研究ノート
「
「国 国際 際共 共通 通語 語と とし して ての の英 英語 語」 」に にお おけ ける る聴 聴取 取者 者の の役 役割 割
―
―通 通訳 訳業 業界 界か から ら学 学ぶ ぶ「 「
EELLFF LLiisstteenneerr」 」育 育成 成へ への の手 手が がか かり り― ―
通訳翻訳研究所研究員 名古屋外国語大学外国語学部 長峯㻌 貴幸 Takayuki Nagamine Abstract:
This paper aims to cast light on the role of listeners’ in enhancing comprehensibility of nonnative speech and to consider what could be learnt from interpretation in order to grow a learner of English into an “ELF Listener”. Few would deny the fact that English is used internationally as a lingua franca (English as a lingua franca; ELF) among native and nonnative speakers of English. The language use, including pronunciation, has become more and more diverse as the number of nonnative speakers of English exceeds that of native speakers. Theories of second language speech learning suggest that foreign-accentedness is an inevitable feature of nonnative speech resulting from a mismatch between the sound of their mother tongue and that of nonnative speech. In such a situation, language teaching has been urged to shift its ultimate aim from approximating learners to native speakers to enabling them to communicate with interlocutors with different language backgrounds successfully. Although attempts have been made to investigate how speakers could enhance comprehensibility of their utterance by identifying linguistic items in the speech which may hinder comprehensibility, the listeners engaging in an ELF communication could also approach communicative success.
Interpretation could offer clues to shaping necessary means to raise ELF Listeners. Unfamiliar accents impose difficulties on listeners in understanding the speech content, and interpreters often experience difficulties in translating the unfamiliar-accented speech as it occupies a higher processing load in comprehending the content. Increasing listeners’ familiarity with a particular accent is shown to be effective for enhancing comprehensibility from the listener’s side. How listeners could increase familiarity with accents, however, has not been discussed extensively. The results from an experiment employing techniques such as shadowing and High Variability Phonetic Training (HVPT) showed that it is not enough to expose listeners to unfamiliar accents. Feedback, noticing, and analyses about the unfamiliar accent seem to be crucial in enabling listeners to be
familiarised with the accents. Finally, this paper would argue that phonetic knowledge can be highly useful not only for ELF speakers in production training but for ELF listeners in perception and listening training towards the common goal of ensuring comprehensibility and the communicative success.
11.. 序序論論
文部科学省が2012年に「グローバル人材育成」を推進し始めて以来,我が国において も,国際競争力を高めるべく世界を舞台に活躍ができる人材の必要性が議論されてきた。
その中で,昨今の英語教育改革の流れからも見られるように,英語はグローバル化が進む 現代における必要不可欠な「共通語」として,その地位を確立しつつある。英語を母語とし ない話者(非英語母語話者)の数は,英語母語話者のそれを遥かに上回っており,
Crystal (2003)の推計によると,英語母語話者が約4億人であるのに対し,非英語母語話
者はその約3倍に上るという。これらの推計が,日常的にどの程度英語を使用する人の人 数であるかは議論の余地があるが,いずれにせよ,「英語によるコミュニケーション」という 状況を仮定した場合,それが最早「英語母語話者とのコミュニケーション」と同義ではない ことは明白である。Seidlhofer (2011, p.7)は,英語を母語とするしないに関わらず,異な る母語をもつ人々の間で,英語がコミュニケーションの手段として選ばれ,かつそれが唯 一の方法であるような状況(“any use of English among speakers of different first languages for whom English is the communicative medium of choice, and often the only option”)こそが「国際共通語としての英語 (English as a lingua franca; ELF)」 と定義した。現代の英語使用の多元的な側面が着目されてきている中,その音声的な側 面,すなわち発音も例外ではない。従来の英語教育では,英語学習者の発音をいかに英 語母語話者のそれに近づけられるといういわば「発音矯正」に主眼が置かれてきた。しか しながら,この発音矯正のアプローチはいわば「達成不可能」な目標であり,英語母語話 者の発音モデルにどれだけ発音を近づけられるかという「発音の正確さ」よりも,「発話内 容がどれだけ伝わりやすいか」という視点に重きを置くべきという言説が支持を得始めてい る。
ところで,「発話内容の理解しやすさ」は,話者が発した発話内容の聴き手(聴取者)に よっても大きく影響するが,国際化時代の「英語話者」としてのみならず「英語聴取者」とし てどのような素養・技能を身につけるべきなのか,実際の会議通訳における訛りの訳出の 困難さに関する事例や調査から学ぶことができる。国際共通語としての英語使用の拡がり は,通訳・翻訳の業界においても議論を呼んでいるが,通訳者にとって馴染みのない訛り
(unfamiliar accents)は,訳出における処理容量を逼迫し,結果として訳出できる量の
減少につながっている。また,テスティング研究においても,聴取者にとって馴染みのある 訛りは,聴取者がより理解しやすいと判断することがわかっている。これらのことから,国際 化時代における多様な英語音声に対応するためには,聴取者が幅広い訛り音声に対して の「慣れ」を高めることが肝要であると考えられる。
その一方で,国際化時代の聴取者(ELF Listener)を育成するための具体的な手立 てはあまり深く議論されていない。そこで本稿では,通訳・翻訳業界及び音声科学の知見
を取り入れながら,その具体的方法を模索したい。具体的には,通訳者育成にも用いられ ている音韻認識能力を高めるのに有効とされる技法を取り入れた実験の結果を紹介し,た だ単に学習者が幅広い訛り音声を聞くだけでは不十分であり,音声学的知識を土台に,
学習者に訛りの音韻の差異についてのフィードバックを行い,気づきを促すことが必要で ある,ということを示すことが本稿の趣旨である。
22.. 国国際際共共通通語語ととししててのの英英語語使使用用のの広広ががりりとと英英語語発発音音
22..11..英英語語教教育育ににおおけけるる伝伝統統的的なな英英語語発発音音モモデデルルとと現現在在のの様様相相
英語を第二言語として(English as a second language; ESL)或いは外国語とし て(English as a foreign language; EFL)学習する英語非母語話者が依拠するモ デルとしては,伝統的に母語話者の話すいわゆる「標準的な英語」が選ばれてきた。
英語発音においては,「英国標準発音(Received Pronunciation; RP)」や「米国標 準発音(General American; GA)」といったモデルが挙げられる。これらのモデルは,
Davis (2017)の述べるように,母語話者内でもある種の「権威づけ」,つまり社会的に
高位に属する人々の発音と結び付けられているという社会的要因や,ある特定の地 域に囚われない地域的要因から,特定の訛りのない「中立的な」モデルとして英語発 音モデルに選ばれてきた。 そして,伝統的な英語教育においては,これらの標準英 語発音モデルを唯一の拠り所として,学習者の訛りの矯正(accent reduction)に重き が置かれていた (Munro & Derwing, 1999)。
しかしながら,この「発音矯正」という考え方は,ESL やEFL環境における英語非 母語話者が増加し,国際共通語して英語が用いられ始めるにつれ,主に以下の2点 により現実との乖離が散見されるようになってきた。第一に,母語話者内で「標準的」
とされる英語発音においても様々な音変化が起こり,その結果「標準発音」話者の存 在が疑問視されている点である。例えば,Lindemann (2017)の指摘するように,最 も米国(北米)標準発音に近いとされている米国中西部・五大湖周辺(特にオハイオ 州)で用いられる英語発音においては,母音体系の連鎖推移である「米国北部都市 母音推移(Northern Cities Shift; NCS)」が起こっているとされている。例えば,英 単語betに含まれる前舌半低母音/ɛ/が,実際には中央寄り([ə])で発音されたり,その 代わりにbutに含まれる母音/ə/が後舌半低母音[ɔ]で発音されたりする。
英国標準発音においても,Lindsey (2019)の指摘するように多くの音変化が起こ っており,かつての RP とは大きく異なる様相を呈していることから,もはや英国標準 発音を「Received Pronunciation」という呼称で扱うこと自体が疑問視されている。
例えば,Lindsey (2019)によると,英国標準発音においても,母音の連鎖推移現象
(反時計回り母音推移; The Anti-clockwise Vowel Shift)により母音の質が変化し,
TRAP 母音/æ/は前舌低母音である[a]として発音されたり,その代わりに二重母音/aɪ/
の開始点が,前舌低母音[a]から後舌低母音[ɑ]に移ったりしている。円唇後舌高母 音/u/の舌の位置が前方に移動し,[ʉ]として発音される「GOOSE fronting」現象も,こ の規則的な母音遷移の1つであるとしている。
以上のように,これまで代表的な英語発音モデルとされてきた RPや GAも,様々 な要因により音変化が発生していることがわかる。また,標準英語に近いとされる米国
中西部や英国南部の英語はあくまで「地域方言の1つ」に過ぎず,実際にはそれらの 変種の中にも個人差や性差,社会的要因等により多くのバリエーションが存在するこ とに留意せなばならない。これらのことから,Lindemann (2017)は,これらの標準英 語発音モデルは”misleading fiction (p.195)”であるとしている。
22..22..第第二二言言語語発発音音学学習習理理論論
伝統的な英語発音モデルへの過度な依拠と英語使用の実際との乖離に関する2 点目の事項として,第二言語(L2)音声学習理論からの知見を取り入れたい。第二言 語の音韻知覚・産出については,「臨界期仮説(Lennenberg, 1967)」で提唱されて いるように,年齢による要因が大きいとされている。年齢の高い学習者は,年齢の低 い学習者に比べて母語の音韻体系が確立されており,音声知覚・産出において母語 の影響が大きく観察される,というものである。
母語にない言語音の知覚に関しては,Flege (1995) の Speech Learning Model (SLM)やBest (1995)の提唱するPerceptual Assimilation Model (PAM) 及び PAM-L2 (Best & Tyler, 2007),そしてIverson (2003) によるPerception Interreference Account (PIA) などといった形でモデル化されている。これらはど れも,第二言語の音韻カテゴリは,学習者の第一言語の音韻体系と密接に関わって いるとされている。学習者が第二言語の言語音を認識する際,SLM では,学習者は その音の音声的特徴を知覚し,近似の母語の音韻カテゴリとの距離によって,その音 を既存の音韻カテゴリに同化させるか,新たな音韻カテゴリが構築されるかどうか決 定されるとする。PAM では,学習者はその言語音の音声特徴と調音様式とを認識し,
既存の母語の音韻カテゴリへの同化もしくは新しい音韻カテゴリの構築かを判断する とされる。最後に PIA では,学習者の母語の音韻体系は,その言語の特徴によって 歪められているため,第二言語音声の知覚メカニズムは学習者の母語によって異な ると主張する。PIAは,Kuhl & Iverson (1995) にて提唱されている「知覚のマグネ ット効果」に基づいている。つまり,学習者は母語習得の過程で「プロトタイプ」と呼ば れる,音韻カテゴリの中での規範的な音素を作り上げており,第二言語音声の知覚に は「プロトタイプ」との距離が大きく関わっているとPIAは主張する。
これらの第二言語音声学習モデルに共通することは,非母語におけるいわゆる
「外国語訛り」は避けられず,それらが生じる仕組みを理論化しているということである。
音声におけるどのような情報をもとに音声知覚を行なっているかに関する理論立ては 違えど,これらはどれも,第二言語においてなぜ外国語訛りが生じるのかという点を起 点にしている。つまり,英語音声学習の理論的枠組みからも,「発音矯正」により訛り をなくし,英語母語話者のような発音を目指すという従来型の英語発音教育の究極 的な目標は,非現実的なのである。
22..33.. 英英語語評評価価ににおおけけるる22つつのの枠枠組組みみ;;aaccccuurraaccyy--bbaasseedd vv..ss.. ccoommpprreehheennssiibbiilliittyy--bbaasseedd 標準英語モデルが唯一の基準であった従来の英語教育では,そのモデルに対し ていかに訛りを減ずるかという発音矯正,すなわち,学習者がいかにして英語母語話 者の発音に自身のそれを近づけられるか,という点に重きを置いていた(Munro &
Derwing, 1999)。しかし,前項で概観したとおり,その標準英語モデルの存在自体 が疑問視され,音声学習理論により非英語母語話者の外国語訛りが避けられないも のとして認識されつつある中で,「発音の正確さ(accentedness)」よりもいかに話者の 意 図 や メ ッ セ ー ジ が 聴 取 者 に 伝 わ っ た かの 度 合 い で あ る 「intelligibility」 や
「comprehensibility」という指標により,非英語母語話者の発話を評価する枠組み
が提唱されている。
Comprehensibility研究の先駆者であるMurray MunroとTracy Derwingは,
Munro and Derwing (2015) の 中 で , intelligibility, comprehensibility, accentednessについての定義づけ与えている。intelligibilityは “ [the] extent to which listeners’ perceptions match speakers’ intentions (p.14)”, comprehensibility は ”perceived degree of difficulty experienced by the listener in understanding speech (p.14)”であると定義している。それに対して,発 音 の 正 確 さ で あ る 「accentedness」 に つ い て は ,“perceived differences in pronunciation as compared with a local variety (p.14)”であると述べている。
Intelligibility と comprehensibility は実質ほぼ同一の指標であり,明確な線引き は難しいという主張もある(Levis, 2006)ことから,多くはcomprehensibilityに絞って 研究が行われている(cf., Isaacs & Trofimovich, 2012)。まとめると,accentedness は音声の形式的な側面,すなわちある特定の発音モデルに照らした時の学習者の 発音の「正確性」を問題にしており,実際にどの程度発話の内容が相手に伝わったの かは問題にしていない。この点からも,英語音声が多様化する中においては,英語 音 声 の 「 機 能 性 」 , つ ま りど の 程 度 発 話 内 容 が 伝 わ っ た か を 示 す 指 標 で あ る intelligibilityやcomprehensibilityをいかに高めるかが重要である。
多くのComprehensibility研究は,コミュニケーションにおける話者の役割に着目
し,非英語母語話者の発話の中のどのような音声特徴が Comprehensibility に影 響するかというアプローチを採っている。例えば,20 名の英語母語話者を評価者とし,
40 名の フラ ンス 語英 語話 者の英 語発 話中 のどの よ うな言 語特 徴が 評価 者の comprehensibility の 評 価 に 影 響 を 及 ぼ す か に つ い て 調 査 し た Saito, Trofimovich, and Isaacs (2017)で は , 言 語 特 徴 を 大 き く 「phonology」 と
「lexicogrammar」の2つに分け,前者では「母音・子音の産出エラー」及び「リズム」
が,後者では「語彙使用の適切さ」や「談話の話題の豊富さ」が大きく影響を与えてい ることを,統計分析を用いて示している。
一方で,comprehensibility は「聴取者」が判断する指標である。コミュニケーショ
ンにおいて,話者が果たす役割はもちろん大きいが,話者の発言を受けてその意図 や内容を理解するのは聴取者であり,その役割も考慮した上で「発話の理解しやすさ」
は議論されなければならない。Comprehensibility 研究を先導している Talia Isaacs と Pavel Trofimovich は,comprehensibility について以下のように記し ている;
Comprehensibility, a major concept in second language (L2) pronunciation research that denotes listeners’ perceptions of how easily they understand
L2 speech, is central to interlocutors’ communicative success in real-world contexts. (Isaacs & Trofimovich, 2012, p.475)
母語の異なる非英語母語話者による英語コミュニケーションの場が増加している中 において,その成功には,話者の役割のみならず聴取者の役割も考慮に入れられる べきである。次節では,通訳・翻訳の観点から,通訳者と訛りのある英語を取り巻く実 例を示しながら,訛りのある音声をよりよく理解するために聴取者に必要な事柄につ いて述べていく。
33.. EELLFF音音声声ココミミュュニニケケーーシショョンンににおおけけるる聴聴取取者者のの役役割割
33..11..音音声声へへのの慣慣れれ((ffaammiilliiaarriittyy))とと通通訳訳ににおおけけるる訛訛りり音音声声のの処処理理容容量量
「外国語訛り」音声は理解が難しいものとされるが,それは通訳者にとっても同様で ある。ここでは,通訳業界からの知見を取り入れながら,聴取者にとって難しいとされ る訛りとはどのようなものなのか考究していきたい。
国際共通語としての英語使用の拡がりや,非英語母語話者の「外国語訛り」は,通 訳者の中では必ずしも好意的に受け取られているとは言えない。ELF としての英語 使用の拡がりが会議通訳者の通訳業務にどのような影響を与えているかを論じた
Reithofer (2011)は,通訳者たちにとって,非英語母語話者の英語の訳出は大きな
課題の1つであると述べている。これにはいくつかの理由があるが,大きな理由の1つ に「訛り音声の訳出にかかる大きな負荷」が挙げられる。これは,非英語母語話者の 訛りのみならず,英語母語話者の訛りにも当てはまることであるが,呉(2016)は具体 的に,「アメリカ政府高官の来日インタビューを通訳することになったのだが、彼はユ ダヤ人で訛りが強いだけでなく、早口でもあった。(p.152)」という例や,「工場長はテ キサス出身で、テキサス訛りが非常に強く、おまけに早口だった。そのため彼の言っ ていることが理解できない。いわゆる「通訳泣かせの訛り」である。結局同行のアメリカ 人同僚が英語から英語に通訳してくださり、日本語に通訳したのだった。(p.153)」と いった例を挙げている。また,会議通訳者への14のインタビューを基に,通訳者はど のような業務上のストレスと抱えているかを調査した Cooper, Davies, & Tung
(1982) は,非英語母語話者の訛りにも言及しつつ,その原因の1つとして,回答者
の65%が「馴染みのない訛り(unfamiliar accents)」を挙げているとした。
通訳における処理容量は,Gile (2009)の提唱する「努力モデル(The Effort Models of interpreting)」によって説明ができる。これは,通訳者がその限られた処 理要領の中で,起点言語を目標言語に訳出する際にどのような「エフォート(努力,作 業量)」が必要とされるかを定義したものである。Gile (2009)によると,通訳における エフォートは以下の4つに分けられる;(1) 「リスニングと分析(The Listening and analysis Effort; L)」:起点言語の全体的な聴解理解に関するエフォート,(2) 「産出 (The Production Effort; P)」:同時通訳に際し,目標言語で訳出内容を伝えるアウ トプットに関するエフォート,(3)「短期記憶(The Memory Effort; M)」:起点言語を聞 い て か ら そ れ を 訳 出 す る ま で の 内 容 記 憶 に 関 す る エ フ ォ ー ト ,(4)「 調 整(a Coordination Effort; C)」:上記の3つのエフォートにかかる処理を調整するエフォ
ート。これらにより,同時通訳(Simultaneous Interpretation)に必要とされるエフォ ートは以下のような公式で表される。
SI = L + P + M + C (Gile, 2009, p.168)
ここで議論している「訛り音声」は,鳥飼(2013)によると「リスニングと分析」のエフォ ートに大きな負荷を与えるという。つまり,馴染みのない訛りを訳出する際は,起点言 語の内容理解に処理能力を使わねばならず,他のエフォート(P, M, C)の処理能力の 低下を招き,結果として訳出量の減少に至ってしまうということである。
英語母語話者であれ非英語母語話者であれ,「馴染みのない訛り」は聴取者に対 して内容理解に大きな負荷を与えることがわかる。しかし,ここで注記しておきたいの は,すべての「外国語訛り」の聴解が難しいというわけではなく,聴解を難しくしている 要因は「馴染み(familiarity)の薄さ」である,という点である。つまり,「外国語訛り」が 避けられないという点については前述したとおりであるが,聴取者として,familiarity を高めることにより,聴解の困難さはある程度軽減できるのではないかと考えられる。
33..22..LLiisstteenneerrss’’ ffaammiilliiaarriittyyとと英英語語変変種種のの聴聴解解
聴取者が訛り音声を「理解しやすい(comprehensible)」と認識するためには,「慣 れ(familiarity)」を高めることが肝要であると指摘されている。Gass & Varonis
(1984)は,聴取者が音声を理解する上で重要とされるfamiliarityを4つに分類した
(familiarity with topic of discourse, familiarity with a particular nonnative accent, familiarity with nonnative speech in general, familiarity with a particular nonnative speaker)。このうち,1つ目の「familiarity with topic of
discourse」が最も大きな要因であるとする一方,後続の研究によって「訛り音声への
慣れ」も聴取者の理解度に影響を及ぼすとされている。
音声知覚及びテスティング研究の見地から,Carey, Mannel, & Dunn (2010)は,
ある英語語学検定試験のスピーキング試験の採点において,テスト受験者の訛りに 対する採点者の訛りの度合いが,採点結果(点数)に影響を及ぼすかどうかについて 実験を行った。使用された音声は,中国語訛り(n = 1),韓国語訛り(n = 1),インド訛 り(n = 1)で当該試験のスピーキングタスクを行ったテスト受験者のものを使用し,採点 者は,世界中5箇所(香港,韓国,インド,オーストラリア,ニュージーランド)を拠点に 試験採点を行っている採点者(N = 99)である。採点者は自身が拠点とする地域の訛 り英語に対するfamiliarityは高いと判断している。例えば香港の採点者は中国語 訛り英語音声に対して,韓国の採点者は韓国語訛り英語音声に対して,そしてインド の採点者はインド訛り英語音声に対してのfamiliarityが高い。研究の結果,採点者
はfamiliarityが高い訛り英語音声に対してはより寛容な採点を行い,統計的に有
意な差で高い点数を付与し,逆にほとんど接したことのない訛り音声に対しては低い 点数を付与する傾向があることが明らかとなった。Carey et al. (2010) は,これを
「interlanguage phonology familiarity」に起因する一種のバイアスであると説明し ているが,聴取者のfamiliarityと発話内容のcomprehensibilityについての関係
性について重要な示唆を与えている。
本節では,訛り音声の聴解理解に必要な事柄について,通訳研究と音声知覚研 究の立場から論じた。ここからわかることは,英語母語話者・非英語母語話者のどちら の訛りであれ,「訛りに対する慣れ(familiarity)」が聴解理解に大きな影響を及ぼし ていることから,ELF時代の聴取者(ELF Listener)を育てる上で考慮に入れるべき 項目である。一方で,どのように訛り英語音声に対する英語学習者の「慣れ」を伸ばし ていくべきか,活発に議論がされているとは言えない。次節では,実際の実践例をも とに,どのような手立てが有効であるか,考えていきたい。
44.. 英英語語変変種種のの聴聴解解能能力力のの向向上上にに向向けけてて
44..11..通通訳訳翻翻訳訳隣隣接接分分野野ににおおけけるる音音韻韻処処理理能能力力向向上上のの取取りり組組みみ
国際共通語として英語が用いられる現代においては,伝統的な英語発音モデル の音韻の習得のみならず,多様な訛りの知覚能力の伸長が肝要である旨をこれまで 概観した。ELF時代の英語教育が対応すべき,L2学習者の多様なL2訛り音声へ の対応能力の伸長の必要性について,Jenkins (2000)は“teaching could focus on [...] include extensive exposure to a wide range of L2 English accents in order to highlight the similarities among them (Jenkins, 2000, pp. 115 –
116)”のように,学習者の母語と対象言語との相違点・類似点を明確にしながらの指
導を行うべきであると主張している。また,シンガポール英語の音韻研究を行ってい るDeterding and Mohamad (2016)でも,”exposure of learners to speakers from a wide range of different backgrounds is exceptionally valuable in enabling them to communicate in international settings” というように,ELFコ ミュニケーションにおける「多様な訛り音声の聴解」の重要性を説いている。このよう に,ELF 研究においては,多様な訛り音声への対応力を身につけるためには,「で きるだけ多くの音声に触れたほうがいい」という結論は一致しているようである。しかし,
実際の教育現場で具体的に「どのように」「どのような」「どれくらい」音声を聞くべきか,
といった基準は未だ策定されていない。そのため,ELF研究以外の知見を応用させ,
学習者の音韻処理能力を向上させる具体的な手立てを検討する必要がある。
外国語教育の分野においては,学習者の音韻認識能力を向上させるために有効 とされる手立ての1つに「シャドーイング」が挙げられる。シャドーイングは,「聞こえて くるスピーチに対してほぼ同時に、あるいは一定の間をおいてそのスピーチと同じ発 話を口頭で再生する行為、またはリスニング訓練法(玉井, 2005, pp.34 – 35)」と定 義され,通訳者養成にも多く取り入れられている方法である(Hamada, 2016)。母語 の聴解とは異なり,L2リスニングでは意識的な段階を踏む必要があり,学習者は聞こ えてきた非母語音声を捉え,それらをテキスト化し,その上で意味理解を行わねばな
らない(松野, 2011)。加えて,ELFコミュニケーションに従事する非英語母語話者は,
背景知識や文脈といった情報を参考に意味理解を行う「トップダウン処理」よりも,聞 こえてきた音声から単語,フレーズ等を積み上げ,加算的に意味理解に繋げる「ボト ムアップ処理」に頼る傾向があるとされている(Walker, 2010)。以上より,多様な訛り 音声へ対応するためには,学習者のボトムアップ処理能力,つまり音韻認識能力を
伸長する必要がある。
シャドーイングが学習者の音韻処理能力に及ぼす影響を調査した研究として,
Hamada (2016)は,43 名の英語を専攻しない日本人大学生を参加者として,計9
回(週2回×1ヶ月間)シャドーイングを中心とした英語の授業を行い,参加者の音韻 処理能力及び聴解能力の伸長及び学習者の英語力とシャドーイングの効果との関 連を調べた。参加者は,事前テストのリスニングスコアによって,英語力が低いグル ープ(n = 25)と中級グループ(n = 18)の2群に分けられ,機能語を中心とした空欄補
充式Cloze テスト及び内容に関する多肢選択式問題からなる事前・事後テストにより
参加者の音韻認識能力・聴解能力の伸長が分析された。その結果,聴解能力に関 しては,参加者の英語能力や設問の難易度によって伸長具合に差が見られた一方 で,音韻認識能力については,参加者の英語力の高低にかかわらず一律に伸びが 認められた。Hamada (2016)の結果から,シャドーイング が英語学習者の音韻認 識能力を高める上で,有効な手立ての1つであると考えられる。
加えて,音声科学(Speech Sciences)の分野では,音声知覚訓練手法の1つとし て「高変動音素訓練(High Variability Phonetic Training; HVPT)」が注目を集め ている。これは,多様な音素環境における、複数の話者によって産出された目標言 語の音声を聴く経験を積み重ねるインプット中心の第 2 言語学習者向け訓練である。
飯野(2018)は,HVPT を「モデル音声の話者数を複数提供し,学習者が多様な話
者の英語にさらされる機会を意図的に創出するものである (p.130)」とし,単一の話 者による訓練よりも,より実践的な言語使用場面における知覚能力を身につける上 で有効な手立てとされている。
実際に,Bradlow, Pisoni, Akahane-Yamada, & Tohkura (1997)では,実験群 11名の日本人英語学習者にHVPT訓練を行い,英語子音/l r/の弁別課題により知 覚能力の伸長を測定した。訓練では,コンピューター画面上で/l r/を含んだ単語のミ ニマルペアが表示されるのと同時に,参加者にはそのどちらかの英単語の読み上げ 音声が提示された。参加者は,提示された音声が/l/か/r/のどちらの音素を含むかを コンピューター画面上で選択し,それが正答であるかどうかに関する即時的なフィー ドバックを受けた。音声刺激は,5名の英語母語話者による読み上げ音声が使用さ れた。12 名の日本人英語学習社からなる統制群は,HVPT訓練を一切受けない状 態で事前・事後テストを受験し,実験群の結果との比較により HVPT 訓練の有効性 が検討された。事前・事後テストの分析の結果,事前テストにおいては実験群・統制 群ともに統計的に有意な差は見られなかったものの,事後テストにおいては実験群 が統制群を統計的に有意な差で上回ったことがわかった。このことから,複数人の話 者による知覚トレーニングによって,参加者はそれぞれの話者の特性に起因する音 声特徴の差異に知覚を順応させることができ,その知覚能力を一般化,即ち,訓練 で得られた音声知識を,別の話者の音声にも応用させることができていたと考えられ る。つまり,単一話者よりも複数人の話者を用いた群の方が知覚能力の一般化に成 功し,音声知覚能力の伸長には有効であることが示されている。
44..22.. 日日本本人人大大学学生生をを対対象象ととししたたシシャャドドーーイインンググ実実験験
前節において,音韻認識能力の伸長に有効であると考えられる「シャドーイング」
及び「HVPT 訓練」について概観した。これらの手立てが,英語母語話者による音声 のみならず,英語非母語話者の音声についても有効であり,日本人英語学習者が聞 き慣れないような L2 訛り音声への対応能力の向上に資するかどうかを検討するため に,予備実験を行った。具体的には, HVPT の枠組みにより非母語話者の英語音 声を用い行われたシャドーイング訓練の結果,学習者はその音声特徴を捉え,当該 アクセントに音声知覚を順応させられるかどうかについて検証するものとする。
44..22..11.. 参参加加者者
英語を専攻する日本人大学生1年生43名を対象とした。参加者は,週1 回・90 分間の英語音声学に関する講義を履修しており,標準英語発音モ デル(米国或いは英国,もしくはその両方)の分節音体系に関しての基礎的 な知識を有していると判断される。
44..22..22.. 素素材材
本研究では,参加者がこれまで接してきた経験が極めて少ないであろう と判断される「シンガポール英語」及び「ベトナム英語」の2変種を扱う。これ ら の 変 種 に は , 標 準 英 語 発 音 に は み ら れ な い TRAP-DRESS 融 合 (Deterding, 2003; Cunningham, 2009)と呼ばれる音声変化がみられる。
これは,例えば ladder という語に含まれる TRAP母音/æ/が,DRESS母音 /ɛ/のような質で発音される結果,letterのような単語に聞こえてしまう,という 現象である。本実験では,この「TRAP-DRESS 融合」が含まれた音声を用い,
複数話者の音声刺激によるシャドーイング訓練を行うことで,その音声特徴 を学習者が認識し,単語を適切に弁別できるようになるかどうかを調査し た。
トレーニングには,NIESCEA コーパス(Low, 2015)より入手した,音声 学研究に用いるために幅広く英語音素が網羅されるよう作成された短編物 語「Arthur, the rat」の読み上げ音声を使用した。話者は,ベトナム語母 語話者4名,シンガポール英語話者4名の計8名であり,参加者は毎回のト レーニングで各変種2名ずつの読み上げ音声を聞いた。トレーニング1回あ たりの分量は,物語を4分割し,各回81語〜91語程度(M = 84.25)とした。
(スクリプトについては,付録1を参照されたい。)
この HVPT の枠組みによるシャドーイング訓練の効果を測定するため,
事前・事後テストを行った。これらのテストでは,ALLSSTAR: Archive of L1 and L2 Scripted and Spontaneous Transcripts And Recordings (Bradlow, n.d.)よ り入 手 し た,the Hearing In Noise Test (HINT) sentence list (Nilsson, Soli, & Sullivan, 1994) を使用した。これは,単 語レベルが統制され,アメリカ英語の音素を網羅している,各文5語程度の 短文セットである。本研究では,シンガポール出身英語話者(CSP),ベトナ ム出身英語話者(VIE)及び中国出身英語話者(CCT)の3名が読み上げる 27 文(各話者9文ずつ)に加え,日本人英語話者が読み上げる3文を追加 した合計30文ずつを使用した。以下に,用いられた短文の例を挙げる。
例; They heard a funny noise.
The matches are on a shelf.
The milk was by the front door.
訓練及び事前・事後テスト音声内で,「TRAP-DRESS 融合」の有無を確か めるために,TRAP母音/æ/及び DRESS 母音/ɛ/を含む単語において,それ ぞれの母音の第1・第2フォルマント値を基に音響特性を分析した。音声知 覚の尺度である Bark 値に変換したものを,統計分析ソフト R(R Core
Team, 2019)図示したところ,シャドーイング訓練のパッセージ・ディクテー
ション刺激文の双方において,「TRAP-DRESS 融合」とみられる母音の重複 がみられた(下図参照)。
図1 シャドーイング訓練音声におけるTRAP母音/æ/及びDRESS母音/ɛ/
の音響特性。「ae」がTRAP母音/æ/,「e」がDRESS母音/ɛ/を示している。
図2 事前・事後テスト音声におけるTRAP母音/æ/及びDRESS母音/ɛ/の 音響特性。「ae」がTRAP母音/æ/,「e」がDRESS母音/ɛ/を示している。
44..22..33.. 方方法法
参加者は,4週間(週1度×15分,計60 分)のシャドーイング訓練を行っ た。前述したとおり,各回においてベトナム語母語話者1名,シンガポール 英語話者1名の計2名の英語音声を聞き,シャドーイングを行った。シャド ーイングの手順は,染谷(1996)を参考に策定し,以下に示す手順により,
参加者は合計8回(各変種4回ずつ×2変種)のシャドーイングを行った。
1)シンクロリーディング(1セット)
音声を聞きながらテキストを黙読 or 小さい声で音読 2)プロソディーシャドーイング(2セット)
テキストを見ずにシャドーイング
3)テキストのプロソディー分析と語句の確認(1セット) 4)コンテンツシャドーイング(2セット)
テキストを見ずにシャドーイング(意味も理解する)
なお,上記の手順及び音声スクリプトについては,CALL システムを通じ て参加者が1人1台使用するコンピューターの画面上に適宜表示した。な お,今回の研究では統制群を設けず,実験群のみとした。計4回にわたる シャドーイング訓練開始前及び終了後に,ディクテーション形式で事前・事 後テストを行った。事前・事後テストの内容は異なるものとした。参加者は,
聞こえてきた文を全て書き取るディクテーション課題を行った。
シャドーイング訓練の効果は,43 名の参加者より得られた事前テスト,事
後テストのディクテーションの結果を分析することにより測るものとした。分析 は,それぞれの文中の内容語のみとし,明らかにスペルミスと判断されるも のは正答とした。機能語に関しては,ディクテーションの刺激文である HINT sentencesが既に揺れ(例:冠詞aとtheのどちらでも正答とする等) が許容されているため,分析対象外とした。
44..22..44.. 結結果果
前述したとおり,本実験では,非英語母語話者音声(ベトナム英語話者,
シンガポール英語話者)を用いたシャドーイング訓練を行うことにより,これ らの英語音声の特徴である「TRAP-DRESS 融合」の知覚がどの程度正確に できるようになるかを調査した。その効果は,ベトナム英語及びシンガポー ル英語話者が読み上げる英語の短文30文のディクテーションによって測る ものとした。分析対象は内容語のみとし,さらにTRAP母音/æ/・DRESS母音 /ɛ/を含む語とした。以下に,分析対象とした単語の一覧を挙げる。
表1 事前・事後テストに含まれていた TRAP母音/æ/を含む単語。「CSP」 はシンガポール英語話者を,「VIE」はベトナム英語話者を示す。
表2 事前・事後テストに含まれていたDRESS母音/ɛ/を含む単語。「CSP」 はシンガポール英語話者を,「VIE」はベトナム英語話者を示す。
ディクテーションにおいて,参加者の正答は1単語につき1点を付与する のとした。つまり,各単語の点数の最大値は,参加者43名全員が正答した 場合の43 となる。TRAP母音/æ/・DRESS母音/ɛ/それぞれを含む単語の正 答率は,(実際の正答数の和)/(43×分析対象となる単語の総語数)× 100 で求められる。このように算出した正答率をもとに,事前・事後テストに おいて,それぞれの母音を含む単語をどの程度参加者が正しく認識するこ とができていたかを比較した。
まずTRAP母音/æ/に関して,シンガポール英語話者音声の事前テストで は計3語,事後テストでは計4語が分析対象となった。参加者の正答数は,
事前テストで73/129,事後テストで93/172であった。このことから,正答率 は事前テストでは 55.23%,事後テストでは 54.07%となった。同様に,ベト
事前テスト 事後テスト
CSP cat dancing map apple bag ran bad
VIE man matches cat ladder pan
事前テスト 事後テスト
CSP tells fell letter bed every shelf fell wreck VIE credit very shelf helped very
ナム英語話者音声では事前テストが2語,事後テストが3語であり,正答数 は事前テストで32/86,事後テストで 44/129 であった。したがって,正答率 は事前テストでは37.21%,事後テストでは34.11%であった。
次に DRESS母音/ɛ/についてであるが,シンガポール英語話者音声では 事前テスト,事後テストともに計4語ずつが分析対象となった。参加者の正 答 数 及 び 正 答 率 は , 事 前 テ ス ト が 95/172 (55.23%), 事 後 テ ス ト が
123/172 (71.51%)となった。また,ベトナム英語話者音声に関して,分析
対象となった語数は事前テストでは4語,事後テストでは2語(ただし,同一 単語のため表2では1単語のみを掲載)であった。これにより,参加者の正 答数及び正答率は,事前テストが114/172 (66.28%),事後テストが77/86 (89.53%)となった。
図3 TRAP 母音/æ/・DRESS 母音/ɛ/を含む単語の事前・事後テストにお ける正答率。横軸の「CSP」はシンガポール英語話者を,「VIE」はベト ナム英語話者を示す。
44..22..55.. 考考察察
シンガポール英語音声及びベトナム英語音声における「TRAP-DRESS 融 合」の知覚について,シャドーイングを用いた知覚訓練の結果を,単語レベ ルが統制された短文を用いた事前・事後テストの正答率を用いて分析した ところ,全体として有意な伸長は認められなかった。TRAP 母音/æ/に関して は,シンガポール英語音声・ベトナム英語音声の双方において,事前テスト よりも事後テストの方が低い正答率を示す結果(シンガポール英語音声;
55.23%→54.07%,ベトナム英語音声;37.21%→34.11%)となった。一方,
DRESS 母音/ɛ/については,事前テスト・事後テスト間の正答率に伸長が認 められた(シンガポール英語音声;55.23%→71.51%,ベトナム英語音声;
66.28%→89.53%)。
本実験は予備的・探索的であったため,訓練の分量や音声環境の統制,
それに分析対象であるTRAP母音/æ/及びDRESS母音/ɛ/の知覚の難易度
0.00 10.00 20.00 30.00 40.00 50.00 60.00 70.00 80.00 90.00 100.00
CSP(事前) CSP(事後) VIE(事前) VIE(事後)
正答率(%)
話者のアクセント
ɛ æ
(Y. Hamada, personal communication, November 13, 2019)等を考慮 する必要があるものの,本研究の結果から,学習者自身が非母語話者英 語音声から音声・音韻特徴を一般化し,一般化することは難しく,学習者が 非英語母語話者の音声に順応することの困難さを示している。つまり,
Gass & Varonis (1984)が主張する「話者への慣れ(familiarity with a particular nonnative speaker)」,つまり話者の「個人特性」への慣れは 高まったと考えられるが,それを一般化させ,「訛りへの慣れ(familiarity with a particular nonnative accent)」を高めるためには,何か別の手立 てが必要であることを示唆している。
その手立ての1つとして考えられるのが,学習者に対するフィードバック である。本研究では,音声特徴に関するフィードバックを,学習者に対して は一切与えてこなかった。しかし,個人特性に対する慣れを一般化させる ためには,学習者の意識を特定の音声特徴に向け,それに関するフィード バ ッ ク を 与 え る 必 要 が あ る 。 例 え ば ,ELF に お け る 「 意 識 の 高 揚 (Awareness raising)」を目的とした教授法 (Patsko & Simpson, 2013) では,訛り音声の理解のために以下の5ステップを中心としたアクティビティ を提唱している;(1) 「Listening」:内容の大まかな理解,(2)「Noticing」:
単語やフレーズをピックアップし,特定の音声特徴に意識を向けるように促 す ,(3)「Analysis」 : 学 習 者 自 身 に 音 声 特 徴 を 分 析 さ せ る ,(4)
「Prediction」:追加で単語やフレーズを与え,(3)での分析結果をもとにど のような音声特徴が起こりうるかを予測する,(5)「Reflection」:まとめの活 動として,学習した訛り音声に関するディスカッションを行う。
また,第二言語習得(SLA)において,学習者に言語形式に意識を向けさ せる「Form-focused Instruction (FFI; Lyster, 2007; Ranta & Lyster,
2007)」が音声教育に有効であるとされている。これは,言語形式(特に発
音)に関して,学習者に気づきを与え(the noticing phase),学習者自身で 分析をすることで意識の高揚を促し(the awareness phase),自然なコン テクストの中で実際に発話練習を行う(the practice phase)というものであ る。このFFI の枠組みを用い,日本英語学習者49名に英語/l r/の知覚・
産出能力及びトレーニングを行ったSaito (2015)は,FFIによって学習者 の知覚能力・産出能力ともに伸長が見られたと結論づけている。この研究 で特記すべきことは,Saito (2015)は,FFIとCorrective Feedback (CF) の一種である Recast の組み合わせが有効であるかどうかを検証したが,
Recastの有無に関わらず日本人英語学習者の英語/l r/の知覚・産出能力
が伸長したことから,FFI そのものが音声教育に有効であることを示したと いう点である。
学習者が訛り音声への慣れの度合いを高めるために示した上記2例に 共通していることは,学習者に対し,音声特徴に関しての気づきを促してい るという点である。このことから,様々な音声特徴を表出する訛り音声に幅 広く対応するためには,多くの訛り音声を聞くことが大事であるとされる一方