワークが誕生している。古くから活動している子育てネッ トワークは,貝塚子育てネットワークで,これは18年に発足した。子育てネットワークの機能は,

!子育てサークルの情報交換やサークルのリーダーの育成,"行政や専門機関,企業との連携,# 一時保育,つどいの広場,子育てサロンの開設,地域で孤立している親へのアウトリーチなどの地 域の子育て家庭への支援,$学習・啓発などにまとめることができる「こころの子育てインター ネット関西」では,20年に全国56の子育てネットワークを調査し,子育て支援を進めていくうえ では,行政や専門職による子育てネットワークの育成・支援が重要であると指摘している。子育 て支援ネットワークは,行政レベルで組織された各関係機関の代表者からなる組織であるが,その

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地域全体の子育て状況を把握し,子育てネットワークの支援を行い,地域全体を視野に入れた子育 て支援の課題に取り組むことが求められており,今後,地域の子育て支援において重要な役割を担 うことが期待されている。

子育て支援は,支援する側と支援される側がときには逆転するような相互支援的・相互関係的な 営みであり,支援する者と支援される者とを明確に分けることは難しい。たとえば,育児サークル や育児サロンはピアサポート的な機能を果たしており,育児に悩む母親が同じ悩みをもつ他の母親 を支援することによって自分の本来の力を取り戻し,エンパワメントされることもある。また,近 隣の人々が子育てを支援する活動をとおして,ケア役割を果たすことで自分自身の存在の意味を確 認することができる。メイヤロフは,「他の人々をケアすることをとおして,他の人々に役立つこ とによって,その人は自身の生の真の意味を生きているのである」とケアすることが人間が生きる 意味に大きくかかわっていると述べているが,人間が生きていく営みはケアする,ケアされる関 係であり,その関係を子育て支援の営みにおいて取り戻すことができるといえるのである。

人間発達の同時保障 3−1 子どもの人間発達

発達という用語は多義的であり,生物学的な発生の意味で使われる場合と,社会的な価値を含む 進歩を意味する場合とが混在している。発達に価値概念が含まれる場合,発達の価値のとらえ方の 軸を能力におくのか,発達する主体の幸福感情を問題にするのか等,それぞれの発達観によって人 間発達のとらえ方は異なってくる。発達という視点は,18から19世紀の進歩の思想の影響のもとで 明確になった進化論的発達観や19世紀終わりから20世紀初頭の社会ダーウィニズムが背景にあり,

産業化が進み国民国家間で激しい競争が繰り広げられた時代に,人間が有能な成員として機能する ようになっていく過程と到達度を評価するための概念だといえる。子どもの発達をどのように見 るのかという発達観は,子ども観と一体になっている。近代的発達概念の前提には,近代における

「子どもの発見」とそれに結びついた近代教育学の成立があった。ルソーは,子どもは大人とは異 なる発達特徴を持つと考え,感覚的判断から情緒的判断,さらには理性的判断へと発達するという 独自の発達段階説と各段階に適した教育の必要を説いた。ピアジェは,子どもは決して小さな大 人なのではないという観点から,子どもの発達を量的拡大とみなさず,発達段階の構造の質的変化 としてとらえた。つまり発達とは構造化の過程であり,この構造化は子ども自身の能動的活動であ る同化と調節による均衡化によって可能になるとしたのである。しかし,このピアジェの理論は,

人間発達の普遍的法則を構築することに専念するあまり,子どもの思考の個人差や社会的文化的環 境の相違を軽視しているのではないかという批判を受けた。また,ピアジェの認識論の基本的立 場は,子どもが外界を認識するにあたって,最初に関心を引く対象は,事物であるというが,母子 関係に関する研究では,子どもは母親に関する概念を基盤としながら,そこから事物に関する概念 を習得していくといわれている。さらに,同化を軸においたピアジェの適応論は,人間の動機や欲 望の問題を捨象しているという批判がある。ピアジェによれば,赤ちゃんが母乳を吸うのは吸啜 シェマがあるからだということになるが,赤ちゃんが母乳を吸うのはお腹がすいていて食べ物が欲 しいからであり,赤ちゃんが指や毛布の端を吸うことがピアジェの理論では説明できなくなる。

ワロンは,ピアジェの「自己中心性」という概念を個人心理学的な限界が存在すると批判し両者 子育て支援における人間発達の同時保障

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の間では論争が展開された。ピアジェが,社会はいわば個人にとって外的な関係にあり,それが個 人の知能を社会化するという仕方で個人に内面化されるとしたのに対して,ワロンは,人間存在は 基本的に社会的・歴史的であり,個人と社会は不可分な関連があるととらえたのである。ワロン はその発達論の出発点に障害のある子どもをおいた。子どもは単独の個体としては無力でも,その 無力のゆえに対人的情動的機能によって他者と通じ合い,それによって自我を形成するとし,自我 は人間のもつ共同性に貫かれたものであると論じたのである。また,ヴィゴツキーは,ピアジェ の発達理論を現実性やその現実に対する関係が欠如している,すなわち子どもの実践活動の欠如が あると批判し,発達を個体内の閉じた経路で起こるものとは考えず,社会的・歴史的に形成され た道具や記号と出会い,それらを媒介にしつつ他者と相互交渉をしていくなかで起こるものとした。

子どもの高次の精神機能は,大人の援助や参加のもとに成長し,科学的概念の発達水準は,それら の発達の一種の予備知識となる生活的概念との関係において最近接可能性領域として現われるとい う視点から発達と教育の相互作用を論じたのである

矢川徳光は,人間発達における生物学的なものと社会的なものとの関係を,パブロフやレオンチェ フを引用しつつ,子どもが生まれた後,感覚のもろもろの器官のはたらきを媒介としながら,外界 を見たり,聞いたり,触れたり,手足や体を動かしたり,何かを覚えたりして自分の身につけてい くものは,生物学的なもの,生得的なものではなくて,社会的なもの,獲得的なものであり,能力 はこの世界のなかでの,自分の生活と活動とを媒介として,子どもがつくり出すものであるという 人々は労働効率を高めるために協業を行ったが,協業における労働能力の共有関係は,個人がその 能力を互いに伝達し合うことを前提にする。他者とは切り離された能力ではなく,相互に関係し合 うことによって支えられた能力を共有し合うのである。つまり,人間の諸能力は,共生能力を含ん だものとしてとらえることが必要であり,そこに人間発達の重要な意味が内包されているのである。

堀正嗣は,「知能は原初的で根源的なコミュニケーションである情動を基盤として発生し,協力・

協同の関係を強めるために生まれたのである。それゆえ,知能は本質的に個人的なものではなく,

社会関係の中で,社会関係にために育まれるものなのである」と述べている

一方,フロイト,エリクソン,ボウルビィなどは,子どもの発達における母子関係の重要性を指 摘した。フロイトは幼児期の生育環境,なかでも母親の養育態度が子どもの成長後の神経症や不適 応に影響するとして,子どもの人格形成における乳幼児期の重要性を主張し,エリクソンは,人間 の発達課題の第一位相として「基本的信頼」対「不信」の葛藤の克服をあげており,母親への安心 感が子どもの人格発達の基盤になると主張した。そして,ボウルビィは,特定の人と人との間に形 成される時間や空間を超えて持続する心理的結びつき,愛情の絆を愛着と呼び,乳幼児期の母性的 養育の喪失が発達に著しい影響を及ぼすと主張した。これらの母子関係理論は普遍化することで功 罪をもつ。母性信仰という言説が性別役割分業を制度化した社会で母子癒着を生み出し,過保護,

過干渉からくる親子関係の障害が新しい形の母性的養育の喪失を生んでいるとも考えられる。今日 のように,母親に育児責任が負わされ,家庭内でも地域内でも子育てへの支援が得られず,密室化 し,孤立化したなかで子育てが行われる状況のなかでは,母親が子どもに及ぼす影響がきわめて大 きいゆえに,子育て支援においては,母親への支援が重要であるということができるのである。

ところで,子どもの愛着の対象は必ずしも母親ではなく,父親,祖母,祖父,隣人などであるこ ともある。それは,子どもは適切な応答性を求め,選択的に反応する力をもっているからであり,

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自分が発する信号をタイミングよく察知し,的確に解読して応答してくれる人に愛着を焦点づける からである。多くの母親は,母親だから応答できるのではなく,子育てをするうちに子どもの信号 に的確に応答していくようになるのである。もし,母親の信号の受け止め方が不適切であることが 多ければ,母親と子どもの愛着関係は不安定なものとなるであろう。しかし,母親との愛着関係が 不安定な子どもであっても,その後に安定した対人関係を形成することができる。たとえば,子ど もが保育所の保育士との間に愛着関係を形成し安定することができれば,それを基盤に周囲の人々 との安定した対人関係を築いていくことができ,保育士との間に安定した関係を築くことが母親と の関係改善につながることもあると考えられる。

また,二者関係の中で愛着をとらえる考え方に対し,二者以上の関係のなかでとらえることを主 張するモデルがある。ルイスは,人間が社会的存在としてまさに他者との関係をつくることを前提 として出発し,多様な他者関係の中にあり,その個々の状況の中で果たす機能に着目すれば,ひと つの愛着関係だけが重要と仮定する必要がないことを述べている。人間は複雑な社会の中でさま ざまな役割を負わなければならない存在であり,こうした複雑さに対応するために子育て期間が長 期化し,大人になってからもさまざまな形で他者の援助を必要とすることを考えると,限定された 特定の他者との愛着を発達の基盤とするのは十分ではないだろう。人間発達を長期的視点に立って 考えるなら愛着の対象は多様性をもつといえる。特定の他者が重要であるにしても,その他者もま た,別の他者との愛着関係の中に生きていることを考えるなら,特定の閉鎖的なモデルで考えるこ とは適切ではないであろう。子どもは乳幼児期から周囲の人びとに関心をもち,人間関係のネット ワークの中でさまざまな人と愛着関係を結び,それぞれの関係を発達させていくのであり,人間の 発達は社会,文化,歴史の中に埋め込まれているといえるのである。

3−2 母親の人間発達

母親は,子どもを育てることを通して子どもへの愛情を育み子育てのスキルを身に付けるだけで はなく,一人の人間として成長していく要素をもつことから,育児は「育自」といわれる。子育て は決して楽しいことばかりではなく,一生懸命努力したことが徒労で終わることもあったり,忍耐 強く待たなければならないこともあったり,それまでの価値観や生き方が揺さぶられるようなこと を子どもからつきつけられたりすることもある。そのような経験をすることにより,自分を見つめ 直し,一人の人間として発達していくのである。障害のある子どもを持つ母親の中には,強靭な精 神力だけではなく温かな心,視野の広さ,柔軟性などを持つ人が多いが,それは子どもの障害に直 面し受容するまでの苦しみ,絶望,悲しみ,葛藤の過程が親を育てているともいえるのである。柏 木惠子と若松素子の研究では,親になることによる発達として,!柔軟性,"自己抑制,#視野の 広がり,$自己の強さ,などがあげられている。これらは人格発達とされてきたものの主要なも のにあたり,「育自」がこのような人格発達への営みであることが確認されよう。このような親に なることによる発達は,性差すなわち父親と母親で異なるとはいえない。一次的,つまり主な養育 者となった父親と二次的養育をしている父親とが,子どもとどうかかわっているかを一次的養育者 である母親と比較した研究によると,父親も一次的養育責任を担う立場におかれると,母親に近い かかわり方をするようになっているという。このことから親になることによる発達は,子どもと の具体的なかかわりである子育ての営みのなかで育まれ規定されるものであるといえる。

子育て支援における人間発達の同時保障

参照

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