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宮島喬『文化と不平等 社会学的アプローチ』有斐 閣 2006年(第3刷)

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宮島喬『文化と不平等 社会学的アプローチ』有斐 閣 2006年(第3刷)

著者 中崎 温子

雑誌名 地域政策学ジャーナル

巻 3

号 1

ページ 41‑42

発行年 2013‑07‑31

URL http://id.nii.ac.jp/1082/00003363/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

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地域政策学ジャーナル,第3巻 第1号 地域政策学ジャーナル

2013,第3巻 第1号,41-42

[書評]

宮島喬『文化と不平等 社会学的アプローチ』有斐閣 2006年(第3刷)

中崎 温子 Atsuko Nakazaki

 多文化共生社会への扉を開くときに,社会的経済 的公平さの問題は無論のこと,教育における公平さ の問題,多言語時代の言語権の問題等々に分け入っ て論じることは不可欠である。しかし,文化の問題 となると,あまりに多元的で錯綜し可視化できない 部分を多く孕み,論議の対象となるも,それ自体イ シュ―としては争点化されにくい面がある。本書が すぐれて明快なのは,見えにくい現実を敢えて一般 化することなく,マイノリティと呼ばれる比較的可 視的な周辺者に観察の焦点を絞り,実態例証や実践 例を理論から裁断し,かつ,多面的に考察している 点にある。

 本書の「序論 文化における現代−社会学的アプ ローチ−」の「日本に定住しようとしている数万人 の子どもたちが,相当に高い勉学のモチベーション を示しながら,日本語と日本的学校文化のカベにぶ つかり,中等教育に参入することもむずかしい状況 に置かれているという問題がある。マイノリティに とって乗り越えがたいこうした日本的な文化障壁を どう突き崩していくか,それは著者には大きな問 題,課題であると感じられている」という記述は,

まさに,拙論「多文化共生社会における文化普遍主 義探究のための一考察−「同化」構造の要因を超克 する視座から−」(2012)と問題意識を一にするも のであるが注1),拙論の限界をもまた,教えてくれ ている。

 以下,章立てを紹介する。著作自体の初刷は1999 年であり,それほど新しいものではないが,増刷を 繰り返している。

 第1章 文化と不平等−問題と展開−

 第2章 芸術の享受と社会的不平等

 第3章 社会変動と教育拡大−その社会的含意−

 第4章  同質化,差異,不平等−メリトクラシ−

論の虚と実−

 [付論]  文化,教育への社会学的研究の課題に寄 せて

 第5章  家族,ハビトゥス注2),実践−資本とし ての家族をめぐる覚書−

 第6章  日本におけるマイノリティの文化的諸条 件−外国人の子どもの教育における言語 と文化資本注3)

 第7章  移動・移民と文化変容−適応の動態と再 生産−

 第8章  移民労働者第二世代における剥奪と戦略

−言語,教育,統合をめぐる言説と実態−

 第9章  文化の共存と文化の序列化−ヨーロッパ における少数文化の位置と可能性  第10章 社会学理論における「近代」と文化  [展望] 問われていること

 ここでは,主に,言語と教育に関わっての記述に 限定して着目しておきたい。

 第1章では,社会言語学者トラッドギル注4)の言 及を引き合いに出し,例えば,母音の後の /r/ の発 音がよいか悪いかの根拠は言語そのものに無いこ と,だが,いったん「正しい発音」の意味付与が与 えられたら,その発音をする者を優位とする社会的 差異化が行われること,即ち,文化的再生産が正当 性を帯びて意味付けされることを見極めなければな らないとする。

 第3章では,日本の親子世代間の職業移動表など のデータから,メリトクラシ―(業績主義,能力主 義)の中での教育の位置づけについて語り,ニュー カマー外国人の子どもたちの教育マイノリティ層の 問題に言及している。

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会的多様性」「ハビトウスの変換」「行動性向として のハビトウス」「第一次的なハビトウス」「適応のハ ビトウス」「“伝統的”ハビトウス」「学びのハビト ウス」等,「測り難い作用をもつ」かなり複雑で重 要なキー・概念として用いられている。

注3) 著者は,第1章 p.26で「文化資源」とせずに「文化 資本」という用語を用いることの説明をしている。

質的にはユニークで置き換え不可能で非連続である はずの諸個人の活動や行為を,(本書の記述全体に 見られるように)等質の尺度によって測り,上下,

大小に序列化するという操作が現実にみられ,文化 も資本化されて機能せしめられているかぎり,「文 化資本」という言葉がリアリティと,隠された現実 を抉り出す力をともにもちうる,と説く。

注4) P. トラッドギル(土田滋訳)『言語と社会』pp.11−

13 岩波新書

受稿:2013年5月20日 受理:2013年6月13日  第4章では「日本型メリトクラシ―」における高

等教育の序列制の含意から,高等教育機能の文化資 本的な差異の存在が認識されつつも,「努力をすれ ば挽回可能」という努力主義のタテマエ的支配が社 会学的な文化的再生産論を受け入れない風土を形成 しているとする。

 第5章と第6章では,日本社会にコミットしよう とするニューカマー親子の「資本としての家族」観 ゆえの家族の解体,また,移住者の子どもの重層性 をもった学修困難に誘引されるアイデンティティの 曖昧化,アンビバレントな感情の問題が提示されて いる。

 第7章では,文化的再生産に対する言及の中で の,いわゆるニューカマーの変動制・移動性の視点 が,文化的ヘゲモニー,文化的ヒエラルキーの多元 性を解釈する上で,社会状況と不可分であることが 述べられている。

 「展望」の項では,本章で展開されてきた種々の 問題点や課題を踏まえて,改めて「能力」と称され るものの社会的規定性,それゆえ,正統視されてい る文化の普遍性ももう一度問題視されなければなら ないとする。前掲の拙論でも,この点が,学校文化 の組み換え作業の中で大前提とすべき考察因子の一 つであることの認識に及んでいなかった。

 社会学的アプローチから今後に学ぶことも多く,

その思いも込めて,本書を推奨したい。

注1) 『地域政策学ジャーナル』愛知大学地域政策学部紀 要 第1巻第1号 pp.33−50

    多文化共生社会作りにおける「阻害要因」として,

日本の言語施策としての「方言札」「アイヌ学校」「国 民教育としての国語」,言語自体が孕む「日本語の 同化構造①:ハイコンテクスト,省略,異質馴化」

「日本語の同化構造②:授受表現のウチ意識と主観 性,人称詞と授受表現」の文化性等々を取り上げて いる。

注2) 「ハビトウス」は,社会学者ピエール・ブルデュー の用語で「ほとんど無意識化された行動性向」とい うことであるが,社会学的には,例えば本著でも,

「ハビトウス的な行為レベル」「ハビトウスと場との 即時の調整」「ハビトウスの作用」「ハビトウスの社

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